◆CWリプレイ:PyDSガイド◆

2018.04.19(20:25)

 準備も整ったのでカードワースのリプレイ再録を致します。
 旧宿データが吹っ飛んでしまい、前回のリプレイから相当年月が経っているため、思い切って様々な要素を詰め込んだリプレイ再録に踏み切ります。

 まず使用エンジンはカードワースPy Reboot。
 せっかくカードワースダッシュのスキンを作って紹介したので、そのStandardスキンを使うこととします。

 再録に先立ち、Standardで宿を作りPCを作成し直しました。
 若干能力値が上がったり下がったりですが、大きく変わった感じはありません。
 Standardは標準の才能型がもう少し能力的に緩やかで、生命力の極端な低下を避けていて、子供の身体能力が抑えられている程度なので、特殊型ばかりの風を纏う者たちはあんまり影響がないです。

 せっかくなので別パーティも作成し、将来的にリプレイ2のオルフたちも作り直して第5パーティとして合流させようかなと。
 第2パーティの煌く炎たちは、元傭兵のマルス、すれっからしの女火精使いゼナ、高飛車尼僧レシール、燻し銀老魔術師カロック、野暮ったい盗賊ジェフの5人組。クロスの関係でリプレイできないシナリオや絶版になってリプレイに出せない古いシナリオなどをプレイして、アイテムのトレードなどで補助的な役割を果たす予定です。

 第3パーティ華麗なる花々は外伝に登場した年増姫こと白の妖精姫アルフリーデ様をリーダーにリプレイ2で登場したグウェンドリンとレベッカの盗賊仲間エメリーを加えた女性オンリーパーティ。予定では連れ込みのジゼルとシアをこっちに。最後枠は秀麗で女性なら何でもOKっぽい…(このパーティの特徴が女性で秀麗持ち)

 第4パーティは魔道具バザーのラファーガとアナベル、白弓の射手からリノウ、こびとのなくしたものからラディーという連れ込み混成の後輩パーティの予定。あと2枠は新人連れ込みキャラで適当なのを。

 第5パーティはオルフ、エルナ、フィリ、バッツ、コール、ニルダのリプレイ2メンバー予定。ある程度本編が書きあがったら入れて行きます。

 予備戦力としてサキュバスシリーズのアンジュ、銀斧のジハードからオロフ。そのうち人外の中堅レベル連れ込みキャラが増えたら第6立ち上げようかなぁ。この2人は本業が別です。(アンジュはささやかな宝の店員さん、オロフは宿専属の修理屋さん)

 こうやって連れ込みキャラ見てみると…専業僧侶少ないですね。

 この記事は単独カテゴリにして、記事へのリンクを張り、目次代わりになっています。
 ブログ記事は読み難いと思うので、どうぞ活用して下さい。

目次

・序章 パーティ結成(PC紹介)

PC1:シグルト
PC2:レベッカ
PC3:ロマン
PC4:ラムーナ
PC5:スピッキオ

・第一章 実力派の駆け出したち
『第一歩』
『希望の都フォーチュン=ベル』 ゴブリンと狼
『碧海の都アレトゥーザ』 新たなる地へ
『碧海の都アレトゥーザ』 碧海色の瞳
『碧海の都アレトゥーザ』 路地裏の鼠たち
『碧海の都アレトゥーザ』 図書室の少年
『碧海の都アレトゥーザ』 故郷は波間の先に
『碧海の都アレトゥーザ』 荒波の啓示
『古城の老兵』
『碧海の都アレトゥーザ』 デオタトの依頼
『街道沿いの洞窟』

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『街道沿いの洞窟』

2018.04.19(20:19)

 今シグルトとレベッカは、仕事を探しながら2人で旅をしている。

 先日まではポートリオンという比較的新しい都市に、アレトゥーザから届け物をするという仕事を行っていたのだ。
 その一仕事の後、「一端リューンに行こう」ということになり、その近くの街道にある村で休息を取ることになった。

 ロマン、ラムーナ、スピッキオはそれぞれの目的のためアレトゥーザに残っていた。

 新しい知識を手に入れたいロマンは、アレトゥーザの賢者の塔で客分扱いとして図書室通いをしていた。優れた写本を執筆できるロマンは、単独であればその能力だけで生活費を確保できる。

 現在舞踏家として修練中のラムーナは、基礎から師についてマンツーマンで指導を受けている。アレトゥーザの海岸で潮干狩りをし、それで飲食代と宿泊代を稼ぎ食料にも充てるそうだ。良質の筋肉を養うのに貝類のタンパク質は理想的な食材である。

 スピッキオは司祭として自分の担当する教会に行き、もう一人の司祭と助祭の教育をしながら聖務に当たっている。冒険者として活動することが多い司祭は、受け持つ教会がある場合には布教伝道を主な活動の理由としておくことが多いのだが、時々本拠地である教会に戻って聖職者としての活動することが義務付けられていた。
 
 現在シグルトたちが逗留している村からリューンまでは、さほど距離が無い。
 馬車を用いれば数時間だろうか。
 標準的な冒険者の足なら、急げは今日中にもつけそうな距離である。
 
 本来、リューンとポートリオンは海路で移動する方が遥かに近い。
 そのためか、この村は普段から閑散としている。
 アレトゥーザへの新しい街道ができてからはより顕著になったという話であった。

 今2人が休んでいるのは、この村で唯一の食堂だ。
 
「ここ5日ばかりで、お金になる仕事がほとんど無かったのは痛いわね。

 いくら交通量が減ったからって、あの関所の関税はぼり過ぎよ!
 商隊に混じってる依頼遂行中の冒険者からも依頼主とは別に人数分出せとか、ふざけてるわ。
 リューンについたら、あのクソ領地の情報流して代官のケツを蹴りだしてやる。
 
 届け物で稼いだお金も、道中商隊に随伴してやるおまけみたいなものだから報酬は安いし…あの関税と路銀で使ってしまったわ。
 ここに来て、手持ちの銀貨がこればかりなのは、ねぇ…」
 
 休息するために使ったお金を引いて、残ったのは銀貨が二百枚ちょっと。
 残りは、いざという時の費用として三百枚ずつアレトゥーザ残留組に預けてある。
 
「泊まらずにリューンに行けば、『小さき希望亭』ならツケが利くわ。
 
 あそこに行けば、私が冒険者になった頃から稼いだお金が少しばかりあることだし。
 いざって時の蓄えで、使いたくはないんだけどね」
 
 井戸水で冷やしたエールを味わいながらつまみの揚げ物を齧り、レベッカが他人事のように言う。
 
「ここまで借金も作らず来れたことの方が、幸いだった。

 依頼主に聞いたんだが、すでに領内から関所抜けの逃亡者が多発して、収集が使いないらしい。
 あの領地は商人や冒険者が来なくなって、すぐに統治ができなくなるだろう。
 領内は八公二民、税を払えない領民の子供を人質に取って、払えなければ檻の中で餓死させるそうだ。

 今の代官は、領主の代替わりで就いた取り巻きらしいからな。
 噂ではすでに反乱の兆しがある。

 新しい領主は前領主の愛妾の子供で傀儡同然、母親が親族に役職を割り振っている典型的な外戚政治だ。
 見る限り、斜陽どころかもう末期だな。
 噂を流す手間をかけずとも、親族の貴族が出てきて領主一族は一掃されるはずだ。

 時にこんなこともあるということだ。
 以後の教訓としておこう。
 
 リューンに戻ったら別の仕事を探すとしよう。
 寝起きする場所さえ確保できれば、俺たちだけでも受けられる依頼があるだろう」
 
 冷えたエールでは、これからの旅で余計疲れると言って、シグルトは温めた葡萄酒一杯と干した果物、塩を一つまみ用意してもらっていた。
 そのドライフルーツに軽く塩をかけ、齧っては少しずつ葡萄酒を飲んでいる。
 
「…美味しいの、それ?」
 
 レベッカの問いに、シグルトは軽く首を横に振った。
 
「決して美味いものじゃないな。
 
 だが、この乾物はこうするとすぐに身になる。
 塩と葡萄酒と一緒に食べれば、疲れ難い。
 
 昔、ある婆さんから習ったんだが、鍛錬でへとへとになる度にこうしたものだ」
 
 レベッカは、試しにシグルトと同じように一齧りして、眉間に皺を作った。
 
「うへ~、なんか渋いわね。
 
 しかも、塩の味で微妙な甘さがくどくなって、もっと不味くなってるじゃない。
 これじゃあ、熱さましに使う薬草の根の方がましだわ。
 
 休んでる時ぐらい、美味しいものにしなさいよ」
 
 顰め顔をしているレベッカに、シグルトは苦笑を返した。
 
「休む、というのは体力を回復することだ。
 
 これからリューンまで帰るわけだからな。
 レベッカはしっかり英気を養うといい。
 
 心を休めるために、美味いものを食うのも理には適っているさ」
 
 シグルトは、率先して一般的に不味い物…骨の多い部分や硬い筋身を食べる。
 筋肉や骨を強くするのだそうだ。
 そのせいか、シグルトの顎や歯の力は強靭で、胡桃を軽々と噛み砕くほど。
 
 武術において顎を鍛えることは、瞬発力を発揮するために必要な鍛錬なのだという。

 塩と葡萄酒はミネラル、果物の乾物はビタミンと果糖を補給するためだ。
 激しい鍛錬をして大量の汗をかくシグルトは、水分が吸収されやすい分量でそれらを適度に摂取し水分を補給する。
 
 戦士の強さを追求していくと、必然何らかの栄養補給法に行きつく。 
 
「あんたって、医者みたいなことを言うわよね?
 
 そういうの、盗賊ギルドでは毒の克服なんかのために習うけど、あんたほど徹底してるのはなかなか無いわ」
 
 レベッカは自分のつまみで口直しをしながらエールを飲む。
 
「戦い方というのは、最終的に自他の構造、自己と対象、地形と扱う器械における運動について理解し、その術理を利用することだ。
 武術において、効率的に力を発揮することを【勁(けい)】と言うんだが…
 
 相手の骨や血肉の配置を知って欠点を突き、自身の骨や血肉を効率的に鍛えて有事に正確に力を発揮する。
 俺の鍛錬法や養生の知識は、昔武芸を学んだ師から習ったものに、知り合いの医者とまじない師の婆さんから聞いた知識を加えたものだが、それなりに効果はある。

 昔師が、おさえの肢はあるが刃が一つしかない枝切り鋏を見せ、『これが分かり易い【勁】だ』と言った時の衝撃を昨日のことのように覚えているよ。

 刃物で物を切る時、対象が固定されているかある程度の重さや抵抗が無いと刃が入らず切れない。

 剣や槍は、素早く振るったり突き出して力を乗せる。それが【溜め】だ。そうできない技だと威力が弱い。
 【溜め】が無い状態で突いたり刺したりして攻撃するには〈挟む〉ことで刃を滑らせれば引き切れる。
 対象を押さえつけて刃を引き、硬い物でも挟み切る…単純な道具にそういう術理が秘められていることを知り、東洋で言うところの〈目から鱗が落ちる〉思いだった。

 その時に、戦いには智慧が必要だと強く感じたんだ。
 技能(スキル)は覚知と合理の深淵に入り、技芸(アーツ)になる。
 知っていればより強くなれることがたくさんあるんだと。
 
 自身の欠点を知らず克服できないうちは、結局どこかで負けてしまう。
 時間をかけてでも要訣を学び、できることをやった奴がより勝てるようになる。

 …少なくともそう考えて実践しろと、師は言っていたな」
 
 あんたの修業時代って興味があるわ、とレベッカが聞くと、シグルトは天を仰いで何かを思い出すように語りだした。
 
「俺は、国でも高名だった武芸者に師事していた。
 戦争の多い北方で、かつては傭兵として腕を磨いた方だ。
 
 師は“槍戟の武仙”と謳われた槍の達人でな。
 仕官せず、森に籠って野草と木の実を食べ露を飲む、隠者のような人だった。
 
 師の鍛錬法は厳格で、兄弟弟子と鼻血が止まらなくなるぐらいに練習用の硬い棒で殴り合って鍛えられる。油断すれば事故で不具や死人も出るぐらいだ。
 弟子入りしたうち九割近くが槍を握れなくなって去るか、耐えきれず逃げてしまったが…そうやって淘汰されて残らなければ本弟子として認めてもらえなかった。
 辛いことや陰惨な思いもしたが、師の言う通りにしていれば、途中からどんどん強くなっていくのが分かったよ。
 
 後は、鍛錬することに夢中になった。
 
 俺の故郷は、尚武の国だ。
 惰弱な男は踏み殺される。
 鍛えて強くなるしかない。
 
 国にいた頃は強くなって、何かをやれる人間になりたかった。
 強く賢くなれば、結果は後から付いてくると信じていた。
 
 世の中それほど単純じゃ、無いのにな…」
 
 シグルトが、槍か竿状武器(ポールウェポン)の扱いに通じていることは、レベッカも気付いていた。
 出会った頃、シグルトは何故か遠い間合いから詰めていく戦い方をしていたからだ。
 今思えば、剣に慣れるまでは無意識に槍の間合いを取ってしまったのだろう。
 
「俺は、一度極めようと志していた道を諦めた。
 技も、ずっと愛用していた得物も。

 だから今は剣を使っているんだ。
 
 …そうだな。
 そのうち話す機会もあるだろう。
 
 長話して、リューンに着く前に、日が暮れてしまってはいけないからな」
 
 饒舌になっていたことに気付いたのか、シグルトは過去を飲み込むかのようにその話を終わらせた。
 
「楽しみは後に取っておくわ。
 
 …行きましょうか」
 
 レベッカは温くなったエールを干すと、主人に礼を言って店を出ようとする。
 
 扉を開けると、そこには一人の女性が困ったような顔をして立っていた。
 所在無げに伸ばされた手は、本来ドアノブがある辺りだ。
 
「…ええと、この店に用事?」
 
 間を取り繕う様にレベッカが言うと、女性は頷いた。
 
「あの、こちらに冒険者の方はいらっしゃいますでしょうか?」
 
 彼女の言葉に、シグルトとレベッカは顔を見合わせた。
 
 
 女性の名はセーナ。
 村の香油屋で働いているという。
 
 セーナの話によると、街道に妖魔らしき者が現れ、被害が出ているという。
 状況を重く見た村長は、村に冒険者が立ち寄ったと聞いて妖魔退治を依頼しようと考えたらしい。
 
「依頼としましては、妖魔の棲家の探索と掃討です。
 私が見届け役として同行致しますので。
 戦いは得意ではありませんが、無理には割り込まないように致しますので護衛は不要です。
 
 報酬は銀貨六百枚用意してあります」
 
 レベッカが大きく息を吐く。
 そして情報を得るため、セーナに質問を始めた。
 
「…なるほど、妖魔の正体も分からないと。
 
 でも、被害が小さいことや人間より矮躯で肌は緑…行動範囲から予測するに、ゴブリン辺りかしら。
 
 依頼内容は〈探索〉と〈掃討〉ね。
 〈護衛〉は不要、ただ見届け役が被害を受けると問題だからフォローはしましょう。
 
 ゴブリンの〈掃討〉だけなら銀貨六百枚で最低線だけど、〈探索〉を含めるならもう少し報酬を増額してほしいわ。
 手間がかかるわけだし。
 飛び込みの仕事だから、それも考慮して、ね。
 
 あと、探索中に見つかった妖魔の持ち物や、盗品の扱いはどうするの?
 それをこっちで自由にしていいと言う条件なら、〈探索〉の方は銀貨四百枚で請負うわ。
 
 〈掃討〉は不確定要素があるから、仮に達成できた時は危険手当込みで銀貨を追加で四百枚。最終的に銀貨八百枚ね。状況次第で撤収して〈探索〉のみの扱いになる可能性もあり。
 追加のお金が用意できなければ、銀貨二百枚に何か価値のある物品でも構わないわよ。
 
 と、もし受けるならこの辺りの条件でお願いしたいんだけど、シグルトはどう思う?」
 
 冷静に報酬を提示し、レベッカがシグルトに話を振った。
 シグルトは地元の人間であるセーナに、詳細な周囲の地形についての情報を引き出しにかかる。
 周囲に敵が潜伏する大きな茂みは無いか、妖魔が潜伏する街道沿いの洞窟の行程に分岐路は無いか、洞窟の中はどの程度暗く蝙蝠などの他の生物が生息していないか…
 
「…正直、俺たち2人でどうにかなる仕事とは思えないな。
 討伐は命懸けの仕事だ。
 俺とレベッカだけでは厳しい。
 
 だが、この街道では冒険者を呼ぶには少なくとも1日以上かかる。羊皮紙代や仲介料も必要になるだろう。
 リューンに行って冒険者の宿や組合に依頼を出し、仕事を受けた冒険者が着く頃には新たな被害が出ないとも言い切れない。
 すでに行商人が荷物を奪われる被害が出ているそうだな?放置もできまい。
 
 俺たち2人で何とかやらなければならないとして、問題はその方法だが…
 話を聞く限りでは、妖魔のねぐらは分かっているし、指揮を執るやっかいな上位種は確認されていない。
 
 棲家だという洞窟の規模からして、経験則と洞窟の規模にゴブリンの生態から予測して、敵数は10匹前後というところか。
 村人と小競り合いがあった時点で、奴らは見張りを立てるだろうから、それを含めての数だな。
 とりあえずは先行で調査、そのまま討伐できそうならばやる流れがよかろう。

 配置されていれば見張りの排除を行い、威力偵察を兼ねた〈探索〉の費用に銀貨四百枚、調査の上で〈掃討〉が不可能な状態であれば冒険者の斡旋も含めて要相談。
 〈掃討〉が難しそうなら声をかけるので、これはセーナ嬢が見届けた上でその後どうするか決定でどうだろうか。

 〈掃討〉まで成功した時はあと銀貨四百枚、これで普通に冒険者にゴブリンの【小集団】を討伐を依頼する基準では銀貨八百枚程度になる。
 用意された銀貨は六百枚ということだから、あと二百枚分は〈掃討〉の達成の上で交渉。

 うん、レベッカの目算で適当だろう」
 
 シグルトは、セーナに目をやるとその答えを待った。
 
「あの、お金の増額は私の権限ではできませんので、成功時に【フォレスアス】という地酒ではどうでしょうか。
 
 リューンやポートリオンでは、珍しくて高く売れるんです。
 報酬の追加はそれで許してくれませんか?
 
 盗品や見つかった品物は、村の物でなければ御自由になさって結構です」
 
 酒、という言葉に、レベッカは目を輝かせた。
 
「問題ないわ。
 
 どうせ、仕事をしなくてはいけないんだし、1日ぐらい行程が遅れてもいいでしょう」
 
 シグルトは危険だからとあまり乗り気ではなかったが、セーナが道案内で同行することに加え、切羽詰った村の状況は問題だと渋々承諾した。
 
 
 依頼遂行は速やかに、ということで、シグルトたちはそのまま妖魔の棲家となっている洞窟に向かう。
 
「私はこれでも癒しの秘蹟が使えるんです。
 
 香油屋というのは、所謂修道院の副業みたいなもので、私は幼い頃修道女見習いだったんですよ」
 
 労働に勤しむ修道院は、薬、油、蝋燭、酒等を作る。
 教会の洗礼で使われる香油や葡萄酒も、修道院で作られていることが普通だ。
 
 こういった小さな村が、修道院と関わる産業を一緒になって行う例は多い。
 人手が足りない場合は、関係者として修道士見習い、修道女見習いの名目で一定期間修道院に入る。
 そのまま修道院に残って正規の修道士や修道女となって修行する者もいるし、還俗してただの村人に戻る場合もある。
 還俗した者の中には、修道院の産業を助けるサポーターのような職業に就く者も少なくなかった。
 
 見習いのうちは、剃髪(トンスラ)や純潔の誓いなどしない場合もあり、あるいは学校の無い村では文字や教養を学ばせるために修道院で一定期間修業させられることもある。
 もちろん、入れたら一生聖職者、という厳しい修道院もあるのだが。
  
 よく見れば、セーナはどこか服装も堅苦しい感じである。
 生真面目についてこようとするのは、修道院で学んだ誠実さ故だろう。
 
「ま、怪我をした時は安心よね」
 
 結局、セーナは出来るだけ後ろから付いてくる、ということで話はついた。
 
 お目付け役に怪我をさせてはいけないと、レベッカは先行して妖魔の気配が無いか探っていた。
 そして、妖魔のものらしき足跡を見つける。
 
「初めての依頼を思い出すわね。
 
 こいつはゴブリンの足跡よ。
 見る限り戦士種やロード、ホブゴブリンみたいなデカイ奴はいないみたい。
 違う足跡や靴跡もないから、妖魔を僕にする妖術使いやダークエルフが裏にいる可能性は低くなったわ。
 
 問題はシャーマン種がいた場合。
 魔法を使ってくるあいつは厄介だわ。
 
 今回はロマンやスピッキオがいないから、慎重に行きましょう」
 
 レベッカの言葉にシグルトはゆっくり首肯すると、いつでも剣を抜けるように柄に手をやった。
 セーナが緊張でごくり、と喉を鳴らす。
 
 やがて、歩いていたレベッカが立ち止まり、さっと掌を開いたままシグルトたちに向けた。
 待て、という意味だ。
 
「…洞窟があって見張りがいるわ。
 
 予想通りゴブリンね。
 ちょっと肌の色が違うけど、変異種かしら?
 体格的には普通のゴブリンよね。
 
 見張りは一匹だけだから、奇襲をしかけるとして、あいつは私が仕留めましょう。
 
 ちょっと待っててね」
 
 シグルトに暗殺の許可をもらうと、レベッカは音も立てず滑るように見張りのゴブリンに接近する。
 ぼんやりとしたそのゴブリンは、レベッカの動きに気付く様子は全く無かった。
 
 その背後でゆらりと立ち上がったレベッカが、ゴブリンの気管ごと喉を切り裂く。
 そして、暴れないようにゴブリンを羽交い絞めにした。
 
 喉から濁った血を溢れさせ、目を見開いたまま、しかし音一つ立てられずゴブリンはやがて痙攣し絶命する。
 
 ゴブリンの遺体を近くの茂みに隠すと、レベッカは近くの森から木の葉や乾いた土を持って来て血痕の上に振り撒く。
 最後に周囲を手早く確認すると軽く息を吐き、シグルトたちに手招きした。
 
「上手くいったわ。
 
 さあ、行きましょう」
 
 レベッカは、腰に下げた袋に何かを詰めながら血の痕を踏み固め、目立った足跡を踵で擦って消している。
 
「…?
 
 何をしているんだ?」
 
 シグルトが首を傾げると、レベッカは親指と人差し指でつまんだ黄色い木の実を見せた。
 
「【森黄(しんおう)】が群生してたから、可能な範囲で集めてたのよ。
 
 これ、ポートリオンで買ってくれる所があってね。
 それなりにお金になるのよ。

 この量なら私たちの旅費ぐらいは捻出できそう。
 結構な臨時収入ってやつね」
 
 【森黄】はこの辺りの森でよく見つかる植物だ。
 葉は特殊な加工すれば毒消しに使えるし、その実は果実酒の材料になる。
 
「…レベッカさんて、抜け目ないんですね」
 
 目の前で行われた虐殺に声を失っていたセーナが、少し呆れたように呟いた。
 
 
 洞窟の入り口にいた見張りのゴブリンは、ただの色違いだったようだ。
 
 この矮躯の妖魔は、知能は人間より幾分低くとも獣よりは賢く、言葉を話し武器や防具も器用に使いこなす。
 統率する存在があって群れれば、小さな村落などはひとたまりもない。

 シグルトが懸念していたのは、回復役がいるとはいえ3人だけでゴブリンに対処することだった。
 広い地形で囲まれれば、少数ではまず対処ができない。

 依頼を受ける時、シグルトは前もってセーナに洞窟の地形を念入りに確認し、依頼を遂行できるかを入念に検討していた。
 さらにくどいぐらいに釘を刺した…「本来2人でこのような討伐依頼を行うことなどありえないのだ」と。
 
「ふむ、このゴブリンは【外れ者】だろう。

 白子や色違いだと、妖魔のような魔物の集団では迫害されて見張りや最前線に立たされることも多い。
 妖魔は典型的な強者優先のヒエラルキーだから、このゴブリンが迫害の対象で見張りに追いやられた最底辺とすれば、コボルトが一緒にいる線はほぼ無いかもしれんな。

 ホブゴブリンやシャーマン、ロード種がいるかはわからんが、1匹の見張りならば群としての規模は小さいかもしれん。
 狡猾なロード種がいれば2匹以上を哨戒に配置するものだ。

 もう一度確認するが、シャーマンやロード種がいる場合は、俺たちだけでは対処できんから撤収する。
 ホブゴブリンなどの亜種がいる場合は要相談。

 これでいいな?」

 見張りを見つけて偵察から戻ってきたレベッカに、シグルトが確認する。

「シャーマン?ロード種?」

 セーナが首をかしげる。

「ゴブリンには知能の高い亜種が存在する。
 魔法を使うシャーマンや、戦闘能力が高く狡猾なロード種がそれだ。
 ホブゴブリンは基本、体格が大きい程度なんだがな。

 他に【チャンピオン】というホブゴブリンの亜種の噂はある。ホブゴブリンと違い勇猛で、オーガ顔負けの怪力と戦闘力があるらしい。
 千匹を超える群を従えるというロード種の変異種、【キング】がいたという話もある。

 ウルフやワイルドボアを従えて騎乗する、【ライダー】という希少種も確認されているらしいな。
 
 洞窟は一本道でそれほど大きくないという情報から、ロード種が率いる3桁超の群はまず生息できないと言える。
 狭いことからホブゴブリンやチャンピオンのような巨体のゴブリンが活動している可能性も低いだろう。
 ライダーが騎乗する動物の足跡も無いから、予測できるのはゴブリンとシャーマン、従僕にコボルトを従えている可能性だ。

 目撃例や足跡、撃破した見張りを見る限りコボルトの線はほぼ消える。他の妖魔の目撃例がないということも〈従僕であるはずのコボルトが外に出てきていない〉という状況だから、いないと断定していいだろう。
 聞き及んだ被害状況に魔法の痕跡もないことから、シャーマンがいる可能性も低そうだな。その手のリーダーがいれば襲撃の指揮をしている可能性が高い。

 そうなれば一番可能性が高いのは、年を経て狡賢くなった【チーフ】(酋長)あたりがいる小規模な群か」

 パーティの作戦担当でもあるシグルトは、敵戦力の分析が得意である。
 冒険の経験があり情報通であるレベッカも聞いたことが無いゴブリンの亜種の名称を口にするあたり、このリーダーがいかに規格外かわかるというものだ。

「そんなネタどこで仕入れるの?

 【チャンピオン】なんて聞いたことないわよ私」

 情報担当としてプライドを刺激されたレベッカは、口をとがらせて尋ねる。

「…妖精学者エルマイヤーの『鬼種』という書物だ。
 妖魔の派生はもともと妖精だった存在が零落するか邪悪な存在の力を受けて変異したもので、妖精と妖魔はその境界が曖昧であるという内容だった。
 彼はレッドキャップやブギーマンなどの邪悪な妖精を例に挙げて、妖精としての神秘性を完全に失った亜人種の一つだとゴブリンを定義していた。

 【チャンピオン】は英雄や覇者を意味し、ゴブリンで最も戦闘力が高い先祖返り、突然変異種らしい。

 歴史的登場はあまりないんだが、鬼の英雄ギーナ・イーの知名度が高い。
 ギーナ・イーは古い童話にも登場し、その力を誇示するために手形を巨岩につけたと言われていて、現在でもそれが残っているんだ。
 その【チャンピオン】はホブゴブリンの二倍の背丈があり、山羊を捻り殺して食らったという。

 ゴブリンに混じって、一緒にオーガがいたという話を聞いたことは無いか?
 【チャンピオン】は外見がオーガによく似ているらしい。
 普通オーガは番や家族でもない限りは単独で行動し、ゴブリンも食料として見るから、一緒に生息することはないそうだ。
 エルマイヤーは希少な目撃例から、【チャンピオン】はオーガとして見間違われる例が多いのだと述べていた。

 エルマイヤーは神話に登場する妖精、アールヴやドヴェルグを研究していた北方出身の学者で、西方諸国にはその書物が無い。
 俺が聞き知っていたのは、父がその手の書物の蒐集をしていて読んだことがあるからだ。

 この間ロマンに話したら、随分興奮していたな」

 シグルトには優れた点がいくつもあるが、特に各地の伝承や神話についての含蓄が飛び抜けている。
 その手の話題を尋ねれば、泉から水が湧き出すように知識を語るのだ。

「エルマイヤーはゴブリンはドワーフやコボルトと同じく大地…とりわけ鉱山や洞窟に関わる妖精から派生したと考えていた。
 妖魔や鉱山に関わる巨人は、ドワーフと同じドヴェルグ…古い神話に登場する始祖の巨人の身を食んだ蛆虫をルーツとするらしい。
 日の光を浴びると石になるというトロールの特徴は、元々はドヴェルグの特性とされていたものだ。それは他の古い伝承にも記録がある。

 ゴブリンが洞窟を好むのは、高山や大地の中といった暗黒に住むドヴェルグ…スヴァルトアールヴ(闇の妖精)だった時の名残。
 そして巨体で凄まじい怪力を誇る【チャンピオン】は、同じルーツから派生したトロールと同じように、食らった始祖の巨人の影響で巨大化したのではないか、と書かれていた。
 ドワーフなどの亜人・妖精と違ってゴブリンに亜種が生まれやすいのも、人間の文明から距離を置き古い密儀と文化を維持してきた野蛮な種族である故に、始祖の巨人の特性が先祖返りとして現れやすいのだとも。

 『鬼種』という書物はオーガやヴァンパイアといった闇の因子を強く継承する存在を、そういった妖精も含めて【鬼】と定義する形で締めくくられていた。
 読み物としてはなかなか面白かったよ」

 話しながらシグルトは自分の左手にさらしを巻き、掌の部分に革の切れ端を仕込んでいる。
 目の前でゴブリンが暗殺されたことで顔を青ざめさせていたセーナは、シグルトの余談を聞いて気がまぎれたのか、幾分顔色が良くなってきていた。

「さて、おしゃべりはこの程度にしておこう。

 セーナ嬢は明かりを頼めるか?無理をせず、危険だと思ったら逃げてほしい。
 俺たちが怪我をした時は、可能な範囲で癒しを行ってくれれば助かる。

 俺が先頭、レベッカは俺の左やや後ろでフォローと罠への用心をしてくれ。予備の明かりも頼む。
 地形を利用して囲まれないようにするから、俺の攻撃範囲に入らないように敵を牽制しながら戦ってくれ。

 この人数なら狭い洞窟内でもそれなりに動けるはずだ」

 迷わず自分が一番危険なポジションを選択する。

 冒険者のリーダーは前衛の戦士であることの方が多い。
 最前線で指揮を執る者の方が尊敬され、人を従えやすいからだ。

 矢面に立って仲間を鼓舞する。
 これはセーナのような武外の戦闘力が低い仲間がいる時に、無理をさせず戦いやすくする方法である。
 

 洞窟に入ると、3匹のゴブリンがいた。
 見張りを隠密裏に撃破したためか、まったく気づいていなかったと見えて恐慌状態となっている。

 シグルトは混乱するゴブリンに、次々と斬り付けていた。
 必死に受けるゴブリンを岩の出っ張りにそのまま叩きつけ、弱らせた後はレベッカに目配せをして無傷の個体に向かって行く。

 レベッカは弱ったゴブリンに止めを刺し、陣形を維持してセーナには指一本触れさせない。

 終わってみれば完全な無傷であった。

 セーナはさらに凄惨な殺傷を見て、再び顔を青くしている。
 人型のものが殺される所を見て、気持ち悪くならないはずがないと、シグルトが励ました。
 
 レベッカは、洞窟に籠る血臭に自身も眉を顰めながら、セーナの意外な気丈さに驚いていた。
 普通は吐いたり、貧血を起こして気絶してしまう女性もいるのだ。
 
「…気付かれた様子もない。
 
 喧嘩でもあったと思ったんだろうな」
 
 シグルトは剣から血糊を拭うと、急ごうと促した。
 
 行く先でまたゴブリン3匹と遭遇したが、シグルトは閉所を利用して一匹ずつ仕留める作戦を用い、血路を開いていく。
 素早いゴブリンが逃げに回っているというのに、シグルトの剣は的確にそれを捕捉し、倒すのだ。
 
 ここに来るまでの戦闘では、掠り傷一つ負っていない。
 
「…流石よね。
 
 この狭い洞窟で、そんな大きな得物を操るんだから、大したもんだわ」
 
 シグルトが今使っている剣は、1世代昔の古さだけは骨董品、と呼べる剣だ。
 柄の長さが、片手剣としては僅かに長く、それ以上に刀身がかなり長く重い獲物である。
 一応は片手半剣(バスタードソード)と呼ばれる類だが、洗練された刀剣とは言い難い。
 イメージとしては、金属の角柱のような、厚い刀身の剣だからだ。
 耐久力は大したものだが、重く無骨で鈍器のようだ。
 
 その剣を、シグルトは巧みに狭い場所で問題なく扱う。
 
 レベッカは、さらしを撒いた手で剣の刃の半ばを握り敵を攻撃する、その独特の戦い方に感心していた。
 
 シグルトはその状態で剣を前に構え、敵の斬撃を受け流しながら、カウンターで鍔元や刃先で斬り込むか、突く、という戦法を使っていた。
 狭い洞窟でこの戦い方は実に効率的で、見たことも無い構えに、敵はペースを乱され見る間に敗れ去る。
 
「普通剣を扱う人間は、怖くて刃を握るなんてできないわよ。
 
 貴方は怖くないの?」
 
 シグルトは、自身の持つ剣の半ばを指差した。
 
「この手の重い剣は引いて斬るか、あるいは叩き付けてかち割るものだ。
 麻や革の手袋、あるいはこうやって切れないように手を防護して、鞘のようにしっかり刀身を包むように握れば、手を切ることは無い。
 
 これは【半剣】という古流剣術の構えで、狭い場合や状況に合わせて技を変える場合には重宝する。
 戦士が実戦で編み出した知恵だな。
 
 甲冑を着た騎士の喉や脇に、刃を正確に突き込むためにも使われていた。
 昔はさらに切れ味の悪い刀剣を用いていたから、頑強な鎧を着た敵を相手にするには工夫が必要だったんだ。
 
 それに、普通は剣の刀身を握る構えなんて予想しないから、次の手を読まれ難い。
 相手がそれなりに剣術に通じているなら逆に対応策を講じられるから、間合いの狭いこの構えは不利になるだろうが。
 
 俺のこれは見様見真似だから専門家のそれには及ばないが、こういう場所ではなかなか役に立つな」
 
 シグルトの武芸に関する知識もまた幅広い。
 
 戦い方も、実戦を踏まえた技が多く、敵を殴ったり投げ飛ばしたりもする。
 剣の鍔や柄頭を迷いなく使う殴打の技は荒っぽい傭兵のようなものもあるが、シグルトが巧みに使うと野蛮さは影を潜め、流麗にすら見える。
 
 正統派剣術を習っている剣士が、シグルトの戦い方は卑怯で野蛮だとなじったことがある。
 シグルトは、苦笑して相手にこう言った。
 
「爪や牙を巧みに使う獣に襲われた時、それを卑怯だと言っても、食い殺されるだけだろう。
 
 自身の文化だの戦い方だのを押しつけて、礼節や美しさをのたまうのは実戦用の剣では無い。
 卑怯、野蛮と決め付けるのは、訓練の時だけにしておいた方が身のためだぞ。
 
 その考えで言うなら、剣に対して槍は卑怯だ、斧は野蛮だというような屁理屈にもなりかねない。
 命を奪い合う戦いで、どうしても〈卑怯な戦い〉をされるのが嫌なら、まずその我侭を通せる程度に強くなるべきだな」
 
 実際シグルトは奇襲や汚いとされる戦い方をされても、卑怯だと貶したことはなかった。
 彼に学び同じような心構えをした他の冒険者の何人かは、おかげで命を拾ったと後に語っている。
 
 レベッカはシグルトの戦士としての心構えも、高く評価していた。
 彼が戦闘の指揮を執るなら、自分たちの生存率が格段に上がるからだ。
 
「その調子で、残りも頑張ってよね」
 
 期待を込めてレベッカが言うと、シグルトは「励むとしよう」と短く返した。
 
 
 その後洞窟を調査し、ゴブリンが行商人から奪った香辛料らしきものを手に入れる。
 大きな袋にぎっしり詰まった黒いそれを見て、レベッカは何を思ったか、随分上機嫌だった。

 さらに奥に進むと、また3匹のゴブリンが出てくる。
 1匹は皺が多く、ゴブリンの言葉で前にいる2匹にがなっていた。

「一番奥の奴が【チーフ】だ。
 【シャーマン】もいない。
 
 油断抜きで、手早く仕留めるぞ」

 シグルトは半剣の構えで、前衛のゴブリンのフェイントを振り切って突進し壁に叩きつける。
 3度目の戦闘で慣れたのか、セーナがそのゴブリンの頭に目を閉じて杖を振り下ろしていた。

 その隙にレベッカが残った前衛の手を浅く切る。
 怯ませて姿勢がやや低くなったところにシグルトが突っ込み、腰を捻るように全身を駆動させて剣の刃をゴブリンの頭蓋に叩きつけた。

 返り血を避けたシグルトは最後のゴブリンに躍りかかると、突き出される錆びた短剣をさらしを巻いた腕で弾いて、鍔元でゴブリンの喉を引っ掛け、壁に押し付けてぐいと持ち上げる。
 自重が首にかかり衝撃の直後に絞められて、【チーフ】は思わず短剣を落としてしまう。
 シグルトは刃を握った側の手を押し、鍔側に体重をかけて両腕を突き出しながら横に滑らせた。

 ごりっ、とゴブリンの頸部が挟み切られる。
 半ばまで咽喉を断ち切られ血泡を吐いたゴブリンは、間も無く絶命した。

「そいつが鋏の【勁】ってやつ?

 えぐいわね~」

 短剣についた血糊を拭いながら、レベッカは倒れたゴブリンが呼吸していないか首を確認する。
 死後の痙攣すら終わっているのを確認して、漸く安心したように息を吐いた。
 ゴブリンは死んだふりもよくやるのだ。

「この狭さでは剣を振り回せんからな。

 重い甲冑を着た戦士を相手取る時にも、首を守る防具ごと捻り潰して倒すために編み出された介者剣術だ。
 背の低い相手ならこんな感じで吊るして、先に脛骨を外してしまえばすぐに意識を奪う。

 不潔な爪で引っ掻かれると傷が悪い風に罹るから、早めに沈めたかったんだ」
 
 3人とも迅速な奇襲によって始終優位に戦いを進め、かすり傷すら負っていない。
 掃討の依頼は見事に達成したと言える。
 
 用心のため洞窟のさらに奥を調べていくと、レベッカが洞窟の最奥に隠し扉らしきものを見つけた。
 
 扉の奥には、岩塩らしき鉱脈のある狭い道が続き、そして人の暮らしていたような形跡があった。

「あ~これはダメだわ。
 不純物が多すぎ。
 一回水に溶かして精製するとかしないと使い物にならないわ。

 良い塩なら交易商人に売りつけられるんだけどね」

 岩塩の欠片をこそぎ取って鑑定していたレベッカが、残念そうに言った。

「この量なら、食料品以外の保存であれば大量に使える。
 冬場凍結箇所に撒けば転倒防止にはなるな。鉄が腐るからやり過ぎはお勧めできんが。
 質が悪い塩は色のある物で工芸品を作って売る、なんて方法もある。

 俺たち冒険者には意味の無いものだが、上手く使えば村興しには使えるかもしれん」

 使えない塩について話しながら先に続く階段を見つけ、一行は慎重に進む。
 
「うわぁ…」
 
 階段を降りた後、その先にあった部屋に灯っていた明かりを見て、セーナが驚きの声を上げた。
 
「これは…魔法の光か?
 
 ここは魔法使いの隠居所だったのかも知れないな」
 
 そう言ってシグルトも、物珍しそうに周囲を見回す。
 光を魔力として取り込み半永久的に稼働する仕組みのようだ。

 魔法の明かりは固定型で取り外すことはできない、とまたレベッカが残念がっていた。
 
「…おっ?
 
 これって魔法の杖かしら。
 お宝発見ね」
 
 諦めず探索を続けていたレベッカが、三日月を模った小さな杖を見つけ、さっそく鑑定を始めた。
 
「これは、かなりの貴重品だわ。 
 魔術師垂涎の品って言われてる、【賢者の杖】と同種の魔法の品ね。
 
 でも、ピンク色…少女趣味なデザインがちょっと頂けないわ。
 ロマンなら、半泣きになって嫌がるでしょうね。
 この間、宿の娘さんに女装させられそうになって、逃げ回ってたもの。
 
 売ってもそれなりに高価でしょうけど、欲しい冒険者に格安で譲って、恩を売るのもいいかも知れないわね」
 
 レベッカは大切そうにファンシーな杖を布に包むと、荷物袋にそっと入れた。
 
 
 帰ることを促すセーナに「隠れたゴブリンが残っていれば厄介だ」と洞窟の隅々まで調査し、何も危険が残っていないことを確認した一行は、日暮れ前に依頼を受けた食堂に戻った。
 
 洞窟で手に入った香辛料の話をすると、店の店主が是非買い取りたいと申し出たが、店主の提示した価格にレベッカは「論外ね」と言って、さっさと香辛料を仕舞い込んでしまった。
 事前に依頼があるのでもない限り奪われた商人に返す、という選択肢はもうない。
 冒険者のルールで、盗賊やモンスターが持っていた品物は、一度冒険者の手に渡れば適正価格で買い戻すのが暗黙の取り決めなのだ。
 こうしないと、持ち主を名乗る人物が複数現れ、所有権を主張して諍いが起きる可能性がある。
 
 仕事の一部始終を見ていたセーナは、シグルトとレベッカの手際を称え、報酬の銀貨六百枚と約束の【フォレスアス】という酒を渡してくれる。
 懐の膨らみに頬を緩めながら、レベッカは何かを考えているようだった。
 
 その日は村長の取り計らいで村に一泊し、次の日シグルトとレベッカは旅立つのだった。

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『碧海の都アレトゥーザ』 デオタトの依頼

2018.04.10(13:11)

 現在シグルトたち“風を纏う者”はアレトゥーザに近い林道にいた。
 途中の町から急遽護衛を、ということで銀貨三百枚で雇われたのである。
 雇用主はデオタトという商人だ。
 
 最初シグルトたちは、「あんたたちを探している商人がいる」という話を受けて、依頼主を訪ねた。
 それがリューンでアレトゥーザで活動することを勧めてくれた商人のデオタトだったのだが、彼は呼ばれてきたというシグルトたちを見て、「あちゃあ…」と額を押さえた。
 
 どうやら手違いがあった、とのことだ。
 しかし、結局必要だからと、急遽シグルトたちは護衛を依頼されることとなったのである。

 
「“風を駆る者たち”?」
 
 デオタトが最初に依頼するつもりだったのはシグルトたちではなく、“風を駆る者たち”という冒険者グループであった。
 
「ああ、リューンでよく聞く人たちだよね」
 
 ロマンが頷いて言った。
 
 “風を駆る者たち”は、“風を纏う者”と同じく、新進気鋭の冒険者パーティである。
 レベッカの知っている限りでは、シグルトたちより若干早く活動を始めたという冒険者たちで、冒険者の宿『風の旅路亭』を中心に活躍する6人構成のグループらしい。
 
「中にドワーフがいるから、新しい冒険者グループの中では結構知名度が高いのよ」
 
 大地の妖精族と呼ばれるドワーフは頑固で屈強な亜人である。
 本来細工や鍛冶を生業とすることが多い彼らは、人間と時折交易を持つことがあるし、彼らの作る品物はどれも優れたものだという。
 
 ただ、土地や仕事に強い執着を持つドワーフが冒険者となることはあまりない。
 戦士としてはとても頼りになるが、気難しい彼らを仲間にすることは困難でもある。
 
 エルフや獣人といったものを含め、亜人は数も少なくめったに見かけることはないが、旅をする冒険者は一般人よりは出会う確率が高い。
 中には、亜人のはぐれ者が冒険者となることもよくあることだ。
 特に、人間やエルフの両サイドから迫害されがちな両種族の混血、ハーフエルフなどは、絶対数が少ないにもかかわらず冒険者になることが多い。
 生まれでは無く実力で評価される職業とは相性が好いからだ。
 
 そんな話をしながら、シグルトは何故手違いが起きたかをデオタトに尋ねた。
 
 デオタトが伝言を頼み、間違えてシグルトたちに声をかけた伝達者は、シグルトたち“風を纏う者”とよく似たグループ名の“風を駆る者たち”を勘違いしたのだろう、との話である。
 
「確かに似ておるの…」
 
 スピッキオがふうむ、と唸った。
 
「まあ、今回は得したんだし、いいじゃない」
 
 それに件の連中はいなかったんだから依頼は他の冒険者が受けなきゃいけなかったでしょ、とレベッカは続けた。
 
「マルスから、噂は聞いている。
 優秀なパーティらしいな。
 
 リューンの新しい冒険者パーティでは、十指に入るほど期待されている、という話だ」
 
 歩きながら、シグルトが話す。
 
「メンバーのバランスも良いらしいわよ。
 結成の時点で、冒険者の宿におけるパーティ登録人数上限六人フルメンバーで揃っていた幸運さもあるからかしらね。
 一般的なパーティは3~5名が多いんだけど、僧侶・魔術師・盗賊が全部いる時点で有力、戦士や精霊術師まで補完している点で、依頼における対応能力が段違いになるわ。
 
 若い一応リーダー格って奴が精霊術師で、そこそこに剣も使える万能選手。
 参謀格の坊さんとドワーフの戦士。
 盗賊に魔術師もいるから、大抵の仕事が可能ね。
 魔術師は南方大陸の民らしいわよ。
 もう一人女の子がいるらしいんだけど、秘蹟の才能があるってくらいしか情報がないわ。
 
 リーダーの精霊術師がアレトゥーザ出身とかで、私たちと同じリューンやアレトゥーザ、フォーチュン=ベルを中心に仕事をしてるって話よ。

 活動地域が被ってるし、私たちのライバルになるかもね」
 
 レベッカは、同業者の情報収集にも余念無い。
 冒険者は、数少ない仕事を競って奪い合うことが多いのだ。
 時に手を取り合って協力することもあるが、対立すれば戦いになることもある。
 
「“風を駆る者たち”か、どこかで遇うかもしれないな…」
 
 シグルトは“風を駆る者たち”という冒険者の名前に、不思議な縁(えにし)を感じていた。


 無事に護衛の依頼を完遂しアレトゥーザへ着くと、デオタトは約束より多い銀貨四百枚を“風を纏う者”に渡してくれた。

「儲けたわね~」
 
 レベッカは手に入った銀貨を数えながら、まともな金銭を得たことに喜びを隠せない様子だ。
 ついでに商人であるデオタトと、旅で手に入れた雑多な品物をトレードして携帯食や調味料などを手に入れる。
 
「姐さん、商人の素質があるぜ…」
 
 レベッカの交渉術に参った参った、と笑いながらデオタトも御機嫌である。

 前に立ち寄った村で近隣を荒らす猪狩りを頼まれ、報酬代わりにもらったものの中に、珍しい植物の種があったのだが、それが随分貴重なものだったと、デオタトは言うのだ。

 銀貨のみしか報酬にしない冒険者なら、それは都市近郊でしか活躍できない連中である。
 西方でも森に隔絶されたり辺境に点在するなど閑散としている傾向の村落では、銀貨より物品で仕事の報酬を渡されることも多いのだ。

 旅先で手に入れた様々な物品を他の地域で旅費や更なる資材に交換し、シグルトたちは少ない貴重な銀貨を節約してきた。
 本来そういった物々交換にも領地によっては多少の関税が発生するはずなのだが、領主も代官もいない村落で物々交換の税金を取り立てる徴税人など存在しないため、律義に税金を払う者など皆無である。

 関税の抜け道に関して話題が出ると、「税があるのに払わないのは危険ではないのか?」とラムーナが尋ね、その問いに答えたのは意外にもシグルトであった。

「取れない税金を定める領主は暗君である」

 複雑な税をかけると村と村を行き来する行商人がいなくなって領民が反感を持ち、最悪領地から逃げ出してしまうため、分かり難い関税をかけないようにするのが優秀な統治者である。
 あまり税金の種類を増やしても、識字率が低く経済的概念を学ぶことが少ない僻地の住民は、税金のシステム自体が理解できないし、交付される法律や税制も守ることができない。

 的確な法律の浸透と住民の理解力がそろわなければ高度な税制は無意味である、とシグルトは言う。

「都市でも優秀と名高い官吏が、辺境で新税法を定めて失敗する話はありふれている。

 都市などの人口密集地で酒場や賭博などの娯楽を知り金を使うことに慣れているなら、数字的な意味で税を取られることも金払いの慣れから多少は理解できるだろうが…普段から金を使わない僻地の人間は多くが両手で指折り勘定程度しかできないから、不相応に数字を示されて搾取されることに慣れていない。

 麦などの作物の接収は、種籾や食料という生命の維持に直結するものだから、命を奪うのと同じこと。よく戯曲に出てきそうな悪代官風に搾取すれば小さな村落など簡単に経済破綻し、領地に失業者や盗賊が増えて村落が潰れ、そのために悪代官そのものは統治者としての面目を失って免職されるのがおちだ。
 領民も村をあげて徴収の無視をしたり、他の領主の庇護下に入ろうとする、あるいは不満を持つ同じような村落と結託して反乱を起こす場合もある。過酷な環境で生きるからこそ、そこに住む人間は厚顔で狡猾だからな。
 搾取をする領主が苛政を強いても、隠し田や税のごまかしが発生するだけで鼬ごっこだ。法律を守って飢え死にするぐらいなら、民は簡単にそれを破る悪人に変貌する。

 辺境の村落から上手に税を徴収するには、最初に領主の名で橋を作る・街道を整備する・新しい開墾をする・移住者用の住居や公共施設を建てる、といった公共事業を領主側ができるだけ少ない投資か地元民に財が落ちる形で行って税使用の事例を示し、分かり易く何のために金を使うか徴税人や村の統治者を通じて村落の住人に周知する、といった手段で《目に見える利》を示しておくといった工夫をしなければ難しいだろうな。領主が贅沢をするのは領内の流通を活性化する意味で必ずしも悪ではないが、領民に金が落ちるように使うことが大前提だ。
 村落の住人は金勘定が苦手であっても、体感的な自分たちの実利には聡い。
 領民から信頼を得て、時に目こぼしもする清濁備えた政を心がけ、予想した年間実利を超える結果を努力して出し続ければ、結果的にそういう領主が名君になれる。
 民意が強まり、支持を得た領主はさらにことがやりやすくなる。

 といっても、これは理想論だな。
 実際は飢饉・官吏の不正・執政の失敗などで、そう上手くはいかん。

 話を戻すが…関税の周知の難しさから、物品の私的交換にかけられる税は《払ってもらえれば理想》程度の扱いなんだ。
 小規模の交換では馬鹿正直に払う者はいないし、公の目がある大規模な物々交換では関税の適用がされることを知っておかなければならない。

 村落における物々交換への関税は、《私的物々交換》の範疇で事実上無いような扱いだから、その領地の税制が厳しく苛烈でない限りは【よくわからないか、知らなかったふり】で、要求されるまでは出さないのが暗黙の了解ということだ。
 物々交換ではなく《利子無償の賃貸》や《単なる謝礼・贈答品》で交換という形にし、事実をごまかしてしまうこともあるな。

 賢い者なら《物々交換して得をした》とは他人の前であまり口にしない。
 こういうグレーゾーンのやり取りは冒険者をやる以上、建前として知っておかないとな。

 それに私的物々交換まで細かく関税をかけていちいち取り立てるような領地の法律は反感による突き上げで頻繁に変わるし、俺たちのような領地外から訪れる部外者に厳正に適用するのは難しい。
 払おうとしたらそういった税がすでに撤廃されてたなんてよくあることだ。

 少々狡いが、領内に入る前に特別な関税の説明が無ければ《指摘されなかった》ととぼければいい。
 領地内で関税を徹底させるなら、税法の内容が書かれていて確認できる通行証を持たせるといったことをやらなければ《周知がされていなかった》とでも言えばいいわけだ。
 わざと周知しない関税を理由に罰金を吹っ掛けてくる役人もいるから、領地にもよるんだが…そのあたりは酷い領地ならば近隣に噂が広まっているものだから、事前情報を確認してその領地を避ける、あるいは特定の習性がある怪物に気を付けるように物々交換をしなければいい」
 
 高度な経済の話をするシグルトに、デオタトが「おお~!」と驚きの声を上げた。
 このリーダーは「自分は不器用で腕っぷしだけ」と言っているわりに、時々貴族もかくやという教養や学識を垣間見せることがある。
 彼ぐらいの若さであれば強引な政策か理想論で政を語ることが多いのだが、生々しい僻地の税事情や公共事業による領民への売り込みを語るあたり玄人はだしだ。

「…商人のデオタトが驚くようなことか?

 俺たち冒険者は時に僻地の住人から、なけなしの金銭を報酬として貰う。
 この手の事情に通じていないと、報酬の獲得ができなかったり、余計な税金を分捕られて路頭に迷うからな。

 訪れる土地における税制と法律で公開されてるものは三年間ぐらいの情報を調べて諳んじておくのが、調停と交渉に関わる冒険者集団の統率者が行っておくべき義務だ」

(ないない!一般的な冒険者なんて【税金は踏み倒す】を地で行く傍若無人猪が普通だから!)
(地方の税制ってご当地の人間がわかってないぐらい複雑だから、普通は知らないふりをするものなんだよね…)

 心の中で突っ込むレベッカとロマンであった。


 護衛の依頼は結果的に大成功であった。
 
 行路で道が封鎖されるトラブルもあったが、レベッカが盗賊の出ないルートを割り出し、早く確実な行程で「安全」にデオタトをアレトゥーザに届けたのだ。
 道中何事もなかったことに、デオタトは大変満足していた。
 
 優れた護衛とは、何事もなく確実に護衛対象を守ることが何より大切である。
 山賊の闊歩する地域を無理に通り抜けたり、災害や事故などのリスクが起きやすいルートを勧める冒険者は、護衛対象のことを考えていないという意味で「質が悪い」扱いを受ける。

 商人などを護衛する場合、一番大切になるのはリスクヘッジなのだ。
 本来は依頼主が望む護衛方法に従いつつ、可能な限りリスクを減らすのが理想だ。

 護衛のような依頼では、襲撃を受けた時に「危険手当」が発生することがある。
 これが欲しいがために危険なルートを推奨する悪質な冒険者がいたりもするのだが、それをやった場合は再び依頼を貰える可能性が低くなるのだ。特に商人などは同業者との情報交換が頻繁なため、「危険手当」の割り増しをやった冒険者は商人たちのブラックリストに載ってしまうことになる。
 商人たちは荷物を強奪されたりする大損をせず、身の危険に遭いたくないので護衛を雇うのだから、奪われるリスクに近づけたり危険に誘導して小金を稼ごうとする冒険者は依頼の趣旨を守らない三流という評価になるのだ。

 “風を纏う者”の方針は、「誠実で良い仕事」である。
 余程追いつめられないと危険な行動にはでないし、特別好戦的なメンバーもいない。
 結果として、護衛の依頼はまったく揉めずにすべて完遂している。
 
 護衛の仕事はデオタトのもので実に5つ目だが、結成して半年もたたないパーティが、これほど揉めること無く依頼を達成することはまず無い。
 冒険者にとって比較的多い護衛の仕事は、依頼人の小さな怪我や危険手当の有無などで揉めることが多く、難しい仕事なのだ。
 
 レベッカは、危険手当を要求はするが、あえて危険の少ない慎重なルートを選ぶ。
 危険なルートを選ぶと依頼人に悪印象を与え、結果として次の仕事が得られなくなる。
 きちんとした危険手当のある契約を結びつつ、それはあくまでも保険として、安全な仕事をして見せることは依頼主に得をしたような錯覚を与え信頼を得る交渉テクニックであった。

 報酬もやや高めから標準ぐらい、初見の依頼主にはサービスして安く請け負う。
 護衛の依頼は往復などで再度発生することが多く、その時に指名をもらえれば更なる儲けになるのである。
 
 初心の冒険者は、最初このことがわからずにとにかく報酬の高い依頼ばかり求めて、結果として悪質な依頼主に足元を見られたり、依頼の失敗によって違約金などを要求されて身を持ち崩すことも多い。

 賢明な冒険者が依頼料を多額に吹っ掛けるとすれば、それは相手が悪質な依頼主と知っていて「二度と話を持ってこないようにさせる」か「相手に雇う気を無くさせる」か「一回の依頼でできる限り報酬をふんだくって縁を切る」ため。

 "風を纏う者"が誠実な仕事をしたということは、デオタトが「長く付き合っていきたい依頼主」ということである。

 言伝を頼んだものが間違いを犯したことは、デオタトにとってある意味幸運だったとも言えた。
 “風を纏う者”を名指しで依頼しようという商人も、少しずつ現れていたからだ。
 
 “風を纏う者”は、報酬を法外な値段には決してしない。相手が悪質な相手でも、だ。
 レベッカは実力を安売りはしなかったが、先を見越した誠実な価格で仕事を請け負い、適度にサービスをして信頼を得る方法を得意としていた。
 彼女曰く、〝目先の儲けしか考えない奴は、損をする〟そうである。
 
 実際“風を纏う者”は、ここ数日仕事に恵まれ、財政難をなんとか凌ぐことができた。
 物々交換が多かったので、手元の銀貨はたいして増えなかったが、それが減ることは避けられたのである。
 
 
 仕事を終えた後、レベッカはアレトゥーザの拠点『悠久の風亭』で銀貨の枚数を確認しながら一息ついていた。
 
 ロマンとスピッキオには、固く買い物禁止を言い渡してある。
 他の2人、シグルトやラムーナは、無駄遣いとは縁遠いタイプだ。
 特にシグルトは、レベッカにとって協力的なリーダーだった。
 彼が誰よりも禁欲的にことをするので、最近は仲間の中で倹約を重んじ、それに慣れつつある。
 
「普段はなんとか銀貨千枚ぐらいはキープしておきたいわ。
 
 適当な仕事を見つけて、もう一踏ん張りしましょうか」
 
 いったん解散していた“風を纏う者”は、『悠久の風亭』に集結し、夕食を食べながらこれからのことを相談していた。
 
 宿の女将ラウラと仲良くなったレベッカは、アレトゥーザに出入りする商人と交渉して、格安で調味料や宿に必要な資材を買い付ける仕事をし、代わりに数日の宿代を確保する、という芸当をやってのけた。
 普通なら大金がかかる高級油や良質の塩、最上品質の小麦粉に、珍しい産物。
 レベッカはそれらを、ほぼ原価…市場の四分の一程度で仕入れることができる。
 
 結果として、高級素材の料理で客足が増えたことに満足したラウラは、これからもそういった交渉を受け持つことを条件に、向こう一月の宿代を半額、しかもツケにしてくれた。
 “風を纏う者”が海風に震えながら野宿をしないで済むのは、レベッカのおかげだった。
 
 レベッカは怠け者だ。
 しかし、快適な怠け方や遊び方をするために、その仕事ぶりはとても優秀だった。
 
「………」
 
 上機嫌なレベッカに対し、何故か何時もの様に陽気な雰囲気では無く、ラムーナはそわそわした様子だ。
 
「…どうしたラムーナ?
 
 さっきから何か言いたそうだが、話せないことか?」
 
 シグルトが幾分穏やかな声で話しかける。
 このリーダーは一見朴念仁だが、仲間への気配りは的確だし、懐が広い。
 仲間が迷う時は、その決断を助けるために橋渡しをしていた。
 
 幾分慎重なレベッカやロマンが迷った時や、仲間同士で意見が対立した時は、シグルトの意見がいつも鶴の一声であった。
 シグルトは、仲間の意見をすべてを考慮した上で決断し決定する。
 彼の決定は常に妥当であり、文句を言う者はいなかった。
 
 それに、シグルトは我欲というものがまるで無い男だ。
 無欲、というのとはちょっと違うが、仲間を優先する意識が強く、辛抱強さと禁欲においては超人的だった。
 道中は一切間食をせず、水や食料は毒見ならば率先してやり、節約する場合は自身がもっとも我慢する。
 水は、仲間に余裕を与えるために、自分の体力を維持できる最低線で節約し、ペースを誤った仲間に与えるほどだ。
 
 普段からリーダーとしての責務を果たし、その公正で誠実な判断力と、私情を極限まで抑えるストイックな態度。
 利己的なレベッカや、理屈っぽいロマン、老練で正義感の強いスピッキオが独りよがりにならず、シグルトの決定を無条件で信用するのは、シグルトが信頼できるリーダーだからだ。
 
 理想が高過ぎて仲間をつくらなかったレベッカが、〈最高のリーダー〉と臆面もなく言うくらいなのだ。
 能力的にも優秀だが、何より優れているのは統率力と決断力、そして調停する力だと、レベッカは評価している。
 
 かといって、誇りや自主性の無い男かというと、そうではなかった。
 付き合ってきた“風を纏う者”のメンバーは理解しているが、シグルトは一見は冷静に見えて、実は義理堅く、意外にも情熱的だ。
 仲間を侮辱する言葉には毅然と抗議して相手をたしなめるし、悩むことなく自身の考えをまとめ、即座に意見の一つとして提示する。
 卑屈な部分はまるでなく、シンプルではっきりしている彼の考えは、大概そつが無く適正だった。
 一度決めた目的には全力で取り組み、自分の役割はしっかりこなす。
 そして、“風を纏う者”の誰よりも仲間を信頼し大切にしていた。
 
 これだけのリーダーである。
 さらには、それが作ったものでも演技でもない自然体なのだ。
 
 “風を纏う者”が属する冒険者の宿『小さき希望亭』の主人も、シグルトは宿で最も理想的かつ模範的なリーダーだと評価している。
 
〝あいつの何が凄いって、あれだけの完全無欠ぶりを普通に似合ってるって感じさせる雰囲気だな。
 ああいうのをカリスマって言うのか?
 
 嫌味にすら感じさせないんだから、よく考えるとそこが化物じみてる。
 もし領主や王様だったとしても、何の不思議もない。
 
 むしろ、何で冒険者をしているのか、と考えてしまうくらいだ…〟
 
 シグルトについて、宿の主人が評した一説である。
 
 こんなシグルトを、ラムーナも心から慕っていた。
 だから、信頼するリーダーに促されると、自然と迷っていた言葉が出る。
 
「あのね、別に今でなくてもいいんだけど…
 
 実はこの都市である人と知り合いになったの。
 その人は、南の方から伝わったっていう闘いのダンスを知ってる人で、私ってもともと踊りとか得意だから。
 
 機会を見てその人から、その闘いのダンスを習ったなら、もっと戦う時役に立てるかなって…」
 
 遠慮がちに切り出したラムーナに、レベッカはしばし沈黙すると、息を吐くように尋ねた。
 
「ラムーナが習いたい技って、どのぐらいの授業料がいるわけ?
 
 さすがに仲良くなったからって、無料ってわけにはいかないんでしょ?」
 
 レベッカの問いに、ラムーナは小さく頷き返した。
 
「…銀貨六百枚。
 
 一番基本的な技だって聞いてるけど、素早さに自信があるなら確実に強くなれるって言ってたよ」
 
 レベッカは思案するような仕種をし、そして少し困ったようにシグルトを見た。
 そんな彼女に、信頼するリーダーは強く頷いて見せる。
 
「分かったわ。
 
 今までラムーナって、こういう我侭はまるで無かったし、ね。
 ちょうど手元にはそのぐらいのお金があるし、ラムーナには早速その技を習ってもらいましょう」
 
 レベッカの言葉に、ロマンとスピッキオが意外そうな顔をする。
 
「…いつもお金に煩い私が、ぎりぎりの状態でお金出すのが変なんでしょう?
 
 勘違いしないでほしいんだけど、私は節約するように言ってただけよ。
 パーティにとって必要なら、お金を惜しむつもりはないわ」
 
 驚いて目を丸くしているラムーナに、レベッカはぴったり銀貨六百枚を手渡した。
 
「ロマンとスピッキオには文句言わせないわよ。
 
 あんたたちの方が、無駄遣いしてるしね。
 私たちのリーダーも賛成してるみたいだし」
 
 シグルトがレベッカに相槌を打つ。
 
「ラムーナは、本来その身体能力を最大限生かせる戦い方をすべきだ。
 残念だが、俺が教えられる技術にそれは少ない。
 彼女は膂力を重んじた技よりも、急所を狙ったり、素早く動いて敵を翻弄する技の方が優れているからな。
 
 元からダンスが得意だったというラムーナだ。 
 舞踊は、戦いの技術を秘匿したまま後世に伝えるために、武術を練りこんだものが数多くある。
 剣術に近しい剣舞を見たことがあるが、ある種の効率性すら感じさせられたものだ。
 
 普段、戦闘の指揮を執っている俺としては、ラムーナの戦闘力を高めるならむしろ有難い。
 
 強いて問題を挙げるとすれば、ラムーナが技を習う間、俺たちはどうするかだが…」
 
 レベッカが肩をすくめた。
 戦力を高めることは、シグルトにも必要なのである。
 
 シグルトは、冒険者になってから剣を学びだしたという。
 彼は豊富な戦闘経験を持ち、かつ専門家に師事して戦術を学んでいる様子だが、剣は素人だった。
 
 先輩の冒険者が、シグルトは槍か竿状武器(ポールウェポン)を使っていたのではないかと言っていたが、それが得意なのかと聞くと微妙に言葉を濁すのだ。
 はっきりものを言うシグルトには珍しいことである。
 
 シグルトの戦い方は、正式な剣術というよりは、膂力と戦術を生かした総合的な戦闘力によるものだ。
 磨きぬいた複雑な技の類は習得していない。
 
 むしろ、先輩の使い古しの剣を使うシグルトが、剣術の素人にもかかわらずパーティの先頭で戦えることが驚きだった。
 ある時シグルトがぽつりと洩らしたのだが、〝本当に強くなるなら、基礎から身体を作り、最初から技を磨くべきだ〟と彼は考えているらしい。
 
 シグルトの鍛錬法は常軌を逸している。
 それぞれの指一本で床がへこむほど腕立て伏せをする鍛錬は誰も真似できないと言うし、片手倒立や剣先に水が満たされたいくつもの水桶を下げたまま一時間以上動かずにいる訓練、一回の鍛錬で石畳が粉砕するまで踏み込みを繰り返す反復動作などは、見る者を唖然とさせる。

「なぜ同じ動作を繰り返すか。
 できるようになった回数が伸びた力そのものだからだ。

 武を磨いて到達する術理を【勁(つよ)さ】という。
 これは効率的に無駄なく正確な力を発揮するため、繰り返して強靱に精密に再現できるようになること。

 鍛冶師が鉄を打ち、火花とともに不純物を弾き出して器械を研ぎ澄ますのに似ているな。
 無駄を弾き出しながら、その時最も理想的な状態を模索し鍛え続ける。

 だから【鍛錬】と言うんだ」

 シグルトは、動作の邪魔にならないよう筋肉の密度のみを高めるために宿にいるときは食事にも気をつけている。
 宿に戻ってきた冒険者が自堕落になりがちなのに対し、シグルトは仕事の成功による宴会などには無理のない範囲で付き合うがその次の日からすぐに鍛える。
 しかも、彼がいた場所だけが雨に降られたあとのように汗で濡れるほど、厳しい練武を続けているのだ。
 
 自身も、体格すら改造する訓練で技を習得する盗賊のレベッカである。
 シグルトの行う鍛練法が、緻密な解剖学に基づくものだと何となく気が付いていた。

 無茶な鍛錬は身体組織を破壊する。
 故障しないギリギリで行い、食事で壊れた肉体を再生させる。 
 一から剣に適合した体格を作ろうとしているのだろう。
 無理に単純な技を習得するより、まず身体を完成させることから考えている、というわけだ。
 
 言うは易し、行うは難しである。
 
 一度習得した何かを完全に捨て、身体を作り直すことがどれほど難しいか。
 シグルトをよく知る者は、彼が〈才能を与えられた天才〉ではなく、〈磨き研ぎ澄ました秀才〉であると理解している。
 
 レベッカとしては、シグルトが必殺の技を得たなら、どれほど強くなるのか早く見てみたい気もする。
 
「ま、戦闘の専門家であるシグルトが言うんだからね。
 
 ラムーナが鍛練中、一月は宿が自由に使えるし、私は出来る仕事を単独なり、残ったメンバーでするつもりなんだけど、他の皆はどうするの?」
 
 気持ちを話題に戻し、レベッカが聞くと、仲間たちは皆考え始める。
 
「ふむ。
 
 わしはアレトゥーザに残って、教会にでも通っておるわい。
 
 アレトゥーザには様々な人間が出入りする。
 若いラムーナ一人残すのも、気が引けるでな」
 
 商人の子だったスピッキオは、かつてラムーナを虜にしていた奴隷商人が現れることを危惧していた。
 シグルトもレベッカもそのことに思い至り、それが良いと頷いた。
 
「それなら、僕も残るよ。
 
 実は調べたい書物があるんだ。
 この辺りの歴史や地理、周辺都市との関係をもう少し詳しく調べておきたいし。
 
 リューンは、僕やレベッカはホームグラウンドだけど、知らないアレトゥーザのことは地元で学ぶのが一番だからね。
 
 それに、南方の言葉の詳細な辞書が、この都市の賢者の塔にあったんだ。
 実際に南と交易のあるアレトゥーザ出身の賢者が書いたものだから、実践的で参考になると思う。
 
 図書室の本って、主要な本は持ち出し禁止だから、塔に通う以外方法は無いし。
 
 どうせアレトゥーザは、南における拠点にするんだし、いろいろ調べておけば役に立つと思う」
 
 ロマンの言葉に、レベッカはそうねぇ、と頷いた。
 
「まあ、3人も残るなら、宿のツケの保障にもなるわよね。
 
 じゃあ、シグルトと私で出稼ぎってことでいいかしら?
 さすがに懐が寂しいしね。
 
 浜が近いし、3人そろってれば、暇な時にでも前みたいに食材探しで食費を稼げると思うわ。
 後で、ラウラさんに頼んでおくわね」
 
 すまなそうに項垂れるラムーナ。
 
「ラムーナ。
 
 これは投資なんだから、強くならないと承知しないんだからね」
 
 レベッカが片目をつぶって、人差し指でラムーナを優しく小突く。
 
「…うんっ!」
 
 ラムーナはいつものような笑みを浮かべて、大きく頷いた。


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カードワース・リプレイブログ 特集【職業:村人、レベル:1】

2018.03.13(20:43)

 クロスもよいですが、まずはリプレイをやってるところが増えることが肝要ですね。
 同胞が増えるのは心強い限りです。

 これからリプレイを書こうかなと思ってる方がいらっしゃいましたら。
 まず、厨二っぽくても、年齢考えろって世代になっても、気にせずに書くことです。
 趣味って、好きだからやるものです。他人の評価ばかり気にせずに、自分がどうしたいかでやるといいと私は思います。
 物書きというものは作品を公開をすれば評価されるものですが、一番のファンは自分であるべきであり、自分が表現したい世界を描けばいいと思うのです。
 ぶっちゃけ、「俺が好きだからやってるんだ!」でいいんです。
 自己満足こそ、趣味の根本原理であると私は思ってます。


 さて、本題に入りましょう。
 
 今回は、私と同様にリプレイ小説をしていらっしゃるモコイさんの

 【職業:村人、レベル:1】

 を紹介いたしますね。

 モコイさんは、わりと最近(昨年後半)にリプレイブログを始められた方です。
 ですが、その執筆速度はなかなかのもの。

 しかも、執筆速度の速さ以上に丁寧な描写、しっかりとしたキャラクターたちの表現に光るものがある方です。
 各キャラクター個人の視点・内心で交代で語られていくストーリー展開は、感情移入しやすくて分かり易いです。

 私も経験しましたが、まず、リプレイブログをやってると最初の試練というか、関門を突破しなければなりません。
 それが「キャラクターの紹介」、「初依頼」の二つです。どちらも御無事突破してらっしゃる当り、頑張られたなぁと。

 勢いで始めると、キャラクター紹介の途中で、語彙の少なさや文章力の限界を感じて筆が止まってしまうことも多く、三日坊主状態になることはよくあります。これは私が小説を書き続けるようになる前に経験した実体験でして、特に一人で書いてると読者さんがいないことなどに気づいてモチベーションがダダ下がりすることがあるんですね。
 私が今まで活動を続けられたのは、ひとえに始めた頃に同胞と言えるリプレイ作家さんが複数いたこともあります。
 その経験から申し上げますと、リプレイ小説を読んでくださった方、そして新しく始める方は、是非他のリプレイ作家さんの記事に感想を書いたり、可能なら交流をしてみてください。
 他の方の作品に触れたり、時にクロス企画を練ったりする過程で交流を始めると、そこから生まれる新しいインスピレーションやモチベーションは多大なものがあるからです。

 そういう意味では、モコイさんのように新しく活動を始めた方との交流には得難いものがあります。
 私も最近お手紙等もやり取りさせて頂いて、得るものがたくさんありました。

 今回はその物語の魅力を特集致します。


◆“道を拓く者”
 モコイさんのパーティ、“道を拓く者”は、元農民の戦士アロイスをリーダーとする六人パーティです。
 職業バランスに優れたチームなのですが、よく見てみると才能型に重複があるなど面白い点があります。

 多くのリプレイパーティでは六枠しかないパーティメンバー枠と基本才能型六種を、そのまま当てはめてパーティを作る場合が多いです。
 一番の理由は、才能型別に職業判定的なことをするシナリオがあるからでしょうか。
 大抵は勇将型と豪傑型で戦士2人、知将型と策士型で術師系2人、万能型で斥候や盗賊役を入れて、標準型で僧侶や精霊術師みたいな職業を抑えると鉄板です。

 対して“道を拓く者”は標準型と万能型が2人ずついる、才能型に縛られないスタイルのパーティです。
 これを見て感じたのですが、「よく考えてみればわざわざ才能型分ける必要ってない」ですよね。
 むしろリアルなら、才能型の重複があってしかるべき。

 カードワースのシナリオをやってて、たまにかっきりと基本才能型六種の六人パーティ前提のシナリオがあるのですが、これはシナリオ側からのプレイスタイルに対する要求ということになります。必ずそうする必要は本来無いのですね。
 多くのリプレイ作家さんやシナリオレビューをされる方々は、スタイルの押しつけを避ける傾向があります。
 自分なりにプレイするシナリオを選択し、リプレイという物語を制作していく自由は、作家さんの特権でもあります。
 私はある意味テンプレートに縛られる傾向もありましたので、モコイさんのパーティ編成に関して、目から鱗が落ちる部分がありました。


◆各キャラクターの魅力
 各キャラクターについて掘り下げてみようと思います。

 典型的なパワー戦士で屈強な身体を持つアロイス。名前の語源(名高い+戦い)からしてかなり戦士っぽいですね。農民出身の戦士ということで、冒険者の典型とも言えます。
 人が好いけど、自分で何でも抱え込もうとする誠実で大きなお兄ちゃん、といったところでしょうか。
 元々行動もそれらしかったのですが、晴れて“道を拓く者”のリーダーになりました
 苦労性な性格ですが、リーダーの才能の一つである「調停」、そして意見が分かれた時に「決断」ができる点で、“道を拓く者”はとても幸運だったと言えます。
 フィジカルな才能はだれしも持ちうるのですが、性格的な資質って地味な中にも重要ですからね。
 今後の成長が楽しみな人物です。

 魔術師のロザリーは、商家出身の賢者。知将型なんですが性格は策士っぽい感じですね。
 天才肌で高い知性を感じさせますが、インテリな中にも気難しい繊細さがあります。
 こういう女性ってなんとなくツンデレヒロインを連想させるのですが、私が思うにデレる感じではない様な気も。
 倹約家の一面を持っていて、間違いなくパーティの会計役を兼ねているなぁと。
 参謀や軍師っぽいポジションは交渉役や資材管理をやることも多いので、彼女の存在が財布のひもをしっかり縛ってる、という点では「宵越しの金を持たなくなってすぐに貧乏になる冒険者」の悪夢から、パーティを救ってくれる女神様かもしれませんね。

 盗賊少年のカミルは、しっかり者です。年齢不相応な知性と性格は苦労したからでしょう。
 ビアンカに恋をしてる早熟さと、その恋愛感情が子供っぽくてほほえましいです。
 失敗すると泣いてしまう子供らしさもまた魅力です。
 盗賊としての優秀さは、年代のフィジカルな才能を活用しているとも言えます。
 少年である期間は短いですから、身体的・精神的成長におけるこれからの変遷も楽しみな人物です。

 女戦士ディアナは、バランスの良いオールラウンダーですね。役どころとしては軽戦士でしょうか。
 実は大胆にして素早くすると回避力が低下するのがカードワースの辛いところ。
 性格は「集中できない部分にはおおざっぱ」であるけれど、熟練を持つ経験者らしいはすっぽさも持っていますよね。
 突出はしていないけれど、戦闘でのバランスの良さで上手に遊撃を行いながら、パーティにできるほつれを補正していく大人の女性、という感じです。
 きっとアロイスが思い悩んだ時、彼女のシンプルさが決断の一助になることもあるでしょう。

 幼い美少女のビアンカは、パーティの癒し担当という感じですね。
 愛らしい一面の中にも、感受性が優れていて仲間を取り持つ芯の強い女の子です。
 吟遊詩人や舞踏家と言った芸人関連の職種は、カードワースではサブ職になりやすいのですが、彼女はサポーターとしての才能をまず開花させています。
 こんないたいけな少女に血なまぐさい冒険をさせるのはちょっとかわいそうな気もしますが…カードワースの子供って曲もあるものです。
 多分将来は美人さんになるでしょうね。カミル君、頑張れ!

 最後はエミリオ。
 典型的な聖北教会聖職者(元)のヒーラーですね。
 ミドルネームがありますが、これは多分洗礼名でしょうか。
 彼は、柔和で人当たりがいいけれど頑固という性格が面白いです。
 いわゆる聖職者的モラリストの一面を持ち、信心深く執着心が無いためにロザリーやカミルとは反発しあう可能性があるタイプ。
 
 こうしてみると性別は男3・女3で、老人以外の世代がそろっていて、上手く役割分担もできていますよね。

 ここでちょっと余談を。
 中世の時代に姓を持っている一般人の方が少なかったと思われます。私のリプレイでは姓の無いキャラクターが多いくらい。
 昔は姓や苗字持ちよりも、称号とか二つ名を持っているタイプの人間が多かったと思います。
 私は仕事上、江戸時代の過去帳を見たことがあるのですが、俗名無しで戒名だけ・名前の代わりに続柄が書かれてただけだった、なんてものもありました。私の住む地域は今でも同じ姓の人が多くて、家号がまかり通っています。
 中世の人物はしょっちゅう改名とかしてたみたいですし、一般人の名乗りって割と適当だったかもしれません。同じような名前多かったでしょうしね。(中東諸国でムハンマドと呼べばたくさんの男性が振り返るみたいです)
 “道を拓く者”のメンバーは見てみると意外に姓持ちが多いんですね。
 モコイさんはこの手の時代考証も割としっかりやってらっしゃるので、苗字付きのメンバーの過去とは、名前を通じてちょっと興味があります。
 

◆中世の泥臭さを表現
 モコイさんの物語の舞台は、私の“風を纏う者”などと同じ中世暗黒時代をモデルにしている様子。
 十字軍と異教徒がぶつかり合い、魔女狩りや黒死病が世界を病ませていた時代ですね。

 中世世界には独特の泥臭さ、埃っぽさがあるのですが、モコイさんもまたそういう世界の表現が巧みです。
 例えばカミル登場の話で盗賊ギルドとストリートキッズの関係とか。
 ディアナとビアンカが冒険者になるきっかけなどは、ありがちなせちがらさをしっかりと描写しています。
 農夫出身のアロイスなどは、性格の傾向からして生まれが育んだとよくわかります。

 私などは「そのキャラクターがどうしてそういう性格になったのか」を凄くこだわって決めるタイプなので、モコイさんの描写には共感しきり。
 実は様々な設定を辻褄合わせて描写していくのは難しく、そのバランス取りが上手いモコイさんの文章には、その手のつながりを探して楽しむ面白さがあります。

 カードワースの特徴は能力値にも影響しますので、より濃い設定の繁栄を物語にしながら描いて行くのも、リプレイを表現する面白さなのです。

 これから読む方は、ぜひ裏話を含めて読んで楽しんでもらうとよいのではないかと。


◆今後たぶん結構クロスするかもです
 幸い、モコイさんとは何度かお手紙をやり取りして、お互いのシナリオの被り回避とかに関して相談したりしています。
 私の作ったシナリオなんかも、キャラクターを含めて登場させて頂いてます。

 うちのリプレイと一緒に、是非モコイさんのリプレイも読んで、いろいろ登場するお話のクロスなんかにニヤリとしていただければ嬉しいです。

『古城の老兵』

2018.03.07(01:40)

 “風を纏う者”が、様々な邂逅を経た次の日。
 
 黎明の清らかな輝きが空を染め、彼らを宿から送り出してくれた。
 清々しい潮風が、纏うべき未来の風を暗示しているようだ。

 昨日の充実した時間を思い出し、それぞれこの都市に再来を誓いながら歩み出すシグルトたち。
 
 …なぜかその中で、レベッカだけが不機嫌である。
 
 昨日の夜は上機嫌に酒をのみ、昼に知り合いに高級店で奢らせた、今が旬だというムール貝を南海特産品のオリーブオイルでソテーしたものや、熟した果物の甘み…その味を自慢げに語っていたのに、である。
 
「何じゃ、レベッカ。
 
 この爽やかな朝に、何をむくれておる?」
 
 スピッキオが細い目を瞬かせ、怪訝そうに聞く。
 
 レベッカは、ぎぎぎ、と音がしそうなぐらい不穏な首の動きをしてスピッキオを睨んだ。
 
「…このモウロクジジイが、誰のせいだと思ってるのよ!」
 
 そういうとレベッカは銀貨が入った袋をじゃらりと鳴らした。
 
「勝手に銀貨六百枚も使って…あんたボケたんじゃないの!
 私が使用を許可したのは、大きくない買い物に限った必要経費だったはずよね?
 
 こんな金遣いしてたら、すぐに素寒貧よ~」
 
 そういって地団駄を踏むレベッカ。
 
「すかんぴんよ~♪」
 
 ラムーナが、楽しそう~と言ってまねをする。
 顔を引きつらせ、レベッカは肩を落とした。
 
「ああ、もう!
 
 フォーチュン=ベルでのロマンといい、今回の出費といい、あんたたちはなんて計画性のない金の使い方をするのよ…
 
 私たち冒険者はね、旅でどかすかお金を使うの!
 辻馬車一つ使うのだって、6人分だとシャレにならない金額になるのよ?
 
 他には通行税に宿代、食費に旅装費…
 
 あんたたちが勝手に大金を使っても、皺寄せは皆に来るのよ!
 
 それが、このジジイったら〝啓示を受けて、新しい秘蹟を感得したから寄進した〟ですって?
 宿に預けて置いたみんなのお金を、何だと思ってるのよっ!
 
 私たちを野垂れ死にさせる気?
 
 上手く交渉して、苦労して、必死に節約してきたお金なのよ、もうっ!」
 
 ものすごい剣幕である。
 
 シグルトは、仕事を探しつつ節約して野宿しながら旅だな、と苦笑している。
 だが、先程さらりとスピッキオに、「金を使うときは仲間に相談すべきだったな」と釘を刺したのはさすがであった。
 
 野宿♪、野宿♪~と陽気にラムーナは両手を上げて踊っている。

「はあ、昔のことを今になって持ち出すなんて。
 ちゃんと僕は買ったものを役立ててるよ。
 
 これだから吝嗇(りんしょく)な大人って…」
 
 大げさなロマンのため息が入る。
 
「お前は強欲すぎるんじゃ、レベッカ。
 
 その気になれば人間、その身一つで生きていけるわい。
 金銭なぞ、こだわるからいかんのじゃ。
 
 わしが居った修道院では…」
 
 スピッキオが、修道院名物の清貧を謳い始める。
 そのまま説教を始めそうなスピッキオの様子に、レベッカは眉を吊り上げると声を荒げた。
 
「このジジイ…そういうのは自分だけにしなさいってのっ!
 
 あんたのありがたい神様が、祈れば聖書みたいにマナ(食べ物)でも降らしてくれるわけ?
 お金がなきゃ、仕事をやるのにも食べることにも支障が出るものなのよ。
 あんたの着てる服一つだって、ただじゃできないんだからねっ!
 継ぎ接ぎと蚤だらけの法服着た坊主の説教なんて、薪になる木っ端ほどの価値も無いんだからっ!

 有難い啓示とやらを受ける度に寄進してたら、腹ペコで神に召されちゃうわ。
  
 だいたい修道士って、普通修道宣言して階級とかないはずでしょ?
 それなのにちゃっかり司祭様やってるじゃない!
 
 物欲を捨てたのなら、名誉欲も捨てなさいよ!!!
 逆にありがたい寄進とやらを集めてもらって、貧乏な私たちに恵んでほしいぐらいだわ。

 お金が無いのは、切ないのよ…
 清貧なんて、自給自足できる土地持って保護してもらってる能天気な連中だけが許されるお遊びね。

 赤貧っていうのはね、倫理や秩序を守る気力や余裕まで奪うくらい…心底飢えるのよ。

 冒険者が、なんで野盗予備軍なんて裏でさげすまれてるか知ってる?
 暗がりに足突っ込んでる私たち盗賊が、冒険者に混じってやっていける本当の理由を知ってる?

 それはね、貧しさに耐えられなくなった連中の行き着く先が飢え死にか本物の犯罪者だからよ!」
 
 意外に宗教事情に詳しいレベッカである。
 そして、貧しい生活を経験した彼女の切実な叫びがそこにあった。
 
「むう…」
 
 自分でも充分今の矛盾した立場を理解しているだけに、スピッキオはどう説明したものかと唸ってしまった。
 口ごもった姿に鬼の首でもとったような顔で、どうよ、というレベッカ。
 
 ここでシグルトが2人を遮るように間に入った。
 
「レベッカ…この爺さんが名誉欲に染まったただの俗物だと、本当にそう思うのか?」
 
 シグルトの言葉は直球だった。
 このリーダーは、ごちゃごちゃした前置きは無視して、本題や本質からすっぱり入る人間である。

「貧しさがどういうものか、俺もわかっているつもりだ。

 冬場に新鮮な食いものが無くて、臭みの強い魚の塩漬けを食った時は水をがぶ飲みしたくなる。
 飲み水のために雪を融かしたくても使える燃料が足りなくて、吐き気を抑えながら…ひもじくて震えていた妹の手をこすって一緒に耐えたことが何度もあった。
 そんな冬の間に、寒さと飢えで大人になる前に死んで行った幼馴染の粗末な葬式を見ながら、俺はまだ腹が満たされていただけ幸運で恵まれていると思ったものだ。

 レベッカやラムーナが、もっとつらい経験をしたことも分かっているつもりだ。
 お前の倹約で、俺たちがどれだけ助けられているかもな。

 それでも…みじめさに心までとらわれて、いつまでも腐るのはやめておけ。
 そんなものでは誰の腹も膨れない。
 まだ金があるうちに、立て直す努力をしよう。

 こういうのは仕事で取り戻す。
 その金でまた美味い飯をみんなで食おう。

 いいな?」

 リーダーの真摯で静かな眼差しは、仲間たちに滾っていた悪質な感情を急速に冷やしてくれた。
 こういう時、シグルトは仲間の誰も無碍にはしない。
 穏やかに諭す心のこもった声が、とても頼もしい。
 
 レベッカも熱くなって言い過ぎたな、と思ったのか…いつもの冷静な彼女に戻っていた。
 きっと熱くなれるぐらいはこの連中に親しみを感じてるんだろう、と自己を分析しつつ結局は、しかたないわねぇ、とリーダーを立てるのだった。
 
「さて、行こう。
 当面はアレトゥーザ近郊からリューンにかけて、《村巡り》で地盤固めだ。
 
 金がないなら地道に依頼を探しながら、な。
 冒険者なりの仕事をすれば、田舎料理ぐらいは出してもらえるさ。

 レベッカ、情報集めは任せたぞ。
 仕事の匂いを嗅ぎ付けるなら、お前が一番優秀だからな」
 
 苦労性のシグルトは、いつもの苦笑。
 
 私は犬じゃないっての、とすねた顔を見せつつ、レベッカはさっさと歩き出した。
 
 他の者は一度だけアレトゥーザの門を振り返ると、邂逅したたくさんの人々と美しい風景との再会を、心から願うのだった…


 “風を纏う者”の今後の日程は、アレトゥーザ近郊での足場固めとして、リューンまでに点在する小さな村々を渡り歩くことになっている。
 これは《村巡り》《巡回》などとも呼ばれる冒険者活動の一つだ。

 冒険者として新しく活動を始めると、必ず「仕事不足」に陥る。
 “風を纏う者”が南海までやってきたのも、元々は宿の同胞と仕事がかち合うのを避けるためである。

 かといって、違う冒険者の宿に行けば、すぐ仕事にありつけるわけでもない。

 実際、繋ぎをつけた『悠久の風亭』でも、地元の冒険者に牽制されて大きな依頼は受けられず、盗賊ギルドや同業者に面を通し、食材探しといった雑用程度しか仕事がもらえなかった。

 金を使ったスピッキオにレベッカが激昂した背景には、活動資金が増えなかった事への焦りもあったのだ。
 
 宿の依頼は他の冒険者との取り合いになる。めぼしい依頼はまず地元に根付いた冒険者や先輩冒険者が持って行ってしまう。
 そういった中で新参者が「顔見せ」せずに仕事を受けると、同業者に「礼儀知らず」扱いされて、厳しい制裁を受けることがある。
 制裁と反撃に関連した冒険者同士の抗争で治安部隊が出動することもあり、そういった争いの原因を起こした冒険者は、最悪都市や冒険者の宿に出入りを禁じられてしまう。

 小さな村には冒険者が拠点とできる場所が無い。

 日々労働に追われ自給自足に近い形で活動する村落では、怪物などが出現せず平和であれば冒険者たちは食い詰め者の集団である。
 となれば、冒険者は必然仕事を求めて、大きな町や都市に活動拠点を置くことになる。
 そこから追放されてしまえば、あとは下り坂を転がるように野垂れ死にか、犯罪者にでも堕ちるしかない。
 
 リューンなどの比較的大きな都市で依頼を探していても、怪物退治などの依頼が頻繁にあるわけではない。
 コボルトやラット程度の弱いモンスターであれば、都市や町に住む冒険者に依頼する前に「村でどうにかしてしまう」のである。

 冒険者に依頼を出すのは大変なコストがかかるのだ。

 依頼に使われる羊皮紙が高価であり、依頼内容を伝えるために文章を書かねばならない、文盲が多い村落できちんとした依頼書を書くのは、なかなか大変なことだ。
 さらに都市や町に使者を出し(その旅費を用立て)、山賊などがいるかもしれない道を歩かせて冒険者の宿まで依頼を出してもらわねばならない。そういった使者を専門に狙う悪質な盗賊も存在する。
 これらのことを行っているうちに、怪物などの被害で村が壊滅したり、冬越しの食物の不足が起きて餓死者が出るなどということになりかねない。

 冒険者の宿に依頼が出されるまでになることは、村でどうすることもできない場合に限られるのである。
 そして、「冒険者を雇わねばならない」と村人が被害に耐えながら決断するまでの間に、大概は「手遅れ」になってしまう。

 依頼をする冒険者の人となりも問題だ。

 冒険者とは、危険な場所に赴き怪物と切った張ったする武辺者の集団である。
 一般的な職業に就けず、しかたなくこの荒っぽい職業で命を懸けることがほとんどだ。
 すなわち、冒険者が「野盗の予備軍」であることに他ならない。
 悪質な冒険者を呼べばその村は食い物にされ、さらにひどい被害を受けることになる。

 村の住人はこういったことから、顔も知らない冒険者を雇うのは忌避するのが普通だ。
 命懸けで失敗すれば村を全滅させかねないという、責任重大な使者にもなりたがらない。

 ならばどうするのか。

 冒険者が直接村々を巡って、依頼を探し「顔を繋いでおく」のだ。

 ちょっとした魔物退治の依頼は、現地で聞いてみると意外に多い。
 村でもわざわざ遠くまでリスクを冒して冒険者を雇いに行かなくても済み、仲介料が無い分冒険者の報酬も上がり、村を危機から救ってくれた者を村人は信頼するようになる。
 互いに持ちつ持たれつ、良い関係が構築できるのだ。
 
 だが《村巡り》は思い立った勢いで簡単に行えるわけではない。
 冒険者たちにとっても、コネクションを開拓した村落は縄張りなのである。

 新しい冒険者が活動を行えるようにするには、それなりの手順が必要だ。
 無視して仕事を受けようと考える冒険者もいるが、先輩から紹介状をもらうとか宿の仲介(張り紙の依頼はこれに当たる)を経由するなどの伝手が無い限り、門前払いになることも多い。
 村落ごとに専属の冒険者パーティや宿が決まっていることもあり、そういった縄張りは良く変動する(それだけ冒険者という職業が死にやすい)ので最新の情報を確認する必要もある。
 村によっては「冒険者としての教導は誰にしてもらったか」と尋ねられることがあるほどだ。

 普通は《村巡り》を行う前、先輩冒険者の教導で徹底的に「縄張りの分布、契約の仕方と仁義」を叩き込まれ、無作法を働かないように躾けられる。
 山賊や強請まがいの悪質な冒険者は、同業者によって徹底的に駆逐されると、くどいほど教え込まれる。

 冒険者は同じ宿に所属する冒険者が犯罪を犯した場合、その宿の名誉にかけて、罪を犯した冒険者を捕縛ないし殺さなければならない。
 同業者が悪質なことをすれば、それによって食い詰めるのは自分たちであるからだ。

 《冒険者の仁義》と呼ばれる独特の倫理観は、優れた冒険者たちが己たちの立場を守る生活の知恵であり、鉄則であった。

 古い時代、ギルドなどの職業団体には必ず厳しい《掟》があった。
 《掟》を破る者は制裁を受ける。
 そうしなければ、無法に活動する同業者が増え、その職業を他人が信頼しなくなる。

 時に武力を行使する冒険者の《掟》は、単純でとても厳しい。

 《掟》を軽んじた若手冒険者が、先輩冒険者の制裁で手足を折られたというような陰惨な事件は多い。
 同業者はそれを当然のことと黙認する。
 出る杭は打たれ、身から出た錆は己を朽ちさせるのだ。

 冒険者は自分たちにことさら《自由》という言葉を使うが、これは《身勝手》と同意儀ではない。
 《自由》とは「自らに由る」…自分で行動しその責を負うということである。

 だからこそ、実力を磨いて軽んじられないようにもするし、まっとうな冒険者は依頼者に対してとても誠実で礼儀正しく、先達を重んじる。
 礼儀正しくない冒険者は、己の仕事が命懸けであることを理解せず、社交が身を守る手段であることを軽んじているのだ。
 厳しく躾けてくれる先輩は、コミュニティのヒエラルキーとともに世の理不尽さを教えてくれる教師であり、薫陶を受けた冒険者は先輩の教えが自分を助けてくれることに後々になって気付かされる。
 できない者は、油断で死ぬか、あるいは自業自得で同業者に潰されてしまう。

 冒険者たちは経験を積めば積むほど、自分たちの仕事がそういったしがらみに支配されていることを理解することになる。

 こういった風儀に関して、“風を纏う者”は初期から厳格に対応してきた。

 まず、実際に冒険者として活動していたレベッカが声高に主張して、これを徹底させた。
 もっと厳しい《掟》を持つ盗賊ギルドにも関わっているためだ。

 シグルトも《掟》を重んじるタイプだった。
 故郷で武芸を学ぶ上で厳しい師弟関係を経験しているし、領地を持つ貴族の子として面子の大切さを教えられ躾けられてもいる。

 ロマンは師を持つ魔術師見習いである。
 礼法を学ぶ過程で、上下関係の難しさは叩き込まれていた。

 スピッキオは規律正しい修道士出身だ。
 コミュニティの秩序や上下関係に関しては、肯定的である。

 ラムーナは元奴隷でもあり親に支配される社会で育った。
 上位の存在に対しては従順であった。

 冒険者になったばかりの新人は、総じて生意気な人間が多い。
 武器という力を持ち、荒くれの多い同輩に混じって舐められないように粋がるからである。
 金が無くて冒険者になった者などは、そもそも知性や品格が皆無の粗野で愚劣な輩も多く、社会に対する配慮など持っていないことが多いのだ。
 一般的に【不良】などとも言われるそういった新人は、古臭くしきたりを重んじる先輩冒険者に教導を受け、無知と無謀で高くなった鼻を嫌というほどへし折られて現実を知るのである。

 “風を纏う者”が若手で注目されているのは、社会的な教養を持つメンバーがいて、規律や習わしに従う姿勢を評価されている点だ。

 聡明で規律正しいリーダーに率いられ、面子に聖職者もいる“風を纏う者”は、地味な下積みの村巡りを謙虚な態度で丁寧に行った。

 シグルトは村を魔物から防衛するための指導を行い、元貴族的な視点から法的な納税の注意点などを指摘して、多くの村長たちから尊敬のまなざしで見られていた。
 スピッキオが教会の無い村落で請われて、子供の洗礼や宗教儀式を行い、その癒しの秘蹟を頼る者も多く救った。
 レベッカは旅で手に入れた情報を村の有力者に伝え、他の村への伝言などを進んで受けている。
 ラムーナは得意なダンスを踊ってみせ、娯楽の少ない村人たちに喜ばれた。
 ロマンは多言語を扱っての代筆や、最新農法の概要・薬草などの知識を伝えて感謝されていた。

 いくつかあった魔物討伐や調査の依頼も無事に達成し、確実にその名を浸透させた“風を纏う者”が村巡りを終えてリューンに近づいた頃、金銭的な収入こそほとんどなかったが、立ち寄った村落のほとんどで好意的に受け入れられる成果を上げていた。
 
 

「拙いな…」
 
 ぽつぽつと降り始めた雨。
 
 シグルトは天を見上げ、眉をひそめた。
 
「ここで一雨来る…なんてね。
 
 あと少しでリューンなのに、困ったものだわ」
 
 レベッカも、雨避け用に外套を取り出しながら周囲を調べている。
 
 通行税を節約するため、街道を大きく外れてしまった“風を纏う者”。
 現在一行は、この荒れた丘ばかりの道無き道を進んでいた。
 
 稲光に周囲が白く染まり、大気と大地がびりびりと震える。
 轟音の近さにロマンが思わず目を閉じた。
 
「…近かったの」
 
 スピッキオも真剣な顔で、少し雨を強く降らし始めた空を見上げ、細い目で睨んでいる。
 
 雨は旅において大きな障害となる。
 冷たい雨は体力を奪い、衣服に浸み込んだ水分は荷物となり、べたつく不快感が病んだ感情を引き起こす。
 
 ここからリューン郊外にある『小さき希望亭』へは、8時間ぐらいかかるだろうか。
 “風を纏う者”は皆健脚だが、体力の無いロマンのことを考えれば、長旅で疲労した状況も考えると心許無い。
 しかも悪天候ともなれば、移動にはさらに時間がかかるだろう。
 
 雨足は強まり土砂降りの気配だ。
 すでに纏った外套は水を吸い始め、不愉快な重みを増し始めていた。
 
「だめね、この周囲に雨を凌げそうな場所は無いわ。
 
 まあ、この雷じゃあね。
 雨を凌げそうな大木があったとしても危なくて雨宿りなんてできないけどさ…」
 
 とにかく此処じゃ休めないわ、とレベッカが急かす。
 
 皆、憂鬱な気分で歩調を速め、リューンに向けて続いている丘陵を越えて行く。
 
 すでにロマンの吐息は荒く、屈強な体格のスピッキオも顔色が悪い。
 普段陽気なラムーナでさえ無口になり、その唇は冷えと疲労で少し紫がかっていた。
 頬を伝わって口に入った、砂塵交じりの水滴を忌々しそうに吐き捨て、レベッカは唇を噛み締めながら足を速めた。
 
(…せめて、一時でも雨宿りができれば持ち直せるんだが…)
 
 ぬかるんだ大地は、足を滑らせ掴もうとする。
 添え木をあてただけの義足同然の足で、それを仲間に気付かせず黙々と歩くシグルト。
 水が浸み込んだ添え木と、それを固定する布が膨張して足を締め付ける。
 足首が軋んで放つ熱を、生温く湿った水分が奪っていく。
 
 とりわけ冷えは、今のシグルトにとって相性が悪い。
 身体のいたる所にある古傷が一斉に悲鳴を上げ、痺れと熱が毒気のように侵食してくる。
 
 おそらく、常人であれば気が狂うほどの苦痛と不快感を、顔をしかめる程度で耐えながら、シグルトは黙々と足を進めた。
 
「…あれ?」
 
 不意にラムーナが立ち止まった。
 
「…どうした?」
 
 怪訝な顔をしてシグルトも足を止めた。
 
 ラムーナは、雨雲で薄暗くなった先を見つめ、一つ頷いて指差した。
 
「…あっち。
 
 何かあるみたい」
 
 ラムーナが示した方角を、皆注視する。
 調査においてのプロフェッショナル、レベッカがいるせいでなりを潜めているが、ラムーナの観察能力はなかなか優秀だ。
 見張りをしても、視力の良さと勘の鋭さで仲間に貢献している。

 雨によって立ち上った靄(もや)からうっすらと浮かんな影は、旧い建築物であった。
 少し近づいて確認してみれば、苔生していて景色と闇にひっそりと溶け込んでいたが、大きな建物のようだった。
 
「でかいわね…
 
 城か砦みたいだけど、この辺りには轍も蹄鉄の跡も見当たらないから、人がたくさん住む場所なんて無いはずよ。
 
 最近の田舎領主を含めた諸侯、隠居した貴族や豪商にも、こんな場所に城を持ってる奴がいるなんて聞いた事がないわ。
 交易路からはかなり外れているし、人がいるかは疑問ね」
 
 普段のちゃらんぽらんで怠惰な彼女の素行からは想像もつかないが、レベッカの情報の正確さと豊富な雑学は、パーティを結成してそれほど経っていない一行を何度も救ってきた。
 彼女に言わせると、情報と雑学は冒険者の飯の種、だという。
 
 行ってみる?と聞いたレベッカに頷き、シグルトたちは建物へと歩みはじめた。
 
 …それは古城であった。
 
 朽ちかけたその城は、あちこちを投石器や破城鎚で壊され、崩れかけた積み木のように物悲しく雨に打たれていた。
 
「…どうやら罠の類はないみたいよ。
 
 まあ、こんな場所に潜んでる盗賊連中がいたら、何か気配があるものだし、ここって住むにはちょっと不便な場所よね」
 
 城の壁に素早く駆け登り、荒地の続く周囲を見下ろしながら、レベッカは無人だろう、と付け加えた。
 
「それなら、ここを借りるとしよう。
 
 屋根があるのは有難いし、濡れてない場所で寝られるなら充分な休憩になる」
 
 シグルトが決定すると、一行は皆ほっとしたような顔になった。
 
 隙間風はありそうだね、と言うロマンの濡れた頭を、レベッカが贅沢言わないの、と小突いた。
 
 枠から崩れ落ちた城門の跡を潜り、ぽっかりと空いた城への入り口から、苔の香りのする城の中へと入って行く。
 雨雲に覆われ、夕刻を過ぎて暗くなっていた空の下で、この朽ちかけた古城の中はまさに暗闇の世界であった。
 
 仲間が外套に染み込んだ雨をはたいて振り落とす中、シグルトは城の入り口近くに刺さっていた松明を外し、苦労して火を着けるとそれをかざして先を進んだ。
 
 雨の日は、湿気た空気までが意地悪である。
 もっと火着きの良い火口箱が必要だな、と呟くシグルトに、ラムーナが節約節約~と即座に言った。
 レベッカが複雑な顔をし、ロマンが忍び笑いをしている。
 さすがに聞き慣れたわい、とスピッキオが追い討ちをかけると、レベッカは「誰のせいよっ!」と目を三角にして城の床を蹴りつけた。
 
 松明の揺れる明かりは、白の石畳をぼんやりと照らしている。
 そしてすぐに、城の通路に転がったもっと白いそれらを浮かび上がらせた。
 
「…酷いな、これは」
 
 それはおびただしい数の人骨と、錆びた武器や甲冑だった。
 戦って死んでいったのだろう、頭頂の砕けたしゃれこうべや身に着けた甲冑ごと貫かれている骨が、物言わぬまま転がっていた。
 
「ふむ、どうやらこの城は戦いの後に放置されたものの様じゃ」
 
 スピッキオは死体を見つける度に、簡単に祈りの言葉を唱え、十字を切る。
 こういった遺骸は怨念によって動き回るアンデッドモンスターにもなりうるため、邪悪な気配が無いか確認する行程でもある。
 
 どの部屋も骨と瓦礫ばかりで、時折隙間から入り込む雨が、古城を陰気に湿らせているようだ。
 
 やがて一行は、死体の無い休めそうな一部屋を見つけて中に入った。
 
 安心したようにロマンが座り込む。
 レベッカが汗で額に張り付いた髪を払い、壁に寄りかかった。
 普段は元気なラムーナも、大きく息を吐いている。
 
「百足には気をつけろよ」
 
 シグルトはレベッカに目配せすると、部屋の壁に備え付けられた専用の金具に松明を掛けた。
 
 幸いこの部屋には暖炉がある。
 火が焚けるのならば、服を乾かし熱いスープを啜ることもできるだろう。
 
 一行はとりあえず荷物を置き、濡れて重くなった衣服を廊下で絞り、各々の場所を見つけて座り込んだ。

 “風を纏う者”が使う一部の装備や服は蝋や油を染み込ませてあり、防水性を上げてある。
 蝋塗り込めた上着は耐火性に関しては微妙だが、要部を蝋で固めると耐刃性も多少ましになりすぐに脱ぎ捨てられるため、合羽がわりとして重宝していた。
 油や蝋を染み込ませた衣服の切れ端は、上手く応用すれば火口を作るのにも使える。
 シグルトが『小さき希望亭』に伝えてすっかり定着していた。

 寒い地方の出身だったシグルトは、この知識を武術の師から学んで活用していた。

 シグルトは武芸・軍事知識から始まり、医療知識や流体力学、果ては各地の伝承や生存術に関するものまで勤勉に学んでいて、すでに雑学の領域を超えて博学である。
 彼自身は広く浅く齧った程度だと思っているが、この時代においては教養人であった。
 
 そんなシグルトが黙々と火にくべられそうな木片や廃材を集めて暖炉の近くに積み上げる。苔むして湿気た者は煙が酷いため、慎重かつ手早くより分けているあたり、野営も慣れた手際だ。
 
 レベッカはどこからか調達してきた古びた鍋を、溜まった雨水で漱ぎ襤褸布で拭う。
 それに少しの酒を入れ、水を水袋一つ分丸々注ぎ、石を組んでそれを固定し、暖炉に火をつけた。
 アレトゥーザで手に入れたマッケローニ、乾燥したハーブ、少量の干した果物を細かくちぎって側におき、火を入れて湯を沸かす。
 塩を入れ、手際よく用意した具を放り込んでいく。

 染み込んだ水分が火によって温められ、乾いて行く過程で何とも言えない生臭さがあるのだが、湿り気が無くなっていく方が心地よい。

 即席のスープが完成し、手持ちの形の揃わない食器で回し飲みをしている頃、大方服が渇いて雨がやんだ。
 
「あれだけの雨だったのに…天気は気まぐれよね」
 
 レベッカは、夜の闇に溶け込むように大きな月が浮かんでいる空を、恨めしそうに眺めた。
 
「まだ道はぬかるんでいるからな。
 
 今夜はここで休もう」
 
 ここでレベッカが素晴らしいタイミングで、先日の仕事の報酬としてもらった葡萄酒を取り出した。
 ロマンはお酒は頭を馬鹿にするといって、1人で湯に黒砂糖を溶いたものを啜っている。
 他の者たちは交代で器を回し、酒を飲んだ。
 
 最後に器を受け取って酒を飲もうとしたシグルトは、不意に険しい表情になってレベッカを見る。
 脇には片手で剣を引き寄せていた。
 
 レベッカは頷いて、持っていた器をそっと床に置いた。
 
「どうした?」
 
 スピッキオが聞くと、シグルトは床を剣の鞘の先で指した。
 
「…音がする。
 
 下の階からだと思うが、たぶん人間の靴音だ」
 
 そう言って、一番耳の良いレベッカを見る。
 レベッカは静かに首肯する。
 
 一行は油断無く、それぞれの得物を自身の側に置く。
 
 しばらくの間、緊張した時間が続く。
 ロマンが唾を飲み下し、ラムーナも不安げに暖炉の火が届かない闇を見ていた。
 
 やがて月明かりを背に、外套を纏いフードを目深に被った人物が現れた。
 
 白いものが多く混じった髭。
 老人のようだ。
 
「明かりが覗いている上に、音がするから何かと思えば…
 
 夜盗の類か?
 こんなオンボロな城に何かようかね?」
 
 かすれた音の混じった、独特の発音。
 
「俺の名はシグルト。
 この仲間たちと冒険者をやっている。
 
 旅の途中で雨に会い、雨宿りを兼ねてこの城に転がり込んだ。
 夜盗をするなら、もう少しむさ苦しい連中になるはずだがな」
 
 そう言って少し身体の位置をずらし、後ろにいる仲間たちを見せる。
 女2人に子供と老人という取り合わせに、男は「なるほどこんな野盗はまずいないな」と、と頷いた。
 
「ここはあんたの持ち物か?
 
 まさか人が住んでいるとは思わなかったんだが…」
 
 男はふむ、とまた頷いた。
 
「儂はこの城に住んでおる者じゃ。
 名はグロアという。
 
 シグルトといったか…
 最初に名乗るとは、なかなか礼儀をわきまえておるようじゃな。
 
 この城は今は亡き王の物。
 おぬしらが雨宿りをしようとも、野宿をしようとも、儂の委細はいらんよ」
 
 グロアという老人の言葉に、一同は安心したように緊張を解く。
 老人は何を思ったのか、シグルトの腕や下げた剣をしげしげと見つめていた。
 
「…シグルトとやら。
 
 お主は剣を扱うようじゃが、剣術に興味はあるか?」
 
 老人はしばらくシグルトを観察していたが、唐突ににそう尋ねた。
 
「ああ、無くはないな。
 
 そういえば爺さん、随分見事な得物を下げているが…」
 
 シグルトは、老人のローブから出ていた刀の柄を指差した。
 
「…昔少しな。
 
 もしお前が剣術に興味があるなら、後日改めて来るといい。
 古の剣術を教えてやろう。
 この得物に見合う程度には、技を知っておるつもりじゃ。
 
 …無論、ただではないが、な。
 
 ただし昼間はやることがあるので教えられん。
 伝授は夜に、だ。
 その時は、またここに泊まればいい」
 
 一方的に告げると、グロアという老人は部屋を出て行こうとした。
 
「待って。
 
 おじいさん、こんな古城で1人何をしているというの?」
 
 レベッカが聞いた。
 
 グロアは、またしげしげと一同を眺めた。
 そして呟くように、かすれた声で告げる。
 
「墓仕事だ。
 
 この城にある骸を全て埋葬するためのな…」
 
 レベッカは、嘘でしょう?と目を丸くした。
 
「骸って…
 
 この古城に転がってる骨全部?」
 
 朽ちた骸は古く、すでに城の一部のように景色に滲んでいる。
 
「そうじゃ。
 
 それが儂の仕事であり、責務でもある」
 
 そう言ったグロアの背には、途方も無い間重ねてきた、時間を感じさせた。
 
「見たところ、かなり古いもののようだけど。
 
 貴方がこの城の生き残りだとしたら、何年ぐらいその仕事を続けているの?」
 
 レベッカは、老人の持つ雰囲気に気圧されたのか、呻くように聞いた。
 
「…聖北の暦で、今は何年かな?」
 
 何かを思い出そうとしたグロアは、僧服を着たスピッキオに尋ねる。
 スピッキオは、正確な今日の日付を告げた。
 
「ふむ…
 ざっと40年ほどになるな。
 
 まあ、大体はそんなところだろう」
 
 今までの長い時を吐き出すように、グロアは重々しく答えた。
 
「40年?
 長いよね…
 
 でもそれだけの時間があれば、城の中の埋葬が終わっててもいいと思うんだけど」
 
 首をかしげたロマンが言う。
 
「確かに、この城の中だけならばな。
 
 だが、この国の民全てが根絶やしにされたのだ。
 城の骸で足りる数ではない」
 
 グロアの言うような虐殺があったとすれば、それはすごい数の死体である。

「この平原に死体はまんべんなく散っていた。
 
 ゆえに風化の早い場外の者から埋葬していった。
 …10日ほど前にそれらは終わったがな。
 
 だが、この老いぼれた身体。
 今では仕事の邪魔になるばかりよ。
 
 …全ての者を埋葬し終えるまでに、この身体がもてばいいがな」
 
 悲しみも苦しみも遠い過去においたまま、責務を果たすことのみに生きているグロアの、自嘲的なため息とともに漏れるしゃがれ声。
 
「…長話になってしまったな。
 
 すまんの。
 まともな人間と話すのは久方ぶりで、話し込んでしまったようだ」
 
 レベッカはそう言う老人に首を横に振って、教えてくれて有難うと言った。
 
 グロアは、ゆっくり休むとよい、とその厳つい髭面の口元に微笑を浮かべ、何処かへ去っていった。
 
 
「…別に要所って訳ではないけど、これだけの規模の城が誰の手もつけられないで、どうして残っているのかな?」
 
 ロマンは首をかしげていた。
 
「おそらく宗教戦争じゃ。
 
 交易路から外れ、海路への繋ぎにもならぬ。
 
 でこぼこの丘に、岩が露出した地面。
 周囲に森どころか木の一本も無い。
 
 このような土地を攻めるのならば、他宗教の抹殺に他あるまい。
 
 かつて聖北の徒は、教会という機関そのものが下らぬ権力者の戯言に踊らされ、教義を違えた愚か者が人を扇動し、他宗教を潰すことに狂っておった時もある。
 
 殺した後は異端異教の死の尊厳など考えもせず、適当に金目のものを奪い、死体も野ざらしよ。
 攻めて、殺して、取って…それで終わりじゃ。
 
 かつてわしと同じように聖職を与えてもらったものが、そのようなことを起こしたのであれば、情けない限りじゃ」
 
 スピッキオはこの国のように人知れず滅びた国が、かつてたくさんあったこと、そしてここにあったであろう古い古い異教の国の名を、厳かに口にした。
 
「…あのじいさんはその生き残り、か」
 
 シグルトに向かってロマンが首を振った。
 
「違うよ。
 
 普通あんな母音の発音でしゃべる人はこの地方にはいなかったはずだし。
 あれって、あちこちの言葉の発音が混じってなまってる。
 いろんな場所を転々としてきたんじゃないかな?」
 
 そして歴史を思い出し、おそらく傭兵か仕官を求めてきた旅の武芸者だろうと言った。
 
「滅びた国を流れ者1人で弔う、か。
 
 なんとも物悲しい話ね」
 
 レベッカのつぶやきに、ラムーナが、おじいさんかわいそう…と目を伏せた。
 
 一同はそれっきり黙りこみ、見張りを決めて残った飲食物を片つけると、順番に寝ることにしたのだった。


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