Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

『冒険者の余暇』 その肆 前編

 『ディエの村』での一騒動の後、一行は別行動を取ることになった。
 
 シグルトはある北方の剣豪に気に入られて、技の伝授をしてもらえることになり、山篭りすることになった。
 
 ラムーナはアレトゥーザで闘舞術を訓練することとなり、ロマンとスピッキオもそれに付き従う。
 
 レベッカはフォーチュン=ベルでシグルトと待ち合わせることになっていた。
 
「ブレッゼンの爺様と近隣の都市の、珍しい酒でもやりながら、待ってるわ」
 
 こうして“風を纏う者”のメンバーはばらばらになって過ごすことになった。
 

 数日後のこと、シグルトはフォーチュン=ベルにやってきた。
 
 真っ直ぐにブレッゼンの工房を目指す。
 
 その途中のこと。
 工房に昇る坂道で、数人の男たちが荷車の側で休んでいる。
 
(…どう見ても堅気の連中じゃないな)
 
 シグルトはその連中を見ただけで、盗賊の類であると見抜く。
 
(ロウリル村でやり放題やってた悪漢どもほど、悪辣な雰囲気はないが…)
 
 シグルトの脳裏に数日前にやりった悪漢たちとの戦いが思い出された。
 
 
 シグルトは山から下る道中で、コボルトの毒矢を受け、生死の境をさまよった。
 その時、助けてもらった村は悪辣な盗賊に搾取を受ける村だった。
 
 命を救ってくれた恩人のため、シグルトはたった一人で盗賊数人を倒し、手練の首領を討ち果たした。
 
 シグルトは着実に剣の腕を上げつつある。
 彼に剣術を教えた北方の戦士は、たった3日で秘剣を習得したシグルトに驚嘆していた。
 
「お前はある意味教え甲斐の無いやつだ。
 
 戦士としては妬ましい才能よ」
 
 そう言って戦士は山篭りしてからわずか4日目にシグルトを開放した。
 予定より一週間も早くシグルトは剣技を習得し戻ってきたのだ。
 
 だが、途中で行った盗賊退治で時間はほぼ予定通りになってしまったわけである。
 
 そんなことを、シグルトが考えていると、坂道の男たちの話し声が聞こえてきた。
 
「ボロイ話だよな~
 
 あの爺さんの魔剣一本で数年は遊んで暮らせるぜ」
 
 それにもう一人の男が、がはは、と笑って頷く。
 
「ようし、野郎ども!
 
 今日はこのお宝を売りさばいて、宴会だぜ!!」
 
 中央の帽子をかぶった金髪…おそらく首領だろう…が腕を突き上げた。
 
 シグルトはすぐに事情を理解する。
 こんな貧相な奴らに、荷車いっぱいの魔法の武具など買えるはずが無い。
 
 シグルトはつかつかと男たちに近づいていった。
 
「…その荷物、お前たちに持っていかせるわけにはいかんな」
 
 開口一番そう言ったシグルトを、男たちが怪訝そうな顔で見る。
 
 そして男の一人が、ひゃぁ!と悲鳴を上げて後ずさった。
 
「シシシ、シグルト!
 
 “風を纏う者”のシグルトだぁ!!」
 
 それを聞いて、何あの爺さんのお気に入りって言うやつか!と丁寧に紹介してくれるもう一人の男。
 
 シグルトの豪腕ぶりはフォーチュン=ベル近郊ではそれなりに知られ始めていた。
 腕っ節の強さと度胸。
 わずか1年で名を売り始めた“風を纏う者”のリーダーにして、凄腕の剣士。
 
 金髪は少し考えた様子だったが、やがて馴れ馴れしい笑みを浮かべてシグルトに近寄ってきた。
 
「あんたがあのシグルトさんか。
 
 や~、ばれたらしかたねぇ。
 どうだい?
 ここは賢く、この荷物の1つで見なかったことに…」
 
 金髪男は全てを言えずにシグルトに殴り飛ばされていた。
 
「悪いな…
 
 俺はあんたたちが盗んだお宝の持ち主とは懇意でな。
 返事は、それだ」
 
 苦笑しつつ、臆することも無く一歩前に出るシグルト。
 
「ボス~
 
 シグルトっていやぁ、冒険者の中でも高潔公正で有名…」
 
 そういうことは早く言え~と、鼻血を押さえて涙目の金髪が怒鳴る。
 
「…くそおぅ。
 
 こちとら、今からこの魔剣スワローナイフのハリー様よ!
 
 野郎ども!
 このかっこつけ兄ちゃん、たたんじまいな!!!」
 
 ざわり、とシグルトの周囲を、強面の男たちが囲む。
 間合いを取りじわじわとその輪を縮めてきた。
 
 そして、呼吸一つ。
 得物を抜き襲い掛かってくる。
 
「ふぅ、最近はこうゆう奴らとつまらん縁があるな」
 
 シグルトは剣を抜くと刀身に風をイメージして、そっとそれを撫でる。
 
「《草原を走る風の友よ…》」
 
 シグルトが歌うように言葉を紡ぐと、その剣に風が絡み包む。
 風を纏ったシグルトは息を吸い込み、風と一体になるイメージで駆けた。
 
 交差する敵たちの攻撃はかすりもしなかった。
 
 ドカバキグャバキンガガガッ!!!
 
 ものすごい音がしてその音に盗賊たちの悲鳴が混じると、周囲の悪漢たちは皆失神していた。
 頭に瘤、眼の上に青痣…
 
「な、なにぃ!」
 
 シグルトが新しく習得した【風疾る利剣】。
 風の精霊に呼びかけてその加護を纏い、一陣の風のように敵軍を薙ぐ剣の技である。
 
「安心しろ…
 
 できるだけ殺さないよう加減するさ」
 
 そう言って苦笑したシグルト。
 
 盗賊たちの悲鳴が坂道に木霊した。
 
 
 ハリーと名乗っていた首領の頭に大きな瘤を作ってやると、盗賊たちはスタコラサッサ、と逃げ出した。
 背中にほのかな哀愁が漂っている。
 
(どこか憎めない奴らだな。
 
 まあ、殺さずに済むならそのほうがいい)
 
 そう一瞬思考し、シグルトは愛剣を鞘におさめると、大きな荷の荷車と上り坂を見て、彼には珍しいつらそうなため息をついた。
 
 
 数時間後、シグルトはブレッゼンのところに逗留していたレベッカのもとを訪れた。
 
 鉱石2つに珍しい酒を持ち込んで工房に来たレベッカは、その酒豪ぶりからブレッゼンに気に入られ、ブレッゼンの妻のサンディとも身の上話をする友人関係になっていた。
 
 シグルトと再開した途端、ブレッゼンは髭を震わせてニヤリと笑った。
 
「久しいな、シグルト。
 
 随分と逞しくなったものよ。
 
 だが、息が上がってるようだな…
 何かあったか?」
 
 ブレッゼンはシグルトと対するとき、子供と再会した父親のような眼をする。
 レベッカがそうからかうと、ブレッゼンは照れもせずにはっきり言った。
 
「そうとも。
 
 シグルトはわしの子供を振るう一心同体の戦士。
 わしにとっては、鍛えるべき子供のようなものだ」
 
 サンディが、ここまで主人が入れ込む人間は最近はいないのよ、と微笑む。
 おまえは黙っておれ、と名匠はそっぽを向いた。
 
「ブレッゼン、実はこれを…」
 
 シグルトは再会を喜ぶと、愛剣を差し出した。
 手入れはされているが、柄の飾りに数回の刃を受けた痕と、何度も研ぎなおして刀身が少し磨り減った【アロンダイト】である。
 
「むぅ…、お前これほど使い込んだのか?」
 
 丁寧に磨かれてなお、消しきれない鋼鉄の歪みや傷。
 手練の技を受けてついた刃の痕。
 それは実戦で何度も使われなければ、そうならない磨耗である。
 
「いろいろあってな。
 
 さすがにこれ以上は拙いと思って、修理を…」
 
 シグルトの言葉にブレッゼンが頷く。
 それはブレッセンが望んだ武具の駆使に相応しい。
 
「剣精が秘める言葉が溢れてくるわ…
 よくもまぁ、ここまで育てたものよ」
 
 名工の今の瞳の輝きは、祭りを前にした子供のようだ。
 
「…また頼む。
 
 ところでブレッゼン、これはあんたのとこの武具だろう?」
 
 唐突にシグルトが外を指差す。
 そこには戸車いっぱいに積まれた魔法の武具だった。
 
「…なんと!」
 
 ブレッゼンが眼を瞬く。
 
「それって、さっき盗難にあったって言ってた武具よね?」
 
 ブレッゼンが頷いて、大切そうにその武具を撫でる。
 
「…全部ある。
 
 間違いない。
 シグルトよ、どこでこれを?」
 
 疲れたように、シグルトは苦笑した。
 
「来る途中で、怪しい連中がいてな。
 
 荷車を見てピンと来て、追っ払っておいた。
 首領風の男が、あんたがいつか自慢していたエルフの短剣を持っていたから、剣で殴りつけてそれも奪い返しておいたよ。
 その時、鉱石と妙な手帳も拾ったんだが…」
 
 シグルトは緑色の美しい鉱石と古びた手帳を取り出した。
 
「ふむ。
 
 まあ、それはお前のものだ。
 その薄汚い手帳は見たことが無い。
 
 わしのところの鉱石は多分、一個ぐらい数え間違うこともあるだろう」
 
 しかし、と言いかけたシグルトにサンディが、その鉱石銀貨千枚で売ってくださいね~と微笑んだ。
 
 その横で手帳を調べていたレベッカは眼を丸くした。
 
「これ、伝説の大盗賊バロの覚書じゃない!
 
 これを知ってる盗賊は、喉から手が出るほど欲しがるすごいものよ!!」
 
 レベッカの話では、これを模した技術書がどこかに一子相伝で伝わっているらしい。
 さまざまな盗賊秘伝の道具を使えるようになるそうである。
 
「む?
 
 そういえば、昔おかしな男が持ち込んだ、いくつかの道具にバロの名を見たことがあるぞ」
 
 サンディがそれを持ってくる。
 
「…レプリカだけど、【バロの眼鏡】だわ。
 
 特別な準備で使える鑑定の道具よ。
 この覚書に使い方が書かれてる」
 
 黙っていたブレッゼンは、やがてにやりと笑った。
 
「ふん、せっかくだ。
 
 その眼鏡、お前にやる。
 サンディの話し相手になってくれたのと、酒の駄賃だ。
 
 もっと鉱石をたくさん持って来れば、金とば別に、うちにある魔法の品をくれてやろう」
 
 そしてブレッゼンは【アロンダイト】を優しくなでる。
 
「…シグルトよ。
 
 もう武具を打ち治すのに金はいらん。
 こやつ、間違いなく魔剣に鍛えてやろう。
 
 ふふふ、久しく無かった腕の疼きよ。
 
 満足のいく仕事が出来そうだ!!」
 
 そう言うが早いか、ブレッゼンは工房に向かってしまった。
 
 せっかちさんね~とサンディが微笑む。
 
「数日は、時間をつぶさなきゃね」
 
 レベッカの言葉に、そうだなとシグルトが頷く。
 そして、何かを考え、レベッカを見つめる。
 
「レベッカは先にアレトゥーザに向かってくれ。
 
 俺はリューンに野暮用が出来たから、それを済ませてから剣を受け取って直接アレトゥーザを目指すよ」
 
 わかったわ、とレベッカが頷く。
 
 その後、シグルトとレベッカは、サンディの作った昼食を御馳走になるとそれぞれ別れて旅立った。
 
 シグルトの用事とは剣技を伝授してくれた戦士の知り合いに、手紙を届けるというものだった。

 
 …しかし、シグルトはその用事を終えたあと、数日間行方が分からなくなってしまった。
 
 4日目に宿に戻ってきたシグルトを見て、親父が目を見開いた。
 
「シグルト!
 
 お前、4日もどこに…」
 
 少しやつれた感じのシグルトである。
 
「何れ話すよ。
 
 それより、リノウやラファーガたちはいるか?」
 
 シグルトの声に、奥にいた3人の冒険者がやってくる。
 
「シグルトさん、心配したんですよ…」
 
 アナベルと言う槍使いの戦士だ。
 仕事を失敗し続けて困窮し、バザーで途方にくれていたのを、ラファーガと言う冒険者と一緒にシグルトがこの宿に誘ったのだ。
 
「無事だったのか。
 
 ほっとしたよ…」
 
 その横でラファーガという魔術師が胸をなでおろしている。
 なかなかの実力の魔術師だ。
 魔術の名門カルバチアの魔道士として修行していたと言う。
 
「お帰りなさい、シグルトさん…」
 
 そう言ったのは、前の一騒動でディエの村から連れ帰ったリノウという女狩人である。
 
 シグルトはそれぞれに頷いた。
 
 彼らはシグルトたちが指導している。
 面倒見のよいシグルトは多くの冒険者にとても慕われていた。
 
 冒険者になってまだ1年たたないが、シグルトは『小さき希望亭』の次期エースともっぱらの噂である。
 シグルトを教育した先輩冒険者たちの期待も大きい。
 
「…実は頼みたいことがあってな。
 
 お前たちに、ある娘の面倒を見て欲しいんだ。
 冒険者として扱い、育ててやってほしい。
 
 もちろん、俺も宿にいる間は面倒を出来るだけ見るつもりだ」
 
 そう言ったシグルトは戸の外に声をかける。
 すると10歳ぐらいの、黒髪の美しい少女が入ってきた。
 
「…シグルト、何の冗談だ?」
 
 宿の親父が眼を見張る。
 子供でしかも女だ。
 常識で考えれば、冒険者にするには冗談としか思えない人物である。
 
「…冗談で済めばよかったんだがな。
 
 彼女はシア。
 あの名医と名高いレイス アテレスの娘だ」
 
 親父が皿を落としそうになる。
 その名医はあまりに有名だった。
 
「事情があって俺が引き取ることにしたが、俺も四六時中一緒にいるわけにはいかん。
 
 彼女たっての願いもあって、冒険者になる理由もある。
 そこでラファーガたちなら、今人数も少なくて仲間が欲しいと言っていたのを思い出してな。
 
 この娘は頭もいいし、特別な力も使える。
 すまないが面倒を見てやってくれないか?」
 
 そういってシグルトは、ここ数日の凄まじい体験をかいつまんで話した。
 
 
 シグルトは悪漢に襲われていたレイス アテレスという、リューンでも最高峰の医者を助けた。
 
 しかし、礼を、というレイスについていったシグルトは騙し討ちにあい、監禁されてしまった。
 そして交換条件で、ある死神を殺すための情報収集をするように、と強制されたのである。
 
 レイスは死霊魔術師であり、家も古くからおぞましい邪法の巣窟だったそうだ。
 
 そして、レイスは自分の娘に取り付いた死神を殺す術を探していた。
 
 いや、取り付いていたというのは語弊がある。
 シアは死神に名づけられた申し子だったのだ。
 
 その死神は、名づけた影響でシアが死神に近づいていくことを恐れていた。
 そしてシグルトと共謀し、レイスを倒したが、その死神も死んでしまったと言う。
 
「俺はイクリプス…その死神にシアを引き取ることを約束した。
 
 その約束を反故にする気はないし、出来うる責任はとるつもりだが、シアは冒険者としての経験がまったく無い。
 よくよく考えたんだが、組むなら、これから大きくなるお前たちと組んだほうが伸びると思ってな。
 
 ただと言うのも困るだろう。
 支度金代わりにこの宝石がある」
 
 シグルトが取り出した宝石に、魔術品に詳しいラファーガが眼を見張った。
 
「す、凄い!
 
 これ、【焔龍の瞳】だ!」
 
 シグルトは皮袋に入った大金を親父に渡す。
 
「この娘の宿代がわりだ。
 
 頼む、親父」
 
 シグルトが真剣な眼で親父を見る。
 
「…シアっていったな?
 
 お前はそれでいいのかい」
 
 さっきから黙ったままの少女に親父が聞く。
 シアは頷いた。
 
「本当はシグルトさんと行くつもりでしたが、私はまだ足手まといです。
 
 ここ数日、シグルトさんには本当に好くしていただきました。
 そのシグルトさんが考えてくださった方法です。

 文句など、あるはずありません」
 
 シグルトが優しくその頭を撫でると、シアは少し頬を赤く染めた。
 
「勝手な頼みだと思うが、お前たちなら将来性も実力も信頼できる。
 それにお前たちには女性が2人もいるから、この娘も過ごしやすいと思ってな。
 
 無理なら言ってくれ。
 強制はできないからな…」
 
 シグルトはそういって頭を下げた。
 
「そんな、頭を上げてくれよ…
 
 シグルトさんが手を尽くして、あんまりきな臭くない仕事を紹介してくれたから、俺たち食いつないできたんだ。
 恩人の頼みを断ることなんて出来ないよ」
 
 そこにアナベルも頷く。
 
「仲間はほしかったです。
 
 シアちゃん、仲良くしようね!」
 
 リノウもまかせてくださいと請け負った。
 
「皆、すまないな。

 シア、頑張れよ。
 仲間とリューンに帰ったら、あいつらを紹介するよ。
 
 お前と同い年ぐらいの奴もいるんだ。
 頭がいいから、きっとお前とは気が合うよ」
 
 シグルトは優しく微笑んだ。
 
 その後、パーティを組んだラファーガたちは話が弾んでいた。
 
 シグルトは安心したように微笑むと、宿を後にしようとした。
 
「あ、待ってくださいシグルトさん!」
 
 アナベルが呼び止める。
 シグルトが振り向くと、アナベルは行く前にちょっと見てほしい、と手に少し長い棒を持って駆けてきた。
 
 アナベルは槍使いの戦士である。
 前に戦いのアドバイスをするという約束をしていた。
 
「…少しだけなら」
 
 アナベルが、ぱぁっと笑顔になる。
 
 この宿でシグルトに稽古をつけてもらえることはめったにない。
 なぜなら、シグルトの後輩の戦士はシグルトに訓練をせがむからだ。
 
 シグルトはものすごい眼をもっており、戦いの欠点を一発で見抜く。
 彼に戦い方を注意された戦士は、軒並み腕を上げているのだ。
 
 アナベルがシグルトの前で簡単な演武をする。
 
 黙ってそれを見ていたシグルトは、1つ頷く。
 
「…前も言ったが、アナベルは迷わずに俊敏さを生かすスタイルがいいだろう。
 
 逆を言うと、力や技巧は二の次。
 得意な部分を磨いて、体重をのせた速い槍を振るえばいい。
 
 槍は剣と同様にバランスがいい武器だが、皆技に欲を出す。
 だが、槍は刺突を最高とする武器だ。
 迷いや欲は速さを奪うし、鋭さを失わせる。
 
 1つ磨いた必殺を持て。
 
 槍は優れた武器だ。
 剣より長く、杖より鋭い。
 
 だが、それが欠点でもある。
 気を抜けば長さが隙に、鋭さは相手に深く刺さって得物を失わせる。
 
 踏み込むときも振るった後も、常に次の一歩と体制の立て直しを考えて、先に先に振るうといい。
 難しいことでも細かいことでもない。
 
 先に、先に突く。
 先に着く。
 先に尽くだ。
 
 ファーストストライク…先手の妙を尽くして戦えば、アナベルは強くなるよ」
 
 そういって、シグルトはアナベルの踏み込みの悪い部分や槍の掴み方の悪い部分を指摘する。
 
 だが、それを横で見ていたラファーガが首をかしげた。
 
「シグルトさん、槍を使ったことがあるのか?」
 
 それにシグルトは少し複雑な気持ちの顔をする。
 
「…昔にな」
 
 そういって、シグルトはいつものように苦笑した。
 
 
 シグルトが去った後である。
 
「失礼、ここにシグルトと言う凄腕の冒険者がいると聞いたのだが?」
 
 それは旅装束の騎士風の男だった。
 親父が確かに、と頷く。
 
「だが残念なことに、アイツは旅立った後だ。
 
 仕事の依頼か?」
 
 親父が聞くと、男は黙って首を横に振った。
 
「昔、同門で槍を習ってた奴にシグルトって名前のがいてな。
 
 もしかしたら、と思って尋ねてきたんだよ」
 
 親父は、それじゃ人違いだな、と笑った。
 
「シグルトは剣術使いだ。
 凄腕ではあるけどな。
 
 ところで、お前さんの知ってるシグルトてのも強かったのか?」
 
 男は、ああ、と頷いた。
 
「“青黒き稲妻”って異名は有名だった。
 
 噂じゃ筋を痛めて、武器は二度と振るえないなんて言われてたそうだがな。
 同門じゃ最強で、敵う奴は一人もいなかった…」
 
 
 旅路を急ぎながら、シグルトは少し痺れる腕を揉み解していた。
 
(…一度は武器を握ることはおろか、指を動かすのも無理だったことを思えば、な。
 
 1年でここまで動くようになったことは、良いと思うべきだろう)
 
 シグルトの腕に巻かれた布の下には、うじゃじゃけた深い傷痕がある。
 その足の踵の上にも、《逃げられないように腱を切られた》痕がある。
 
(熱を出し、生死をさまよった後、俺は磨いてきた技と身体も失った。
 
 だが、俺には今新しい武器が、身体がある。
 ブリュンヒルデ…人間は意外としぶといものだよ)
 
 シグルトが誰にも気付かれてない秘密であった。
 
 しかし、最近の冒険の無茶で、時折痺れが襲う。
 
 仲間たちは気付いていないが、《剣を持ち始めて1年経たずにこれだけ強くなった男》が、その前の長い時で強くならないわけはないのだ。
 
 わずか16歳で達人に迫ろうという高みに達した“青黒き稲妻”という槍使い。
 シグルトが失ったものの1つであった。
 
 そしてシグルトはまた新しく己を磨いている。
 たとえ、身体が欠けたとしても、その信念と鋼鉄のような意志でまた磨くのみ。
 
 今のシグルトは、決して天才と呼ばれた昔の戦士では無い。
 
 ともに鍛えてきたかつての【アロンダイト】のような、元は潰された鉄塊だった。
 
 そして鍛え直された刃に変わったのだ。
 
「…ファーストストライク。
 
 突き、着き、尽くせ。
 どんなに失っても、鋼のように。
 
 それが、俺のできる行き方だ」
 
 シグルトは自分に言い聞かせるように呟いた。

 
 
 またお久しぶりの更新です。
 
 ちょっくらシナリオ作っていまして。
 
 そう、Martさんのリプレイで登場したスキルが出る奴です。
 リプレイキャラをイメージしたスキルとか詰め込んで、9割暗い出来てる感じです。
 バグが山ほどあってへこみましたが…
 
 もうちょっとテストしたら、お目見えできるかも。
 プライベートでこっそり配布すると思います。
 かなり癖のあるスキルがあり、ギルドに登録するのは躊躇ってます。
 何気に付帯能力もありますし。
 
 今回シグルトがそのシナリオのスキルから【風疾る利剣】を習得してます。
 
 
 まあ、宣伝はおいといて…
 
 今回シグルトの過去が明らかになりつつ、2つのソロシナリオをプレイしました。
 SIGさんの『搾取の村』と『硝子月』です。
 今回のリプレイでは、シグルトが連れ込みPCのシアを引き取りました。
 シグルト、実は子供大好き。
 義務感爆発で、本人は養父のつもりでいます。
 8歳しか離れてないんですけどね。
 
 さらっとしか触れませんでしたが、今度外伝みたいにシアとシグルトの出会いや交流とか、盗賊との壮絶なバトルとか紹介できるといいですねぇ…←人事みたい
 
 今回は『魔剣工房』でもいよいよ【アロンダイト】が魔剣になりそうです。
 愛される敵役、ハリーも登場して、コテンパンにやられてました。
 そういうキャラでいいですよね、Djinnさん。
 
 『魔剣工房』は次回でもやりますね。
 
 
 シグルト、6レベルの槍使いだった過去があります。
 
 戦い方は素早さ重視で、準達人の凄腕でした。

 シグルトほどの努力家が、今まで経験無しだったほうが変ですよね?
 
 シグルトはグールデン(過去の文章を参考に)に足の腱を切られ、腕の縄を引きちぎるときに腕の筋を痛め、グールデンを殴り殺した時に拳を痛め、傷が化膿して生死をさまよいました。
 
 宿に来る数ヶ月でリハビリして、ようやく武器を振るえるようになった感じです。
 
 病床でなまりきった身体を鍛えなおし、ようやく今の身体になっています。
 ちなみに腱はある名医に縫ってもらいましたが、その医者の見立てでは普通の生活が出来るようになれば、上等だったんですよ。
 
 シグルトが異様に大人びているのは、戦士として心が成熟しているせいでもあります。
 
 今までのシナリオでのシグルトの内面。
 思うように動かない身体をどう動かすか、なれない剣をどう振るうのか悩んでたと思います。
 
 シグルトがなぜ槍を捨てたかも、そのうちあきらかになります。
 
 ちなみにシグルトの言った「突く、着く、尽くす」はシグルトの槍の師匠が口癖にしていたものです。
 突き進み、目的に到達してなお尽くすことを忘れぬ精進の心を表す、まあ鼓舞の言葉です。
 
 今回細かい情報は出しません。
 次回にまとめて結果報告もします。
 
 では、気長に次回をお待ち下さい。 
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『白弓の射手』

 それは聖北教会からの依頼だった。
 
「ふむ、教会からの依頼か」
 
 スピッキオが冒険者に頼むとは珍しい、としみじみと眺めている。
 
「ああ、その張り紙の仕事は聖北教会から直々の依頼だ」
 
 親父がいつものように皿を磨きながら言った。
 
「急ぎの仕事らしい。
 
 〝早いうちに片付けないと悪用される危険が大きい〟とな。
 
 奥の部屋に教会の使いの人が休んでいる。
 その仕事に興味があるなら話を聞いてみるといい」
 
 シグルトは『小さき希望亭』の親父の言葉にしたがって、使いの人の部屋を訪ねた。
 
「張り紙を見た冒険者ですが、詳しい話を聞かせていただけますか?」
 
 シグルトがドアをノックしてそう告げると、慌てて走ってくる音がして、まだ若い僧服を着た男があらわれた。
 
「ああ、良かった!
 
 この仕事を引き受けてくださるのですか?」
 
 意気込む僧服にシグルトは、いや、と一言置く。
 
「私たちももう少し事情を掴まないことには、返事をしかねるのですが」
 
 少し落胆したような顔の僧服。
 
「ああ、すみません。
 ごもっともです。
 
 でも、大変急ぐ仕事なのです。
 話を聞くだけでも良いですから、教会まで御足労願えませんか?
 
 私は使いに出されただけで、詳しいお話は教会の司祭様が知っておいでなのです。
 
 ええ、話を聞いてくださるだけでもよろしいですから、どうかお願いします!」
 
 話の後半は何が何でも仕事を受けてくれという意気込みだった。
 
「皆、今回の仕事は行けばほぼ受ける形になると思う。
 
 相手も急いでいるし、付いていって話を聞いた後に断れば名を落とすことになるだろう。
 不誠実だってことでな。
 
 断るつもりなら今断ったほうがいい。
 
 どうしたいか聞かせてくれ」
 
 シグルトはわざと僧服の前でそう言った。
 僧服は図星を指されたという顔で、青ざめている。
 
「いいんじゃない?
 
 報酬はそこそこだし、こういう仕事を成功させておくと後々信頼してもらえるし」
 
 少しにやけた感じでレベッカが言う。
 この手の依頼の看破や交渉の基本を教えたのはレベッカである。
 
 仲間たちはリーダーに任せるよ、という感じである。
 
「分かった。
 
 では聖北教会にいきましょう。
 案内を頼みます」
 
 教会自体はリューンの各所にある。
 
「ありがとうございますっ!」
 
 僧服の若い男は喜んだ顔になる。
 しかしシグルトの表情がふいに厳しいものになる。
 そして、いざ教会に、となったとき突然剣を抜いて一閃した。
 
「きぃぃっ!」
 
 両断されて地に落ちたのは下級妖魔のインプである。
 
「これは一体…?」
 
 ロマンが首をかしげている。
 
「ああ、大変だ…」
 
 若い僧服はまた真っ青な顔になっている。
 
「…その様子、この小悪魔と依頼とは何か関わりがあるのかの?」
 
 スピッキオの問いに、おそらくそうでしょう、と僧服が答える。
 
「とにかく、教会までおいで下さい。
 
 このことも含めて、きっと司祭様が話してくれると思います」
 
 使いの僧服はそういうと、教会の場所告げ、駆けて行ってしまった。
 
 一行は一様にため息をつくと、インプの死体を始末し、教会に向かった。
 
 
「司祭様!
 
 冒険者の方々をお連れしました」
 
 教会に着くと、さっきの若い僧服が司祭の部屋まで案内してくれた。
 
「御苦労様でしたね。
 
 後は私から説明しますから、もう下がってよいですよ」
 
 司祭の言葉に、僧服は挨拶をすると引き下がった。
 
「御足労をおかけしました。
 
 先ほどの使いのものから何か説明を受けましたでしょうか?」
 
 シグルトはまず名乗ると、首を振る。
 
「まずはこちらで、司祭様から話を聞くようにと伺っております」
 
 そると、シグルトの振る舞いに感心したように頷いて、司祭は頭を下げた。
 
「ははは、すむません。
 
 少々慌て者を使いに出してしまいましたからね」
 
 微笑む司祭。
 しかしシグルトは真剣な様子で、宿で見かけたインプのことを告げる。
 
「なるほど、そのようなことがありましたか」
 
 一呼吸おくと、司祭も真面目な顔で話し始める。
 
「心当たりが無いとは言えません。

 今からお話する仕事の内容と、関わりがある可能性は高いです。
 
 では、そのことも踏まえて、私どもが依頼したい仕事のお話をすることにしましょう」
 
 司祭は窓を閉め切ると、シグルトたちに向き直る。
 
「冒険者の方々にやって欲しい事は、使い魔を作るという魔法の道具の回収です。
 
 ですが、当方としましては、それを回収ではなく破壊して頂いても報酬をお支払い致します」
 
 破壊、という物騒な言葉にスッピキオが眉をひそめる。
 
「その魔法の道具というのは山奥にある狩人たちの村、『ディエ』という所にあります。
 
 そして、『ディエの村』ではその道具を《妖精の宝》として非常に大事に扱っているのです。

 その村の伝説によれば、かつて村の近くにいた森の妖精から譲り受けた、妖精との友情の証だと。
 
 村で最も名誉ある人物の為にその道具が用いられるのだそうです」
 
 動物の使い魔を作る道具とかかな、とロマンが呟く。
 
「はい。

 どうやら『ディエの村』ではその道具を動物に使っているのだそうです。
 
 鳥や獣にその道具を使うことで特定の動物と人間が意思の疎通を行い、狩の助けにしているのだと」
 
 ロマンが司祭の言葉を聞いて、なるほどと頷く。
 
「つまり、使い魔を作る道具を利用することで、優れた鷹匠や猟犬使いになれるわけだ…」
 
 司祭も首肯して話を続ける。
 
「はい。
 
 つまりその道具は村の人々の生活の一部にあり、『ディエの村』における名誉に関わるものなのです。
 
 しかし、教会側としましては、その村にわざわざ害意を及ぼしたいわけではありません。
 
 そのため、一応 依頼内容はその道具の破壊ではなくて、『安全に回収』としたわけです」
 
 それにレベッカが首をかしげる。
 
「けど話を聞く限り、その村ではその道具を悪用してる訳じゃないみたいよ。

 何故、その村から無くす必要があるのかしら?」
 
 司祭は深いため息をついた。
 
「ええ、それだけなら私どもも神経質になる必要はありません。
 
 では、これから我々がその道具を何とかしようと思い至った理由をご説明しましょう。
 
 ここからが、先程あなた方がお話して下さったなさったインプの事とも関係があると思います」
 
 一同顔が引き締まる。
 
「《ヴェルニクス》という名の魔術師を御存知でしょうか?」

 我々が仕事を依頼したい理由は、この魔術師がその道具に目をつけたという情報が入ったからなのです。
 
 ヴェルニクスとは、錬金術を悪魔の契約などに用いる黒魔術と相互に関連させる研究をしている魔術師。
 
 裏世界では有名らしく、その研究以外にも色々とおぞましい仕事を受けて遂行しているとのことです。
 
 この男の手に 先程の使い魔を作る道具が手に渡れば、とんでもない事になるのは明らかです。
 
 それと言うのも、悪魔を使い魔にするという話だけではないのです。
 
 賢者の塔の魔術師の方々の話によれば、その道具は《人間さえも使い魔に出来る》可能性があると」
 
 一同の顔に緊張が走る。
 
「これほど神の御意志を冒涜するような話があるでしょうか!
 
 しかしヴェルニクスという魔術師はずいぶん狡猾で、なかなかその実態を掴ませてくれないそうです。
 
 そのため事情を話しても国の兵は重い腰をあげてくれません。
 
 また我々教会側も、そのような魔術師に対抗できる人材がいないので苦しいところだったのです」

 話に納得したようにシグルトは頷いた。
 
「それで、魔術師に対抗できそうで、 かつ、すぐに働いてくれる冒険者の出番というわけか。
 
 確かに話が繋がる。
 
 例のインプはその魔術師の使い魔か何かだな」
 
 司祭が頷く。
 
「おそらくはヴェルニクスの手先。

 彼は多くの使い魔を従えていると聞き及んでいます

 我々 聖北教会が動くことを知って監視していたのでしょう。
 
 こうなっては、こちらもぐずぐずしては間に合わなくなりますね…」
 
 困ったことだと司祭は十字を切った。
 
「これで大体の話は終わりです。
 
 依頼を受けてくださるなら、遠出することになりますので旅費などの必要経費は我々が負担します。

 大事なことは、ディエの村の宝を魔術師に奪われないことです。
 
 魔術師の実態が掴めない以上、我々は彼よりも先に『ディエの村』の宝を押さえなければなりません。
 
 どうでしょう?

 依頼を引き受けて下さいますか?
 
 お礼は張り紙に書いた通り、銀貨八百枚を御用意しております」
 
 司祭の話に、シグルトはて一同を見回し、反対は特に無いことを確認して司祭に頷いた。
 
「わかりました。

 その仕事、我々“風を纏う者”受けさせて頂きます」
 
 司祭はほっとしたような顔になる。
 
「ありがとうございます!
 
 勇名で知られる“風を纏う者”に受けていただけるとは、これも神の思し召し。
 
 『ディエの村』への出発は明日の朝にいたしますから、今日は準備を済ませてゆっくり休んで下さい」

 シグルトは、もう1つ確認したい、と司祭の会話をとどめた。
 
「我々は『ディエの村』の場所を知りません。
 
 距離で日程や持つ装備も決めたいので、詳しく教えていただけませんか?」
 
 司祭が、頼もしそうに頷いた。
 
「案内には、こちらから書状を持たせた使いの者を一人派遣します。

 この者が来たら出発してください。
 
 装備もそのものを通じて用意させましょう。
 
 あなた方は依頼に集中して下さるようお願い致します」
 
 よろしくお願いします、と司祭が頭を下げた。
 
 仕事の話を終え、一行は宿に戻った。

 
 次の朝、一行は宿にやってきたザインと名乗る教会の使いとともに旅立った。
 
「レベッカ、すまんが少し話がある」
 
 出発の直前、シグルトはレベッカに密談を持ちかけた。
 
 レベッカは、あんたがこんなこと珍しいわね、という。
 
「あのザインという使いについてちょっとな。
 
 どうもアイツの周りの風が臭う。
 
 それにあいつは教会臭くない。
 演技としたならたいしたものだが、信心深い奴独特の気配が無い。
 
 教会の書状は間違いないものだが、気になってな。
 
 変に仲間を心配させたくないからお前に聞くんだが、どう思う?」
 
 あまり人を疑うようなことはしたくないんだがな、とシグルトが息を吐いた。
 
 シグルトのような正直な人間にはまれにレベッカとは違う、第六感を持つものがいる。
 まして、シグルトはどこか神秘的な雰囲気と、人ならぬものを感じ取る不思議な力がある。
 
 シグルトがきな臭いと訝しがった仕事では、仕事の途中で天候が乱れたり、裏切ろうとした者がいたり、危うい仕事だったりすることが多いのだ。
 特に最近、シグルトは一層その能力を開花させつつある。
 
 レベッカすら気付かないことを見抜くこともある。
 
 リューンの精霊宮という精霊使いの集まる場所があるのだが、そこの精霊使いがシグルトには精霊使いの才能があると言ったそうだ。
 それほど強力な力はないものの、精霊に好かれる素質だけは異常に優れているということである。
 
「あんたの勘はあたるからね。
 
 分かったわ。
 私も注意してそれとなく手を打っておくから」
 
 レベッカは微笑んで請け負った。
 
 レベッカがシグルトの資質で一番気に入っているのは、仲間に頼ることを恥じないことだ。
 プライドがないわけではないが、本物の名誉を守るため耐え忍ぶことを知っている。
 シグルトが誇り高い男であることは、仲間を守り、常に高潔であろうと励むその性格から見て取れる。
 
 だが、真の名誉のために耐えることを知っている男である。
 感情的に行動することもあるが、筋が通ったそれは側で見ていて気持ちがよいぐらいだ。
 
 レベッカは正直、仲間のうちではもっともシグルトを信頼していた。
 そしてシグルトもレベッカを頼ってくれる。
 そういうシグルトだからこそ、レベッカは命を預けても悪くないと考えている。
 
(何より仲間を大切にするあんたのことだから、命を預けるなんて言ったら、自分の命を削りかねないもの。
 
 でも、期待してるんだから頑張ってよね、リーダー)
 
 レベッカは仲間の下に戻って指示を出すシグルトの背を、頼もしそうに見つめていた。 
 
 
 『ディエの村』についたのはリューンから旅立って数日である。
 
「むう、やはり山道はこたえるわい」
 
 スピッキオが腰を叩いている。
 
 ザインは、まったくです、と頷いている。
 
「このまま、この村の代表のところに向かいましょう」
 
 一行はザインの言葉に頷いた。
 
 
 『ディエの村』の長老の元に向かうと、丁寧な対応を受けた。
 教会の代表がいるから、ということもあるだろう。
 
(でも、この爺様のらりくらりと…喰えない奴よね)
 
 ザインが一生懸命、件の《妖精の宝》について話し、悪魔に関わる魔術師が狙っているのだと、熱心に説くのを黙って聞いていたが、迷惑なことを、と思う感情が見え隠れしている。
 
「…うぅむ、聖北教会から直々の申し出とあらば、きっと今の話は真実なのじゃろう。
 
 しかし、あれは村の大事な宝じゃ。
 
 今までこの村ではあの宝を、村の最大の名誉として守ってきた」
 
 重々しい口調で長老が語る。
 
「はい。
 
 十分に存じております」
 
 ザインがしっかり頷いている。
 
「手放すとなれば、村の一大事じゃ。
 簡単に決められるものではない。
 
 しかし、幸いなことに魔術師はまだ村に来ておらぬ様子。
 
 もう少し時間があるじゃろう」
 
 ザインが沈黙してそれを受ける。
 
「あともう少し待ってはもらえぬでしょうか、教会の方?
 
 村の者全員で話し合いたい」
 
 レベッカは長老の本心をすでに見抜いていた。
 
(時間稼ぎしてうやむやにするつもりね…)
 
 だがザインは困ったようにため息をつくと、わかりましたと頷いた。
 
「…では長老。
 
 その間私たちはどうしておればよいでしょうか?」
 
 村長は柔和な笑みを浮かべて、何にも無い村じゃが自由になさるとよろしい、と言う。
 
「山道を登った疲れは、こちらで手配した家に後で案内しますので、そこでゆっくり休んで癒してくだされ。
 
 ただの民家しか用意できませんがの。
 
 なにぶん、大きな家がこの村には無いものでして…」
 
 そう卑屈に笑う長老。
 
「わかりました。
 
 村の方と一緒に晩を過ごせばよいのですね?」
 
 ザインが仕方ないという感じで言うと、長老は欠けた歯を見せて笑う。
 
「すみませんの。
 
 わざわざ教会から来て頂いたというのに、迷惑をおかけして…」
 
 長老は深々と頭を下げた。
 
「いえいえ、お構いなく。
 
 冒険者の方もよろしいですよね?」
 
 シグルトは頷く。
 
「我々は野宿も多いのです。
 
 まともな寝床があるなら僥倖です」
 
 決まりですね、とザインは長老に、会合を急ぐように念押しすると話を終えた。
 
 すると一人の飄々とした利発そうな若者が入ってきた。
 
「あ、長老様。
 
 話は終わられましたか?」
 
 若者の言葉に長老が、たった今の、と答える。
 
「おお、この青年はウィンといっての。
 
 非常に勇敢で頼りがいのある、村で最も優秀な若者じゃ」
 
 長老の言葉に、褒めすぎですよ、とウィンと呼ばれた若者が謙虚に否定する。
 
「どうですじゃ、皆さん?

 なかなか感じの良い男じゃろう?」
 
 ザインが頷く。
 
(こりゃ、長老と似たり寄ったりね。
 
 優等生ぶったたちの悪い策士だわ)
 
 都会の人の化かし合いで磨かれたレベッカの目は、ウィンという青年の本質をしっかり見抜いていた。

 レベッカが人物鑑定をしている間に、ザインはウィンのところに、シグルトたちはこれからウィンが探すことになった。
 
「本当に好い青年じゃろう?

まさにウィンこそが村の誇りじゃ」
 
 上機嫌で笑う長老。
 
「では、我々はこれで」
 
 長老がウィンの自慢話を始めそうな雰囲気だったので、レベッカがすぐに行動し、長老の元を辞した。
 
 
 外に出た一行は、宿が決まるまで村でいろいろな人の話を聞きながら、時間をつぶすことにした。

 最初の訪ねた家ではざっくばらんな婦人が相手をしてくれた。
 
「村中の噂になってるよ、聖北教会が村の宝物を奪いに来たってね」
 
 一同が絶句するようなことをはっきり言った。
 
「あはは、硬い顔しなさんな。
 
 村人全てが、そんなのを本気にする馬鹿だとお思いかい?
 
 まあ、確かにそんな馬鹿もいるけどね」
 
 婦人は村の住人について話してくれた。
 
 そして、一向は次の家に行く。
 
 その家には痩せた男がいて、婦人とは違った情報を教えてくれた。
 
 この村の最高の名誉が“白弓に射手”と呼ばれること。
 長老の褒めちぎっていたウィンという男は“白弓に射手”選ばれなかったこと。
 当代の“白弓に射手”が女性であること。
 その女性がリノウという名前の、ウィンと同世代の娘であること。
 いまでもウィンの支持が強く、“白弓に射手”はウィンこそ相応しいと考える村人が多いこと。
 その多くは村の男たちであること、といった話をしてくれた。
 
「随分と人事みたいに話すのね。
 
 あなたもこの村の住人でしょう?」
 
 レベッカの言葉に男は笑って首を振った。
 
「俺は、ちょいと前までこの村の住人じゃなかったのさ。
 
 前に他の村の薬草師をやってたんだが、そこで事故があってこの村に流れてきたんだよ」
 
 男は苦笑していた。 
 
 次の家ではやたらとザインにせまる若い娘がいた。
 教会関係者と結ばれて玉の輿を狙う、という考えが容易に見て取れた。
 
 その場にシグルトがいなくてよかったとレベッカは思う。
 シグルトは少し散策してくるといって仲間と別れたのだ。
 
(あいつの顔見たら、この娘の興味はそっくりアイツにいくでしょうね…)
 
 そんなことを考えつつレベッカは娘の話を聞いていた。
 
 娘はこの村に先代の“白弓に射手”がいて、ギィジという名前であること。
 村の西端に彼が住んでいることを教えてくれた。
 
 その話を聞いたザインは、ではすぐにでも、とその家を辞した。
 
「…あの女性は苦手です」
 
 蛇に睨まれた蛙が九死に一生を得たような安堵ぶりで汗を拭きつつ、ザインが言った。
 
 その次の家では偏屈そうな老人が“白弓に射手”の由縁について話してくれた。
 
「“白弓に射手”は、白い紐を巻いた弓を持つことからこう呼ばれておる。
 
 もともとは、村の妖精から宝を譲り受けた狩人が、《白い弓》を持っていたことに由来しておる。
 
 “白弓に射手”には村で唯一、妖精から譲り受けたという宝が使われることになる。
 “白弓に射手”はその宝によって《友志》を得る。
 
 《友志》とは“白弓に射手”が従える動物のことじゃ。
 
 宝が使われたことによって、《友志》と“白弓に射手”は心を通わせるようになる。
 
 そして“白弓に射手”は《白い弓》と《友志》を証として、村の狩の中心を担うのじゃ。
 
 村の外れの森の中に、“白弓に射手”とゆかりのある樹があるんじゃよ。
 
 妖精に関わりがあるらしくての、どういうわけか滅法硬いのじゃ。
 
 まあ、随分森の奥に行かねばならんから、おぬしらが行っても迷うだけかもしれんがの」
 
 ロマン以外は長い話に眠そうになっていた。
 
「その樹、見てみたいな…」
 
 ロマンは知的好奇心に満ちた瞳で老人と話している。
 
 
 その後外に出ると、空を一羽の鷹がゆるいゆっくり旋回をしながら飛んでいるのが見えた。
 
 一行は先ほどザインにせまった若い娘から聞いた、ギィジの家に向かう。
 
 ギィジは自分が先代の“白弓に射手”であること。
 先ほどの老人の話に補足して、次代の“白弓に射手”を選抜するのは前代であること。
 当代を選んだのが自分であることを淡々と語った。
 
「“白弓に射手”と《友志》は宝を使って血を交換するんだ」
 
 ロマンが、はぁ?という顔をする。
 
「どういう仕掛けなのかな?
 
 魔術的仕掛けをなさないと、体液の交換は互いの毒にしかならないし。
 互いの血肉を喰らい合う邪法もあるそうだけど、大量の血の交換は互いの負担になると思うし、むむむ…」
 
 知恵熱を吹きそうなロマンを置いておき、一行はギィジの話の続きを聞く。
 
「最終的には血の多いほう、つまり人間の方が《友志》をしたがえる。
 
 自分の血が相手に全部取り込まれたほうがな。
 
 妖精の宝のこの性質のため、体のあまり大きな動物は《友志》にしないしきたりだ」
 
 とりあえず考えることから脱したロマンが、なるほどと頷いた。
 
(相手の身体が小さいなら、人間でも従属させちゃうんだね。
 
 確かに危険な宝だよね)
 
 ごくりとザインが唾を飲み込み肝心のことを聞く。
 
「…その宝は、今どこに?」
 
 ギィジは少し考えて外を指差した。
 
「村から離れた場所にある『ほこら』の中だ。
 
 もっとも、今の代の“白弓に射手”しか入れないようになってるがな。
 
 …『ほこら』の入り口は合言葉を言わないと入れない仕組みになってんだ。
 さらにこの合言葉は『ほこら』を出るたびに変えられるんだ。
 
 だから今はリノウ…当代の“白弓に射手”しか入れない。
 
 その合言葉は喋っちゃいけないという決まりもあってな。
 
 先代の俺も入れねぇわけだ」
 
 レベッカはよくもまあ、余所者にこんな大切な話をするものだなぁと思いつつ、ふと疑問が頭に浮かぶ。
 
「どうして貴方はリノウさんだっけ?
 
 彼女を“白弓に射手”に選んだの?」
 
 素朴な疑問にギィジは笑う。
 
「そりゃあ、腕がいいからだ。
 
 男だろうが女だろうが、関係あるまい?
 
 ま、村の連中は〝女がやるなど認められん〟って感じだったしな。
 俺がよく狩りにに連れ立って歩いたりしてたから、〝えこ贔屓だ〟とか言う奴もいた。
 
 だが俺は単純に実力で選んだつもりだぜ。
 今この村でリノウほど狩りが上手い奴はいない。
 これは確かだ。
 
 特に、弓の腕は別格だ。
 これに関しては、俺も舌を巻く。
 
 俺は猟犬を《友志》として連れていたが、その《友志》と意思を通わせてわかったんだが、犬には人間ほど男と女の差なんてないんだ。
 
 確かに《区別》ぐらいはあるが《差別》じゃない。
 
 考えてもみろ、雌の猟犬が狩りを手伝えない、ってことはねぇだろ?
 雄だろうが雌だろうが、実力がありゃちゃんとやるんだよ。
 人間より進んだ考えしてらぁ。
  
 今回は、たまたま女の狩人がいて、たまたま女の狩人に実力があったと言うだけだ。
 別に俺じゃなくて、昔の代でもリノウを選んだろうさ」
 
 ギィジはそういってリノウの家を教えてくれた。
 
 
 “白弓に射手”リノウの家では、リノウの母親が出迎えてくれた。
 
 なんでもリノウは父親の願いで、女性でありながら狩人に育てられたそうである。
 今では、親たちはそれを後悔しているらしい。
 
 性格は優しく引っ込み思案でおとなしいそうで、母親はがさつに育たないよう注意したらしい。
 だが、リノウは狩りをするときはあまりに冷静に弓を引くので“氷眼”と呼ばれたりもするとのことだ。
 
 幼少期からギィジや父に連れられてらいに出歩いていたリノウには友達がいないのだそうだ。
 村の男たちもリノウが“白弓の射手”になってから悪く言われ、村の女性たちは女性の出世頭であるリノウを持ち上げて対等に扱ってくれない。
 
「おかげで友達と呼べるのは、《友志》のトーンぐらいなもんさ。
 
 人間じゃなくて、鷹だけどね…」
 
 そう言ってリノウ母は話を終えた。
 
「リノウなら長老に見張りを命じられているから、村はずれにいるはずだよ」
 
 その言葉にザインが眉をしかめた。
 
(はは、会合開くとか言って肝心の“白弓の射手”を見張りですって?
 
 やっぱりあの爺さん、食えないわ…)
 
「そうだ、余裕があるときでいいから、リノウに街のこととか、村の外の話をしてくれないかい?
 
 鷹のトーンが見せた村の外のことを話してくれてね。
 それで、興味があるみたいなんだ。
 
 …あの娘は“白弓の射手”、この村の象徴だから外に出れないんだ」
 
 レベッカは頷いて、どうせ村にいる間は暇だからね、と微笑んだ。
  
 一行はリノウの両親に話を聞いた礼を言うと、村はずれに向かった。
 
 
 シグルトは仲間と別れ、一人村をぶらぶらと歩いていた。
 
 この村は森の精霊たちの息吹が近く感じられ、とても心地よいとシグルトは思う。
 
 シグルトには精霊そのものを眼で捉えることはできないが、息吹や意思の様なものを匂いや気配で感じることができる。
 
 シグルトは小さな頃から自然が好きだった。
 彼の妹がついてくるのであまり無茶なことはしなかったが、シグルトにとっての遊び場は山や丘、川や谷であった。
 
 シグルトの故郷は田舎というわけではなかったが、周囲には大きな山があり流れの速い渓流と深い森に囲まれていた。
 
 だが、シグルトは森で迷ったことはめったにない。
 大人たちでさえ迷う鬱蒼とした森で、迷った旅人を助けてあげたこともある。
 木々や花が道を教えてくれるのだ。
 
 だが、精霊たちは優しい性格のものたちばかりではない。
 惑いを司る“森の老精”や深い渓流に住む“激流の精”、嵐にまぎれてやってくる“稲妻の精”などは気難しかったり、気性が荒いのだ。
 
 昔シグルトは、精霊とは自然の意思が自然や生物の魂などと結びついてあらわれる霊であると、故郷の下町でまじないを生業にしていた老婆から聞いたことがある。
 その老婆はシグルトに《英雄》の相があると言っていた。
 
「…お前さんはいずれ大きな困難に立ち向かい、それを成しえて数多くの人を救うだろう。
 
 人々はお前を英雄とあがめ、慕うだろうが決して忘れてはいけないよ…
 《英雄》とは悲劇とともにある勇名の称号。
 
 最後に助けとなるのは真の友や同胞(はらから)たちさ。
 驕った《英雄》の結末は裏切りや絶望という惨めな結末だけ。
 
 いずれやってくる戦いのときのために己を磨いておくとええ。
 心から信頼できる同胞を見つけるのじゃ。
 友のために心と命を惜しんではいかんぞぇ。
 
 お前は《風》を振るい、《水》とともに《大地》を歩む。
 《炎》のような強い意志をもってことを成すがよい。
 
 微風と暴風がお前の行く道に見える…
 
 お前はたくさんの《風》を纏い、《風》を駆るものたちとともに鋼を振るうことになるじゃろう。
 《風》とともにあるのは英雄の双星。
 
 交差する風の英雄たちの、お前は片割れよ」
 
 なぜかシグルトは、老婆の残したその言葉を鮮明に覚えている。
 そして、老婆の言葉を噛み締め、驕らずに己を磨いていこうと思ったものだ。
 
(俺たちは“風を纏う者”か。
 
 案外、あの婆さんが言ってた〝《風》を駆るものたち〟はニコロたちのことかもしれないな…)
 
 シグルトがそんなことを考えながら歩いていると、一人の男が小走りに近寄ってきた。
 
「あんた、教会の依頼で来た冒険者のひとりだろ?
 
 あんたの仲間が俺んとこにも来たよ。
 仲間たちは随分あちこち廻ったらしいな。
 
 御苦労な凝ったぜ」
 
 妙に親しげに話しかけてきた男にシグルトは少し面を食らうが、仲間が世話になったな、と一応礼を言った。
 
「何、たいしたことじゃないよ。
 
 それよりあんたたち、悪い魔術師と戦うかもしれないんだよな?
 
 へへ…、実はいいモノがあるんだ」
 
 そう言って男は布包みを取り出す。
 シグルトが包みを取ってみると、出てきたのは木で出来た剣だった。
 
「これは…剣か?」
 
 だが、シグルトはすぐにその木製の剣が普通の武器でないことに気がつく。
 
「ふふ、ただの木刀に見えるだろ?
 
 でも、ちょいと違うんだよな。
 
 そいつは《鉄鋼樹》と言って、鋼よりも硬い幹を持つ霊木から作られた業物さ。
 
 《鉄鋼樹》は村の近くに生えてるらしいが、その樹はあんまり硬いもんだからなかなか加工された物がないんだ。
 枝一本曲げるだけでも人苦労なんでな。
 
 でもその分、この剣は丈夫で扱いやすい。
 重さなんて木刀と同じ軽さだ。
 
 イイ代物だぜ」
 
 シグルトは剣を握って、確かに、と頷いた。
 
「しかし、これほどのものをなぜ?」
 
 シグルトが聞く。
 
「ははは、俺みたいな薬草師が持っててもしかたないものだからな。
 
 それに村に何かあったら困るからさ。
 まあ、賄賂なんて気は無いから気軽に使ってやってくれ。
 
 あっても損にはならんだろう?」
 
 シグルトにはブレッゼンの剣がある。
 だが、数度に渡って剣を折ってしまったシグルトである。
 
「ありがたく頂こう」
 
 シグルトは男に礼を言い、自分が及ぶ範囲でなら村のために尽くそうと約束した。
 
 
 その後、シグルトは仲間と合流し、ザインが長老のところに会合の念を押しに行くというのでついていった。
 会合の話に関しては、おざなりにわかったと言うだけだったが、ついでにと“白弓の射手”のことを聞いたところ、長老はギィジやリノウの悪口と愚痴を話しただけだった。
 
 長老宅を後にしつつ、ロマンが憤慨して言った。
 
「なに、あれ?
 
 男たちに実力が無いからリノウさんが“白弓の射手”になったはずなのに、あの悪し様な言い方。
 
 女のくせに、なんて負けた男の言いわけじゃないか!」
 
 それにレベッカも頷く。
 
「田舎にはよくあることだけど、あの長老って完璧な男性至上主義者ね。
 
 私やラムーナを見る眼なんて、〝こいつらも女か〟みたいな気持ちが見え見えよ。
 ま、そういうこと言う奴に限って実力は無いやつばかりよね。
 
 どうせ頭が薄くなって白髪になってきたから長老になれた、歳と愚痴が多いだけの俗物よ、あれは」
 
 文句を言いつつ、一行はウィンの家に宿泊場所の確認に寄った。
 
 そこにザインが泊まることを確認する。
 
 村一番の若者だと言われるウィン。
 レベッカが試しに“白弓の射手”について聞いてみる。
 
「…リノウにはまだ会ってませんね?
 
 彼女は素晴らしい弓の腕を持っています。
 この村で、彼女に勝る弓の実力を持った男はいないでしょう。
 
 もちろん、僕でさえも、ね…
 
 でも、この村では女性が狩りの場に出ること自体、前代未聞です」
 
 レベッカはウィンという若者の目を見る。
 上手に感情を隠しているが、暗い情念が見え隠れしていた。
 
「それじゃあ、面目丸つぶれね。
 
 この村の男たちにとっては…」
 
 見られていたことに気がついたウィンは苦笑した。
 
「そう思っている人は多いですね。
 
 いままでずっと男のものだった栄誉が女性に取って代わられましたから。
 
 事実、村一番の名誉であるはずの“白弓の射手”になった彼女には、村の男たちの風当たりが強いです」
 
 レベッカはわざと、あなたはどうなの、と聞いてみる。
 
「あはは、とんでもない。
 
 いくらなんでも彼女の弓の腕を理解していれば、納得しますよ。
 
 それほどすごい腕前なんです…」
 
 ウィンに香草を煎じたものを御馳走になりつつ、一行は少しくつろいだ。
 その横でウィンはなんだが忙しなくやってくる村の若集に何か話したり、指示を出していた。
 
「何を忙しくやっているんじゃ?」
 
 スピッキオが聞くと、申し訳ありません、とウィンが謝った。
 
「〝悪い魔術師が来るかも知れない〟と言うので、村の者皆で見張りをしようということになったのです。
 
 昼と夜とで見張りを立てるんです。
 僕は教会のお人をもてなす必要があるので、昼の担当になりました」
 
 ザインが苛立たしげにうなる。
 
(そりゃそうよね…
 
 会合を開けって言ったのに、昼と夜とで見張りじゃぁ)
 
 レベッカが、あの長老は本当に食えないわね~、と思っているとウィンは自分の役目があるからと言って、一行を残し外に出る様子だ。
 
「夕方には戻れると思いますので、ごゆっくりどうぞ」
 
 そう言って慌しく出て行く。
 
「こりゃ、件のリノウさんに合う時間ができそうね」
 
 一行はそれに頷き、村はずれにいるという“白弓の射手”に会いに行くことにした。
 
 
 村はずれに行くと、弓と矢を持った女性の姿が見える。
 時折空を伺いながら、森を見渡している。
 
 狩人の女も一人、つまりそれが“白弓の射手”リノウだろう。
 ほどなくこちらに気付き、少し戸惑った様子を見せた後、一行のもとに駆けて来た。
 
「は、はじめまして。
 
 え、えっと、ディエの村にようこそおいで下さいました。
 
 …あ、あの…
 
 冒険者の方々に教会の使いの方、ですよね?
 村の人から聞きました。
 
 私はリノウといいます」
 
 黒い髪が眼にかからないように革の帯を額に巻き、狩人の着る革の服。
 素朴だが端整な顔立ちの品のよさそうな娘である。
 
 すっとシグルトが前に出る。
 
「話では聞いている。
 
 俺たちは“風を纏う者”という冒険者だ。
 話の通り、ここにいるザインさんと一緒にやって来た。
 
 俺はシグルトと言う。
 よろしく」
 
 一瞬シグルトの美しさに見とれ、はっとして赤くなる。
 
(うぶね~
 
 この娘が噂で聞いた“白弓の射手”?)
 
「あなたのことはお母様からうかがってるわ。
 
 ねぇ、噂の《友志》ってどこにいるの?」
 
 親しげな笑みを浮かべて、レベッカが側に行く。
 
「あ、はい。
 
 今は村の上を飛んでいます。
 
 鷹の目は良いので、空の上から見張れば都合がいいって、言われたんです。
 
 あ、せっかくですから、後でトーンに、皆さんへ挨拶するように言っておきます」
 
 レベッカは楽しみだわ、と頷いた。
 
「ところで、あなたのお母様が、あなたが村の外の話に興味があるって言ってたんだけど…」
 
 少し探るようにリノウを見つめるレベッカ。
 
「え?!
 
 あ、あああああ、あの、はい、そうです、けど…?」
 
 緊張して焦るリノウに微笑むレベッカ。
 
「よかったら、私たちがこの村に逗留する間、時間があるときでも聞きに来てちょうだい。
 
 私たちの経験でよければお話するわ」
 
 その言葉に感激して、どもりながらリノウはお礼を言う。
 レベッカは優しい気持ちになってまた微笑んだ。
 
 盗賊として鬼のようなレベッカであるが、悪辣さが必要でないときは温厚で優しいところもある。
 年下の面倒見がよく、後輩の冒険者も最近は困ったことがあるとレベッカに相談することが多くなってきた。
 
 最近のレベッカは水を得た魚のように生き生きとしている。
 いつもの怠け癖はあるのだが、面倒だからというより、仕事で疲れたからだらけるということが多くなった。
 宿の親父は、いくらかましになったな、と笑う。
 
 一行がリノウに自己紹介をおえて、話を聞こうとしたときである。
 
 ウィンが走ってきた。
 とたんにそれを見たリノウが耳まで真っ赤になる。
 
「リノウ、こんなところにいたのか。
 
 油売ってちゃダメじゃないか。
 
 ただでさえ、悪く言われてるのに。
 
 また文句を言われてしまうぞ」
 
 たしなめるウィンのことばに、頷いているリノウ。
 
「さぁ早く、村の誰かに見つからないうちに、持ち場へ戻ったほうがいい」
 
 ウィンの言葉にリノウは従う胸を伝えている。
 そして一行に、持ち場に戻る旨を謝りながら伝える。
 
「いいのよ。
 
 それより、長老とかに今のことで小言とか言われそうなら、冒険者たちに捕まって話をせがまれたって言っときなさい。
 
 見張り、頑張ってね」
 
 レベッカの言葉にほっとしたように頷くと、ぎこちない足取りでリノウは駆けていった。
 
「微笑ましいわ~。
 
 ああいう娘、思わず抱きしめたくなるのよね」
 
 そんなことをレベッカが言うと、ラムーナがうんうんと頷いている。
 その横でロマンが青い顔してシグルトの後ろに隠れた。
 
「レベッカも娘さんも、あのハグは凶器だよ…」
 
 窒息しかかったことのあるロマンはレベッカの抱きしめが大の苦手である。
 
「あ、みなさん。
 
 もうすぐ僕の見張り番が終わるので、僕のうちに来てください。
 
 皆さんの泊まるところに案内する必要がありますから」
 
 そう告げるウィン。
 レベッカは、リノウがおそらく好意を寄せているだろう、その若者を見つめた。
 
 
 一行が村に戻ると、その頭上を一羽の鷹が旋回して飛び、やがて急降下してきた。
 レベッカの目の前2mほどに着地する。
 どうやらリノウの友志トーンのようだ。
 
 鷹は片足を上げて、器用にぺこっぺこっ、とおじぎをした。
 
 そしてまた飛び立っていく。
 どうやら挨拶に来たらしい。
 
「なかなか可愛いわね」
 
 レベッカが頬を緩めた。
 
 
 その後、一行はウィンの案内してくれた空き家で一晩を過ごした。
 屋根があるだけでも快適と、一同早々に眠りについた。
 
 早朝一同が起きると、シグルトはすでに起きていて上半身裸で片腕ごとに腕立て伏せをしていた。
 シグルトは誰よりも早く起き、必ず日課のトレーニングを行う。
 その背に汗が光っている。
 
 村娘たちがその様子を覗いていた。
 一様に顔が赤い。
 
 スピッキオは部屋で祈っているようだ。
 聖職者だけあって長い。
 
 ロマンは朝の読書だと言って、この間古本屋で見つけた難しい本を読むと言っていた。
 タイトルは『南方諸国の歴史と衰退』である。
 
 ラムーナがシグルトに習うように闘舞術の訓練を始める。
 今度は若い男たちがやって来て、薄着で練習するラムーナを鼻の下を伸ばして見ている。
 
(…ラムーナ、最近胸が大きくなってきたわね。
 
 形が崩れないように服も考えてあげないと)
 
 レベッカはプロポーションの維持のために特殊な下着を身につけている。
 盗賊は身のこなしが命なので、胸が邪魔にならないようにするためもある。
 軽いコルセットのようなものだ。
 レベッカはこういった最新技術に通じている。
 
 伝説の女戦士アマゾンは弓を引く邪魔にならないよう、片胸を切り落としていたという。
 アマゾンの語源は「乳無し」の意味からついたという説もある。
 
 女性の性の象徴であるとされる胸。
 形の維持やら保護やらで、男には無い苦労があるものだ。
 
(まあ、うちの男どもに気を使えって言うのは無駄ね。
 
 シグルトはこういうことにはすごい鈍感だし、ロマンはうぶで真っ赤になるし、スピッキオは長いお説教を始めかねないわ。
 
 そういえば市に冬物の服がそろそろ出そうだし、リューンに戻ったらラムーナをつれて買い物に行きましょうかね~)
 
 そんなことをレベッカが考えていると、ザインがやってきた。
 
 今日の昼に長老に会合の話をしに行くそうだ。
 それまでは自由行動でよいそうである。
 
 ザインと別れた後、レベッカはしばらく姿をくらませていた。
 仲間が何をしていたか聞くと、念のためにね、と軽くウインクした。
 
 一行はその後ゆっくり休み、いつでも行動できるように準備した。
 そして昼になった後に昼食を取り、村の長老宅に向かうのだった。
 
 
「おぉ、皆さん方。
 
 お揃いで何の御用でしょうか?」
 
 長老はとぼけた口調で一行を迎えた。
 
「《妖精の宝》の話、まだ進んでおられないようですね」
 
 ザインは開口一番、やや険を含んだ口調で長老にそう言った。
 
「…あっ、いや、その、なかなか人が集まらなくてのぉ…」
 
 長老は取り作るように卑屈な笑みを浮かべた。
 
「…いい加減にして頂きたい!」
 
 ザインは強い口調で長老を叱りつけた。
 あまりの迫力に長老が後ずさる。
 
「あなたは、〝村の人と話し合いをする〟と言いました。
 
 ですが、一方で村の人々を見張りへ駆り出しておられる。
 人が集まらなくて当然です。
 
 我々の話が気に入らないのならば、最初から言って頂きたい。
 時間が無いことは話したでしょう!」
 
 容赦ないザインの言葉に汗をたらたら流しながら、長老は震えながらなんとか口を開いた。
 
「…ひ、ひぃ、すみません、すみません。
 
 ただ…その、魔術師が来る、と言っても、そちらさんには強そうな方々がいるではないですか。
 
 だから、魔術師が来た時、すぐに見つけて何とか倒しでもすれば、一番じゃないですか?」
 
 レベッカは、他力本願なジジイねぇ、と内心あきれる。
 
「そうすれば、そちらさんの心配事もなくなるし、わしらだって何も損をせずに済む、…な?」
 
 ザインは居住まいをただし鋭い目で長老を見つめる。
 
「…もう少し説明が必要だったようですね」
 
 長老がザインの言葉に首をかしげた。
 
「…いいですか?
 
 何度も言ったように、魔術師の目的は《妖精の宝》です。
 
 そして魔術師は、その宝がこの村にあることを知っています。
 ですが些細な在処まではどうでしょう?
 
 おそらく、知りますまい。
 
 また、知っていたとしても宝がある『ほこら』には特殊な施錠がしてあると聞きます。
 
 よって魔術師が独力で宝を得るとは考え難いものです。
 
 ではどうするのか?
 
 まず、村の人間に接触を試みるでしょう。
 もちろん、村人の安全は保障できません。
 
 用が済めば、間違いなく口封じをするはずです。
 それも中途半端では無い形で。
 
 かの魔術師は、それだけの残虐性を持ち合わせていると聞き及んでおります。
 
 そして、悪魔を使役するとも。
 その気になれば自らの姿を現すことなく、目的を遂行するでしょう。
 
 いいですか?!
 
 このまま手をこまねいていたところで、自体が好転する要素は無いのです」
 
 ザインの言葉に長老はすっかり黙ってしまった。
 
「我々の要求は、この村の宝を一時管理させて頂くだけです。
 
 何も、奪うわけではありません。
 
 勝手な要求とは存じますが、承諾してくれねば仕方ないのです。
 死者を出したくはないでしょう?」
 
 死者という言葉に、長老は蒼白な顔になった。
 
「…わかりました。
 
 私どもの勝手な判断、あさはかなものでした。
 
 すぐにでも皆を集めて、話をいたしましょう」
 
 是非、とザインが言いかけたその時、激しく長老宅の戸が叩かれた。
 
「なんじゃ!?
 
 騒がしい」
 
 長老が叱ると、外から村人が叫んだ。
 
「長老!
 長老!
 
 悪魔だ!
 悪魔が出たっ!!」
 
 あまりの切羽詰った声に、長老が息を呑む。 
 
「な…なんと!?」
 
 叫んでいる村人は、村はずれだ!と繰り返している。
 
 シグルトは黙って剣を掴んだ。
 
「私たちのお仕事の時間ね…」
 
 レベッカの言葉にザインが頷く。
 
「言った側から来ましたね。
 
 …村はずれに急ぎましょう」
 
 
 外に出るとウィンが駆け寄ってきた。
 
「皆さん、今…!」
 
 一行はウィンに頷く。
 
「はい、『村はずれ』で誰かが悪魔を見たそうです。
 
 僕にもお供させてください」
 
 一同はザインとウィンに後ろに控えているように言うと、村はずれに向かって早足で移動した。
 
「いました、あそこです!」
 
 少し離れた位置に、下級妖魔であるインプが腰掛けていた。
 
「《…穿て!》」
 
 ロマンの【魔法の矢】が敵を打ち据える。
 一撃でインプは倒された。
 
「…インプが現れたということは、魔術師ヴェルニクスも近くに来ているということでしょうね。
 
 もう、時間はありませんな。
 早急に手を打たねばなりますまい」
 
 言うや否や、ザインは長老の家に向けて駆けて行った。
 
(…おかしいわ。
 
 相手が狡猾な魔術師にしては、手下を意味も無く配置するなんて考えられない)
 
 レベッカは小さな痕跡も見逃さないように周囲を調べ始める。
 
「…あの、先ほどあの悪魔のことを《インプ》と呼んでいましたね?」
 
 ウィンが突然聞いてきた。
 
「その名前のつづりはどう?」
 
 ロマンがこの近辺の言葉と西方の言葉のつづりを丁寧に説明した。
 
「…となるわけだよ。
 
 でもそんなこと聞いてどうするの?」
 
 ウィンは何か考えている様子であったが、後学のためです、と言っただけだった。
 
 
 一行はその後、長老宅に向かう。
 
「…ん?」
 
 途中、シグルトははっきりと強い精霊の力を感じて振り向いた。
 
「どうしたの?」
 
 心配そうにラムー名が聞く。
 
「…いや、用があればちゃんと近づいてくるだろう」
 
 シグルトは大丈夫だ、と言って仲間を急がせた。
 
 
 長老宅に着くと、黙り込んだザインと慌てふためいた長老が待っていた。
 
「リノウが、リノウがおらんのです!」
 
 一行の間に緊張が走る。
 
「宝がおさめられた『ほこら』には、“白弓の射手”しかは入れないそうです。
 
 …その“白弓の射手”が今、いない。
 
 つまり今は、話がまとまったところで手の施しようが無い状況、というわけです」
 
 ザインが落胆したように肩を落としている。
 
「ああ、まったく!
 
 だから、女などが“白弓の射手”になるべきではなかったのじゃ!」
 
 その長老をレベッカが睨みつける。
 
「…長老。
 
 あなたがたの勝手な判断が今の状況を招いたことを忘れてない?」
 
 あまりの迫力に長老が腰を抜かした。
 
「魔術師に捕まったのではないかの?」
 
 スピッキオの言葉にザインが頷く。
 
「い、今は、村の人間を使って、リノウを探しております。
 
 見つかればよいのですが…」
 
 シグルトは腕を組んで次の行動を考えている。
 
「…不慣れな土地だ。
 
 下手に動くべきではないな」
 
 シグルトの言葉に一同が頷く。
 
 
 長老宅で時間をつぶし、やがて薄暗くなってきた。
 
 『ほこら』も含めて異常は起きてないという話である。
 
 するとそこに今まで姿をくらましていたウィンが駆けてきた。
 
「ザインさん、冒険者の方々。
 ついてきてください。
 
 『ほこら』まで案内します」
 
 ザインが驚いて、突然何事だと聞く。
 
「事情はおいおい話します。
 
 さあ、こちらへ」
 
 一行は急かすウィンについていき、石造りの堅牢な建物の前についた。
 古びて苔むしているが、しっかりとした作りの建物である。

「この『ほこら』には“白弓の射手”しか入ることができないはずではなかったのですか?」 
  
 ザインの言葉にウィンは頷き、ですが入れますと続ける。
 
 ほこらの入り口はあっけなくウィンが開けた。
 
(このウィンっての、やっぱり曲者だわ。
 
 気をつけなくちゃね)
 
 一同が驚く中、レベッカは冷静に状況を分析している。
 
 『ほこら』の中には箱が1つ安置されていた。
 
「なぜあなたが、ここに入るための合言葉を知ってるの?」
 
 レベッカが聞くと、ウィンは済ました顔で答える。
 
「…緊急を要することなので、リノウに無理を言って教えてもらったんです。
 
 彼女は今、安全なところに隠れてもらっています。
 “白弓の射手”ということで、魔術師から目をつけられる恐れが大きいですから。
 
 さあ、ここに《妖精の宝》があります。
 箱は簡単に開くそうなので、どうぞお取り下さい」
 
 ウィンの言葉にザインが頷く。
 
(…シグルト!)
 
 レベッカがシグルトに目配せをした。
 分かっているとシグルトが頷く。
 
 ザインが箱をあけると、中には4本の管が繋がっている陶器製のおかしな形のものが入っていた。
 
 これが《妖精の宝》なのだろう。
 
「この形、心臓かな?」
 
 ロマンガ呟く。
 
 ザインがそれに手を伸ばそうとする。
 
「!!!」
 
 ザインの背後からウィンが襲い掛かろうとした。
 
「…何の真似ですか、ウィン殿?
 
 刃物など持って、危険ですよ」
 
 取り繕うように笑っているが、ザインの動きは素人ではなかった。
 
「…くっ!」
 
 距離をとってウィンがザインを睨む。
 
「皆さん、魔術師はこいつなんだ。
 
 隙をつくつもりだったのに…!」
 
 ザインは笑みを浮かべながら首を左右に振る。
 
「何をもって、そんな言いがかりを?
 
 私はれっきとした教会の使いです。
 
 書状だって持っておりますよ」
 
 それに対し、ウィンは短剣をザインに向けて荒い口調で言う。
 
「こいつの持っていた瓶のラベルに昼間の悪魔と同じ名前が書いてあったんだ。
 
 本当に教会の使いだったら、悪魔の名前を自分の持ち物につけたりはしないだろう!」
 
 ウィンの言葉に一同に緊張が走る。
 レベッカとシグルトだけは分かっていたという顔だったが。
 
「…くくくっ」
 
 ザイン…そう名乗っていた魔術師はおかしくてたまらないというふうに、嗤い出した。
 
「…はははははっ!
 
 まさか、こんな小僧に見破られるとはなぁ。
 
 さすがに、山登りの疲れがでたかな?
 何にしても油断したものだ」
 
 レベッカがすでに抜いた短剣を弄んでいた。
 
「どうせ本物の教会の使いはあんたが天国とは違う場所に送ったんでしょうね」
 
 その通りだよ、と魔術師は楽しそうに嗤っていた。
 
「運が悪かったなぁ、小僧。
 
 私の正体を暴いたため、この村から犠牲者がでるぞ。
 
 穏便に宝が手に入りさえすれば、始末するのはそこの冒険者どもだけのつもりだったんだがな」
 
 レベッカが、運が悪いのはあんたの方ね、と壮絶に嗤い返した。
 
「言っとくけど、最初からあんたが黒いって分かってたわよ。
 
 尻尾を掴んだら始末するつもりだったけど、手間がはぶけたわ。
 あんたを倒して賞金で酒でも飲ませてもらうわよ」
 
 レベッカが一歩踏み出す。
 
「図に乗るな、女狐め。
 
 その傲慢の鼻を折って、葬ってやる!」
 
 魔術師は懐から取り出した小瓶からインプを4匹召喚した。
 奇声を上げてシグルトたちを威嚇する。
 
「残念。
 
 私は信仰心が無くてね。
 この私を葬るのに、あんたじゃ役不足よ!!!」
 
 レベッカの言葉とともに闘いが始まった。
 
 シグルトがインプを1匹斬り伏せる。
 脳天を割られたインプは地面に叩きつけられて動かなくなった。
 
 魔術師は何か瓶を取り出して、それを周囲にまく。
 紫色の煙が周囲に広がった。
 
「我が使い魔たちよ!
 
 真の力を発揮するがいい!!」
 
 スピッキオの【祝福】を受けていたシグルトは抵抗するが、他の仲間たちはその煙で動きが鈍る。
 
「ぐ、これ身体の動きが…」
 
 ふらつきながら唱えたロマンの呪縛の呪文が1匹の動きを封じる。
 
「小賢しい!」
 
 魔術師は【眠りの雲】を使い、一同に強烈な眠気が襲う。
 
「キィィィィ!!!」
 
 シグルトが一敵の攻撃を受けて眠気から醒めると同時に、1匹を切り伏せた。
 
「《主よ、祝福を!!!》」
 
 スピッキオが【祝福】の秘蹟で仲間の動きを戻すが、魔術師の呪縛の魔法で動きを縛られる。

「くそ、《…焼き払え!!!》」
 
 インプに引っかかれて目覚めたロマンが【焔の竜巻】で敵を焼く。
 
「ぬぅ、この小僧…
 
 ならば瘴気に蝕まれて死ぬがいい!」
 
 魔術師の使った毒の霧に、【魔法の矢】で負傷していたシグルトが倒れた。
 
「シグルドっ!」
 
 レベッカが昏倒したシグルトを庇う。
 
「…タァァァァッ!!!!!」
 
 しかしロマンが【眠りの雲】で魔術師をよろめかせ、ラムーナの剣がその心臓を貫いた。
 
「…ぐはっ!!
 
 よもや…こんなところで、朽ち…ようと、は…」
 
 血反吐を吐き、魔術師ヴェルニクスはどうっ、と倒れる。
 同時に毒気にやられたラムーナもばたりと倒れた。
 
「く、毒消しが足りるかしら?」
 
 満身創痍の一同である。
 
「冒険者の方々。
 
 僕は今から《妖精の宝》を持って、村の皆に説明をしに行こうと思います…なんてね」
 
 ウィンは戦いでぼろぼろになった冒険者を置き、《妖精の宝》を持って駆け出していった。
 その口元に笑みを浮かべながら。
 
 ウィンが出ると『ほこら』の扉が閉まる。
 
「…馬鹿な坊やね。
 
 殺すつもりなら、すぐに殺すべきだったわ」
 
 スピッキオが強力な癒しで仲間を回復させる。
 気を失っていたシグルトもそれで息を吹き返す。
 だが、毒の影響で回復が完全に及ばない。
 
 手持ちの毒消しを用いるが全員の毒を消すには至らない。
 けっきょく、毒の直撃を浴びたシグルトとラムーナは毒を消しきれなかった。
 
「貴重な【ブーイー草】を全部使ったのに。
 
 あ、後一回【聖別の葡萄酒】が使える!」
 
 ロマンが薬の残りを確認しつつ言った。
 
「俺は大丈夫だ。
 
 ラムーナに使ってくれ」
 
 シグルトの言葉にラムーナが首を左右に振る。
 
「私もさっき毒消しを使ったからかなり楽。
 
 シグルトはまだ毒消しを使ってないでしょ?」
 
 それをレベッカが留める。
 
「ラッキーね。
 
 この魔術師、毒消しを持ち歩いていたみたい。
 3本あるから、2人とも大丈夫よ」
 
 シグルトとラムーナは顔を見合わせて苦笑した。
 
 
 毒消しを使って仲間が身体を休めている間、レベッカは周囲を探索し始める。
 
「さてと。
 この罠の仕掛けは分かってたけどね」
 
 魔術師の死体から証拠になりそうなものや道具を取ると、レベッカは中央に置かれていた箱を持ち上げた。
 『ほこら』の入り口は速やかに開く。
 
「所詮、村の若造の浅知恵ね。
 
 さ、村に帰ってあの小僧を締め上げてやりましょう」
 
 
 外に出ると、一行は村をめざす。
 
 傷と毒でさっきまで重傷だったシグルトを皆心配するが、大丈夫だ、と微笑む。
 だが、不意に一行の進行を留めた。
 
「さっきからついてくる精霊よ。
 
 叶うならば姿を見せてくれないか?」
 
 その言葉に、森から滲み出すように、褐色の肌に緑の髪の美しい女性が現れる。
 
「な、何?
 
 樹木の精霊ドライアド?」
 
 ロマンが目を丸くする。
 
「…先ほどの悪い気配はありませんね。
 
 白き尊きエルフの血を引くお方。
 どうか、私の話を聞いていただけますか?
 
 そしてお願いしたいことがあるのです」
 
 そう言うと、シグルトに向かって精霊は深々と頭を下げた。
 
 話してくれ、とシグルトが促す。
 
「はい。
 
 私はジーレ。
 人間は《鋼鉄樹》と呼んでいます」
 
 シグルトは噂の硬いという樹の精霊か、と頷いた。
 
「昼間、姿を見せたな」
 
 ジーレと名乗った精霊は、はいと首肯する。
 
「様子を見に来たのです。
 
 本来はこのような姿になど、ならないのですが。
 
 森の樹たちが怯えているんです。
 何かこう…不自然な雰囲気で。
 
 私もそういった何か不自然な雰囲気にあてられて、このような姿を取っているのですが。
 何か自然の摂理に反することがおきなければ、このような姿は取れないのです。
 
 不自然で不条理な雰囲気が森に満ちているのです」
 
 シグルトは、そうだな、と頷く。
 
「精霊が精霊使いの助けなく実体化するなんてめったいにないんだろう。
 
 昨日の夜からだ。
 
 何か気持ち悪い違和感が森の大地の底に満ちていた。
 
 俺たちに頼みたいのは、その違和感の解決だな?」
 
 ジーレは頷く。
 心なしか目が潤んでいる。
 シグルトを見る精霊の眼差しは、崇拝する神を前にした宗教家にも似ている。
 
「出来ることは少ないですが、私に出来るお礼は致します。
 
 どうか助けてくださいませ」
 
 シグルトは礼などいいさ、と言いかけて、仲間次第だがと付け足した。
 仲間たちは別にいいよ、と笑う。
 このリーダーの人の好さは、皆分かっているのだ。
 
 シグルトは仲間に、すまないと言いつつ、昨日手に入れた剣をふと思い出す。
 
「これはお前の一部だろう」
 
 シグルトはジーレに【鉄鋼樹の剣】を差し出す。
 
「それは…私の《枝》。
 
 私の力もほとんど失っている。
 
 私たちの力は加工すると衰えます。
 自然でないがゆえに。
 
 でもこの形ならば、私の枝は武器として使われているのでしょう。
 
 お礼のかわりに、この枝に私の力を授けましょう」

 ジーレが剣に触れると淡い緑の燐光を放ち出す。
 姿無きものにも刃が届くと、ジーレは言う。
 
「うわぁおっ♪
 
 善意は徳を呼ぶわね~
 魔法の武器なんてすごいわ」
 
 レベッカが満足げに剣を撫でた。
 
「それではお名残惜しいですが、白き尊きエルフの血を引くお方。
 
 お願いいたしましたこと、なにとぞよしなに」
 
 そう言ってジーレはシグルトの頬に口付けして去って行った。
 シグルトが目を見開く。
 驚いたようにジーレの去った方角を見つめている。
 
「何?
 
 シグルト、照れてるの?」
 
 ロマンが聞くと、いや、とシグルトが首を左右に振った。
 そして真顔に戻る。
 
「だが、おまけでとんでもないものをくれたよ。
 
 ま、帰ったら話すさ」
 
 シグルトは暗い森を全て道が分かっているように歩き出した。
 一度立ち止まって軽く森に手を振る。
 
 シグルトの眼に先ほどから《はっきりと見えるようになった》木々や植物の精霊が、それに応えるように手を振った。

 
 村の入り口にくると、誰かが駆けてくる。
 息を切らしたその人はリノウの母親だった。
 
「あの、リノウは、リノウは、まだ見かけないんですか!?」 
 
 焦ったようなリノウの母親に、落ち着いて話すようにシグルトが促す。
 
「…すいません。

 特に何かが起きたという訳でもないんです。
 
 ただ…ずっとリノウが

 見当たらないままなので、居ても立ってもいられなくなったんです。
 悪い魔術師に捕まってるかも知れないというので、だんだん不安になってきて…」
 
 肩を落とすリノウの母親に、レベッカが微笑んでみせる。
 
「悪い魔術師の線は無いと保障するわ。
 
 それより、ウィンの居場所を知りたいんだけど」
 
 リノウの母親は首をかしげて、実はウィンもいないそうなんです、と言った。
 
(あの小僧がリノウちゃんを押さえていると考えて間違いないでしょう。
 
 変なことをして見なさい…一生使い物にならなくしてやるわ)
 
 レベッカが恐ろしいことを考えていた横で不安そうに、リノウの母親がうつむいている。
 
「しかし、困ったわね。
 
 何か手がかりを探そうにも、夜じゃ…」
 
 シグルトが大丈夫だ、と突然言った。
 
「あの魔術師がこんなものを持っていてな。
 
 人の足取りを追うには最適かもしれん」
 
 シグルトが取り出したのは《地霊》と書かれた瓶である。
 
 瓶の蓋を開けると、瓶から岩のような肌の小人が現れた。
 
「窮屈な世界もあったものだ…」
 
 横で腰を抜かしているリノウの母親をレベッカに任せ、シグルトは現れた地霊…ノームに語りかけた。
 
 地霊が魔術師のことを訪ねるので、シグルトは詳しい事情を話し、自分たちが地霊を開放したことを告げた。
 
「なれば、おぬしらは我が恩人。
 
 恩には恩を、仇には仇を。
 それが大地の理(ことわり)。
 
 礼がしたい。
 
 望みがあれば叶えよう」
 
 シグルトはリノウとウィンの足跡を探してくれるよう、頼んだ。
 
「たやすきこと。
 
 直ちに調べよう…む!?」
 
 不意に地霊は動きを止めた。
 
「地中に怪しげな紋が描いてある。
 
 1~2回の雨で解けてしまうようなものだが…何、目的のものを探すには障りとならん。
 あらためて調べるとしよう」
 
 ロマンが、地霊の言葉で理由が分かったよ、といった。
 
「さっきの樹の精霊が言ってた違和感って、地中の紋、多分あの魔術師が用意した魔方陣だと思うけど、そのせいだと思うよ。
 
 そのうち消えちゃうみたいだから解決しちゃうよね」
 
 そんな話をしていると地霊が戻ってきた。
 
「見つけた。
 
 案内しよう」
 
 シグルトを先頭に一行は地霊の後を追った。
 
 
 洞窟でリノウは縛られていた。
 
 そこにウィンがやってくる。
 
「おとなしくしていた様だね。

 もっとも、縄に縛られてちゃあ、そうしてる他にないだろうけど」
 
 口元に笑みを浮かべてウィンが座る。
 
「何でこんなひどい事するの、…ウィン?
 
 今、村の一大事なんでしょ?

 こんなことされなくたって、協力するのに」
 
 するとウィンはおどけたように肩をすくめた。
 
「プロポーズするためさ」
 
 そう言ったウィンの眼には狂気の光がある。
 
「今、僕の手元には《妖精の宝》がある。

これで君は、僕の物になるんだよ」

 乾いた笑みを浮かべ、ウィンはリノウを見る。
 
「…ウィン?

 言ってる事がわからないわ」
 
 リノウは少し怯えた様子でウィンを見つめる。
 
「リノウ、君は“白弓の射手”だ。

 村の人間が何を言おうと、間違い無く“白弓の射手”だ。
 
 それも…《女》のね。

 村の皆がどんなに僕を誉めようと、君が“白弓の射手”。
 僕じゃない」
 
 何がいいたいの、とリノウが問う。
 
「僕は苦労したんだよ。

 “白弓の射手”になるために。
 でも、報われなかった。
 
 村の皆は、僕が“白弓の射手”に相応しいと思っていた。

 でも、期待は裏切られた。

 …“白弓の射手”はリノウ、君だという事は 変わりようが無い。
 
 確かに 君の腕前は認めるよ。
 でも、村で一番の人間に相応しいかと言ったら、違うだろう?
 
 なら、どうするか?
 この“妖精の宝”を使うのさ」
 
 さも名案を考えたとばかりにウィンがほくそ笑む。
 
「〝白弓の射手が僕の言うことを何だって聞き入れる妻である〟。
 
 これなら事実上、僕が一番だって事になるよね。
 君は村で一番の男に嫁ぐわけだ」
 
 それでリノウはウィンの考えていることが分かる。
 
「…まさか、妖精の宝を私に?!」
 
 御名答、とウィンが嫌らしく嗤う。
 
「そういう訳だ。

 けど、悪いようにはしないさ。
 村での地位は2人とも安泰だ。
 
 …それに、リノウ。

 僕が君の事を気に掛けてなかったらこんな要求、最初からしないさ。
 
 さあ、受け入れてくれるね。

 …確か、儀式は一晩で終わると言っていたっけ?」
 
 ウィンの眼にはリノウが映っていなかった。
 
「…こんな事、村の皆が黙ってないわ」
 
 ウィンは振り向いて歯をむき出して嗤った。
 
「村の皆? …あはははははっ。

 心配する必要なんて無いさ。
 僕は皆から信用されてるからね。
 
 言い訳なんか いくらでも出来る。
 冒険者たちも魔術師も、今は居ない
 
 もう、僕の邪魔になるような人間は居ないんだ。

 …僕がお引取り願ったから。
 
 あはは。
 都合のいい連中だったよ。

 村の人間じゃ思いつかなかったろ?
 宝を人間相手に使うなんて。
 
 そして 彼らがいたから、僕が妖精の宝を手に入れられた。
 感謝すべきだね、本当に」
 
 涙を浮かべて嗤うウィンを、寂しそうな眼でリノウは見た。
 
「…のに」
 
 吐くような言葉はかすれていた。
 
「何を言ってるんだい?
 声が小さいよ。

 もう、疲れたのかな?
 
 まぁ 何にせよ、おとなしくしてくれればいいよ。

 明日の朝には終わってるから」
 
 ウィンには何を言っても聞こえないだろう。
 リノウは自分の初恋が惨めに終わる予感に、泣きそうになった。
 
「…ははは、いてっ!」
 
 突然頭に感じた痛みにウィンが唖然となる。
 
「…女の子を扱うには強引よ、変態坊や」
 
 ウィンの背後には酷薄に嗤うレベッカがいた。
 
 リノウを庇うようにシグルトとラムーナが間に入る。
 
「冒険者?!
 馬鹿な!

 確かに閉じ込めたはず!」
 
 レベッカが苦笑した。
 
「おばかさんねぇ。
 
 私たちは、ああいう遺跡や罠から生還する冒険者様よ。
 あんたの浅知恵にいいようにされるわけないじゃない。

 入ったときに構造で出方を理解していたわよ」
 
 焦って後ずさるウィン。 
 
 宝を要求しようとシグルトが前に出ると、ウィンは転がるように逃げ出した。
 
「あきらめが悪いわね…」

 後を追おうとレベッカがウィンの逃げた方を向く。
 
「だめです!
 追ってはだめです!」
 
 怪訝そうにレベッカがリノウを見る。
 
「この洞穴、奥がひどく入り組んでるんです。
 
 …私、子供の頃、ここに迷い込んだ事があるから、知ってるんです。
 まさか、今はウィンが隠れ家にしてるなんて思わなかったけど…」
 
 レベッカは、ちっ、と舌打ちする。
 
「逃げるあいつを追い詰めて虐めてやろうかと思ってたんだけど、先に捕まえりゃよかったわ。
 
 ま、どうせ村に戻ってなにか小細工をするでしょうから、そのときに化けの皮をはがしてやりましょう。
 
 あの小僧がおかしな行動をしてたこと、何人かのこの村の若いのに確証を取ってあるし、ね。
 
 今、縄を解くわね」
 
 リノウがレベッカに礼を言う。
 
「でも…皆さん、どうやってここに来たんですか?

 かなり、分かりづらい所なのに」
 
 ラムーナが微笑んで、精霊さんに聞いたんだよ、と言う。
 首をかしげているリノウ。
 
「ま、後で話すさ。
 
 それより、急いで村に帰ろう。
 君のお母さんも心配している」
 
 力強いシグルトの言葉に、リノウが頷いた。
 
 
 村に着くと、村人たちが出迎えた。
 先頭にウィンがいる。
 
「村のみんな!
 
 《呪い》と《魔の使い》だ!」
 
 出会いがしらにウィンが言う。
 
「ウィン…!」
 
 リノウが叫ぶ。
 
 ウィンは冒険者達を一瞥すると、村の人々に声高らかと演説を始めた。

「僕は、教会の使いと偽る魔術師を自分の家に招いたことで、彼の正体を知ることができた。
 
 それで、魔術師が連れてきた冒険者も当然、彼の手下だということがわかった。
 
 そしてもうひとつ…僕達の村の宝は呪われた道具だ、ということも明らかになった。
 
 とても残念なことだけどね」
 
 ウィンは手に持っていたものを投げ捨てた。

 ゴミのように投げ捨てられたそれは、無残に壊された《妖精の宝》だった。

「しかし、だからこそ魔術師が目をつけた!
 
 何より、魔術師の呪いは村に、もう既に降りかかっているんだ!」
 
 レベッカは感心してその演説を見ていた。
 
(その悪知恵、もう少し良いほうに使えばよかったのにね)
 
「魔術師はもう死んだ。

 だが、手下はまだ生きている。
 そして呪いは、宝が使われた 現役の“白弓の射手”、《リノウ》の中に生きている!」
 
 ウィンの言葉にリノウが真っ青な顔になる。
 
「僕らは今、目の前にいる連中を追い出さなくてはならない!

 自分達の村、家族の為に!!」
 
 演説の最中にリノウの両親が現れて側にに駆け寄った。
 
「リノウ」
 
 少しほっとした様子でリノウの母親が言った。 
 
「お父さん、お母さん…」
 
 リノウは涙をこらえている様子だった。
 
「…大丈夫かい?

 酷い事、されてないかい?」
 
 心からの労わりの言葉。

「…う、うん。

 私は大丈夫だけど…」
 
 リノウがしっかりと頷く。
 
「…良かった。

 心配、したんだよ…」
 
 リノウの両親が近寄ってリノウを抱き寄せようとした。
 
「待て!
 近づくんじゃない!

 呪いがかかっておるのだぞ!?」

 長老の言葉を振り切るようにリノウの両親はリノウを抱き寄せる。
 
「…呪いなんて関係ないよ。

 この子は、うちの娘だ」
 
 それを見ていたウィンが叫ぶ。
 
「見たか、村のみんな!

 魔術師の呪いは周囲の人間にも伝播する!
 
 いま、白弓の射手の家族は魔術師の呪いに魅入られた。
 このままでは、村人全員があのように成りかねない!」
 
 レベッカがあきれた様子でウィンを見る。
 
「待って、ウィン!

 私の お父さんや お母さん、何も悪い事してないじゃない!」
 
 リノウが必死に叫ぶ。

「さあ、みんな武器を取れ!

 彼らを村から追い出すんだ!!」
 
 しかしリノウの言葉を無視して放ったウィンの呼びかけに対し、村人たちは戸惑いながらも呼応した。
 村人たちの多くが武器を取りに戻り、そうでない者は 傍にある石などを手にし、戦う姿勢をとっている。
 
 だが一部の村人がウィンを睨んで側を離れた。
 
(よぉし、奥の手はなんとかなりそうね)
 
 その行動に、ウィンや長老が戸惑った。
 
「ウィン。
 
 てめぇは嘘つきだ」
 
 ギィジが唾を吐く。
 
「そうだぜ。
 
 何が呪いだ!
 都合のいいこと言いやがって!!」
 
 シグルトに【鉄鋼樹の剣】をくれた男がウィンを指差す。
 
「な、何を言っとるんじゃ!
 
 ウィンが嘘など…」
 
 長老に対してギィジがウィンを睨みながら言った。
 
「もし呪われるとしたら、魔術師を家に泊めたそいつはとっくに呪われてるんじゃないか、長老?
 
 そこの冒険者さんが、ウィンの行動がおかしいからそれとなく注意しててくれって、忠告してくれたんだよ。
 言われて、細かく見て見りゃ、俺たち狩人の眼はごまかせねぇ。
 
 そいつがリノウを連れ出したのを見た奴がいるんだよ。
 今日は大切なときにいなくなってたし、挙句都合よく《妖精の宝》を壊しちまった。
 
 長老や俺たちに相談も無く、一人で行動してたのも変だろう?
 
 ウィンの野郎こそこの村の裏切り者だ!」
 
 長老が、はっとなる。
 いくらウィンを認めている長老も、思い当たることがいくつかあったからだ。
 
「だ、騙されるな!
 
 《妖精の宝》を使ったギィジは呪われているんだ!
 そこの男だって元は余所者じゃないか!!」
 
 焦って取り繕おうとするウィン。
 
「…そんなに私たちが疑わしいなら、ここから近いラーデックあたりの聖北教会に使いをやって、ラインという司教様に私たちの潔白を証明してもらってもいいのよ?
 
 あの教会の使いが悪者かもしれないってことは、途中で気がついて、私たちは細心の注意を払っていたわ。
 あんたが功名心にとらわれて騙し討ちなんてしなきゃ、明日にも正体がばれてつかまってたのに…
 
 それから『ほこら』の中に魔術師の死体が転がってるわ。
 あんたが魔術師を倒したわけじゃないわよね?
 手下が魔術師を殺せるかしら?
 
 なんなら止めを刺した傷や魔術で焦げた傷でも確認しましょうか?
 あなたに魔法は使えないはずよね?
 
 私たちが魔術師と戦ってる間、あんた、後ろに逃げてたし。
 魔術師の攻撃で満身創痍だった私たちをほったらかして『ほこら』に閉じ込めて逃げちゃったんだもの。
 《勇敢な若者》?
 聞いてあきれるわ。
 
 ああ、そうそう。
 あんたが『ほこら』に私や魔術師を連れて行ったところ、ギィジとか狩人仲間が見てるわよ。
 そうするように頼んでおいたからね」
 
 余裕の表情でレベッカはウィンを論破した。
 
 ウィンは歯をむき出して、違う!と怒鳴るが、その周囲から人が引いていく。
 
「みんな、騙されるな!
 
 こいつは魔女だ!
 この女も、リノウも呪われて魔女に…ぐぁっ!!!」
 
一本の矢が ウィンの左腿を貫いた。
 
 レベッカが後ろを振り返ると、そこには矢を放ったばかりの姿勢でリノウが立っていた。
 毅然とした態度で。
何の感情も読み取ることのできない表情で。  
 
 ウィンの横にいた長老が腰を抜かした。
 
 リノウは黙って次の矢をとり、つがえる。
 静かに、そして無感動に弓をひく。
 
 静寂が周囲を支配した。
全ての感情を否定するような彼女の瞳に、空気が圧倒されているようだった。
 ただ、弦の軋む音だけが聞こえる。
 
(なるほど、“氷眼”、ねぇ)
 
 レベッカはリノウのような眼をする者を知っている。
 暗殺を生業にする盗賊や、屠殺を生業にする者だ。
 どんなに残酷なことでも、慣れてしまえば機械的に行えるようになるのだ。

「…や、止め…」
 
 ウィンが脂汗をかきながら止めるよう言って後ずさる。
 リノウは黙ったままだ。
 
「…はい、その辺でやめときなさい。
 
 そこの小僧にはたくさん悪事を吐いてもらわなきゃいけないからね」
 
 レベッカは無造作にリノウの矢を掴んだ。
 
「…許せなかった…。
 
 村が、何もかもが、おかしくなって、滅茶苦茶になって。
 みんなひどくて、嫌になって、辛くて。
 だから、私、だから…」

「リノウ…」
 
 泣きそうなリノウを彼女の母親が抱きしめた。
 
「そうだ。
 許せんな」
 
 閃光がウィンを撃つ。
 
「ぐああああっ!!」
 
 倒れたウィンの側の樹の影から男が現れた。
 
「う、うわぁっ」
 
 村人たちが一斉に離れた。
 
「ヴェルニクス…まさか!
 
 確かに心臓を貫かれて死んだはずじゃ!?」
 
 スピッキオの言葉にヴェルニクスはにやりと笑った。
 
「ああ、その通りだ。
 
 …確かに私は殺された。
 だが地獄に送られるには早いようだったよ、くくく。
 
 私には、魂をわずかな間だけ体に残す術が施されていたのだよ。
 私を殺した相手と、その周囲の人間の《魂》を引き換えにする《契約》でな」
 
 不適に笑うヴェルニクスはこの世のものでない青い燐光を纏っている。
 生者の顔ではなかった。
 
「悪魔との契約だね」
 
 ロマンが呟くと、ヴェルニクスは自嘲的な笑みを浮かべる。
 
「忌まわしい契約だ。
 
 が、解約する手段も時間も貴様らのおかげで無くなった」
 
 ウオォォォォン!!!
 
 遠吠えのような不気味な咆哮を上げ、ヴェルニクスの周囲に4頭の青白い燐光を纏った野犬があらわれる。
 
「ただの猟犬じゃないね?」
 
 ロマンがヴェルニクスを睨みつける。
 
「昨晩張った魔法陣を使い、この村の犬どもに魔界の野獣を憑依させた。
 
 …手伝いを頼みたくてなぁ。
 少々頭は悪いが、すこぶる血を好む連中だ。
 
 …さて、贖ってもらおう。
 我が命と屈辱の代償を!」
 
 レベッカが腰に手を当てて、はぁ、とため息をついた。 
 
「…まったく、この男どもときたら往生際が悪いわ。
 
 ま、この場を納めるにはありがたいしぶとさだったけど」
 
 スピッキオが杖を構え十字をきる。

「不浄のものめ。
 
 こんどこそ相応しい煉獄に落ちるがよい!」
 
 ヴェルニクスが剣士をむき出し、燐光を纏った青白い顔ですごんだ。 
 
「今のうちに喚いておけ。
 
 …道連れは貴様たちからだ!」
 
 
 闘いが始まる。
 
「さあっ、声を聞かせろ!!

 泣き声を、叫び声を!!

天に届かぬ祈りの声をっ!!!」
 
 ヴェルニクスが吼える。
  
「うるさいのよね、あんた!」
 
 レベッカが素早く背後に回り、絞殺具でヴェルニクスの喉を縛り、走って絞める。
 
 その横で一頭の魔獣をシグルトとロマンが連携で葬る。
 
「私も、戦う…
 
 今は、今は、許せない!!」
 
 リノウが戦列に加わり矢を放つ。
 その矢がヴェルニクスの腕を貫いた。
 
 駆け寄ってくる魔獣をロマンの【焔の竜巻】が焼き焦がす。
 
 ラムーナが1頭を蹴りと斬撃の連続攻撃で屠る。
 
 スピッキオの護りの秘蹟が傷を負ったシグルトを包む。
 
「ハァァァ!!!」
 
 レベッカが空中に放り出したヴェルニクスをラムーナが蹴り、反動で飛び上がって側の魔獣に向かって落ちる勢いでその頚骨を踏み砕く。
 
 シグルトの攻撃が弱めた1頭とヴェルニクスをロマンの魔法が焼く。
 
 満身創痍のヴェルニクスも魔法で攻撃するが、それをスピッキオはこらえて聖句を紡ぎ、レベッカを護る。
 
 レベッカが魔術師の攻撃を潜り抜け華麗なフェイントを決める。
 そこに、ラムーナがものすごい動作で踏み込んでヴェルニクスの喉笛をかき切った。
 
「…所詮は、魂を売り渡した者の宿命か。
 
 同じ奴に二度も殺される、と…は」
 
 濁った言葉でつぶやくと、どさりとヴェルニクスは倒れ、そして動かなくなった。
 
「ふぃ~、何とか勝ったわね」
 
 レベッカがため息をついた。
 
 リノウが醒めた目でウィンを見下ろしている。
 
 生きてはいるようだが、彼が村人にした裏切りは大きい。
 
「リノウちゃん、本気で殺す気だった?」
 
 冷たい口調で、リノウは呟く。
 
「…あの時、私には、ただの的にしか見えなかった…」
 
 レベッカは黙ってリノウの頭を軽く撫でた。
 
 
 翌日の昼過ぎ、ティエ村近郊にある宗教都市ラーデックの神官たちが村に駆けつけた。
 
 “風を纏う者”が宿を出発してからまもなく、リューンの聖北教会が派遣を要請したらしい。
 リューンの聖北教会としては、自分たちの責任を他の教会に尻拭いさせたくなかったようだが、やむを得ない判断だったとのことだ。
 
 すでにことの済んでしまった後にやってきた応援だったが、一行には幾分都合がよかった。
 
 彼ら(聖職者たち)は、一行が村人たちの信用を得るのに丁度よい後ろ盾となった。
 また魔術師ヴェルニクスを倒した証明も、実物(遺体)を見せることで果たせた。
 
 今や、ことの発端となった《妖精の宝》も無い。
 
 “風を纏う者”は依頼された仕事を十分にやり遂げたという証明ができた。
 
 こうして辺境の村ディエの事件は幕を閉じた。
 
 
 一段落ついた後、一行が村を去ろうと言うとき、誰も見送りにこなかった。
 
「ま、刃を向けたんだもの。
 
 あの小僧も今は私たちを私欲で害そうとした罪で、聖北教会が引き取っていったし」
 
 するとトーンが飛んできた。
 
「お、ありがたいわ。
 あんた、送ってくれるの?」
 
 レベッカがそう言うと、トーンは翼を広げてみせた。
 そしてその後ろから、リノウが駆けて来た。
 
「あの、皆さん、帰り道を私に案内させてくれませんか?」
 
 レベッカが任せるわ、と微笑んだ。
 
「あの、それから…」
 
 
 その後のこと。
 
 無事に帰った“風を纏う者”たちは、弓の名手を後輩の冒険者として宿に連れ込み、親父をびっくりさせたと言う。

 
 
 長らくお待たせしました…
 
 仕事やら、キーボードの不調やらで遅れてましたが、Pabitさんの『白弓の射手』です。
 
 てこずりました。
 長編は大変です。
 
 今回、シグルトが精霊を見られるようになります。
 精霊に関してちょっぴりMartさんとのクロスの伏線が張られてたり。
 
 実は今、Martさんと私の使っているパーティを強化するため、あることを計画中です。
 
 リプレイでやる、こんなクロスオーバーがあるんだ~と感じた人がいたら狙い通り。
 その準備もあって、こんなに書くのが遅れてしまったのもあるのですが。
 Martさん、エイリィが準備段階ですね?
 ニコロにも…
 
 とまあ、伏線なのでこの話は止めといて。
 
 今回レベッカの準備能力が爆発してました。
 彼女、慎重なタイプなので。
 
 このシナリオをプレイするにあたり、ウィンを言い負かしてやりたかったことが何度もあったので、レベッカ姐さんにやってもらいました。
 
 溜飲が下がる思いでした。
 
 ウィン、反撃したくなるんですよこういう性格の小者。
 
 でも今回、解毒スキルの無かったうちのパーティは大ピンチになりました。
 今度、ロマンに薬を調合させないと…
 リューンの薬は高いですよね。
 
 
 今回は以下のものを手に入れました。
 
・【解毒剤】×3(2本使用)
・【鉄鋼樹の剣】(魔力付き)
 
 
・報酬+1000SP
 
×今回失ったもの
 
・【ブーイー草】×2
・【聖別葡萄酒+】(1回使用) 
 
 
◇現在の所持金 3651SP◇(チ~ン♪)

・シグルト、ロマン、ラムーナ
 レベル3→4
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『埋もれた神殿』

「親父さん、この張り紙は何?」
 
 レベッカが一枚の張り紙を持ってくる。
 
「おお、それか」
 
 親父はいつものように皿を磨いている。
 
「なんとなく目に付いたのよ。
 
 今までに見たことが無いような依頼だしね」
 
 レベッカは、張り紙の内容を読み返して、遺跡かぁ、と呟く。
 
「なんでも、リューンの郊外に古代文明の神殿が見つかったって話だ」
 
 親父は思い出すように手を止め、今度はジョッキを磨きだす。
 
「ふぅん、古代の神殿かぁ。
 
 結構面白そうだね」
 
 ロマンが興味津々といった感じで顔を出す。
 
「何でも、発見したのは考古学会研究員のマハド男爵と言う男らしいな」
 
 それを聞いたロマンが、ええ~あの陰険チョビヒゲ?と嫌そうな顔をする。
 
「なんじゃ、ロマン。
 
 おぬし、そのチョビヒゲ男爵とやらを知っておるのか」
 
 何気にひどいことを言いつつ、スピッキオが言う。
 
「知ってるも何も…
 
 リューンの大学じゃものすごい有名人だよ。
 
 …陰険、嫌味、高飛車、肥満、チョビヒゲで結婚したくない賢者もどきの筆頭。
 貴族の中では性格が悪すぎて誰も相手にしてくれないから、考古学始めたとか何とか。
 
 昔はそれなりの役職に就いていたらしいんだけど、今じゃ贅肉とプライドだけの下級貴族だってもっぱらの噂だね」
 
 ふ~ん、と興味なさそうにレベッカが息を吐いた。
 
「考古学に手をつけたのはいいけど、大して成果もあげてないみたいだしね」
 
 ロマンの言葉に、レベッカはもう一度張り紙を見る。
 
「でも、一応は今回遺跡を見つけたみたいじゃない?」
 
 レベッカの言葉を受けてロマンが、ほんとかな、と首をかしげた。
 
「でも発掘品が報酬なんて、めちゃくちゃだよ。
 
 考古学者は普通、そういうものこそ大切にするはずなのに…」
 
 一行はう~んと唸る。
 
「ケチで有名な男爵だからな。
 
 金を出すのが嫌なんだろう」
 
 けちでも、度が過ぎてるよね、とロマンが肩をすくめる。
 
「ま、考古学的に価値が無いんだろう。
 
 冒険者の報酬になるぐらいの物なんじゃないのか?」
 
 親父はテーブルを磨きながら、受けるのか?と聞いた。
 
「まあ、何か価値のあるものがあったら嬉しいけど、穴掘りはね~」
 
 レベッカがさっきから黙ったままのシグルトに目を向ける。
 シグルトは愛剣アロンダイトを磨いていた。
 
「…たまにはこういう殺伐としてない依頼もいいかも知れんな。
 
 仕事としてではなく、古代の遺跡っていうものを真っ先に発掘する場所に居合わすのは、それだけでも価値がありそうだ」
 
 意外なシグルトの言葉に、レベッカがあら、と微笑む。
 
「シグルトって、あんまりこういうのに興味が無いかと思っていたけど、違うのね?」
 
 シグルトは趣味とか娯楽とかを感じさせないストイックな雰囲気がある。
 
 レベッカと酒を飲むときもたしなむ程度だし、普段は黙々と武具や道具の整備をし、部屋の掃除や整頓をしている。
 日課として腕立て伏せや膝の屈伸などの運動と、剣の鍛錬は欠かさないが、シグルトの趣味かと聞くと違うそうである。
 
「いつでも旅立てるように準備だけはしておかんとな…」
 
 そういうシグルトが好むものと言えば、アレトゥーザの『蒼の洞窟』に行くぐらいだが、面倒見が良いこのリーダーは普段は仲間に合わせてくれることが多く、我侭と言うものはまったく感じさせないのだ。
 
「…遺跡にはいろいろな息吹がある。
 
 土の匂い、風の香り…
 古いもののそれは、悪くない」
 
 穏やかで優しげな笑みを浮かべる今のシグルトは、とても穏やかに見える。
 
「じゃ、受ける?
 
 力仕事はあんたに任せちゃうけど」
 
 断言したレベッカに、苦笑しながら頷くシグルト。
 
「私もお手伝いするねっ!」
 
 ラムーナがシグルトの首にしがみつく。
 
 彼女に恋愛感情はまったく無いだろう。
 ラムーナは仲間の誰にでも、このようにスキンシップを取る。
 …シグルトにスキンシップをすると、側にいた若い男や女が嫉妬して険悪な雰囲気を発することがあるのだが。
 
 まだその子供っぽい性格は残っているが、ラムーナは出会った頃とは別人のようだ。
 
 とても美しくなった。
 
 茶色がかった柔らかそうな黒い髪は、手入れがされてゆるく波打っている。
 くりくりとした褐色の瞳は愛嬌があって可愛らしいが、睫毛が長く彫りの深い顔立ちは端整で美しい。
 
 なにより、そのプロポーションは素晴らしい。
 胸はまだ発展途上、と言えるが、その腰のくびれはどうやったらそうなれるか聞きたいぐらいだとレベッカがぼやくほど。
 食欲旺盛にもかかわらず、贅肉が見当たらない。
 まるで、顔の輪郭とウエストだけ子供のまま成長したような感じである。
 背が伸びたが、小さな顔と華奢な体格、ウエストの細さ、足のしなやかな長さで八頭身を超えていそうだ。
 姿勢も綺麗で、お化粧をするようになって手入れをしている小麦色の肌が健康的に照り輝いている。
 
 レベッカはラムーナに、仲間以外には抱きついちゃダメよ、と注意している。
 もう、異性の劣情を誘うくらいにラムーナは魅力的な娘なのだ。
 
「じゃあ親父さん、その張りを紙処分しておいてくれ。
 
 まあ、こんな仕事だから報酬は期待はしないようにしておこう」
 
 一行は準備をすると、依頼書に書かれた場所に向かった。
 
 
 件の発掘現場に着く。
 
「…なにこれ?
 
 ただの荒地じゃないか?」
 
 ロマンが辺りを見回すが、本当に何も無い荒涼とした大地が広がっているだけである。
 
「…これから掘るんだから、当たり前だろうが」
 
 チョビヒゲの太った男がやってきて、嘗め回すように一行を見る。
 
(…でた、陰険チョビヒゲ!)
 
 ロマンは嫌そうな顔でシグルトたちの後ろに下がった。
 
「…誰かと思えば、天才児ロマン君ではないか。
 
 くっくっく…
 天才と呼ばれた君が最近大学にめっきり来ないという話を聞いていたが、まさか冒険者になっていたとはね」
 
 忍び笑いをもらすとその男は一行を確認する。
 
「…ほんとうに穴掘りができるのか?
 
 ロマン君は子供。
 そこのだらけた女に、商売女のような小娘、体格だけはある坊主のジジイ。
 
 力仕事が出来そうなのは、そこの男ぐらいではないか」
 
 あきれたように肩を落とすチョビヒゲ。
 
「俺はシグルト。
 冒険者パーティ“風を纏う者”の代表者をやっています。
 
 …失礼、初めてお目にかかるので確認しますが、貴方が依頼人のマハド男爵ですか?」
 
 チョビヒゲは胸をそらせて見下したようにシグルトを見ようとする。
 身長がまったく足りないので無理だったが。
 
「見て分からんのか?」
 
 いかにも下賎の者を相手にしている、という感じの物言いである。
 
(…ちゃんと聞けよ、陰険チョビヒゲ!
 
 シグルトはちゃんと〝初めてお目にかかるので確認しますが〟って言ってるのに)
 
 ロマンが心の中で毒づく。
 そして、誠実なリーダーの行動に、こんな馬鹿に付き合って丁寧な挨拶をしなくてもいいのに、と思う。
 
「まあ、いい。
 
 すぐに他の冒険者と合流しろ。
 詳しい説明はそいつらから受けるんだ」
 
 名乗り返すことすらせず、チョビヒゲ…マハド男爵はシグルトに命じる。
 
「俺たち以外の冒険者がいるのですか?」
 
 シグルトが尋ねるとマハド男爵は、馬鹿にしたようにため息をついた。
 
「当たり前だ、見て分からんのか?
 
 いくら体力だけが自慢の冒険者といえど、1グループでここを掘り起こすつもりか?」
 
 完全にシグルトが聞いた言葉を取り違えている。
 シグルトは〝俺たち以外の冒険者〟のことを聞いたのであって、発掘員全てを言ったわけではない。
 
(…つまり、ちゃんとした発掘要員や助手とかいないんだね。
 
 ま、この陰険の手伝いなんて誰でも嫌がるだろうけど)
 
 一行のあきれた視線など気にも留めず、マハド男爵は、分かったらさっさと合流しろ、と言い残して近くの小屋に入っていった。
 
「…せめてどんな連中が来ているか、教えてほしかったんだがな」
 
 シグルトがそういって仲間と他の冒険者グループを探そうと思ったときである。
 彼らと同じ5人組の冒険者らしき集団がこっちに向かってやってきた。
 
「お前たちも、この依頼を受けたパーティか?」
 
 筋肉質の逞しい戦士風の男が話しかけてきた。
 
「ああ。
 
 俺たちは“風を纏う者”。
 リューン郊外の『小さき希望亭』を拠点に活動している冒険者だ」
 
 シグルドがそういうと、戦士風の男の後ろにいた白髪で鎧姿の女が、どこかで聞いたような、と首をかしげる。
 
「ああ、今売りだし中の冒険者パーティだな。
 噂は聞いた事があるよ。
 
 リューンでも風に関わる名前の冒険者パーティは多いが、ここ半年ぐらいで次々と依頼を成功させてる2組のグループがあるって話だ。
 あんたたちは5人組のほうだな?」
 
 それで白髪の女は思い出したように頷いた。
 
「俺はオイリクス。
 
 冒険者パーティ“ファインダーズ”の代表をやっている。
 『山猫の鈴亭』という宿が本拠地だ。
 お前たちの宿からは少し離れているな」
 
 手を差し伸べてくるオイリクスという戦士風の男。
 ごつい手で、顔にも腕にも古い刀傷や矢傷が多い歴戦の戦士、という感じだった。
 
「シグルトだ。
 
 よろしくな」
 
 2人のリーダーががっしり握手を交わす。
 
「私はキリスよ、よろしく」
 
 さっきの白髪の女性が名乗って握手を求めてくる。
 
「俺はザック…げ、レベッカの姐御!」
 
 後ろにいた派手な衣装の男が、レベッカを見て顔を引きつらせる。
 
「お久しぶりね、ザック。
 
 今頃気が付くなんて、御挨拶じゃない。
 下町で一緒に仕事してた頃のことなんて、忘れちゃったのかしら?」
 
 人間がこんなに一度に汗を流すものなのか、というくらい冷汗をたらしつつ、ザックと呼ばれた派手な男は首を横に振って否定している。
 
「い、嫌だな、姐御…
 
 俺が姐御を忘れるはずないぜぇ。
 わはははは…」
 
 知り合いなのか、というオイリクス。
 
「俺の世代で、リューンで仕事をやった《猫》は知らない奴はいないはずさ。
 
 凄腕だったし、面倒見も良かったし、随分世話になったよ、あはは…」
 
 どこか乾いた笑みを浮かべ、ザックは額の汗をぬぐった。
 
「まぁ、いいでしょ。
 
 私はレベッカよ。
 見ての通り、このパーティの盗賊やってるわ。
 
 なんだかザックが紹介してくれたみたいだけどね」
 
 レベッカがそういうと、南方の移民風の男がのっそりとやってきた。
 年の頃が見分け難いが、50歳以上だろう。
 
「私はジェザと申します。
 
 1年ぶりですねロマン君。
 君にこんなところで会えるとは…」
 
 柔和な笑みを浮かべたジェザという男は、スピッキオに並ぶ細い目をより細めてロマンを見る。
 
「お久しぶり、ジェザ先生。
 
 先生の冒険者家業が忙しくて、先生が開いた古代の遺品に関する講義がなくなったのは、リューンの大学でも大きな損失だよ」
 
 ロマンも微笑んでいる。
 
「なんだ、こっちも知り合いか?」
 
 オイリクスが言うと、彼は私の生徒だったのですよ、とジェザが説明する。
 
「もっとも、生徒の中で一番優秀だった彼は、数回私の講義を受けただけで、全ての講義を受けた生徒の倍のことを学んでくれたのですが。
 
 彼は講師泣かせの優秀な生徒でしたよ。
 いや、生意気な教授たちが彼に言い負かされることを拝見したことがありましたが、胸のすく思いでした。
 
 また君と古代の歴史について語り合いたいものですね」
 
 ロマンが是非、と頷く。
 
「先生はあの大学でも尊敬できる数少ない講師の1人だったんだ。
 
 あ、ごめんね。
 僕はロマン。
 このパーティの魔術師をやってるんだ」
 
 オイリクスたちが目を丸くする。
 ありありと、この子供が、と顔に書いてある。
 
「彼は真の天才ですよ。
 
 知識の広さ、知性のキレ…その英邁(えいまい…才知の優れること)ぶりは大学の名物でしたからね」
 
 ジェザの説明に“ファインダーズ”のメンバーが驚いている。
 
「御挨拶が遅くなりまして、申し訳ありません。
 
 わたくしはアールレーンと申します。
 よろしくお願いします」
 
 ブロンドに青い瞳の美しい女性が頭を下げた。
 とても上品な物腰である。
 
「ふむ、その服、聖北教会の修道女殿のようじゃな。
 
 わしはスピッキオ。
 聖海教会の司祭の聖務を与かっておるが、まあ、見ての通りの爺じゃ」
 
 アールレーンと名乗った美女が、司祭さま!と目を輝かせる。
 
「聖北と聖海は言わば同じ教えを基にする近しい間の教会同士。
 
 是非、司祭さまと信仰について語りたく存じます」
 
 スピッキオは鷹揚に頷いた。
 
「信仰の研鑽こそはわしの務め。
 
 喜んでお話しよう」
 
 そういってこの2人は宗教者独特の雰囲気で話し始める。
 スピッキオがかつて自分も修道士であったことを話すと、アールレーンも嬉しそうに自分の身の上話を始める。
 まるで、孫とその祖父のような和気藹々とした雰囲気だ。
 
「私はラムーナだよ。
 
 よろしくね~」
 
 最後にラムーナが微笑んで名乗る。
 
「お前たちとは上手くやれそうだ。
 
 仕事が一緒になったのも何かの《縁》さ、よろしく頼む」
 
 オイリクスの言葉にシグルトが頷いた。
 
「《縁》か、東の方の哲学の考え方だね」
 
 ロマンが好い言葉だよね、という。
 
 そんな感じで交友を深めていたときである。
 
「おいっ、いつまでも雑談しているんじゃない!」
 
 小屋の窓からマハドが顔を出して怒鳴った。

「ふぅ…。
 
 うるさい依頼人だが、客は客だ。
 仕事の説明をするぞ」
 
 オイリクスはそういって、今回の仕事について説明を始めた。
 
 
「…要はここを掘って、出てきたものは自分たちのもの、といういわけか」
 
 説明を聞いたシグルトのシンプルな答えに、まあそうだ、とオイリクスが頷く。
 
「俺達は少し離れた場所で発掘をすることになる。
 
 そしてそこで掘り出したものは自分達のパーティのものとなる。
 まぁ、競争になるな。
 
 まぁ、競争といっても別に争うワケじゃないから、上手くやっていこう」
 
 そういうオイリクスにシグルトも頷く。
 
「あと、重要なことがひとつある」
 
 気がついたようにオイリクスが付け足した。
 
「この土地にはところどころに罠がしかけられているらしい。
 
 今回俺達冒険者に依頼したのも、それが原因らしいな。
 まぁ、殺傷力は低いから、死ぬ事はなさそうだが、注意するにこしたことはない」
 
 シグルトが、気をつけるよ、と言うとオイリクスが厳つい顔に笑顔を浮かべて、シグルトの肩を叩いた。
 
「飯と寝る場所は一緒だからな。
 発掘期間は3日ってところだ。
 
 時間が出来たとき…夜にでも話そう」
 
 シグルトがそれに応える様にオイリクスの胸を軽く拳で叩き頷く。 
 
「説明は終わったか?」 
 
 小屋からマハド男爵が出てきた。
 
 シグルトがマハド男爵の問いに頷くと、男爵は高慢な鼻息を一つ吐いた。
 
「ふんっ。
 
 じゃあ、早速発掘を開始するぞ。
 ワシはお前達を監督する
 
 …掘る場所はそこだ」

 そう言ってマハド男爵はぞんざいに近くを指差した。
 
 頷いたシグルトはオイリクスから穴を掘るための金鋤(シャベル)を受け取った。
 
 
 シグルトは道具を地面につきたてようとして動きを止めた。
 かすかな、しかも場違いな精霊の息吹を感じたのだ。
 
 土地を運ぶ手伝いをしようと言って側に来ていたラムーナが首をかしげる。
 
「どうしたの、シグルト?」
 
 シグルトは黙って自分の感じたところを掘ってみた。
 かちん、と何か固いものに当たる感触。
 
 掘り起こしてみると、それは不思議な形の小さな短剣だった。
 刃が薄っすらと熱を持っている。
 
「うわぁ~凄い!
 
 それって探してる宝物でしょ?」
 
 声に引かれてジェザがやってきた。
 
「おっ、それは【閃投刃】ですな。
 
 魔法の投擲武器です。
 投げつけると敵全てを薙ぎ払って戻ってくる武器です。
 
 威力はまあ、小さい分のそれしかありませんが」
 
 なるほど、とシグルトが頷く。
 
「資料では4本で一つの武器だそうですが、はて?」
 
 どこかに埋まっているのかもな、とシグルトはラムーナにそれを渡した。
 
 しばらく掘っていくシグルト。
 
「ねぇ、シグルト、どうしてさっきすぐに見つけたの?」
 
 ラムーナは、シグルトがそこにあの短剣が埋まっていたのを知っていたかのように掘り起こしたことを、不思議だという。
 
「なんとなくだ。
 
 勘ってやつだな」
 
 時折、お宝探し~、と元気なラムーナと掘るのを交代する。
 
 そうしてその日が瞬く間に過ぎていった。
 
「今日の分は掘り終えた感じだな。
 
 そろそろキャンプに戻ろう」
 
 オイリクスの掛け声に、一同は道具を回収し、キャンプに張ったテントに引き上げていった。
 
 
 夜、焚き火を囲んで食事をする。
 
「ふぅ、疲れたな…」
 
 オイリクスが肩の筋肉をもみながら言う。
 
「穴掘りもそうだけど、精神的にも疲れたわね」
 
 レベッカは仲間のために飲み物を用意するなどしている。
 
「まったくだぜ。

 あんなにひでぇ客、見た事ないぜ」
 
 ザックがレベッカに相槌を打つ。
 マハド男爵は何かと嫌味を言ってやる気を削ぐ。
 
「まぁ、そういうな。
 
 ここに価値のあるものが埋まっている事は確かなんだからな」
 
 ロマンが、それにしてもとぼやく。
 ことあるごとにロマンはマハド男爵に嫌味を言われたらしい。
 
「神の使徒たる、このわたくしにあのような振舞いをしたのですから、きっと報いを受けますわ。
 
 それにスピッキオ司祭を〝うすらデカイだけの爺〟などと…彼は地獄行き決定です」
 
 アールレーンがかなり過激なことを言っている。
 
「ま、まぁ、アールレーンの言う事は少し差っ引いて聞いてくれ」
 
 オイリクスが少しあきれたように言った。
 
「それがいいみたいだね」
 
 ロマンが頷くと、なんて子なの、とすねたアールレーンがそっぽを向く。
 
 一同が和やかに笑った。
 
「私、こういうの、好き…」
 
 シグルトの横で柔らかに笑いながら、ラムーナが言う。
 
 そうだな、とシグルトも頷く。
 
「さて、明日も体力と精神力を使う。
 
 そろそろ休むか」

 オイリクスの声に一同は賛成し、寝床を準備し始めた。
 
 
 夜中のこと、シグルトはふと気配を感じて起きる。
 
 見るとラムーナがテントを出て行こうとしていた。
 どうしたのか、と思い、ふと胸騒ぎを感じて後を追う。
 
 ラムーナは外の荒地に座り、じっと闇を見ながらさめざめと涙を流していた。
 
「ラムーナ…どうした?」
 
 シグルトはそういって彼女の横に座る。
 
「…うん、家族のことを思い出していたの」
 
 そういうとラムーナは、いつもの陽気な調子とは全く違う、暗い声で話し始めた。
 
 
「私の本当の名前は、レガラっていうの。
 私たちの国の言葉では、《残り物》とか《絞りかす》って意味。
 他には《使ったら最後》って意味もあるの。
 
 生まれたときには未熟児で、お父さんもお母さんも私を殺そうとしたんだって。
 
 だけど私のお姉ちゃんが、私を助けてくれたの。
 殺されそうな私を隠して、庇って、お父さんたちを説得してくれたの。
 お姉ちゃんはいつも私を助けてくれたんだ。
 
 いつもお姉ちゃんは、優しくて綺麗で好い匂いがしたの…
 
 私の国はとても貧しくて、兵隊さんが偉い国。
 そして商人さんが偉い国だった。
 
 私たちは貧しくて、兵隊さんが税でたくさん食べ物やお金を取っていくから、困って親が子供を売るのは当たり前なの。
 子供は育ててもらった恩を返すために、親に尽くすように育てられるの。
 
 だから、親の役に立てない子供は売られちゃう。
 
 価値が無くて売れない子供は足を切られて、同情を誘うようにして物乞いをするの。
 足を切るのはお父さんやお母さん。
 それでも役に立てないと、崖から突き落とされて殺されちゃう」
 
 壮絶な話を淡々とするラムーナ。
 
「私も足を切られそうになったんだ。
 私は背が低くて痩せてたから、売れなかったんだって。
  
 そのときもお姉ちゃんが助けてくれた。
 お姉ちゃんは、私に歌と踊りを教えてくれたの。
 
 お姉ちゃんが仕事をするとき、お客さんを呼ぶために目立つ必要があったから、私一生懸命覚えたわ。
 
 私のお姉ちゃんは春を売るのが仕事だった。
 一晩、お金持ちの商人さんや兵隊さんと一緒にすごしてお金をもらうの。
 でも、お姉ちゃんは仕事の後、いつも悲しそうだった。
 
 そしていつも私に言ってた。
 〝貴女だけは私のようになっちゃだめよ〟って。
 
 お姉ちゃん以外にも私には兄弟がいたけど、お兄ちゃんのうち1人は威張ってばかりだった。
 もう1人のお兄ちゃんは凄く意地悪だった。
 末の弟は身体が大きくて、たくさん食べた。
 
 私の国では女の人は男の人の言うことを絶対聞かなきゃいけないの。
 だから私はお姉ちゃんとお母さんと一緒に仕事をして、お金を稼いで、そのお金をお父さんがお酒に変えたり兵隊さんに渡すの。
 
 今から思うと悲しい生活をしてたと思う。
 でもそれが普通だと、何も感じずに、ああそうなんだって思うの。
 
 でも私は運がよくて言葉が分かるようになったから、なんとなく私の国が悲しい国なんだって分かったんだ。
 
 西からクレメント先生がやってきて、教会で言葉を教えてくれたの。
 お姉ちゃんは西の言葉が分からないからって、言葉を知りたがってたから、私一生懸命覚えたわ。
 
 それで私、字を書けたし、読めたし、数も分かった。
 だから、うそつきのお客さんはすぐに見抜いたし、おふれの張り紙だって読めたんだよ。
 
 私が踊って、優しいお金持ちのお客さんを呼んで、たくさんお金を稼いで…
 あるとき、お姉ちゃんを身請けしたいっていう商人さんがあらわれたの。
 
 私にも贈り物をくれて、お姉ちゃんのことを働かせないようにって、何日分ものお金をくれた。
 お姉ちゃんもその人と一緒のときは嬉しそうだった。
 
 だけど、戦争が始まって、お姉ちゃんを身請けしてくれるって人は殺されちゃった…
 お姉ちゃん、そのとき隠れて泣いてた…」
 
 あのくりくりと愛らしい瞳は、今は硝子玉のように感情を感じさせない。
 
「そして、一番上のお兄ちゃんが兵隊さんになって、すぐ死んじゃった。
 
 お金持ちの商人さんが来なくなって、けちで乱暴な兵隊さんの相手をしてたらお姉ちゃん、病気になっちゃった。
 すぐ上のお兄ちゃんは泥棒して兵隊さんに殺されちゃった。
 下の弟も流行り病で死んじゃった。
 
 お母さんは、病気のお姉ちゃんに無理させようとしたお父さんを止めて殴られて、動けなくなって、すぐに死んじゃった。
 
 お姉ちゃんはお父さんに無理やり仕事をさせられて、次の日血を吐いて…」
 
 つうっとラムーナの頬を涙が伝う。
 
「そのときのお姉ちゃんは、凄く痩せてた。
 そして、お昼頃に死んじゃった…
 
 もうお酒の飲みすぎで、1人でお金を作れないお父さんは、私を売ったの。
 
 商人さんに私を売るとき、お父さんが言ってた。
 
 〝お前は俺の子供じゃない。死んだ淫売があの糞忌々しい兵隊に犯されて出来た子供だ〟って。
 
 だから私はレガラ。
 使ったら最後の《搾りかす》なんだって…」
 
 話し終えたラムーナはうつむく。
 
「そのあと、私は船に乗せられてあちこち連れまわされたんだ。
 
 だけど私は痩せてて、背が小さくて。
 それにちょうど目の上に物貰いができてたから、醜いって買い手が無くて。
 
 だから買い手がつくまで逃げないようにって、足の指に穴をあけられて、船の底にいたの。
 
 だけど途中で凄く船が揺れて、沈んじゃって、私は手枷がゆるかったから外れて、流されないように浮いてた板にしがみついたのは憶えてるけど…
 足が痛くて、苦しくて気を失って。
 
 流れ着いた私を、親切な漁師のおじいさんが助けてくれたの。
 浜で気を失ってたんだって。
 
 おじいさん、御飯をくれて優しくして…
 でも自分も貧乏で御飯が無くて、自分の食べる分をくれるから、私お礼を言って出てきちゃった。
 
 そうして行くあても無くて、歩いてたら、ロマンが怖い人たちに絡まれてて。
 本当はああいうところで、助けに入ると殺されちゃうから、助けちゃ行けないって言われてたんだけど、私はもう《搾りかす》でいらないから、死んでもいいかなって、助けようとして…
 
 えへへ、足が痛くて滑って失敗しちゃった」
 
 そしてラムーナはシグルトを見上げる。
 
「でもね、シグルトがいたの。
 
 ロマンを助けて、〝頑張ったな〟って笑ってた。
 …お姉ちゃんみたいに優しい顔をしていたの。
 
 そのときね、そのときに…シグルトと、家族になりたいなって思ったの」
 
 涙に濡れた少女の瞳は、少し怯えるようにシグルトを見つめている。
 シグルトは柔らかに微笑んで、その頭に手を乗せた。
 
「…じゃあ、もう大丈夫だな。
 
 俺とラムーナは《パーティ》ていう家族だからな」
 
 シグルトがそう言うと、ラムーナはしがみついて涙を流した。
 優しくその背を撫でてやる。
 
「…その中にはもちろん私もいるわよね~?」
 
 シグルトがため息をつく。
 
「隠れて聞くのは盗賊の本分だろうが、素人が一緒だと気配が筒抜けだぞ」
 
 その言葉に従って、隠れて無いよ~とロマン、うむ出る機会を失ってな…とスピッキオが出てきた。
 
「…みんな…」
 
 涙でぼやけるラムーナを、レベッカが優しく抱きしめる。
 
「私は、あんたの姉ちゃんほど好い人じゃないけどさ。
 
 あんたは私の可愛い妹よ。
 私の両腕にかけても、ラムーナは私の大切な家族よ」
 
 レベッカは盗賊が何よりも大切にする両手にかけて誓い、ラムーナの頭を撫でながらその瞳をじっと見る。
 冷酷な彼女とは思えないほどの優しい眼差しだった。
 
「私はね、抜け殻だったのよ、あんたたちと出会うまではね。
 
 汚れた仕事も、悪いこともたくさんやってきたけど、いっつも満たされてなかった。
 あげくは酒と美味しいもの食べて逃げて、だらけていただけ。
 
 だけど、今はあんたたちと楽しくやってる。
 私は苦い味の泥を何度も啜ってきたけど、今あんたたちと日向の匂いをいっぱい浴びてる。
 この冷酷非情な盗賊の私をこんな気持ちにさせたんだから、責任取りなさい。
 
 あんたたちがどう思ってても、みんなこのレベッカ姐さんの大切な身内なんだからね。
 
 でも、ラムーナは中でも特別。
 
 同じ女だもの。
 
 お姉ちゃんになれるのは私だけなんだからね」
 
 そう言ってまたラムーナを抱きしめる。
 だらけたいつものレベッカではなかった。
 ラムーナをしっかりと抱擁している姿は、まるで生まれた聖人を抱いている慈母のように美しい。
 
「うん、血はつながってないけど絆のある家族だよね。
 
 血よりも濃い絆ってあると思う。
 大人の残した言葉にしては、好い言葉だよ」
 
 ロマンがそういって素直に微笑む。
 
「わしはお前たちとの出会いを神に感謝しておる。
 
 わしが目の当たりにしてきたいかなる奇跡も、この尊い《出会い》という奇跡には及ぶまい。
 共に歩もう、家族という聖域を作りながら」
 
 そういって十字を切ったスピッキオはとても優しい顔をして、細い目をさらに細めた。
 
「俺は“風を纏う者”という家族として集えたことを誇りに思う。
 
 たとえ果てる場所が違っても、誰かが先に逝くとしても、俺の命が無くなるとしても。
 俺は忘れずに、この心にお前たちの存在を刻んでおく。
 おまえたちを、掛買いの無い名誉に思う。
 
 集えたことを、ともに歩めることをお前たちに感謝する。
 
 ラムーナ、ありがとう…俺を家族と思ってくれて」
 
 シグルトがラムーナの手をしっかりと握り締めた。
 レベッカが、ロマンが、スピッキオが、その手に自分の手を重ねてみせた。
 
「ここに絆の風を纏って誓おう。
 
 俺たちは“風を纏う者”。
 
 冒険者のパーティという、掛替えのない家族だ」
 
 空が白んでくる。
 まもなく日が昇ろうとしている。
 
 でもラムーナは涙で潤んだ瞳を喜びで満ち溢れさせ、大きく頷いて、輝くお日様のように、にっこりと笑った。 
 

 朝になった。 
 
「おはようございます」
 
 ジェザが顔を拭く手を止めて朝の挨拶をした。
 
「おはよう、先生」
 
 ロマンが挨拶を返す。
 
「疲れは取れたか?」
 
 オイリクスがシグルトたちに声をかけた。
 
 シグルトたちは少し眠そうな雰囲気である。
 顔に生気がみなぎっているのだが。
 
「…眠そうだが、問題はなさそうだな。
 
 あの依頼人に、まぁ、体力が資本なところを見せてやらないとな」
 
 キリスがやってきて、食事の準備が出来たことを告げる。
 
「ごめんなさいね。
 
 明日は私たちがやるわ」
 
 レベッカがそういうとキリスは、気にしないでいいのよ、と微笑んだ。
 
「冷めないうちに、食っちまおうぜ~」
 
 火の番をしているザックが、人数分食器に食べ物をより分けながら、仲間たちに声をかけている。
 
 “風を纏う者”と“ファインダーズ”の面々は、各々食器を受け取ると朝食を取る。
 
「豆のスープね。
 
 作ったのはザックかしら?」
 
 レベッカがスープを啜りながら尋ねる。
 
「さすが姐御。
 
 やっぱり分かるか?」
 
 ザックが得意そうに胸を張った。
 
「うん、この塩味と隠し味、私が教えたやつでしょう?」
 
 御名答~、といってザックが指を鳴らす。
 
「冒険者やってて、一番助かったのがこの技術だ。
 
 組み始めた頃は作った飯が不味くてよ。
 姐御に教え込まれた飯を作って振舞ったら、受けるの何の。
 
 不味い飯は食うな、っていう姐御の言葉は俺の座右の銘だぜ」
 
 相変わらず調子いいわね~二枚舌が、とレベッカが薄く笑う。
 
「なるほどな…
 
 だとしたら俺も感謝しなくちゃならんな。
 飯が美味いのは大切なことだ」
 
 “ファインダーズ”の面々は、まったくだ、と頷いている。
 
 一行は食事を終えると準備をし、マハド男爵のいる小屋の前に集合する。
 
「お前達、ちゃんと起きてるか?」
 
 定時に少し遅れてマハド男爵が小屋から出てきた。
 
「大丈夫ですよ」
 
 ジェザが柔和な顔で返答する。
 
「じゃあ、早速今日の予定の個所を掘るぞ。
 
 ぐずぐずするな」
 
 遅れてきたくせに、とロマンが聞こえないようにぼそりと呟く。
 ザックが、へ~い、と力ない返事をした。
 
「掘る場所はそこだ」
 
 そう言ってマハド男爵はぞんざいに近くを指差した。 
 そこには神殿の屋根らしきものが見えている。
 
 見ればそれほど大きな神殿ではないようだ。

「掘ったって実感が少しは沸くな~」
 
 ザックが金鋤の柄で肩をぽんぽん叩きながら言う。
 
「じゃあ、始めるか」
 
 オイリクスの掛け声で一同は作業を再開した。
 
 
 張り切ったラムーナが一生懸命掘っている。
 
「あ、何かあったよ~」
 
 シグルトが近づいてみると、それは昨日見つけた【閃投刃】という小さな短剣にそっくりだった。
 
「おっ、2つ目ですな」
 
 何時の間にかやって来たジェザが言う。
 
「この分だと、残りの2つもここにありそうですな」
 
 シグルトが残り2つがどんなものか知ってるのか、と言うと、これでも古代の遺品研究が専門ですからな、とジェザが微笑む。
 
「炎と氷は既に見つけられましたからな、残りは闇と聖でしょう。
 
 闇は敵を中毒状態にするそうです。
 聖は不浄なる存在に強力な打撃を与えるという話ですな」
 
 ロマン君も詳しいですぞ、と目を細めるジェザ。
 
「じゃ、頑張って残り全部探そうよ~」
 
 ラムーナの声に、頑張るかとシグルトが道具を手に取る。
 
「こちらも負けてられませんな。
 
 頑張ると致しましょう」
 
 ジェザは、ほほ、と笑って去って行った。
 
 シグルトが作業をしていると、妙なものを掘り起こした。
 
「…何だ?」
 
 首をかしげているシグルトのところにラムーナが駆け寄ってきた。
 
「…しっぽ?」
 
 2人が首をかしげていると、そこを通りかかったザックが、おお~!と声を上げた。
 
「それは【ねずみしっぽ】じゃないか!」
 
 ラムーナが、知ってるの、と小首をかしげる。
 
「ああ。
 
 なんでも幸運のお守りだとか、強大な力を持てるだとか、いろいろ言われてるぜ」
 
 シグルトがそれを摘み上げる。
 ちょっと大きな鼠の尻尾にしか見えない。
 
「詳しいことは知らね~けどな。
 
 まぁ、持ってくトコ持ってけば、かなりの値がつくって話だ。
 もうけたじゃねぇか」
 
 そうだといいがな、とシグルトがラムーナに【ねずみしっぽ】を渡す。
 
「なんにせよ、あんた等ついてるな。 
 
 俺達も頑張るとするか。
 じゃあな」
 
 ザックはマハド男爵がこっちを睨んでいるので、仕事に戻った。
 
 シグルトたちも穴掘りを再開する。
 
「…ん?」
 
 シグルトがまた何かを見つける。
 
「うわ~、綺麗な石。
 
 なんだろう?」
 
 ラムーナもシグルトの周りを駆け回りながら観察している。
 
「あっ、碧曜石ね」
 
 シグルトたちに水袋を届けに来たキリスが言った。
 
「もしかして、魔法の武具を作るときなんかに使うやつか?」
 
 キリスが頷く。
 
「ほら、鉱石って単体でも結構綺麗じゃない?
 
 それだけでも結構価値があるんじゃないかしら?」
 
 シグルトは髭面の銘匠を思い出して頬を緩めた。
 
「ブレッゼンの爺さんに、好い土産が出来たな」
 
 キリスが驚く。
 
「ブレッゼンって、あの有名な“神の槌”でしょ?
 
 知り合いなの?!」
 
 ああ、と言ったシグルトは作業場の近くに大切に置かれている剣を見た。
 
「…すごいわね、あのブレッゼンに武具を作ってもらえるなんて。
 
 前に美術商にブレッゼン銘の短剣を見せてもらったことがあるけど、銀貨七万枚の価値だったわ」
 
 シグルトたち冒険者にはまったく縁が無い金額である。
 
「その話を聞いたら、爺さんが悲しむかも知れんな…」
 
 眉をひそめるシグルトに、そういう人なのとキリスが尋ねる。
 シグルトが頷いた。
 
「そう。
 
 ま、雑談はここまでにしておきましょう。
 依頼人が睨んでるし。
 
 だいぶ掘ったし、後半分ぐらいだと思うから、頑張ってね」
 
 そういうとキリスは去って行った。
 
 シグルトとラムーナは日陰に置かれて冷たい水を美味しくいただくと、また作業を開始した。
 
 “ファインダーズが”罠を引き当てて騒いだりもしたが、シグルトたちは何事もなく作業を終える。

「今日はここまでにして、キャンプに戻ろう」
 
 シグルトの声に一同がほっとしたように集まってきた。
 

 夜…
 
「うぁ~、今日は疲れちまったぜ」
 
 ザックが寝転がって文句を言っている。
 
「今日は随分いいものを掘り起こしたんだって?」
 
 オイリクスがどっかとシグルトの横に腰を下ろす。
 
「ああ。
 
 あんたんとこの仲間にいろいろ教えてもらったよ」
 
 シグルトが微笑むと、オイリクスがため息をついて肩を落とした。
 
「俺たちは散々だ。
 
 初日は、最初の発見だって喜んでみればただの骨だったし、今日は罠にかかってけが人が出る始末だ。
 …あんたんとこの爺さん、凄いな。
 
 あの依頼人が高い薬を売りつけようとした前で、一発で俺たちの傷を治してくれたよ。
 あのチョビヒゲが引きつる顔を見れたのが、今日の一番の収穫だったな」
 
 オイリクスの横にキリスが座る。
 
「ホント、あの依頼人には嫌になるわ」
 
 ロマンが、嫁に行きたくないナンバーワン、と冗談めかして言うと女性人が大きく頷いた。

「まぁ、そう言うな。
 
 予定では明日で発掘は終了だ」
 
 オイリクスが頑張ろう、と声をかけている。
 
「今日も沢山掘ったからな~」
 
 ザックが首をこきこき鳴らしながらやってくる。
 
「そうだ。
 キリス、ザック。
 
 アレをやってくれ」
 
 それを聞くとキリスとザックは、顔を見合わせてニヤリと笑い、テントに向かっていく。
 
「…ん?」
 
 シグルトが首を傾げるとオイリクスが足を伸ばしながら似合わないウインクをした。
 
「キリスとザックの特技でな。
 
 まぁ、多少は疲れが取れるさ」

 そうしている間に、キリスは変わった形の竪琴を、ザックは琵琶(リュート)と鼓楽器(パーカッション)がセットになったような楽器を持ってきた。
 
「なるほど、演奏会というわけか」
 
 シグルトが焚き火に薪をくべながら微笑む。
 
「ま、大して上手くは無いがな」
 
 オイリクスの言葉に、あっひでぇ、とザックが抗議の声を上げる。
 
「冗談だよ。
 
 さっ、やってくれ」
 
 オイリクスが言うと、2人はそれぞれの楽器をひき始めた。
 
「上手いものだな」
 
 また腰を下ろしたシグルトは、一つ頷く。
 
「ああ。疲れた時や行き詰まった時、これにどれだけ助けられたことか。
 
 それだけじゃない。
 ジェザさんにもアールレーンにも、俺は沢山助けられている。
 良い仲間を持ったよ」
 
 酒の入ったカップを持ってきたアールレーンが、改めて言われると照れますね、と頬を赤らめているが酔っているせいだけではないだろう。
 
「まぁ、そう照れるな。
 
 こんなこと滅多に言わないんだからな」
 
 シグルトは目を細めてその様子を眺めていたが、気がついたようにラムーナを呼ぶ。
 
「せっかく音楽があるんだ。
 
 自慢のダンスを見せてやれよ」
 
 その声に、ラムーナが、ぱぁっと笑顔になって駆けていく。
 そして音楽に合わせて、即興の見事なダンスを踊りだす。
 
 ロマンやレベッカも手拍子を打ち始める。
 
「…ものすごく上手いな」
 
 “ファインダーズ”のほかの面々は、すっかりそれに魅せられてぽかんとしている。
 
「ああ、専門家だからな」
 
 昨日の涙などまったく無いように、ラムーナは楽しそうに踊っていた。
 
「…いいパーティだな」
 
 シグルトがラムーナに手を振りながら、素直に“ファインダーズ”を賞賛する。
 
「ありがとう。
 
 お前達もな」
 
 はにかんで返すオイリクス。
 2人はしばらく、音楽とダンスに時を忘れていた。
 
「なあ、オイリクス。
 
 あんたは何故冒険者になったんだ?」
 
 シグルトが唐突に聞く。
 
「俺か?
 唐突な質問だな。

 …そうだな。
 
 俺はもともと傭兵をやっていたんだ。
 傭兵同士のつながりってのはあるけど、やっぱり最終的には個人の生きる力がものをいう世界だ。
 
 冒険をやったのは、ほんの小さなきっかけだ。
 もう憶えていないよ。
 
 だが、そのとき組んだ仲間との絆のようなものに強く惹かれてな。
 傭兵時代には得られなかったものだ。
 
 で、それ以来、同じ仲間とずっと一緒にやってきてるってわけだ」
 
 なるほどな、とシグルトは首肯した。
 
「そういうシグルトは、どうして冒険者をしているんだ?」
 
 オイリクスが尋ねると、シグルトは空を見上げる。
 星が瞬いて美しい。
 
「…最初は仕事なら何でも良かった。
 食っていければいいと、選んだ仕事だったよ。
 
 だが、今は家族がいるからだ。
 パーティっていうか大切な家族ができたから、この仕事を続けていきたいと思ってる」
 
 とても大切そうに、シグルトは《家族》と口にする。
 
「スピッキオは信心深く俺たちを護ってくれる親父。
 レベッカは抜け目の無い頼りになる姉貴。
 ラムーナは踊りの上手い愛らしい妹。
 ロマンは頑張り屋の賢い弟。
 
 皆、俺の自慢の《家族》だよ。
 
 あんたの言う仲間の絆に似てるな」
 
 そうか、とオイリクスは微笑む。
 
「家族か…」
 
 シグルトは目を閉じて知り合ってからの冒険を思い出す。
 
「ああ。
 
 俺がここにこうしていられるのも、全てあいつらのおかげだからな。
 
 何度も死線を一緒に乗り切ってきた。
 くじけそうなときに支えあってきた。
 
 仲間って言葉もいいが、俺にとってあいつらは大切な身内で、家族だよ。
 
 だから俺はあいつらと一緒に、冒険者をやってるんだ」

 オイリクスが優しそうな顔で大きく頷いた。
 
「…お互い、いいパーティに恵まれたな」

 焚き火の弾ける暖かな輝きを見つめながら、シグルトとオイリクスは、乾杯する。
 
「“ファインダーズ”という素晴らしい仲間に!」
「“風を纏う者”という素晴らしい家族に!」
 
 カップの打ち合う涼しげな音。
 
 2つの素晴らしいパーティの夜は更けていくのだった。
 

 朝になった。
 
「おはよう」
 
 キリスがキャンプセットを整理しながら言う。
 
「おはよう~」
 
 ラムーナは元気に挨拶をしている。
 
「疲れは取れたか?」
 
 オイリクスが髭を剃りながら言う。
 
「ああ」
 
 シグルトは道具の整備をしていた。
 
「しっかり頼むぞ。
 
 まぁ、今日で最後だ。
 お互い頑張ろう」
 
 2人は腕の甲をを軽くぶつけ合って挨拶した。
 
「食事の用意が出来たわよ~」
 
 冷めないうちに食おう、と2人も集まりだした仲間の下に急いだ。
 
 
「あら、これは美味しいわね」
 
 キリスが目を丸くする。
 
 その日の朝食は鍋の底で練った粉を薄く焼いたパンだ。
 間に香草や肉などの具をソースと一緒に挟んで食べる。
 
「とっておきのチーズがあったからね」
 
 はさまれたチーズの甘い香りに、食が進む。
 
「はぁ、やっぱ姐御は料理が上手いな~」
 
 ザックがそういいながらパクパクと食べていく。
 
「肉は干し肉を戻した者だから、少し味気ないけどね。
 
 本当は焼いた肉を使うと美味しいんだけど、携帯食で作れる食事って限られてるからさ」
 
 ほんのり効いた香草の香りがチーズとよく合う。
 
「いや、あの材料でこれだけのものが作れるんだからたいしたものだ。
 
 ザック、暇なときに習っておけ。
 これは美味い」
 
 皆御機嫌である。
 
 そこに、マハド男爵が小屋から出てきた。

「お前達、ちゃんと起きてるか?」
 
 横柄なマハド男爵の態度に、食事を邪魔された一同は不機嫌な顔である。
 
「起きてますよ、見てのとおり食事中です」
 
 オイリクスが答える。
 
「じゃあ、早速今日の予定の個所を掘るぞ。
 
 これで最後だ。
 ぐずぐずするな。
 
 食事など終わりにしろ!」
 
 そこでレベッカがすっと立ち上がった。
 
「まだ予定時間じゃありませんわ。
 
 男爵閣下ともあろう方が、まさか朝食の時間を縮めるような無粋で愚かなことはしないと思いますが…」
 
 むっとした男爵にレベッカは艶然と微笑む。
 
「朝食で身体を養うのは勤労の素。
 
 寛大な男爵閣下、お分かりいただけますわよね?」
 
 かなりの迫力である。
 怯んだマハド男爵は、さっさとするんだぞ、と言い残して小屋に引っ込んでしまった。
 
「…けっ、肥満野郎が。
 
 薄汚いチョビヒゲ見せるんじゃないわよ、飯が不味くなるじゃない」
 
 ラムーナと何故かザックが震えていた。
 
「あの男爵、泣くぞ、絶対泣かされるぞ…」
 
 ザックが似合わない十字など切っている。
 
「なんだ、ザック。
 
 お前レベッカのことが怖いのか?」
 
 オイリクスが聞くと、ザックは黙って頷く。
 
「姐御の飯を邪魔するってことは、俺たち姐御を知ってる連中にとっては〝弓を構えた兵隊に挑むより馬鹿〟って言われてたんだ。
 
 とても面倒見の好い人なんだが、本気で怒ると相手が貴族でも破滅させるって武勇譚があるんだぜ。
 
 飯と酒をこよなく愛するひとだからな。
 前にあの男爵みたいな無粋なまねをしたギルドの幹部が、姐御に弱みをばらされて左遷されたのは有名な伝説さ」

 そんなこともあったわね、とレベッカはけろりとして食後の薬湯を啜っている。
 ザックは、褒めてるんですぜ、と腰が低い。
 
「む、ザックのやつも泣かされた口か?」
 
 オイリクスの問いに、さあ、とシグルトは肩をすくめた。
 
 
 食事を終えた“風を纏う者”と“ファインダーズ”の面々は現場に集合する。
 神殿は扉の部分まで見えている。
 
「もう少しふんばれるというものですな」
 
 ジェザの言葉に一同が頷く。

「じゃあ、始めるか」
 
 オイリクスの言葉に頷いて、一行は穴掘りを再開した。
 
 
「…なにかあるな」
 
 シグルトはズシリと重い一本の斧を掘り起こした。
 なかなかの値打ち物のようである。
 
「困ったな、俺たちの中で斧を使うやつはいないし…」
 
 それはどうやら魔力も宿っている様子だ。
 シグルトはそれを荷物袋にしまう。
 
(また後で、しっかり調べてみよう)
 
 そしてシグルトはまた穴掘りを再開する。
 
「何かあった~?」
 
 ラムーナが土を置いてから戻ってくる。
 
「ああ実は…」
 
 シグルトの持つ金鋤がまた何かを捕らえる。
 
「…なんだか大当たりだな。
 
 ラムーナ、手伝ってくれ」
 
 掘り起こしてみると、それは例の【閃投刃】という短剣である。
 
「すご~い、シグルトって宝探しの天才だね!」
 
 シグルトは苦笑して【閃投刃】をラムーナに渡す。
 
「これで三つ、あと一つだな」
 
 そういって土を起こしたシグルトは、なにやらおかしな像を掘り起こす。
 
「なんだ、こりゃ?」
 
 なんとも間抜けな格好の像である。
 
 そこにアールレーンが通りかかった。
 
「あら、それは古代の神をかたどったものです。
 
 大して価値はないでしょうが、酒代ぐらいにはなるかもしれませんよ」
 
 そうか、といってシグルトはラムーナに像を渡す。
 ラムーナが像とにらめっこをしてすぐに吹き出した。
 
「これって、変な顔~」
 
 シグルトは微笑みながら自身に付いた土埃を払う。
 
「今度は私が掘るね!」
 
 ラムーナは元気に駆けて来る。
 シグルトは金鋤をラムーナに渡すと青い空を眺めて、一休止した。
 
「こ~こ~ほ~れ~♪
 
 ザックザック~♪
 
 石ころポイッ!、土はエイッ!
 
 今日も楽しく穴を掘る~♪」
 
 妙な自作の歌を歌いながら、ラムーナが一生懸命掘っている。
 
「そ~れ、あっ!」
 
 ラムーナが何か見つけた様子である。
 
「どうした?」
 
 シグルトが聞くと、ラムーナは得意そうに金色の石を取り出した。
 
「これは、例の鉱石の一種みたいだな」
 
 お宝、お宝と飛び跳ねて喜んでいるラムーナ。
 だが、唐突にへたり込んだ。
 
「あはは~、ちょっと疲れちゃったかな」
 
 張り切りすぎたかもな、と言ってシグルトとラムーナはしばし休息を取る。
 
「うお~!!!」
 
 遠くで“ファインダーズ”の面々が罠を発動させたようだ。
 
 慌ててスピッキオとアールレーンが走っていく。
 マハド男爵が大声で怒鳴っていた。
 
 
 その後、穴掘りは順調に進み…
 
「…やったね~」
 
 ラムーナがニコニコしている。
 
「…そうね」
 
 キリスが汗を拭きながら微笑んだ。
 
「…こうしてみると、苦労した甲斐があったな」
 
 神殿の扉を前に、一行は感無量、という表情だ。
 
「おおっ、やったぞ!
 
 これでワシも学会に名が売れる!
 もうビーンズなんかにでかい顔はさせるものか!!」
 
 大声で叫んでいるマハド男爵の声に、一同気分を害したような顔になる。
 
「…水をさす奴もいるがな」
 
 オイリクスの言葉に、シグルトも頷いてため息をつく。
 
「さ、さっそく中を拝見するぞ!!」

 そう言うとマハド男爵は神殿に駆け寄って行った。 

「ま、待て!
 
 罠がしかけられてるかも知れない」
 
 オイリクスが慌てて追いかける。
 
「ふんっ!
 
 埋もれた神殿に罠などあるものか」
 
 そう言うマハド男爵に、レベッカが冷たい目で言う。
 
「なるほど。
 
 じゃ、これで私たちの依頼は終わりってことで、構いませんよね?」
 
 その言葉に、ふん、とマハド男爵は鼻息で応えた。
 
「ああ、構わんとも。
 
 とっとと帰るがいい、体力馬鹿どもが!!!」
 
 そういうとマハド男爵は神殿に駆けていく。
 太っている身体からは想像できない早さである。
 
「お、おいレベッカ…」
 
 オイリクスが、まずいだろ、と言う。
 
「おお~!
 
 ワシの神殿~!」
 
 マハド男爵はオイリクスの制止も聞かず、神殿の前まで行ってしまった。
 
「さ、帰りましょうよ。
 
 あのチョビヒゲに付き合うのはもううんざりだわ」
 
 レベッカの手には何時の間にかマハド男爵と交した契約書が握られている。
 
「ふふふ、今朝のうちに神殿が掘れたら仕事が終わりになるように手を打っておいたのよ。
 
 はい、“ファインダーズ”の分」
 
 目を丸くして受け取るオイリクス。
 
 その後ろで、マハド男爵が神殿の扉に触れた。
 
「「神聖なる神殿を犯すものは誰だ…!!」」
 
 そこにいる全員の頭に、直接声が響いた。
 
「な、なんだ!?」
 
 マハド男爵がうろたえた様子で周囲を見ている。
 
「あ~、やっぱりあったか。
 
 なんとなくこうなるような気がしていたのよねぇ」
 
 レベッカがのんびりとした口調で言った。
 
「「信徒たる証を示せ…!!!」」
 
 また声がする。
 
「…なっ!
 
 ワシはマハド男爵だぞ!」
 
 律儀に応えてしまうチョビヒゲ男。
 
「ば、ばかっ!」
 
 キリスが止めようとするがもう遅い。
 
「「…汝らを侵入者とみなす!!!」」
 
 ザックがへたり込む。
 
「ああ…やっちまった!」
 
 突然地面が振動を始めた。
 
「な、なんだ!
 
 なんなんだ!?」
 
 驚くマハド男爵の前で一行が掘り起こした土が蠢き、何かの形を作り始めていた。
 そして、大量の土砂が完全な形になったとき、そこには土の巨人が現れていた。
 
「で、でかいっ!」
 
 オイリクスが目を見張った。
 
「10mはありそうですな…」
 
 あっさりとした口調でジェザが言った。
 
「なに落ちついてるのよっ!
 
 逃げるわよ!」
 
 キリスが真っ青な顔で怒鳴る!
 
「ふ、ふざけるなっ!
 
 ワシの神殿はどうなる!」
 
 マハド男爵が慌てて怒鳴り返す。
 
「…無視だ、無視!」
 
 ザックも逃げ出している。
 みるみる土の巨人が近づいて来た。
 

「ひっ、ひぃ!
 
 お前等、ワシを守れ!!」
 
 そこでレベッカが、マハド男爵に今までの仕事を終えたことを証明する契約書を突き出す。
 
「残念だけど、それは出来ないわ。
 
 私たちの仕事は穴掘りで、しかも終わってるし。
 もし助けてほしいのなら、この契約書にサインかシール(封印)を下さる?」
 
 ちゃっかり熱した封蝋とマハド男爵の印まで持ち出して来て、敵と戦ったら五百枚ずつ銀貨を払うという契約書を2枚用意している。
 
「な、そんなことできるか!」
 
 マハド男爵が言うと、じゃあ、お好きな形でぺしゃんこになってくださいな、と告げて去ろうとするレベッカ。
 
「わ、分かった!
 
 押す、印を押すから助けてくれ~」
 
 契約書を引っつかむと、慌ててレベッカの指差す部分に印を押す。
 
「ん、じゃ、シグルト…
 
 ちょっとこの人担いでくれる」
 
 シグルトがマハド男爵を回収し、一同は全速力でその場から離れる。
 
「レベッカ…
 
 お前、こうなること知ってたな?」
 
 オイリクスが聞くと、まぁね、と頷く。
 
「ロマンがあの扉に書いてあった文字を読んでくれたのよ。
 
 信徒の証を示さないと、命は無いとか書かれてたけど、私たちの仕事はあくまでも穴掘りだから、あの男爵に伝える義務は無いし。
 ま、あんたたちや、うちのがやりそうになったら止めるつもりだったから…」
 
 苦い顔をしてザックが聞く。
 
「だが、姐御…
 
 あんな化け物、どうすんだよ!」
 
 それにレベッカが巨人の足を指差す。
 見ると動きが鈍い。
 
「一度掘り起こした土だから、あんたたちの道具を踏んだところなんて、ほら…」
 
 みれば金鋤を踏んだ部分が、ぼろぼろと崩れている。
 
「今なら、総出でかかれば勝てるでしょう?」
 
 オイリクスは開いた口がふさがらない、という様子だ。
 
「はい、護衛の依頼で男爵から追加報酬に銀貨五百枚むしりとっておいたから。
 
 あんたたち、あんまり今回はもうからなかったんでしょ?
 足しになさいな」
 
 ザックに、先ほどマハド男爵の印を押した契約書をぽんと渡す。
 
「用意がよすぎるぜ…やっぱ、姐御はすげぇ」
 
 レベッカはマハド男爵を離れた場所に置いてきたシグルトに簡潔に事情を伝える。
 
「ラムーナ!
 
 土人形退治よ。
 こいつで崩して、皆でたこ殴り、と行きましょう!!!」
 
 ラムーナに金鋤を渡す。
 がってん承知さ~とラムーナが妙な敬礼をした。
 
 レベッカの言葉に頷いた一同は武器を構え、土の巨人を迎え撃った。
 
 
「とりゃぁぁ!!!」
 
 ラムーナが気合一閃、巨人の左足をスコップで崩す。
 
 一斉に攻撃すると、見る間に土が当たりに散っていく。
 ロマンの魔法が、右足の踏みつけを封じていた。
 
 ラムーナがもう片方の足を崩し、戻ってきた勢いで止めとばかりに左足を蹴り砕いた。
 
 その間に“ファインダーズ”が協力して右足を完全に破壊する。
 
 どしゃ、と足を失った巨人が胴の部分まで落ちてくる。
 
「次は腕だ!」
 
 ぶんぶん振り回される腕を避けつつ、シグルトが叫ぶ。
 
 連携攻撃で腕も見る間に粉砕されていく。
 
「やるな、お前たち!」
 
 オイリクスたちの言葉に、あんたたちもな、と返すシグルト。
 
 みればラムーナが踊るように遠心力をつけ、スコップで腕を粉砕していた。
 同体もその一撃で崩壊していく。
 
「…あの娘、すごいな」
 
 オイリクスが唖然とした。
 
「ああ、頼りになる」
 
 そういうシグルトの前で、土が崩れて拡散した。
 
「ああ、神殿が埋まる!
 
 止めろ、止めるんだ~!!」
 
 後ろでマハド男爵が叫んでいるが、2つのパーティは見事に無視した。
 
「最後は頭か!」
 
 シグルトとオイリクスは頷きあい、互いの得物を構えて走り出した。
 
 土に混じった石の破片で傷つきながらも、アールレーンの癒しを受けながら、ラムーナが敵の防御に穴を開ける。
 
 一同が削る土の巨人の体。
 
 しかし、土の巨人は最後の抵抗とばかりに、凄まじい叫び声をあげる。
 その攻撃で皆が吹き飛んだ。
 
「うぁ、耳が…
 
 なんて声、出すんだよコイツ!」
 
 ロマンが耳を押さえながらよろめく。
 レベッカが朦朧とした様子で、額を押さえている。
 
「皆、ふんばれぃ」
 
 スピッキオが一同全てに癒しの秘蹟を与える。
 
 キィヤァァァァァァ!!!!!!
 
「っぁぁぁ!!!」
 
 叫びに耐えながら、一同、最後の力を振り絞る。
 
 ジェザの魔法が、キリスの剣が敵を切り裂いていく。
 
 そして、最後の部分も粉砕された。
 
 一同、満身創痍で、地にへたりこむ。
 
「ふぅ…
 
 なんとか倒したな」
 
 シグルトの横にオイリクスが座る。
 
「ああ」
 
 シグルトは頷くだけだ。
 
「ああぁ…ワシの神殿…」
 
 一同が労わり合う中、マハド男爵が完全に埋まってしまった神殿を呆然と眺めている
 
「なんだ、あのおっさん。
 
 まだやってんのか」
 
 ザックがあきれたように言った。
 
「…………」
 
 するとと、マハドはジロリと一行を睨んだ。

「お前等、ワシの神殿になにをしてくれたんだ!
 
 また掘り直しではないか!!」
 
 一同の表情が固まる。
 
「掘り直し…」
 
 アールレーンが冷汗を流していた。
 
「ワシの一日は、お前等の何ヶ月分の価値があると思っているんだ!」
 
 マハド男爵は拳を震わせている。
 
「ほら、お前等、さっさとやり直さないか!」
 
 そこにレベッカがすたすたとやってきた。
 
「穴掘りの仕事は終了しています。
 
 報酬も頂いてます。
 私たちにその義務はありませんよ、男爵」
 
 自分より背の低い男爵を見下ろしながら、ニッとレベッカは微笑んでいる。
 逆光ではっきりしないが、怖い顔だ。
 
「な、なん…」
 
 青筋をこめかみに浮かべ、何か言おうとするマハド男爵。
 そこにレベッカはさっきの契約書を数枚取り出す。
 
「あと、土人形退治の報酬はまた後日、この証文を持ったものが一枚につき銀貨五百枚受け取ることになってます。
 
 あ、そうそう、私たちはもう穴掘りの仕事はしませんよ。
 仕事をしてほしいなら、何か埋めといてくださいな。
 
 ま、私はもう受ける気はしませんけど」
 
 ぺたり、とマハド男爵が膝をつく。
 不意に強風が吹き、彼の髪の毛が数本抜け舞い上がりながら、土砂に埋まった神殿の上を飛んでいった。
 
 背中が煤けて見えるマハド男爵を放ったまま、颯爽と風に乱れた髪をかき上げレベッカが戻ってきた。
 
「ふん、下種には相応しい結末よね」
 
 “ファインダーズ”の面々が呆然としていた。
 
「あはは、また姐御の伝説が出来たな…」
 
 ザックが頬を引きつらせている。
 
「そういや、姐御。
 
 さっきあの泥人形が倒れたときに、こんなもの拾ったんだが…」
 
 ザックが短剣のようなものを取り出す。
 それは最後の【閃投刃】であった。
 
「ありゃりゃ、そっちが回収しちゃったか。
 
 ね、それを私たちが持ってる銀貨五百枚の証文と交換しない?
 …せっかくだから全部そろえたいじゃない」
 
 お宝が少なかった“ファインダーズ”は喜んでそれに応じた。
 
 【閃投刃】は集めるとなんと溶けるように1つの武器へと姿を換えた。
 
「なるほど、こういう仕掛けでしたか」
 
 ジェザが物珍しげに見ている。
 
「危なっかしいわね。
 
 ま、こんなの投げて仲間を巻き込んだら嫌だから、袋の底にしまっときましょう」
 
 レベッカがそういうと、“風を纏う者”の面々はそれぞれ頷いた。
 
「ところで、今回お前たちが掘り起こした一番のお宝は何だったんだ?」
 
 オイリクスがなんとなくだろう、そう聞いた。
 
 そうねぇ、と考えるレベッカの横で、ラムーナがにっこりと目を細めて微笑みながら言った。
 
「…家族の絆だよ!!!」
 
 シグルトが、そうだな、とラムーナの髪を撫でる。
 レベッカが、一番凄いのを忘れてたわね~、と頭をかいた。
 ロマンが、お姉ちゃんなんだからしっかりしないとね、と肩をすくめる。
 スピッキオが、お前には金銭よりも大切な宝について教えねば、とすでに説教口調だ。
 
 勘弁してよ~、と逃げ腰の凄腕盗賊を見つめながら、“風を纏う者”は皆楽しそうに笑い声を上げた。

 
 
 ポニーIさんの『埋もれた神殿』です。
 昔あったシナコンなるもので受賞した傑作ですが、今はサイトが閉鎖されて手に入りません。
 なんでそのシナリオをやったかというと、鉱石ほしさからでした。
 取りこぼしても買えるので。
 
 ところが掘ってみれば、最初の骨以外(何が手に入るかは大体知ってました)全部掘り出しました。
 インチキしてませんし、シグルトとラムーナで休み休みやったんですよ。
 シグルトが魔法使いのように宝を引き当てる様を見せたかったです。
 
 今回ラムーナの過去が明らかになります。
 彼女が新しい名前にこだわっていたのは、親に売られてしまった時点でその名前の意味も失っていたからです。
 
 いつもほのぼのなラムーナですが、実はとても繊細です。
 仲間や人の動向に敏感で、穏便になるように動きます。
 健気な娘なのですよ。
 彼女が愛されることを切に願います。
 
 今回シグルトたちは自分たちのパーティを《家族》と考えるようになります。
 “風を纏う者”の特徴は仲良しであることです。
 それこそが連携を可能にしているわけでして。
 
 でも“ファインダーズ”能力的にはシグルトたちと同格ぐらいです。
 凄い。
 
 ザックがレベッカを姐御と呼んでいましたが、ザックのデータを見るとすりをしたことがあるのと年代が若者でレベッカよりレベルが1つ下だったので、そんな風に表現しちゃいました。
 
 マハド男爵と最後の結末はシナリオではぜんぜん違います。
 でも、この嫌味男爵に一泡吹かせたくて、過剰な描写をやってみました。
 このシナリオをやったことがある方で、溜飲が下がった方がいたらニヤリ、です。
 
 今回、儲かりました…
 以下にデータを載せますが。
 ただ、このシナリオが出来た当時のバランスがどんなものだったか、アイテムを見るとよくわかります。
 
 武器系アイテムが強すぎて使えません、特に斧。
 この斧、クロスオーバーでちょっと使うかもしれません。
 【真・閃投刃】は封印武器です。
 戦闘が楽しくなくなるので、宿の倉庫行きになりました。
 名目は、仲間を巻き込む恐れがあるから、です。
 …プレミアは売れないんですよ、はあ。
 
 
・【ねずみしっぽ】
・【碧曜石】
・【強金斧】
・【ハニワ】
・【金鉱石】
・【シャベル】
・【真・閃投刃】
 
売却【ねずみしっぽ】(+1250SP)
売却【ハニワ】(+10SP)
 
 
◇現在の所持金 2651SP◇(チ~ン♪)
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『冒険者の余暇』 その参

 “風を纏う者”はフォーチュン=ベルの『魔剣工房』にいた。
 
 ここ数日、一行はさまざまな行動を取っていた。
 
 リューンに戻ってからは、スピッキオが【祝福】という秘蹟をクレメント司祭(ラムーナの保護者の司祭)から学ぶ間、リューン郊外の若草通りに開かれた、リーンホースという町から出張してきた魔道具のバザーに出かけたが、結局3本ほどリーンホースの特産品である安売りしていた葡萄酒を買って終わってしまった。
 バザーの会場で出会った、ラファーガとアナベルという若手冒険者を2人ともなって宿に連れて来たりもしたが。
 
 その後、フォーチュン=ベルに向かった一行は、サンチョの馬車探し騒動のとき、オーガとの戦闘でだいぶ使い込んだというシグルトの剣を『魔剣工房』に持ち込んだ。
 バザーのときの葡萄酒を手土産に仕事を頼むと、ブレッゼンは二つ返事で剣の打ち直しを承諾してくれた。
 
 
「ふふふ、随分と使い込んだものよな、シグルト。
 
 しかもこの肌の輝き…ちゃんと教えたように磨いておらねばこうはならん。
 お前は剣の精を鍛えるのが上手いようだな」
 
 手渡した葡萄酒をぐいと飲み干したブレッゼンは、格安の銀貨千枚で仕事をすぐに始めてくれると請け負った。
 
「さっき貴族の使い風の男が来ていたが?」
 
 シグルトが聞くと、ブレッゼンはとたんに嫌そうな顔をした。
 
「銀貨十万枚出すから、類まれな魔剣を売ってくれと言ってきたので、お前に渡したのと同じように剣を使うように言ったら、〝完成品をよこせ〟とほざきよった。
 
 頭に来たから出してやったわ。
 巨人の使っていた重さ大人2人分のでかい魔剣をな。
 
 あの召使い、持てずにつぶれそうになって半泣きで逃げて行ったわ。
 
 いい気味よな」
 
 確かにあの召使いは、出て行くときは妙なへっぴり腰だった。
 重すぎる剣を持てずに腰でも痛めたのだろう。
 
 シグルトは、あんまり無茶するなよ、と言って苦笑した。
 
「一週間後に来るがよい。
 
 並みの上質な剣ほどに生まれ変わったアロンダイトを渡してやる。
 期日を遅らすなよ…こやつ、おぬしとは離れた途端、鳴きおる。
 
 こんなに剣に気に入られる奴も珍しいわ」
 
 
 武器がなければ仕事にならない、ということで、シグルトたちは別れて行動することになった。
 
 ロマンが、有名な魔術の都トレアドールに行ってみたいというので、仲間たちは一緒に行くという。
 
「レベッカ、もう銀貨千四百枚ほど都合はつくか?」
 
 シグルトが無理は言えんが、とレベッカを見る。
 
「そうか、フォーチュン=ベルはあの爺さんの古城までそんなに離れてないんだっけ。
 
 何か習いたい技でもあるの?」
 
 それにシグルトが頷く。
 
「これから先、通常の武具の通じない魔物と戦うこともあるかもしれん。
 早いうちに、対策が取れる技を身につけられれば、と思ってな。
 
 リューンの【居合斬り】や、この都の剣術の道場で学べる剣も捨てがたいんだが、心惹かれる技が1つある。
 ちょうど学ぶ時間が出来そうだから、可能ならと思ったんだが」
 
 シグルトが自分からこんなことを言うことはめったにない。
 
 それに、次に技をと考えているラムーナは、アレトゥーザに行かねば技が学べない。
 この娘は我侭など言わず喜んでシグルトが剣を学ぶことに賛成するだろう。
 
 レベッカは頷いた。
 
「リーダーが勤勉なのはありがたいわ。
 
 皆もいいわよね?」
 
 一同反対するものはいない。
 レベッカは仲間の確認を取り頷いた。
 
「そのかわり、今度アレトゥーザに行ったらラムーナが最優先よ。
 
 ところで…シグルトはまた古城に数週間籠もるの?」
 
 レベッカが聞くとシグルトは否定する。
 
「今度習う技は、力も大切だが魔法に近い。
 
 素質や素養も必要らしくて、学び取れるものはすぐに習得できるが、無理なら何年もかかるそうだ。
 習得できないようなら、習わないで戻ってくるよ」
 
 かなり特殊な技のようね、とレベッカは首をかしげた。
 
 
 シグルトは風を感じていた。
 逆巻くそれは、荒々しいがシグルトには頼もしい防具であり、刃である。
 共にある風は、まるで喜んでいる様子だった。
 
 手に持ったものはただの木の棒であるが、風の纏わりでその輪郭がぼやけている。
 シグルトは剣代わりの棒を、スウ…と目前の石材の向けて振るった。
 
 ヒュゥォオオオオ!!!!!
 
 石材は2つに断たれ、石の粉を巻き上げるように風が吹いた。
 
(…ありがとう、風の友よ)
 
 シグルトが頬を撫でる風に告げると、一層風が嬉しそうに踊った。
 
「…ふふ、まさか半日で習得するとは思わなかったぞ。
 
 かつてこの国で信仰されていた風の精霊。
 その力を刃に纏って邪霊すら寸断する【縮影閃】。
 
 その技を習得しようとしたとき、気まぐれな風の精を捕まえるのに、儂も随分かかったものだが…
 
 お前に精霊使いの資質があったとはな。
 これほどお前の性に合った技もあるまい。
 
 少し妬ましくもあるな」
 
 そう言いつつ、グロアは厳つい顔に薄く笑みを浮かべている。
 
「グロア、捕まえるんじゃない。
 
 理解して一緒に疾れば精霊は応えてくれる」
 
 グロアは、風が応えてくれること自体がお前の才能だよ、と苦笑いする。
 
「その技は霊体にも効果があるが、血肉を持つ敵には壮絶とも言うべき効果がある。
 技を用いた達人が、翼竜を一撃で屠ったことを見たことがあるが、風に血を巻き上げられて地に伏した怪物を見て戦慄したものよ。
 
 お前がその域に及ばんと願うなら、弛まず磨くのだぞ」
 
 シグルトはしっかりと頷いた。
 
 
 シグルトがフォーチュン=ベルの冒険者の宿に着くと、仲間たちが待っていた。
 
「皆、トレアドールに行ったのではなかったのか?」
 
 シグルトが尋ねると、レベッカが肩をすくめる。
 
「ロマンがあの都市の図書館にこもってたぐらいで、私たちには場違いだったわよ。
 
 スピッキオにもあの都市の杖術を学んだら、って言ったんだけど、細かくて性に合わないってさ。
 仕方ないから、私は酒場で一杯やってたし、ラムーナとスピッキオは見物に出歩いて、それで終わり。
 
 ただ、ブレッゼンの爺様が好きそうな珍しい酒があったから、買ってきたけどね」
 
 レベッカが取り出した酒を見て、とシグルトが感心したように目を見開いた。
 
 
 磨きぬかれたシグルトの愛剣は、窓から入る日差しを浴びてキラキラと輝いていた。
 
「むう、これがあの黒い鉄の塊か?」
 
 スピッキオがうなる。
 
「フフフ、【アロンダイト】が急かすから一日早く仕上がってな。
 
 念入りに磨いておいた。
 かつてある王にこの剣と同じく円卓の騎士の剣を打ったことがあったが、同じ気分じゃ」
 
 ブレッゼンが満足そうに髭をなでている。
 
「…もしかして、祖国エルトリアを外敵から守り抜いたという武王、ギルバウスⅡ世の【ガラティン】か?」
 
 ブレッゼンが、よく知っているなと頷く。
 
 【ガラティン】は【アロンダイト】と並ぶ、騎士王アーサーが円卓の騎士の剣である。
 時間帯次第で強さが変わる魔力をその身に宿し、時には最強と呼ばれた騎士ランスロットを凌ぐこともあったという、騎士ガウェインの愛剣である。
 
「かの武王はわが友の剣の弟子でな。
 武人らしい気概を持った方だった。
 
 当時、多くの貴族がわしの作る武具を求めてやってきたが、皆横柄な態度で小物1つ作る気にはならなんだ…
 
 しかしかの王は、戦乱を治めるためにと、一介の職人のわしに膝を折り頭を垂れた。
 武は民と国のために振るうと誓い、見事その通り素晴らしき国になされた。
 
 今では【ガラティン】は、若くして実力で将軍の地位を得た姫君が継いだと聞く。
 
 あの剣は善き国を作る道を切り開くために使われているのだ。
 これこそ、職人の冥利に尽きると言うものよ」
 
 ブレッゼンはレベッカからもらったトレアドールの【蒸留酒】を飲んだ後のせいか、とても機嫌がよく珍しく饒舌である。
 
「シグルトよ。
 かの武王のように英雄になれとは言わん。
 
 だが、わしが見込んで【アロンダイト】を授けたこと、努々(ゆめゆめ)忘れるな。
 剣は戦いの道具ではあるが…剣士の友であり、心であり、魂なのだ」
 
 シグルトは愛剣の柄を撫で、しっかりと頷いた。
 
 【アロンダイト】は澄んだ輝きでシグルトに応え、祝福するように風が吹いた。

 
 
 最近長いのが多かったので、あっさりとした『冒険者の余暇』です。
 
 シグルトがパワーアップしました。
 ちょっぴりですが。
 
 シグルトのスキルは5レベルばっかなので、二回ずつしか使えません。
 まさに奥の手です。
 
 SIGさんの『古城の老兵』には某PCゲームのネタっぽいスキルがあるのですが、買えません。(泣)
 【縮影閃】、社交性属性なので、本当は勇猛性適性の【風王結界】がほしかったのですが。
 まあ、何はともあれ、シグルトもようやく風の関わったスキルを持てました。
 このスキル、風の精霊が関わる滅びた国の技なので、かなり気に入っています。
 効果も大きくてしかも、非実体ズンバラリンです。
 固定が大きく当たりやすいので、人間や妖魔相手だとリーサルウェポンと化すことも。
 肉体固定ダメージ+20って、血肉のあるやつには鬼です。
 レベル比4(渾身の一撃並)のダメージに加えて、ですからねぇ。
 
 資金不足だったので、亜留志さんの『魔道具バザー』でこっそり補給しました。
 魔剣を打ち直す資金ぐらいはなんとかなりました。
 このシナリオ、Djinnさんとの合作『開放祭パランティア』のきっかけでした。
 バグがあるのが残念ですし、売ってるものも高いですが、連れ込みPCの能力値データが何気に好感の持てるものでした。(しっかり連れ込んで後輩冒険者にしちゃいました)
 お勧めは【サーベル】と安い【葡萄酒】。
 兄貴ファンは必見のシナリオです。
  
 お酒を買った、Boyさんの『魔術の都トレアドール』、サイトの閉鎖で今じゃ手に入らないですね。
 いいシナリオなので、リバイバルしてほしいです。
 
 そしてDjinnさんの『魔剣工房』です。
 【アロンダイト】パワーアップしました。
 でてきた「エルトリア云々」はいつか絶対作ろうと考えているシナリオ『剣の英雄』の設定を使いました。
 その前にどうしてもやりたいことがあるのですが、そっちまでやるモチベーションが…
 ごめんね、Djinnさん。(土下座)
 その分、今回ブレッゼン思いっきりクロスしときました。
 王様の剣の師匠…今そちらでリプレイされてるパーティのあの人です。
 
 今回、細かい金銭の出費ががたくさんあります。
 以下の通りです。
 
 
『交易都市リューン』
 
・【祝福】習得(-1400SP スピッキオ) 
 

『魔道具バザー』(このシナリオバグがあります。いくら葡萄酒を買ってもお金が減りません。仕方ないので差額140SPは宿の保管庫にとりあえず貯めました)
  
・思わぬ追加報酬 +1000SP 
・【葡萄酒】×3 -240SP
・消費【葡萄酒】×1、+100SP
 
・連れ込みNPC【ラファーガ】、【アナベル】
 
 
『魔剣工房』
 
・消費【葡萄酒】×1(ブレッゼンへのお土産)
・アロンダイト 第二段階へ -1000SP
 
 
『魔術の都トレアドール』(ギルドではリンク切れで手に入らないレアなシナリオ。今回ブレッゼンにお土産がほしくてお酒だけ買いました)
 
・【蒸留酒】 -200SP
 
 
『古城の老兵』
 
・【縮影閃】習得(-1400SP シグルト)
 
 
『魔剣工房』
 
・消費【蒸留酒】×1(ブレッゼンへのお土産)レアセリフあり。
・【アロンダイト】第二段階 回収
 
 
◇現在の所持金 1391SP◇(チ~ン♪)
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『傾斜45度の戦い』

 シグルトたちは賢者の街と呼ばれるキルノレを経由し、リューンへの帰路をたどっていた。
 
 『ビゾスの書』に関わる騒動の後、手に入れたさまざまな道具や技術の売込みをする間、ロマンはキルノレで呪文を1つ学んでしまった。
 それは半日にも満たない時間だった。
 
 『ビゾスの書』の騒動で手に入ったものを売り込んで得たお金は銀貨千六百枚ほど、ロマンが呪文の習得に払ったお金は銀貨千枚ほど。
 手元には二千枚以上の銀貨がある。
 
 レベッカの機嫌はそこそこにいい。
 今日リューンに帰ったら美味しいもの食べましょうか、とそんな感じだった。
 
 ぽかぽかした秋の日差しが気持ちよい。
 
 “風を纏う者”は数日前までの激しい戦いの反動か、のんびりとした足取りでリューンをめざしていた。
 
 
「う~ん、宿に帰ったら何食べようか?」
 
 レベッカの問いに、シグルトはお前は美食家だからな、と苦笑して、任せるよと言った。
 
 シグルトは好き嫌いが無い。
 食べる必要があるなら何でも食べるし、ゲテモノ料理も好んで食べるわけではないが、必要ならちゃんと摂取する。
 ただ、聞いた話では程よく辛いものが好きらしい。
 キルノレの宿で少し香辛料を使ったスープが出たが、食べている時どことなく幸せそうだった。
 
 辛党と言えばラムーナである。
 この娘、前にロマンが食べられないという激辛料理を代わりに食べてやったりしていたのだが、さすがにレベッカでも鼻がツンとするその料理に眉をひそめたもの…自分の分を食べ終わった後はいつもの数倍水分を取る羽目になったぐらいの…を平気な顔をして食べていた。
 彼女の故郷では辛いものは普通に振舞われるし、暑さに負けなくなるのだそうだ。
 
 ロマンは甘党だ。
 容貌通り小食で、がっついて食べることはまったく無い。
 お菓子の類は好きらしく、甘いものは頭にいいんだよ、と言っている。
 ただそれでいて虫歯が一本が無い。
 食事の後の歯の手入れは欠かさないし、歯の健康に良いと仲間にも噛む薬草をくれる。
 神経質で生真面目な少年である。
 
 スピッキオは薄味が好きらしい。
 塩や香辛料は修道院いた時分には貴重で、かなり質素な食事をしていたらしいので、それも頷ける。
 だがスピッキオ、ナッツの類に目が無い。
 アーモンドを見ると頬を緩めるくらいだ。
 さすがに聖職者だけあって、がつがつ食べたりしないが、彼の歯と顎は歳のわりに胡桃を噛み砕くほど壮健である。
 
 そして、レベッカは仲間内で特別美食家である。
 味覚の鋭いレベッカは、料理の味がよくわかる。
 冒険中の料理は自分のために担当することが多いし、彼女の味付けに文句があったことは無かった。
 レベッカが冒険者をやっていて良かったと思うのは、いろんな場所に行っていろんな食事が出来ることである。
 まあ、時々思わず退きそうになるゲテモノ料理や、極端な味付けに出会うこともあるが、当りも多い。
 アレトゥーザの『悠久の風亭』など、海の幸の使い方がたまらない。
 
 そういえば秋の魚料理が楽しみねぇ、と次にアレトゥーザを訪れたときに食べたいものを頭に浮かべ、レベッカはにんまりした。
 
「あれ?
 
 何かすごい形相で走ってくる人がいるよ」
 
 ロマンの指摘で甘い妄想を止めたレベッカは、ロマンの指差す先を注視する。
 
「はぁ、ひぃ、ふぅ~!
 ぜぇ、ぜぇ。
 
 あ~おったまげた~!」
 
 丸々と太った小男である。
 妙な生え具合の髪型とひょうきんそうな顔立ちがどこと無く憎めない。
 
 訛りがひどい言葉…
 なんとなく田舎臭い。
 
 小男は一行の前に来ると、辺りを見回し、他に誰もいないことを確認して安心したように座り込んだ。
 
「これ、どうしたんじゃおぬし?
 
 この先でなんぞあったのか」
 
 スピッキオが尋ねると小男は大きく頷いた。
 
「そ、そうだ、旅のお坊様!
 
 おらの話を聞いてくんろ!」 
 
 焦った様子の小男を見て一同は顔を見合わせた。
 
 とりあえず話を…ということになる。
 
「ありがてぇ、聞いてくださるか!
 
 いや、これがまたあわれっぽい話でなぁ…」
 
 そう言って、風采のあがらない、樽の様に太ったみじめな小男は、汗をふきふき話し始めた。
 
「おらはサンチョというてな。

 リューンのとある商会で、運送員をやっとるんだ。
 
 さっきまでは荷馬車さひいて、積荷を運搬しとったけんども…
 突然怪物に襲われたんだべ!

 んで、びっくり仰天したおらは、命からがら逃げて来たって訳さね」

 小男、サンチョの話に一行は緊張した面立ちのなる。
 
「それで?」
 
 シグルトが続きを促す。
 
「そりゃ恐ろっすい怪物でな…ばかでけぇ大男だぁ!
 
 身の丈はそこのお坊様より高かったぁ」
 
 そういうとサンチョはすがるような目で一行を見つめる。
 
「あんた方、強そうだなぁ。

 もしあの時あんた方がおったら、きっと、怪物なんぞねじ伏せたろうによぉ…
 
 今日中にあの荷物さ、届けねばなんねぇし… 
 あぁ、積荷が心配だぁ…誰かあれを取り返してくれんかのぉ?」
 
 レベッカが1つ頷いてサンチョの前に出る。
 
「つまり私たちに、怪物を倒して積荷を取り返して欲しい、そういうことよね?」
 
 うんうんとサンチョが頷く。
 
「…まずは詳しい話を聞いてからね」
 
 レベッカの言葉に、何でも聞いてくだせぇ、と腰の低いサンチョである。
 
 
 サンチョの話ではここからずっと向こうの崖を、ぐるッと回った所に馬車と荷物があること。
 無我夢中で駆けて来たので、その正確な場所は分からないことを一行に告げた。
 
「さすがに無報酬でってわけにはいかないわ。
 
 私たちも時間を割いて危険な魔物と戦うわけだから。
 報酬になりそうなものはあるの?」
 
 レベッカの問いに、サンチョは銀貨五百枚を出す。
 
「ん~、どうするシグルト?
 
 報酬はかなり安いけど、サンチョがリューンに戻ってたら間に合わないでしょうし。
 荷物が無事とも限らないわ。
 
 相手が肉食の魔物だったら馬車馬も悲惨なことになってるかも。
 安請け合いして、無報酬なんて目も当てられないわ」
 
 反対なのか?というシグルトの問いに、普段ならね、と返す。
 
「まあ、馬車の確認で済むならよし。
 
 ついでの仕事だから、エール一杯の前にって感覚ね。
 正確な取り交わしのある依頼じゃないから、いつでも無かったことにもできるし、違約金も無いわ。
 
 いざって時には少しくたびれ損になるかもしれないけど、上手くいけば今日はさらに、御馳走美味いっ、てことになる。
 
 ま、この男は現金もっているんだし単純そうだから、報酬をもらい損ねることはないわよ。
 
 親父さんへの土産話も増えるかもね」
 
 特に反対するものもいないので、シグルトはサンチョの依頼を受けることにした。
 
 
 サンチョの案内する道は獣道同然の、道無き道であった。
 
「こんなとこと追って逃げてきたなんて、無茶するわよね」
 
 必死で気付かなかっただぁよ、というサンチョにあきれた感じのレベッカである。
 
「ふう、年寄に斜面の多い道はキツイわい」
 
 スピッキオとロマンは疲れた様子である。
 
「…レベッカ!」
 
 鋭いシグルトの声にレベッカが振り向いて頷く。
 
 3体の武装したゴブリンだった。
 
「どうやら、妖魔の縄張りみたいだね、ここ」
 
 一同はサンチョを後ろに庇うと、武器を手に襲い掛かってくるゴブリンを迎え撃った。
 ロマンが魔法で眠らせて、あっけなく戦いは終わる。
 
「ふぅ…ねぇ、サンチョ。
 
 この辺りにはモンスターがたくさんいるの?」
 
 ゴブリンの遺体を律儀に片付けるシグルトの横で、レベッカが聞く。
 
「おうさ、たんといるべよ。

 ほんにおっかない所だぁ」
 
 のん気な声で返す小男に、レベッカはこめかみを押さえた。
 
「じゃあ、何で街道を通らずに、わざわざ危険な山道を通ってたのよ?」
 
 レベッカの突っ込みに、サンチョは頭をかきつつその理由を話した。
 
 買い出しの途中でちょいと一杯やって期日に寝過ごしたこと。
 どうしても今日中に届けなければならない荷物だったので、近道としてこの道を通ったこと。
 
「今日中にリューンまで積荷を運ばないと、おら、大目玉喰っちまうよ…」
 
 それは自業自得でしょ、とレベッカに睨まれてサンチョは汗をかきかき謝っていた。
 
 
 途中、レベッカなら上れそうな崖を見つけるが、一行が登るにはロープでも必要だな、ということであきらめて迂回しつつ、山道を進んでいく。
 
「あら、アレは何?」
 
 レベッカが強そうな蔦を見つける。
 サンチョの話だと、それはジグジグ草という植物で、ロープ代わりに使えるだろうとのことだ。
 
「さっきの崖で使えるかも知れんな」
 
 次の機会までにロープぐらい買っておこう、と相談しつつ、レベッカがそれを取ろうとする。
 しかし、その蔦が突然生き物のようにレベッカに絡んだ。
 
「な、何よこれ!」
 
 そのレベッカを目指して巨大な赤い花のようなものが近づいてくる。
 
「あ、人食い花(マンイーター)…」
 
 ロマンの何気ない言葉にレベッカが真っ青になる。
 
「ジグジグ草はだな、大抵の場合、マンイーターに巻きついとるんだ。

 いや~これはまたでっけぇなぁ!」
 
 そういうことは早く言わんかぁ~、とスピッキオが叱る。
 
 その横をシグルトとラムーナが駆けた。
 
「く、何で蔦まで動くのよ~」
 
 動けない状態でレベッカが力む。
 
「マンイーターがジグジグ草を操っているからだべ!
 
 当たると相当痛いだよ!」

 そういうことは早く言わんかぁ~、とスピッキオが杖でサンチョをしばいた。
 涙目のサンチョの前で、シグルトたちは武器を構える。 

 ぶしゅぅぅ!!!
 
 マンイーターが毒液を吐き出し、ラムーナがそれを受けてしまう。
 
「く…早速使う羽目になるとはね」
 
 ロマンが集中しながら呪文を詠唱し始める。
 
「《侵されざる緋の領域よ、昇れ業火の螺旋の如く!》
 《焔の護り手、風と共に駆け抜けよ!!》」

 ロマンの呪文に呼応して、彼の周囲を護るように緋色の炎が包み込む。
 
「《…焼き払え!!!》」
 
 ロマンが炎に命じるように最後の呪文を唱えると、それは周囲の蔦を焦がしながら、マンイーターを一瞬で焼き尽くした。
 
 【焔の竜巻】。
 ロマンがキルノレで習得した新しい呪文である。
 
「あちちっ…
 
 こら、ロマン!
 なんて危ない魔法使うのっ…
 
 私まで黒焦げになるところよ!!」
 
 服についた煤を恨めしそうに見つめながら、脱出したレベッカが不満を言う。
 その横でシグルトがそれ以上残り火が広がらないように後始末をしていた。
 
 毒液を受けたラムーナはスピッキオが付き添い、【聖別の葡萄酒】(ロマンが調合した高品質のもの)ですっかり毒と傷を癒している。
 
 後始末を終えて蔦を回収したシグルトが、ロマンに言う。
 
「今の魔法は、秋の森のような可燃物の多い場所では、山火事を起こしかねん。
 
 気をつけて使うんだぞ」
 
 そう言って注意した後、すごい魔法だな、と表情を崩す。
 
 ロマンははにかんで、呪文の利点を話し始める。
 
「前に集団攻撃の魔法が必要だって言ってたよね?
 
 この魔法は炎を使った広範囲攻撃魔法であるのと同時に、防御の魔法でもあるんだ。
 唱えた後に術者を炎と上昇気流が護るから、大抵の攻撃は術者に届く前に焼き払っちゃうんだよ。
 
 威力も上位の火炎魔法【炎の玉】ほどじゃないけど、下級妖魔ぐらいなら一掃することができる。
 炎の魔法は使い勝手がいいし、苦手なモンスターも多いからね。
 
 遠距離の敵に使えないけど、周囲の雑魚をやっつけるのには十分さ。
 
 時に攻撃、時に防御、時に火種…
 
 こういういろんな状況をふまえて使える魔法こそ、賢い使い方ができるんだよ」
 
 たった一度で一行を苦戦させた魔物を焼き払った魔法である。
 
「使いどころを考えれば、大きな戦力になるな」
 
 シグルトが頷くと、レベッカも、まあ威力はすごいのよね、と認める。
 
 “風を纏う者”には今までこのような集団攻撃用の攻撃手段は【眠りの雲】ぐらいだった。
 
 炎という暴力に半ば感心しつつ、半ば恐れをいだきつつ、一行はまだ使える蔦を回収し、道を探して移動を開始した。
 
 
 先にあった洞窟で蝙蝠にびっくりしたり、薬草を発見したりしながら、あちこち歩き回ったものの道が見つからず、結局先ほどの崖を蔦で登ることになった。
 
 ここは器用で俊敏なレベッカが登攀し、無事蔦を垂らした。
 体格の大きなシグルトとスピッキオは後になり、ロマンとラムーナが登る。
 ラムーナは身軽だけあって見事な登攀だった。
 スピッキオの後にシグルトが登攀し、途中で蔦は切れてしまったが、なんとかサンチョも持ち上げる。
 
「皆、無事でよかった。
 
 先を急ごう」
 
 小男だが太っているサンチョを軽々と持ち上げるシグルトの豪腕はたいしたものである。
 
 崖伝いに道を探していると、途中で座り込んでいた3匹のホブゴブリンと遭遇する。
 
 シグルトが1匹を壮絶な打ち合いのすえに倒し、1匹をロマンが魔法で倒す。
 もう1匹をレベッカがフェイントで翻弄し、ラムーナとスピッキオが打ち倒す。
 
 このホブゴブリンたちの1匹は、何故か大切そうに箱を持っていた。
 落ちた瞬間に箱が落ちて罠のガスが吹き出し、一行は動きを鈍らせてしまうが、同時に箱が空く。
 箱の中には古めかしい呪文書が入っていた。
 
「う~ん、炎の初級魔法だね。
 
 ありがちな呪文だけど、売れば少しはお金になるよ?」
 
 シグルトかレベッカなら教えてあげるけど、というと2人は首を横に振った。
 
 一行が登った場所の周辺はちょっとした台地になっており、進める道はない。
 
 道を探して行き止まりを観察していると、何を考えたのかサンチョが危ないと言ってしがみつき、力を入れた衝撃で崖がごっそりと崩れ、一行は崖の下(といっても下には柔らかい茂みがあり、それほど高くなかった)に転落した。
 最後に落ちてきたサンチョの下敷きになり思わぬ打撲を受けてしまったのだが。
 
「まったくけしからん。
 
 偉大な秘蹟を小男の下敷きになったために使うことになろうとは…」
 
 主よ、お許しくださいと言いながらスピッキオが【癒しの奇跡】で仲間を癒した。
 
「でもすごいな。
 
 一度に仲間全ての傷を癒せるとは、驚いたよ」
 
 シグルトのこの一言でスピッキオの機嫌も直り、一行はまた探索を続けるのだった。
 
 
「待ちなさい、君たち!」
 
 それは突然の声だった。
 
 小さな羽根の生えた小人が2人、一行を見下ろしていた。
 
「うわぁ、ピクシーだ…
 
 本物の妖精だよ!!」
 
 幾分興奮したようにロマンが言う。
 

「ね、君たち!
 
 何の用事があるか知らないけど、ここから先は立ち入り禁止よ」
 
 若草色の髪をしたピクシーが一行の前に立ちふさがる。
 
「立ち入り禁止ですって?」
 
 レベッカが聞くと黒い髪のピクシーが胸をはって一行の前に舞い降りる。
 
「その通り。
 
 アタシらピクシーの縄張りに足を踏み入れるなんて…
 ふふ、いい度胸じゃないのさ!」
 
 険悪な様子に他のものが緊張する中、シグルトが前に進み出る。
 
「すまない、君たちの縄張りを荒らす気も侵す気もないんだ。
 
 あるものを探していたら、この先の崖を滑り落ちてしまって、迷っている。
 道を教えてくれればすぐに退散するから、許してもらえないだろうか」
 
 シグルトを見た2人のピクシーは一瞬硬直して、次の瞬間火でも噴きそうなくらい真っ赤になった。
 そして2人でひそひそやりはじめる。
 
「ちょっとちょっと、何でこんな好い男が人間にいるのさ!」
 
「知らないわよ。
 
 でも、何で私たちみたいに小さくないのかしら。
 もったいない…」
 
 盗賊の耳で全て聞いてたレベッカは、もてるわねぇ~、とシグルトの型をぽんぽんと叩く。
 
 話しこんでいるピクシーたちにサンチョが進み出て聞く。
 
「そ、そうだべ!

 お前ぇさん方ら、おらの荷馬車さ見かけんかったか?」
 
 サンチョを見て、うっとなったピクシーたちは、また相談をはじめる。
 
「…ソーニャ、知ってる?」
 
 若草色の髪の方が黒い髪の方に聞く。
 
「それなら、確か…」

 何か知ってるらしい雰囲気に、シグルトが2人に声をかける。
 
「知ってるのか?」
 
 シグルトを見て表情をだらけさせるピクシーたち。
 
 やがて黒いほうがはっとして咳払いをする。
 
「さぁて?」
 
 とぼける風であるが、時折シグルトをちらちらと見ている。

「…と、とにかく、あなたたちに攻撃の意志は無さそうだし…

 私達の村まで来てくれる?」
 
 若草色の髪の方が一行、特にシグルトの方を見ながら言う。
 
「しかたない。
 
 穏便にすむよう話し合ってみよう。
 一緒にいろいろ聞けるかもしれないしな」
 
 シグルトは仲間たちを見まわして、ピクシーに従う旨を告げた。
 
 
 ピクシーの住処は巨大な木の根にあった。

「ようこそ、ピクシーの村へ!

 ここが私達の我が家なの」
 
 一行、特にシグルトに若草色の髪の方が言った。
 
「…ねぇ、長!
 
 出ておいでよ。
 客が来てるんだ!」
 
 黒い髪の方が声をかける。
  
「…あぁ、レーニャにソーニャか。
 
 どうした、人間なんぞ捕まえて来て?」
 
 偉そうに腕を組んだ男のピクシーだった。
 
「エヘヘ…ポーリャを助けてもらおうと思ってさ」
 
 一行を見ようともせず、偉そうなピクシーは溜め息を吐いた。
 
「確かに、ポーリャを助けるには我らだけでは成し難いが…
 
 信用できるのか?
 人間風情を…」
 
 それに対し黒い髪のピクシーが羽根を震わせて言う。
 
「まぁ…それは分からないけどね。
 
 とりあえず、交換条件にしようと思ってさ」
 
 何だそれは?と聞く偉そうなピクシー。
 
「あぁ。
 
 ほら、今朝方にさ、樽をいくつも積んだ大きな人間の馬車を見かけたろ?
 
 こいつら、それがあった場所を知りたいらしいんだ。
 それを見つけたら出てくってさ」
 
 偉そうなピクシーは、ふむ、と頷いて初めて一行を見る。
 
「成程…それでいいかな?

 人間達よ」
 
 それにサンチョが進み出てうんうん頷く。
 
「いいに決まっとるでねぇか!

 おらの自慢の荷馬車さ、森ん中に放っぱっとく訳にゃあいかんべさ!」
 
 そこでレベッカがあつかましいサンチョを押しのけて前に出る。
 
「…まぁ、このまま当てもなくさ迷うのはごめんだけどね」
 
 レベッカが請け負うと、偉そうなピクシーは交渉成立だな、と言って交換条件を話し始めた。
 
「ここより東にある洞窟に向かってくれ。
 
 そこに、我らが同朋が囚われておるのだ」
 
 ピクシーの話にレベッカが首をかしげる。
 
「囚われている?
 
 さらったのは何者なのかしら?」
 
 すると、若草色の髪の方が跳ねるように飛びながら言う。 
 
「インプよっ、インプ!
 
 あの悪戯ッ子め、まさかこんな行動に出るなんて!」
 
 そこでシグルトが進み出た。
 
「では、あなた方の同胞をインプのいる東の洞窟より連れ帰ればいいんだな?
 
 承知した。
 やり遂げるよう努力する」
 
 きゃー、カッコイイ~と飛び回っている2人のピクシーを無視して、偉そうなピクシーが目を丸くする。
 
「これは…
 
 なるほど、あの2人がお前たちを信頼して連れて来たのは、中にお前のような者がいたからか」
 
 シグルトを見て何か納得している偉そうなピクシーに、どういうこと、とレベッカが尋ねる。
 
「うむ、知らんのか?
 
 この者、ハイエルフや古エルフとも呼ばれる高貴な上位妖精の一部族、白エルフの王族の血筋なのだ。
 私には匂いと魂の色を見ればそれがどういうものか分かるが…
 
 おそらくは国を捨て野伏(レンジャー)となった人の王子と、北方の白エルフが姫君と間に生まれたというハーフエルフ、オルテンシア姫のお血筋。
 オルテンシア姫のお父君は青黒い瞳の美丈夫、母君は雪も恥らって溶けるというほど美しく白い輝くような肌をお持ちだったそうだ。
 その男の不思議な青黒い瞳と白い肌、そして精霊を魅了する魂…間違いあるまい。
 
 昨今の妖精たちでも、これほど高貴な血と魂を宿したものはなかなかおらん」
 
 さっぱり分からない風のレベッカが、そうなの、とシグルトに聞く。
 
「さぁな。
 
 俺の先祖はエルフの血を引いていたと聞いたことがあるが、あまり実感はないな」
 
 たいしたことは無いだろう、とシグルトは肩をすくめた。
 
 
 ピクシーの村を出発した一行は東にある洞窟に向かった。
 
 洞窟に入ると、小さな三叉戟を持ったインプがあらわれて降圧的な態度で、喋りだす。
 
「やいやいやいやい!

 人間様が何の用じゃんよー!?」
 
 その様子を見たロマンがこめかみを押さえる。
 
「なんだか、随分馬鹿っぽいインプだね」
 
 聞こえないようにぼそりとレベッカに呟く。
 
「本当ね。
 
 前に戦った連中と違って、どことなくアホ面だし」
 
 後ろでひそひそ話している2人を置いて、シグルトが前に出る。
 
「お前が件のインプか?
 
 ここにピクシーがいる事は分かっている。

 その身柄を返してもらおう」
 
 シグルトの言葉にインプが引きつる。
 
「どっ、どうしてそれを…?
 
 …け、けどっ!
 ニンゲンなんかに渡すもんか!

 帰れっ、帰れっ!」
 
 インプはそう言うと一目散に逃げていった。
 
「仕方ない。
 
 追跡するぞ!」
 
 一行はその後を追う。
 たちまち追いつかれたインプは、癇癪を起こして、洞窟の石壁を叩いている。
 
「もうっ!
 
 しつこいなオマエら!
 
 地獄に落ちろっつ~の!」
 
 インプが指を鳴らすとゴブリン2匹、ホブゴブリン2匹、そして一匹の羆が現れる。
 
「それっ、やっちゃえみんな!
 
 そいつら殺してティーパーティーだっ!!」
 
 さすがに一同の間に緊張が走る。
 
 ラムーナが羆の顔を蹴り飛ばし、その気を引く。
 
 シグルトが武器の上から力任せに攻撃し、ゴブリン1匹を吹き飛ばす。
 ラムーナの後ろ蹴りがそのゴブリンを弾き飛ばし、石壁に激突したそれは動かなくなる。
 
 ロマンの魔法が羆を拘束した。
 
 劣勢と見てゴブリンとホブゴブリンが相次いで逃げ出す。
 
「こら~、逃げるなっつーの」
 
 ロマンの【焔の竜巻】が怒り狂っているインプの尻を焦がす。
 
「うわぁちゃあっ!!!」
 
 インプが跳ね回ってる横で、シグルトが羆に止めを刺し(というか剣で頭をぶん殴って気絶させ)、最後のホブゴブリンの顔面にラムーナの膝が入ってノックアウトした。

「え?
 そ、そんな…えぇい、こんな所でくじけるもんか!
 
 オマエ達!
 後できっとぴいぴい泣かせてやるぅ!」
 
 焦げた尻を押さえながら、インプは捨て台詞を残して逃げ去った。
 
「…やっぱり馬鹿っぽいインプだね」
 
 ロマンの言葉に一同が頷いた。
 
 その奥には人口の扉があった。
 
「御丁寧に、鍵と罠が仕掛けてあるみたいね」
 
 しかしレベッカはさっさとそれらを外してしまう。
 
「ちょ、ちょいの、ちょいっと♪
 
 さぁて、行きましょうか」
 
 扉の奥ではインプが待ち構えていた。
 
「…こら、ニンゲン!

 もう気付いてると思うけどね、おいらの逃げた方向以外に行くと、ひどい目に遭うんだぞ!
 
 しかも、この先にはね!
 今までより段違いの、凶悪な罠が仕掛けてあるのさ!
 
 へへん、どうだい?
 恐いだろぉ~!?

 さぁ、4つに1つだ!
 おいらがどこに逃げるか当ててみな!」

 インプは飛び回って残像を残し姿を消した。
 
 しかし、シグルトが一つの通路を指し示す。
 彼は【影走り】でつちかった驚異的な動体視力を持っている。
 
「…何か、やっぱり阿呆ね、あれ」
 
 ぼそりと言ったレベッカに一同は頷いた。
 
 簡単に行き先を見つけられたインプは半泣きだ。
 
「ひえぇっ!
 
 何で分かったんだよ~!?
 う、うわ~ん!!」
 
 洞窟の奥では震えるインプと能天気そうなピクシーがいた。

「…さ、さぁ、来るならこい!
 狂暴なニンゲンめ!
 彼女は絶対守ってやるんだっ!!」
 
 能天気そうなピクシーは植物の穂の様なものを振ってニコニコしていた。 
 
「インプちゃんかっこいい~♪

 そのままやっつけちゃって~!」
 
 気を張るインプの後ろで、無責任にピクシーが声援を送っている。
 
「う、うん、ポーリャちゃん!
 君のためなら
 おいら死んでもいいっ!!」
 
 少し赤くなって、インプがそれに応える。
 
「きゃ~♪」
 
 一行は顔を見合わせる。 
  
「…何か、様子が違わなくない?」
 
 ロマンがあきれた様子で言った。

「ピクシー達は、同胞がインプにさらわれた…そう言ってたよね?」
 
 そういうわりにインプとポーリャという能天気なピクシーは仲が良い。
 
「という事は…駆け落ち!?」
 
 レベッカが声を上げると、ポーリャは心外そうに声を上げた。

「え~? ちょっとぉ、何でそんな事になってんの~?

 あたしはインプちゃんとこに遊びに来ただけなのに~」
 
 その前で指をもじもじさせながらインプが照れた様子である。

「お、おいらは構わないよっ!

 さぁ、ポーリャちゃん!
 おいらと一緒に地獄の果てまで逃げようぜ!」

 あげく、拳を震わせこんなことを言った。

「え~…パス。
 
 あたし、じめじめしたとこキラ~イ」
 
 何かが欠けたような音響きそうな拒絶の言葉だった。
 
「が、がび~ん…そりゃないよ、ポーリャちゃん…」

 ショックを受けたインプがへなへなと地面に落ち、こけた。 
 その横をロマンがすたすたと歩いてポーリャの前に行く。 
 
「…取り込み中悪いんだけど僕たちにも事情があるんだ。

 君をピクシーの村まで連れ帰らせてもらうよ」
 
 それを聞くとポーリャは頷く。 
 
「うん♪
 
 …あ、そうだ、インプちゃん!
 村まで一緒に来なよ。

 インプちゃんもそこで暮らそ!」
 
 その言葉に、こめかみ辺りにあった縦線を吹き飛ばすような勢いで、インプが立ち上がる。 

「え…ホント、ポーリャちゃん?
 
 お、おいら、感激の余りむせび泣きしそうだよ…ぐっすん」
 
 その横でロマンが口元を引きつらせて言った。  
 
「話はまとまった?

 これで一件落着、なのかな…」
 
 すでにインプは完全に復活していた。 

「ポーリャちゃん!
 
 危なくなったらおいらが守ってあげるからねっ!!」
 
 背中にざぱ~ん、と波を背負っていそうなインプであった。
  
「うれしいっ!

 インプちゃん♪」 
 
 完全に2人の世界を作ってるインプとポーリャに、レベッカもしらけたように言った。 
 
「あ~、何かごちそうさまって感じよね…」 
 
 
 何とかピクシーの村に帰り着き、東の抜け道と荷馬車の場所を聞き出した一行は、また山をさまようのだった。
 
「ふぅ、なんとか抜け道を抜けたわね」
 
 レベッカが額の汗をぬぐう。
 
「…ロマンやスピッキオが限界だな。
 
 どこかで休まないともたない」
 
 シグルトの言葉にサンチョが文句を言うが、サンチョの足もがくがくしている。
 
「休憩?
 
 た、助かった~」
 
 ロマンは一行よりも体力が無い上、子供の足である。
 
「ふぅ、ふぅ。
 
 年寄に山道はやはりきついわい」
 
 スピッキオは体力はあるが、体格という荷物がある。
 畑仕事や力仕事は得意らしいが、こういう急な坂道の上り下りはかなり辛いらしい。
 
 ラムーナは身軽な分そういうことは無いが、それでも歩き詰めでさすがに疲れが見える。
 
「シグルトはタフよね~
 
 まだまだいけそうじゃない?」
 
 レベッカもかなり堪えていた。
 優れた盗賊といっても、パーティを組むまでは都市活動が主で、体力的に鈍っている。
 
「俺の故郷は標高の高い場所で、森の散策と山登りは子供の遊びみたいなものだったからな。
 
 このぐらいの山ならいくらでもあったし、鍛えられもするさ」 
 
 そんな会話をしながら少し坂道を登ると山小屋があった。

「ちょうどいい。
 
 あそこで少し休息しよう」
 
 山小屋には簡易ベッドもあり、一行はおのおの座り込んだり壁に寄りかかったりする。
 シグルトが見張りをしてくれている中、ロマンの差し出した滋養強壮の薬草で作った薬湯をレベッカが煎れて、一同はまったりと休息した。
 

「ふぃ~…しんどい山道だったなぁ!
 
 おらもうへとへとで動けねぇだ…うん、やっぱ布団の上はいいべ」
 
 真っ先に簡易ベッドを占領してしまったサンチョを一同は冷ややかな目でみる。
 
「けどさ、ここまで歩いてまだ荷馬車を発見できないなんて…

 サンチョ、あなた、えらい距離を逃げて来たもんよね?」
 
 薬湯を啜りながら、レベッカがサンチョの意外な体力に感心する。
 
「あ~…うん、それがだなぁ、これには理由があるんだぁよ」

 サンチョの言葉に一同首をかしげた。
 
「でへへ…実はおら、方角をまちがえちまったんだね、これが!」 

 一同が沈黙する。
 レベッカの口元は少し引きつっていた。
 
「ほれ、最初の時によ、本当は北さ案内せにゃあかんかったんだ。
 
 だどもおら、勘違いして西さ行っちまったんだ。
 そだからして、まだこんな所をうろちょろ遠回りしちょるんだぁよ。
 
 はぁ~この調子だと、いつになったら荷馬車が見つかんのかのぉ…?」
 
 レベッカが山小屋にあった切れたロープの残骸を掴んで、パシン!と引っ張る。
 こめかみに青筋が浮いている。
 
「ためだよ、レベッカ。
 
 ここで怒ったらもっと疲れちゃうよ…」
 
 へたり込んだロマンがレベッカの足をぽんぽん、と叩いて慰める。
 
「…サンチョぉぉぉ~!
 
 あんた、この貸しはとぉっても大きいわよぉ…」
 
 サンチョがレベッカの迫力に圧されて、簡易ベッドから文字通り転がり落ちた。
 
 スピッキオの後ろでレベッカのあまりの迫力にラムーナが震えている。
 
「…サンチョのやつめ、自業自得じゃがな。
 
 レベッカに狙われたら出会うたびに財布にされるじゃろうなぁ」
 
 最近レベッカの噂を時々聞く仲間たちである。
 
 この女盗賊に弱みや借りを握られると、尻の毛まで毟り取られると冒険者仲間では評判だ。
 〝少しだけ〟誇張のある話であるが。

 
 一時間ほど一行は休憩を取る。
 
 簡易ベッドに腰掛けて休んでいるレベッカを見つめながら、サンチョはまだ部屋の隅でビクビクしている。
 
「さて、そろそろ出発するか」
 
 シグルトの一声で、一行はさっと立ち上がる。
 
「そうだね~」
 
 ラムーナがぴょん、と跳ねるように立ち上がった。
 
「っ!!!!!」
 
 そのとき、小屋の外から悲鳴のようなものが聞こえた。
 
「ひえぇっ!?

 こりゃ一体どういう事さね!」
 
 驚くサンチョに、シグルトはわからんが、と言いつつ剣を抜く。
 
「これだけ怪物の多い場所だ。
 
 人が襲われているのかもしれん…俺は行くぞ」
 
 はぁ~せっかく休んだのに、とロマンがぼやく。
 シグルトの後に仲間たちが続いた。
 
 小屋の扉をあけると、1人の男が野犬の群れに囲まれている。
 
「わわっ、何だあんた達は!?
 
 …まぁいいや!
 何でもいいから助けてくれぇ~!!」
 
 その男を庇ってシグルトが前に出た。
 
「…ここは俺たちに任せて、あんたは小屋の中に逃げていろ!」
 
 頼もしいシグルトの言葉に、感激したように男は礼を言って小屋に転がり込んだ。
 
「さて、無益な殺生はしたくない。
 
 死にたくないなら逃げるといい…」
 
 シグルトは野犬へと一歩踏み出した。
 
 野犬は10匹はいる。
 
 ラムーナが襲い掛かろうとした1匹を蹴り倒すが、1匹が長い吼え声をあげると、森の中から1匹飛び出してくる。
 
「むうっ、まだおるやも知れん。
 
 皆、離れて囲まれる出ないぞ!」
 
 スピッキオの掛け声に皆頷く。
 ラムーナが1匹、レベッカが1匹、スピッキオが1匹と倒していくが同じだけ数が増える。
 
「タァァァッ!!!!」
 
 ラムーナが【群れる蜂】の動作で駆け抜けて野犬たちを弾き飛ばす。
 攻めの緩んだ野犬たちにロマンの【眠りの雲】が飛び、ばたばたと眠らせる。
 
 残った野犬たちや倒されていて起き上がった野犬たちは、慌てて逃げ出した。
 
「ふう、皆怪我は無いか?」
 
 戦闘中スピッキオを庇ったシグルトと、戦闘で転倒したロマンがかすり傷を負っただけだった。
 
「野犬に引っ掻かれたの?
 
 とりあえず小屋で治療しようよ」
 
 さっきの人との話もあるし、と一行は小屋に戻った。
 
 小屋の中ではさっきの男が出迎えてくれた。
 
「おぉ、皆さん御無事で…本当に助かりました!」
  
 シグルトは野犬たちを追い払ったと伝える。
 
「あの野犬どもには狼との混血も混じっているらしいんですよ。
 
 それを追い払うとは、いやぁ、お強い…」
 
 感激した様子であった。
 
「ところで、あんたは狩人のようだが?」
 
 シグルトの問いに、はい、と男が答える。
 
「では、このあたりの地理には詳しいでしょうね。
 
 実はごつごつ山という場所を探しているんだけど…」
 
 レベッカが尋ねると男は、ああそれならそれほど離れていない場所に、と言うがすぐに表情を曇らせた。
 
「ただ、私は実際に入った事がないので、良く知らないのですが…

 そこへ行くためには、洞窟を抜ける必要があるのです。
 
 それも、『沼地の洞窟』と『黄金蜘蛛の洞窟』…このどちらかを、越えなければなりません。
 何でも、古代に作られたトンネルだという話ですが、まぁ、今では魔物の棲み家です。
 
 土地の者は、恐がって近づきもしませんが…あなた方なら大丈夫でしょう!」

 その後、狩人の男は、昔ちょっと習ったといって、呪文の巻物を見せてくれる。
 2つのうち1つを、と言うことらしい。
 
「1つは僕が使えるから、もう1つを見せてもらうね」
 
 道すがら読むといって、ロマンが巻物1つを預る。
 
 一行は治療を終えると、山小屋を後にした。
 
 
 最初、一行は『黄金蜘蛛の洞窟』に向かうが、蜘蛛が邪魔して最後の鍵を取れず、仕方無しにもう一方の方に向かった。
 落ちかけた橋をロマンの呪縛の魔法で固定して通れるようにし、一行は何とか橋を踏破した。
 
 『沼地の洞窟』では死体のようなモンスターに襲われた。
 
「レブナントだ!
 
 気をつけて、こいつらゾンピとは比べ物にならないくらい強いアンデッドモンスターだよ!!」
 
 腐った身体が見る間にか再生するレブナントを相手に一行は苦戦する。
 
「死体は火葬に限るよね…
 
《…焼き払え!》」
 
 ロマンの【焔の竜巻】が敵を火達磨にする。
 
「ぉぉぉぉおおお!!!」
 
 シグルトが一体一体、渾身の一撃でその頭を粉砕していく。
 何とか敵を倒すと、一行は洞窟を調べ始めた。
 
 
 一行は洞窟の出口に到達していた。
 
「はぁ、それにしても不気味な謎かけだったわね」
 
 レベッカがげっそりしたように言う。
 謎かけ、それは半分ミイラになりかかった身体の一部を、正しく指定された棺に納めるというものだった。
 ここは頭を使うのが得意なロマンの本分である。
 
 古文書から、他のものにはさっぱりの人体の役目を正確に言い当て、一行は見事にこの洞窟を突破したのである。
 
 途中、大量の蝙蝠の出てくる穴があったが、ロマンが【眠りの雲】で蝙蝠を眠らせて難なく突破した。
 
「う~ん、魔法って便利よね」
 
 感心するレベッカに、ロマンが 習ってみる?と聞くと、必要になったらねと消極的な答えを返してきた。
 正直レベッカは、読書みたいなお勉強はあまり好きではない。
 ロマンの話だと、才能はあると思う、との話だ。
 
「たぶん卑劣な魔法の素質は、普通の魔法使いを凌ぐかも…」
 
 その言葉に一同は忍び笑いを漏らし、レベッカはすねてしまった。
 
「そういえばロマンはどんな魔術師の呪文でも使いこなせるのか?」
 
 シグルトが聞くと、ロマンはまぁね、と頷く。
 
「本来僕が一番得意なのは多分魔法の制御系みたいな地味なものだよ。
 
 必要だから使ってるけど、攻撃的なのや派手なのは嫌いだね」
 
 そう言いつつ、この少年の攻撃魔法の威力は凄まじい。
  
 話をしながらようやく洞窟を抜け、先に進むと、サンチョが荷馬車を見つけて走り出した。
 
「おぉ、やっと来ただかあんた方!

 これを見てくんろ!」
 
 それは馬もついたままの荷馬車であった。
 
「やっと見つかっただぁ、おらの大事な荷馬車がよぉ!

 うぉっほ~い!!」
 
 喜んでサンチョが飛び跳ねている。
 
「ふぅ…やれやれじゃ。
 まさかこんなに難航するとは思わなんだが…

 とりあえず依頼達成という所かの?」
 
 一同が大きな溜め息をついた。
 
「んだ。
 あんた方には何から何まで世話になっただ。
 ほんに感謝しとるだよ。
 
 …ほれ、あんた方も疲れとろう?

 そこら辺で休んどるがいいだ。
 おらは荷馬車を調べてくるだよ」
 
 それに頷いて、一行はおのおの座る場所を見つけて休みだす。
 
 緊張の糸がぷつりと切れた一行は、へたへたとその場に座り込んだ。
 木漏れ日に、思わず目を上に向ける…
 
「…眩しいな」
 
 1人だけ立ったまま、シグルトは日差しを手で遮りながら呟いた。
 
 空は夕暮れ前の一瞬の明るさに満ちていた。

 …まったく、ずいぶん長い事、山の中をうろついていたものだと、汗をぬぐう。
 
 一行は休息を済ませると立ち上がる。

「…そろそろ『小さき希望亭』に帰ろっ!」
 
 元気なラムーナの言葉に、皆頷いた。
 
「ちょ、ちょいと待っとくれんか、あんた方!
 
 お、おらの、おらの…!」
 
 青ざめたサンチョがそこにいた。
 
「む? 
 
 …おい、どうしたのじゃサンチョ?
 ばかに落ち着きがないぞい」
 
 スピッキオが首をかしげる。
 
「つ、積荷が、根こそぎなくなっとるんだぁよぉっ!!」
 
 サンチョは頭を抱えて、混乱していた。
 
「落ち着いて…とにかく、荷馬車を調べてみましょ。

 何か手掛かりが得られるかもしれないわ」
 
 レベッカはすぐ荷馬車に向かい周囲を調べ始める。
 
「ほっ、ほれ、見とくれよ!

 なんもかんもすっからかんだぁ!
 
 何度も何度も調べたけんど、やっぱし何にも見つかんねぇ!
 手掛かりなんてねぇべよ!」」

 サンチョはそう言っておいおい泣き出した。

「いえ、そうでもないわよ。
 見て…地面に、何か重いものを引き摺った跡が残ってるわ。

 これをたどれば…」
 
 探索のプロである盗賊の追跡術で犯人を追う行うレベッカ。
 やがて、岩の小さな丘のようなものがある場所に出る。
 
「アイツが犯人みたいね」
 
 レベッカ指差した、それは丘の頂に向かって登っていく巨体のオーガである。
 
「うわっ!
 
 前にフォーチュン=ベルで倒したのより一回り大きいよ!!」
 
 オーガは積荷らしい樽を抱えて頂を登っていく。
 
「どうやら、あいつ、戦利品を自分の穴倉に持ち帰るつもりのようだな…」
 
 シグルトがそういって一同を見る。
 
「ひえぇっ、そりゃ勘弁だぁよ!
 
 …あんた方、何とかしてくれんかっ!?」
  
 サンチョが土下座する。
 
「お願いだ、積荷がありゃせんと、おら、運送員さ解雇されちまうだよ…

 なぁ、お願いだぁよぉっ!!」
 
 その肩をぽん、とレベッカが叩く。
 
「ま、やらないと報酬にありつけないでしょ。
 
 この分はツケね」
 
 一行は仕方ないという感じである。

「すぐ追い掛けるぞ…準備はいいな?」
 
 剣を抜き、シグルトがいう。
 すぐにスピッキオが護りの秘蹟を全員に与える。
 
「やれやれ、まさかもう一働きさせられるとはね…
 
 けど、まぁいいや」
 
 ロマンが魔導書を撫でる。
 
 一同は準備を終えてオーガを追跡する。
 
「あの岩の上だぁ!」

 サンチョが跳ねながらオーガの背を指差す。
 
「ここからじゃ上にあがれないわ、横の斜面から回り込むのよ!」
 
 傾斜45度はあろうかという斜面を一行は登っていく。
 足音に気がつき、オーガがこちらを向く。
 
「行くぞ!!!」
 
 シグルトの掛け声とともに戦闘が始まった。
 
 敵だと認識したオーガは樽を投げつけてくる。
 足場の悪い中で、凄まじい戦闘が始まった。
 
 シグルトが樽のひとつを蹴飛ばして粉砕する。
 ラムーナが樽の間を縫ってオーガの分厚い胸に剣を吐きたて、ロマンの【魔法の矢】がオーガを穿つ。
 
「く、でかいだけあってなんてタフな…」
 
 次の呪文を用意しつつぼやくロマンの前で、シグルトの姿が一瞬ぼやけると、次の瞬間にはシグルトの愛剣がオーガの脇腹を大きく抉る。
 奥の手である剣技【影走り】を使ったのである。
 
 その後ろで、ロマンが【焔の竜巻】で落ちてくる樽を一気に焼き、その炎のもたらす上昇気流で軌道をそらす。
 
 一気に迫ったシグルトの一撃、ラムーナの一撃が一瞬オーガの動きを止める。
 
「とっとと、死にやがれぇっ、このデカブツがぁ!!!」
 
 樽を飛び越えて、レベッカが体重を乗せた突きでオーガの眉間を貫いた。
 
「グギョアアアァァッ!!」
 
 轟音を立ててオーガは急な斜面を転がり落ちていった。
 
「…ああ、もうっ面倒くさい!
 
 やっと死にやがったか、この×××!!!」
 
 ぺっと唾を吐いてレベッカが汗で張り付いた髪を払う。
 
 見たのならものすごい迫力だった。
 それはもう、オーガが可愛いくらいに。
 
 だが一行は皆がっくりと身を崩して、手近な岩に腰をおろした。
 
 もう手にも足にも力が入らない。
 あまりの疲れに考える事も出来ず、ただ空腹だけが猛烈に襲い掛かって来た…
 
「ふう…今日はもう何があっても帰るわよっ!
 
 おいしいものたくさん食べて、お酒飲んで、寝るの~!!!」
 
 レベッカはへたり込んだまま、叫んでいた。
 
 すでに日が沈もうとしている。
 
 空も山も赤々と輝いていた。

 太陽が沈むにつれ、伸びやかな黒い影が、潮が満ち寄せるようにさぁっと、まどろみゆく大地をすきこんでいった。

「ちょいと、あんた方…ほれ、こらぁ約束の報酬だがや。

 遠慮せずに受け取ってくんろ」
 
 サンチョが銀貨五百枚をシグルトに手渡す。
 
「ほんに、あんた方にゃあ迷惑をかけたなぁ。
 
 結局、あのばけもんのせいで積荷はめためたになったけんど…

 おら、いい冒険が出来たと思っとるだぁ」
 
 シグルトが、それは光栄だな、と苦笑する。
 
「んだ、きっと忘れねぇだよ…」
 
 爽やかに去ろうとしたサンチョの襟首をむんずとレベッカが掴む。
 
「な、なんだぁ?!」
 
 レベッカはにっこり笑っているが、背筋の寒くなるような何かがある。
 
「安心なさい、私が明日商会に掛け合って、サンチョが仕事をやめなくていいように上手く話してあげるから。

 あんたの住所、教えなさい。
 あと商会の場所もね」
 
 本当け!と喜ぶサンチョ。
 
 その後、レベッカはサンチョからいろいろ聞き出すと、手を振って彼を送った。
 
「わぁ、レベッカ、優しい!」
 
 ラムーナがそういうと、レベッカはニヤリッ、と一同が凍りつくような笑みを浮かべた。
 
「ふ、ふふ。
 
 私にこれだけ苦労させて、銀貨五百枚で済まそうなんて甘いわ。
 サンチョはこれからしばらく、私の予備のお財布決定ね…」
 
 ロマンの背筋を冷たいものが流れ落ちた。
 
 
 後日談。
 
 サンチョはレベッカの見事な交渉術のおかげで仕事を辞めずに済んだという。
 しかし、サンチョは冒険者、という言葉を聞くと、思わず財布を握ってしまうという。
 
 ツケを払ってもらうと、レベッカに会う度に酒や食事を奢らされ、サンチョはストレスと食費不足で少し痩せたそうだ。
 仕事をサボってお酒を飲むようなことも無くなり、仕事のできる男として商会からの信頼も厚いという。
 
 彼曰く…
 
「レベッカってぇ名前の冒険者だけは怒らせたらならねぇど!」
 
 だとか。

 
 
 コメディものの長編、きしりとおるさんの『傾斜45度の戦い』です。
 
 楽しいシナリオです。
 うちのわりとシリアスな“風を纏う者”にはそぐわないような内容かもしれませんが、ささくれた話の後にはこういうのも好いかと。
 
 文章もかなりコメディ調にやりました。
 
 
 今回早速出番となったNIFQさんの店シナリオ『賢者の街キルノレ』の【焔の竜巻】、大活躍でした。
 私は【炎の玉】より使用頻度が高いです。
 
 利点としてまずレベルが比較的低くて使える全体攻撃魔法であること。
 でも威力は充分で、抵抗に失敗したゴブリンぐらいは一掃出来ます。
 
 そしてこの魔法の最大の特徴である防御効果、これこそが私が愛用する一番の理由です。
 魔術師って奴はタフネスに問題あるものが多いので、雑魚の攻撃で昏倒することもしばしばあります。
 この魔法はそれを防ぎつつ、雑魚を薙ぐには最適の魔法です。
 回避力と防御力+5は強力な防衛手段です、効果がそのラウンドだけでも充分。
 ボス戦で身を守るのにも使えます。
 敵の行動が分かっていればカウンターにも使えるので、序盤の全体攻撃を何にしようかと迷った方にはお勧めします。
 
 注意点は魔法の多くが遠距離攻撃なのに対し、これは【薙ぎ倒し】とかに近い近接攻撃だということでしょう。
 
 でも、【炎による攻撃】のキーコードは発火にも使えるので便利なんですよね~
 
 『賢者の街キルノレ』はプライベートシナリオなのでNIFQさんのホームページでないとDLできません。
 
 私、個人的にこのシナリオのかぼちゃの召喚魔法、大好きです。
 SIGさんの『異端なる魔剣の入手法』で箒を手に入れて、魔女チックな装備をしてみたい、今日この頃です。
 
 
 今回、シナリオが長かったので編集に手間取りました。
 長編はきついですね。
 このシナリオ、文章量がすごいので半泣きにで書いていたんですが、つまらないといわれると、作者さんに申し訳ないのを含めて泣きます、たぶん。
 
 レベッカの悪辣さとか、シグルトの血筋とか、伏線もいくつか登場していますが、基本的にざっと読んでもらえれば幸いです。
 
 今回のシナリオでレベッカが4レベルになりました。
 きっと、サンチョに奢らせて英気を養ったからです、きっと。
 
 
 ではいつもの報酬編です。
 
・宝箱から+300SP
・報酬+500SP
 
・【呪縛解除】入手と売却 +300SP
・【火焔弾】入手と売却 +300SP
 
・【槍騎兵の盾】売却 +250SP
・【バックラー】売却 +250SP
 
・【クロタカの爪】×2売却 +50SP
・【ブーイー草】×2売却 +50SP
 
 
◇現在の所持金 4431SP◇(チ~ン♪)
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『厭世の書』

 それはギイという村の狩人オルグツからの依頼だった。
 
 彼の家にインプという妖魔が棲みついたので退治してほしい、というものだった。
 
 話を聞いたロマンが首をかしげる。
 
「あのインプが人間の家に?
 しかも7~8匹も?
 
 ありえないよ普通…」
 
 インプ…
 
 30cm程度の身長の身体に異様に肥大した頭部と蝙蝠に似た翼を持つ。
 身体的な能力は無きに等しいが、極めて狡猾で知力も高く、黒魔術師や邪教の司祭の使い魔として使役される事が多い。

 大して強くない下級の妖魔だが、初級の魔法を習得しているものも多く、熟練の冒険者であっても足元を掬われぬよう注意すべき、とされる魔物だ。
 
 ただ、群れで普通の家に生息するなどない連中である。
 
「報酬は銀貨四百枚、ね。
 
 かなり安いけど他にめぼしい依頼もないし…
 まあ、いいんじゃないかしら」
 
 レベッカは名前を売り込むのも大切よ、と付け足した。
 
「人を悩ますものを放ってはおけまい。
 
 わしは受けるべきじゃと思うぞ」
 
 あら、珍しく意見が合うじゃない、というレベッカにスピッキオは、おぬしのように金勘定だけではないわい、と憎まれ口を叩く。
 
「…私はやめたほうがいいと思う。
 
 何だか嫌な予感がするの」
 
 ラムーナが肩をブルリと震わせて言った。
 一同眉をひそめる。
 
 こんなことをラムーナはめったに言わない。
 
「僕は受けるべきだと思うけどね。
 
 こんな事例無いからね。
 調べるだけでも価値があるよ」
 
 賛成3反対1か、とシグルトは唸る。
 
「第六感、か。
 
 俺も首の後ろがぴりぴりするから、あまり気は進まないんだがな。
 だが、ラムーナ以外は賛成だからな。
 
 この依頼は受けるが、皆油断無くやるぞ」
 
 そういうと、シグルトはラグアツと契約を取り交わした。
 
 
 依頼人の家に着くとすぐにインプのものらしき耳障りな鳴き声が聞こえてきた。
 
「皆気をつけてね。
 
 インプは【精神破壊】っていう混乱魔法を使うんだ。
 効果も威力も無い魔法だけど、混乱中に集団で襲われたらまずいことになるからね」
 
 ロマンの警告に頷くと、一行は慎重に武器を構えてラグアツの家の入り口を開けて中に入った。
 
「キィッ!」
 
 とたん、奇声をあげて3匹のインプが襲い掛かってきた。
 
 素早いインプは空を飛びつつ、攻撃が届かない上から急降下してくる。
 ロマンが敵の魔法を受けるが、さして堪えた風も無く逆に【魔法の矢】で打ち落とす。
 
 シグルトが1匹を剣で貫き、スピッキオが杖で最後に1匹を打ち倒した。
 
「…ちっ、腕を引っかかれたわ」
 
 レベッカの手に出来た裂傷から血が滲んでいる。
 
 スピッキオの治療を受けて傷を治したレベッカは、周囲を見回す。
 
「正面と左手に扉ね…」
 
 一行はまず左手の扉から開けることにする。
 
 そこには本棚が並んでいた。
 
「…狩人が読書、ねぇ」
 
 レベッカが念入りな調査を始める。
 
「何やってるの?」
 
 ロマンの問いに、レベッカはニヤリと笑って一冊の本からメモのようなものを取り出す。
 
「あっ、これおまじないの覚書だね。
 
 なるほど、突風を呼ぶ精霊術に近いものだよ」
 
 ロマンはフムフムと読んでいたが、憶えたからいいよ、と本の間に覚書を戻した。
 
「ぬぅ、おぬしらコソ泥のような真似は止めぬか!」
 
 スピッキオが憤慨した様子でたしなめる。
 
「頭、固いわね~」
 
 レベッカがもうしないわよ、と言う。
 …この家ではね、と心の中で付け足すのも忘れない。
 
「たぶんあの本は宝の持ち腐れだね。
 
 きっとラグアツさんの身内か、この家の前の持ち主のものだろうけど、本のタイトルからするとこのあたりの民間伝承についてのものが主だったよ。
 …狩人に必要なものじゃなさそうだし、失礼だけど僕らの依頼人に理解できる内容には見えなかったし」
 
 これにレベッカも頷いて、あの部屋随分埃が積もっていたわよ、と続けた。
 
「僕らはインプの撃退にきたんだよ。
 
 まじないの類の関わる魔物だし、ああいった本はちゃんと捜査しないとね」
 
 ロマンの言葉に、スピッキオがむむ、と唸る。
 
 この銀髪の美少年は、子供でありながら大人顔負けの知識を持っている。
 前に教会や宗教の歴史についてスピッキオと談じたことがあるが、聖北と聖海の聖者をすべてそらんじているスピッキオでさえ、その知識量に驚いたほどである。
 
「魔術はあくまでも手段だよ。
 
 僕は知識の深遠を探ることこそ本分とする、賢者だからね」
 
 そういって貪欲に知識を求める姿は、すでに普通の子供の行動からかけ離れている。
 理屈っぽく、レベッカさえ舌を巻く賢さがある。
 
「本当は攻撃魔術みたいな野蛮な手段、好きじゃないんだけど、冒険者ってこういう呪文こそ必要だから困るんだよね」
 
 生意気な口調で肩をすくめたりするが、その魔術で何度も救われた他の者たちとしては複雑な心境だった。
 
 
 もう一方の扉の奥は食堂のようで、右手に扉があった。
 その奥から多数のインプが喚いているのが分かる。
 
「この奥が今回の終点みたいね」
 
 家の間取りからここで部屋が全て終わりであることを割り出したレベッカが、武装の確認をしている。
 
「かなりいるみたいだな。
 
 スピッキオ、念のために護りの力を皆に…」
 
 シグルトの言葉に従ってスピッキオが聖句を詠じる。
 一行は万全の体制で決戦へと踏み切った。
 
 そこには6匹のインプがひしめいていた。
 
「はぁぁぁっ!!!」
 
 飛び込みざまにラムーナが跳躍して1匹を切り殺す。
 
 その隣で1匹がレベッカに絞め殺されていた。
 
「《…縛れ!》」
 
 ロマンの呪縛の呪文が1匹を絡めとる。
 そのインプの首を踏み砕き、ラムーナがさらにもう1匹を斬り倒す。
 
 シグルトは敵の素早さに苦戦しつつ、1匹のインプを追い詰めている。
 
「やぁぁぁっ!!!!」
 
 ラムーナが駆けた。
 シグルトの追い詰めたインプの首を掻き切り、もう1匹もその勢いで蹴り殺していた。
 
 【連捷の蜂】の最後の動き、【群れる蜂】。
 敵陣を疾駆し、その全てを攻撃する動作である。
 
 熟練した踊り手にしかできないそれを、ラムーナは見事に使いこなしてみせた。
 
「…うはぁ、6匹中5匹?
 
 今回も獅子奮迅の活躍ね」
 
 レベッカが半ばあきれたように感嘆のため息を漏らした。
 
 技を得てからのラムーナは驚異的な強さを発揮している。
 
「【連捷の蜂】は一番簡単に見えて、一番奥が深い技なんだって。
 
 本当はこの技と一緒に【幻惑の蝶】っていうダンスが踊れると、攻防備えた無敵の動きになるらしいけど、私にはたぶんまだ無理…」
 
 はにかみながら技を語るラムーナによると、闘舞術とは本来、驚異的な能力強化こそ本分であるらしい。
 
「ぱっぱと避けちゃう【幻惑の蝶】、鎧みたいに固い身体と勇気をもらえる【英傑の靈(えいれいのみたま)】、いつでも挫けないで凄いことができる【大地の歩(だいちのあゆみ)】。
 
 行動を縛られたりしないで、自由にいつも同じ力で動くこと。
 その上で力強い攻撃をもって戦うのが闘舞術の王道なんだって。
 
 達人は竜巻の中でこけずに踊れるし、ぬかるみの中で最高の一撃を放てるだろうって、先生が言ってたよ」
 
 そうだとしたらすごいな、とシグルトが頷く。
 
「私も今度習おうかしらねぇ…
 
 出来れば美容と健康に良いのがいいわね」
 
 レベッカがそういうと、凄く色っぽい踊りもあるよ、とニコニコしてラムーナが笑う。
 
 碧海の都アレトゥーザで伝えられる闘舞術には、筋肉や腕力を用いる異色のものや、呪文を用いるまじないめいたものもあり、奥が深い。
 
「面白そうな話だね。
 宿に帰ってゆっくりしよう。
 
 …レベッカ、とりあえず今はこの部屋を調べてみてよ」
 
 早く仕事を終わらせようというロマンの言葉に納得し、一同はインプがいたラグアツの寝室らしき部屋を調査する。
 
「…ん?」
 
 レベッカが何か見つけたらしく、一同はそちらを注目する。
 
「…随分古めかしい本だね」
 
 ロマンがそれを手に取る。
 表紙に魔法陣が描かれたものだが、特にタイトルはない。
 
「なにか魔力を感じるね。
 
 魔導書の類かも…」
 
 それを聞いてレベッカが目を輝かせる。
 
「本当?!
 
 珍しいやつだと高く売れるのよ!!」
 
 それにあきれた口調でスピッキオが突っ込む。
 
「いくらなんでもそれは犯罪じゃわい…
 
 窃盗罪で牢に入りたいのか、おぬし?」
 
 今回は報酬が安いんだから追加報酬を要求したっていいじゃない~、とレベッカが口を尖らせる。
 
「まあ、調べてみてだね。
 
 今回の騒動の原因だとしたら、どうにかしないといけないし」
 
 そういってロマンは本を開こうとする。
 
「…っ!!!
 
 開いちゃだめっ!!!!!」
 
 ラムーナがそれを止めようとするが間に合わない。
 
 …ウォォォオオンン!!!
 
 本を開いた瞬間、中から怪物の様な物がけたたましい雄叫びと共に飛び出した。
 慌ててロマンがその本を閉じると怪物もその中に消えた。
 
「な、何なのよ、今のっ!」
 
 レベッカが飛びのいて、驚愕の顔で言った。
 
「よく分からないけど、どうやら何か危険な魔術書のようだね。
 
 そしてこれが今回の事件の元凶みたいだよ…」
 
 本をしっかり閉じると、ロマンが青ざめた顔で告げる。
 
「さて、どうしたものか…」
 
 シグルトが一同を見回す。
 
「…焼くべきじゃろう。
 
 これはおそらく呪われた書の類じゃ」
 
 一同はスピッキオの言葉に頷いて、部屋にあった蝋燭に火をつけ本をかざす。
 
 本に火を当てると、見る見る内にそれは炎に包まれた。
 しかし、全く焼けた様子は見られない。
 そしてじきに火は消えてしまった。
 
「な、なんと!」
 
 スピッキオが本をまた火にかざすが、今度は蝋燭の火の方が強風に吹かれたように消えてしまう。
 
「…まずいな、これは」
 
 シグルトが本の表紙を見てみるが焦げ痕1つ無い。
 
「…怖い」
 
 ラムーナが自分の肩を抱いて震えている。
 
「とにかく、これがまずいものならここに置いておくわけにはいかないな。
 
 今日は持って帰って、明日にでも『賢者の塔』かこの手が専門の魔術師の類に相談してみよう。
 依頼人にも伝えないとまずいな…」
 
 シグルトは厳重にその本をしまうと、入れた袋を自分で持つ。
 そして仲間に、少し離れてついてこいよ、と伝えるとラグアツの家を先に出る。
 
 シグルトは仲間の誰かが危険を負わねばならなくて、それが自分にできることなら躊躇せずに自分が背負う。
 
 ロマンはシグルトの背を頼もしそうに見つめた。
 
(誰もが見ないふりをすることに真っ直ぐに目を向けてそれを行う…僕を助けてくれたときも、そうだった…)
 
 ロマンはシグルトの後を追いながら回想する。
 その出会いを。
 
 
 ロマンはごく普通の商家に生まれた。
 
 並外れて愛らしい容貌の少年を、母親は目に入れても痛くないくらい可愛がり、父親も惜しみない愛を注いでくれた。
 だが、幼少からロマンは信じられない才能をみせることになる。
 
 はいはいの頃にはほとんど泣かず、自分にしてほしい行為を指差して伝えるようになった。
 じゃべれるようになると瞬く間に言語を習得し、3歳の頃には神童と呼ばれるほどの賢さを見せるようになっていた。
 5歳の頃には故郷の言葉に商人が用いる公用語、リューンなど西方の交易都市で使われる西の言葉…3つの言語を流暢に読書きしてみせた。
 
 記憶力も理解力も常人離れしており、リューンの大学に知り合いがいたロマンの父は、将来凄い人物になると期待して大学の図書館への出入りを認めてもらい、近くの知人の宿に下宿させてもらい英才教育を受けさせたのだ。
 
 「砂が水を吸うように…」というが、ロマンの知性は大人を驚愕させた。
 
 7歳でリューンの大学で特別に受講していた講義で講師を論破し、9歳の頃にはそれぞれの専門知識をもった教授と知識量で渡り合うほどになっていた。
 
 だが、ロマンは言う。
 知識は求めなければ修められないと。
 
 ロマンは大変な努力家だった。
 知らない言葉があれば寝食を忘れるほど一生懸命調べ、知らないことに対してはとても謙虚に学んだ。
 
 歩いているときすら本を読みながら知識を得ていったのである。
 
 だが、ロマンの周囲はそれを全て彼の才能のせいにした。
 
 …天才だから。
 …頭がいいから。
 …普通じゃないから。
 
 そういう大人の視線と声の中にあったロマンは、いつしか大人の世界を悲観的な目で見るようになった。
 才能を磨く努力を怠った大人の言い訳などうんざりだった。
 
(こんな大人になるもんか!)
 
 両親も親戚も皆、ロマンの努力など見てくれなかった。
 自分を評価してくれるとき、才能を評価し、行いを評価してはくれなかった。
 
 ロマンは子供とは思えない発達した思考と、まだ子供であるからこその純粋な精神を常に葛藤させながら、内向的でひねくれた少年へと成長していった。
 
 ロマンのひねくれたもの言い…
 それは子供の抱く寂しさゆえであった。
 知識も精神も熟達しているように見えて、まだ10歳の子供なのである。
 
 天才の名をほしいままにしながらも、ロマンには友達も出来ず尊敬できる大人も近くにいなかった。
 
 だが運命の邂逅は訪れる。
 
 あるとき、いつものように本を読みながら歩いていたロマンは、数人で道幅を占領しながら歩いていた柄の悪い大人たちの1人にぶつかってしまった。
 自分に非があったので、当然謝罪したのだが、大人たちはロマンを小突きからかい始めた。
 
 そしてロマンが読んでいた本を奪い、それが自分たちの読めないものであると気付いて、読めもしないものを開いて遊ぶなと侮辱した。
 あげくその本を地面に投げ、踏みにじったのである。
 
 ロマンはそのとき静かに逆上した。
 
 本を踏んでいる男に向けて痛烈な皮肉を言ったのである。
 
「この本に書いてある内容が一文字でも分かる人なら、子供1人を捕まえて喜ぶような下種にはならないよ。
 
 おじさんたちと一緒にしないでほしいな。
 僕はそんな人間にはなりたくないからさ…」
 
 辛辣な言葉に一瞬ぽかんとした大人たちは、次の瞬間真っ赤になって逆上し、ロマンを殴った。
 そして、倒れたロマンを集団で蹴りつけようとしたときである。
 
 物珍しさに遠巻きに見ていた野次馬をかきわけて1人の若者が現れ、ロマンをさらに殴ろうとした男を投げ飛ばした。
 
「みっともないことをするな。
 
 …この子の言う通りだぞ」
 
 ロマンを背に庇い、大きな身体で真っ直ぐに立って、若者はロマンを囲んでいた男たちに対峙した。
 それがシグルトであった。
 
 広い背中を見つめながらロマンはそのとき、なんて格好いいんだろう、と素直に思った。
 
 シグルトは怪我をし、自分の武器を壊されながらも大人たちを殴り倒すと、呆然としていたロマンを助け起こしてくれた。
 その横で看板に激突したおかしな少女(そのときはまだ知り合っていなかったがラムーナ)が頭を抱えてうんうん唸っていたが、とりあえず無視してシグルトに礼を言う。
 
 シグルトは優しげな笑みを浮かべてロマンの頭を撫で、一言しっかりとした口調でロマンをほめてくれた。
 
「よく頑張ったな…」
 
 ロマンは不覚にも涙を流してしまった。
 怖かったのもある。
 
 だが何よりシグルトの言葉が胸にしみたのだ。
 
 シグルトがくれた賞賛の言葉は、努力したものに与えられる言葉だったから。
 ロマンがずっとほしかった言葉だったから。
 
 そのときからロマンはシグルトの姿を学ぼうと思ったのである。
 彼から受けた鮮烈な印象と、自分の心に宿った憧憬。
 
 彼について行くために下宿から出て、新しく学ぶものが出来たと故郷の両親に手紙を書いた。
 それが正しかったと今でも思う。
 
 シグルトは不思議な男だった。
 ロマンを子供としても仲間としても扱い、ロマンの行いこそ評価してくれる。
 そしていつもシンプルでとても格好良い。
 
 冒険者という仕事も素晴らしい。
 怖いけれど、ロマンが知らない知識と経験を次々に与えてくれる。
 知識をふるう機会があり、自分を頼り時に助けてくれる仲間がいる。
 
 今もロマンはその高鳴る胸を押さえながら、後れないようにシグルトの広い背中を追いかけていた。
 
 
 『小さき希望亭』への帰り道の途中。
 “風を纏う者”はふと足を止めた。
 
「…何かいるな」
 
 シグルトの呟きにレベッカが頷いた。
 
 木の上にいたらしい緑色の肌の魔物は、シグルトたちに向けて急降下して襲い掛かってきた。
 
「グレムリンだ!
 
 飛べないけどインプと同じように魔法を使うから気をつけて!!」
 
 ロマンの警告に一同が頷き、それぞれに武器を手にする。
 
 シグルトが1匹を剣で叩き潰す。
 ロマンが【魔法の矢】で一匹を刺し貫く。
 最後の一匹はスピッキオが杖で打ち据えて倒した。
 
 3匹の妖魔は、さした攻撃も出来ずにその屍を野に晒すこととなった。
 
「危険じゃな、その本は」
 
 妖魔たちは真っ先にシグルトを目指してきたのだ。
 
「ああ。
 
 だからこそ、捨てるわけにもいかんな」
 
 シグルトは周囲に他の敵がいないことを確認すると、妖魔の死体を片付け、また歩き出した。
 
 
 宿に着くと、シグルトたちは親父への挨拶もそこそこに、待っていた依頼人のラグアツのもとに向かう。
 
 シグルトは一応は妖魔の掃討が終わったこと、そしてラグアツの家にあった怪しげな魔導書のことを告げた。
 
「何っ、まだ中も見てなかったが、森で偶然拾ったアレはそんなどえらいものだったんか!」
 
 目を丸くした依頼人はしばし考えるような仕草をしていたが、シグルトたちにその本の処分を頼んだ。
 ロマンが家の調査をするために本棚や各部屋を調べたことを告げるが、おかげでこんな危ないものが処分できるから、と責めることはなかった。 
 
「そうそう。
 
 …悪ぃが、報酬は後日ってことで頼む。
 家に入れなかったせいで、今は手持ちの金が無いんでな。
 
 まあ、明日には、この宿の亭主を通してそちらさんの手に渡るだろうよ」
 
 一行はそれに頷いて依頼人と別れると、本の処分方法について相談を始めた。
 
 去っていく依頼人のラグアツを、ラムーナが不安そうに見送る。
 
「どうしたんじゃ、ラムーナ?」
 
 スピッキオの問いにラムーナは、ううんと首を振った。
 
(今、ラグアツさんの背後に何か黒いものが見えたけど、気のせいだよね…)
 
 内心の不安を隠しつつ、ラムーナは件の本が入った袋を眉をひそめ眺めた。
 
 
 次の日の早朝である。
 
 親父に叩き起こされた一行は、何事かと聞いた。
 
「昨夜、あのラグアツっていう依頼人の家から悲鳴が上がったのを聞いた奴がいてな。
 
 行ってみたら、ズタズタになったラグアツの遺体が転がってたそうだ。
 
 お前たち、何か心当たりはないか?」
 
 話の途中でシグルトは席を立つ。
 ラムーナが頷く。
 
 シグルトは本の入った袋を引っつかむと駆け出すように宿を飛び出した。
 ラムーナがそれに続き、他の仲間たちも慌ててそのあとを追う。
 
 宿の親父はぽかんとそれを眺めていた。
 
「ちょっと、シグルト!
 
 何いきなり話の途中で…」
 
 レベッカが隣でシグルトを叱咤しようとして、止める。
 
「…何?
 
 肉の腐ったような臭いがするわ」
 
 鼻のいいレベッカは周囲を見渡して、シグルトたちが走って逃げた理由を理解した。
 背筋の凍りつくような眼差しが多数シグルトたちに向けられている。
 
「レ、レイス!!!」
 
 ロマンが4体の腐肉の付いた骸骨のようなそれを見て真っ青になる。
 黒いローブを纏い、長大な凶々しい鎌を携えたそれは、時折耳にする死神の姿にそっくりだ。
 
「ま、まずいよ!
 
 あいつら一体でもこの前戦った夢魔より強いんだよ…
 やつらの青白い手で触れられたら、命を全て吸い取られちゃう!!!」
 
 一同の顔が一斉に引きつる。
 
「しかもあいつらには魔法や銀の武器しか効かないんだ。
 
 今の僕らじゃ…」
 
 シグルトがそれ以上言わなくていいと手で制した。
 
「俺にもあの化け物どもがかなり拙いものだってことは分かる。
 
 とにかく逃げよう。
 武器の効かない相手なら、今の俺たちでは戦いにならない」
 
 息を切らしながら一目散に逃げる。
 
 だがレイスの一群は執拗に追い掛けて来る。
 冒険者達は体力の持つ限り必死に走り続けた。
 
「ちっくしょう!
 
 こんなんなら聖水の一本も買っとくんだったわ!!!」
 
 悪態をつきながらレベッカは仲間の逃走具合を確認しつつ、ふと盗賊ギルドになっていたアレトゥーザの廃教会で見つけた《それ》を思い出した。
 
「え~い、こうなりゃ自棄よっ!!!」
 
 レベッカが投げたのは聖水の製作に使う塩だった。
 調味料にも使えそうだと掠め取っていたのだ。
 
 盛大にばら撒いた《それ》に触れたレイスたちが煙をあげて怯む。
 
「今回だけは神様ありがとう、だわ!」
 
 一行はその隙になんとか逃走を成功させたのだった。
 
 
「はぁ、はぁ、もう追って来ないよね…」
 
 ロマンが息苦しそうに喘いで言った。
 
「そ、そのようじゃの。
 
 まったく、年寄を走らすでないわ…」
 
 ぐったりとスピッキオが座り込む。
 
 一行はリューン近郊の都市ベレの手前で再度背後を振り返った。
 数多の亡霊の姿はそこから既に消え失せていた。
 
 レベッカの行動で逃げ切ったシグルトたちはどうにかこの都市までたどり着くことができた。
 
「しかし、あんなものに追われていてはろくに宿も取れないな。
 
 かといって野外の闇の中で一晩過ごす状況を、やつらが放って置いてくれるとも思えんし…」
 
 シグルトはどうすべきか、と一同を見回す。
 
 ロマンがしばらく考えていたが、何か思いついた様子でスピッキオの方を向いた。
 
「ねえスピッキオ…
 
 確か悪魔や不死者(アンデッド)を退ける教会の儀式があったよね?
 数日間死神を退けるものがあったと思ったんだけど…」
 
 ロマンの言葉にスピッキオが頷く。
 
「うむ。
 
 だが、アレを行うにはいくつか道具がいるし、わしは専門の悪魔払い師ではないからの。
 できるといっても、やつらから数日姿をくらますぐらいじゃな…」
 
 ロマンはそれでも何もしないよりまし、とスピッキオと話し合い、レベッカに道具が調達できるか聞く。
 
「ふんふん?
 
 ま、なんとかするわよ」
 
 レベッカはスピッキオが言った道具一式を覚え、半時で全てを調達して見せた。
 
「今はどのように手に入れたかはあえて聞かんがの。
 
 後で懺悔してもらうわい」
 
 そういうと、スピッキオは仲間に祈りの言葉を唱えながら祝福を授け始めた。
 
 その後一行は走り過ぎでパンパンになった足の筋肉を引きずりながら、適当な冒険者の宿を見つけて部屋を借り、やや手狭だが洗濯されたシーツのかけられたベッドに倒れこんだ。
 すると部屋をノックするものがいる。
 
 一同は思わず緊武器を構える。
 
「…だれだ?」
 
 シグルトが扉の外に向けて聞く。
 
「願わくば、ビゾスの書を知る者として話がしたい。
 
 ここを開けては戴けぬか?」

 低い小さな声がドアの外から微かに聞こえる。
 
 それでピンときたシグルトは本の入った袋を指差し、頷く。
 
「ビゾス…レイス。
 
 そうか、もしかして…」
 
 ロマンは頷いてシグルトに外の人物を部屋に入れるよう促す。
 外の気配を確認したレベッカも頷いた。
 
 シグルトは扉を開けることを外に告げ、実行する。
 
 外にいたのは一人の小さな老人であった。
 古びたローブをまとい、虚ろだがしかし強い視線をこちらに投げかけている。
 
「夜半の訪問で済まぬ。
 
 儂の名はシンシウス。
 彼のビゾスの書に呪詛されたる者の一人じゃ」
 
 老人…シンシウスは部屋に入ると名乗り、扉を閉めるよう促した。
 
「話というのは…?」
 
 シグルトが油断ない構えのまま聞く。
 
「…リィンクフという魔術師を御存知かな?」
 
 一同が首をかしげる中、ロマンが前に出た。
 
「かなり異端な魔術の研究をしていた人だよね。
 
 この間読んだ、焚書を免れた古い魔術の歴史書で、少しだけ見たことがあるよ」
 
 シンシウスはじろりとロマンを見た後、うむと首肯する。
 
「驚いた坊やじゃ。
 
 ではビゾスの書についても?」
 
 少しだけ、とロマンが受ける。
 
「ビゾス…確かセネンツという魔術言語で〝世を厭う〟という意味。
 加えて青表紙で無名の魔方陣の書。
 
 リィンクフの書いたたった一冊の著書。
 行方の分からなくなった忌まわしい呪法を記したものがあるって聞いてるよ。
 僕は死霊魔術についてはそんなに詳しくないけど、知り合いの隠者さんの話では、そっちの世界で指折りの魔導書だって話だよね」
 
 シンシウスは大きく頷いた。
 
「彼の書はその内に、既に没しし魔術師の呪いを抱いておる。
 
 数多の死神を生み出す呪いをな」
 
 だからレイスが追いかけて来たんだね、とロマン。
 
「左様。
 
 主らが死神に付け回されたのは彼の書を開いたことが全ての起因。
 
 死神共は彼の者の僕、彼の書の存在を知る者を生かしてはおかぬ。
 今も我らを探しておることだろう」

 そして、シンシウスは語った。
 リィンクフとビゾスの書についての話を。
 
 
 リィンクフは若くして賢者の塔に才能を認められた魔術師だった。
 齢を重ねるにつれ黒魔術に魅せられるようになり、終いには賢者の塔を追われるまでに至った。
 しかし死者の蘇生と魔族の召喚を主とするリィンクフの研究は裏の世界で認められ、一時はとある大きな組織の幹部を務めたこともあるらしい。
 だが何かの理由で組織から脱退した後は、自分の研究に没頭する隠居生活を送っていたそうである。
 
「ビゾスの書は魔術師リィンクフが書き著した唯一の書物じゃ。
 強大な魔力が込められており、低級の妖魔ならばその力に引き寄せられることもあろう。

 並の人間に内容を見られることの無きよう、特殊な魔法が掛けられておる。
 
 そしてここが肝心な所であるが、彼の書の存在を知る者は魔術師リィンクフの呪いにより、永遠に死神に追われ続けることとなるのだ。
 その呪いが如何なる理由で施されたかは定かではないが、一度呪いを受けたとなると逃れようがない。
 
 書物の深い内容については、語る必要もなかろう。
 興味を持たぬが得策というものじゃ」
 
 少し間をおき、シンシウスはレイスについても語る。
 
「レイスの数は如何に少なく見積もろうとも、恐らく百を越えよう。
 彼の魔力は死神に殺められた屍骸をも、また同じく死神へと変える。奴等は増えておるのじゃ。
 
 奴らに自我というものは無い。魔力によって動き続ける傀儡に過ぎぬ」
 
 シンシウスは語り終えると、理解なさったかな?と確認した。
 
「…それで?

 どうして俺達に、こんな話を持ち掛けてきた?
 恐らく単なる警告ではあるまい」
 
 シグルトが聞くとシンシウスはしばし目を閉じて沈黙した。
 そして目を開くと何かを覚悟したような真摯な眼差しでシグルトを見返した。
 
「彼の魔術師…リィンクフを完全なる消滅に導く助力を願いたい。
 
 彼の者は確かに死した。
 しかし、彼の者の魂は未だ死んではおらん。
 死に切れておらんのじゃ」

 シンシウスはリィンクフの魂の消滅こそが呪いを解く方法であること。
 リィンクフの魂を封じるために作られた墓の中に、ある水晶球があること。
 水晶球がリィンクフの魂が不永久に存続させることの出来るよう、ある特別な魔法を掛けられていること。
 そしてその水晶球を破壊すれば呪いが解けるだろうと語った。
 
「少々信じるには難い内容であったかな。
 じゃが、儂の述べた事柄は全て真実じゃ。
 
 …主らがどうとるかは別としてな」
 
 シグルトは黙って聞いていたが、仲間に促すと、シンシウスを信頼する旨を告げた。
 
 そして翌日、“風を纏う者”はシンシウスに案内されて、リィンクフの墓があるというジンキンの森を目指した。
 
 
「ジンキンの森…
 
 『深魔の森』と呼ばれる霧深き魔物の巣窟、か」
 
 シンシウスがシグルトたちに情報を提供し、協力を求めたのは、この森が魔物の出没する危険な場所であるからだった。
 魔物との戦いと、そして罠が仕掛けられているであろうリィンクフの墓の探索。
 冒険者としての能力を頼ってのことであった。
 
「それにしても、こう霧が深くちゃ、墓を探すのは難しいわ。
 
 魔物の襲撃も考えられるし、せめてもう少し視界が広がるとありがたいんだけど」
 
 それに対してスピッキオが、天候に不満を言うても仕方あるまいて、と顎をさすった。
 
「…なるほど。
 
 僕が何とかするよ。
 まさか、早速この呪文が役立つなんてね」
 
 ロマンはそういうと、目を閉じていたほうがいいよ、と告げる。
 そしていつもと少し違う調子で呪文を唱え、両手を広げるように大きく振るった。
 
 ビュォォオオ~
 
 一行の周囲を凄い突風が吹きぬけ、目を開けるとかなり霧が除かれて、視界が広くなっている。
 
「ラグアツさんのところで得た呪文だよ。
 
 僕はこういう精霊術や霊能的なまじないの類は特別得意ってわけじゃないんだけどね」
 
 視界が広がったことで調査がしやすくなったと、レベッカが慎重に墓を探す。
 
「…はあ。
 
 視界が広くなってありがたいのは私たちだけじゃなかったみたいね」
 
 しばらく進んで、レベッカは駆け寄ってくる妖魔の集団を指差す。
 
 シグルトは剣を抜き、戦闘の指示をした。
 
 
 ゴブリンたちはシグルトたちの敵ではなく、かすり傷1つなく4匹のゴブリンを瞬く間に倒してしまう。
 
 シグルトはゴブリンが持っていたらしい片刃の斧を拾っていた。
 
「こう、腐った木や蔦が多いと困るからな」
 
 レベッカと協力しつつ、道を作りながら進んでいく。
 
「北に洞窟らしきものが見えるわ…」
 
 大きな潅木や茂みを押しのけ、シグルトたちは奥に進んでいく。
 
「…ねぇ、シグルト。
 
 何故もっとしっかり蔦を切ったり、茂みをまとめて薙ぎ払ったりしないの?
 効率悪いよ」
 
 ロマンが不思議そうに尋ねた。
 シグルトは必要最低限しか道を作らず、蔦も出来るだけ端に寄せているのだ。
 
「無駄にそれをやると木に嫌われてしまうからな。
 
 あまりこいつらを泣かせたくはない」
 
 シグルトが軽く近くの木に触れると、サワリと枝が揺らめいた。
 
 仲間の誰にも聞こえないのだろうが、シグルトには木々のざわめきから、なんとなく彼らの意思が感じられるのだ。
 明確な言葉ではないが。
 
 アレトゥーザの『蒼の洞窟』を頻繁に訪れ、その洞窟に住む精霊術師のレナータと親交を持つうちに、シグルトは昔から持っていた森羅万象の全てから感じられる声や気配をよりはっきり感じられるようになってきた。
 レナータは、シグルトにも精霊術師としての素質はあると言っている。
 
 だが木々を傷つけないかわりに、シグルトはレベッカが驚くほど、どっちに行くか正確に把握していた。
 
「ふむ、わずかじゃがシャーマンの素質があるようじゃな…」
 
 後ろでシンシウスがぼそりと呟いた。
 
「話してるうちに着いたわよ。
 
 ここじゃない?」
 
 レベッカが指し示した先には、ポッカリと洞窟が口をあけていた。
 

「くっ、しまった…」
 
 レベッカが顔をゆがめる。
 
 洞窟をくぐった瞬間感じた違和感と疲労感。
 
「気持ち悪いのう、なんじゃこれは?」
 
 それにレベッカが憮然とした顔で言った。
 
「マジックトラップよ。
 
 たぶん、魔法を使うための力は根こそぎやられてるでしょ?
 私も、集中して鍵開けしたりとか、難しいかもね」
 
 だが休めるような雰囲気ではない場所である。
 
「いざというときはロマンが調合してくれた薬を使おう。
 
 ただ、これは貴重品だから無駄にしないようにロマンがあずかってて使うんだ」
 
 シグルトは荷物袋から【若返りの雫】の小瓶を取り出してロマンに渡す。
 
「うん、わかった」
 
 ロマンが頷いて受け取る。
 
 
 リィンクフの墓の中は完全な人工の建物であった。
 
「すまんがレベッカ、罠の類は頼んだぞ」
 
 マジックトラップのせいで一同は顔色が優れない。
 シグルトの声に、はいはいとレベッカは頷く。
 
「ま、道具や技に頼るだけが能じゃないってね。
 
 やるだけやってみるわ」
 
 レベッカは面倒くさそうに、一行の先頭を歩いていく。
 
 三又に別れた道の最初は西。
 
 何事もなく通路の突き当たりにつく。
 
「あ…」
 
 宝箱、とラムーナが指差す。
 
「こんな通路の端っこに、ね。
 
 絶対罠が仕掛けてあるわ。
 ちょっと待っててね」
 
 レベッカは紛らわしい罠ね、といいつつ、さっさと罠を外してしまった。
 
「どか~ん、となる罠ね。
 
 中身はこんなのよ」
 
 一同、思わず沈黙する。
 
「…お目々?」
 
 ラムーナが首をかしげた。
 それは眼球のような怪物を模した不気味なペンダントだった。
 
「趣味が悪いけど、護符(アミュレット)の類ね。
 
 つけたい人、いる?」
 
 一同が横に首を振るとレベッカは、じゃ換金ね、といってさっさとしまってしまった。
 
 今度は東の通路に向かう。
 
「あ、また宝箱」
 
 そこには西の通路と同じように箱が置かれていた。
 
 レベッカは調べてさっさと開けてしまう。
 
「今度は毒針ね。
 
 中身はこれ」
 
 それは不思議な色と形の石だった。
 
「へぇ、【黄泉の石】だね。
 
 ベレの北で珍重されてる希少な石だよ。
 原石みたいだけど、売ればそれなりのお金になると思う」
 
 ロマンの言葉にレベッカは、苦労した甲斐があったわと石を撫でる。
 
「今回は依頼人に死なれちゃって報酬が無かったからねぇ。
 
 さっきの目玉とか、ちょっとは収入になりそうね」
 
 依頼人は気の毒だったけど、あんな変な本拾ったから自業自得ね、とレベッカは石をしまいこんだ。
 
 
 最後は北に延びる長い通路だった。
 
 途中でレベッカが立ち止まる。
 
「なるほどね。
 
 何の変哲も無い通路が続いて、油断したころでぺちゃんこか。
 
 落石のトラップよ。 
 ちょいと難しそうだから離れててね」
 
 レベッカはしばらく壁やら床やらで何かしていたが、これでよし、と先に歩いて一同を誘導する。
 
 その奥には東に大きな扉があった。
 
「この鍵は私じゃ無理ね。
 
 魔法のかかったりした専用の鍵で無いと開かないわ。
 先に行きましょう」
 
 その先は西と北に通路がのびている。
 最初に西に行き、行き止まりであることを確認すると、今度は北に向かう。
 
 北には大きな扉がある。
 しばらく調べていたレベッカは、一同に一本の大きな赤銅色の鍵を見せつつ言った。
 
「ここに落ちてたんだけど、この扉のじゃないわ。
 
 でも、たぶんさっきの大きな扉の方のでしょうね」
 
 レベッカの勘は正しく、東の扉は簡単に開いた。
 その先には下り階段がある。
 
「この先には何かおるようじゃ。
 
 儂は戦いは出来ぬ故、ここで待たせてもらう」
 
 シンシウスは黙って後ろに下がった。
 一行は彼を残すと、階段を慎重に下っていった。
 
 地下へと続く階段の切れた先は小さな部屋だった。
 上部の雰囲気とは違い、明らかに空気の質が違う。
 魔力が働いていることが分かる。

 部屋の片隅には大きな顔をした石版が、その傍らには9つの水晶球が石をくり貫かれて埋まっている。
 反対側には扉も見える。
 
 ガダン!
 
 一行が全員部屋に下ると、突然階段が先ほどの階段が消失した。
 部屋の隅の扉を開こうと試みるものの、上階の扉同様鍵が掛けられており、極めて頑丈で全く開こうとしない。
 
「ありゃりゃ、見事にはめられたみたいね、あの爺さんに…」
 
 そう言うわりには落ち着いた口調のレベッカである。
 
「随分と落ち着いておるの。
 
 わしらは閉じ込められたんじゃぞ?」
 
 そう言いつつスピッキオも落ち着いたものだ。
 
「まあ、あのおじいさん、いかにも他に隠し事がありますって感じだったからね。
 
 あそこで残るって言い張った時点でみんな、おかしいと気付いてたんだ?」
 
 そうロマンが尋ねると、ラムーナ以外は頷いた。
 
 ラムーナは壁の石を見ている。
 
「この石版…セネンツだね」
 
 セネンツは一部の魔術師の間で暗号として使われている文字である。
 極寒の国の者がごく稀に使用するのみであるが、今はそれも極めて稀少だ、とロマンが説明した。
 

「我は光と闇とを示す石版。
 
 二つの扉を司り、一つの水晶を司る」
 
 すらすらと暗号を解読してロマンが石版に書かれた言葉を読み上げる。
 それに応えるようにその下に新たな光が浮かび上がった。
 
「大いなる光明の下、我が前に鍵を指し示せ。

―さすれば一つの扉は開かれん」
 
 そう読み終えたロマンは、ああこの手の謎かけか、と石版の傍らの9つの石を見た。
 
 そして次々に石に触れていく。
 
「大いなる光明の下っと。
 
 これで全部光ってるね。
 レベッカ、さっきの鍵を出して」
 
 ロマンは受け取った赤銅色の鍵を石版にかざす。
 まばゆい光が生まれ、溶けるように鍵が消え、そして石版の下に別の銀色の鍵が落ちている。
 
 その鍵で横にあった扉が開く。
 
 ロマンは扉を出ようとする一行にちょっと待って、と言って石版を指差す。
 
「おう、文字が別のものになっておるの」
 
 ロマンがまたそれを読み上げる。
 
「我は光と闇とを示す石版。
 
 二つの扉を司り、一つの水晶を司る。

 偉大なる神の下、我が前に鍵を示せ。
 
 ―さすれば一つの扉は開かれん」
 
 そしてスピッキオに、偉大なる神の下って何だと思う?
 と聞いた。
 
「むう、わしはこの手の謎かけは苦手じゃ…」
 
 スピッキオが唸る。
 
「セネンツは、聖北教会成立以降の言葉だよ。
 
 神々でないから多神教のことじゃない。
 で、この石で示せそうな大いなる神の証と言ったら…」
 
 ロマンはまた石に触れていく。
 
「なるほど、聖印の形というわけか…」
 
 十字になった石の光。
 ロマンは先ほどの銀の鍵を石版にかざす。
 
 先ほどと同じように銀の鍵は溶けるように消え、石版の下には金色の鍵が残されていた。
 
「多分この鍵でさっきの北の奥にあった扉が開くよ。
 
 さあ、行こう!」
 
 一行はロマンの言葉に頷くと、石版横の扉をくぐり、その先の階段を登る。
 階段を登り終えると、それは消えてしまった。
 
「ここは…さっきの西の行き止まりね。
 
 よく出来た仕掛けだこと」
 
 そして一行は北にある最後の扉に向かうのだった。
 
「この先にリィンクフの水晶球があると思う。
 
 でも、今までのパターンで知恵が試され、手先の器用さが試されたから、今度は力ってとこかな?」
 
 それにシグルトとラムーナが頷く。
 白兵戦はこの2人の領分だ。
 
 扉を金色の鍵であけると、一行は気を引き締めて扉をくぐった。
 
 予想通り奥に進むと、部屋の中央に一体の彫像があることを認識するや否や、それは命を吹き込まれたものとして一行に襲い掛かってきた。
 
「ガーゴイル…
 
 く、【魔法の矢】が使えれば!」
 
 動く彫像…この手の魔法生物には【魔法の矢】がとても効果的なのだ。
 
 ロマンの横をシグルトとラムーナが駆け抜ける。
 
「やぁぁ!!」
 
 ラムーナが空中で一回転してその遠心力を加えた蹴りを食らわす。
 そしてさらに敵を足場にしてもう一度跳躍する。
 
「あの娘ったら、余力を残しておいたのね…」
 
 ラムーナは蹴った相手の固さに顔をしかめつつも、さらに空中から動く彫像の関節部分に攻撃を叩き込んでいく。
 
 シグルトの攻撃が敵をひきつけてそれた瞬間、背後からレベッカが止めを刺した。
 首の後ろの関節部分に短剣をピンポイントで叩き込まれたガーゴイルは、ひび割れて動きを止めた。
 
「はい、お終いっと」
 
 レベッカがひょいと彫像を押すと、倒れて粉々になる。
 
 一行はあらためて部屋を見渡した。
 
 そこは静かな空間だった。
 人気はおろか、つい先程まで肌にぴりぴりと感じていた魔力さえ、今では微塵も感じられない。
 
 部屋の奥のやや高い位置に、例の魔術師のものであろう墓が見える。
 老人の姿も、話にあった水晶球の姿もそこには無かった。
 
 不意に何者かの気配を感じる。
 
「遅かったの。
 
 待ちくたびれたぞ」
 
 それはシンシウスであった。
 
「ふう、茶番はもう終わりにしようよ、おじいさん」
 
 ロマンが何もかも知っているかのように老人を見据えた。
 
「ふふふ、苦労をかけたようじゃ。
 
 主らには地下の封印を解いてもらう必要があったからな。
 
 その間に、儂の方の準備も整った。
 ぬしらはようやってくれたわ。
 お陰で、儂は間も無く自由の身となる瞬間を迎えることが出来る…」

 老人の眼がぎらりと光り、一行を探るように見つめる。
 妖魔の眼をし、ローブを纏った老人の姿はさながら死神のようであった。
 
「御託が好きなのは年をとりすぎてるからだね、リィンクフ。
 
 お互い、早く用件を済ませようよ」
 
 ロマンの言葉にスピッキオが目を丸くする。
 
「…気付いておったか」
 
 頷いたロマンは老人の横を指差した。
 
「あのタイミングで尋ねてきたときから、普通の人じゃないと思ってたよ。
 
 森でよく見たら影がなかったからね。
 それにおじいさんの言葉、かすかにセネンツの発祥地の寒冷地の訛りがあるし。
 
 話してくれた知識を含めて、考えたらなんとなくね」
 
 そうか、と言った老人は苦笑した。
 
「…では用件に移ろう。
 
 これが彼の魔術師の魂をこの世に留める忌まわしき水晶球じゃ」

 そう言って老人は鮮やかな青の色を湛えたビー玉大の大きさの水晶を、何処からとも無く取り出した。

「これを粉々に破壊せい。
 
 主らの力を以ってすれば容易い事じゃろうて」
 
 ロマンがシグルトに促す。
 
 シグルトがふるったただ一刀で、あっけなく水晶球は粉砕された。
 
「良い判断じゃ…そしてようやった。

 これで我が身はついに自由の世界、神の下へと行けるというものじゃ
 
 …ふははははっ!
 ついに自由の身を手に入れぞ!」
 
 老人は不気味に笑い、その笑い声は狭い部屋の天井に木霊した。
 一瞬、一行は老人の目に涙が浮かんでいるのに気が付いた。 

 ようやく老人は笑い終え、しばしの沈黙を置いて彼は一言、言い捨てた。

「さらばじゃ、友よ。
 
 そして儂等は二度と会うことは無かろう。
 主らの働きに感謝するぞ」

 そう言い残すと老人の姿は跡形も無く消え去った。

「…聖北の神ってそんなに寛大かな、リィンクフ。
 
 咎人が死後に救いを求めるなんて、ナンセンスだよ」
 
 ロマンはそう呟くと、部屋の奥の祭壇のような場所に、いつの間にか置かれていたビゾスの書を手に取った。
 
 セネンツで書かれたそれは、2つの章に分けて書かれていた。
 
 『魔求の章』という最初の章には、リィンクフの技術や知識、禍々しい実験について書かれている。
 
 そして『消身の章』という次の章には自伝が長々と綴られている。
 どうやらこの魔術師は酷く厭世的な人間であったようだ。
 自我への執着が並々でないことも窺い知れる。
 
「ビゾス…セネンツで〝厭世〟か」
 
 ロマンは章の終わりに、例の老人が話していた事について書かれた件を発見した。


 このビゾスの書は我が分身である。
 我が魂の望む限り、死すべき罪ある者を喰らい、世を呪い人を呪うであろう。

 そして深魔に潜る我が墓の、安らかに眠る我が肉体の横に、魔の水晶と共に我が魂は永久に存続するであろう。

「まったく、迷惑なおじいさんだよね。
 
 なぜ気が変わったかは知らないけど、この書のせいで僕らを含むどれだけの人が巻き込まれたことか…」
 
 そしてロマンは、その下に新たな光と一緒に浮かび上がった文字を読む。
 
〝ろくな挨拶も無しに、突然去ってしまってすまなかった。
 そして我が正体を意図的に隠していたことも詫びるとしよう。

 厭世の書を読んだとあらば、大方のことは理解できたであろう。
 ぬしらの想像する様、儂はこの世に留まる亡霊と同じであった。
 
 今考えてみると愚かしき事ではあるが、儂は死期を近く迎えた頃にこのビゾスの書を記し、無限の死神を生み出す魔法を施した。
 
 不謹慎ながら、この永遠に回る厭世の死の歯車を見て、儂は初め非常に愉快であった。
 死神が死神を生む姿を美しいとさえ思った。
 
 しかし、時は儂を変えた。
 この殺戮の繰り返しは、世界の掟よりも不合理で無意味に過ぎないと思うようになった。

 ぬしらには感謝しておる。
 そして、儂の責任であるにも拘わらず、ぬしらを巻き込んでしまったことをすまなく思う。
 しかし、儂は水晶に直接触れる事ができず、誰かを必要とするしかなかったのだ。
 それだけでも理解を頂ければ恐悦至極である。

 儂に殺された者もどれだけ儂を憎んでいることであろうか。
 その罰はこれから神の前で受けることになるであろう。

 無駄話をしてすまなかった。
 もう時間だ。
 僅かに残る自我も今にも消えかからんとしている。
 そう、儂は晴れて死の世界へ…〟
 
 そこで言葉は途切れた。

「はぁ…気付けなかったのかな、最初から。

 結局、世界を責める人間なんて、自分が世界に負けてしまった敗北者なんだよ。
 世を厭うなら、他人に迷惑をかけず1人で悩んでればまだましだったのにね。
 
 これだから大人って…」
 
 ため息を吐いたロマンは、ビゾスの書を祭壇に戻すと、帰ろう、と一行を促した。
 
「…そうだな」
 
 シグルトがいつものように苦笑した。
 
(リィンクフ…
 
 世の中は理不尽だけど、同じくらい面白いものだよ。
 それに気付けなかったのは愚かしいことだよね)
 
 ロマンが最後にビゾスの書を一瞥する。
 そのときロマンの手にビゾスの書から一枚の紙が飛んできた。
 それを掴んだロマンが内容を確認する。
 
「【霊魂誘引】の呪文ね。
 
 お礼としてはセンスがないよ、本当。
 まぁ、賢者の塔に持ち込んでこの手の呪文を研究してる人に格安で譲るよ。
 
 おじいさんの知識を少しは役に立ててくれるんじゃない?」
 
 そう言って呪文を懐にしまうと、ロマンはもう振り返らなかった。
 
 
 その後、ジンキンの森から妖魔の姿は消えてなくなり、いつの間にか深魔の森と呼ばれることも無くなったそうだ。
 妖魔の出没が途絶えた後、森に入るようになった木こりらが例の墓を発見したそうだが、中には古びれた本が一冊在っただけであった。
 当然魔術師間の暗号など読める筈も無い彼らには、その書の意味、価値は分からず、結局その書はそこに置き去りにされ、忘れ去られた。
 誰の目にも留められることなく、人々の忘却の彼方へ消え去ったその書は、何時しかその墓からも姿を消した。
 
 以後、其の書の消息を知る者は居ない。

 
 
 ダワサさんの『厭世の書』です。
 
 話の展開がとても面白く、適度な緊張感があるシナリオ。
 でも、レイスとの戦闘で逃げずに全滅した人も多かったかも。
 
 本来冒険者は戦闘のみが専門家ではありません。
 相手に勝てない、と思ったら即座に逃げることも大切でしょう。
 
 でも、このシナリオ、宿でレイス戦を始めるのだけは凄まじく違和感がありました。
 逃げたら親父たち、困るだろ!
 思わず突っ込んでたり…
 
 総合的にはよくできたシナリオです。
 
 実はラムーナ、前の戦闘で召喚獣が残ったままだったので、ガーゴイル戦はあっけなく勝てました。
 闘舞術や召喚術はあらかじめ付帯しておくと強いです。
 
 
 今回はロマンが主役でした。
 意外かもしれませんが、ロマンは謙虚で努力家です。
 ひねくれてますけど。
 
 彼は実は好戦的な呪文は苦手な(彼の価値観で)方です。
 平和性+1なので。
 
 でもロマン、知力の関わる呪文は全て適性が緑玉という化け物で、しかも精神力の関わる呪文もそこそこ使いこなせます。
 知力12、精神力9…子供じゃないですよね、普通。
 
 子供っぽい純真さ(彼、狡猾性は±0なんです)もありますが、かなり大人っぽい視点も持ってるアンバランスなキャラクターです。
 
 まだ10歳ですが、これからこの少年も成長するでしょうね。

 
 以下、手に入ったものです。
 
◇スキル 
・【強風】×1
・【霊魂誘引】×1
 
◇アイテム 
・【眼球のお守】×1
・【黄泉の石】×1
 

【強風】売却300SP
【霊魂誘引】売却500SP
 
【眼球のお守】売却300SP
【黄泉の石】売却500SP
 
 合計1600SPになりました。 
 
  
 この後の道中で、ロマンは頑張った御褒美に呪文を1個習得します。
 
 NIFQさんの『賢者の街キルノレ』で、【焔の竜巻】をです。
 このスキルが以下に素晴らしいスキルであるかは、次回で。
  
・【焔の竜巻】習得(-1000SP ロマン)
 
 
◇現在の所持金 2431SP◇(チ~ン♪)
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『歯の欠けた鍬』

 ザッ、ザクッ…
 
 振り下ろす鍬が固い地面を砕いていく。
 ぐいと鍬を引き、土を起こす。
 大きすぎる土の塊は鍬の先の背で叩いて砕く。
 ある程度土をならし、また繰り返す…
 
 シグルトはひたすら広大な大地を耕していた。
 
「…ふぅ」
 
 汗で滑るので、それをぬぐってまた鍬を振る。
 だが、シグルトはふと側でじっと見ていた娘を見た。
 
「…楽しいか?」
 
 そう尋ねると、娘は首をかしげた。
 
「えっ、何がですか?」
 
 シグルトはまた作業を始めると、野良仕事を見ていることだ、と言った。
 
 すると娘は、ふわりと笑って頷いた。
 
「…ええ、とっても。

 来年も豊作だろうなって思うと、嬉しくなってきちゃって。
 
 それに、貴方が仕事してる姿…素敵だもの」
 
 シグルトは苦笑いしてまた鍬を振るった。

「今日の夕食は上手くいきそうか?」
 
 鍬を振るいながら、からかうように娘に言う。
 
「…私だって、失敗せずに作れる時はあります!」
 
 すねたように口を尖らせる娘に、明日の天気が心配だな、と軽口で返す。
 これは彼女が望んでいる自分であろうから。
 
「もうっ!」
 
 怒ってそっぽを向いた娘。
 シグルトはかまわずにまた鍬を振る。
 
「…もう、どれくらいになったか」
 
 作業中に呟くようなシグルトの言葉に、娘が、どれくらい?と振り向く。
 
「…一緒になってからだ」
 
 鍬を振りつつまた呟く。
 
「あっ、ええと。

 2…いえ、3年くらいかしら」
 
 娘は指折り数えて言った。
 そうか長いな、と呟いてシグルトは大きな土の塊を砕いた。
 
「あっという間でした」
 
 丁寧で他人行儀な口調の娘。
 
「でもこれからは、もっと長く、もっと早く過ぎると思うな。

 きっと」
 
 そう呟くのは年頃の娘のようだ。
 
 娘の不自然な口調に気付きつつ、何も言わない。
 シグルトはまた黙々と大地をならし始めた。
 そして気付いたように言う。
 
「先に帰るといい。

 もう少しで今日の分が終わる」
 
 娘は私も手伝う、と言って側に来る。
 シグルトはそれを制して、食事を暖めなおさなくていいのか?と尋ねた。
 
 それを聞いて、何かに気付いたように声を上げ、娘が走り去っていく。
 
「…また今日も香ばしい夕食になりそうだな」
 
 苦笑してシグルトは最後の作業に取り掛かった。
 
 
 家に戻ると何かが焦げた臭いが漂ってくる。
 
 シグルトは鍬を置いて、必要になるだろう新しい薪を取りに小屋の入り口をくぐった。
 そして薪を小脇に集め始めたが、ふと一本の薪を凝視する。
 黒い斑がついたそれは、禍々しい瘴気を感じさせる。
 
「…ようやくか」
 
 そういって、ふとあの娘の笑顔を思い出す。
 シグルトは口元を引き締めると、その薪を掴んで小脇のそれに突っ込んだ。
 
 
「ごめんなさい、その…」
 
 泣きそうな娘に、お前は焦げたものを片付けてくれ、と言ってシグルトはかまどに薪を放り込んでいく。
 
「…はい」
 
 娘は真っ黒な何かの入った鍋を持って、井戸の方に駆けていった。
 シグルトはそれを見届けると、あの黒い斑の薪をかまどにくべた。
 
 かまどの内側に伝染したかのように、その黒い斑が生まれる。
 
 シグルトは、この生活がまもなく終わる予感にゆっくりと息を吐いた。
 
 
「あの…食べないんですか?」
 
 用意された食事に手をつけず、ただ黙って目を閉じていたシグルトに、娘が不安そうに聞いた。
 それでも黙っていると、娘は自分が料理を作りそこなったことを反省しているのだろう、ごめんなさい…と顔を伏せた。
 
「…話がある」
 
 シグルトは目を見開くと、責めも慰めもせずそう言った。
 あ…はい、と娘が顔を向けてきた。
 
「他の男たちはどうした?」
 
 少し間を置いた後、シグルトが言うと娘の顔が青ざめる。
 言いたくない、と首を横に振っているが、シグルトは目をそらさずにじっと娘を見据えてさらに言った。
 
「以前、お前と一緒だった連中のことだ。

 話してくれ」
 
 鋭い追及に、娘が一歩さがった。
 
「前にも言いましたが、その話はしたくないんです。

 あの…ごめんなさい」
 
 許しを請うように上目遣いで見る娘。
 
「話してくれ。

 どうしても聞きたい」
 
 間をおかずシグルトはさらに追求した。

「思い出したくないんです。

 後生ですから…」
 
 今にも泣き出しそうな娘を見て、シグルトは目を閉じる。
 
「…最後くらい、聞いておこうと思ったんだがな」
 
 シグルトが目を開くと、動揺して震える娘の姿があった。
 
「えっ?!

 今、なんて…」
 
 シグルトの目には、娘の背後の壁を侵食する黒い斑がはっきり見て取れた。
 
「今日、染みの付いた薪を見つけた。
 
 黒く、現実味のない、底が抜けたような染みだ」
 
 目を見開く娘。
 

「知らないのか?

 穴だ。
 
 虚構が破れたとき、中から見えるものだ」
 
 娘は虚構という言葉を知らないのか、少し歪に首を傾ける。
 
「夢だ。

 要するに、ここだ」
 
 シグルトが円を描く様に家を指差す。
 
「…!!」
 
 娘が息を呑んでシグルトを見る。
 その瞳には驚きではない恐怖が宿っていた。
 
「それでな。

 聞けることは今の内に―」
 
 娘はすべてを言わせずシグルトに詰め寄って彼の服を、ぎゅっ、と掴む。
 
「そっ、その薪!

 まだ小屋にあるんですか?!」
 
 狼狽して娘は、どこ、どこ、と連呼する。
 
「…かまどにくべたよ」
 
 娘はシグルトの制止を振り切ってかまどに向かうと、燃えて赤い薪を手で掴んだ。
 
 ジュゥゥゥ…
 
 肉の焦げる不快な臭い。
 
「うぅっ…ぐっ…」
 
 シグルトが駆け寄ってそれを止める。
 ほとんど突き飛ばすように娘をかまどから引き離した。
 
 その顔は煤と涙に汚れ、手は無惨に焼け爛れている。
 
「夢はいつか終わるものだ。
 
 それに今から何をしても…」
 
 またかまどから斑が広がっていく。
 
「…嫌っ!

 お願い、そこをどいて!!」
 
 娘は泣きながら、シグルトの腕の中でかまどに手を伸ばし暴れている。
 
「話を聞くんだ!
 
 もう、染みが部屋中に広がっている。
 この夢は終わるんだ」
 
 また染みが広がる。
 もう部屋の輪郭すらぼやけている。
 
「…いや。

 お願い、お願い…」
 
 シグルトに懇願する娘は、顔を涙でぐちゃぐちゃにしていた。
 
「…もう、独りはいやぁあ…」
 
 部屋が真っ黒に染まった。
 シグルトも娘もその中に溶けていく。
 
 最後にシグルトは娘の哀願の声を聞いた。
 
「…独りにしないで…」
 
 
 明るい光にシグルトの目が霞む。
 
「…ぬぅ」
 
 全身をつつむ凄まじい倦怠感。
 
「良かった。

 目を覚ましたわ」
 
 レベッカがシグルトを抱き起こす。
 
 シグルトは周囲の仲間を確認し、黙って弱々しく頷いた。
 
「ごめんね。
 
 思いのほか呪縛が強くって、3日も掛かっちゃった」
 
 ロマンの声に、俺にとっては3年だったんだがな、と愚痴の言葉がシグルトの頭をよぎる。
 そしていつものように苦笑した。
 
 
 それはアレトゥーザからリューンへ向かう道中で請けた仕事だった。
 
 夢魔と呼ばれる魔物の退治を依頼されたのである。
 
 夢魔…それは空気より生まれ出でた妖精。
 就寝中の男性に忍び寄り、誘惑する。
 男に幻想的かつ官能的な夢を見せ、精気を吸い尽くし、殺してしまうと云う。

 この化物の退治は困難を極める。
 魔法的、霊的な攻撃で殺す他ないが、簡単に逃げられてしまう。
 夢魔にとって、夜闇は抜け道、男の夢は逃げ込む城となるのだ。
 呪術的手法で退路を塞ぎ、夢から引きずり出すことが、これを滅ぼす上で最も重要である。
 多くの場合、囮になる男性を必要とするが。
 
 近くに住んでいた呪術師を頼り、魔法の短剣を借りて行った夢魔退治であった。
 囮はシグルトである。
 
 しかし、夢魔退治の準備をする間、調べるうちに明らかになったのは、魔女と呼ばれた女と、その娘が夢魔になってしまったという話だった。
 つまり、件の夢魔は元人間だったのだと。
 
 だが、その夢魔の犠牲者は多かった。
 
 “風を纏う者”は夢魔がたとえどんな理由でその存在になったとしても、同情するわけにはいかなくなっていた。
 
 そして、夢魔を誘き寄せて倒さなければいけない段階になったとき、一番危険な囮の任を、シグルトは迷わず買って出た。
  
 
「今すぐ決着をつけるわい!

 手元の短剣、しっかり握っとるんじゃぞ!」
 
 周囲に禍々しい気配が満ちる。
 シグルトを背後に庇い、各々が武器を構えた。
 
 にじみ出るように霞んだ影のようなものが、野太い咆哮をあげて襲い掛かってきた。
 
 
 ラムーナの一閃が、レベッカの突きが影を見舞うが全く効果無くすり抜ける。
 
「そいつには実体が無いんだ!
 
 ここは僕に任せて…
 
 《…穿て!》」
 
 ロマンの指先から放たれた光の矢が影を打ち据える。
 影は一瞬ひるんだように縮むが、また広がり始まる。
 
「ちょっと、ロマン!
 
 ほとんど効いてないじゃない!!」
 
 回避体制をとりながら、レベッカが叫ぶ。
 
「《…主よ、どうかお護り下さい》」
 
 スピッキオの周囲を覆う守りの秘蹟。
 いつでも傷ついた仲間を癒せるように、構える。
 
「待ってて…」
 
 ロマンは魔導書【ジュムデー秘本】を開き、精神を集中する。
 
 影から青白い手が伸びてきてレベッカを掴んだ。
 身体の奥底から何かが抜き取られていく感触に、くらりとよろめく。
 
(…ちっ、精気を吸い取る攻撃ってやつ?)
 
 めまいを振り切る。
 心の奥底から湧き起こってくる、力を奪われたことへの猛烈な怒り。
 
「《…穿て!》」
 
 ロマンの【魔法の矢】がレベッカの精気を吸収して大きくなった影を削る。
 
 スピッキオが、怒りで短剣を振りかざしているレベッカに癒しの秘蹟を与える。
 
「…うぅ、どうしたらいいの?!」
 
 ラムーナが無力さに唇を噛む。
 彼女の攻撃では全く歯が立たない。
 
「ちくしょう、アタシとしたことが!!」
 
 怒りの感情を振り払ったレベッカは、思わずスラング交じりの悪態をついた。
 
 白兵戦の攻撃手段がほとんど効果無い、霊体との対決は思わぬほど状況を膠着させていた。
 
「くそ、やりにくいわねっ!!」
 
 こんなことなら銀製の武器でも仕入れておくんだったわ、とレベッカが毒づく。
 銀は常ならぬ存在にもその光が届くのだ。
 
「《…穿て!》」
 
 3本目の【魔法の矢】が影を穿つ。
 今はロマンの魔法しか傷を負わせられないのだ。
 
 しかし数発の矢を受けた影は、さすがにかなり縮んでいる。
 
「よし!」
 
 レベッカが後ろからロマンを補佐するように銀貨を1枚敵に投げつけてひるませ、集中できる時間を確保する。
 アレトゥーザで訓練した【小細工】である。
 
「《…穿て!》」
 
 ロマンが唱えた4発目の【魔法の矢】は致命的な効果があったらしい。
 
 だが薄れながらも、影は隙を突いてシグルトの方に行こうとする。
 
「こやつ…!

 まだ動けるのか?」
 
 スピッキオが慌ててシグルトを庇おうと動く。
 のしかかってきた影にシグルトが顔をしかめる。
 
「動いちゃダメ!

 今度取り込まれちゃったら、もう…」
 
 今回の騒動に協力してくれた呪術師の言葉を思い出して、ラムーナが叫ぶ。
 
「お前の事は、忘れない…」
 
 シグルトは握っていた短剣を確認すると、影に向かってそれを突き立てた。
 
 魔力の宿った短剣が、影の喉仏を貫いた。

 影は姿を白く濁らせ、蒸気となり、空気の中で溶けていった。

「…まったく、無茶しないでよ」
 
 冷汗をぬぐうレベッカに苦笑するシグルト。
 
「俺の…役目だ」
 
 そう何とか言うと、シグルトの意識は闇に飲み込まれていった。
 
 
「旦那がたも物好きだねえ。

 あんな悪魔の家を御覧になりてえだなんて」
 
 黄ばんだ歯をニッとさせて、卑屈な態度で廃屋を案内してくれている男は、この村の農民である。
 
「どんな娘だったか、ですって?

 そりゃあもう、親が親でしてね。
 蛙の子は蛙、魔女の子は魔女って案配でさ」
 
 憎たらしい魔女め、と男は毒づく。
 
「…あ、ここが居間ですわ。

 左手が台所になりやす」
 
 部屋について気がついたように説明していく男。
 随分細かく教えてくれる。
 
「親父の方は、まあ、まともだったんですがね。

 あの魔女めにたぶらかされて結婚したのが運の尽きでさ。
 
 薄っ気味悪い女で、何処から来たのかてんで分からねえ。

 その上、何にも出来ねえ女でしたぜ。
 手習いどころか炊事洗濯もからっきしだ。
 
 器量だけは飛び抜けてやしたがね。

 まったく、面食いの馬鹿野郎が、魔女の虜になっちまったんだ」
 
 さらに案内してくれる。
 しっかり見ていなければ分からないようなことにも詳しい。
 
「あンの穀潰しを抱えてからというもの、奴は十人分働くようになりやした。

 ああ、そうそう。
 あいつは鍛冶屋だったんですがね。

 子が産まれると、今度は百人分だ。

 魔女2人と一緒になったせいですよ。
 まったく、可哀相な男でさ。
 
 さんざ働いて、魔女に生気とられて、長生きできようもござんせん。

 突然倒れたと思いきや、すぐに神に召されたわけでさ」
 
 おお、恐ろしい、と肩を震わせ男は続ける。
 
「それでですよ。

 あの魔女の母親、野郎が死んだとたん、姿をくらましやがったんだ。
 葬式をあげねえどころか、我が子も置いて行きやがった。

 人の情けなんてありゃしねえ。
 まさしく魔女の仕業でさぁ」
 
 そう言いながら男は立ち止まって、この家の壊れて危ないところを指摘する。
 
「ん?

 魔女の落とし子の悪魔の方ですかい?

 人の姿をしてるときから色狂いの汚らしい厄介モンでしたよ。
 
 知らねえのか、覚える気がねえのか、親と同じで何にも出来ねえ女でしてね。
 その代わり、あの淫売めが、男を誘って銭をとるような真似を始めやがった。
 いや、全くいかがわしい限りでさ。

 男狂いの悪魔に化けたってえのも、頷けるってもんだ」

 先ほどからシグルトは黙っている。
 だが、かなり機嫌が悪そうだ、とラムーナはハラハラしていた。
 
「旦那がたには感謝しとりますよ。

 あの魔女の落とし子の色キチガイの股から先に生まれた汚らわしい売女のゴミクズの悪魔め、ザマアミロだ」

 ぎゅうっと手のひらを握り締めて鋭い視線を男に注いでいるシグルトは、傍で見ているとかなり恐ろしい。
 
 そのことには気付かずに、男は鍛冶屋が使っていたという工房へと案内した。

「随分と嫌われ者だったらしいの、件の女は」
 
 スピッキオの言葉に、そうですともお坊様、と男は歯をむき出した。
 
「そりゃあもう、アイツのしたことときたら!

 幾ら悪態ついても足りやせんぜ」

 拳を中空に振りかざして魔女を殴っているつもりなのだろうか。
 
「なるほどね。

 それにしても、おじさん随分この家に詳しいね。
 まるで勝手知ったる何とかっていう風だよ」
 
 ロマンがやや座った目で男を見る。

「…」
 
 一瞬びくりと背筋をすくめ、男は一行に振り返った。
 
 “風を纏う者”の目は、心配そうにシグルトを見ているラムーナ以外、似たり寄ったりで男を睨んでいる。
 男は初めて自分を見下ろしているシグルトの、鬼でも殺しそうな視線に気付いて震え上がった。
 
「だ、旦那がたには助けられましたぜ、ええ。

 で、でもな、旦那がたたに金を払うのは、お、俺たちなんですぜ。
 
 ぼ、坊っちゃんも何を言いたいか分かりかねますがね、

 そ、そこんとこは、よーく覚えておくべきだと思いやすぜ。
 
 お、俺は先に帰らせてもらいやす。

 後は旦那がたの好きに見物なさりなせえ」
 
 男は逃げるように一行の前から去っていった。
 
「息巻くだけ惨めね。

 ど助平が」
 
 レベッカが男の去った方向に舌を出す。
 
「………」
 
 シグルトは無言で勝手口の扉を開けた。  
 その向こうには荒れ地が広がっていた。

 雑草に隠れているが、目を凝らすと畦(あぜ)のようなものが見える。

 戸口には一本の鍬が立てかけてあった。
 三本刃の粗末なものだ。

 それは修理されることもなく、歯が欠けたままで使われた風だ。
 
 シグルトはその鍬をそっと持ち上げた。
 古びたそれは残った歯も折れそうだった。
 
 鍬の歯の一本を触ると、ぽきりと欠け落ちた。
 
 そこでシグルトは、魔女と呼ばれた娘の名前も知らないことに気付く。
 
「…もし俺が畑仕事に精を出してたら、それを見てどう思う?」
 
 こういうことはめったに言わないシグルトである。
 レベッカは、冗談なんてめずらしいわね~とおどけて見せた。
 
「私もお手伝いするよ~」
 
 にこやかにラムーナが笑った。
 
 シグルトは欠けた鍬の歯を自分の腕を巻く布に挟みこみ、鍬をそっと戻す。
 そして側に咲いていた花を一輪だけ摘んで、その前に置いた。
 
 シグルトの故郷の民間の俗習だが、亡くなった人に関わるものを持ってその人のことを憶えていると、その人は孤独にならず罪も許されて迷わずに救われる、というまじないがある。
 シグルトの右手に巻いた布は親友の、左手に巻いた布はその親友の妹の持ち物を縫いこんである。
 2人とも、もうこの世にはいない。
 
(…憶えておくよ。
 
 お前と暮らした夢の3年間も、お前に止めを刺したことも。
 
 お前にとって夢に逃げるほど現実は地獄だったかも知れんが、俺は生きてるうちにお前と会ってこうなることを止めたかった。
 
 これは俺の未練だと思う。
 だけど忘れないよ。
 
 心元ないだろうが、どうか独りだなんて思わずに、お前の願う天国で休んでくれ)
 
 シグルトは静かに娘の冥福を祈った。

 
 
 Pabitさんの『歯の欠けた鍬』です。
 
 私はネタバレ御免で、シナリオ中のかっこいい文章は、場合によりそのまま、リプレイの書式やPCたちの性格に合わなければアレンジしてばしばし使います。
 このシナリオはなんというか、すごく文章に味があるので、どんな風にリプレイに仕上げるか結構悩みました。
 
 Pabitさんはシナリオ製作のベテランだけあって、ぐっとくるシナリオを書かれますが、3レベルのさっと出来るシナリオをプレイしたくて探しててこのシナリオに行き着きました。
 シナリオ自体は短編と言っていいくらいですが、私みたいな奴はこんな風(リプレイみたいに)に脳内でストーリー作っちゃいます。
 
 隠れた名作だと私は思います。
 このシナリオはギルドにないので、プレイしたい方はPabitさんのホームページに直接DLしに行ってくださいね。
 
 今回、個人的に不満なことが1つだけ…
 またシグルトが主人公になっちゃいました。
 ロマンかラムーナでやる予定だったのに。
 …本当に個人的な理由です。
 
 でも、若者男が主人公になるシナリオ、多いですよね。
 
 
・報酬+1000SP
 
◇現在の所持金 1831SP◇(チ~ン♪)


 スピッキオ レベル3→4
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『碧海の都アレトゥーザ』 朝陽の見送り

 唸りを上げて通り過ぎる妖魔の一撃を避けて、シグルトは一体の頭を粉砕した。
 愛剣のアロンダイトは、今の状態では鉄の塊に近いほとんど斬れないなまくらである。
 銘匠が使い手を試すために作ったそれは重く扱い難いが、それを持ちながらも、シグルトは壊れないことを信頼し、凄まじい奮戦である。
 
 ラムーナが一体の頚骨を蹴り砕き、背後に放った刺突で敵の肺腑を貫いた。
 
 レベッカは何時の間にか取り出した紐のようなもので、一体の巨体の妖魔の背後に回ってその首を絞める。
 
「…っ!!!!」
 
 助けを呼ぶように手を伸ばす妖魔。
 駆け寄ってくる妖魔の仲間の攻撃をその巨体…ホブゴブリンを盾にかわす。
 
 一体の妖魔の攻撃がその巨体を抉り、ホブゴブリンが声にならない悲鳴を上げた。
 
「はい、スピッキオ!」
 
 レベッカは綱を外してスピッキオめがけてその巨体を蹴り飛ばす。
 ブゥン、と振られたスピッキオの渾身の一撃がホブゴブリンの肝臓を粉砕し、血泡を吹いた妖魔がべしゃり、と倒れ伏す。
 
「ば、馬鹿もん!」
 
 怒鳴るスピッキオにウインクして、レベッカは疾走する。
 
 シグルトが妖魔のボスと剣を交えている。
 
(…さすがダークエルフ。
 
 シグルトが押されているわ)
 
 ロマンの呪縛の魔法がまったく効果無い。
 邪な力を持つとされるダークエルフには魔法が極めて効き難いのだ。
 
 焦れたロマンは直接攻撃の魔法で体力を削る作戦に出る。
 
「…おのれ、下等な人間めが!!!
 
 《舞い踊る白刃よ疾殺を歌えっ、荒れ狂う隼の飛翔の如く!》
 
 《…斬り裂けぃ!!!》」
 
 ダークエルフの唱えた呪文【操刃の舞】。
 
 落ちていた妖魔の剣が突然浮き上がると、ものすごい勢いで旋回しながら飛翔し、シグルトたちの間を薙ぎ払った。
 
「ぐうぅ!!」
 
 体格の無いロマンとラムーナを庇って、シグルトが身体を使って剣の勢いを弱める。
 
「…この口うるさい黒兎野郎が!!」
 
 肩を裂かれたレベッカが激昂したように怒鳴って襲い掛かり、構えたダークエルフの前で突然カクン、と横に曲がった。
 
「何!?」
 
 迫真の演技からの見事なフェイントである。
 横の防御がおろそかになったダークエルフがラムーナに逆手を斬られ、後退する。
 
「はぁぁっ!!!」
 
 ラムーナの反対側からまた襲い掛かるレベッカ。
 
「その手は食わん!」
 
 ダークエルフがフェイントを予想して構え攻撃してくるが、レベッカは紙一重ですり抜けて敵の膝頭を短剣で裂く。
 
「ば~か。
 
 そんな芸の無いことするかっての」
 
 盗賊の闘いの本分は力そのものではない。
 撹乱で崩し、鋭く急所を狙い、卑怯が上等なのだ。
 
 出血によろめくダークエルフに、スピッキオの癒しを受けてシグルトが襲い掛かる。
 
「くぅ、わらわらと蟻の様に…」
 
 すでに、ダークエルフの配下である下級妖魔は一掃されている。
 
「最初はあんたたちの方が多かったのに、ねぇ…」
 
 嘲笑するレベッカ。
 だが、倒れないダークエルフのしぶとさも驚異的である。
 
(しゃあない。
 
 今回は大盤振る舞いしてやるか)
 
 レベッカは小石を拾うと、ダークエルフのこめかみをかすめるように投擲した。
 わずかに気がそれるその瞬間…
 
「…がぁぁっ!!!」
 
 シグルトがダークエルフの視界から消失し、その一撃で敵の肋骨を砕く。
 血を吐きながら後退するダークエルフ。
 
 ぷつん…
 
 何時の間にかレベッカがダークエルフの髪の毛を持って、ラムーナの後ろで洞窟の壁に寄りかかっている。
 毛を抜かれたことに動揺したダークエルフは、驚いた顔のままシグルトの【影走り】の餌食となった。
 
「…私、こういう【小細工】は得意なのよ♪」
 
 陽気な表情…しかし目は冷徹に敵の首魁の屍を見下ろしながら、レベッカは手に持った黒い髪の毛を、ふぅっと吹き散らした。
 
 
 闘いに勝利し、少し増えた報酬の銀貨七百枚を得たというのに、“風を纏う者”の表情は暗い。
 
「…ああいった集団を相手にするには、もうすこし攻撃力のある広範囲魔法がほしいね」
 
 ロマンが裂けたよう服の修繕痕を気にしつつ、ぼそりと言った。
 
「うむ。
 
 それに味方全てに及ぶ守りか癒しの技がほしいの。
 わしが神のお力を与えられるのは、一度に1人が限度じゃ」
 
 スピッキオがどうしたものか、と顎をさすっている。
 
「俺の奥の手は、レベッカがチャンスを作ってくれてようやく使えた。
 
 今の俺では2回使うのが限度だ」
 
 一同はシグルトの必殺剣の凄まじさに感服していたのだが、同時にその貴重な技術の使用回数が少ないことに唸る。
 シグルトの秘剣はまず避けられることは無いというとんでもない一撃ではあるが、技の使用で負担がかかる身体の筋や神経が持たないのだという。
 
「私の技は誰かを狙うのには適していないから…」
 
 今回も雑魚相手にはすごい奮戦を見せたラムーナだったが、ダークエルフとの戦いの時にはかなり息があがっていた。
 ラムーナの【連捷の蜂】は驚異的な連携を可能とするが、連携のしやすさに調子に乗るとスタミナ切れを起こすことになる。
 
「私も今回は技術強化して臨んだつもりだったけど、私たち盗賊ってそもそも戦闘は苦手なほうなのよねぇ。
 
 力のぶつかり合いを正面からされると弱いわ。
 ま、次の課題ね戦力強化は」
 
 今回の戦闘で一番活躍したレベッカであったが、長期戦になったダークエルフとの戦闘の反省点にため息混じりだ。
 
「うむ、実はあのときのように皆で怪我をしたときに役立つ秘蹟がある。
 
 ちと高くなるが都合がつけば学んでおきたいと思うのだが…」
 
 スピッキオがちらりとレベッカを見る。
 
 どうしようか、とレベッカがシグルトを確認すると頷いている。
 
「そうね、たしか聖海の秘蹟って聖北ではあまり見かけないすごいのがあるとは聞いているわ。
 
 これからの戦いのためだし。
 
 でも高いって言うくらいだから今回もらった報酬の二倍くらいは取られそうね…」
 
 スピッキオが、おぬしの金勘定は海中の魚より速いの、と苦笑し、秘蹟習得に必要な寄進料に対するレベッカの見立てが正しいことを感心する。
  
「聖海が誇る秘蹟【癒しの奇跡】。
 
 聖海には分派もたくさんあっての。
 治癒に関係するなら、聖女と謳われたオルデンヌや、列聖されなかったもののアクリシオスやサルマンディらの優れた高僧も出ておる。
 
 優れた癒し手も多かったのじゃよ」
 
 スピッキオは、自分の属す教会の話を嬉しそうに話す。
 
 げぇ~やめてよ、というレベッカを捕まえてお説教をはじめていた。
 意外なことにロマンも歴史の勉強になると、その会話に参加している。
 
 取り残されたシグルトとラムーナは目を合わせると、互いに肩をすくめて笑いあった。
 
 シグルトはここ数日でさらに美しく精神的な成長も見せつつあるラムーナを眩しそうに見つめる。
 
 男尊女卑の風潮が濃いこの時代にあって、シグルトは女性の活躍を支持する少数派である。
 彼の周囲には活発で美しい何かを持った女性が多い。
 
 ラムーナが何かを得て進もうとするなら、仲間として力になりたい、と願っている。
 
 シグルトは親しい人のために何かしたいと思う。
 それは献身ではない彼の信念だ。
 
 身を挺するだけではなく、共に強くなり、親しい人が理不尽に泣かないように、自分自身が理不尽に負けないように。
 
 恋人、故郷…
 大切なそれらを失って懊悩したことのあるシグルトだからこそ、大切な存在を護りともに力を振るい歩みたいと願う。
 
 シグルトはふと数日前に出あった若者を思い出す。
 
 『蒼の洞窟』の精霊術師レナータが悪漢に襲われたとき、共に戦ったニコロというその精霊使いとは、その後レナータの誕生祝をするためにアレトゥーザの『悠久の風』で親しく話す機会に恵まれた。
 最も、普段から寡黙なシグルトと、やや人見知りをしそうなその青年との会話は決して弾んでいた、ともいえないだろう。
 だが、シグルトを見ながらニコロは、「精霊が見えるのか」と尋ねてきた。
 
 シグルトはそういうことはないな、といいつつ、ただそういうものがいると肌で感じるような気はする、とも答えた。
 精霊とは違うが、シグルトの妹も不思議な感覚があって、幽霊や人に見えない何かを見ることが出来た。
 
 シグルトの故郷では人ならぬそういう感覚を、《アルヴの加護》と呼んでいた。
 アルヴとは妖精や妖魔を全て含んだ不思議な力を持つものの総称であり、意訳すると《妖(あやかし)》といったところか。
 実はシグルトの母もまた《アルヴの加護》を持っていた。
 母がこっそり教えてくれたのだが、シグルトの故郷の建国王シグヴォルフの母はハーフエルフ(エルフとの混血)だったそうだ。
 
 その血にシグヴォルフの母と同じそれを持つ貴族の末裔であるシグルトの母。
 
 シグルトの母は信心深い人物だったが、目に見え聞こえ感じるものを否定してはいけないと教えてくれた。
 だから、道具や自然が出す息吹や声を疑わずに受け入れたとニコロに語った。
 
 それを横で聞いていたレナータは、やっぱり、と頷いた。
 レナータの話ではシグルトには精霊使いとしての資質もあるらしい。
 特別すぐれたものともいえないらしいが、シグルトとの共通の何かを見つけたせいか、レナータは少し嬉しそうだった。
 
 一部の人間から異端と蔑まれるレナータ。
 
 シグルトは彼女のためにも何かをしてあげたいと願う。
 そして、その剣を振るうのにためらうつもりはなかった。
 
 
 スピッキオは聖海教会で無事【癒しの奇跡】を習得し終えていた。
 
 特別賢く記憶力があるわけではなかったが、スピッキオは勤勉さとたゆまぬ反復で経典や歴史、神学を修めてきた。
 同じ司祭としての気安さもあってか、秘蹟の伝授をしてくれたマルコという司祭との時間は充実したものだった。
 
 スピッキオはそのマルコ司祭と同じ穏健派と呼ばれる考えである。
 ともに学んだ師や、尊敬する高僧、目標とする聖者たちの話、信仰への心得。
 
 きっと秘蹟の習得に割いた時間より、今の聖海についてや互いの熱い信仰を語り合う時間の方が長かった。
 
 スピッキオが大変満足して、秘蹟の伝授だけではなくまた語り合いたいとの願いを伝えると、マルコ司祭も是非に、と互いに固い握手をして別れた。
 
 
 朝陽の昇る美しい輝く朝。
 
 “風を纏う者”たちはまたアレトゥーザを後にする。
 
 シグルトは安らぐ場所とレナータという大切なものがある。
 レベッカには気安いファビオという友がいて落ち着く巣がある。
 ロマンには学ぶべき知識と不思議がひしめいて見える。
 ラムーナには陽気な太陽と踊りの師が待っててくれる
 スピッキオには信仰を磨きあえる同士と祈りを捧げる教会がある。
 
 『碧海の都』の眩しい太陽は、今日も彼らを愛おしげに送り出してくれるのだ。

 
 
 今回はさらっとした内容です。
 ちょっと前回、前々回で無茶をして脳が焦げてる気分ですが、なんとかUPできました。
 
 今回さりげなく分かるシグルトの血筋。
 実はエルフの血を引いてたんですね。
 美形なのも頷けるでしょう?←理屈っぽい
 
 《アルヴの加護》を持つという設定はかなり最初からありました。
 
 でもシグルトで一番表現したいのは、力持つものの真の望み、です。
 彼は才能や能力に溢れ、性格もすごく清廉で格好良いです。
 でも彼は、そんなものは回りの評価であり二の次、自分自身が磨いて得たものや小さな幸せこそとても大切にします。
 
 彼が願い、愛し、護ろうとするもの。
 
 彼は名誉を重んじますが高慢ではありません。
 硬派ですがお人好しです。
 武骨ですが誠実です。
 鈍感ですが勤勉です。
 
 シグルトがストイックで高潔なのは、彼の願うものがシンプルで欲が綺麗なのだからだと思います。
 彼を美形にしたのはこっちを強調したかったためでしょうね。
 
 とまぁ、こういう作者の愛は、クーラーの設定が5度だったときよりも寒いと感じさせてしまうかもしれないので、このあたりにして、長かったアレトゥーザ編の経緯など。
 
  
・【小細工】(-600SP レベッカ)
・【絞殺の綱】(-1000SP レベッカ)
 
『ダークエルフ討伐』+700SP
 
・【癒しの奇跡】(-1400SP スピッキオ)
 
 実はこれだけ。
 
◇現在の所持金 831SP◇(チ~ン♪)
 
・レベッカの叫び
「また銀貨千枚、きってるじゃないの~!!!」
 
 貧乏、御愁傷様(ち~ん†)

 
 ええと前回のクイズの答え。
 
「すまねぇ、かみさんに浮気がばれてよ。
 
 どうしたらいいかな?」
 
※答えは、
「まずい、知り合いの盗賊にこの密談が知られてる。
 
 対応はどうすべきか?」
 
 「かみさん」は伴侶、つまり身近な存在を表します。
 「浮気」は後ろ暗いこと、つまり密談のことです。
 あとはほぼそのままです。
 
「まずいな、よし、まずは俺たちのところに呼んで2人でしっかり説得しようぜ」
 
※答えは
「しくじりやがって、しかたない、とにかくばれてて来るんだから協力して誘きよせて捕まえてから、交渉に当たるぞ」
 
 まずいな、はかなり切羽詰った叱責です。
 「まずは俺たちのところ呼んで」は前の会話でばれてることを前提にしており、誘き寄せ、「しっかり」が捕まえるの意味、「説得」は賄賂や殺人を含めた交渉で、何とかしなきゃいけない切迫感があります。
 
「もしダメだったら?」
 
※答え
「しくじったらどうしよう?」
 
 ほぼそのまんまですね。
 ただ、これは全てを行ってもダメだったときをあらわします。 
 
「そん時ゃ、必死にやって納得させるんだよ」
 
※答え
「絶対殺すぞ、死人に口無しだ」
 
 「そん時ゃ」は盗賊が別の案を使用というのは最後の手段。
 「必死にやって」で失敗無く殺さなきゃいけないこと、「納得させる」はしてもらうではないですよね?つまり、こっちの主張を押し付ける…行動を終えてしまうこと。
 殺して解決、という意味です。
 
 隠語はお約束やルールを前もってある程度決めておきますので、仕草やいる場所、状況がとても影響します。
 私の問題の出し方が悪すぎるので、間違えても気にしないでくださいね。
 
 では次回でお会いしましょう。
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『碧海の都アレトゥーザ』 鼠たちの囁き

 路地裏を歩く女がいる。
 
 秋用に新調した服は革を使ったもので身体のラインをしっかりと強調している。
 胸元も大胆に開いており、扇情的な色香に溢れている。
 
 だらけた面倒臭そうな表情。
 だらしのない緩んだ口元。
 
 怠惰な雰囲気が見ているだけで感じ取れる。
 
 だが足音は全くしない。
 滑るように、羽根でも生えているかのように、ふわふわした歩み。
 
 まるで彼女の周囲だけ音が消えているような違和感。
 
 緊張感を見せずにこんなことが出来るのは熟練の盗賊だけである。
 
 
 女…レベッカは路地裏のすえた臭いをよく知っている。
 
(…昔は私もこんな路地裏にいた、ただの鼠だったわね)
 
 立ち止まったレベッカは、路地の隙間から見える本通りを眺めた。
 一台の馬車が駆け抜けていく。
 
 レベッカはそれを見てかすかに眉をひそめた。
 彼女にとって一番最初の記憶は馬車だった。
 
 
 男が倒れている。
 女が倒れている。
 
 男は紫色になった舌をベロリと口からはみ出させ、血の泡を吹いている。
 女は綺麗な顔半分と血に染まった部分で紅い縞模様だ。
 
 少女はじっと2人を見つめている。
 
 雨が降っていた。
 
 男の上に横転した馬車が乗っている。
 女の頭は半分異様にへこんでいる。
 
 少女の顔にぬるりとした何かが張り付いていた。
 人間の脳漿だ。
 
 倒れている2人は少女の両親だった。
 
 たぶん、父親は優しくて頭を撫でてくれたと思う。
 たぶん、母親は美人でよく笑う人だったと思う。
 
 でもそこにあったのは2人分の死体と天涯孤独になった少女だけ。
 
 冷たい雨が、少女の顔についた母親の部品を洗い流してくれている。
 
 後で知ったのは乗った馬車が横転して夫婦が死に、1人の子供が後に残されたという、おせっかいな婦人が同情して泣きそうな、ありふれた話。
 
 数日後、遺産を親戚に搾り取られた少女は下町の孤児院にあずけられた。
 
 
 そこは地獄だった。
 
 鞭を持った神経質そうな男と、でっぷりと太ったにわかシスターがいた。
 
 孤児院の子供たちは飢えてぎらぎらしていた。
 食べ物を巡って争う子供たち。
 喧嘩して食器を使って殴りあい、何人か死んだ。
 
 喧嘩の首謀者は神経質そうな男に、鞭で散々ぶたれて泣いていた。
 
 愚かな奴ら…私ならもっと確実にしっかり食べられる、と少女は思った。
 
 太ったシスターが大喰らいなのは知っていた。
 その食べ物をちょろまかすだけ。
 
 孤児院の子供たちは時々数が減る。
 
 神経質そうな男と太ったシスターはそのたびに銀貨を数えていた。
 
「あの生意気な餓鬼はどうしたの?」
 
「今頃、変態親父に嬲られてるさ」
 
「あのぼうっとした娘は?」
 
「今頃、お人形さんみたいに貴族のボンボンの玩具になってるさ」
 
「昨日の綺麗な娘は?」
 
「今頃、怪しい黒服の奴らに生贄にされているさ」
 
 そうして神経質そうな男と太ったシスターは、儲かった、とほくそ笑んでいる。
 
 少女は顔に泥を塗って、馬鹿なふりをして、来客があるとき姿をくらましていれば大丈夫だと知っていた。
 足を折った乞食の爺さんにパンをあげたら教えてくれた方法だった。
 
 このバカは売れないと神経質そうな男と太ったシスターは嘆いたが、少女にはこんなバカたちに得をさせるつもりはなかった。
 
 2人が酔っ払ったり出かけた隙に銀貨をちょろまかして貯めてある。
 気付かれないよう、少しずつだ。
 もう少しで千枚になる。
 少女はお金を使えばいろんなことが出来ると、大人たちを盗み見て知っていた。
 
 そうしたらこんな地獄、とっととおさらばする気だった。 
 
 銀貨が九百九十九枚貯まったとき、孤児院が火事になった。
 
 目の前に太ったシスターが喉を絞められて殺されていた。
 
 神経質そうな男と頭を布で巻いている男が戦っていた。
 
 神経質そうな男は脇腹から血を流している。
 頭を布で巻いている男は片腕がなくて血を流している。
 
 さっき、神経質そうな男が子供を盾にして、不意を突かれて、頭を布で巻いている男は神経質そうな男に剣で腕を切られた。
 頭を布で巻いている男はきっとお人好しだろう。
 
 少女はわざと、神経質そうな男が自分をまた盾にするように、怯えたふりをして出て行く。
 案の定、神経質そうな男が少女を抱き上げて剣を突きつけた。
 少女は神経質そうな男の首に抱きついて、その首の後ろの少し上に錆びた長い釘を思いっきり突き刺した。
 
 神経質そうな男が、前に生意気な子供を殺した方法をその通りやっただけ。
 
 神経質そうな男は倒れて痙攣していた。
 このとき少女は初めて人を殺した。
  
 少女は頭を布で巻いている男に近づくと、お礼に私を助けなさい、と言った。
 
 後で名乗り合う。
 少女はレベッカ、頭を布で巻いている男はユベールという名前だった。
 
 
「…昔を思い出すほど、年を食ったのかしらねぇ」
 
 レベッカはぼやくのがすでにまずいわねぇ、と思いながらまた歩き出した。
 
 前に聞いておいた目印を探す。
 
 見るとその盗賊はまた立ち番をしていた。
 
「精が出るわね、鎧の置物みたいにさ」
 
 レベッカが声をかけると盗賊は肩をすくめる。
 
「最近は暑くないだけましだけどな…」
 
 盗賊…ファビオは、相棒に合図するとレベッカを連れて歩いていく。
 
 行き先は前とは違う。
 そこは廃教会だった。
 
「あらま…
 
 最近は随分と信心深いわね~」
 
 ファビオは、言うな、と肩をすくめた。
 
「前の巣は、ロネって《蝿》が馬鹿やってばれた。
 
 《蝿》は残飯か糞に群がってればいいのによ」
 
 《蝿》はちんぴらの隠語だ。
 
「《蝿》っていや、最近気障な《羊飼い》の小僧が《蝿》と《ハイエナ》を飼い始めて、お前んとこの《虎》のことを嗅ぎまわってるぜ。
 
 『蒼の洞窟』の可愛らしい《お魚》を食っちまおうって腹みたいだがな。
 
 ま、今回のはサービスしとくぜ、レベッカ」
 
 《羊飼い》は聖職者、特に聖北教会や聖海教会などの僧職を意味する。
 《ハイエナ》は傭兵やならず者のことだ。
 《虎》は戦士でも腕の立つものに使う。
 
 《お魚》というのはファビオの急ごしらえの造語だろう。
 
 抽象的だったり、幅広い意味の言葉を飾って言うときは仕掛けがある。
 水に関係ある言葉、可愛らしい《お魚》、つまりはシグルトがよく会いに行く件の精霊術師だろう。
 
「ちんぴらっていや、最近気障な僧職の小僧がちんぴらと傭兵を雇って、お前んとこの戦士のことを嗅ぎまわってるぜ。
 
 『蒼の洞窟』の可愛らしい精霊術師をやっちまおうってことが目的みたいだ」
 
 ファビオがレベッカに伝えた言葉の意味はこのようなものである。
 
「ありがとう、ファビオ。
 
 お礼と言っちゃなんだけど…
 最近あんたんとこ、随分《鮫》に悩まされてるわよね?
 
 他の街で馬鹿な雑魚が、次にロアンの港で食事をするって息巻いてたわ。
 たぶんあと二、三日後みたい。
 
 どう、あんたの腹の足しにはなりそう?」
 
 レベッカの言葉にファビオが目を丸くし、続いてニヤリと笑う。
 
「ありがてぇ…
 
 今度一杯奢るぜ、レベッカ。
 ボスが探してたネタなんだ」
 
 貸し借り無しでいいわよ、とレベッカがファビオの肩を叩く。
 
「最近なんか《鮫》によく関わってね~
 
 フォーチュン=ベルでも《鮫》釣りするはめになったわ。
 あんたんとこのよりは綺麗な海の連中だったけどね」
 
 《鮫》は海賊を意味する。
 
 隠語と関係ある言葉で会話をまとめるのがスマートなやり方だ。
 
 レベッカはロアンという港を二、三日後に海賊が襲おうとしていることをファビオに伝え、最近フォーチュン=ベルでやった海賊退治のことを話題にしたのだ。
 ちなみに《あんたんとこのより綺麗な海の連中》とは、「あんたのところの海賊よりは道理をわきまえていた」という意味だ。
 
 最近アレトゥーザ近郊を悩ます海賊の非道ぶりは有名だった。
 
「まったくだぜ…
 
 最近ボスの機嫌が悪くてよ。
 《鮫》の中にすごい獰猛な奴がいるみたいで、陸まで喰いやがる」
 
 陸に勢力を伸ばした海賊に悩まされていることを、ファビオはぼやいていた。
 
「ま、がんばんなさいな。
 
 応援ぐらいはしてあげるわよ?」
 
 そういうレベッカに、ファビオは、それじゃ腹はふくれねぇんだよ、と毒づいた。
 
「おっと、いけねぇ…お仕事、お仕事、っと。
 
 今日はどんな用事だレベッカ?」
 
 回り道をして本題に入る。
 盗賊にとってはいつものことだ。
 
「あんたんとこ、鼠に芸を仕込んでくれるんでしょ?
 
 昔の勘を取り戻したくなってさ…
 
 昔、得意だったちょっとした小芸と《蛇》の芸を鍛えたいのよ。
 《大蛇》が踊る奴、ね。
 
 しばらく厄介になりたいんだけど、いいかしら?」
 
 ファビオが目を丸くする。
 
「《蛇》の芸って、お前…」
 
 言いにくそうにするファビオにレベッカは、いいのよ、と言って続けた。
 
「確かに私は《蛇》の芸は嫌いよ。
 
 でもあんた、知ってたわよね?
 私が《雌蟷螂(めすかまきり)》に仕込まれてたこと」
 
 《雌蟷螂》という言葉に、ファビオが心底嫌そうに眉をひそめた。
 
「…ああ。
 
 そんなことがあったって聞いた時は、お前に相応しくねぇ仕事をやらせた、事に関わった連中を全員絞めたくなったぜ。
 …ユベールの親父や、お前の腕に対する侮辱でしかねぇ」
 
 お前みたいな最高の鼠をよ、とファビオはむっつりと黙り込んだ。
 
「別にいいのよ。
 
 ファビオは私が過去に何やってたって、つまらない目では見てないからね。
 
 《雌蟷螂》の仕事は一番やりがいの無い仕事だったからねぇ。
 
 上で尻振ってる雄をさっくり殺しちゃえばいいんだけど、汗臭いしさぁ…」
 
 さらに嫌そうな顔をするファビオに、ごめんごめんと謝りつつ、レベッカが頭をかく。
 
 《雌蟷螂》というのは、性行為の最中に男を殺す暗殺者のことである。
 蟷螂の雌は交尾のあとに雄を食べてしまうことから、こう呼ばれている。
 《雌蟷螂》は汚れた仕事として忌み嫌われていた。
 
 《蛇》は暗殺者や刺客を意味し、例えば《毒蛇》が毒薬を使う暗殺者、《大蛇》が絞殺を専門とする暗殺者のことだ。
 執念深く獲物を狙う様からこう言われている。
 
 レベッカは本来穏健派の盗賊であるが、殺した人間もたくさんいる。
 
「私が最初に獲物を食ったのは8つの時よ。
 
 ま、いまさら綺麗な娘ぶる気はないけどね。
 
 今まで必要ないからその芸から離れてただけよ。
 これからは《蛇》に戻ることがあってもいいと思ってる。
 
 綺麗なやつが汚れるより、アタシみたいなのが代わってやったほうがいいでしょ。
 効率もいいし、さ」
 
 遠い目をして優しげな笑みを浮かべるレベッカ。
 
「《猫》で頭張ってた頃と同じ目をするんだな…」
 
 ファビオは懐かしそうに呟いた。
 
 リューンでファビオを助けたときも、この女盗賊は手下たちをとても大切にしていた。
 
「残忍なくせに、身内には甘いんだよな、お前」
 
 ファビオの苦笑に、悪い?と返すレベッカ。
 
「いいや。
 
 俺はそういうところは嫌いじゃないぜ。
 お前の男になるのは勘弁してほしいけどな」
 
 失礼ね~、とファビオの脇腹に拳を入れてくるレベッカをなだめながら、ファビオは地下にある訓練場にレベッカを連れて行った。
 
 
 レベッカは近くに置いた鉢の中に入った銀貨を、少し離れた場所にある籠に投げ入れていた。
 ひたすらそれを繰り返している。
 
 だがよく見れば、レベッカが投げるたびに、銀貨をはさむその指が変わっていることに気がつくだろう。
 
 親指と人差し指、親指と中指、親指と薬指、親指と小指、人差し指と中指、人差し指と薬指、人差し指と小指、中指と薬指、中指と小指、薬指と小指で1セット。
 
 今度は格好を変えながら行っていく。
 時には座って、時には片手で壁に寄りかかって、時には食事をしながら、時にはワインを瓶ままラッパ飲みしながら。
 
 朝からそれだけをしている。
 
 銀貨はすべて籠に入っている。
 
「…やってるな」
 
 ファビオが若い男を連れて訓練場に入ってくる。
 野暮用があるからと留守をしていたようだ。
 
「まったく、生徒をほったらかしてどこ行ってたの…
 
 ファビオって女に興味がなさそうって思ってたけど、そこのはあんたの新しい恋人かしら?」
 
 馬鹿言え、俺は男色の気はねぇぜ、と口を尖らすファビオ。
 
 側にいた軽そうな男は、レベッカの投擲を見ていたが、上手ぇなと呟いた。
 
「…その若いのは何よ?」
 
 レベッカはまた銀貨を投げる。
 
「憶えてないのか?
 
 まあ、お前が…」
 
 ファビオが言おうとした言葉を制して、レベッカは薄っすらと笑う。
 
「分かるわよ。
 
 “風を駆る者たち”のユーグ、でしょ?」
 
 そして、後ろの男にウインクをしてみせる。
 
「…いい腕だ。
 
 《盗賊の腕一本は命の半分》ってわけだ」
 
 ユーグと呼ばれた男はニヤリと笑う。
 
 レベッカが最後の銀貨を放り投げる。
 それが綺麗に籠に入った。
 
「ひゅぅっ♪
 
 百発百中か?」
 
 ユーグが言うとレベッカは左右に首を振った。
 
「百枚中三枚が裏になっちゃったわ。
 
 まだまだよねぇ…」
 
 ファビオが籠を見て唸る。
 
 籠の中で綺麗に重なっている銀貨の中に、裏向きにふせられたものが確かに三枚あった。
 
「ファビオがほれ込むわけだな…
 
 確かに噂通りだ」
 
 レベッカはしばらくユーグを見ていたが、なるほどねぇと頷く。
 
「…思い出したわ。
 
 ファビオが連れて来たのは、そっちでかぁ」
 
 レベッカはふう、と息を吐くとユーグに椅子を勧める。
 
 椅子と一緒にあったテーブルの上にあったワインの栓を、ナイフで器用に抜くと、グラスに注いでユーグの前に置く。
 
「…お父ちゃんの葬式以来ね、ユーグ坊や。
 
 今まで思い出せなかったのは、なまったって証拠だわ」
 
 くいとワインを一口あおると、レベッカは目を細めてグラスを回している。
 
「親父が泣くぜ、レベッカさんよ。
 
 俺より目をかけられてた、あんたがそれじゃあな…」
 
 ユーグもワインをあおり、まだこの季節なら冷えたエールの方が美味いな、と言う。
 
 レベッカとユーグは、初めて会った日を思い出していた。
 
 
 過去、ユベールという盗賊がいた。。
 
 盗賊の中の盗賊と讃えられた人物で、リューンの盗賊ギルドで幹部をしていた男だ。
 
 しかし彼は組織の島で悪さをしていた男を粛清しようとして失敗し、その時に盗賊の商売道具とも言うべき利き腕を失ってしまう。
 ユベールの配下は不幸を嘆き、ライバルはお祭りのように喜んだ。
 
 だがユベールは、気落ちした風もなかった。
 そして傍らに8歳ぐらいの小汚い子供をつれていた。
 彼曰く、命の恩人だ、とのことだった。
 
 ユベールは何を思ったのか、家族とはなれてその子供を引き取ると、リューン郊外の小さな家に引っ越した。
 
 誰もが腕を失っておかしくなったんだと言ったが、一月後に様子を見に行ったギルドの盗賊は目を見張った。
 
 愛らしい容貌の少女がお茶を入れてくれたのだ。
 
 ユベールはそのとき部下だったその盗賊にこう言ったという。
 
「俺は半分死人さ。
 
 あの時受けた毒のせいでそんなに生きられんし、周りには醜態をさらしているようにしか見えないかもしれん。
 
 だが俺はこのレベッカっていう宝石の原石を手に入れたのさ。
 今の俺には後継者を残すことしかできないが、最高の逸材を見つけることができた。
 
 腕一本と数年の命でも、この財宝に換えたと思えば安いかもしれんな…」
 
 それから2年後にユベールは息を引き取った。
 
 葬儀の席で、泣きもせず葬儀に参列していた黒い喪服の少女。
 
 そしてその少女をじっと見ている少年がいた。
 ユベールの忘れ形見ユーグである。
 
 周囲の盗賊仲間はその少女を見て、陰口を囁いた。
 ユベールに育てられた盗賊たちなどは、泣きもしないレベッカに「恩知らず」と口汚く罵った。
 
 だが、ユーグはそのときに薄ら寒い笑みを浮かべて盗賊たちに言い返したレベッカをはっきりと憶えている。
 
「あんたたちは三流ね。
 
 お父ちゃんはいつでも冷静沈着にっ、て言わなかった?
 こんなところで私が泣き喚いたら、お父ちゃんが化けて出るわよ。
 
 私は笑って送ってあげたわ。
 それが私の手向け方よ…」
 
 侮辱されて怒り、レベッカを叩こうとした大人の盗賊を、足を引っ掛けて見事に転倒させると、その後ユーグのもとに来てその頬を両手で優しく包んだ。
 
「…お父ちゃんはあんたに盗賊にはなってほしくないってさ。
 
 でもお父ちゃんの子供だもんね、分からないよね。
 あんたの人生はあんたで決めるんだよ、ユーグ坊や」
 
 ユーグの周りのものはレベッカが父親を奪ったのだと教えてきた。
 だが、ユーグはこの日レベッカに言われたことを忘れなかった。
 そしてレベッカを憎む気はおこらなかった。
 
 
 レベッカがユベールを葬った後のこと。
 
 もともとユベールの弟子という肩書きしか持っていなかったレベッカは、ギルドの使い走りをしながら、スリをして糊口をしのいでいた。
 
 13歳のとき、その容貌の美しさを見込んだ暗殺部門の幹部が、色香で男をたらし込み殺す《雌蟷螂》としてレベッカを引き取って鍛え、レベッカは暗殺者として数年を過ごす。
 
 その幹部は目的のためには手段を選ばない卑劣な男で、魅力的な容貌の盗賊の弱みを握って、自分の情婦にしたり、《雌蟷螂》や《女郎蜘蛛》(娼婦の肩書きを持つ暗殺者で、《雌蟷螂》が場所を問わないのに対し、娼館や決まったねぐらに誘い込んで暗殺を行う)といった身体を武器にする女の暗殺者を、多数手下に持っていた。
 
 まだ年齢が若く、後ろ盾の無かったレベッカは、それをつけ込まれて《雌蟷螂》をやることになったのだ。
 レベッカはその男の下で10人以上殺したが、結局その上司はある日あっけなく首を絞められて殺された。

 実はその上司を殺した男が、レベッカが《雌蟷螂》になる代わりに《女郎蜘蛛》から足を洗わせたスリ時代の仲間であり、親友の兄の盗賊だったのだが。
 
 問題の多かった上司の死には何も感じなかったが、レベッカは身の振り方を悩んだものである。
 
 レベッカの扱いに困った盗賊ギルドは、最初にやっていたスリの部門にレベッカを送るが、その時、あまりに鮮やかなレベッカの腕と統率力にギルドのメンバーたちは驚嘆した。
 そしてユベールは正しかったと口々に言い、レベッカはあと10年もすれば幹部候補だろうと噂されるようになった。
 
 しかし、かつてレベッカの師であるユベールと対立していた老年の幹部が、彼女の台頭を恐れてスリの部門を縮小し、レベッカはそれを期にギルドを抜けて冒険者になった。
 
 レベッカの実力を知るものは彼女の腕を惜しんだが、レベッカ自身は気楽になったと、落ち込んだ様子もなく自堕落に過ごすようになった。
 やがてまた組織の内部が入れ替わり、レベッカの実力を知るものは、彼女を何度も組織に誘ったが面倒だからと引き受けなかった。
 
「組織に属してると、細かい掟やら派閥やらと、しがらみの中で生きなきゃいけないから胃が痛くなるのよねぇ。
 
 慕ってくれる若いのがいるのは嬉しいんだけど、看板としてかつがれて矢面に立たされるのは勘弁願いたいわ」
 
 後年、酒を飲んだ席でレベッカがそうぼやいていたと、ある盗賊は語る。
 
 レベッカ弱みは後ろ盾になるビッグネームがいない、ということだった。
 そういう自分が台頭して面に出れば、真っ先に潰されることをレベッカはよく心得ていた。
 
 だが、スリの時代に面倒を見た後輩や、彼女自体が作ったコネクションはかなりのもので、彼女を慕う者や親しい盗賊も多い。
 
 アレトゥーザのファビオもその1人である。
 
 
「それにしても、あのユーグ坊やが、ねぇ。
 
 今は有名な盗賊だって話じゃない。
 願わくば、敵同士にならないように思うわぁ」
 
 レベッカがワインを飲みながらうんうんと言っている。
 ほんのりと頬が赤い。
 
「…その坊やっての、やめてくれねぇか?
 
 あんたとだって大して変わらないはずだぜ」
 
 ユーグは気に食わない、という顔でワインを飲み干す。
 
「そうね、そんなガタイで坊やも無いか。
 
 大きくなったもんよねぇ」
 
 そう言ってレベッカは手の上でグラスを弄んでいた。
 
「…ケッ、年くってあんたがババァになったんじゃねぇのか?」
 
 吐く様に言ったユーグは、次の瞬間首に綱を巻かれ吊り上げられていた。
 
「…ッッッ!!!」
 
 その顔の横にはぞっとする目で自分を見ているレベッカがいた。
 ユーグは素早く綱を短剣で切る。
 
「…女に年の話をするもんじゃないわよぉ」
 
 とろんとした目でレベッカはすでに座ってワインを飲んでいる。
 
「…だ、だからって、絞めるか、普通っ!」
 
 酔いが醒めて冷汗を流しつつ、ユーグは悪態をつく。
 
「どうやら、俺が教えなくてもすぐ昔のお前に戻りそうだな…」
 
 ファビオがやれやれと肩をすくめている。

「って、おま、こらファビオ!
 
 涼しげに、殺されそうになった俺を無視すんじゃねぇ!!」
 
 激昂するユーグに、ファビオが切れた綱を指差していった。
 
「よく見ろ。 
 この綱は練習用だ。
 
 本物ならもう喋れねぇし、喉の痕もそんなじゃ、すまねぇぜ?」
 
 アレトゥーザの盗賊ギルドには【絞殺の綱】という暗殺芸が存在する。
 ユーグも得意とするそれは、敵の背後に回りこんで首を絞め、声を上げることも出来ないままに絞め殺す技である。
 絞殺は古くからある暗殺の技で、絞殺紐(ギャロット)と呼ばれる革の紐を使う。
 実際には、【絞殺の綱】の綱は特殊な鋼糸を綱に仕込んで強度を増し、ユーグが切って抜け出したような防御が出来ないようにしてある。
 加えて、両端に滑らなくするために鮫の皮が編みこまれ、輪を作って絞めると仕込んだ鋼糸がむき出しになり、発声器官を強烈に圧迫して、綱を外しても少しの間声を上げられなくなる。
 そして、技そのものも、乱戦において締め上げた対象を盾にし、身を守るところまで考えた実にえげつない技であった。
 
 絞殺術は大蛇が獲物を絞め殺すのに姿が似ている。
 袋をかぶせて黙らせる方法もあり、これは《飲込み》や《丸飲み》などとも呼ばれる。
 ゆえに絞殺を得意とする盗賊は《大蛇》と呼ばれるのだ。
 
 ユーグは落ちていた綱を摘み上げて、なるほど、と言った。
 
 それは綿で作ったもので、強く締めると普通はすぐ切れてしまう。
 
 首に頑丈な皮と金属の防具を巻いた練習相手が動き回り、それを捕らえて綿の綱を首に巻き絞めて切るのが【絞殺の綱】の訓練法の1つなのである。
 おそらく、ユーグがナイフを使わなくても勝手に切れただろう。
 
「練習用にしちゃ、一瞬身体が浮いたぜ、畜生…」
 
 ユーグが喉をさすりながら言うと、レベッカは艶然と微笑んだ。
 
「お父ちゃんは、それで人を絞め落せたそうよ。
 
 あんたも“錦蛇(パイソン)”ユベールの息子なんだがら、精進しなきゃね」
 
 ユーグの父親は【絞殺の綱】を得意としていたらしい。
 
 絞殺術は窒息させることを目的にしているように見えるが、実際は脳に行く血流を止めて絞め落し、意識を奪ってから窒息させるのが理想的な形だ。
 さらに優れた使い手は、相手を落す前に頚骨をはずすか砕いて殺すことも出来たと言われている。
 
 芸が巧みなら、ユーグも落ちていたかもしれないわけだ。
 
「ユベールの親父が現役だった頃にゃ、綱一本でいろんな技が出来たらしいからな。
 
 だから《大蛇》の中でも派手な“錦蛇”なんて呼ばれてたそうだ。
 もっとも、あの親父は『百芸百名』って話だからよ。
 
 その異名もあだ名の1つに過ぎなかったんだろうぜ…」
 
 ファビオがしみじみと言う。
 
 ユーグは面白くも無い顔である。
 
「まぁ、間違ってもガリーナっていう、あんたの意中の可愛い娘に、へまやって呪われないようにねぇ…」
 
 レベッカはワインの栓を手に取ると、素早く銀貨の入った籠に向けて投げる。
 その一擲は迷い込んできた一匹の蝿を打ち落とし、栓は籠の中に落ちた。
 
「…あんた、酔ってないだろ?」
 
 ユーグはこの女に試されたと知って、ぶすっとした顔で言った。
 
「いまさら気付いたの?
 
 まだまだ坊やねぇ…」
 
 ユーグは、レベッカとの再会を少し後悔した。
 
「…ところで、ユーグ。
 
 あなた、情報を手に入れるとかの理由でけっこう女の子口説いてるみたいねぇ。
 フォーチュン=ベルの『幸福の鐘亭』のママとか」
 
 ユーグは、レベッカとの再会を激しく後悔した。
 
「は、ははは、何言ってるんだ、お、俺はガリーナ一筋…」
 
 別の意味での冷汗をかきつつ、ユーグは、レベッカとの再会をとてつもなく後悔していた。
 
「あら、本当に?
 
 じゃ、あんたが仲間からちょろまかしたお金を賭博ですったとかいう噂もあるんだけどぉ…」
 
 ユーグは目の前の女が悪魔のように思えてきた。
 
「し、しらねぇぞ、俺は。
 
 証拠があるとでも言うのかよ!!!」
 
 横でファビオが、この女の地獄耳は情報屋泣かせだぜぇ、とかいっている。
 
「別に証拠なんて無いわよ。
 
 でも一回、あんたの仲間を連れて賭博場に行ってみない?
 行ってないなら、〈旦那、毎度!〉なんて声はかけられないでしょうから、大丈夫よね?」
 
 ユーグは顔が引きつりつつあった。
 
「再会を祝して、河岸をかえて飲むとしましょうか。
 
 もちろんユーグの、お・ご・り・でっ♪」
 
 硬直しているユーグの肩を、ファビオが軽く叩く。
 
「…うわばみで高い酒が好きだから、財布の中身にゃ気をつけてな」
 
 まったく、怖い女だ、とファビオが肩をすくめると、ユーグは恨めしそうにファビオを眺めつつ、レベッカに襟首を掴まれて引きづられて行くのだった。

 
 
 レベッカ姐さんと“風を駆る者たち”のユーグの再会編、いかがだったでしょうか?
 
 レベッカは恋愛をする感情が壊れています。
 優れた盗賊ではありますが、幼少の頃の凄まじい環境で、人間としての何かが欠け落ちてしまっています。
 
 そんなレベッカは汚れることを躊躇しません。
 
 多分に感情的かつ社交的でおちゃらけた怠惰な陽の部分と、冷静沈着でどこまでも腹黒い裏方になれる陰の部分。
 
 二つの側面を切り替えながら行動する混沌とした性格です。
 
 今回のお話はかなりダークだと思うのですが、ホラーを読む感じで、盗賊の世界のドロドロした深遠を感じていただければ、と思います。
 
 ユーグは最後に格好悪く終わってますが、Martさんのリプレイで見た「典型的な盗賊」の持つ、女好き遊び好きのコメディタッチな面を出したくてあんな風に表現しました。
 ユーグ、ナイフで綱をすっぱり防御するあたり、素早い反応をそれとなく表現してたり…
 人様のキャラを使うのは難しいです。
 Martさん、気に入らなかったごめんなさい。
 
 
 今回も出てきた隠語ですが、ここで他のをいくつか紹介します。
 
・狐…詐欺師
・狸…商人
・豹…軽戦士(俊敏な戦い方をする戦士)
・鸚鵡…魔法使い(呪文を唱える者たち全般)
・狼…野盗、山賊
 
 隠語のスマートな使い方は、使う言葉に関連性があることです。
 
 悪い例は「あの狼が剣で人を切った」みたいに変てこな表現になることです。
 まあ、オーソドックスな使い方は「あの狼は爪で羊を引き裂いた」みたいな通じる表現をすることです。
 
 ファビオがレナータを「可愛らしいお魚」と表現したのは、ファビオがレナータの方に味方したい心情であること、非力な女性が悪漢に狙われてる部分の強調があります。
 精霊使いとしてより女の子としての部分を重視しています。
 
 私の表現力の稚拙さは御勘弁を。
 
 
 ここで問題です。
 あなたは仲間の盗賊と一緒に密談しようとしています。
 そしてそれをつけている盗賊1人。
 これは密談している2人の会話です。
 
「すまねぇ、かみさんに浮気がばれてよ。
 どうしたらいいかな?」
 
「まずいな、よし、まずは俺たちのところに呼んで2人でしっかり説得しようぜ」
 
「もしダメだったら?」
 
「そん時ゃ、必死にやって納得させるんだよ」
 
 
 この会話の意味はどんな意味でしょうか?
 ヒントはかなり最後、怖いことを言っています。
 ひねったところを理解さえすればほとんど文章をかえなくてよいです。
 簡単かな~
 
 次回以降に答えを紹介しますね。
 
 ではまた、次回で会いましょう。
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