Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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『狂気の輪は回り出す』

 時が止まったように、海は凪いでいる。
 
 対峙する2人の剣士。
 彼らは今、生死を賭した一撃を互いに備え、その決着をつけようとしていた。
 
 大剣を担ぎ、一刀両断にせんと睨み据えるのはアレクセイ。
 体勢低く、急所を貫かんと低く構えるのはグウェンダ。
 
 冷や汗の代わりに、互いに負った傷から熱い鮮血を滴らせ、眉間に皺を寄せて攻撃に集中する。
 
(…やべぇ、気当たりで酔いそうだぜ)
 
 高まる2人の闘気に、その行く末を見逃さないようにと、オルフは拳を握りしめた。
 ぬるりと掌を湿らせた汗が、心地悪い。
 
 ふわりと吹いた一陣の風に、2人はまだ動かない。
 
 アレクセイ側、オルフ側ともに、敵味方を問わず呼吸さえ忘れていた。
 それほどに目前の2人は張り詰めている。
 
 次の風が吹いた時、ついにアレクセイが動いた。
 弾けるように、グウェンダの腕にも筋が浮かぶ。

「―…止めてっっっ!!!」
 
 突然の叫びに、両者は得物を振るいきれなかった。
 
 ぶつかり合った刃が火花を散らし、グウェンダの剣はわずかに欠けて、破片を散らす。
 甲板にそれが刺さった時、アレクセイは驚きに歪んだ顔で、止めに入ったエルナを見つめた。
 
「…アレク、剣を納めて。
 
 グウェンダ、貴女も」
 
 ゆっくりと2人の間に入って立つと、両者の剣の上に白く綺麗な手をのせる。
 
 焦ったアレクセイは、思わず剣を動かしてしまう。
 エルナのたおやかな手が浅く切れ、小さく血の筋が大剣を伝わった。
 一滴、エルナの血潮がアレクセイの白い指先まで流れ、生々しい感触と錆びた匂いを感じさせた。
 
「あ、あぁっ…」
 
 一番傷つけたくない人物に血を流させたと気が付いた時、アレクセイの思考は白一色に染まる。
 腕が震えて支えきれず、そのまま大剣を落とすと、耳障りな金属音が周囲に木霊した。
 
「…私は大丈夫。
 だから、まずは争いを止めて。
 
 どちらが傷つくことも、私は望んでいないの。
 分かるでしょう?」
 
 諭すように、優しい声でエルナが再度促す。
 
 グウェンダはちらりとアレクセイを見つめると、その戦意が完全に喪失しているのを確認して、すぐに己の剣を引いた。
 
「…無茶をする。
 
 だが、貴女の優しさと勇気には最大の感謝を」
 
 すぐに懐から清潔な白布を取り出すと、エルナの手を覆う。
 たちまち赤く染まっていくそれを見て、アレクセイは悲鳴のような声を上げると、駆け出していた。
 
 即座にアレクセイの部下であるオレークが、落ちていた大剣をかっさらうと、その後を追った。
 潮が引くように、バイキングたちも撤退していく。
 
「…助かったのか?」
 
 オルフが情けなく息を吐き出した時、バイキングの長船は逃げるように離れていった。
 
 
「…傷つけた、私がっ!!」
 
 焦点の定まらぬ様子で瞳を泳がせ、アレクセイは唇をわななかせていた。
 
 困ったように部下のオレークが、その傍らにアレクセイの大剣を置く。
 エルナの血は綺麗に拭き取られていたが、それを見た途端にアレクセイは叫び声を上げた。
 指先に残った血の感触が、湧き起こる恐怖に変わる。
 
 アレクセイは穴でも空けそうな勢いで、己の頬を掻きむしった。
 赤い雫が長船の甲板に、ぽたりぽたりと滴り落ちる。
 
 アレクセイの自傷行為を深刻に見たオレークは、力自慢の相棒ゴルドバと一緒に押さえに掛かるが、アレクセイが腕を一降りした瞬間に2人で虚空を舞っていた。
 細身に見えるが、アレクセイの怪力はオーガすらねじ伏せる。
 
 慌ててバイキングたちも加勢するが、アレクセイが大人しくなるまでに5人のバイキングが海に転落し、7人が打撲で気を失うことになった。
 押さえられ、自傷行為を止めたアレクセイだったが、その目は死んだ魚のように濁って見える。
 
「そんな、そんな目で見ないで下さい…」
 
 エルナの哀しそうな瞳が思い出される。
 
 歯を鳴らして呟くアレクセイは、斬り込んだ時の威勢などまるで感じられない。
 子供のように振るえる姿は、誰かに救いを求めるように弱々しかった。

 
 バイキングの襲撃により一日後…
 燦々たる有様の〈白き疾風〉であった。
 
 だが、エルナの秘蹟で一命を取り留めた船長ガリズが、ベットから陣頭指揮を執り、少し遅れつつも船は南へと進んでいる。
 
 激しい戦いのストレスからコールは寝込んでしまい、何も出来なかったバッツは体裁が悪いのか船内に籠もって姿を見せない。
 目覚めた後のフィリは脳震盪のせいか不快を訴えて安静にしていたし、ニルダは危険が去ったことを確認すると、エルナと共に船員の治療にあたっていた。
 
 そんな中、1人オルフは甲板で無心に剣を振るっていた。
 
「…無茶をしても腕は上がらんぞ。
 
 がむしゃらになるより、まずは目的を定めることだ。
 自棄は身を滅ぼすものだからな」
 
 声に振り返れば、グウェンダがいた。
 その青ざめた表情でさえ、美しいと感じさせる美貌の女傑である。
 
 アレクセイに砕かれた鎖骨は、エルナの秘蹟でほぼ完治しているが、失血で船酔いが悪化したとの話だ。
 こうやって立っているのさえ苦痛なはずだが、それを感じさせない強さが言葉の中にあった。
 
「…だろうな。
 
 でも、身体を動かしてねぇと不安でよ」
 
 剣を下ろしたオルフは、大きく息を吐いた。
 手に持つ剣は、ヴァイキングの1人が船に落としていった、骨董品のような代物だ。
 
 アレクセイの攻撃を凌いだ際、オルフの得物は砕けてしまった。
 
 圧倒的な実力差である。
 今生きているのが奇跡だった。
 
「まったく、情けねぇ。
 
 あんな見た目ひょろい奴に、手も足もでなかったんだからよ。
 今でも思い出すだけで、震えてきやがる。
 
 酒飲むか、段平ぶん回して喝いれなきゃ、すぐに思い出して冷や汗をかいちまうんだ。
 戦場じゃ、何時野垂れ死んでも平気だと思ってたんだが、案外俺は臆病みてぇだよ」
 
 慣れない剣を振り続けて潰れた手の豆を撫でながら、オルフは暗い声で呟いた。
 
「死への恐怖と、強敵への恐怖は、似て非なるものだ。
 
 死は戦士の誰にも身近だから、そのうち慣れる。
 だが、実力差に絶望した時の恐怖は、寒々しいものだ。
 熟練の武人でも、素人のように肝が冷える。
 
 そうならないのは、鈍感なだけの愚物だけだ。
 だが、誰しも覚える恐怖なら、克服できる者もいる、ということ。
 
〝どんなことでも乗り越えられれば、次にはもう少し強くなっている…〟
 
 昔私に、そんな風に言ってくれた男がいたよ」
 
 間も無く日が沈もうとしている。
 茜色に染まったアッシュブロンドの髪を梳きながら、グウェンダは何かを懐かしむように口にした。
 
「…その男ってのは、シグルトっていう、あの男なのか?」
 
 オルフが何気なく尋ねると、グウェンダは嬉しそうに微笑んでしっかりと頷いた。

「相当惚れ込んでるんだな。
 
 あんたみたいな好い女に、そこまで想われてる野郎が、ちっと妬ましいぜ」
 
 照れる様子も無くシグルトへの好意を露わにするグウェンダに、御馳走様とばかり、オルフは戯けて肩をすくめた。
 するとグウェンダは口を引き結び、何かを耐えるように、夕日に染まった海に目をやる。

「お前の言う通り、心底惚れている。
 
 だからこそ、肝心な時にあいつの側で支えてやれなかった自分が悔しい。
 
 振り向いてくれなくてもいい。
 側に居て、何かしてやりたいんだ。
 
 …こういう女は、男にとって煩わしいだろうか?」

 振り向いたグウェンダは、年相応の恋する乙女だった。
 この娘もまた、不安を抱え悩んでいるのだ。
 
 オルフは、くよくよしていたことが馬鹿らしくなった。
 こんなにも強い剣士でさえ、恋心の前に苦悩して居るではないか。
 
「鬱陶しい…そうだな。
 ただ粘着質な女ってのは、そうかもしれねぇが…
 あんたほどの女になら、話は別だぜ。
 
 あの男にそこまで惚れてるんなら、とっつかまえて旦那にしちまいな。
 寂しい男は、捕まえてくれる女にくらっとくるもんだ。
 
 昔、俺が始めて戦場に出た時、初めて人を殺したことが怖くて震えていたらよ…
 戦で旦那を亡くしたって女が、慰めてくれたんだ。
 
 今は顔も思い出せねぇんだが、そん時はその女に心底惚れてたぜ。
 次の戦争に引っ張られてた間に、その女は他の男とくっついちまったけどよ。
 
 まだほんのガキだった頃の、こっ恥ずかしい初恋って奴だ。
 あんときゃ、何で逃げ出してでも女の側に居なかったのか、って悔やんだよ。
 大の男が、振られて半泣きだ。
 
 …そんだけ惚れるほど、支えて貰うってのは嬉しいんだよ。 
 
 人間ってやつぁ、時にはつるんで傷を舐め合うのも、必要なんじゃねぇか?
 
 御大層な叙事詩のとってつけた絵空事より、泥臭くても、腹に漲るような惚れ方すりゃいい。
 俺なら、追っかけて来たなんてその一言で、コロリだぜ」
 
 グウェンダは、そうかな、と頷くがすぐに首を横に振った。
 
「あの男の一途さ、頑固さを考えれば、その程度ではダメだな。
 それに、そんなに簡単に振り向く男なら、私の知る限りで24回は別の女になびいている。
 
 故国を旅立つ前、ちょっとした恋敵の動向も耳にしたし、な。
 
 前途多難だが、励むとしよう」
 
 日が沈む瞬間に微笑んだグウェンダは、とても魅力的に苦笑していた。

 
「実は、もう船がもたねぇんだ。
 
 場所的にはあんまり好ましくないんだが、キーレの北にある蛮族領にほど近い場所に、小さな入り江がある。
 そのまま南下すると蛮族領に突っ込むことになるから、船の修理に使う資材を北で集めて応急処置してから、入り江を出て南下するルートにするつもりだ。
 
 しかし、修理の間、困ったことに船員分の食料しか維持出来ねぇ。
 
 あんたたちには陸路を使って南下して貰いてぇ。
 少人数なら、蛮族の領土をばれずに移動できるはずだぜ。
 
 このあたりの連中は、何でか海には近づかねぇから、海沿いに行けば危険は少ないだろう」
 
 ガリズが申し訳なさそうに口にすると、早速コールがクレームをつけた。

「私たちに、あの蛮族の領土を南下しろと言うのですかっ!
 
 この少人数で、蛮族に遭遇したなら、一溜まりもありませんよ?!」
 
 そして、こういう時だけ意見を同じくする者がもう一人…

「冗談じゃないっ!
 
 リューンじゃ、〝キーレにいっちまえっ!〟ってのは死ねってことなんだぜ?
 蛮族の領土に行けってのは、それより悪い話じゃないかっ!
 俺たちを捨てるってことかっ!!」
 
 口から唾を飛ばすバッツに、ガリズは困った顔をした。
 
「あんたたちは、ましなんだぜ?
 
 俺たち船乗りは、船を捨てることが出来ねぇから、残るしかねぇ。
 はっきり言って、此処まで壊れた船を完全に直すには、いつまでかかるかわからねぇんだ。
 
 つまりは、蛮族がいつ来るかわからねぇ入り江で飯の心配しながらこそこそしねぇといけねぇんだよ。
 動くことが出来る悪運に感謝するんだな。
 
 船は、完璧な乗り物じゃねぇ。
 壊れりゃこの様さ。
 
 この程度のことに動じるなら、これから先は船に乗るのをやめるんだな」
 
 辛辣なガリズの返答に、コールもバッツも顔を赤らめて憤慨する。

「ま、命あっての物種だ。
 どっちにしろ、逃げられねぇ海の上よりも、俺は陸の方がいいぜ。
 
 俺は陸路を行く。
 エルナはどうする?」
 
 オルフはさっさと割り切って行動を決していた。
 
「私も陸路を行くわ。
 
 これ以上船の方々に迷惑をかけたくないもの…」
 
 自分が原因で船が襲撃されたと、エルナは心を痛めている。
 ここ数日献身的に船員の治療にあたった彼女を、もう責める者はいないのだが。

(こいつ、何だか危ういんだよな…
 責任感が強いのは良いことなんだが、そのために自分を犠牲にすることを平気でやりやがる。
 
 何かに尽くして、それで燃え尽きちまう、そんな奴だ)
 
 オルフは、数日エルナと過ごす内に、彼女をそんな風に評価している。
 
 だが、オルフは自己犠牲という行為が大嫌いだった。
 何かを活かすために犠牲を出すのは、生産性が無いからだ。
 
 貧しい生活をしてきたオルフは、いつも周囲から自己犠牲を強いられていた。
 他人の犠牲を食い物にし、のうのうと生きる奴がいるのに、だ。
 
 だからこそオルフは、何かの犠牲になることは止めたつもりだった。
 戦場では最低限生きるために、強奪や追い剥ぎじみたことをしたし、さすがに自分と々境遇の貧しい者たちから物を奪うようなことはしなかったが、死人から装備を奪うことに躊躇いは無くなっていた。
 今着ている服や装備品だって、ほとんどは奪った物だ。
 
 元来のお人好し気質から、完全な悪党にはなれないのだが。
 そんなオルフから見れば、自らをすぐに犠牲にするエルナは、危なっかしくもあり、同時に眩しく見えるのだ。

(俺はもう、そんな純粋に他人を気遣うことは出来ねぇからな…)
 
 どこか死んだ妹に似たエルナを、オルフは何とか守ってやりたいと思っている。
 
「それなら、一緒に行くか?
 
 逢った頃みてぇに、状況はひでぇがよ。
 ま、つるんでた方が、出来ることも多いだろ」
 
 オルフが提案すると、エルナは嬉しそうに頷いた。

「ならば、私も一緒に行こう。
 
 どうせ陸路の方が好かったと考えていたところだしな。
 問題は、私の追いかけている男がキーレを越えているかどうかだが…」
 
 グウェンダという強い味方が出来て、オルフは重苦しい気分が晴れる思いだった。
 この女がいれば、多少のことで蛮族に遅れを取ることは無いだろう。

「じゃあ、ボクも一緒に行くね。
 
 うわぁ~いっ!
 オルフってば幸せ者?
 
 これって、ちょっとしたハーレムだよね」
 
 アレクセイとの戦闘で負った傷はすっかり癒え、いつものノリでフィリが話に加わる。
 
「ほほ、どおれ…
 
 ちっと年寄りじゃが、わしも加えてもらおうかの。
 そこな臆病者どもは、こうやって寄りかかるところを作ってやらねば、意固地になってついてこれまい?」
 
 ニルダまでがオルフ一行に加わることを意思表示すると、しぶしぶコールとバッツも一緒に行く意思を示した。
 
「ふぅむ。
 行く者どもが決まった事じゃ。
 わしが一つ好い道を示してやろう。
 
 そこな強い娘御が探している男は、蛮族領には入らず、内陸を南に進んでおるようじゃ。
 あの者は、風に強い残り香を残すからの。
 まったくもって、かの大女神に見初められるとは…末恐ろしい若者じゃて」
 
 そこまで言うと、不意にニルダは悪戯でも思いついたかのように、ニタリと笑った。
 その視線はグウェンダに向いている。

「なんだ、御老体?
 
 私の顔におかしな所でも…」
 
 グウェンダが首を傾げると、ニルダは北を指差して、ほほ、と笑った。
 
「お前さんには強力な恋敵がいるよ。
 
 一人、二人…いや、三人以上。
 特に、もの凄い勢いで、お前と同じように彼の男を追いかけている者がおるようじゃな。 
 
 心当たりがあるじゃろう?」
 
 ニルダの指摘に、グウェンダのクールで秀麗な顔立ちが引きつった。

「…そうか、やはり国を出奔して追いかけて来たのだな、あの年増姫は。
 
 姉依存症(シスコン)の馬鹿王に囲われて、贅沢していればいいものを…」
 
 どこか怨嗟の籠もった様子で虚空を睨むグウェンダに、周囲の男たちは思わず数歩下がっていた。
 どうやら話題の〈年増姫〉という人物とは仇敵同士のような間柄らしい。

「婆さん、あんた何でも知ってる様子だな?
 
 それにしても、まだ追いかけている女がいるなんてよ。
 あのシグルトって野郎は、そんなにもてるのか?」
 
 オルフの問いに、ニルダは然りと頷いた。

「それこそ、人外に惚れ込まれる程の好い男じゃよ。
 
 もっとも、あの男に惚れた女は、生半な覚悟では破滅するじゃろうな。 
 あの男は、修羅の道を生きる宿命を持っておる。
 
 〈刃金〉の宿業…開闢者として彼の大女神に選ばれた者は、刃の道を歩かねばならん。
 弱ければ己の宿命によって、何れ破滅するか、大いなる一つに溶けて消え去る。
 それに抗って輝き、それ故に苦しむ試練の者よ。
 
 刃が宿す危うさと苛烈さを持ち、触れる者を魅了しながら傷つける。
 哀しい哉…彼の男を愛する女たちは右往左往し、男以上に苦労するはずじゃ。
 
 歴史上、英雄になる奴など、皆この類じゃがな。 
 
 本当に罪作りな男よの…」
 
 思えば、この老人はオルフたちとの出逢いすら知っている様子だった。
 謎めいた言い回しをするが、まるで未来が分かっているようだ。
 
「気になったんだけど…
 
 お婆ちゃん、シグルトって人のこと、何でそんなに詳しいの?」
 
 フィリの最もな口ぶりに、一同がはっとする。

「そりゃそうじゃよ。
 
 彼の男を南に誘ったのは、大いなる風とこのわしじゃからな」
 
 さらりと言ってのけるニルダ。
 
 グウェンダが目を剥いたが、したり顔で「聞かれなかったからの」と返している。

「…気にいらねぇな、婆さん。
 
 あいつみたいに疲れてやつれた野郎に、宿命とか、苦しみの道とかよ。
 俺は、婆さんの宗旨なんざ知らねぇが、それに野郎を巻き込んでいいもんじゃないぜ?
 
 あんたの所為で、グウェンダは惚れた男に逢い損なったんだ。
 そんな薄気味悪い企みは、胸くそ悪ぃ」
 
 オルフが眉間に皺を寄せ、非難の言葉を口にする。
 すると、ニルダは一瞬困ったような表情になる。
 
「宿業から、逃げられるものではないよ。
 わしはそれをいち早く教えたに過ぎん。
 
 元来、予知や予言の類は逃れられぬ運命を指して、心構えを与えるもの。
 わしが導かずとも、あの男は宿縁に導かれて歩んだじゃろう。
 あの男がその強さを持っておること、グウェンダは分かっておるはずじゃ。
 
 オルフや、お主は人として生まれたことを指差されてぼやく口かえ?
 
 …宿命を受け入れ、限られた時の中で、変えることの出来る運命を変革することが〈生きる〉ということじゃ。
 わしは誘い導いたが、強制はしておらんよ」
 
 ニルダの言葉に、オルフは二の句が告げず押し黙る。
 元よりそれほど論は立たない。
 
 老獪なニルダと論争したところで、勝てるはずもないのだ。
 
 だが、納得できるわけでもない。
 気分が悪くなり、オルフはそっぽを向いてどっかと床に腰を下ろした。

 グウェンダはニルダに近づくと、やや非難がましい視線を向けたが、一つ大きな溜息を吐いた後、平素のクールな彼女に戻った。
 
「ほほほ、代わりに教えてやろう。
 
 あの男の隣に、どのような形であれ、並ぶつもりならば…強くある事じゃ。
 そうでなければ、あの男を取り巻く宿業に食われるぞ。
 
 あの男を女として愛すれば、それはまず大半報われぬ。
 あれは、生涯妻と願った女を愛し、そしてその愛の証に尽くす男じゃ。
 
 わしが見た命運では、ただ一つの愛の為に、人外魔境に堕ちる宿命。
 死すらも超越して、愛の為に孤高となる刃の道を歩むのじゃ。
 
 果たして、それがお主に止められるかの?」
 
 そして、次にエルナを見た。
 
「…お前もまた、可哀想な娘よなぁ。
 己の心に気付いた時、そこには苦難と悲哀があるじゃろう。
 
 尽くす事じゃ。
 あるいは、何かが変わるかもしれんからの」
 
 ニルダは謎めいた言葉を残すと、不意に見たこともないような暗い瞳をして、眉間に皺を寄せた。
 そして、質問を許さずに去っていく。
 
「…??
 
 変なお婆ちゃん」
 
 フィリがニルダの後ろ姿を眺めながら、しきりに首を傾げていた。
 
 
 船室に入り一人になると、ニルダは大きく息を吐き出した。
 その表情には、深い悲しみと苦悩がある。
 
「…また40年。
 長いはずなのに、短かったの。
 
 この螺旋を訪れるのは、幾度目じゃろうか」
 
 ニルダは独り言を呟くが、不意に雰囲気ががらりと変わる。

「…もう、この年寄り言葉に随分慣れてしまったわね。
 この身体に生まれて、お婆ちゃんになって。
 真実を語らずに、変えようとすることはこんなにも難しいのだわ。
 
 ねぇ、シグルト…
 
 今度こそ、貴方は“開闢の刃金”の担い手を見つけられる?
 あるいは貴方が担い手になれるのかしら?
 
 私やあの娘の宿命を変えることが出来る?
 この、延々と続く茶番を、打ち砕いてくれるのかしら?」
 
 ニルダの声は、口調の変化と共に若い女のそれに変わっていた。
 そして寝室に備えられた鏡に映るニルダの姿は、ブロンドの美しい女であった。
 
「私と同じで、可哀想な女性(ひと)たち…
 すでに彼は魅入られているのに。
 
 彼はこのままなら、きっと今世でもあの娘のために堕ちるでしょう。
 その時、私はまた泣くのだわ。
 
 続く螺旋を、どこまで昇ったのでしょうね。
 繰り返すことには、もう飽き飽きしているけれど…
 
 私はまだ、夢を見ているわ」
 
 そこに立っていたのは老人ではなかった。
 ニルダは、完全に別の姿になっている…いや、戻ったのか。
 
「私が沢山のものを捨ててまで、変革を求めたのに。
 運命の輪は回り続け、物語は紡がれるのでしょう。
 
 貴方は、またあの娘を選ぶ?
 
 今度こそ逢わせないわ。
 だって、貴方は逢えば必ず選んでしまう。
 あの憎い女が残した、あの娘を。
 
 貴方を愛した全ての女性を顧みず、貴方はまた行くのだわ。
 
 そんなこと、今度こそさせるものですかっ!!」
 
 歯ぎしりをして鏡を睨むブロンドの美女。
 その目には、妄執と狂気じみた光が宿っていた。

 
 
 超久しぶりの更新です。
 いやぁ、最近は色々とやることがありまして…
 
 行事とか、生まれて初めて外国に行ったりとか。
 この間タイに行ってきました。
 …言語の壁は厚いです。
 食べたドリアン、ちょっと濃厚すぎました。
 
 ブログは、閉鎖だけはしまいと思ってますが、8月後半までは活動不能になりそうです。
 返事とかもほったらかしで申しわけありません。
 
 
 さて、すごくマイナーにリプレイ2の続きなどを。
 
 ますます謎が深まり、特にニルダお婆ちゃんが凄いことになってます。
 
 シグルト…なんでこいつはこんなにもてるンだぁっっっ!
 …まあ、そういう星に生まれついて居るだけなんですけどね。
 
 今回はアレクセイも凄いことに…
 紙一重の狂気は、人の持つ確かな一面でもあります。
 
 時に活動力でもあり、変革の兆しでもあり、歪めば破滅に繋がるもの。
 往々にして物語には狂気や妄執が見え隠れしています。
 
 いや~んと思わずにいてください。
 フィクションで、ドラマなので。
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『女剣士』

 美しい曙光がイルファタルの港を照らす朝。
 
 肌寒い風に乗って、〈白き疾風〉と名づけられた帆船は、南へと向かって出発しようとしていた。
 
 そんな時、船に向かって駆け足でやってくる女がいた。
 朝日を浴びて、そのプラチナブロンドが煌きながら舞う。
 
 女は軽快に船に飛び乗ると、ふう、と一息吐いて、あっけに取られた船長に向き直った。
 船員たちは女に見入って、ぽかんと口を開けている。
 
 凛々しいという言葉が似合う、背の高い女だった。
 エルナを白い可憐な百合に例えるなら、その女はしなやかな白い薔薇だ。
 
 その身に、男性貴族が着るような袖長の綿詰服(タブレット)と長衣(サーコート)を纏っている。
 腰には緻密な細工をされた鍔と護拳の広刃剣(ブロードソード)を下げ、胸元には小さな銀のクロス。
 長い白金色のブロンドと、北方人特有の白い肌。
 目は細く切れ長で、整った鼻梁と形の良い唇。
 
 人が見惚れるだけの美貌がそこにあった。
 
「このような形で乗ることになってすまない。
 
 遅くなったが、これが乗船許可証だ。
 確認していただけるかな、船長殿?」
 
 やや低い深みのある声。
 口調も男性のそれである。
 
 女は封印された羊皮紙を船長に差し出した。
 船長が羊皮紙の封蝋に押された紋章を確認し、目を見張る。
 商会のものとは違った、剣がドラゴンを刺し貫く紋章…
 
「これは、モーガン子爵の竜殺紋…
 
 あんた、いや、貴女様は?」
 
 慌てて畏まる船長に、女は頷いた。
 
「私はスウェイン王国子爵モーガンの娘、グウェンドリン。
 
 ある人物を探すために南に行く必要がある。
 その許可証を確認してくれないか?
 
 それと、私の部屋を用意してほしい。
 無ければ船倉でも構わない。
 無理を言うのだ、そのぐらいは我慢しよう」
 
 さらに慌てて船長は素早く許可証を確認し、許可証の内容が間違いないことを確かめると、大きな身体を折り滑稽なくらい卑屈に頭を下げている。
 その礼を制すると、女はオルフたちのもとに颯爽と歩み寄った。
 そして、エルナの姿を見つけると大きく目を見開く。
 エルナも何かに気がついたように、驚きで開いてしまった口元を手で隠し、女を見つめ返した。
 
「なんと、カーティンのエルネード殿か?
 
 このようなところでお会いできるとは…」
 
 細い目を見開いたまま、軽く首をかしげる女。
 それでもあっけに取られて口を開くようなことをしないのは、大したものだった。
 
「グウェンドリン様、ですか?
 
 本当に、なんて偶然なのかしら…」
 
 驚きから少し嬉しそうな顔になって、エルナは微笑んだ。
 
「…お国の大事、聞き及んでおります。
 
 御身の無事を神に祈っておりました。
 …マーサ殿は?」
 
 悲しげに首を振り、私をかばって、とエルナが言うと、女は胸元で十字を切って瞑目した。
 
「…エルナ、この人は知り合いか?」
 
 オルフが恐る恐る聞くと、エルナは軽く頷く。
 
「イルファタルの隣国スウェインは知ってるかしら?
 この方は、あの国の子爵様の御令嬢なの。
 
 私が修道院に入ったばかりの頃、外交のためにエンセルデルの教会に滞在なさっていたのよ。
 巡礼で修道院長様に従ってエンセルデルに行ったとき、声をかけてくださって…
 歳が近いからと、親しくしていただいたの。
 
 遠く離れていたけれど、何度も文を取り交わさせて頂いたわ。
 
 こんな場所で逢えるなんて…」
 
 顔見知りに再開できたことがよほど嬉しいのだろう。
 エルナは少し顔を高潮させ、胸の前に手を組んだ。
 
 一方、祈りを終えた女はエルナに柔らかな笑みを向ける。
 
「マーサ殿は残念だった。
 しかし、貴女が無事だったことは嬉しい。
 
 なるほど、南に行かれるとは考えられたな。
 それならば、いらぬ争いにはならぬだろう」
 
 事情を察し、女は深く頷いている。
 
「…ところで、そこな逞しい御仁は?」
 
 ふっ、とブロンドを揺らめかせて女はオルフを見る。
 
「ああ、旅は道連れってやつだ。
 
 俺はオルフ。
 ラインドの子、オルフだ。
 
 なんというか、貴族の礼儀とかわからねぇから、無礼は許してくれ」
 
 オルフの言葉に女は首を横に振った。
 
「先に名を名乗る者が、無礼であるはずがない。
 
 私はグウェンドリン。
 親しいものはグウェンダと呼ぶ。
 不快でなければそう呼んで欲しい。
 
 エルナ殿を助けていただいたようだな。
 その勇気のおかげで、私は友を失わずに済んだ。
 
 …そなたに感謝を」
 
 優雅な一礼に、オルフは照れて頭を掻いた。
 
「エルナ殿、オルフ殿。
 
 道中しばらく共になるが、よろしく頼む」
 
 重ねて礼をする女、グウェンダに、オルフは焦り、その礼を留める。
 
「俺はオルフでいい。
 
 敬語で呼ばれるような身分じゃねぇんだ。
 ええと、グウェンダ?」
 
 合わせるように、「私もエルナと…」、と言うエルナ。
 
 グウェンダは、「喜んで…」と細い目をさらに細めた。
 
 
 船は、グウェンダの登場というハプニングはあったものの、時間通りに出向する。
 
 他の仲間たちは、グウェンダを紹介される。
 口調と格好こそ珍妙だが、グウェンダは礼儀正しく、仲間たちにも船員たちにも好意的に迎えられた。
 
 今、オルフとエルナは、はじめて乗る船から見える海の景色に、言葉を忘れて見入っている。
 朝焼けの輝きは、薄黒い海を輝くうねりに変え、その美しさは幻想的だった。
 
 美しい朝の景色に、フィリも目を輝かせている。
 
 だが、すがすがしい朝に、むっつりとした顔、ぶすっとした表情の男がそれぞれいた。
 
 バッツとコールである。
 この2人は、言い争うことはとりあえず止めたが、その仲の悪さは水夫たちがすでに噂にするほどだ。
 2人とも甲板で景色を眺めているが、互いから顔をそらしていることからも、険悪さが窺い知れる。
 
 そんな2人を、あきれた顔でニルダが観察している。
 コールのお目付け役だというこの老婆は、この2人が衝突しないよう常に見張っており、それが分かるバッツとコールはし、正面からいがみ合うことを止めていた。
 
 ニルダは、宿の騒動の後、騒がしさに起きてきたエルナに自己紹介をし、すでにそれなりに友好な関係を築いている。
 最初エルナは、異教徒とされる精霊術師のニルダに随分気を使っていた。
 だが、ニルダはエルナが他の聖職者のように精霊術師を差別しないことを示し、上手くやっていこうと持ちかけたので、温厚なエルナは喜んでそれを受けた。
 
 ニルダは実に頭がよく経験豊富で、その落ち着いた態度は一行を上手くまとめ上げていた。
 しかし、派手な印象にもかかわらず、ニルダは出すぎたことはしないし、高慢さをまったく感じさせなかった。
 フィリはすっかりこの老婆と意気投合し、精霊の話や、昔話などをせがんでは、興味深そうに話を聞いていた。
 
 エルナもこの老婆を信頼している様子である。
 加えて、ニルダに歳近かくして亡くなった、侍女のマーサと重ね見ている様子もあった。
 
 オルフにしてみれば、この老婆の出現は実にありがたかった。
 バッツとコールを制御できるのはエルナとニルダだけだからである。
 
 エルナの前ではバッツもコールも猫を被っており、加えてエルナはそれを素直に信じるお人好しだった。
 鈍いオルフでも分かるぐらい、バッツとコールはエルナに対して態度が違う。
 バッツはエルナに恋愛感情を抱いている様子で、コールはフェミニスト的な性格に加えて高貴な女性を神聖視しているようだった。
 互いにエルナを大切に思っているのはよい傾向だが、そのあたりでもライバル意識のようなものができたのか、ときおり互いに眼光をぶつけ合っている。
 
 そんな2人が爆発しそうになると、ニルダは実に巧妙に2人を説得してしまう。
 
 気苦労が少なくなって、オルフは初体験の船旅を楽しんでさえいた。
 
 さらに、バッツとコールはその後に船酔いで寝込んでしまった。
 しばらくは起き上がる気力もなくなった様子である。
 2人の猛烈なにらみ合いがなくなったので、オルフはのんびりとした穏やかな時間を過ごすのだった。
 
 だが意外にも、冷静で泰然としたグウェンダも船酔いの影響があるらしく、少し蒼い顔をして海風に当たっていた。
 もっとも男2人よりは、よほど意志が強い様子で、失態を見せはしない。
 
 エルナの話では、グウェンダは優れた剣の使い手だという。
 
 グウェンダの故国スウェインは尚武の国で、女でも武芸を学ぶ。
 とりわけグウェンダは優秀で、女だから騎士にこそなれなかったが、女性の聖職者を守る衛士に任官していたという。
 
「僭越ですが…なぜ南に?
 
 グウェンダのいた、シグヴォルフの聖イヴォンヌ修道院は国外出奔は禁止でしたよね?
 ここにいるということは、もしかして…」
 
 エルナが聞きにくそうに尋ねると、グウェンダは苦々しく唇を吊り上げた。
 自嘲的な笑み、それは決して船酔いのせいばかりではないようだ。
 
「…恥をさらすようだが、告白しよう。
 
 私はシグヴォルフに、親友と呼べる者がいたのだ。
 加えるなら、その女性は、私と共に修道院で幼少期を過ごした、幼馴染だった。
 
 エルナも知っているだろう。
 スウェインやシグヴォルフでは、貴族の女子は一時期修道院に預けられて、信仰と礼節を学ぶ。
 女性とは、そのとき知り合い、互いの悩みも秘密もを語り合う仲だった。
 
 その友の女性には婚約者がいてな…ここからが恥なのだが、私もその男に懸想していたのだ。
 ふふ、色恋など柄ではないと思うが、どうにもならないものだな。
 
 もっとも、友の女性もその男も、深い絆で結ばれていたから、私は身を引いた。
 私の入る余地など、元々無かったのだが。
 
 私の惚れた男は、気持ちの好い男だった。
 恋破れた私にも、変わらずに友として接してくれた。
 だからこそ、私はその男への気持ちを伏して、修道院の衛士としてこの身を神に捧げて一生を終えるつもりでいた。
 
 それに未練がましいが、シグヴォルフの聖イヴォンヌ修道院は、その男と同じ国の空の下にあるはず、だった…」
 
 思わぬグウェンダの恋の話。
 オルフもエルナも、どこか緊張した顔立ちで聞いていた。
 グウェンダは、どちらかというと男勝りの印象がある。
 彼女の情熱的な愛の告白は、悪いと思いつつも意外な話であった。
 
「…素敵な男性だったのですね」
 
 エルナが言うと、グウェンダは頷いた。
 
「私があの男に勝てるものといえば、無謀さと信心ぐらいなものだった。
 
 私同様、焦がれる女は多かったよ。
 
 下級貴族の次男だったが、その武勇と努力で、伯爵家の一人娘だった私の友の婚約者になったほどだ。
 人を魅了せずにはおかない、そんな男だった。
 
 だが…」
 
 空を仰ぎ、拳を握り締め、グウェンダは奥歯を噛み締める。
 
「…だが、下らぬ男の横恋慕が、その男と友の仲を引き裂いてしまった。
 
 友は男を助けるために、別の男の妻になり…男は傷ついて国を去った。
 
 友と惚れた男が苦境にあったとき、私は祖国に帰りその場にいなかった。
 何も知らずに、日々のうのうと暮らしていたのだ。
 
 今でもこの身が呪わしい…
 
 友には、困ったときには必ず力になると互いに誓い合っていた。
 実際、異国である友の国で、私は彼女に何度も助けられた。
 その恩義は言葉に尽くせ無い。
 
 そして友の愛した男は、女の身で戦士を志す私の、ただ1人の理解者だった。
 
 北方の民は保守的で、女は戦う者ではなく、子を産みはぐくむ者だと言われてきた。
 貴族ともなれば、女は家のためにその身も心も、顔も知らぬ男に捧げるものだと教えられて育った。
 それが嫌だった私は、いつも男のように振る舞い、男のように剣を学び、男のような格好をしてきた。
 
 出合った男たちは私を笑うか、説教するか、珍しい者でも見るかのように扱った。
 親友でさえ、私が剣の話をすると、困ったような顔をした。
 
 その男だけが、微笑んで私を認めてくれた。
 
 その時に、いつかその男のそばで、力になりたいと思った。
 だが、友が、その男が最も苦しいとき、私は何もしてやれなかった。
 
 最近のことだが、その男が私を頼ってきたのだ。
 だが、事情を知らぬ愚かな家人が、男を追い払ってしまったのだ。
 
 〝南に行く。もう会うこともないだろうが、よろしく伝えてくれ〟
 
 と、そう言い残して去ったそうだ。
 
 …なんとも悔しい気持ちだ。
 私はいつも、何もできずにいたのだ。 

 だから、私は身分を捨ててその男を追うつもりだ。
 
 その男との愛に生きることはできなくとも、今度こそ、何か力になりたい…」
 
 一見、クールなグウェンダの、実に情熱的な話に、オルフもエルナも聞き入っていた。
 
「その、グウェンダが、そんなに惚れ込むんだ。
 
 きっとその男も、あんたに惚れ直すんじゃないのか」
 
 オルフがそう言うと、グウェンダはまた苦笑して首を横に振った。
 
「あの男は一途で、真っ直ぐだ。
 きっと、1人しか愛さない。
 
 だからこそ魅力的なのだが。
 
 あの男が再び誰かを愛するとしたら…それは奇跡だろうな。
 
 でも、私は愛されるために追うのでは無い。
 
 あの男は、私を友として認めたくれた武人なのだ。
 だから、そこに愛がなくても、友として助けたい」
 
 告白して、グウェンダは細い目をさらに細めて微笑んだ。
 
「…そうか。
 何ていうか、余計な世話だったな。
 
 ところで、その男の行き先に心当たりはあるのか?」
 
 ばつが悪そうに頭をかきながら、オルフが話題を変える。
 どうも、惚れた腫れたの話は苦手なオルフである。
 
「おそらくはリューンだろう。
 
 南で最大級の交易都市だ。
 何か情報が得られるだろうしな」
 
 グウェンダの言葉にオルフは深く頷く。
 
「まぁ、リューンまで行くなら、俺たちとしばらく一緒だな。
 
 けど、1人で探せるのか?
 なんなら、その男を見かけたら、俺も声をかけておくぜ?」
 
 オルフの申し出に、すまないな、とグウェンダが返す。
 エルナも協力すると微笑んだ。
 
 2人に感謝の心を示し、グウェンダは上り始めた太陽の光を眩しそうに手で遮りながら、語りだした。
 
「私の追う奴は、独特な男だから、会えばきっと分かるだろう。
 
 年代は私と同じ。
 少し痩せているが背は高い。
 
 贔屓目に見ても、かなり美しい容貌の男だ。
 
 他に特徴をあげるなら…
 北方人には珍しい、黒系統の、何というか青黒い艶のある髪と同色の瞳をしている。
 
 名は有名な竜殺しと同じでな。
 まあ、シグヴォルフ訛りで、語尾の発音が少しだけ違うんだが…」
 
 オルフとエルナは、何かに気がついたように顔を見合わせた。
 
「なぁ、グウェンダ。
 
 その男って、シグルトって名前じゃ…」
 
 ぐわっと立ち上がって、グウェンダがオルフの胸倉を掴んだ。
 
「知っているのかっ?!」
 
 細い眼を最大に見開いて、グウェンダがオルフに迫る。
 そして、自分の失態に気がついたのか、少し頬を染めて引き下がる。
 
 あやまるグウェンダに、オルフは咽て起きた咳を落ち着けながら、ゆっくり頷いた。
 
「たぶん先日、イルファタルで会った男だ。
 
 暴れ馬からエルナを庇ってくれたんだ。
 すげぇ男前だったから、よく覚えてるんだけどよ。
 
 俺も詳しくは知らねぇけど、顔ははっきり覚えてるから、会ったらあんたのことを話しておくよ」
 
 グウェンダが再びすまない、と頭を下げる。
 
 エルナは何かを思案するように黙っていた。
 オルフが、どうしたんだ、と首を傾げると、エルナは心配そうな表情で答える。
 
「あの方…、この船に乗っていないなら、陸路で南に向かったのではないかしら?
 
 だとすると、身体の調子も悪そうだったから…」
 
 それを聞いて、間違いない、とグウェンダが頷いた。
 
「シグルトは、大怪我を負い、一月生死を彷徨うほどだったのだ。
 旅のできる身体ではないと、最後に姿を見た方が言っていた。
 
 しまったな…陸路で追えばよかったか」
 
 悔しそうに、グウェンダは甲板を拳で叩いた。 
 
 
 その頃…
 
 エルナを追跡して、3人ばかり傭兵がイルファタルに入っていた。
 
 その筆頭はアレクセイ。
 傭兵、〈雪狼団〉の小隊をまとめる切込み隊長である。
 
 他の国が追跡を止めた中、アレクセイは半ば意地と私情でエルナ追跡を行っていた。
 付いてきた2人は、アレクセイに心酔する傭兵である。
 
 上司であるナルグとはラトリアで別れた。
 
 ナルグは、お前の職は空けておくぞ、と肩を叩いて笑いながらアレクセイを見送ってくれた。
 他の傭兵が不満をもらすと、「色恋ってやつだけはどうにもならねぇのよ」と苦笑しただけだったという。
 
 ついてきた部下はゴルドバという屈強な男と、オレークという俊敏な男だ。
 ゴルドバは無口だが慎重で、オレークは狡猾さを備えている。
 
 2人とも敬虔な聖北教徒で、持つ武具には聖印である十字を刻み、食事の時には祈りを欠かさない。
 
 実際のところ、ナルグはあまりに熱烈な聖北教徒であるこの3人を、しばらく団から離して、団の統制をやり直す意図もあった。
 
 この3人が中心となって、聖北教徒にとっては敵国となる国への団の売り込み…傭兵家業の妨げとなっていたのだ。
 団にも聖北教徒は多いが、この3人は特別信心深い。
 
 ある者はアレクセイたちを“聖北狂い”と揶揄したほどだ。
 そう評価した男はその後、アレクセイに顔が判別できないほどの折檻を受けて聖北教徒に改宗した。
 同時に少し頭の中も天国に近づいた様子で、時折「天子様が見える…」とつぶやくという。
 
 アレクセイは優秀な戦士であったが、商売で戦争を行う傭兵としてはあまりに信仰に傾向し感情的である。
 その実力は団でも認められていたが、協調性と柔軟性においては団の規律を乱しかねない人物だったのだ。
 彼を拾い、武術を仕込んだナルグもこの男の実力は高く評価していたが、信仰に傾向し、感情的になるアレクセイを団に縛り付けても悪影響しか出ないだろうと、決断したのである。
 
 ナルグの考えは冷血とも取れるが、命のやり取りをする傭兵にあって、それを束ねるものがこの程度の割り切りをできないのなら、群雄割拠するラダニールで最強の傭兵団とされる軍隊の幹部職は務まらない。
 
 そんな上司の思惑など露ほども知らず、アレクセイは部下の2人を急かして強行軍でイルファタルに向かったのだった。
 
 
 イルファタルに到着したアレクセイは、オレークに命じてエルナたちの足跡を探させる。
 そして目的の人物たちが、その日の朝に船でイルファタルから出航したことを知ると、地団太を踏んだ。
 
 すぐに別の船を捜すが、あいにくと次の船が出るのは1週間以上先であった。
 
 アレクセイたちは駆け回って動く船を捜した。
 しかし、法外な運賃を要求したり、期日を重んじる者ばかりで、目的の船は見つからなかった。
 
 次の日、アレクセイは情報をくれた水夫たちが止めるのも聞かず、いわく付きの船の船長を尋ねた。
 
 その男は角のついた兜をかぶり、腰には巨大な斧を下げている。
 凶悪な髭面で、水夫と言うより野盗に近い格好だった。
 その男の部下も似たような容貌の強面ばかりである。
 
 その船長は、ヴァイキング…かつて北方を荒らしまわった荒くれの末裔であった。
 
 ヴァイキングが活躍していたのはおよそ100年ほど昔である。
 すべてが海賊まがいの蛮族ではなく、農民や漁を生業にする者もいた。
 しかし、ツンドラの寒冷な荒野を故郷とする彼らは、新しい新天地を求めて海に乗り出し、次々とたどり着いた地を侵略していく。
 その行為は、聖北においては蛮行ともとれるもので、略奪と殺戮によって人々を恐怖させたのである。
 
 彼らは北方独自の神々を信仰し、蛮勇で戦う戦士たちであった。
 
 アレクセイが南に向けて船を出してほしいと頼むと、髭面の船長は馬鹿にしたように飲んでいた杯を投げつけた。
 それが頬をかすめ、酒の滴が髪を濡らす。
 
「綺麗な兄ちゃんよう。
 
 俺たちは泣く子も黙るヴァイキングの末裔なんだぜ。
 細っこい枯れ枝みたいな神さまに祈って、右だか左だかの頬を差し出せって言うような甘っちょろい考えの連中を乗せる気はねぇ。
 
 そんなに海を渡りたきゃ、その神様にでも祈るんだなぁ」
 
 そう言って、がはは、と笑った髭面の男に、アレクセイは目を座らせて近寄っていった。
 
「おう、何だやるのか?
 
 俺には雷神トールがついてるんだ。
 お前みたいにわらしべみたいな軟弱そうな野郎じゃ、足元にも…ぐはぁっ!」
 
 すべてを言わせる前に、アレクセイは髭面の喉を掴むと、片手で無造作に壁に投げつけた。
 髭面は一回転して壁に叩きつけられ、壁板の何枚かをへし折って失神した。
 胴回りが自身の倍以上ある大男を、軽々とアレクセイは投げて見せたのである。
 
 体格的に細身に見えるアレクセイだが、その凄まじい力は、クー・フーリンの再来ともてはやされたほどだ。
 傭兵団の剛力たちも、アレクセイの怪力を凌ぐものはいなかった。
 
 一発で頭目をのばされ、髭面の部下たちは唖然としてアレクセイを見た。
 
「私には主の加護があるのです。
 
 従うならよし。
 そうでないなら罰をあたえますよ…」
 
 こめかみを引きつらせて睨むアレクセイに、髭面の男たちは顔を見合わせたあと屈服した。
 
 その後、1日遅れてアレクセイたちはヴァイキングたちの船に乗り、オルフたちの追跡を再開するのだった。
 
 
 思わぬ凪のせいで、船の進行は遅れていた。
 
 緩やかな波のおかげか、バッツとコールはだいぶ船酔いから回復したが、海の上であることには不満そうだった。
 胃の中のものと一緒に、体力と気力まで吐き出してしまったのだろう。
 険悪な仲の2人とも、喧嘩するどころか、互いに睨み合う様子さえなかった。
 
 グウェンダは、シグルトとのすれ違いで落胆したのか、体調を崩し、ここ数日は船室で休んでいる。 
 
「食料も水も余裕あるから大丈夫らしいが、そろそろ風がほしいな」
 
 オルフがぼやくと、ニルダが難しい顔をした。
 
「…あと1日はこんなんじゃろうねぇ。
 
 海風の精霊たちがずいぶん疲れているよ。
 数日前に嵐で騒ぎ過ぎたんじゃ。
 
 …ふむ。
 風が吹く前にどうやら、一波乱ありそうじゃの」
 
 意味深げな言葉にオルフが振り向くと、ニルダは銀色の複雑な模様の刺青が施された手をかざし、指差した。
 
「…船か?
 
 オールみたいなのがいっぱいでてるが…」
 
 オルフが近くの水夫に聞くと、その船を見た男は震え上がった。
 
「ヴァ、ヴァイキングの長船(ロングシップ)だっ!
 
 船長に知らせないとっ!!!」
 
 すぐに警戒をあらわす鐘が鳴り響き、武装した水夫たちが看板に現れた。
 
「…ヴァイキングって、一昔前まで北方や西方の海を荒らしまわったっていう、海賊どもか?」
 
 オルフが問うと、ニルダが首を横に振る。
 
「すべてが海賊ってわけじゃなかったんじゃよ。
 
 貧しい土地に、荒んだ心。
 だから生きるために奪ううちに、海賊まがいの略奪もするようになった連中さね。
 
 といっても、聖北や奪われたり殺された連中にはただの怖い略奪者、なんじゃろうが…」
 
 かもしれないな、と言いつつ、オルフは武具の具合を確かめていた。
 
 オールによる人力駆動もできるヴァイキングの船、ロングシップはこのような凪のなかでも進むことが出来る。
 見る間に近づいてくる舟に、〈白き疾風〉の船員たちは緊張した面持ちで持ち場についていく。
 
「すまねぇな、あんたら。
 
 これから弓で迎撃するから、ちっと樽の陰にでも隠れててくれ。
 やつらも射撃で反撃してくるかもしれねぇからよ」
 
 〈白き疾風〉の船長であるガリズという男だ。
 
 浅黒く日焼けし、海風にささくれた肌。
 丸太のような腕に、大柄なオルフよりさらに背の高い岩のような体躯。
 まさに屈強の巨漢である。
 
 飛び道具を持たないオルフは頷き、船内からやってきたフィリたちにも隠れることを促す。
 
 最初の攻撃は〈白き疾風〉だった。
 停船の警告に従わないことを確認したガリズが、太い腕でロングシップを示すと、船員たちが一斉に矢を放つ。
 中には強力な破壊力を持つ、大型の固定式弩(バリスタ)もあり、図太い矢がロングシップのオールを数本へし折っていった。
 こちら側の船員たちから、大きな歓声が上がる。
 
「ふん、ヴァイキングどもが怖くて、イルファタルの海人(あま)が務まるかってんだ。
 
 ウゥォルァ、オラオラ~ッ!
 とっとと尻尾巻いて逃げねぇと、今度はその貧弱なマストを吹き飛ばすぞ、クォラァッ!!!」
 
 野太いだみ声でガリズががなり、引き続いて船員たちが罵りの声をあげる。
 しかし敵船は少し勢いをなくしただけで、どんどん近づいてくる。
 乗っている髭面の男たちは、革と木の盾を構え、矢のほとんどを受け止めていた。
 
 集団戦において弓矢は大変強力な武器である。
 対して、盾による遮蔽は、弓矢に対する最も優れた防御手段だった。
 
「…ちぃっ。
 どうやら馬鹿じゃねぇみてぇだな。
 
 もう1射したら白兵戦だ。
 
 客人には指一本触れさせるんじゃねぇ…
 わかったか、野郎どもっ!!!」
 
 ガリズの掛け声に、船員たちはそれぞれの得物を掲げ、鼓舞の叫びで応えた。
 
「…よぉぉぉおし、ぅてぇぇぇ!!!!!」
 
 無慈悲な第2射がヴァイキングたちを襲う。
 
 再び放たれた固定式弩の太矢が、1人のヴァイキングの盾を貫通し、その胸を抉る。
 絶叫を上げながら男はそのまま矢の勢いで浮き上がり、海に転落した。
 
「うぉぉぉおおおっ!!!」
 
 弓を看板に放り出すと、ガリズが腰の分厚い蛮刀(ファルシオン)を鞘払う。
 金属が擦れる音が合唱し、次々に水夫たちも海兵刀(カトラス)を抜いた。
 
 応えるように、矢襖になった盾を投げ捨てて、ヴァイキングたちが得物を構えた。
 
 ドカァァァンンッ!!!!
 
 船の衝角(ラム)がぶつかり擦れ合う音。
 飛び乗ってきたヴァイキングを、ガリズの蛮刀が叩き斬った。
 
 船上での戦闘はバランスが悪い。
 加えて甲冑などの重い装備は、海に転落したとき、致命的な拘束になる。
 したがって、軽装のまま刀剣で斬り合うその戦いは、一撃必殺の放ち合いである。
 
 血飛沫と怒号。
 剣戟の打ち合う甲高い音。
 酔ったように戦う屈強な男たち。
 
 海戦の迫力に圧倒されながら、オルフも後ろのエルナやフィリを庇うように剣を構えた。
 
 フィリが落ちていた弓を拾い、矢を放つ。
 首を貫かれた髭面が、痛みと苦しさで自棄になったように斧を振り回す。
 刺さった矢を水夫の1人が引っつかみ、海兵刀の切っ先を胸に突き立て、止めを刺した。
 
「おう、やるなお嬢ちゃんっ!」
 
 敵を海に蹴落として、水夫が得物を掲げてフィリを讃えた。
 戦況は圧倒的に水夫たちの優位である。
 
「よぉし、このまま…ぐはぁっ!」
 
 次の敵に向かおうとした水夫は、たった一太刀で胴を両断され、目を見開くと海に落ちていった。
 
「…ふん、所詮は戦い方も野蛮なだけの連中。
 
 私が出るしかないようですね」
 
 それは優男、というのがしっくり来る秀麗な男だった。
 十字架を象った大剣を担ぐ、色白なその男は、独特な異様さを放っている。
 
「く、よくもっ!!」
 
 3人ばかり水夫が襲い掛かる。
 だが、優男は余裕の笑みを浮かべて大剣を一閃した。
 
 たった一振り。
 薙ぎ払われて、その3人の水夫は武器ごと肋骨を断ち割られて血煙を吹いた。
 
「な、なんてでたらめな野郎だ…」
 
 オルフは苦労して緊張した喉を動かし、たまった唾液を嚥下した。
 
 血に濡れた剣を振るい、血糊を払い捨てると、優男はゆっくりと歩いてくる。
 たった1人の男の出現で戦況は一変していた。
 
「てぇめぇえええっ!!!」
 
 ガリズが上段に得物を構えて振り下ろす。
 
 ギィィィィイイン!!!!!
 
 重い金属が不協和音を歌い、盛大な火花が優男とガリズに降りかかる。
 金属と空気の焦げる錆っぽい異臭に、両者は頬を引きつらせた。
 
「ほう…
 
 これはなかなか良い腕だ。
 久しぶりにそれなりの力を込めて、受けましたよ」
 
 薄笑いを浮かべ、優男は余裕の顔だ。
 
 体重を乗せた必殺の斬撃を軽々と受け止められ、ガリズの首筋を冷たい汗が流れ落ちる。
 
「では、こっちの番、ですよっ!」
 
 横薙ぎの一閃を蛮刀で受け止めたガリズは、その巨体ごと数歩後ろに押しやられた。
 痺れるのはガリズの丸太のような両腕。
 分厚い鉈のような蛮刀は軋んだ音を立て、欠けて飛び散った得物の破片が甲板に突き刺さった。
 
 周囲の男たちは、己の戦いを忘れてその凄まじい対決に目を瞬かせている。
 
(くそ、なんて膂力だ。
 
 まるでオーガーが振り回す丸太みてぇだ。
 次を受けたら、武器がもたねぇ)
 
 加えて敵の武器は、明らかに普通の剣ではない。
 魔法か秘蹟で強化された、特別な武器だろう。
 
(ああ、ちくしょう…
 
 こんなんなら、こんな得物より華国のドラゴンソード(青龍刀)でも買っとくんだったぜ)
 
 内心悪態を吐きながら、ガリズは必死に次の攻撃を模索していた。
 
(あのでかい得物だ。
 
 懐に潜り込んで、一撃。
 それしかねぇな…)
 
 荒くれの水夫を束ねる豪傑である。
 決断は早かった。
 
「…いくぜぇぇぇえええっ!!!!!」
 
 渾身の踏み込みで、優男が構える前に接近する。
 これから優男が剣を振り上げても、ガリズはその前に首を斬る自信があった。
 
「ふん、甘い」
 
 次の瞬間、ガリズの襟を何かが絡め、後ろに追いやった。
 
「ぬなぁっ…?!」
 
 それは優男が突き上げた大剣の柄である。
 さらにそのまま担ぐように、優男は剣を上段構えの体制に持っていっていた。
 完全な死に体に、優男は最高の構え。
 
「はぁああっ!!!」
 
 大剣の重さをのせた凄まじい上段からの振り下ろし。
 得物で受け止められたのは奇跡だった。
 
 それでも凄まじい振り下ろしはガリズの蛮刀を砕き折り、岩石のようなその肩を割って鎖骨を粉砕していた。
 
「噛み上げる下顎で持ち上げ、上顎で噛み砕く…。
 
 雪狼伝来の【狼顎咬(ろうがくこう)】。
 私に使わせた実力は、評価しましょう」
 
 泡を吹いて失神したガリズを後に、優男はオルフたちへと視線を向けた。
 
「くそ、優男のくせに、なんででたらめな力をしてやがる…」
 
 明らかに格上の敵に、オルフは膝が慄いていた。
 エルナやフィリを守ろうと、男の前に立ち塞がる。
 
「…どきなさい。
 
 私は無益な血潮で、大切な方の目を汚したくはないのです。
 貴方がたが邪魔をしなければ、殺しはしませんよ。
 
 私は、エルネード殿下をお迎えに上がっただけですから」
 
 オルフの目が鋭くなる。
 
「…あんた、マルディアンかギマールの追っ手かよ」
 
 剣を構え、オルフが呟く。
 
 その後ろから矢を放とうとしたフィリは、飛んできたナイフを慌ててよけるが、弓の弦を切られてしまった。
 アレクセイの後ろから、屈強な男とひょろりとした痩せた男がその隙を庇うように陣取る。
 ナイフを投げたのはこの男のようだ。
 
「私はどちらの手先でもありません。
 
 強いて言うならマルディアンの側でしたが、傭兵ですから。
 北方の男なら、“雪狼”の名は御存知でしょう?」
 
 後ろに控えていたコールが、怯んだように尻餅をついた。
 
 周囲の水夫たちも震え上がって後退する。
 
「よりによって、悪名高い“雪狼”が追っ手かよ…」
 
 戦場にいたオルフは、その名をよく知っていた。
 北方、特に戦争の多かったオルフの故郷ラダニールでは、泣く子も黙る最強の傭兵団である。
 
 戦場で彼らに出合ったら、国を捨てても逃げるか降伏しろと噂になるほどだ。
 
 冷や汗でぬめり、歯が浮くような緊張に震える身体を、何とか意志の力で支え、オルフは立っていた。
 
「…オルフ、待って。
 
 私を連れて行けば、皆さんにはこれ以上手を出さないのですね?」
 
 後ろからエルナが歩み出る。
 すると男は自ら跪き、剣を背後に下げる。
 
「もちろんです。
 そちらが手を出さねば、私が斬る理由はありません。
 
 そして、お久しぶりです、エルネード様。
 貴女の身は、私がこの命に変えてお守り致します」
 
 エルナがその男を見て、何かに気がついたように眼を見開いた。
 
「…アレク、貴方はアレクセイなの?」
 
 顔を上げ、深く男が頷いた。
 
「お迎えに上がりました。
 
 かつては貴女の側で幼少を過ごした時を、懐かしく思います。
 今では、家も零落し、貴女様の親戚を名乗るなど、とてもできないのですが。
 
 そう、一度は、この身を下賎の泥土に沈めました…
 
 しかし、貴女を守るという、尊い誓いは忘れておりません。
 この日のために、剣を磨き私はここにいます。
 
 私のマリア様、どうぞこのゲオルグの剣で貴女を悪竜たちから守る栄誉をお任せください」
 
 歯の浮くような気障な台詞に、周囲の男たちがあっけにとられた。
 
「…どうしてこんな酷いことをしたの?
 
 私を助けてくれるのなら、戦う必要はなかったはずでしょう!」
 
 激昂したようにエルナが上ずった声で言うと、男は子供をあやすような優しい眼差しで見つめ返し、その言葉を否定した。
 
「矢をもって攻撃してきたのは、こちらの船が最初です。
 私たちは、こちらに矢は放ちませんでした。
 
 それに、戦場にあって剣を振るうのは私の使命なれば。
 
 黙って切られることは優しさではありません。
 死しては使命も果たせませんから。
 先に剣を振るわれたから、義のために刃でそれを除いたのみです。
 
 貴女を傷つけるつもりは、ありません。
 
 私は、貴女をお父上の元にお連れします。
 貴女が望まれるのなら、故国の復興に力を貸すよう、“雪狼”の団長に進言することも致します。
 
 そこな野蛮な男にまかせずとも、貴女のその身と名誉をお守りします。
 この身と、主への信仰にかけてっ!」
 
 自分の言葉に酔うように話しかける男を、エルナは悲しそうな眼でみつめた。
 
「…私は帰れません。
 
 この身が戻れば、お父様の邪魔になるわ。
 
 アレクセイ…これは私が選んだ選択なのよ。
 南に落ち延びるのは、お父様の近くにいれば、私を盾にしようとする輩が現れるかもしれないからなの。
 
 祖国の復興をお父様がするというのなら、私はその邪魔をしたくない。
 
 だから、どうかこのまま帰って…」
 
 拒絶の言葉に、男は困ったように眉をひそめた。
 
「エルネード様の優しさは胸にしみます。
 
 しかし、貴女はラトリアの王位に関わるお血筋。
 北方より離れても、その身を狙う者は後を絶たないでしょう。
 
 ましてや、御身の父上は、ラトリア最後の重鎮。
 実質はラトリア軍の最高指導者です。
 
 事実、私がここまで貴女を迎えにくる間に、3つほど他勢力の追っ手があるとの情報を得ました。
 知人もいない不確かな御身で、情勢定まらぬ南の地に行くのであれば、そういった追っ手の望むがままでしょう。
 
 答えは明白。
 私と一緒にラダニールへともどり、お父上の側で活動なさるべきではありませんか?
 
 そうであるなら、このアレクセイ、一命にかえて貴女をお守りします」
 
 男、アレクセイの言葉はもっともに聞こえた。
 エルナの目に迷いが浮かぶ。
 
「さっきから聞いてりゃ、ぐだぐだとうるせぇぞ、男女っ!
 
 もっともらしいことぬかしてやがるが、手前ぇが“雪狼”なら、マルディアンの手先じゃねぇか。
 バイキングの長船なんかで突っ込んでくりゃ、弓を撃たれて当たり前だ。
 戦う気がねぇなら、白旗掲げて寄ってきて、用件を言えばよかったはずだぜ。
 
 それに、エルナを連れて行くなら、その所在を知ってる俺らは生きた情報源だ。
 エルナを掻っ攫ったら、手前ぇ、その後ろの奴らに俺らを殺させて、口封じでもする気だろ?
 この船を燃やして、海賊の仕業にでも見せる気か?
 
 そうでなけりゃ、さっきから油臭ぇことが納得いかねぇ。
 潮風に混じって、焼き討ちで消えちまった寒村に残ってたやつと同じ臭いがしやがる。
 
 さっき、〝私が斬る理由は…〟とか言ってたな。
 律儀にあんただけは手を下さずに、約束どおり部下に俺たちを殺させるのかよ?
 
 こういう下種なことする奴は、皆同じ、嘘臭ぇ臭いで分かるぜ…」
 
 オルフが自分を奮い起こすように大声で言うと、バイキングたちがアレクセイに不安そうな表情を向ける。
 まるで嘘がばれて、指示を仰ぐかのようだった。
 
 エルナも周囲から臭ってくるランプの油のような異臭に気付き、はっとした表情でアレクセイを見た。
 
 アレクセイは、苦虫を噛み潰したように、オルフを睨み、剣の柄に手をかけた。
 
「ふん、下賎な男だけあって、同種の悪臭には敏感なようですね。
 
 この手の策略など、私も嫌いなのです。
 お優しいエルネード様を悲しませたくなかったから、回りくどいことをしたというのに。
 
 どうやら貴方は、献身や自己犠牲も知らぬようです。
 所詮は、大儀の分からぬ輩でしたね。
 
 乱暴ですが、仕方ありません。
 貴方から、審判されるべき場所に送って差し上げます」
 
 大剣を無造作に片手で掴み、アレクセイは大胆な歩みでオルフのほうに歩いていく。
 
「くそ、言ってることが支離滅裂な野郎だ…
 
 頭腐ってるぜ、お前っ!」
 
 オルフが迎え撃つ構えを取った。
 その瞬間である。
 
 それは暴風のような一撃だった。
 
 オルフは、何とか鍔元で攻撃を受け止めたが、そのまま吹き飛ばされて転倒する。
 大きな身体を甲板に叩きつけられ、絞るような呼吸をしてオルフは呻いた。
 
 慌ててフィリが手斧を構えるが、アレクセイはその延髄に軽く剣の柄をぶつけて、その意識を奪う。
 魔術を準備していたコールは、痩せた男の投げたナイフで腕を刺され、呪文の詠唱を中断して跪いた。
 戦闘力のないバッツは、蒼い顔でおたおたとするしかない。
 
「この程度で、よくも侮辱の言葉を言えたものです。
 
 どうやら、獣のような感覚は、その鼻ぐらいですね」
 
 冷酷な眼差しで喘ぐオルフを見下ろし、アレクセイは止めを刺そうと剣を振り上げた。
 
「《雪男よ、お前の悪戯で、そやつらと遊ぶがよい!》」
 
 独特な甲高い韻を踏んだ声で、ニルダが天空を指差した。
 とたんに、アレクセイやその仲間たちに、鶉(ウズラ)の卵ほどもある大量の雹が降り注いだ。
 
「…ぬくっ!」
 
 雹で打たれ、血を流す額を拭い、アレクセイが憤怒の形相でニルダを睨む。
 
「…おのれ、異教の妖術師かっ!!」
 
 ニルダのそっ首を刈り飛ばそうと、迫るアレクセイ。
 
「…そこまでだ、優男」
 
 不意に迫った刃を慌てて防ぎ、アレクセイはさらに現れた敵を確認する。
 
「グウェンダっ!」
 
 エルナの声に軽く片手を上げて応えると、あらわれた男装の美女グウェンダは、すっとアレクセイの首元に剣先を向けた。
 
「人が船酔いにようやく慣れてきたと思えば、今度は海賊もどきか。
 
 まったく、騒がしい…」
 
 圧倒的に不利な状況で、焦った様子も無く眉をひそめ、グウェンダは隙の無い構えでアレクセイと対峙した。
 その実力を警戒したのか、痩せた男がナイフを投げつける。
 
 キィンッ!
 
 鋭い一撃を剣の切っ先で流れるように弾き、グウェンダは一瞬でアレクセイとの間合いを詰めた。
 
「ぬぅっ!」
 
 跳ねるように首筋を狙った突きを、致命傷にならない程度に何とかかわすアレクセイ。
 裂かれた肩の痛みに、憤怒の形相で睨み、唸るような振り落としでグウェンダの頭を狙う。
 
 キュイィィィンッ!
 
 巧みにその攻撃を剣で逸らすグウェンダ。
 大剣の一撃が甲板の板を粉砕し、木屑が両者の頬をかすめる。
 
 正面から受ければ確実に剣と一緒に真っ二つになるだろう、アレクセイの一撃を、グウェンダはその力を流すように剣をぶつけることでかわしたのだ。
 同時に、大剣の広い制空圏の外に移動している。
 
「…今の突き、正等派剣術のものですね?
 騎士か衛士…随分基礎を磨かれたとお見受けします。
 
 なるほど、精密の技を放ちながら、同時にこちらの攻撃の届かない位置に即座に移動するとは…侮れないものですね」
 
 先ほどまで怒りに満ちていたアレクセイの顔は、まるで凍りついたように鉄面皮に変わる。
 それは、相手を命を賭けるに値すると認めた戦士の表情だった。
 
「その単純な大振りの一撃ですら、動き回る私に剣で捌かせる貴公の打ち込みは、称賛に値するな。
 
 冷や汗が酔い覚ましになったぞ」
 
 逆手で髪に付いた木片を払い、グウェンダはまた突きの構えを取る。
 それに応えるように、アレクセイが上段に大きく剣を構えた。
 
「…【鷹の構え】とは古風だな。
 
 むっ!」
 
 それは一瞬。
 グウェンダがわずかに作った隙に向けて、アレクセイは先ほどガリズを打ち破った技で襲い掛かった。
 斬ると見せかけて、下から突き上げるような柄の引っ掛け。
 
 グウェンダは自身も柄でそれを捌くが、勢いで身体が浮かび上がる。
 
 ブォン!
 
 狙ったかのように、その一撃がグウェンダに振り下ろされた。
 
 グァキィィッ!
 
 軋むような音を立てて、グウェンダはアレクセイの一撃を正面から受け止めていた。
 どんなに破壊力のある一撃も、鍔元を狙って受けられれば威力がそがれる。
 
「…フッゥ!!」
 
 しかし、アレクセイが驚異的なのは、弾かれた大剣の僅かな後退から、再びそれを斬撃に繋いだことだ。
 闘争本能から、さらに放たれた技【鷹影斬】。
 古典剣術の至宝【鷹の構え】。
 その真価は、この無我のコンビネーションにある。
 
 だがグウェンダは、なんと迷わず踏み込み、その一撃を自身の肩口で受けた。
 鈍い音は、彼女の鎖骨が折れる音。
 彼女の綿詰服を裂き、鮮血が吹くが、酷薄な笑みすら浮かべてグウェンダは重い敵の剣を払い、肩口からはずした。
 
「…こちらの番だぞ、優男」
 
 必殺の3連撃を凌がれ、一瞬できたアレクセイの緩み。
 
 グウェンダは、それを狙っていた。
 にわかに剣気を帯びた刀身が、ぶるり、と震える。
  
 ビュオォォォォォッ!!!!!!
 
 それは稲妻の閃きか、台風の暴威か。
 
 目を見張ったアレクセイは、全身を裂かれて転がるように吹き飛んだ。
 
「…ふむ。
 
 この連撃剣をとっさに防いで、まだ生きていることも、称賛に値するな優男。
 
 だが、貴公の乾坤一擲の闘い方。
 膂力で圧倒し、打たれ弱さを隠すためだろう。
 
 その傷で振るうには、いささか重そうな得物を使っているな?
 
 両手で振るわねばバランスの悪い、その大剣。
 鎖骨を折られても、利き腕で振るえる私の剣。
 
 さらに立って、全身を裂かれた身体で、私とその利便を比べてみるかね?」
 
 傷口を押さえながら、アレクセイは血で滑る身体を忌々しそうに起こす。
 
「ふふふ、驚きました。
 私がここまで追い詰められるとは。
 
 女性と侮らなくて、正解でしたよ。
 
 そのクロス、貴女も聖北の徒。
 主の御加護が等しくあるのですね。
 
 しかし、義は私にある。
 誤った同胞を正すのも、私の役目です」
 
 血に濡れる剣を、ぐっと持ち上げ、アレクセイは無理に胸元で十字を切ると、グウェンダを見つめ返した。
 
「…他者と闘った後の貴公に挑んだ分、私に利はあった。
 
 もっとも、船酔いのせいで、これ以上は勘弁願いたいが。
 やると言うなら、次は確実に止めを刺すとしよう。
 
 早く船室で休みたいのでな…」
 
 グウェンダの軽口に、アレクセイは口で傷口の血を吸い、拭って吹き捨てる。
 
「さきほどの攻防…まさか防御でくるとは。

 私の攻撃に耐え切って反撃するなど、正気の沙汰とは思えませんが…結果は大したものですよ。
 見事な駆け引きでした。
 上手く裏をかかれましたね。
 
 ふふ、船酔いの女性に負けたとあっては、生涯笑いものです。
 失った名誉は、挽回するとしましょうか。
 
 次は、私が貴女を血の海に沈めます。
 正しき信仰があるのなら、貴女は天の門をくぐるでしょう。
 
 そうすれば、船酔いに悩むことも、もう無いでしょうしね」
 
 互いに大きな傷を負いながら、それを致命傷にしなかった使い手の2人。
 滴る血で甲板を朱に染め、互いに油断無く睨み合う。
 
 オルフはだらしなく甲板に臥したまま、魅入られたようにその2人を眺めていた。

 
 
 プロローグ的なリプレイ2のお話の前編です。
 
 今回登場のグウェンダは、シグルトの知人で、男性版シグルトのような人物です。
 突きを主体にした剣術の使い手で、ブログ一周年記念でお配りしている『剣士の求め』のスキルを使います。
 
 アレクセイとのスキルを使ったバリバリのバトル、楽しんでいただけたでしょうか。
 
 
 アレクセイとグウェンダのバトルは、以下のような流れです。
 
 グウェンダが【隼踊穿】で奇襲、次のラウンドにアレクセイが【鷹の構え】。(【隼踊穿】の回避ボーナスで、グウェンダは攻撃をディフェンスしています)
 次のラウンド、アレクセイが【狼顎咬】と【鷹の構え】のボーナス召喚獣【鷹影斬】のコンボ、それをグウェンダが【鉄守構】でブロック。
 次のラウンドに【迅雷颶】でグウェンダがしかけ、アレクセイは【防御】とアイテムの防御効果でなんとか耐え切る状態。
 
 負傷状態はアレクセイが重傷で、グウェンダが半ダメージぐらい。
 グウェンダの【迅雷颶】は、破壊力が船酔いの行動力低下と負傷で発揮されず、体力の低いアレクセイでもなんとか生きてます。
 
 リプレイに関連する以上、データはぶっ飛んだものにならないよう、イメージして書いています。
 彼らが使った戦術は、実際にカードワースで使用できます。
 Martさんのプライベートシナリオ『焔紡ぎ』と、ブログの記念シナリオにあるスキルでできますので、よかったらお試しください。
 
 ええと設定狂に加えて、私って銀髪大好きです。
 シルバーブロンドとか、プラチナブロンドなんて、それはもう…
 某有名アクションRPGのフィー〇などは、ある方に頂いたイラストを壁紙ししてたぐらいです。
 
 グウェンダ、実を言うとシグルトより気に入ってたり。
 彼女の名前、グウェンドリンは、月の女神を語源とするウェールズ系の名前らしいので、なんとなく髪のイメージから名づけました。
 私、太陽より月が好きなのです。
 
 男性っぽい武骨口調も、普通のPCだとセリフ対応の限界からめったにシナリオで対応してないので、脇役になりましたが…この手のクールな女性、男装の麗人って、萌えます。
 自分で作った設定で萌えてれば世話ないですね…
 
 彼女はシグルトの外伝でも登場し、活躍させたいと思っています。
 シグルトのもてっぷり、前も宣言しましたが、だんだん明らかになります。
 
 
 今回の著作情報をば。
 
 今回アレクセイの使っていたスキルは、Martさんのプライベートシナリオ『焔紡ぎ』のものがあります。
 スキル【鷹の構え】と召喚獣【鷹影斬】です。
 著作権はMartさんにあります。
 
 登場人物アレクセイは、らっこあらさんが設定してくださったキャラクターです。
 著作権、使用権はらっこあらさんが最優先です。
 
 御承知ください。
 以後、リプレイでは、以上の著作権が尊重されます。
 
 後はとりあえず、今回拙作のスキルを適用しましたが、一応著作権があるものの、リプレイやレビュー、ショートストーリー(SS)、小説等で私Y2つのシナリオのスキル、アイテム、召喚獣、登場人物は、画像や音楽素材の著作権に触れなければ、自由に話に用いてくださってかまいません。触れる場合は、シナリオにある著作権を参考に、素材の作者さんの著作権は尊重してくださいね。
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CWPC6:ニルダ

「また勝手なことを…」
 
 ハーフエルフの男、コールディン バラルズの同行という話を聞いて、バッツは渋い顔をさらに引きつらせた。
 
「そう言うな。
 
 船捜しも考えなきゃいけないって話だったし、条件は悪いものじゃない。
 それに、この人は恩人でもあるしな」
 
 オルフがなだめるように言うと、バッツは肩を落とした。
 
「こういうのは今に始まったことじゃないが…
 
 せめて相談してからにしてくれ。
 俺のほうにも都合があるからな」
 
 そしてハーフエルフの男に向き直る。
 
「すみませんね、コ-ルディンさん
 
 貴方の申し出に不満があるからじゃないんですよ。
 ただ、一緒に行動するならそれなりに他の仲間を重んじろってだけでして」
 
 言いつくろうようにバッツが言うと、ハーフエルフは唇の端を軽く吊り上げて、首を横に振った。
 
「私のことはコールで結構。
 
 まあ、貴方の言い分も確かに一理あります。
 しかし、状況からすれば、素直に喜んでいただけてもよかったと思いますよ。
 
 貴方のような職業なら、それぐらいの機微を見せるべきでしょう。
 その言い分からすれば、私もこれから同行する仲間ということになりますから、心得ていただければ幸いです」
 
 ハーフエルフ、コールの言葉に、バッツは一瞬怒りで表情を引きつらせた。
 
 明らかにオルフやエルナに対する態度と違う。
 
(…この野郎、俺が盗賊だからなめてるな。
 
 性格悪そうなやつだ)
 
 何とかこらえて愛想笑いを浮かべるバッツ。
 
(…ふん。
 
 随分と軽薄そうな男ですね。
 こんな人と同行は御免ですが、父を納得させる手前。
 我慢するとしましょうか)
 
 2人は顔でこそ笑っていたが、眼光はぶつかり合っていた。
 世の中には、出会った瞬間から相性の悪い相手がいるものである。
 
 ぴりぴりした雰囲気に耐えられなくなったフィリは、早々に挨拶を済ませて部屋から退散してしまった。
 エルナはぼんやりと窓の外を眺めていて、場の雰囲気に気がついていない。
 
 所在無げにオルフは、大きなため息を吐いた。
 
 
 フィリは今日泊まる宿近くの街道を、のんきに歩いていた。
 要領がよいのがこの娘の特技である。
 
(はぁ~。
 
 あの2人、絶対仲悪くなるよ。
 神経質そうなところとか、自分勝手そうなところとか、そっくりだよね。
 
 近親憎悪ってやつになりそう)
 
 首の後ろで腕を組み、足をぶらぶらさせながら歩く。
 
(それに、2人ともエルナさんに惚れてるの、見え見えだよね。
 
 そういうエルナさんは、戻ってきてからなんだか上の空だし、どうしたのかな?
 …って、決まってるよね、これは。
 
 きっと助けてくれたっていう、噂の美形にほの字なんだ~
 
 くふふ、2人の男の心を掴みながら、その女の心は出合った運命の男に一心に注がれていた…
 ロマンスだね~)
 
 自分がその場にいなかったことを残念に思いつつ、フィリは随分勝手なことを考えていた。
 
 
 エルナはずっとその男のことを考えていた。
 しかし、フィリの言うような恋心にもだえる娘としてではない。
 
(なんて寂しい目をした人。
 あの傷も、きっとあの人が持つ悲しい過去の一つ、なのだわ。
 
 …どこか、お父様に似た人だった。
 
 あんなに調子が悪そうだったのに…1人で大丈夫かしら)
 
 エルナはこういう娘だった。
 昔から弱い者や傷ついた者を放っておけない。
 
 逃げるときにも、本来は殺すべき追っ手を、オルフにしがみついて殺さないように頼んだ。
 
 その優しさが仇にならなければいいと、両親も侍女のマーサも心配していたものだ。
 
 シグルトという青年の腕の傷痕を見たとき、あの青年がいかに壮絶な人生を歩んできたか少しだけ窺い知れた。
 きっと他にも、あのような傷を数多く負っているのだろう。
 
 心の底からエルナは、シグルトを癒してあげたいと願っていた。
 
 
 その頃、件のシグルトはイルファタルを後にしようとしていた。
 
 身体は痺れと苦痛で悲鳴を上げているが、彼は常人が狂気に陥るほどの苦痛を、ただ顔をしかめるだけで耐えていた。
 
 不意に彼の前を一陣の風が駆け抜ける。
 軽く目を閉じ、そして開くと、そこには黒い外套を纏った老婆が立っていた。
 
「…ほほ、これなるは刃金の如き英雄か。
 
 絶望に心を犯されながら、愛する女への未練を捨てきれず、どこを彷徨う?」
 
 謎かけのような言葉に、シグルトは苦笑した。
 
「では、人ならぬ御老体は、俺のような女々しい男に何の用だ?
 
 からかうには、俺は落ちぶれている。
 その価値すら無いだろう」
 
 シグルトが驚きもせずに淡々と述べれば、老婆は肩を震わせて低く笑った。
 
「さすがはオルテンシア…青黒き姫君が末裔よ。
 
 その本質はすでにわしを見抜いておったか。
 玉鋼の女神が惚れ込むのが、よくわかる。
 
 わしの選んだ精霊の担い手と交差する、運命の男よなぁ」
 
 突風が吹き荒れるが、シグルトは動ぜずに、砂埃が目に入らないよう外套で風を遮った。
 
 いつの間にか老婆は消えていた。
 ただ、きらきらと銀色に輝く大きな羽根が一枚、ふわりと落ちてくる。
 
「行くがよい、南の地へ。
 碧い海、清水の姫君が眠る地で、お前は我が風と出会うだろう。
 
 その身に尽くす心があるのならば、お前は死すら乗り越え、神霊の領域に足を踏み入れる。
 
 風は誘い、お前が纏う道標となる。
 この地で出会った獅子は、お前のかけがいの無い友になるだろう。
 
 お前が持つ宿命は、英雄の道と慟哭の離別。
 そしてお前が至るのは、その名が持つべき剣の名を冠する至上の宝。
 
 麗しき刃金よ。
 風のように歩む者となれ。
 
 旅と仲間がお前を立ち向かう運命へと導くだろう」
 
 甲高い鳥の鳴き声。
 稲光が一閃すると、静寂が訪れた。
 
「ほほほ。
 
 風の后(きさき)様に導かれるとは、幸運な若者じゃて」
 
 新しい声にシグルトが振り向くと、小柄な老人が先ほどの銀の羽根を拾い、目を細めていた。
 派手な刺繍の服、額には帯を巻いている。
 首筋には赤と青で不可思議な模様が描かれ、羽根を持つ手の甲には銀色の刺青。
 
「…今日は婆さんによく話しかけられるな。
 
 俺に何か用でもあるのか?」
 
 シグルトが尋ねると、老婆はあいまいに笑った。
 
「何、お主との再開はいずれ訪れよう。
 
 お主が風ならば、わしは嵐を砕く獅子の同胞(はらから)。
 いずれまた、南の地で見(まみ)えよう。
 
 此度はその前触れよ」
 
 老婆は謎めいた微笑を浮かべたまま、手をかざして聞いたことも無い言葉を唱える。
 その手が輝き、冷たい空気があたりに満ちる。
 
 空気を白く染め、日の光に反射して、小さな妖精がふわりと現れると、妖精がシグルトに手をかざした。
 粉雪が舞い、柔らかな光がシグルトに降りかかった。
 一瞬シグルトは、心も身体も凍りついたように動かなくなる。
 
 しかし、嫌な感触は無かった。
 身体の中の不快な何かが、すっと消えていくような心地。
 
「…お主の苦痛と身体の毒を凍結したのじゃ。
 
 この先少しは楽な旅になるじゃろうて。
 礼は、わしの未来の同胞を救ってもらったでな、いらぬよ。
 
 また会おうぞ、勇者殿」
 
 嘘のように消えた身体の不調。
 シグルトが声をかける前に、その不思議な老人は踵を返して去って行った。
 
「…今日は不思議な婆さんによく会うな」
 
 シグルトは苦笑すると、今度こそイルファタルを後にした。
 
 
「うはぁ、まず。
 
 道に迷ったかなぁ…」
 
 フィリは困り果てた顔で路地を歩いていた。
 エルナと噂の美形のことを考えながら、適当に歩いていたせいか、ごちゃごちゃしたイルファタルの路地に迷い込んでしまったのだ。
 
(…うう、帰りが遅くなるとまたバッツに嫌味言われるし。
 
 どこか大きな建物を探さなきゃ)
 
 本来、方向感覚はよいフィリである。
 しかし、イルファタルは森とは違って、実に地形や建物が混沌としている。
 裏通りの小道は、まるで立体的な迷路のようだ。
 
 心境は半泣きで、フィリが周囲をきょろきょろと見回していると…
 
「お嬢ちゃん。
 
 道に迷ったんだね?」
 
 そこにはいつの間にか派手な格好をした老婆が立っていた。
 突然の老婆の出現に、思わずびくりとなる。
 
「あはは、おばあちゃん、誰?」
 
 引きつった笑みで、フィリは恐る恐る聞き返す。
 
「わしか?
 
 わしはニルダという婆ぁじゃ。 
 この街でつまらぬ術を使い、少しばかり人助けをして日銭を稼いでおる。
 
 まあ、人は精霊術師なんぞと呼ぶがの」
 
 フィリはさらに顔を引きつらせる。
 
 この街に最初に来たとき、似たような変な老人がバッツの服装にいちゃもんをつけ、2人して沢山の取り巻きに囲まれてわけの分からない言葉で説教されたのだ。
 この手の人物とは関わらないに限る、とフィリは逃げる算段を考え始めた。
 
「ほほ。
 
 ちょっと前に岩の爺さんに因縁をかけられた2人組みの片割れじゃろう?
 
 わしはあのボケ老人とは違うから、安心するがよい。
 あんな無意義な説教なぞ、わしも苦手じゃよ」
 
 優しい笑みを浮かべて、老婆はフィリの思考を止めた。
 
 フィリは、なぜ自分が考えていたことが分かったのが、青い顔で老婆を見る。
 
「怖がるでない。
 
 長年、人の相談を受けておったから、ただ普通の若造より多少物事の察しがつくだけよ。
 お嬢ちゃんたちのことも、あれだけ長い時間往来で騒いでおれば、見かけることもあるじゃろう?
 
 ただ、それだけのことじゃて…」
 
 ゆっくり頷きながら、諭すように老婆は言葉を紡ぐ。
 その柔らかな声は、聞いていると安心させられる何かがあった。
 
「だいたいの見当はついておるじゃろうが、お前さんのように道に聡い者でも、このイルファタルの裏道は歩きづらいはずじゃ。
 
 迷いを司る森の王に仕える連中もここに住んでおって、この近くで祈りを捧げておる。
 その霊験は、なれぬ者の方向感覚を乱すのじゃよ。
 
 婆が案内してやるほどに、よければついておいで」
 
 フィリは直感でこの老婆を信じることにした。
 不思議な雰囲気を持っているが、悪意は感じない。
 
 老婆は、おそらくその昔は美しい女性だったのだろう。
 皺のある表情すら、まったく醜いと感じさせない
 すっと腰や背筋も真っ直ぐで整っている。
 
 どことなく魅力的な雰囲気を持った人物であった。
 
 老婆がゆっくり歩く後をつけていくと、すれ違う人の何人かがありがたそうに頭を下げて礼をする。
 それに老婆は軽く手をかざして応えていた。
 
「おばあちゃん、人気者なんだね」
 
 フィリが何気なく言うと、老婆はおかしそうに肩を揺らした。
 
「なぁに。
 
 連中はわしに敬意を示しておるのではない。
 ただ、わしの使う術がありがたいだけじゃよ。
 
 …頼るだけの連中も問題じゃて。
 加えて、わしら術師の中にも、自身が特別じゃと勘違いした馬鹿がおる。
 
 世はなるように、神も精霊も泰然と有り、すべてはただの事柄に過ぎぬというのに。
 迫害を忘れた者も、利益に目が眩む者も、何れは苦難に自ら挑まねばならぬのが世の常。
 
 わしの人気など、人の欲の上に生まれた偽りのそれがほとんどじゃなぁ…」
 
 歩きながら、老婆はどこか遠くを見つめるように言葉を紡いだ。
 
 
 老婆の案内で宿に着くと、2階から言い争う声がする。
 
「うわ…案の定、喧嘩してる」
 
 少し品の悪い口調と、甲高いヒステリックな声は、バッツとコールのものだ。
 
 それを止めようと、オルフがなだめる声もする。
 
「…おばあちゃん、案内ありがとね。
 
 少ないけど」
 
 銀貨を数枚差し出すと、老婆はいらないと首を振った。
 
「わしにもちょいと用ができた。
 
 お嬢ちゃんのは、そのおまけにしといてあげるよ」
 
 にんまり笑うと、老婆はさっさと2階に上がっていく。
 フィリは、状況が理解できずに首をかしげて硬直した。
 
 
「…黙って聞いてりゃ、恩着せがましい野郎だなっ!
 
 俺はもともとあんたになんか頼んでない。
 それを、さっきからねちねちと嫌味ばっか言いやがって…
 
 だいたい、お前の船じゃなくてお前の親父の船だろうが。
 
 俺はお前の手下でも召使いでもないんだぞっ!!」
 
 怒りをあらわにするバッツにも言い分がある。
 
 先ほどからコールは、バッツが暴れ馬の騒動のときに現場にいなかったことをなじり、終いにはバッツの盗賊としての勘がないと侮辱したのだ。
 加えてコールは、態度が悪いだの、下品だのと難癖をつけて、バッツを見下げたように扱った。
 
 つい先ほど、皮肉げな嘲笑をあびて、我慢していたバッツはついに激昂して怒鳴り返したのだ。
 
「ふん、貴方を乗せるなど、私のほうも御免こうむりたいですね。
 
 だいたい貴方のような下賎な盗賊まがいの輩は、何をするか分かりません。
 船の乗員名簿からは外しておきますから、お一人でリューンまで行ってください。
 
 荷物の心配をしなくて済む分、水夫たちも安心して仕事が出来るでしょう」
 
 オルフが2人をなだめるが、火に油を注ぐようなものだった。
 あげくは2人からどっちの味方をするか問われ、閉口してこめかみをもんでいる。
 
 エルナは先ほど気分が優れないといって休んでしまった。
 
 2人の抑止力がなくなって、その後は嫌味の言い合いになり、口論にまでなってしまったのである。
 
「…まったく、子供みたいに騒いでいるねぇ、2人とも。
 
 しかも、お仲間を困らすなんて悪い子のすることじゃよ」
 
 突然乱入してきた声に、3人は部屋の入り口に目をやった。
 
 不思議な格好をした老婆が立っている。
 
「…何だ、婆さん?
 
 俺たちの話に首を突っ込むんじゃないっ!」
 
 バッツがそういうと、無関係じゃないんだよ、と老婆はコールの方を向いた。
 コールは硬直して青ざめている。
 
「…コール坊や。
 
 わしはいつも口をすっぱくして言ってきたね?
 大方、お前さんがその盗賊の坊やをけなしてことが起こったんじゃろう。
 
 そういう偏見はやめないと、学の妨げになると教えたはずだよ。
 自由なる賢者を目指す男が、情けないことだねぇ。
 
 バラルズの旦那がお前さんを心配するのは、その危なっかしい性格と身勝手な態度だと、そろそろ気づくべきじゃないのかい?」
 
 老婆の言葉に、コールはすっかり項垂れている。
 
「…話の腰を折ってすまないね。
 
 この坊やの母親とは旧知の仲なのさ。
 そのおしめを交換したこともある関係なのさね。
 
 この子に文字を教えたのもこのわしでねぇ。
 
 でも、言い返していた盗賊の坊やにも、非はあると思うよ。
 本当の大人は、この程度のことには動じないものさね。
 …そこの大きなのが困ってるじゃないか。
 
 馬鹿にされないだけの自制心も必要だよ」
 
 正論を言われて、バッツも黙ってしまった。
 それにこの老婆には、逆らえない不思議な雰囲気がある。
 
「…さて。
 
 コール坊やがお目付け役としてあんたたちを見つけたってのは、察しがついてるよ。
 それにお前さんがたが便乗するのも、いいことじゃろう。
 
 実は、バラルズの旦那が納得するために、わしが一肌脱ぐことになっての。
 コール坊やのお目付け役として、わしもリューンまで同行することに決まったんじゃ。
 
 おまけでさっき、お前さんたちの仲間の迷ってたお嬢ちゃんを拾ってきたけどね。
 
 コール坊やにはこれ以上馬鹿はさせないから、盗賊の坊やは安心して船にお乗り。
 まあ、乗らなくてもいいけど、あと2週間は他の船は出ないよ。
 噂じゃ、一緒のお嬢さんを追ってるらしい、傭兵風の3人組がいるらしいから、ゆっくりしない方が賢明じゃないかね。
 
 コール坊やは、断れないことは分かっているね?
 お前の親父さんに泣きつかれたのを、わしが説得したんじゃ。
 断るならリューン行きは無いよ」
 
 あれだけ騒がしかった2人をぴたりと黙らせて、老婆はオルフの方を向いた。
 
「そういうわけで、よろしくの、大きいの。
 
 もう1人のお嬢さんには後で自己紹介するとしよう」
 
 すっかり老婆のペースとなったが、かろうじてオルフは尋ねた。
 
「…婆さん、いったい何者だ?」
 
 老婆はにんまりと笑って、その部屋の窓を開ける。
 冷たい冬の風が入り込んできて、部屋にいた一同、目が冴える気持ちになった。
 
「わしはニルダ。
 
 このイルファタルの精霊術師で、雪の精霊術を使う者じゃよ。
 足手まといにはならんから、安心おし」
 
 悪戯っぽい表情を浮かべ、その老婆は楽しそうに肩を震わせた。

 
 
 不思議婆さんニルダの登場です。
 
 ニルダは北方の雪の精霊術の大家、獣人の精霊術師リャニエンの孫弟子にあたります。(旧リプレイや、Martさんからお預かりして公開している“風を駆る者たち”リプレイにちょっとだけ名前が登場します)
 彼女の師匠はエルフの精霊術師で、コールの母親の姉になります。
 ニルダは【氷結の癒手】と【落雹の撒手】という2つの精霊術を使えますが、これはいずれ『風屋』で販売します。
 どちらもレベル1としては実に優秀なスキルです。(バランスは一応チェックしてあります)
 効果はいずれ、紹介していこうと思います。
 
 予知をすることがあり、すべてを見通したような不思議な雰囲気を持っています。
 洞察力と分析力にも優れ、なにより落ち着いて泰然としたお婆ちゃんです。
 
 実は老婆でありながら【秀麗】持ち。
 昔はかなりの美人だったと推察され、現在でもその美貌の名残があります。
 
 コールはニルダにはまったく頭があがりません。
 叱られると条件反射で謝ってしまいます。
 もっとも、ニルダは無茶や誤ったことを言うタイプではありませんが。
 
 年の功と言葉の説得力、そしてその神秘性が特徴です。
 
 イルファタルに住む精霊術師であり、かつては優れた巫女でしたが、どういうわけか結婚もせずに1人で暮らし始め、老いる今まで動こうとしませんでした。
 
 なぞめいた行動と、精霊術に関する大きな知識。
 不思議婆さんというのが一番しっくりきます。
 
 ニルダは手に銀色の刺青をしていますが、これは精霊術師の刻印です。
 Martさんの『風繰り嶺』でつけられますが、マイナス称号です。
 
 彼女の真意はまだ不明です。
 なぜコールのお目付け役を買って出たのか…彼の母親と知り合いという理由だけではありません。
 
 私のリプレイで、私が性格づけした始めての精霊術師です。
 実は今回のPCたちの中でも特にお気に入り。
 爺婆、使ってるとたまにセリフ対応シナリオがあって、楽しいです。
 
  
◇ニルダ
 女性 老人 知将型

秀麗     田舎育ち   貧乏
厚き信仰   誠実     冷静沈着
献身的    無頓着    陽気
派手     謙虚     繊細
 
 
器用度:6 敏捷度:3 知力:9
筋力:3 生命力:3 精神力:11
 
社交性+1 慎重性+2
 
 彼女が【厚き信仰】なのは巫女だったからで、精霊を崇敬しているからです。
 陽気で外見も派手ですが、内面は冷静で穏やかです。
 神経質ではありませんが、繊細な視野をもっており、状況を素直に理解するあたり、年の功です。
 
 精神力がとても高く、頭も回るので、コールより参謀向きかもしれません。
 加えて人徳やカリスマもありますし。
 
 ちょっと変わってますが、こういうキャラクターも面白いと思います。
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CWPC5:コール

 オルフ一行が、そろってラダニール地方を抜けて西のイルファタルを目指すことを決めてから、2週間が過ぎようとしていた。
 川沿いに森と山野を駆け抜ける、過酷な逃亡の旅は終わりを迎えようとしている。
 
「…あと1日も行けばイルファタルの国境だ。
 
 随分な強行軍だったが、なんとかなったな」
 
 額の汗を纏った襤褸で拭い、水袋から水を一口飲む。
 
「…はは、寒さなんてものは嫌なだけなものだと思ってたけど、水がぬるくならないのはいいよね」
 
 フィリが泥と煤で汚れた顔を拭いながら、同じように水を飲んでいる。
 
「エルネード様が山道に文句を言わなかったのはありがたかったな。
 
 これだけ無茶をしたというのに…たいした方だ」
 
 バッツが周囲を警戒しながら、呟く。
 
「ああ。
 
 だがかなり無茶をさせた。
 これ以上急ぐと、俺やフィリも持たない。
 
 しばらくここで休憩しよう」
 
 そう言ってオルフは、毛布に包まって寝息を立てているエルナを眺めた。
 
 エルナは気丈な娘であった。
 オルフでもきついと感じる速度に、歯を食いしばって付いて来たのだ。
 仲間たちも彼女の意志の強さを心から賞賛していた。
 
 このつらい現状もまもなく終わる。
 イルファタルは独立都市国家であり、軍装の兵士が入ることはできない。
 その手の軍隊をひどく嫌う国柄なのだ。
 戦争より商売と交易を重んじる海の都である。
 
「イルファタルかぁ。
 
 あそこなら、おいしい肉料理を食べられるね。
 もとは北方人の海賊たちが先祖の国だけど、気候も穏やかだし、異民族や亜人にも寛容なんだよ。
 エルフやドワーフがあんなに見られる国って少ないんだよね」
 
 イルファタルは近くにウッドエルフの集落があり、衣料品や金属と森の幸の取引をしている。
 エルフ制の弓や薬は良質で、貴重だった。
 
 加えて山岳部にはドワーフたちが住み着いている。
 彼らは優れた鉱山夫であり、良質の銀や鉄をイルファタルにもたらしていた。
 
 ラダニールやリューン近郊で強い影響がある聖北教会ではなく、イルファタルにある教会は聖海教会である。
 主に、西方南海で盛んに信仰される聖海教会だが、異国の神を聖人として取り入れるなどの柔軟性はイルファタルの気質にあっていた。
 加えてこの国では、癒しの秘蹟を多く残した聖海教会の聖女オルデンヌ縁の地だ。
 オルデンヌは、聖海で列聖された聖女であり、異教徒や異端的とされる精霊術師たち、さらには亜人との交流もあったとされる人物である。
 
 聖女の意思を引き継ぐ、というスタイルなのか、このイルファタルは異邦人や異種族にとりわけおおらかな国であった。
 独特の文化があり、旅人用の無料診療所や格安の宿、さらには異種族の職業斡旋を助ける組合などがある。
 加えて、他の地では聖北教会の影響で勢力の弱い精霊術師たちにも寛容で、彼らの聖地でもあった。
 
 イルファタルの秘境にはアヴァロニアと呼ばれる場所があり、樹海の中に大きな淡水湖がある。
 海の向こう、獅子の王が最後にいたった妖精郷に因んでいるとされ、多くの亜人や妖精が生息していた。
 そこでは、上位精霊“湖の貴婦人”モリガンと契約した大精霊術師であるアリエスがおり、水の精霊術師たちにとっては一大聖地である。
 アリエスは来る者を拒まず、出会えればその精霊術を授けてくれるという。
 
「争いなき、自由の国か。
 
 早く見てみたいものだな」
 
 オルフは空を仰ぎ、夢の都と聞いているイルファタルを思った。
 
「…ま、そんなにいい国でもないさ。
 
 あんまり期待すると肩透かしを食らうぞ。
 あの国でも、今じゃ人口が増えすぎて、人間と亜人の諍いがよく起きるし、精霊術師同士の主義の違いから小規模の小競り合いが起きることもある。
 
 イルファタルじゃ、シャーマン、つまり精霊術師は一種の特権階級さ。
 坊さんと同じように権力に固執する奴や、細かい儀式や主義を周囲に強制してあおる馬鹿もいる。
 さらには、魔法使いや呪術師がそれにからむからな。
 
 迷信深い国ってのも、考え物だよ」
 
 バッツは肩をすくめる。
 
「初めてあの国に入ったときは、俺が額に巻いてる布が悪い色だって、変な爺さんと取り巻きにつかまって訛りの強い言葉で1刻も説教聞かされたしな。
 あれにはまいったよ」
 
 額のバンダナをなでながら、バッツがぼやくと、フィリが二へへと笑う。
 
「結局、あのときは途中で逃げちゃったんだよね。
 
 また捕まらないように、気をつけなきゃ」
 
 にぎやかに話しながら、一行は和やかに休息した。
 
 
 さらに一週間後、一行は無事イルファタルの国境を越えることができ、国内をさらに西に進んでいた。
 
 この国の国土は狭い。
 しかし、様々な亜人や妖精の住む森や平原に面し、そういった独立した場所との同盟関係を勢力図にすれば、ちょっとした大国を凌ぐ広さになる。
 豊かな緑と、北方特有の寒冷な気候。
 聖北教会ではなく、聖海教会が強い勢力を持ち、様々な宗教や種族、文化の坩堝である。
 
 この国ではとりわけ魔術師や精霊術師が多い。
 妖精や亜人と共に精霊術を学び、自然と生きる者たちや、自由な国風に学問の自由を求めて集結した隠者たち。
 
 混沌としているが、束縛の無い場所である。
 
 だが、そういった文化圏ではならず者も多い。
 海賊まがいの蛮行で生計を立てる荒くれ者や、南で犯罪を犯し逃亡してきた者、外道の魔術に手を出して国を追放された呪術師。
 そういったものたちも流れてくる場所だった。
 
 北方の重要な港を持ち、自由な文化であるがゆえの弊害である。
 
 一行は、様々な文化の入り乱れる賑やかさに目移りしながら、今日の宿を探していた。
 
「…聞きしに勝る盛況ぶりだな。
 
 こんな賑やかな街は初めてだ」
 
 感心したようにオルフが呟く。
 
「田舎者丸出しだぞ。
 
 リューンにいけばもっと賑やかな場所もある。
 ま、ここほどごちゃごちゃした街じゃないがな」
 
 いつの間にか手に数本の肉串を持ち、仲間に配りながら、バッツが要所を説明してくれる。
 
「あそこが賢者の学院。
 
 西方のカルバチアよりは小さいが、集まってる人材は一級だって話だ。
 噂じゃ、空から星を降らす術を収めた大魔術師がいるって話だがな。
 
 で、あれが精霊宮だ。
 この街の精霊宮はリューンより大きい。
 ま、精霊術師やエルフがたくさんいるから、当たり前なんだろうが。
 
 あっちがこの国で最大の聖海教会の聖堂だ。
 聖オルデンヌ教会って言うんだ。
 
 昔話があってな…
 ずっと昔にオルデンヌっていうすごい聖女様がいて、たくさんの人を救ったが、聖女様は若くして亡くなってしまうんだ。
 残った僧侶たちは聖女様から奇跡を戴こうと、その御遺体をめぐって言い争うんだが、突然大風と共に現れた妖術師が聖女様の御遺体を盗んでしまったんだ。
 困り果てた僧侶たちは、聖女様が纏っていた僧服を棺におさめて、このことを嘆いたんだが…
 その棺の下から突然水が湧き出し、その水は人の難病を癒したんだそうだ。
 後の人々は、聖女様の魂はここにとどまって人を守ってるんだと感動し、ここにあんな大聖堂を建てたってわけだ。
 
 残念ながら、その湧き出した泉は聖域で入れないし、泉の水は万能の薬とかで教会が高い寄付金と交換に売ってくれるらしいけどな。
 
 なんでも聖女オルデンヌは聖海教会で、異教や精霊信仰とともに歩んでいくことを主張する穏健派では有名な聖人らしくてな。
 女だから、教会の派閥によっては列聖をどうするか諸説あるんだが、人気のある偉人らしいよ」
 
 オルフが感心して頷く。
 
「ふふん、知ってるんだよ~。
 
 バッツ、エルナさんにいいとこ見せようとして、徹夜で覚えたんだよね、それ」
 
 青筋を立てて怒るバッツから逃れ、フィリが舌をだしてからかう。
 
「ふふ、それでもこれだけのことを一晩で調べるなんてすごいわ。
 
 聖女オルデンヌ。
 教派は違うけど、その行いの素晴らしさは聞いたことがある。
 
 聖北教会にも、彼女のような人物がいたら、歴史も変わっていたでしょうね」
 
 眩しそうに大きな聖堂を見上げながら、エルナは遠い目をした。
 
 
 しばらく行くと噴水に行き当たり、そこで一行は一休みすることにした。
 バッツとフィリは宿を探すといって、オルフとエルナをここに待たせている。
 
 噴水の縁には2人の先客が座っていた。
 
 1人は杖を持ち、複雑な刺繍の長衣を纏っている。
 淡いブロンドの髪と、尖った小さな耳。
 
(ありゃ、ハーフエルフってやつか?
 はじめて見たぞ…)
 
 その男は長衣から小さな本を取り出し、一心不乱に読んでいる。
 
 ハーフエルフとは亜人とも妖精とも言われるエルフという種族と人間の間に生まれる混血種である。
 エルフほど長命ではなく、人間ほどがっしりした体格ではない。
 二つの種族の特徴を中途半端に持っている。
 場合によっては鬼子として迫害されるが、このイルファタルでは普通に過ごしているのだろう。
 
 興味深げに観察していると、その男が不意に顔を上げて迷惑そうにオルフを睨んだ。
 神経質そうな顔立ちである。
 
 オルフはばつの悪そうな顔でごまかし笑いをすると、もう1人の男を観察することにした。
 見るとエルナは、じっともう1人の男の方を見つめている。
 
 興味をそそられ、オルフがその男に視線を移す。
 
(…こりゃまた。
 
 なんかやつれちゃいるが、すごい美男子だな)
 
 まるで噴水と一つになったように、泰然としているその男は、目の覚めるような美青年だった。
 
 無頓着な髪型だが、白い肌にはえる青黒い髪。
 髪と同じ神秘的な深い色の瞳。
 すっと整った鼻梁、凛々しい口元の造形は端整で、女性もたじろくような美貌である。
 背が高く股下の足も長い。
 引き締まった筋肉と広い肩幅は美しさとは別に、この男をより男性らしく見せていた。
 
(ま、エルナも女の子ってことだな。
 
 あれだけ美形なら、若い娘は騒ぎ出すだろう)
 
 ほほえましい心持でエルナを見る。
 だが、エルナは見惚れてぼんやりしている様子はなく、どこか心配そうに男を眺めていた。
 
「…どうかしたのかエルナ?
 
 あの男にあやしい点でも…」
 
 オルフが小声で聞くと、エルナは首を横に振った。
 
「あの男の人、苦しそうだわ。
 
 額に脂汗をかいているし、マントで隠しているけど胸を押さえているの。
 顔も少し蒼白だし、どこか具合が悪いのかしら?」
 
 オルフはエルナの慈愛深さを見くびっていたことに反省し、あらためて男を見た。
 最初から美しさと一緒にやつれた印象のある青年だった。
 
 よく見れば男はただでさえ白い肌から、さらに血の気を失っている。
 唇は艶を失い、肩が小刻みに震えていた。
 よほどの苦痛を耐えているのか、噛み締めた唇から血がにじんでいる。
 
「ありゃ、そうとう悪そうだな。
 
 声をかけてみるか?」
 
 エルナが頷いて立ち上がる。
 彼女が青年に近づき、声をかけようとした、まさにその時…
 
「あ、暴れ馬だぁ~!!!」
 
 周囲がにわかに騒がしくなり、オルフとエルナは思わず騒ぎの起こっているほうに注目した。
 
 一頭の黒い馬が、よだれを垂らしながら全速力で走ってくる。
 周囲のものをことごとく踏み砕く、ものすごい勢いだ。
 その先は丁度、エルナがいる場所である。
 
(まずいっ!)
 
 あっけに取られた数秒、動き出す反応が遅れてしまった。
 エルナがはっとしたとき、すでに暴れ馬は彼女の間近に迫っていた。
 
(くそっ、間に合わねぇ!!!)
 
 必死で駆け寄ろうとするが、すでに遅かった。
 暴れ馬は前半身を振り上げ、邪魔なエルナを蹴り倒そうとした。
 
 反射的に目を閉じるエルナ。
 誰が見ても手遅れだった。
 
 馬の蹄が振り下ろされ、もうもうと土埃が舞う。
 
「《眠りをもたらす白雲よ、抱いて沈めまどろみの底に…眠れっ!!!》 」
 
 少し高い男の声。
 土煙の中から現れた黒馬は、よたよたと数歩進んで崩れるように倒れた。
 
「エルナァッッッ!!!」
 
 絶望的だと知りつつ、オルフは纏った襤褸で土煙を払いながらエルナのいた場所に駆け寄った。
 周囲の者たちも騒ぎを聞きつけて走ってくる。
 
 数人が馬を取り押さえ、他の者たちがオルフに続いた。
 
 
 エルナは目を閉じた瞬間、大きな何かに包まれたような気がした。
 
 いつまでたっても襲ってこない痛み。
 とても力強い、暖かな感触。
 土の匂いの混ざった、どこか安心できる薫り。
 
(お父様…)
 
 小さな頃によく抱き上げてくれた、大きな腕。
 父の抱擁を受けているような安堵感。
 
 エルナはその安らぎの元を知ろうとして、目を開けた。
 
 彼女はしっかりと抱きかかえられていた。
 決して不快ではない汗のにおいと、顔の触れている皮の外套の感触。
 
 彼女が顔を上げると、先ほど苦しそうにしていたあの青年が、心配そうにエルナを見下ろしていた。
 
 ポタリ…
 粘ついた赤いものがエルナの頬を濡らした。
 
 青年の額が浅く裂け、血が頬を伝わりエルナに降りかかったのだ。
 
「…すまない。
 
 顔を汚してしまった」
 
 青年は苦笑いすると、そっとエルナを立たせてくれる。
 そして、いささか乱暴に自身の額の傷を手ぬぐいで拭くと、さっとそれを巻き、服のすそでエルナの頬に付いた血を拭いてくれた。
 
「…あっ」
 
 エルナが何か言おうとする前に、青年はそれを制するように言葉を発した。
 
「ああいう時、目を閉じてはいけない。
 
 賑やかなところほど、馬による事故は多いからな。
 女でも子供でも、巻き込まれることだから、気をつけたほうがいい」
 
 青黒い瞳の青年は、優しげに微笑むと踵をかえした。
 
「待ってくれっ!」
 
 そこに、事情を察したオルフが駆け寄ってくる。
 そのときには、土埃はたいがい晴れていた。
 
「すまねぇ。
 
 連れが助けられたな。
 恩に着る。
 
 …怪我したのか?」
 
 オルフは簡素だが心から礼を言い、あらためて青年が血の滲んだ手拭を額に巻いていることに気がついた。
 
「大した傷じゃない。
 
 それより、その女性に怪我が無いか確認したほうがいい。
 どこか打ち身でもあれば、後で腫れる。
 
 それに、礼をいうのは俺だけでは不足だ。
 後ろの御仁が魔術を使ってくれなかったら、もっと惨事になっていたかもしれんからな」
 
 そう言って、青年は、先ほど【眠りの雲】の魔術を用いて暴れ馬を眠らせた、ハーフエルフの男に軽く会釈をした。
 
「…大事にならなくてよかったです。
 
 そちらの女性は大丈夫ですか?」
 
 紳士的で上品な口調だった。
 少し顔が上気しているのは、エルナの美しさを目の当たりにしたからだろうか。
 
「はい、私は平気です。
 
 助けてくださってありがとうございます」
 
 エルナが頭を下げると、ハーフエルフの男は、白い顔を真っ赤にしてしどろもどろに、当然のことをしたまでです、と答えていた。
 
「ありがとうよ。
 
 正直、あの馬が前足を振り上げたときはだめかと思ったぜ」
 
 オルフも頭を下げて礼を言う。
 
「いや、無事で何よりです。
 
 それより、そこの方は怪我をされたようですが…」
 
 ハーフエルフの男は照れ隠しか、話題を青年の方に振った。
 
 先ほどの傷は塞がっていないらしく、手拭いに滲んだ血の染みが広がっている。
 
 青年がまた大丈夫だと言おうとした時、エルナが側により、聖句を唱えて手を青年の傷痕にかざした。
 痛みが引いたことに少し驚いた青年は、手拭いを取る。
 額の裂傷は綺麗に消えていた。
 
 さらにエルナは聖句を唱え、そっと青年の胸に触れる。
 少し青ざめていた青年の顔に、血色が戻ってきた。
 
「…ありがとう。
 随分楽になった」
 
 今度は青年が礼を言った。
 
「あんた、さっきから調子が悪そうだったが、病気か?」
 
 オルフが尋ねると、青年は苦笑して首を横に振った。
 
「己がいたらなかった代償だ。
 
 寒さがどうもいけないな。
 いつもは休んでいればおさまるんだが」
 
 そのとき、はらりと青年の腕から何かが落ちた。
 黄ばんだ木綿の布だ。
 両腕にそれを巻いていたのだが、片方がさっきの衝撃で切れてしまったのだろう。
 
 そして覗いた青年の地肌。
 
 エルナは衝撃を受けて両手を握り締めた。
 
(…こりゃ、ひでぇ)
 
 オルフも思わず顔をしかめた。
 
 うじゃじゃけた傷痕。
 肉の盛り上がって治りかけてはいるが、一生その傷痕は消えないだろう。
 ケロイド状に腕を抉っているその傷は、縄のようなものが肌に食い込んで化膿した痕だ。
 
「すまない。
 
 見苦しいものを見せてしまった」
 
 また苦笑して、傷痕を隠す。
 青年はあらためて自身の不調まで治してくれたことに感謝の意を示し、エルナに礼を言うと立ち去ろうとした。
 
「待ってくれ。
 
 俺はオルフ、ラインドの子、オルフだ。
 名を尋ねてもかまわないか?」
 
 オルフが呼び止めると、青年は振り返って、少し考えるように天を仰いだ。
 そして、まっすぐにオルフを見据える。
 
「シグルト。
 
 俺には分不相応だが、親から貰った名前だ」
 
 男は伝説の龍殺しと同じ名を名乗り、一礼して去って行った。
 
「…絵になる方ですね。
 
 ああいうのを勇者と言うのでしょうか」
 
 ハーフエルフの男がため息混じりに呟いた。
 
「…あんたにも名を尋ねていいかな?
 
 もう一度名乗れといえば、あらためて名乗るが?」
 
 オルフがそういうと、男は名乗りは不要だと首を振った。
 
「私はコールディン バラルズ。
 
 このイルファタルで商人をしている者の息子です。
 もっとも、私は商人の道ではなく、知識を求める賢者を志していますが。
 
 見ての通り、エルフの血を引いています。
 
 どうやら先ほどの不躾な視線は、差別の目ではなかったようだ。
 貴方の礼節に免じて、あの無礼は許しましょう」
 
 やや高慢な態度であるが、上品な男であった。
 
「すまねぇ。
 
 何分田舎者だから、エルフやハーフエルフを見るのは初めてだったんだ。
 俺は東のラダニール出身なんだが、あそこは妖精とか魔法とかは珍しいんだよ。
 
 俺に字を教えてくれた人が、エルフもハーフエルフも魔術師もおんなじ地上に生を受けた命だから、偏見を持つなって教えられてたが、物珍しいって気持ちはどうにもならなくてな。
 
 気分を悪くしたなら謝るよ」
 
 オルフのような大男が、頭をかきながら謝ると実に滑稽だった。
 男は愉快そうに微笑むと、許します、と頷いた。
 
「ところで、あなた方はなぜこんなところに?
 
 随分前からこの噴水にいたようですが…」
 
 男の問いに、オルフは宿を探しにいった仲間を待っていると答えた。
 そして、東からわけあって流れてきたことと、南のリューンを目指していることを告げる。
 
 男は興味深そうに聞いていた。
 
「なるほど。
 
 そうなると、船を探さねばならないでしょう。
 私の父の商会はリューンとの交易に関わっています。
 もしよかったら、私が間に立って差し上げましょう。
 
 知り合った以上、最後まで義理を尽くすことが私の母から受けた教えなのです。
 御婦人には親切にすることも。
 遠慮は要りませんよ」
 
 渡りに船の話に、オルフは感激して何度も礼を言った。
 エルナも感謝の言葉を述べる。
 
「待ってください。
 
 その代わりといってはなんですが、私も貴方たちにお願いしたいことがあるのです」
 
 交換条件を提示されて、オルフとエルナは顔を見合わせた。
 
「何、難しいことではありません。
 
 私もリューンに行きたいのです。
 あの都市はこのイルファタル以上に大きく、大きな図書館もあるとか。
 何かの機会に、リューンに行けるように父に頼んでいたのですが、一人ではだめだと頑固でしてね。
 
 同行者として船に乗っていただく…それが条件です。
 貴方のような立派な体格の男性が一緒なら、父も納得するでしょう。
 
 私も成人して随分立つのですが、父の過保護ぶりにはいささか閉口しているのです。
 私は新しい知識を求め、新しい世界に旅立ちたいと日々願っているのですが」
 
 そう言って男は空を見上げた。
 
「私のことはコールと呼んでください。
 
 よろしくお願いします」
 
 再び視線を2人に戻し、男は自身の尖った耳の先を軽く撫でた。

 
 
 少し長くなってしまった、コールの登場の話です。
 ハーフエルフの魔術師という、ファンタジーではありふれた存在ですが、大体が迫害+暗い過去というパターンになるので、違う場所で違う扱いの登場をさせました。
 
 舞台となってるイルファタルは北方の海沿いにある寒い港という設定です。
 妖精たちの集落が近く、精霊術師の地位が高くて、異種族に対する偏見が少ない場所。
 混沌としている文化の坩堝で、独特な雰囲気の街です。
 
 コールはそんな国の一商人がエルフの娘に惚れて、必死にアプローチして結婚し生まれました。
 父親は、それはもう目に入れても痛くないぐらい息子を可愛がり、年代が大人になった今も過保護に口を出す、という、ハーフエルフには普通ありえない幸せな家庭の出身です。
 
 それゆえか高慢で我侭で、利己的な性格になってしまいました。
 他人との馴れ合いは嫌いですが、フェミニストで、困った女性を放っておけません。
 
 かなり狡猾で、上品な紳士の顔の裏で、人を出し抜く商人の狡猾さを秘めています。
 本質はものすごい行動的で感情的。
 イルファタル人らしく、自由を愛し、束縛を嫌います。
 
 その過激ぶりは、だんだん明らかになっていきます。
 反面シャイなところもあって、人に接するときは頭であれこれ考えています。
 
 一言で言うと複雑な性格です。
 冷静ぶった上品で過激な控えめにもなれる策士。
 
 その性格破綻振りは後々明らかになるでしょう。
 仲間たちも、彼の性格の起伏の激しさに翻弄されると思います。
 
 ただ、頭はとても切れます。
 

◇コールディン バラルズ(コール)
 男性 大人 策士型

秀麗     裕福     不実
猪突猛進   利己的    混沌派
神経質    無頓着    過激
悲観的    勤勉     内気
地味     高慢     上品
繊細     ひねくれ者  名誉こそ命
 
 
器用度:4 敏捷度:7 知力:11
筋力:3 生命力:3 精神力:4
 
好戦性+1 内向性+1 臆病性+2 慎重性+1 狡猾性+1
 
 読めない性格にしようとしてたらすごいことに。
 彼がヒステリックに突然切れるシーンも、時折出てくると思います。
 
 
 今回、リューンに来る前のシグルトが登場してました。
 この頃は、まだ治りかけで、体の不調が酷かった頃です。
 時節は冬、つまりシグルトが宿に来るのは夏ですから、かなり前になるわけですね。
 このイルファタルから船でリューンまで何日もかかるのです。
 
 オルフやエルナと運命的な出会いを果たすわけですが、彼らのかかわりもリターンリプレイでは表現していくつもりです。
CW:リプレイ2 | コメント:8 | トラックバック:0 |

CWPC4:バッツ

 フィリの案内で、オルフとエルナはラトリアの国境を目指していた。
 
 陽気でおしゃべりなこの少女、見かけによらず細かいことに気がつく娘だった。
 狩人の娘というだけはある。
 
 12歳の平均身長から見れば、女子でも低いほうだろう。
 しかし、意外な膂力を持つことは、邪魔な茂みを手斧で軽々と薙ぎ払う様子から感じ取れた。
 
「お前、以外に力があるな。
 
 この手の草木はかなり硬いだろに」
 
 オルフが感心したように言うと、ニカッと笑ってフィリは力瘤をつくった。
 
「これでも、父さんが取ってきた獣の皮を剥いだり、薪作ってたからね。
 
 あと、使ってるのが手斧だからさ。
 
 この手斧はその頃から愛用してるんだけど、ナイフなんかより便利だよ。
 ボクみたいに身体が小さくても、得物自体が重いと威力も増すし。
 加えて、今は弓の弦が切れちゃって…ボクの頼れる相棒はこれだけだよ。
 
 短剣やナイフもほしいんだけど、ちょっと財布が寂しいからね。
 お兄さんも、すぐ折れる剣や槍より、斧にしてみたら?
 その体格なら、両手持ちの斧でも軽々と振り回せるでしょ?」
 
 オルフは立派な体格をしている。
 背丈は190cmを少し超えるほどだ。
 大男の部類に十分入るだろう。
 
「…まぁな。
 
 でも俺は元農民だったから、斧よりは鍬か鎌の方が使い慣れてる。
 人を殺すためには使いたくないけどな。
 
 剣を使ってるのは、俺に武術を教えてくれた旅の戦士が剣術使いだったからだ。
 といっても、技を1個習っただけだがよ。
 
 正直言って、剣はまともな道具にもならねぇし、槍に比べりゃ短ぇな。
 斧みたいに頑丈でも無し、ナイフみたいに小回りも利かねぇ。
 …それでも剣を使う奴が多いのは、戦いにおいて最も汎用性のある形、だからだそうだ。
 
 どんな状況でも、使い手の技がありゃ、いろんな使い方が出来る。
 槍は狭いところじゃ使えないし、斧は敵にぶち当てるのが少しばかり難しい。
 かといって、ナイフみたいな小せぇ得物は、人を殺すにゃ小さすぎる。
 けど、難しい御託なんて言っても様にならねぇよな、俺じゃ。
 
 とどのつまり、俺が剣を使ってるのは、がたいと腕っ節でも簡単に扱える〈平凡〉な武器だからさ。
 
 聖北の坊さんが言うにゃ、剣は形が聖印に似てるから持ってると落ち着くんだそうだがな。
 
 ま、俺は…効果的な武器をとっかえひっかえするほど殺しに慣れたくねぇ。
 人を殺す武器は、手に1つありゃ十分だよ。
 
 だから結局、武器も戦う技ってのも、生き残るためにこいつが扱えりゃそれでいいのさ」
 
 オルフは腰に下げた剣を、かちゃん、と軽く叩いた。
 
 
「これは…
 
 間違いありません、エルネード様のお側付き侍女、マーサです」
 
 アレクセイは、転がっていた死体でただ1人だけ外套で覆われていた老婆の顔を確認し、白い貌をさらに青白くして言った。
 
「…ということは、カーティンの姫様は生きてるってことだな。
 
 それに、この婆さんを殺したのはここに転がってる兵士どもだ。
 婆さんは正面から切られた口だが、兵士どもは剣も抜けずにやられてる奴がいる。
 このやり方は、不意討ちだな。
 
 殺された兵士どもの死体は、どれも力任せなやり方でやられているが、存外いい筋をした奴だ。
 この隊長格を袈裟斬りにした技…“焔紡ぎ”の【担ぎ颪】かもしれねぇ」
 
 死体を検分していたナルグは、苦い顔をして言った。
 
「…“焔紡ぎ”?」
 
 アレクセイが聞くと、ああ、とナルグが頷く。
 
「“焔紡ぎ”ワディム。
 
 北方の戦場じゃ、知らねぇ奴は笑われるぜ。
 
 俺も若い頃、南の方の戦場で会ったことがあったけどよ…
 腕っ節は、俺より上だった。
 今でも正直、勝てるかわからねぇな。
 
 最近じゃめっきり名前を聞かねぇが、北方じゃマルディアンの“天剣の将”と並び称されるほどの剣豪だ。
 
 戦争が無い時は、少しの間同じ場所に留まって、駆け出しの将兵に技を指南して銭をもらうような副業もしてたからな。
 あの男の直弟子なら、こんなお粗末な腕じゃねぇだろうが。
 技を聞きかじった程度の奴かもしれねぇが、まぁ、油断はするなよ」
 
 アレクセイは目を丸くした。
 ナルグは強い。
 その剣術はラダニールでも一流といえるだろう。
 
 〈雪狼団〉で最強なのは団長のビュリカだというが、実際にアレクセイが見た最強の男はナルグである。
 そのナルグにここまで言わせる“焔紡ぎ”と、その剣士の技を使う者。
 
 ぶるり、とアレクセイは身体を振るわせた。
 頬は少し引きつっている。
 
(…そんな荒くれがエルネード様と?
 
 く、こうしては!!!)
 
 駆け出そうと、マーサの死体の側から立ち上がったアレクセイをナルグが引き止める。
 
「だが、解せねぇこともある。
 
 何でこの婆さんだけ、丁寧に扱っていたかだ。
 まずマルディアンの連中で無いことは判ってるが…
 俺たち傭兵やギマールの鉄血兵どもにゃ、こんなしゃれた甘いことをする奴はいねぇはずだ。
 
 かけてあった小汚ねぇ襤褸だが、多分元はギマールの歩兵が持つ厚手の外套だ。
 こんな状況で身の回りの物を使うなんて、よっぽどの甘ちゃんか、度の過ぎた阿呆か、戦場を知らねぇ素人だろう。
 
 加えて、物を取ってるが根こそぎじゃねぇ。
 …必要最低限、小銭と携帯食だ。
 金目のロザリオとか、この連中が修道院から盗んだものには手をつけてないから、強欲じゃなく必要に迫られてやった口だ。
 物取りとして足がつかねぇように考えてるなら、頭の良い奴だろうが…
 
 やったのは1人だ。
 筋が良くてもこの程度の腕で…こんな襤褸着てた食い詰めの兵卒が、物取りで兵士5人を敵にするなんてのは常軌を逸して間抜けなことだ。
 
 怪我もしたみてぇだな。
 途中で血痕が無くなってるから、治療したんだろうが…
 これだけの出血をする怪我をして、娘1人連れて逃げるなんてできねぇぞ?」
 
 少ない情報でこれだけのことを予測したナルグは、さすがは歴戦の傭兵だけはある。
 
「…そういえば、エルネード様は司祭様もお認めになるほどの信仰心と不思議な力を使うそうです。
 
 癒しの秘蹟、【癒身の法】でしたか。
 ラダニールでは聖なる奇跡を起こせる聖職者自体、数が少ないそうですから。
 エルネード様は将来、女性で司祭様になれるのではと噂されていたほどです。
 
 その力を使って傷を手当したのなら…」
 
 アレクセイの言葉に、ナルグはさらに渋い顔をした。
 
「そうだとしたら、もっと解からねぇ。
 
 …お姫さんはその男を治したのか?
 ギマール人なら敵国だぞ?
 
 しかも、マルディアンより先に戦争吹っかけて、王政や貴族制を何より忌み嫌う国だ。
 ラトリア人にとっちゃ、マルディアンより憎たらしい敵のはずだぜ」

 あっ、とアレクセイもそのことに気がつく。
 
「加えて、〈政教分離〉を唱え、唯一ラダニールで聖北教会を排斥した、あのギマールだ。
 
 俺たちがマルディアンについたのだって、お前らガチガチの聖北教徒どもがギマールの仕事を嫌ったから、団長が気ぃきかしたんだぞ。
 そんな奴らに、お姫さんが素直に従うと思うか?」
 
 ギマール共和国は、軍事拡張において、ラダニールで影響力の強い聖北教会の干渉を退け、聖職者という職業を無くしてしまった。
 それはあくまでも、聖職者からその地位と資格と特権を取り上げ、信仰そのものを排斥したものではなかったが、周囲の国家にとってそれは驚愕の事件であった。
 
 ギマールは他にも貴族や王侯の存在を否定し、軍隊の階級以外の身分制度も全て廃止している。
 貴族、加えて聖北教徒であるカーティン侯爵家にとっては忌むべき国のはずだ。 
 
「し、しかし、エルネード様はお優しい方です。
 
 きっと慈悲の気持ちで治したのでは?」
 
 アレクセイの言葉に、ナルグは首を横に振る。
 
「あのワイルズ将軍の娘が、そんなに浅はかとは思えねぇが…
 ま、仮にそうだとして、だ。
 
 一緒に行動する理由はなんだ?
 
 たとえ命の恩人が相手でも、敵国に素直に捕まるようなことはしないんじゃねえか?
 エルネード姫は聡明で思慮深い人物だと聞いている。
 
 その姫さんが素直に従ったってことが…助けた奴の腕の素人加減と、臆病な兵卒がとるような行動と噛み合わねぇ。
 姫さんを助けるために、ギマールに忍び込んだ将兵なら、腕はもっと立つはずだ。
  
 姫さんは自分を助けてくれて、この婆さんに外套をかけた奴を信頼してついていったってことか?
 怪我した、ギマールの一兵士に?
 
 どっちも分かれて行動すべきだろうに、取られた水袋は2つ。
 
 なんで2人で行動する必要がある?
 
 そこが、解からねぇ…

 …考えられんのは、傷を手当した姫さんを人質としてかっさらったか、美人だったからかっさらった…
 っておい、予想なんだからそんな俺を殺しそうな勢いで、鼻息荒くするなっ!
 
 …ったく。
 お前、お袋さんと信仰と姫さんのことになると、とたんに暴れ馬になりやがる。
 
 今の予測は当てはまらねぇから、安心しろ。
 そんな下種が、5人相手取って姫さんを助けるわけねぇだろ?
 そこんところが解せねぇんだからよ」
 
 腕を払って駆け出そうとしたアレクセイをなだめ、ナルグは続ける。
 
「だが、もしギマールの脱走兵なら、少しは話も通じるな。
 
 線としちゃそれが堅い。
 どうして助けたのかはわからねぇが、この兵士どもを殺した奴は、姫さんを助けて共同で逃げることにしたんだろう。
 
 その野郎、おそらくはギマールの恩赦兵…元犯罪人か旧敵国の兵士が恩赦を餌にされて、無理やり戦争に駆り出されていた口だろうな。
 もしそうだとしたら、機を見るのが上手い奴だ。
 
 ふん、なるほど…助けて自分を売り込んだとすりゃ、話は通じるな。
 
 だとしたら、姫さんは金のなる木だ。
 その野郎も乱暴はしねぇだろ」
 
 アレクセイは少し力を抜いた。
 
「ま、貞操は保障できねぇけどな。
 
 男と女、しかも命がけで逃亡するとくりゃ、けっこう女の方が男に参っちまう。
 心細いから人肌が恋しくなるし、世間知らずで年頃の姫さんなら案外今頃しっぽりと…
 
 って、お~い…
 
 行っちまった。
 冗談だったんだけどな」
 
 目を血走らせて全力疾走するアレクセイの背を見つめ、ナルグは人の悪そうな笑みを浮かべた。
 
 
 ガキィィンッ!!!
 
 オルフは敵の剣を受け止め、エルナを背後に庇った。
 
「くそっ!
 
 先行していたマルディアン兵か…」
 
 相手は3人の兵士である。
 しかも、今相手にしている兵士は正規兵らしく、厚手の立派な革鎧を着ている。
 
 北方の戦場では金属の鎧を着る者は少ない。
 寒さで冷えた鎧が体力を奪うからだ。
 
「…そこの娘、カーティン家の御令嬢だな?
 
 おとなしく剣を引け。
 さもなくば―――なんだと?!」
 
 にじり寄っていた1人の兵士が、足を切られて転倒する。
 
「…そこ、血の筋だよ。
 
 手当てしないと、出血して、冷えて死んじゃうかもね」
 
 手斧を構え、不適に笑うのはフィリであった。
 
「ぐ、小僧!!!」
 
 もう1人の兵士をいなし、今度は重い攻撃で反撃するフィリ。
 手斧はその兵士の手の甲を粉砕した。
 
 激痛に膝を突いた兵士は、フィリが振るった手斧の背で頭を強打され、失神する。
 
 オルフを相手にしていた兵士が、フィリに注意を取られて隙をみせた。
 わずかなものであるが、オルフは迷わず踏み込んで敵の膝を斬った。
 
「ぐぅわあぁぁぁ!!!」
 
 よろめいた兵士は、何時の間にか接近したフィリの一撃で昏倒させられていた。
 
「…ふう。
 
 助かったぜ」
 
 オルフが敵を縛り上げると、エルナが簡単に止血をする。
 フィリは小銭と手頃な剣を1本奪う。
 
「はい。
 
 この隊長格の剣は使えると思うよ。
 あと、いいナイフ持ってるやつがいたから、これももらっておこうよ。
 
 命の代金と思えば、安いよね?」
 
 なかなかにフィリという少女は抜け目がなかった。
 
「お前、結構腕が立つな。
 
 大人の兵士2人を相手に、たいしたものだ」
 
 フィリはニカッと笑った。
 
「弓を修理すれば、もう少し役に立つんだけどね」
 
 この少女、特別俊敏ではなかったが、それなりの膂力があり、何より斧の扱いが実に巧みである。
 剛柔あわせ持つ戦い方は、子供とは思えなかった。
 
「ボクみたいな女の子は、多少力があっても体格負けしちゃうから、手数と小技で責めるんだ。
 
 必要なら人を殺すぐらいはやれるよ。
 そうしなきゃ、子供が戦場で生き残ることなんてできないもん」
 
 少しだけ無理をした笑顔だった。
 
「父さんを殺した兵士、ボクがこの斧で殺したんだ。
 
 獣をあわせれば、ボクの方がお兄さんより殺してるかもしれないよ。
 ふふ、あっ…」
 
 フィリを、後ろからエルナが抱きしめた。
 オルフもその頭を、わっしわっしと撫でる。
 
 2人とも、この少女の肩が震えていたことには気がついていた。
 
「無理するな。
 
 人間斬るのなんて、お前みたいな娘が慣れていいことじゃねぇ」
 
 苦笑いしたフィリは、少の間、泣きそうな顔になった。
 
「ありがとな。
 
 さぁ、他のやつらがこねぇうちに、逃げるぞ」
 
 拘束した兵士たちを茂みに隠し、
 オルフは回収した剣に持ちかえると、荷物を担ぎ歩き出した。
 
「…お兄さん、好い人だね。
 
 ボクの相棒なんて、ガサツだのガキは色気が無いだの言うくせに、助けられても小言ばっかり。
 しかも、自分の都合が悪くなるとすぅぐ女扱いだもん。
 
 そのくせ、美人に弱いし、軽いし…
 
 ほんと、組むほうは大変だよ。
 
 仲間になるなら、誠実な人がいいよね~」
 
 フィリのおしゃべりを黙って聞くオルフ。
 
「…そうね。
 
 オルフは私も助けてくれたわ」
 
 フィリの言葉に頷きながら、エルナは優しげな笑みを浮かべていた。
 
「…お嬢ちゃん。
 
 あんたの仲間との合流場所は、まだ遠いのか?」
 
 頭を掻きつつ、照れ隠しでオルフが聞く。
 
「…どうやら、合流地点まで行く必要ないみたい。
 
 アイツと私で交わした符号があったよ。
 この木、刃でつけたささくれがあるでしょ?
 
 ぴったり2つだから、こっちの方角に20歩で…
 
 ――――――19、20と、あった。
 
 ここからしばらく行った先にいるみたい。
 川の音がするから、その辺で休んでるかもね」
 
 フィリの注意力はたいしたものだった。
 何気ない木々の傷や、枝の先をしっかりと観察していたのである。
 
「…バッツ~、いるんでしょ?
 
 ボクだよ、フィリだよ~。
 
 お~いっ!
 いたら…あたっ!」
 
 飛んできた小石が頭を直撃し、フィリは涙目で呻いた。
 
「…ど阿呆!
 
 でかい声だすなっての。
 この辺、武装した兵士が何人もうろついてんだぞ」
 
 小声で、しかしかなり激昂した様子の声が木の上から聞こえてきた。
 
「いた~い。
 
 ヒドイよバッツ。
 何も石を投げなくても…」
 
 頭をさすっているフィリの前に、バンダナで額を巻いた若い男が飛び降りた。
 身軽な動作である。
 
 年の頃はオルフと同じぐらい。
 くすんだ色の柔らかそうなブロンドは丁寧に手入れされていた。
 少し軽薄そうな服装をしているが、フィリを睨む眼は鋭い。
 
「…加えて、なんだこいつらは?
 
 俺はこんな知り合いがいるなんて聞いてないぞ?」
 
 腕を組んだ男は、オルフを睨み、エルナまで目が行って硬直した。
 
「あ、いや、何というか…
 
 俺、コイツの保護者みたいなもんで、ああ、そうそう。
 つまり仲間なんですよっ!」
 
 突然態度が変わった男を、一同が注視する。
 
「…なるほど。
 
 わかりやすい奴だな」
 
 視線をエルナに釘付けにしたまま、鼻の下を伸ばしてあたふたと言い訳をしている男に、オルフは苦笑した。
 
 
「…な、なんだって!
 
 じゃあ、この綺麗な女性(ひと)はラトリアの将軍の御息女なのか?!」
 
 とりあえず、追われる立場の4人は歩きながら現状を確認し合っていた。
 
 エルナの身分を知って、男…バッツは目を丸くする。
 
「そっ。
 
 それで、ボク1人で兵士たちの包囲を突破するには、ちょっと辛かったから、西方に行く道を教えて案内するかわりに組んだってわけ。
 このお兄さん、なかなか強いよ」
 
 バッツはぎっとフィリを睨む。
 
「どうしてお前はそういうことを簡単に決めやがるんだっ!
 
 身勝手な奴だよ、まったく…」
 
 金やら、身分証やらとぼやいているバッツは、随分と神経質な性格らしい。
 
「すまないな。
 彼女には随分と助けてもらった。
 
 なんとか南に…いやイルファタルまででいい。
 協力してもらえねぇか?」
 
 バッツはぎろりと、今度はオルフを睨んだ。
 
「迷惑だと思うなら、これで別れてくれ。
 
 あんた、聞けばギマールの脱走兵だって言うじゃないか。
 あの国は逃亡兵は死刑か無期懲役だろ?
 
 しかも恩赦での兵役で脱走兵なんて、死刑確定じゃないか。
 側にいたら命がいくらあっても足りないぞ。
 
 加えて、マルディアンの兵士5人を殺してるなんて、どのはずれたバカか?
 あんたは、ギマールとマルディアンの2国から追われてるんだぞ」
 
 うっ、と言葉につまるオルフ。
 
「しかも、殺さずにふん縛った兵士がいる、だって?
 
 中途半端なことしやがって…
 フィリ、お前もだっ!
 ったく、顔を見られてるから、指名手配だぞ、お前たち」
 
 一息おき、バッツは厳しい言葉で宣言した。
 
「フィリはもともと仲間だし、な。
 女らしい格好でもさせれば大丈夫だろう。

 カーティン家のお嬢さんは、変装するか貌を汚すかすれば何とかなる。
 いざってときは、俺と夫婦だって言って、フィリを子役か俺の妹にでも役付ければいい。
 
 だが、あんたはダメだ。
 その体格じゃ、一緒にいるだけで旗もって宣伝するようなものだ。
 
 俺はあんたとはいけない」
 
 バッツの言葉は最もだった。
 オルフは溜息をついて頷いた。
 
「…分かった。
 
 もう少し行ったら別の道を行こう」
 
 冷徹にバッツは首肯した。
 
 別れを告げようと、オルフが他の2人に向き直ろうとした時、エルナがすっと歩み出た。
 
「…では、私もオルフと行くわ。
 
 お別れね、フィリちゃん」
 
 エルナの突然の言葉に、オルフは思わず振り返った。
 
「な、何言っているんですか?!
 
 こんな男といたら、逃げられるものも逃げられなくなってしまいますよ!!」
 
 随分慌ててバッツがエルナを止めようとする。
 だが、エルナは静かに首を横に振った。
 
「オルフが追われる理由の多くは、私を助けたからよ。
 そんな人を、犠牲になんて出来ない。
 
 それに、兵士たちの手当てをしたのは私。
 彼に非は無いわ」
 
 凛とした言葉で、エルナは断言した。
 
「…俺と一緒に掴まっちまったら、婆さんの犠牲も無駄になるんだぞ?
 
 それが分かってるのか?」
 
 低い声でオルフがたしなめると、エルナはしっかりと頷いた。
 
「なら、何をしたらいいのか分かるはずだぜ。
 
 それに、つまらない貴族の見栄や、同情ならいらねぇ。
 俺は俺の意思でお姫さんを助けた。
 恩なんて感じなくていい。
 
 あんたはフィリたちと行くんだ」
 
 言い含めるようにゆっくりと言葉にするオルフ。
 だか、エルナはなおも首を横に振った。
 
「貴方の意思があるように、私にも意思があるわ。
 
 それに、貴族として、同情して選んだことじゃないの。
 これは私の〈人〉としての誇りよ。
 
 もしこの尊厳を失うのなら、貴族である前に〈私〉ではなくなってしまう。
 それに、ここで貴方と別れたなら、私は必ず後悔するわ。
 
 貴方に助かってほしいというのは、私の希望。
 貴方と一緒に行くというのは、私の我侭。
 だから、見栄でも同情でもない。
 
 それに、私はマーサが守ってくれた〈私〉でいたい。
 そのために、貴方と一緒に行きたいのよ」
 
 蒼い双眸がオルフを見つめる。
 それはとても高潔な意思を感じさせる、澄んだ瞳だった。
 
(…ああ、そうか。
 
 この姫さんは、根っからの貴族なんだな)
 
 なぜ貴族が貴いのか。
 
 オルフは今まで貴族という存在を疎ましいと思っていた。
 偉そうに上から命令するだけの、略奪者。
 
 しかし、エルナはきっと本当の貴族、貴い人間なのだと素直に感じていた。
 
「…それで貴方が私を足手まといと感じたのなら、捨てて行ってくれてかまわないわ。
 
 私の考える貴方なら、きっとそんなことはしないと思うのだけれど」
 
 くすり、と微笑むエルナ。
 
「…分かった。
 
 勝手にしろ」
 
 少し呆れた貌で、オルフは苦笑しながら頷いた。
 
「…うん!
 
 じゃぁ、ボクもこんな鬼畜野郎じゃなく、オルフたちと行くね。
 バッツは1人でどこにでも行けば?
 
 バッツみたいにすぐ人を切り捨てるやつの側にいたら、ボクも切り捨てられちゃうかもしれないからね。
 …後をついてくるのは勝手だけど、邪魔しないでよね」
 
 そう言ってフィリはエルナに駆け寄る。
 バッツは開いた口が塞がらない様子で、呆然としていた。
 
 オルフには、バッツが哀れに感じられた。
 仲間のことを考えるなら、バッツの出した結論も正しいからだ。
 
「…ではバッツさん。
 
 せっかく出会えたのに、残念です」
 
 エルナは微笑んで、悪意無く止めを刺した。
 
(…痛ってぇ。
 
 あいつ、背中が煤けてやがる)
 
 すでにエルナとフィリは歩き出していた。
 オルフもそれに従う。
 
「あわわ、ま、待てよっ!!!」
 
 バッツは情けない声を上げ、慌ててオルフたちの後を追った。



 小物盗賊バッツの登場です。
 
 性格は狡猾で神経質。
 長いものには巻かれる臆病さ。
 女にはてんでだらしが無く、美人には弱い…
 
 盗賊らしいイメージを突き詰めると、こんな感じになるのかもしれません。
 
 オルフに対するバッツの反応は、非情な印象があるかもしれませんが、現実主義の盗賊らしい考え方をしているだけです。
 ただ彼の場合、慎重というよりは臆病なんですが。
 
 
 バッツはエルナに一目惚れです。
 エルナのような、綺麗で意志の強い女性はバッツの好みです。
 しかも、振り向かない女性には余計萌える厄介な性質だったり。
 
 貧乏な出自で、コンプレックスの塊です。
 繊細で神経質ですから、冷静ぶっていてもぴりぴりしてしまうことがあります。
 また嫉妬深く、男らしく信頼されるオルフに嫉妬して対抗意識を燃やします。
 
 エルナの信頼を得ているオルフのことは、ライバル視してつっかかっていきます。
 彼はある意味、パーティの中で一番人間臭い奴かも知れません。
 
 楽観的でマイペースなフィリとのコンビで、笑いも表現できたらなぁ、と思います。
 
 今回、フィリが戦闘で活躍しましたが、フィリって、ダメージ系のアクションカードとフェイントの4つ全てが緑玉適性なんですね。
 バランスよく強いので、見かけによらずかなりの戦力になります。
 一応、豪傑型だけはあるわけです。
 盗賊としての資質もあるので、万能タイプのレンジャーとしての活躍を期待しています。
 
 話を戻して、バッツのデータは以下の通り。
  
◇バツィン デル(バッツ)◇
 男性 若者 万能型

貧乏     不心得者   不実
貪欲     利己的    進取派
神経質    好奇心旺盛  遊び人
陽気     繊細     軟派

器用度:10 敏捷度:10 知力:5
筋力:5 生命力:5 精神力:4

好戦性+2 社交性+1 臆病性+2
狡猾性+2
 
 能力値の合計では一番優秀だったり…
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