Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

『夜の風』

 ならず者と乱闘騒ぎを起こした次の日…
 ラングは、まだ暗い街道を歩いていた。

 今まで何をしていたかと言えば、明け方近くまで飲ませてもらい、助けたフランチェスカという娼婦の男…盗賊ギルドの幹部と親交を深めていた。
 
 ギックと呼ばれているその男は、情報屋の部門で台頭してきた人物で、公正な性格から部下にも慕われている。
 ラングとは仕事でも何度か関わり、互いに貸し借りを作っていた。
 それを除けば、ときおり共に酒を飲む関係になっていた。

 ギックとの会話を思い出し、苦い顔になる。

「…また世話になったな、ラングの旦那。
 
 どうだい?
 金は弾むから、俺の用心棒にならねぇか?
 
 あんたは鼻も利くし、隙がねぇからうってつけなんだが」

 ギックの誘いに、ラングは即答で断った。

「用心棒なんて、一所に留まるだけの仕事はごめんだぜ。

 だいたい、顎で使われる仕事は向かねぇんだよ。
 俺は、気に入らなきゃ王様でもぶん殴る性質だからよ。

 まぁ、今の仕事で食って飲めることだし、遠慮しとくわ」

 ラングの言葉に、ギックは残念そうに肩をすくめた。

「旦那ほどの腕なら、仕事はよりどりなのによ。

 なんでまた、いつのたれ死ぬか分からねぇ冒険者なんて続けてるんだい?」

 ラングは少し考えてから、さぁなと答えた。

「…俺も分からねぇんだ。

 冒険者なんて、扱いはならず者扱いで、金だって大して得られ無ぇ。
 俺みたいに荒事専用の単独で活動する冒険者は、仕事だって限りがあるし、きつい仕事の割に報われてる感じもねぇ。
 
 だが、なんでか止められないんだよ。
 なんでか、な…」

 
 ケチがついたのか、その後の酒は味気なかった。
 朝が明けるには早かったが、早々に切り上げて、ラングは夜道を歩いていた。

 やがて廃墟ばかりが目につく場所に出る。
 街灯も無く、すえた石の薫りと濁ったドブ水の悪臭が鼻を突く。

 そこは〈宵闇通り〉と呼ばれる、貧民街の一角だった。
 
 ラングはかつてこの地区に住んでいたが、酷い疫病が流行り、一区画丸ごと廃棄されたのだ。
 陰惨な話だが、生き残りはラングしかいなかったので、覚えている者も少ないだろう。
 
 父も母も幼馴染みも、皆苦しむ暇もなく死んで行った。
 
 ラングは、廃棄に踏み切ったリューンの役人を恨んではいない。
 それほどに、その疫病は強力で、あっという間に死を蔓延させたのだ。

 ラングもまたその病に罹ったが、偶然と幸運が重なり助かった。
 何もかもを失ったラングは、そこからたった一人で冒険者を志し、今がある。
 
「そういや、俺が冒険者になったのは、ここで元冒険者の男の話を聞いたから、なんだよな」

 ちょっとした広場に着くと、ラングは朽ちた杭の跡を軽く蹴って、一人呟いた。

「…重そうな棒きれを軽々と振り回す様子が、魔法みてぇだった。

 俺が剣の素質を見込まれて技を習うようになって…
 だからこうやって食っていけるようになったんだよな。

 あの頃の俺は、夢ばっか追いかけてた…」

 そして、独り言を言った直後の空しさから、照れたように頭を掻く。
 周りには誰もいないのに、だ。

「…ついでだ。

 姐さんとこにでも寄ってくか」

 照れ隠しのように、ラングは大きな身体をゆすって歩きだした。


 もう少し歩くと、古びてはいるが人の手の入った建物が見えて来る。
 壁に香草で作られた輪が掛かり、悪戯書きに見せかけて見たことも無いような文字が描かれていた。
 それらが魔除けと人除けの結界であることを知らなければ、この場所に近づくすら出来ないだろう。

 入口に近づけば、そこには道具屋を示す看板が傾いで掛けてあった。

 ラングは感慨深げな顔で看板を直し、正確に四度ノックすると、扉を無造作に開けた。
 途端に香草の何とも言えない香りが鼻を突く。
 奥からロッキングチェアの軋む音が、規則的に聞こえて来る。

「…朝早くわりぃな。

 近くまで来たからよ。
 姐さん、いるか?」

 乱暴な口ぶりでラングが奥に声をかけると、ゆったりとその女は、腰かけていたロッキングチェアから身体を起こした。
 彼女が手を一振りすると、壁に掛かった蜀台の蝋燭に火が灯る。

「…よく来たねラング。

 相変わらず婆が一人いるだけさ。
 酒は出せないが、お茶でよければ飲んでお行き」

 椅子に腰かけたまま、その女性は穏やかに微笑みかけた。

 長い黒髪に、蝋燭の炎を反射して爛々と輝く赤い瞳。
 丹を塗ったような紅い唇の下に一つ小さな黒子があるが、それが彼女をますます妖艶に見せている。

 日焼けや垢の汚れ一つ無い白い肌は白磁のようで、整った顔立ちは若々しくラングと同い年ぐらいにも見える。
 だが、纏った気だるげな雰囲気が、もっと老いた年寄りのような印象も与える女性だった。

「やっぱり休んでたのか?

 起こして悪かったな」

 頭を掻くラングに、女性は微笑んで首を横に振った。

「病んだ身体だから、大半は眠ってるさ。
 珍しい客が来た時ぐらい、起きなきゃね。

 それに、ここはあんたの家だろう?

 私は、間借りしてるだけの居候さね。
 遠慮はいらないさ」
 
 喋りながらゆっくりと起き上がり、慣れた様子で湯沸かしに水を入れ炉に懸けると、ひとりでに火が付く。
 彼女が歩くと、誰が持っているわけでもないのに、ふわりと茶葉の入った小瓶がテーブルに降りて来た。
 
 ポットに茶葉を掬い、湯を入れて蒸らしはじめると、女性はラングに椅子をすすめて、自分もその前に座る。

「…身体はどうだ、姐さん。

 欲しいものがあれば、買ってくるから、言ってくれよ」

 普段の荒っぽさからは予測できない優しげな口調で、ラングは問うた。
 
「…ふふ。
 身体は相変わらずさ。

 お前さんが温めてくれるなら、少しは良くなるかもしれないがね」

 唇をぺろりと舐めて、誘う様に流し眼を送る女性。
 敬虔な僧侶でも誘惑されそうなその仕草に、ラングはやめろとばかり手を振った。

「…それは残念。

 誘って断られるなんて、やっぱり私も耄碌したかねぇ」

 しなやかに腰を振り、女性はさっとお茶を煎れる。
 甘い香草の香りがあたりに漂った。

「姐さんは十分魅力的だよ。

 だから止めとくんだ。
 骨抜きにされるのが見え見えだからな。

 そんなに色っぽく誘うのは勘弁してくれ」

 苦笑いをしながら、ラングは美味そうに茶を啜った。

 
 この女性の名は、シルヴェリア。
 だが、世には別の名…悪名の方が轟いている。

 希代の大魔女“夜の風(ナイトウインド)”。
 
 聖北教会から最大級の異端として指名手配され、異端の討滅を生業とする者たちが血眼になって捜している人物だった。
 
 年の頃は20代半ばから後半にしか見えないが、この女性が数百年生きている隠者であり、伝説的なまじない師であることは、古い書物にも書かれていることだ。

 数々の悪魔を使役し、人を呪う術を究め、辺りに災いを振りまく…
 教会の書物にはそのように描かれ、恐れられている人物である。

 だが、ラングの知るシルヴェリアは、そういった妖術師の類ではなかった。
 古今の様々な知識に通じ、占いから錬金術まで極めているが、人を呪うよりも遠くから観察しているだけの隠者である。

 聞けば、とある歴史書にも出てこないような古い神を父親に持つ半神の神仙で、古い月の女神を崇敬する巫女の末裔だという。
 敵対者には徹底的に冷酷だが、望んで殺戮や暴虐を働く様な邪悪さは無い。

 先ほど淫蕩な様子で誘って見せたが、それはあくまでもラングを気に入っているから、からかった程度。
 前に聞いた話では、身体を許すほど恋をしたのは、数百年の中で数える程らしい。

 そんな彼女とのなれそめは、数年前。
 
 シルヴェリアが大規模な異端狩りに遭い、酷い怪我を負って息絶え絶えだったところをラングが救ったのだ。
 その時の傷が元で、シルヴェリアは今でも一日の大半を眠って過ごしている。

 ラングは、廃棄され後貧民街と化したこの地区の自分の生家に彼女を匿うことにした。
 
 恐ろしい疫病が流行ったという事実は、迷信深いものを近づけない理由として十分だったからだ。
 実際は、住む場所を追われた一部のストリートキッズや貧民が逃げ込んでいるが、病気が再発したという噂は聞いていない。
 加えて、伝説の隠者が人払いの結界を張れば、隠蔽においては最高の場所であった。

 以来、シルヴェリアは穏やかな時を過ごし現在に到るというわけだ。
 
 その礼だとでもいうのか、シルヴェリアはラングに様々な手助けをしてくれる。
 冒険で行き詰った時、治療が必要な時、知識が必要な時…
 シルヴェリアは惜しむことなく、その知識と技術で窮地を救ってくれた。

 子供と呼べる時分に天涯孤独になったラングにとって、今やシルヴェリアは母や姉のような存在である。
 
 ラングは、何か悩みが出来た時はここを訪れるようにしていた。
 帰る場所があることで、戻ってくることで、失ったモチベーションを取り戻すのだ。

 シルヴェリアもまたラングに対して、独特の愛情表現をしてくれる。
 超倫理的な考えの持ち主である彼女は、時に誘惑してラングを困らせることもあるが、必要な時には叱り抱擁し支えてくれる存在だった。

 本人は、自分を年寄りだといって憚らないが、ラングは親しみをこめて「姐さん」と呼んでいる。
 最初の頃は照れた様子だったが、それでも先輩格として慕ってのらえることが嬉しいのか、シルヴェリアはラングの呼ぶにまかせていた。


「…ラング、疲れた顔をしているね。
 冒険者を続けることに、迷っているのかい?

 まぁ、現状に倦むことはよくあることさ。
 私みたいに隠者なんぞやってると、悲観的になることは日常だけどね。
 でも、茶を飲んで忘れられることもあるものさね。
 
 どれ、久しぶりに占ってあげよう」

 黙って茶を啜っていたラングに、表情一つでその心を見抜いたシルヴェリアは、革袋から小さな貴石を数個取り出す。
 テーブルに不思議な文字の書かれた羊皮紙を敷き、呪文を唱えながらそこに貴石を一つ一つ転がした。

 呪術に通じるシルヴェリアは、占いや星読みにおいても一流の使い手である。

 俄かにシルヴェリアの表情が曇り、溜息を吐く。
 結果が気にくわない、というか、何かに拗ねているような様子もあった。

「…大いなる試練と、白い女。
 
 もうじきお前は、世に知れ渡る偉業を成し得るようだ。
 出逢った時から強い運命を持つ男だと思っていたけど…お前は伝説に残ることを成すかもしれないね。
 
 その傍らには、運命の女がいる。
 それが私でないのはちょっと癪だがね。

 禍々しい忌まわしいものがお前の敵となるが、お前はそれに挑むだろう。
 その時、白い刃と紅い炎、闇色の虎がお前を助けてくれる。

 おや、女難の相があるね。
 お前は好い男だから、さぞ振り回されるだろう。

 運命の先は見えないけれど、それは可能性を失わないお前の強さ故のこと。

 私の星も関わっている、助言者として。
 これは、あの娘も…

 私のしてあげられることは、随分ありそうだね」

 意味深なシルヴェリアの言葉に、ラングは肩をすくめた。
 抽象的な言葉が多いが、それが占いであり、その意味は自分で見つけて行くものだとシルヴェリアは言う。

「絶対を謳う託宣に振り回される時、その者は運命に負けるということさ。

 不幸が分かっていることに懊悩し、可能性を無くしてしまったものが辿るのは悲劇でしかない。
 そんなもの、知らない方がいいのさ。

 分からないからこそ意味を探求し、見つけ出すのが占いを行う上での意味になる。
 
 宿命なんてものは、科すものじゃない。
 過ぎ去ってから気付いても遅くはないよ」

 シルヴェリアは、その気になれば未来のあらゆることを見通す業も持っている。
 だが、あえてそれをしないという。

 分かっている未来に振り回された結果は、つまらないものになるからだ。
 外れる可能性を残すことで、運命の逃げ道を作るのも占いのコツらしい。

「…この運命は、お前が冒険者を続ける上で到る道だよ。

 止めるもよし、続けるもよし。
 なんなら、此処でしばらく休んで決めればいい。
 焦っても見逃す道の方が多いのさ。
 
 たまには私の話し相手になって、冒険の自慢話でもしてお行き。
 婆の一人暮らしは、人肌が恋しくなるしね」

 軽くウインクして、シルヴェリアは占いを終えた。

「それもそうか。

 じゃあ、二、三日世話になるよ。
 ついでに町から買い物でもして来てやるから、欲しいものがあれば言ってくれよ」

 慣れたようにシルヴェリアの冗談じみた誘惑を躱すと、ラングは身につけていた漆黒の鎧を脱ぎ、背負っていた黒塗りの大剣をテーブルに置く。
 
 愛用の黒い鎧は、実は黒く塗りつぶすほどの呪文によって、鋼鉄以上の硬さを得た魔法の革鎧だ。
 この鎧の魔力付与も、シルヴェリアが行ってくれた。
 オーガの棍棒やグリフォンの鉤爪に耐え、ラングの命を何度も救ってくれた逸品である。

 再生の魔力によって、傷一つ無い鎧を見つめながら、ラングはしばしの休息を願うのだった。


 久しぶりの小説更新です。
 今回登場するのは、Y2つの世界観で重要な役目を果たす大魔女“夜の風”シルヴェリアです。

 彼女は放浪する風の龍神リヴレルムを父に持つ、半神の隠者で、“風唄い”と呼ばれる魔女集団の頂点に位置するまじない師です。
 “風唄い”は、自然と月の女神ディアナを崇敬する古い魔女の一団であり、風の精霊に関わりが深いことからこの名で呼ばれます。
 魔女といっても、現代的なウィッカに近い善でも悪でもない集団であり、異端者として語られる邪悪で淫蕩にふける魔女からすれば、自然崇拝系のシャーマンに近いかもしれません。
 最も、何百年も生きたシルヴェリアは、優れたまじない師であり、数多くの精霊…魔神を使役する術師でもあり、聖北教会には否定的ですから、異端者として追われています。
 
 もっとも、シルヴェリアは教会組織そのものを憎んではいません。
 盲信が生み出す狂気は、教会勢力に限らず、信仰や宗教についてまわる弊害であり、穏やかに信仰の違いをも保ちながらも分かり合える人間もいると分かっているからです。
 ある意味、排他的で偏屈な印象のあるものが多い隠者の中では、変わり者かもしれません。

 私の大好きなキャラクターであり、いつかシナリオに登場させたいと思っています。
スポンサーサイト
灰色の嵐 | コメント:2 | トラックバック:0 |
| HOME |