Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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王様の耳は…

 最近嫌がらせを受けたり、罵詈雑言でいじめられたり、草葉の陰で涙を流している人はいませんか?
 出来なくなったシナリオにショックを受けて嘆いたことはありませんか?
 
 一応私、本職が僧侶なので、返事無しでお聞きするコーナーです。
 
 ここのルールはちょっと難しいです。
 カードワースの話題限定で、罵詈雑言をせず、他人を卑下せず、荒らしをせず、善悪の評価をせず、宣伝をせず、他人のコメントに茶々をいれずに、辛かったことや悲しかったこと、その他言いたいことをコメントしてください。
 
 ここだけは名無しさんOKです。
 管理人のみに叫ぶもOKです。
 秘密投稿ならY2つめがこっそり読むだけ。
 聞いてくださいよ~という悩みがあったら叫んで行ってください。
 
 私のコメントはあえてしません。
 
 井戸か穴だと思って叫んでいってください。
 でも趣旨に反する内容の場合、即消します。
 
 ストレス解消にどうぞ。
 
 例
 「俺にカードワースを止めろなんて言うなぁ!」
 「あの素晴らしい○○というシナリオをもう一度!」
 「レナータ、結婚してくれぇ~!」
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『ざわめく風たち』

 “風を駆る者たち”のニコロを『ソレント渓谷』送り出したあと、『悠久の風亭』で“風を纏う者”と“風を駆る者たち”は揃って飲むことになった。
 
 ユーグも訓練中ということでいなかった。
 残ったメンバーは初めて会うものたちもいたためか、最初はぎこちなかったが趣味の合うもの話の合うもので集まり始めた。
 
 スピッキオとレイモンは話し始めてから意気投合し、往年の旧友のように親しく話していた。
 実際に修道院で聖海の知識と向き合って修行してきたスピッキオの言葉には、混じり気のない確かな歴史と純粋さがある。
 そして、レイモンが信仰のあり方を模索するように、スピッキオも探求者であった。
 
 スピッキオが信仰の研鑽のために巡礼したという聖北と聖海の聖地や霊蹟。
 邂逅した素晴らしい聖職者たちの話。
 歴史の真実に埋もれた聖者の事実と、その上でさらに素晴らしかった教会の歴史。
 
 スピッキオの話はレイモンの心に燻っていた教会への疑念を、新しい方向に目を向ける意欲に変える。
 そして、レイモンがまだ知らない東の聖地の話や、列聖されないながらその行いにスピッキオが感銘を受けたという高僧の話を聞くと、湧き起こる感激が押さえられなくなる。
 その感動こそ、レイモンが間違いなく宗教を志す者である証であった。
 
「…素晴らしい。
 
 聖海にはそのような歴史があったのですか。
 無理にでも貴方を訪ね、お話を請うべきでした。
 
 早くそのお言葉聞けなかったことが悔やまれます」
 
 レイモンは少し興奮したように言う。
 
「迷うのも主の思し召しですぞ、レイモン殿。
 
 人は罪を悔い、迷いの荒波を乗り越えて真実を得るのじゃ。
 わしらがここで話しているのも主の御業。
 
 やっと語る幸福に出会えたからこそ、わしらには《感動》という恩寵が得られるのです。
 
 奇跡を見つけ、その幸せを分かち合う喜びは、信仰にあって得られる宝でありましょう」
 
 互いに盛り上がるスピッキオとレイモンの横で、オーベはやや憮然とした顔で酒を飲んでいた。
 
「わしにはこいつらの信仰とやらはわからんわい」
 
 その横でレベッカが頷きながら、蜂蜜酒をやっている。
 
 同じ酒を飲みながら、つまらなそうに黙っているのはガリーナである。
 交渉ごとなど興味は無いが、貴重な魚人の辞書が何時の間にか交換されてしまったことに少し腹を立てていた。
 だが、いつもは小うるさいユーグがいない状態である。
 八つ当たりする対象もなく、またつまらない。
 
 すると、白い肌の華奢な少年がガリーナに近づいて来た。
 ロマンである。
 
 その秀麗さが際立って感じる美少年だが、ガリーナが在学中にこの少年の噂はあちこちで耳にしていた。
 もっとも、ガリーナにとって容貌や人の噂など路傍の石と大して変わらない。
 
「…何か私に用?」
 
 少し不機嫌そうにガリーナは言った。
 彼女は他人に干渉されることは基本的に嫌いである。
 興味のあることについては別なのだが。
 
「…はじめまして」
 
 それだけ言うとロマンはその近くの席に座って、暖めた果汁に蜂蜜を溶いた飲み物を啜りながら、なにやら羊皮紙に書き込み始めた。
 単に静かな席に着きたかっただけらしい。
 
 ちらりとガリーナがロマンの方を見ると、彼が書いているのは呪文書の写本のようである。
 
 内容は【魔導の昇華】。
 偉大なる魔術師の王イグナトゥスが残した非常に高等な魔術だ。
 
 ガリーナは目を見張った。
 なぜなら、写本なのに横に原典が無いのだ。
 つまり、原典はこの少年の頭の中にあるということ。
 
 それに見れば、正しい呪文の横に几帳面な注意書きがある。
 呪文の欠点や、改良すべきところ、制御術式の留意点の詳細化など、実に細かい。
 
 ガリーナが見てきた他の魔術書より興味深い記載もあった。
 
「…どうしたのお姉さん?」
 
 じっと横から眺めていたガリーナに、ロマンが首をかしげた。
 
「…たいしたものね。
 
 それってイグナトゥスの残した魔力貯蓄の呪文じゃない。
 結構高等な魔術なのに、全部憶えているの?」
 
 ガリーナが聞くとロマンは、はぁ、とため息をついた。
 
「一応、同格の関連魔術と一緒に手が届く範囲で読んだものは全部ね。
 といっても、僕の魔術回路の構成力と術の制御力では数回使うのが精一杯で、まだ《魔術回路の形成》はしてないよ」
 
 《魔術回路の形成》とは、憶えた呪文を魔力を込めて術者が準備装填し、いつでも使えるようにすることである。
 その際、単純な言葉だけではなく、文字を使った触媒…巻物(スクロール)や呪文書、魔導書の写しを作成し、それを使って魔術をより確実な形にする方法は、この世界の魔術師がよく使う方法である。
 
 魔術師たちはどんなに沢山の呪文を知っていても、それを同時にすべて使いこなせるかというとそうではない。
 前もって用意した呪文の触媒を元に《魔術回路(マギックサーキット)》と呼ばれるものを体内に形成し、そこに溜め込んだ魔力を用いて唱えた呪文を形にする。
 
 より沢山の《魔術回路》を形成できるのが優れた魔術師の条件であるいのだが、《魔術回路》は神経や組織に形成されるので、他の肉体的な技能や能力を圧迫する。
 ゆえに魔術師は剣術や盗賊術といった技術を使うことは難しいのである。
 
「イグナトゥスか…
 
 その呪文、確かあの〝隕石落し〟すら可能にする、召喚魔術の奥義にも使えるのよね?」
 
 古今最強にして最大級の禁呪とされる《隕石落し》。
 空の彼方や異空間から隕石という星の欠片を召喚し落とすという、とてつもない大魔術である。
 ガリーナだからこそ簡単に口に出来るが、頭の固い魔術師は存在そのものを忌避するのが普通である。
 ガリーナの言う召喚術の奥義とは、イグナトゥスがその深遠の奥義に至って、生涯使わなかったという大禁呪のことだ。
 
「伝説の四大禁呪の1つだよね?
 
 この上ない天変地異を起こすという【天地鳴動】。
 最も巨大な星を落とす隕石落しの至高【降焔招星】。
 1つの国さえ永久凍土に変えるという【極冷氷波】。
 
 件のイグナトゥスが使った【蹂躙の災禍】は彼のいた時代まで三大禁呪と呼ばれていたそれらをヒントにイグナトゥスが編み出した5つの災害を操る究極の召喚術。
 
 まあ、僕が今書いてる魔術があるということは、暗にそのとんでもなく眉唾な呪文の存在を肯定してることになるんだけどね」
 
 太古の魔術師の王イグナトゥスは、現代の魔術師の多くに影響を与えた大魔術師である。
 彼が得意としたのは膨大な魔力を用いた大魔術。
 ほとんどが失われているが、断片的な情報では、彼の生み出した呪文は驚異的なものばかりである。
 
「惜しむらくは、この魔術が現代のほとんどの呪文の制御式に使えないことだよ。
 
 魔力の蓄積と応用は、ジャンルとしてはとても興味深いし、研究分野としてまだまだ未開拓なのに…
 
 皆、この呪文の応用式の作成を敬遠するんだよね。
 完成させたら、魔術制御のやり方が根本から変わるはずなんだけど」
 
 話してみて、ガリーナはあらためてロマンの非凡さを確認することになった。
 子供っぽい性格の中に、深遠の知識を秘めている。
 特に驚異的なのは知識の豊富さと考え方の斬新さである。
 
 ガリーナの在籍していた大学の講師たちよりよほど面白い話をする。
 多少ひねくれた話し方ではあるが、押し付けがましいことは言わず、事実を淡々と話す様子は小気味が好い。
 
 知的好奇心を刺激されたガリーナは、この色白の少年に大学在籍時代にはまったく受け入れられなかった持論を披露し、ロマンはそれを興奮した感じで支持してくれた。
 
「なるほど、南方呪術の応用か。
 
 例えば断片的にその形跡が残ってる失われた古代の魔術では、ボルフォリの活力付与術【太陽の息吹】やレメゲイラの呪殺術【逆襲の思念】も南方呪術から派生したものだよね。
 アレトゥーザ近海に多いイシス系やヘルメス系の魔術も、南方呪術の影響を感じさせるし。
 そういえば、魔女の女神アラディアやダイアナを信奉する魔女のまじないにも、南方のエネルギッシュな思想は影響していると思う。
 
 目の付け所は素晴らしいよ。
 でも、大学の連中は敬遠しそうだね、異国の魔術。
 歴史や型にばかり囚われるから、先人の技術を越えられないんだ。
 
 ガリーナさんみたいに幅広くて斬新な考えを受け入れられないのは、狭量で暗愚だよ。
 
 そういえば、南方の“暗き空”と呼ばれた名無しの魔術師が、雷雲を召喚する魔術を作ってたよね。
 【雷雲の招き】…実力次第で巨人をも黒焦げにするすごい術だったはずだけど。
 
 南方呪術系の魔術は召喚魔法が多くて、研究分野として興味深いよ」
 
 他人が聞けばわけのわからない話をする少年であるが、ガリーナにとっては今までに出会えなかった相手であった。
 
 この少年が天才と呼ばれる陰でかなり勉強していることを、同じように勤勉なガリーナはすぐに感じ取ることが出来た。
 ガリーナにとって《天才》という言葉は陳腐な意味に感じられていたが、ロマンのような人物を天才と評するならば好い意味にも使えそうにさえ思える。
 
 それに女性の地位の向上について、ガリーナに近しい考えをロマンはもっていた。
 またロマンは、肌の白い西方系の人間が肌の黒い南方系の人間に対して示すことがある差別的、警戒的なものを感じさせない。
 話によると、ロマンもまた子供ということで、かなり不当な差別を経験しているという話だった。
 
 彼の話では、冒険者になったのは自分を正当に評価してくれると感じさせたシグルトに出会ったのがきっかけらしい。
 シグルトの側にいれば大学のような派閥や取り巻きの嫌がらせややっかみを気にせず自分の知識を広げられる。
 それに冒険者という職業は、自由なスタイルが見聞を広げるのに適し、幅広い行動から得られる経験が期待できそうで魅力的に感じたのだそうだ。
 
 その上、この少年には傲慢さも卑屈さも無い。
 ガリーナの語ったことで考えが違う部分は、彼女が納得する形できちんと論述してみせるし、自分が誤りだった部分は素直に認め感嘆する。
 気難しい魔術師にあって、知識に謙虚であれることも優れた資質である。
 
 意気投合したからといって、即日仲良しなれるほどガリーナはお人好しではない。
 しかし彼女が知識と意見を純粋に語り合えると認めるには、ロマンは十分な相手であった。
 
 渇いた喉を酒で潤しながら、ガリーナはこの少年と考えや質問をぶつけ合い、時間を忘れて話し込んだ。
 
 そこから少し離れたところで、エイリィとラムーナは賑やかに話し込んでいた。
 片や歌い手のエイリィ、片や踊り子のラムーナ。
 音楽と舞踊は密接な関係があり、2人は歳の近い若い娘である。
 
 最初ラムーナの方ががにこやかに微笑んで、エイリィに話しかけてきた。
 ラムーナは、相手が不快なことはしない気配りと持ち前の陽気さでエイリィと話し、エイリィも今までなかった同世代の少女との会話にだんだん引き込まれていった。
 やがて2人は互いに芽生えた親近感を友情に変え、お友達になろうと約束した。
 
 冒険者という職業は若い娘には過酷である。
 
 風呂や手洗いもパーティを組めば同じように行う必要がある。
 モンスターや荒くれ者と対峙し、時に倒す気概がなければ命を落とす。
 
 思想の自由な職業だといっても、それを尊重してくれるものが仲間になるとは限らない。
 〝女だてらに…〟という不当な差別は、男尊女卑の国を旅すれば痛いほど感じるし、保守的な女性たちの社会からは時に異物のように白眼視される。
 だから、年若いエイリィやラムーナのような世代の娘は、よほどの理由が無い限りは冒険者になったりしない。
 同世代の同姓の友人を作るなど、困難を極めるのだ。
 
 だからこそ、2人は互いの出会いを運命的に感じていた。
 それに2人とも気質が温和で柔らかなところなどよく似ている。
 
 久しぶりに話す少女としてのお化粧や、服や、装飾品の話題。
 そして互いに通じる芸術面の話題。
 
 姦しいとはこれを言うのか、エイリィとラムーナは若々しい歓声を上げて会話に熱中した。
 
 その後互いの技術を見たいという段階になって、実際に互いの持つものを披露することになった。
 
 エイリィが歌い、ラムーナがそれにあわせてダンスを踊り、『悠久の風亭』に来ていた客たちは大いに盛り上がった。
 普段ならこういう賑やかなのは苦手なガリーナやロマンも自分たちの会話に熱中していた。
 レイモンは信仰の何たるかを熱心にスピッキオと語り合い、スピッキオの老熟した答えに頷いていた。
 オーベもエイリィの歳相応の姿に厳つい頬を少し緩めていたし、レベッカは女将の新料理に舌鼓を打っていた。
 
 1人シグルトはカウンターに腰掛けて酒をちびりちびりと飲みながら、生き生きと交流する仲間たちを微笑ましく眺めていた。
 こういう和やかさこそ、シグルトが本当に望むものであった。
 
 小さな幸せを感じつつ、得られる心地よい酔いに身を任せていたシグルトだったが、不意に強い眩暈を覚え、カウンターに掴まろうとしてまったく身体に力が入らないことを意識した瞬間、音を立てて床に倒れた。
 
 最初、酔いつぶれたのか、とマスターが声をかけるがシグルトは立とうとして一度びくりと痙攣した。
 
 レベッカが跳ねるように動きシグルトを抱え起こしたが、その肌の冷たさに顔色を変えた。
 
「まずいっ、身体が冷え切ってる…
 
 マスター、火酒を!!
 あと医者を呼んでっ!」
 
 マスターからひったくるように火酒を奪うと、レベッカは人目など気にせずに口移しでシグルトに火酒を飲ます。
 スピッキオとレイモンが持てる秘蹟を使ってシグルトを癒す。
 
 少しだけ話せるようになったシグルトは、弱々しく皆に謝った。
 
 そして、シグルトの状態の酷さに、会した一堂は絶句することになった。
 
 シグルトの身体は度重なる無茶でぼろぼろになっていたのである。
 
 
 1年近く昔のこと。
 
 シグルトは悪漢の姦計で掴まり、虐待という他無い扱いをされた。
 
 シグルトの両足の腱は、シグルトの父の親友で北方最高と噂される中東出身の名医が、西方の何倍も優れた医術を用いて繋いでくれたが、かつては彼を苦しめようとしたものに《刃の欠けた刃物》で抉られていた。
 欠けた歪な刃のつける傷は組織を無残に破壊していた。
 あまりの酷さに、さすがの名医も絶句した状態だったのだ。
 
 彼の両腕にある引き攣れた傷痕。
 拘束に使われた縄を肉ごと引きちぎった後、骨が見えるほどに抉れたそこは化膿して、さすがの名医も切り落とすことを考えたほどだった。
 度重なる暴行で肋骨が数本骨折し、身体を踏みにじられて鬱血した場所が壊疽しかけて毒を出していた。
 
 シグルトが反撃で殴り殺した相手の歯が拳に刺さり、今でも珍妙な傷痕を残している。
 
 名医はシグルトの生存を奇跡と思ったほどであった。
 
 1月かけて、シグルトは最高の治療を受けた。
 だが、名医はその身体に残る後遺症を残酷にシグルトに告げていた。
 
「君の生命力には感心するばかりだ。
 
 命が助かり、動けるだけで奇跡だと思え。
 君は、もう一生武具を使うことなど出来んだろう。
 
 君が無茶をして動くたびに、常人が狂いそうになる激痛が走るはずだ。
 
 まぁ、少し痛むだろうが、歩けるようになれば幸運だな」
 
 しかし、シグルトはその状態で国を追われたのである。
 松葉杖を使いよろめいて旅立つシグルト。
 
 かつて結婚を約束していた愛する女性のうつむく姿。
 その夫となった常にいがみ合ってきた異母兄の蔑んだ視線。
 
 かつて守ると誓った母も妹も見送りには来なかった。
 少し前に立ち寄った父と親友が眠る墓地は、冷たい石の墓が北方の寒風の下でわびしくそびえ立つだけだった。
 
 身を切るような敗北感の中、シグルトは足を引きずるように故郷を去った。
 
 その時受けた絶望感。
 しかし、シグルトは生きることを選んだ。
 
 かつて武芸の修行に使った場所で、シグルトは常人が百度は狂うだろう復帰のための訓練をして、戦士としての動きを取り戻した。
 
 シグルトは痛みや苦痛に対し、鈍い。
 それは驚異的な鍛錬の中で、精神が痛みを超越してしまったためだ。
 
 そしてシグルトは、1年たたずに戦士としての力をかつての半分以上取り戻したのである。
 
 だがそのために行った無茶は、正直に身体に現れ始めていた。
 
 
 シグルトの身体はあちこちが痺れ、古傷が熱を持ち、神経が悲鳴をあげ、血流の悪くなった全身が冷えていく。
 
 『悠久の風亭』のマスターが呼んだ医者はシグルトを診て、あまりの状態に頭を抱えて帰ってしまった。
 
「…この人はアンデッドですか?
 
 とても動ける状態じゃないですよ」
 
 “風を駆る者たち”のレイモンやエイリィも手を貸してくれ、癒しを施されたシグルトはだいぶ回復した。
 だが、治療の際にシグルトの全身に残った無残な傷痕を見た一同は、ただ黙するしかなかった。
 
 レイモンはシグルトの持つ危うさが、常に肉体も精神もぎりぎりの状態で戦う者の覚悟であったのだと知り、背筋が寒くなった。
 
「…貴方はどうしてそんな状態で戦うのですか?」
 
 治療の合間にされたレイモンの問いに、シグルトはいつものように苦笑して言った。
 
「…性分だよ。
 
 きっと戦わずに泣くだけなら後悔する。
 痛みも苦しみも多分、やらずに後悔するよりはましだと思う。
 
 俺は沢山のものを失って、まだ生きている。
 
 だから、生きる限り進める道を進みやれることをやってから、納得できる後悔にしたいんだろうな。
 はは、納得できる後悔なんて変だけどな」
 
 絶望の中から這い上がったシグルトが選んだ、《進む》という選択だった。
 
「仲間のために命を無駄にするのは、仲間への裏切りだろう。
 
 多分俺なら、無駄に命を捨てるようなことには憤る。
 
 でも、大切なものを護るために命を失う覚悟を持つことは必要だと思ってる。
 それが無茶でも、無駄にならない行動になるかもしれないなら、俺は行うことを躊躇わない。
 やらずに後悔するのは、一度経験して懲りたよ。
 
 その時は、親友を失う羽目になったからな…
 
 きっともっと要領のいいやり方があるんだろうが、俺は不器用だ。
 加減の仕方が下手だし、どうしても無茶になってしまう。
 
 自分でも、後で落ち込むんだがな…」
 
 そう言ったシグルトの黒い瞳は、どこまでも深遠だった。
 一同は、そんなシグルトに冒険者を辞めろとは言えなかった。
 
「貴方は挫けることはないのですか?」
 
 レイモンが最後にそう聞くとシグルトはまた苦笑した。
 
「…挫けて得られるものがあるなら、きっとそうする。
 
 それは足掻いた後でも出来そうだから、やるなら最後にするよ。
 実際、死んだ連中の墓の前でいくら嘆いても、亡者は応えてくれなかった。
 
 心を癒すために挫けるのは、それも仕方がないと思う。
 
 でも、そうなる前に出来ることがあるなら、俺は行うことを選ぶだろう。
 
 指をくわえて嘆くのは、虚しかった記憶しかない」
 
 レイモンは思わず天上を見上げた。
 
(彼の強さは、乗り越えて進む決意だったのですね…)
 
 きっと、この男なら才能が欠片も無くても進むことを選んでいただろう。
 シグルトがニコロにアドバイスしたのは、決意し覚悟して行うことだったのだ。
 
「…この身体では仲間に迷惑をかけそうだ。
 
 まともに動けるようになったら、レナータに頼んで治療してもらうよ。
 どうやら水の精霊術による癒しは、俺の身体に合うらしい」
 
 シグルトがこれ以上の無茶を自粛し、休息を取ることを宣言したので、仲間たちはとりあえず納得したのだった。
 
 レナータの使う水の精霊の力は、傷と一緒に毒や麻痺を同時に癒すことが出来る。
 身体に痺れがあり、古傷から生まれる毒素に蝕まれるシグルトにとって、一番相性の良い治療であった。
 

 冷たさを含んだ海風が爽やかな朝、シグルトは『蒼の洞窟』に向かった。
 
 レベッカやラムーナが付き添おうと言ったが、シグルトは苦笑して断った。
 
「もう歩くぐらいなら問題ない。
 
 それに、あそこはぞろぞろ行くには少し手狭だからな」
 
 しかしシグルトが無理をしているのは明白だった。
 思えば、彼の苦笑は痛みをこらえるための癖なのかもしれなかった。
 
「…分かったわ。
 
 ただ、ゆっくり行きなさいよね。
 洞窟は逃げないでしょ?
 
 可愛い娘は逃げるかもしれないけどね」
 
 内心の心配を隠し、からかうように返したレベッカに小さく頷き、シグルトは宿を後にしたのだ。
 
 
 『蒼の洞窟』につくと、シグルトはレナータを呼んだ。
 
 しかし、彼女の返答は無かった。
 おそらく出かけているのだろう、と洞窟に入った途端シグルトの目が戦士のそれに変わる。
 
(…何だ、この巨大な気配は?
 
 それに、中位以上の力の強い精霊の気配…
 海精シレーネか?
 
 とにかく尋常ではないな)
 
 シグルトはいつでも抜けるよう剣の柄に手を置いた。
 
 慎重に洞窟の奥を目指す。
 
(…まずいな。
 
 今の俺の身体ではどこまで剣を振るえるかわからん。
 …だが、戻っていては間に合わないな。
 
 なら、進むだけだ)
 
 シグルトは丹田に力を込めて、手足の先まで闘気を行き渡らせると、奥へと入っていった。
 
 
 洞窟の、いつもは入ったことの無い奥。
 
 そこに進んだシグルトは思わず声を上げそうになった。
 叫ばなかったのは彼の胆力ゆえだろう。
 
 全長15mはあろうかという、とてつもない巨体がそこでとぐろを巻いて洞窟に流れ込む海水に浸かっていた。
 
 パキィィンッ!
 
 巨体の周囲の岸辺に突き立った杖のような形の杭。
 杭には水晶球がつけられている。
 
 周囲には濃密な水の精霊の気配がある。
 その気配の1つが世界に物質化し、巨体の何かを包んでいる。
 それは鎌首を上げようとしたが、やがて力尽きたようにその身を水に沈ませた。
 
 キラキラと海水に水晶の破片が零れ落ちる。
 
 先ほどの音は、杭の1つについた水晶球の砕け散る音だったのだ。
 
 杭の向こうで誰かが膝を折る姿が見える。
 
「…レナータ!」
 
 シグルトは迷い無く人影に近寄った。
 
 そこには荒い呼吸をするレナータが、その美しい顔からぽたぽたと汗を落としながら喘いでいた。
 
「…そうか、こういうことだったのか」
 
 シグルトは、なぜレナータが最近様子がおかしかったのか即座に理解した。
 近寄っても返事が出来ないほどレナータは疲労困憊の状態だった。
 
 シグルトは彼女に歩み寄りその身体を抱き上げた。
 
「…シ、グル…ト、さん?」
 
 流れる汗に顔をしかめて弱々しく聞くレナータにシグルトは、大丈夫だ、と優しく頷くと彼女を寝所まで運んでいった
 
 彼女が纏った外套だけを脱がし、水で塗らした清潔な手拭いでその顔の汗をふき取ると、レナータは大きな呼吸をして、幾分安堵した顔になった。
 その身体を彼女のベッドに横たえる。
 
「…すみません」
 
 レナータは目を閉じたまま謝った。
 
「今は何も言わなくていい。
 
 とにかく休まないとな」
 
 シグルトの穏やかな声に、レナータはほっとしたようにそのまま寝息を立て始めた。
 
 それを確認したシグルトは、どさりと尻餅をついた。
 両足が痙攣して小刻みに震えている。
 その顔は紙のように蒼白だった。
 シグルトの力はレナータ1人を運ぶことさえ難しくなっている。
 
(…運びきれたから、贅沢は言えんか)
 
 シグルトは眉根を寄せて痛みに耐えていた。
 全身の筋や関節が軋み、身を裂かれるような激痛と思うようにならない痺れや痙攣が続く。
 彼の意志でそれらをねじ伏せることはもう出来なくなっていた。
 
 むしろ、その苦痛に悲鳴1つ上げないシグルトの精神力は驚くべきものである。
 
 身体を引きずるように、岩壁まで近づくと、それに寄りかかる。
 目を閉じていつものようにイメージする。
 
 心は鋼鐡(はがね)。
 體(からだ)は鋼鐡。
 己は鋼鐡。
 血潮も筋も鋼鐡になろう。
 折れず曲がらぬ鋼鐡になろう。
 砂を齧る痛苦さえ…
 無力と失う慟哭に比べれば何のことはない。
 俺は護り貫く鋼鐡になろう。
 例えこの身が砕けるとも…
 心は屈せぬ鋼鐡になろう。
 
 それはシグルトが友と父の墓前で無力にむせび、行き着いた境地。
 シグルトの不屈の叫びであった。
 
 ぼんやりとシグルトのイメージの中で、2匹の蟲(むし)を従えた褐色の女性が形となり、目を開ける。
 鐡の精霊ダナ。
 かつては鍛冶の女神として信仰さえされていたという精霊である。
 
 痛みによる恐れや迷いが少しずつ消えていく。
 
 故郷で呪い師の老婆から学んだ、勇気と不屈の魔力を授けるという鐡の精霊のイメージ。
 
「お前はダナに愛されておる。
 
 何れ、【鋼鐡の淑女】はお前に力を貸すだろう」
 
 老婆の言葉を思い出した時、シグルトの身体の痙攣と痺れは消え去った。
 痛みも徐々に消えていく。
 
(…難儀なものだな)
 
 シグルトは額を濡らす汗を拭いながら、呼吸を落ち着けていく。
 そして目を閉じ、レナータの目覚めを待った。
 
 
 数時間後、人の動く気配にシグルトも目を開ける。
 
 そこには自分が使っていた毛布をシグルトにかけようとするレナータがいた。
 
「…すまない。
 
 少し休むつもりが、俺も眠ってしまったようだ」
 
 いつものような苦笑をして、シグルトはレナータの差し出す毛布を断った。
 
「ごめんなさい、私、1人ベットで寝ていたようで…」
 
 恐縮するレナータに、シグルトは微笑んで首を振った。
 
「それはいい。
 
 だが、俺の無茶を留めるつもりなら君も無茶をするべきではないなレナータ。
 あんな儀式を1人で続けていたら、何れ君は壊れてしまう。
 
 無茶は身体の毒になる。
 …俺が見本だよ。
 
 さっきの状況を思い出せば、根掘り葉掘り聞くことではないが…
 あの巨大な魔物が、最近君が悩んでいた原因で間違いないんだろう?
 
 もし俺を知人と少しでも信用してくれるなら、事のあらましを教えてくれないか?」
 
 シグルトはそう言って、じっとレナータの碧い瞳を見つめた。
 彼の言葉には、レナータを責める雰囲気は無い。
 その真摯な眼差しは知り合ったときからずっと変わらない。
 
 レナータがここで何も言わないとしても、シグルトは自分に可能なことを模索してレナータを助けようとするだろう。
 
 そういう男だから、レナータも心からシグルトを信頼できるのだ。
 
「…あの姿を見られて、事実を隠しても仕方が無いですね。
 
 あの巨大な海蛇は、この地が持つ水の魔力に引かれてやってきた魔物。
 このアレトゥーザは、南海の都市の中で一際水の精霊の力が強いのです。
 
 そしてこの『蒼の洞窟』はアレトゥーザでも一番精霊力の強い場所。
 
 ここは海と水に関する精霊たちが集う、水の聖地。
 
 なぜなら、この都市を開いた偉大な精霊術師がこの場所を中心に《水姫(すいき)アレトゥーザ》の力で、荒地だったこの地を清水湧く緑と碧海の輝く美しい土地にしたからです。
 この洞窟は神にも等しい力を持つ上位精霊アレトゥーザの眠る場所。
 だから、水に関わる魔物や精霊の眷属が誘われて時折現れるのです」
 
 シグルトはレナータの話に頷いた。
 
「昔、俺の父に聞いたことがある。
 
 アレトゥーザ。
 処女神に仕える麗しいニンフだったが、水浴びをしていた時に川の神アルペイオスがその美しさに一目惚れをして彼女を追い、アレトゥーザは狩りの女神に助けを求め清水湧く泉に姿を変えたという。
 まあ、この神話には諸説あるが…
 
 汚れ無い心を持っていたアレトゥーザは、泉の化身となり清水と浄化を司る精霊に変わったというが…
 
 この地が件の『アレトゥーザの泉』のある場所なんだな」
 
 レナータは首肯し、続ける。
 
「そうです。
 
 だから、この地では水の精霊に祝福されたニコロさんや私のような精霊術師の資質を持った子供が生まれるのです。
 水に関わる妖精や魔物にとってもアレトゥーザの清浄な水の魔力は心地よく、この地には魚人(マーマン)や水の精霊の他に、先ほどのような巨大な海の魔物もやってくるのです。
 
 最初はあまりにネレイデス(ネレイドたち)が騒ぐので近海を調べていたら、あの巨大な水蛇がやってきたのです。
 しかも夫婦(つがい)でした。
 おそらくは、この地を繁殖の場所にとやってきたのでしょう。
 アレトゥーザの近海では、あの水蛇の食べ物になる海の生き物が沢山生息していますし、水も穢れがありません。
 
 この洞窟の近くであの魔物を見かけたとき、大きな事故がおきてはいけないと、兵の駐屯所や教会には警告したのです。
 でも、私は魔女と誹られる者。
 だれも話を聞いてはくれませんでした。
 
 仕方なく1匹…雌の方をシレーネの魔力を用いてここに誘い込み眠らせました。
 召喚したケルピーを囮に雄を外海に誘導し、一時的に魔物の目を欺く結界を張って…
 私の力では、それが精一杯でした。
 
 でも、あの貪欲な水蛇は日増しに反抗の力を強め、私も貯めていたお金で用意した急ごしらえの魔力増幅の儀式具を用いて今日まで封じ込めてきました。
 ですが、かえってそれが《魔女の怪しい儀式》を行うために道具を買ったと白眼視される始末です。
 
 でも、そんな儀式の道具も今日壊れてしまいました。
 もう私には水蛇を眠らせるだけの力も、道具もありません。
 持っていたお金も道具を買うのに使い果たしてしまったのです。
 
 おそらくあの水蛇は、あと数日で目覚めるでしょう。
 あの水蛇はとても縄張り意識が強いと、訓練場の方に聞きました。
 夫婦そろえば近いうちに必ず人を襲うでしょう。
 
 その後、きっと私はあの水蛇を呼び込んだ魔女として火刑に処されるのでしょうね。
 
 でも、私も疲れてしまいました。
 もう、何もかも…」
 
 溜め込んでいたことを、レナータは吐き出すようにいうと、大きなため息をついた。
 
「最初は、シグルトさんたちに相談しようと思っていました。
 
 でも、私には支払うべき報酬が用意できません。
 シグルトさんやニコロさんも、あんな怪物とただで戦うわけにはいかないでしょう?
 
 仲間の命をかけるのに、そんなことできるわけないです…」
 
 その碧い瞳は諦めと憂いに満ちていた。
 シグルトは黙っていたが、不意に立ち上がるとレナータの頭にそっと手を置いた。
 一瞬レナータがびくりとする。
 
 しかしシグルトは柔らかな笑みを浮かべてそっとレナータの髪のほつれを直した。
 
「よく頑張ったな、レナータ。
 だが、俺としては遠慮せずに話してほしかった。
 
 俺は君を大切な友だと思っている。
 
 昔俺は大切な友を、むざむざ死地に向かわせて失ってしまった。
 妹と母のために無茶はできないと躊躇って、そして見殺しにしてしまったようなものだ。
 あのときの慟哭は今でも俺の胸に、真っ黒なうろになって残っている。
 
 だから、故郷を出るときに大切な人を見殺しには決してしないと誓った。
 もう、あんな思いをするのは沢山だ。
 だから、俺自身のために君を助けたいと思う。
 
 俺に報酬などいらないよ。
 
 …いや、違うな。
 俺は友達として君を生かしたい。
 君が人として生を謳歌してくれることが、報酬だ。
 
 それは前払いでもうもらったからな。
 君には嫌でも生きてもらうぞ」
 
 静かだが、断固とした決意の瞳でシグルトはしっかりとレナータを見つめた。
 あふれる想いに、レナータの胸がいっぱいになり、それは碧い瞳から零れ落ちた。
 
 シグルトは名誉に命を賭ける。
 彼の名誉は《大切な人を護る》こと。
 
 シグルトの胸に燃える固い誓いは、ゆっくりと凍りついたレナータの心を融かすのだった。
 
 
 シグルトは頼みに来た治療もそこそこに、『蒼の洞窟』を後にした。
 
「まずは『悠久の風亭』のマスターや俺の仲間、あとニコロの仲間を当たってみる。
 
 うちの連中はなかなか曲があるが、頼りになるんだ。
 何、うちのレベッカに頼めば妙案の1つや2つ考えてくれる。
 
 レナータ、君は最近きな臭い《聖海教会保守派》の連中の動きに注意して、しばらく身を潜めていたほうがいい。
 
 俺はその間に出来うる準備をしてみるつもりだ。
 
 …待っていてくれるか?」
 
 シグルトの言葉に、レナータはしっかりと頷いた。
 
「じゃあ、行って来る…」
 
 そう言い残し、シグルトは『蒼の洞窟』を後にした。
 
 
 その後のシグルトの行動は迅速だった。
 
 帰り道で聖海教会と賢者の塔、訓練所に寄って聞き込みをし、周囲の状況や情報を確認する。
 その間、協力してくれそうな組織を把握し、シグルトは『悠久の風亭』に帰還することにした。
 
 歩き回って手足が軋むが、シグルトの瞳は変わらぬ強い決意が宿っていた。
 
「…よお、久しぶりだなシグルトさんよ」
 
 そんなシグルトに後ろから声をかけたのは、先ほどユーグの訓練を終えて見回りに出たファビオである。
 
「…あんたはレベッカの知り合いの?」
 
 ファビオだ、と即座に名乗る。
 シグルトはアレトゥーザにいる間に、何度かこの盗賊に会ったことがある。
 
「個人的にあんたとは知り合いになっておきたくてな。
 あのレベッカが一目置く野郎だ。
 
 どうだ、これから一杯やらねぇか…驕るぜ」
 
 そう言うファビオに、シグルトは少し思案顔になる。
 やがて決意したように、ファビオにことのあらましを話しだした。
 
 黙って聞いていたファビオは、巨大海蛇の話まで聞いて目を丸くする。
 
「…そりゃ、まずいな。
 
 わかった、俺の方でも動けそうな連中…うちで寝てやがるユーグの野郎も叩き起こして声をかけておくぜ。
 そんな化け物が暴れたら、アレトゥーザでも下町の連中から被害に合う。
 
 ボスに掛け合ってあんたたちの駄賃ぐらいは何とかしておくから、報酬の方は安心しな。
 
 あんたは宿にもどって…、ん?」
 
 ファビオの目が鋭くなる。
 
「…話し込んで気付くのがお互い遅れたな」
 
 シグルトも剣をいつでも抜けるよう、柄に手を置いていた。
 周囲を囲まれている。
 
 やがて見覚えのある男が現れた。
 
「こそこそ嗅ぎ回って、あの美人のねぇちゃんのためかい、色男?」
 
 それは以前レナータを襲った傭兵風の男であった。
 
「…バドゥーリじゃねぇか!
 
 てことは、ロネもいやがるな」
 
 そうファビオが言うと、路地から腕の長い男がのっそりと現れた。
 
「御名答、ってか。
 
 …相変わらず正義のお犬様だな、ファビオよう」
 
 ロネと呼ばれた腕の長い男は、シグルトに一撃で倒された盗賊風のチンピラである。
 以前はアレトゥーザの盗賊ギルドにいたこともあり、ファビオとも顔見知りだったが、盗賊ギルドからは追放されている。
 正しくはギルドの所在をばらす愚行を犯し、罰を受ける前に逃げたのだが。
 
「…このメンバーということは、あの侍祭もいるんだろう」
 
 相手を油断無く睨みつけるシグルトに、バドゥーリと呼ばれた傭兵風の男が頷く。
 
「ジョドの旦那はあんたに砕かれた手が痛くて、今日は留守番だがな。
 
 ま、本当は臆病風ってやつか?」
 
 下品に笑うバドゥーリ。
 瞬間、シグルトは強い殺気に飛びのいた。
 
 ビュワッ!
 
 シグルトの首のあった部分を鋭い蹴りが一閃する。
 
 ふわりと体勢を整えた敵は、低く構えてシグルトたちを狙っていた。
 緑色の動きを阻害しない服で肌をすべて被い、金属製の篭手をギシリと鳴らせて立つその人物は、珍妙な道化の仮面で顔を隠している。
 
「…ザハかっ?!
 
 気をつけろ、シグルトッ!!
 その仮面野郎は格闘術を使う凄腕の殺し屋だ!
 
 くそぅ、こいつらの自信はコイツを雇っていたからか…」
 
 ファビオが短剣を構える。
 
「《剣戟を退ける不可視の鎧…》
 
 《纏え、鉄の如き護りを!》」
 
 さらに現れた人物が呪文を唱えると、バドゥーリたちの周囲の空気が一瞬歪む。
 
「【魔法の鎧】だと?
 
 魔術師付きか!?」
 
 現れたのは魔術師風の男であった。
 年の頃はまもなく老人という感じだが、厳つい顔にその眼光は鋭く凶悪な雰囲気を持っている。
 
「…ヒギンだ。
 
 名乗って早々だが、死んでもらうぞ若造ども」
 
 ファビオの額を冷汗が流れ落ちる。
 ヒギンの名は知っている。
 かつてこの都市の賢者の塔で弟子を育成していたほどの男だ。
 
 実力はかなりのもので、賢者の塔の魔術師の師範であるエルネストをライバル視し、突飛な魔術の実験をして死者を出し賢者の塔を追放されている。
 
 敵の実力は、ほぼシグルトやファビオと同格。
 加えて相手の数が倍である。
 しかも敵は防御魔術の援護がある。
 ヒギンの使った【魔法の鎧】はリューンでもやや高等な魔術として伝わる防御魔術であり、物理的な攻撃の威力を半減する効果がある。
 
(まずい…俺たち2人じゃ半分も勝ち目がねぇ)
 
 加えてファビオは今日までユーグの特訓に付き合い、かなり疲労していた。
 噂ではシグルトも身体に不調があるという話だ。
 
(かなわなけりゃ、逃げの一手だな)
 
 盗賊はこのあたりの決断の早さと、必要なら臆病にもなれる狡猾さが武器である。
 
 シグルトとファビオの周囲をさらに武器を持った傭兵っぽい男たちが囲む。
 数はボス級の4人を除いてざっと6人。
 
 ファビオが戦闘の口火を切った。
 短剣で近寄ってくる傭兵の膝を薙ぐ。
 【黒猫の牙】と呼ばれる盗賊の短剣術で、相手を激痛で少しの間行動不能にするファビオの得意技の1つである。
 
 相手が動きを止めた瞬間、ファビオは容赦の無く敵の喉笛を切り裂いた。
 血を吹きながら倒れる敵を盾に、敵の攻撃を軽々とかわす。
 
 その横でシグルトが1人の胴を斬り払い昏倒させている。
 
 ファビオは巧みなフェイントで2人の敵を翻弄しつつ、隠し持っていた鉤爪で攻撃をさばき、傭兵1人の肺腑を抉った。
 【猿業爪】という技だ。
 
「ちっ、こう乱戦だと綱が使いづらいぜ」
 
 ファビオが最も得意とするのは【絞殺の綱】…つまり絞殺具を使った暗殺である。
 
 どうやって逃走する隙を作るか思案するファビオに、1人の傭兵を袈裟掛けに切り倒したシグルトが小声で伝える。
 
「…最近色々あって、不調でな。
 おそらく今の俺の身体では逃げ切れない。
 
 俺が隙を作るから、その間に逃げて仲間に伝えてくれ。
 多分、奇襲をかけて来なかったから、俺を捕まえてレナータやニコロを呼び出す餌にするつもりだ。
 
 俺はいくらか暴れて掴まるだろうが、お前はさっき言ったことを頼む。
 あと、レナータを護ってやってくれ」
 
 そう言ってシグルトは剣を正面に構えると剣に語りかけるように、呪文を口にする。
 
「むぅ!」
 
 ヒギンという魔術師がそれを留めようと呪文を口にしかけ、駆け抜けた疾風のような斬撃によろめいた。
 その横で、バドゥーリとロネも受けた衝撃でふらつく。
 その疾走で残った傭兵は残らず地に倒れ伏した。
 
(よし!)
 
 ファビオは出来た隙に滑り込むように走り出す。
 しかし、横からにじみ出るように現れたザハという暗殺者が、ファビオの腕を掴んだ。
 
 ズシンッ!!
 
 瞬間、猛烈なスイングで振り回されると、凄まじい衝撃がファビオの脇腹を襲った。
 
「っがぁぁぁっ!」
 
 ファビオも反撃の刃を振るうが、まるで短剣の勢いがそれるように、ザハはその攻撃を避けた。
 
「…畜生、闘舞術の回避歩法かよ」
 
 【幻惑の蝶】という歩法で、驚異的な回避力を与える技だ。
 そして喰らった技は【黒熊の竜巻】という格闘術。
 相手を振り回し、急所に肘打ちを食らわす恐ろしい技である。
 
(…やべぇ、肋骨が何本か逝ってやがる)
 
 内臓に刺さってはいないが、かなりまずい状態だ。
 
 暗殺者は表情を感じさせない仮面の瞳でファビオを睥睨した。
 ファビオに止めを刺そうと構えた瞬間、その構えの下をかいくぐって凄まじい衝撃がザハを吹き飛ばした。
 よろめいて後ずさるザハをシグルトの必殺剣がうなりを上げて襲う。
 
 ビュオォォォッ!!!
 
 必中の【影走り】から風の魔剣【縮影閃】。
 
 もし防御の魔術を受けた状態で咄嗟に防御していなければ、暗殺者は地に伏していただろう。
 
 かまいたちで服をずたずたにされ血飛沫を周囲に撒きながら、暗殺者は大きく後ろに下がる。
 
「早く行け!」
 
 手練の4人を相手しながらファビオを背に庇って、シグルトは叫んだ。
 軋みだす手足の震えを懸命にこらえながら、仁王立ちするシグルトの目は炎のような強さでファビオを叱咤した。
 
「く、無茶言いやがる!」
 
 立って再び走り出す。
 
(レベッカ、お前がコイツを信頼してる理由が少しは分かったぜ…)
 
 脇腹を押さえて走りながら、ファビオは必ずこの借りは返すと心の奥底で誓っていた。
 
「逃さぬ!」
 
 立ち直ったヒギンが杖をかざす。
 
「《舞い踊る白刃よ疾殺を歌え、荒れ狂う隼の飛翔の如く》
 
 《…斬り裂けっ!!!》」
 
 ヒギンの着ていた外套から数本の短剣が宙に飛び出し、シグルトとファビオの身体を切り裂く。
 【操刃の舞】というこの呪文である。
 ダークエルフとの戦いでその効果を経験していたシグルトは、この魔術が普通に回避可能な攻撃であることを知っていた。
 
 さらにファビオに追いすがる一本の短剣を、シグルトが剣で打ち落とす。
 
 背に走る激痛をこらえ、ファビオは迷わず近くにあった水路に飛び込んだ。
 
 シグルトの身体を魔術師の【魔法の矢】が焼く。
 こらえるシグルトに、暗殺者がタックルする。
 【水牛の猛襲】というこの技は相手の体制を崩すのだ。
 
 近寄って剣を振るうバドゥーリの一撃を辛うじて避けると、シグルトは渾身の一撃で逆に相手の鎧をかち割った。
 だが、そこまできてシグルトの身体に痺れが走る。
 
 その隙に、突き刺さるような暗殺者の踏み込み。
 拳を鳩尾に受けて、シグルトはついに崩折れた。
 
「…レナー、タ…」
 
 シグルトの意識は闇に沈んでいった。
 
 
 水路の底にある裂け目から隠し通路にファビオがたどり着いたとき、ファビオもさすがに大の字に通路に横になった。
 逆流した海水の混じった水路の水は、ファビオの背の傷をひりつかせている。
 折れた肋骨が原因で、早くも熱を出し始めていた。
 
「…糞、盗賊は戦闘向きじゃねぇんだよ!」
 
 石壁に毒吐き、そして這うように壁に手をかけると立ち上がった。
 
「だけどよ、恩は倍返し、仇は十倍返しだ、あの野郎どもめ。
 
 死ぬんじゃねぇぞ、シグルト…」
 
 熱と痛みでふらつきながらも、ファビオは通路の出口を目指した。
 
 
「…風が!!」
 
 悲しげな風の精霊の叫びをニコロは確かに聞いた。
 
「「どうしたのさ、坊や?」」
 
 先ほど助力の契約を結んだナパイアスが、怪訝そうな声で聞いた。
 
「…分からないけど、嫌な予感がする。
 
 急いで帰ろう。
 
 それと、ナパイアス…
 僕はニコロだ、坊やじゃない!
 さっき名乗ったじゃないかっ!!」
 
 むきになって睨むニコロを、意地悪そうな目でナパイアスは見ていた。
 
「「そういうところが坊やなのさ。
 
 可愛いねぇ…」」
 
 真っ赤になってニコロは駆け出した。
 
「「からかい甲斐があるんだよねぇ、坊や。
 
 あのエルフ娘ほど術師としての腕はないが、楽しいことになりそうじゃないか」」
 
 ナパイアスもニコロについた風の精霊が妙にざわめいていることを感じていた。
 しかし、この蓮っ葉な渓流の精霊にとってトラブルはスリルがあって面白いのだ。
 
 ナパイアスの甲高い笑い声を背に、羞恥とともに湧き起こる不安を懸命に押さえながら、ニコロはアレトゥーザを目指して足を早めた。

 
 
 長らくお待たせしました。
 
 周囲でいろんなことがあって、ついでに疲労で寝込んだりしてましたが、ようやくクロスの『レナータ編』前編をお届けします。
 
 今回、前半の飲み会シーンをどうするか悩んだのですが、Martさんから許可が下りましたので書きました。
 後半、ファビオとシグルトの夢の共演です。負けっぽいですが。
 
 後半のバトルは中堅レベル同士の激しい攻防にしました。
 互いにスキルを出し合うハードな対決です。
 名無しだった連中の名前もここで判明してたり。
 
 書いてる間にMartさんがサイト停止を宣言されたり、自作シナリオの更なるバグにへこんだりしましたが、私の方はマイペースにやるつもりです。
 Martさんお疲れ様でした。
 これからもよろしくお願いします。
 
 クロスもいよいよ佳境です。
 
 次回はさらなる苦難がシグルトを襲います。
 間に合うかレベッカたち!
 
 よかったら応援してやってくださいね。
 
 
 ちなみに難しいものをちょっくら解説をば。
 
 三大禁呪はある企画で使いたいなぁ、と思っています。
 読み方は【天地鳴動(てんちめいどう)】、【降焔招星(ごうえんしょうせい)】、【極冷氷波(ごくれいひょうは)】です。
 イメージとしては12レベルの神話級魔法で、10レベルでも2回しか使えない計算です。
 『風屋』の大禁呪は10レベルなので、まだある程度使用可能なレベルなんですけどね。
 これらの大禁呪は私の考えるCWの世界観の中で、「名前が明らかになっている」大禁呪です。
 皆さんのCWの世界には、名前すら忌み嫌われ、失われた大禁呪があるかもしれませんね。
 そもそもこの手の伝説級呪文は、一生に数えるほどしか使えないものです。
 使用した記録が歴史に残るトンでもスキルというわけですね。
 
 《魔術回路(マギックサーキット)》という考え方は、某PCゲームが好きなら惹かれるかもしれませんが、カードワースのシステムに無理の無いように考えてみたものです。
 マギックは仕様です。
 手品のマジックとの区別のために、わざとこうしてあります。
 いつか呪術戦(祈祷戦)を強調したシナリオとか、作ってみたいです。
 私の言う呪術戦は、バトルでドンパチではなく、駆引きによる遠距離での儀式による地味な魔術のぶつかり合いです。
 汗をたら~りたら~りしながら、魔術師同士が泥臭い魔力をぶつけ合う描写、やってみたいですね。
 イメージは陰陽師の祈祷みたいな感じです。
 
 聞いたこと無い呪文がいくつかありますが、名前だけのロストマギックです。
 しつこく私に作れといえば、どこかで出すかもしれません。
 
 敵に何人か新キャラが出てますが、結構強敵です。
 特にザハはお気に入りで、次回でも暴れると思います。
 謎の仮面って、ちょっとベタですかねぇ。
 ヒギンは強いですが、典型的な悪玉です。
 全体魔法2つもある5レベル魔術師ですからとても強いです。
 ちなみに【賢者の杖】持ってます。
 味方が使うと頼もしい【魔法の鎧】ですが、敵が使うととっても嫌らしい魔法です。
 中堅ではこういった援護の有無も影響したシビアなバトルを是非提供できればいいなあ、と思っています。
 スキルが連発すると派手ですよね。
 
 何か質問がありましたら、どうぞコメントくださいね。
 では次回で会いましょう。
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『碧海の風たち』

「大分腕を上げたようね、ユーグ坊や」

 レベッカがいつになく皮肉っぽく語りかけた。

「その分、あんたが年をとるってわけだ」

 ユーグも皮肉っぽく言葉を返す。
 瞬間、さっきまでユーグの頭があった場所を、酒のつまみに食べていた料理の中にあった貝殻が通り過ぎた。

「…まったく」

 レベッカが肩をすくめたのを見てユーグがにやりと笑った。
 が、次の瞬間ユーグは天井を見上げて寝転がっていた。
 レベッカの足がユーグの座っていた椅子を絡め取ったのだ。

「避けた後に隙はできる。
 お父ちゃんはそんなこともあんたに教えなかったの」
 
 余裕で酒を飲みながら、レベッカは修行が足りないとでも言うようにユーグを見下ろしていた。

「ふん、俺は女には甘いんだよ」
 
 起き上がりざまに叫んだユーグは、年に関係なくな、とぼそりと呟く。
 レベッカは片眉をぐいぃと吊り上げたが
 今度は見逃してくれたようだ。

 レベッカとユーグの間に血の繋がりは無い。
 
 ただ彼らにはかつて共通の父親がいた。"ユベール"という名の大盗賊である。
 “錦蛇(パイソン)”と呼ばれ、リューンの盗賊ギルドで幹部を務めていた彼はしかし、あるとき縄張り争いの解決に失敗し、盗賊の命ともいうべき利き腕を失ってしまう。
 だが、そんな彼が命の恩人だといって連れ帰ったのが、まだ幼いレベッカだった。

 彼は2年間、その時の傷と毒が元で死にいたるまで、実の子であるユーグではなくレベッカを盗賊として鍛えたのである。

 おそらくは複雑だただろう、ユベールの心境を、今の2人は理解できた。
 
 ユベールは自分の全てを託せる人物が欲しかった。
 だがそれは愛する我が子であってほしくはなかったのだ。
 
 ユベールが息子のユーグに望んだのは普通の人間として真面目に生きること。
 弟子のレベッカに望んだのは自分の全てを継承し、自分を超えて盗賊ギルドを率いる人物になること。
 彼がレベッカを実の子のように愛していたのは事実だが、必ずしも同じではなった。
 
 そしてユベールの死は、彼の2人の《子供》に大きな愛と喪失感と複雑な距離を遺したのだ。

 ユーグとレベッカはマスターの注いだミード酒をちびちび飲みながら沈黙していた。
 互いが互いに過去の自分達を思い出していた。
 アレトゥーザで再会するまでほとんど思い出しもしなかった血の繋がらない"姉弟"は今は奇妙な距離と親密感の両方を同時に感じていた。

「…今の俺は親不孝者になるのかねぇ」
 
 ぼそりと呟くように言葉を吐くユーグ。

「さぁね。
 
 私もあの人と一緒にいたのは2年だけだしね。
 あんたが盗賊になったことを喜ぶかどうかまではわかんないかなぁ」
 
 酒をちびちびやりながら、レベッカは遠い目をして返答する。

「ま、そうだろうな。
 
 俺にもわかんねぇ。
 あんたがあそこにいた年頃には俺はもう路地裏で腹空かせながらゴミ箱を漁ってたからな」
 
 生きるのに必死だった頃嗅いだ、路地裏のすえた臭い。
 今では懐かしいとさえ思う。 
 
「…そう」
 
 レベッカもまた生きるのに必死だった過去を思いながら、ユーグの言葉に一言で応じた。

「…まぁな」
 
 盗賊とは即物的で現実主義者である。
 2人とも胸中は互いに無様に出したりはしない。
 過去に浸って仕事をしくじるようなことは、この2人ならまずないだろう。
 
 再び沈黙。

「なぁ、あんたとファビオ、どっちが《投擲》は得意なんだ?」

 酒豪と名高いレベッカが、3杯目のミード酒を顔色1つ変えず飲み終えた頃、ユーグがぼそりと聞いた。
 その声は低く、聞きづらいほどだった。

(プライドを捨てて、私に頭を下げたくなるほど悩んでるってわけね)

 そう察しながらもレベッカは知らん顔で答える。

「技によるわね。
 
 あんたが望んでいるのは威力かしら、それとも距離?」
 
 レベッカは投擲術が専門ではない。
 ただ、その気になれば一時的にはかなりの技量を発揮できる。
 酒場に置いてあるダーツゲームでは負け知らずだった。

「今は《距離》だな」
 
 それを聞いてレベッカはすぐに頭の中の情報を整理する。
 レベッカは技巧を本分とするが、頭の回転も良いほうなのだ。 

「豚相手にてこずったのを気にしてるわけ」
 
 考えながら、皮肉さえ言ってみせる。

「…チ、年取ると耳が遠くなるんじゃなかったのかよ」

 思わず毒を吐き、思わず身構えるユーグだったが、レベッカはにやにやと笑っている。
 ユーグの憎まれ口が、痛いところを突かれたときの子供っぽい反発に過ぎないことを承知しているからだ。

「ま、私だったら足腰立たなくなるまで鍛えてやるんだけどね。
 
 今回の《先生》はファビオに譲るわ」

 ユーグはレベッカの男を惹きつける顔を見た。
 
 年齢はこの時代の結婚適齢期は過ぎている。
 しかしその色香はかえって艶かしく、その利発さも含めて素人目にはとても魅力的に見える。
 もしも彼女がただの女だったらユーグは直ちに口説いていたかもしれない。
 
 だが、レベッカは女の色香を使った暗殺者、という過去もある。
 流石のユーグも彼女に手を出す気は無かった。

「…ま、教えてくれるかどうかはあんた次第ね。
 
 何せあいつの禁じ手のひとつらしいからねぇ」
 
 そう言いながら、レベッカは優しい眼をしていた。

「…無理矢理にでも教えさせるさ」

 レベッカはこの上もなく魅力的で意地悪な表情で微笑んだ。

「ま、地獄を味わってくるのね」
 
 空になった杯を指で弾いて鳴らし、レベッカは肩をすくめた。

「へ、あんたと比べたらあいつなんざ、天使だぜ」

 ユーグは代金をマスターに手渡すと席を立った。
 
「…1つだけアドバイスしてあげるわ。
 
 《投擲》は投げちゃダメ。
 《撃つ》つもりでやってみなさい。
 
 自身は弓。
 その手は弦。
 
 ま、私なら石弓でも用意するけどね」
 
 驚いてユーグがレベッカを見る。
 盗賊は手の内や技術を無償で教えることはまず無いのだ。

「…ぼこぼこの不細工な面で戻ってきてガリーナちゃんに嫌われないようにね」
 
 そこには4杯めの酒を頼むレベッカが、幸せそうにつまみを齧っていた。
 
 今日のレベッカはいつもより口が軽いようだ。
 やはりユーグの前では少し意識するのだろうか。
 
 真顔に戻って、ユーグが立ち去りざまに言った。

「…顔で男を選ぶ女なんぞに惚れはしねぇさ」

 そう呟いたユーグに、レベッカは1つ頷いた。
 
「ま、あんたの顔じゃ納得だわ」
 
 今度はふてくされて、ユーグは荒々しく酒場のドアを閉めて出て行った。


「ニコロさん、そうじゃないわッ」

 レナータの厳しい声が洞窟内に反響している。
 
 洞窟に入りながらシグルトはその音に方眉をあげた。
 彼女がこんなに声を荒げるのを始めて聞いたからだ。
 
 奥へゆっくりと歩きながら、シグルトは最初ニコロとレナータが喧嘩でもしているのかと思ったほどだった。
 
 おかしいと思われたのは聞こえてくるレナータの声だけではない。
 いつもなら優雅に漂っているかのように存在する精霊たちがどことなくざわついているように思えるのだ。
 今や精霊たちの姿を視認することも可能になったシグルトには、いつもよりはっきりとその変化が感じられた。

(洞窟全体が何か穏やかじゃないな)

 果たして洞窟の奥、レナータがいつも静かに佇んでいるその場所へ辿り付いたシグルトが目にしたものは大粒の汗をかき息を荒げて倒れたニコロと、それを苛立たしげに見下ろすレナータだった。
 
 あたりには、たった今まで両者によってこの場へ呼び出されていた水精の気配が濃厚に残されている。

(ケルピー、か…)

 シグルトは以前、レナータの話に登場した荒れ狂う水の精の名前を思い出した。
 
 半魚半馬の精霊、水の怒りの顕現。それが本物の馬に乗り移ったとき魔物として名高いケルピーが誕生するのだ。
 シグルトはレナータの苛立ちはこの水馬を召喚したときに生じる精霊術師と精霊の同調の影響かもしれないな、と漠然と考えた。
 
 それにしてもレナータがここまで苛立つのは珍しいことに違いない。
 例え、同調の影響を受けていたとしても彼女もベテランの精霊術師なのだ。

「そんなんじゃ、海馬は制御できないわよ…」

 レナータの棘を含んだ声が洞窟に小さく木霊し、ニコロは小さく頷いて立ち上がる。
 そのときになってようやくニコロが、洞窟の壁に手を置いて彼の方を眺めているシグルトの存在に気付いた。

「シグルトさん…」

 ニコロが微笑んで頭を下げ、シグルトも無言のまま礼を返す。
 
 レナータも振り返り笑顔を浮かべて頭を下げる。
 レナータの笑顔にはぎこちなさが露になっていたが、しかしシグルトはそれに気付かなかった。
 シグルトがニコロに異変に気付いたからだった。

「ニコロ…君は、ナイアドを?」

 いいにくそうにいうシグルトにニコロは頷いた。
 
 レナータもシグルトの登場でようやく心を落ち着けたのか、いつもの彼女らしい落ち着きを取り戻して彼らのために椅子を用意した。
 彼女の住居は3人の人間が入るには狭すぎるからだ。
 
 波のすぐ隣で彼らはそれぞれ椅子に座り、ニコロが持ってきていた果実水とシグルトの持ってきた焼き菓子を囲んだ。
 
 3人がゆっくりとこの場所で会話するのは始めてだった。
 互いに面識を持っていたとはいえ、大人しいレナータと内気なニコロ、無口なシグルトの3人である。
 
 最初ぽつりぽつりと近況を話していた3人は、ニコロがナイアドを失う経緯に話が及ぶにいたりようやく口も軽くなってきたようだった。

「…そうか、そんなことがあったのか」

 シグルトはいつになく深刻な顔で頷いた。
 喪失感を知る者が、その痛みを思い出した時にする表情。
 他の2人はさすがにそれに気がつくほどではなかったが。

「ナイアドを失ったことは…僕にとって姉妹を失ったのと同じくらい…悲しいことでした」

 ニコロは今は行ってしまったナイアドの姿を思い浮かべながら語った。シグルトにもその心の内は理解できた。
 彼自身、大切な人を失った過去を持っているのだ。

「最初、これ以上新しい精霊と交感することはやめようと思っていたんです。
 
 でも…依頼をこなす内に、そうじゃない、と思うようになったんです。
 自分自身がもっと肉体的にも精神的にも強くなり、精霊たちが今まで以上に自由に《この世界》で力を振るえるようにすること、それが必要だと考えるようになったんです」

 ぼそりぼそりと呟くニコロには悲しみと同時に静かな決意が漲っているのが、レナータにもシグルトにも分かった。

「でも…ニコロさん。
 
 やっぱり貴方の力でケルピーを制御するのは難しいわ」

 レナータは言い難そうに、だがきっぱりといった。
 
 海馬は力強い精霊だがニコロの性格には合わない。
 というのは、かの精霊を行使するものは荒々しく狡猾な海馬の力に屈することなくかの精霊を《乗りこなす》資質が求められるからだ。
 
 最初、ニコロがケルピーを操る術を学びたいといってきたときもレナータは同じことを言った。
 だが、彼は頑として聞かず、彼女に頼み込んだのだった。

「…でも、僕が操れそうな水精で力を持つ者といえば、ケルピーぐらいしか」

 ニコロは思いつめたように呟く。
 レナータは溜め息をつきながら小さく頭を横に振った。

(2人とも苛立っているな。
 
 特にレナータは…)
 
 そう思いつつ黙って2人のやりとりを聞いていたシグルトは、やがて2人が黙りこんでしまうと、ようやく口を開いた。

「ナパイアスについては話していないのか…レナータ?」
 
 シグルトはいつものようにシンプルに、しかしばっさりと本題から切り出した。

「…!」

 レナータの顔がさっと青ざめるのがシグルトにも分かった。
 しかし彼はレナータがナパイアスについてどう考えているかを知った上であえて口に出したのだった。
 
 ケルピーほど危険ではなく、だが力を持った精霊、ニコロが求める精霊といえばナパイアスしかいない。
 
 シグルトにしては軽率にも思えたが、最も身近な友を失い苦しむニコロの心を少しでも楽にしてやりたいという想いが勝った結果であった。
 自分の力が足りないばかりにナイアドを失ったと思い、自らを責めるニコロをかつての自分と重ね合わせたからでもある。
 
 いつも泰然として動じないが、シグルトは決してただ冷静ではなく、時に激しい感情に身を任せることがあるのだ。
 過激なわけではないが、思ったら迷わない。
 それは彼の美徳でもある。

「ナパイアス…?」
 
 ニコロが聞きなれない精霊の名に眼を瞬く。

「ああ、そうだ。
 
 “渓流のすれっからし”、“水のじゃじゃ馬”…"渓谷の魔精"というのもあったか。
 呼び方は色々らしいがな。
 
 随分、力を持った精霊だそうだ。
 ただ一癖も二癖もあるらしいが…」
 
 ナパイアスについて説明しようとするシグルト。

「シグルトさんッ!!」

 だが、シグルトの話を強い口調で遮ったのはレナータである。
 彼女はさきほどよりも苛立たしさを増した口調でまくし立てた。

「どういうつもりなんですか…!?
 ナパイアスの話をするなんて…
 
 あの精霊が危険なことは前にもお話したはずです…!」

 レナータの声にびっくりしたのはニコロだけではない。
 ある程度の叱責を予測していたシグルトでさえ、ここまで感情を昂ぶらせた彼女の声には驚かされたのだ。

「…とにかく、もうナパイアスの話はしないでください!
 
 あの精霊を使役しようとして、逆に全身の血を抜かれて命を落とした精霊術師も過去にはいたのですよ!?」
 
 やや穏やかな印象のある彼女の碧い眼は、今まで見たことがないほど釣りあがっている。
 唇を噛み締めて震えるように拳を握るレナータは、痛々しいほど激しい感情を示していた。

「…わかった。
 
 配慮の無いことをした。
 すまない、レナータ」

 シグルトは素直に頭を下げた。
 
 レナータの機嫌を損ねたことは素直に悪いと考えたし、ニコロには確かにその存在を伝えたのだ。
 これ以上、この話を続ける必要はないだろう。
 シグルトは頭を下げながら思った。
 後はニコロ次第なのだ。

「…ニコロさん、とにかくケルピーもナパイアスも諦めるべきです。
 
 それより、あなたならもう少し力をつければウンディーネを完全な形で使えるようになります。
 力を手にしたいなら、それを目標になさった方がいいと思います」

 レナータはようやく感情を抑えてニコロにそう告げた。
 不承不承といった感じで頷くニコロ。
 やがて彼は立ち上がると、「また来ますね」といって洞窟を立ち去った。
 そのときシグルトがぼそぼそとニコロに呟いた。
 ニコロはそれに答えて頷くと、とぼとぼと洞窟の入口を目指して歩き去ったのだった。
 
 彼が去った後、レナータはうなだれた様子でシグルトに謝った。
 
「すみません、私、感情的に怒鳴ったりして…」
 
 シグルトは優しく首を左右に振る。
 
「ニコロは君の大切な弟子だろう?
 
 俺が知った顔で口を出すのは、確かにおかしい。
 悪かったと思ってるよ。
 
 だが、男は強くなりたくて焦るときもある。
 多くの女性から見れば、愚かな行為に見えるかもしれないが。
 
 …俺も昔そんな時期があったよ。
 
 理解しろとは言えないが、ニコロの焦りる気持ちは汲んでやってくれないか?
 
 …大切なものを失ったばかりのあいつは、今一番辛いと思う」
 
 レナータは、はいと頷いた。
 
 シグルトは不思議な男である。
 レナータと大して歳が変わるわけではないのだが、どこか老人のような深遠を感じさせるのだ。
 
「さて、じゃあ俺も行くよ。
 
 また来る」
 
 そう言って立ち上がったシグルトは、突然ふらりとよろめいた。
 
「シグルトさん!!」
 
 駆け寄って支えたレナータに、シグルトが謝る。
 
(…なんて冷たい肌…)
 
 シグルトの身体は、水の精霊との関わりで体温がやや低いレナータが違和感を感じるほど冷え切っていた。
 
「…古傷のせいで、寒い時期には調子が悪くなるようだ。
 
 何、火酒でも飲めば落ち着くよ。
 君も身体を冷やさないようにな」
 
 苦笑するシグルト。
 しかし、レナータはその言葉を信用できなかった。
 
 精霊たちが心配そうにシグルトを見ているのだ。
 彼のいつも溢れるようなその存在感がとても希薄に感じられる。
 それはまるで臨終を待つ老人のような雰囲気で、思わずレナータはシグルトの服を強く掴んでしまう。
 
「レナータ?」
 
 黙ってレナータは水の精霊を呼び出し、シグルトに癒しを施した。
 
「…シグルトさんは無茶をし過ぎです」
 
 悲しそうに言ったレナータにシグルトは、悪かった、とまた謝るのだった。


 ニコロとシグルトはいつもとは違う場所で葡萄酒を口にしていた。
 
 『碧海の細波(さざなみ)亭』。
 港のすぐ傍にある小さな酒場だった。
 ニコロが蒼の洞窟を去るとき、時間があればここで会おう、とシグルトが誘ったのだ。
 
 ニコロもなかなかの美青年だが、大人の魅力と精悍さを身につけたシグルトと並ぶとやはり見劣りがする。
 だが美しい青年の二人組が女気なしで酒を飲んでいる様子は周囲の注意をひいているようだ。
 
 2人が席についてから既に何人かの娼婦達が声をかけてきていたが、その度にシグルトはぶっきらぼうに彼女達を追い払わなくてはならなかった。
 ニコロはこういうとき赤くなって俯いてしまうだけだったから、こういう仕事は自然シグルトの役割になってしまう。
 
 シグルトの女っ気の無さは、冒険者たちには有名である。
 たとえ、絶世の美女が裸で誘ってもいつもの仏頂面だろうと噂されるほどだ。
 
 だが女性に優しくないわけではなく、差別的な女性扱いはしないが、異性としてちゃんと配慮し敬意は払う。
 レベッカがシグルトになぜそのようなことが出来るか聞くと、いつものように苦笑して、妹のおかげだな、と言ったそうだ。
 
 ニコロはそんなシグルトの性格を羨ましく思う。
 彼はシグルトほど異性の扱いに慣れていない。
 
 そんなニコロの内心に気付く様子も無く、シグルトは先ほどからの話の内容を続けた。
 
「…やはり君も気付いていたのか」
 
 それはレナータの今日の態度から、どうも彼女の様子がおかしいという話題だった。

「…はい。
 
 確かに今日のレナータさんは少し変でしたね」
 
 ニコロはシグルトに首肯した。

 2人が落ち着いて話をできるようになったのは、シグルトが何枚かの銀貨を酒場のマスターに手渡して、人目を引かない奥のテーブルを用意してもらってからのことだ。

「最初は…女性にはつきものの《あの》苛立ちかなとも思ったんだが…」
 
 男同士では意外にもざっくばらんにこういう話ができるシグルトである。

「え、あ、はい…でも、それは違うと思います。精霊は、その、そういう時期を嫌いますから…」

 照れ臭そうに答えるニコロと異なりシグルトの顔は淡々としたものである。
 レベッカやユーグあたりがこの場にいたらニコロはやっぱり餓鬼だ、とからかうことだろう。

「…やはり、何かあるのかもしれんな」
 
 シグルトは、俺は鈍いからな、とため息をつく。
 ニコロから見ればとても鈍いとは思えないのだが、シグルト曰く、それなりに気をつけてこの様、らしい。

「…シグルトさんが先に言っていたケルピーとの同調も多少影響していると思いますが、レナータさんほどの精霊術師がそれだけのことでそこまで影響を受けるとは思えませんし。

 …何かあると思った方がいいでしょうね」

 シグルトは手に持った酒をぐいと呷るとふうと息を吐き出した。

「やはり、しっかり確認すべきだな。
 …俺が行こう。
 
 すぐに行くのもおかしいから、数日経った後、もう一度レナータの元を訪ねてみる。
 君はその間、やはり行くつもりなんだろうな、『ソレント渓谷』へ」

 ニコロはこくりと頷いた。
 『ソレント渓谷』はシグルトが以前レナータから聞き出した場所だった。
 ナパイアスの棲む場所。
 アレトゥーザの北東にある渓谷だ。
 
 この辺りでは“魔の渓谷”として敬遠する者の多い場所だった。

「僕はそこでナパイアスと会ってみようと思います。
 
 …御心配なく、危険なら逃げてきますから…仲間のためにも命を落とすわけにはいきませんからね。
 シグルトさんは、僕がこんなこと言うのは変ですけれど、レナータさんのこと、よろしくお願いします」

 ふっと笑みを浮かべてシグルトはわかった、と頷いた。
 
 それからしばらく2人はリラックスした様子で様々なことを語り合った。
 過去の冒険のこと、出会った敵の特徴や弱点、チームで行動する際に気をつけること。
 
 やがてシグルトがそろそろ帰ろうか、と呟いて立ち上がるとニコロもそれに習い、2人は酒場を離れた。
 
 夜風に当たりながら悠久の風亭へ歩き出した2人だったが、外に出てからはほとんど互いに言葉を交わすことは無かった。
 元々饒舌とは言い難い2人である。彼らはしばらく微風爽やかな月下のアレトゥーザを沈黙したまま歩いた。
 やがて、父の墓に寄っていこうと思います、と言って別の道を行こうとしたニコロを呼び止め、シグルトは少し自嘲気味に言葉を紡ぐ。

「なぁ、ニコロ。
 失うものは少ないほうがいいに決まってる。
 
 失わないために俺も強くなりたいと思うよ、少し無茶してもな…」
 
 ニコロは驚いた顔でシグルトを見つめた。
 
 シグルトについて、ニコロが感じることは《鋼》のような男だということだった。
 強く引かず、真っ直ぐな眼差しはいつも先を見つめている。
 
 きっとこの男ならば後悔する行動などしないだろう、と感じさせるたくましさがシグルトにはあるのだ。
 
「シグルトさん?」
 
 ニコロの前で、シグルトはいつも腕に巻いた布をさっと解いた。
 無残に引き攣れたその傷にニコロが息を呑む。
 
「…俺には竹馬の友がいた。
 
 粗野で軟派な奴だったが、好い奴だったよ。
 その男の妹は俺の妹の親友で、もう1人の妹のように思っていた。
 
 大切な母と妹がいた。
 
 俺の母親はいわゆる貴族の妾でな。
 だが、俺と妹を養うために、母は不名誉を恐れない人だった。
 
 だから、俺はせめて母や妹に恥じない男になろうとがむしゃらに腕を磨いたよ。
 おかげで、故郷ではそれなりの戦士になったはずだった。
 
 尊敬するには優しすぎる父がいた。
 でも決して嫌いになれない、好い人だった。
 
 そして婚約者がいた。
 心から愛していたよ。
 今でも時々彼女を夢に見る。
 
 でも、今の俺の側には誰もいない。
 故郷からずっと残っているのは…傷痕と、思うように動かない身体と、過去という思い出だ。
 
 俺の決意が、決断が、力が至らなかったせいだ。
 
 故郷の冷たい土の中には、俺の友とその妹と父が眠っている。
 
 母と妹は修道院に籠もっている。
 
 愛した女性は他の男の妻になった。
 
 …今でも思い出して、様々なことを未練に思う。
 
 君も失って気付いたから力を求めるんだろう?
 
 なら、頑張ればいい。
 これ以上失わないために」
 
 ニコロにそう言って苦笑したシグルトは、とても優しい目をしていた。
 そしてニコロは気が付く。
 シグルトは沢山のものを失う慟哭を知っているからこそ、こんなにも強いのだと。
 
 まるで砕けた鋼が鍛えなおされるように、シグルトは決意を持ってそこにいるのだ。
 
 熱い勇気がニコロの胸に湧く。
 
「…強くなります。
 
 仲間と一緒に!!!」
 
 そうしっかりと頷いたニコロの肩を、シグルトは優しく叩き、また酒でも飲もうと微笑んだ。
 
 その後、シグルトは相談があるといって、明くる日の再開をニコロと約束した。
 『ソレント渓谷』への旅立ちはその後に、ということになった。
 
 
 次の日のこと、ニコロはオーベとレイモンを伴ってアレトゥーザにある公園に訪れた。
 
 シグルトはパーティの副官的存在のレベッカと一緒にニコロたちを待っていた。
 
「元気か、オーベ。
 
 レイモンは…色々あったみたいだな」
 
 レイモンの白髪を見て言うシグルト。
 そこに蔑んだものはまったくない。
 少しのいたわりと、深くは問わない思いやり。
 
 シグルトの美徳はたくさんある。
 中でもレイモンは、誰にでも嫌味のない敬意を持って接するシグルトの誠実さは素晴らしいと思う。
 オーベは、心身ともに強靭な部分を持ち、奢らず努力するこの青年を気に入っているようだ。
 確かに、シグルトは好漢である。
 だが、レイモンにはシグルトの持つ危うい何かが感じられた。
 
 大切なもののために無茶が出来るが、それで身を滅ぼすことを覚悟しているある意味では潔く、ある意味では危険な決意だ。
 シグルトの無茶は若いものの持つ、好戦的で無謀なものではない。
 大切なもののために身を削る献身。
 あるいは己の寿命を悟ったものが持つ、生きたことを残そうとするはかなさ。
 彼の強さを感じつつ、それが分かるレイモンはシグルトの持つ危うさが気がかりだった。
 
 出会った頃、シグルトを見るニコロの焦りを感じたレイモンは、彼を少し警戒していた。
 商売敵であり、彼らが強い結束と人気を持っていたことを知り、パーティの呼び名が似ていたこともあり、彼らに仕事をとられないかという心配があった。
 
 だが、今ではその心配はあまり無いと感じている。
 
 それは、このシグルトという冒険者のためである。
 シグルトは仕事の奪い合いになったら、基本的に身を引くように仲間に持ちかけるという。
 金に困っている後輩の冒険者がいれば仕事を世話したりするし、他の冒険者に頼まれると、悪辣なことでない限りたいていのことは快く受けてくれる。
 
 昨日ニコロが随分とすっきりして顔で戻って来た。
 聞けばシグルトに会って酒を飲んだという。
 
 最初はニコロがシグルトの存在感に焦りを感じていることがよくわかった。
 だが今のニコロは、若者が少し年上の存在に憧れるような爽やかな眼をしている。
 
 おそらくは昨日、シグルトなりになにかアドバイスをしてくれたのだろう。 
  
「聞けば19歳だとか。
 
 数多くの冒険者を旅の中で見てきましたが、彼ほど克己心のある若者はいないでしょうね。
 彼がリーダーだと言えば皆納得するでしょう」
 
 ニコロがシグルトと話している脇で、そっと語りかけるレイモンに、そうじゃな、とオーベは頷いた。
 
 オーベはたった一人で悪漢に立ち向かい、強力な魔法に撃たれながらも戦いぬいたシグルトの勇気をとても評価していた。
 
 それに、付き合う上でもシグルトの反応は快い。
 
 差別的な視点は一切無い上で、違う種族としても年上の戦士であることもちゃんとふまえた敬意をオーベに払う。
 しかも、卑屈さや下心がまったく無く、本心でそれが出来るのだ。
 
 寡黙なほどではないが饒舌ではなく、義侠心を持ちながら押し付けがましくもない。
 
(昨今、これほど気持ち好い漢はそうおらんわい)
 
 噂で聞いたが、シグルトは努力家としても有名らしい。
 早朝から武術の鍛錬をし、その合間に後輩の指導もするという。
 
 だがシグルトはそれは当たり前のことだという顔で、威張る様子も無い。
 しかし、彼の冒険者としての後輩がシグルトの前で侮辱されたとき、毅然と相手に謝罪を求めたと言う。
 誇りもあり、人のそれが分かり重んじられるということだ。
 
 オーベは完璧だの天才だのと噂されるシグルトが、驕らずに努力して実力を高めていることにとても感心していた。
 老いて戦士になったオーベは努力を惜しまない。
 そうしなければ力を維持することができないからだ。
 だからこそ、己を磨くことが出来るシグルトを同胞のように感じることもある。
 それに、シグルトの持つ武骨さや気骨はドワーフのような誇り高さを感じさせるのだ。
 
(あやつの存在がうちのニコロを磨いてくれるとよいがの)
 
 オーベは微笑ましく感じながら、シグルトとニコロを眺めていた。
 
 シグルトはニコロとの会話を終えると、“風を駆る者たち”の一同を見回して語りだした。
 
「急に呼び出して悪かったな。
 
 実は、噂であんたたちが《鉱石》を手に入れたと聞いて、できれば譲ってほしいと思ったんだ。
 金を出すことも考えたが、それでは貴重な《鉱石》に見合わないかもしれないと思って、こちらも手持ちの魔法の品を持って来た。
 
 それに、昨日ニコロと酒を飲んだとき、愛用の剣がかなり痛んだと聞いてな。
 特別なものだから、彼に使ってもらえればと思ったんだが…」
 
 そう言ってシグルトは布包みから金色に輝く戦闘用の斧と、緑の光に包まれた木製の剣を取り出した。
 どちらも淡い魔力の輝きを放っている。
 
 オーベの眼が丸くなった。
 
「こっちは遺跡で穴掘りをしていてみつけた斧なんだが、【護光の戦斧】という使い手を攻撃から護る魔力が宿ったものだそうだ。
 …俺たちには斧を使う奴はいないが、オーベさえ気に入ったらどうかと思ってな。
 
 もう1つは鉄鋼樹という霊木の枝で作られた剣だ。
 その霊木の精霊自ら魔力を込めた、生きた魔法の剣という感じだな。
 刃こぼれしても勝手に再生するし、硬さは本物の鋼鉄に劣らないのに普通の剣より軽いから扱いやすい。
 それにこの剣は精霊が嫌う鉄の匂いがないから、ニコロにどうかと思ったんだが…
 
 これ2つで《鉱石》を譲ってもらえないだろうか?」
 
 うなるオーベ。
 
「オーベ、この品物は《鉱石》に詳しい貴方から見てどうです?」
 
 レイモンの言葉に、オーベは首を横に振る。
 
「単純な売値では、1つでわしらの持つ《鉱石》の倍以上の価値はある。
 
 そもそも魔法の武具は存在自体が貴重なんじゃ。
 まして、作る前の材料と完成品じゃからな。
 
 【護光の戦斧】は世に何本かあると聞いたことがあるが、わしの知る1本はあるドワーフ族の宝じゃった。
 魔法の斧は数が少ない。
 斧を使うわしとしては喉から手が出るほどの品じゃな。
 
 剣の方も素晴らしい品じゃ。
 見かけから価値は低いじゃろうが、分かるものなら数倍の金を出しても惜しむまい。
 
 レイモンよ、ここでわしの目を頼った以上、あまり悪辣なことはさせられん。
 ドワーフの名誉にかかわるからの。
 
 武器1本、剣の方を鉱石と交換してはどうじゃ?」
 
 そう言いつつ、オーベの眼は【護光の戦斧】に注がれている。
 
「…そうですか。
 
 他の魔法の品といえば高価なものなら【賢者の杖】ぐらいですが、あれは私たちにとってもかけがえの無いものですし。
 でも、こんなチャンス、めったにありませんからね。
 
 他にあるものと言っても…」
 
 そう言って黙り込んだレイモンに、今まで黙っていたレベッカが、じゃあこうしましょう、とオーベが持っていた袋から葡萄酒の酒瓶2本と、ついでに見つけた辞書らしきものを指差した。
 
「お酒はいろいろ役立つし、辞書の方はうちの坊やがこういうの好きなのよ。
 
 それに、この武具を手に入れた功労者のシグルトたっての願いで、この武具はあんたたちに使ってほしいんだって。
 そっちの品目が2倍ってことで、とりあえず手を打たない?」
 
 レベッカとしては鉱石をブレッゼンに持ち込んだときにもらえるお金や品を考えての交渉だった。
 この女盗賊には、損を儲けに変えるそれなりの計算がある。
 さすがにそこまでは、人の好いリーダーや交渉中の相手に正直に話すことはしないが、その上でも十分フェアな交換条件だとレベッカは思う。
 
 レベッカがその気になればもっと大金に換えることもできるのだが、相手は親しい間柄のユーグのいるパーティである。
 あまりあくどいな交渉はレベッカもしたくない。
 
「そのかわりと言っちゃなんだけどレイモンさん。
 
 うちの年寄が1回貴方と会って、信仰についてお話したいんですって。
 アイツも司祭様の肩書き持って、ここの教会に足繁く通ってる割にはレイモンさんに会えないってぼやいてたわ。
 
 よかったらあの年寄りのお話に付き合ってあげてほしいのよ。
 …どうかしら?」
 
 レイモン自身も、スピッキオには一度会ってみたいと思っていた。
 何度かマルコ司祭にも話を聞いた事がある。
 
「そのようなことなら、喜んでお受けしましょう。
 
 私も是非スピッキオ殿にはお会いしたいと思っておりましたので」
 
 そして、和やかに両パーティの道具のトレードが終わったのだった。

 
 
 Martさんとのクロスももうじき大きな山場。
 これはその前触れみたいなものです。
 
 というわけで、長らくお待たせした感じですが、Y2つバージョンの公開です。
 いやぁ、本業が死ぬほど忙しくてなかなか書けませんでしたが、ようやく公開です。
 微妙にMartさんの方と違う部分もあったり。
 
 今回のクロスでちゃっかり【鉱石】を手に入れてしまいました。
 クロスの面白い使い方ですねこれ。
 
 今回Martさんの“風を駆る者たち”に渡した【護光の戦斧】は、元は『埋もれた神殿』の【強金斧】だったのですが、今のカードワースのバランスではあまりに強すぎるので、売ってしまおうと思っていました。
 しかし、丁度その頃オーベの斧云々を思い出し、勢いで作ってしまったのですよ。
 ポニーIさん、強引な手法ですみません。 

 【護光の戦斧】がほしい方は公開中の『風たちがもたらすもの』で買えます。
 できたらVer0.99からDLしてください。(もうじき公開していただけると思います)
 
 今回の入手品は…
 
・【黒曜石】
・【紅曜石】
・【葡萄酒】×2
・【魚人語辞書】
 
 消費は
 
・【鉄鋼樹の剣】
・【強金斧】(【護光の戦斧】と入れ替え)
 
 でした。
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風たちがもたらすもの

 Y2つめが作った店シナリオです。
 
 Martさんとうちのリプレイで生まれたシナリオです。
 
 5レベルのスキルを中心に、付帯能力やDjinnさんの『魔剣工房』に登場する【盗賊の閃き】対応の盗賊アイテムや、薬類など売っています。
 7レベル平均ぐらいの実力があり、信頼できる人物がいればさらにすごいものを売ってくれるかもしれません。
 高価ですが、信頼されると鉱石も売ってもらえます。

 現在、鋭意改装中です。
 
 旧版をお持ちの方、バグとか感想とか、コメントしてくださると幸いです。
 私のメール(y2tu【あっとまーく】eos.ocn.ne.jp 【あっとまーく】を@にかえてください)でも嬉しいです。
 
 プライベート扱いのシナリオですのでよろしくお願いします。
『風たちがもたらすもの』(『風屋』) | コメント:15 | トラックバック:1 |

『冒険者の余暇』 その肆 後編

 秋がまもなく終わろうとしている。
 輝くような日差しの中、シグルトは魔剣工房ヘフェストの戸をくぐった。
 
 工房内にはむっとする熱気が籠もっている。
 
 そこに、作業を終えて上半身裸のまま、戦いの傷の残る逞しい筋肉をさらして立つ匠。
 …“神の槌”ブレッゼンは一本の剣を、工房に差し込む日差しにかざしていた。
 
「来たな、シグルト。
 
 丁度いい頃合だ」
 
 シグルトをみ、にやりと笑うブレッゼン。
 
「…ランスロット。
 
 最強と謳われ、聖杯に最も近かったといわれた騎士。
 
 しかし王妃との不貞の汚名を背負い去った不幸の騎士。
 彼の剣にはその不幸が魔力として宿っているという。
 
 …とまあ、ここまではいい。
 
 だが、この剣の魔力こそランスロット最強の証よ。
 
 この剣を一太刀あびせたなら、使い手はその相手の行動も特技も見抜くことができる。
 
 《敵を知り己を知れば百戦危うからず》
 
 儂の工房に訪れる剣士は、ほとんどが目先の威力や派手さに迷わされる。
 しかし、武器とは主あって初めて武器よ。
 
 儂が鍛える魔剣は、持ち主とあって初めて最強よ。
 
 シグルト、お前に【アロンダイト】を託す…
 
 剣に相応しい使い手になるがいい」
 
 差し出された剣をシグルトは黙って受け取った。
 
 剣…【アロンダイト】は紅い燐光を放ち、その白銀の輝きをたかぶらせた。
 
((ああ、やっと…))
 
 それは澄んだ中性的な声だった。
 
((一日千秋の思いで待っておりました、我が主。
 
 遠き我が記憶の主と同じ、真なる戦士の気質を持つお方。
 
 千の戦いも、万の苦境も。
 必ずや、戦い抜いてみせましょう))
 
 シグルトは黙って剣に頷いた。
 
 “剣精”と呼ばれる精霊がある。
 古き剣や魔剣に宿る意思であり、魂である。
 
 “剣精”あるゆえに、真の銘剣は主を選ぶ。
 
 剣の持つ存在意義は、戦うこと。
 殺すため、守るため、誇りのため。
 
 剣は主とともに戦うのだ。
 
 そして、シグルトは手に取った【アロンダイト】の“剣精”に選ばれていた。
 この工房で、【アロンダイト】が物言わぬ鉄塊だった時から、シグルトは剣の持ち主だった。
 
 “剣精”は匠に鍛えられながら、ずっと呼んでいた。
 己を振るう真の戦士を。
 
((…私は貴方の戦いの伴侶))
 
 【アロンダイト】から伝わってくる声が女性のものに変わる。
 
((…私は貴方の戦いの身体))
 
 【アロンダイト】は男の声を上げる。
 
((…私は貴方の戦いそのもの))
 
 【アロンダイト】はその紅い光を一瞬、黒い猫の姿に変えた。
 
((…戦いましょう。
 
 とこしえに、まだ見ぬ戦いを!!!))
 
 魔剣【アロンダイト】は誓うように強く輝いた。
 
 頷いて剣を鞘に収める。
 
 それを見つめていたブレッゼンは、微笑む。
 
「鞘とはヴァギナ…女性器をいう。
 
 剣を鞘に収めるのは、本来婚礼のように神聖なものよ。
 剣は闘争、鞘は平和。
 
 ともにあるときが平素、別れているときが戦場よ。
 
 男が女の下に帰るのは、剣が鞘に収まるのと同じこと。
 一緒に睦みあうのが男と女というものだ。
 
 だが、剣は聖印に似ているそうだからな。
 聖北の坊主どもが聞いたら、沸かした鍋のように騒ぎ出すかもしれんが。
 
 …剣は陰と陽よ。
 
 振るえば傷つけるが、振るわれないときは平穏。
 ただ傷つけるものと考えるのは、古代の蛮人か戦闘狂か皮肉屋ぐらいなもの。
 
 儂の子供を嘆かせるなよ、シグルト。
 
 つまらん使い方をすれば、剣は主を見限る。
 
 魂ある剣は怒りもすれば、嘆きもする。
 それが魔剣と言うものだ」
 
 そう言うと、ブレッゼンはどっかりと腰を下ろす。
 シグルトは静かに頷いて、ブレッゼンに持ってきた酒瓶を渡した。
 
 ブレッゼンはそのエールの瓶を、直接ラッパのようにかざして中身を飲む。
 冷えたエールの喉越しに、小気味よい音が鳴った。
 
「…くぅっ、仕事の後の酒はたまらんわいっ!」
 
 満足げにブレッゼンは髭についた泡を拭い、膝を打った。
 
 
 レベッカは再びアレトゥーザを訪れていた。
 
 南海の匂いに、冬の冷たさはまだ感じられない。
 まだ暖かい風は、冬服を売る市が立つリューンとはまた違う。
 
 歩く先の香ばしい匂いに釣られ、行って見れば串焼肉を売っている異国風の男がいる。
 
 レベッカは銀貨を一枚渡して、特大の串を一本買う。
 肉汁のまだ熱いそれを、グイとかじる。
 
「…う~ん、まぁ露天はこんなもんよねぇ~」
 
 レベッカは残った肉に懐から取り出した塩と香草をかけ、今度は幸せそうに食べ終えると、『悠久の風亭』に向かった。
 
 宿に着くと、マスターが声をかけてくる。
 
「おう、あんたか。
 
 …シグルトはいねぇのか?」
 
 わざとらしく肩を落としすレベッカ。
 
「マスタ~。
 
 開口一番、若い女に残念そうな口調でひどいわよ。
 よくもまぁ、女将さん捕まえられたわねぇ」
 
 む、とうなるマスター。
 
「ラウラさんも、よくこんなのとくっついたわね~。
 
 …夜が凄いとか?」
 
 続く言葉に、マスターが絶句して真っ赤になる。
 
「あははっ!
 
 どうかしらねぇ。
 それより、今日は泊まっていくの?」
 
 ラウラは慣れたように、レベッカの猥談をするりとかわす。
 この程度で真っ赤になっていては、海の荒くれがやってくる宿の女将など出来はしない。
 
「…ええ。
 
 先に3人来てるでしょ?
 連中はどうしてる?」
 
 ラウラはサービスよと一杯、ワインを入れたゴブレットをレベッカの前に置く。
 
「ロマン君は賢者の塔に籠もってるらしいわ。
 
 ラムーナちゃんは大運河のお姉さんのところで、泊まりこみでダンスのお稽古。
 
 スピッキオさんは教会に泊り込んで、マルコ司祭と毎日信仰について話し合ってるわ。
 この間は信徒を集めた教会の青空教室で、マルコ司祭と一緒にお説法されたわ。
 聖、聖…ええと、ああそう!
 『聖オルデンヌの癒し』とかいう話をされて、この近くの熱心な信徒さんが感動したと言ってたわ。
 
 そんな感じで、だれもここに泊まってくれないから、寂しくて。
 
 でも、レベッカさんが泊まるなら嬉しいわ。
 また異国のお料理、教えてね。
 この間の薄焼きパンのはさみもの、大人気なのよ。
 
 サービスするから、お願いね」
 
 ええ、とレベッカは頷いて奢りのワインをあおる。
 
 レベッカとラウラは料理の話で仲良くなり、今では友人関係に近い。

 ラウラはサービスしてくれたり、新しい魚貝料理を出す前はレベッカに相談する。
 レベッカは香辛料や砂糖を格安で仕入れてきたり、土産話に食べた料理の話をしてやったりする。
 
 レベッカが来ると、ラウラがそっちばかり構うので、マスターが少し寂しそうだ。
 
「でも、うちの旦那じゃないけど…
 
 シグルトさんどうしたの?
 一緒だったら《この間》のお礼をしたかったのに」
 
 《この間》…
 
 シグルトが“風を駆る者たち”のニコロと一緒に、レナータという精霊術師を助けた騒動だ。
 ギルドで再開したニコロの仲間のユーグに聞いてびっくりした話である。
 
 普段は仲間のために落ち着いているが、親しい人のためなら無茶をする男がシグルトである。
 頼り甲斐はあるが、反面危うい。
 
 それに、レベッカだけはシグルトの秘密…身体の不調に気付き始めていた。
 情報収集のプロであり、観察のプロであるレベッカだ。
 
 シグルトの筋肉の付き方は、かなり洗練された戦士のものである。
 しかし、動きが1テンポ遅いのだ。
 眼も意識も先を捉えているのに、動きが伴わない。
 それは老兵の持つそれに似ていた。
 
 それにシグルトはレベッカさえ舌を巻くほど戦い方が巧みである。
 戦術の組み立てに粗が無いのだ。
 シグルトの指揮の下でなら、レベッカはとても安心して戦える。
 助け方も上手いし、能力を最大限発揮できるポジションに誘導してくれる。
 
 あと、戦いに慣れている。
 シグルトはまったく戦いを恐れないが、戦闘狂ではない。
 冷静沈着なほどに冷めていないのに、決断の仕方が歴戦のそれで落ち着いている。
 『ビゾスの書』の騒動のとき、レイスから逃げ出すときの迷いの無さは、若手の戦士に多い無謀さがまったく感じられなかった。
 しかし勝つ必要がある戦いならば、最高の状態で戦えるよう努力を惜しまず、行動もときに大胆になれる。
 
 こんな戦い方が出来るのは熟練の戦士だけである。
 
 局地戦術に長け、その中で生き残る可能性の高い方法を選び、必要なら自分から犠牲にしていく…
 これほどの心に戦士がなるにはどれだけかかるだろうか。
 しかし、シグルトはまだ19歳そこそこの若者である。
 
 だから、レベッカはこの間、盗賊ギルドを通じてシグルトの過去を洗ってみた。
 シグルトは、過去を振り返って語るようなことはめったにしないだろう。
 だから、こっそりとである。
 
 そして、明らかになったシグルトの話。
 
 それは、槍の達人と呼ばれた人物が、生涯最高で最後と見込んで弟子にしたある若者の話であった。
 
 シグルト。
 
 男爵家の庶子として生まれるが、母親は公爵を選出したこともある王家の遠縁で、没落したその家の最後の1人。
 血筋だけなら準王族である。
 
 そして、わずか16歳で王国の戦士たちの栄誉である槍試合で、若者たちの頂点に立った男。
 武芸も優れていたが、誠実で弱者を庇い子供を愛する人柄は兵士や、領地の民から絶大な人気を得ていた。
 
 武勇、血筋、そして性格。
 名前は過去の傑物の名を冠し、絶世の美女と呼ばれた伯爵令嬢と婚約もしていたという。
 さらには涼しげで凛々しい美貌。
 
 聞けば聞くほど、英雄と呼ばれそうな男であった。
 
 しかし、シグルトの不幸は周囲の嫉妬であった。
 
 王国の司教の甥であるグールデンが、シグルトの婚約者に懸想していた。
 嫉妬に狂ったグールデンは、シグルトの周囲で陰謀をめぐらし、シグルトの親友と親友の妹を死に至らしめ侮辱した。
 
 そしてシグルトが最も大切にしていた家族…妹を攫い、シグルトを拘束した。
 グールデンはシグルトの足の腱を切り、その目の前でシグルトの妹を数人の仲間と犯そうとしたそうだ。
 シグルトは怪我をしつつ腕の縄をちぎり、グールデンを殴り殺した。
 
 本来ならどう見てもグールデンに非があった。
 だが司教からの圧力とグールデンの家の強硬な主張で、シグルトは貴族殺しの咎をもって捕縛され、極刑を言い渡された。
 
 だが、シグルトを救ったのは意外にもシグルトと仲の悪かった異母兄ベーオウルフであった。
 グールデンの悪行の証拠をかざし、シグルトが正当防衛であると主張したのである。
 
 結局、シグルトの弁護に王国でも名門の伯爵家、つまりシグルトの婚約者の家が手を回したこともあり、シグルトの罪は『1年以上の国外追放』となった。
 
 怪我を負い足の腱を断たれたシグルトは歩くこともできず、化膿した傷のせいで高熱を出し、何日も生死の境をさまよった。
 回復した後も数々の後遺症でまともに動くことができなかったという。
 そして、シグルトの婚約者は咎人に嫁ぐわけにはいかないということで、シグルトの異母兄に嫁いだ。
 
 シグルトの異母兄は、治療に成功しなんとか歩けるようにまでなったシグルトを、今度は家の名誉のためと追放処分にした。
 
 一度に沢山のものを失ったシグルトは、半年の月日をどこかで過ごし、リューンにやってきたわけである。
 
 そのシグルトが呼ばれていたあだ名は“青黒き稲妻”。
 
 槍の恐るべき使い手で、国の若い男たちの中で最強の男だったという。
 シグルトの師は王国一の槍の達人で、その技量は1人で50人の悪漢を屠るほどだった。
 
 しかし、シグルトの父親はグールデンの家の謀略で、槍試合の最中に事故を装って殺された。
 槍使いのシグルトに対する最高の侮辱であった。
 シグルトは、それを聞いて自分の不甲斐なさを恥じた。
 自らの槍を、槍を捨てる誓いと一緒に父の墓に供えたそうである。
 
 多くのものを失い、シグルトは国を去った。
 
(…18前後の若造が、これだけの経験をしたんだもの。
 
 あの苦笑の裏で、随分歯痒い思いだったのでしょうね)
  
 腱を切られた者が《凄腕》と呼ばれるまでになるのには、どれほどの痛みと苦しみに耐えたのだろうか。
 知らなかったままだったことが、レベッカには悔しく感じられた。
 
(レナータとかいう人を助けるために、シグルトが懲らしめた悪漢はまだ生きてるらしいけど…
 
 見つけ次第、消してやるわ。
 私はシグルトほどお人好しにはなれない)
 
 レベッカは密かに心に誓ったことがある。
 
(…私の家族。
 
 ロマン、ラムーナ、スピッキオ、そしてシグルト。
 私はあんたたちのためなら、もっと汚れたことだって出来るのよ。
 あんたたちは望まないでしょうが。
 
 私はあんたたちの長女なんだからね。
 守るためなら、悪鬼にだってなってやるわ)
 
 レベッカは昔から家族というものに憧れていた。
 両親を失ったときから、泥を啜って組織の中で生きながら、自分に無い家族の愛を探していた。
 
 人肌が恋しくて、男と寝たこともある。
 組織の後輩を家族のように守ろうとしたこともある。
 
 だが、レベッカがやっと得た“風を纏う者”という今の家族は何よりも大切だった。
 
 ラウラに、シグルトはいつ来るのかしらね~と気だるげに言いつつ、レベッカはシグルトのために自分が出来ることを考えていた。
 
「…あのシグルトって奴は見上げた野郎だな。
 
 1人でレナータを守るために身体を張ってよ」
 
 どうやら赤面が落ち着いたらしいマスターが、しみじみと言った。
 
「本当よね。
 
 理由が〝大切な友達だから〟ってのは私も感動しちゃった。
 いまどきなかなかいないわよね、ああいう人」
 
 ラウラも頷く。
 
「でしょ?
 
 自慢の弟ってところね」
 
 レベッカはにんまり笑ってワインをあおった。
 
「…最初はその辺にいるイロモノかと思ったんだよ。
 顔がいい奴だったからな。
 
 それにレナータは美人じゃねぇか。
 
 だけどよ、あの男のことをレナータに聞いたら、まるで違ってたぜ。
 
 レナータにあんな嬉しそうな顔をされちゃぁ、よ」
 
 マスターはまるで自慢の娘のことを考える父親のようだ。
 
「ほら、うちにはまだ子供が無いからさ。
 
 レナータのこと娘みたいに思ってるんだよ。
 私の命の恩人だしね」
 
 そう言うと、ラウラはレナータとの馴れ初めを話してくれた。
 病気で死にそうだったラウラを救ってくれたことを懐かしそうに。
 
「なるほど。
 
 じゃ、私にも恩人だわ。
 女将さんの料理の腕は、無くなってたら涙で夜眠れなくなりそうよ」
 
 そう言ってレベッカはウインクする。
 
「あら。
 
 じゃあ、今夜は張り切って作っちゃおうかしら」
 
 ラウラが陽気に笑うと、お願いね、とレベッカも笑う。
 
「おう、じゃあ漁師から材料を仕入れてくるぜ。
 
 もしシグルトが来たら、ここに泊まるように言ってくれ。
 お前ら2人分ぐらいなら、宿代は取らねぇからよ。
 
 レナータの恩人だ。
 俺の恩人も同然だからな」
 
 そう言うとマスターは、のっしのっしと宿を出て行った。
 
「…なるほど。
 
 あの情の厚さに惚れたか」
 
 レベッカがそう言うと、ラウラが、まぁそれも1つよね、とはにかんで見せた。
 
 
 ラムーナは潮騒の音を聞きながら、砂浜で飛ぶように舞った。
 
 師である黒人の女性が、軽く振ってくる枝をひらりひらりとかわす。
 唐突に足を払われるが、片足の動きだけで体制を速やかに整える。
 
 足元が柔らかな砂地であるのに、その動きには完璧なバランスがそなえられ、硬い地面の上で舞うそれに劣らない。
 
「…素晴らしいわ。
 
 闘舞術の要【幻惑の蝶】。
 【連捷の蜂】とともに使いこなせば、華麗な戦いの舞踏を踊れるでしょう」
 
 師の言葉に、ラムーナの眼が輝く。
 
「この舞踊は、たとえぬかるみでも自在に舞を踊る技。
 
 たとえ回避の姿勢を奪われても、次の瞬間には即座に体制を整えることができるわ。
 呪縛すら除く、回避術の極みよ。
 
 闘舞術は束縛を嫌う自由の技。
 
 タフネスが無くても、敵の攻撃はかわせばいいの。
 
 〝蝶のように舞い蜂のように刺す〟
 
 華麗で素敵な踊りでしょう?」
 
 ラムーナが頷く。
 
「次は難しい技よ。
 
 でも、優しい貴方にはあまり向かないかもしれないけど、本当にいいの?」
 
 不意に曇った顔で、女性は聞く。
 
「はい。
 
 私、どうしても強い力が必要なの。
 それに、この技なら幽霊を斬れるんでしょ?」
 
 かつて戦った夢魔との戦いで思い知った無力感。
 ラムーナはそれを克服したいと思っていたのだ。
 
 真っ直ぐに見返したラムーナに女性はしっかり頷いた。
 
「分かったわ。
 
 でも、この技は闘舞術にあっては異端。
 まじないを用いる、呪(のろ)いの舞踏。
 
 気をつけて練習しましょう」
 
 ラムーナが習得を望んだのは【咒刻の剣(じゅこくのつるぎ)】という技だ。
 言葉と舞踏でまじないを練り、敵に呪詛を刻んで傷が裂けやすくする剣舞。
 まじないは非実体の敵すら斬る。
 
「この舞踏の前には、鋼鉄の鎧を着た戦士も鎧を断たれて血に沈むわ。
 
 でも、呪文に正確に合わせて舞うのはとても難しいの」
 
 ラムーナは真剣な表情で聞く。
 
「本来、闘舞術は自己の身体能力を向上させ、それに強力な一撃を織り交ぜるのが基本的な戦い方よ。
 
 でも【咒刻の剣】は相手の力を奪い、それだけで痛烈な一撃となる技なの。
 完璧に決まれば威力が5割増しなんて言われてる恐ろしいものよ。
 
 特に、血の流れている相手に使った時は、斬った後に血が噴き出すから効果は大きいの。
 
 非力な踊り子が屈強な戦士と渡り合うために使われてきたものだと、聞いているわ。
 多人数で敵を襲うとき、素早い踊り子がこの技を敵に仕掛けその後に他の戦士が攻撃すれば、よほど頑強な敵も倒せるでしょうね。
 
 さて、じゃあさっそく実際の訓練に入りましょう」
 
 そう言うと黒人の女性は呪文を口にしながら、ゆっくりと手に持った枝を振るう。
 
「《刃の精霊、剣の主よ、斬り裂け、断ち斬れ、血潮を出だせ…》
 
 《岩をも、穿つ、咒(のろ)いを…刻め!》」
 
 正確に一句一句ごとにあわせるようにステップを踏みながら枝を振るう女性。
 
 そして、近くにあった岩を軽く枝で叩く。
 一瞬岩に紫色の禍々しい文字が岩に浮かび、しかし即座に消えていった。
 
「この呪文を、一緒に踊ったステップに正確に合わせて唱えるの。
 
 よどみ無く一動作のように合わせて振れば完成するわ。
 呪文と舞踏が一体の技だから難しいの。
 
 呪文は身体に覚えさせて、あわせるタイミングをしっかり確認して確実にステップを踏んでね。
 
 呪文に相手を倒すと言う強い願いを剣先にかけるつもりで、だんだんステップと呪文を速くしていくの。
 相手を剣で断つ瞬間に、剣先に込めたものを相手に染込ませるように流し込むように意識してね」
 
 ラムーナは首肯して、訓練を再開した。 

 
 今日も南海の日差しは眩しかった。
 レベッカがアレトゥーザにやってきて半月にさしかかろうという時である。
 シグルト以外のメンバーはアレトゥーザの『悠久の風亭』に集まっていた。
 
「…レベッカが来てもうすぐ2週間だよね?
 
 シグルトの健脚ならもう4~5日前にはついててもいいはずだよ」
 
 ロマンがイライラしたように、コツコツとテーブルを指で鳴らす。
 
「うむ。
 
 シグルトは誠実な奴じゃ。
 早めにつくことはあっても、このように遅れることはあまりないぞ」
 
 スピッキオがレベッカを見る。
 
「…多分大丈夫だと思うよ。
 
 胸騒ぎがしないもん」
 
 心配そうなロマンとスピッキオにラムーナが微笑んで言う。
 
 レベッカは少し考えたような顔のあと、思い切って切り出した。
 
「もしかしたら、手足の不調かもしれないわ」
 
 一同がレベッカを向く。
 
「話そうか迷ってたんだけどね。
 
 知っちゃったものは隠しておいても後味が悪いし、これぐらいは伝えておいたほうがお互いのためだから話しておくわ。
 
 シグルトは見た目よりずっと手足が不自由なの。
 みんな見たことあるでしょ、シグルトの腕の傷。
 
 足の腱も切ったことがあるらしいわ。
 剣が振るえるのが奇跡よね。
 
 あいつ、そういう弱みは絶対見せないから。
 
 さっき私の方で調べたら、数日前にフォーチュン=ベルに遅れてついたらしいから、もうすぐ着くと思う。
 
 できたら、みんなサポートしてやってね」
 
 仲間たちは別のことで驚いた顔をした。
 
「そうなんだ…やっぱり」
 
 ロマンが唇をかんで言った。
 
「ロマン、おぬしも気がついておったのか?」
 
 スピッキオも知っていた口ぶりだ。
 
「みんな、シグルトのこと気がついてたんだね」
 
 ラムーナも気付いていたようだ。
 
「何?
 
 みんな、知ってたの?」
 
 レベッカが驚いた顔をする。
 
「1年近く一緒にいるからね。
 
 …気がついたのは最近だけど。

 シグルトの靴の踵だよ。
 あんな磨り減り方、普通の人は絶対しない」
 
 スピッキオが頷く。
 
「治癒の秘蹟のかかり方が妙での。
 
 いつかけても直しきれていないような手ごたえがあるのじゃよ。
 わしも最近、おかしいと感じておった」
 
 ラムーナが頷く。
 
「シグルト、本当はものすごく強いと思うの。
 
 でも、病気の人みたいに身体が目線についていってないし。
 朝訓練した後、とっても念入りに手足を揉み解していたし。
 
 練習中に何度か不自然な手足の痺れがおきるみたいだったし」
 
 舞踏と言う運動のプロフェッショナルの眼はより正確だった。
 
「気になって、何度か聞いたの。
 
 シグルト、古傷だから大丈夫だって言ってたけど…
 足の腱って、切られると走ることも出来ないんだよ」
 
 ラムーナの言葉にレベッカが頷く。
 
「私が仕入れた話じゃ、ものすごい名医が治療したそうよ。
 
 でも、普通の生活が出来るようになれば幸運だろうって話。
 
 ああいう怪我をしたやつを何人か知ってるんだけどね。
 普通は杖を使って歩けるかどうかなのよ。
 痛みだって、動くたびに襲うはずよ。
 
 アイツの我慢強さにはいつも驚かされるわ」
 
 シグルトがだらしの無い悲鳴を上げたことは、冒険中一度も無い。
 その禁欲的な態度と我慢強さは、リューンの冒険者でも一番だと噂されるほどだ。
 彼を妬む同業者は“むっつり野郎”などと言うが、“風を纏う者”の一同はシグルトがとても優しい笑い方をするのを知っている。
 
 シグルトが耐えてきた苦難を思い、一同は押し黙った。
 
 そこにひょっこりと盗賊風の男が入ってくる。
 
「よぉ、レベッカにそのお仲間さん」
 
 一同がそっちを向く。
 アレトゥーザの盗賊ギルドの幹部、ファビオだった。
 
「…今噂してたシグルトがアレトゥーザに入ったぜ。
 
 とても今みたいなひでぇ状態とは思えない足取りでな。
 
 遅れたのは、人助けしてきたからだ。
 途中、盗賊に襲われそうになった商隊を助けてやったって話よ。
 
 あの兄ちゃん、根っからの英雄様みたいだぜ。
 
 あと半時もすりゃ、ここに来るはずさ。
 いま、商隊の長に礼を言われてる最中だからよ」
 
 一同の肩から力が抜けた。
 
「ありがとね、ファビオ。
 
 今度、珍しい土産でももってくわ」
 
 レベッカの言葉に、いいってことよ、とファビオは笑って去っていった。
 シグルトが着いたら知らせるよう、レベッカが頼んでおいたのだ。
 
「…さて、もうじきうちのお人好しのお兄ちゃんがお帰りよ。
 
 心配させたんだから、今日はアイツの奢りよね」
 
 レベッカのほっとしたような口調に、一同はにこやかに頷いた。

 
 
 後編で御座います。
 
 ここ数日、仕事やら義理やらで何かと忙しくてなかなか書く時間が取れず、悶々としてましたが。
 
 ついに、ついに魔剣入手です。
 頑張って永久魔剣を目指しますよ。
 
 シグルトの過去ですが、何れ機会を見てブリュンヒルデや妹も出そうと思っています。
 ブリュンヒルデは貴族一の美女と名高い令嬢です。
 
 シグルトの異母兄、ベーオウルフの名前登場です。
 シグルトの親父は神話や伝承のマニアで、兄ちゃんも英雄の名前をもらっています。
 槍使い当時のシグルトほどではないのですが、剣の腕は今のシグルトより強い、王国の若手でも一流の戦士です。
 性格にやや難があり、いつもシグルトと喧嘩していました。
 
 
 今回ラムーナがスキルを2つ習得です。
 念願かなった感じですが。
 
 これで次回からいよいよアレトゥーザ編の大きな転機になります。
 
 いっそうバトルの描写に頑張りますね。
 
 Martさん、とりあえずこっちはセットアップ完了な感じですよ~
 
 
 というわけで、前回からのアイテムやら報酬やら。
 
 
『魔剣工房』
 
・【金鉱石】売却(+500SP)
・【碧曜石】売却(+1000SP)
 
 工房内でブレッゼンと友好イベント。
 
『搾取の村』
 
・使用【薬草】
・使用【治癒の軟膏】4回
 
・【風疾る利剣】習得(-1400SP)シグルト
 
『魔導都市マサカ』
・【サクランボ酒】(-100SP)
 
『自由都市グラード』
・【ブドウ酒】(-50SP)
 

『魔剣工房』
・【サクランボ酒】
・【ブドウ酒】

 
『魔剣工房』再来店
 
 ハリーイベント勃発
 
・【盗賊の閃き】
・【緑曜石】 
 
・【緑曜石】(売却+1000)
 
・【バロの眼鏡】
 
 打ち直し無料。【アロンダイト】預ける
 
『希望の都フォーチュン=ベル』
 
・材料費-600SP。
・葡萄酒、解毒薬使用
・【治癒の軟膏+】
・【聖別葡萄酒+】
 

『硝子月』
 
・使用【治癒の軟膏】一回(使いきり)
 
・【宝石】×2(1個はシアの養育費で倉庫に)
・【宝石】×2(1個はシアの養育費で倉庫に)
 
・【月喰らい】(倉庫に)
・【濃霧の舞】(倉庫に)
 

『魔剣工房』再来店
 
・【アロンダイト(魔剣版)】(シグルト)
 
 
『碧海の都アレトゥーザ』
 
・【幻惑の蝶】(-1000SP)
・【咒刻の剣】(-1400SP)
 
 …長~ 
 
 
◇現在の所持金 1601SP◇(チ~ン♪)
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