Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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『風屋』の利便性

 『風屋』もVer0.99Mまでになりましたが、ふと気になることがあります。
 それは、『風屋』の売り物がどの程度貢献できたか、ということです。
 
 どんなシナリオで、どの程度使えたか、差し支えなければ教えていただけると嬉しいです。
 
 というのも、私は全てのシナリオを把握しているわけでは無いので、キーコードやギミックがどの程度役に立つか、直感で作ったものが多いのです。
 このバランスはスキルの使用頻度や消費量も関わってきます。
 
 ただ便利なだけではなく、節約を意識させる消費のバランスが理想だと私は思っているのですが…
 
 「使用回数が尽きた」か「かなり減って出難くなった」ことがあるスキルは、ほぼ理想的だと思っています。
 その頻度が多いスキルがありましたら、それも教えてくださると幸いです。
 
 キーコードがばっちり活躍したシナリオがありましたら、紹介してくださると嬉しいです。
 【飛行】とか、【魅了】とかマイナーなキーコード対応のシナリオは是非教えて頂きたいです。
 
 ちなみに、かなりマイナーなキーコード搭載の【交霊の異能】はtwofiveさんの『亡霊の詩』でけっこう使えるようです。(このシナリオはリプレイ予定のシナリオです)
 
 現在製作中の『精霊屋』(通称)はキーコードをとても重視するため、そのための調査の意味合いもありますので、こちらも御協力をいただけると有難いです。
 
 というわけで、スキルや道具、付帯能力の使い勝手や不満も含めて是非教えて下さい。
 よろしくお願い致します。
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『風たちがもたらすもの』(『風屋』) | コメント:7 | トラックバック:0 |

新しいシナリオ製作中

 ブログ更新が滞ってすみません。
 
 現在精霊術ものの別シナリオにも手をかけておりまして、最近はそっちにかかりっぱなしです。
 
 まだ正式名称は迷っていますが、火水土風光闇の6種類の精霊術を扱う内容です。
 シングルセットシステム(ⅢS)という、一種類スキルカード一枚きりになる、戦士や吟遊詩人兼業等のスキルセットに優しい仕様を考えていますが、かなり凝った(ややこしい)ギミックスキルになるかと。
 
 そこで、ギミックの補助に使う、各精霊を象徴するアイテムを各1~3種考えようと思うのですが、以下に書く能力に相応しいアイテムのアイデアがありましたら、募集いたします。
 是非こんなアイテムが欲しい、という方は今のうちに申して下さい。
 
 これらのアイテムは精霊の力を象徴します。
 わずかに防御効果(+1程度)や通常攻撃並の武器もOKです。
 使用回数に限りはありません。
 使用すると特殊な行動のキーになります。
 価格は2000SP前後。
 
 精霊の能力や性格は以下の通り。
 
・火
 とにかく攻撃的。
 攻撃にはボーナスがあるが、他は押し並べて劣る。
 攻撃はほぼ全て炎による攻撃。
 性格は好戦性、大胆性、勇猛性傾向。(男性的)
 
・水
 攻撃は苦手だが回復と抵抗力に優れる。
 毒の浄化や麻痺回復、加えて冷気攻撃にも徐々に関わる。
 攻撃能力は最低ランク。
 性格は社交性、平和性、慎重性傾向。(女性的)
 
・土(大地)
 攻撃力もサポート能力もそこそこ。
 攻撃はなかなかパワフル。
 最大の防御力を持つ。
 回避効果はまったく持たない鈍重さ。
 性格は正直性、内向性、慎重性傾向。(老翁的)
 
・風
 バランスがよいが、ややサポート&守備向き。
 攻撃から防御、高レベルでは鑑定までこなす。
 浮遊能力を与える精霊はいるが、飛行能力を与えるのは風だけ。
 反面器用貧乏。
 高い回避効果を与えてくれる。
 性格は平和性、勇猛性、社交性傾向。(少女的)
 
・光
 やや攻撃能力は劣るがバランスに優れる。
 様々な光を使え、後は聖属性の攻撃が可能となる。
 ほぼ全ての能力に照明(明かり)キーコードあり。
 幻惑や精神回復、暴露など幅広い効果。
 決定的な威力に欠ける。
 性格は臆病性、正直性、大胆性傾向。(青年的)
 
・闇
 攻撃力は低いが嫌らしい攻撃を得意とする。
 精神的な攻撃に傾向し、逆にそれ以外の攻撃能力はヘタレ傾向。
 吸収や抵抗低下、冷気(熱を奪う)など、ダウン&ドレイン能力に優れる。
 召喚獣消去や魔力消去が唯一使える。
 性格は狡猾性、好戦性、内向性傾向。(悪女的)
 
 皆最終的に人型の姿の上位精霊召喚が可能です。
 ()はその時の初期設定イメージです。
 
 なんというか、言った者勝ちです。
 よほどマニアックで特殊でない限り、アイデアは採用すると思います。
 
 管理人のみへのメッセージもOKですので、是非製作に御協力下さい。
 
 1つの系統に集中したら、アイデアを分配するかもしれません。
 
 精霊は6種ですが、後に氷、木、金、雷の精霊あたりもサプリメントみたいな形で出せるといいなぁ、と漠然と考えている次第です。
 (決定事項ではありませんので、こっちは期待しないで下さい)
 
 製作スピードは遅いと思いますが、よろしくお願い致します。
『精霊屋』製作 | コメント:7 | トラックバック:0 |

『深山の帝王』

 ブレッゼンの工房で行った宴会の次の日。
 
 二日酔いで呻く野郎どもを工房から追い出すと、ブレッゼンは篭って魔剣製作に取り掛かった。
 
 “風を纏う者”は手に入れた資金で新しい装備をサンディから購入し、ロマンも念願の【カドゥケウス】と、新しく古代の文献から掘り出した技術を身につけた。
 立派な杖を握るロマンの姿は、どこか荘厳である。
 
 シグルトは回避するより、庇える装備をと鎧を購入することにした。
 それはかつてロマンが驚いていた【真なる銀の鎧】である。
 
「昔の体調では鎧をまとって動くことは出来なかったが、今の状態なら問題ない。
 
 癒し手もいるなら、攻撃を受けて耐える武装の者がいても良いと思ってな。
 どうせ装備するなら、錆びず軽くて頑強なブレッゼンの魔法の鎧にしたんだ。
 
 サンディさんには随分代金をまけてもらったよ」
 
 金属鎧を装備したシグルトはより戦士らしい雰囲気になった。
 その上から冬用の外套を纏い、剣を下げる。
 
 ブレッゼンがくれた【トールハンマー】はスピッキオの腰に下げられている。
 本来投擲武器であり、携帯するのに相応しいサイズである。
 護身の武器としても有難い装備だった。
 
 
 新装備に身を固めた一行はフォーチュン=ベルでダークエルフの討伐を成功させ、もう一度ブレッゼンの元でレベッカのために【ミストルティン】を求めた。
 ブレッゼンはそのぐらいならサービスだ、とレベッカにただでその魔剣の元本になる短剣をくれた。
 
 ここ数日でレベッカも〝昔の動きができるようになった〟と言っていた。
 首をかしげたロマンの前で、レベッカは壁を蹴ってくるりと空中でトンボをきると、背の高いスピッキオを軽々超えてその後ろに着地した。
 
「ふふ、最近少し体重を落として手足の筋肉を徐々に戻しておいたのよ。
 
 だいぶかかったけど、ラムーナ並に身が軽くなったわ。
 こういう技術は盗賊の本分だから」
 
 【猫の業】と呼ばれる盗賊のアクロバット技術である。
 登攀などももっとスマートに出来るようになったと、レベッカは語る。
 
「わしも昔、聖北で習った秘蹟を使うことにしたわい。
 
 シグルトの装備が重くなったのと、ラムーナが防御の支援を出来るようになったのでな。
 
 攻撃を反らすシンプルなものじゃが、ラムーナの舞踏とわしの【祝福】の秘蹟とあわせれば冒険で無事におれることも多かろう。
 
 【聖別の法】とはまた違って、範囲が広いからの」
 
 こうして、装備を充実させた一行はリューンへと向かった。
 ブレッゼンは、次の機会には魔剣が出来ているだろうと言って見送ってくれた。
 
 
 そしてリューンに戻る最中のこと、シグルトたちは重傷を負って倒れている若者を助けることになった。
 巨大な獣に襲われたらしく、体中に惨い傷痕があり、泥にまみれたそこが化膿していた。
 
 レナータの浄化の癒しが毒を除き、若者は命を取り留めたが、一行に震える手で手紙を差し出すと、疲労と失った血のために気を失ってしまった。
 
 若者を聖北教会付属の施療院(無料奉仕で治療の秘蹟を行ってくれる施設)に預けると、シグルトは手紙の内容を確認した。
 
 それは冒険者に当てた依頼書で、開拓村エチェの窮状を救って欲しいという依頼書であった。
 冬篭りから目覚めた巨大な羆(ひぐま)が暴れ周り、家畜も襲われ、村人は外には出られない…
 もはやこのままでは村が全滅するまで待つしかなく、犠牲者も出ており、至急この羆を退治して欲しいという内容だった。
 
 報酬は銀貨九百枚。
 貧しい開拓村ではそれだけの銀貨を出すのも大変だろう。
 
「…エチェといえば、今冬真っ盛りで、雪の中を行かなきゃならないわ。
 
 冬山は恐ろしいところよ。
 防寒具はとりあえず揃ってるから、行けないことはないけど」
 
 レベッカが少し渋った反応をする。
 防寒具を纏い、雪に足をとられた状態では、羆との戦闘が難しいと彼女は言う。
 
「しかし、この状態ではかなり切迫した状態のようだ。
 
 それにあの青年は件の羆にやられた様子だ。
 次の依頼をする間に、村が無くなってしまうかもしれん。
 
 手紙を開封した以上、どうにかしてやるべきだと俺は思う」
 
 シグルトが珍しく真っ先に意見を言った。
 義に厚いシグルトらしいと、皆納得したのだが。
 
「僕はシグルトに賛成するよ。
 
 装備も整ったんだし、他の冒険者に依頼を渡すようなら信頼を損なうよ」
 
 これにスピッキオが頷く。
 
「村人たちは震えながら待っておる。
 
 それを救ってやれるのはわしら冒険者だけじゃ」
 
 ラムーナもすがるような目でレベッカを見る。
 貧困を経験しているラムーナにとって、この話は人事ではないのだ。
 
「私も行くべきだと思います。
 
 もし村人に怪我人がいるなら、癒し手の力が要るのではないかと。
 獣の爪や牙は時としてその傷が毒を持ちますから」
 
 レベッカはため息をつくと、分かったわ、と言った。
 
「エチェっていうのは、疫病にかかった連中をソルモントって領主がまとめて追放し、その流浪民が開いたいわく付きの開拓村でね。
 
 村の連中も排他的で、世捨て人の村、みたいなところなのよ。
 
 まぁ、北西に1週間はかかるわ。
 途中から雪道で距離があるから皆覚悟しておいてね」
 
 こうして、“風を纏う者”はエチェへそのまま向かうことになった。
 
 
 途中、やや強行軍で距離を短縮したが、雪道で思わぬほどに時間を取られ、着いたのは1週間後の夕刻であった。
 
 夕日に赤く染められたエチェの雪景色は、何とも言えない趣をかもしだしている。
 
「…美しい眺めですね。
 
 でも、リューンから非常に険しい道でした」
 
 レナータが呟くと、ラムーナが頷く。
 
 エチェ村は四方を深い森と山に囲まれ、街道からも離れた場所に位置する為、夏場にこの地の良質な木材を買付けに来る一部の商人の他には、訪れる者は殆どいない。
 
 特に冬場は周囲が深い雪に閉ざされ、旅慣れない者では辿り着く前に遭難することだろう。
 もっとも、降り積もる雪の他には何も無いこの時期に、この村を訪れようとする者は、依頼を受けに来た“風を纏う者”くらいしかいないのだが。
 
「さ、もう少しだよ。
 
 急ごう」
 
 ロマンに急かされ、そしてほどなく一行はエチェ村の中心部に到着した。
 
 立ち並ぶ家屋の屋根は、通常のものより角度のついた見慣れない形である。
 
「このあたりのものすごい降雪量への対策だよ。
 
 貧しい装備の家屋だと、普通の造りならすぐに雪に潰されてしまうからね」
 
 そしてロマンが一際大きな家を指差す。
 
「あれが村長さんが村の代表が住む家だろうね。
 
 あの特徴的な造り、見たことあるよ」
 
 ロマンの言葉にシグルトが頷く。
 
「まずは手紙にあった村長に会おう。
 
 状況も確認しないとな」
 
 シグルトは買ったばかりの鎧は担いでいる。
 雪道を踏破するのには動きにくかったからだ。
 しかし、通常の鎧より軽いつくりのそれを、シグルトは苦も無く他の荷物と一緒に背負い、雪道を慣れた足取りで踏破していた。
 
 シグルトの故郷も雪が多い国であり、シグルトの的確な助言とレベッカの技能により、一行は迷わずエチェに到着できたのである。
 
 そのシグルトは、件の大きな家の前に行くと扉を叩いた。
 
「…失礼する。
 
 ここを開けてはもらえないか?」
 
 シグルトの声に、慌てて駆け寄ってくる足音がすると、ほどなく扉が開かれた。
 半分は禿げ上がった白髪の老人が目を見開いて一行を見つめる。
 
「…!?
 
 あなた方は、もしや…
 
 おぉ、おお…
 この雪の中をよくぞ、よくぞ来てくださいました」
 
 跪いてシグルトを見上げた、どうやら村長らしいその男は、憔悴しきっていたが、シグルトを見る目には希望の光が宿っているようだった。
 
「立ってくれ。
 村長、で違いないな?
 
 俺はシグルトと言う。
 リューンの冒険者“風を纏う者”の代表者だ。
 
 羆の一件の依頼を受け取った者だ。
 俺たちに出来ることは尽くそう。
 
 6人の大所帯だが、入っても大丈夫か?」
 
 シグルトの言葉に、男は慌てて一行を家の中に誘った。
 
 椅子が足りず、ラムーナとスピッキオが床に腰を下ろす。
 
「手狭なところで申し訳ありません…」
 
 恐縮する村長に、シグルトは優しい笑みを浮かべ首を横に振った。
 
「…俺は北方の出でな。
 
 大きい家は雪の被害も大きくなる。
 このぐらいが丁度よいだろう。
 
 強く良い造りだ」
 
 シグルトの柔らかな対応に、安心したように村長がテーブル脇にあった空の樽に腰掛ける。
 
「…早速本題に入ろう。
 手紙の状況ではかなり逼迫した状態なのだろう?
 
 詳しい状況を聞かせてもらえるか?」

 村長はシグルトの言葉に頷くと、淡々とことの顛末を語り始めた。
 
「村を脅かしているのは、我ら村の者たちが《ミーシャ》と呼んでいる年老いた雄の羆です。
 
 4m程もある巨躯と、我々人間との無用な争いを避ける賢明さを併せ持つ、この一帯の、“深山の帝王”と呼ぶに相応しい獣でした」
 
 一同が息を呑む。
 
「なっ、4mだって!?
 
 食人鬼(オーガー)や牛頭鬼(ミノタウロス)よりも巨大じゃないか…」
 
 ロマンが目を丸くしていた。
 
 村長が一息置いて話を続ける。
 
「ところが、つい一月程前の話です。
 
 数人の冒険者の一団がこの村にやって来たのです。
 
 ある貴族が、どこかで噂を聞き付けたのでしょう、ミーシャの毛皮の入手依頼を出したらしいのです。
 
 我々は彼らを止めました。
 
 見るからに駆け出しである彼らでは、ミーシャを屠ることなど出来はしないと…
 そしてミーシャに危害を加えようものなら、ミーシャの怒りの矛先は我々にも向くであろうと…
 
 結局彼らは我らの制止も聞かずに山へと向かい…そして、誰一人として戻っては来ませんでした。
 
 ミーシャが村に姿を現したのは、それから1週間程経った、吹雪の夜でした。
 
 …ミーシャはある民家に、扉と壁の一部を破壊して侵入し、家族を護ろうと彼に立ち向かった主人に瀕死の重傷を負わせ…
 子供達を庇って前に出たその家の主人の妻を打ち殺し、彼女を咥えて吹雪の中に消えたそうです。
 
 吹雪が晴れた翌日の昼、村の男達で結成された捜索隊により、その家の妻は無残な姿で発見されました。
 
 しかも、事件はそれだけでは終わりませんでした。
 
 …その日の黄昏時、彼女を納棺し、祈りの儀式が行われている最中に、ミーシャが再び姿を現しました。
 ミーシャは、獲物を、彼女を取り返しに来たのです。
 
 恐怖して静かに道をあける我々を尻目に、ミーシャは棺を打ち壊し、彼女の亡骸を引きずり出して再び山へと消えて行きました。
 
 …その後も、食料庫を漁る、家畜を襲う――既に一頭一羽も残っていません――等、ミーシャの凶行は止まる所を知りません。
 
 それどころか、3日前には村の墓地を掘り返し、遺体を食い荒らす、という状況にまでなっております。
 
 ミーシャが、次に村に姿を現す時には、再び村の者が襲われることになるでしょう。
 
 ミーシャを討って頂けなければ、我々にはもう、ミーシャに皆殺しにされる他には、残された道は無いでしょうね。
 
 …村を拓いて十年、多くの者は歳を取り過ぎました。
 仮に村を捨てたとしても、頼れる当てなどは無いのです。
 
 …どうか、我々をお救いください」
 
 深々と頭を下げる村長。
 
「村長、言ったはずだ。
 俺たちに出来ることは尽くすと。
 
 それに、今回の原因を作ったような愚かな冒険者ばかりではないことを証明したい。
 
 この村からこれ以上の犠牲者が出ないように尽くす。
 だがら、信頼してもらえないか?」
 
 シグルトの言葉に、村長は目を潤ませ、もう一度頭を下げた。
 
「途中、鹿を1頭仕留めて、その肉を持ってきた。
 
 俺たちが見張りに立つ間、少量だが村人に配ってくれ。
 腹がふくれれば落ち着く人間もいるだろう」
 
 シグルトが大きな布袋を下ろす。
 
「私たちの食料は数日分あるわ。
 だから遠慮なく使って頂戴。
 
 あんまり長丁場にしたくはないけど、そうなった時から食料はお世話になるわ。
 少し塩もあるからつけておくわね。

 安心して。 
 私たちは強いわ」
 
 シグルトたちの好意に、村長は嗚咽し始めた。
 1人重責を背負ってきたこの男にとって、この数日間はとても辛いものだったのだろう。
 
 しかし、男は涙を拭くと遠慮がちに尋ねる。
 
「あの、手紙を持った者が伺ったはずですが…
 
 その者は…?」
 
 シグルトが大きく頷く。
 
「彼は件の羆に襲われたらしく怪我をしていたが、今は聖北教会の施療院で治療を受けている。
 
 彼の体力では冬山を踏破出来ないだろうと、いまは治療に専念してもらっているが、ことが片付く頃には回復して戻ってこれるだろう。
 
 たいした男だよ」
 
 安心したように村長が息を吐いた。
 
「…そうだったのですか。
 
 実は、依頼を届けに行った、ユーリ――彼の名です――は、私の息子なのです。
 
 彼がミーシャに襲われたことを嘆くよりも、襲われたにもかかわらず、命が助かったことを喜ぶべきなのでしょうね」
 
 村長は、絞り出すように、まるで、シグルトにではなく、自分に言い聞かせるかのように語った。
 
「…ああ。
 
 生きていれば出来ることがある。
 親しい者の死は辛いが、残った者は生きるために尽くすべきだ。
 
 だから、今はその羆を倒すことに専念しよう」
 
 シグルトは信念のこもった目で村長を見つめ、断言した。
 その力強い言葉に村長も頷く。
 
 疲弊した者には支えが必要なのだ。
 シグルトはそれをちゃんと心得ている。
 
 支えになり、それを背負うことをシグルトはまったく躊躇しない。
 理不尽に立ち向かうと彼が誓った時、迷うことは無くなった。
 それが彼の強さであり、魅力的なところだと、レナータは後に語る。
 
 
「では問題の羆について対策を練ろう。
 
 俺は一度これに似た狂い熊と戦ったことがある。
 俺の故郷では、人を食った熊は昔から狂うと言われていた。
 
 そして人の血肉を好んで喰らう怪物になると。
 
 俺が戦ったことのある熊も、件のミーシャほど巨体ではなかったが、恐ろしく強く人間ばかり襲って喰らっていた。
 
 人を襲った熊は何故か狡猾になる。
 不意討ちをし、罠を感知し、人の裏をかく。
 
 俺は地味だが、この村で見張るべきだと思う。
 
 下手にミーシャを探しに山を歩けばその隙に村が襲われる。
 山は奴の庭だ。
 俺たちが山で出会っても不利だろうし、な。
 
 特にそれだけの巨体をもつ羆なら、間違いなく何年も生きた老獪な奴だろう。
 
 あとは村人に被害を出さないよう、羆を足止め出来る罠か地形があるとよいのだが」
 
 シグルトの経験から話された的確な作戦に、レベッカやロマンが唸る。
 確かに雪山を歩き回るより安全である。
 
「加えて冬の山にはそいつの巨体を維持する食料は無い。
 
 必ず業を煮やして村を襲ってくるだろう。
 狩りをする時、最も大切なことは辛抱強さだという。
 
 俺は、村で羆を迎え撃つ準備をしながら待つことを提案する。
 
 他に何かあるなら、皆の意見を聞かせてくれるか?」
 
 レベッカが手を上げる。
 
「見張りは寒いのと重ねて体力を消耗するわ。
 
 万全の体制で挑めるよう、パーティを半分ずつに分けて交互に休んで見張ること。
 それとこのあたりの地形や熊の習性に詳しい人を探して、少しでもその羆の癖や性格を知っておきたいわね」
 
 ロマンがそれに付け加える。
 
「村人にはできるだけ被害が出ない頑強な建物に篭ってもらうこと。
 
 そいつが怒り狂って被害者が出るといけないからね。
 この家ならそういう対策を立てれば堅牢な砦にできるよ」
 
 ラムーナがそれに頷く。
 
「村長、ミーシャが主に活動する時間帯はわかるか?」
 
 シグルトが尋ねると、村長が少し考え語りだす。
 
「このような事態になる以前に、村の者たちが山中でミーシャを見かけたのは黄昏時のみでした。
 
 元々大半の村の者が山中に行くのは、昼間と黄昏時のみでしたが。
 
 しかし、ミーシャが村を襲うようになってから、彼は主に夜中に姿を現すようになりました。
 
 基本的に用心深い性格をしているからでしょう。
 
 彼が黄昏時に村に現れたのは、遺体を取り返しに葬儀に現れた時のみです。
 
 それを考えるなら、ミーシャの活動時間は、黄昏時から夜明前までということになると思われます」
 
 ふむ、とシグルトは腕を組んだ。
 
「重ねて聞きたい。
 
 このあたりでその羆にもっと詳しい人物はいないか?」
 
 ああそれなら、と村長が首肯した。
 
「村の猟師セルゲイならば、そういうことには詳しいでしょう。
 
 セルゲイは山や、羆の生態などを知り尽くしています。
 少々偏屈な男ですが、事情を話せば皆様のお役に立つかと思います。
 
 彼の家は我が家の隣ですので、すぐに分かることでしょう」
 
 レベッカが、私が尋ねてみるわねと言った。
 
「この村には皆さんの寝泊りできるような宿泊施設がありません。
 
 村の教会で休めるよう手配しておきますので、そこにいる神父にお話下さい」
 
 一行は村長に挨拶すると、まず全員で教会を訪れることにした。
 
 
 “風を纏う者”の一行が教会に入ると、祈りを捧げていた年老いた神父が振り返った。
 
「お前さん方は?
 
 …そうか、ボリスの所のユーリは、無事に町へ依頼を届けてくれたのか。
 
 この季節の我らが村に、よくぞおいで下さった。
 さぞかし辛い道程だっただろう。
 
 申し訳ないが、部屋の奥はいま怪我人が寝取るし、皆さんを泊めるには少し狭くてな。
 休息はここでとってもらえるかね?」
 
 神父が礼拝堂を見回す。
 
「…うん、大きな暖炉があるわ。
 
 ここは村人の避難場所としても設計されているのね。
 休憩場所としてはまったく問題なく使えるわよ」
 
 床が木製だから石畳より暖かいしね、とレベッカが請け負った。
 
「ところで、ミーシャに立ち向かって傷を負った村人の具合はどんな状態なんですか?」
 
 レナータが尋ねると、神父はため息を吐くように語りだした。
 
「…エフゲニーはこの奥で、息子のオーシャに見守られながら眠っておるよ。
 
 ミーシャの爪による傷は、エフゲニーの骨まで達し、さらに悪いことに傷口が化膿し始めておってな。
 
 手は尽くしたが、【癒身の法】程度の秘蹟しか使えぬわしの力では、もう手の施しようが無い。
 ここ数日が限界かもしれん」
 
 するとレナータとスピッキオが頷きあう。
 
「スピッキオ、私が化膿によるエフゲニーさんの体内の毒を浄化します。
 
 貴方は同時に傷の治療を…」
 
 レナータがそう言うとスピッキオが、心得たと答え奥に向かう。
 
「安心して。
 
 2人とも優れた癒し手なの。
 レナータ…女性の方は毒の浄化が出来るから、本人の生きる意志と体力さえあれば化膿ぐらいなら回復するはずよ」
 
 レベッカがそう言うと、神父は目を見開いた。
 
 
 レナータとスピッキオが部屋に入ると、部屋の奥では男が眠っており、また男の息子なのだろう、少年が今にも泣き出しそうな表情をしていた。
 
 男の表情は苦悶に歪み、時折苦しげに呻きながら、うわ言のように妻子の名を呼んでいる。
 その声が漏れ聞こえる度に、少年はうつむき、耳を押さえながら首を振っている。
 
 男…エフゲニーの様子を観察していたレナータは、両手を彼の胸の上にかざした。
 
「《ウンディーネ…浄化の力をっ!》」
 
 澄んだ彼女の声の高まりと共に、輝く一滴の雫がエフゲニーの身体に降り注いだ。
 幾分か、青ざめていたエフゲニーの表情が和らぐ。
 
「…化膿して全身に回っていた毒気を浄化し、傷を清めました。
 
 後の大きな傷はスピッキオの【癒身の法】で癒せば、命の危険はないでしょう」
 
 スピッキオが頷いて祈りの言葉を捧げる。
 彼の手から溢れた柔らかな光がみるみるエフゲニーの傷を塞いでいく。
 
「ふむ、元々の体力はあるようじゃ。
 
 傷は大体塞がっておるから、後は休養して血を作り、毒で失った体力をよく眠って回復すれば助かるの。
 
 まぁ、もはや死の影に怯えなくても大丈夫じゃ」
 
 その言葉を受けて、レナータが少年に微笑みかける。
 
「貴方のお父さんは助かりますよ。
 
 だから安心してね」
 
 少年の顔が喜びに輝いた。
 
「ほんとうに!?
 
 おとうさんを助けてくれてありがとう」
 
 そして、母の名を呼び涙を流した。
 
 レナータは黙ってその子を抱きしめて頭を撫でた。
 
 
 猟師セルゲイの家をシグルトとレベッカは訪れた。
 
 羆に関する情報と、協力を頼むためである。
 扉を叩き呼び出すと、最初セルゲイの反応は冷淡なものであった。
 
「…なんだぁ、あんたらは。
 
 押し売りなら間に合ってるし、今はそんなヒマねぇんだ。
 ほら、帰った、帰った」
 
 しかし、シグルトたちの姿を見ると納得したように頷いた。
 
「…んー?
 
 あんたらか、ミーシャを退治するってのは。
 この季節にこんなところまで、よく来てくれたなぁ。
 
 聞きてぇことがあるんなら、何でも聞いてくれよ」
 
 招き入れられた狭い小屋のような家の中には、小動物を狩る時に使うトラバサミや機械式の弓などが置いてある。
 
 2人はセルゲイが勧めた切り株を加工した簡素な椅子に腰掛けると、早速本題に切り出した。
 
「例の羆の情報を教えて欲しい。
 
 まず聞きたいことだが、冬篭り穴はここから近いのか?」
 
 そうするとセルゲイは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 
「ミーシャのねぐらを知ってどうするんだ?
 
 寝こみを襲おうってのか?
 
 最後に確認したミーシャのねぐらはここから山に入って真っ直ぐ西に進んだ先の、斜面辺りの茂みに隠れてる辺りだ。
 
 …んだが、やめといた方がいいぞ。
 羆ってのは鼻が利くんだ。
 
 ミーシャに不意討ちかける前に気付かれるのがオチだ。
 
 …この前来た馬鹿どもは、止めろっつうのに山に入って、穴に向かってそれっきりだ。
 ったく、馬鹿どもだけならまだいいが、こっちまでミーシャに皆殺しにされちまいそうだ。
 
 それに、もうミーシャは目覚めちまってるんだ、のん気ねぐら使ってに休んでるとは限らねぇぞ?」
 
 シグルトは横に首を振った。
 
「そいう意味で聞いたんじゃない。
 
 距離が近いならやってくる時間や、周期が読めるかもしれないと思ってな。
 山の中で羆とやりあう気は毛頭無いよ。
 
 だが、冬篭りから起こされた熊は好戦的で飢えている。
 
 やはり、村で万全を期して迎え撃つべきだろう。
 だとすれば、こちらの存在に気付かれにくくするように、建物の間を抜ける風を読んで、こちらが風上にならないように注意しないとな」
 
 そう言ったシグルトに、セルゲイが目を見開く。
 
「あんた、熊を狩ったことがあるのか?
 
 随分詳しそうだが…」
 
 シグルトは軽く首肯する。
 
「俺が戦ったのは雌だったがな。
 
 子を殺され、手負いで気が立っていたそいつは人を食って狂った。
 
 馬鹿な奴が功を焦って風上から鉄の臭いをぷんぷんさせながら近づいたんだ。
 見事に不意討ちを食らって、死人が2人、怪我人が続出だ。
 
 その二の轍は踏みたくない」
 
 そう言うとシグルトは質問を続ける。
 
「奴の活動時間は黄昏時から夜明け前までだと聞いたが、それ以外の時間帯に活動したことは無かったか?」
 
 セルゲイは幾分シグルトたちを認めたらしい態度で話し始めた。
 
「んー、確かにオラも、村の皆同様、ミーシャの奴を見かけたのは、黄昏時から夜明け前までだ。
 
 …んだが、羆ってのは元々、腹が減った時に食い物食って、寝たい時に寝る奴らだ。
 ミーシャも昼間寝てるとは限らねぇなぁ…
 ただ、見張るんなら夜中が一番あぶねぇだろうけどな」
 
 シグルトはなるほど、と腕を組んだ。
 
「奴と対峙する時、注意したほうがいいことはあるか?」
 
 それは長年の経験を積んだ狩人への質問だった。
 シグルトはどんな小さなことも聞き逃すつもりは無い様子だ。
 
 セルゲイは腕を組んで考える素振りをする。
 
「…ミーシャが立ち上がる素振りを見せたら、気ぃ付けることだな。
 
 後ろ足2本で立ち上がったら、ミーシャが全力で攻撃する合図だ。
 その時に殴られちまったら、普通の人間だったらイチコロだ。
 
 もし、ミーシャから逃げる場合は走ったりするんじゃねぇぞ。
 
 アレだけデカけりゃ小回りは利かねぇだろうけんども、人間が走って逃げ切れるもんじゃねぇからな。
 目ェ逸らさずに、ゆっくりと下ってくんだ。
 
 そうすりゃ、食われるのは1人2人くらいで済むだろうよ」
 
 それぐらい凶悪な相手なのだと、セルゲイは呟いた。
 
「…さっき、随分忙しそうにしてたけど、一体何をしていたの?」
 
 レベッカが周囲の罠を見ながら言う。
 
「おっと、すっかり忘れとった。
 
 あんたらが来るまでミーシャに対抗するための罠の準備をしててな。
 
 …無駄かもしれねぇが。
 
 何しろ奴は鼻も利くし頭も働く。
 ただ仕掛けるだけじゃあ多分見破られちまうだろうからなぁ。
 
 誰かが上手く誘い込めりゃ、少しの間足止めくらいは出来るんじゃねぇかと思うんだが」
 
 パチンとレベッカが指を鳴らした。
 
「渡りに船ってやつね。
 
 その罠、私たちに使わせてくれない?
 丁度私たちも、奴が戦闘で村を暴れまわらないように、足止めの罠を作ろうと思っていたのよ」
 
 セルゲイは少し憮然とした顔でレベッカを見る。
 
「…豪気な女子だなぁ。
 
 オラは引っ込んでろってか。
 
 ま、いいさ。
 使うからには上手く使ってミーシャをキッチリ仕留めてくれよ。
 
 あんたらで出来るのか?」
 
 シグルトは大丈夫だ、と頷く。
 
「羆は罠まで誘い込んで動きを抑えよう。
 引きつけ役は鎧を持っている俺がやる。
 
 罠の設置はレベッカ、お前が頼む」
 
 レベッカが頷く。
 
「任しておきなさい。
 
 これでも私、仕掛けた罠が不発だったことって無いのよ」
 
 手馴れた調子で罠の機構を確認するレベッカに、セルゲイが目を丸くしている。
 レベッカはセルゲイが苦戦していた仕掛けの不調を瞬く間に直してしまった。
 
「たまげた…
 
 とんでもない女子だなぁ、あんた」
 
 レベッカはセルゲイに軽くウインクした。
 
 
 その後、一度教会に集まった一行は、これからのことを相談していた。
 
 レナータとスピッキオが行った治療でエフゲニーが助かり、偏屈者のセルゲイが、あいつらなら大丈夫かもしれん、と言ってくれたおかげで皆村人は好意的だった。
 
 何より、貴重な食料を分けてくれたことが、前の冒険者と違うと手の空いた村人たちはシグルトたちの作戦に協力してくれた。
 
 シグルトたちが立てた作戦は極めてシンプルなもので、ミーシャがやってきたら囮役が罠まで誘導し、そこで捕縛して一気に片をつける、というものだ。
 
 だが、その作戦を確実なものにするために、ロマンが風の動きや地形を探し、なければ障害物等でそれらしく作った。
 
 シグルトたちが決戦に選んだ場所は、石造りの井戸と巨木にはさまれた閉所だ。
 羆サイズの動きは制限されるが、シグルトたちが剣を振るうスペースに余裕はある。
 ミーシャがよく現れるという場所からも近い。
 
 そこにレベッカが罠を仕掛けた。
 
 
 行動中、“風を纏う者”は2つのグループに分かれて休息を取りつつ見張りをすることにした。
 
 まずシグルトのグループ。
 ロマンとレナータがいる。
 
 2つ目はレベッカのグループ。
 ラムーナとスピッキオがいる。
 
 人選の基本は戦士1人、癒し手1人で指揮ができる人物がおり、いざというときに、素早くて連絡役になれるものがいることである。
 戦士が囮役になり、癒し手はそれをサポートする、という作戦だ。
 
 こうして1日目、まずシグルトのグループが見張りに立ち、レベッカたちは休息した。
 
 そして、休憩を終えたレベッカたちがシグルトたちの様子を見に行く。
 
 鎧を着たシグルトがそれを出迎えた。
 
「御苦労様。
 
 奴は出てきた?」
 
 レベッカの問いにシグルトが首を横に振る。
 
「今のところは出ていない。
 
 だが、今がちょうど夜中だ。
 話通りならそろそろ…
 
 来たみたいだな」
 
 シグルトの目が鋭くなる。
 
 そこには巨大な影が、まるで品定めをするようにこちらを見つめていた。
 かなりの距離が離れているものの、その大きさが並の羆とは比べ物にならないことは、容易に見て取れる。
 
「…大きい」
 
 ラムーナが唾を飲み込んだ。
 
 ミーシャは、今はまだ、村を襲撃する機ではないと判断したのか、それとも、村にはいつでも攻め込めると判断したのか、悠然と夜の闇に姿を消した。
 
 その晩が過ぎ、昼間にシグルトたちが休んだ。
 
 そして2日目の夜中。
 シグルトたちが見張っていると、山へと続く森の中から、驚くほど巨大な羆が姿を現した。
 ミーシャである。
 
「…なんという巨躯なのでしょう」
 
 レナータが、少し近くに現れた羆の巨体に目を見張る。
 
 鋼のように屈強な剛毛。
 盛り上がった筋肉。
 丸太のような4本の足。
 子供を丸呑みに出来そうな頭…
 
「ミーシャだー!!!
 
 ミーシャが出たぞー!!!」
 
 村人の誰かが叫んで、その声が村内に響き渡る。
 
「この騒ぎなら、レベッカたちも飛び起きてくるね」
 
 ロマンがシグルトの側に来る。
 
「…俺が作戦通りに囮をする。
 
 2人とも準備を頼む」
 
 シグルトの声に従い、ロマンが杖に魔力を込める。
 レナータがシグルトにナイアドの防御をかける。
 
「では、行くぞ」
 
 シグルトは泰然と羆に近づいていった。
 
 じわりじわりとミーシャもその歩みで距離を狭めてくる。
 シグルトは、罠を決して見ない。
 
 ひたすらミーシャへと歩んでいく。
 
 それを一足先に駆けつけたセルゲイが目を見開いて見つめていた。
 
「あの男、なんつう糞度胸だ…」
 
 自分の2倍以上もあるミーシャを見上げ、決して目を逸らさず、シグルトは一定の歩調で歩いていく。
 
 じりじりと互いに距離を詰めながら、罠の在り処へと近付いていく。
 
 ガシャァァァンッ!
 
 そして罠ががっちりとミーシャを捉えた。
 
「ガアッ!?」
 
 激痛にミーシャが牙を剥く。
 
「…っ!」
 
 しかし、近くにより過ぎてしたシグルトに、ミーシャの一撃が振り下ろされる。
 
「ぬっ!!!」
 
 シグルトはその一撃を受けながらも、耐え切った。
 そして、その勢いで後ろに下って攻撃範囲外に逃れ、体勢を立て直すと剣を抜く。
 
「お前に恨みは無い。
 
 だが、狂って人を殺め、お前は“深山の帝王”では無くなった。
 今、お前はこの村の、俺たちの敵でしかない。
 だから全力で俺たちが仕留める。
 
 行くぞ、ロマン、レナータっ!」
 
 シグルトが剣でミーシャに斬りかかる。
 
「グァァァァァ!!!!」
 
 鋼のような胴に走った傷に、ミーシャが凄まじい咆哮を上げた。
 
 ロマンが魔導書に向けて呪文を詠唱する。
 レナータが精霊の力を感じるためにその目を見開く。
 
 そしてシグルトは一歩下ると大きく剣を振り上げた。
 
 罠によってミーシャが傷ついていく。
 
 ロマンは杖に込めた魔力に呪文で呼びかける。
 レナータがナイアドに呼びかけて己の周りに水の膜を張る。
 
「はぁぁぁっ!!!」
 
 シグルトの剣がミーシャの肩を突く。
 
 喰らいつこうとするミーシャの顎をすっとかわし、シグルトは次の一撃を準備する。
 その瞳が淡い緑の燐光を宿し、まるで炎が宿ったようだ。
 シグルトの中のダナが目覚めたのである。
 
「《魔弾よ、撃てっ!》」
 
 ロマンが突き出した【カドゥケウス】から光の弾丸が打ち出されミーシャを打ち据える。
 
「《ナイアドっ!》」
 
 即座にロマンの周囲に水の防護膜が張られる。
 
「はぁっ!」
 
 シグルトの剣が確実にミーシャを傷つける。
 
「ウガァァァ!!!」
 
 罠を引きちぎろうと暴れるミーシャ。
 
 再び杖を構えたロマンの横に、ふわりとレベッカが舞い降りた。
 
「お待たせ、皆生きてるみたいね」
 
 シグルトが頷いて剣を構える。
 
 ラムーナとスピッキオも駆けつけた。
 
「行くぞ、皆っ!」
 
 シグルトの渾身の一撃が、ロマンの光の弾丸が巨体に叩きつけられる。
 
「グゥアァァァァァ!!!」
 
 バキャァッ!
 
 遂に罠が耐え切れず砕け散る。
 
「喰らえぃ!」
 
 スピッキオが投擲した【トールハンマー】がミーシャの鋼のような構えを打ち崩す。
 
「《眠れ!》」
 
 襲い掛かろうと巨体を持ち上げた瞬間、ロマンの【眠りの雲】がもたらした睡魔にミーシャがよろめいた。
 
「《風よっ!!!》」
 
 シグルトが風と一体化し、その隙に斬りかかる。
 盛大に飛沫くミーシャの血。
 
 目が覚めたミーシャに向けてラムーナが急激に接近する。
 
「イヤァァァァァァッ!!!!!」
 
 攻撃の直後に屈んでラムーナの足場となるシグルト。
 素早いラムーナが、シグルトを踏み台にものすごい跳躍を見せる。
 ブレッゼンがくれた【早足の靴】という魔法の装備のおかげである。
 
 体当たりのように飛び込んだラムーナの刺突が、ミーシャの眼窩から脳を貫く。
 
 ふらりとその巨体がよろめくと、ミーシャは轟音を立てて、地に倒れ伏した。
 
 倒れた直後は、浅く、荒い呼吸をしていたが、やがて大きく息を一つ吐くと、それっきり動かなくなった。
 
 ロマンが力が抜けたように座り込む。
 
 シグルトは黙ってミーシャに近付くと、鎧の上に羽織っていた上着を、その頭部にそっとかけた。
 
「戦いで決したこと。
 …謝りはすまい。
 
 だが、お前という犠牲者のことは憶えておく。
 お前の死後の世界での幸せを、お前に殺された人間たちの冥福を。
 今の俺にはただ祈ることしか出来ない。
 
 だから、この俺を恨んでもいい。
 この村に祟らずに、静かに逝け…」
 
 シグルトはミーシャの巨躯を見下ろして厳かにそう言うと、目を閉じて黙祷した。
 
 
 その後、シグルトは村長にことの顛末を説明した。
 
 村長は安堵の表情を浮かべて感謝の言葉を述べつつも、どこか寂しげにも見えた。

「…我々人間がミーシャに手を出さなければ、彼は今も賢明なる“深山の帝王”であったのだろうと思うと、複雑な気分でして。
 
 我々にとって、彼は厳しくも恵み豊かなこの山の、雄大なる自然の象徴でしたから」
 
 シグルトが静かに語りだした。
 
「俺のいた故郷では、熊は祖霊として祀られていた神聖な動物だった。
 
 熊が暴れるのはいつも人間がその世界を侵すからだ。
 あの羆の遺体は、そっと埋めて欲しい。
 
 俺の個人的な願いだが」
 
 村長がその言葉に頷く。
 
「例の羆のことは片がついたって噂を流しておくから、毛皮を求める馬鹿はもう来ないわ。
 
 それに、ユーリさんだっけ?
 貴方の息子がリューンに来る少し前に、ソルモント郷は失脚したそうよ。
 
 死んだ冒険者たちも馬鹿だったということ。
 
 というわけで、憂いは消えたわけだから頑張って村を立て直してね」
 
 村長が感無量という感じで、深々と頭を下げる。
 
「皆さんは村の恩人です。
 
 いつか機会があれば、またいらして下さい」
 
 シグルトたちは報酬を受け取ると、その日教会で一泊し、次の日に村人に見送られながらエチェ村を後にした。
 
 助かったエフゲニー。
 その子のオーシャ。
 狩人のセルゲイ。
 
 彼らに見送られながら、シグルトは広大な白い峰々一度振り返る。
 
「シグルト?」
 
 レナータがその横顔を見る。
 シグルトは空を見上げると、一度目を閉じ、そして次に目を開いた時にはレナータに微笑むと、リューンに向けて歩き出した。
 
 それはまるで山々と自然に別れを告げるように厳かだと、レナータは感じた。
 
「…俺たちも、何をしても自然の一部に過ぎない。
 
 そのことを忘れ、驕った時にミーシャのような狂うものが現れる。
 それも自然なのだろうが…歯痒いよ」
 
 そう言って眉をひそめるシグルトの横顔はとても人間らしくて、不謹慎と思いながら、レナータはシグルトの別の一面を見つけられたように嬉しくも感じていた。
 
 日に照らされた眩い雪の光に照らされながら、“風を纏う者”はまた旅立つのだった。

 
 
 藤四郎さんの傑作、『深山の帝王』をリプレイです。
 
 何というか、読む前に未プレイの方は遊んで欲しいこの1本、という感じです。
 丁寧に作りこまれたシステム。
 濃厚な深山の雰囲気を感じさせる文章。
 場を盛り上げる緊張感の演出と、音楽。
 
 文句なしに勧めるこの1本、という奴でした。
 
 下手をすると村がとんでもないことになります。
 戦略や冒険者の配慮も問われるので面白いシナリオです。
 
 今回、シグルトの故郷のことがまた少し出てきましたが、彼の故郷は北欧をモデルにしています。
 
 ついに鎧を纏ったシグルトですが、ものすごくこれでタフになりました。
 他のPCも装備が豪勢に。
 
 ちなみに、このシナリオプレイ時の装備は…
 
・シグルト
 【影走り】(スキル)
 【縮影閃】(スキル)
 【風疾る利剣】(スキル)
 【剣叫ぶ雷霆】(スキル)
 【ロングソード】(アイテム)
 【真なる銀の鎧】(アイテム)
 【鋼鐵の淑女】(付帯能力)

・レベッカ
 【盗賊の眼】(スキル)
 【盗賊の手】(スキル)
 【小細工】(スキル)
 【絞殺の綱】(スキル)
 【鉄塊(ミストルティン)】(アイテム)
 【猫の業】(付帯能力)
 
・ロマン
 【魔法の矢】(スキル)
 【眠りの雲】(スキル)
 【焔熱の仕手】(スキル)
 【魔導の昇華】(スキル)
 【ジュムデー秘本】(アイテム)
 【カドゥケウス】(アイテム)
 
・ラムーナ
 【連捷の蜂】(スキル)
 【幻惑の蝶】(スキル)
 【咒刻の剣】(スキル)
 【戦士の勲】(スキル)
 【早足の靴】(アイテム)
 
・スピッキオ
 【癒身の法】(スキル)
 【聖霊の盾】(スキル)
 【祝福】(スキル)
 【癒しの奇跡】(スキル)
 【クルシス】(アイテム)
 【トールハンマー】(アイテム)
 
・レナータ
 【泉精召喚】(スキル)
 【水精召喚】(スキル)
 【海精召喚】(スキル)
 【水精の一雫】(スキル)
 【交霊の異能】(アイテム)
 
 となっています。
 
 強くなったもんですね~
 
 シグルトとレベッカの付帯能力は、彼らの実力やリプレイ上の性格表現のため、くっつけてますが、この手の付帯能力が苦手な人もいるかもしれませんね。
 
 
 さて、今回の動向は…
 
・『風たちがもたらすもの』(拙作)
 【焔熱の仕手】購入-1400SP(ロマン)
 【魔導の昇華】購入-1400SP(ロマン)
 
・『希望の都フォーチュン=ベル』(Djinnさん)
 ダークエルフ退治 報酬+700
 
・『魔剣工房』(Djinnさん)
 【ミストルティン】購入-1000SP(レベッカ)
  ※ソウルイーター売却分処理
 
・『風たちがもたらすもの』
 【猫の業】-3000SP(レベッカ)
  ※ソウルイーター売却分処理
 
 【治癒の水薬】
 【消毒の水薬】
 【言葉の飲薬】
 【黒い投剣】
 【破魔の護符】各購入、合計800SP
 
・『交易都市リューン』(齋藤洋さん)
 【聖霊の盾】-1000SP(スピッキオ)
  ※ソウルイーター売却分処理
 
・『深山の帝王』(藤四郎さん)
 【捨身の盾】
 報酬+900SP
 
 ※ソウルイーター売却処分はソウルイーターを売った5000SP分のアイテムを購入したという表現ではなく、ストーリー上の都合で手に入った形にリプレイで表現したものです。
 
 というわけで現在の所持金は…
 
 
◇現在の所持金 4001SP◇(チ~ン♪)
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『鉱石と銘工』

 新しいメンバーを加えた“風を纏う者”は、1週間ほどの休日を過ごして準備を済ませると、フォーチュン=ベルへと旅立った。
 
 先日、リューンへの帰路で訪れた時にブレッゼンは留守だった。
 今回の訪問は手に入れた2つの鉱石を換金するためである。
 
 レナータはここ数日でさらに仲間のためになる術を、とパーティが相談して出したお金を使って精霊術を1つ習得していた。
 
 南方の大河近郊に住むシャーマンが使うという治癒術である。
 
 レナータの【水精召喚】は、今は1度の使用が限度だ。
 そこで、数回は使える呪文をと【水精の一雫】という術を習ったのである。
 水の精霊の力を圧縮して治療を行うこの術は、解毒と傷の治療を同時に行える上、1度精霊を召喚して行使する呪文と違い、即座に効果を発揮できる。
 同時に精神の異常も癒すこの術は、極めて効果が多様で、“風を纏う者”が求めていた力に合うものである。
 
 加えてレベッカが簡単な解毒薬を調達してきた。
 毒に関する装備が随分減っていたためである。
 
「レナータの術とあわせれば、毒対策は万全ね」
 
 今回の買物でだいぶ消費した資金を補うべく、一行は“風を駆る者たち”との道具交換で手に入れた鉱石を売ることにしたのだ。
 
 
 フォーチュン=ベルに到着した一行は、早速ブレッゼンの工房に向かった。
 
 その日は好い天気だった。
 ブレッゼンの妻のサンディのはからいで、一行は野外でお茶を御馳走になっていた。
 
「ふむ、黒に紅か。
 
 2つも鉱石を手に入れられるとは重畳(ちょうじょう)。
 最近はなかなか鉱石が手に入らず、困ったものよ…」
 
 昔は数多くの鉱山があったという、不思議な5つの鉱石。
 強い魔剣を作成するにはどうしても必要だという。
 
 ブレッゼンはレベッカに礼として盗賊王バロの道具のレプリカをくれた。
 加えて銀貨千五百枚である。
 
「うん、鉱石の売買は互いに利益が大きいわ。
 
 なんとか大量に手に入れることはできないかしらね」
 
 レベッカが考え込む。
 
「では、お前たち…
 
 最近、風の噂に聞いた鉱山に行って掘ってこぬか?」
 
 その言葉に、一同が振り向く。
 
「めったに見つからぬが、まだ鉱石の鉱脈が生きている鉱山があるらしい。
 儂としては工夫か冒険者を雇って掘りに行かせようと思っておったところよ。
 報酬は鉱石の買取、加えて特別な武具を売ってやろう。
 
 お前たちならば、悪い結果にはなるまい」
 
 レベッカが、なるほどと腕を組む。
 
「ただ、危険な鉱山らしい。
 
 奥の方には古い坑道があり、そこでは鉱石も出やすい分、毒ガスが吹くという。
 厄介な仕事になるが…」
 
 レベッカが頷く。
 
「毒対策が出来たところで、降って湧いたような仕事だわ。
 
 少しギャンブル要素はあるけど、上手くいけば見返りも大きい。
 私は乗りたいけど、どう?」
 
 ロマンが頷く。
 
「1度、鉱石の鉱脈を見てみたかったし、僕も賛成。
 
 シグルトがいればこういう時頼りになるし」
 
 シグルトは何故か宝を掘り起こす天性の勘がある。
 前に遺跡の発掘を行った時も、彼が見つけた宝はパーティの貴重な財源になった。
 
「ふむ。
 
 骨休めには良いかも知れん。
 温泉でも近くに湧き出しておればさらに、都合が良いが」
 
 スピッキオも特に反対ではないようだ。
 
「お宝探しだよね。
 
 私も頑張って掘るね~」
 
 ラムーナも乗り気のようである。
 
「正直、いきなりモンスターとの戦闘というのも。
 
 私は非力ですけど、できることは頑張ります」
 
 レナータも頷く。
 
「分かった。
 
 少なくともいくつか鉱石を持ち帰るつもりで、やってみようか」
 
 そして、一行はブレッゼンに別れを告げ、件の鉱山へと向かったのだった。
 
 
「…また鉄鉱石?
 
 まるででないわね~」
 
 一行は数日かけて寒風吹きつける鉱山へと到着した。
 冬の鉱山は身が切れるように寒い。
 
 防寒具に身を包んだ一行は、鉱山にたどり着くと鉱山の管理人に会った。
 そこで鉱山に出入り自由の登録をし、つるはしを1本買い込んで、早速その日から採石を始めた。
 
 シグルトが豪腕で穴を掘り、その疲労をスピッキオが癒す。
 掘り起こした土をレベッカが丁寧に調べる。
 ロマンが知識を頼りに、鉱石の出そうな場所を予測し、ラムーナが調べた土砂を捨てる。
 
「あの、私も何か…」
 
 近くで休んでいるように言われたレナータが所在無げに言うと、レベッカが首を振る。
 
「レナータは秘密兵器よ。
 
 毒ガスが出たり、スピッキオの秘蹟が底をついたらお願いね」
 
 ロマンも頷く。
 レナータもそれ以上のことは言えず、黙って岩に腰掛けていた。
 
 そして黙々とつるはしを振るうシグルトの後姿を見つめていたが、不意にシグルトが作業を止めた。
 
「…ここはよほど掘らないと鉱石は出ない。
 
 少し危険だという奥を掘ってみるから、皆は少し離れていてくれ」
 
 ロマンが、何を根拠に、と首をかしげる。
 
「…鉄は俺と縁が深い。
 
 この鉱山に来てから、鐵(てつ)の精霊ダナの力を強く感じるんだ。
 ここは彼女の眷属の領域で、あまり鉱石の魔力は感じない。
 
 ダナは最初に俺がその息吹を感じた精霊でな。
 
 かつてはダヌという名で、鍛冶や山の女神として信仰されていたこともある古い金属の上位精霊だ。
 その神格の分霊から生まれた精霊だと言うが、鉱山でダナの声を聞くと宝にありつけるという。
 
 レナータも聞こえないか?」
 
 シグルトは蘇生した後、さらに精霊と干渉する力が強くなっていた。
 
「…ごめんなさい。
 
 鐡の精霊は他の精霊と仲が悪いので。
 存在は強く感じるんですけど、私の呼びかけにはあまり応えてくれないようです」
 
 鐡の精霊は、孤高の勇気と屈強さを司る精霊である。
 気難しく、そもそも気に入られること自体がとても稀有なのだ。
 
「ただ、私もここでは鉱石は出ないと思います。
 
 勘ですけど…」
 
 しかし、ロマンはそうか、とため息をついた。
 
 精霊術師の勘はよく当たる。
 実際、シグルトの勘が仲間を救ったことは1度ではない。
 
「ま、今日中に少しは結果が出したいから、ねぇ」
 
 そして奥に進んで発掘を始めたシグルトたちは、頻繁に噴出する毒ガスに悩まされることになった。
 
「…はぁっはぁっ、私の力で行える解毒はこれが限界です」
 
 レナータの召喚したウンディーネの最後の力でシグルトを侵す毒が和らぐ。
 
「ここの鉱山の毒素はかなり強いな…」
 
 完全に毒が抜けないシグルトが脂汗をかきながら言う。
 シグルトだからこの程度でいられるのだが。
 先ほど誤って少量の毒ガスを吸ったロマンは1度昏倒し、今は休んでいる。
 
「仕方ないわ。
 
 まぁ、変わった石が発掘できたからよしとしましょう」
 
 シグルトたちは珍しい石をいくつか発見していた。
 鉱山労働者の持ち物だったのだろう、それは鉱山での事故や疲労から身を守るという守り石である。
 少なくともそれらの入手で数日分の報酬には十分になるだろう。
 
 レベッカの言葉に従い、鉱山を出る一行。
 
 その日は1つの鉱石を見つけることも出来ずに、何とか鉱山にある宿泊施設に帰り着いた。
 
 しかも、次の日もその次の日も、鉱石は1つも見つけられなかった。
 
「…もう4日目ね。
 
 甘く見すぎていたかしら」
 
 爪の間に入り込んだ土を穿り出しながら、レベッカが呻くように言った。
 
「簡単に見つかるようなら、あれほど高額で買い取ってはくれない。
 
 根気よくやらなければな…」
 
 水筒の水を飲みながら、シグルトが力なく微笑む。
 この数日、文句1つ言わずに黙々とシグルトが掘り続けたおかげて、鉱石とはいかないまでも沢山の鉱物が見つかった。
 それらを売り払えば、数日の報酬にはなりそうである。
 
 この数日、シグルトたちは毒ガスと格闘する羽目になった。
 レナータがいなければここまでの強行な採掘は出来なかっただろう。
 
「さて、頑張ってもう少し…うん?」
 
 シグルトが立ち上がると突然坑道の奥に向かって歩き出した。
 
 そこには立入禁止と書かれた古びた立て札と、閉鎖された坑道がある。
 
「…どうしたのよ、シグルト?」
 
 仲間たちが近寄ってくる。
 
「…間違いない。
 
 この奥に鉱石がある。
 だが、どうやらただの坑道ではないようだな」
 
 坑道を塞ぐ木の壁は腐りかけ、簡単にどけることができるだろう。
 
 だが、一行はその不気味な雰囲気に立ち止まっていた。
 
「…昔、ここが普通の鉱山だったころ、落盤で大量の死人が出たらしいよ。
 
 そして封鎖されたって。
 たぶんこれ、その坑道だよ」
 
 ロマンが唾を飲み込む。
 
「ここまで来たんだ。
 
 …結果を出そう。
 それに、呼んでいるんだ…」
 
 シグルトはすっと坑道を塞ぐ木の壁に触れる。
 それは見る間に朽ちて崩れ、暗い洞が姿を現した。
 
 迷わず進むシグルトに、一行はおっかなびっくりついていく。
 
「…凄まじい負の力じゃ。
 
 この奥は亡霊の巣窟じゃよ」
 
 スピッキオにシグルトは頷いた。
 
「ブレッゼンの頼みでなければ遠慮したいな…」
 
 そう言ってシグルトは黙々と採掘を開始した。
 
 
 数時間後、一行は崩れた坑道を疲弊しきった顔で見つめていた。

 鉱山の奥ではひっきりなしに亡霊の呻く声が聞こえ、精神と肉体を病ませた。
 ロマンが、ラムーナが、レベッカが脱落する中、シグルトは驚異的な精神力で鉱石を次々と発掘していった。
 
 しかし、さすがのシグルトも疲弊して引き上げると、亡霊たちがシグルトたちを引きずり込もうとし、一行は何とか逃げ出したものの坑道は完全に崩れてしまったのだ。
 
 だが、持ち出したレベッカの担ぐ袋には、大量の鉱石が詰まっている。
 
「…大漁だったけど、2度とこの奥には行きたくないわね」
 
 一行はこれ以上この坑道の話は止めだとばかりに、宿泊施設に引き返した。
 
「シグルト、大丈夫ですか?」
 
 やつれた口調でレナータが聞く。
 
「俺は平気だよ」
 
 そう言って振り返ったシグルトの目が、淡い緑の光を放っていた。
 
「シグルト、眼がっ!」
 
 ロマンが声を上げるとシグルトは微笑んだ。
 
「大丈夫だ。
 
 なぜ、俺があそこに呼ばれたか分かったよ。
 あそこで俺の中に入ってきたダナが呼んでいたんだ」
 
 レナータがその力の脈動にはっとする。
 
「【鋼鐵の淑女】…
 
 人の付帯領域に宿るダナの分霊。
 眠れる上位精霊の力を、手に入れたんですね」
 
 ダナは鋼の勇気を宿り主に与えるという、不思議な特性がある。
 もちろん、それはダナを受け入れられるほどの強力な精神力と魂を持つ必要があるのだが。

「確かに、シグルトほどの高い霊格ならばダナが宿るのも…」
 
 シグルトが眼を閉じ、再び眼を開けると元の深い青黒い瞳に戻っている。
 
「かつて、俺の先祖のオルテンシアというハーフエルフの姫君も、【鋼鐵の淑女】ダナを使う精霊術師だったという。
 青黒い髪と目はその祝福だと言われていたそうだ。
 
 俺の中にいるダナはオルテンシア姫に宿っていた分霊だ。
 ここは受刑者が流されて強制労働させられていた時代もあったらしい。
 その中に、北方から政治犯として流されてきた、ダナの担い手もいたようだ。
 
 ダナが眠る前に教えてくれた」
 
 シグルトの話だと、このダナの分霊…力の欠片はここでずっとシグルトがくるのを待っていたという。
 
「正しくはオルテンシア姫の血筋の戦士らしい。
 
 …問題は無いよ。
 彼女は普段眠っているからな。
 
 ダナに悪意は無い。
 
 この狭い坑道から出してやる代わりに、俺に力を貸してくれるらしい。
 彼女を宿すと、鎧を纏ったような屈強さも得られるから、戦士の俺としては有難いな。
 
 彼女が俺から出たくなるまではそっとしておくよ」
 
 そう言って微笑んだシグルトは、また少し人間離れした雰囲気を放つようになっていた。
 
 
 一行は鉱石以外の鉱物を管理人に預けておいた。
 いざという時の資金にするためである。
 
 今回、4泊5日の日程でシグルトたちは30個近い鉱石を手に入れていた。
 
 売り払えば数万の銀貨に換わるだろう。
 
 しかし今回の精神的疲労は大きなもので、一行はしばらくフォーチュン=ベル近郊で休日をとることにした。
 
 防寒具や滞在費、旅費に細かい出費を加えると銀貨数千枚になったが、ブレッゼンに鉱石を渡した見返りは大きかった。
 
 鉱石の駄賃だと、ブレッゼンは魔法の靴や短剣をくれた。
 加えて、シグルトの剣を真なる魔剣に打ち直してくれる準備ができたという。
 
 あまりに多くの鉱石で一度には買えないと言われ、数度に分けて鉱石の取引をすることになった。
 
 シグルトは今回の功労者として銀貨を二千枚ほど持って、古城の剣の師グロアの元に向かった。
 数日後にはそこで出会ったという東方の剣士から新しい剣術を習って身につけ、ブレッゼンに預けた【アロンダイト】の代わりに古びた長剣をグロアから買って帰ってきた。
 
 ラムーナもフォーチュン=ベルを訪れていた踊り子から、仲間を鼓舞するという南方のダンスを習得していた。
 
 レナータはフォーチュン=ベルの湖の前で瞑想し、精霊を見る力をより強化することができた。
 
 ロマンは新しい魔術を習得するためと、宿にこもって呪文の触媒になる魔術書のページを呪文で埋めていった。
 
 スピッキオはフォーチュン=ベルの教会で説教しつつ、祈る生活をしていた。
 
 レベッカは疲れたからと、酒場で飲んだくれていたが、何時の間にか必要な道具を買い込んでいた。
 
 一行が集結して魔剣工房にやってきたのは1週間経ってからだった。
 冬の最中であるフォーチュン=ベルは、その日雪が降っていた。
 
 
「やっほ、ブレッゼン。
 
 魔剣の出来具合を確認に来たわよ」
 
 レベッカが声をかけると、めずらしく慌てた様子のブレッゼンがやって来た。
 
「お前ら、良いところに来たっ!
 
 サンディが攫われたんじゃっ!!!」
 
 下手糞な字の書かれた手紙を握り締め、ブレッゼンは眼を血走らせてごついハンマーを握り、甲冑を纏っていた。
 
 
「…人騒がせな話よねぇ」
 
 レベッカがぼやくと、ロマンが大きく頷く。
 
「まったくじゃ。
 
 肝が冷えたぞ」
 
 ブレッゼンがそう言うと、そこにいた赤毛の男が申し訳なさそうに頭を下げた。
 
「俺もとんだ人選ミスをしたもんだよ。
 
 悪かったな」
 
 その男はキッド。
 ブレッゼンの息子である。
 
 ことはキッドが静かに母親と食事をしたいと言い出したことだった。
 
 この場所を根城にしている“金色のハイエナ”という盗賊団の首領ハリーがキッドと知己で、この場所を提供したのだ。
 しかしハリーは誘拐の脅迫状めいた書体で手紙を書いたので、ブレッゼンが勘違いしたのである。
 
「…〝奥方は『デッドマンズ・マウス(死人の口)』にて『金のハイエナ』が預かった〟って、どう見ても脅迫状よ。
 
 まぁ、よく見れば要求が書いてないんだけどね。
 でも、まさかあんたがねぇ」
 
 レベッカが隅で小さくなっているブロンドの男を小突く。
 
「か、勘弁してくれよ。
 
 もう俺は悪さはしない義賊なんだぜ?」
 
 ハリーは昔レベッカと面識があった。
 レベッカを口説こうとして酒の飲み比べをし、見事潰されて尻の毛まで抜かれたというのは部下の野郎どもの談。
 どうやらレベッカには頭が上がらないらしい。
 
「まぁ、良いわ。
 
 それよりお前たちには鉱石の件といい、世話になっているな…」
 
 そういうブレッゼンに、レベッカがいいのよ、と笑う。
 
「今回、このダンジョンでそれなりに好い物を得たし、それに飲み友達じゃないの。
 
 固いことは抜き抜き」
 
 レベッカたちは広大なハリーたちのアジトをくまなく調査し、鉱石2個とお宝を2つ発見していた。
 
「まさか風の精霊術の禁呪が書かれた巻物が見つかるなんて、ね」
 
 それは東方の風の魔神を召喚する精霊術が記された書物だった。
 レナータによると、とても今の彼女には使いこなせないという。
 
「妖霊(ジン)の一種で…竜巻を呼ぶ風の上位精霊です。
 
 このような上位精霊は名前を大変重んじるので、召喚して契約を交わすまではその真の名はわかりませんが…
 
 嵐の竜リンドヴルムや鳥神ハルピュイアイに匹敵するものすごい精霊で、今の私では魔力の全てを奪われてしまいます。
 そもそも、このレベルの上位精霊を召喚するなんて、常人のできることではありません。
 
 上位精霊の召喚や顕現は、気をつけなければ地形が変わってしまったり、多くの死人を出してしまいます。
 …それほど力が強いのです。
 
 シグルトさんの中で眠っているダナも上位精霊ですが、彼女は深い眠りについているので力の大半を封じているのです。
 今、シグルトさんを護っているのは、彼女からあふれた魔力のほんの一部のようです。
 
 上位精霊は多神教の神格に匹敵する、あるいは神として信仰される存在そのものなんです」
 
 神にも匹敵する存在を呼ぶ…だから《禁呪》なのである。
 
「まぁ、いつかそれが使いこなせるようになればいいわね」
 
 そう言ったレベッカに、必要な状況がこないことを祈ります、とレナータがため息を付いた。

 
「…ふむ。
 
 サンディ、今度こいつらに特別な値段で武具を売ってやれ」
 
 ブレッゼンはしばらく考えていたが、そうサンディに言った。
 サンディはニコニコして頷いている。
 
 話では半額で武器を売ってくれるという。
 
「ちょっと、ブレッゼン。
 
 半額って原価じゃないの?」
 
 レベッカが訪ねると、ブレッゼンはにやりと笑った。
 
「何、飲み友達じゃからな。
 
 固いことは抜きだ」
 
 サンディが大きく頷く。
 
「いいのよ。
 
 貴方たちが持ち込んだ鉱石、本来は商人を通して買っているから価格が数倍もするの。
 うちもおかげで商売が出来るんだから、安心してね」
 
 半額、という言葉にロマンが乗り出した。
 
「じゃ、じゃあ、あの【カドゥケウス】も半額!」
 
 いつ工房を訪れてもロマンはもの欲しそうにその杖を見ていた。
 銀貨四千枚という大金で、今までとても買えなかったのだが。
 
「それなら、今回手に入った鉱石を加えて、また10個ばかり引き取ってもらえば買えるわね。
 
 最近ロマンには我慢してもらってたし、次の買物はロマン中心でいいわよ」
 
 レベッカが子供に玩具を買い与える心境で頷いた。
 
「うむ、次の来店までには調整しておいてやろう。
 
 あの杖の価値が分かるものはなかなかおらんかったからな」
 
 ロマンが瞳を輝かせて頷いている。
 
「賢者にとって、杖はシンボルみたいなものなんだ。
 
 僕は今まで杖は持たなかったけどね。
 必ず、【カドゥケウス】に相応しい賢者になって見せるよ」
 
 ブレッゼンが目を細める。
 その横でキッドがにやりと笑った。
 
「随分親父に気に入られているな。
 
 ま、“風を纏う者”っていえば、そこそこ有名だからな。
 フォーチュン=ベルじゃ、食人鬼(オーガ)を倒したってのは有名な話だ」
 
 まぁね、とレベッカが少し胸を張る。
 胸元を故意に露出させているレベッカのそのポーズは、かなり扇情的だった。
 
 後ろの野郎どもが唾を飲みつつ、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。
 
 
 次の日、シグルトたちはフォーチュン=ベルの郊外にある屋敷に巣くうという怪物を退治する仕事を請けていた。
 
 屋敷に近づくにつれ、周りが異様な雰囲気になっていく。
 
「なに?
 
 ここって植物が枯れて、石ころばかりじゃない…」
 
 周囲の淀んだ悪臭に、レベッカは顔をしかめて言った。
 
「…原因はあれだよ」
 
 それは石の彫像だった。
 
「…何?
 
 随分リアルな格好をしてるけど」
 
 ロマンが頷く。
 
「正しくは《その格好のまま石になった》からだね。
 
 可哀想だけど首が落ちてる。
 これじゃ、戻っても生きられないよ」
 
 レベッカがぞっとしてその像を確認する。
 首の無い像の前に、苦悶の症状のまま頭部が転がっていた。
 
「たぶん、この状況から考えるとコカトライスかバジリスクがいる。
 
 どっちも石化能力をもつ、恐ろしい怪物だよ。
 でも、腐ったり枯れたりした植物を見るとバジリスクの線が濃厚だね。
 あの怪物は強力な毒を持ってる。
 このあたりの植物は、バジリスクの唾液や血に含まれる毒、呼吸から放たれる瘴気にやられたんだ。
 
 あのモンスターには亜種が沢山いて、基本的に砂漠に生息しているんだけど、趣味の悪い好事家か頭の変な魔法使いが、捕まえて持ってきたんじゃないかな?
 卵や子供のうちなら、運んでくることは容易だからね。
 
 まぁ、怪しい研究をする魔法使いがいたとすれば、この屋敷に怪物が巣くっていることも説明がつくよ」
 
 歩みを進めつつロマンが説明する。
 
 やがて、少し先行していたレベッカが一同を留める。
 
「でかい蜥蜴がいるわ。
 
 足がいっぱいある薄気味悪い奴」
 
 それは異様に大きな蜥蜴であった。
 屋敷の入り口で目を閉じ、眠っているようである。
 
「…間違いない、バジリスクだ。
 しかも、まだ若いけど成体だね。
 
 正直、石化対策をしてないとあの怪物とやりあうのは自殺行為だよ」
 
 ロマンは、バジリスクの視線には強力な石化能力があり、さらに血飛沫の一滴すら大人を瞬殺する猛毒があることを告げる。
 
「…困ったな。
 
 さすがに一滴の血飛沫も被らずに戦うとなると、俺の新しい奥の手かロマンの魔法による遠距離からの攻撃を使うしかないのだろうが…
 あの巨体…簡単に倒せるほど弱くはなさそうだ」
 
 バジリスクは、ロマン程度の体格ならば飲み込めそうなほどの巨体である。
 
「…危険だけど手が無いわけじゃないよ。
 
 ただ、すごく難しい方法なんだ」
 
 ロマンがレベッカを見て言った。
 
「…私にしか出来ないのね?」
 
 ロマンの意図を少し理解して、レベッカが頷く。
 
「…バジリスクの目は石化の光を放つんだ。
 驚いた時によく使う能力だよ。
 
 その光は鏡で跳ね返すことができるんだ。
 そしてバジリスクの目以外に当てると、逆にアイツを石化できる。
 
 バジリスクが砂漠で、繁殖期以外は単体で生活しているのは、同族を石化しないためだとも言われてるんだ。
 
 でも、光線を跳ね返す、そんな器用な芸当が出来るとしたら、うちのパーティじゃレベッカだけだよ」
 
 レベッカはため息をつくと、手持ちの鏡を取り出した。
 
「サイズが心もとないけどやりましょう。
 
 ま、私が石になったときは回収よろしくね」
 
 シグルトが頷く。
 
「安心してよ。
 
 僕が調合した石化回復のアイテムがあるから、これを使えば壊れてない限りは大丈夫だから」
 
 ロマンが正直に現状を語ると、レベッカは少し眉をひそめた。
 
「大丈夫。
 
 絶対レベッカならできるから」
 
 ラムーナが微笑んでくれた。
 
「まぁ、貴女が大丈夫って言うなら成功するわね」
 
 レベッカは微笑み返すと、素早い動きでバジリスクに10メートルほどのところまで駆けていき、手に持った小石をバジリスクにぶつけた。
 
 驚いたバジリスクが目をかっと開き、同時に石化の光線を放つ。
 
 レベッカは手に持った手鏡の角度を上手く調整して、こともなげに光線を跳ね返した。
 そしてバジリスクは見る間に石化していく。
 
「…凄い」
 
 レベッカの手際にレナータが息を呑んだ。
 
「ふむ、レベッカの奴は戦闘ではなく、この手の手先を使った仕事が本分じゃからの」
 
 スピッキオが特に心配した様子もなく頷いた。
 
「さぁて、通路の確保は出来たわ。
 
 行くとしましょうか」
 
 レベッカは石化したバジリスクを一瞥すると、慎重な歩で屋敷に入っていく。
 
 一行もすぐにそれに倣った。
 
 
 屋敷の奥に進むと周囲は蜘蛛の巣だらけだった。
 
「これは普通の蜘蛛の糸じゃない…
 
 魔獣を作る過程で生まれた、強靭な糸を出す巨大な毒蜘蛛のものだよ。
 呪縛対策を考えておかないと…」
 
 ロマンは周囲を警戒しつつ、糸を調べる。
 
「油分が多いね。
 
 これなら炎に弱いはずだよ」
 
 ロマンの声に誘われたのか、巨大な蜘蛛が数匹、張り巡らされた糸を伝ってやってくる。
 
「どうやら、あっちはやる気みたいだぞ」
 
 シグルトが剣を抜き放つ。
 魔剣ではないそれは、無名だがそれなりの業物である。
 しかし、【アロンダイト】に比べればやはり心許無い。
 
「…僕が蜘蛛の巣を焼いて、眠りの魔法で牽制するよ。
 
 腕力の仕事は任せたよっ!」
 
 ロマンが【焔の竜巻】で周囲の蜘蛛の巣を一掃する。
 みるみる巣は焼かれて消えて行き、蜘蛛たちが怯んだところでさらに【眠りの雲】を放つ。
 
 数匹がロマンの魔力の前に動きを止める。
 しかし、耐えた残りが襲い掛かってきた。
 
「《風よ…》」
 
 シグルトが剣に疾風を纏い、敵陣を駆け抜ける。
 その攻撃に眠っていた蜘蛛が目を覚ますが、切り裂かれた腹部から体液を流し、喘ぐように足を蠢かせている。
 
 ビュワっ!
 
 一匹の蜘蛛が吐いた糸にレベッカが捕縛された。
 
「ちょっと、何よこれっ!
 
 ねばねばして動けないったら…」
 
 その横でロマンが【魔法の矢】を撃ち放った。
 
 
 毒蜘蛛との戦いは長期戦になった。
 頑強で数の多い蜘蛛は連携して休みながら攻撃してくる。
 
 対して“風を纏う者”はシグルトが猛烈な剣で敵を押していく。
 ロマンの魔法が糸を焼き敵を穿ち、眠らせる。
 レベッカが呪縛から開放されると、巧みに蜘蛛の気を引きながら仲間が攻撃する隙を作る。
 スピッキオが傷を癒しながら祝福で援護する。
 ラムーナは新しく憶えた【戦士の勲】を踊り、仲間を鼓舞しながら戦いの舞踏で疾走する。
 
 そして、今回仲間に有難かったのがレナータの精霊術だった。
 彼女の癒しは毒を消すため、強力な麻痺毒を持つ敵に対し、一行は驚くべき堅牢さで戦うことが出来た。
 加えてレナータはナイアドを召喚して仲間に防御支援をする。
 
 数分続いた長い戦いは、ラムーナが最後の1匹を蹴り飛ばしてかたがついた。
 
「うげぇ、気持ち悪ぅ…」
 
 蜘蛛の糸と体液のネバネバにレベッカが顔をしかめていた。
 
「早く帰って風呂に入ろう。
 
 皆、よくやった。
 今日はゆっくり休むとしよう」
 
 シグルトが剣についた脂を拭き取り、鞘に収める。
 彼の獅子奮迅の戦いぶりは仲間にとって頼もしかった。
 
「シグルトの新しい必殺技、凄いねぇ~」
 
 ラムーナがニコニコとしながら言う。
 
「本当だよ。
 
 剣から稲妻を放つなんて、僕初めて見た…」
 
 ロマンが知的好奇心で目を輝かせている。
 
 話題となっているのは、シグルトが使って1体の蜘蛛を黒焦げにした技…【剣叫ぶ雷霆】のことである。
 
「あれは東方の剣士から習った技でな。
 
 丹田、臍の近くにある器官に木気…風や雷を象徴する闘気を収束して剣の圧力と一緒に打ち放つ、という技だ。
 剣術でありながら、魔法に近しい射撃攻撃となる。
 
 当てるにはコツがいるが、俺たちのように白兵戦ばかりしている戦士は、距離の掌握が気になるところだ。
 
 俺たちのパーティは距離をとって戦うことが苦手だった。
 この間もロマンに頼ってしまったからな。
 
 この技なら威力も高いし、敵を痺れさせる効果もある。
 実体の無い敵のも通じるから、今の剣でもその類の敵と戦える利点も有難かったんだ…」
 
 シグルトは戦士として優れた戦術観を持っている。
 力任せに戦っていた最初の頃にくらべ、最近は攻撃の中に巧みに大きな技を加えた戦い方をする。
 
 シグルトと単純な技量が同じぐらいの者は割と多いが、彼ほど手持ちの技術を巧みに発揮する剣士は希であろう。
 
「ふむ、ラムーナの使った鼓舞の舞踏は有難かったぞ」
 
 スピッキオが言うとレベッカが頷く。
 
「私やロマンみたいな装備が貧弱な後衛には嬉しいわ。
 
 おかげで何度もあの蜘蛛の牙や爪に耐えられたし」
 
 照れたようにラムーナが頭を掻く。
 
「フォーチュン=ベルの酒場に来ていた南方出身の踊り子さんに習ったんだ。
 
 【戦士の勲】って言って、戦う前に戦士が見る舞踏なの。
 鎧を着たように頑強になれるし、魔法を退ける力も得られるんだって。
 
 ただ、儀礼的なダンスだから効果はあんまり長くもたないんだけど」
 
 そしてシグルトがレナータの方を向く。
 
「加えて、今回はレナータの癒しが有難かったな。
 
 毒に関して弱かった俺たちにとって、やはり水の浄化と癒しは助かるよ」
 
 レベッカが頷く。
 
「シグルトが麻痺毒を喰らった時はどうなるかと思ったけど、【水精の一雫】だっけ?
 
 あれは傷ごと毒を回復できるから本当に便利だわ」
 
 レナータがはにかんで説明しだす。
 
「海の向こうの南方大陸、そのさらに南にある大河近くの出身の方に習ったのです。
 
 効果は強くないのですが、毒と傷を同時に癒し、加えて心の障害も癒せるというもの。
 スピッキオが、精神の癒しも必要かもしれないとおっしゃっていたので、相応しい術だな、と。
 
 海蛇の一件で、どうしても召喚して使う術の発動の遅さがもどかしく感じましたので。
 それに私ではウンディーネを1度召喚するのが限界ですから、私に期待されている癒し手としての部分を強化しておきたかったんです」
 
 ロマンが大きく頷く。
 
「こういう弱点の補強は大切だね。
 
 できる仕事が増えるし、危険の中で生存していく確率も高くなるよ。
 僕も、あの杖が手に入ったら術のスタイルをある程度変更するつもりなんだ。
 
 もっと多様な行動が可能になるはずだよ」
 
 “風を纏う者”の一行は、互いの成長点を讃え合いながら、フォーチュン=ベルへと帰還した。
 
 
 次の日、仕事の報酬の銀貨七百枚を受け取った“風を纏う者”は、またブレッゼンの工房へと向かった。
 
「うむ、来たのか。
 
 すまんが、魔剣はまだ出来んぞ」
 
 どこか嬉しそうに、ブレッゼンが顔を出す。

「そっちは急かすつもりは無いわよ。
 
 今回はサンディさんに鉱石を買い取ってもらうことになってるの。
 10個2種類ずつ用意したわ。
 
 それとロマンの杖。
 調整できてる?」
 
 伝説の匠はにやりと頷いた。
 もはや、“風を纏う者”とブレッゼンの付き合いは親友のそれに近いものだ。
 
「…ふむ。
 
 この間は山中で分かれたからな。
 よし、今日の仕事は止めじゃ。
 
 おぉ~い、サンディっ!」
 
 ブレッゼンは妻を呼ぶと、酒と食事の準備をさせる。
 
「この間の慰労をやっておらん。
 
 付き合え…珍しい酒を飲ませてやろう」
 
 サンディの食事付きとあって、一行は有難くブレッゼンの好意を受けた。
 
 そしてこの後、この間の窃盗のわびをしに、キッドに連れられたハリーと盗賊団がやってきて、勢いでそのまま大きな酒宴となった。
 
 そのまま夜になり、工房はやがて酔いつぶれた男たちであふれかえった。
 美しいレナータを酔いつぶして口説こうとした野郎どもの末路である。
 影でレベッカが、片端から野郎どもの酒を強いものに換えるという、暗躍があってのことだが、レナータの酒豪ぶりはそれでもたいしたものであった。
 
 まだ飲んでいるレベッカたちを置いて、シグルトは少し風に当たるために外に出た。
 
 冷たい冬の風は身を切るような痛みを感じさせたが、今のシグルトにはあまり堪えない。
 
「…ここにおったのか」
 
 そう後ろから声をかけたのはブレッゼンである。
 
「…ああ。
 
 少し冷たいが、酔いには程好い」
 
 そう応えたシグルトの瞳は、淡い緑の光を放っている。
 
「…ダナの加護か。
 
 お前はいつも儂を驚かせるな」
 
 ブレッゼンが近くの岩に腰を下ろして呟く。
 
「…知っているのか?」
 
 シグルトの言葉に、ブレッゼンは少しむっとしたように言う。
 
「…儂は鍛冶屋だぞ。
 
 ダナは今でこそ信仰が薄れたとはいえ、かつては鍛冶の守護神として祀(まつ)られていた女神。
 それに鐡の精霊は儂らの友よ。
 彼らの息吹が聞こえぬ奴は、良い鍛冶師にはなれん」
 
 シグルトが目を閉じて頷く。
 
「ここは心地よいとダナが喜んでいる。
 
 ブレッゼンの子供たち(武具のこと)のことも讃えていたよ。
 どうやらもう眠ってしまったようだがな」
 
 シグルトがもう一度開いた瞳は元の青黒いものに戻っていた。
 
「…どうやらお前の中のダナは、力を随分失っている様子だな。
 
 その精霊の源流は主神級の力ある女神、ダヌだった。
 
 時代を経るごとに沢山の地方で祀られ、司る者が増え、多くの司るものを持ち、その性格ごとに神格として分離して祀られた。
 
 だが、聖北の到来でその信仰は駆逐された。
 その後に精霊としてその存在を世界に止めながら、あまりに力あるゆえに、自らの存在を維持する力が足りず眠ったという。
 
 ダナはそうして残ったわずかな数の、強大な力の化身、分霊の1つよ。
 
 儂の信仰する鍛冶の神もまた、聖北の到来で信仰が廃れていったが、その魂は武具に宿って生きておる。
 
 お前に宿る神格は、北方のハーフエルフの姫が大地より救いその身に宿した分霊のようだな。
 かつて、彼の姫君の弓を再生したことがある。
 【紺碧の宝弓】と呼ばれ、風を矢にして放つ宝の弓だ。
 その武勇伝は、心躍るものだったぞ。
 
 ダナの精霊術は堅牢なる守備の力。
 使いこなせれば不死身になれると聞いたことがある。
 
 その貴重な力の欠片。
 
 お前ならおろそかにはすまいが…」
 
 ふうとブレッゼンは白い息を吐いた。
 
「…心無き戦士が多くなった。
 強く正しい姿の戦士が少なくなった。
 
 その精霊は正しき戦士の守護者だった。
 
 この工房を訪れる輩の多くは、下らん虚栄心や見栄のために魔法の武具を求める。
 武具は振るわれるべきだが、それを飾り物にする愚物どもよ。
 
 主に使われ、主を守り、主を助ける…
 それが武具の悦びなのだ。
 だが、そんなことも分からん愚か者ばかりだった。
 
 …お前は違ったな、シグルト。
 
 【アロンダイト】に触れれば分かる。
 真の戦士は黙して鋼を振るう。
 
 武具を使い、武具に委ね、武具を愛すること。
 それでいいのだ。
 
 久しぶりに良い剣が打てた。
 礼を言うぞ…」
 
 最初あったころのブレッゼンは、どこか退廃的な隠者のような雰囲気があった。
 しかし今のブレッゼンはとても穏やかで優しい目をしていた。
 
「お前を見ていると、ある男を思い出す。
 かつて共に肩を並べ歩んだ戦友をだ。
 
 クハハっ、昔の奴は男を語るには可憐過ぎる容貌だったがな。
 
 あの頃は楽しかった。
 
 命を失いそうなこともあったが、儂が一番輝き、そして充実していた時だ。
 
 魔剣を打つ業(わざ)を得てから、下らん奴ばかりが儂の元にやってきたが、今思えばあ奴のような男もおった。
 
 思い出せたこの昂ぶり。
 また良い武具が鍛えられるだろう。
 
 お前のその鋼のような心と姿、変わらんでほしいものよ」
 
 そう言ってブレッゼンは立ち上がった。
 そして、手に持った何かをシグルトに突き出す。
 
「これは…」
 
 それは片手に持てる鎚だった。
 
「ミョルニール、【トールハンマー】か…」
 
 シグルトがそれを掴む。
 ズシリとした重さ。
 
「儂が冒険者だった頃愛用していた武器だ。
 
 お前たちにやろう。
 今の儂では使ってやれん。
 
 お前やあの司祭あたりならば使いこなせるだろう。
 
 大切にしてやってくれ」
 
 シグルトは黙ってブレッゼンを見つめ、頷いた。
 
「…好い夜だ。
 
 もう少し飲もう。
 行くぞ、シグルト」
 
 そう言ってすでに踵を返した銘工の背を、シグルトは微笑して見つめ、後を追った。

 
 
 久しぶりの更新は佐和多里さんの新作『鉱石集め』と『魔剣工房』です。
 根性で掘りましたよ鉱石。
 その数実に27個。
 凝り性です私。
 
 このリプレイでは私のシナリオ『風屋』のスキルも試運転で使っています。
 バグの無いやつオンリーですが。
 
 一応ブレッゼンとの交流は今回で一段落ですが、また彼には武具を作ってもらう予定です。
 次は【ミストルティン】です。
 渋い武具が好きです、私。
 
 資金と一緒に大量のアイテムが転がり込みました。
 ただ、“風を纏う者”の性格上【ソウルイーター】は貰わなかったことにして何か売った代金分のアイテムを買おうと思っています。
 
 今回の複雑な経路は以下の通り…
 
 
・『魔剣工房』(Djinnさん)
 【紅曜石】売却+500
 【黒曜石】+1000
 【バロの手】入手
 
・『風たちがもたらすもの』(拙作)
 【消毒の水薬】購入-200
 【水精の一雫】購入-1400
 
・『鉱石集め』(佐和多里さん)
 【つるはし】購入-300
 滞在費-400(四泊五日)
 
 このシナリオプレイ中【消毒の水薬】完全消費
 
 【鉄鉱石】28個
 【水晶】12個
 【黄色い原石】13個
 【赤い原石】11個
 【青い原石】10個
 
 【金鉱石】3個
 【紅曜石】5個
 【黒曜石】4個
 【緑曜石】4個
 【碧曜石】11個(鉱石はすべて最深部)
 
 【炎水晶】
 【星水晶】
 【森水晶】まで入手
 
・『魔剣工房』
 【金鉱石】2個売却
 【紅曜石】2個売却
 【黒曜石】2個売却
 【緑曜石】2個売却
 【碧曜石】2個売却
 
 合計+8000SP
 
 【早足の靴】入手(ラムーナ)
 【スワローナイフ】入手(レベッカ)
 【魔崑石】入手
 
 アロンダイト魔剣化依頼(【魔崑石】消費)
 
・『風たちがもたらすもの』
 【剣叫ぶ雷霆】-1400SP(シグルト)
 【鋼鐡の淑女】-3000SP(シグルト)
 …シグルトは自分でこの精霊を目覚めさせたとしその分の3000SPは滞在費などに消えたことになりました。
 
 【戦士の勲】-1400SP(ラムーナ)
 【交霊の異能】-3000SP(レナータ)まで購入
 (ここで『風屋』販売表示バグ発覚。1400SPではありません。単に値札が間違ってるだけのバグなので、Ver0.99J以降で修正します)
 
・『古城の老兵』(SIGさん)
 【ロングソード】(シグルト)
 …しばらくアロンダイトが使えないことを考慮して手に入れた予備の剣。
 
・『魔剣工房』
 デッドマンズ・マウス編
 
 【碧曜石】
 【金鉱石】
 【風精王召喚】
 【活力の霊薬】まで入手
 
・『希望の都フォーチュン=ベル』(Djinnさん)
 館の魔物退治
 
 報酬+700SP
 
 
・『魔剣工房』
 最終イベント
 【トールハンマー】入手

 【金鉱石】2個売却
 【紅曜石】2個売却
 【黒曜石2】個売却
 【緑曜石】2個売却
 【碧曜石】2個売却
 
 合計+8000SP
 
 【ソウルイーター】(お金にする予定)
 【魔崑石】
 【バロの指輪】
 
 【カドゥケウス】購入(-2000SP)
 【真なる銀の鎧】購入(-1500SP)

◇現在の所持金 6001SP◇(チ~ン♪) 
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CWPC6:レナータ

 “風を纏う者”と“風を駆る者たち”の別れは、アレトゥーザから少し離れた街道の分かれ道で訪れた。
 
 南下してフォルトゥーナに行くという“風を駆る者たち”に、シグルトはこれが長い別れになるだろうことを予感していた。
 
「ニコロ、君たちには世話になったな。
 
 また逢おう。
 …約束だ」
 
 そっと差し出されたシグルトの手を、ニコロがしっかり掴む。
 
「さよならは言いません。
 
 また何れ逢いましょうっ!」
 
 そう言うとニコロは一度目を閉じ、そしてシグルトの青黒い目をしっかり見つめた。
 
「…レナータさんをよろしくお願いします」
 
 ニコロにとって、レナータは憧れに近い感情を抱いていた女性である。
 彼女との別れもつらいが、違う道を歩むことを、ニコロは心に決めていた。
 
 レナータはシグルトたちとリューンに向かうことになっている。
 そして、シグルトたちはレナータを6人目のメンバーとして誘ったのである。
 
 レナータはリューンに向かうまで答えを考えてみるらしいが、ニコロにはレナータがシグルトたちの誘いを受けるだろう、となんとなく分かってしまった。
 
 シグルトたちの仲間は魅力的で、そのスタイルは家族のようである。
 レナータが家族というものに憧憬を抱いていることを、ニコロは精霊術を習う最中、聞き及んでいたからだ。
 
(シグルトさんなら大丈夫だ…)
 
 見つめる先でニコロにしっかり頷き返す男は、死の淵から蘇ってレナータを救おうとしたのだ。
 その仲間や親しいものへの責任感は、ニコロがシグルトに抱く好感の最もたる要因である。
 
 別れを惜しむ2人の横で、それぞれのメンバーたちも別れを惜しむ。
 
「ユーグ、たぶん長い別れになるわね。
 
 ま、戻ったらリューンのうちの宿に顔出しなさいよね。
 面白い話をしたら、高級酒の一本ぐらい奢ってあげるから」
 
 レベッカの言葉に、ユーグがにやりと笑う。
 
「お前みたいな怠け者は鈍りやすいんだぜ。
 
 贅肉がつかないように食いすぎには気をつけろよ」
 
 しかしレベッカはこの挑発に乗らず、軽く肩をすくめ、ガリーナに目線を向けた。
 
「…コイツの面倒見るのは大変そうだけど、ガリーナさんも頑張ってね」
 
 そういったレベッカに、ガリーナが頷く。
 
「まったくよ。
 
 もう少しいろんなことで洗練した奴になるよう、教育しておくわ」
 
 レベッカと同じように肩をすくめるガリーナに、ユーグが、そりゃひでぇ、と情けない顔をする。
 
「帰ってきたら、またお話しようよ。
 
 それまでに僕も、もっと勉強しておくから」
 
 ロマンがその横で言うと、ガリーナは黙って少年の手を取って握手し、頷いた。
 
「…私は東にある聖地に行ってみようかと思います。
 
 スピッキオ殿、お名残惜しいですが…」
 
 レイモンが頭を下げると、スピッキオは黙って首にかけていた小さな銀のクロスを外し、手渡した。
 そのクロスにはトルコ石の飾りがある美しいものだった。
 
「このクロスは…?」
 
 スピッキオは聖地なある方角を遠い目で見つめると、ふっと微笑む。
 
「かつてわしも彼の地に巡礼し、そして帰って来たのじゃ。

 それは私が司祭となって旅立つとき、形見として友がくれたもの。
 ともに信仰の道を求める者として、レイモン殿に差し上げよう。
 
 わしはこの聖印に誓ったことを既に果たしたのでな。
 
 貴殿の求める道が得られるよう、祈っておりますぞ…」
 
 トルコ石。
 渡した相手に幸運を贈るとも信じられている宝石である。
 
 レイモンは頷いてそれを首にかけた。
 オーベがそれを頷きながら見つめている。
 
 そして手を取り合って別れを惜しむラムーナとエイリィ。
 
「エイリィちゃん、私たち離れてもお友達だよ」
 
 ラムーナの言葉に頷くエイリィ。
 
 分かれて先に旅立つ“風を駆る者たち”。
 名残惜しそうにレナータが、彼らの姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
 
 2つの大きな風はこうして別れを惜しみ、違う道へと吹いて行くのだった。 
 
 
 別れの後、“風を纏う者”とレナータはフォーチュン=ベルを経由してリューンにたどり着いた。
 
 宿の親父は、一行の帰還を喜んだ。
 
 レナータは、シグルトたちの誘いを受けて、冒険者をすることになった。
 今の彼女は手持ちの財産がほとんどない。
 それに、冒険者ならばまたアレトゥーザを訪れることも出来る。
 彼女1人で行動するよりも安全だろう。
 
 それに、今回の一件でレナータはシグルトの持つ危うさが気になっていた。
 自分のために死の淵から蘇った男。
 この男の行く末を見届けることも自分がすべきことなのだと、レナータは決心した。
 
 宿の親父は、“風を纏う者”の新しい仲間を暖かく歓迎してくれた。
 親父の話では、精霊術師は数が少なく、特に水の精霊術の専門家であるレナータのような技術を持つ者が、宿にはほとんどいないというのだ。
 
 そしてレナータがやってきたことを知り、かつて彼女に精霊術を学んだという者たちが尋ねてきた。
 レナータは新しい自分の居場所が出来たことに、暖かな気持ちになるのだった。
 
 
 レナータが宿に来て数日。
 
 彼女にとっては冒険者としての心得を学んだり、レベッカと生活のための備品をそろえたり、リューンを散策して精霊宮を訪ねたりと、忙しい毎日だった。
 
 “風を纏う者”の者たちはレナータをとても大切にしてくれた。
 
 レベッカはここ数日、つきっきりで世話を焼いてくれた。
 同性のレベッカは、気兼ねなくいろいろなことを尋ねることができたし、女性特有のさまざまな悩みにどう対処すべきかも、こと細かく教えてくれた。
 
 ロマンは、理知的なレナータに精霊の性質や、精霊術の話をよく質問した。
 かわりに、歴史や言語のことでレナータが相談すると、ロマンはとても頼りになる先生だった。
 ロマン曰く、“風を纏う者”は冒険者たちの中でも知性派らしい。
 
 シグルトは武芸の知識が豊富で、そのほかにも伝承に詳しい。
 レベッカは俗っぽい知識や雑学に優れ、料理が上手。
 ラムーナは踊りや音楽、東方の文化をよく覚えている。
 スピッキオは神学に詳しく、その方面の歴史に明るい。
 そしてロマンは魔術に詳しく、博学である。
 
「レナータは精霊のことに詳しいでしょ?
 
 僕らは酔狂で仲間を選んだりしないよ。
 実力も専門知識もあって、性格的に問題が無いから仲間に誘ったんだ。
 
 僕らは組んで1年近いけど、今はちゃんとしたプロ意識がある。
 
 そうじゃなきゃ、冒険者で名を売ってやって行くことはできないよ」
 
 レナータが正式に仲間になった夜。
 “風を纏う者”主催で歓迎会が開かれた。
 
 “風を纏う者”のメンバーは、仲間になるからと、レナータを皆呼び捨てで呼ぶことになった。
 レナータはまだ慣れず、ついいつもの丁寧な口調で敬語をつけてしまうのだが、“風を纏う者”の仲間たちは、認めた仲間に対してはかなり踏み込んだ付き合いをする様子だった。
 
 レベッカが女性冒険者としての教育。
 ロマンがまだ不自由な西方の様々な言葉や基礎知識を教えてくれる。
 
 そして、レナータを一度仲間として認めた“風を纏う者”のメンバーは、遠慮の無い行動で応えた。
 
 本来毒舌な傾向があるロマンは一番厳しかったが、教えてくれる知識は分かりやすく、特別扱いしない態度がレナータには嬉しかった。
 
 レベッカは少しレナータに甘かった。
 優しいのとは少し違う。
 
 ラムーナに言わせると、
 
「話の分かる女の子同士だから浮かれてるんだよ」
 
 とのことだ。
 
 確かにレベッカは親切だったが、それ以上に困惑するほど食事や買物に連れまわされた。
 
 生まれてこの方贅沢とは無縁だったレナータにとって、食堂で美味しいものを食べたり、綺麗な衣装を見て歩くのは衝撃的だった。
 
 だが、レベッカは優れた教師でもあった。
 
 買物をする中で、上手な値引き交渉の仕方や、良い商人と悪い商人の見分け方を丁寧に教えてくれた。
 
「冒険者っていうのは狡猾さも必要よ。
 
 誠実さ…人間として貴女が護るべきプライドは大切にすればいいわ。
 
 でも、仲間を助けるためや生活するために、騙されないことや商売敵を出し抜く狡さは持ってないと損をするの。
 
 レナータ、貴女は遠慮しすぎるところがあるわ。
 仲間として適度な謙虚さは大切だと思うけど、卑屈さやあきらめは仲間の迷惑にもなるのよ。
 やる時は遠慮なく。
 意見を出す時もはっきりと。
 
 仲間の義務って、そういう気兼ねの無さにもあるんだから…」
 
 自発的に仲間のために行動することが大切だと、レベッカは言う。

「あと貴女は美人だから、自分の女という部分を護るのに遠慮しちゃだめよ。
 
 ゴロツキや酔っ払いに絡まれたら、ちょっとぶちのめすぐらいは自分でしなきゃなめられちゃう。
 
 本番の戦闘ではシグルトやラムーナをどんどん頼っていいけど、最低限は自分を守る力を備えておいてね。
 
 貴女は私たちの仲間であり、家族なんだから、貴女が傷つくのは私たちの損失なの。
 それを理解したうえで、自身を大切に護らなきゃいけないわ」
 
 短い間にレナータはレベッカを姉のように慕っていた。
 正直、限定的な部分ではシグルトより心を許している。
 
 ラムーナはレナータの側にいることが多くなった。
 彼女に言わせると、彼女の死んだ姉にレナータは雰囲気が似ているのだそうだ。
 
 ラムーナが冒険者になるまでの経緯を話してもらった時、レナータは衝撃を受けて涙を流した。
 ラムーナのような愛らしい娘が、砂を噛むような少女時代を送ったこと。
 それは、レナータにとっても自分に重ねて感じさせられることがたくさんあった。
 
 自分のために泣いてくれたレナータを、ラムーナは大切にしてくれた。
 それはレナータの心を暖かくしてくれた。
 
 スピッキオは、最初聖職者として近寄りがたい部分があった。
 増してスピッキオはレナータを迫害した聖海の徒である。
 
 しかし、レナータの警戒はここ数日で綺麗になくなっていた。
 
 スピッキオは己の倫理を語ることはあるが、強制はしない。
 
「わしの説く話から、聞いたものが己で倫理や信仰を抱くこと。
 
 これが聖海の《大海の寛大さ》というものじゃ。
 こう言うと高慢に聞こえるかの?
 
 わしが強制したとして、それは《信仰》ではないのじゃよ。
 自身で信じ仰ぐのが信仰じゃ。
 
 保守派の連中は、そんな単純なことが理解できぬ。
 
 わしは歴史を説くが、それが真実かどうかなどは、正直どうでもよいのじゃ。
 説かれた話が、その人の心と生を救うために信じられること。
 
 それが神の教えというものなのじゃ」
 
 スピッキオは人としての倫理を説くが、信仰については説教したとしても強制はしなかった。
 
 レナータにとって、アレトゥーザのマルコ司祭と同様、スピッキオは信頼できる聖職者となった。
 それに、精霊術を使うとはいえ、レナータは聖北や聖海の神に対しても畏敬は抱いていた。
 
 レナータにとって、スピッキオは《精霊術と聖海の信仰は同居できる》と信じさせてくれる存在になった。
 
 
 ここ数日、レナータはシグルトとはそれほど行動をともにしていなかった。
 
 シグルトがレナータを蔑ろにしたのではない。
 彼なりに時間を作り、レナータに護身の体術を教えてくれたり、リューンを案内してくれたりした。
 
 しかし、シグルトは人気者で多忙だった。
 
 宿にいる時のほとんどは後輩冒険者の指導をしている。
 
 シグルトの話だと、シアという引き取って冒険者の道に入れた娘や、シグルトたちが宿に誘った後輩冒険者もいるらしい。
 
 後輩を指導しているシグルトの行動は、彼の面倒見の好い性格を如実に表していた。
 だが、シグルトの《仲間》という《特別》になれたことが、レナータには少し誇らしく感じられた。
 
 そして、レナータはだいぶリューンの生活に慣れはじめていた。
 
 
 ある時、レナータが精霊術の指導を請われ宿で生徒に術を教えていると、これ見よがしにレナータの陰口を言う2人の女性冒険者がいた。
 
「あんな小便女(水の精霊術師への揶揄)のどこが気に入ったのかしらね」
 
 そう言ったのはゼナという火の精霊術師だった。
 精霊宮で会ったことがあるが、こちらの会釈を無視した女性だ。
 
 くすんだ赤っぽい茶色の髪に切れ長の目。
 火の精霊は好戦的な術者を好む。
 そして、火の精霊術師と水の精霊術師は基本的にエルフとドワーフほど仲が悪い。
 
「さあ、顔は良いみたいだけど。
 
 あの暑苦しい外套とかセンスがありませんわ」
 
 神官風のブロンドの女性だ。
 レシールという聖北教会の元神官である。
 
 さすがにむっとするが、むきになって相手をするのも馬鹿馬鹿しい。
 
 そんなレナータの表情をみて、生徒のアルダという女精霊術師がそっと言った。
 
「レナータさんに嫉妬してるんだよ、あいつら。
 
 前に“風を纏う者”に仲間にしてくれるように売り込んだら、レベッカさんとロマン君に追い払われた連中なの。
 高飛車で性格悪いんだよ~
 
 それに2人ともシグルトさんにお熱なんだ。
 
 シグルトさん、格好良いからもてるんだけど…レナータさんみたいに親しくする女の人って、ラムーナさんやレベッカさんぐらいだから、面白くないみたい」
 
 アルダの言った話はレナータも聞かされていたことだ。
 レベッカが確か同じようなことをぼやいていた。
 
 レナータはもともとあまり人に接触しない生活をしていた。
 せいぜい水の精霊術に興味を持った冒険者や精霊術師に、術を教えるぐらいで他での付き合いは限られていたのだ。
 だが、実際に冒険者の宿という場所に住んでみると、人間の付き合いが好い意味でも悪い意味でも大きくなったように思う。
 
 自分を慕ってくれるアルダのような知人や冒険者たち。
 反対にゼナたちのように嫉妬やライバル意識を燃やして嫌味をいう者。
 
 レナータは正直こういう人付き合いはまだ苦手だった。
 
 ふうっ、とため息をついたレナータに、アルダも苦笑する。
 
 すると、ゼナが立ち上がってこっちに向かってきた。
 
「ねえ、そこの後輩…
 
 その水っぽい奴より私の方が先輩なのよ?
 馬鹿犬みたいに、尻尾振ってさ。
 
 あんたは将来男にもそんなに尻軽になるのかい?」
 
 レナータたちが何も言わないと分かると、調子に乗って暴言を吐く。
 見れば少し酒が入っている様子だ。
 
「…いやだなぁ、先輩。
 
 私だってお尻を振る相手ぐらい選びますよ。
 少なくとも昼間からお酒を飲んで絡むような頼りない人にはしませんから」
 
 ゼナの暴言に痛烈な皮肉で返すアルダ。
 
「…何だってっ!」
 
 真っ赤になって怒るゼナは、釣り目がちな目をさらに鋭くして向かってくる。
 
「別に先輩のことじゃありませんよ~
 
 でも、怒るってことは自覚あるんですね」
 
 アルダが挑戦的な目でゼナを睨む。
 
 ゼナが肩の力を抜いた。
 
「…よく言ったわ、後輩。
 
 その薄汚い尻を焦がしてやるから外に出なさい」
 
 ゼナの使役する火蜥蜴(サラマンダー)がちろちろと燃える舌を出しながら現れる。
 さすがにアルダも言い過ぎたと思ったのだろう、ごくりと唾を飲み込んだ。
 
「…大人気ないですよ、ゼナさん。
 
 それに、正気ですか?
 頭にきたからって火の精霊を街中で召喚するなんて…
 
 そんな無茶をすれば精霊宮の出入りだって禁止になります」
 
 レナータは本来こういうことの仲裁に入ったりはしなかった。
 かつて魔女と呼ばれていた自分では状況を悪くする一方だったからだ。
 
 だか、このリューンではレナータはごく普通の精霊術師の1人である。
 それに、同じ精霊術師の暴走を止めるのも、自身の属する《精霊術師たち》という見えないグループの1人として必要だと感じていた。
 シグルトたちの中に入って、1人の暴走がひとつの社会にとってどれだけ迷惑になるか、ということを考えさせられるようになったからだ。
 
「…っちぃ。
 
 あんた、町の外であったら覚えておきなよ」
 
 そう言って踵を返すゼナに、レナータは優雅に礼で返した。
 
 レナータは見かけによらず大胆だとレベッカが評していた。
 迫害に挫けずアレトゥーザで、たった1人で生きてきたレナータである。
 
 いざ行動を思いつけば迅速だった。
 
「…お見事だったわ、レナータ」
 
 すっと扉を開けて現れたレベッカに、ゼナたちがぎょっとしている。
 
「私たちがレナータを仲間に入れたのって、その豪胆さと聡明さからってのもあるのよねぇ。
 
 今の行動を見れば、人選ミスはなかったわ。
 ま、私たちが選んだ仲間にこれ以上何かちょっかいかけてたら、私も容赦はしなかったけど?」
 
 レベッカの冷たい微笑みに、ゼナたちがブルリと震えた。
 
「あ、あはは。
 
 嫌ねぇ、冗談よ。
 私たちだって、“風の繰り手”レベッカに喧嘩を売るようなことはしないわよ」
 
 “風を纏う者”を陰で動かし、地獄耳で抜け目の無いと言われているレベッカは、中堅冒険者たちの中でも特別恐れられていた。
 レベッカの時には冷酷非情な行動は、静かな畏怖として語られているのである。
 
 そそくさと逃げていく2人組みに、あきれたようにレベッカは息を吐いた。
 
 普段はだらしなく怠け者で遊ぶのが好きなレベッカだが、行動に無駄が無く抜け目も無い。
 
「お、アルダちゃん勤勉、勤勉。
 
 今の頑張りはよかったわ。
 今晩、一緒に飲みにいかない?
 
 奢るわよ」
 
 レベッカはものすごい酒豪である。
 話によると、毒や酒精(アルコール)を抜く訓練をしているそうだ。
 
 そして、実はレナータもお酒には強かった。
 
 普段はお金がかかるので飲まないのだが、水の精霊の浄化能力を持つレナータはレベッカと差しで飲めるほどだ。
 酒精の分解が早いのである。
 それにお酒は決して嫌いではない。
 
 近くで奢ってもらえることに喜んでいるアルダが、おそらく真っ先に酔いつぶれることを予測しつつ、レナータは軽くため息をついた。
 
 
 次の日の朝、二日酔いで呻いているアルダを水の精霊を使って癒し(この能力は宿で重宝がられていた)、レナータはなんとなく宿の外を散歩していた。
 
 朝のリューンはまだ賑やかではないが、足早に歩く職人や商人たちの足音が早く、小気味よく聞こえてくる。
 賑やか過ぎるのは嫌いだが、これから仕事に精を出そうと歩く人々の息吹は、レナータには眩しく感じられた。
 
「…おはよう、レナータ」
 
 ぼんやり人の歩を見ていたレナータは、深くよく通る声に振り向いた。
 
 シグルトである。
 見れば大きな荷物を抱えていた。
 
「おはようございます。
 
 どうなさったんですか、その荷物?」
 
 シグルトは、ああこれか、と中身を1つ取り出して見せた。
 
「…玩具?」
 
 それは木で出来た粗末な玩具だった。
 かなり使い古されている。
 
「前に、とある老婦人の家に物を届けたことがあってな。
 
 その孫が昔使っていたというものだ。
 いらないというからもらってきた」
 
 レナータにはどうしてもシグルトと玩具の関係が浮かばず、ついぽかんとしてしまう。
 
「…一緒に来るか?」
 
 少し秘密めいた笑みを浮かべ、シグルトが誘った。
 どうやら論より証拠ということらしい。
 
 頷いてレナータがシグルトについていく。
 
 シグルトは荷物の量を苦にもせず歩いていくが、レナータの歩幅に合わせてくれていた。
 彼は口より行動するタイプの人間だ。
 
 そして数分。
 シグルトがやってきたのはこじんまりとした教会であった。
 その正門の隣の小さな入り口に入っていく。
 
 そこには『聖サミュエル孤児院』と書かれている。
 
「ああ~っ!
 
 シグ兄ちゃんだ~」
 
 庭で遊んでいた1人の子供が声を上げると、子供たちが駆け寄ってくる。
 
「…皆、好い子にしていたか?」
 
 レナータはふわりと微笑んだシグルトの横顔に、思わず見とれてしまった。
 戦う厳しさ、いつもの苦笑…
 その時に感じる厳しさや悲壮感の無い、素直な笑み。
 
 荷物を降ろし、一人一人の頭を優しく撫でるシグルトは、いつもの勇敢で厳しい彼のイメージとは違って見えた。
 
「あらあら、シグルトさん。
 
 また来てくださったのですねぇ」
 
 現れたのは、ふくよかな中年に差し掛かる僧服の女性である。
 
「シスター、御無沙汰しています。
 
 良い物が手に入ったので」
 
 そう言って、シグルトは一つ一つ袋から玩具や人形を取り出し、子供たちに配っていく。
 
「…あら、貴女は?」
 
 シスターがレナータに気付き、声をかける。
 
「はじめまして。
 
 私はレナータ アスコーリと申します。
 シグルトさんの、その仕事仲間で…」
 
 シスターは大きく頷く。
 
「あらあら。
 
 それじゃ、とっておきのハーブティーを御馳走しますわ。
 奥にいらして」
 
 手を引かれて、レナータが困ったようにシグルトを見ると、シグルトは大きく頷いて微笑んだ。
 
 
 奥でハーブティーを御馳走になりながら、レナータはシスターと向かい合っていた。
 
「…その御様子では、ここにシグルトさんがいらっしゃるのは初めて知ったのでしょう?」
 
 レナータが頷くと、シスターは優しげな笑みを浮かべて、窓の外を見た。
 
「前にここは暴力的な手段で地上げされそうになったことがあったのです。
 
 私は銀貨三百枚で冒険者の宿に依頼をしましたの。
 ここを護ってほしいと。
 
 でもそんなわずかなお金で依頼を受けてくださる方はいなかった。
 そんな時、ここを通りかかったシグルトさんが助けてくださったの。
 
 もう1人のお仲間のレベッカさんという方が交渉してくださって、ここには手を出さないと嫌がらせをしていた商人に約束させて、時々様子を見に来て…
 
 そして、子供たちと遊んでくださるの」
 
 レナータはシグルトらしい、と思った。
 彼は硬派で厳しい、孤高の印象を他人に与える。
 しかし、見た目よりかなり情に厚い人物である。
 
 彼の信条は弱者を見捨てないこと。
 
 レナータという友のために、その命を賭すことを躊躇うことはなかった。
 
 リューンに向かう道中、何気ないことからシグルトの無茶をレナータが咎めたとき、彼はこう言った。
 
〝俺に出来ることなんて、ほんの少しのことでしかない。
 
 でも、それでも手が届きそうな場所に、理不尽に嘆く人がいるなら…
 俺はおそらく救いたいと思う。
 
 これはかつて友を救えなかった俺の独我(エゴ)だ。
 
 でも、俺がしたいと思う本心なんだ〟
 
 その言葉を聞いた時、レナータはシグルトの側で彼を助けたいと思った。
 そして冒険者になることを心に誓ったのである。
 
「レナータさんはシグルトさんを愛していらっしゃるの?」
 
 ふと聞いたシスターの言葉にレナータは少し考え込んだ。
 
 そして、静かに頷く。
 
「…私は彼を男性として愛しているのかは分かりません。
 
 でも、彼の側で彼のために尽くしたい…それは今の私の本心です。
 それが愛というなら、私は間違いなく彼を愛しています。
 
 シグルトさんは私を友であり、仲間だと呼んで下さいます。
 そして私のために命をかけて戦ってくれました。
 
 私もたぶん、今はシグルトさんと同じ気持ちなのだと思うんです。
 
 私が彼の側にいると、男性と女性の関係として受け取る方は多いです。
 でも、今の私たちは家族であり友人であるような気がするのです。
 
 これからどうなっていくのかは私も分かりません。
 
 彼が男性として魅力的なことも分かります。
 けれど、今はただ側で一緒に生きてみたい、そんな気がするんです」
 
 レナータは正直に今の気持ちを口にした。
 
「ふふ、レベッカさんと同じことをおっしゃるのね。
 
 でも、貴女がもし女性として彼を愛するようになったのなら、辛い試練が待っているでしょう」
 
 少し言いよどむように眉をひそめるシスター。
 
「…前に聞いたことがあります。
 
 シグルトさんは故郷で愛し合った女性がいたと。
 レベッカさんもそのことを私に言いました。
 
 それに、彼に思いを寄せる女性は多いけれど、シグルトさんは故意に恋愛を避けているって。
 
 でも、私はそれもシグルトさんだと思います。
 私はそんな一途なシグルトさんを尊敬しています。
 
 そして、彼と仲間になって下さった皆さんと…生きたいんです」
 
 レナータの言葉にシスターは目を丸くする。
 そして優しげな笑みを浮かべる。
 
「…レナータさん、それが本当の愛であり、慈しむということです。
 見返りを求めない純粋な好意と献身。
 
 余計なことを言ってしまいましたわね」
 
 レナータは軽く首を横に振った。
 
「今、自分の言葉にして私も確信できましたから。
 
 来て、よかったです」
 
 そう言ってレナータは、窓の外で子供たちと戯れるシグルトを眩しそうに見つめた。
 
 
 孤児院からの帰り道。
 シグルトとレナータは並んで歩いていた。
 
 爽やかな微笑を浮かべるレナータ。
 子供と遊んだ疲労で汗に濡れながら、どこか安堵したようなシグルト。
 
 端整な顔立ちの2人が並んで歩いていると、とても絵になった。
 すれ違う人々が興味深げな顔で振り返ることもあった。
 
「半日つき合わせてしまったな。
 
 疲れなかったか?」
 
 シグルトが汗を拭いながらレナータに聞く。
 
「いいえ、ちっとも。
 
 子供って可愛いですね…」
 
 レナータが微笑み返すと、シグルトは、ああ…と頷いた。
 
「…シグルトさんはどうして子供のために、一生懸命になるんですか?
 
 聞きました。
 シアという女の子の身元を引き受けているって。
 
 シグルトさんが子供を好きなのは今日分かりましたけど、そこまでしたいと思うのは…何故ですか?」
 
 レナータの突然の問いに、シグルトは少し黙った。
 
 そして空を見上げると、流れる雲を見つめながら呟くように口にした。
 
「よくはわからん。
 
 だが、子供たちには何というか、笑っていて欲しいんだ。
 孤独は子供を荒ませる。
 餓鬼の頃、俺はただ母と妹を護ることにこだわって、親しい者を作らず力んでささくれていた。
 
 だけど、初めて友ができて、一緒に遊んだり一緒にいることの暖かさを憶えた。
 その時に思ったんだ。
 
 子供のうちは笑えるだけ笑って、大人になれたら子供を笑わせられる大人になりたい、と。
 
 俺が何かしたからって、子供が常に笑ってくれるかはわからない。
 でも、できることを何かしたいと思ってる…」
 
 そう言って、わけわからないこと言っているな、と苦笑するシグルト。
 レナータはその碧い瞳に幸せそうな光を湛えてじっとシグルトを見つめ、華が咲くように微笑んだ。
 
 そしてそっとシグルトの手を取る。
 
「遅くなってしまいましたね。
 
 早く帰らないと、夕食に間に合いません。
 急ぎましょう…《シグルト》」
 
 レナータに手を引かれ、一瞬ぽかんとしたシグルト。
 しかしすぐに笑顔でレナータの手をしっかり握り返す。
 
「そうだな。
 
 うちの宿の冒険者は、大喰らいばかりだった…」
 
 シグルトの鍛えられた武骨な手を握り締め、レナータは想う。
 
(私はこんな彼が好き。
 
 私と歩んでくれる皆が好き。
 
 だから、一緒に生きたいっ!)
 
 そして…
 夕日に照らされて寄り添う2つの影は、足早に『小さき希望亭』を目指すのだった。

 
 
 久々にリプレイ更新です。
 
 連れ込んだレナータをPCにするために、実は5人で始めました。
 これからレナータは少しずつ孤独から共に仲間と歩むスタイルに変わっていきます。
 
 Martさんの考えるレナータのイメージとずれてないとよいのですが。
 
 私がレナータに持つイメージは、水のような泰然さです。
 生き方も歩み方も、水のように深く自然であるような気がしたのです。
 
 シグルトとレナータがくっつきそう、という予想だった方は多かったみたいですが、赤くなって照れて嫉妬乱舞して、というイメージが、私にはどうしてもピンと来なかったのです。
 
 そこで、今回みたいな爽やか路線にしました。
 
 重ねて言いますが、シグルトとレナータはまだ恋愛関係ではありません。
 2人の間にあるのは親しみと信頼であり、恋とは微妙に違うのです。
 ストレートなシグルトと、泰然としたレナータのイメージで、信頼しあって手を携えるような…
 
 私、手を繋いで真っ赤になる初心な描写も、性描写のあるエロティックな描写も、いろんな恋愛描写を興味深く感じていますが、この2人の関係はまず第一に《友愛》のイメージで描きたかったのです。
 
 レベッカもシグルトに対して《家族愛》を抱いていますから、どんな風にこの先なるのか、私にも見当がつきません。
 
 シグルトが女性に人気があるのは、誠実で強いからです。
 この時代、女性を護れる甲斐性って大切だったと思いますし、そこに容貌がよくて将来有望で、性格が信頼できるとくれば、人間的に魅力を感じる者は結構いるんではないかと思うのです。
 異性なら《恋愛》に繋げる考えもあるでしょうし。
 
 実はシグルトが女性に人気があるというある意味俗っぽい描写、したくありませんでした。
 でも、まったく女性にもてないというのは、容貌と性格からしてありえんなぁ、と考えて仕方なく…
 こういう描写、書いてると背筋が痒くなるのですよ。
 
 次は“風を纏う者”の強化作戦です。
 5レベルに向けて頑張りますね~
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