Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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CW:Y2つ流札講座 その伍

 第五回札講座です。
 
 今回は、アイテムカードについて解説致します。
 
 
 残念なことに、アイテムカードは、カードワースのシステムの上で、一部の方からは忌避される傾向にあります。
 特に、無限使用できる回復アイテムなどはその最もたるところでしょうか。
 
 確かに、アイテムカードは、スキル並に強くて毎回使えるものなどは、思い切りバランスを崩しますから、バランスが極端なものは嫌われて当然なのかもしれません。
 
 加えて、アイテムカードはカードの循環を大きく阻害する可能性があります。
 手札の循環から、スキルを使うことが楽しいカードワースの戦略において、それもマイナスポイントと言えるでしょう。
 
 
 しかし、アイテムカードは、上手に用いればスキルカード以上に面白い仕掛けを作れるもので、戦略の上で知っていれば便利な部分もたくさんあります。
 
 バランスに留意しながら、それらを紹介します。
 
 
 アイテムカード、基本的には使用回数があることが前提です。
 
 Ver1.28エンジンからは、「リサイクル」というシステムが加わったおかげで、面白いものがたくさん表現できるようになっています。
 使用回数が白い場合、そのアイテムカードは使い切ると消滅してしまいます。
 使用回数が黄色い場合は、使い切るとカードが使えなくなりますが、なくなることはありません。
 
 一般的に薬タイプのアイテムが、使用回数のあるものの代表です。
 リューンなどで販売しているアイテムは、眼が飛び出るほど高いので、買う人は少ないようですが、アイテムカードには、「即座に使用できる」という特権があり、持っていれば必ず手札になるのです。
 
 スキルによる回復は、常にカードの循環を視野に入れた戦略を立てねばなりません。
 まして、戦闘開始直後などは、望んだスキルカードやアイテムカードが手札にあるとは限らないのです。
 
 【火晶石】などの攻撃系アイテムカードは、戦闘開始から確実に速攻をかけられますし、【傷薬】は即座に治療に使えます。
 これは大きな優位なのです。
 
 さらに、アイテムカードは、所持を変更しても回数等が変化しません。
 スキルカードは一度はずすと、再び装備しても回復するまで使用できませんが、アイテムカードは、荷物袋から出して手札に入れた直後から使えるわけです。
 
 一言で言うなら、アイテムカードは「堅実」です。
 
 適性のあるものもありますが、固定効果のものは適性に関係なく使えるものが多いです。
 
 
 さらにアイテムの特徴を挙げるなら、「所持効果」があることです。
 これは、抵抗力、回避力、防御力の三種類で、持っているとペナルティとボーナスがあります。
 +1で10%ぐらいの効果を得られます。
 回避力の低下などは、-10%でも大きかったりします。
 
 この所持効果、手札としてあれば必ず効力を発揮します。
 これにより、使わなくても手札に入れておくとよいアイテムがあります。
 使用しなければずっとボーナスをえられますから、使用回数があっても、わざと使わないでいるとお得なアイテムなどもあります。
 ペナルティとボーナスが極端なアイテムの中に、ASKのシナリオに登場する【カナンの鎧】があります。
 回避が-5で、防御力と抵抗力が各+5というものです。
 ペナルティが大きいなら使わないほうがいいのでしょうが、状況で装備しなおせば、大きな戦力アップに繋がるでしょう。
 魔法ばかり使ってくる敵が相手なら、多少回避力が下がっても抵抗力を向上させるアイテムを身につけていたほうが安全ですし、一撃必殺の攻撃をしてくる敵には、防御力が落ちても、回避力を高めたほうが優位な場合もありますから。
 
 アイテムには「使用効果」もあり、スキルと同じように選択したラウンドの間効果を発揮するものもあります。
 盾みたいなアイテムがこれにあたります。
 
 
 次に、アイテムカードの一番の特徴である、「手札の停滞」についてお話します。
 
 この効果、嫌う方もたくさんいますが、実は使い方次第で、大きな優位を得ることができます。
 
 アイテムカードは、使用してそのアイテムカードが消滅しない限り、手札の循環は、外部的なもの(要するに敵や仲間の使ったカードで手札のすべてが排除されて配りなおされる場合)を理由としないなら、確実に停滞します。
 循環、すなわちカードの交換が起こらなくなるんですね。
 
 スキル一辺倒なキャラクターなら、これはペナルティでしかないでしょう。
 しかし、敵に集中的に【フェイント】を受けて、次の手札がすべて【混乱】カードであっても、この停滞を利用すれば、【混乱】カードが手札に来ることを妨げることができるのです。
 もちろん、【混乱】カードは手札を交換した瞬間に配られるので、問題を先延ばしにしただけのようにも取れますが、【混乱】カードをえらんだ無防備な状態より、はるかに安全とも言えます。
 
 さらにダメージを与える武器のようなアイテムカードを用い、手札を停滞させたまま、戦闘を終わらせれば、混乱せずに戦闘を終わらせることも可能なのです。
 
 この癖を使えば、コボルトにフェイントの集中砲火をうけても、現状を維持したり、ここぞと言うときまで、確実に現状の手札を維持したりできるのです。
 
 覚えておいて損はないでしょう。
 
 
 アイテムカードには、スキル配布系と呼ばれるものもあります。
 最も代表的なものは【賢者の杖】で、多くのシナリオはこのアイテムによる手札の循環を見越したつくりになっています。
 
 スキルカードを確実にて札に持ってくるこのアイテム、魔法使いや僧侶のようなタイプには必須アイテムで、特に回復役がこのカードを持っていないと、回復スキルが手元に来る前に全滅、ということもありえます。
 魔法使いも、何もできずに手札を交換してて終わることがしばしばあります。
 
 理想としては、魔法使いと回復役(僧侶など)に一つずつ装備させておくと、大きな戦力アップになります。
 
 お勧めは、Djinnさんの『希望の都フォーチュン=ベル』にある、【ジュムデー秘本】。ちょっと高いですが。
 もう一個はASKのシナリオ『ゴブリンの洞窟』で手に入る【賢者の杖】でいいでしょう。
 
 これらのスキル配布系アイテムは、当然のことですがアイテムの停滞効果とは対極の効果になります。
 
 
 アイテムカードには、「ペナルティ」という効果があります。
 これは自動選択で最初に選んだ場合、そのキャラクターの行動選択時でも選びなおせないというものです。
 【混乱】が代表ですが、シナリオによっては動きを阻害する装備品などにこれがあります。
 
 
 アイテムカード、スキルカードに使える便利な機能をお教えします。
 ホールドというもので、これを行ったカードは、自動選択されなくなる、というものです。
 使用回数のあるカードや、スキルを温存して戦うとき、あらかじめホールドしておくと、誤って使ってしまうことがなくなります。
 
 やり方は、戦闘時でもフィールド時でもかまわないので、ホールドしたい手札をセットしたキャラクターにマウスカーソルを合わせ、「右クリック」します。
 そして、アイテムかスキルを選び、ホールドしたいカードを選ぶと、カード名の頭についた白いアイコンが、赤い色に反転します。
 ホールドしたカードは、カード絵を見られる画面で、四隅に固定を示す画面効果があるのですぐ分かるでしょう。
 手札の無駄を省きたいなら、最初からすべてのアイテム、スキルカードをホールドしておくと面倒が起こりません。
 
 しかし、残念ながら「ペナルティ」のカードはホールドできません。
 だから、ペナルティなのでしょうが…
 
 自動戦闘の時には有難い機能ですので、お勧めです。
 
 
 アイテムカード、素敵なものがたくさんあります。
 私としては、食わず嫌いにならずに、活用して欲しいところです。
 
 
 最後に、アイテムカードのバランスですが…
 
 ほどほどにスリルを楽しみたいなら、無限使用できるアイテムは、スキル配布系以外では、アクションカードぐらいのバランスか、ちょっと強いぐらいを1~2枚装備するのがベストです。
 高レベルのシナリオでは、敵の能力も極端になりますから、実力が上がってきたら、多少強いものを装備してもよいでしょう。
 
 あまり装備しすぎると、カードの循環が起こりにくくなりますし、結果が大方確定する戦い方になって、楽しみが薄れるでしょう。
 
 盗賊など、まるっきり戦闘で役に立たないスキルを持ってるキャラクターの場合、アイテムを使用する専門家にすると効率的です。
 
 
 では、今回はこのあたりで。
 皆さん、どうぞ、カードワースを楽しんでくださいね。
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一周年記念、記念品配布中

 現在、うちのブログの一周年記念ということで、記念シナリオを配布しています。
 
 詳しくは、カテゴリー〈お話〉の記事〈祝!一周年記念〉を御覧になってください。
 
 バグに関しては、カテゴリー〈お話〉の記事〈記念品のバグについて〉で簡易サポートを行っています。
 バグ情報もここで教えてくださると嬉しいです。
お話 | コメント:3 | トラックバック:0 |

『女剣士』

 美しい曙光がイルファタルの港を照らす朝。
 
 肌寒い風に乗って、〈白き疾風〉と名づけられた帆船は、南へと向かって出発しようとしていた。
 
 そんな時、船に向かって駆け足でやってくる女がいた。
 朝日を浴びて、そのプラチナブロンドが煌きながら舞う。
 
 女は軽快に船に飛び乗ると、ふう、と一息吐いて、あっけに取られた船長に向き直った。
 船員たちは女に見入って、ぽかんと口を開けている。
 
 凛々しいという言葉が似合う、背の高い女だった。
 エルナを白い可憐な百合に例えるなら、その女はしなやかな白い薔薇だ。
 
 その身に、男性貴族が着るような袖長の綿詰服(タブレット)と長衣(サーコート)を纏っている。
 腰には緻密な細工をされた鍔と護拳の広刃剣(ブロードソード)を下げ、胸元には小さな銀のクロス。
 長い白金色のブロンドと、北方人特有の白い肌。
 目は細く切れ長で、整った鼻梁と形の良い唇。
 
 人が見惚れるだけの美貌がそこにあった。
 
「このような形で乗ることになってすまない。
 
 遅くなったが、これが乗船許可証だ。
 確認していただけるかな、船長殿?」
 
 やや低い深みのある声。
 口調も男性のそれである。
 
 女は封印された羊皮紙を船長に差し出した。
 船長が羊皮紙の封蝋に押された紋章を確認し、目を見張る。
 商会のものとは違った、剣がドラゴンを刺し貫く紋章…
 
「これは、モーガン子爵の竜殺紋…
 
 あんた、いや、貴女様は?」
 
 慌てて畏まる船長に、女は頷いた。
 
「私はスウェイン王国子爵モーガンの娘、グウェンドリン。
 
 ある人物を探すために南に行く必要がある。
 その許可証を確認してくれないか?
 
 それと、私の部屋を用意してほしい。
 無ければ船倉でも構わない。
 無理を言うのだ、そのぐらいは我慢しよう」
 
 さらに慌てて船長は素早く許可証を確認し、許可証の内容が間違いないことを確かめると、大きな身体を折り滑稽なくらい卑屈に頭を下げている。
 その礼を制すると、女はオルフたちのもとに颯爽と歩み寄った。
 そして、エルナの姿を見つけると大きく目を見開く。
 エルナも何かに気がついたように、驚きで開いてしまった口元を手で隠し、女を見つめ返した。
 
「なんと、カーティンのエルネード殿か?
 
 このようなところでお会いできるとは…」
 
 細い目を見開いたまま、軽く首をかしげる女。
 それでもあっけに取られて口を開くようなことをしないのは、大したものだった。
 
「グウェンドリン様、ですか?
 
 本当に、なんて偶然なのかしら…」
 
 驚きから少し嬉しそうな顔になって、エルナは微笑んだ。
 
「…お国の大事、聞き及んでおります。
 
 御身の無事を神に祈っておりました。
 …マーサ殿は?」
 
 悲しげに首を振り、私をかばって、とエルナが言うと、女は胸元で十字を切って瞑目した。
 
「…エルナ、この人は知り合いか?」
 
 オルフが恐る恐る聞くと、エルナは軽く頷く。
 
「イルファタルの隣国スウェインは知ってるかしら?
 この方は、あの国の子爵様の御令嬢なの。
 
 私が修道院に入ったばかりの頃、外交のためにエンセルデルの教会に滞在なさっていたのよ。
 巡礼で修道院長様に従ってエンセルデルに行ったとき、声をかけてくださって…
 歳が近いからと、親しくしていただいたの。
 
 遠く離れていたけれど、何度も文を取り交わさせて頂いたわ。
 
 こんな場所で逢えるなんて…」
 
 顔見知りに再開できたことがよほど嬉しいのだろう。
 エルナは少し顔を高潮させ、胸の前に手を組んだ。
 
 一方、祈りを終えた女はエルナに柔らかな笑みを向ける。
 
「マーサ殿は残念だった。
 しかし、貴女が無事だったことは嬉しい。
 
 なるほど、南に行かれるとは考えられたな。
 それならば、いらぬ争いにはならぬだろう」
 
 事情を察し、女は深く頷いている。
 
「…ところで、そこな逞しい御仁は?」
 
 ふっ、とブロンドを揺らめかせて女はオルフを見る。
 
「ああ、旅は道連れってやつだ。
 
 俺はオルフ。
 ラインドの子、オルフだ。
 
 なんというか、貴族の礼儀とかわからねぇから、無礼は許してくれ」
 
 オルフの言葉に女は首を横に振った。
 
「先に名を名乗る者が、無礼であるはずがない。
 
 私はグウェンドリン。
 親しいものはグウェンダと呼ぶ。
 不快でなければそう呼んで欲しい。
 
 エルナ殿を助けていただいたようだな。
 その勇気のおかげで、私は友を失わずに済んだ。
 
 …そなたに感謝を」
 
 優雅な一礼に、オルフは照れて頭を掻いた。
 
「エルナ殿、オルフ殿。
 
 道中しばらく共になるが、よろしく頼む」
 
 重ねて礼をする女、グウェンダに、オルフは焦り、その礼を留める。
 
「俺はオルフでいい。
 
 敬語で呼ばれるような身分じゃねぇんだ。
 ええと、グウェンダ?」
 
 合わせるように、「私もエルナと…」、と言うエルナ。
 
 グウェンダは、「喜んで…」と細い目をさらに細めた。
 
 
 船は、グウェンダの登場というハプニングはあったものの、時間通りに出向する。
 
 他の仲間たちは、グウェンダを紹介される。
 口調と格好こそ珍妙だが、グウェンダは礼儀正しく、仲間たちにも船員たちにも好意的に迎えられた。
 
 今、オルフとエルナは、はじめて乗る船から見える海の景色に、言葉を忘れて見入っている。
 朝焼けの輝きは、薄黒い海を輝くうねりに変え、その美しさは幻想的だった。
 
 美しい朝の景色に、フィリも目を輝かせている。
 
 だが、すがすがしい朝に、むっつりとした顔、ぶすっとした表情の男がそれぞれいた。
 
 バッツとコールである。
 この2人は、言い争うことはとりあえず止めたが、その仲の悪さは水夫たちがすでに噂にするほどだ。
 2人とも甲板で景色を眺めているが、互いから顔をそらしていることからも、険悪さが窺い知れる。
 
 そんな2人を、あきれた顔でニルダが観察している。
 コールのお目付け役だというこの老婆は、この2人が衝突しないよう常に見張っており、それが分かるバッツとコールはし、正面からいがみ合うことを止めていた。
 
 ニルダは、宿の騒動の後、騒がしさに起きてきたエルナに自己紹介をし、すでにそれなりに友好な関係を築いている。
 最初エルナは、異教徒とされる精霊術師のニルダに随分気を使っていた。
 だが、ニルダはエルナが他の聖職者のように精霊術師を差別しないことを示し、上手くやっていこうと持ちかけたので、温厚なエルナは喜んでそれを受けた。
 
 ニルダは実に頭がよく経験豊富で、その落ち着いた態度は一行を上手くまとめ上げていた。
 しかし、派手な印象にもかかわらず、ニルダは出すぎたことはしないし、高慢さをまったく感じさせなかった。
 フィリはすっかりこの老婆と意気投合し、精霊の話や、昔話などをせがんでは、興味深そうに話を聞いていた。
 
 エルナもこの老婆を信頼している様子である。
 加えて、ニルダに歳近かくして亡くなった、侍女のマーサと重ね見ている様子もあった。
 
 オルフにしてみれば、この老婆の出現は実にありがたかった。
 バッツとコールを制御できるのはエルナとニルダだけだからである。
 
 エルナの前ではバッツもコールも猫を被っており、加えてエルナはそれを素直に信じるお人好しだった。
 鈍いオルフでも分かるぐらい、バッツとコールはエルナに対して態度が違う。
 バッツはエルナに恋愛感情を抱いている様子で、コールはフェミニスト的な性格に加えて高貴な女性を神聖視しているようだった。
 互いにエルナを大切に思っているのはよい傾向だが、そのあたりでもライバル意識のようなものができたのか、ときおり互いに眼光をぶつけ合っている。
 
 そんな2人が爆発しそうになると、ニルダは実に巧妙に2人を説得してしまう。
 
 気苦労が少なくなって、オルフは初体験の船旅を楽しんでさえいた。
 
 さらに、バッツとコールはその後に船酔いで寝込んでしまった。
 しばらくは起き上がる気力もなくなった様子である。
 2人の猛烈なにらみ合いがなくなったので、オルフはのんびりとした穏やかな時間を過ごすのだった。
 
 だが意外にも、冷静で泰然としたグウェンダも船酔いの影響があるらしく、少し蒼い顔をして海風に当たっていた。
 もっとも男2人よりは、よほど意志が強い様子で、失態を見せはしない。
 
 エルナの話では、グウェンダは優れた剣の使い手だという。
 
 グウェンダの故国スウェインは尚武の国で、女でも武芸を学ぶ。
 とりわけグウェンダは優秀で、女だから騎士にこそなれなかったが、女性の聖職者を守る衛士に任官していたという。
 
「僭越ですが…なぜ南に?
 
 グウェンダのいた、シグヴォルフの聖イヴォンヌ修道院は国外出奔は禁止でしたよね?
 ここにいるということは、もしかして…」
 
 エルナが聞きにくそうに尋ねると、グウェンダは苦々しく唇を吊り上げた。
 自嘲的な笑み、それは決して船酔いのせいばかりではないようだ。
 
「…恥をさらすようだが、告白しよう。
 
 私はシグヴォルフに、親友と呼べる者がいたのだ。
 加えるなら、その女性は、私と共に修道院で幼少期を過ごした、幼馴染だった。
 
 エルナも知っているだろう。
 スウェインやシグヴォルフでは、貴族の女子は一時期修道院に預けられて、信仰と礼節を学ぶ。
 女性とは、そのとき知り合い、互いの悩みも秘密もを語り合う仲だった。
 
 その友の女性には婚約者がいてな…ここからが恥なのだが、私もその男に懸想していたのだ。
 ふふ、色恋など柄ではないと思うが、どうにもならないものだな。
 
 もっとも、友の女性もその男も、深い絆で結ばれていたから、私は身を引いた。
 私の入る余地など、元々無かったのだが。
 
 私の惚れた男は、気持ちの好い男だった。
 恋破れた私にも、変わらずに友として接してくれた。
 だからこそ、私はその男への気持ちを伏して、修道院の衛士としてこの身を神に捧げて一生を終えるつもりでいた。
 
 それに未練がましいが、シグヴォルフの聖イヴォンヌ修道院は、その男と同じ国の空の下にあるはず、だった…」
 
 思わぬグウェンダの恋の話。
 オルフもエルナも、どこか緊張した顔立ちで聞いていた。
 グウェンダは、どちらかというと男勝りの印象がある。
 彼女の情熱的な愛の告白は、悪いと思いつつも意外な話であった。
 
「…素敵な男性だったのですね」
 
 エルナが言うと、グウェンダは頷いた。
 
「私があの男に勝てるものといえば、無謀さと信心ぐらいなものだった。
 
 私同様、焦がれる女は多かったよ。
 
 下級貴族の次男だったが、その武勇と努力で、伯爵家の一人娘だった私の友の婚約者になったほどだ。
 人を魅了せずにはおかない、そんな男だった。
 
 だが…」
 
 空を仰ぎ、拳を握り締め、グウェンダは奥歯を噛み締める。
 
「…だが、下らぬ男の横恋慕が、その男と友の仲を引き裂いてしまった。
 
 友は男を助けるために、別の男の妻になり…男は傷ついて国を去った。
 
 友と惚れた男が苦境にあったとき、私は祖国に帰りその場にいなかった。
 何も知らずに、日々のうのうと暮らしていたのだ。
 
 今でもこの身が呪わしい…
 
 友には、困ったときには必ず力になると互いに誓い合っていた。
 実際、異国である友の国で、私は彼女に何度も助けられた。
 その恩義は言葉に尽くせ無い。
 
 そして友の愛した男は、女の身で戦士を志す私の、ただ1人の理解者だった。
 
 北方の民は保守的で、女は戦う者ではなく、子を産みはぐくむ者だと言われてきた。
 貴族ともなれば、女は家のためにその身も心も、顔も知らぬ男に捧げるものだと教えられて育った。
 それが嫌だった私は、いつも男のように振る舞い、男のように剣を学び、男のような格好をしてきた。
 
 出合った男たちは私を笑うか、説教するか、珍しい者でも見るかのように扱った。
 親友でさえ、私が剣の話をすると、困ったような顔をした。
 
 その男だけが、微笑んで私を認めてくれた。
 
 その時に、いつかその男のそばで、力になりたいと思った。
 だが、友が、その男が最も苦しいとき、私は何もしてやれなかった。
 
 最近のことだが、その男が私を頼ってきたのだ。
 だが、事情を知らぬ愚かな家人が、男を追い払ってしまったのだ。
 
 〝南に行く。もう会うこともないだろうが、よろしく伝えてくれ〟
 
 と、そう言い残して去ったそうだ。
 
 …なんとも悔しい気持ちだ。
 私はいつも、何もできずにいたのだ。 

 だから、私は身分を捨ててその男を追うつもりだ。
 
 その男との愛に生きることはできなくとも、今度こそ、何か力になりたい…」
 
 一見、クールなグウェンダの、実に情熱的な話に、オルフもエルナも聞き入っていた。
 
「その、グウェンダが、そんなに惚れ込むんだ。
 
 きっとその男も、あんたに惚れ直すんじゃないのか」
 
 オルフがそう言うと、グウェンダはまた苦笑して首を横に振った。
 
「あの男は一途で、真っ直ぐだ。
 きっと、1人しか愛さない。
 
 だからこそ魅力的なのだが。
 
 あの男が再び誰かを愛するとしたら…それは奇跡だろうな。
 
 でも、私は愛されるために追うのでは無い。
 
 あの男は、私を友として認めたくれた武人なのだ。
 だから、そこに愛がなくても、友として助けたい」
 
 告白して、グウェンダは細い目をさらに細めて微笑んだ。
 
「…そうか。
 何ていうか、余計な世話だったな。
 
 ところで、その男の行き先に心当たりはあるのか?」
 
 ばつが悪そうに頭をかきながら、オルフが話題を変える。
 どうも、惚れた腫れたの話は苦手なオルフである。
 
「おそらくはリューンだろう。
 
 南で最大級の交易都市だ。
 何か情報が得られるだろうしな」
 
 グウェンダの言葉にオルフは深く頷く。
 
「まぁ、リューンまで行くなら、俺たちとしばらく一緒だな。
 
 けど、1人で探せるのか?
 なんなら、その男を見かけたら、俺も声をかけておくぜ?」
 
 オルフの申し出に、すまないな、とグウェンダが返す。
 エルナも協力すると微笑んだ。
 
 2人に感謝の心を示し、グウェンダは上り始めた太陽の光を眩しそうに手で遮りながら、語りだした。
 
「私の追う奴は、独特な男だから、会えばきっと分かるだろう。
 
 年代は私と同じ。
 少し痩せているが背は高い。
 
 贔屓目に見ても、かなり美しい容貌の男だ。
 
 他に特徴をあげるなら…
 北方人には珍しい、黒系統の、何というか青黒い艶のある髪と同色の瞳をしている。
 
 名は有名な竜殺しと同じでな。
 まあ、シグヴォルフ訛りで、語尾の発音が少しだけ違うんだが…」
 
 オルフとエルナは、何かに気がついたように顔を見合わせた。
 
「なぁ、グウェンダ。
 
 その男って、シグルトって名前じゃ…」
 
 ぐわっと立ち上がって、グウェンダがオルフの胸倉を掴んだ。
 
「知っているのかっ?!」
 
 細い眼を最大に見開いて、グウェンダがオルフに迫る。
 そして、自分の失態に気がついたのか、少し頬を染めて引き下がる。
 
 あやまるグウェンダに、オルフは咽て起きた咳を落ち着けながら、ゆっくり頷いた。
 
「たぶん先日、イルファタルで会った男だ。
 
 暴れ馬からエルナを庇ってくれたんだ。
 すげぇ男前だったから、よく覚えてるんだけどよ。
 
 俺も詳しくは知らねぇけど、顔ははっきり覚えてるから、会ったらあんたのことを話しておくよ」
 
 グウェンダが再びすまない、と頭を下げる。
 
 エルナは何かを思案するように黙っていた。
 オルフが、どうしたんだ、と首を傾げると、エルナは心配そうな表情で答える。
 
「あの方…、この船に乗っていないなら、陸路で南に向かったのではないかしら?
 
 だとすると、身体の調子も悪そうだったから…」
 
 それを聞いて、間違いない、とグウェンダが頷いた。
 
「シグルトは、大怪我を負い、一月生死を彷徨うほどだったのだ。
 旅のできる身体ではないと、最後に姿を見た方が言っていた。
 
 しまったな…陸路で追えばよかったか」
 
 悔しそうに、グウェンダは甲板を拳で叩いた。 
 
 
 その頃…
 
 エルナを追跡して、3人ばかり傭兵がイルファタルに入っていた。
 
 その筆頭はアレクセイ。
 傭兵、〈雪狼団〉の小隊をまとめる切込み隊長である。
 
 他の国が追跡を止めた中、アレクセイは半ば意地と私情でエルナ追跡を行っていた。
 付いてきた2人は、アレクセイに心酔する傭兵である。
 
 上司であるナルグとはラトリアで別れた。
 
 ナルグは、お前の職は空けておくぞ、と肩を叩いて笑いながらアレクセイを見送ってくれた。
 他の傭兵が不満をもらすと、「色恋ってやつだけはどうにもならねぇのよ」と苦笑しただけだったという。
 
 ついてきた部下はゴルドバという屈強な男と、オレークという俊敏な男だ。
 ゴルドバは無口だが慎重で、オレークは狡猾さを備えている。
 
 2人とも敬虔な聖北教徒で、持つ武具には聖印である十字を刻み、食事の時には祈りを欠かさない。
 
 実際のところ、ナルグはあまりに熱烈な聖北教徒であるこの3人を、しばらく団から離して、団の統制をやり直す意図もあった。
 
 この3人が中心となって、聖北教徒にとっては敵国となる国への団の売り込み…傭兵家業の妨げとなっていたのだ。
 団にも聖北教徒は多いが、この3人は特別信心深い。
 
 ある者はアレクセイたちを“聖北狂い”と揶揄したほどだ。
 そう評価した男はその後、アレクセイに顔が判別できないほどの折檻を受けて聖北教徒に改宗した。
 同時に少し頭の中も天国に近づいた様子で、時折「天子様が見える…」とつぶやくという。
 
 アレクセイは優秀な戦士であったが、商売で戦争を行う傭兵としてはあまりに信仰に傾向し感情的である。
 その実力は団でも認められていたが、協調性と柔軟性においては団の規律を乱しかねない人物だったのだ。
 彼を拾い、武術を仕込んだナルグもこの男の実力は高く評価していたが、信仰に傾向し、感情的になるアレクセイを団に縛り付けても悪影響しか出ないだろうと、決断したのである。
 
 ナルグの考えは冷血とも取れるが、命のやり取りをする傭兵にあって、それを束ねるものがこの程度の割り切りをできないのなら、群雄割拠するラダニールで最強の傭兵団とされる軍隊の幹部職は務まらない。
 
 そんな上司の思惑など露ほども知らず、アレクセイは部下の2人を急かして強行軍でイルファタルに向かったのだった。
 
 
 イルファタルに到着したアレクセイは、オレークに命じてエルナたちの足跡を探させる。
 そして目的の人物たちが、その日の朝に船でイルファタルから出航したことを知ると、地団太を踏んだ。
 
 すぐに別の船を捜すが、あいにくと次の船が出るのは1週間以上先であった。
 
 アレクセイたちは駆け回って動く船を捜した。
 しかし、法外な運賃を要求したり、期日を重んじる者ばかりで、目的の船は見つからなかった。
 
 次の日、アレクセイは情報をくれた水夫たちが止めるのも聞かず、いわく付きの船の船長を尋ねた。
 
 その男は角のついた兜をかぶり、腰には巨大な斧を下げている。
 凶悪な髭面で、水夫と言うより野盗に近い格好だった。
 その男の部下も似たような容貌の強面ばかりである。
 
 その船長は、ヴァイキング…かつて北方を荒らしまわった荒くれの末裔であった。
 
 ヴァイキングが活躍していたのはおよそ100年ほど昔である。
 すべてが海賊まがいの蛮族ではなく、農民や漁を生業にする者もいた。
 しかし、ツンドラの寒冷な荒野を故郷とする彼らは、新しい新天地を求めて海に乗り出し、次々とたどり着いた地を侵略していく。
 その行為は、聖北においては蛮行ともとれるもので、略奪と殺戮によって人々を恐怖させたのである。
 
 彼らは北方独自の神々を信仰し、蛮勇で戦う戦士たちであった。
 
 アレクセイが南に向けて船を出してほしいと頼むと、髭面の船長は馬鹿にしたように飲んでいた杯を投げつけた。
 それが頬をかすめ、酒の滴が髪を濡らす。
 
「綺麗な兄ちゃんよう。
 
 俺たちは泣く子も黙るヴァイキングの末裔なんだぜ。
 細っこい枯れ枝みたいな神さまに祈って、右だか左だかの頬を差し出せって言うような甘っちょろい考えの連中を乗せる気はねぇ。
 
 そんなに海を渡りたきゃ、その神様にでも祈るんだなぁ」
 
 そう言って、がはは、と笑った髭面の男に、アレクセイは目を座らせて近寄っていった。
 
「おう、何だやるのか?
 
 俺には雷神トールがついてるんだ。
 お前みたいにわらしべみたいな軟弱そうな野郎じゃ、足元にも…ぐはぁっ!」
 
 すべてを言わせる前に、アレクセイは髭面の喉を掴むと、片手で無造作に壁に投げつけた。
 髭面は一回転して壁に叩きつけられ、壁板の何枚かをへし折って失神した。
 胴回りが自身の倍以上ある大男を、軽々とアレクセイは投げて見せたのである。
 
 体格的に細身に見えるアレクセイだが、その凄まじい力は、クー・フーリンの再来ともてはやされたほどだ。
 傭兵団の剛力たちも、アレクセイの怪力を凌ぐものはいなかった。
 
 一発で頭目をのばされ、髭面の部下たちは唖然としてアレクセイを見た。
 
「私には主の加護があるのです。
 
 従うならよし。
 そうでないなら罰をあたえますよ…」
 
 こめかみを引きつらせて睨むアレクセイに、髭面の男たちは顔を見合わせたあと屈服した。
 
 その後、1日遅れてアレクセイたちはヴァイキングたちの船に乗り、オルフたちの追跡を再開するのだった。
 
 
 思わぬ凪のせいで、船の進行は遅れていた。
 
 緩やかな波のおかげか、バッツとコールはだいぶ船酔いから回復したが、海の上であることには不満そうだった。
 胃の中のものと一緒に、体力と気力まで吐き出してしまったのだろう。
 険悪な仲の2人とも、喧嘩するどころか、互いに睨み合う様子さえなかった。
 
 グウェンダは、シグルトとのすれ違いで落胆したのか、体調を崩し、ここ数日は船室で休んでいる。 
 
「食料も水も余裕あるから大丈夫らしいが、そろそろ風がほしいな」
 
 オルフがぼやくと、ニルダが難しい顔をした。
 
「…あと1日はこんなんじゃろうねぇ。
 
 海風の精霊たちがずいぶん疲れているよ。
 数日前に嵐で騒ぎ過ぎたんじゃ。
 
 …ふむ。
 風が吹く前にどうやら、一波乱ありそうじゃの」
 
 意味深げな言葉にオルフが振り向くと、ニルダは銀色の複雑な模様の刺青が施された手をかざし、指差した。
 
「…船か?
 
 オールみたいなのがいっぱいでてるが…」
 
 オルフが近くの水夫に聞くと、その船を見た男は震え上がった。
 
「ヴァ、ヴァイキングの長船(ロングシップ)だっ!
 
 船長に知らせないとっ!!!」
 
 すぐに警戒をあらわす鐘が鳴り響き、武装した水夫たちが看板に現れた。
 
「…ヴァイキングって、一昔前まで北方や西方の海を荒らしまわったっていう、海賊どもか?」
 
 オルフが問うと、ニルダが首を横に振る。
 
「すべてが海賊ってわけじゃなかったんじゃよ。
 
 貧しい土地に、荒んだ心。
 だから生きるために奪ううちに、海賊まがいの略奪もするようになった連中さね。
 
 といっても、聖北や奪われたり殺された連中にはただの怖い略奪者、なんじゃろうが…」
 
 かもしれないな、と言いつつ、オルフは武具の具合を確かめていた。
 
 オールによる人力駆動もできるヴァイキングの船、ロングシップはこのような凪のなかでも進むことが出来る。
 見る間に近づいてくる舟に、〈白き疾風〉の船員たちは緊張した面持ちで持ち場についていく。
 
「すまねぇな、あんたら。
 
 これから弓で迎撃するから、ちっと樽の陰にでも隠れててくれ。
 やつらも射撃で反撃してくるかもしれねぇからよ」
 
 〈白き疾風〉の船長であるガリズという男だ。
 
 浅黒く日焼けし、海風にささくれた肌。
 丸太のような腕に、大柄なオルフよりさらに背の高い岩のような体躯。
 まさに屈強の巨漢である。
 
 飛び道具を持たないオルフは頷き、船内からやってきたフィリたちにも隠れることを促す。
 
 最初の攻撃は〈白き疾風〉だった。
 停船の警告に従わないことを確認したガリズが、太い腕でロングシップを示すと、船員たちが一斉に矢を放つ。
 中には強力な破壊力を持つ、大型の固定式弩(バリスタ)もあり、図太い矢がロングシップのオールを数本へし折っていった。
 こちら側の船員たちから、大きな歓声が上がる。
 
「ふん、ヴァイキングどもが怖くて、イルファタルの海人(あま)が務まるかってんだ。
 
 ウゥォルァ、オラオラ~ッ!
 とっとと尻尾巻いて逃げねぇと、今度はその貧弱なマストを吹き飛ばすぞ、クォラァッ!!!」
 
 野太いだみ声でガリズががなり、引き続いて船員たちが罵りの声をあげる。
 しかし敵船は少し勢いをなくしただけで、どんどん近づいてくる。
 乗っている髭面の男たちは、革と木の盾を構え、矢のほとんどを受け止めていた。
 
 集団戦において弓矢は大変強力な武器である。
 対して、盾による遮蔽は、弓矢に対する最も優れた防御手段だった。
 
「…ちぃっ。
 どうやら馬鹿じゃねぇみてぇだな。
 
 もう1射したら白兵戦だ。
 
 客人には指一本触れさせるんじゃねぇ…
 わかったか、野郎どもっ!!!」
 
 ガリズの掛け声に、船員たちはそれぞれの得物を掲げ、鼓舞の叫びで応えた。
 
「…よぉぉぉおし、ぅてぇぇぇ!!!!!」
 
 無慈悲な第2射がヴァイキングたちを襲う。
 
 再び放たれた固定式弩の太矢が、1人のヴァイキングの盾を貫通し、その胸を抉る。
 絶叫を上げながら男はそのまま矢の勢いで浮き上がり、海に転落した。
 
「うぉぉぉおおおっ!!!」
 
 弓を看板に放り出すと、ガリズが腰の分厚い蛮刀(ファルシオン)を鞘払う。
 金属が擦れる音が合唱し、次々に水夫たちも海兵刀(カトラス)を抜いた。
 
 応えるように、矢襖になった盾を投げ捨てて、ヴァイキングたちが得物を構えた。
 
 ドカァァァンンッ!!!!
 
 船の衝角(ラム)がぶつかり擦れ合う音。
 飛び乗ってきたヴァイキングを、ガリズの蛮刀が叩き斬った。
 
 船上での戦闘はバランスが悪い。
 加えて甲冑などの重い装備は、海に転落したとき、致命的な拘束になる。
 したがって、軽装のまま刀剣で斬り合うその戦いは、一撃必殺の放ち合いである。
 
 血飛沫と怒号。
 剣戟の打ち合う甲高い音。
 酔ったように戦う屈強な男たち。
 
 海戦の迫力に圧倒されながら、オルフも後ろのエルナやフィリを庇うように剣を構えた。
 
 フィリが落ちていた弓を拾い、矢を放つ。
 首を貫かれた髭面が、痛みと苦しさで自棄になったように斧を振り回す。
 刺さった矢を水夫の1人が引っつかみ、海兵刀の切っ先を胸に突き立て、止めを刺した。
 
「おう、やるなお嬢ちゃんっ!」
 
 敵を海に蹴落として、水夫が得物を掲げてフィリを讃えた。
 戦況は圧倒的に水夫たちの優位である。
 
「よぉし、このまま…ぐはぁっ!」
 
 次の敵に向かおうとした水夫は、たった一太刀で胴を両断され、目を見開くと海に落ちていった。
 
「…ふん、所詮は戦い方も野蛮なだけの連中。
 
 私が出るしかないようですね」
 
 それは優男、というのがしっくり来る秀麗な男だった。
 十字架を象った大剣を担ぐ、色白なその男は、独特な異様さを放っている。
 
「く、よくもっ!!」
 
 3人ばかり水夫が襲い掛かる。
 だが、優男は余裕の笑みを浮かべて大剣を一閃した。
 
 たった一振り。
 薙ぎ払われて、その3人の水夫は武器ごと肋骨を断ち割られて血煙を吹いた。
 
「な、なんてでたらめな野郎だ…」
 
 オルフは苦労して緊張した喉を動かし、たまった唾液を嚥下した。
 
 血に濡れた剣を振るい、血糊を払い捨てると、優男はゆっくりと歩いてくる。
 たった1人の男の出現で戦況は一変していた。
 
「てぇめぇえええっ!!!」
 
 ガリズが上段に得物を構えて振り下ろす。
 
 ギィィィィイイン!!!!!
 
 重い金属が不協和音を歌い、盛大な火花が優男とガリズに降りかかる。
 金属と空気の焦げる錆っぽい異臭に、両者は頬を引きつらせた。
 
「ほう…
 
 これはなかなか良い腕だ。
 久しぶりにそれなりの力を込めて、受けましたよ」
 
 薄笑いを浮かべ、優男は余裕の顔だ。
 
 体重を乗せた必殺の斬撃を軽々と受け止められ、ガリズの首筋を冷たい汗が流れ落ちる。
 
「では、こっちの番、ですよっ!」
 
 横薙ぎの一閃を蛮刀で受け止めたガリズは、その巨体ごと数歩後ろに押しやられた。
 痺れるのはガリズの丸太のような両腕。
 分厚い鉈のような蛮刀は軋んだ音を立て、欠けて飛び散った得物の破片が甲板に突き刺さった。
 
 周囲の男たちは、己の戦いを忘れてその凄まじい対決に目を瞬かせている。
 
(くそ、なんて膂力だ。
 
 まるでオーガーが振り回す丸太みてぇだ。
 次を受けたら、武器がもたねぇ)
 
 加えて敵の武器は、明らかに普通の剣ではない。
 魔法か秘蹟で強化された、特別な武器だろう。
 
(ああ、ちくしょう…
 
 こんなんなら、こんな得物より華国のドラゴンソード(青龍刀)でも買っとくんだったぜ)
 
 内心悪態を吐きながら、ガリズは必死に次の攻撃を模索していた。
 
(あのでかい得物だ。
 
 懐に潜り込んで、一撃。
 それしかねぇな…)
 
 荒くれの水夫を束ねる豪傑である。
 決断は早かった。
 
「…いくぜぇぇぇえええっ!!!!!」
 
 渾身の踏み込みで、優男が構える前に接近する。
 これから優男が剣を振り上げても、ガリズはその前に首を斬る自信があった。
 
「ふん、甘い」
 
 次の瞬間、ガリズの襟を何かが絡め、後ろに追いやった。
 
「ぬなぁっ…?!」
 
 それは優男が突き上げた大剣の柄である。
 さらにそのまま担ぐように、優男は剣を上段構えの体制に持っていっていた。
 完全な死に体に、優男は最高の構え。
 
「はぁああっ!!!」
 
 大剣の重さをのせた凄まじい上段からの振り下ろし。
 得物で受け止められたのは奇跡だった。
 
 それでも凄まじい振り下ろしはガリズの蛮刀を砕き折り、岩石のようなその肩を割って鎖骨を粉砕していた。
 
「噛み上げる下顎で持ち上げ、上顎で噛み砕く…。
 
 雪狼伝来の【狼顎咬(ろうがくこう)】。
 私に使わせた実力は、評価しましょう」
 
 泡を吹いて失神したガリズを後に、優男はオルフたちへと視線を向けた。
 
「くそ、優男のくせに、なんででたらめな力をしてやがる…」
 
 明らかに格上の敵に、オルフは膝が慄いていた。
 エルナやフィリを守ろうと、男の前に立ち塞がる。
 
「…どきなさい。
 
 私は無益な血潮で、大切な方の目を汚したくはないのです。
 貴方がたが邪魔をしなければ、殺しはしませんよ。
 
 私は、エルネード殿下をお迎えに上がっただけですから」
 
 オルフの目が鋭くなる。
 
「…あんた、マルディアンかギマールの追っ手かよ」
 
 剣を構え、オルフが呟く。
 
 その後ろから矢を放とうとしたフィリは、飛んできたナイフを慌ててよけるが、弓の弦を切られてしまった。
 アレクセイの後ろから、屈強な男とひょろりとした痩せた男がその隙を庇うように陣取る。
 ナイフを投げたのはこの男のようだ。
 
「私はどちらの手先でもありません。
 
 強いて言うならマルディアンの側でしたが、傭兵ですから。
 北方の男なら、“雪狼”の名は御存知でしょう?」
 
 後ろに控えていたコールが、怯んだように尻餅をついた。
 
 周囲の水夫たちも震え上がって後退する。
 
「よりによって、悪名高い“雪狼”が追っ手かよ…」
 
 戦場にいたオルフは、その名をよく知っていた。
 北方、特に戦争の多かったオルフの故郷ラダニールでは、泣く子も黙る最強の傭兵団である。
 
 戦場で彼らに出合ったら、国を捨てても逃げるか降伏しろと噂になるほどだ。
 
 冷や汗でぬめり、歯が浮くような緊張に震える身体を、何とか意志の力で支え、オルフは立っていた。
 
「…オルフ、待って。
 
 私を連れて行けば、皆さんにはこれ以上手を出さないのですね?」
 
 後ろからエルナが歩み出る。
 すると男は自ら跪き、剣を背後に下げる。
 
「もちろんです。
 そちらが手を出さねば、私が斬る理由はありません。
 
 そして、お久しぶりです、エルネード様。
 貴女の身は、私がこの命に変えてお守り致します」
 
 エルナがその男を見て、何かに気がついたように眼を見開いた。
 
「…アレク、貴方はアレクセイなの?」
 
 顔を上げ、深く男が頷いた。
 
「お迎えに上がりました。
 
 かつては貴女の側で幼少を過ごした時を、懐かしく思います。
 今では、家も零落し、貴女様の親戚を名乗るなど、とてもできないのですが。
 
 そう、一度は、この身を下賎の泥土に沈めました…
 
 しかし、貴女を守るという、尊い誓いは忘れておりません。
 この日のために、剣を磨き私はここにいます。
 
 私のマリア様、どうぞこのゲオルグの剣で貴女を悪竜たちから守る栄誉をお任せください」
 
 歯の浮くような気障な台詞に、周囲の男たちがあっけにとられた。
 
「…どうしてこんな酷いことをしたの?
 
 私を助けてくれるのなら、戦う必要はなかったはずでしょう!」
 
 激昂したようにエルナが上ずった声で言うと、男は子供をあやすような優しい眼差しで見つめ返し、その言葉を否定した。
 
「矢をもって攻撃してきたのは、こちらの船が最初です。
 私たちは、こちらに矢は放ちませんでした。
 
 それに、戦場にあって剣を振るうのは私の使命なれば。
 
 黙って切られることは優しさではありません。
 死しては使命も果たせませんから。
 先に剣を振るわれたから、義のために刃でそれを除いたのみです。
 
 貴女を傷つけるつもりは、ありません。
 
 私は、貴女をお父上の元にお連れします。
 貴女が望まれるのなら、故国の復興に力を貸すよう、“雪狼”の団長に進言することも致します。
 
 そこな野蛮な男にまかせずとも、貴女のその身と名誉をお守りします。
 この身と、主への信仰にかけてっ!」
 
 自分の言葉に酔うように話しかける男を、エルナは悲しそうな眼でみつめた。
 
「…私は帰れません。
 
 この身が戻れば、お父様の邪魔になるわ。
 
 アレクセイ…これは私が選んだ選択なのよ。
 南に落ち延びるのは、お父様の近くにいれば、私を盾にしようとする輩が現れるかもしれないからなの。
 
 祖国の復興をお父様がするというのなら、私はその邪魔をしたくない。
 
 だから、どうかこのまま帰って…」
 
 拒絶の言葉に、男は困ったように眉をひそめた。
 
「エルネード様の優しさは胸にしみます。
 
 しかし、貴女はラトリアの王位に関わるお血筋。
 北方より離れても、その身を狙う者は後を絶たないでしょう。
 
 ましてや、御身の父上は、ラトリア最後の重鎮。
 実質はラトリア軍の最高指導者です。
 
 事実、私がここまで貴女を迎えにくる間に、3つほど他勢力の追っ手があるとの情報を得ました。
 知人もいない不確かな御身で、情勢定まらぬ南の地に行くのであれば、そういった追っ手の望むがままでしょう。
 
 答えは明白。
 私と一緒にラダニールへともどり、お父上の側で活動なさるべきではありませんか?
 
 そうであるなら、このアレクセイ、一命にかえて貴女をお守りします」
 
 男、アレクセイの言葉はもっともに聞こえた。
 エルナの目に迷いが浮かぶ。
 
「さっきから聞いてりゃ、ぐだぐだとうるせぇぞ、男女っ!
 
 もっともらしいことぬかしてやがるが、手前ぇが“雪狼”なら、マルディアンの手先じゃねぇか。
 バイキングの長船なんかで突っ込んでくりゃ、弓を撃たれて当たり前だ。
 戦う気がねぇなら、白旗掲げて寄ってきて、用件を言えばよかったはずだぜ。
 
 それに、エルナを連れて行くなら、その所在を知ってる俺らは生きた情報源だ。
 エルナを掻っ攫ったら、手前ぇ、その後ろの奴らに俺らを殺させて、口封じでもする気だろ?
 この船を燃やして、海賊の仕業にでも見せる気か?
 
 そうでなけりゃ、さっきから油臭ぇことが納得いかねぇ。
 潮風に混じって、焼き討ちで消えちまった寒村に残ってたやつと同じ臭いがしやがる。
 
 さっき、〝私が斬る理由は…〟とか言ってたな。
 律儀にあんただけは手を下さずに、約束どおり部下に俺たちを殺させるのかよ?
 
 こういう下種なことする奴は、皆同じ、嘘臭ぇ臭いで分かるぜ…」
 
 オルフが自分を奮い起こすように大声で言うと、バイキングたちがアレクセイに不安そうな表情を向ける。
 まるで嘘がばれて、指示を仰ぐかのようだった。
 
 エルナも周囲から臭ってくるランプの油のような異臭に気付き、はっとした表情でアレクセイを見た。
 
 アレクセイは、苦虫を噛み潰したように、オルフを睨み、剣の柄に手をかけた。
 
「ふん、下賎な男だけあって、同種の悪臭には敏感なようですね。
 
 この手の策略など、私も嫌いなのです。
 お優しいエルネード様を悲しませたくなかったから、回りくどいことをしたというのに。
 
 どうやら貴方は、献身や自己犠牲も知らぬようです。
 所詮は、大儀の分からぬ輩でしたね。
 
 乱暴ですが、仕方ありません。
 貴方から、審判されるべき場所に送って差し上げます」
 
 大剣を無造作に片手で掴み、アレクセイは大胆な歩みでオルフのほうに歩いていく。
 
「くそ、言ってることが支離滅裂な野郎だ…
 
 頭腐ってるぜ、お前っ!」
 
 オルフが迎え撃つ構えを取った。
 その瞬間である。
 
 それは暴風のような一撃だった。
 
 オルフは、何とか鍔元で攻撃を受け止めたが、そのまま吹き飛ばされて転倒する。
 大きな身体を甲板に叩きつけられ、絞るような呼吸をしてオルフは呻いた。
 
 慌ててフィリが手斧を構えるが、アレクセイはその延髄に軽く剣の柄をぶつけて、その意識を奪う。
 魔術を準備していたコールは、痩せた男の投げたナイフで腕を刺され、呪文の詠唱を中断して跪いた。
 戦闘力のないバッツは、蒼い顔でおたおたとするしかない。
 
「この程度で、よくも侮辱の言葉を言えたものです。
 
 どうやら、獣のような感覚は、その鼻ぐらいですね」
 
 冷酷な眼差しで喘ぐオルフを見下ろし、アレクセイは止めを刺そうと剣を振り上げた。
 
「《雪男よ、お前の悪戯で、そやつらと遊ぶがよい!》」
 
 独特な甲高い韻を踏んだ声で、ニルダが天空を指差した。
 とたんに、アレクセイやその仲間たちに、鶉(ウズラ)の卵ほどもある大量の雹が降り注いだ。
 
「…ぬくっ!」
 
 雹で打たれ、血を流す額を拭い、アレクセイが憤怒の形相でニルダを睨む。
 
「…おのれ、異教の妖術師かっ!!」
 
 ニルダのそっ首を刈り飛ばそうと、迫るアレクセイ。
 
「…そこまでだ、優男」
 
 不意に迫った刃を慌てて防ぎ、アレクセイはさらに現れた敵を確認する。
 
「グウェンダっ!」
 
 エルナの声に軽く片手を上げて応えると、あらわれた男装の美女グウェンダは、すっとアレクセイの首元に剣先を向けた。
 
「人が船酔いにようやく慣れてきたと思えば、今度は海賊もどきか。
 
 まったく、騒がしい…」
 
 圧倒的に不利な状況で、焦った様子も無く眉をひそめ、グウェンダは隙の無い構えでアレクセイと対峙した。
 その実力を警戒したのか、痩せた男がナイフを投げつける。
 
 キィンッ!
 
 鋭い一撃を剣の切っ先で流れるように弾き、グウェンダは一瞬でアレクセイとの間合いを詰めた。
 
「ぬぅっ!」
 
 跳ねるように首筋を狙った突きを、致命傷にならない程度に何とかかわすアレクセイ。
 裂かれた肩の痛みに、憤怒の形相で睨み、唸るような振り落としでグウェンダの頭を狙う。
 
 キュイィィィンッ!
 
 巧みにその攻撃を剣で逸らすグウェンダ。
 大剣の一撃が甲板の板を粉砕し、木屑が両者の頬をかすめる。
 
 正面から受ければ確実に剣と一緒に真っ二つになるだろう、アレクセイの一撃を、グウェンダはその力を流すように剣をぶつけることでかわしたのだ。
 同時に、大剣の広い制空圏の外に移動している。
 
「…今の突き、正等派剣術のものですね?
 騎士か衛士…随分基礎を磨かれたとお見受けします。
 
 なるほど、精密の技を放ちながら、同時にこちらの攻撃の届かない位置に即座に移動するとは…侮れないものですね」
 
 先ほどまで怒りに満ちていたアレクセイの顔は、まるで凍りついたように鉄面皮に変わる。
 それは、相手を命を賭けるに値すると認めた戦士の表情だった。
 
「その単純な大振りの一撃ですら、動き回る私に剣で捌かせる貴公の打ち込みは、称賛に値するな。
 
 冷や汗が酔い覚ましになったぞ」
 
 逆手で髪に付いた木片を払い、グウェンダはまた突きの構えを取る。
 それに応えるように、アレクセイが上段に大きく剣を構えた。
 
「…【鷹の構え】とは古風だな。
 
 むっ!」
 
 それは一瞬。
 グウェンダがわずかに作った隙に向けて、アレクセイは先ほどガリズを打ち破った技で襲い掛かった。
 斬ると見せかけて、下から突き上げるような柄の引っ掛け。
 
 グウェンダは自身も柄でそれを捌くが、勢いで身体が浮かび上がる。
 
 ブォン!
 
 狙ったかのように、その一撃がグウェンダに振り下ろされた。
 
 グァキィィッ!
 
 軋むような音を立てて、グウェンダはアレクセイの一撃を正面から受け止めていた。
 どんなに破壊力のある一撃も、鍔元を狙って受けられれば威力がそがれる。
 
「…フッゥ!!」
 
 しかし、アレクセイが驚異的なのは、弾かれた大剣の僅かな後退から、再びそれを斬撃に繋いだことだ。
 闘争本能から、さらに放たれた技【鷹影斬】。
 古典剣術の至宝【鷹の構え】。
 その真価は、この無我のコンビネーションにある。
 
 だがグウェンダは、なんと迷わず踏み込み、その一撃を自身の肩口で受けた。
 鈍い音は、彼女の鎖骨が折れる音。
 彼女の綿詰服を裂き、鮮血が吹くが、酷薄な笑みすら浮かべてグウェンダは重い敵の剣を払い、肩口からはずした。
 
「…こちらの番だぞ、優男」
 
 必殺の3連撃を凌がれ、一瞬できたアレクセイの緩み。
 
 グウェンダは、それを狙っていた。
 にわかに剣気を帯びた刀身が、ぶるり、と震える。
  
 ビュオォォォォォッ!!!!!!
 
 それは稲妻の閃きか、台風の暴威か。
 
 目を見張ったアレクセイは、全身を裂かれて転がるように吹き飛んだ。
 
「…ふむ。
 
 この連撃剣をとっさに防いで、まだ生きていることも、称賛に値するな優男。
 
 だが、貴公の乾坤一擲の闘い方。
 膂力で圧倒し、打たれ弱さを隠すためだろう。
 
 その傷で振るうには、いささか重そうな得物を使っているな?
 
 両手で振るわねばバランスの悪い、その大剣。
 鎖骨を折られても、利き腕で振るえる私の剣。
 
 さらに立って、全身を裂かれた身体で、私とその利便を比べてみるかね?」
 
 傷口を押さえながら、アレクセイは血で滑る身体を忌々しそうに起こす。
 
「ふふふ、驚きました。
 私がここまで追い詰められるとは。
 
 女性と侮らなくて、正解でしたよ。
 
 そのクロス、貴女も聖北の徒。
 主の御加護が等しくあるのですね。
 
 しかし、義は私にある。
 誤った同胞を正すのも、私の役目です」
 
 血に濡れる剣を、ぐっと持ち上げ、アレクセイは無理に胸元で十字を切ると、グウェンダを見つめ返した。
 
「…他者と闘った後の貴公に挑んだ分、私に利はあった。
 
 もっとも、船酔いのせいで、これ以上は勘弁願いたいが。
 やると言うなら、次は確実に止めを刺すとしよう。
 
 早く船室で休みたいのでな…」
 
 グウェンダの軽口に、アレクセイは口で傷口の血を吸い、拭って吹き捨てる。
 
「さきほどの攻防…まさか防御でくるとは。

 私の攻撃に耐え切って反撃するなど、正気の沙汰とは思えませんが…結果は大したものですよ。
 見事な駆け引きでした。
 上手く裏をかかれましたね。
 
 ふふ、船酔いの女性に負けたとあっては、生涯笑いものです。
 失った名誉は、挽回するとしましょうか。
 
 次は、私が貴女を血の海に沈めます。
 正しき信仰があるのなら、貴女は天の門をくぐるでしょう。
 
 そうすれば、船酔いに悩むことも、もう無いでしょうしね」
 
 互いに大きな傷を負いながら、それを致命傷にしなかった使い手の2人。
 滴る血で甲板を朱に染め、互いに油断無く睨み合う。
 
 オルフはだらしなく甲板に臥したまま、魅入られたようにその2人を眺めていた。

 
 
 プロローグ的なリプレイ2のお話の前編です。
 
 今回登場のグウェンダは、シグルトの知人で、男性版シグルトのような人物です。
 突きを主体にした剣術の使い手で、ブログ一周年記念でお配りしている『剣士の求め』のスキルを使います。
 
 アレクセイとのスキルを使ったバリバリのバトル、楽しんでいただけたでしょうか。
 
 
 アレクセイとグウェンダのバトルは、以下のような流れです。
 
 グウェンダが【隼踊穿】で奇襲、次のラウンドにアレクセイが【鷹の構え】。(【隼踊穿】の回避ボーナスで、グウェンダは攻撃をディフェンスしています)
 次のラウンド、アレクセイが【狼顎咬】と【鷹の構え】のボーナス召喚獣【鷹影斬】のコンボ、それをグウェンダが【鉄守構】でブロック。
 次のラウンドに【迅雷颶】でグウェンダがしかけ、アレクセイは【防御】とアイテムの防御効果でなんとか耐え切る状態。
 
 負傷状態はアレクセイが重傷で、グウェンダが半ダメージぐらい。
 グウェンダの【迅雷颶】は、破壊力が船酔いの行動力低下と負傷で発揮されず、体力の低いアレクセイでもなんとか生きてます。
 
 リプレイに関連する以上、データはぶっ飛んだものにならないよう、イメージして書いています。
 彼らが使った戦術は、実際にカードワースで使用できます。
 Martさんのプライベートシナリオ『焔紡ぎ』と、ブログの記念シナリオにあるスキルでできますので、よかったらお試しください。
 
 ええと設定狂に加えて、私って銀髪大好きです。
 シルバーブロンドとか、プラチナブロンドなんて、それはもう…
 某有名アクションRPGのフィー〇などは、ある方に頂いたイラストを壁紙ししてたぐらいです。
 
 グウェンダ、実を言うとシグルトより気に入ってたり。
 彼女の名前、グウェンドリンは、月の女神を語源とするウェールズ系の名前らしいので、なんとなく髪のイメージから名づけました。
 私、太陽より月が好きなのです。
 
 男性っぽい武骨口調も、普通のPCだとセリフ対応の限界からめったにシナリオで対応してないので、脇役になりましたが…この手のクールな女性、男装の麗人って、萌えます。
 自分で作った設定で萌えてれば世話ないですね…
 
 彼女はシグルトの外伝でも登場し、活躍させたいと思っています。
 シグルトのもてっぷり、前も宣言しましたが、だんだん明らかになります。
 
 
 今回の著作情報をば。
 
 今回アレクセイの使っていたスキルは、Martさんのプライベートシナリオ『焔紡ぎ』のものがあります。
 スキル【鷹の構え】と召喚獣【鷹影斬】です。
 著作権はMartさんにあります。
 
 登場人物アレクセイは、らっこあらさんが設定してくださったキャラクターです。
 著作権、使用権はらっこあらさんが最優先です。
 
 御承知ください。
 以後、リプレイでは、以上の著作権が尊重されます。
 
 後はとりあえず、今回拙作のスキルを適用しましたが、一応著作権があるものの、リプレイやレビュー、ショートストーリー(SS)、小説等で私Y2つのシナリオのスキル、アイテム、召喚獣、登場人物は、画像や音楽素材の著作権に触れなければ、自由に話に用いてくださってかまいません。触れる場合は、シナリオにある著作権を参考に、素材の作者さんの著作権は尊重してくださいね。
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序章 『鋼鐵の誓い』

 その丘は、いつやってきても柔らかな風が吹いている。
 少年は目を細め、微風の心地よさに身を任せた。
 
 少女と見紛うほどに、美しい顔立ちの少年だった。
 
 柔らかな青黒い髪は、随分と無頓着にまとめられている。
 北方人の白い肌でも、この少年ほど肌理の細やかなものはまずないだろう。
 整った鼻梁に、少し切れ長の青黒い瞳。
 深い淵を連想させるその瞳は、蒼天を映し、夜の海のような神秘的な輝きを放っていた。
 
 少年は周りを見回し、誰もいないことを確認すると、少し落胆したように肩を落とした。
 そして、傍らに置いてあった長い棒をすっと、構える。
 
 それは槍を振るう戦士の構え。
 
 シュッ!
 
 少年が踏み込みから、風を切るような鋭い突きを放つ。
 
 ヒュバッ、シュババッ!
 
 石突をイメージしての突き落とし、薙ぐような払い。
 
 年の頃はまだ10歳にも満たないだろう。
 しかし、少年の動作は鋭く、優雅だった。
 
 少年の国は武勇を重んじていた。
 いざというときは平民も戦士になる。
 男であれば強いことは美徳とされた。
 戦争が多く、加えて厳しい北方にある国だ。
 皆生き抜くために、強くあろうとしている。
 
 だが、平民の帯剣は禁じられていた。
 十字架を模した剣は騎士と王の武器であり、責務の象徴として神聖視された特別なものだった。
 だから、平民は弓や槍、鎚矛(メイス)や斧といった武器を用いる。
 
 子供であれば、武具の所持すら許されない。
 
 だから子供たちは、戦士になることを夢見、玩具の弓や槍を模した棒切れをてに、戦争の真似事をして遊ぶ。
 本物の武器を握ることが許されるのは、12歳になってからだ。
 どんな子供でも、その武勇は遊びを超えないのである。
 
 しかし、少年の技量は、すでに子供のものではなかった。
 そして眼差しも、嵐さえ貫くような気迫を放っている。
 
 俊敏な動きは、剃刀のように一撃一撃を形作っている。
 呼吸はすでに熱いものに変わっていた。
 少年の体格では、これだけの動きは重労働である。
 槍を模した棒は、下手な大人用の剣より重い。
 
 それでも音を上げずに、少年は得物を振るった。
 
 少年の技に、他の子供はついてこれない。
 もっと大きい子供や、大人さえ追い詰める実力である。
 
 かつて少年は孤独だった。
 だから、1人でひたすら技を磨いていた。
 友人が出来た今でも、この鍛錬は常に1人で行っている。
 
 少年は強くなりたかった。
 そして守りたいものがあった。
 
 母と妹。
 そして彼女たちの名誉。
 
 それは幼い少年にとって、最も大切なプライドだった。
 
 初めて少年がそれを願ったとき、短すぎた少年の腕は、母を侮辱した男に触れることもできなかった。
 そのときから、少年は禁欲的に己を磨いてきた。
 
 その孤独を寂しいとは思っていない。
 己に許された時は、少年にとっていつでも掛け買いの無い一瞬一瞬であった。
 
 だから、今日も少年は槍を模して棒切れを振るった。
 
「ほほ、精が出るの坊や」
 
 気配も無く突然聞こえた声に、少年は驚いた様子も無く振り向いた。
 
「遅いよ、婆ちゃん。
 
 約束の時間からもう半刻(一時間)だ」
 
 そこに立っていたのは白髪の老婆だった。
 腰が曲がり、纏った襤褸からのぞく腕は枯れ木のように細く、皺も多い。
 
 老婆は首をかしげ、遅れたつもりは無いぞぃ、と低い声で言う。
 少年はぶすっとした顔で天を指差す。
 
「…太陽の傾き、影の幅。
 
 この時間は、時が過ぎるのが早いし、いつだかすぐ分かるよ」
 
 少年に示唆され、老婆は困ったように笑った。
 
「お前は利発だねぇ、シグルト。
 
 儂の知るお前さんぐらいの子供は、手に持った玩具の数や、蹴飛ばした石ころの距離を気にするものさね。
 まあ、勤勉なのは良いことだよ」
 
 シグルトと呼んだこの少年に、時の見方を教えたのも老婆だった。
 
「役に立つから覚えてるだけだよ。
 
 知っていれば、食事の時間に遅れて叱られるへまもしないしね」
 
 子供とは思えない大人びた態度で、少年…シグルトは肩をすくめた。
 
「なんとまぁ。
 
 これでまだ8つだってんだから、本当にびっくりさね。
 お前さんはきっと大物になるよ…」
 
 老婆は感心したように、シグルトの頭を撫でる。
 
「僕は大物なんてなれなくてもいい。
 
 この手で母さんと妹を守れるように、強くなれればそれでいいよ」
 
 素朴な願いをシグルトは胸を張って言う。 
 シグルトは昔からちょっと変わった子供だと言われていた。
 
 彼の故郷は迷信深い国柄である。
 
 子供は物心がつくと、その前に大人たちが様々な道具を並べ、選んだものを育てる方針にする。
 教会の聖印を選べば僧侶、武器の玩具を選べば戦士、農具を選べば農夫になるように育てることが多い。
 もっとも、はいはいを覚えたばかりのような子供は大抵一番近くにあるものを選ぶので、親はなってほしい職業に関するものを側に置く。
 
 だが、シグルトは目の前の雑多なものに見向きもせず、家の倉庫にあって一番端に寄せられていた、鍛冶屋の使うような金床まで近寄っていき、その上に乗って窓の外に一生懸命腕を伸ばした。
 まるで青い空や風を掴もうとするように。
 
 それを見た大人たちは、シグルトはとんでもない人物になると噂しあった。
 
 母に似て目の醒めるような美しい容貌に、王国では伝説的なある人物と同じ色の髪と瞳。
 北方で最も愛される、不死身の竜殺しと同じ名前。
 加えて、公然の秘密となっている特別な血筋。
 
 しかし、少し大きくなったシグルトは、特別であることを求めなかった。
 目の前にあるささやかな幸せと家族を大切にする、勇敢で優しい子供になったのである。
 そして、とても高潔な心を持っていた。
 
 老婆はシグルトとの出会いを思い出す。
 
 老婆の仕事は、まじない師だった。
 聖北教会の教えが普及したこの国では、公然と名乗れる仕事ではない。
 
 そのときも老婆は、人々から石くれを投げられていた。
 蹴り倒され、腰を痛めた老婆を庇って、美しい少年は大人たちを睨んだ。
 
 大人たちがシグルトを諭そうと、老婆の邪悪さや醜さを示すと、シグルトは暴力に酔った大人たちの顔の、野卑な皺を示して言った。
 
〝無抵抗な老人に石を投げて歪む顔の方が、もっと醜い〟と。
 
 幼い子供に醜態を示唆された大人たちは、ばつが悪そうに、そそくさと去っていった。
 老婆は、シグルトに礼を言い、興味を覚えて話すうちに、その聡明さと意志の強さに驚いたものだ。
 
 だから、老婆は自分が持ちうる様々な知識を、シグルトが求めるままに教えた。
 
 古の神の伝承や、妖精や精霊や魔法の話。
 砂が水を吸い込むように、シグルトはそれを学んだ。
 
 そして老婆は、少年の特別な資質に気がついた。
 
 〈アルヴの加護〉。
 妖精や精霊に愛され、そういった人ならぬ存在を感じ取る能力である。
 加えてその力を支える何より必要な心、順応性。
 
 老婆にはもう一つの顔があった。
 精霊術師、という太古の神々や自然の精と感応し、特別な力を行使する術師である。
 
 老婆はまじない師として彷徨いながら、自分と同じ精霊術師としての才能を持つ者を探していた。
 
 全ては、偉大な精霊術師であり、老婆の師でもある女性の意思を守り、ある目的を遂げるためだ。
 
 精霊と人の共存。
 そして、異教同士の和解である。
 
 老婆の師は、ある聖女が唱えた理想に共鳴し、そのために世界中の精霊術師たちや、零落した神々に呼びかけてその目的を遂げようと努力していた。
 
 すでに隣国の大精霊術師の幾人かが、老婆の師に呼応するように活動を行っている。
 
 精霊術師を志すものを見出し、育成し、思想とともに世に放つ。
 彼ら、彼女らが新しい精霊術師の地位を作り、そして老婆の師が志したものは、不完全ながら実を結びつつある。
 
 南のリューンのような大都市では、聖北教会と精霊宮が同時に同じ都市に存在でき、精霊と交感を望む者たちが現れつつある。
 依然として争いも起こるが、それでも互いに理解しようとするものたちが現れている。
 
 しかし、聖北教会や聖典教会の過激な保守派たちは、依然として精霊術師を魔女や悪魔の使いと罵り、精霊たちは悪魔だと言う。
 古の神々やその神官たちの中には、神や精霊の地位の復権を願って独自に活動し、その中の過激な者たちの中には、自分たちを放逐した教会を憎んで滅ぼそうとする者たちもいる。
 あるいは、世俗を捨て、山野にこもって隠棲する精霊術師や古き神霊も多い。
 
 だからこそ、老婆は同志として相応しい資質を持つ者を探し、そこに和平の種を蒔くのだ。
 その者がいずれ、その教えから学んで精霊を知り、共に歩んでくれるように。
 
 老いた老婆は、身体も知識も衰えつつある。
 だから、老婆は最後の仕事と、シグルトに様々な世界の真実を語るのだった。
 
 そして、シグルトはそれを素直に聞いてくれる子供だった。
 
 
「さて、今日は何から話そうかね?
 
 この間は、モリガン、マッハ、バーヴの三面の女神の話をしたんだったね。
 ふむ、では神々の母ダナの話でもしようか」
 
 老婆が近くの石に腰掛けると、シグルトは頷いてそこにかがむ。
 
「偉大な大地の母ダナ。
 ケルトの神々が沢山の顔を持つように、彼の女神も沢山の姿と性格をもっておる。
 
 それ故、ダヌ、アヌ、アナなどとも呼ばれ、細かい性質は語られない。
 偉大なる母は多くを持つ故に、一つでは無いのさね。
 そして、その性格がダナの生んだ子供たちの性格として残っているのだよ。
 
 儂の言うダナは、鋼鐵(こうてつ)の守護者と言われるその神格の一部さね。
 
 ダナが鋼鐵を司る姿で現れるときは、鐵(くろがね)の化身の蟲どもを眷族とする褐色の肌に女の姿で現れる。
 翡翠か緑玉(エメラルド)のように美しい緑の瞳で、緑色を帯びた銀髪、豊満な姿の美しい女じゃ。
 肌は大地、銀髪は加工した鋼、そして緑の瞳は自然と宝…富と力と神秘を現しておる。
 
 なぜダナが鋼鐵を司るのか。
 それは、ダナが鉄器の時代の守護者であり、その時代の神々の母だったからじゃよ。
 
 鉄は新しい時代の象徴じゃ。
 そして、精霊や妖精は鉄を嫌う。
 魔力を食らうからの。
 
 古きものを終わらせる、しかし、神の古(いにしえ)をその身に持つ女神。
 故に鐵と特別な言葉を使う。
 そして、鐵よりも鋭く磨かれた鋼を加えて、鋼鐵の女神、あるいは玉鋼の女神と言うのじゃ。
 
 ずっと昔、彼の女神は、人の守護者であり象徴であった。
 戦争や武具は、教会の連中は堕天使が人に教えた悪徳だと言う。
 しかし、それを使って鋼鐵の堅牢さで人を守ることもできる。
 鋼鐵とは新しい時代の象徴であり、力無き人間が象徴する新しき力なのじゃ。
 
 故に、ダナは神より後に生まれた人間たちを愛して、この神格をもって守護なさった。
 そして、人が道具で困らぬように鍛冶の守護者にもなり、魔物に苦しめられず、妖精の悪戯に泣かないように鉄に魔力を与えて鐵となされたのじゃ。
 最後に人が己の道を切り開けるように、刃金、すなわち守り切り開く刃を与えてくださったのじゃ。
 
 神々の衰退とともに、多くの神々は去り、あるいは零落していった。
 だが人々が鉄を用いているかぎり、ダナはその眷属の蟲に守られてそこにおる。
 人が、打ち直すことのできる、守ること切り開くことのできる魔力を秘めた、鋼と鐵という恩恵に気付くまで、眠ったまま、の…
 
 我ら人は等しく、母なる大地の眷属、ダナの子供たち(トゥアハ・デ・ダナーン)の恩恵を受けたその継嗣。
 そして天の下、風と森が奏でる調べを聞きながら生きるのじゃ…」
 
 シグルトは神妙な顔で老婆の話を聞いていた。
 老婆は満足そうに頷き、シグルトを慈愛の瞳で見つめた。
 
「ここまでで、何か質問はあるかの?」
 
 少し考え、シグルトは何かに気付いたように頷いた。
 
「前に婆ちゃんは、オーディンとその眷属、そしてゼウスとオリュンポスの神々の話をしてくれた。
 
 教会の坊さんが言うには、神様は1人で、女は人を堕落させた悪い存在だという。
 ダナは女神、女の神様なんだよね?
 
 何故婆ちゃんの話は、世界の神々の話は違うんだ?
 
 どれかが間違っているのかな?」
 
 老婆は一つため息をつくと、大きく頷いた。
 そして老婆が語りだそうとする、そのとき…
 
「全ては誤りであり、全ては真実。
 
 神は等しく一つで、そして別の存在なのよ」
 
 突然の第三者の声。
 鈴を奏でるような澄んだ声に、シグルトも老婆も驚きを隠せない。
 
 現れたのは女だった。
 
 白を貴重とした質素だが上品な服を纏い、背には純白の弓。
 対照的に風になびいているのは、艶やかな青黒い髪。
 優しい光を湛えて輝く切れ長の深い、青黒い瞳。
 白雪を思わせる肌、そして黒髪からのぞく、白く小さく尖った耳がとても印象的な美しい女性である。
 
「お、お師匠様っ!」
 
 驚いて石から転げ落ちそうになる老婆を素早く移動して支え、女は優しげな微笑を浮かべた。
 
「こんなお婆ちゃんになっても、相変わらず貴女はあわてん坊さんね、ジョカ」
 
 くすくすと笑われて、老婆はしゅんとなる。
 
 1人じっと女性を見上げていたシグルトは、その女性が驚くほど母や自分に似ているので、首をかしげた。
 髪と瞳はシグルトとまったく同じように、珍しい艶の青黒い色だ。
 
「こんにちは、シグルト。
 貴方のことは、貴方よりも知っているのよ。
 
 私はオルト。
 そういつも名乗っているわ。
 全部名乗ると、ちょっと長いからなの」
 
 老婆を石に腰掛けさせると、女性…オルトはシグルトの側に歩みより、屈んで目線を合わせた。
 
 シグルトが、困ったような顔をする。
 オルトが、それはなぜかと尋ねた。
 
「…僕の母さんもオルトって呼ばれるんだ。
 
 その、名前が長いから」
 
 女性は楽しそうに笑って頷いた。
 
「そうでしょうね。
 
 もう無くなってしまった家だけれど、ワルトの女は代々〈オルト〉を名に冠していたのよ。
 その1人である貴方のお母さん、オルトリンデもね。
 
 そしてこの国の王家の女は〈アルフ〉を冠する…意味は森の妖精エルフのことよ。
 
 だから、貴方の妹のシグルーンはそうじゃない初めての女の子かもね」
 
 オルトとシグルトが側にいると、まるで親子のようだ。
 顔立ちまでよく似ている。
 
 持った神秘的な雰囲気まで、そっくりな女性だった。
 
「その、僕や母さんの親戚?」
 
 シグルトが聞くと、オルトは大きく頷いた。
 
「ええ。
 
 ついでに言うなら、元祖のオルトよ。
 とっても偉いの」
 
 首をかしげ、冗談めかして言う。
 だが、それが真実であることは、その女性の正体を知れば、国中の者が頷いたであろう。
 
「…似ているでしょう?
 
 貴方の髪も瞳も、皆私のお父さんと同じ色なのよ。
 貴方も本当によく似ているわ…私のお父さんや、可愛い坊やに」
 
 目を閉じてそっと女は呟いた。
 それはシグルトもよく知っている英雄の名だった。
 
「僕はシグルトだよ?」
 
 シグルトがそう言うと、オルトは潤んだ目元を拭きながら、そうね、と微笑んだ。
 

「お師匠様、なぜこの国に?
 
 今やこの国は、お師匠様のようなハーフエルフは町の中を歩けないぐらい、聖北の過激な連中が闊歩しております。
 その、お師匠様に縁の深い国では、ありますが」
 
 老婆が困ったようにオルトに尋ねると、首肯した彼女は立ち上がった。
 
「エルフやハーフエルフの多くは、隣国のスウェインやイルファタルに移動しているわ。
 かつては白エルフの森に面していた妖精郷も、見る影も無いわね。
 
 つい先日まで、“風の御后”に逢いに行っていたの。
 彼のお方も、同じようなことを嘆いていたわ。
 聖北は異形の者に狭量で、残虐だって。
 
 あの方は、変わらず私たちの考えには、否定的でも肯定的でもない態度を崩さないんだけれど。
 それでも、聖北等の一神教以外については、ある程度は理解を示してもらえそうな気がするわ。
 基本的には社交を愛する方、だもの。
 
 もっとも、狡猾で老獪な古の風の女王様。
 正直、同志になれるかは分からないわね。
 
 ふふ、今そこで風を読んで、私たちを見ているかもしれないわ。
 すべからく、風の噂はあの方の支配領域ですもの。 
 
 久しぶりにハーレーンにも逢ってきたわ。
 
 あいも変わらず、隠棲する様子だけど、彼の側にいると疲れるわ。
 笑いをこらえるので、精一杯になってしまうから。
 彼の気持ちを考えれば不謹慎だけど、突飛だわ、あの姿は。
 あの人を説得するのは、たぶん無理ね。
 一番彼女の側にいた人だから、逆に人間たちの裏切りは許せないんだわ。
 
 今オルデンヌがいたら、と考えてしまうのは、私も未練かしら。
 
 …でも、有力な理解者は得られた。
 彼の大魔女“夜の風”がリューンで生存していたことは、最大の収穫だったわ。
 弟子の一人がきな臭い活動をしているようだけど、まあ大丈夫でしょう。
 “風唄い”の魔女たちには、是非味方になってほしいわね。
 
 西方と北方の理解者と勢力拡大は、安定してきたわ。
 あとは南方大陸か、東方の国々よ。
  
 今度は長い旅になるから、里帰りをと思ってね。
 はるか東の地を目指そうと思っているの。
 だから、ジョカにもやってほしいことができたのよ。
 
 大変だけれど、構わない?」
 
 シグルトの知らないことを矢継ぎ早に口にするオルト。
 困ったように、老婆は項垂れた。
 
「私はまだシグルトに多くを伝えておりません。
 
 たった1年。
 それでは…」
 
 老婆の言葉に、オルトは神妙に頷いた。
 
「…そうね。
 
 1年前、貴女がシグルトを見出し、話を聞いたときは驚いたわ。
 そして、彼を遠見の水晶で見たとき、その心霊(スピリチュアル)の輝きに目を見張った。
 この子はこんなにも優れた資質を持っている。
 気難しい鐵たちにさえ愛される、不屈の魂。
 
 だからこそ、今日、私は会うためにやってきたのよ。
 
 この子が私の刃金を継承してくれるように、伝えるためにね」
 
 老婆は大きく目を見開く。
 
「そ、それは…ダナの担い手をシグルトに?」
 
 オルトは頷く。
 
「本来、ダナは戦士の守護者。
 孤高を心に抱く、清廉な武人こそ寵愛するわ。
 
 鋼鐵を鎧い、刃金を振るう勇者にこそ、ダナは宿るのよ。
 私はいわゆる仮宿に過ぎないわ。
 
 でも、一世紀前に行方をくらました担い手の戦士、その行方が分からない。
 眠ったダナを見つけられるかは、シグルト次第。
 鋼鐵と刃金を資質として受け継ぎ、鐵の王族と白エルフの血を持つ、待ち望んだ男の子。
 シグヴァイスと同じ術者の資質、シグヴォルフと同じ武勇の資質を備えた、待ち望んだ後継者。
 
 でも鋼鐵の孤高は侵されざるもの。 
 私はただ、ここで種を彼に預けて、そしてこの子を誘うだけ。
 
 その先を決めるのも選ぶのも、すべてこの子よ」
 
 シグルトは困ったように眉根を寄せた。
 先ほどから、自分のことを勝手に相談されているようで、面白くない。
 
「…ごめんなさいね、シグルト。
 
 私たち、つまりこのお婆さんも一緒に、これから遠くに行かなければならないの。
 二度と会えないかもしれないわ。
 突然のことだけれど、大切な用事ができたの。
 
 シグルト。
 本当はね、貴方には彼女に任せずに、私自身が精霊の、神のなんたるかを教えたかった。
 
 貴方は古今稀な、鋼鐵の魂を持つもの。
 孤高にして道を切り開く先駆者、護り手にして勇者の持つべき不屈の魂をその身に宿す、精霊の愛し子。
 
 貴方は、志せば一国の王にもなれる資質を秘めているわ。
 
 けれど、同時にそういった資質は試練の相。
 
 〈英雄〉とは栄光と悲劇を同時に招く波乱万丈の道。
 望む望まぬに関わらず、それに対峙し、試練を乗り越えられなければ破滅する危うい宿命を持つ者のこと。
 
 人を惹きつけ、人に憎まれ、常人がなしえない偉業を遂げる機会を困難と共に与えられる。
 
 貴方はその稀有な資質ゆえに、ダナが求める宿り主。
 
 鋼鐵が象徴するのは、新しい時代、変革、堅牢、加護、破壊、そして再生。
 その化生たる刃金は切り開く力と、死。
 
 ダナは大地の化身であり、守り与える母。
 そして全てを奪う死の女神。
 
 相反する力が混在する、最も純粋にして複雑な太古の大女神。
 
 私たち精霊術師が、“一なる母”と呼ぶ特別な神霊なの。
 
 錆び果てて死を迎えても、打ち直されて蘇る不死の象徴なのよ。
 
 そして鋼鐵を鍛えるのは常に人。
 努力し尽くすことで強くなる、人の守護者。
 
 殺し奪う武器の冷酷。
 耕し開墾する創造主。
 錆び枯らす腐敗の招き手。
 地より生まれる道具、器械の根源。
 血潮に宿る命の赤。
 そして、破壊と再生の先にある未来。
 
 それらは子として生まれた神々であり、母であるダナの一つ。
 ダナは沢山の側面を持った数多の化身があり、けれどそれは全てであるダナにつながるダナの一部。
 
 全能なる聖北の唯一神は、唯一つであるゆえに、現れる天使や悪魔も、唯一神の一面に過ぎない。
 唯一神は子供のように無邪気に奪い、呪い、そして愛し、与える。
 否定するのはその一面であり、受け入れるのもまたその一面なの。
 
 同じであるということは、違うという矛盾した裏側を必ず持っているわ。
 
 だから神々は信じることを求めるの。
 正しく歪な存在が、矛盾せず存在できるように。
 矛盾すら認めることが信じること。
 そして、理想と夢想という神を実現させるために、私は信じているの。
 
 精霊とは事象の一面が性格を得て現れた、自然の霊たちなのよ。
 夢想から生まれた恐怖や信仰、そして畏怖と憧憬が作り出し、真実になっただけ。
 
 一面を信じ、一面を否定すれば、結局は絶対など成り立たない。
 影は光がなければ現れないように、光は闇の中でこそ輝くように。
 
 どんなに否定しようと、どんなに妄信しようと、貴方はそこにいる。
 貴方が貴方なのよ、シグルト。
 
 迷いの無い心を持ちなさい。
 それは私が貴方に渡す、未来への扉。
 
 心に不屈の鋼鐵を抱きなさい。
 それは私が貴方に譲る、護り手の鎧。
 
 その手に鋭利な刃金を握りなさい。
 それは私が貴方に託す、未来を切り開くための利器。
 
 受け入れることを、東方の聖者は〈諦〉、すなわち諦めると説いたわ。
 全てをよく見据え、よく聞き、よく考えて受け入れなさい。
 疑いの先にも、答えがすでにあることを忘れないで。
 
 貴方が〈あるがまま〉という折れない鋼鐵を持って、それを信念に歩むなら、それが貴方が道を切り開く刃金になる。
 たとえ理不尽が貴方を砕いても、折れぬ心があるのなら、打ち直されて練磨され、鋼鐵は蘇るの。
 
 貴方が護られるように。
 貴方が挫けないように。
 貴方が信じる道を見つけられるように。
 
 私はいつも願っているわ。
 
 愛しい、私の青黒い継嗣。
 もし、貴方が迷ったら、私の言葉を思い出して挑み、尽くしなさい。
 
 どうか、貴方の道に幸せがありますように…」
 
 長い長い話を終えて、オルトは優雅に微笑んだ。
 
 シグルトは何かを考え、そして決意に満ちた顔で神妙に頷く。
 そして、それ以上は聞かなかった。
 まるで、オルトの言葉をそのまましっかりと受け入れるように。
 
 満足そうにオルト…伝説の神仙にして大精霊術師オルテンシア姫は、シグルトの頭を撫で、その身をそっと抱きしめた。

 
 
 久しぶりの小説更新です。
 
 また新しいカテゴリーが増えてますが、シグルトの話なので、関連事項ということで。
 
 この話は、シグルトの過去にどんなことがあったかを表現していくものです。
 
 シグルトの少年時代がオープニングになっているのは、どうしても登場させたかった人物がいたからです。
 
 ハーフエルフの女傑、オルテンシア姫。
 彼女の存在と言葉が、シグルトの不屈の姿勢は、彼女の言葉から始まることを書きたかったわけでして。
 
 『カードワースリプレイ、R』と一緒に読んでくだされば、たくさんある伏線が明らかになっていきます。
 クロスするシナリオなんかもすでにあったり。
 
 今回、オルトが言っている、とっても長いちんぷんかんな話は、全部伏線なので、何のことかは何れ書きたいと思います。
 
 
 シグルト、少年時代からすでにこんな奴でした。
 硬派で武骨って、私はこんなイメージなのですが。
 
 英雄型らしく、ちょっと誕生の話とか、特別な血筋とか書いてますが、私が表現したいシグルトは、こういう立場でないと表現できないんです。
 私はでっかい話を持ち上げ、その草葉でひっそりと語られるイイ話がとても好きなのです。
 金より銀、太陽より月が好きな奴なので。
 壮大な設定と背景は、シグルトの素朴な願いと幸せを、彼が苦悩しながら守ろうとする姿の、踏み台に過ぎないんです。
 
 ええと、ここでもはっきり宣言しておきます。
 シグルト、ナンパではありませんが、カサノヴァ級に女性に愛されます。
 おそらく、多くの男性から嫌われそうな設定ですが、シグルトのあるストーリーのためにどうしてもそうする必要があったんですね。
 シグルトが女性との恋愛遍歴が多いわけではありません。
 異性として人気があったり、惚れられやすいということだけです。
 こういう男が嫌いな方、ごめんなさい。
 
 でも、シグルト自身はまったくそうなることを望んでいない、鈍感男です。
 憤慨せずに読んでいただければ有難いのですが。
 
 
 そろそろ、こういう更新も頑張っていこうと思います。
 次はリプレイ2か、『鬼姫傳』かなぁ。
 
 長くなりますが、よろしくお願いします。
シグルト外伝 『青黒い稲妻』 | コメント:2 | トラックバック:0 |

『剣士の求め』はこんな感じ?

『剣士の求め』スクリーンショット


 スクリーンショットです。
 
 
 スクリーンショットに使われているスキル等の画像は、以下の方々に著作権があります。
 一緒のPC画像は、葛葉ふみさんの画像を使わせて頂いてます。
 シグルトのみ、口元をちょっとだけ改変してます。


《著作者詳細》  
 
【GroupAskさん】
 HP:GroupAsk Website
 URL: http://www.ask.sakura.ne.jp/
 
【Martさん】
 HP:esotismo.
 URL:http://esotismo.sakura.ne.jp
 
【りやさん】
 HP:Iwee!
 URL:http://dawns.fc2web.com/
 
【玖來空さん】
 HP:Campanella
 URL:http://roo.to/nadir/

【八雲蒼司さん】
 HP:蒼の雲海
 URL:http://cloud.nce.buttobi.net/
 
【葛葉ふみさん】
 HP:ゆめびより
 URL:http://urawa.cool.ne.jp/fumi2/
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“風を駆る者たち”消去完了

 前の記事でも触れましたが、Martさんからお預かりしたカードワースリプレイ、『“風を駆る者たち”リプレイ』を消去致しました。
 
 このことについては、Martさんのブログにても表明されています。
 
 この消去に関しては、Martさんとやりとりし、よく相談して決めたことです。
 私の旧リプレイのパーティが、ハードディスクごとお亡くなりになり、専門家でも復旧不可能だと太鼓判を押されて、リターン版に乗り切ったのですが、旧版からの加筆及び変更、Martさんのシナリオ『碧海の都アレトゥーザ』の改変、私のシナリオデータの改変(じっくりと進行中です…一度データが吹っ飛んで、復旧&再度の素材合成に時間がかかってます)など、多くのことがあり、私にもMartさんにもいろんな理由ができていたので、その上で互いの考えを伝え合い、相談して決定しました。
 
 
 “風を駆る者たち”はリターン版でも活躍してもらう予定です。
 彼らはいなくなるわけではありませんので、よろしくお願いしますね。
 
 
 素晴らしいリプレイを、私のブログで公開できたことは、光栄に思っています。
 皆様の心のどこかに、“風を駆る者たち”が残っていてくれると、嬉しいなぁ、と私は思うのですが。
 
 公開に際して、至らない部分もたくさんありましたが、これからまた精進して行きたいと思う次第です。
 
 Martさんへ。
 この素晴らしいリプレイを作って下さったことを感謝致します。
 これからもお互い、マイペースに頑張りましょうね。
 お話したように、ニコロたち、引き続きリターン版で使わせていただきますので。
 
 そして、応援して下さった皆さんへ。
 ありがとうございます。(現在進行形)
 これからも、ぜひ応援して下さいね。
 
 “風を駆る者たち”へ。
 休ませないで、リターン版に引っ張り出すので覚悟しましょう。
 これからも、よろしくです。
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