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◆CWリプレイ:PyDSガイド◆

2018.06.21(16:00) 409

 準備も整ったのでカードワースのリプレイ再録を致します。
 旧宿データが吹っ飛んでしまい、前回のリプレイから相当年月が経っているため、思い切って様々な要素を詰め込んだリプレイ再録に踏み切ります。

 まず使用エンジンはカードワースPy Reboot。
 せっかくカードワースダッシュのスキンを作って紹介したので、そのStandardスキンを使うこととします。

 再録に先立ち、Standardで宿を作りPCを作成し直しました。
 若干能力値が上がったり下がったりですが、大きく変わった感じはありません。
 Standardは標準の才能型がもう少し能力的に緩やかで、生命力の極端な低下を避けていて、子供の身体能力が抑えられている程度なので、特殊型ばかりの風を纏う者たちはあんまり影響がないです。

 せっかくなので別パーティも作成し、将来的にリプレイ2のオルフたちも作り直して第5パーティとして合流させようかなと。
 第2パーティの煌く炎たちは、元傭兵のマルス、すれっからしの女火精使いゼナ、高飛車尼僧レシール、燻し銀老魔術師カロック、野暮ったい盗賊ジェフの5人組。クロスの関係でリプレイできないシナリオや絶版になってリプレイに出せない古いシナリオなどをプレイして、アイテムのトレードなどで補助的な役割を果たす予定です。

 第3パーティ華麗なる花々は外伝に登場した年増姫こと白の妖精姫アルフリーデ様をリーダーにリプレイ2で登場したグウェンドリンとレベッカの盗賊仲間エメリーを加えた女性オンリーパーティ。予定では連れ込みのジゼルとシアをこっちに。最後枠は秀麗で女性なら何でもOKっぽい…(このパーティの特徴が女性で秀麗持ち)

 第4パーティは魔道具バザーのラファーガとアナベル、白弓の射手からリノウ、こびとのなくしたものからラディーという連れ込み混成の後輩パーティの予定。あと2枠は新人連れ込みキャラで適当なのを。

 第5パーティはオルフ、エルナ、フィリ、バッツ、コール、ニルダのリプレイ2メンバー予定。ある程度本編が書きあがったら入れて行きます。

 予備戦力としてサキュバスシリーズのアンジュ、銀斧のジハードからオロフ。そのうち人外の中堅レベル連れ込みキャラが増えたら第6立ち上げようかなぁ。この2人は本業が別です。(アンジュはささやかな宝の店員さん、オロフは宿専属の修理屋さん)

 こうやって連れ込みキャラ見てみると…専業僧侶少ないですね。

 この記事は単独カテゴリにして、記事へのリンクを張り、目次代わりになっています。
 ブログ記事は読み難いと思うので、どうぞ活用して下さい。

目次

・序章 パーティ結成(PC紹介)

PC1:シグルト
PC2:レベッカ
PC3:ロマン
PC4:ラムーナ
PC5:スピッキオ

・第一章 実力派の駆け出したち
『第一歩』
『希望の都フォーチュン=ベル』 ゴブリンと狼
『碧海の都アレトゥーザ』 新たなる地へ
『碧海の都アレトゥーザ』 碧海色の瞳
『碧海の都アレトゥーザ』 路地裏の鼠たち
『碧海の都アレトゥーザ』 図書室の少年
『碧海の都アレトゥーザ』 故郷は波間の先に
『碧海の都アレトゥーザ』 荒波の啓示
『古城の老兵』
『碧海の都アレトゥーザ』 デオタトの依頼
『街道沿いの洞窟』
『聖なる遺産』
『風繰り嶺』 風纏いて疾る男
『魂の色』
『Guillotine』
『防具屋』
『碧海の都アレトゥーザ』 風は留まらない

・第二章 英雄の片鱗
『ヒバリ村の救出劇』
『シンバットの洞窟』
『魔剣工房』
『希望の都フォーチュン=ベル』 オーガ討伐
『見えざる者の願い』
『解放祭パランティア』
『希望の都フォーチュン=ベル』 商船護衛


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Y字の交差路


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『希望の都フォーチュン=ベル』 商船護衛

2018.06.21(15:58) 455

 風を纏う者たちは、海路でフォーチュン=ベルへと向かっていた。 
 彼の都で贔屓にしている『幸福の鐘亭』の名前で、シグルトたちに商船護衛の依頼があったのだ。

 最近西方諸国近海では、海賊による略奪が後を絶たない。
 近年の商業活発化から新しい海路による交易が盛んになった分、海賊たちも自分たちの狩り場を増やし、勢力を伸ばしているのだ。

 仲間たちが心地良さそうに潮風を楽しんでいる中、初めて商船に乗るというシグルトとロマンは、それぞれの理由で緊張気味である。
 
 海の無い北方の陸(おか)育ち(内陸出身者のこと)で、リューンへも陸路でやって来たシグルトは、海上を走る船舶に長期間乗ったことが無い。
 船酔いにこそならなかったが、逃げ場のない船の上で、しかも揺れる船の上での護衛という初めての任務に、頭を悩ませている。

「何時もより酷い仏頂面ね。

 貴方らしくないわ、シグルト」

 レベッカが軽く肩を叩くと、シグルトは大きな溜息を吐いた。

「そうも言ってられんさ。

 船という乗物は、兎角襲撃し易いものなんだ。
 海上故助けを求められないし、逃げ場も無い。

 護衛の任務を預かる以上、対策を考えねばならんが…正直お手上げだ。
 
 こんな危険な乗り物で、大量の物資を送るとは…いくら早いとはいえ理解できんよ」

 シグルトらしくない不満に、レベッカが苦笑する。

 このリーダーは、今までも愚痴一つ無く的確な戦術を立案し、特に護衛戦では大きな結果を残していたからである。
 例え困難なことであっても、最大の結果を出そうとする男なのだ。

「何がそんなに不満なのよ?

 海の上を風で走ってるから、敵が乗り込んでこない限り平気じゃない」

 レベッカの言葉に、シグルトは楽観的過ぎるとばかりに、首を横に振った。

「乗り込む目的がある海賊は、狙ってやって来るさ。
 マストと言う旗印まであるしな。
 
 構造上船というものは、防水のために油や塗料を塗り込んだ木材で出来ている。
 これほど火災に弱い乗り物など他に無いぞ。
 火災が起こったら、この海の真ん中で飛び込むしかない。

 仮に敵が強奪目的の海賊だったとして、燃やされる心配が無いとしよう…
 踏ん張りができない船上では技がぶれやすく、得物を海に落とせば紛失確実だ。
 重装などしていれば、海に落ちると助からない。

 装備を聞けば、この商船は速度向上による軽量化のため構造も脆く、戦闘用に必要な弩砲の類も無い。
 海戦用の投石機を用意しろとは言わんが、せめて矢窓に弩(いしゆみ)数機は欲しい。

 これを、海上装備もろくに無い俺たち五人だけで護衛しろと言うんだからな。
 
 俺たちは今、魔法以外に遠距離攻撃手段が無いんだ。
 一方的に敵の矢玉を受けることになるぞ。

 この船は中古船で、前の船を売って購入したものだという。
 武装はあらかた売ってしまったというんだから、呆れてものが言えない。 

 加え、お前やラムーナが乗ってることに対して、風当たりも強いだろう?
 迷信深い船乗りは女の乗務員を乗せることを、ことさら嫌う。
 船員の協力も、あまりあてに出来ない。

 最悪なことに俺は、海上戦の経験など皆無だぞ。
 船員にも海戦の経験がまるで無いらしい。
 水夫たちはほとんどが、海賊のいない入り江の巡航船の出だというし、今回の航海は初めての外海だという。
 外海での経験がある者たちも、聞けば護衛船がある船団に乗っていて一度も敵に襲われたことが無い。

 こんな急の仕事でなければ、海戦の知識と近海の潮の流れを調べておきたいところだ。

 俺が書物で読んで知っている戦術は、ガレー船用の古典的なもので、しかももっと大規模な武装船同士の戦闘を基準にしたものだからな。
 近代帆船による戦闘など、皆目見当がつかん。
 
 緊張するなと言う方が無理だな。 
 …悪条件極まりと言うことだ。

 この数日海が時化ていないということが、数少ない救いだよ」

 悪条件の中で、初めて乗る船に対し的確に観察して対策を講じようとしているシグルトに、レベッカは頭の下がる思いだった。
 実際、シグルトは船で余っている板を使って簡易の楯を作成している。
 射撃に対して、楯は最も効率の良い防御手段なのだ。

「とにかく火が最も怖い。

 火は風を受けて、上に向かって燃え広がって行くんだ。
 周りが水で囲まれているとはいえ、俺たちが乗っている部分は燃えやすい場所に浮かんでいて、海風という煽りまである。
 
 船のコックに聞いたんだが、火災予防のために、船が動いている時は火を使わないぐらい気をつけているらしい。
 あまりに不用心なので火災予防用の装備を増やすように具申したところ、〝護衛が余計な事を言うな〟と言いだす始末だ。
 
 武装に関しても、俺が作る楯にすら文句をつけるんだからな。
 守って貰う気があるのか、疑問だよ。
 
 こんなずさんな状態で護衛を雇うぐらいなら、中古の砲を一台備える方がよほどましだぞ。
 
 世話になっている『幸福の鐘亭」を通した頼みでなければ、と…愚痴ばかりこぼれるよ。
 
 この船の護衛は、今後受けるべきだはない。
 フォーチュン=ベルに到着したら、知り合いに情報を流しておこう。
 
 少なくとも、責任者があの分からず屋な馬鹿船長の間は、な」

 珍しいシグルトの愚痴である。
 
 シグルトの立てる戦術は、神経質とさえ思える堅実なものであるが、今まであてが外れたことはほとんど無い。
 結成して数か月のパーティが無類の強さを誇っているのは、シグルトの的確な戦術故なのだ。
 
 スピッキオが、気持は分かるとなだめた。

「まぁ、称賛を受けてばかりのお主も、時に人間と言うことじゃな。

 こんなに憤慨するとは思ってもみなかったぞ」

 スキッピオが場を慰めるかのように少しからかうと、シグルトは歯痒そうに唇を歪めた。

「対策が立てられないということは、万が一に死地に陥るということだ。

 何かを護るということは、護り切ってこそ意味がある。
 勝敗で言うなら、護れないことが敗北するということなんだ。

 俺は、共に戦うお前たちの命だって預かっている。
 皆に少しでも勝算のある戦い方をさせるのが、戦士でありパーティの代表を任された俺の仕事だ。

 思う様に出来ないのは、悔しいな…」
 
 リーダであるシグルトがそんな風に悩んでいる最中、ロマンは船乗りたちの態度に閉口していた。
 
 兎角、船乗りは迷信深く、ヒエラルキーや掟に煩い。
 女子供を一段下に見るし、体格的に肉体労働に向かない者は軽視される。

 女顔のロマンに至っては、衆道好みの船員に絡まれる始末。
 近海の諸国には【少年愛】という風習がある地方もあり、暖かい地方には裸の男性と少年が仲睦まじく寄り添い油の入った入れ物とスポンジが一緒に描かれた壺や壁画などが見つかる遺跡もある。油とスポンジは、スポーツで汗を流した男と少年が身体をそれで磨き合いながら戯れる官能の暗喩だ。

 先日乱杭歯の船員に後ろから忍び寄られて尻を触られそうになり、拒絶すると生意気と怒られるということが起きた。
 その船員は、シグルトが叩きのめしてくれたのだが。

 甲板に強かに叩きつけられた船員は船長に泣きつき、船員たちと“風を纏う者”との間で一触即発の状態になった。
 この船において、船員の方が護衛より格上であり、逆らったロマンや拳を振るったシグルトが悪いというのである。
 シグルトに装備の悪さを指摘され面白くなかった船長は、掟を持ち出してシグルトを海に放り込むと凄んだ。
  
 だがそこでスピッキオが船長を叱りつけた。

 生々しい話だが、修道院での同性愛も多い。
 スピッキオの所属していた修道院では、男性同士の恋愛であっても修行の妨げとなり、不潔な行為に及ぶこともあるとして、同性愛や少年愛を厳しく禁じていた。
 修道院の風紀を管理していた経験もあるスピッキオは、相手の同意も無いのに、いたいけな子供を手籠めにしようとすることがいかに罪深いか滔々と説教を始めたのである。

 海に関わる仕事の者は、聖北教会より聖海教会の信者が多い。
 その司祭の一喝は船員にも動揺を与え、船員とそれを擁護する船長の暴挙に船の中から多数の反対意見が出たのである。

(…迷信深いのが好いのか悪いのか分からないよね。

 話がまとまったから、よかったけどさ)

 結局、スピッキオの一声で事態は一応収拾した。

 シグルトは「もし仲間に手を出すようなら、次の港で降りる。契約はそちらが破ったと【冒険者の宿連盟】を通じて通達し、この船の護衛を受ける冒険者は一人もいなくなるだろう」と凄んだ。
 スピッキオもその意見を支持し、“風を纏う者”の総意として他の仲間も同意を示している。
 さらにレベッカが船長の耳元で「シグルトは貴族から紋章入りの感状を貰うほどの冒険者よ。彼をこんな理不尽な理由で海に沈めたりしたら、あなた方は全員吊るし首かもね」と囁いて、真っ青にさせていた。
 
 この一件で敵も出来たが、仲間を守ったシグルトに対して好意的な船員も多かった。
 
 レベッカが船の料理長を持っていた砂糖で懐柔していたことも働き、話は大きくならなかったのである。
 船での食事は、質が悪いと船員の反乱が起こるほどだ。
 こういう時、どこを抑えればいいか知っていたレベッカの作戦勝ちでもあった。


 躓きはあったものの、数日の船旅は瞬く間に過ぎて行った。

 海賊たちはまったく現れない。
 このまま何事も無く目的地に着くかもしれない…誰もがそう思っていた矢先である。

「…伝令!

 後方より海賊のものらしき小型船船影二つ!」

 気が弛み切っていた反動から、俄かに騒ぎ出す船員たち。
 戦闘装備の無いこの船では、無駄なことである。

「慌てるなっ!

 敵の射撃に備えて、俺が作っておいた楯を用意しろ。
 足りないなら、遮蔽物になるものの後ろに隠れるんだ。
 その時、頭は遮蔽物より一つ分は下げるんだぞ。
 矢は、弧を描いて上から降って来る。
 
 乗り込んでこようとした敵は、楯で体当たりして海に落せ。
 相手の体格がよくとも、二人がかりでやれば大丈夫だ。
 上半身を低くしてバランスを保っている奴は、下から頭を持ち上げて亀をひっくり返すように、だ。
 
 各自身を低く、敵船の突撃に備えるんだ。

 長物(長い柄武器)を持っている者は、敵が船に乗り込もうとした時に海に払い落せ。
 掛け板を転がすのでもいい。
 
 万一敵が火を使って来たなら、消火を最優先するんだぞ。
 火が燃え広がったら終わりだ。

 皆、肝を据えろっ!」

 シグルトが一喝して混乱を収拾する。
 鋭い指示に、船員たちは慌てて対応を始めた。

 その間にも船足の速い海賊船は、見る間に近づいてくる。

「スピッキオ、俺たちに守りの秘蹟を頼む。 
 ロマンは眠りの術で敵を眠らせ、後方から援護してくれ。
 レベッカとラムーナは、倒せる奴から対応しろ。
 術で寝た奴を海に落とすだけでもかまわん。

 スピッキオ、ロマン…妖精の術を掛けてやるからこっちに来い!
 レベッカは例の指輪の魔力で身を守ってくれ
 ラムーナは盾を活用だ」

 檄を飛ばし、精霊術で準備をするシグルト。
 横でスピッキオが【聖別の法】を使い、仲間たちに防御の加護を施していく。

 敵が矢を構えていることを確認したシグルトは、船の一つに向けて手をかざした。

「《トリアムール、敵船の帆を固定したマストのロープを切れ。

  あっちの船だっ!》」

 シグルトの精霊術で、風の精霊トリアムールが一隻の海賊船を足止めする。
 メインマストから帆を落とされた船が、速度を失い停止した。

 友軍を止められた反撃にと、もう一つの船が矢を浴びせて来た。
 しかし、楯による遮蔽で守りを固めていた商船の船員たちは、掠り傷程度の被害しか出ない。
 
「ぬぅ、危なかったわい」

 加護の術と妖精の護りによって、敵船から放たれた固定弩(バリスタ)の直撃を免れたスピッキオは、急作りの盾の後ろで冷や汗を流していた。
 巨大な太矢を受けた楯は粉微塵である。
 
 味方の傷が取るに足らないものと確認したシグルトは、ほっとしたように頷くと、敵が乗り込もうとする場所へと走って行った。

「いたた…」

 ロマンの逆腕が、破片で浅く傷つき血が滲んでいる。
 楯を用意していなければ、死者が出ていただろう。

 船同士が接舷することで衝撃が走り、シグルトは剣を甲板に突き立てて踏み留まった。
 見れば、すでに海賊の何人かが乗り込んでいる。

 スピッキオが杖で真先に飛び込んで来た指揮官らしき海賊を殴りつけ、トリアムールの風が近寄る海賊たちを打ちのめす。
 シグルトは、もう一人の指揮官らしき盗賊と切り結んだ。

 一方ロマンは二人の海賊に囲まれて牽制され、船の揺れに足を取られて転倒してしまう。
 
 防御しながら、ラムーナがそっちに駆けて援護に回った。

 敵の反撃でスピッキオが掠り傷を負うが、掛けた術で差し障りは無い。
 ロマンも、転倒したところを狙われるが、妖精の加護が働いて、避けた拍子に腰を打った程度である。

「フッ!」

 トリアムールの風でよろめいた手下の海賊野分を通り抜け、船に取りついた一人の海賊に斬りつけて、海に落とすシグルト。
 慣れない解錠での戦闘を意識し、バランスのくずれる技は極力使わない。

 その横で、海賊の指揮官が傷薬を使用して仲間を癒していた。

「ロマン、あの指揮官は厄介だ。

 眠りの呪文で足止めをしてくれ!」

 応じるように、ロマンが呪文を唱え始める。

「《…眠れっ!》」

 この呪文で三人の海賊が倒れる。

「ラムーナ、体勢を整えろ!

 起きてる奴から沈めて行くぞ!」

 シグルトの号令で、“風を纏う者”は一斉に動く。

「《…穿てっ!》」

 ロマンの呪文で【魔法の矢】が飛来すると、海賊の胸を打った。
 普通なら即死の攻撃を、その海賊は武器でブロックすることでどうにか耐えている。

「…ハァァっ!」

 ラムーナが、シグルトの前にいた指揮官を回し蹴りで吹き飛ばした。
 蜂の一撃の様に鋭いそれは、ラムーナの必殺技【連捷の蜂】である。

 レベッカが巧みなフェイントで、起きた海賊を翻弄していた。

 一人の海賊をシグルトが剣の鍔で殴って海に叩き落す。

「あと四人!」

 ラムーナが盾の重さを利用した体当たりでもう一人の海賊を船べりに追いやった。

「《張り巡らすは白蜘(はくち)の楼閣(ろうかく)、呪詛が羅網(らもう)で絡み捕らえよ》

 《縛れ!》」

 ここでロマンがブロイの屋敷で手に入れた呪文【蜘蛛の糸】を使い、眠っている指揮官の海賊の一人を床に縛り付けた。

「セェヤァアアアッ!」

 ラムーナが大きく跳躍してくるりと一転、海賊の一人を海に蹴り落とした。
 盛大な水飛沫を上げて海賊は水没する。

「キョエアアアアアァァ!!!」

 魂消る突然の奇声に、皆がそちらを向いた。

 レベッカが縛り付けられた海賊の股間を踏み砕き、痛みに悲鳴を上げて目が覚めたところを、シグルトの振るった鉄塊ともいうべき剣が気絶させている。
 ある意味、慈悲であった。

(え、えぐい…)

 一同は砕け散るナッツを幻視した。
 思わず「ヒュッ」とうなるロマン。

 周囲にいた男たちの多くは皆、「ヒュンッ」と身震いし、やや前屈みの内股になった。
 自分のことではないのに、皆痛そうな顔である

 次に放たれた【眠りの雲】が大勢を決していた。

 瀕死の海賊一人はシグルトが止めを刺し、ラムーナとスピッキオが眠ったもう一人の海賊指揮官をぼこぼこにしてロマンの【魔法の矢】が止めを刺していた。


「ああ、もうっ!

 なんてタフな連中なのよっ!!」

 苛々したレベッカが、汚いものを落とすように靴裏を甲板に擦り付けている。
 それを見る船員の目が恐怖で泳いでいた。

 戦いは若干眺めになったが、乱戦ともなれば指揮能力の高いシグルトのいる“風を纏う者”が圧倒的に強かった。

 バランスの悪い船上は、平衡感覚に優れたラムーナの独壇場である。
 闘舞術【連捷の蜂】で勢いづいた後は、切り合う端から海賊を押しやって優勢に持ち込んでいた。
 
 最後の海賊がロマンの魔法で海に吹き飛ばされるところを確認したラムーナは、船縁を蹴って一転、ふわりと甲板に着地する。

 “風を纏う者”は軽傷を負う者もいたが、スピッキオの守護の秘蹟の効果が切れる寸前、治癒の秘跡無しで海賊を撃退することに成功していた。

 見れば、先ほどマストを落としたもう一隻が、慌てて去っていくところだった。

 商船の船員たちは、“風を纏う者”の勝利に歓声を上げ、海賊たちの残した渡し板を海に落とし、船上で気絶した海賊たちを拘束する。

「どうにか勝ったな」

 仲間に怪我人が出たことに対し、シグルトは不満顔だったが、仲間の健闘を褒めることは忘れない。

 この襲撃は、“風を纏う者”の実力を証明するきっかけとなった。
 船員には軽傷者が数人出ただけで済み、船の損傷も簡単な修繕で十分なレベルである。

 取り巻きと身を隠していた船長は、戦いが終わると現れて、船の受けた被害をあげつらって報酬の減額を求める暴挙に出た。
 あまりの浅ましさに、“風を纏う者”と一緒に戦った船員たちの方が激昂し、船長はたちまち袋叩きにされてしまった。

 このことが原因で横暴だった船長は無能の烙印を押されて船倉に放りこまれ、副船長をしていた若い男が船の指揮を執ることになった。

 解任された船長は反乱を起こして今の地位に就いた男であり、今までの悪行が祟って擁護してくれる者は誰もいない。
 彼は船長として一番大切な公平さを欠き、取り巻きばかり大切にしたからだ。

 船乗りは地上よりも迷信的だが、同時に民主的で結果を大切にするコミュニティを形成しているのである。

 
 それから数日は平穏であった。

 中継地である小さな港を経由し、商船は順調にフォーチュン=ベルに向かっていた。
 海鳥の声を聞きながら、“風を纏う者”も充実した航海を続けている。

 新しい船長はシグルトの意見に従い、雨水を溜める防火水槽とその中に虫が涌かなくするための薬草を船に常備することに決めた。

 水に湧くボウフラは蚊の幼虫だ。瘧(おこり)…マラリアを媒介する。
 腐った水で食あたりを起こせば、下痢によって貴重な水分を失うことになるのだ。

 海で水が少なくなった時、倍の水に海水を混ぜたものが普通に飲める…ただし煮沸はした方がいいと、ロマンが豆知識を話している。
 この方法は簡易の経口補水液を作る様なもので、シグルトがアフマドから聞いたものをロマンに教えたものだ。
 水を失った時最も頼りになるのは、新鮮な水を生成できる水の精霊術師だな、とシグルトが苦笑した。

 “風を纏う者”のアドバイスに耳を傾けながら、新船長はいくつか弓を買い求め、捕鯨用の中古品を改造した固定弩も、後々購入する予定らしい。
 中継地で海賊と一緒に下ろされた前の船長はかなり金を貯め込んでおり、それを使えば装備の充実は一通り出来そうだという話だ。
 
 シグルトは「俺も船上での戦闘はこの間のが初めてだったんだがな」と言いつつ、求められて基本的な戦術を船員たちに手ほどきしていた。
 彼が基本とした戦術は、南海で数百年前に勃発したアレトゥーザとフォルトゥーナの戦役を参考としている。

 当時の戦闘は、船に積んだ石を投石器(カタパルト)で投げ合う乱暴なものであった。
 海戦では、船同士が接近して戦うのは最後の手段だ。

 相手の装備を奪うことを目的としていた戦い方もあり、有限の矢玉で敵戦力を削いで突入し、矢玉を補給しつつ次を攻めるのである。
 遠距離攻撃による初撃が重要であり、それを防御する手段が肝要だとシグルトは教えていた。

 紐を使って作成できる簡易の投石紐(スリング)の作り方も伝えた。
 慣熟に時間がかかるため、木の的を作って、娯楽代わりに船上で石当ての鍛錬をするように提案する。
 金のかからないこの申し出はとても歓迎された。
 
 敵の矢に対して絶大な効果を発揮した楯は、もう少し改良が加えられて、船員全員分が用意されている。

 舞う様に海賊を叩きのめしたラムーナは、船員たちに【幸運の乙女】だと持て囃される様になっていた。
 お調子者のラムーナはそれが嬉しいのか、得意のダンスを披露して今やすっかり人気者だ。
 最近はふっくらとした身体の線も見え始め、魅力的になって来た少女である。

 船旅は娯楽が少ないため、舞踏のような芸は好評だった。

 一方、船員を賭け事に引っかけ、レベッカは小金代わりにこの海域の貴重な情報を入手していた。
 同時に夜に飲むための酒も、しっかり調達している。

 ロマンは文盲の船員に文字を教えてくれと請われて、教師気取りだ。
 毒舌入り混じる厳しい指導も、彼の美しい顔見たさに集まる船員たちのおかげで大盛況だった。

 スキッピオの方は布教に励んでいる。
 新たに聖海の洗礼を受けたいという者が三人出て、スキッピオは彼らの洗礼名を考えることに夢中になっていた。

 前半の船旅に比べて、“風を纏う者”には船旅を楽しむ余裕が生まれていた。


 そして、後一日で目的地と言うところまで来た時である。
 
 見張りの甲高い声が、甲板を震わせた。

「後方より、大型船接近!」

 一同に緊張が走り、シグルトがすぐに警戒と武装を命令して、新船長の元に駆けつけた。
 
「こちらの方が小さいはずだ…振り切れんのか?!」

 船長の言葉に、青ざめた操舵士は首を横に振る。

「無理です…信じられない速度で追って来ます。

 逆風でこの速度。
 とても普通の船とは…」

 シグルトが大型船の帆を見上げ、困ったように息を吐く。

「あれはいくらなんでも船足が速過ぎる。
 風下なのに順風満帆の如し…十中八九風を起こす術を使っているな。
 風の魔法にはこういう使い方もあったか。
 
 あの規模の船を高速移動させる風だと…ロマン、勢いが付いてるから今更風や帆をどうにかしても止めるのは無理か?」
 
 常ならぬ力で走って来る大型船は、とてもではないが止められそうにないと、即座に計算したロマンも請け負う。
 自重のある船は、走り出すとすぐに止まれないのだ。

「風を操る海賊船だって?

 もしかして“蒼き疾風”のジャドか」

 新船長は絶望的な表情で、噂に聞いていたというその名を口にした。

「マジ?
 厄介な奴ね…
 
 この近郊じゃ一番知られてる奴らじゃない」

 レベッカが名前に反応する。
 情報に通じたレベッカは、すでに航路に出没する海賊の構成を把握していた。
 
 船という乗物は兎角金がかかる。
 食糧、水、修理費用の資材…
 必ずそれらを補給するために、最寄りの港を持つのだ。

 海賊は、船の形状や海賊団の気質にあった航路…縄張りを持っている。
 一回の出港で確実に略奪を成功させ、消耗品を補給するための資金や資材そのものを奪うためだ。

 必然、良く寄る補給場所やその航路から、情報が割れてくる。

 “蒼き疾風”とは、海賊団の首魁の二つ名であり、海賊団そのものの名前でもある。
 今通っている海域では、最強の誉れ高き海賊であった。

 彼らが有名なのは、強さもあるが、その略奪の巧みさにあるのだ。
 
 まず、船足の速さで逃げ切れた船は無い。
 海賊団を構成するメンバーは猛者揃いで知られていた。
 彼らが海賊退治のために出向したフォーチュン=ベルの軍船を沈めたという話もあるほどだ。

 略奪は根こそぎではなく、また商売を始められる程度には物資を残す。
 そうすることで、次の獲物として戻って来る可能性があるからだ。
 これは「小魚は釣っても海に戻す」という、海賊なりのリサイクルなのだ。 

 さらには、無力な女子供や老人は殺さず、無意味な殺戮もしない。
 義賊に近い矜持を持っていると聞いている。
 仲間想いで部下を大切にする首魁ジャドは、同系列の海賊が敗れた場合、面子を潰されたとして報復に出ることも多いという。

 所謂、義侠心の強い海賊であり、生き残って彼らの名を広めた者が多いのである。

 この海賊団が優れた実力で成功を続けたからこそ、伝わった話であった。

 商船の一同が苦い雰囲気にある中、まだ距離もあると言うのに敵船から大声が聞こえて来た。

「ハァ~ハァッハッ!!

 この間は、よくもうちの子分を可愛がってくれやがったな。

 久しぶりに骨のある獲物のようだぜ。
 今ぁそのツラ見に行ってやるから、小便ちびりながら待っていなっ!!」

 それは、大型船の船先に立った逞しい白髪の男である。
 顔の傷痕が、その男を一層凶悪に見せていた。
 
 脇に二人の部下を従え、威風堂々と立つ姿に、商船の船員たちは一気に士気を失った様だ。

「うわ、人相書通りだわ。

 最悪ね」

 レベッカが眉をしかめて相手を観察している。

 シグルトは今可能な対応策を検討し、知恵袋であるロマンに質問をした。

「…ロマン、あの船を風の精霊術で揺すってやるには、どの辺を狙えばいい?」

 シグルトの意図に気付き、ロマンは苦笑しながら計算する。

「無茶言うね…

 そうだね、やっぱりメインマストの帆に大きな大きな横風かな?
 この速度だと、下から吹き上げるようにこのぐらい。

 梃の原理と、向かってくるための力でぐらっと揺らせるよ。
 まあ、あの船体の場合は一回が限度だと思うけど、シグルトの精霊術ならあの高さでも大丈夫だよね。
 
 あそこに昇ってる見張りの、一人分下、マストを繋いでいるフックみたいなのがあるあたりに、角度をつけて下から刺す様に横風をぶつければ…」

 ロマンの言葉に頷き、シグルトは精霊に呼びかけ始めた。
 仲間に支援を求めつつ、妖精の術をロマンとスキッピオに施す。
 
「攻撃した後に、射撃で応酬があるぞ。
 
 皆楯か、厚めの遮蔽物の後ろに隠れてるんだ」

 スピッキオが仲間たちに護りの術を掛け、終えてもらったシグルトは、トリアムールを召喚しその身に宿す。

「…どうぉした?

 怖気付きやがったか、腰抜けどもっ!!」

 首魁である白髪の海賊が、恫喝するように大声を上げる。
 シグルトは、敵が好奇心から船に乗りだしてこちらを見ようとした瞬間、絶妙なタイミングでトリアムールの起こした突風を敵船の帆に叩きつけた。

 揺れは小さかったが、身を乗り出していた者たちにとっては堪らない。
 特に船に慣れた海賊たちは、「ありえない揺れ」に対しとても無防備だった。

 数人の海賊が悲鳴を上げながら海に落ちて行く。

「おぅわっ!
 糞、小賢しい真似しやがってっ!!

 野郎ども、衝角(ラム)で突撃しろっ!
 あの細っこいどてっ腹に、風穴開けてやれ!!」

 物騒なことを言っている海賊の首魁。
 シグルトは新船長に命じる。

「あの速度だ、完全には避け切れない。
 船首を曲げて直撃しないように、衝撃を流せ。
 
 相手はまっすぐ向かって来ることが分かってるんだ。
 何とか出来る!」

 新船長はシグルトの言葉に肝を据えたらしく、間一髪のタイミングで舵を切った。

 敵船の舳先を間一髪で躱し、船の横腹が擦れ合う。
 摩擦による焦げ臭い臭い…凄まじい衝撃に、周囲全ての者の頭が揺さぶられた。

「…敵が撃ってくるぞ!

 楯構え~」

 シグルトの号令と同時に、敵が矢を放ってくる。

「…畜生っ!

 掠ったわ」

 持っていた即席の楯が貫かれ、レベッカとシグルトは軽傷を負っていた。
 反撃にレベッカが、拾った弓で海賊の一人を射落とす。

 商船側の被害は少ない。

「この女ぁ…

 サザーラード、アザレア、行くぜっ!!」
 
 接舷の瞬間、あろうことか首魁と幹部二人が、商船に飛び移って来た。

「はぁっ~はっはっ!
 見参つかまつったぜっ!!

 俺の名はジャド・ヴァイスマン。
 人呼んで、“蒼き疾風”のジャドよっ!!!」

 白髪の首魁は口端を歪めて大笑しながら、詰まれた商船のマストをクッション代わりに蹴って船に着地した。
 駆け寄るとともに、シグルトが名乗り返す。

「俺は冒険者“風を纏う者”のシグルト。

 此処からは剣で応えようっ!」

 互いに交差して一合。
 振るわれた得物同士が火花を散らした。

 シグルトの苛烈な挨拶に、ジャドは感極まった様に身体を震わせる。

「~~~けぇっ!!!

 面白そうな奴が出て来たじゃねぇかっ!
 こうでなくっちゃ、楽しめねぇ。

 やっちまえ、野郎どもっ!!!」

 ジャドの号令に、一緒にやって来た幹部たちが頷いて応じた。
 
 ラムーナが【連捷の蜂】をアザレアという女海賊に仕掛けるが、技量の違いから回避されてしまう。
 返す刀ででラムーナが軽く傷を負うが、堅牢な加護が致命傷を許さない。

 その簡、ロマンとスピッキオがそれぞれ呪文と秘蹟を準備にかかる。

「ッ!」

 ラムーナの作った隙をついてレベッカがアザレアに交差攻撃を仕掛け、軽く手傷を負わせた。
 女海賊は流れる血を指にとって舐め、挑戦的に目を吊り上げて持ったサーベルをくるくると回転させた。
 小賢しい、と言うように。

 その近くでシグルトがトリアムールの起こす突風をジャドに叩きつけ、勢いに乗って斬りかかった。

「ぬぉおおっ!
 
 てめぇ、魔法剣士かっ!」

 突風からの鋭い攻撃で完全に守勢に追いやられたジャドが、背面から放たれたラムーナの連撃をかわしながら驚きに目を剥いた。

 ザザーラードがカットラスを振るってスピッキオに強力な技を仕掛けるが、スピッキオは何とかそれに耐える。

「なっ!耐えきった、だと?

 聖海の守りの秘蹟かっ!」」

 僧服で明らかに戦闘は専門家に見えないスピッキオが、自分の秘剣を、甲冑で弾き返しすように耐え切った。
 海に関わる稼業のサザーラードは、軽装で戦う海戦において、防御力を増す秘蹟がいかに絶大な効果をもたらすか知っている。

(まずい、そこいらのにわか護衛じゃない…)

 冷や汗が海賊幹部の頬を伝う。

「畜生、なんだこいつらは?

 その辺の冒険者とは段違いじゃないのさっ!」

 最初は余裕があったアザレアだが、“風を纏う者”の軽妙な連携で有効打が全く与えられないと知ると、文句を言いながら魔法を唱えて仲間の支援を行う。
 仲間に技を出しやすくするための呪文だ。

「《…眠れ!》」

 ロマンの魔法でサザーラードが微睡み、膝を折った。
 支援効果が発揮される前に足止めするのは、戦術の一つである。

「ラムーナ、そいつは起こすな。

 先にこっちの二人を沈めるぞ!!」

 ジャドと切り合いをしながら動きを抑え、シグルトは次々に命令を出す。

 長い船旅で船上で剣を振る時のコツをつかんだシグルトは、武器が壊れないという利点を生かして〈受け止められることが前提〉の攻撃を仕掛けていた。
 足を踏みしめられないタイミングの時、相手の剣と自分の剣がぶつかる状態まで〈足場代わり〉に利用しているのだ。

 受けるジャドにしてみれば、これでは防御しかできない。
 力を抜いていなそうとすれば、途端に鍔や柄で殴ってくるシグルトだ。
 避けようとした時反撃の肘が頬をかすめ、擦過の熱さに海賊の首領は高揚でにんまりとする。

 一方、アザレアを狙ったラムーナの【連捷の蜂】はまたもかわされるが、側面からロマンの【魔法の矢】が突き刺さって追い詰めていった。

「――ちぃいいいい!!!!」

 アザレアはレベッカ、ロマン、ラムーナによってかかって集中攻撃を受けてすでに息が乱れている。
 これではまともに呪文を唱えられない。

「…イヤァアアアアアッ!!!」

 ラムーナは、今度は技を回避されることを見越していた。
 レベッカに目配せをして、その場から大きく飛翔すると飛び掛かるようにアザレアの肩を斬る。
 激痛によろめいたアザレアは、連携で襲い掛かったレベッカの飛び蹴りを避けることができなかった。

「…格闘は専門外なんだけどね」

 身軽に着地しウインクしたレベッカの前で、大きな水飛沫が上がる。

 シグルトは重く堅実に攻撃を繰り返し、完全にジャドをその場に縛り付けていた。
 剛腕から振り下ろされる剣を受け続けたことで、ジャドの持つ大剣に歪みが生じ始めている。

 勢いづいている仲間の陰で、悠々とスピッキオが傷ついた自身を【癒身の法】で癒し、立ち直った。

「アザレアッ!

 この、女狐がぁああ!!!!」

 仲間を倒されたことに怒り狂ったジャドが、シグルトの斬撃を食らいながらも攻撃権から飛び出す。
 そこから飛翔して回転しながら炎を纏い、ロマンから放たれた魔法に耐えきってレベッカに斬り込んで来た。
 フォーチュン=ベルの英雄が得意としていた剣技、【獅吼斬】である。

 爆音とともにレベッカが吹っ飛んだ。
 だが、必殺の攻撃もスピッキオの秘蹟でかなりダメージを軽減されていたようだった。

 服を焦がす炎を叩いて消したレベッカは血反吐を吐き捨てると、追撃を警戒して姿隠しの指輪【シャイ・リング】を使用し姿を消す。

「あ、このアマ、どこ行きやがった!」

 ジャドが唾を吐いて怒鳴る横で、ロマンが呪文を完成させる。

「《…穿て!》」

 剣を前にかざして【魔法の矢】を防ぐジャドだが、シグルトの剛力を受け続けていた大剣の柄が終に砕け散った。

「な、なんだとうぅ!?」

 食らった衝撃の余波で、ついに膝を折る。

「はっ!」

 【アロンダイト】の柄頭が、頭一つ下がったジャドの頬骨を殴打した。
 目の焦点を失った海賊の首領は、派手に吹き飛んで甲板にあった空の樽を粉砕する。
 見事なノックアウトである。

 そして、立ったまま眠りの呪文でぼんやりしているサザーラードに目標を変えた。

 スピッキオが姿を現したレベッカに癒しを施す。

 恐ろしいほどの連携。

 長い間シグルトの優れた戦闘指揮を受けて戦っていた“風を纏う者”は、呼吸を合わせてフォローし合う時のパーティの強さというものを肌で感じていた。
 本来は、連携を構築する技量も経験も仲間同士の信頼も獲得できずに、多くの冒険者は命を落とすか辞めていく。
 
 レベッカは、自分が見込んで仲間になったパーティの強さ再確認して、高揚に一度身をブルリ、と振るわせる。
 これが武者震いというものだろうか。

 目前ではラムーナが【連捷の蜂】で攻撃を開始し、ひたすら連続の大技を繰り返す流れに入っていた。
 覚醒したサザーラードは五人に囲まれ、防戦一方である。

(は、反撃ができないっ!)

 二発目の【連捷の蜂】とシグルトの剣を段平で受けて、何とか攻撃をかわそうと防御に専念する。
 
「《…縛れ!》」

 攻撃を回避することに専念していたサザーラードは、ロマンが準備していた呪文に反応することができなかった。
 【蜘蛛の糸】によって雁字搦めになった海賊は、容赦なく海に蹴り落とされた。

 …彼は知らないが、ナッツを砕かれなかっただけましである。
 
「…今畜生っ!」

 見ればもう目が覚めたジャドが、大型船に垂らされたロープに飛び移っていた。

 ジャドは後ろに跳ぶことで、シグルトの一閃の威力を殺したのだろう。
 無残に柄が砕けた大剣を抱え、火を噴く様な目で商船を睨むジャド。

 その下でサザーラードも、部下に糸を切ってもらってようやく海賊船に取り付き、救出用に垂らされたロープにしがみ付く。

「…雑魚を釣るつもりが、鯱を怒らせちまったぜ。

 おう野郎ども。
 生きてる奴ぁ、海から引き上げてやれ。

 “風を纏う者”のシグルトだったな?
 今回は俺らの負けにしてやらぁ。
 
 けどよ、次にこの海域を通るときゃ、覚悟しやがれっ!!!」

 捨て台詞を残して、ジャドたち海賊は気持好いほどあっさりと逃げて行った。
 撤退も疾風の如し、三倍以上の速度である。

「深追いするな!
 まず被害を確認しろっ!

 怪我人がいたら、重傷者からスピッキオに癒してもらえ。

 …俺たちの勝利だ。
 よくやったぞ、皆」

 シグルトが一度周囲の気を引き締めてから、笑みを作り剣を掲げて勝鬨を上げる。
 船員たちが一斉に歓声を上げた。

「ぜぇ、はぁ。

 なんつう逃げ足の速さ…」
 
 敵の牽制に、奇襲にと、動きまわっていたレベッカが荒い息を整えようとしていた。

「…この程度の被害なら、航行に問題は無さそうだ。

 よし、負傷者を手当てしつつ、航路を戻そう」

 シグルトは、倒れた船員を助けながら矢継ぎ早に命令を出す。

 船員たちは、強大な海賊を少ない被害で追い返した“風を纏う者”を、崇めるように見つめ、嬉々としてその命令に従うのだった。


 次の日。
 船を降りてフォーチュン=ベルに到着した“風を纏う者”は、『幸福の鐘亭』に立ち寄り、報酬を受け取ることが出来た。
 
 無理な仕事を頼んだことに宿の女主人であるメイフィールドが、すまなそうに酒を奢ってくれた。
 
「女将さん。

 今度からは、依頼主を選んだほうがいい」

 自分たちを頼ってくれるのは嬉しいが、人によっては仕事を受けないのが冒険者だと、シグルトは強い口調で釘を刺した。

「依頼主の元船長さんは、うちの常連だったんです。

 一番の冒険者を紹介しろというので、有名な貴方たちの名前を出して、紹介状を書くと言ったんですが…
 次の朝使いを寄こして銀貨二百枚を置いていき、勝手に契約したぞって。

 貴方たち“風を纏う者”を雇うなら、いくらなんでもこのお金では無理だと言ったんですが、まさか受けて下さるなんて。 
 新しい船長さんは貴方たちのことをとても評価していらっしゃいました。
 
 私も“蒼き疾風”のジャドの噂ぐらい知っています。
 
 …本当に銀貨五百枚でよろしいんですか?」

 二回も海賊を退け、この海域で最強の海賊を追い払った“風を纏う者”に、新船長や船員たちはいたく感動した様子で、報酬をかなり増やしてくれた。
 しかし、船に被害をだしたからと、全部は受け取らなかったのだ。

「こちらが誠意を見せなければ、依頼人に誠意を求めることは出来ないだろう。

 臭い話かもしれんが、〈実績〉と〈信用〉こそ資産になりうるからな」

 これは、“風を纏う者”が属す『小さき希望亭』の基本方針である。
 無法者扱いされる冒険者だからこそ、他人の数倍誠意を見せるのが大切だと、宿の主ギュスターヴは言う。

 こういった真摯な姿と、名のある海賊を退けたことで、“風を纏う者”の名は鰻昇りだった。
 
 だが、シグルトの表情は暗いままだ。
 生還は喜ぶべきだが、妥協を覚えれば仕事が雑になるからと、自己評価は何時も辛い。

「とりあえず、今日はもう休もう。

 慣れない船旅で、疲れたよ」

 早々にシグルトは部屋に籠ってしまった。


 部屋に入ると、シグルトは大きく息を吐き、ベットに倒れ伏す。
 
(力技を使い過ぎたな。

 【刹那の閃き】は、使う余裕がなかった。
 この技は威力も鋭さも優れているが、今の俺の身体ではそう連発出来ない)

 バランスの悪い船の上で緊張しながら戦ったシグルトの身体は、思わぬダメージを受けていた。
 踵の腱が上手く動かないのに、シグルトは無茶をして踏ん張り戦い続けたのだ。
 
 そうしなければ“風を纏う者”の中に死者が出ていた。
 だから後悔は無い。

 先日から微熱が続き、軽い吐き気を覚えている。
 その不調は後輩の教導も含め、身体を動かし続けた代償であった。

(急を要したとはいえ、身体が整わない状態で新しい剣技を使うなど自殺行為だな。

 今後は気をつけねば)

 呼吸を整え、身体をもみほぐしていると、ラムーナが部屋に入って来た。
 心配そうな顔である。

「大丈夫?

 顔色が悪いよ、シグルト」

 この娘は勘が鋭い。
 異変があると、真っ先に気が付いたのだろう。

 安心させようと、シグルトは何時もの様に苦笑して見せた。

「少し悪い足場で、慣れない戦いをしたからな。
 船を降りてしばらく経つのに、今でも足場がふわふわして落ち着かん。

 何、陸で休めばそのうち回復する。

 ラムーナも、ああいう派手な技を連発した後は、筋を整えておけよ」

 シグルトの忠告に、素直に頷くラムーナ。

「そう言えば、随分姿勢が直ったな。 
 パーティを組んだ頃は酷い猫背だったが。

 お前の師匠は、姿勢が技の根であることをちゃんと知ってるらしい。
 まだ右肩に歪みがあるから、それは真っ直ぐな塀にでもぶら下がって伸ばしておけ。
 あれは、腕力の良い鍛錬にもなる。

 お前ぐらいの年なら、姿勢はすぐ直せるさ」

 シグルトの強さは、こういった生理学も基本としている。

 そもそも武人は医術に明るいべきなのだ。
 怪我を自分で治せるし、体の壊し方を知るために治す方法を知るのは理にかなっている。

 身体の動きをコントロールすることもまた然りである。

「シグルトって姿勢は綺麗だけど、技が強過ぎて間接痛めてるよね?

 無茶しちゃだめだよ」

 手に水桶を用意し、手際よく湿布を作ってくれる。
 同じ戦士だからこそ、シグルトの身体について一番分かってくれるのもラムーナだった。

「…ああ。
 こうやって休むのも、たまにはいいな。

 ここしばらく、張り詰めてばかりだった」

 そんな事を話しながら、シグルトは今後どうすべきかを考えていた。


 翌日、ゆっくり休んだ“風を纏う者”は『幸福の鐘亭』で朝食を採っていた。

「皆、聞いてくれ。

 俺たちはここ数日働き通しだった。
 だから、少し休日を兼ねて別行動を取らないか?

 俺は武器をブレッゼンに預けて、しばらく剣術修行をしたいと思ってる。
 娘さんに貰った新しい剣術書だが、慣熟するにはどうしても専門家から剣の基礎を学び直したい。
 先輩冒険者から学んだ剣術は我流で、技も荒っぽくて考えさせられるものがあってな。

 独学では限界もあるのだろう。
 少し専門家の意見を聞いて、今後にあの技を使っていけるか検討したいと思う。

 昨日レベッカとも話したんだが、今のところは財政的余裕も少しはありそうだし、な」

 シグルトの提案に、レベッカが続ける。

「いったん解散すれば、それを理由に仕事を断れるでしょ?
 仲間で揃ってると頼られちゃうからね。

 前にも話題になってた案件で、互いの技術強化すべきだとみんな考えてたじゃない。

 私もアレトゥーザの馴染みに頼んで、昔使ってた技の勘を取り戻したいと思ってる。
 どうかしら?」

 ラムーナが頷く。

「私、攻撃以外に防御の技が学びたい。
 大技を使うと、どうしても隙が出来てしまうから。

 もしここで別れるなら、レベッカと一緒にアレトゥーザに行って、アデイ先生を訪ねようと思う」

 スキッピオがそれならば、と同行を申し出た。

「わしも、仲間全てに及ぶ回復の術を学ぶべきじゃと思っておる。
 あれだけの戦いが続いて思ったんじゃが…何時も生傷が絶えんからの。

 アレトゥーザは西方の聖海教会で秘蹟を学ぶには、一番良い場所じゃ。

 レベッカたちと一緒に行くかの」

 最後にロマンが自分の意見を述べた。

「僕は、特に今学びたい技術は無いかな。
 【蜘蛛の糸】を貰ったばかりだしね。
 
 そういうことなら、このフォーチュン=ベルで、少し薬学の勉強をしているよ。
 手持ちの薬を調合すればもっといいものが出来るし、持ってる薬品類預かってもいい?」

 一同の意見がまとまり、シグルトたちは一月後にアレトゥーザで再会する約束をして、解散することになった。

「そうね。
 当座の資金として、シグルトとロマンにはそれぞれ銀貨二千四百枚分のお金を渡すわ。
 今護衛の報酬も含めてうちの財産は銀貨一万二千枚で、ちょうど五分の一。
 無駄遣いしたら〈捻り潰す〉から、大切に使ってね。

 あと、シグルトにはブレッゼンへの手土産の葡萄酒一本と剣の代金代わりに、鉱石を二つ。
 ロマンには薬類を全部預けておくわ。
 活用して頂戴。

 他はみんなアレトゥーザ行きだから、残りの資金は共有でもいいわよね?」

 一同レベッカの会計っぷりに笑みを浮かべつつ了承する。

 こうして“風を纏う者”は一月後の再会を約束すると、解散してそれぞれの目的地へと旅立つのだった。

⇒『希望の都フォーチュン=ベル』 商船護衛の続きを読む

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『野伏の教え』 テストプレイのお願い

2018.06.21(01:10) 435

 『野伏の教え』、とりあえずβ版テストから、通常公開とします。
 リプレイや普通に遊ぶにはこのままでも大丈夫かと思われます。
 モチベーションが戻ったら、追加要素があるかもしれません。

◇更新履歴
2018/01/18 Ver0.10  とりあえずβテスト版完成。
2018/01/19 Ver0.11  バグ修正、誤字修正等。
           ;弓矢インターバルの点数違い修正。
           【矢造り道具】の誤字修正。
           モコイさん、バグ報告有難う御座います。
           一部販売物で別の品物が配られるバグ修正。
           弓と特殊矢の行動制限を整理。
      Ver0.11´ 著作情報でのりしろさんのURLアドレスが間違っていました。
           申し訳なく。
2018/01/20 Ver0.12 【火達磨】の著作情報が抜けていました。すみません。
2018/06/21 Ver0.13 【火烈箭】【火達磨】の修正。炎属性の毒による消耗に変更。
           イベントによるダメージで起きる行動不能時のバグが起きないように処置。
さすらい人さん、御報告有難う御座いました。 


◎以下過去の記事
 以前から言っていた野伏(レンジャーもの)のシナリオ、β版ができましたのでテストを始めたいと思います。

 今回導入した違う矢をキーコードで撃てたり、自分用の矢を自作できるシステムは、私自身も結構前(2008年の11月頃に騒いでた記憶が…)から作れるかもと言ってたものでして、もしかしたら同様のシステムがすでにあるかもしれません。しばらくネット隠者やってましたので、その浦島太郎状態に免じて、同様の先達のシナリオなどがあれば教えていただきたく思います。
 私自体は連射性の制限とか、弓の音とか、矢の超過装備表現とか、結構画期的な内容も盛り込んで見たつもりなのですが、「そんなもの古臭い!」とか「それパクリじゃね?」と思われるのでしたら、是非古いと感じる…あるいはパクリもとになってるよという事例を紹介していただければとてもうれしく思います。
 膨大のネットの海から事例を探し出すのは、頭がパープーでバグ製造機な私にはとても大変でして、「これ知ってるよね?」みたいなことでも意外と知らなかったりします。子供に教えるつもりで情報提供して下されば幸いです。

 現在なぜβなのかというと、意見をもらいながら検討したい内容もありまして。

 ざっとバグ取りして、最近活動で知り合った方にも虫取りをお願いしたりしていくらか虫退治はしたのですが、このシナリオ作ってる時に分岐ツリーの多さに、DHAと甘いものを補給しながら頭から煙を吹いてたうっかりY2つのこと…逃した虫はけっこういるかもしれません。その時は遠慮なく教えてくださいね。できるだけ早く対応するつもりです。

 あと12品ぐらい商品追加を考えていたりもしますし、使いやすく新しいレンジャーに関したシステム構築に御意見をいただければと思います。

 私はデフォルトで、パッとプレイではあんまり難しいことが無く、職業称号はフレーバー程度(自称・他称・雰囲気・職業意識的なロール)で精霊術師のようにマイナス要素が無い分、できることや特典も目立つほどではなく、能力はスキルや能力値、揃えるアイテム(アイテムも、らしい装備という意味で職業意識の一つだと思っています。剣士が持つ剣のようなものですね)によるところが多いとしてシナリオの内容を組み立てています。

 付属テキストには先達のシステムにモノ申すところもあり、それが生意気な行為であるかもとも思いつつ、現状のかなり恵まれたシステム状況(公式はVer1.50主流ですね。先端エンジン3つで遊べるようにVer1.50のシステムのみで構築したいので、NEXTやPyのシステムは除外してお考えください)前提で新たにレンジャーシナリオを作るとしたら、この青写真的なβ版からどのように組み立てて行ったらいいのか、幅広い御意見をいただければと思います。

 今回も導入している行動制限のシステムは独特ではあるものの、「プレイヤーがそういった制限を楽しむ」ためのもので、使っているうちに何となくなれればそれほど厳しいものでは無いと思っています。
 それにアイテムにおける制限は、アイテムというカードワースでは一部の方に使用を忌避されてきたツールには必要なことだとも思うのです。支払う対価があるからこそ、使っている実感も沸くのではないかということで、Y2つはある程度の有コストとコストバランス、制限を付けることにこだわっています。
 使用回数やコストが無いと、「片端から試せばいいや」になってしまうわけでして。

 そんなことも頭の隅っこにおいていただきながら、御意見をいただければ幸いです。


 このシナリオでテストしてほしいことは、

・バグ・誤字の発見
・バランスや効果に関する御意見
・テキストの誤字脱字(付属テキストも含めて)
・やった感じの違和感・不快感なども合わせた御意見
・アイテムの使った感じとバランスについて(武器や特殊矢の値段)
・弓のシステムに関して不具合や意見要望
(特殊矢は増やし出し始めるときりがないので、あえてあの数で行こうと思います)
・武器を盾代わりな護身武器の所有回避+1、使用時回避低下はどんな印象か
・価格帯の感想(例えば超低効果の粉薬はどんなものか)
・スキルやアイテムなどカード内包のギミックについて
・時限消滅称号を使った環境構築についての意見要望(暗中模索中)
・ACM等のクラスシステムを前提に、普通に職業称号を配布するのは問題ないか
・キーコード判定分岐を使ったパッシブ判定についての意見と要望
・感想、その他等


 です。
 思ったことや追加してほしいこと(このシナリオで無理でも別のシナリオに影響させるかもしれませんし)があれば、気軽に言って下されば嬉しいです。

 こっそり意見(口調が粗っぽくなってしまう方とかシャイな方とか)も歓迎です。
 テスト項目にお名前が載ってほしくない時は「匿名希望で~」と入れておいてくださいね。

 幅広い御意見をお待ちしています。


 ダウンロード場所は Y字の交差路別院

 よろしくお願い致します。


Y字の交差路


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『開放祭パランティア』

2018.06.18(23:12) 454

 カルバチアからリューンに帰還した“風を纏う者”は、拠点である『小さき希望亭』で久しぶりにゆったりとした一日を過ごしていた。

 仲間たちがくつろぎながら眺める横で、訪ねて来た冒険者に、シグルトが戦い方の指導をしている。
 面倒見の良い、彼らしい光景である。
 
 その冒険者とは他の宿出身の女性で、ディーサという。
 まだパーティを組む前で、心得を教えてほしいとシグルトを頼って来たのだ。
 
 シグルトたち“風を纏う者”は今やちょっとした成功者である。

「お前らも、“僭主殺し”に“食人鬼殺し”か。

 パーティ作って二か月ちょっとで銀貨一万枚を貯めるほどになるなんてな。
 俺も鼻が高いってものよ」

 宿の親父も、彼らの隆盛に気を良くして、他のパーティにはくどいほどする小言を今日は一言もしていない。
 むしろ、先輩冒険者として頼りになりつつあることを喜び、初心冒険者の教導を任せようと言い出すほどだ。

「親父さん、“僭主殺し”ってなぁに?」

 ラムーナが不思議そうに尋ねる。

「ああ、それか。

 冒険者ってのは偉業を達成すると、【名声】ってやつを得る。
 その時呼ばれるのが“竜殺し”や“剣聖”みたいな二つ名や通称なんだ。

 “僭主殺し”ってのはロード種がいるゴブリンやオークの群れを討伐した連中が呼ばれる称号でな。
 勝手に領主(ロード)を気取ってるから偽者ってことで僭主、それを殺したから“僭主殺し”ってわけだ。
 これが【キング】とか【クイーン】て呼ばれるクラスの奴が率いる百体以上の群れを退治すると“僭王殺し”になる。

 冒険者ってのはこういった名があっての商売だ。
 一流の冒険者はパーティで偉業をいくつも達成し、それが〈冒険した〉っていう箔になる。
 優れた名声を持つ冒険者はたくさんパトロンができて、下手な騎士や下級貴族とも渡り合えるようになるし、頼られるようになるから仕事を探すのにも困らない。
 勢いで貴族になれる奴や、武勇に優れた奴ならそれを看板にして道場開いたり…引退後の生活も困らないってわけだ。

 そのクラスになると必ず個別の〈二つ名〉を持つようにもなるんだが…
 昔盗賊ギルドで活躍してたレベッカなんかはすでに“猫の女王”っていう名持ちだったな。

 ま、普通はパーティの名に関連付けた二つ名になることが多い。
 その方が憶えてもらいやすいからな。
 こういう意味でも、早くパーティを組んで【会名(パーティ名)】を名乗っていくのは大切なんだ。

 【会名】は単純に【~たち】ってのが多いんだが、シグルトはチームとして一つに団結することを意図した意味で、あえて単数形の名乗りを考えやがった。
 確かに連携力があるお前らには相応しい。
 最近はあやかろうって、単数形の名乗りをする後輩も結構いるんだぞ?

 ま、お前らの呼び名の候補は連盟の会合に行った時、同業者で話し合いしながら考えてるんだ。

 レベッカは“風の繰り手”、ロマンが“叡智の颶風”、お前が“踊り風の妓(あそびめ)”、スピッキオが“海風の聖者”。
 シグルトだけはなかなか決まらないんだがな。
 シンプルに“風纏う刃金”じゃ、“風を纏う者”と被ってしまうだろう?」

 質問に答えつつ、嬉しそうに親父は余計な話に脱線している。
 ラムーナは聞き上手で、ニコニコしながら「うんうん」と頷いていた。

 親父の期待に、一番応えようとしていたのはシグルトである。
 放浪してボロボロだった彼を拾ってくれたこの宿に対し、シグルトは恩義と義務感の様なものを抱いていた。

 面倒見の良いシグルトは後輩受けも好かったが、戦闘の指導に関しては生徒泣かせで有名にもなっている。
 普段優しく紳士的なシグルトは、戦いに関する教導において全く容赦しなかった。
 
 舐めた気持で冒険者になろうという者は、シグルトの行う厳しい鍛錬の洗礼で半数以上が辞めて行ったほどである。
 
 だが、宿の親父はシグルトの指導法を支持しており、先輩冒険者たちもシグルトの指導のやり方に納得している。
 彼の指導は厳格だが、決して後輩を軽んじたものではなく、身になることばかりだからだ。

 シグルトの指導を受け、冒険者を続けることを選んだ者は口を揃えて、シグルトへの感謝を口にする。
 そして彼の指導が原因で冒険者の道を諦めた者の幾人かも、「現実を知ったから退いたのだ」と言った。シグルトの優秀なところは、そうやって夢破れた人間のために適業に関したアドバイスやフォローまで行う点である。

 戦闘の稽古では、鼻血を吹いたり青あざだらけになる後輩たちであるが、その後の戦い方や意識の持ちようはがらりと変わる。
 冒険者という職業は最初の依頼で死ぬ者も多いのだが、シグルトの教導を受けた後輩のいるパーティは概ね仕事を成功させ、全員が生還するのだ。

 戦闘経験が皆無だというディーサに、シグルトは護身術を叩き込んでいた。

「…女の冒険者が気をつけなければいけないのは、髪の毛だ。
 実戦でこれほど掴みやすい部分は無い。
 
 髪の毛は掴まれると痛いし、屈辱感から逆上したり、混乱する。

 だが、上手く使えば敵を倒すきっかけにもなることを覚えておくといい。

 髪の毛は頭の近く、すなわち身体の高い部分にある。
 それを掴んだ腕は、必然的に掴まれた者の頭より高い部分に固定されるんだ。

 ここで、髪を掴んだ相手の腕を逆手で巻くように固定する。
 相手の腕は、髪を掴むことで〝髪に引っ張られる力〟が働いているから、片手でその肘を極めることで力が少なくても腕を封じられるだろう。
 
 その上で、腕を上げたままがら空きになった脇の下に、身体を捩るように肘先から体当たりし、極めた腕を絡め込む様に押してやる。
 脇の下は鍛え難いから、かなりの痛みを与えられるし、相手は慌てて髪を放そうとするだろう。

 その離れようとする力に、押す力を加えてやれば、相手を転倒させることだって出来る。

 弱点になる場所は、狙わせて相手を絡め取る餌にすること。
 そのくらいの強かさがあって、初めて怪物や悪党の相手が出来るようになる」

 シグルトの講義に、場に居合わせた他の冒険者も興味深そうに耳を傾けていた。

「力任せの相手には、脱力して身を任せると一瞬だが動きを封じられる。
 
 人の身体は動いてる時の方が、軽くなるんだ。
 例は悪いが、死体や気絶した人間を持つのと同じ原理だ。
 動こうとする者は、逆らうことで返って相手に力を与えてしまう。

 相手がオーガの様な怪力ならば別だが、成人男子程度の体格であれば、この戦術はなかなか役立つはずだ。

 あと、耳や鼻といったでっぱた部分を掴んで体重をかけてやるだけで、相手は悲鳴を上げて離れようとする。
 女性にこんな事を言うのは失礼だろうが、案外身体は重いものなんだ」

 丁寧に状況を説明しながら、シグルトは体重をかける場合の姿勢を実演する。

 子供の体重でも、耳の付け根や毛根は耐えられないのだという。
 ニ十キログラム程度でも、ちょっとした土嚢より重いのだ。
 真下にぶら下がるだけでダメージを与えることができる。

「こういった動作は、休憩時間にでも反復して、咄嗟に使えるようにしておけ。

 身体は積み立てた行いに正直だ。
 裏切られないように、磨いておくんだぞ」
 
 最後にそう締めくくると、シグルトは軽くディーサの肩を叩き、頑張れと励ました。
 
 頬を赤らめ、嬉しそうな顔で宿を出て行くディーサを見送ると、シグルトはカウンターに座って水を一杯頼む。

 シグルトは、昼間であれば付き合いでもほとんど酒を飲まない。
 飲むならば、かなり強いのに、である。
  
 仲間には強制しないが、小さな摂生を繰り返せば息災が保たれるのだとシグルトは言う。

 それは、ばれないように気を使いつつ、自身の故障を隠しているためでもある。
 足の腱が切られ、思うように動けないシグルトは、徹底した身体操作によって、高い戦闘力を発揮出来た。
 
 必要ならば敵の身体を杖代わりとし、不自由な身体の脱力すら力に変える。
 世の中にある無駄なものは、使わず損をしているだけ、というのが彼の持論だ。
 
「相変わらず見事な指導だな。

 あの娘の所属する宿が指導料にって好い酒を回してくれたから、頼んだ条件通り向こう三日は宿代はチャラだ。
 お前たちみたいにこういった副業もしっかりやってくれて、ツケ無しにできる優秀な奴ばかりだと、俺も楽なんだがな…」
 
 親父が苦笑しながら、ややぬるい水を出す。
 冷えは案外身体を疲れさせるから、普段は生ぬるい水で十分だとシグルトが言うからだ。
 そうやって不快な環境に慣れておくことで、冒険中に野外生活が長くても、シグルトは特別我慢強かった。
 
 泥水、生水を煮沸して腹を壊さないようにすれば、どうしても温くなる。
 革袋に入れた水は、革臭い上に体温や陽光のせいで閉口するほど不味いものだ。

 自身のモチベーションを維持するためにも、苦境に慣れることは大切である。
 
 シグルトのこういった実践的な姿を見習う後輩も多く、そういった若手は軒並み良い結果を出していた。

 宿の親父としては、目論見以上の成果が得られ、頬の緩みを抑えられない。
 連盟の定例で冒険者の宿の主人たちが集まる会合があるのだが、“風を纏う者”の活躍ぶりは、良く話題に出て羨ましがられるのだ。

 冒険者家業は信用第一だ。
 口コミや実績こそが重要になる。

 リーダーシップの強いシグルトは、カリスマ性とその美貌、そして武骨ではあるものの誠実で人の好い性格から、慕う後輩が非常に多い。
 彼の先輩にあたる人物たちは、決して増長しないシグルトの姿勢を高く評価しているし、実力は御墨付きだと言っている。
 同輩では中心人物としてまとめ役的な立場になっている。
 気難しい新人や、古参の偏屈者でも、シグルトが間に入ると話が纏まるのである。

 もう少し実績を積めば、間違いなく『小さき希望亭』一番の看板冒険者(エース)になると、誰もが認めていた。
 
 手放しに評価されながらも、シグルトは難しい顔で「俺の様な新参者が、そこまで評価されるのは大げさだ」とやや謙虚である。
 先輩の顔を立て、同輩、後輩にもチャンスを回す義理堅さで周りには応え、嫉妬や嫌がらせには堂々としている。
 
(完全無欠って言や大袈裟かも知れないが、シグルトに関してはそう評価しても皆納得するだろう。

 本人は横に首を振って、〝俺は欠点だらけだ〟とでも応えるんだろうがな…)

 最近の親父は、シグルトを見本に理想的な冒険者を語るようになっていた。
 
 他の宿から「仁義云々がなければ席を移してほしい」とぼやかれることも多い。
 親父としては手放す気などさらさらないが、義理堅いシグルトにそういった心配は無用だ。
 
 冒険者には難しい法律的な調停を必要とする難解な仕事があれば、“風を纏う者”に話が来るようにもなった。
 他所から入ってくる仕事に対してシグルトは、他の冒険者との衝突を避けるために、できるだけ断るか信頼出来る冒険者に仕事を回してトラブルを避けている。

 仕事のバッティングを避けるために、村巡りを兼ねた出張を繰り返して、他の都市でも活躍しているらしい。
 旅先の村が金銭での報酬を支払う能力が無い場合や、冒険者に対する効率的な依頼の仕方ができないなら、村独自でできる自警手段を指導しながら、板に方法を書き残して伝え、〈冒険者=ならず者〉という偏見を払拭して回った。
 それが、結果的に“風を纏う者”の名声をさらに高めることになっていた。
 最近は「自分たちの村にも来てほしい」と嘆願書が届くこともあるほどで、シグルトは「縄張りを冒さない範囲で」と釘を刺した上で対応している。
 
 他に“風を纏う者”でもう一つ話題となっているのが、レベッカだ。

 冒険者歴がそこそこにあったにも関わらず、過去のレベッカは怠惰で仲間も作らずに腐ってばかりいた。
 だが“風を纏う者”に所属するようになってから、水を得た魚の様に結果を出している。

 本来レベッカは、盗賊ギルドから再三スカウトが来るほどの凄腕だ。
 最近までは飲んだくれていたので腕はかなり落ちていたが、彼女がかつて盗賊ギルドで下層の幹部職に就いていたことは、同業者では周知の事実である。
 その頃世話になったという者が多数おり、若手の盗賊で元スリやギルド出身の盗賊たちは、彼女には頭が上がらないという者も多かった。
 かつての腕と勘も取り戻しつつある。

 他の仲間が腹黒くなれない部分をレベッカがサポートするため、“風を纏う者”の仕事はそつがない。

 パーティでの実績と言えば、初心冒険者が何人も死ぬというオーガ…話では年を経た狡猾で恐ろしい上位種を…相手にその討伐を成功させてしまった。
 最初の“食人鬼殺し”が上位種で、すでにそれより強いトロールの討伐まで達成している。

 最近「誉ある“風を纏う者”の代表であるシグルトは、我の寵厚き冒険者である」と西方でも有名な女伯が、紋章入りの感状を『小さき希望亭』に届けさせた。
 これは正式に貴族が“風を纏う者”を認めたということ。
 “風を纏う者”を子飼いの冒険者にしたい貴族や豪商からいくつかの問い合わせも来ていて、女伯のそれは牽制であろう。
 
 それにシグルトが伝説的な工匠に認められて、その武具の所持を許された。
 彼のブレッゼンから魔剣所有の試練を許された冒険者は、数えるほどしかいない。

(…嬉しい限りだが、成長が早過ぎだ。

 シグルトはまだ十代、レベッカだって二十の半ばだぜ。
 変な失敗して躓かなければいいんだが)

 時折そんな心配もするが、“風を纏う者”なら大丈夫だろうと信頼もしていた。


「…お前たち、仕事も落ち着いて、懐にも余裕が出来て来たんだろ?

 どうだ?
 明日はリューンでも最大規模の慈善市が開かれる。
 
 技能書や武具だって掘り出し物があるから、羽を伸ばしに出かけてみてはどうだ?」

 “風を纏う者”が、夕食のシチューを啜っていると、親父がそんな話を持ちかけて来た。

「あら、もう『パランティア』の時期が来たのね?」

 リューンでの生活が長いレベッカは、したり顔で頷いた。

「レベッカ、『パランティア』ってなぁに?」

 事情を知らないラムーナが小首を傾げ尋ねる。
 清貧な生活に慣れているラムーナは、そもそも買い物という行為そのものに疎いのだ。

「このリューンで、年に一度開かれる商人たちの祝祭よ。

 『中つ国の伝説』に登場する七つの魔石パランティーアから名を貰ったていう、大きな慈善市が開かれるの。
 遠見の石として伝わるパランティーアは、多くの地を見通し、互いが繋がっていて連絡を取り合うことが出来るという話。
 
 この祝祭では旅商たちが一堂に集って、様々な商品を網羅するからこの名で呼ばれるらしいわ。
 まあ、単純に解放…叩き売りやるってことだけどね。
 
 出た儲けから、慈善金がでるわけ。
 孤児院や教会に寄付されるお金だから、貴族や教会からも庇護を受けて、税金無しで商売が出来るのよ。

 捻出される慈善金が税金代わりなんだけど、商業ギルドや都市に納める税金が免除された上で、売上からお金を出すことになってるからリスクは少ないわ。
 特に露店を生業にする旅商にとっては、大きなチャンスになるのよ。

 お祭りまで金儲けするなんて、商人たちはがめついわよねぇ」

 レベッカの説明に、「お前には負けるわい」とスピッキオが突っ込む。
 
「うるさいわねぇ。

 私のちゃんとした管理があるからこそ、あんたたちは無駄遣いしないで毎日の美味しい食事にありつけるんじゃない。
 お金で全てが賄えるとは言わないけど、出来ることだって多いんだから。

 おっと、話を戻すわね。

 『解放祭』なんて呼ばれてるこのお祭りでは、最近便乗して教会のバザーも開かれるみたいね。
 一日で回り切るのはとても無理よ。

 商品の当たり外れはあるけど賑やかなイベントだから、一生に一度ぐらいは見に行っておくべきだわ」

 レベッカの説明に、ラムーナは好奇心で目を輝かせた。
 この辺り、やはり年相応の少女である。

「行くなら僕も付き合うよ。
 パランティアは、四海の珍品が集まるんだ。

 それはつまり、世界中の英智も集まるってこと。
 賢者としての知的好奇心からも、是非行くべきだと主張するね」

 ロマンも乗り気である。
 
 シグルトは、偉ぶっているが子供らしいロマンの態度に頬を緩めた。

「ふむ。
 
 わしも元は商家の生まれじゃからの。
 見聞のために、一度見てみたいと思っておった。
 
 教会も関わったバザーが開かれるというなら、それに応えるのも大切じゃて」

 反対意見が無かったので、シグルトが「決定だな」と話をまとめる。

「いいわねぇ。

 せっかくだし、商人どもと久しぶりにやり合ってみようかしら?」

 自身の商魂を刺激され、レベッカがにやりと笑う。

「…大概にしておけよレベッカ。

 お前に破産させられた悪徳商人が、うちの宿の悪い噂を流した時は迷惑したんだからな」

 親父の突っ込みに「分かってるわよ~」と、レベッカは小さく舌を出した。
 
 
 次の日…
 
 あちこちで露店が開かれ、客寄せのために雇われた旅芸人たちが、自慢の芸を披露していた。

 火吹き芸人の吐く焦げた油の臭気に閉口しつつ、六人の冒険者が買い物を楽しんでいた。
 “風を纏う者”とともにリューンで名が知れつつある冒険者パーティ“風を駆る者達”である。

 多くの人が集まり大した喧噪だが、商人たちの声はそれを越えて響き、露天市場を飛び交っていた。

 武具を買う者、書物を抱える者、大きな袋を引き摺りながら歩いている者。
 ここに訪れた誰もが、何かしらお気に入りの品物を見つけて購入しているようだ。
 
「いつ来ても、凄い人だかりね」

 南方大陸出身者としての黒い艶やかな美貌を陽光に晒しながら、魔術師ガリーナが「私はこういうの苦手なのよ」といった顔で、腰に手をあてながら一人ごちた。
 このあたりではあまり見かけない黒き民であるガリーナは、奇異の目で肌を見られるのが嫌なのか、賑やかな場所はあまり好かない。

「へへ、俺は好きだぜ。
 
 昔は結構稼がせてもらったしよぉ」

 ユーグが眼を細めて、にやりとする。
 細身の狡猾なこの盗賊は、惚れたガリーナに好い所を見せたくて仕方無いらしい。

「ふ~ん、ユーグってここでお店出したことがあるの?」

 冒険者としては場違いな可憐な少女エイリィが、何とも純朴そうな質問をしていた。
 こういう態度が子供っぽいと言われては拗ねている、背伸びしたいお年頃である。

「ふん、どうせぼったくりの店をやっていたか、スリでもしておったんじゃろ。

 このコソ泥が、まともな理由で此処に来ておるわけがないわ」

 ドワーフの戦士であるオーベが、図太い樽の様な身体を揺すりながら、嘲るように言った。

「…フン」

 途端、面白くなさそうにそっぽを向くユーグ。
 こめかみに吹くのは暑さのためでは無い汗だ。

「図星じゃな」

 してやったり、とオーベが嘲笑した。
 
 ユーグはますます不機嫌になって、終いには芸人に絡み出した。
 その横で彼らを宥めるのは、仲裁役が板についているレイモンである。

「あなたも何とか言って下さい、ニコロ。

 まったく、困ったものです」

 ストレスから、元々の厳しい顔にさらに皺を増やし、レイモンは疲れたように項垂れた。

「あはは…ま、いいんじゃないかな。

 せっかくのお祭なんだし」

 頼り無げな返答をしつつ、ニコロは半ば商品の方に気を取られている。 

 リューンで年に一度開かれるという慈善市『解放祭パランティア』。
 
 “風を駆る者達”はこの大規模な市を訪れていた。
 
 会場は大きく三つに分かれていて、それぞれ武具区・道具区・書物区に分かれている。
 どの地区も世界中の様々な地域から人々が訪れていて、時にとても貴重な品や奇妙な品が置かれているという。
 
「さぁ、行くわよ」

 ガリーナが無理矢理ユーグの手を引いて書物区へ向かう。
 どうやら荷物持ちをさせるつもりらしいが…手を繋がれたユーグは心持幸せそうだ。
 
「では、ワシらも行くとしようかの」
 
 オーベが呆れたように先導し、残りの四人もそれぞれに目当ての地区へ向かって散っていった。


 一方やや遅く『小さき希望亭』を出立した“風を纏う者”は、賑わう市を前に圧倒されていた。

「凄いな…
 俺の故国でも年に一度、建国記念の祝祭があったが、ここまで賑やかじゃなかった。
 
 西方の要衝たるリューンの祭とは、こうも規模が大きいのか」

 国家級の大きさを誇る大都市だからこそ、この規模なのでである。
 
 シグルトの故国は、歴史こそあるが小国だった。
 首都の大きさを、西方でも最大級の交易都市であるリューンと比べるのは酷であろう。

「ま、こんだけ騒がしいと全部は廻れないでしょ?

 そうね、取りあえず今日は、安売りしてるところを中心に見て行きましょうか」

 この祭りに参加した経験を持つレベッカの提案に、一同は茫然としながら頷いた。

 
 最初に行ったのは、道具区である。
 
 ちょうどタイムサービスを行い大きく値段が下がっていたところを、レベッカがさらに値切って珍しい道具を買い漁る。

「クリスにお土産を買って行かなきゃいけないからね。

 あの娘が喜びそうな装飾品って、他の区画では売ってないわ」

 レベッカの言葉に、ロマンが首を傾げる。

「…クリスって、そんな人知り合いにいたっけ?」

 するとラムーナがにこにこしながら、とんでもないことを答えた。

「駄目だよぅ。

 クリスティアーヌさんのことでしょ。
 そんなことだと、また女装されられちゃうよ」

 頭を疑問符でいっぱいにしながら、「なんで僕の女装と関係が…」とロマンが憤る。
 その頭に、シグルトがポンと手を置いた。

「俺たちの間では〈宿の娘さん〉で通ってる、彼女のことだ。
 長い名前だから、覚えてる連中の方が少ないんだ。

 うちの宿の親父さんの、〈ギュスターヴ・オジエ〉という名前を、知らない奴も多いしな」

 ロマンとスピッキオが同時に目を丸くした。

「ありがちな名前だから、名乗らないのよね親父さん。

 渋くて好いじゃないっていうと、結構照れるのよ」

 品物を物色しながら、レベッカが補足する。
 
「うちの宿の正式名称は『オジエの小さき希望亭』なんだ。
 看板が摩耗して、字が読み取れなくなってるが、リューンじゃ老舗の宿らしい。

 せっかくの機会だ、2人とも覚えておけ」

 このリーダーはすでに知っていたらしい。
 判明した新事実に、ロマンが興奮気味に頷く。

「連盟じゃ、“寂寥の荒野”オジエって有名なのよ。
 結構強かったって噂の、元冒険者だしね。

 二つ名を言うと包丁持って暴れるらしいから、本人に言っちゃだめよ」

 何故、とロマンが聞く。

 レベッカは髪を掻き上げて自身の額を剥き出しにすると、そこを指さして厳しい顔をして見せた。
 
 途端納得したようにロマンもスピッキオも深く頷く。
 二人とも笑いをこらえるのに必死な様子だ。

「親父さんの頭、寂しいもんね~」

 ラムーナが止めを刺し、一行は皆吹き出していた。

 笑いながら賑やかに買い物を進めていると、不意にシグルトが厳しい目をし、近くにいた少年の手をがっしりと掴む。

「な、何すんだよっ!」

 威圧するように睨む少年。
 シグルトの握力によって痺れたのか、その手から小さな宝石が零れ落ちた。

「…っ!!!」

 明らかに盗品と分かるそれを見て、近くの露店の店主が怒りを露にして向かって来た。

「こいつ、この神聖な慈善市で盗みを働くなんて許されないぞ。

 官憲に突き出してやるっ!!」

 激昂する店主を前に、シグルトが空いた手で止めろと制する。

「むしろ慈善市で子供をしょっ引いたなんて話になったら、店の名が堕ちるぞ。

 それに、盗賊ギルドの縄張りでこういったことをした者は、確か〈人形遊び〉だったな?」

 シグルトが問うと、レベッカが頷く。

「昔ながらで野蛮なんだけどね。

 ま、子供で初犯なら〈生木鳴き〉か〈石臼〉かしら。
 流石にばっさりは無いと思うけど、今の〈猫〉や〈烏〉の掟はあまり分からないわ」

 隠語で話す二人に、少年も店主もきょとんとしている。

「…〈人形遊び〉は手足を引っ張って千切る私刑のこと。

 〈生木鳴き〉は音を立てて圧し折るやつで、〈石臼〉は石で叩き潰すって意味よ。
 二度とスリやかっぱらいなんて、出来なくなるってこと」

 レベッカが凄んでみせると、少年の顔が蒼白になった。
 こういうことは初めてやったのだろう。

「坊や、教えといてあげるわ。

 ここ数年こういう慈善市では、こわ~い盗賊ギルドが関わってるのよ。
 出来るだけ、盗んだ追っかけたって荒事が起こらないように、大商人が裏でお金を納めて犯罪防止を頼んでおくのよ。
 毒は毒をもって…ってやつね。
 
 頼まれた盗賊ギルドは、面子をかけて見張ってるわ。

 もしお金を納めたのに盗みが起これば、商人からクレームが来るし、ギルドの面目は丸潰れよ。
 そうなった時は、見せしめになるぐらい残酷な罰を与えるってわけ」

 商品を取られた商人は、そういったことまで知らなかったのだろう。
 何もそこまでしなくても、という顔だ。

 レベッカはそこで片目を閉じると、少年が盗んだ宝石を商人に返す。

「この子は、〈品物を見ていた〉だけ。
 貴方は子供の素行に〈勘違いした〉だけ。

 品物は戻ったんだし、とりあえずそれで納めない?」

 レベッカの言葉に、しばらく考えた商人は頷くと露店に戻っていった。

 残された少年は、事情が分からぬまま震えたままだ。
 
 シグルトは少年の肩に手を置くと、屈んで目線を合わせた。

「お前、親はいるのか?」

 尋ねるシグルトに、少年は震えながら首を横に振った。
 目尻には涙が溜まって見える。

「お前一人なら食べていくぐらいの子供にも出来る仕事が、この都市にはたくさんある。
 
 なのに、盗みを働かなければいけないほど切羽詰まっていたのか?」

 シグルトがまたゆっくりと問うと、少年は遂に泣きはじめ、幼い妹が腹を空かせているのだと言った。
 少年の両親は、最近のたちの悪い風邪で無くなり、貧乏な少年の家では家財を売りさばいて凌いでいたらしい。
 そうした私財もついに尽き、盗みに及んだという。

「…馬鹿ねぇ。
 例え盗みが成功しても、盗品は故買屋の知り合いがいなと足がつくのよ。

 すぐに捕まって、さっき言ったような怖い目に合う。
 坊やに妹がいるなら、その娘も人買いに売られてしまうわ。
 その先は、坊やも妹ちゃんも生地獄。

 盗みは、これっきりにしなさいな」

 そう言うレベッカの眼は、どこか優しかった。

「これから盗みを二度としないと誓うなら、お前と妹のことは何とかしてやろう。

 誓えるか?」

 シグルトが厳しい顔で少年に問う。
 誠意が伝わったのか、少年は強く頷いた。

「よし。
 では、お前は妹を連れて、ここから南にある聖北教会のクレメント司祭を訪ねるんだ。
 この羊皮紙を渡して“風を纏う者”の紹介だと言えば、しばらくは面倒を見てくれるはずだ。
 俺も慈善市が終わってから立ち寄ろう。

 職人ギルドに知り合いがいるから、お前の年でも出来る丁稚奉公を世話してやる。
 教会に妹を預けたら、明日以降、西地区郊外の『小さき希望亭』を訪ねて、“風を纏う者”のシグルト…俺に言われて来たと言え。
 その時も羊皮紙を無くさず持ってくるんだ。

 あと三日はリューンにいる。
 俺がいない時は、その宿の主人に話を通しておくから、その人から話を聞け。
 今後どうするかを一切手配しておく。
 
 器用なその手には、芸を付けて役立てるんだ。
 そうすれば、食いっぱぐれることはないからな。

 辛いかもしれんが、お前たちの住んでいた家や土地があったら処分して、妹が働けるまでの養育と食費にあてるといい。
 金の管理はクレメント司祭に、妹を預かってもらえるように司祭の懇意にしている教会系の孤児院を紹介してもらえ。
 
 レベッカ、この子たちの不動産処理で、交渉を頼んでもいいか?」

 仕方ないわね、とレベッカは快く請け負った。
 背景には、もちろん子供に同情したというのもあるが、上手く交渉すればコネクションを作れるからだ。
 
 孤児に仕事を斡旋したり、その私財を処分することに関わると、少ないながらマージンが貰える。
 レベッカはそういった裏事情に詳しかった。

 そして人徳のあるシグルトは細かく地味な仕事を大切にしているために、様々な人脈を持っている。
 彼の一声で信用してくれる者も多い。

 シグルトとレベッカは、まだ冒険者になるには早い孤児に関わった場合、互いの得意分野を活かして孤児院への紹介や仕事の斡旋を行い、お金や人脈を作る手段を確立していたのだ。
 荒事の多い冒険者は、ヤクザ紛いの犯罪組織とも渡り合うため、元々この仕事とは相性が良かったとも言える。
 
 儲けた金のほとんどは、世話になっているクレメント司祭への謝礼や、コネクションの維持のために使っていた。
 金を使わず綺麗ごとなどできないのである。

 お金そのものは全くと言っていいほど手元に残らないが、人脈と人材を作り出し、それが結果的に都市活動における“風を纏う者”の助けとなるのだ。
 世話をした子供たちから集めた情報を盗賊ギルドに売ったり、探しものをする時に手伝って貰ったりと、後に得られるちょっとした利益も得られる。

 シグルトたち“風を纏う者”が短期間で有名になったのは、こういった他の冒険者がまずしない地盤作りの結果もあった。

 元は人の好いシグルトが、冒険中に出会った困った子供たちに何とか生きる道をつけてやりたいと考えて始めたことだが…
 結果的には、良い結果を招いていた。

 最初は渋っていたレベッカも、今では過去の仲間や盗賊ギルドにも関わらせて、大々的に手伝っている。
 特に情報力の強化(仕事の斡旋先から、各組織の情報を仕入れ易い)に役立つと、盗賊ギルドから多少の無茶を認めてもらえるほどになっていた。

 半年もかからずにこのシステムを確立したシグルトとレベッカが名を売ったのも、当然と言えよう。

 少年はシグルトたちに何度も礼を言うと、嬉しそうに去って行った。

「…すまないなレベッカ。

 リューンに戻ってから、この手の雑用ばかりだ」

 少年が見えなくなってから、シグルトは申し訳無さそうにレベッカに詫びる。

「いいって~。
 実際、この副業のおかげで盗賊ギルドの上納金は、向こう数年ただで良いってことになったわ。

 それに、この仕事って泣く奴がいないから、私の繊細な心が痛まないのよ。
 後輩にも新しくできた伝手で小遣稼ぎを紹介して喜ばれてるし、表向きほとんど慈善事業だから、教会や慈善団体にかなり好感持たれてるし。

 チンピラ扱いだった冒険者も、今んところうちの宿限定だけど、扱いが変わって来たしね。

 最初、相談された時には呆れたけどさ。
 話が膨らんできて思ったんだけど、シグルトって結構商才あると思うわ」

 この方法で救った孤児や浮浪児は十数人いる。
 規模はまだまだ小さいが、レベッカは確かな手応えを感じていた。
 
(私の子供ん時は、こんな方法なんて考えもしなかった。

 シグルトがいつも言ってるけど、やっぱ子供は笑ってないとね…)

 レベッカは幼少期、孤児院にいたことがある。
 あの頃の生活はどん底で、思い出すのも嫌だ。
 
 感情的と笑われることもあるが、同じような立場の子供には少し同情してしまう。

(そういやヴァルの奴、あの〈人売り市〉が潰れてから音沙汰が無いわね。

 元気でやってるのかしら…)

 孤児院時代、鼻垂れでいつもレベッカの後を付いて来た弟分を思い出し、レベッカは懐かしそうに眼を細めた。
 

 ニコロは風を感じて立ち止まった。
 
 ふと見ると老婆が立っている。
 この暑い日差しの中で、目深くローブを被って、だ。

「…風の声が聞こえるかい、お若いの。

 お主、精霊術師だね?」
 
 皺枯れた声。
 だが、聞く者を捉える不思議な力があるように感じられる。
 何より、ローブの下からニコロを射る眼光が、猛禽のように鋭かった。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、ニコロはぴくりとも動けない。

「強くなるために、力が必要なんだね。

 ならば、一つ導いてあげるとしよう」
 
 老婆は声も出せず固まっているニコロに、書物を差し出した。

「…【風刃の纏い】じゃ。
 
 ちょいと悪戯好きの小娘がおったんでの。
 ワシが閉じ込めて芸を仕込んでやったんじゃ…」

 ニコロは吸い寄せられるように書物を手に取った。
 そして、幾分焦ったように銀貨の詰まった袋を老婆に手渡す。

「ほほ、殊勝じゃの。
 銀や金には力がある。
 同時に〝借りぬ〟という志も好い。

 お主は、良き術師となるじゃろう。

 風は気紛れ。
 しかし万里を駆ける翼ともなろう。
 
 若き精霊術師よ、力の使い方を誤らぬことじゃ…良いな?」

 ニコロが釣られるように頷く。
 老婆はにやりと笑った。

「お主、波乱万丈の人生を歩みそうじゃな。
 近い将来、大きな敵と相対するじゃろう。

 やがて失い、そして得る。
 慟哭を知って、人は生まれ変わのじゃ。
 
 水は風を通さず、刃金は風を切る。
 されど、共に歩むならば道となり、未来へと続くものよ。
 
 一人歩まず、共に立ち向かうがよかろう。
 強き風を纏えるのは、お主だけでは無い。

 風とは語り部、そして謳う者。
 出逢いを紡ぎ、お主を導く。
 
 しかと覚えておくことじゃ…」

 予言めいた言葉を告げ、老婆は皺ばかりの頬を歪め背を震わせて、楽しそうに笑った。

 ニコロは感じていた。
 この老婆が、ただの人間では無いことを。 

 その時、ニコロを見つけたエイリィが、遠くから声をかけて来た。

「ねぇ、見て!レイモンに買ってもらったの」

 エイリィが、首に下げた青い宝石を掲げながら走り寄ってくる。
 ニコロはすぐに行くと手振りで伝え、再び老婆の方へ向き直った。

 しかし、そこには既に老婆の姿は無い。
 
 ただ銀色に輝く羽根が一枚、ふわりと風に舞っていた。


 仲間たちから離れると、この祭に関わる盗賊ギルドの幹部を捕まえ、レベッカは先ほどの騒動の後始末をしていた。
 見ぬ振りなどすれば、ギルドの面子を潰してしまうからである。

 案の定、盗みのあった場にも〈梟〉(見張り)がいた。
 少年が場を離れたところで捕まえて尋問し、商品はそっと返す算段だったのだろう。

 不機嫌そうな顔をしていたその〈梟〉は、関わったのがレベッカだと分かると、途端に態度を改めた。
 奇しくも、昔盗賊ギルドで面倒を見てやった後輩の友人だったからだ。

 〈梟〉に案内されて幹部の所に行く。
 祭の中央で情報を売りながら、場の盗賊を統括していたその男は、レベッカを見ると人懐っこい笑みを浮かべて彼女を迎えた。

「いよう、レベッカ!

 会えて嬉しいぜっ!!」

 抱きつこうとしたその男をひょいと躱し、指先で向こうに追いやると、レベッカは断りも無く彼の座っていた椅子に腰かけた。

「相も変わらず女と見たら抱きつくのね、ギスラン。

 あんたが今の〈ボス猫〉?」

 ギスランと呼ばれた男は、首を横に振って否定し、自分もそそくさともう一つ椅子を出して座った。
 同時に眼も座る。

「俺は〈耳〉(情報担当)関係さ。

 此処の統括は“赤髪”さんな。
 で、この地区は俺担当ってわけ。
 一応あの人の直参だからな。

 “坊や”がいる方じゃなくて良かったぜ、レベッカ。
 あの糞真面目は、面子気にし過ぎるからよぉ…」

 恩着せがましいギスランの言葉に、レベッカがにやりと返す。
 
「じゃ、“赤髪”の奴に直で話を持ってくわ。

 そうすりゃ、その生意気な口も叩けなくなるでしょ?」

 強気には強気で切り返すのが、盗賊同士の交渉で大切なことである。

 レベッカは話をつけるために敬意は払うが、相手を選ぶ。
 中には調子付いて、様々な要求をしてくる輩がいるからだ。

 因縁をつけてたかってくるちんぴらを、盗賊用語では〈蝿〉と言うが、その手の連中に弱い所をみせれば餌食である。

「…かぁ~、やっぱ“猫の女王”には勝てねぇか。

 足抜けしたとは言え、未だにギルドの連中は半数があんたに頭あがんねぇからな。
 あんたに言うこと聞かすなら、“黒豹”の姐御でも担がにゃ無理だわ」

 ギスランは「止め止め」とばかりに姿勢を直し、始末書代わりの羊皮紙にサインを求めて来た。
 綺麗に処理されたので、お咎め無しを上告するための内容が書かれている。
 レベッカが来る前から結果を予想して用意していたのだろう。

 羊皮紙に、一筆書きで王冠を被った猫の顔を描く。
 艶っぽい唇と睫毛も忘れない。
 “猫の女王”…レベッカがギルド時代から許されている、本来は幹部以上しか持てないシンボルサインである。

 シンボルサインは日本でいう花押のようなものだ。
 面子を大切にする盗賊は、要職であったり名が売れてくれば、こういったシンボルサインを作る。
 これは、手先の器用さを表すのと同時に、示威行為のための手段になるのだ。

 敵対組織に喧嘩を売ったり、誰かに話を通す場合、自分を端的に表せる。
 同時にこういったシンボルサインを汚す行為は、最大級の侮辱とされている。

 レベッカは現在盗賊ギルドの構成員ではないが、現在でも名誉幹部的な扱いを受けている。
 だからこそ、幹部時代から使える〈特権〉があり、これもその一つだ。

 就いていた幹部職はスリの頭…重役ではなかったのだが、当時の同輩たちは多くがもっと上の幹部職に就いたので、その連中と同格とみなされているのである。

 シンボルサインがまかり通ること、それこそがレベッカの影響力の強さなのだ。
 地道な下積みと、たくさん売った貸しや持ったコネクションがなければ、これほどの効果は持たない。

「流石だな。
 こんな精緻なサインを、ほとんど一瞬で描いちまうんだから。

 だけどよ…
 あんたが調子付いてるって、面白くねぇ顔してる連中もいるんだぜ。
 特に、ちょっと前まであんたが腐ってたのを喜んでた、ロドリグとか。

 気ぃつけな」

 意外そうにレベッカはギスランの方を見た。
 盗賊でも情報部門を司る〈耳〉は、情報を決して安売りしない。
 たとえ身内であっても。

 こういう情報が来た時、まずは意図的に流している、と疑うのが普通である。

「あ~、信じなくても構わないけどな。

 気になるなら、自分で裏取れよ。
 “赤髪”さんあたりなら、安くしてくれるぜ」

 そこはのらりくらりとしているギスランである。

 ロドリグは、レベッカの先輩である女盗賊“黒豹”エイダとライバルだった男だ。

「…抜ける時、少し虐めてやったからねぇ。

 でも、まだ根に持ってるなんて、相変わらず小さい男だわ」

 ロドリグは独占欲の強い男で、レベッカの部下だった小悪党を一人身代りにして殺してしまった。
 レベッカはギルドを抜ける際、嫌がらせでロドリグがちょろまかしていた金のことをばらし、復讐している。

 ロドリグは上級幹部への昇進を目前にして幹部職を解かれ、ギルドの掟で利き腕の親指を切られてしまった。
 今までの功績から、一盗賊としてギルドに残ることは出来たが、盗賊としての出世は絶望的になったのである。

 酒浸りになったロドリグは、今でも顔を合わせれば食ってかかって来る。
 
 レベッカがギルドに戻らないのは、こういった盗賊同士のいがみ合いに辟易していたからだ。
 嫌な話を聞いたことで、レベッカは渋い顔のままギスランと別れた。

(…っち。

 ケチがついたわね)

 詰まらなそうに歩きながら仲間を探していたレベッカは、不意に自分を見る鋭い視線に気付き、出来るだけ何気なく振り返った。

 少し離れた場所から、黒髪の男がじっとレベッカを見つめている。
 腰に剣を下げ一見剣士風だが、感情を感じさせない泰然とした雰囲気を持っていた。
 どこか、シグルトに気配が似ている様に思えた。

 レベッカは、その男の視線が自分に向いているのだともう一度確認し、大胆にもまっすぐ向かっていった。
 男にもう少しで手が届きそうな距離まで近づくと、レベッカは腰に手を当てて不機嫌そうに鼻息を一つ吐く。

 威嚇するようなレベッカの仕草に、男は少しだけ眉をひそめた。

「誰だか知らないけど、私に何か用?

 そうでなければ、女性をじっと睨むのは不躾ではないかしら」

 少し強い口調でレベッカが問うと、男は少しおいて静かに頷いた。

「それにおいては詫びよう。

 俺はイサークという、旅の剣士だ。
 昨今珍しい、人助けというものを見たのでな…
 
 如何なる理由で助けたか知りたいと思った」

 訥々と低い声で名乗り、理由を告げる。
 
 レベッカは、訝しげに眉をひそめた。
 人助けとは、先ほどの少年のことだろう。
 
 確かにあのような状況では見て見ぬ振りをする者も多いが、慈善市という環境ではお節介する連中も多いはずだ。
 じっと観察されるほどのことでは無いと思う。

「この市には、聖北の坊さんも沢山来てるわ。
 私たち冒険者が子供一人にお節介したところで、じっと見つめられる理由にはならないわよ。

 それとも、あんたの周囲にはそんな連中がいないほどささくれてたわけ?」

 きつく問い返すレベッカに、男は首を振って「そういう意味ではない」と告げた。

「俺が珍しいと思ったのは、あの少年の道をきちんと示したことだ。

 同情で人助けをする連中は多いが、ほとんどは自己の心を満たすためにやる独善的なもの。
 しかし君とあの男は、〈関わったことの責務〉を果たした。
 これは中々出来るものではない。

 もし君たちが、あの少年にお説教だけして盗みを止めるように注意したとしても、あの少年の貧困は解決しなかっただろう。
 再び盗みをするか、あるいはもっと重い罪を犯したかも知れん。

 何故他人のためにそこまでする?
 それが知りたいのだ」

 生真面目な男の口調に、レベッカは内心苦笑した。

「他人、ねぇ。

 そうね、他人を援けるってのが独善的だってのは賛成だわ。
 でも、それを言えば何だって独善よ。
 人は結局自分のために何かをする。

 要は気分の問題。

 うちのリーダーも言ってるけどね。
 〈子供は笑ってる方が好い〉と思うわ。

 ああいう子供は大人の多くが過去において来た、かつて幼く拙くて途方に暮れ、救ってほしかったことがある自分。
 人を見る時、多くは相手の中にある自分を見るわ。
 俗っぽい私みたいな人間は、特にね。
 
 私が助けてほしいなんて少女してた時は、待ってても誰も救っちゃくれなかった。
 救いを求めて足掻いてる連中には、あんたたちで勝手にやれって言うことも出来るけどさ。
 私は私の時にしてほしかったことを、自分でやって自己満足したのよ。

 うちのリーダーがお人好しで、尻拭いしたのもちょっとあるかな?
 
 人はそういう個人的な理由があってこそ、親身になって動けるのよ。
 私の場合無駄を出さないように、やる以上は利益を作るけどね。
 
 一番得して、敵を作ってなくて、泣くやつがいない大団円なら最高かなって思うわ。
 好い気分も利益の一つ…それが私の信条なのよ」

 そこまで一気に言って、レベッカは肩をすくめた。

「貧困はあの子のせいではない…
 そう言って救ってあげるのも、有りかもしれない。

 でも、私はただ貧困のせいにしたくないのよ。
 責任転嫁してて得があればいいけど、言い訳で腹は膨れないし、ね。
 〈私〉だって得るものは無い…あの子の中に見える〈過去の私〉も含めて。

 あの子にとって一番大切だったのは、〈妹と一緒に救われること〉。
 私は関わる以上それを満たし、一緒に自分を満たそうとわけよ。

 必要なことを自然に行った…運命任せじゃなく、必然だったってわけ」

 これはレベッカの本心でもあった。
 
 彼女は利己的であるが、同時にお人好しである。
 だからこそ、両方を満足させる道を探し実行する。

 聞いていた男は、何かを考えるように唸る。
 
「…なるほど、〈多くを満足させる独善〉か。

 流され捨てる者は多くを得られないが、難しくともそれを実行する者は多くを得る。
 これは武道にも通じることだ。

 為になった。
 貴女に感謝を」

 男は一礼すると、そのまま去って行った。
 その足取りは心なしか軽い。

「何だったのかしらね。

 まぁ、いいか」

 さっさといなくなった男には目もくれず、レベッカはまた仲間を探しはじめた。


 夕刻となり、うっすらと空が赤い。
 楽しい祭は間もなく終わろうとしている。

 『パランティア』を堪能した“風を駆る者達”は、集合して帰途についていた。

「くっくっく、ちょろいもんだぜぇ」

 ユーグのにんまりとした顔を見ながら、ガリーナが溜め息をついた。

「あんた、ホントにそういうところは抜け目がないわねぇ。
 こっちは気に入った本が見つからなくって落ち込んでいるのに」

 お眼鏡に合う魔術書を見つけられず、ガリーナは落胆していた。
 そんな姿に、オーベが呆れた様子でたしなめる。

「ガリーナよ、お主は拘り過ぎじゃ。

 つまらん形式なぞ無視すれば、良いものも沢山あったじゃろうに」

 その言葉に少し憤慨した様子で、ガリーナは靴音高く言い返した。

「…そういうオーベだって、良い斧が無い、とかぶつぶつ言ってたでしょ」

 むう、と唸りオーベの眉間に皺が寄る。

「あるにはあったんじゃが、とても冒険で使いこなせるものでは無かったわい。
 
 あれは、死刑執行人が使う類の物じゃから、携帯性が最悪じゃ。
 なんであんな物が売っとるんじゃい」

 思い出したようにオーベも肩を落としていた。

「ま、おけらの漁師の様な面すんなって。
 資金がたっぷり増えたんだからな。

 俺に感謝しろよ。
 銀貨二千枚だぜ、二・千・枚!

 欲しいものを手に入れた上に、物々交換だけでこれだけ稼いだんだ。
 もっと感謝してもらわなくっちゃな」

 さっきから威張ってばかりのユーグに、ガリーナが「そうよねぇ」と頷く。

「…癪だけど、確かにユーグの功績は大きいわね…」

 肩で二度目の溜め息を吐くガリーナ。

「そう言えば噂で聞いたんだけど、“風を纏う者”もこの祭りに参加してたみたいだね」

 ニコロが手に入れたばかりの技術書を読みながら、なんとはなしに呟いた。

「道具区で起きた問題を調停したようですね。

 最近彼らの名をあちこちで耳にしますが、私たちもうかうかしてられませんよ」

 レイモンが気遣わしげに補足する。

「…リーダーのシグルトって人、教会の人たちからも凄い評価されてるみたい。

 この間も冒険者孤児を一人、施設に入れる仲介人になったって」

 冒険者孤児とは、冒険者の親を持っていた孤児のことだ。
 死と隣り合わせの冒険者は、事故や怪物との戦いで、ベテランでも命を落とすことがある。
 
 冒険者をする者は脛に傷を持つ者も多く、片親だけという場合もざらだ。
 そんな親が死んでしまえば、子供は生きて行くことが難しくなる。

 教会育ちのエイリィは、そういった子供たちを救う手助けをしているシグルトたちに好印象を持ち始めていた。

「ああ、あれな。

 もしかしたら、冒険者の新し副業が出来るかもってんで、宿の親父どもが話題にしてるぜ。
 孤児を拾って来て里親見つけたり、孤児院へ食料配達とかの安い仕事をしてやって、パトロンの貴族や教会から金貰う仕事だ。

 施しすると市民受けがいいってんで、市民権が強いリューンじゃ、貴族院や市会議員の連中には馬鹿みたいに金出す奴もいるそうだ。
 金回りがいいから、駆け出し冒険者が食いっぱぐれないですむかもって、嘘みてぇな話だが。

 始めたのはシグルトたちで、小さい話だったんだが、宿同士でコネ作ってでかいことになって来たらしい。
 冒険者の子供相手にした託児所なんかも、これに関わって、連盟からも援助するとかしないとかで騒いでるみたいだな」

 孤児院にパトロンをつけ、育った子供は人材として派遣する。
 言葉にするのはた易いが、実際に活動すると夢物語のような話である。

「なんともまぁ、格好付けた話ねぇ。

 そういう偽善ぶった事や、貴族を毛嫌いしてる連中、冒険者に多いのよ。
 シグルトって奴、絡まれて刺されたりしないのかしら?」

 辛辣なガリーナの言葉に、「そうでもねぇんだよ」とユーグが首を振る。

「実際にシグルトどもがパトロンにしようって連中は、子供を戦争で亡くした貴婦人や戦争未亡人、孫子が独立して寂しがってる裕福な老人とからしい。
 名誉目的で名を宣伝しろってパトロンは、性格確認した上で話を蹴ることもあるとか聞いたぜ。

 だからこそ話が成立すると〈そのパトロンは人格者〉なんてブランドがついて、乗り気な奴が増えるって寸法だ。
 たぶん、こんな小賢しいことするのはレベッカだろう。

 あいつは昔盗賊ギルドに所属してたんだが、その時分に、スリやかっぱらいの組織で〈危険と恨みは少なく、利益は多く〉って妙な仕組みを作って、いまだに信奉者がいるからな。
 レベッカが好んで使った割引(財布をスリ取って少しだけ盗んで返す)や恩着せ(スリ取っておいて拾ったと称し礼をせしめる方法)は、今でも穏健派の盗賊たちに主流になってるやり方だ。

 職業変えて、〈狐〉(詐欺師)にでもなりゃいいのによう」

 ユーグの言葉には、少しの嫉妬と同じ盗賊としての誇らしさと入り混じったような、複雑な気持ちが見え隠れしていた。
 
 
 一方、噂になっているとは露知らず、夕方まで“風を纏う者”は存分に買い物を楽しんだ。
 安く買った品物を上手に売ったり交換したりしてレベッカがかなりの利益を出し、ちょっとした土産を持ち帰ったほどである。

 宿に帰って、レベッカの指示に従いシグルトがクリスティアーヌ(宿の娘)に土産のお洒落な髪飾りを渡すと、舞いあがった彼女はお礼にツケ代わりに貰ったという貴重な技術書をくれた。
 結果的に一千枚以上の銀貨と、非常に優れた魔法の指輪も入手し、レベッカは上機嫌だ。

「【姿隠しの指輪】が手に入るなんてね。

 盗賊の隠形術代わりにも使える、掘り出し物だわ」

 【シャイ・リング】と呼ばれるその指輪は、【妖精の外套】に代表される自身の透明化を可能とする品である。
 集中していなければ効果は持続しないが、姿を隠していれば攻撃を受けることも無い。
 
 金銭的な貢献が多かったレベッカは、今回一番の品物であるそれを貰うことが出来た。

 そしてスピッキオは、手に入れた技術書と交換である剣士から、心に関する不思議な力を授けられたと言っていた。

「そやつは、不思議な雰囲気の黒い髪の男でな。

 わしはシグルトに、手に入れた剣術書をやろうと思ったのじゃが、どうしてもと頼まれて気軽に譲ってやったのじゃ。
 祭の界隈で再会した古い友人に、若い頃に貸した金の代わりと言ってもらった物じゃが、聖職のわしにはあまり意味の無かったものじゃからの。

 男は他にも、わしの知り合いに為になることを聞いたと言って、わしの肩に触れていきおった。
 そうしたら、不思議な力が流れ込んで来ての。
 
 祈りに役立ちそうな、不思議な感覚を得られたわい」

 それは心と身体を縛られなくなるという特殊な能力である。
 【「無」の法】というそれは、修行する戦士や術師が理想とする不可視の力で、人に譲り渡すことも出来る神秘だ。

 一方、単独行動時に美術品として価値のある刀剣や優れた盾を持ち帰り、知り合いの冒険者に売って稼いでいだシグルトも、宿の娘から貰った技術書の一つである剣術書を貰えることになった。
 
「参考になる文献だが、この本にある技を使うには少し工夫がいるな。

 使えるかどうか、よく読ませてもらおう」

 勤勉なシグルトは早速読みはじめ、その研究に没頭している。
 その剣技がどんなものか、皆楽しみにしていた。

 祭で高揚した気分を夜気で冷ましながら、“風を纏う者”は満足気な夜を過ごすのだった。



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Y字の交差路


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『見えざる者の願い』

2018.06.17(00:10) 453

 フォーチュン=ベル近郊でいくつかの仕事をこなした“風を纏う者”は、有名な魔導都市カルバチアに逗留している。
 伝統ある都市として知られるカルバチアは、出入りする冒険者たちも多く、あちこちで剣を帯びたり杖を持った冒険者風の人物が見受けられた。
 
「この都は魔術師を〈魔道師(ウィザード)〉と呼ぶんだ。
 職業の名乗り方でカルバチアか、それに関係した魔術結社の出身だって分かるんだよ。
 
 僕はリューンの〈魔術師学連〉に名を老いてるけど、所属魔術師の弟子見習いという立場で〈魔術師(マギウス)〉と名乗るんだけどね。
 〈メイジ〉とか〈マギ〉と名乗る方が今風みたいで、古くさいって言われることもあるけど、魔術を使う者にとって肩書きは第二の名前みたいなものだから、とても大切なんだ。
 
 属する組織やそのスタイルは、名乗り方や所持品、肩書きの名乗り方から類推する。
 直接相手に所属を聞くことは、〈勉強不足〉の恥をさらすし、礼を失することにもなるしね。
 
 …最近はそういった伝統さえ馬鹿にする人も出てきたけど、術師としての教養が知れるというものさ。
 
〝学を怠るは智者ならず、知を棄てるは愚者なり。
 
 賢者は常に事(こと)を語り、術(すべ)を為して術者と名乗るべし〟

 学ばない人間は賢くなれず、知ろうとしない人間はお馬鹿さんのまま。
 賢いなら常に行動し、あらゆる手段を講じて術者と名乗れる人間になりなさい、ってことだね。
 
 魔術師として自覚を持っているなら、そのぐらいの矜持は守るべきだよ」
 
 ちょっとした蘊蓄と共に、辛辣な言葉がロマンの口から語られる。
 年齢に似合わず、この少年の思慮は深淵で、どこか皮肉を含んだ考えの持ち主だ。
 
「〈魔術師〉といえば、ロマンはやはりヘルメス派なのか?
 
 南出身の女流魔術師は、少数派なところでダイアナ・アラディア系の女神信仰を保った魔女たちがいたか。
 男では南方大陸発祥のイシス派も多いな。
 
 東方のソロモン魔術は、俺たちの近くで見かけないが…
 
 俺のいた北方では、ルーン魔術や、ゴール(ガリア…ケルト系)のオガム文字を使った魔術が主流だった。
 
 差し支えなければ、恥を覚悟で聞くんだが…お前の〈魔術特性〉を教えてくれないか?」
 
 シグルトの語った言葉に、ロマン以外は訳の分からない、という顔になった。
 暗号のような人物名と言葉の羅列に、ラムーナが首を傾げていた。
 
 魔術には、パワーベース(神や精霊)に応じたルーツがある。
 
 シグルトの言うヘルメス派とは、盗賊の神であり知恵を司るヘルメスが魔術師として転生して【緑玉の石版(エメラルド・タブレット)】に刻んで残したという言葉を真理とし、魔術を行使する魔術師たちだ。
 彼らは錬金術にも深く関わっており、西方の魔術師では数が多い。
 
 ヘルメスが携えていた伝令の杖【ケリュケイオン】は、【カドゥケウス】の別名でも知られ、魔術師が杖を持つのはその知恵にあやかるためであり、魔道という長い旅の寄りかかるべき杖=知識…の象徴だからと云われる。
 【緑玉の石版】の作者であるヘルメス・トリスメギストス(三倍も偉大なるヘルメス)といえば、古典派の魔術師の代名詞である。
 
 ダイアナ、アラディアというのは、主に魔女に信仰崇敬される女神の名前だ。
 夜の象徴たる月の女神ダイアナは、兄たる光(ルシフェル)を愛して最初の【魔法師(ウィッカ)】アラディアを生む。
 魔女が使い魔に黒猫を好んで置くのは、ダイアナが愛する兄を魅了するために彼が愛した猫に化けたから、などという話もある。
 南海近郊の半精霊術師的な女流魔術師に時折見られるが、狂気をもたらす月の女神を信奉し、堕天使(悪魔)と同じ名の兄と近親相姦で生まれためた魔女を祖とするということで、聖北教会との折り合いが悪く異端扱いされ、過去に異端審問官が行った悪名高き魔女狩りでは多くの女性魔術師たちが無実の罪で殺された。
 その歴史的背景から、表だってダイアナ・アラディア系を名乗る者はあまりいない。
 ざっくばらんにその名を話題に出せるのは、信仰よりも魔術が重んじられるカルバチア故である。

 なお、本当に邪悪な行いをする悪しき魔女は、むしろ淫祠邪教を崇拝する悪魔崇拝者であり、魔術師というよりは反教会の悪魔主義者で、一般的な教会の定める倫理を破壊することに普請する反社会的な犯罪者集団である。
 ダイアナ・アラディア系の魔女は、それらの悪魔崇拝者的な魔女を【邪術師】と読んで忌み嫌っており、精霊術や白魔法を含めた範囲の広い呪文や儀式を駆使する自分たちを【魔法師(ウィッカ)】と呼ぶ。
 【邪術師】と【魔法師】は完全に別物であり、黒衣(夜空を表す)に鍔広帽(陰がダイアナを表す三日月に似て見えるから)や箒(ダイアナの命を受け地上に下ったアラディアを意味する箒星…彗星や流星…を象ったシンボル、塵を払う=不幸を退けるという呪術具でもある。箒に乗って飛翔する魔女は箒星の姿から来ている)を用いる一般的な魔女の姿も【魔法師】の方がルーツであり、【邪術師】が自分たちの身を隠すためにそれらを利用したというのが真相らしい。
 密儀を重んじる【魔法師】は肩書も正確に名乗るのを嫌うため(夜の闇=秘密は神秘であり、隠すことで力が純粋で強くなるという呪術的概念から)、普通に【魔法使い(マジックユーザー)】や【呪術師(スペルキャスター)】などと自己紹介し、隠れ蓑として【魔法師】を利用した【邪術師】とは不倶戴天の敵同士である。
 
 イシス派とは、南海近郊の魔術師に時折いる、錬金術系魔術のもう一つの大きなルーツである。
 元々ヘルメス派と同じ南方発祥で、その内容は同一のものも多数あった。
 有名な不死者(アンデッド)である木乃伊(マミー)を作る技術はこれから発祥したとも言われ、不老不死の研究や死霊術(ネクロマンシー)にも強い影響を与えた。
 その象徴である女神イシスは、死んだ夫を木乃伊にして復活させ子を宿した処女神と伝わり、慈母心として子を慈しむ優しい女神であるという特性の反面、太陽神ラーを奸計で脅して魔術行使の権利を獲得した狡猾な女神であるとされる。
 彼の女神こそ【処女受胎】の元祖であり、教会の信奉する聖母は、イシスの処女性や女神としての神格を取り込んで、イシス信仰そのものを取り込んでいったのではないかとされる。
 イシスの文言「わが面布を掲ぐる者は語るべからざるものを見るべし」は、「私の顔にかけたヴェールを取り払って素顔を見たものは(それが口にはばかるほどおぞましいので)言葉にできないものを見ることになる」というような意味で、神秘を求めて魔道の探求をすれば、言葉にできない恐怖を味わうとともに、真理そのものを表すとして、魔術師や賢者が好んで引用する。
 
 ソロモンは大変有名な中東圏の王で、七十二の魔神を従えていたという。
 本来魔神たちは異教の神や精霊たちであったのだが、唯一神を重んじる聖戒教徒は古代、「異教の者を唯一神の名のもとに従える」という権力の構造を示し、唯一神の神格を奉った。
 そのうち「神や偉大な存在が唯一神と天使たち意外あってはならない」という考え方が生まれることで、これらの魔神は悪魔扱いされるようになるのだが、本来のソロモンの魔術とは精霊を召喚して魔術で支配・使役する類のものだったようである。
 ソロモン王は魔法の指輪で魔神たちを召喚したため、中東で「指輪やランプから魔神が出てくる」というおとぎ話は、ソロモン王の影響を受けているのかもしれない。
 魔方陣や召喚系の魔術で有名で、六芒星や五芒星を使った儀式魔術は、ほとんどがソロモンの術の影響を受けている。
 印章(シジル)や円陣(サークル)を使った魔術の多くがこの系統からインスピレーションを受けており、聖戒教徒が使う数秘術(カバラ)の影響から「図形・文字・数字・時間によって緻密に計算されて行使される魔術」と言えば、ソロモン系の魔術がそのルーツと言えよう。
 
 ルーン魔術は北方で信仰されていたアース神族の主神オーディンが、片目を代償に得たとされる魔法の文字を用いるものだ。
 その文字がルーン文字で、力ある言葉を示す〈呪文〉…魔法文字を表す【ルーン】という言葉はこのルーン魔術から生まれている。
 文字そのものが力を持つ【言霊】という魔術概念は、ルーン魔術に影響を受けて生まれたものかもしれない。
 だが本来ルーン魔術は北方の魔術の一部に過ぎない。
 悪神ロキや戦乙女の女王フレイアから発生した魔術の系譜もあり、混沌としているのだ。
 魔術師の使い魔として猫が定着しているのは、フレイアを乗せて走る戦車を引くのが猫だから、という話もある。
 力ある言葉や呪文をとりわけ重んじ、それ故に言語を用いた魔術のルーツとも言える。
 
 オガム魔術も言語系の魔術だが、失われた森の民が使ったとされるもので、精霊術の匂いも内包した古い術系統である。
 ドルイドが用いた魔術として有名だが、その魔術も系譜は混沌としていて、そのルーツを探るのは難しかった。
 ドルイドは【樫の木の賢者(ドル・ウィド)】という意味で、森の鹿神ケルヌンノスや古い自然の神をパワーベースとすることが多い。
 木に生える木、宿り木を魔術の触媒とし、様々な植物を用いてその植物が持つ魔力を行使できる。
 一般的に吸血鬼に止めを刺す事ができるという白木の杭は、本来は山査子で造るものとされるが、もとを辿ればこの魔術から出たものかもしれない。
 実はまじないの歌を行使する吟遊詩人の呪歌のルーツも、この系統から影響を受けているとも云われる。
 発音と韻を重んじる呪文の詠唱は、呪術的な音楽や詩歌とも系統を同じくするもので、歌のような詠唱を用いて心霊を讃嘆し力を得る魔術が複数ある。
 陰惨な生贄を使った呪法も伝わるとされ、胴が檻になっている木人に生贄を入れて燃やすウィッカーマンは、魔術師の世界に衝撃を与えたという。
 代償のために捧げたり行なわなければいけない物事を【贖い(エリック)】、魔術的に犯してはならないことを【禁忌(ゲッシュ)】(後に相手に制限や拘束を与える制約の呪詛…ギアスはゲッシュの同源の言葉ギャザなどと同じ系統のものと思われる)、魔術師が重んじる名前の重要性…真なる名前を知られると魂を支配されるという考えも、正しい韻で発音して呼ぶ名前の持つ拘束力を使うというこの魔術の影響が強い。
 
「…そこまで知ってれば、大したものだよ。
 確かシグルトって、まじない師のお婆さんから魔術とか精霊術について学んだことがあるんだよね?
 
 僕の所属する門派は、ヘルメス系の傍流…というところだね
 言葉巧みな神の言葉から始まったから、ヘルメス系の下層派はほとんどが理屈っぽいって言われてるけど。

 割合近しいイシス系の影響も強いから、ヘルメス一色でもないかな?」
 
 ロマンの話も、難解な専門用語を多分に含んでいた。
 頭を使うのが得意な方だというレベッカでさえ、話しについて行けず困り顔だ。

「…話が分かるのはシグルトだけだよね、やっぱり。
 
 簡単に言うと、僕ら魔術師は大抵師匠がいて、その師匠に師匠…そうやって魔術の系譜みたいなものが出来上がっているんだ。
 そして、門派の開闢を行った術者や神様なんかを開祖とか太祖って言うんだけど…僕にとっての開祖はギリシア系の盗賊神ヘルメスってことになる。
 
 ただ、そんな居たか居ないか分からない開祖に関しては、普通は概念として取り込むだけ。
 僕らにとって、最も大切な主義というかシンボルになるものの一つが、〈魔術師祖(マギック・ルーツ)〉と呼ばれるものなんだ。
 遠い師匠様ってことになるね。
 
 多くは、その派が出来るきっかけになった術者なんだけど…
 
 イグナトゥスという大魔術師が、僕の〈魔術師祖〉。
 ヘルメス系魔術を中興し、その魔力で王国を築いたとされる魔術師の王だよ。
 
 そして、系譜や〈魔術師祖〉によって術者の傾向や癖が決まってくるんだ。
 それがシグルトの聞いた〈魔術特性〉。
 
 イグナトゥス派が使う魔術は様々な〈魔術特性〉をもっているけど、その考えが難解で嫌われてるかな?
 
 僕は智を重んじたイグナトゥスは尊敬してるんだけど、その最後が悲惨だったからあまり同系統は見かけないね。
 イグナトゥスは全てを見通す黄金の瞳を持っていたため己の死を予言し、最後には契約した魔神に目を抉られて、自分で予言した通りに破滅したと言われてるんだ。
 
 彼の発案した魔力を貯蓄する術式は、驚異的な技術革新をもたらした魔術の宝とも言えるものなんだけど…
 人に尊敬される人格ではなかったし、イグナトゥス派は古典派とされるヘルメス系ではその歴史も浅いから。

 イグナトゥス派の主立った〈魔術特性〉は、貯蓄した魔力を用いて多様な術を使えることと、術式を調整することでその質を変容させる可変魔術。
 魔力付与(エンチャントメント)なんかも得意で、幅広い種類の魔術があるね。
 
 でも、今の僕が使える術は、魔術師共通で使われる基礎魔術だけだよ。
 多少は儀式魔術も知ってるけど、それらは知恵の副産物さ。
 
 僕は魔術師である前に、賢者だからね」
 
 シグルトだけが分かった様子で頷いた。
 
「…勘弁してよ。
 
 私たちの使う暗号より、複雑だわ」
 
 レベッカはこの話は此処でおしまいね、と宣言して、一足先に今日の宿を探すべく足を速めた。
 
 
 その日泊まった宿の一階には立派な酒場があり、酒や料理も安く上質だった。
 
「頭を使ったら、お酒を飲んで休めるのが一番よ」
 
 根拠のないレベッカの言葉に、「酒精は知恵を腐らせるんだよ」とロマンが茶々を入れた。
 ロマンが属すイグナトゥス派は、酒精が知恵の妨げになるとして、その服用を避けるのだという。

「…酒が美味いことを知っていながら、飲まないというのは心が荒む。
 たとえ馬鹿になると分かっていても、酒飲みが減らないのはそのためだ。
 
 酒浸りは忌むべきだが、行動を充実させるために飲む酒はあっても構わないだろう」
 
 シグルトがエールを飲みながら、苦笑していた。
 
「さぁて、酒も使いようじゃの。
 
 儂はこれの方が好きじゃが…」
 
 スピッキオは相も変わらずナッツばかり摘んでいた。
 
 その時である。
 酒場がにわかに騒がしくなった。
 
 “風を纏う者”一行が酒場の入り口を確認すると、二人の護衛らしき人物を従えて、頭の禿げ上がった恰幅の良い小男がのっしのっしと歩いてくる。
 
「うわぁ…
 
 親父さんより、てかてかだねぇっ」
 
 ラムーナが小男の貧相な額を指差して言うと、意味を理解した仲間たちは、次の瞬間に吹き出していた。
 内心、全員が「あのブー何某よりは愛嬌がある」などとも考えていたが。

 遠くリューンで、ふんぞり返っていたオーク面の男が何故かくしゃみをし、かつらが吹っ飛んでいたのは誰も知らない話である。

 
 酒場にやって来た恰幅の良い小男は、自らをガストン・オリバーストン男爵と名乗った。
 男爵は“風を纏う者”一行に、カルパチアの南にある『コフィンの森』近郊の屋敷を探索する、という依頼を持ちかけた。

 男爵が着た成金趣味丸出しの服装を観察しながら、「鴨が来たっ!」とばかりにレベッカは交渉に応じる。
 
 さして問題も無く、依頼の契約はとんとん拍子で進んでいった。
 貴族で「儂は太っ腹」と自分で言っている男爵の提示した依頼料は、単なる屋敷の捜査にしては破格だった。
 
「では、屋敷で見つけた物は全て我々の物と言うことで…」
 
 捜査だけで銀貨壱千枚。
 そこにいる魔物がいて、それを駆逐した場合には追加報酬。
 無事に屋敷を明け渡せば、さらに銀貨五百枚。
 加えて、屋敷にあったものは備え付けの調度品と屋敷以外は全て報酬に加えて良い。

 男爵が帰った後に、交わした契約書を見ながらレベッカがほくそ笑んでいた。
 
「随分好い仕事が舞い込んだの」
 
 残り少ないナッツを囓りながら、スピッキオが依頼書を眺める。
 
「『コフィンの森』には妖魔が多数生息してるから、長年放置された屋敷の場合、高い確率でゴブリンなんかのねぐらになってるよ。
 
 楽観視はできないからね」
 
 好調な時にこそ慎重な意見を述べるのは、ひねくれ者のロマンらしい反応だった。
 
「怪物が出た時は、そいつらが追加報酬になるわ。
 
 武器も新調したんだし望む処よ…ねぇ、シグルト?」
 
 冗談めかしてレベッカがけらけらと笑う。
 割の良い仕事を得たためか、彼女は上機嫌だ。

「…戦闘が増えるような依頼は、避けるに越したことはないんだがな。
 命あっての物種だ。
 
 とは言っても、すでに交わした依頼だから、慎重にこなす他あるまい」
 
 リーダーとして真面目なシグルトは、ロマンと同じく堅実な思考だった。
 こんなリーダーだからこそ、仕事の成功は間違いないのだとレベッカも確信している。
 
 それに戦闘でのシグルトは、今まで指示や選択をしくじったことが無い。
 実に頼りになるのだ。
 
「…コフィンの森に近づいた後は、すぐに妖精の加護をかけておこう。
 
 この場合、探索で最前線に立つレベッカが妥当か」
 
 シグルトは、すでに屋敷への探索に必要な戦術を練り始めた。

 横でラムーナが突然、怪訝そうな顔で壁を眺める。

「どうしたの?」
 
 ロマンが壁を見るが、そこは少し染みのある白壁があるだけだ。
 
 首を傾げながら、ラムーナは壁を指差す。
 
「さっきから、誰かが見ているような気がするの。
 
 レベッカは?」
 
 この手の観察力が最も優れているのは、レベッカだ。
 ラムーナの直感力は盗賊並だが、専門家のそれでは無い。
 
「そうねぇ、多分何もないわよ。
 
 ほっ、と」
 
 レベッカはパン切りナイフを手に取ると、突然壁に向かって投げつける。
 それは深々と壁に突き刺さった。
 
 ナイフの先には、大きな蛾が縫い止められていた。
 先ほどから飛び回り、薄汚く鱗粉を振り撒いていた奴である。
 
「まぁ、五月蠅い虫はこれで片付いたわけだし、明日に備えてもう寝ましょうか…」
 
 ちらりと壁に目をやると、レベッカはからかうような笑みを浮かべて席を立った。
 
 “風を纏う者”一行が去った後、何かがへたり込んで大きな息を吐いた。
 
「…何よあの女、ちょっとちびっちゃったじゃないっ!!」
 
 虚空から聞こえた声に、宿の主人が驚いてそちらを見つめるが、そこには壁に縫い止められた蛾が一匹、弱々しく羽ばたいているだけだった。


 次の日、“風を纏う者”は早朝から起きて、件の屋敷に向かっていた。
 しばらく行くと、不意に物音がして一行はそちらを注視することになる。
 
 しかし、そこには誰もいない。
 
「グレムリンでもいるのか?
 
 皆注意しろよ。
 妖しいところがあったら、ロマンの術と、俺が〈トリアムール〉の風で攻撃を…」
 
 即座に構えを取ったシグルト。
 慌てたように、そこの空気がざわめいた。
 
「待った!!ストップっ!!
 
 攻撃はだめぇっ!!」
 
 そのざわめく虚空は、かなり慌ててそう言った。
 一行がそこを見つめていると、空中からにじみ出るように一人の少女が現れる。

「ああ、昨日の羽虫ね。
 
 悪戯が過ぎるから、今度は本気で刺してやろうと思ったのに…」
 
 レベッカが抜いた自分の短剣を、こちんと指で弾く。
 
「…ばれてたわけね…」
 
 蒼白な顔で、少女はその場にへたり込んでしまった。

 
 少女はルティアと名乗った。
 カルバチアの魔導学園に通う学生で、遮蔽魔法の研究をしている、と自己紹介する。
 
 何でも、これから調査に向かう屋敷の元主が、彼女が研究する魔術の第一人者だという。
 その研究素材に興味があるのだ、と少し甲高い声で宣った。
 
 そして、“風を纏う者”に同行させてほしいと頼んで来た。
 
「…だめね。
 
 お嬢ちゃんの目的は、あの屋敷の魔術書とかでしょう?
 そういうの、私たちにとってもお宝なのよ。
 
 行きたいなら自力で行きなさいな。
 もちろん目的がかちあったらライバルよ。
 
 必要なら排除しちゃうわよ~」
 
 レベッカは冗談めかしてルティアを脅しつつ、きっぱりと同行を断った。
 
「え~?
 まじで~?
 
 こんなかわいい女の子が頼んでいるのに~?」
 
 ぶりっ子するルティアに対し、レベッカは指を突き出して、ちっち、と横に振った。
 
「色仕掛けするなら、もう少しお馬鹿な男の冒険者にするのね」
 
 ルティアが目を潤ませてシグルトを見るが…
 
「俺たちはすでに、君以外の人から依頼を受けて行動している。
 君は、その依頼人から許可を取っていないだろう?
 
 二重契約に繋がることは、依頼人と仲間の了承が得られない限り、してはならないのが立前だ。
 こういう仁義を重んじることが、俺たち“風を纏う者”の方針でな。
 
 それに、君を連れて行くこと自体有益とは思えない。
 君には失礼な言葉と知って、あえて言わせて貰うが…

 俺はこいつらのまとめ役をしている以上、【足手纏い】を増やしたくない。

 【魔法の矢】か【眠りの雲】ぐらいは習得しているのか?」

 シグルトの問に、「攻撃魔法は使えないかも…」と思わず返してしまうルティアである。
 彼は美しいが、その目力は怖い。

「…戦力にならん上に、人数が増えたら陣形の邪魔になる。

 これから行くのは妖魔が多数生息する森だ。
 目的の屋敷には、魔物がいるかもしれないと予測される。
 君と、俺たちの命に関わることだから、同行は認められない。

 仲間の危険に繋がることには、神経質なぐらいが丁度いい。
 俺たち冒険者とはそういうものだ。
 この間も、ちょっとしたアクシデントで全滅しそうになったからな。
 
 同行を求めると言うことは、俺たちに力を求めているんだろうが…
 それは君の力不足を宣言するようなものだぞ。
 
 初めて会った非友好的な冒険者に、報酬も提示せず、依存が前提の同行を求めるなど…君は道理を知らんのか?」
 
 〈子供〉を諭す口調でシグルトが言った。
 どんな相手に対しても、シグルトはほぼ確実に誠実な対応をする。
 
 このハンサムな美丈夫には、別の意味で「かわいい(子供っぽい)」が通じていたが、結果は裏目である。
 
 次にラムーナを見るが、ただニコニコしているだけだ。
 ルティアの術に感心しているようだが、交渉出来る様子はない。
 
 スピッキオの方を見ると、この立派な体躯の爺さんは、若い娘が無茶しちゃいかん…と説教を始めた。
 この手の老人の説教はとても長い。
 一番苦手なタイプであった。
 
 最後の希望、とロマンを見て思わず頬を染める…ロマンは黙っていれば飛びっきりの美少年だ。
 数年後が楽しみである。
 
 しかしロマンは目を細めると、馬鹿にしたような様子で両手を広げ、「お手上げだね」と首を横に振った。
 
「お姉さん、【遮蔽】なんて随分マイナーな魔術を研究してるんだね。
 
 あれって装置とかたくさんいるし、お金の無い人だと研究するのには向かないよ。
 こんなところでライバル勢力と言っていい僕らの力を当てにしてるようじゃ、ちゃんとした研究なんて無理だよね。
 
 そうだね、まず精神操作系の魅了の魔法とか修得すれば?
 非合法で場合によると牢屋行きだけど、仲間を作ることができるかもしれないよ」
 
 辛辣な言葉で止めを刺され、幅の広い涙を流しそうな気分になりながら、ルティアは叫んだ。
 
「信じらんない!
 
 いいよ~だ。
 勝手にくっついてっちゃうんだからっ!!!」
 
 そんなルティアを置いて、一行はすでに屋敷に向かって歩き始めていた。
 
 
 屋敷は森に囲まれた丘の上にあった。
 
 箚しがに攻撃して追い払ったりはしないが、ルティアをまったく無視した一行は、玄関の扉をくぐってホールを調べ始めた。
 
 探索に関してはレベッカの独壇場である。
 壁を調べていたレベッカは、すぐに隠し扉を発見した。
 
「うっふっふ~、お・た・か・らの気配ね~」
 
 隠し扉に普通は罠などないだろうに、しっかり調査を行いつつ、レベッカは嬉しそうだった。
 この手の屋内探索こそ盗賊の本分だ、といつも言っている。
 良い仕事が出来る、ということは、冒険者名利なのだ。
 
 罠が無いことが確認されると、一行は扉を開け中に入ろうとした。
 寸前、レベッカがそれを止めた。

「えへへ~、お先ぃ!」
 
 ルティアが、その隙を見て先に飛び込もうとした。

「あっ!

 この馬鹿…っ!!!」
 
 レベッカが舌打ちする。
 すでに、中に何かの気配を感じていたので仲間を留めたのだ。
 
 ルティアが部屋に入った瞬間、一斉にそれは襲いかかって来た。

「うきゃぁ~っ!!!」

 悲鳴を上げながら、ルティアが慌てて後退する。
 転がるように、というより文字通り転がりながら。

 三体の骸骨(スケルトン)だった。
 最下級で最弱とも言われるが、立派な不死者(アンデッド)である。
 
 素早い動作でルティアを飛び越え、場を入れ替わったシグルトが、正面の骸骨を切り払った。
 その骸骨は、左半身のほとんどを粉砕されて後退する。
 
「くっ…

 ここの館の主、死霊術も使えたの!」
 
 ロマンもルティアの横に沿って、薄気味悪そうに身構える。
 
「だが、油断しなければ…敵では無い」
 
 シグルトは仲間をを鼓舞するように一言一言強く言葉にすると、さっと剣を構え、真っ向から骸骨に立ち向かった。
 
 その後ろ姿を見つめる仲間たちに、微塵の不安も無い。
 常に先頭で戦い、的確な指示を出すこのリーダーを皆信頼していた。
 そのリーダーが、余裕を見せたのだ。
 
 ラムーナがかすり傷を負ったが、骸骨どもには大した抵抗ができるわけも無く、元の骨に戻されることになった。
 
 
「一緒に来るなら、せめて団体行動のマナーは守ってくれ。
 
 それが出来ないなら、君を結果的に泣かしても、無理矢理帰って貰うぞ」
 
 独断専行を咎められ、ルティアはシグルトに厳しく説教されることになった。
 シグルトは、故郷で同年代の纏め役をしていたこともあり、躾には厳しいのだ。

 床に正座させられ、続いてスピッキオからも厳しくお説教される。

「…若い娘が、目先の欲で命を落としそうになるとはの。
 
 いいか、娘さん。
 そもそも主は…」
 
 半泣きで足の痛みに耐えながら、ルティアはすでに生返事しか出来ていない。

 その脇でレベッカは、面倒ごとは任したとばかりに自分の仕事に集中した。
 
 隠し扉の奥には金属製の宝箱が二つもあり、一つには火晶石、一つには小さな緑色の宝石が入っていた。
 それほど高価なものではないが、売ればそれなりの金になるだろう。
 
「嬉しい臨時収入だね」
 
 ロマンが幾分興奮したように言った。
 
 ようやくお説教から開放されたルティアが、いいなぁ~、綺麗だなぁ~と言ったが一同に睨まれてしゅんとなる。
 結局、宝石類は“風を纏う者”の荷物袋に入ることになった。

「この様子だと、他の何かと戦うことになるかもしれないな。
 
 …少し手を打っておこう」

 説教の続きはスピッキオに任せ、シグルトは精霊術を準備していた。
 彼の詠うような呪文で、屋敷の壁がピリリと震える。
 
 敵を怯ませ、仲間を鼓舞するシグルトの美声は、普段は容貌と相まって女性を虜にする。
 この間シグルトが偶然手に取った詩集から一つ詩を吟じて見せると、『小さき希望亭』の娘が大げさに目を閉じて感動し、脛をテーブルにぶつけて呻くことになった。
 
 どこまで優れているのだろうと、レベッカはシグルトを妬ましく思うこともある。
 
 生まれながらに容貌と声。
 磨いて得た武勇と、不屈の精神。
 人を導けば、慕われるカリスマ性がある。
 戦いでは勇敢で、戦術にも明るい。
 さらには精霊に愛され、力を振るう加護を得られるのだ。
 
 きっと冒険者の歴史に名を残すだろう。
 そんなことを考えながら、レベッカは呪文を唱えるシグルトを見つめていた。
 
 自身は〈トリアムール〉の風を纏うと、シグルトは先頭で調査を行うレベッカに妖精の加護を授けた。
 妖精の与える魔力により、うっすらとぼやけるレベッカの姿を見て、ルティアが感心したように声を上げる。
 
「そう言えば、この館の主が研究していたのって遮蔽の魔術なんだよね?
 
 シグルトの使うような姿隠しの術は、遮蔽の術にも強い影響を与えたんだよ。
 【妖精の外套】という古典魔術で、隠者シュレックが書いた『セル』という魔導書に記されていたはずさ。
 
 お姉さんは当然知ってると思うけど…」
 
 話を振られたルティアが愕然としていた。
 その表情は、全く知らなかったという顔である。
 
「…はぁ?
 
 もしかして、有名どころはブロイぐらいしか知らないとか?
 そんなので、よくもまぁマイナーで専門家が少ない遮蔽魔術の研究者を名乗ってるね」
 
 知識については、特別辛辣なロマンである。
 彼は知識の探求者たる賢者としての自覚があり、それを貶める輩が研究者を名乗ると、容赦ない皮肉で責め立てるのだ。
 
「カルバチアに帰ったら、ガギエルの『神隠しと妖精』やアジューリンの『魔境』、レゾナンスの『星と月の影』あたりは読んでおいた方がいいよ。
 最近の書物では、遮蔽と隠密の術で一番まともな話が載っていたからね。
 
 あんなに資料が豊富な都で学んでるのにその知識量なんて、恥ずかしくないのかな?」
 
 さらに責め立てるロマンの台詞に、ムキーとルティアが青筋を立てた。

「失礼ねっ!
 
 これでも私、天才って呼ばれてるんだからっ!!!」
 
 ルティアが天才と呼ばれているのは事実である。
 事実、彼女の記憶力や感性はずば抜けており、進む分野さえきちんとしていれば大成すると言われていた。
  
 だが、彼女の感情一直線なスタイルは、他の術師から敬遠される要因になっていた。
 無謀な行動から、失敗談は数知れない。
 
 書物を読むより、感性で信じたものに傾向し過ぎ、思慮深さに欠けるのだ。
 神経質で慎重なロマンとは、正反対のタイプである。
 
 いきり立つルティアの様子に、ロマンは目をそらしてフッっと笑った。
 相手にするのも馬鹿らしいという態度である。
 
「ぬぐぐ…この餓鬼ぃ。
 
 見てなさいっ!
 絶対この館にあるっていう書物を見つけて、見返してやるんだからっ!!」
 
 噛めば鉄板でも歪めそうな勢いで、ギリリと歯ぎしりするルティア。
 
「そういえば、この館の造り…
 
 ああ、そう言うことかっ!
 だからお姉さんは、この館に来たんだね」

 ロマンが急に思案顔になり、納得するように頷いた。
 
「ここは、遮蔽術の大家グリシャム・ブロイの屋敷なんだね?
 
 まあ、第一人者という見解は大げさだと思うけど、近代の遮蔽術の研究では優れた人物だよ。
 目の付け所は悪くなかったね…間抜けだけど」
 
 明確に馬鹿にされたルティアは、ついに激昂して地団駄を踏んだ。 

 
 一行はその後も調査を続けた。
 
 途中小部屋で鼠の大群に遭遇し、追い払うことになったが、まだ使えそうな毒消しが手に入る。
 被害はスピッキオがちょっと咬まれた程度だ。

「鼠から受けた傷は化膿しやすい。
 
 軽い傷でも、手当てしておいた方がいいだろう」
 
 鼠たちを吹き飛ばす時に〈トリアムール〉の風を全て開放してしまったシグルトは、術をかけ直しながらスピッキオに傷の手当てを指示する。
 
「手に入った解毒剤があるから、これで消毒して早い治療を行えば大丈夫だよ」
 
 ロマンが解毒薬の小瓶を振ると、とんでもないとレベッカが瓶を奪い取った。
 
「鼠の噛み傷程度に解毒薬を使っていたら、すぐに破産しちゃうわ。
 
 今度、この手の傷に向いた薬を仕入れておくから、高値のこれは取っておきましょ」
 
 しみったれたレベッカの言葉にシグルトが顔をしかめるが、大丈夫じゃ、とスピッキオも余裕の様子だった。
 せめて化膿止めぐらいしておけ、とシグルトは鼠の噛み傷を絞って汚染した血を出させて水で傷口を雪ぎ、木タールと自前の薬を煮込んだものを混ぜた塗り薬を塗って、植物の油で作った軟膏を塗る。

「もし十日ぐらいから痺れや熱が出たら、例の白い粉薬を使え。

 鼠咬症は思ったより恐ろしい病気だ。
 治ったと思ってもぶり返すからな。
 あれには普通の毒消しが効かん」

 手際の良い応急処置である。
 この時代の医療とは、呪文や魔法の薬によるものでなければ、半ばインチキのようなものも多い。
 シグルトのそれは、開業医ができるレベルである。

「儂のおった修道院では、穀物倉の鼠に噛まれる修道士が毎年おったものじゃが…
 死んだ奴は聞かんわい。
 
 ま、油断しなければだいじょうぶじゃよ。
 ちゃんと傷も塞ぎ、妙な傷みや頭痛も無い。
 
 それに、儂は身体が丈夫なのは取り柄での」
 
 厚い胸を張って応えるスピッキオ。
 彼は、背の高いシグルトを見下ろす体格である。
 
 ロマンが、油断しちゃだめだと釘を刺す。

「シグルトの言うとおり、鼠はたちの悪い病気を媒介するんだ。
 スピッキオの修道院にいた鼠は、ごく普通の穀物ばかり食べていたから、あまり病気の温床にはならなかったんだよ。
 
 下水道や墓地に近くに出没する鼠は、疫病を持ってることもあるから、注意しなくちゃね」
 
 そういうもんかの、とスピッキオ。
 
「鼠なんて…大っ嫌いっ!!」
 
 和やかな“風を纏う者”の後ろで、鼠の襲来に驚いて腰を抜かしているルティアが、幅の広い涙を流しながら転がっていた。
 
  
 その後、一階をくまなく捜査すると、レベッカもお手上げらしい特別な鍵の扉で閉じられた離れを発見する。
 そこまでは敵との遭遇もなかった。
 
 離れに続く庭で辺りを見回していると、ロマンが使えそうな薬草を見つけたが、茂みに隠れていた大蛇が襲いかかって来た。
 おそらくは森に住んでいた蛇なのだろう。
 
 シグルトとラムーナが連携して、その大蛇に対抗する。
 大蛇はわりと見掛け倒しで、仲間の猛攻ですぐに斃されてしまった。
 
「丸々と太っておいしそうだよ~」
 
 蛇に噛まれたため少々怪我を負ったラムーナだが、スピッキオが癒しの秘蹟でそれを治す。
 この蛇は大型の無毒のものだったので、解毒の必要はなさそうだ。
 治療の間、手持ち無沙汰の間に蛇の死体をつつきながら彼女が言うと、ルティアの顔が、ひぃ、と引きつる。
 
 食料が無い場合はこういったものも充分な食べ物になるし、蛇の肉は臭みは強いもののまだ食べられる。
 それに血がかなりの強壮作用を持つのだ。
 
 結局、蛇を食べるなんて野蛮よ~、と横で頭を抱えているルティアの側、側で昼食となった。
 ルティアは今までの行動(ほとんど邪魔しかしていなかったので)から“風を纏う者”に完全無視され、目を四角くしながら、自前のビスケットを鼠のように齧っている。
 
 食べるものはあるからと、大蛇の死体はシグルトが庭に埋めて処分した。
 
 
 午後は、屋敷の二階を調査することなった。
 そこは結構な広さがあり、シグルトたちはまず階段を上って西側から調べることにする。
 
 左の通路から入って一番奥には、二つ空樽の置かれた部屋があった。
 レベッカが観察を始める。

「ふへ…?」
 
 何かが頬に滴り落ち、ルティアが天井を見上げると、急に黒いものが舞い落ちて来る。
 
「うきゃぁぁあ~!!!」
 
 鼻の上にしがみついた〈それ〉を必死に引き離しながら、逃げ回る少女の横で、シグルトは溜息を吐いて剣を抜いた。
 
「蝙蝠程度に、何驚いてるのよ…」
 
 他の面々も呆れ顔だった。
 湿気のあるその部屋は、蝙蝠にとって最高の住処だったのだろう。

 シグルトとラムーナが髪を引っ張られたが、治療も必要なさそうだった。
 
 ロマンが【眠りの雲】を唱えると、蝙蝠たちはばたばたと眠る。

「館の中にいる危険な生き物は、駆除するんだったな?」

 暴れたルティナがせっかく眠らせた蝙蝠を起こしてしまうといったハプニングもあったが、端から倒していく流れであった。 
 結局眠らせた蝙蝠を窓から追い出したり、逃げ回る蝙蝠を仕留めるまで、ルティアは始終逃げ回っていた。

「ぜぇ、はぁ…」
 
 激しい息切れをしている少女の横で、“風を纏う者”の一行は手分けして掃除と調査を始める。
 ルティアはいちいちオーバーなリアクションをするので、付き合っていても疲れるだけだからだ。

 その部屋では、樽の下からこの屋敷の地図らしきものを見つけ出した。

「これは、一階の見取り図よ。
 さっき入れなかった離れはこれね。

 これは樽の絵があるから、酒倉かしら。
 人型のような記号は、骸骨が居た当たりだからガーディアンだと思うわ。
 
 隠し部屋についても書かれているけど…こっちの記号は何かしら?」
 
 レベッカが離れの南に、人型と一緒に描かれた記号を指差す。
 ロマンがそれを覗き込み、ああこれかと頷いた。

「多分、巻物(スクロール)だね。
 書庫かも知れないよ。
 
 これは、カルバチア出身の古い魔道師が使っていた書物を著す象形記号だから。
 それに、ホールと同じく隠し部屋になってるみたいだ。
 
 ほら、扉が書かれてないでしょ?
 
 遮蔽魔術をやってただけあって、この館の主人は隠し部屋を作るのが好きみたいだね」
 
 地図を囲んで話を始めたシグルトたちの横で、ようやく行きが落ち着いたルティアは、再び幅の広い涙を流しながら孤独と疎外感に耐えていた。

「えぅ…
 
 もしかして放置?
 完全無視って奴?
 
 この人でなし~っ!!!」
 
 床をばんばん叩き、喚いているルティアは、やはりいないかのように無視されるのだった。
 

「この辺りで今日は切り上げないか?
 
 蝙蝠の駆除に随分掛かってしまった。
 もう薄暗いし、照明の無い時間帯に無理に調査するのも問題がありそうだから、此処で一泊しよう。
 
 さっき調べた廊下から続く二部屋の寝室があったから、男女別に分かれて休めるはずだ。
 二人ずつ眠れるから、見張りは二人出ると丁度いいな、
 
 俺が廊下で最初の見張りに立つから、もう一人女の方から出て、他は眠ってくれ」
 
 シグルトは魔物の襲撃に備えて〈トリアムール〉の風を纏うと、一行に休息を勧める。

 館の客室だったのか、屋敷二階西側に面した二部屋はベッドが置かれ、まだ使える蝋燭も置かれていた。
 1部屋にベッドは二つずつ…四人は休める計算だ。
 
「あう~
 
 そうさせて貰うわ…」
 
 先ほど走り回って疲れたのか、ルティアは真っ先に部屋に籠もって休んでしまった。

「じゃ、私は先に休ませて貰うわ。
 
 二刻(四時間)眠った後、交代するから…
 スピッキオとロマンはあっちで寝て。
 シグルトを休ませて上げなくちゃ、だめだからね。 
 
 ラムーナは…私と交代で、先に見張りにする?」
 
 ルティアにベッドの一つが占拠されてしまい、休むことが出来ないのだ。
 ラムーナが快く見張りを引き受けると、一行はその館で一晩を過ごすことにした。
 
 見張りに立ったシグルトは、ラムーナと交代で互いの武器を整備し始めた。
 
 シグルトの持つ剣は繰り返し鋭い斬撃を放っていたが、刃こぼれ一つ無い。
 一見武骨にも見えるが、これは銘工が鍛えた逸品なのだ。

「ラムーナの剣は調子がいいようだな。
 だが、ブレッゼンも言っていたように、斬るための武器を考えるのもありだな。

 確かに小剣の類は、正直お前向きの武器ではない。
 
 突く時以外は、ほとんど肘や蹴りで戦っているだろう?
 それは、お前の戦い方が斬撃に向いているからだ。
 
 自身が非力な場合、自然と軽量の武器を使うことになる。
 敵に大きな傷を負わせるには、体重をのせるか勢いをつけて振り回すのが一つの方法だ。
 お前は小柄で体重も無から、精度と振りで威力を増すべきだが…
 
 小剣(ショートソード)は、突きを主体にした武器になる。
 刃渡りがない分、振り…難しくは遠心力と言うんだが…それには全く向いていない。
 
 遠心力を最大に活かせる武器は、片刃の刀。
 効率よく引きながら裂き、斬れるように、反りのある物が理想的だ。
 
 具体的には、軽量の月氏刀(タルワール)か獅尾刀(シミター)。
 刀剣類は、東方の品が軽量で、特に切れ味が優れている…」
 
 武具の講釈を始めたシグルトは、不意に話を止めてラムーナを見つめた。
 愛らしい大きな瞳でシグルトを見上げ、彼女は一言も聞き逃すまいと、真剣な顔で聞いている。
 
 ラムーナはひょうきん者だが、素直で真面目な娘だ。
 “風を纏う者”の中で、一番仲間の言うことをよく聞いてくれる。
 
 シグルトは滅多に見せない優しい笑みを浮かべると、そっとラムーナの頭を撫でた。
 そして、今まで疑問に思っていたことを口にする。

「…ラムーナは、生まれが月氏族なのか?
 
 お前が西方に来たばかりの頃、掌にあったのは指甲花(ヘナ)でするというまじないの痕だろう?
 最初は装飾品の痕だけだと思っていたが…」
 
 ラムーナが大きな瞳を丸くした。
 シグルトが何気無く聞いたことは、西方では知られていない文化なのだ。
 
「…昔少しだけ聞いた、月氏のラーマ王の物語や驚天動地の神話は衝撃的な話だった。
 
 お前の踊ったという月の女神の舞踏は、宿曜(星の運行による運命の変動)を司るチャンドラ神の舞踏なのか?
 好ければ色々と教えて…」
 
 話しかけて、シグルトは照れたように頭を掻いた。

「…すまん、一人で話をしてしまったな」

 シグルトはいつも難しい話はロマンとしているから、このような事を聞くのは珍しい。
 
 ラムーナは少し小首を傾げて、すぐににっこりと笑うと頷いた。

「シグルトは詳しいねぇ。
 クリシュナ様やシヴァ様ならともかく、チャンドラ様を知っている西方の人なんて、私いないと思ってたのに。
 
 私、月氏族って呼び方は知らないけど、チャンドラ様は知ってるよ。
 
 スーリヤ様が昼を照らし、夜のお星様たちはチャンドラ様が司って、人の運命を良くしてくれるの。
 だから、私の踊っていたチャンドラ様の踊りは、幸せになれるっていうおまじない。
 
 私の国では、誰でも綺麗な宝石や飾りで身を飾るの。
 お金持ちでも貧乏でも、それが普通なんだ。
 
 身に付けたキラキラ…それはチャンドラ様の幸運の欠片で、お星様を表すんだって。
 
 別の国では全然違うらしいけどね」
 
 故郷のことを思い出したのか、ラムーナは饒舌になって、嬉しそうに神話のことや国のことを話す。
 この国が寒いところで故郷はいつも暖かい、と言う話になると、シグルトは「羨ましいな」と微笑んだ。

「俺の故郷は、寒い国でな。
 年の四分の一は、どこかに雪が残っていた。
 
 冬場は塩漬けした、もの凄い匂いのする肉や魚を食べる。
 魚は水をやらなければって、蝿も逃げ出しそうな魚の悪臭を隠すために、香草入りの辛い麦酒をがぶがぶ飲むんだ。
 
 幼少の頃住んでいた家は、近くに宿があってな。
 腹の弱い異国の旅人が、胃もたれを起こして目を回したと、時々聞いたよ。
 
 肉か魚ばかり食べるから、脚気になって、終いには歯茎から血が出て死ぬ奴もいる。
 食べ物が偏っていて、だから母が作ってくれた手作りのジャムをつけたパンは、御馳走だった。
 
 妹は苔桃のジャムが大好きで、泣きそうな顔で俺の分を見るから…結局全部渡していたよ。
 小さな頃は味を忘れていたな。
 
 ぼそぼそしたパンを囓るのは、気分が荒む。
 だから、母の話してくれる異国の物語を聞いて…
 
 異国の食べ物はどんな味がするんだろうか?
 雪の無い冬とは、どんな感じなのか?
 海から吹くという潮風は、どんな香りなのか?
 
 そんなことを考えて、悶々と夜を過ごした。
 
 皆雪が溶けると、理由を見つけて祭を開く。
 酒を飲んで、冬に溜まった鬱憤を晴らすために。
 
 粗悪な酒に酔って、普段は顔をしかめて食べる煮込みを御馳走にして…
 わびしい気持ちになったら、皆で歌う。
 寒い時は肩を寄せ合う。
 
 昼は太陽と空を見上げ、夜は星と月を眺めて…
 
 貧しい国だったし、嫌な思い出もたくさんある。
 だが、それでも故郷とは懐かしいものだ」
 
 見上げれば屋根しかないが、シグルトの瞳には故郷の空が見えるようだった。

「…うん。
 
 私もね、お姉ちゃんに踊りを教えて貰う時は、いつも楽しかった。
 
 お母さんがね、一度だけ腕輪をくれたことがあるの。
 木の腕輪で、上から赤く塗っただけのなんだけど、とっても嬉しかった。
 国ではずっと着けてたんだよ。
 
 賭け事に勝って上機嫌だったお父さんが、一度だけお小遣いをくれたことがあったわ。
 それで買ったお菓子を、弟と分けて食べたの。
 
 …凄く、美味しかったぁ~」
 
 二人とも故郷を追われた身だった。
 
 シグルトは愛に破れ、傷心を抱えて国を去った。
 ラムーナは父親に売られ、奴隷として海を渡った。
 
 だから二人とも、互いの気持ちがよく分かるのだ。
 痛苦と共にあった故郷を懐かしむ事が出来るのは、今が幸せなのだと知っているから。
 
 シグルトとラムーナは、互いに穏やかな笑みを浮かべて故郷を想った。
 

 次の日、早朝から“風を纏う者”の面々は探索を再開した。
 筋肉痛で呻いているルティアは、自業自得と言われ、半泣きで一行についてくる。

 さらに調査を進めると、二階の東に念入りに鍵と罠が仕掛けられた扉があった。

「罠の残り方からいって、この先は荒らされていないわね。
 
 お宝の見つかる可能性が高いわよ」
 
 わくわくとした様子のレベッカに、シグルトは首を振った。
 
「これだけ念入りに封じられたエリアだ。
 
 何か守護者を置いている可能性がある。
 これまでの構成だと、隠し部屋にすら骸骨どもを配置していたからな。
 
 油断無く開けるぞ」
 
 シグルトの言葉に、一行は緊張した様子で扉を開けた。
 
 ギギギ…

 部屋に入った瞬間、置いてあった木製の人形が動き出す。

「うきゃぁぁっ!!
 
 またぁっ!?」
 
 騒ぐルティアは無視され、“風を纏う者”の面々は戦いの構えをとった。
 
 ゴーレムとは魔法によって仮初の命を吹き込まれた、主に忠実な魔法生物である。
 この木製ゴーレムは丸太を人型に組み立てたような形をしていた。

 レベッカが転倒を狙って足払いを仕掛けるが、逆に大振りの一撃を振るわれて後退する。
 妖精の加護で攻撃がそれたため、傷は受けていない。
 
 そこにシグルトが斬りかかった。
 放った〈トリアムール〉の風で隙を作り、押し切るように剣を振るう。
 
 相手のゴーレムは硬く、大きな傷を与えられない。
 シグルトはゴーレムの首に斬りつけるが、剣はめり込んで抜けなくなる。
 抜けないならと、そのまま振り回して壁に叩きつけ、終にゴーレムを粉砕した。

 スピッキオが殴られて傷を負うが、癒しの秘蹟で傷を回復し、続けて守りの秘蹟を自身に宿すことで壁になって耐える。
 
 しかし、大きな動作の隙をつかれ、もう一体のゴーレムが振るった拳がシグルトの頬に突き刺さった。
 よろめきながら、切れた口に溜まった血を吐き捨て、シグルトは何とか体勢を整えた。
 
 スピッキオがシグルトをフォローするように、杖で反撃に転じている。
 主力はシグルトとラムーナに任せて、補助的な攻撃に専念していた。
 彼の杖では硬い敵に大きな効果を与えられない。
 
「…《穿て!》」
 
 ロマンの【魔法の矢】が、シグルトを襲ったゴーレムを粉々に粉砕する。
 この手の魔法生物に対して、この魔法は大砲のような効果があるのだ。

 最後の一体に向け、シグルトは風で勢いをつけ、アロンダイトを叩き込む。
 ゴーレムの放った拳を躱し、鋭い突きで敵の逆手を粉砕していた。
 
 ラムーナがシグルトの影から、フェイントを仕掛けるが、魔法生物であるゴーレムはそれに乗ってこない。

「こんにゃろっ!
 
 これだからこの手の魔法生物は嫌いなのよっ!!」

 レベッカが悪態を吐くが、満身創痍で反撃してくるゴーレムは関節を軋ませるだけだ。
 
「…《穿て!》」
 
 ロマンが放った二本目の【魔法の矢】で、最後のゴーレムが砕ける。
 それが力なく崩れ落ちると、シグルトは大きく息を吐いて剣を下ろした。 
 
「苦戦したな…」
 
 自分の傷を【堅牢】による集中で緩和し、トリアムールの召喚で万全に備え直すと、シグルトが呟いた。
 さすがに要所警護用のモンスターである。

「シグルトがかけてくれた援護の術が無かったらやばかったわ。
 
 でも、シグルトって、勘が良いわよね。
 貴方の打つ手って、的確に守ってくれるもの」
 
 レベッカが周囲を探りながら、半透明にぼやける自分を指差す。
 
「…たまたまだ。
 
 何はともあれ、大怪我にならなくてやかったよ」
 
 体術によって血流を操作して出血を抑えると、シグルトは殴られた箇所を調べつつ答えた。
 通常なら数本の歯が折れているだろうが、そこは普段から骨などの硬い物ばかり食べているシグルトである。
 見かけの美しさに反し、屈強だ。
 
 シグルトが水をかけた手拭いで頬を拭く程度の応急処置を終える間、奥の方にあった小部屋を調べていたレベッカが隠し扉を見つけた。
 入ると、それは一方通行の回転扉である。
 
「うげ…」
 
 下品な声を上げるルティアに、スピッキオが説教を始めた。

 とりあえずその部屋には他に出口があったので、レベッカはほっとしつつ部屋を調べ始める。
 
 奥には宝箱があり、宝石と貴重な【魔法薬】があった。
 
「これは…今回一番の発見だね。
 この【魔法薬】って市販されてないんだよ。
 
 僕たち魔術を使うものにとっては、その力が枯渇しても、これがあれば回復出来るし。
 
 ま、僕ならちゃんとした工房があれば他の安い薬と調合して、もっとすごい薬を作れるよ」
 
 その横で、この部屋で手に入った宝石を鑑定していたレベッカが言った。
 
「さっき一階で手に入った宝石と一緒にすれば、銀貨で八百枚ぐらいにはなるわね。
 
 依頼一回分ぐらいの稼ぎになったわ」
 
 さらなる収入に、レベッカは嬉しそうに宝石を磨いていた。
 
 「一個ぐらいくれても…」というルティアの呟きは、当然無視されるのだった。
 
 
 二階にあるもう一つの部屋で、シグルトたちはこの館の主であったグリシャム・ブロイの亡霊(ゴースト)に出会うこととなった。
 
 最初、亡霊という強力なモンスターの出現に、一行が緊張し、ルティアは泣きながら逃げ回った。
 その中で、意外にもスピッキオが仲間の構えを解かせたのである。
 
「どうやらこの亡霊、戦意はないようじゃ。
 
 邪悪な雰囲気を持っておる様子も無いの」
 
 グリシャムの亡霊は一行の話を聞き、シグルトたちがこの館を勝手に探索していたことは責めなかった。
 だが、妻との思い出の場所を他の人間に盗られたくは無いので隠してしまいたい、とこの屋敷のどこかにあるという遮蔽装置を持ってきてくれるように頼んで来た。
 
 ルティアが安請け合いをしてレベッカに頭を小突かれていたが、シグルトはグリシャムの頼みを承諾するべきだと提案する。

「この館の、本来の持ち主がこう言っているんだ。
 
 俺たちが依頼を受けたのは、この屋敷の持ち主がオリーバーストン男爵であることを前提にしていた。
 男爵は、形はどうあれ館の主から承諾を取っていなかったことになる。
 
 俺たちは依頼主に、情報の不提示を問い正して調査分の金を貰えばいい。
 交わした契約の内容から、調査費として銀貨五百枚ぐらいは請求可能だ。
 
 レベッカが交渉してくれれば、容易いはずだが…」 
 
 スピッキオは亡霊の昇天のためだといい、ロマンは偉大な魔道師の最後の願いなら、と承諾する。
 欲が無く仲間に合わせるラムーナの意見はわかりきったようなものだった。
 
「はいはい。
 ま、あの太っちょからはいくらかせしめてやるわ。
 
 その〈遮蔽装置〉ってのを使うと、館ごと完全に隠蔽されるんでしょ?

〝館が消えてしまいました。
 
 今では跡形もありません〟
 
 みたいに言えば、問題ないわよ。
 私たちの仕事って〈屋敷の調査〉だから。
 調査対象が無いんだもの。

 嘘じゃないしね。
  
 この館の宝石類を変わりに貰えるわけだし、十分元は取れるわよ」
 
 レベッカも仕方ない、と請け負う。
 
「相変わらず強欲だのう」
 
 レベッカの守銭奴ぶりにあきれるスピッキオだが、あんたたちが揃いも揃って馬鹿正直なだけよ、とレベッカは肩をすくめた。
 
 
 グリシャムがいた部屋には隠し部屋に通じる扉があり、その奥の部屋には書物と火晶石、鍵が置かれていた。
 
 それらを回収すると、ルティアが遮蔽魔法の巻物を勝手に奪ってしまった。
 彼女は勝手にグリシャムと交渉し、彼の遮蔽魔術に関する書物を貰い受けられるように話を進めてしまったのだ。
 
 レベッカがそれを咎めようとすると、ロマンが止める。
 
「ロマン、あなただって古い魔法書に興味があるんじゃない?」
 
 するとロマンはそっと耳打ちした。
 
「グリシャム・ブロイは偉大な魔道師だったけど、魔法の研究は日進月歩だよ。
 
 ブロイが活躍していた時代の魔法より、優れた魔法が数多く開発されてるんだ。
 
 あの巻物、実はリューンの大学に写本があるんだよ。
 今じゃ読む人いないと思うけどね。
 
 遮蔽魔術は、後に次元操作の魔術に取って代わられるんだ。
 系統として空間操作系の魔術に集合され、近代にアジューリンとか有名どころがもっと簡単で効率的な魔術を開発してる。
 
 この魔術は、術の方向性と応用性において研究すべき余地が多過ぎたんだよ。
 ほとんどの術が静止状態を基本とするから、他の術と一緒に使えないし、ちょっとした要素…空間の振動なんかで術式が破綻するし。
 
 加えて、進化形である次元魔術の研究過程で、遮蔽装置の暴走が起きて研究者が行方不明になったりしたから、前身の遮蔽魔術を含めて学連はこの魔術の研究に消極的なんだ。
 
 お姉さんが持ってる魔術書の写本を読んだ事があるけど、儀式の複雑さが問題視されてて、ものすごく高価な装置が必要なわりに、出来ることが限られるんだよ。
 隠れる、隠す程度しか出来ないし元が取れないからって、魔術師はほとんど手を出さないんだ。
 この館は、館そのものが魔術装置だから、大がかりな遮蔽術式が展開可能だと思うんだけどね。
 
 それに、お姉さんが持ってるの、あれも写本なんだ。
 本物はブロイの弟子が譲り受けて、今はカルバチアの図書館で貸出禁止書物になってるね。
 
 あの巻物は、ほとんど価値が無いと思う。
 末端で銀貨百枚ぐらいかな。
 好事家が出しても、銀貨三百枚になれば上等だね。
 虫食いが酷いみたいだし。
 オリジナルなら銀貨千枚ぐらいになるはずなんだけど。
 
 …装置とか触媒が必要になる魔術の書物は、基本的に触媒とセットでないとほとんど売れないんだ。
 そうだね…例えるなら、イヤリングを片方だけ売ってる感じかな? 
 
 ま、あのルティアってお姉さんにあてがって、黙らせるには丁度よさそうなものだと思うけど?」
 
 このあたりは流石に“風を纏う者”の頭脳である。
 きっちり鑑定価値まで言われて、レベッカも納得したようだ。

「その代わり、今後手に入る物は、遮蔽魔術以外全部貰えばいいよ。
 
 まぁ、ほとんどの本は虫に食べられて、穴だらけみたいだけど」
 
 それは好い考えね、とレベッカがほくそ笑むと、スピッキオがまた呆れたように溜息を吐いた。
 シグルトとラムーナも苦笑する。
 
 少し離れたところで邪な相談がされているとも知らず、ルティアは手に入れた虫食いだらけの魔術書をうきうきした様子で読むのだった。 
 
 
 二階を探索し終えた“風を纏う者”は、未調査だった離れの開かずの扉を手に入れた鍵で開き、先に進むことが出来た。
 
 手に入れた地図に従い、隠し扉を見つけて中に入ると、館に住み着いていた小悪魔インプが襲い掛かって来た。
 混乱の魔法に苦戦しつつも、シグルトの召喚したトリアムールとロマンの魔法で撃ち落とし、あっさり勝負がつく。
 
 奥には遮蔽装置と、【蜘蛛の糸】という魔術の巻物が置かれていた。
 
「これは僕らが貰うよ?
 
 遮蔽魔法とは関係無いものだからね」
 
 ルティアが何か言い出す前に、ロマンはぴしゃりと釘を刺し、巻物を懐に入れてしまった。
 
(類は友を呼ぶ…かしら?)
 
 レベッカは笑い出しそうになるのをこらえつつ、愉快そうにロマンを見ていた。
 
 
 その後、離れの酒蔵では年代物のワインを二本見つけ、レベッカもホクホク顔だった。

 手に入った物が多く、皆で分けてそれらを背負っている。
 前にレベッカが「ロープはかさむし古くなるからいらない」と言っていたが、慎重過ぎて手荷物を増やしても持って帰れるものが少なくなるのである。
 戦利品を持ち帰る懐の広さも、大切な要素であった。

(た~くさん荷物が入る、魔法のカバンでもあればいいのにな~)

 ラムーナはぼんやりとそんなことを考えていた。
 
 館の調査をし終えて、一行はホールに向かうと、約束通り遮蔽装置をグリシャムの亡霊に渡す。
 外に出ると、魔術装置が発動し、館は跡形も無く姿を消した。

「これで良かったんだよね…」
 
 黄昏るように呟くルティアに、何を今更、とレベッカが戯けて見せた。
 
 
 グリシャムの願いを叶え、屋敷が完全に隠蔽されると、一行はオリバーストン男爵の屋敷に向かった。
 館が消えてしまったことを告げると男爵は不機嫌になったが、それにレベッカが対応する。
 
 依頼主の不手際や法律上の問題をロマンと一緒に指摘し、レベッカは銀貨千枚をせしめた。
 ただ、お金を取るばかりではなく、レベッカは男爵が求めるような物件をカルバチアの盗賊ギルド経由ですでに見つけており、咎められることは無かった。
 
 自分の別荘が見つかってほくほく顔の男爵は、また仕事を依頼すると宣言し、一行は〈依頼を失敗した〉という扱いにはならず、名を貶めずに今回の依頼を終えるのだった。
 
「なかなか実のある仕事になったわね~」
 
 狡猾な女盗賊は、懐の銀貨の重さに頬を緩めていた。
 
 
 “風を纏う者”一行がルティアと別れる時のことである。
 
 ロマンはルティアに何か伝える。
 こてん、と魂が抜けたかのようにルティアが地面に倒れた。
 
「何を言ったの…
 
 あの娘、髪が抜けそうな落ち込みようよ?」
 
 大したことじゃないよ、とロマンは言った。
 
「あの本の装置を、現代で用意するための費用だよ。
 
 人件費や貴重な材料費を考えると、銀貨十万枚ぐらいは必要だよって…」
 
 そりゃ落ち込むわ、と今までの扱いを棚に上げ、レベッカは初めてルティアに同情するのだった。



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