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◆CWリプレイ:PyDSガイド◆

2018.12.03(19:40) 409

 2018年12月03日 更新しました~

 現在カードワースのリプレイ再録をしています。
 この記事は目次代わりであり、旧リプレイより読みやすくなっています。

 ◆リプレイR分再録完了しました!◆

 更新の日付が変わっている時は、たいてい再録されたリプレイがアップされているので、「この記事が最新のまま変わらないよ」ってときも、よろしければ確認をしてみて下さい。
 知らないうちに話数が増えていたりするかも?


 旧宿データが吹っ飛んでしまい、前回のリプレイから相当年月が経っているため、思い切って様々な要素を詰め込んだリプレイ再録と相成りました。

 使用エンジンはカードワースPy Reboot。
 せっかくカードワースダッシュのスキンを作って紹介したので、そのStandardスキンを使うこととします。

 再録にあたり、Standardで宿を作りPCを作成し直しました。
 若干能力値が上がったり下がったりですが、大きく変わった感じはありません。
 Standardは標準の才能型がもう少し能力的に緩やかで、生命力の極端な低下を避けていて、子供の身体能力が抑えられている程度なので、特殊型ばかりの風を纏う者たちはあんまり影響がないです。

 せっかくなので別パーティも作成し、将来的にリプレイ2のオルフたちも作り直して第5パーティとして合流させようかなと。
 第2パーティの煌く炎たちは、元傭兵のマルス、すれっからしの女火精使いゼナ、高飛車尼僧レシール、燻し銀老魔術師カロック、野暮ったい盗賊ジェフの5人組。クロスの関係でリプレイできないシナリオや絶版になってリプレイに出せない古いシナリオなどをプレイして、アイテムのトレードなどで補助的な役割を果たす予定です。

 第3パーティ華麗なる花々は外伝に登場した年増姫こと白の妖精姫アルフリーデ様をリーダーにリプレイ2で登場したグウェンドリンとレベッカの盗賊仲間エメリーを加えた女性オンリーパーティ。予定では連れ込みのジゼルとシアをこっちに。最後枠は秀麗で女性なら何でもOKっぽい…(このパーティの特徴が女性で秀麗持ち)

 第4パーティは魔道具バザーのラファーガとアナベル、白弓の射手からリノウ、こびとのなくしたものからラディーという連れ込み混成の後輩パーティの予定。あと2枠は新人連れ込みキャラで適当なのを。

 第5パーティはオルフ、エルナ、フィリ、バッツ、コール、ニルダのリプレイ2メンバー予定。ある程度本編が書きあがったら入れて行きます。

 予備戦力としてサキュバスシリーズのアンジュ、銀斧のジハードからオロフ。そのうち人外の中堅レベル連れ込みキャラが増えたら第6立ち上げようかなぁ。この2人は本業が別です。(アンジュはささやかな宝の店員さん、オロフは宿専属の修理屋さん)

 こうやって連れ込みキャラ見てみると…専業僧侶少ないですね。


 この記事は単独カテゴリにして、記事へのリンクを張り、目次代わりになっています。
 ブログ記事は読み難いと思うので、どうぞ活用して下さい。

目次

・序章 パーティ結成(PC紹介)

PC1:シグルト
PC2:レベッカ
PC3:ロマン
PC4:ラムーナ
PC5:スピッキオ

・第一章 実力派の駆け出したち
『第一歩』
『希望の都フォーチュン=ベル』 ゴブリンと狼
『碧海の都アレトゥーザ』 新たなる地へ
『碧海の都アレトゥーザ』 碧海色の瞳
『碧海の都アレトゥーザ』 路地裏の鼠たち
『碧海の都アレトゥーザ』 図書室の少年
『碧海の都アレトゥーザ』 故郷は波間の先に
『碧海の都アレトゥーザ』 荒波の啓示
『古城の老兵』
『碧海の都アレトゥーザ』 デオタトの依頼
『街道沿いの洞窟』
『聖なる遺産』
『風繰り嶺』 風纏いて疾る男
『魂の色』
『Guillotine』
『防具屋』
『碧海の都アレトゥーザ』 風は留まらない

・第二章 英雄の片鱗
『ヒバリ村の救出劇』
『シンバットの洞窟』
『魔剣工房』
『希望の都フォーチュン=ベル』 オーガ討伐
『見えざる者の願い』
『解放祭パランティア』
『希望の都フォーチュン=ベル』 商船護衛
『古城の老兵』 【影走り】開眼
『碧海の都アレトゥーザ』 鼠たちの囁き
『希望の都フォーチュン=ベル』 魔法の大鍋
『碧海の都アレトゥーザ』 空に焦がれる踊り子
『碧海の都アレトゥーザ』 海風を震わす聖句
『闘技都市ヴァンドール』 “傷難の枝”

・第三章 出逢いと縁
『甘い香り』
『夜明けの鳥』
『私』
『剣と籠手』
『ジゼリッタ』
『碧海の都アレトゥーザ』 風は南海に集う
『碧海の都アレトゥーザ』 午後の余暇
『碧海の都アレトゥーザ』 闇窟の妖魔


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『碧海の都アレトゥーザ』 闇窟の妖魔

2018.12.03(19:36) 486

 それぞれが午後の余暇を過ごし、『悠久の風亭』に帰還した“風を纏う者”。
 共に行動するジゼルと、侍祭ジョドの襲撃から救われたレナータ、そしてレナータ救出に関わった“風を駆る者たち”のニコロもその場にいた。

 シグルトの服に流血の跡があり、抱えられたレナータが足を負傷し、ニコロもかすり傷を負ってている姿を見て、宿にいた一行はすぐに何があったか問い質した。
 特に『悠久の風亭』のマスターは、レナータの負傷に青くなり、ニコロが話したジョドの襲撃を知って真っ赤になって怒っている。

「それは災難じゃったの。
 ジョド侍祭についてはわしのほうから教会に苦情を入れようかの。
 
 マスターに聞いたんじゃが、レナータさんは正当なアレトゥーザの市民権を持っておるのじゃろう?
 市内における市民への集団暴行は都市法を無視する行いじゃ。

 貴族の後援があるシグルトと、この都市で連盟に所属している冒険者の宿のマスター、他の冒険者パーティの代表ニコロ君、そして司祭の役職にあるわしが連名で役所に事件の顛末を報告すれば、ジョド侍祭は悪い噂の絶えない男じゃから、厳命がなされてちょっかいをかけてくることはなくなるじゃろう」

 レナータの足に治癒の神聖術を施しながら、スピッキオが請け負う。

「爺さんたちは、明日朝一で役所に行かなければならないわね。
 〈羊飼い〉のなりそこないが、手間かけさせやがって…

 私は別行動で盗賊ギルドの方に掛け合っておくわ。

 腕の長い男…たぶん“長腕”のロネ、ね。
 アレトゥーザの盗賊ギルドに所属してる奴なんだけど、一般市民…堅気をギルドに無許可で襲うのって、地元では掟破りなのよ。
 ここのギルドマスターはフェミニストの気があるらしいから、婦女暴行未遂に関しては罰金か追放処分ね。

 知り合いが嫌ってた野郎だから、手土産ができたわ。
 安眠妨害される恨みと、うちのリーダーの報復を兼ねて、喧嘩売ってきたことを後悔させてやる!」

 目が笑っていないレベッカが、掌に拳を打ちつけて請け負った。

「そのジョドって人、アデイ先生にも良く絡んでくるんだ。
 徹底的にやっちゃっていいんじゃないかな?

 これから先生のもとに通うジゼルさんのためにも、女の敵は撲滅しないと」

 ニコニコ笑いながら、ラムーナがとても物騒なことを言葉にしている。
 シグルトを傷つけられたことに怒りを覚えているのだ。

 横でうんうんとジゼルが頷いている。

 特にレナータを集団で手籠めにしようとした、という話で女性陣の目の色が変わったのだ。
 女の冒険者たちは、荒くれ者の男たちに混じって活動するため、自分の貞操を守るために厳しい態度をとることが多い。

「ヤルなら、私も加わるよ。
 可愛いレナータちゃんに怪我をさせたんだ。

 二度と下町の土は踏ませてやらない…そうだよね、あんた?」

 本来は止める立場のラウラが、静かに怒っていた。
 マスターに至っては、「連中を殺す時は俺に声を掛けろ!」と熱い鼻息を吹いている。

 この時間いつもカウンターで飲んでいる小太りの男性が、「用事ができた」と言ってそそくさと逃げるように宿を出て行く。

「あまり派手なことをすればレナータの立場まで危うくなる。

 神聖術を決闘や自衛行動ではない理由で警告無しで撃ち込まれ負傷させられたから、取り押さえる時に〈刃を持った利き腕を踏み折って次は無い〉と強く警告しておいたが…
 スピッキオの立場も考えて殺せなかったが、もし相手側からさらに襲撃があれば、今度は自衛による抹殺も辞さないと役場の職員に告げておこう。
 傭兵やならず者を扇動し、市井で【聖なる矢】を二回も〈警告も無く使った〉のだから、報復の理由にはなるだろう。

 教会を追い詰め過ぎれば、組織自体が完全な敵になってしまう。
 ジョドという男の暴走で、今回は厳重注意を込めた報復と防衛・無力化をしたとして、役所へは〈厳格な防衛も止む無し〉の宣告をしておくだけで手打ちとしよう。

 ニコロやスピッキオに手間を取らせてすまないな」

 シグルトは現場においても冷静だった。
 あの場でできるぎりぎりの攻撃を行い、威圧をし、攻撃を受けた事実を利用した上で、〈武器を無力化する目的〉を盾に首魁の身体を破壊するという報復を行っていたのだ。
 普段は公正だが、シグルトもまた鉄火場に生きる冒険者。
 時に犯罪すれすれの武力行使もできる。

(シグルトさん、あの男が刃物を握ったのをわざと待って狙ったんだ…)

 噂とは違ったダーティな一面と恐るべき胆力に、猛っていた怒りがさっと冷める。

 ニコロに同じような判断ができるだろうか?
 おそらく頭に血が上って、殺害に及んでいたかもしれない。

 “風を纏う者”という冒険者たちが台頭してきた理由もよく理解できた。

 傭兵風の男は明らかに格上だったが、シグルトは対等に渡り合って打ち破っている。
 その場にいたニコロの精霊術を見て取り、戦力としてすぐ味方に引き込んで敵の最大戦力を叩き、首魁の悪手を見逃さずに〈自己防衛〉という大義名分を得る。
 剣術、風の精霊術、タフネス、勇敢さと状況判断力…

 仲間との呼吸もあっている。
 皆が必要な行動を宣言ながら、すべきことの方向性は一緒だ。
 行き過ぎないように静止を掛けつつも、リーダーとしてはっきり決断し、労いや謝意も忘れない。

「凄い…リーダーなんですね」

 思わず呟いたニコロに、シグルトは苦笑した。

「俺は、好い仲間に恵まれている。
 仲間を信頼してその時その時の決断を、精いっぱいやっているだけだ。

 きっと君もリーダーという立場上、若さや未熟さを感じて決断に迷うこともあるんだろうが、通過儀礼だぞ。
 先達の冒険者に憧憬を示した時、彼らは〈未熟さを忘れるな、懸命になれ〉とだけ教えてくれた。

 リーダーに必要なのは果断に決めて、責任を取る気概ではないだろうか。

 君はレナータを守るため多勢に挑み、複数の敵を退けた。
 その行動と力はリーダーに必要な果断さだと、俺は思う。

 あとは仲間に隠さず事実を話し、よく相談して賛同を得ればそれでいい」

 ポンとニコロの肩に置かれたシグルトの手は、美しい外見に似合わず節くれだって硬い。

「シグルトはね、どんな時も仲間をまとめて要所を決めてくれて、人のせいにしない。
 こういう人だから決断を委ねられるし、利害に執着して仲間同士で駆け引きしなくてもいい。

 絶対にぶれないから最高のリーダーなんだよね」

 ロマンが自慢げに言うリーダーの資質。
 それを聞いて、目から鱗が落ちる思いだった。

 シグルトの言葉には、仲間への強い信頼がある。
 信頼しているからこそ理解し、最善を決断している。

 リーダーは凄くなくてもいい…つまり特別優れていなくても良いのだ。
 冒険者としての資質の高さにばかり目が行き、焦りから大切なことを見失っていたことに気が付き、ニコロは心の奥ですとんと腑に落ちるものを感じた。

「くっそう。
 リューンの宿の専属でなけりゃ、囲い込みたいんだけどなぁ。

 お前の若さでそんな風に断言できる奴なんか、いやしねぇぞ」

 マスターが評価しているのは、シグルトの実力よりも、円熟した精神と必要ならば汚れることすら恐れない胆力である。
 仲間や周囲の人間に及ぶ被害を配慮しながら、その時すべき決断を最速で行って迷わず突き進むこと。
 熟練冒険者にも簡単にできることではない。

「確かに。
 シグルトって、どんな時もあんまり迷ってる様子が無いのよね。

 迷わないって、難しいことだと思うんだけど」

 ジゼルがそんな感想を述べると、シグルトはまた苦笑して「俺だって迷うことはある」と答えた。

「逡巡は、命を懸ける場面で時間という選択肢を浪費するんだ。
 その時思いつく最善を、できるだけ早く行う。

 先攻(ファーストストライク)。
 険しきを冒す者は、苦難の先端に立つ故に足元が崩れる前に疾る必要がある。
 
 〈迷ってもいいが、後悔する前に決めろ〉…父の教えだ」

 一瞬だけ、青黒い瞳にぐっと漲る意志。
 シグルトが、父から受けた教訓をとても大切にしていることがよくわかる。

 レナータは、シグルトの霊気が何故美しいのか、この時はっきり理解した。
 揺らがない信念が刃筋の通った刀剣のようで、生きることへの強い覇気を宿しているのだ。
 大自然の力強さが理不尽であっても雄大で美しいように、決意という強さを秘めた生き方は、弱さを持つ者が抱く憧憬の先で待つ到達点。

 魂(スピリット)という言葉には、信念という意味もある。
 主体性(アイデンティティ)がくっきりとしている魂は、強く輝くことができるのだ。

 青黒い瞳の奥底に苦渋とともに宿った決意を見て、レナータは少し悲しい気持ちになった。

 シグルトはその決意を抱くまでに、そして抱いた後にも、数えきれない闇を背負い飲み込んでいるに違いない。
 「凄い」とか「優れている」という評価が、シグルトの心に棘を突き立てているのだとわかる。
 決断することで手からこぼしてきた大切なものを思い出す時、至らなかった不甲斐無さが責め苛むのだ。

(艱難辛苦に打ち直され、自らを研ぎ澄まし頂を目指そうとする孤高にして諸刃の生き様。
 開闢に至る可能性を宿しながら、茨の道が行く手に待つ。

 試練で身を欠けさせ擦り減らし、錆び朽ちる。
 最果てにあるのは、朽ちた剣が並び立つ寂寥の墓地。

 流した血潮で慟哭を洗い、荒涼とした未来に独り立つ。

 万象を生みし母に愛されし、発現の御子。
 大悪にも恩恵にもなりうる、文明と進化の切先を振るい、道を開く者。

 そは刃金なり)

 精霊術師に伝わる、詩(うた)。
 刃金とは英雄に宿る戦士の精霊のことだ。

 英雄たちに共通すること。
 未踏の偉業を成した者だと人は言うが、それ以前に難行がある。
 多くの英雄は、波乱万丈の先に悲劇で果てるのだ。

「…シグルトさん、熟慮と休息も忘れないで。

 あなたはとても優秀で、こんなにも期待されています。
 でも、それ以上に生き急いで見えるんです。

 かけられた期待に全て応えられる者などいません。
 あなた自身が、一番それを知っているはずです」

 周囲からかけられていたものとは正反対の、制止の言葉。

 皆が一斉にレナータを見た。

「師が言っていました。
 〈しないように努力する者も、囚われるのが後悔だ〉と。

 勇敢に懸命に力を尽くすことはとても大切なことかもしれません。
 でも、命を削る生き方だと思うのです。

 あなたの大切な人たちのために、無茶はしないで…」

 見開かれていたシグルトの青黒い瞳が、フッと柔らかに細められた。

「君は、母と同じようなことを言うんだな。
 〈親しい者は、無茶を行う者よりも嘆くのだ〉、と。

 子供の頃、コケモモを採りに幼馴染や妹と森にでかけた折、狼の群れに囲まれて必死に戦った。
 無数の狼を殴り殺して親しい人を護り、自慢げに興奮していた俺の手から、刺さった狼の牙を抜き、泣いて怒った母の顔を思い出す。
 …俺はあの時からちっとも成長していないな。

 俺はきっと、必要ならまた狼の口に手を突っ込んでしまうだろう。
 でも、君や母の言ってくれた教訓は忘れまい。

 うむ…心しよう」

 確認するように決意を言葉にすると、シグルトはニコロの方を向き、肩をすくめた。
 まるで「男ってやつは、どうしようもないな」と苦笑するように。


 翌日の朝、“風を纏う者”とニコロはアレトゥーザの役所に向かった。
 パーティの中でレベッカだけは盗賊ギルドに向かっていた。

 レナータは負傷した足を治療する意味で、『悠久の風亭』に留め置かれていた。
 ジゼルは今日から別行動で、アデイとともに舞踏の基礎を学ぶことになっている。
 
 アレトゥーザの役所で、ジョドの襲撃が伝えられ、危険人物から身を護るために自衛のための実力行使を行ったことと、今後アレトゥーザに滞在する時は襲撃に対して自衛行動を辞さないと半ば強引に要求するシグルト。
 その横でスピッキオがレナータに書いてもらった被害届を提出し、聖海教会の聖職者として遺憾を表明する。
 ニコロは付き合う形で、場に居合わせたことを話し、シグルトやスピッキオの要請が正当だと相槌を打つ。

 シグルトが止めとばかりに貴族の庇護を受けていることを証明する印章を見せると、効果はてきめんだった。

 受付嬢では対処できないことと奥の応接間に通されて、アレトゥーザ市議会の重役と話し合った結果、ジョドやその取り巻きが襲撃してきた場合、退けるための武力行動が認められるという申し出が提出され、シグルトやニコロが取った防衛行動に関しては「止むを得ず行った行動」として不問になるだろうとの話であった。
 ジョドの逸脱した行為はアレトゥーザでも問題となっており、今回は聖海教会司祭からの口添えもあることで、ジョドには役所から厳重注意がされるとのことである。

 その後一行は聖海教会に向かい、スピッキオがマルコ司祭に事の次第を話すと、マルコ司祭はすぐに穏健派の集会を開くと言って教会を出て行った。
 彼の話では、「ジョドが次に問題行動を起こせば破門になる」という宣告がなされ、しばらく謹慎処分になるだろうとのことである。

 レナータやシグルトを殺そうとした行為に対し随分と甘い処置にも思えるが、侍祭のような下級の聖職者にとって破門とは生活基盤の全てを奪われるに等しい罰なのだ。
 それに、現行犯でジョドを連行しなかったことも問題となっていた。

 シグルトやニコロがジョドを連行しなかったのには、周囲の人間が襲撃を黙認していたという背景もある。
 ジョドは裕福な商家の出で資産もあり、アレトゥーザでは上級市民に当たる身分だ。
 今回はスピッキオを介する連名の申し出なので、役所や教会が動いたとも言える。
 あの場でジョドを下級兵士に突き出しても、ジョドが「暴行された」と騒ぎだせば、拘束されたのアシグルトやニコロで、最悪原因に当たるレナータが罪人にされてしまう可能性があった。
 
 この時代の刑事事件は、撮影機器等の証拠物件を確保する手段が少ないため、ほとんどが犯人と被告の証言による。
 そして、証言の良し悪しは、証言者の身分や信用に直結しているのだ。
 
 レナータの襲撃事件は、普通に提訴すると聖職者でもあり身分が高いジョドの言い分が通ってしまうだろう。
 シグルトは貴族の庇護を受けているが、現状は冒険者でアレトゥーザ市民ではない外国人だ。
 ニコロも同様で、通常の申し出ではむしろ立場を逆用されて危機に陥るかもしれない。

 そこで、教会のより上位の聖職者であるスピッキオが、保証人としてシグルトの正当性を主張することで「聖職者としてのジョドの権限を封じた」のである。
 上級の聖職者であるマルコ司祭の口添えもあれば、教会側はジョドのやりすぎを看過できず、今回のことに対して横やりを入れる可能性は低くなるはずだ。

 さらに、シグルトが貴族の後援を受けている冒険者であることが大きく影響する。
 周囲を固め、役所に堂々と詳細を報告し訴えるという行為で公文化して下層で握り潰しができないようにしてから、シグルトは貴族の庇護を受けているという立場を真正面から行使できるようになった。

 シグルトは西方でも有力な貴族であるヴェルヌー女伯の寵愛厚く、しかもヴェルヌー女伯はかつてゼーゲ十字軍で活躍した貴族の家系で、聖遺物を所有する名門だ。
 もしシグルトが「善良な市民を守るために自衛行動をとった」ことを正々堂々と証言して訴えたのに、都市の役人や教会が「地位の面から証言を却下する」などすれば、庇護者であるヴェルヌー女伯の面子を潰してしまうのだ。
 下手をすれば国際問題になりかねない。

 面倒な手順を不踏むことにはなったが、シグルトは都市法や権限を駆使して太い楔を打ち込んだ。
 今までその権力を使って人を扇動しレナータを迫害してきたジョドだが、裕福で上級市民程度の侍祭では話にならない、ということである。

 貴族社会が残る地域において、身分を持たない者が権利を主張するのはとても難しい。
 正当性よりもコネクションやバックボーンの強さを武器にしなければ、同様の手段を使う敵には勝てないのだ。

 ニコロは、“風を纏う者”の巧みな交渉を見て衝撃を覚えていた。
 今までの仕事で、冒険者という底辺の立場故に苦労した場面は数知れない。

 ニコロのような若い冒険者は、コネクションを作ることに消極的な者が多い。
 「冒険者に手を貸してくれる身分の高い人物などまずいない」と考えるし、自由を束縛するそれらのパトロンに関わりたがらないのだ。
 斯様な食わず嫌いが、今回のような場面で決定的な力不足にもなりうるのだと、気付く一件だった。

 学ぶことが多かったと言って『悠久の風亭』に帰るニコロに、「また逢おう」と言って別れを告げると、“風を纏う者”は別行動をとっていたレベッカと合流するため大運河へと向かうのだった。


 レベッカはすでに待ち合わせ場所に来ていて、露店で販売している貝の串焼きに魚醤を塗ったものを旨そうに頬張っていた。
 じっとりとした目で見るロマンやスピッキオを無視し、食べきった木の櫛を捨て、口に着いた魚醤を拭うと経過報告をしてくる。

「…取り越し苦労だったわ。

 なんでかレナータちゃん襲撃の詳細が盗賊ギルドに伝わっていてね。
 私の方から情報提供の恩を着せてあれこれはできなくなってたんだけど、ここの盗賊ギルドは全面的に私たちのケツを持ってくれるってさ。
 
 ロネ…腕の長い盗賊が手を出して来たら、ギルドを気にせず殺していいって。

 ジョドって侍祭、異端審問官を気取って相当あくどいことやってたみたい。
 盗賊ギルドの方も随分迷惑してたのよ。

 あたしら盗賊は、女はもちろん異邦人や異教徒も多いから、ああいう差別主義者は基本的に敵になりやすいの。
 前に娼婦を不浄な職業だとか言って、ギルド幹部の女に暴行して顔を傷モノにしたことがあったみたいでさ…ギルドでは一致して徹底的にやるって言ってたわ」

 裏社会の方でも対策がされたため、レナータ襲撃の件は一端これで手打ちということになった。

「それじゃ、ゴブリン退治だね~!」

 当初の目的通り、シグルトたちはこれからゴブリン討伐に向かうことになっていた。
 ゴブリンの目撃例があった場所から近い村に一泊して、明日探索と討伐を行うことになる。

「そのことなんだけどさ…

 さっきまで別のパーティの子がいたから仕事の話はしなかったんだけど、今回の討伐、ちょっとヤバいかも。
 ダークエルフか邪教の司祭みたいなのが混じってるかもって情報があるのよ」

 ダークエルフと聞いて、一斉に緊張が走った。

「ふむ、邪悪な闇妖精がおるかもしれんのか。
 連中は闇の精霊術や攻撃魔法を得意としておる。

 村に着くまでに対策を話し合っておかねばいかんの。

 わしらには対魔法の術が無い。
 連中の使う精神を錯乱させたり恐怖に落とす術、呪縛や眠りに、最悪【炎の玉】のような広範囲攻撃の魔法もあるかもしれん。

 シグルト、どうすべきじゃと思う?」

 スピッキオが戦闘の指揮官でもあるリーダーに問う。

「依頼を受けた後で、無いものを今更どうこう言っも始まらん。

 戦い方としては、ロマンに【眠りの雲】を使ってもらって出ばなをくじくことだが、ダークエルフの中には異常に魔法に対する抵抗力が強い者がいたはずだ。
 魔法は基本効かないことを前提に、ダークエルフがいたら優先で狙って戦おう。
 他の術師やシャーマン種がいても基本戦略は同じだ。

 レベッカ、お前は撹乱や新しい技で足止めを試してほしい。
 確か、成功さえすればある程度動きや発声を封じられると言っていたな?
 見張りの始末や口封じも頼む。
 最悪に備えてロマンが調合した【治癒の軟膏】を持ち、スピッキオが行動不能になったら最優先で使ってくれ。
 多数に狙われたと思った時は魔法の指輪で隠れて凌ぐのがベストだろう。
 
 ロマンは、レベッカの搦め手に乗じて可能なら魔法を使う敵の呪縛を狙ってほしい。
 攻撃の術より眠りや呪縛を優先だ。
 敵の集団が眠った後は、止めは俺やラムーナがやる。
 【魔法の矢】は攻撃が当たらない時に、俺の精霊術とで奥の手になるから、最初は様子見で温存だ。

 ラムーナ、盾で身を守りながら、俺と一緒に魔法を使う敵がいたら最優先で狙うぞ。
 ただし、技量的に攻撃が回避されそうならホブゴブリン優先だ。
 もしロマンが術師の類を拘束したら雑魚から撃破して行く。動ける強い奴を優先だ。
 精神系の術を食らったら、魔剣を使って戦い持ち直すまで雑事は考えるな。

 スピッキオは、守りの神聖術をかけながら怪我人に回復魔法を頼む。お前が倒れたら防御面で持たない。
 守りはお前が最優先、次点でロマンだ。俺とラムーナは自前の技があるし、ちゃんとした防具もある。前衛への補助の術は最後にして貰って構わん」

 堅実な作戦を考えながら、「これでは無茶をせざるを得んな…」といつもの苦笑い。

「仕方ないよ。

 私たちは〈険しきを冒す者〉。
 冒険者なんだから」

 にっこり笑うラムーナの目は、戦意に溢れている。

 どんな熟練者でもあっさり死ぬのが冒険者だ。
 最善を尽くしても不測の事態が起き、虫が人間の子供に手足をもがれるように、理不尽に食い尽くされる。

 戦いとはどちらかが最後に蹂躙されるものだ。
 勝利と敗北という絶対的結果はほとんど揺るがない。

 心の中で母とレナータに詫びながら、シグルトも敵を打ち倒す戦士の目になった。


 ゴブリンの被害が最もあったという村に着くと、“風を纏う者”は村長に一晩の宿を頼み、ゴブリンに被害を受けた者や目撃した者から情報を収集して、彼らのねぐらがある場所を特定する。

 陽が沈んだら休んで、次の日早朝に発つと、ゴブリンが目撃されたという付近にある洞窟へと向かった。
 夜行性の妖魔であるゴブリンは夜目が利くため、薄暗い廃屋や洞窟を根城にし、昼間は籠っていることが多い。

 洞窟周辺の痕跡から、十匹程度の小さな群れ画素の洞窟をねぐらにしていると断定できた。
 攻め入る前に可能な準備をする。

 スピッキオが防御の神聖術【聖別の法】を仲間にかけて行く。
 レベッカがロマンから高品質の【治癒の軟膏】を受け取り、服に仕込んだ隠しポケットにしまう。
 ラムーナはリズムを口ずさみながら、とんとんとステップを踏んで習得したばかりの【幻惑の蝶】をいつでも行えるように身体を温めていた。
 シグルトは言霊を込めて相棒の精霊トリアムールを呼ぶ。

 洞窟にに入る時の隊列は、先頭が斥候役のレベッカ、次いで前衛壁役のシグルト。
 中衛に浪漫とスピッキオが続く。
 殿は身体が小さく突進力のあるラムーナだ。

 レベッカがすぐに見張りのゴブリンを見つけ、忍び寄って手に持った拘束紐で首を縛りあげる。
 悲鳴を上げることもできず、見張りは頸動脈を圧迫されて即座に意識を失い、シグルトが首が落ちる音がしないように首を掻き切った。

 奥に進むと、奇襲なはずにもかかわらずゴブリンが布陣している。
 屈強な体格のホブゴブリンが二体、他にゴブリンが六体。

 シグルトの首の産毛が逆立つ。
 感じた違和感…敵はこうも的確に奇襲に対処しているのに、首魁となる賢そうな奴がいない!

「…ラムーナ!」

 即座に付与した精霊術を解放し、全面の二体のゴブリンを打ち据えながら、シグルトは即攻の抜き打ちでホブゴブリン一体を瞬殺しながら叫んだ。

 殿を務めていたラムーナは、阿吽の呼吸でシグルトの言葉に呼応し、前転してひらりと〈背後からの攻撃〉を躱し切る。
 とっさに構えた盾の表面をこすり、針のように細い短剣の切先が薄暗い洞窟に火花を散らした。

 ぬっと、闇から現れたのは眼光鋭い蓬髪の女。
 長く尖った耳と、黒い肌。
 間違いなくダークエルフである。

「人間ごときに我が一撃を躱されるとはな…
 
 次は無い。
 ここで死んでもらおう」

 入口につながる通路を塞ぎ、その黒い女は酷薄に嗤った。

「ラムーナ、無理せずに俺と並べ。

 スピッキオとロマンを挟んで他の面子で囲むんだ」

 ロマンはすでに魔導書を開いて詠唱を始めていた。
 スピッキオも聖印を持って祈りながら、精神を集中する。

 バク転しながらラムーナが近寄ろうとしていたゴブリンを蹴り飛ばし、シグルトの横に付く。

「《舞い踊る白刃よ疾殺を歌えっ、荒れ狂う隼の飛翔の如く!》
 
 《…斬り裂け!!!》」

 密集を見て取りダークエルフの唱えた呪文は、南海の術師たちが好んで使う【操刃の舞】という魔術だ。
 〈飛び段平〉などとも呼ばれ、魔力で操作する刀剣で敵を薙ぎ払う術法である。
 
 落ちていたゴブリンの剣が突然浮き上がると、ものすごい勢いで旋回しながら飛翔し、シグルトたちの間を駆け抜けた。

 あらかじめ掛けていた防御の神聖術が刃を弾き返し、重傷を負った者はいない。
 ラムーナに至っては付与した【幻惑の蝶】の能力によって、完全に回避していた。

 シグルトから再び二筋の風が疾る。
 先ほどの精霊術で瀕死になっていた二体のゴブリンは、この攻撃により次々と斃れ伏した。

 向かってきた刃の洗礼を、シグルトも回避していた。
 すでにダークエルフの影、死角に踏み込んで死に体からその脇腹を抉る。

「ぐぅっ!」

 シグルトは剣術の型について学び、解放祭パランティアの時謝礼として受け取った技術書の剣技【刹那の閃き】を習得していた。
 この技でホブゴブリンを瞬殺し、トリアムールの風で勢いをつけた状態から避けられぬ【影走り】をダークエルフに敢行したのである。

「…仕留められなかったか」

 敵の大掛かりな呪文を回避し、絶妙のタイミングで有効打を与えながらも、シグルトの表情は苦い。
 本当なら今の一撃で沈めておきたかった。

「おのれぇっ!」

 流血しながらも、傷はあまり深くない。
 ぱっくりと切れているのは、服の下に着込んだ胴着である。
 頑丈な樹木の中皮となる繊維で編んだそれは、特別な樹液に浸すことで鎖帷子に準じる防御力を発揮するのだ。

「《…眠れ!》」

 ロマンの呪文が完成し、密閉した洞窟の中に無味無臭の催眠ガスが満ちる。
 これにより残ったゴブリンとホブゴブリンがバタバタと眠っていく。

 ダークエルフも巻き込んだはずだが、効いた様子が無い。

「ふん、下級妖魔など役に立たんか。

 …いいだろう、我一人で十分だ」

 ゆらり、とダークエルフが疾走する。
 意趣返しのようにシグルトの脇腹が裂け、血が飛沫いた。
 盗賊に伝わる【黒猫の牙】という短剣術である。

 一瞬だが動きを封じるこの技で体勢が崩れ平衡感覚を失ったことに気付いたシグルトは、籠手で防御をし地面を転がり仲間に指示を飛ばした。

「そいつは白兵戦でも使い手だぞ!

 ロマン、【魔法の矢】で疲弊させて行け…生半な攻撃は当たらん!
 ラムーナ、確実に当てられないと思ったら寝ているゴブリンの喉笛を踏み砕きながら挑め!ロマンに攻撃させるな。
 レベッカとスピッキオは作戦通りだっ!」

 攻守を交代するようにラムーナが前に出てダークエルフに攻撃するが、容易く回避される。

「くっそ、こんな化け物が相手なんて聞いてないわよ!」

 レベッカが毒づきながら、力任せに足元のゴブリンの喉笛を踏み砕いた。
 止めを刺し切れずはね起きて呻くそれを、シグルトが籠手で殴り止めを刺す。

「《…穿てっ!》」

 シグルトの指示に従ってロマンが【魔法の矢】を直撃させるが、ダークエルフはそれにも耐えきった。
 よろめいているので、シグルトの初撃と合わせて体力を削ってはいる。

 反撃とばかりに、もう一度【操刃の舞】が“風を纏う者”を薙ぎ払うと、ロマンが流血して地面に膝をついた。
 癒しの術を準備していたスピッキオが即座に回復の手を入れる。

「このっ、しぶとい人間どもがっ!」

 レベッカのフェイントやラムーナの放つ大振りの攻撃をすべて避けながらも、ダメージのせいで青ざめ、ダークエルフは焦りを見せている。
 交互に攻撃を仕掛けながら、隙を見て眠ったゴブリンに止めを刺し、“風を纏う者”は少しずつ敵を追い詰めて行った。

「《穿てっ!》」

 ロマンの二発目の【魔法の矢】がダークエルフの額を弾いた。
 驚異的な体力で耐え、ダークエルフは憤怒の形相で追撃に飛び掛かったラムーナの腹に拳を叩き込んで、シグルトの放った【刹那の閃き】を躱す。

 ぐらりと倒れたラムーナを見て、スピッキオが聖印を握ると強い祈りの言葉を唱えた。

「《主よ、救いの御手を!》」

 スピッキオが使ったのは神聖術【癒しの奇跡】。

 蓄積していた“風を纏う者”の疲労が一気に拭い去られ、倒れていたラムーナが片手倒立から蹴り込むようにダークエルフを攻撃しながら立ち上がった。倒立する時に手放していた盾の取っ手を足の先でひょいっと持ち上げゲル器用な芸当をしながらである。

 ラムーナからの反撃を避けて、はたとダークエルフが周囲を見れば、周囲のゴブリンとホブゴブリンはすでに皆事切れていた。
 レベッカが仕掛ける振りをしながら、止めを刺して回っていたのだ。

「そら、もうあんたでおしまいってね!」

 向かってきたレベッカに、「身の程知らずめが!」と短剣を振ると、ぷつんと髪が抜ける。
 レベッカがおちょくるように毛を引き抜いたのだ。

 憤怒の表情でレベッカを睨むダークエルフ。
 シグルトはその時、トリアムールに呼び掛けて精霊術を備えていた。

 魔法で避けられない止めが来る…そう悟ったダークエルフはせめて刺し違えんとシグルトに刃を振るったが、シグルトはレベッカが作ってくれた隙を利用して【堅牢】で防御を行い、攻撃を耐えきった。
 クロスした籠手で挟むように敵の短剣を抑え込み、がら空きの脇腹に風が一閃。

 シグルトが最初につけた傷から大量の鮮血が噴き出した。
 肝動脈まで断たれたのだ。
 喀血したダークエルクががくりと膝を折った。

「…ここまでか…。

 人間ごときと侮りすぎたようだ」

 続きを言わさずシグルトは無言でその首を断ち、確実に止めを刺す。
 ダークエルフや邪教の神官は、死に瀕した時呪詛を残すことがある。
 呪術に詳しい知り合いから、「死に際の術師のたわごとは絶対に聞くな」と言われていた。

 自嘲的に口端を吊り上げ、ごろごろとダークエルフの生首が転がっていく。

「…勝った?」

 次の術を用意していたロマンが、呆けたように呟いた。
 そうなるほどに敵の首魁はしぶとかったのだ。

「ええと…

 何も言わない。
 死体のようだ?」

 ラムーナが、転がったダークエルフの首を剣の鞘でつつきながら、首をかしげた。
 戯曲などで笑いを取る時に使うセリフ付きである。

「…死体なら何よりね。

 シャレになんないわよ。
 なんつ~すばしっこくて頑丈なの、この黒兎女!」

 念のためと、転がったゴブリンたちの生死も確認する。
 見張りを含め、ゴブリン七匹にホブゴブリン二匹はすべて死んでいた。

「ふい~。
 前にオーガと戦った時の方が、まだ楽じゃったわい。

 敵の呪文がたまたま刃じゃったが、もう少し魔法対策が必要じゃの」

 集団攻撃の術法を使う敵がどれほど恐ろしいか、改めて痛感する戦闘であった。

「【魔法防御】みたいな抵抗力向上の術はほしいよね。
 でも、あれって魔術回路を圧迫して他の術が使い難くなるんだよなぁ。

 僕も攻撃魔法でダークエルフが使ったような対集団系や、自己防衛用の術がほしいよ。
 正直僕の今の魔術回路じゃ、領域不足かも。

 へフェストの【カドゥケウス】があればなぁ」

 銀貨数千枚する高価な魔法の杖を思い浮かべ、ロマンは溜息を吐いた。

「そのためには、お金が必要よね!

 何か金目のものが無いか漁ってたら、あのダークエルフが持ってたらしい書簡を見つけたんだけど、見たことない言語でさ。
 あんた読める?」

 レベッカが数枚の羊皮紙を持ってくると、蝋が剥がれたものをロマンの前に広げて見せる。
 西方圏には無い、ミミズののたくったような字が書かれていた。

「…これはおそらく聖典教徒が使う東方の文字だね。
 この紙からはかすかに潮の香りがする。

 フォルトゥーナ近郊の島にある自治区に、聖典教徒を先祖に持つ改宗者が住んでるって聞いたことがあるよ。
 指輪を使って翻訳すれば内容を判別できるとは思うんだけど、暗号みたいだし、正直内容は知りたくないかな。
 ダークエルフの持っていたものだから、ろくなこと書いてないと思う。
 ぱっと見で知ってるものでも物騒な単語、たくさん使ってるし」

 レベッカに対し「指輪の魔力を使う価値があると思う?」とロマンが尋ね還すと、ラムーナと一緒に死体の処分を終えたシグルトが書簡を取り上げて丸めてしまう。

「翻訳はせずに、盗賊ギルド経由でアレトゥーザのお偉いさんに渡した方が良いだろう。
 手数料を取られるかもしれんが、地元の冒険者ではない俺たちでは、下手に内容を知ると厄介ごとに巻き込まれる。

 内容を知らない・見ていないなら、密偵たちに見張られてもボロは出ない。
 〈無知は至福である(Ignorance is bliss)〉、だ」

 西方風に「知らぬが仏」とシグルトが下した判断に、スピッキオが賛同する。

「臨海都市であるアレトゥーザとフォルトゥーナは、昔から不倶戴天の宿敵同士でな。
 最近の海賊騒ぎもフォルトゥーナが暗躍している、とも言われておる。

 ダークエルフは犯罪や紛争の闇に紛れて日銭を稼ぎ、活動することが多いからの。
 海賊騒ぎの合間に、小規模の妖魔の群れを率いておったのだから、その背景はろくなことではあるまいて。

 シグルトの言うようにアレトゥーザの役人の方に書簡が渡れば、事後処理はあっちでやってくれるじゃろう」

 男性陣が揃って「関わるべきではない」という意見だったので、ラムーナも「面倒は敵!」と手で×を作って同調する。
 レベッカも、「なら仕方ないわね」と書簡を道具袋に収めた。


 結局ダークエルフの持っていたそれらの秘密文書は、次の日に盗賊ギルド経由でアレトゥーザの役人に手渡され、内容が重要なものだったため銀貨五百枚ほどの報奨金となるのだが、盗賊ギルドに仲介料と面倒ごとの処理で六割も引かれてしまい、“風を纏う者”には銀貨二百枚だけがもたらされた。

 ダークエルフの討伐に関しては、レベッカが描いた似顔絵と耳の拓を取って討伐の証明としたが、都市議会が「討伐を依頼をしたものではなかったから」と、金を全く出さなかった。
 海賊退治の結果が芳しくなく、さらなる討伐の企画で都市議会には金が無いのだ。

 当初のゴブリン退治の報酬と合わせれば、報酬の合計は銀貨七百枚。

 ダークエルフ撃破という、ロード種やオーガの討伐にも匹敵する偉業を達成しながらあまりに報酬が少ないと、レベッカは嘆く。
 『悠久の風亭』の主人に賃上げ交渉をしようとするのをシグルトが止め、申し訳なく思ったマスターが宿代を大幅にまけてくれた。

 間も無く盗賊ギルドから都市議会から呼び出しがあるという話が来たが、「今回の一件は報酬が出ない程度の関り。盗賊ギルドの方が多く金を貰ってるのだからそっちで責任をもって処理するように」とレベッカが切って捨てた。

 盗賊ギルドの言葉は正しく、都市議会からは「直ちに出頭して状況を話すように」という頭ごなしの召喚命令があり、役人の使者から受け取った召喚状の内容に不快感を表したシグルトとロマンは、「すでに報告は済んでいる。仕事のついでにダークエルフを倒しただけなので話すことは無い」と命令を拒否してしまった。

 なんでも相手の言うことを聞く冒険者は軽く見られる。
 「こっちを軽んじた結果だ」と強く出るのも、冒険者流の外交なのだ。

 担当の役人は冒険者をはなから馬鹿にしている人物で、再度の召喚状で「“風を纏う者”が審問に応じない場合、ジョドの一件に関する要請を却下する」と脅しをかけてきたのだが、これにはシグルトが強い怒りを露にして、「我々はアレトゥーザの市民ではなく、他の都市の冒険者としての権限を有する。もしそのような不当な扱いをするのであれば、後援の貴族を通じて不正を訴え強く抗議するだろう。今回の都市議会の態度は西方中の貴族に知られることになる」と威圧して使者を追い返し、以後その役人との会合の一切を拒否した。
 返答は役人以外に、もう一通手紙を使って教会の穏健派経由で市長に渡すという手の込みようである。

 市長への手紙には海賊退治のせいでゴブリン討伐が放置され“風を纏う者”対応したこと、元々都市議会の方が、ダークエルフの討伐を報告に行った“風を纏う者”を軽く扱ったこと、その場でダークエルフに遭遇し書簡を手に入れたが〈異国語らしく開封されたものも読めなかった〉など、事細かに議会が求める情報を書いてある。
 担当の役人が犯罪者を呼びつけるように命令してきたため不快な思いをしたこと、別の案件を盾に脅迫してきたのでそれを断ったこと。都市議会が脅迫の内容を断行すれば、後援の貴族ヴェルヌー伯と相談し、“風を纏う者”の自由と名誉にかけて断固抗議する、と状況も添えてだ。

 無礼な役人の方に情報が渡ればそちらの手柄になってしまうから避けるが、持っている情報は都市議会の良心的な人物に渡すべき。
 シグルトは「正面から都市議会の全てと諍い合う無茶はさすがにできんからな」と苦笑していたという。

 結局役人の謹慎処分と降格が決定し、“風を纏う者”の召喚命令は撤回された。

 その役人はジョドからも賄賂を受け取っていた人間で、“風を纏う者”の訴えで大切な金蔓を失ったことを逆恨みしていたらしい。
 街の権力者が優秀な冒険者を力づくで囲い込もうとすることはよくあることで、優秀な冒険者である“風を纏う者”を手駒にしようと企んでいたのだ。
 最近海賊退治でいくつもの優秀な冒険者の何人かが手痛い失敗をしており、役人の傀儡だった冒険者パーティが全滅してしまった、という事情もあった。

 都市議会から詫びが入り追加報酬の話にまでなったが、シグルトは仲間と相談の上これを断って「手紙に使った羊皮紙とインク代」のみを請求し、次は無礼な対応が無いよう配慮を求めたのである。
 市長への橋渡しをしてもらった聖海教会穏健派は、保守派に関わる役人を一人排除できたことで大きな利益を得ていた。

 最この騒動で、“風を纏う者”はほとぼりが冷めるまですぐアレトゥーザを離れようと決断する。
 騒ぎ過ぎたため、地元の冒険者への影響を配慮したのだ。
 あまりよそ者が大きな面をすると、確実にもめる。

 こうした交渉戦は一見とても面倒なものだが、実行できる冒険者は一目置かれる。
 世界を旅する冒険者だからこそ、その身と立場を守るため必要な技能なのだ。

 ジゼルは元々基礎的な舞踏の素地ができているということで、【舞踏家】として名乗ることをアデイに許されたが、基礎鍛錬を兼ねて“風を纏う者”と同行し、リューン経由でペルージュに向かうことにした。

「こんなに早く旅立つ羽目になるなんてね…」

 アレトゥーザの海産物を殊の外気に入っていたジゼルは、残念そうにしながらもすぐに旅支度を整えた。

「貴族とのコネを使い過ぎた野も理由でな。
 ペルージュに行く前に、ヴェルヌー伯に挨拶や経過報告をしておかねばならん。

 予想外もまた冒険というわけだ。
 こういうことにも慣れんと、朝飯を食う暇も無くなるから覚えておくといい」

 長靴を履き、外套を羽織ったシグルトが挨拶を済ませると、そんなことを言いながら宿から出て行く。

「アレトゥーザの海風も、ちょいと冷たくなってきたわねぇ」

 防寒用にファー付きの外套を纏いながら、レベッカはマスターと女将に手を振ってから、外の風に身を縮めた。

「これじゃあ、北はもっと寒そうだね」

 灰色の冬空を睨みながら、厚着をしたロマンもレベッカの後に続く。

「次の宿ではあったかいもの食べようよ!

 シチューかポトフがいいな~」

 一番薄着のラムーナは、健康的な脚の肌をちらつかせながら駆け出して行った。

「やれやれ、老骨には堪えるの」

 そういいつつしゃんと伸びた背筋で、スピッキオも宿の扉をくぐった。

「わ~、護衛対象置いてかないでよっ!」

 慌てて追いかけながら外に出たジゼルは、あまりの寒さにぶるりと身震いして“風を纏う者”を追いかけるのであった。

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Y字の交差路


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『碧海の都アレトゥーザ』 午後の余暇

2018.11.27(15:12) 485

 南海はアレトゥーザ。
 そこにある〈鼠〉の巣穴…すなわち盗賊ギルド。

 〈鼠〉とは盗賊のことだ。
 人間の生活圏に混じって、利潤をかっさらう。
 ある賢者が言った…人間が消え去った後、真っ先に滅ぶのは、人間の生活に寄生しきった鼠たちだと。

 暗がりのドブ、粘着いた悪臭のする泥水の中を、連中は走り回る。
 旨い物=いい話は無いものかと。

「…まだ坊主の真似事やってやがるの?
 敬虔な振りをするのは腹いっぱいだわ。
 胸糞が悪くなるぐらいに。

 うちの年寄り〈羊飼い〉の、説教は鬱陶しいのよ。
 たまにはしゃれた酒屋で上等なラム肉のソテーでも食べながら、背徳的な美酒を煽りたいものね」

 教会近くにある盗賊ギルドの連絡所に案内されながら、レベッカはアレトゥーザで盗賊ギルドの幹部を任されている隻眼の男…ファビオに毒づいていた。
 羊肉を所望する当り、相当に皮肉を込めている。

「まったくだ。
 ボスの考える謁見作法にはうんざりだぜ。
 〈鼠〉に信心深い振りなんぞさせても、ミミズみてぇな尻尾で汚水を跳ね上げて、くだらねぇと連呼するのがオチなのによ。
 下っ端に餌探しを押し付けて、どこぞの人妻を寝取ろうとでかい腹揺らしながら飲んだくれてる様子が目に浮かびやがる。

 〈子羊〉だって、薄ら冷たい四角い目だ。
 坊主の真似事なんぞしてると、そのうち俺の目ん玉まで角が立ちそうだぜ」

 〈羊〉や〈子羊〉は教会信徒のことを指し示す符丁である。
 〈羊飼い〉は聖職者のことだ。

 大半の盗賊は不心得者が多い。
 半ば犯罪者と言える盗賊は、その立場に至るまでに様々な苦労をしている。
 戒律を守り、清らかに生活するなど不可能。
 そういう過程でバッサリと信仰心を失うのだ。

「ま、他所様んとこで作法の良し悪し話しても腹は膨れないわ。
 本題に行きましょうか。

 結局、今の〈鮫〉騒ぎで、どんだけ〈漁師〉が駆り出されてるのよ?」

 アジトにつくと、レベッカはストレートに「いま海賊騒ぎで冒険者が駆り出されている状況」を尋ねた。

「ここいらじゃ〈家族総出〉だ。
 残ったのは毛も生えてねぇ〈餓鬼んちょ〉か、耄碌した〈年寄り〉、後は〈流れ者〉ぐらいさ。

 〈鮫〉の方が群れてて獰猛でな。
 狡賢い野郎が混じってるんだよ」

 〈漁師〉とは、〈鮫〉…すなわち海賊を狩る側の人間で、今回のような場合は冒険者のことを指す。
 〈家族総出〉はパーティのほとんどという意味である。
 〈餓鬼んちょ〉は新人、〈年寄り〉は怪我人や引退した冒険者、〈流れ者〉はこの都市以外の冒険者をそのまま指す。

 ファビオは、実質アレトゥーザの冒険者はパーティ単位で動けないと言っているのだ。

「ふぅん。
 なら、私らがちょっくらここの河岸で魚を釣っても、地元の連中とはもめないかしらね。

 お魚の群れに〈田舎者〉(ホブゴブリン)がいるって話なんだけど、〈領主〉とか〈英雄〉が交じってるようなやばい噂は無いわよね?」

 〈領主〉はゴブリンロード、〈英雄〉はゴブリンチャンピオンと呼ばれる変異種だ。
 敵勢力の情報は命にに係わることだ。

 レベッカは外様の自分たちにゴブリン退治の依頼が来る時点で、盗賊ギルドの方も多少動いていると見ていた。

 本来盗賊ギルドとしては、都市外の冒険者が地元の依頼をすることをあまり好まない。
 何れ出て行く冒険者が、討伐のような実入りの良い仕事をするということは、すなわちその都市の人材が不足しているという情報そのものになるのだ。
 勢力的にどこかのコミュニティが弱体化すると、影響を真っ先に受けるのが、情報を統制する裏の組織である。
 外の人間に弱みを見せたくないため、外様の冒険者が仕事を受ける場合は何らかの印象操作、情報操作をすることも多い。

「そうさな…〈まじない師〉も交じってなかった様子だが、ちょいと〈田舎者〉と下っ端ばかりにしちゃ、統制が取れてたみたいだ。
 上位種がいなくてこういうパターンだと、まず〈黒兎〉や〈山羊〉が混じってやがるかもだ。

 あんたらが受けてくれるならありがてぇ。
 名が知れてる分、義侠心で受けた流れで噂を流せるからよ。
 そん時は俺がケツを持つ。
 気を付けてやってくれ」

 〈まじない師〉はゴブリンシャーマンのこと。
 〈黒兎〉はダークエルフ、〈山羊〉は悪魔崇拝者や邪教徒を意味する。

「げぇ…マジ?
 〈黒兎〉が混じってたら、倍は貰わないと話にならないじゃない!

 もし野郎の黒い耳を掴んだらくれてやるから、あんたたちの方からも増額しなさいよね」

 ダークエルフ。
 邪悪な行いに染まった黒い肌のエルフである。

 エルフ、というのはこの世界に人間同様に存在する亜人種のことだ。
 基本的に人型で、人間に近い知性を持ち交渉が可能なものを亜人、まともな交流ができないものは妖魔として扱われる。

 エルフは精霊を祖とする妖精の末裔であり、森を拠点に活動するウッドエルフや砂漠を放浪するデザートエルフ、高度な文明を築いたハイエルフ…
 様々な種類が存在する。

 そして、闇の精霊や邪教と深く関わり、肌の色が黒く変わったものをダークエルフと呼んでいた。

 ダークエルフは、そもそも存在自体が異端とされ教会組織からは忌み嫌われており、普通のエルフたちからも不倶戴天の敵とみなされていた。
 加えるなら、そのように扱われてしかるべき行動をするものが多く、ダークエルフと言えば犯罪者や反社会主義者であるということも珍しくない。

 レベッカの言う黒い耳とは、ダークエルフ関連の情報を示し、別の犯罪組織がその後援にいる場合はアレトゥーザの盗賊ギルドでも重要な情報となるからだ。
 得意海賊が暴れまわっている時に連動しているため、妙にきな臭いと感じていた。

 優れたダークエルフは、持った力を背景にゴブリンなどの下級妖魔を統率して度々問題を起こし、実力は中級冒険者を凌ぐこともある。
 もしダークエルフが首魁となる討伐であれば、銀貨千枚ぐらいは貰い受けるものだ。
 ついでに報酬を増額するために手を打つ、ということである。

「ま、しゃあない。
 ちょうどいい〈網〉(手段…この場合は技能のこと)も手に入れてるし、うちのリーダーに話しておくわ。

 他には何かない?」

 前渡しで情報料代わりのネタはは渡してある。
 それで手に入る限りの情報を、とレベッカが促すと、ファビオはここで真顔になった。

「…ちょいと噂なんだがな。
 この間お前んとこの色男に尻雑巾させられた坊主だが、“獣(ベスティア)”と接触を取ろうとしてるみたいだな。
 提示した報酬が安くて、今回は野良犬を飼うのが精いっぱいだったみたいだが。
 “獣(ベスティア)”は最近、南海で仕事してる素手の格闘術を芸にした凄腕の用心棒だ。

 野良犬の中に一匹結構やんちゃのがいる。
 血に飢えてる奴だから気を付けてな。

 あと、とんでもねぇ〈虎〉がもう一匹南海に住み着いた。
 “紅き月”が南海にいるってのは聞いてるか?」

 レベッカが後の方に聞いた二つ名に、ばっと顔を上げた。
 冷たい汗が滴る。

 暗殺業に身を置いたこともあるレベッカは、同じ業界の実力者のことを聞き知っていた。
 彼女の知る限り、殺し屋や暴力を生業にする者たちの中で台頭した新参者では、最高峰の一人。

「…“紅き月”って“血塗れの暴龍”とか“鉄の鱗”とか、複数の二つ名で呼ばれてる仕事請負人よね?
 ここ何年かで大暴れして、業界の新人では化け物って言われてる…

 白昼堂々、護衛に囲まれてた要人の首を刎ねて逃走したとか、山ほど矢を撃ち込まれたのに避けもせずに跳ね返して十人斬り殺したって馬鹿みたいなことやってのけたって聞くわ。

 ほとんど情報が入ってこないんだけど、最近組織を一つ潰したって噂があるわね」

 ファビオが頷く。

「…噂じゃねぇ。

 この間フォルトゥーナの悪党の巣窟に、たった一人で殴り込んで皆殺しにしたのかそいつだ。
 数で脅して引き込もうとした暗黒街のボスをぶった斬ったらしい。
 十人以上いるそれなりの護衛を、単身で突っ切ってな。

 子供を殺すのと盗み以外は、金次第で要人暗殺から用心棒まで荒事専門で請け負うそうだ。
 律義だが、敵には容赦しない徹底した仕事っぷり。
 アンデッドも真っ青ってぐらいタフで、三階から壁を駆け下り、泥濘で飛び跳ね、橋の欄干の上を走って追っ手を撒いたんだとか。
 多分、野伏どもが使うような悪所の踏破術をマスターしてやがるんだろう。

 俺の所の情報じゃ、東宝系の名を名乗ってるらしい。

 やばい奴だから、関わらないように気を付けてな」

 レベッカは、「心するわ」と眉根を寄せた。


 賢者の塔に寄ったロマンは、図書室に行きたいのを我慢して、今日アレトゥーザに戻ってきた旨を報告した。
 一応は派閥に属する魔術師学院連盟…学連にも籍を置く魔術師だからだ。

 面白い講義を開かないかチェックし、図書室が閉まっている日や、著名な魔術師の滞在等を調べ、同門を見かけたらできれば声をかけるつもりだった。

 めぼしい情報が無かったため、つまらなそうにしていると眼鏡をかけた魔術師…エルネストが声をかけてくる。

「ロマン君、久しぶりですね。
 
 今はアレトゥーザ中の魔術師が海賊退治の関係で海軍に駆り出されていますから、ろくな講義が無いでしょう?」

 何度かと種室に通ううち、ロマンはエルネストと懇意になっていた。
 この魔術師は優秀で、南方大陸から渡ってきた魔術の講義なども行っている。

「お久しぶりです、エルネスト師。
 ついこの間までフォーチュン=ベルの方にいたのです。

 調合術の方を少しばかり齧ってきました」

 そういって、道具袋から【知恵の果実】や【若返りの雫】を取り出す。
 いつもは無表情なエルネストの眉がピクリと動いた。
 ロマンの出したそれらが高品質であることを見抜いたからだ。

「これは…。

 君なら奥義と言われた【エリクサー】や、伝説の【賢者の石】に手が届くかもしれませんね」

 過分な評価に、今度はロマンの方が困ったような表情になった。

「実はこれらは失敗作なんです。
 効果自体は一般のものより高いけど、それ以降に材料として用いようとしても調合ができません。

 推測ですが、【エリクサー】に至るにはもっと振り幅がある普遍的な品質の方が良いのかも。
 次に機会があれば、試してみるつもりです」

 ロマンの出した答えに、エルネストは「なるほど」と興味深そうに頷いた。

「…これらの調合ができることは、あまり公けにしない方が良いでしょう。
 調合法を悪用すれば、莫大な富を生み出せます。
 賢明なロマン君はそのような愚かなことはしないでしょうが、あなたのような年齢の者がそういった力を持っていれば、取り込もうとする輩も必ず現れます。

 特に老害とも言える魔術師たちには。
 金は実権や地位を得るために役立ち、若返りや万能の薬は彼らに邪な時間を与えるでしょうから」

 不意にエルネストがそのような忠告をする。
 ロマンは「わかっている」というふうに頷き返した。

「そのあたりは大丈夫です。
 最近僕のパーティのリーダーが、貴族と懇意になりましたから。

 “風を纏う者”は伯爵家の御用冒険者というわけです。
 その手の老害は、狡賢いですから手は出せないでしょう。

 僕がエルネスト師に話すのも、半分は僕らにちょっかいをかけるなと知らしめるためです。
 知識と技術があることを示して興味を持たせ、背後を調べさせて身を引かせる。

 こういう情報の使い方は、師の方が心得てらっしゃるでしょうから」

 実力を示し、権力を背後にちらつかせる。
 黒い手段だが、有象無象の欲深な人間を退けるのには手っ取り早いのだ。

 人の好い様子をさらしていればむしり取られる…だから力を示して遠回しに周りを威圧するのは、魔術師が良く行う社交術である。
 
「君のような少年が、〈畏怖の外交〉を使うのですか。
 末恐ろしいですね。

 賢者の塔は君を決して軽んじないでしょう。

 ただ、先日ちょっかいをかけてきたような輩もいますので、油断はしないように。
 彼の御仁は先日人体実験をして学連から追放され、素行の良くない人々と付き合っているようですから」

 ロマンは、前に難癖をつけてきたヒギンという魔術師の濃い髭面を思い出し、げんなりとした。 


 ラムーナとジゼルは連れだって、アデイを訪ねようとしていた。

 ラムーナは、しばらく依頼で出かけることを報告するため。
 ジゼルは、本格的な舞踏を学ぶためである。

 アデイは、大運河の側にある劇場跡で海を眺めていた。

「なるほど。
 事情は分かったわ。
 私は身体が不自由だから、踊って教えることはできないけれど、あなたの舞踏家になりたいって夢は全力で応援するわね。
 その気持ち、とってもわかるから。

 ジゼリッタさんだったかしら?
 まずは体力をつけないといけないわね。

 舞踏の基礎は、最後まで踊り切ること。
 あなたは動作に関しての才能はあるけれど、姿勢を長時間維持したりするのは苦手そうね。

 まずは体臭を消し、筋が角ばって見えないようにできるだけ内部の筋肉を鍛えて、徹底した柔軟さを得るための食生活をしないと。
 そのために、アレトゥーザの海産物と南海地方の果物をたくさん食べてね。
 体力を維持するためにものすごく動くから、肥える心配は全くないわ。

 身体の柔軟運動はそれなりにできるみたいだけど、まだ硬そうね。
 きっと躍動的な踊りではなく、舞のようなゆったりとしたものが素地になってるのでしょう?

 大都市で開かれる舞踏の大会では、躍動感と流麗さの両方ができて初めて及第点。
 両方できるように技能を磨いて行きましょうか」

 話を聞いたアデイは快諾して、ややフライング気味に今後の方針を話し始めた。
 新しい弟子ができたことが嬉しいのか、黒曜石のような瞳がキラキラしている。

 ラムーナは芸能として舞踏を極めるつもりが無いのだそうで、アデイは「せっかく才能が」と残念に思っていたのだという。
 舞踏家であれば、大抵の者は披露する場を求め、その道で成功することを夢見るのにだ。

「う~ん、私って冒険者だから、仲間と一緒にいられて生活できればいいんだ。
 闘舞術も、私に一番合ってる戦いの技術だったから。

 私は舞踏家だけど、第一に戦士なんだよ」

 元々最底辺の生活だったラムーナにとって、優先すべきは生活に役立つ技術であり、仲間に貢献することだ。
 愛する姉を病で失い、親に売られたラムーナは、手に入れた“風を纏う者”という居場所を失うことが最も恐ろしかった。
 冒険者として経験を積む上で、自分に求められる役割は何かちゃんと自覚している。

 冒険者をしながら舞踏で成功することを夢見て、二足の草鞋を履こうとしているジゼルは考えが甘い。

 でも生々しい話でジゼルの夢を貶めるのはあまりに無遠慮。
 天真爛漫に見えて、ラムーナは周囲の空気を読む女の子なのだ。

 妬ましいほどに、ジゼルには才能がある。

 ラムーナは自身の才能をよく自覚していた。
 身体は軟らかいし俊敏ではあるが、自分の才能はあくまでも常人より優れているライン。
 決して天才の類ではない。

 対して、ラムーナの周囲にいる仲間たちは天賦の才能を持った者ばかりだ。

 リーダーのシグルトは、英雄となりうる器と期待され、結果を出し続けている。
 レベッカの器用さと狡猾さは盗賊として最高峰だ。
 ロマンは子供でありながら大人の学者を論破するほど頭が良い。
 スピッキオは聖職者としての地位を持ち、治癒の神聖術を使いこなせる。

 貧民出身で奴隷身分を経験し、春を売る姉を見て両親に虐待されながら育った。
 生まれた時から「いらない存在」と親に断じられ、姉に依存するしか生きられなかった少女時代を過ごしたラムーナは、自分が役立たずになって捨てられることが何より恐ろしいのだ。

 シグルトたちは絶対に自分を見捨てないと分かっているし、信頼してもいる。
 それでも、冒険者は〈険しきを冒す者〉。
 いつどこで誰から野垂れ死ぬか分からない…だから、ラムーナの中には過分な夢を持つのは贅沢だと思っている。

 多くの人間は、現実的なことを少しでも言葉にすれば、そんなことは無いと怒りだす。
 平等と人権を謳う思想家が実際はただの働かない借金魔だったり、自分は実はお姫様で運命の王子様が迎えに来てくれると信じている頭がお花畑の小娘は気が付けば薹が立っている。

 かつて戦で負傷し退役させられた父が、自慢げに何人の敵を殺したか語っていたが、「なぜ軍隊に戻って兵隊をしないの?」と聞いた弟は、普段ラムーナよりも可愛がられていたにもかかわらず歯が抜けて顔を血塗れにするほど父に殴られた…自分が同じ言葉を口にしてたなら殺されていただろう。

 作り笑いをしながら、今の自分は嫌な目をしているのだろうと自己嫌悪する。

「私、実は心臓の病気なんです。
 最近は調子がいいけど、そのせいで小さい頃から激しい運動をさせてもらえなかったので。

 こんな私でもちゃんとした舞踏家になれるでしょうか?」

 ラムーナの考えに気付きもせず、アデイに体力の無さを指摘されたジゼルは、不安そうに問うた。

 「心臓の病気なの…」とアデイは少し暗い表情になった。

 昔から心臓を病んでいた人間は多い。
 運動をする者にとって大変な妨げになることも知られていた。
 心臓移植などの技術が無い時代、この類の病気はほぼ不治の病でもある。

「…あのね、ジゼルさんは病気以前に呼吸の仕方が悪いんだってシグルトが言ってたよ。

 心臓病の人は動悸のせいで呼吸が切れ切れになるから、肺に残った息を全部吐いて新しい空気を吸い込まないといけないんだって。
 古い空気が肺に入ったまま次の呼吸をすると、疲れやドキドキが治まらないし、心臓を締め付けた状態が続いて良くないの。
 急激な呼吸は心臓を締めることがあるし、病気によっては深呼吸が逆効果になる人もいるらしいけど、ジゼルさんの病気には呼吸とそのために使う筋肉の鍛錬がとっても大切みたいだよ。
 そういった身体の中の筋肉を鍛えることで、心臓の筋肉にかかる負担も少なくできるんだって。

 舞踏家って、踊りの間に的確に呼吸をして、その空気でメリハリのある動作をするから、まず呼吸のための姿勢と正しい呼吸の仕方をマスターすればいいんじゃないかな?

 私、冒険者になりたての頃は猫背で姿勢が悪くて、上手く呼吸ができなくて今の半分も体力が持たなかったんだ。
 シグルトに言われて、アデイ先生に体幹を矯正する姿勢の取り方を習って、上手に息が吸えるように呼吸筋っていう筋肉を鍛えたら、私の心臓もドキドキするの抑えられるようになったから。

 私もジゼルさんの先輩冒険者として、主に生存術(サバイバル)と養生術(健康法)の教育担当になってるから、一緒にいる時にやり方を教えるね」

 昼食の時の相談で、シグルトが一般的な冒険者の知識と護身術の指導、レベッカが斥候の技術と地形踏破のやり方を、ロマンが主要言語と怪物や動植物の知識教育、スピッキオが宗教と法律に商業知識などを教導する算段になっていた。
 ラムーナは生活や生存にに関わることの指導になっていた。

 無茶をするはずの冒険者になぜ養生術が関係するのかというと、実は生水を飲んで腹を壊した後の回復の仕方や、攻撃によってダメージを受けた場合に身体に歪みを残さず回復することも、生き残るために大切な要因だからだ。
 意外と知られていないが、傷薬の飲み過ぎで引退後に光を忌避するようになったり、骨折の後遺症で歩けなくなる冒険者は多い。
 骨接ぎの仕方や、怪我をした時に破傷風にならないための応急処置、傷の縫い方、一般的な薬草の知識など、憶えることは多岐にわたる。

 “風を纏う者”の中でこういったことの第一人者は、間違いなく医術に通じたシグルトなのだが、  彼は〈同性〉のラムーナにそれを任せた。
 養生術には、女性特有の生理現象や野外生活における着替え方などのノウハウも含まれており、ラムーナはそれらをレベッカに教わっている。

 「お手柔らかにお願いね」とジゼルが上目遣いで見返すと、ラムーナは俺はそれはいい笑顔で「うちの方針はスパルタだよ~」と切り返すのだった。


 スピッキオは教会でマルコ司祭に旅立つ挨拶をしていた。

「そうですか。ゴブリン討伐に。
 確かに海賊の活動が活発で、怪物の討伐依頼が疎かになっていますからね。

 議会制のアレトゥーザは、君主制の国家よりはそういった討伐にも援助金を出すのですが、融通の利かない性質もありますから」

 先日船の衝突事故で多数の死傷者が出た時、新しい神聖術を習得したスピッキオが多くの人間を救ったことで、教会の穏健派に属する聖職者はスピッキオに敬意を払うようになっていた。
 アレトゥーザの教会で多くの聖務を任されるマルコ司祭もその一人である。

 マルコ司祭は、アレトゥーザの聖海教会では穏健派の筆頭として知られていた。

 聖海教会は今、大きく分けて三つの派閥がある。

 一つ目が保守派と呼ばれる原理主義者たちで、精霊信仰や土着信仰を排斥し、厳しい異端弾圧と正義を重んじる派閥。
 二つ目が穏健派と呼ばれる平和主義者たちで、土着の信仰や異教・異文化との折衝を行い共存をするべきとする派閥。
 三つ目が中立派あるいは修道派と呼ばれる者たちで、事なかれ主義か俗世の些事に関わるべきではないと考える派閥である。

 スピッキオは元は修道派の修道士であり、修道院を追われて聖職者となり、巡礼を経て穏健派になった過程がある。
 そも中立派は派閥などを意識していない者が多く、紛らわしいことにスピッキオが修道院にいた時は「修道院の中の派閥」で凌ぎ合っていた。

 現在のアレトゥーザにおける教会事情は、保守派の方が多いものの、穏健派として教会の若手におけるまとめ役のマルコ神父とアレトゥーザの市長が穏健派であるため、勢力が均衡している状態だ。

 スピッキオ自身は自分の立場に頓着していないが、実際のところはマルコ神父に次ぐ穏健派の中核的な聖職者として認知されつつある。
 実家は南海でも有力な商会であり、会頭である兄はスピッキオの教会に多大な援助をしてくれる立場にあった。
 シグルトを通じて、西方貴族との縁を取り結ぶこともしたため、交易を行う立場の商人たちも穏健派に加わり始めた。

 保守派を信奉するのは、原理的な教会崇拝者や、精霊術師が精霊宮を放棄したことで災害による被害を受け逆恨みをした人間に多く、古い権威にこだわるアレトゥーザの議員や、交易によって仕事を奪われた者、貧しい民なども加わっている。
 悲しい話だが、生活苦に喘ぐ者は何かを憎むか信仰に縋ることで精神の均衡を保つ者が少なくない。
 交易品の輸入で仕事を失った職人や、土地の汚染で食物の栽培が難しくなった貧しい農夫たちは、ことさら精霊術師を目の敵にしている。

 南海における保守派の指導者は、現在法王庁において法王選定会議(コンクラーベ)で法王候補として挙げられているマツォーニ枢機卿である。
 貧民の救済を掲げる潔癖な人物だが、あまりに潔癖な性格がたたり、法王選定会議では不利という話であった。

 保守派の中にも賢人はいる。
 しかし、現在は一部の原理主義者が暴走して、精霊術師や異教、女性を差別する過激派が勢力を持ち、暴力で攻撃する事件が増えていた。
 マルコ司祭やスピッキオも、ミサを妨害されたり、説教の最中にヤジを飛ばされることは頻繁にあり、神聖術の【聖なる矢】で演台を破壊されるといった事態まで起きている。

 スピッキオとしては、ゴブリン退治や他の都市に行くということで、一旦アレトゥーザを離れるのは都合の良い。
 彼がいることで保守派の心情を逆なですれば、周囲の人間が被害に及ぶかも知れない。

 幸い保守派の側にも過激派の暴力を苦々しく思っている者たちがおり、距離を置いて頭を冷やせば、彼らが暴走を鎮めてくれる可能性が高い。

 シグルトの提案でペルージュに行くという話も、有難い話であった。
 
 ぺルージュの司教座に属す知人の教会が、風繰り嶺の側に広がる荒野にあった。
 修道士として修業する頃に後輩として世話を焼いた縁があり、特別な才能を見込まれて修道士から退魔師となって聖北教会に即すようになってからも、ずっと手紙をやり取りする仲であった。
 その人物は今は司祭位になり、教会の異端裁判によって生まれた孤児や、悪魔の憑依によって人生を狂わされた子供たちを引き取り、人の行き来が少ない荒野に教会を建てて子供たちを育てているという。

 縁が無くなかなか彼の教会を訪ねられなかったが、この機会に訪問して一晩信仰について語り明かすのも悪くない。

 挨拶を終えたスピッキオが神に祈ってから、一足先に宿に帰還しようと礼拝堂に入ると、祈りの姿勢でロザリオの珠を繰りながら祈る信徒の姿を目にした。
 澱みの無い神聖語の祈りの言葉は、聖典に書かれたものをそのまま丁寧に読み続けたからこそできる、熟練したものだった。

 関心関心と側に近づくと、その人物はスピッキオに気が付いたように祈りを止め、無言で頭を下げた。

「これは失礼した。
 祈りを遮るつもりはなかったのじゃ。

 どうぞ続けなされ」

 スピッキオに促されると、その人物はもう一度頭を下げ、祈りへと戻った。

 まだ若い。
 ラムーナと同じぐらいの年頃だろうか。

 紺色の質素な服に腰には剣を佩き、背丈は高くも低くも無い。
 中性的な外見で肌は雪のように白い。
 扁平な造形ではないが、東洋系のエキゾジックさを感じさせる顔立ち。
 伸ばした曲の無い黒髪と神秘的で深い色の瞳は、西方ではあまり見られない類のもの。
 端正な顔立ちをしていて、一目では美しい少年なのか男装の美少女なのか判断がつかなかった。

 男性にしては高く女性にしては低い、優れた肺活量から発生される深みを備えた音声。
 喉を見て、男性には見て取れる凹凸が無いことで娘であると初めて判断できた。
 
 ロザリオの珠を一周繰り、祈りを終えたその娘は立ち上がると、スピッキオにもう一度礼をした。

「随分熱心に祈っておられたの。

 感心なことじゃ」

 称賛の言葉をかけると、娘は「いいえ」と首を横に振った。

「私は、全ての戒律を守れない業深い身の上で御座います。
 天国に行くことはできますまいが、せめて懺悔のために祈っているのです。

 司祭様より、お褒めの言葉を戴く資格など御座いません」

 その言葉でスピッキオは事情を察した。
 彼女の伏せられた目は、ちらりと腰の剣に向けられたのだ。

 おそらくは冒険者か傭兵。
 人を殺したことがあるのだろう。
 
「御国の門は、信心深き者すべてに開かれておる。
 悲観せず真摯に祈りなされ。

 すべての罪が主の愛で贖われたように、あなたの祈りも天に届いておるじゃろう」

 少しだけ目を見開いた娘は微笑むと、もう一度頭を下げて去って行った。

「あのような敬虔な者も手を血に染めるのか。
 物悲しいことじゃの。

 主よ、あの娘御の未来を照らしてやって下され」

 スピッキオは、いつもの祈りとともに、今日出逢った敬虔な娘のために祈るのだった。
 

 精霊術師レナータは夕暮れの町並みを独り歩いていた。
 
 普段は買い物以外めったに外出せず、『蒼の洞窟』にいることが多いレナータだが、今日はなんとなく外に出る気になった。
 
 今まで独りでいることは平気だった。
 何とか生きてきたし、普通の人に精霊術師という力や感覚を無理に理解してほしいという気持ちでもなかった。
 孤独という状況には慣れていたはずだ。
 
 でも最近、ふと無性に寂しくなって思い出す人たちがいた。
 
 自分と同じ精霊術師としての才能に溢れ、もうすぐレナータを凌ぐのではないか、と思わせる人物がいる。
 レナータに精霊術を学ぶため、『蒼の洞窟』に時々やってくる冒険者の若者だ。
 
 最初の頃は気弱な気配があったその若者は、先日再会した際、瞳に自信が漲っているのを感じた。
 精霊術師として共通の感覚や知識を持っていることから、あまりしゃべらなくても分かり合える、親近感のようなものがある。
 おそらくそれが〈同属〉の共感なのだろうとなんとなく思う。
 
 互いに理解し合える、同じ何かを持った者同士。
 
 言葉で表現するのはとても難しいが、その若者に精霊術を教えるととても充実した気分になった。
 新しい精霊術を習得し、瞳を輝かせていた彼を思い出し、レナータは頬を緩めた。

 他にも、自分に好意を寄せてくれる人間は複数存在する。

 最近新しい交易路ができたことで、リューンなどの西方都市からどっと人が流れ込んでいた。
 特に冒険者。

 アレトゥーザには、過去精霊術師と教会との間に大きな諍いがあった。

 自分が師との旅を終えてアレトゥーザにやってきた時、すでにこの都市の多くの人間が精霊術師を悪いものと考えるようになっていた。
 精霊宮か放棄されており、度重なる自然災害がアレトゥーザを襲ったことを、教会は精霊術師の職務放棄のせいだとして喧伝し、それを信じている人間が多い。
 多数派とそこに住む者たちの事情こそが、常識という正義になるのだ。

 師レティーシャに水の精霊術の手ほどきをしてくれた恩師、カッサンドラという精霊術師がいた。
 優れた精霊術師であり、名門カヴァリエ―リ家の遠縁に当たるというその女性は、精霊宮で水害を防ぐ部門の責任者であった。
 水の上位精霊である水姫アレトゥーザの召喚に成功し、穢れた水を浄化して人々の病を癒した彼女は、蒼の洞窟に南海の海路へと襲い掛かる海の魔物を退けるための装置を設置し、祖国を大いに発展させる貢献をしていた。
 
 カッサンドラは異国や異文化との交流を推奨する先進的な考えの持ち主でもあった。
 ウッドエルフであるレティーシャにも種族的な差別をせずに接してくれたという。

 当時さらなる十字軍の東征を企画していた教会は、異教徒たちとの交流の中核でもあったカッサンドラを疎ましく思っていた。
 精霊術師たち、特に水の女精霊術師を、水害を自分で起こしそれを鎮める自作自演の魔女だと因縁をつけて迫害し始めたのもその頃からである。

 これに対し、カッサンドラは「アレトゥーザ市の交易に東征は毒である」として、商人たちを味方につけて十字軍の編成を阻止しようとした。

 十字軍を聖務と考えていた教会と結託していた一部の聖堂騎士たちは、カッサンドラの言葉に怒って暴走し、弟子を人質にしてカッサンドラを拘束、魔女として火刑を宣言した。

 死ぬ覚悟を決めたカッサンドラは、密かに水姫アレトゥーザの聖女化を画策していた教会の目論見を見抜いて召喚の奥義書をカヴァリエ―リ家に返還し、弟子たちの命を救うため火刑を粛々と受け入れた。
 弟子たちはカッサンドラとの約定で命は救われるはずが、それを破った騎士たちによって殺されそうになり、精霊宮の他の術師たちによって助け出される。
 数々の悪行に怒り狂ったカッサンドラの弟子たちは、火刑に携わった教会の高僧数名と騎士たちをケルピーの力によって溺死させる事件を起こす。
 十字軍計画はこの事件で頓挫し、教会は少なからず汚名を負うことになった。 

 当時の市長は、ことの重大さを感じ取って緘口令を引いた。
 あまりにアレトゥーザと言う都市にとって不名誉な事件であったからだ。

 教会の名誉を重んじるという名目で事件を「不幸な行き違いと一部の人間の暴走」として処理し、カッサンドラの処刑に携わった僧侶と騎士たちを教会の穏健派が破門に、復讐に携わった精霊術師たちは国外追放となった。
 カッサンドラの魔女狩り事件があまり明るみに出ていないのは、都市議会と教会の共謀による隠蔽工作のためなのだ。

 だが、カッサンドラを慕っていた者、事件を隠蔽した都市議会や教会に対し不満を持つ者、魔女狩りが起きるのではないかと恐れた多くの者…多くの精霊術師たちが精霊宮の放棄という暴挙に出るのである。

 教会側は事件による汚名を隠すため、その後に起きた諸問題を精霊宮の放棄のせいだとして市民の恨みの矛先をそらし、自然災害や水質の汚染で被害を被った市民たちの多くが精霊術師を憎む状態になった。

 それがアレトゥーザで精霊術師が迫害される原因の真相であると、最近師から貰った手紙で知った。

 不毛な話だと思う。
 事件があったのはレナータの生まれるより前の話だ。
 精霊宮を出てしまった者たちとの因果関係すら、ほとんどない。

 レナータのもとに精霊術を学びに来るのは、その多くが冒険者たちである。
 他の都市の精霊宮に引きこもった精霊術師が、アレトゥーザまで来るはずがない。

 師の師に当たる人物が殺されてしまったのは不幸なことだが、二十年以上昔の話。
 その時代の柵によって今の自分が迫害されるのは、何とも言えない切なさを感じた。

 師の手紙を届けてくれたのは、幼少の折に姉弟のように接して育った師レティーシャの息子である。
 ハーフエルフである彼…フィランダーは、レナータと別れてから故国に帰った後冒険者となり、今では“黒獅子”フィルと呼ばれる凄腕の剣士に成長していた。
 ローズレイク流の獅子の剣を使い、黒髪の蓬髪で大剣を野獣のように振るう様からそう呼ばれるのだという。

 すっかり背が伸びて精悍になったフィルに、「もう“子獅子”ではないのね」とレナータがからかうと、ぶすっとした顔で「今じゃ、そう呼ぶのは姉さんぐらいだ」と尖った耳を掻きながらそっぽを向いた。
 フィルの父親は“獅子心剣”と呼ばれた騎士だったので、師が「私の“子獅子”ちゃん」と呼んでいたのだが、父親を誤解から憎んでいた誇り高い彼はその二つ名がすこぶる嫌いで拗ねていたものだ。

 フィルは、レナータやフィルと一緒に育てられた吟遊詩人のセラ、フィルの異母妹である魔術師のソフィ、優秀な軽戦士で盗賊でもあるロブ、精霊術師で剣も扱える戦士のボアズ、僧侶で補助術法を得意とするパムの六人で“輝きを歌う者たち”というパーティを組んでいる。
 北方の方で活躍し、大陸でも指折りの実力者たちということだ。

 妹のように思っていたセラは、美しい娘に成長していた。
 フィルとともに信心深い性格の彼女は熱心な聖北教会の信者だが、それ故に聖海教会保守派の横暴を苦々しく思っており、仲間とともにアレトゥーザ滞在の間レナータを迫害する輩からそれとなく守ってくれた。

 先日『悠久の風亭』のマスターと女将さんとで、レナータの十九歳の誕生日を祝ってくれた。
 あの宿のことに行くと、脳裏によぎる光景がある。 

 この都市に来たばかりの頃、真っ青な顔をした女性をかき抱いて教会の門を必死に叩いている大きな男の人がいた。
 
 女性はたちの悪い病気にかかっていて、医者では手遅れの状態だった。
 生憎その時、この都市のほとんどの聖職者は近くの都市の式典にでかけていて、女性を救えるだけの神聖術を使える者はいなかった。
 
 教会の留守番をしていた助祭から、癒すことが不可能だと告げられた大柄な男の人は女性を抱いて泣いていた。

 黄疸、爪先や歯茎に出る症状、口から匂ってくる独特の匂い。
 女性は重金属中毒を起こしていた。
 飲み水に混じった毒を長年飲み続けて、罹った病である。
 
 レナータはその女性を、今の自分にとってもたった一度だけしか召喚できない水の精霊ウンディーネの力を用いて癒し、何とか救うことができた。
 
 大柄の男は『悠久の風亭』のマスター、レナータが助けた女性は女将のラウラである。
 
 マスターはラウラの命の恩人だ、と言ってそれからいつも良くしてくれる。
 女将のラウラにもあまった食材をくれたり、夕食に呼んでくれたりと優しくしてくれる。
 
 ぶっきらぼうで乱暴な口調だが正直で根は優しいマスターと、陽気でレナータの師を思い出させるラウラは、レナータにとって今では掛替えのない大切な人たちだ。
 
 聖海教会で神聖術の指導をしているマルコ司祭も好人物だ。
 教会の人間では数少ない精霊術師の理解者で、アレトゥーザの過去の歴史にも詳しく、かつて教会保守派が起こした事件を嘆いていた。
 
 紳士的で精霊術に関しても理解があるマルコ司祭は、何度か他の聖職者からレナータを庇ってくれた。
 自分の信仰をしっかり持ちながら、異教異文化とも共存できるという親和性。
 それを備えた聡明なマルコ司祭を、レナータは尊敬している。

 このアレトゥーザには、好い人たちもいるのだ。
 だから、〈アレ〉を何としても防がなければならない。
 かつてカッサンドラがしていたように。
 
 そこでレナータはふとある人物を思い出して歩みを止めた。
 
「シグルトさん…」
 
 レナータは時々独り言のように呼んでしまう冒険者の若者の名を、大切そうに呟いた。
 
 不思議な若者だった。

 シグルトはレナータが暴徒に襲われていた時、まったく無関係であったにもかかわらず助けてくれた。
 大人びて見えるがレナータと同年代で、高名な冒険者パーティのリーダーをしていると聞いている。
 
 涼める場所を探していたというシグルトは、助けてくれたことを恩着せがましくしなかったし、知り合ってからもレナータのことを根掘り葉掘り聞いたりしなかった。
 ラウラの言葉で言わせればレナータはかなり美人なのだそうだが、シグルトは男から時折自分に向けられて気持ち悪くなる好色な視線を感じさせない。
 だが深く青黒い色の真っ直ぐな眼差しは、レナータを見つめる時いつも優しい。
 
 男女の恋愛には疎いほうだと自覚しているレナータも、シグルトが魅力的な男性だとよくわかる。
 優れた容姿の彼を周囲の町娘たちが宿に集団で覗きに来て、マスターに怒鳴られて蜘蛛の子を散らすように逃げていったらしい。
 
 髪型はかなり無頓着みたいだが黒いそれは獣の鬣のように野生的に見えるし、北方出身だというその肌は女性でも羨ましくなるくらい白い。
 背が高くがっしりしているが、猫科の猛獣のように強靭でスマートな体格。
 顔立ちは女の子が騒いでも無理がないくらい端整で凛々しい。
 
 老いと一緒にあせてしまうそういった外見的な美しさには、それほど興味がわかない。
 精霊術師として日々生活するのが精いっぱいのレナータに、恋愛的な感性を持てという方が難しかったかもしれないのだが。
 もちろんシグルトを含め、端整な顔立ちの男性は魅力的とも思うが、普段から精霊という異形の存在と交信するレナータにとって、外面的なものはさして重要には感じられないのだ。
 
 だが、レナータは外見をおいて有り余る魅力をシグルトの内面に感じていた。

 精霊術師としての直感だが、シグルトにも精霊と感応する才能がある。 
 シグルトが周囲の精霊になんとなく気を配っているのがレナータにははっきり分かるし、精霊の多くがシグルトを好んでいる。

 自然を畏怖し、敬意を示し、しかし狂信せず共存しようとする親愛の気持ち。
 精霊術師にとって、最も大切な心構え。

 性格によって精霊との相性があるのだが、シグルトのそれは稀有なものだ。
 彼は武具の精と通じ合うことができるのである。
 
 金属、ことに鉄の精霊は孤高で気難しい。
 
 精霊には鉄の精霊が苦手なものも多い。
 鉄は他の精霊の力を弱くしてしまうのである。
 
 鉄の精霊からも、他の精霊からもシグルトを嫌う気配はあまり感じなかった。
 
 シグルトは『蒼の洞窟』がとても落ち着くといっていたが、彼に向けられる精霊たちの好意を知れば納得がいく。
 『蒼の洞窟』は癒しを与えてくれる水の精霊たちの力で満ちているのだ。
 
 レナータはシグルトと交流を持つうちに、この人物の傍らにいることがとても快いことに気がついた。
 おそらくは彼の周囲の精霊の動きのせいでもあるのだろうが、レナータの奥底にある何かがシグルトをとても好ましく感じさせるのだ。
 
 最近それが何かなんとなく分かるようになった。
 
「レナータ、よく憶えておいてね。
 
 精霊術師の本質とも言えるもの。
 それは自身の中にある〈精霊〉としての性質なのよ。
 
 生きている人間の魂にも、精霊としての性(さが)というか、核というか、そういうものが少ないけれどあるものなの。
 それを私たち術師は〈霊格〉と呼ぶわ。
 〈霊格〉という言葉にはもっと深く広い意味もあるから、仮に使う言葉だと思ってね。
 
 私は精霊術を学んだ師からこう教えられた。
 自身の〈霊格〉を高め、他の精霊のそれと同調するのが精霊との真の交感だって。
 
 自分の中にある精霊と同じものを覚り、同じような感覚で精霊を識ること。
 私たちエルフみたいな、妖精と呼ばれる存在はほとんどそれが当たり前にできるから、優れた精霊術師が多いのよ。
 
 あなたはとても優れた〈霊格〉をもっているわ。
 
 でも、世の中にはその〈霊格〉がとても美しい人がいるの。
 多くは英雄や、後に超常的な仙人や神人になると言われているのよ。
 
 世界に愛されているその人たちは、必ずしも精霊術師になるとは限らないけれど、困難や苦難を自分自身の努力と強運によって乗り切って、偉大な存在になるわ。
 
 そしてあなたには、出逢えばきっと分かる。
 側にいるだけで精霊術師の〈霊格〉に心地よさを与え、何かしてあげたい気持ちを起こさせるから。
 
 これをカリスマ、と呼ぶ人もいるわね。
 
 英雄が幼少期に死にそうなところを幸運で救われるのは、実は周囲の精霊が助けてくれるからだともいうわ。
 
 もっとも、私はそういう生まれたときからある才能や宿命一辺倒な考え方は、納得がいかないんだけどね…」
 
 おそらくシグルトは師の言うように〈霊格〉が常人離れして美しいのだろう。
 精霊を視認する力でシグルトを見つめると、彼は白銀に輝く磨き抜かれた金属の刃のような清冽な霊気を放っているのが見える。
 あれは見ているだけで、暗闇の中で輝く松明や、魔物や獣を相手にした時に手に持っている武器のような、頼もしくて安心した気持ちになるのだ。
 
 レティーシャはこうも言っていた。

 精霊術師としての究極は、精霊を深く理解し愛してあげること。
 先天的な資質ではない。
 〈霊格〉の美しい者は多くの場合、精霊や上場の存在から受ける期待と鑑賞により、波乱万丈となる自分の運命を御しきれずに自滅したり不幸な最後をとげる。
 それは強運にもなるが、幸福になれるとは限らない。
 側にいる者も、その運命に振り回されることがあるのだ、と。
 
 シグルトにとても惹かれるのはきっと、シグルトの〈霊格〉から受ける暖かな心地よさからなのだろう、とレナータは自己分析している。
 師の言葉から、彼が歩んできた人生を感じられる…苦労した自分に重ね合わせて、共感を覚えているかもしれない。
 
 でもそれだけではなかった。
 
 シグルトはアレトゥーザにいる時、頻繁にレナータの元を訪れ、親しくしてくれた。
 この間、お土産だといって陶器のカップをもらった時泣きそうになるほど嬉しかった。
 
 シグルトの裏表の全く無い厚意が、孤独だったレナータの心の寂寥(せきりょう)を癒し、幸福感で満たしてくれる。
 必要なこと以外話さないレナータも、シグルトには気兼ねなく話すことができる。
 
 恋愛や依存といった感情とは違う。
 〈親しみ〉というとても単純な好意があった。
 
 レナータはそれを恋や愛、友情に昇華するほどシグルトを知らない。
 
 でも、レナータは感情云々は考えずに単純に思う。
 シグルトに逢いたい、と。
 
「シグルトさん…」
 
 呼ぶと名前に宿った精霊が応えてくれるような安堵感がある。

 名とは、その者に最初に与えられた個を認識する宿命の言霊(ことだま)。
 大切な者の名を呼ぶことは、疲弊した魂を癒す原初のまじないなのだ。 
 
 見れば周囲が薄暗くなっている。
 
 レナータは呼びかけに応える者がいないことに対し、寂しげな暗い苦笑を浮かべると、『蒼の洞窟』に帰ろうと踵を返し、途中で人の気配を感じて振り向く。
 そこには招かれざる者たちがいた。
 
 冷たい目の僧服の男、剣を腰に下げた傭兵風、取り巻きのチンピラたち。
 
 僧服の男はよく知っている。
 聖海教会の保守派に属する侍祭でジョドといったか。
 上品な口調で話すが、気障で嫌味、レナータを目の仇にしている。
 前に絡まれたときはシグルトが追い払ってくれた。
 
 周囲の男たちに見覚えはないが、決して友好的な輩ではないだろう。
 
 最も危険なのが傭兵風の男。
 目を見てレナータは背筋が寒くなった。
 サディスティックな狂気を宿した三白眼。
 血を見なくてはいられない好戦的で悪辣な雰囲気。
 
 直感は警鐘を鳴らしている。
 今回はとても拙いと。
 
 走って逃げようとして、喉に猛烈な圧迫感を感じ、身体が吊り上げられる。
 
 後ろから迫った腕の長い男がレナータを捕まえ、喉を締め上げていた。
 次の瞬間、あげようとした声が完全に途絶えた。
 
 見ればジョドが何か唱え終わったような顔をしている。
 
 沈黙をもたらす神聖術【封言の法】である。
 捕まえられて無防備な瞬間を狙われてしまった。
 
 これでは精霊を呼ぶことができない。
 
 ごろつきたちがレナータに殺到し押さえ込む。
 口にはいつ【封言の法】の効果が切れてもいいように猿轡をされ、手足は男たちに押さえ込まれている。
 
 ジョドと傭兵風の男が近寄って来た。
 
 言葉が出ないし、身動きがまったくできない。
 レナータは毅然とした目でジョドを睨み見た。
 
「ようやくこれで魔女の討伐ができるというものです。
 
 この間はおかしな男が邪魔をしましたが、あの男に備えて準備をしたというのに、取り越し苦労だったみたいですね」
 
 周囲を調べた後、ジョドは汚物でも見るような蔑んだ目でレナータを見た。
 
「ジョドの旦那~
 
 俺は殺しができるっていうから、張り切ってやってきたんだぜぇ。
 
 これじゃぁ、滾る血がおさまんねぇぜ」
 
 傭兵風の男は剣を抜いたり戻したりして、不愉快な金属音を立てながら言った。
 
「まったくだぜ。
 なんでも旦那に尻…危害を加えた野郎はいい剣持ってるって話じゃねぇか。
 いなきゃぶんどれねぇだろ?
 
 これじゃ、安い金で請け負った意味がねぇ」
 
 頭を太い腕でかきながら、ぼさぼさ頭の盗賊風の男が出てくる。
 この腕はさきほどレナータを押さえ込んだものだ。
 
「そんなことを言われても、報酬以上は払いませんよ。
 
 いいから早く魔女を殺しなさい」
 
 ジョドは苛々したように二人に命じた。
 
「…ちっ。
 
 つまらんぜぇ」
 
 ぼやいて剣に手をかけた傭兵風の男は、レナータを見下ろしていたが、不意に剣を抜くのを止め、歯茎を剥き出して凶悪に嗤う。
 虫を分解する子供が、新しい遊び方を思いついたように。
 
「なぁ、ジョドの旦那~
 
 魔女にはやっぱり罰を与えなきゃいかんだろ?」
 
 聞いた盗賊風の男も手を打って頷く。
 
 男たちを見ていたジョドが、なるほど、と頷いた。
 
「分かりました。
 
 この魔女を責め、その後に殺しなさい。
 
 …手段は問いませんよ」
 
 男たちはニヤニヤ好色そうに嗤っている。
 
 レナータは若い女で、周りは悪漢たち。
 つまり、レナータは男たちの慰み者にされて殺されるのだろう。
 
 悔しさや悲しさと一緒に、どっと虚しさが押し寄せる。
 自分の今まではこんな奴らに汚されるためにあったのか、と。
 
 現況では抵抗すらろくにできないだろう。
 
 せめてこいつらを喜ばせるような表情だけはすまい…
 レナータはぎゅっと目を閉じる。
 
 男の一人がベルトの金具を弄る音がする。
 きっとさっきの盗賊風の男だ。
 
「へへへ、白くて綺麗な肌だねぇ~」
 
 奴が生臭い息を吐きかけて、レナータにのしかかってきた。
 
(…シグルトさん!!!)
 
 心の中で最後にもう一度会いたい男の顔を浮かべ、その名を呼んだ。
 
「…じゃ、いただきま、ふぐぇ!!!!」
 
 鈍い音と共に、レナータの上に乗っていた重さが無くなる。
 恐る恐る目を開けると、先ほどの男が股間を押さえて泡を吹き、レナータの横に転がっていた。
 
 ボグッ!!
 
 レナータの腕を押さえていた男があごの骨を蹴り砕かれ、転がりながら倒れ伏す。
 彼女の側に、力強い足がしっかりと踏み下ろされていた。
 
 男たちがレナータから離れて一斉に得物を抜いた。
 
「…やっぱり来ましたか!」
 
 ジョドが目を血走らせて怨嗟の視線で睨みつけている。
 
「…俺は〈するな〉と言ったぞ、尻雑巾」
 
 底冷えするようなよく通る恫喝の声。
 混じった侮辱の言葉に、ジョドが金切り声を上げて怒りを表す。

 果敢な声も、この頼もしく長い足もレナータはよく知っている。
 
「すまん、遅くなったな」
 
 完全に日が沈もうとしている瞬間、見えたのは心配そうにこちらを見つめる深く青黒い双眸だった。
 
(…シグルトさん!!!)
 
 大地をしっかり踏みしめ、レナータを背に庇うように立ったシグルトは腰の剣を抜き放つ。
 
「…こんな奴らにお前を振るうのは気が引けるな、相棒」
 
 言葉にしたシグルトに応えるように、彼の手にある鋼は澄んだ咆哮を上げた。
 
 叩き潰すような一撃だった。
 鎖骨を砕かれたちんぴらの一人が白目を剥いて失神する。
 
 シグルトの凄まじい膂力が肩にあった金属製の防具ごと、上腕の骨を粉砕したのだ。
 
 チンピラたちは蒼白な顔立ちで退いた。
 
「おお、すげぇ。
 
 お前が“風を纏う者”のシグルトだな?」
 
 チンビラの間から傭兵風の男が出てくる。
 
「俺は雑魚とは違うぜぇ!!!」
 
 鋭い踏み込みをした傭兵風が重い斬撃を放つ。
 シグルトがそれを剣で受け止める。
 
 ガイィィィィン!!
 
 闇に赤い火花が散る。
 一合、二合と打ち合う刃と刃。
 
「ハッハァッ!!
 
 いかすぜ、あんた。
 違うぜぇ、前殺した奴とはよぉ!!!」
 
 シグルトが防戦になる。
 傭兵風はかなり腕が立った。
 
 そんな中、閃光がシグルトの脇腹を打つ。
 
「ぬっ!」
 
 数歩後退してシグルトが脇腹を庇う。
 その手のひらの間から血が滴っていた。
 
「…旦那~、いいところなんだから邪魔せんでくれよなぁ」
 
 そう言いつつ傭兵風は額の汗をぬぐっている。
 勝負はかなり膠着していたのだ。
 
 レナータは、はっとして猿轡を外そうとするが手足が思うように動かない。
 体重をかけられて押さえられていた手足はうっ血して痣になり、痺れている。
 レナータは必死に猿轡の縛り目を手でこすって外そうとするが、固く結ばれたそれは解けない。
 
「何をやっているんです!
 
 早く倒しなさい、人が来るでしょう!!」
 
 ジョドが叫ぶと傭兵風はやれやれ、興が冷めたぜ、とちんぴらに命じてシグルトを囲ませる。
 
「わりぃな、雇い主がうるさくてよ。
 
 あの魔女のねぇちゃんはたっぷり可愛がってから、おめぇの後を追わせてやっから…死ねや!」
 
 ちんぴらたちがシグルトへの距離をつめる。
 
 レナータは声にならない叫びを猿轡の下から上げそうになった。
 だがその頬に張り詰めた精霊の気配を感じ、驚いてそちらを見た。
 
「…死ぬのはお前らだ!
 
 風の輩よ、奴らを薙ぎ払え!!!」
 
 突風が吹き、悪漢たちが血煙を上げて倒れる。
 
 剣を構え、若者はレナータとシグルトを庇うように立った。
 
「ニコロさん!!!」
 
 ようやく緩んで外れた猿轡。
 レナータは青年の名を呼んでいた。
 
「『悠久の風亭』のマスターに、レナータさんを呼んできてくれって頼まれたから来たんだけど、あいつら…
 
 待ってて、今やっつけ…うわっ!」
 
 ニコロと呼ばれた若者を護っていた風の障壁が軋む。
 傭兵風が襲い掛かってきたのだ。
 
「ちぃ…おかしな魔法を使いやがってぇ。
 
 俺の必殺剣で真っ二つにしてやるぜ!」
 
 その構えを見てニコロの顔の血が引く。
 
(やばい…【居合斬り】だ!)
 
 リューンの闘技場でも教えている剣技だが、威力は凄まじい。
 直撃したら【風刃の纏い】の風の障壁でも護りきれないだろう。
 
「おらぁぁぁぁ!!!」
 
 傭兵風が振るう空を切り裂く刃。
 
 ギシィィィィン!!
 
 だが放たれた剣閃を若者の前に割り込んだシグルトががっしりと剣で受けた。
 負傷した状態で行った防御は力が入らなかったのだろう、数歩下がり脇腹から血が飛沫いた。
 
 距離をとって傭兵風が舌打ちして距離をとる。
 そのシグルトを白い閃光が打ち据える。

 この時、シグルトは身体を緊張させ、鋭い呼気で跳ね返すように力を込めた。
 
「こぉぉぉ…っ!!」

 とっさに【堅牢】を用いることで防御を行ったのだ。
 盛り上がった筋肉が、貧弱な術法を弾き霧散させる。
 
「くそ、あいつら…」
 
 ニコロが魔法を使おうとすると、シグルト素早く声をかける。
 
「俺が一回だけ敵の攻撃を引きつける。
 
 そこを君の魔法で薙ぎ払えるか?」
 
 初めてその目を合わせる。
 二発の【聖なる矢】を受けてなお、男の青黒い目は静かな闘志を宿していた。
 
「はい、でも大丈夫ですか?」
 
 その応えにシグルトはニッと笑うと、高らかに叫んだ。

「《来い、トリアムール!》」

 シグルトの足元からふわりと何かが舞い上がった。

 ニコロとレナータには感じ取れた。
 その風はとてつもなく怒っていると。

 シグルトは彼女の怒りに呼応するように、籠手を着けた逆手を前面に突き出すと、剣を引き敵陣の真っ只中に踏み込んだ。
 
 一見自殺行為だった。
 レナータが悲痛な声でシグルトを呼ぶ。
 
「おめぇ、格好つけて馬鹿か。
 
 まぁいい、おめぇら!」
 
 ちんぴらたちが一斉にシグルトに襲い掛かる。
 
 ニコロが風の精霊を従えつつ、まずい、と思った瞬間唐突にシグルトの姿が消えた。
 割り入ろうとした一人が、突風に胸を裂かれて吹っ飛ぶ。
 
「…ぁぁぁがあぁっ!!!」
 
 そして身体をくの字に曲げた傭兵風が、驚愕の顔でシグルトを見ていた。
 男の着る金属の鎧がひしゃげている。
 信じられない速度の踏み込みと斬撃だった。
 攻防一体の剣、【影走り】である。

 あえて鎧を強打して変形させ、拘束するように動きを封じていた。
 シグルトの行った攻撃は仲間の庇護と自衛だが、人を殺してしまうと後々厄介ではある。
 故に、激痛を与え動きを鈍らせるように狙ったのだ。
 
 なおも反撃しようと剣を振り上げる傭兵男の顔面を、シグルトの拳が殴打した。
 
 豪快な音を立ててくず折れる傭兵男を見つつ、シグルトは眉間にしわを寄せる。
 
「…殺し合いがしたいなら、キーレにでも行ってしまえ」
 
 有名なスラングで吐き捨てるシグルトの後ろで、ニコロの放った風の精霊の刃がちんぴらを残らず薙ぎ倒していた。
 
「ば、ばかな…」
 
 ジョドが真っ青な顔で後ずさっていく。
 シグルトはずかずか歩いていくと、腰の引けているジョドの腹を籠手付きの拳で殴りつけた。
 
 口から吐瀉物を撒き散らしつつ、転がったジョドをシグルトは引き起こし顔面を数回張る。
 
 惨めな顔で震えているジョドを放り出し見下ろすシグルト。
 
「今度レナータに手を出そうとしたら、他の手足も全部へし折って海に捨ててやる…」
 
 熾火が燃えるような眼光で睨みつけると、シグルトは容赦なくジョドの右手を踏み砕く。
 その手には隠し持ったナイフが握られていた。
 
 泣き喚いているジョドを膝で蹴り飛ばして気絶させると、シグルトはレナータたちのところに向かった。
 
「…レナータ?」
 
 ニコロと呼ばれた若者がレナータを助け起こしていた。
 やってきた痛々しいシグルトの傷を見てレナータはぽろぽろと涙を流していた。
 
「…あの、大丈夫ですか?
 
 薬を持ってますけど使いますか?」
 
 ニコロが言うとシグルトは、たいした傷じゃない、といって苦笑いして見せた。
 実際シグルトは二発目の魔法はほぼ耐えきっているし、筋肉を絞めて傷を塞いでいた。
 
 レナータがすぐに水の精霊を呼び出して傷を癒し始める。
 
(痛くないわけ無い。

 【魔法の矢】にも匹敵する攻撃を二発も受けてるんだ、同じ状況ならうちのドワーフだって…)
 
 そう言いつつ、あらためてシグルトを見たニコロは、噂通りの外見に息を飲んだ。
 
(この人が“風を纏う者”のシグルト…)
 
 知る人間は見れば分かるといったが、その通りだった。
 美しいが、それ以上にものすごい存在感がある。
 
 同じ風の精霊と交感することからか、ニコロは不思議とこの男を信頼してしまう安堵感のようなものを感じていた。
 相反して、微かに燻る嫉妬の情も。
 
「…どうして、どうしてこんな無茶をしたんですか!!」
 
 レナータが怒ったようにシグルトの胸を叩く。
 すでにシグルトの傷は彼女の精霊術で綺麗に消えていた。
 
「無茶といってもな…
 
 一部の敵が強く複数だったし、君に大きな怪我が無くて俺は不幸中の幸いだと思ってるくらいなんだが」
 
 泣かせるつもりは無かったんだ、とほつれたレナータの前髪を整えて、シグルトは優しい目で精霊術師の娘を見つめていた。
 
「でも、でも…」
 
 そう言って首を振るレナータにシグルトは頭をかくと、意を決したようにレナータの首に何かかけた。
 
「あっ…」
 
 声を上げてレナータはそれを見る。
 小さな女神をかたどった細工のペンダントだった。
 女神は手に小さな石を抱いている。
 瑠璃(ラピスラズリ)の欠片だろうか。
 
「これからずっと君に幸運がありますように…
 
 当日には間に合わなかったが十九歳の誕生日おめでとう、レナータ。
 俺の用事は、君にこれを渡すことだ。

 贈呈先がいなくなったら困るのでな。
 そのための無茶だと思って、今回は勘弁してくれ」
 
 先ほどの鬼のような迫力を欠片も見せず、シグルトは穏やかに微笑んだ。
 
(うわぁ、様になり過ぎだ…端で見てる僕までドキドキしちゃうよ)

 少し顔をそらしたニコロは、場をごまかすためにとっさに言葉を発した。
 
「ええと、マスターがレナータさんを連れてこいって…」
 
 それを聞いたレナータは、涙をぬぐうと大切そうにぎゅっとペンダントヘッドを握って頷いた。
 安心したようにシグルトはゆっくり息を吐くと、ニコロの方を見る。
 
「礼が遅れてすまない。
 君の助力はとても頼もしかった。
 
 俺は冒険者パーティ“風を纏う者”のシグルトという。
 
 助けてくれて有難う」
 
 胸に手を置き頭を下げ、最大限の謝意を示すシグルトに、ニコロも自己紹介する。
 
「“風を駆る者たち”のニコロです。
 
 噂は伺ってます。 
 
 会えて光栄です、シグルトさん」
 
 シグルトは、君が、と言って大きく頷く。
 
 二人はどちらかともなく互いの手を差し出し、しっかりと握手する。
 
「敬語はいいさ。
 
 同じ冒険者同士、この先に見かけたら気軽に声をかけてくれると助かるよ」
 
 シグルトはそう言って出逢いの挨拶を締めると、レナータを見て「歩けるか?」と聞く。
 
 レナータは歩き出そうとして顔をゆがめた。
 足を捻ったのだろう、少し腫れている。
 すでに癒しの術は使い切ってしまった。
 
 シグルトは足首がぐらつかないように手早く応急処置をすませると、レナータを抱き上げた。
 びっくりして、降ろすように言うレナータに、この方が早いと黙らせると、ニコロにも急ぐよう催促する。
 
「こいつらを自警団に突き出して、理由を話していたら夜が明けてしまう。
 俺のパーティは明日依頼に向かわなければならんし、時間を無駄にしたくない。
 
 死んだ奴も、死にそうなやつもいないみたいだし、いつも不機嫌な番兵に絡まれる前に退散したほうが得策だと思うんだが?」
 
 こんなむさ苦しいやつらに構うのは自由の浪費だ、と続ける。
 
「言えてる…」
  
 二人の男は頷き合うと、『悠久の風』に向けて足早に歩き出した。
 
 これこそが後に語られる“風を纏う者”と“風を駆る者たち”二つの風の最初の交差、眠れる両雄の邂逅である。 



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SSD環境でカードワースを遊ぶ

2018.11.18(22:57) 475

 最近PCのハードディスクの調子がおかしく、起動に手間がかかるわ、遂にハングアップする(これで書きかけのリプレイが吹っ飛びました…涙)わ…使い始めて三年ぐらいなんですが、経験上早い寿命の兆しが来たかもと感じたので、思い切ってSSD(ソリッドステートドライブ)の換装することに致しました。
 ここ数日はその準備やら、作業やらやってた感じです。

 現メインPCのハードディスクのクローン(データの転送に数時間かかりました)を作り、試しにカードワースをSSDに入れてやってみたのですが…あまりの速度の違いに唖然。
 まぁ、もともとCPUがi7(多分五世代目ぐらい?)でブルーレイが綺麗に再生できるメモリ16G限界まで増設したのそこそこにハイスペックなノートPCだったので…化けること。
 起動時間が三分の一以下になり、ブラウザはサクサク、他のソフトの起動やサムネイルの表示などはかなり早くなりました。
 今までは全然スペックを活かしきれてなかったんでしょうね。

 前はシナリオフォルダの表示の遅さにイライラしてたのですが、換装後は起動も早く一瞬で表示されるし、Pyの大画面仕様でもストレスなく動きます。
 カードワースの体感速度アップは限定的に10倍速超えたかも。
 CABファイルの読み込みなども早くなるのではないかなと。

 カードワースはそもそものデータが細かく小さいため、読み込みに結構時間がかかるのではないかなと感じています。最近のパソコンは大きなデータ(画像・音楽)を纏めて動かしてる感じですから、パソコンのスペックにカードワースの細かさが合ってない印象を受けていました。シナリオデータのバックアップをとったりするとき、やたらと読み込みや書き込みに時間がかかってたような。

 対してSSDは処理速度自体が、そういう小さくて細かいデータほど相性がいい様子。
 画像やシナリオの一覧とかぱぱっと表示されますし、BGMの途切れも少なくなった感じ。
 
 SSDは現在Amazonで500GBが13000円以下で買えるので、余裕があるなら25000円ぐらいはしますが1TBクラスとかに手を出すのもありです。

 え、二万~三万円超えは高い?

 使ってみた感想ですが、5万円出して新しいパソコンを買うより、3~5年型落ちでハードディスクがそろそろやばいパソコンを3万円出して1TBのSSDに換装したほうが安上がりかもしれません。バッテリー新しくしてもおつりがくるかも。
 ぼっろい中古PCですら普通に3~4万円しますからね。
 ひと世代前のパソコンは500GB以下のハードディスクがわりと普通だったので、愛用しているパソコンの寿命を増やす意味でもおすすめです。
 3Dバリバリの通信ゲームとかはPS4とかで十分できるでしょうし、それほど極端なスペックが無くてもカードワースやる分には十分なんですよね…普通に遊ぶと私家エンジンの特殊な機能ではとっても重いのですが。

 SSDの良いところは、早い・煩くない・衝撃にある程度強い・熱暴走し難い(今の季節ありがたいですよ)・省エネ。
 ハードディスクに換算すると値段は3~4倍といったところでしょうか。高価でデータ容量が少ないのが欠点ですが、故障のリスクがハードディスクよりましで携帯性を向上させる場合(衝撃に強く、電力の消費が少なく、起動が早い=無駄な時間を取らない)でも優れているため、メモリをガチャガチャ増設するよりよほどスペックが上がります。

 現在のSSDの使い方は、OSを入れるシステムディスクを換装して、メモリキャッシュやメインシステムのアクセス、ブラウザのキャッシュなどをスムーズにする目的で使う方が多分多いと思うのですが、Y2つ的にはあえて贅沢に「カードワースのデータをSSDに入れて使う」ことをお勧めします。

 SSDはハードディスクよりデータの書き換えの耐性が低いという欠点もあるのですが、Wikipediaによると「計算上は最低でも毎日10Gバイトのデータ書き換えを約190年実行してようやくエラーが発生する状態」らしいので、気にする必要はないかなと。その20分の1の期間で多分ハードディスク壊れますし。(遠い目)
 普通にアクセスが速いため、ハードディスクよりバックアップもしやすいのです。メンテナンスやバックアップの手間を考えると10年位で新しいパソコンに換えるとするなら、寿命は十分ですよね。

 もともとカードワースのデータって、最新版のMP3ずんどこ使ってるシナリオでも500MB超えるものは殆ど無い様子。
 カードワースを遊んでるプレイヤーさんは、OSがXPやWIN7のままという方もたくさんいらっしゃると思うので、そういう方が一番手っ取り早くパソコンのスペックアップをしたい場合は、バックアップを兼ねてSSD換装をしてみたらいかがでしょうか。

 ハードディスクはたいてい3~5年でお寿命を迎えます。過酷な廃使用するせいもあるのでしょうけど、私の経験上10年以上ハードディスクがまともにもったパソコンないんですよね…唯一生き残った年代物の富士通パソコンも不良セクタ塗れですし。そういや、先代パソコンは火災で燃え尽きたっけなぁ…

 私、パソコン交換の原因って、ハードディスクの故障とOS・システム環境の世代交代が9割以上なのです。
 カコンカコンとか、ガリガリとか聞いたことのない異音がしたり、不良セクタのたまり過ぎと度重なるOSのアップデートでやたらと動作が重くなった頃が黄色信号です。ハングアップ(停止して動かなくなる)やブルー画面が出て画像停止、頻繁にエラーを起こして再起動したりする時は壊れる寸前かも。

 私は数日ごとに再起動とOSのアップデートを要求されるのが嫌で嫌で…アップデートの時間が長い上に、ノートとしてはかなりのスペックにしてあったのですが再起動に数分かかってたんですよ、最近。
 
 クリーンアップとデフラグをすべきと思いつつも、従来のアクセス速度の速さでは半日以上かかってとてもやる気になれないという方、いませんか?

 データが肥大化するとバックアップが難しくなるので、換装したハードディスクをバックアップとして保存すれば二度手間になりません。

 SSDはAmazonなどで購入できますし、換装のやり方はYouTubeの動画がたくさんあります。古いパソコンの場合ハードディスクのフォーマット形式とかで注意しないとOS認証しなくなったりもあるんですが、SATA~USB3.0変換用のコネクタと、パソコンのハードディスクを自力で換装する技術なんかも必要にはなりますが、そういうの苦手な人は換装サービスをやってるところもあるのでお願いしちゃうのもありかなと。

 Y2つは【EaseUS Todo Backup Free】(https://jp.easeus.com/backup-software/free.html)の 11.5を使ってクローンを作り、余った容量を使って快適にカードワースを遊んでいます。

 もし低スペックのPCで遊んでて、最近の要領の大きなシナリオでストレスを感じるなら、SSD環境に換装するは選択肢の一つですよ~
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『碧海の都アレトゥーザ』 風は南海に集う

2018.11.16(21:59) 484

 ウェーベル村での仕事を終え、シグルトはジゼルを連れて、ロマンの待つヴィスマールに帰還した。
 
 ロマンは、シグルトがジゼルを伴って帰ると目を丸くしたが、詳しい事情を聴くと納得した様子で同行を認める。
 毒舌家ではあるが、理が通れば文句を言わない…そんな少年だとジゼルは評価した。

 シグルトの美しさにもびっくりしたが、ロマンの中性的な美しさも群を抜いている。

 柔らかな銀髪に、金褐色の瞳は黄昏の光を閉じ込めたよう。
 白く肌理細やかな肌。
 まだ声変わりをしていない高い声を聞くと、少女だと言っても信じるだろう。

 ジゼルが持前の好奇心でロマンを眺めていると、その横でシグルトが繕い物を始めた。
 明日は出発なので、装備のメンテナンスというわけだ。
 
「…上手ね。

 男の人でもそういうことするんだ?」

 少し新進的な考え方はするが、それでもジゼルはこの時代の女性である。
 男が裁縫をすること自体が異様に感じられるのは、田舎の山中で「それが当たり前」として育ったためもあるだろう。

 実家での裁縫事は、器用なこともあいまってジゼルが一手に引き受けていた。
 彼女がいなくなったことで父である村長は苦労することになるだろう。
 
 見た限りでは、シグルトの裁縫技術は「普通の主婦」程度に手慣れている。

「…冒険者をやっていれば、自然とこの手の作業は増える。

 道無き道を行き、怪物と切った張ったをすれば、ほつれや鉤裂きは付きものだからな」

 そう言いつつ、すでに愛用の外套を縫い終えていた。
 目立たぬように上手に縫い目を隠し、繰り返し丁寧に縫って頑丈にしてある。

 針を片付けるため、シグルトが革製の針刺しを手に取った。
 そこに見慣れない形の針が数本差してある。
 すぐに別の好奇心が首をもたげてきた。

「…この返しのついた小さいのは、釣り針よね。

 でもこっちの弧を描いた針の形はあまり見ないわ。
 職人が絨毯を縫う大きな針に似てるけど…しかも銀製?」

 細工物のように細く、銀で出来た不思議な針を見つける。

 針が弧を描いているのは、平坦な動かせないものを縫うためだ。
 用途も、布のように縫い易く折っやり曲げたりできない物のために使うのだろう。

「ああ、この弧針(こしん)のことか。

 特注の品だからな」

 丁寧に磨かれ、薄く油を塗付したそれは、装飾品のように美しい。

「でも、銀じゃ硬いものを縫う時曲がっちゃうでしょ?
 
 何に使うの、これ?」

 首を傾げるジゼル。

 シグルトは苦笑してその針を取った。

「これは傷を縫うための、医療針だ。

 見た目より柔軟で、曲がってもすぐ折れたりしない。
 銀製なのは、血に触れても錆び難く、錆の毒で身体を害さないためだ。

 弧を描いてるのは、手早く肉を縫うためであり、また片手で縫うことを容易にする工夫だな。
 真っ直ぐの針は、肉の弾力で押し戻されるし、深く刺そうとすると血脂で滑ってしまう」

 実演するように、指の腹に曲がった針を掛ける。
 巻き込む感じでくるりと回す。
 繕いものをするより、随分手慣れていた。

 生々しい話を聞いて、ジゼルの顔が引き攣る。
 
「…鋭利な刀剣による裂傷は、包帯で巻いても傷が癒着し難いし、すぐに開いてしまう。

 手っ取り早いのは、昔からの方法で縫うことだ。
 直針など使えば、縫い難く患者は痛い思いをする。
 下手をすれば、折れた針先が肉に残って危ない。
 針が弧を描いているのは、刺した先端が肉の外に出るという、その特性を考えているんだ。
 
 傷口はある程度深く縫わないと、糸で肉が裂けて傷を広げかねない。
 膿んだ傷口を縫う時は特にな…腐った肉が削げないように、より深く縫う必要がある。
 
 だから、こういった専門の針を使う。

 傷の縫合は、医療的にとても大切な技術だ。
 応急処置でも基本的なことだから、生肉や皮を使って近い感触を確認しながら縫う練習をしておくことも大切だ。

 矢傷や血管からの大量出血を、血管の桔索で止めることもできる。
 止血には、洗濯挟みのようなもので出血点を挟むのも手っ取り早い。
 紐や帯で止血すると、どうしても組織上部分の止血になって、下部が壊死を起こし易くなるからな。 

 専門の知識と技術は必要だが、こういったことができるなら、誰かの命を繋げることもあるだろう。

 獣の牙や爪で肉を抉られたり、戦場で腐った手足を切り落とすことになっても、手当の仕方と道具があれば生き残る可能性は高くなる。
 死ぬ者がいる時は、傷が深過ぎるか治療手段が分からない時がほとんどだ。
 
 俺は戦士だから刀傷や裂傷が絶えないが、治癒の秘蹟で何時も治して貰えるとは限らない。
 仲間の持つ有限のそういった力が尽きれば、すべてを手当てしきれない状況に出くわすこともある。

 …一番嫌な用途だが、死体を見目良くする時にも役に立つ。

 備えあれば憂い無し、ということだ」

 その針は、実際に使ったための摩耗や変色が見受けられた。
 シグルトの言う用途も、随分と具体的だ。

 つまり経験があるということだろう。

 話を逸らそうとして、ジゼルは咄嗟にもう一つの針を取った。

「…こっちの、穴の空いた筒みたいな奴は?」

 まるで見たことの無い形状のそれは、一言で言ってまさに筒だ。
 先端が尖っているから、針の一種なのだろうが。

「それは穿孔刺。

 膿を抜いたり、気道…喉が詰まった時や、打撃の衝撃で潰れて肺が膨らまなくなった時、溜まった血や空気を抜くのに使う。
 この膨らんだ部分は、深く入り過ぎないように肉に掛かる部分だ。

 内出血が酷い時には、適切な応急処置ができるから重宝する。

 ゴブリンやオークは棍棒を武器にすることも多い。
 打撲で内出血したり、肺が破れて息が体内に留まる症状があるんだが…これを使うと効果てき面だ。

 食い物が喉につかえたり、火傷や毒での喉の入り口がで呼吸が止まった時は、これで喉の下の方に穴をあけて気道を確保する方法もある。

 俺が学んだ医者は、腫れ物の中に溜まった患者の膿を出したり、頭に血や水が溜まった患者の治療にも使っていた」

 シグルトが話す言葉の中には、高度な外科の医療知識が含まれていた。

 だが、傍から聞いていれば異質で痛々しい話である。
 ジゼルは聞いたことを少し後悔し始めた。

「他にもこの薄い尖った剃刀は、切開のためのものだ。
 今は糸切りに使っているが、本来は簡単な手術に使う。
 俺は使うのが下手だから、精々鏃の摘出や鬱血の切開にしか使わないが。
 
 …こういった切開手術は、腐ったら切り落とすのが当然と考える現代の医者から見れば、異端とされるものだ。

 だが、手足と泣き別れしたくない時は、異質と呼ばれても頼る必要がある。
 俺は祈って秘蹟が起きる坊主ほど、敬虔ではないのでな。

 こういった罰当たりをするのにも、抵抗は無い」

 腐敗した患部を蛆に食わせることが、一番優れた壊疽の治療法だと教えたら、目の前の娘はどんな顔をするだろう?
 シグルトは筒状の医療針を弄びながら、肩をすくめた。  

「…それでシグルト、これからどうしよう?

 相変わらず湾は時化ているよ。
 悪天候じゃないんだけど、漁にも出られない有様なんだって。
 
 暫くは、状況も変わりそうにないみたい」

 ジゼルが青褪めて硬直している中、横からロマンが現状を切り出した。
 針を手早く仕舞い、しばし思案するシグルト。

「…湾沿いの街道を通り、アレトゥーザに向かうことにしよう。

 ジゼルのことを、『小さき希望亭』の親父さんに紹介しておきたいんだが…
 ついこの間出てきて、今更リューンに戻るのも非効率的だ。

 ここまでくる道中でジゼルと話し合ったんだが、一旦アレトゥーザに行って仲間と合流する。
 ジゼルには可能な旅に連れて行くか拠点で留守居番をして貰い、俺とラムーナで養生術を叩き込んで、冒険者として食っていけるように基礎を教えようと思っている。

 ジゼルは目が良く弓が得意で、斥候向きの資質がある。
 そっちの教導は俺よりもレベッカの領分だから、彼女に早めに面通ししておく必要もあるだろう。

 ジゼルは南海の闘舞術に興味があるらしいから、無駄な寄り道にはならんはずだ。

 南海の湿った空気や暖かい気候は、いくらか心臓にも優しい。
 これから急激に気温が下がる時期だからな。
 冒険者として旅に身体を慣らすのにも悪くないだろう。

 一区切りついたら、仲間との相談次第だが…一旦ペルージュにジゼルを連れて行って、俺の知り合いの医者に見せる。
 聖典教徒の中でも飛び抜けた賢者で、俺の医術の師だ。
 
 ロマン、お前の知的好奇心もきっと満足させてくれるぞ」

 シグルトの提案に、ロマンは「それは楽しみだ」と頷く。

「ジゼルの父親から紹介状を貰った。
 ヴィスマールから馬を借りて移動するとしよう。

 体格的にジゼルとロマンが相乗りだ。
 ジゼルは乗馬を得意にしているから、時間の節約はできるはずだ」

 相乗りという部分で、ロマンは露骨に嫌そうな顔をした。
 都会の人間のように垢抜けてはいないが、ジゼル自身は村一番の美女とも言われていたほどなので、男の子からここまで忌避されるとショックである。

 ロマンがここまで女性を忌避するのは、自身の容姿から女性にもてあそばれることが多く、純朴な一面を持つ彼にとって煩わしいことが多かったからだ。
 特にレベッカ、『小さき希望亭』の娘、“煌めく炎たち”の女性陣にはからかわれているので苦手意識が強い。

 だがロマンの歩く速度はシグルトに遠く及ばないし、ジゼルは女性でしかも病を患っている(実際に心臓は完治しているが)。
 シグルトの提案が最も効率的であった。

「…秋の野営は寒いだろうからね。
 湾沿いに行くなら、絶対海風が冷たいし。

 ヴィスマールで寄り道した分を取り戻せるし、仕方ないかな」

 ウェーベル村を出発する準備中、シグルトは特に念入りに冬支度をしておくように言っていた。
 旅人は野宿する機会も多い。

 病気持ちの自分のことを配慮して貰えていると気付き、ジゼルは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「…そうへこんだ顔をするな。

 君をペルージュまで護衛することは、君の父上から依頼された俺の仕事でもある。
 報酬として金を預かっているし、取引して高価な熊胆を全て貰えたから、まだ面を合わせていない他の仲間たちも悪い顔はしないだろう。

 明日は早い。
 もう休もう」

 シグルトの言葉に従い、一行は早めに休むことになった。

 
 次の日、紹介状を使って借りた二頭の馬に乗り、一行は朝早く出発した。
 秋の気候となり、明け方はまだ空気が冷たい。

 馬の身体に披露が蓄積しないように速度を調整しながら、一行は波音のする湾に沿って旅路を進んだ。

 ジゼルにとって、愛馬のホーリー以外に乗るのは久しぶりだった。
 相乗りするために体格の好い馬を選んだため、目線が少し高くて違和感はある。
 けれどその感覚は新鮮で、決して不愉快ではない。

 ここまで来るのに、不思議と心臓は平気だった。
 生まれた時からずっとジゼルを悩ませていた病は、何故か森神の祭の後、ピタリと治まっている。
 いつもならば、これだけ慣れない体験をすれば、息苦しさになって自分を締め付けてきたのに、だ。

 つい馬の歩みを速めてしまうと、同乗したロマンが美貌には似合わないじっとりとした非難の目で見上げてくるので、どきどきしながら普通の速度を維持する。

 一緒に並んで乗馬して分かったことだが、シグルトも乗馬には慣れている様子だった。
 ジゼルのように乗馬を日課にしていた者から見れば劣るのだろうが、十分に熟練者のそれである。

「シグルトは乗馬もできるのね。

 冒険者って徒歩のイメージがあるから、驚いたわ」

 気をそらすために話題を振ってみると、並足で巧みに馬を操りながら「ああ」とシグルトが返事をよこす。

「俺は一応貴族の出でな。
 乗馬は嗜み程度にだがこなせる。

 父は世襲貴族じゃなかったから、嫡子であっても…実力で騎士になってから武勲を立てて下級貴族の爵位を目指すか、尚武の国風に応じて武芸者として身を立てるか…出世する方法はあまりない。
 俺のような、嫡子以外の子供には普通に貴族になる選択肢が無いんだ。

 だから、自立するために学べることを貪欲に学んだ。
 いつか人生をともにする家族や、母や妹を守れるように。

 武術、言語、医学、伝承に乗馬。

 幸い生家には厩もあって、母から乗馬を教わることもできた。
 〈馬が暴走して森に取り残され、父と出逢った〉という惚気話を聞きながら、将来のためにということでな。

 十歳になる頃には裸馬に乗れるほど習熟したが、ここ半年は時々移動に使う程度で、故国より馬体の大きな奴が多いものだから苦労している」

 秋空を見上げながら、シグルトは独白するように過去を語る。
 背中でロマンが息を呑むのが感じ取れた。

「シグルトのお父様とお母様の出逢いですって?!

 すっごく興味があるわっ!」

 ジゼルは目をキラキラさせて馬から乗り出すと、シグルトを問い詰めるように話をせがんだ。

 今度は「そういう反応するところじゃないよね?」というふうに、呆れたような溜息が漏れる。
 少し嫌そうに、ジゼルとロマンを乗せた馬が嘶いた

 苦笑したシグルトは、旅の間はせがまれるままに、夫婦仲の良かった両親の邂逅を語る羽目になったのである。


 アレトゥーザへの旅は、少し夜が寒かったものの…獣や野盗に襲われることもなく無事に終わった。

 いつも不機嫌そうな門番に挨拶をすると、シグルトたちはすぐに『悠久の風亭』へと向かう。
 宿の扉を開けると、カウンターに座って貝の蒸し料理を肴にイルマーレを飲んでいるレベッカが見える。
 間近の席にはスピッキオとラムーナが座って食事をしていたが、シグルトたちに気づいて手を振った。

「皆揃っているようだな。

 すまん、少し遅くなったか?」

 外套を脱いで壁に掛けると、ラムーナが「大丈夫だよ~」と間延びした返事をする。

「約束の日まで、まだ数日は余裕があるわい。
 とはいえ、皆なんとなく今日あたりには集合できそうだと感じておったようじゃの。

 これぞ神のお導きというものじゃ」

 胸の前で十字を切るスピッキオに、不心得者のレベッカとジゼルの眉間が同時に皺を寄せた。

「せっかくいいお酒で気持ちよく飲んでるのに、寺院の乳香で咽るような気分にさせないでよね。

 とはいえ、私は知り合いに頼まれてた野暮用を済ませてさっき戻ったばかりだし、ラムーナは舞踏の方がモノになったからってことで、あんたたちが来なければ三人で軽い依頼でもやろうかって話てたところよ。
 タイミングはバッチリ…って言いたいところだけど、まずは後ろの可愛子ちゃんのことを教えてくれる?」

 軽くジゼルにウインクをすると、仕事の目になってレベッカがシグルトに問う。

「うむ…彼女はジゼリッタ。
 いろいろとわけありなんだが、彼女の父上から彼女の護衛と知り合いへの仲立ちをする依頼を受けていてな。

 長くなるが…俺の方でかなりいろいろなことがあったから、報告を兼ねて話をしようか。

 何も注文せずにだべるのも他の客に失礼というものだ。
 食事をしながらにしよう。

 女将さん、俺は烏賊のパスタを。
 飲み物は鉱泉水を頼む」

 ジゼルの分まで椅子を引いてくれ、腰掛けたシグルトが昼食を注文すると、宿の女将ラウラが「あいよっ」とすぐに鉱泉水を注いでくれた。

 海辺の都市というのは水質が悪い。
 特に下町の井戸は、海水が混じっているのかわずかに塩辛く、海辺に近い『悠久の風亭』最寄りの井戸も酷いものだった。

 南海地方では初夏の頃に、南方大陸から砂埃混じりの季節風が吹く。
 それによっても井戸が汚れるため、綺麗な飲水は有料となり、酒や果実を絞ったものを飲むものも多かった。

 アレトゥーザには水の大精霊が湧かしたとされる清らかで大きな泉もあるのだが、交易で発展した今のアレトゥーザの民全てを潤すほどの水量ではない。

 こういった井戸水の問題に対処できるのは、水の精霊術だけだ。
 泉の精霊ネレイドや水の精霊ウンディーネは、飲水を浄化させたり、真水を作り出すことができる。

 一昔前のアレトゥーザにはそういった水の精霊術師が多数いて、井戸や溜池や瓶に雨水を溜めたものを浄化して日銭を稼いでいた。
 現在そういった水の精霊術師は、聖海教会の保守派によって迫害され、その多くがアレトゥーザを離れている。

 アレトゥーザの都市名は、水姫と呼ばれる大精霊の名前に由来していた。
 昔、不毛の地にカヴァリエーリという優れた精霊術師がやってきて、この地を水姫の浄化の力によって清めて人の住めるようにしたのがアレトゥーザの始まりだという。

 それから月日は流れ…教会の一派である聖海教会がこの土着の精霊や神を聖人として吸収して、精霊信仰を飲み込んでいった。
 教会は、都市の発生に関わったアレトゥーザの【聖女化】をも画策する。

 だが、アレトゥーザ発祥に関わるこの都市一番の名家カヴァリエーリ家が、断固として水姫の聖女化を認めなかったのである。
 というのも、力ある精霊の幾柱かが、聖海教会に帰順しないことを理由に封印されてしまう事件が起きていたからだ。
 上位精霊の水姫に「帰順か封印か」迫るような無礼を働けば、最悪アレトゥーザが元の不毛の地に戻ってしまう。

 当時精霊術師の多くが教会の横暴に怒っており、聖海教会の穏健派も「急激な布教の推進は乱暴すぎる」と異を唱えたが、教会保守派は精霊術師を多く排出したカヴァリエーリ家や水の精霊術師を目の敵とし、特に女性の精霊術師を魔女として攻撃するようになった。

 このことをきっかけに精霊術師と聖海教会の関係がますます険悪化し、十字軍の遠征と共に南海を拠点として聖典教徒を攻めようとした聖北教会の騎士団と聖海教会の保守派が結託し、水の精霊術師を捕らえて【妖術師】や【魔女】として異端審問にかけ、ついには精霊宮で重要な地位についていた女精霊術師が強引な魔女裁判で火刑に処されるに至り、南海の各都市にいた精霊術師のほとんどが精霊宮を放置して出奔してしまう事態に陥った。
 教会によって箝口令が敷かれたが、精霊術師がいなくなったことで不便になったことや、都市を出た者たちの口まで塞げるわけではない。

 精霊宮は、精霊や悪魔などが実際に存在するこの世界においては、霊的な自然の災害を防ぐ防衛装置として古くから各都市に配置されていた。
 そこに勤める精霊術師が精霊たちを鎮めることで、都市を見舞う災害が激的に減少するのだ。

 精霊術師の出奔で、アレトゥーザをはじめとする南海の各都市は精霊術師の不足により精霊宮が機能しなくなってしまった。

 当然、暴風や波浪などによる災害が激増し、特に深刻な被害をもたらしたのが水質の汚染である。
 豊富な水の精霊たちによって海水を浄化して清浄な泉を湧かせていた南海の村落が、水源の枯渇や飲料水の汚染によって維持できなくなり、村落を放棄する者も出始めた。

 ここで都市における権力の向上を機会を狙っていた第三者…魔術師学院連盟こと〈学連〉の魔術師たちが、古代の下水浄化技術を用いた魔道具で水質の劣化を抑えることになるのだが、水の精霊術の持つ完璧な浄化には及ばず、しかも高価な魔道具はすぐに普及することができずに権力者たちを潤すにとどまった。

 汚染された水源を使っていた下町や貧民街の住人に、特殊な病気が発生しやすくなったのもその頃からだ。
 
 『悠久の風亭』の女将ラウラもまた、水の毒に侵され瀕死の状態になった一人である。
 偶然通りかかったレナータがすぐに井戸水の汚染が原因の病であると見抜いて、ウンディーネの浄化による解毒治療を行い、ラウラは一命を取り留めたのだという。

 それ以来、『悠久の風亭』のマスターは近くの井戸水をそのまま使用するのを忌避するようになり、都市の郊外でレナータが見つけたという安全な鉱泉水や浄化した水を有料で出すようになった。
 『悠久の風亭』の夫婦はレナータに恩義に感じており、聖海教会保守派によって迫害される彼女を庇い、仕事を干されていたレナータに昔同様生活用水の浄化を依頼して仕事を斡旋していた。

 最近新しい街道が完成し、アレトゥーザへの交通事情が変わると、どっと冒険者たちが仕事を求めてアレトゥーザに訪れるようになった。
 これにより冒険者としての精霊術師が入ってきたことで、共和制のアレトゥーザでは精霊術師に対する迫害を止めて人権を尊重する動きが出始め、聖海教会保守派との間に新たな火種が燻っている。

 リューンで後輩の冒険者ができたことや、ディリス王家と知り合うことになった経緯などを話しているシグルトの横で、ロマンから現在のアレトゥーザの話を聞いていたジゼルは、頭から煙が出る思いだった。

 “風を纏う者”の面々は高度な政治的事情を含め、食事をしながら王族や貴族の話題を出し、各都市の情報を政治・商業・学問・宗教の動きなどを論じるため、田舎の村長の娘であったジゼルにはほとんど理解できないのだ。

 別の方に意識を向けてみれば、独特の巻き舌でまくしたてる南海の言葉はさっぱり聞き取れない。
 話の途中で、ロマンは肩をすくめてレベッカたちとの話し合いの方に行ってしまった。

 疎外感を受けていると、すっと近寄ってきたのがラムーナと呼ばれていた女戦士である。
 
 歳の頃はジゼルよりも下で、少女から女に成長する過程の微妙な起伏をした体格。
 美人というより、愛らしいという印象を受ける。
 服の間から見える手足はすんなりとしなやかで、身体を動かす職業独特の躍動的な筋肉が程良い女性の脂肪に陰影を加えていた。

「大丈夫だよ、お姉さん。
 シグルトたちはいつもあんな感じだから。

 お話が難しいよね?
 適当に分かるところだけ頷いていれば、そのうち終わっちゃうよ」

 残念なお仲間認定を受けて、内心複雑なジゼルであった。
 仕方ないので、ジゼルも魚介をふんだんに使った南海の料理を味わうことにする。

 試しに頼んでみた烏賊墨のパスタは、真っ黒な見た目によらず大変美味で、おかわりをすることになった。


 食事を終え、互いの状況を確認した“風を纏う者”は、今後の活動について話し合うことになった。

「事情は分かったわ。
 とりあえず、ジゼルちゃんの方はいずれペルージュに連れて行くとして…
 私達の後輩として冒険者やってくなら、一通り仕事のやり方を叩き込まないとね。
 
 才能は相当なものみたいだけど、身体がひ弱過ぎよ。
 弓を使う職業をしながらできる斥候役は私と微妙に被るし、旅慣れもあんまりしてないみたいだから、“風を纏う者”に迎え入れるのは論外。

 私たちの中で一番体力が無いロマンだって、今は一日に四十キロを普通に踏破するけど、ジゼルちゃんにできる?」

 確認するようにレベッカが聞くと、ジゼルは困ったように首を横に振った。
 舞踏をやるし田舎育ちで、基礎的な身体能力には自信もある。

 それでも、長い間心臓に負担をかけないために生きてきたため、運動量は限られていたのだ。
 アレトゥーザまでの乗馬による旅ですら、かなりの疲労を感じてシグルトやロマンに迷惑をかけている。

「うん、やせ我慢して、できない無理ができると嘘を吐かないのは美徳よ。
 そういう類の偽りはパーティ組んだ仲間が迷惑を被るから、忘れないでね。

 まぁ私たちは、結成して半年ぐらいだけどかなり特殊だから。
 熊と一騎討ちできるうちのリーダーについて行くの、大変なのよ。
 無茶はさせないから安心してね。

 旅の合間にちゃんと冒険者の基礎を教導するわ。
 斥候に関してのノウハウも叩き込むから、覚悟しておいてね」

 レベッカの評価は厳しかったが、仕方ないことだとも思う。

 一緒に数日旅をして感じたが、明らかにシグルトやロマンは規格外だった。
 知識や体力はもちろん、経験や意識が違う。
 修羅場を経験し生き残った冒険者の貫禄は、森で鳥や小さな獣を狩ったのがせいぜいの小娘と比ぶべくもない。

「方針はそんな感じとして。

 これから先、ペルージュの方は寒くなるのよねぇ。
 行くとしたら年内、できれば十二月になる前がいいかしら?

 一応は冬支度しないと、風繰り嶺の吹き颪はつらいかもしれないわ」

 そんなことをレベッカが言い出すと、『悠久の風亭』のマスターが空っぽになった食器を下げながら話しかけてきた。

「今日着いたばかりで、もう他所に行く相談たぁ、忙しい話だな。

 だがよ、ちょいと出発は待ってくれねぇか?
 実は厄介なことになってて、あんたらの手を借りてぇんだ。

 ゴブリンが住み着いて近隣の村で被害が起きてるんだが、最近南海で海賊どもが大暴れしてやがってな。
 このあたりの冒険者パーティが、軒並みそっちに引っ張られてるんだよ。

 あんたらぐらいならわかってると思うが、ゴブリンって奴は群れるから、単独や少数の冒険者には任せられねぇんだ。

 報酬は銀貨五百枚。
 ゴブリンの群れの規模は十匹程度。
 ロード種やシャーマン種はいねぇって話だが、中に田舎者(ホブゴブリン)が交じってるって情報がある。

 群れの規模が二桁になってるのもあって、報酬額の基準的に依頼の受け手がいなくてなぁ」

 討伐依頼の報酬は、二桁のゴブリンの群れであれば最低銀貨六百枚ぐらいが目安である。
 ホブゴブリンのような大型種がいるなもう少しほしいところだ。

「ふむ…討伐の依頼は、冒険者の手が余ってるなら銀貨五百枚でも受け手には困らないはずだが。
 提示された報酬の規模からして、近隣の村々が金を出し合ったものだろう。

 依頼が発せられる時点で、相当に困っているから依頼に踏み切った…海賊騒ぎもある中で銀貨五百枚は周辺村落に出せる限界。
 アレトゥーザのお役所から補助が出ていれば銀貨八百枚ぐらいにはなっているはずだから、海賊の討伐の方に財政を圧迫されて余裕がなくなっているというところか。
 まさに〈泣きっ面に蜂〉の状況だな。

 俺は受ける方に一票だ。

 銀貨五百枚ならば討伐報酬として及第、各自が習得した技能を確認した上で実戦の慣らしをするには良いかもしれん。
 世話になってるこの宿のマスターからの指名、断るのは不義理でもある。

 南海で村を巡っている立場からも、受けるのが道理だと思う」

 シグルトはこういう時、自分たちの実力を考慮した上で義務と道理に従った判断をすることが多い。

「〈鮫〉ども…海賊が騒いでるってのは確かね。
 私の野暮用も、リューン近郊の海賊の勢力情報について調べてる人間からの呼び出しだったわ。
 
 南海の冒険者どもは政府から金が出るってことで、船に乗って遊覧の真っ最中よ。
 船酔いで吐いてる連中もしこたまいるんでしょうけど。

 とりあえず私も受けるほうに一票。
 ゴブリンが溜め込んだ何かを獲得できるかもだし。
 ああいう人型の妖魔は、小銭や宝石を捨てずに持ってることもあるのよ」

 リーダーに加えて、慎重派のレベッカまで依頼を受けることに賛成したので、残りの三人もそれに合わせるように頷いた。

「まぁ、当然かな。
 ああいった妖魔の集団には、【眠りの雲】を習得した魔術師がいるパーティで対応するのがセオリーだから。

 ゴブリンって放置すると地味に鬱陶しいから、僕は構わないよ」

 もっと強いロード種が率いていたオークの討伐も経験しているので、ゴブリンごときには負けないと自負するロマンである。

「私もいいよ~?

 盾と新しい戦いのダンスで、頑張る!」

 ラムーナはガッツポーズを取り、とんとんとステップを踏んだ。
 彼女が習得したのは防御系の戦闘技術なので、早く試してみたいようだ。

「わしも異存はないから、決まりじゃの。
 苦しむ民草を妖魔から救うのも、神の思し召しじゃ。

 さしあたって、ここにおるお嬢さん…ジゼリッタさんじゃったか?
 依頼遂行の間、彼女にどうして貰うかじゃの。

 基本的な教導も終わっておらん新人を、討伐の依頼に連れて行くなど論外。
 どうしたものか」

 スピッキオが確認するようにジゼルを見た。
 急に話題の矛先が自分になってびっくりした彼女は、両手を大げさに振って「構わないで」のポーズをとる。

「私がアレトゥーザに同行したのって、こっちで本格的な南海の舞踏について学びたいのもあったんだ。
 故郷で習った巫女の舞踏は儀礼的なもので、それ以外の技術は我流に近いのよ。

 ラムーナちゃんの先生って、戦いの舞踏を教えてるんでしょ?

 興味があるし、みんなが依頼に行っている間にそっちを訪ねてみるわ」

 護衛対象でもある彼女が方針を示したことで、“風を纏う者”はゴブリン討伐を受けることに決めた。

「滞在場所に困ってるようなら、皿洗いや料理を手伝ってくれる条件で、討伐依頼が終わるまでの間は宿代は取らないで屋根裏を貸してあげるけど、どう?」

 こういう時、絶妙のフォローをする女将のラウラである。
 願ったりの申し出だったので、一行はその好意に甘えることにした。
 
 いつか夢のためにと少しずつ小銭を貯めていたジゼルだが、手持ちの資金はゴブリン討伐の報酬よりも少ない。
 シグルトたちと数日旅をして分かったことだが、旅には思った以上に金がかかる。

 まず関税。
 領地の住人が他領に流出するのは、領地に貢献する領民を失うリスクがある。
 そのため、税をかけることで貧しい領民を囲う。
 税を払わずに領地を出ると里帰りの時に多大な罰金を科せられることもあるので、領民は外の世界に出ることを嫌うのだ。
 さらに他領とのトラブルを避けるため、国や領地を超える時にも関所で税がかけられる。
 大きな都市に入る時も、ちゃんとした通行証が無ければ金で身分を保証するのが普通だ。
 都市を出るまで問題を起こさないための保険として、多額の金銭を預かるという場合もあった。

 次に、食事や宿泊費などの旅費。
 宿が無い村落でも、宿泊する時は労働や物品を対価とするか、最低限の謝礼を払うのが筋だ。
 無断で都市や村落で野宿することは、治安上好ましくないため認められないことも多い。
 道中山野で野営すれば、獣や盗賊、最悪魔物に襲われる危険を冒さなければならない。
 野営中の事故は法律が適用されないことも多いので、自己責任となる。

 他には施設の利用費や、防寒具や保存食などにかかる装備の費用。

 武装のメンテナンスにも金が必要となる。
 ジゼルのような弓使いにとって、矢玉にかかる費用は馬鹿にならなかった。
 時々、「使った矢を拾って再利用すればいい」と簡単に考えている輩がいるが、撃ち込んだ矢の鏃は歪み欠けるし、矢羽も触れることで傷んで命中精度が落ちる。
 獲物から矢を抜く時にシャフトが曲がったり裂けるのは頻繁に起き、弓の弦は張りっぱなしにすると張力が落ちるので普段は緩めるか外す必要もある。
 女性の弓使いは弦が胸部に当たらないように胸当てを着けるし、弦を掛ける人差し指と中指には関節部を切らないように弓籠手や特殊な手袋などで保護するのだ。

 さらにジゼルはダンサーを目指しているわけで。
 そのための衣装代まで考えると、資金繰りに気が遠くなりそうだ。

 仕事の間におけるジゼルの滞在先が決まると、“風を纏う者”は明日にでも依頼に出発することに決め、そのための相談を始める。

 そうして、相談を兼ねた長い昼食の後、“風を纏う者”とジゼルは次の行動の準備を兼ねてアレトゥーザの散策をすることになった。

 シグルトは、妖精が帰還して失った術に代わり、持っている剣術書の技を慣熟させるため、アレトゥーザで兵士に武芸を教える教官を訪ねるとのことだ。

 レベッカは、ゴブリンや海賊の情報を聞き出してくると言って盗賊ギルドに向かった。

 ロマンは賢者の塔に行くとのことだ。

 ラムーナは、ジゼルに請われて舞踏の師であるアデイの仲介をしつつ、しばしの別れを告げてくるらしい。

 スピッキオは、しばらく厄介になっていた聖海教会に挨拶してくるという。

 夕食は各自で済ませ就寝する前には宿に集合という約束をすると、一行はそれぞれの目的のため、一時的に解散するのであった。



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