Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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CW:Y2つ風リプレイ講座 第七回

 この口座も、一通り纏まったので、サブテクニックの方に入って行きたいと思います。

 今回は、リプレイのクロスオーバーについて、説明しますね。


◇リプレイクロスとは?
 リプレイクロスとは、リプレイにおけるクロスオーバーのことで、作者同士が連絡を取り合って、登場人物たちを共演させたり、出逢わせたり、話題にしたりする、「リプ

レイ世界における物語の交差」の様なものです。
 ざっくばらんにいっちゃうと「物語の協演」といったところでしょうか。

 面倒な一面もありますが、やってみると、とても楽しいです。

 私も旧リプレイでMartさんとリプレイクロスを何度かしましたし、リプレイRでは龍使いさんやフーレイさんと数度、他の方とも小さなクロスが行われています。

 他の方のリプレイに、自分のPCや設定が登場するとにやりとさせられますし、設定を共有することで生まれる世界の広がりはぐっと来る者があります。

 カードワースのリプレイは数あれど、シナリオでは無く、明確にリプレイ同士のクロスオーバーを謳って行ったのは、私とMartさんが初めだった様な気がします。
 私の憶測ですが、うちのブログが有名どころに紹介してもらえた一つの理由に、そういった試みがあったからではないかと。

 話題が増え、同時に両サイドの読者さんが読む機会になるリプレイクロス。
 是非、この講座でリプレイを書いている方、書いてみたい方にお勧めします。


◇クロスオーバーにも色々ある
 では、実際にクロスオーバーにはどんな具体例があるのか。
 ちょっと紹介します。

・設定クロス
 何かしら同じ世界観を共有するクロスです。
 簡単で、作者同士のやり取りも複雑にならないため、簡単に行えます。
 うちのブログで紹介している『呪文詠唱』を使うのもこのクロスになります。
 他には、地理や時代なんかも設定クロスに入ります。
 共通のシナリオに影響を受けているのも、このクロスに属する場合があります。

・PC、登場人物クロス
 クロスするリプレイの登場人物が、噂、あるいは実際に登場し合うクロスです。
 噂や名前を登場させる程度クロスは簡単。
 複雑なものには、同じシナリオを共同で解決したり、交流を持ったりすることも出来ます。
 
・トレードクロス
 特殊なクロスオーバーの一種で、アイテム、スキル、召喚獣を、交換し合うクロスオーバーです。
 パターンとしては第三者(NPC)を通じて行うか、PC同士で行うか。
 やり方に関しては、ユーティリティを使いこなせることが前提になります。
 手間がかかりますが、プレイの都合で入手不可能なカードを得られるチャンスにもなります。


◇まずは世界と時の統一を図ってみよう!
 クロスオーバーをする時、まず常用なのが世界観です。

 違う世界観同士でクロスオーバーしようものなら、異空間が繋がる様な、大袈裟な設定をしないとクロスオーバーなど不可能です。
 考えても見て下さい…中世世界をモデルにした世界に、ミサイルだのレーザーだのが出てきたら、雰囲気ぶち壊しになりかねないのです。

 世界観で注意しなければならないのは、銃砲の類の兵器やコンピュータの様な電子機械類、自動車や飛行機の様な乗り物といった類の物です。
 遺跡からオーパーツとして見つかる程度であればなんとか話を繋ぐことが出来るかもしれませんが、中世世界では、この類は維持が大変困難なので(一番の問題は燃料や火

薬の様な消耗品)、注意しなければなりません。

 また、中世の人間は、ウイルスの知識など無く、病気や死にとても近い生活をしていました。
 魔法という万能技術で多少補うことが出来るとはいえ、ワクチンや抗生物質の概念は皆無と言っていいはず。
 テクノロジーの統一に関しては、少し慎重になりましょう。

 あと「時」の概念はかなり重要です。
 同じ時代、同じ暦の中に生きるのでなければ、PC同士のクロスーバーは、トンデモ設定を使わなければ出来ないのです。
 無理なリプレイクロスは、互いのリプレイに悪影響を与えることがあるので細心の注意が必要です。


◇深いクロスをする前に、まずリプレイしたい作者さんとコンタクトを取る
 クロスを始めるにあたって、とても大切になることが、作者同士の綿密なコンタクトです。

 世界と時の統一が図られていれば、多少は無理しても何とかやれます。
 しかし、お互いにその設定を交換したり、配慮していなければ、相手のリプレイに悪影響を与えてしまいます。
 まずは、連絡を取り、互いの設定や、リプレイとして行いたい企画の相談をしましょう。

 コンタクトの取り方は、ブログの秘匿コメントやメールによる感想から入るのが一番スムーズです。
 この時、相手のブログのルールや取り決めは大切にしましょう。
 これからクロスを申し込む方に対して、最低限の思いやりや配慮が出来ないのなら、「クロスオーバーは不可能」です。
 やっても、破綻します。

 当然無断でクロスする作者さんのリプレイPCの歴史を作ったり、行き過ぎた「If」を使うと、両者の関係を害します。
 「多少のことはOK」とお墨付きをもらうまでは、慎重にやりましょう。

 もちろん、譲れない自分の世界のルールは、はっきりと主張する必要があります。
 しかし、相手の意思を尊重出来ず、ごり押しでクロスするよう要請しても、相手にとって迷惑になるだけです。
 「こちら側から折れる」を基本とし、相手から断られた時は、「譲るか手を引く」ことが重要です。
 互いへの思いやりは、クロスオーバーにおける必須事項なので、肝に銘じておきましょう。

 相手側から注意を受けた時は、素直に聞くことが大切です。
 著作権に対する様な誠意と慎重さで臨んで下さい。

 同時に、クロスを求める相手の方の性格やスタイルを、よく知る必要があります。
 申し込む前に、リプレイやブログのルールをしっかり読んでおきましょう。

 相手側の時間や都合も考えます。
 学業や仕事で忙しい方もいます。
 配慮して、のんびりやりましょう。

 相手側が中々重い腰を上げてくれない時も、「ゆっくりやる時間が出来た」程度にのんびり構えることが、長く書き続ける秘訣です。


◇まずは自己紹介、そして設定の交換をする
 コンタクトがとれたら、自己紹介をざっとしておきましょう。
 互いの性格を知っておくことは、今後のトラブルを少なくします。
 一番大切な「配慮」も、相手を知ること、自分を知ってもらうことで徐々に出来る様になります。

 互いの性格やスタイルを知ったなら、今度はカードワースの世界における世界観の交換や、時間軸の調整を行います。
 設定を交換しましょう。
 この時には、メールによるやり取りがお勧めです。互いのアドレスを交換しましょう。
 メールアドレスが無い方は(親のPC借りてるとか)、ウェブメールをレンタルするとよいでしょう。
 無料メールも結構沢山あります。(もちろん、容量が少ないので、重いメールのやり取りができませんが)


◇設定についてはしっかり語りましょう
 設定に関しては、妥協無く「こうしている」と伝える必要があります。
 しかし、「アソビ」や「クロスしやすくする配慮」も必要です。

 私の場合、詳細な時代まで設定してありますが、リプレイ上では「今何年」とは書いていません。
 自分のリプレイの「脳内設定」そのものはぎっちり決めても良いでしょうが、公にする情報さえ絞っておけば、いつでも変更が可能です。
 これが「アソビ」の部分です。

 「クロスしやすくする配慮」は、クロスしてくれるパーティをPCたちがリプレイ中に募集してみるとか、一枚噛めそうなイベントの案をコメントに出してみるとか…

 実は“風を纏う者”のシグルトが、別宿の新米指導を始めたり、孤児育成機関云々を始めたのも、この類の布石の意味が少しあります。
 例えばシグルトの噂を聞いて(フーレイさんのSSクロスでは、シオンという冒険者がシグルトに剣術を学ぶシーンがあります)学びに来るとか、“風を纏う者”の関わる

孤児育成機関出身の冒険者を登場させるとか(子供好きのシグルトに遊んでもらった経験があるとかとか、面白いかもしれませんよ)。

 設定を伝える時、パーティがどのあたりの時間を過ごしているかも、結構重要です。

 また“風を纏う者”の例を上げます。

 公にリプレイには登場させていませんが、“風を纏う者”の物語は「聖暦1373年3月27日」に始まったことになっています。
 現在この記事を書いている時点で「聖暦1373年8月末」あたり。

 時間をきっちりと管理すれば、「どの季節にどんなふうに」かはっきりとリプレイで表現出来ますし、相手側もクロスの時期をどう合わせるか考えられるはずです。

 「聖暦」は「西暦」に対応しており、私のリプレイが14世紀後半をモデルにしていることが分かるかと思います。
 最も、魔法という特殊な力が当たり前のファンタジー世界ですから、文化的にモデルを探すとき楽、程度の設定ですが。

 細かい話ですが、“風を纏う者”は生まれた日に応じて全員、九星とか星座の設定もあります。
 性格や運勢、精霊の影響なんかも、星から決めてるほど。

 暦の導入は、キャラクターの設定を深くするのと同時に、相手側のリプレイと時刻合わせをすることが出来る手段となります。
 まだ考えてない方は是非、公にしないまでも考えてみて下さい。

 私のリプレイでは、完璧ではないにしろ、14世紀を意識して食べ物や物品を登場させるようにしています。
 聖典教徒(ムスリムモデル)やヴァイキングが時代遅れ(リプレイ2にて)なども、この暦から導き出しました。

 細かい資料を設定し、それを交換し合うのは大変な作業です。
 モデルとなるものがあれば、情報交換が少なくて済む場合もありますよ。

 余談ですが、私の脳内設定でカードワース標準暦が聖暦1375年で、『風鎧う刃金の技』や『風たちがもたらすもの』は標準暦の頃、と設定しています。
 標準暦は冒険者たちの絶頂期で、多くの冒険が始まる頃、としています。
 Martさんの『焔紡ぎ』やDjinnさんの『希望の都フォーチュン=ベル』で一部のNPCが登場していないのは、『標準暦前で登場していない』ためです。

 シグルトたちは2年ほど先んじた先輩冒険者であり、店シナリオ登場の布石となっています。
 シグルトたちとのクロスを考えている方は、ちょっとだけ参考になるかもしれませんね。

 せめて四季ぐらいは合わせてクロスするよう、調整してみましょう。

 あと、きちんと時間の概念を持って、PCの年齢を管理していれば、「ドラ○もん」状態になりません。
 カードワースの面白さの一つが、世代交代や年代成長があること。
 
 時間の概念は、大まかでもいいので把握して下さい。
 クロスする時に、季節を伝えるとし易くなりますよ。


◇大変だけどメール交換で情報を詰める
 リプレイクロスは計画的に企画しないと頓挫したり、お流れになってしまいます。
 やると決めたら、まっしぐらにやりましょう。
 早めにやりたい計画を練っておくと、時期を選んで調整しやすくなります。
 計画的に始め、情報交換をしましょうね。
 
 この時、相手側の時間を考慮して、気長にやるのがポイントです。
 大がかりなクロスの場合、互いにモチベーションをアップしつつ、2月位かけるつもりでのんびり臨みましょう。
 

◇トラブルはネタにすべし!
 2人の作者が情報を詰めると、必ず「譲れない部分」が出てきます。
 この時、どうしても意見が合わない時は、企画を止めた方が良いです。
 どっちかが折れたとしても、禍根が残る恐れがあるからです。

 しかし、相手の方が合わせてくれるよう頼んて来た場合、まったく考慮しないよりは、吸収してもっと面白いリプレイに昇華することも大切です。
 「此処はこうするから、こうなりませんか?」と新しい設定を入れて行きます。

 柔軟かつ、相手と自分の意見をうまく融合させ、譲り合う気持ちを持てば、クロスは楽しいものとなります。
 逆に、意固地になってばかりだと絶対成功しません。

 どうしても合わせられないものは「御免なさい、~な理由で…」と謝りつつ、きちんと理由を伝えて、妥協点を探すのが大切です。
 ぎちぎちに情報を詰めて、押しつけるのは「クロス」ではなく「強行」ですので、互いのリプレイでの味を出せる様にやってみましょう。

 トラブルで矛盾が起きた場合、その矛盾から物語を生むぐらいの柔軟な姿勢でいると、動揺することがありません。
 文章ミスから生まれる物語もあります。
 
 トラブルは笑い飛ばす気持ちで、互いに補いながらやるとよいでしょう。


◇シナリオのバッティングのは御注意を…
 クロスオーバーをやっていると、何となく気になるのがシナリオのバッティングです。
 同じシナリオのリプレイを書いてしまう場合、登場人物が二重存在になったり、お話に矛盾が生じます。

 こんな時は、ぼかすテクニックを用意しましょう。

 私がMartさんと旧リプレイでクロスした時、レナータの救出イベントで、二匹の雄雌サーペントを登場させ、各個撃破する形でバッティングを避けた時があります。
 
 討伐モノのシナリオバッティングならば、「再出現」や「似たような依頼」、「逃げだした残党の討伐」といった表現に変えることで、「逆にクロス化する」テクニックが

あります。

 アレトゥーザのデオタト護衛などは、Martさんがアレトゥーザ行きの護衛、私の方がリューンに帰還する時の護衛、でまとめました。
 ずらしたのは私の方ですが、距離的にも違和感が無いですし、ちょっと表現を変えるだけですんなりクロスオーバーが出来ました。

 シナリオのバッティングは、場合によってクロスオーバーに繋がるのです。

 クロスのテクニックとしては…

・登場人物を変える(連れ込みありの場合は上手くいかないこともあり)

・同時進行で依頼の共同解決を約束して協力し、最終的に敵勢力を倍にした扱いで各個撃破

・別エンディングのルートを貰って、辻褄を合せる

 他にも、TPOに合わせて、アイデアは様々でしょう。


◇アイデア相談すると解決することも
 モチベーションダウンして、リプレイが書けなくなっても、クロスを通じて相談してみると、良いアイデアを授かる場合もあります。
 詰まった時は、思い切ってアイデアを聞いてみてはどうでしょう。
 その場のノリで、新しいクロスのきっかけが生まれる場合もあります。


◇トレードクロスのやり方
 手持ちカードをトレードするトレードクロス。
 やるにはカードワースのユーティリティについて、少しばかりの知識が必要です。

 といっても、そんなに難しくは無いので、試してみるとよいでしょう。

 まず前提として、互いにカードが手に入るシナリオを入手することが前提です。
 DL出来ないシナリオも沢山あるので、そういう場合は『Internet Archive Wayback Machine』(http://www.archive.org/web/web.php)や代理公開でDLできないか探し

てみて下さい。
 シナリオを手に入れたら、ユーティリティモードでカードを入手後、トレードして渡すカードを削除します。
 
 その旨を後書きか著作情報に明記すれば、トレードは完成です。
 シナリオは著作表記することが大切です。
 忘れずにやっておきましょう。


◇クロスオーバーした時は、相手の著作表記をする
 当然のことですが、クロスしたリプレイの著作表記はしましょう。

 噂程度のクロスならば目くじらを立てるほどでは無いかもしれませんが、登場人物が話をする程度にクロスする場合は、両方でクロスしたことを明記し、相手側の記事にト

ラックバックさせてもらうか、何話の何処でクロスしたか教えて貰って著作表記しつつ、宣伝しておきましょう。

 両方読んでもらえる機会にもなります。


 クロスオーバーは、手間もかかりますし、社交的にならねばならないので、苦手な人もいるでしょう。
 でも、やってみると楽しい場合がほとんどです。
 
 リプレイを書くのに慣れて来たのなら、是非チャレンジしてみて下さいね。
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『私』

 美しい朝日が差し込む時間、私は部屋のカーテンを勢い良く開いた。

 窓からいっぱいに飛び込んで来る、光の雨。
 少し前までの、夜型だった頃の私は、こんな日々を過ごすことなんて、考えてもいなかったと思う。

 私がこの『小さき希望亭』に来て、もうすぐ一週間になろうとしている。

 この宿を含めた〈冒険者の宿〉と呼ばれる機関では、冒険者と呼ばれる人たちに、仕事の斡旋をしたり、彼らの駐留先になる拠点だ。
 そいう私も、新米だが冒険者である。

 冒険者は、所謂何でも屋みたいな仕事。
 魔物や盗賊の討伐といった荒事も多いけど、荷物の輸送や遺跡の探索、珍しいものでは対立組織の調停なんかもやるらしい。

 〈冒険者〉なんて浪漫溢れる名称だけど、実際にお伽噺の勇者の様な冒険者は、ほんの一部だ。

 私が旅の吟遊詩人に聞いて、初めて抱いた冒険者像は、そんな格好良くて英雄と呼ぶに相応しいものだった。
 そして、このリューンにやってくる前に酒場で聞いた冒険者のイメージは、ならず者そのもの。

 実際に冒険者になってみて、彼らと交流してみたが、その本質は〈十人十色〉。
 本当に英雄そのものと言える凄い人もいれば、私の様な女の子には「隙あらばものにしてやる」とばかりに近寄って来る色ボケ、鋭利で理知的な賢者に、ちんぴらと変わらない人間の屑までいる。

 その点、私の所属した『小さき希望亭』は、良質の冒険者の集まりだった。
 
 冒険者の宿には、〈専属〉と呼ばれる冒険者たちがいる。

 彼らは、その宿から優先的に仕事を受けられる代わりに、宿からの要請を守る義務もある。
 つまり身元のはっきりした仕事人たちで、ギルドと呼ばれる各組織…商人、職人、漁師他色々ある…や、地位の高い人から依頼を貰うことが出来る。

 私もまた、そんな〈専属〉冒険者の登録し終えて数日、といったところ。
 目下、鍛錬しつつ、自分の所属する〈パーティ〉のメンバーを探している、そんな立場にある。

 〈パーティ〉と呼ばれる、冒険者のグループを示す単位がある。
 〈専属〉の優秀なパーティを持つことは、宿のステータスになるのだが、『小さき希望亭』は小さい宿にも関わらず、話題の多い〈専属〉パーティが所属していることで、名が知られていた。

 でも、うちの宿の〈専属〉パーティは現在、なんとたった2つきり。
 正直言って、とても少ない。

 そのうちの一つ、“煌く炎たち”は、マルスという元傭兵の戦士がリーダーのパーティだ。

 彼らは戦闘力が高く、討伐の依頼を得意にしている。 
 他のメンバーは、炎の精霊術師でもある女戦士ゼナ、聖北の元修道女だったレシール、老獪な魔術師カロック、玄人盗賊のジェフで、5人組。

 うちの宿の特徴、と言えば、女性冒険者が意外に多いことだろう。

 それは、この『小さき希望亭』が、女性に居心地の良い宿だからだ。
 此処の主人は、酔って女性冒険者に絡むような奴は締め出しをする。

 女性冒険者の絶対数は、少ない。
 どの位かっていうと、全冒険者のうち一割を切るんじゃないかな?

 何故かって、それはこの仕事がきつくて汚くて危険な仕事だからだ。
 この時代、女であれば、理想は十代のうちに玉の輿。
 男と並んで、切った張った~て世界は、はしたないと言われても仕方が無い。
 
 そんな、私と同じ女性冒険者のゼナやレシールとは、ここ数日で喧嘩友達みたいな関係になった。
 仲良くなってみれば、2人とも人間味のある面白い人たちである。

 ゼナなんかは感情的で、怒るとすぐに炎の精霊を召喚しそうになって皆で止めるのだけど、きちんとした矜持を持っていて、因習なんかには囚われない自由人だ。
 下級貴族の御令嬢だったレシールは、プライドが高くて頭が固いけど、清楚で情が厚い。
 “煌く炎たち”リーダーのマルスは男前(顔じゃないのがやや残念だが)で、他の男性たちもしっかり者。

 冒険者のパーティは6人を一単位とするので、私は5人組の“煌く炎たち”から誘われてたりする。
 しかし、今のところ私が入りたいと念願しているのは、もう一方の“風を纏う者”の方だ。

 “風を纏う者”のメンバーのうち、面識があるのは一人だけだが、私にとってその人は特別。
 こうして冒険者になったのも、また冒険者としてのイロハを教えてくれたのも、皆彼だからだ。

 “風を纏う者”は、新進気鋭のパーティで、結成して半年も経っていない。
 だが、依頼の達成率は9割を超え、成功の街道を躍進というより驀進している。

 貴族にコネがあったり、各ギルドのお偉いさんに注目されてたり、彼らに教えを請いに来る冒険者もいるぐらい。
 『小さき希望亭』が有名になったのも、このパーティのおかげといっていい。 

 “煌く炎たち”同様、まだメンバーが5人なので、空いた最後の座を得ようと狙ってる冒険者も多いが、今のところ全て撃沈している。
 私もそうなのだが、最初のアプローチはすっぱりと断られた。

 諦めきれない私は、鋭意修業中で、いつかその座を射止めようと頑張っている。

 …見ると、窓の下で、あの人が何時もの様に剣の鍛錬をしていた。
 上半身裸で、汗がその白い肌を濡らしている姿は、ちょっとセクシーで野性的だ。

 あんなに綺麗な人なのに、身体には無数の傷がある。
 彼が歴戦の戦士である、証なのかも知れない。

 でも、彼ならこう言うだろう…

〝この傷を負った分、俺は及ばなかったということだ〟

 …こんな感じにね。

 ふふ、この宿に来てから、彼のことはたくさん知った。
 女の子がキャーキャー騒ぐ美貌以上に、素敵で逞しい内面を持っているのに、実はちょっと鈍感で可愛らしい一面だってあることも。

 …お、あそこに並んでるのは、彼の教導目当ての新米冒険者っぽい。
 あっちの桃色なオーラ全開の連中は、性懲りも無く彼の心を射止め様とやって来た娘たちね。
 うわ、マダムっぽいのもちらほらといるわ。
 あそこの子供たちは、彼に遊んでほしい子たちね…意外だけど子供好きで優しいからなぁ。

 …おや?

 ちょっと、待て、待てっ!
 アレは、何?!
 いかにも「ヤラナイカ」な、黒髪の兄貴っぽいのの集団は…
 あ、女の子たちに踏まれた…あーめん。

 相変わらず人気よね…はぁ。


 窓からの観察を終え、借りている2階の部屋から1階の店に降りると、何時もの様に宿の親父さんが食器を磨いていた。

 頭が少し寂しいけれど、それは言わないのが礼儀というもの。
 不真面目な冒険者に対しては厳しい評価をする人だけれど、私には良くしてくれる。

 親父さんは「早いな」と言いつつ、私の好みに合わせて朝食を用意してくれた。

 此処の料理は、賄いでもちょっとした高級料理店より美味しいらしい。
 朝食だけ食べに来る人がいるくらいだから、よっぽどだ。

 賄い、と言えば…今日私は仕事を休んでいる。
 冒険者では無く、副業の方だ。

 顔見せに行って、数回店番をした程度だが、最初から休んでばかりだと止めさせられるかもしれない。
 あの仕事は好きだし、明日は行くことにしよう。

 今私は『ささやかな宝』というファンシーなお店で、雇われ店員の様な仕事もやっていた。
 冒険者として生活が安定するまで、生活費を稼ぐために、世話してもらったのだ。

 そこの店主さんは上品な女性で、全然怒ったりしないし、サービスばっかりするので店の経営が心配。

 品揃えが豊富で、化粧品なんかは毎日売れているので、そこそこに忙しい。
 店主さんには、私の身元保証人にもなって貰っているし、時給扱いで銀貨5枚もくれる。
 
 たかが銀貨5枚って笑う人もいるけど、それだけあれば、この宿で1日分の食事が賄える。
 にこにこ笑って、可愛らしい小物の説明をして、店主さんとお茶を飲みつつ店番すれば稼げるんだから、正直正規の店員になるか真面目に悩んでいる。

 こう言ってはなんだが、私は化粧品にはうるさいのだ。
 特に香水に関しては、専門家に負けない知識があると自負している。

 調香師になるほど器用ではないし、鼻だって特別良い方ではないが…

 香水の産業が活発なリューンのブランドは全部覚えているし、どんな心理作用があって、どの年代のために作られたか、なんていう蘊蓄は誰にも負けない。
 自前でブレンドしたオリジナルの香水は自信作。
 副業採用のきっかけになったくらいで、店主さんが私の名前で出さないか~なんて誘ってくれてる。

 数日前までの私は、それはそれは腐っていた。
 お金は無いし、稼ぎ方は知らないし、そのくせお腹ばかり減るので、泣きそうだった。

 市民税取られたくなくて、歓楽街の廃墟に潜伏して、通りすがりの助平なお兄さんからこっそりあるものを戴く。
 そのあるものは植物や虫からもそれは取れるのだが、微々たるものだった。

 おかげで心が荒むわ、飢えるわ、散々だった。
 ま、逞しくはなったけどね。

 香水の知識の多くは、そんな頃、歓楽街に来る行商人や消費者の女性たちから仕入れた。
 実は、脇の路地や壁の向こうで聞いてただけなんだけど。
 
 そう、香水の消費が最も多いのは、貴族の女性と夜の女なのだ。
 
 夜の女っていうのは、売春や風俗やってる女の人のこと。
 何時の世も、助平な男は後を絶たない。

 特に娼婦さんたちが、ばかすか香水を使う。
 事に及んだ後、嫌な臭いを消すためだ。
 香水は高いけど、相手が萎えてしまったら、お仕事にならない。
 所謂、商売道具である。

 本当はお風呂に入りたいんだろうけど、こういう大きな都市で水はとても貴重なのだ。
 歓楽街ともなれば、飲み水や生活用水まで澱んでいて生臭い。
 水桶にボウフラが泳いでいることなんて、日常茶飯事。

 だからお酒が沢山売れるし、染みついた生臭い悪臭を隠すために香水が大切になる。
 ものによっては虫除けを兼ねてるって、知ってる人は少ないだろう。

 高級な娼館には少ないけど、梅毒や淋病といった花柳病(性病)に苦しむ娼婦さんも多い。
 酷い話だが、病気で出た膿の悪臭を隠すために、香水を使う娼婦さんもいる。

 世知辛い世の中である。

 そんな苦しい生活の場の近くにいて、実用的にもなる香りぐらいは、楽しみたかった。
 悪臭を消すと、別世界に来たみたいで安心出来たし。
 
 買うお金なんて当然無いから、捨てられていた香水の瓶を集めて、残って無いか瓶をひっくり返し見てるうちに、もっと詳しくなってしまったわけだ。

 香水の瓶はお洒落で高価なので、ひびが入ってるとか割れてるのでなければ、再利用が普通。
 私のこの趣味は、瓶を原料に戻して売る人たちに恨まれるので困難を極めたけど、冷や冷やしながら結局続けていた。
 
 何の因果か、その時得た知識が、今の仕事ではすごく役立っている。

 『小さき希望亭』の娘であるクリスティアーネ…通称娘さんは、生粋のリューンっ子で、香水には詳しく、仲良くなるきっかけになった。
 働いてるお店では、お客さんに蘊蓄を披露すれば喜んで買ってくれるし、香水の話は楽しくて時間を忘れてしまう。

 まったく、世の中どう転ぶか分からない。

 腐ってた頃は、「もう死にたい」とか真面目に悩んでたけれど、今の私は結構幸せだった。


 食事をしていると、不意に隣に誰か座る気配がする。
 軟派野郎なら、隣に移るか毒の一つも吐こうとして、その人が〈彼〉であることに気付いた。

 同然そんな不遜な考えは、全部撤回。
 私が出来る最上の笑顔で話し掛ける。

「お早う、シグルト」

 彼は、何時もの様に苦笑して、「お早う」と返してくれた。

 …そう、彼こそ“風を纏う者”のリーダーにして、この宿の中心人物であるシグルト。
 
 名前が竜殺しの英雄と同じだが、それがこれほど似合う人も珍しい。
 背が高くて、凄く綺麗な顔立ちで、神秘的な瞳をしている素敵な男性だ。

 容貌も魅力的だが、天がここまで贔屓して贈り物をした人はいないだろう。
 強くて教養があって、医術の知識や魔法にまで通じている。
 
 軽い嫉妬とともに、誰からも注目される、そんな人。
 そして、私をあの掃き溜めの様な地獄から救ってくれた、大好きな人だ。

 …仕方ないでしょ?
 ただでさえこんなに格好良いのに、私を救ってくれた騎士様だったんだから。

 彼との出逢いは何というか…ええい、言ってしまおう。

 私はサキュバスで、最初は捕食者みたいなものだったのだ。

 サキュバス、というのは女淫魔のこと。
 ちょっと卑猥な種族名かもしれないが、本来のサキュバスは、何というか淫靡なイメージがある。

 まあ、男から精気(生気)を、交わって奪うから当然なのだが。
 
 私もそういうことしてたかって?
 いいえ、してません。(きっぱり)

 …ここからは身の上話になるのだが、私の場合はかなり特殊だったのだ。

 私は事に及ばなくても、触れれば精気を奪い取れるのである。
 だから、男の人とそういう関係になったことは一度も無い。

 本来この能力は、上位の淫魔でなければ使えないものだ。
 やり方としては、「精気を奪う見返りに快楽を与える」という淫魔の王道からは、邪道扱いされるらしい。
 さらに私の場合、飢えた状態でなければ力をコントロール出来るし、万全の時は生物以外の様々な物体からも、精気として力を吸収出来る。

 言ってみればサキュバスでも、超の付く異端だったわけ。
 旅するうちに、同族にも会ったけれど、思いっきり不良品扱いされた。

 相手に接触するために、魔法の鎖で相手を呪縛する呪術も使えるのだけど、これは旅で出会った同族に習った。
 でも、結局私をまともな同族として見てくれない彼らの元にもいられず、流れてこのリューンにやって来た。

 この都市はとても広くて、隠れる場所には事欠かなかったけれど、同時に官憲やら教会やら、私たちの天敵もうようよしていた。

 私は生きるために適当な獲物を見つけて精気を奪って気絶させ、何とか逃げ回っていたのだが、頻繁に食事するとやばい勢力に狙われるので、都市伝説に溶け込む程度に仕事を控えてやっていた。
 それに、こう言うと変かもしれないが、私は人から精気を奪うのがものすごく嫌。

 この〈吸精に対する嫌悪感〉こそ、私が同族と一緒に居られなかった一番の原因である。

 本来のサキュバスたちは、獲物の男性から精気を吸い尽して殺すことをなんとも思わない。
 快楽のうちに殺すのだから、感謝されてしかるべき、なんて考えてるのもいる。
 つまり、嬉々として食い殺すことが出来なければ、彼女たちの仲間にはなれなかったのだ。

 でも、空腹になった者は、人でもサキュバスでも関係なく、荒む。
 食事をするには嫌悪する力を使わねばならず、食事をしないと飢える。
 
 シグルトに出会った頃の私は、この矛盾に疲れきっていて、半ば自棄になっていた。

 最初にシグルトを見つけた時、私は容姿端麗な彼からなら力を吸い取っても平気かも知れないと思った。
 嫌悪する力でも、食事をしなければ七転八倒の苦しみだし、どうせやるなら誘惑に負けたって形にしたかった。
 体の好い言い訳を作ったわけね。

 サキュバスって種族は、所謂〈男好き〉のする物凄い美人(これは種族的進化だと思う)が多くて、大抵の男の人は、花に吸い寄せられる蝶の様にふらふら寄って来る。
 特に飢えてる時のサキュバスは、生存本能が働くのか、男を誘う魅力が全開になる。

 一度私の淫気に当てられて、振り切るまでひたすら追い掛けて来た男の人がいたけど、あれは完全に正気を失っていた。
 私の魅力全開で誘えなかった男の人は、今まで一人もいなかった。

 だがシグルトは、その魅惑にまったく、これっぽっちも靡かなかったのだ。
 挙句、お説教されました…

 結局私は、飢えに耐えきれず彼から精気を頂戴したのだけど(もちろん手を握って、楚々とやりましたよ)、彼に対して特別な執着を…要は私の方が魅了されてしまっていた。
 それに…別れ際の彼は、私と同じ様な孤独を分かる瞳をしていた。
 
 次の晩に会う約束を無理やりして…果たして、彼は来てくれた。
 しかも、律儀に私と決別をするためにだ。

 彼は、私の中に死んでしまった知り合いの女の子を見てたので、正体に気付きつつ優しくしてくれたらしい。
 でも、そういうのは私に失礼だからって、はっきりともう会わないって、別れを告げて来た。

 私は無我夢中で彼を引き止め様として、全開で彼から精気を吸ってしまった。
 
 気絶したシグルトを見て、私は殺してしまった~と、慌てたが、幸い彼は生きていた。
 彼はすでに私の正体を完璧に看破していて、対策を立てていたのだ。 

 無我夢中で隠れ家に彼を運んで、介抱して…起きた彼に、いつの間にか私は、溜まっていたものを吐き出す様に、身の上話をした。
 そうして、自分の節操の無い力にほとほと嫌気がさしていた私は、一通り身の上を告白した後、彼に殺してくれと頼んだ。

 シグルトはそこで、憐憫も敵意も無く、私を叱りつけた。
 いかに私が身勝手なことを言っているのか、激しい口調で叱咤し、そして私に生きる様に言ったのだ。

 もし私が少しでも生きる気があるのなら、自分が手を貸すからと。

 恥ずかしい話、私は泣いてしまった。
 ただの同情では無い、そんな優しい言葉をかけてくれたのは、彼が生まれて初めてだったからだ。

 後は彼に導かれるまま、『小さき希望亭』にやって来た。

 シグルトが凄かったのはここからで、何と私に近しい魔物の伝承から、精気の代わりに飢えを満たす代用品を見つけ出してくれたのだ。
 私もまさか、【柘榴酒】があんなに効くとは思いもしなかった。

 こうして私は、人並に生きる手段を得たのである。

 さらにシグルトは、私が生活出来る様に、様々な手を打ってくれた。

 さっき紹介したお店の仕事や、私の身元保証人を作る交渉、宿に冒険者として登録するための口添えや、後々市民権を取ることが出来るよう前準備。
 当面の生活費と宿代、武具や装備品(お下がりだけど)。
 冒険者として生きて行くための知識の伝授と、教育まで…

 彼は、道端で出会って命を奪おうとまでした私を、「約束したから」と一言で済ませて、救ってくれたのだ。

 私はシグルトに一目惚れし、励まされて惚れ直し、救ってもらって虜になった。
 完全に参ってしまった、というやつである。

 だが、シグルトのストイックさは化物だった。
 多分、淫魔の女王が魔力全開で裸で迫っても、失せろとばかりに睨み返して終わるだろう。

 私もここ数日で何度もモーションを掛けたが、惨敗だ。
 唯一の救いは、他の女性たちも尽く敗れ去っているので、彼が色恋沙汰で陥落する心配はまず無い、ということぐらい。

 つい先日も、なんと2人っきりで依頼をこなし(彼が私に冒険者のやり方を教導するという目的だったが)半日一緒にいたのだが、した話といえば、熊やら仕事のコツの話ばっかり。
 恋や色気なんて、どこの世界の話って雰囲気だった。

 親父さんなど「まあ、シグルトなら間違いは決して犯さんだろう」と断言していたし…
 2人っきりの状況をやっかんだ娘さんやゼナ、レシールに至っては、「どんな風に振られたの?」と、敗北前提で話を聞いてくる始末…ええぃ、駄目でしたともっ!

 でも、私は諦めるつもりなど無い。
 例え、シグルトが何かとち狂ってこれから先恋人が出来たとしても、奪うか二号さんになってやる、ぐらいのつもりである。

 不良とはいえ、私はサキュバスだ。
 奪う恋は、その領分。

 だが、そんな決意を新たにしている私の横で、当のシグルトは幸せそうに朝食を頬張っていた。


「ね、シグルト。

 今日は私に付き合ってくれない?」

 健康のために良く噛んでしっかり食べるシグルトの、ちょっと長い食事が終わるのを待ち、私は切り出した。

「ふむ。

 どういったことをだ?」

 〈デート〉と言いたいところだが、冗談も本気も通じないだろうからとりあえず飲み込む。
 要は、誘うのが先決だ。

「引っ越し。

 前に住んでたところから、お気に入りの家具を持ち帰りたいの」

 言ってみて思わずにんまりする。
 私自身、この宿が帰る場所だと認識していることが、ちょっと嬉しい。

「もしからしたら、力仕事があるかもしれないし。

 …駄目?」

 シグルトは、こういう頼りかたをすれば、先約が無い限り引き受けてくれるはずだ。 
 
「…好いだろう。
 俺も、教導の続きを進めておきたかった。

 話しながらで良ければ引き受けよう。
 君の今後に関して、少し思うところもあったしな。

 だが、今日の仕事は休んだのだろう?
 明日は必ず店に出るんだぞ。

 あの店の店主さんは、時間が空いてる時だけでいいと言ってくれたが、あれほど好条件の仕事は中々無い。
 落ち着くまでは止めさせられない様に、励んでおけ」

 あ、おんなじこと考えてたんだ。
 ちょっと嬉しい。

「うん!」

 私は元気に返事をして、準備をするために、自室に向かった。


 現在、シグルトが私にやってくれている〈教導〉なるものがある。
 
 これば冒険者たちの伝統みたいなもので、後輩冒険者に先輩の冒険者が技術指導してくれることである。
 他の呼び方もあるらしいが、『小さき希望亭』ではこう呼ばれている。

 「冒険者なんて所詮ライバル同士なんだから、失敗しつつ覚えるべき。後輩なってほっとけ」…なんていう放任主義な宿もあるらしいけど、うちの宿は、主人も所属メンバーも、そういうのに真っ向から対抗する姿勢だ。

 宿に所属するメンバーの死や失敗は即宿の看板に泥を塗り、宿の冒険者全員の仕事にも影響する。
 冒険者は人気商売なのだから、この考えは正当だと思う。

 それに、冒険者の失敗は=死亡というシビアな一面だってよくあるのだ。
 同じ宿のメンバーが死ぬのって、気分も悪いよね?って話になる。
 
 有能な人材を育てつつ、宿の名声を高めて組織力強化していくことが、教導の目的である。
 それと、指導した後輩は先輩の意向を尊重して協力するし、後輩は先輩冒険者がこなし切れない仕事を紹介して貰える。

 まさに相互扶助。
 
 『小さき希望亭』は、〈相互扶助〉を特別重んじる宿として、小規模なのにもかかわらず、リューンでは一線を画している冒険者の宿なのだ。
 斬新と言ってもいい。

 実は、他の宿の場合、仕事…依頼の獲得って、ほとんどが「早い者勝ち」なのね。
 同じ宿の専属メンバー同士でも、仕事を取り合って喧嘩が起きることがある。

 ところが、うちの宿は基本的に「譲り合って恨まない」が原則。
 シグルトの属してる“風を纏う者”なんかは、この宿に来る彼ら目当ての仕事を吟味して、ほとんど後輩や宿のパーティに譲っちゃう。

 仕事が無ければ、出稼ぎやコネクションで仕事を探すか、先輩冒険者や宿の親父さんが、冒険者それぞれの技能で出来る仕事を見つけ斡旋する。
 特に、自分の名前で宿に紹介した冒険者の面倒は、紹介したも者が責任を持って見る、という規約まである。

 結果、このスタイルが大当たり。
 秩序がしっかりしてるって評価されて、公的機関から仕事を貰える様になった。 

 うちの基本になったこのスタイルの立役者は、『小さき希望亭』の親父さんとシグルト。
 2人とも、ほんと凄い。

 特にシグルトは、東方の難しい軍学書の知識があって、早いうちから無秩序な冒険者のスタイルに異を唱えていた。

 …冒険者って、場合により山賊やちんぴら扱いされてるの。

 まぁ一分の冒険者が、〈遺跡探索〉なんていう盗掘まがい(このため盗賊用語で冒険者は〈穴熊〉と呼ばれる)や、悪漢討伐にかこつけて乱闘騒ぎ起こしたり、自由=身勝手を勘違いして各地で問題起こしてるのがいるんだから、そういう評価も仕方ないんだけど。

 シグルトは、パーティ結成の頃から「自分たちの立場を守るために、規則や秩序はそれなりに必要だ」って主張して、自分たちの“風を纏う者”で実行し始めたのね。
 親父さんはそれを支持して、思い切って古株の不良冒険者に、「ルールを守るか、別に行くか」投げかけたの。
 
 この背景には、ある事件が関わっていた。

 うちのもう一つの主力パーティである“煌く炎立ち”が結成して間も無い頃のこと。
 そのメンバーであるゼナが、生意気な少し後輩冒険者と乱闘騒ぎを起こしてしまったのよ。

 話を聞いてみると、短気なゼナも悪いんだけど、その後輩たちのリーダーだった魔術師が、〈出し抜き契約〉っていう反則をやったことが原因だったらしい。
 
 〈出し抜き契約〉というのは、宿に来た依頼を、受けるはずの冒険者を出し抜いて、先んじて依頼主と契約を結んでしまうこと。
 今の『小さき希望亭』では、やれば即出入り禁止だ。

 “煌く炎立ち”は親父さんから確約貰ってたので、短気な性格から“炎の猛女”なんて呼ばれてたゼナの怒ること…
 その魔術師は、腕っ節の強い彼女を馬鹿にした次の瞬間、鼻を折られて寝込む羽目になった。

 そのまま乱闘になって、居合わせたマルスと駆け付けたシグルトで止めたんだけど、壊したもののツケで、暫くの間“煌く炎たち”は随分苦しい思いをしたらしい。

 不遜にも、その魔術師とそのパーティは、ゼナの宿追放を親父さんに迫ったのね。 
 ところが…親父さんはゼナを擁護して、魔術師の〈出し抜き契約〉を叱った。

 面子を潰された魔術師は、親父さんに暴言を吐いて、『小さき希望亭』の他のメンバーを先導したの。
 「そんなエコ贔屓するなら、俺たちにも考えがある」ってね。

 あわや、宿分裂ってところで、親父さんはそういった不良冒険者に、さっきの選択を迫った。
 それを機に、実力派だけど高飛車で乱暴だったのや、専属を止める冒険者が相次いで、うちの専属パーティは新米2つっきりになった。
 
 これは、シグルトたち“風を纏う者”の台頭が面白くなかった先輩同輩冒険者の嫌がらせや、元々厳しかった『小さき希望亭』の綺麗過ぎるスタイルに対する、抵抗でもあったみたい。
 ま、この事件が起きる直前に、宿の最強メンバーが相次いで引退してしまったので、『小さき希望亭』で活動するモチベーションが低下してたってこともあるんだけど。

 不良冒険者たちが一斉に宿を辞めたのが春季だったから、この事件〈春風騒動〉と呼ばれたわ。
 まあ、うちの宿はもともと小規模だったので、こんな呼び方や実際に事件があったことを知ってるのは、残ったメンバーくらい。
 
 そうやって傾きかけた『小さき希望亭』を、“風を纏う者”や“煌く炎立ち”のメンバーは必死に守ろうとした。

 『小さき希望亭』の根本になる規則や、後輩育成の綱要(マニュアル)、柵が無いからこそ出来る新しいコネクション、冒険者の家族に出来る孤児の引き取りから発展した孤児救済機関…
 親父さん、シグルト、専属で一番古株の“風を纏う者”のレベッカという人と、“煌く炎立ち”のリーダーであるマルスが中心になって、うちの宿の新基準がまとまったってわけ。

 それがつい最近のことだ。

 シグルトは、元々こういう組織編成の素質があったみたいで(聞いた話では、故郷で16歳の時に、民兵の自警組織作って盗賊討伐とかやってたらしい…凄!)、サポートしたレベッカって人がこれまた盗賊ギルドみたいな裏の組織に特別詳しい人だったの。
 
 数か月で、大改革をやっちゃったわけね。

 騒動の後、シグルトたち“風を纏う者”は、拠点をフォーチュン=ベルやアレトゥーザ中心で活動してたらしい。
 『小さき希望亭』経由の仕事が激減してたし、自分たち新人に対するやっかみの目をそらすこと、宿の名前の宣伝なんかも目的だったらしいんだけど…

 「“煌く炎立ち”に、汚名を雪ぐ機会をくれたんだ」と、マルスが言っていた。
 素敵な話よね。

 話を戻そう。
 
 うちの宿の〈教導〉は、こういった教訓を踏まえて、冒険者が問題を起こさないための規則や生き方を叩き込む。
 だから、〈教導〉なんて硬い呼び方するのね。

 私も、シグルトの生徒として〈教導〉を受けている。

 そしてつい先日、シグルトの実習第一号の生徒になる、という幸運に恵まれたの。
 その時のシグルトってば、とても初めて〈実習教導〉するとは思えないしっかりとした教育をしてくれた。
 
 スパルタだけど、とてもいい経験になったし、ちゃんと実戦も経験出来た。

 …私は今幸運である。
 シグルトという、師であり恩人であり好きな人と一緒にいられる。

 一緒に並んで歩きながら、また彼のことを考えていた。
 そんな時間さえ、とても愛おしかった。
 

 考え事しながらにやけている間に、目的地についていた。
 
 そこは、あの時のままだった。
 そりゃそうか、だって一週間も経ってないもの。

 あの頃の私に相応しい、寂しい部屋だ。
 微かに、私の香水の匂いが残っている。

 部屋を見廻して、覚悟を新たにする。

 …私はこの部屋に来ることを決めた時、ある決意をしていた。

 本当は、その気になれば、引っ越しなんてすぐに済む。
 私が持ち出そうとしているお気に入りのテーブルは小さくて、女でも軽々と持ちあがるからだ。

 私の本当の目的は別にあった。
 それは、彼…シグルトが一緒でなければ出来ないことだ。

 当のシグルトは、物珍しそうに、その部屋の壁画を見ていた。
 それは、ある聖人の物語の様である。
 
 身を犠牲にして殉教する聖人の姿はとてもシュールで、夢の中の話みたいだ。
 正直、ここまでする聖職者の気持ちは理解出来ない。

 身を犠牲に出来るっていうことは尊いのだろうけど、ここまでした聖人を救ってくれない神様は酷いと思う。
 そして、犠牲になることを美談にして騒ぎ立てる後の人たちも。
 それは、大衆や大義のために犠牲になることは、正当だといってる様だからだ。

 本人がその気ならば、それは尊いかもしれない。
 でも、犠牲を出して助かる側が、それを求めるのは間違ってると思う。

 だって、「必要なら生贄になれ」って言ってるのと同じでしょ? 

 …壁画で派手に飾っているけど、此処はがらんどう。
 描かれた絵の様に現実感が無くて、空虚で、拠り所が無い。

 だから、この場に彼が必要だった。

「…目的の物は、このテーブルだったな。

 この程度なら、すぐに梱包出来るだろう」

 慣れた様子でシグルトは、毛布にテーブルを包んでいく。
 
「この包み方は、家具類全般に使えるから、覚えておくといい」

 「わかったわ」と頷きつつ、横で私は微笑んでいる。

 こういう彼も好きだ。
 何時でも師の様に私を導いてくれるから。

 側で見ていると、シグルトは手際良く作業を進めて行く。
 コツを丁寧に説明している彼の横顔は、とても奇麗だ。

 でも、その美貌には似合わないほど、その手は胼胝と傷にまみれている。
 彼が、毎朝激しい鍛錬で刻んで来た強さの証。

「あ、そうやってクッションにするのね?」

 丁寧に、慎重に、彼はテーブルを包んでくれる。
 まるで私の思い出を包もうとしてくれてるみたいだ。
 彼の優しさは、言葉よりも行動にある。
 少し不器用な、彼らしい。

「…案外、ロープはこういった木製の品を傷つけるからな」

 そうして何時もの苦笑。
 彼は何時も、こんな風に苦しげに笑う。
 まるで、心の底から笑うことを戒めているかの様に、つらそうに。

 数日シグルトを観察していて、気付いたことがある。

 彼は、研ぎ澄まされた刃物の様に鋭くて、綺麗で、どこか武骨で…とても儚い。
 その生命の迸りも、燃え尽きる前の炎の様に激しくて、弱々しいのだ。

 だから信じられる。

 彼は、弱さを持ち、弱さを知り、だから強くなれた人だと思うから。
 深い深い闇を抱え、それでも生きることを選び、同じ様に生きる道を私に示してくれたから。

 私は旅をする中で、虚栄に満ちた人たちを沢山見て来た。
 生きる者は、何かしら弱さや背徳を抱えている。

 それを自分から認めて、背負って行く人はとても少ない。
 言い訳をしたり、偽善に満ちた正義感を振るったり…醜悪な姿が満ちている。

 でも彼は、そういった自分の中の醜さと向き合って、だからこそ高潔になろうと努力している。
 彼の見つめる先はとても高い所で、至るために身を律し、進むことが出来る強い人だ。

 …本当は、テーブルのことはあんまり大切じゃなかった。
 こんな風に一生懸舞いな彼には悪いのだけれど、彼とだから踏み出せるきっかけが欲しかったのだ。

「…よし。

 こんなものだろう」

 シグルトが梱包を終えたことを告げた。

「…ん。

 じゃあ、ちょっとだけ待ってて」

 私はおもむろに、彼の後ろにあった棚に近づく。
 そこには、木製の小さな箱が置かれていた。

 【音聞き箱】と呼ばれる機械仕掛けだ。
 捻子を捲き、蓋を開けると曲が鳴る。
 ドワーフの細工師ぐらいしか作れない、高価な品だ。

 それを高く、両手で持ち上げる。
 頭を超える位置まで掲げ…そして床に叩きつけた。
 
 飛び散った木片が服を叩き、跳ねた釘が頬をかすめていった。

「…ふう」

 溜息とともに、ずっと昔の記憶が溢れ、思い返された。


 私の生まれた場所。
 
 それは、山奥の名も無い小さな村だった。

 父は最初からおらず、ただとても奇麗な母が側にいた。
 何時もその美しさに見とれ、見上げていた様に思う。

 私が15歳になった頃、私は他の人間とは違っている自分に気がついた。
 その力を知ったのはもっと前だけれど、それがとても危険で嫌な力であると気付いたのは、悲しい思いをした後だ。

 その日、夕食の魚を獲ろうと、私と母は村近くの浅い川に来ていた。

 海老や魚を取る小さな網を用意している母の横で、彼女が喜んでくれると信じて、私は「効率の良い方法がある」と、川に手を突っ込んだ。
 そして、水の中から精気を奪い取る。
 
 すると、虫や蛙と一緒に、ぷかぷかと沢山魚が浮いて来た。

 「ね?」と自慢げに振り向くと、美しい母の顔は見る影もなく恐怖に歪んでいた。
 そのまま、母は逃げ去って家の扉を閉め、私が泣いて懇願しても、扉を開けてくれなかった。

 不意に窓から、小さな旅行鞄が投げられ、私の横に転がった。
 すぐに、雨戸まで閉められる。

 鞄の中には、幾許かの銀貨と食べ物、そしてこの【音聞き箱】が入っていた。

 私は、箱から流れる音色がとても好きだった。
 珍しい品なので誰も持っていなかったし、もの心付く頃からずっと、寝る時は子守唄代わりにその音色を聞いていたのだ。

 茫然として、導かれる様に箱を持ち上げると、中に手紙が入っていた。

 母からの別離を告げる、簡素な言葉。
 そして、人間のいる町で暮らせと締めくくっていた。

 今思えば、母もサキュバスだったのだろう。
 母は何かに脅え、そして力を隠し、村にいたのだ。
 そして、私が異端の力に目覚めたから、村人に殺される前に追放しようとしたのだ。

 手紙には、沢山の新しい涙の痕があった。


 シグルトは、壊れた箱の前で立ち尽くす私を、静かに、でも優しい目で見つめていた。
 そして、不意に私の頭を撫でる。

「…この箱ね、故郷を追い出される時に母親から渡されたものなの。

 開けるとね、綺麗な音が鳴る仕掛けがしてあって、子守唄代わりに何時も流れる曲を聴いていたわ。
 そうすると、ぐっすり眠れたから」

 その続きを言う前に、シグルトは少し強く頭を撫でた。

「過去との決別は、出来たか?」

 染み入る様な優しい声で、彼が聞いた。
 彼は、分かっていたのだ。

「…過去を壊しても投げ捨てても、自分という過去までは捨てられない。
 
 でも、何かの象徴を捨て去ることは、進み出すきっかけになる。
 俺も、そうだったからな」

 言葉に滲むシグルトの本音に、私は思わず彼を見上げる。
 彼は優しい目のまま、一度だけ強く頷いてくれた。

 私の中のわだかまりは、その笑顔を見ただけで木端微塵に消し飛んだ。
 そこに転がってる箱の残骸の様に。

「…ん。

 帰ろうか」

 私がそう言うと、シグルトは頷いて、包んだテーブルを持ち上げた。

「ね、手、繋いでもいい?」

 甘えてみると、シグルトは撫でていた手を拳にして、軽く私の頭を小突いた。

「あたっ!」

 実はそんなに痛くないが、思いっきりおどけて見せると、シグルトは深いため息一つ。

「…調子に乗るな」

 何時もの仏頂面に戻ったシグルトは、私を置いて部屋を後にする。
 
 …何?
 こんなところまでスパルタ?
 
 もう、私、頑張ったのよ!
 過去を捨てるのって、凄く怖くて、大変なことなんだから…

 むっとした私が追いかけようとすると、彼は外で立ち止まり空を仰いでいた。
 待っていてくれたらしい。

 …ちっ、仕方無い。
 今回はこれで妥協しておくか。

 私は、彼の背中に向けて走り出す。

 外はすっかり昼の日差しになっている。
 部屋に入って少ししか時間が経っていないはずなのに、随分時間が経っていた様に思う。

 追いついた時、シグルトはまた歩き出した。
 彼の長い又下は驚異的な歩幅を約束している…足早っ!

「ねぇ~、待ってよぅっ!!」

 悪魔を捨てた〈私〉。
 人間になった〈私〉。
 
 でも、彼のことでは小悪魔に戻る。
 それは、シグルトという好い男を捕まえたい〈私〉の本能かもしれない。

 とても彼は難敵だけれど。
 何時の日か振り向かせたいから、頑張り続けてみよう。

 
 …しばらく拗ねた調子で言いたてて、彼の周りを歩いていると、彼は宿に行く方とは違う場所に向かった。

 どこに行くのだろう、とついて行く。
 荷物はシグルトが持ってくれてるから楽ちんだし、彼と歩く時間が増えるのは嬉しい。
 
 そうして、しばらく行くと…
 その先には、薔薇の花が一面に咲き乱れる庭園があった。

「うわぁ…」

 リューンにこんな綺麗なところがあったとは、知らなかった。
 シグルトって、ちょっとミステリアスなところがあるけど、人が知らないその一面を垣間見た気がする。

 薔薇園には、庭師らしいお爺さんと、此処の主らしい優しそうな貴婦人が立っていた。
 シグルトは、老人にお金の入った袋を渡すと、薔薇の活けられた凄く小さな鉢を貰い、婦人に頭を下げる。

 2人は顔見知りの様で、婦人はにこにこ笑って、姿勢を直す様に勧めていた。
 シグルトは言葉に甘え、私に軽く目くばせする。

 彼の意図を汲んで、私も一礼した。
 婦人は優雅に会釈して返すと、老人を伴って去って行った。

 婦人を見送った後、シグルトは側までやって来て、その可愛らしい鉢を私に差し出す。
 手乗りサイズの小さな鉢の上で、可愛らしい赤い薔薇が一輪、咲いていた。

「新しい門出のために。

 辛いこともあるが、この薔薇の様に気高く咲ける様、励むといい」

 ええ、私に?
 プレゼントって奴?

 うう、スパルタの後、これは反則…

 私は、思いっきりにやけそうになる頬を何とか保っている。
 やばい、泣きそう。

「…薔薇の花は、薬にも香水の原料にもなる。
 君はクリス嬢(宿の娘さん)とよく香水の話題で盛り上がっていたからな。

 鉢植えなら持って歩けるから、冒険者として旅立つ準備が出来るまで、育ててみるといい。
 育て方は、話を通しておいたから、さっきの老人に聞けば教えてくれる。

 その鉢は魔法の品でな…少し値は張るが、大地の精霊力が薔薇に活力を与え、生かしている。  

 それに、この薔薇はちょっと特殊だ。
 慈しんで育てた花には、彼女たちが宿る。
 
 君には、見えないか?」

 …え?
 
 シグルトの言葉に従って、私がよくその薔薇を見てみる。

 何とそこには葉っぱで出来た服を着て、掌に乗れるサイズの可愛らしい姿の女の子が座っていて、私をにこにこと見つめていた。
 彼女は私の視線に気付くと、ぺこりとお辞儀をした。

 うわ、可愛いっ!
 何これ?

「…やはり見えるな。
 君には、精霊術師の資質がある。

 薔薇は、香りを司る精霊が宿るとされ、珍重されて来た。
 君は香りに詳しいみたいだし、彼女たちとの相性がよかろうと思ってな。

 それに君は、人ならぬものの気持ちが分かるだろう。
 稀有で、尊い才能だ」

 そう言うと、シグルトは私の頭の上に薔薇の葉っぱをちょこんと置いた。

 「彼らしくない悪戯だ」と困惑しつつ、ふと私は、香水関係から何時の間にか覚えた、花言葉を思い出す。
 薔薇の葉の花言葉は…「頑張れ」あるいは「希望あり」。

 私が言い知れぬ感激で震えていると、シグルトは「では帰ろうか」と何時もの調子で歩き出した。
 
 そうか。
 シグルトはもうすぐ仲間の元に還る。
 だから、私が寂しくない様に、この花をくれたのだ。

 同時に、頑張ろうな、という意味。

 …うん、頑張るよ!
 私はそう心で返事をして、彼の広い背中を追いかけた。



 シグルトの珍道中、外伝的な位置づけになった『甘い香り』の後日談、『私』。

 アンジュの独白風に話が進む、いつもとは違う文体でのお届けです。
 このあたりはタイトルを意識しています。

 ちょっと宿の裏事情やら、感性豊かな女の子の視線を描いてみましたが…
 正直男の私が、女の子の繊細な心理描写が出来たかどうか。
 ちょっとチャレンジャーだったかな、と書きつつ戸惑ってました。

 異性の心理は描くのが難しいですね。
 特にアンジュの様な、深い内面を持ってる女の子って。

 
 作者の楓さんには悪いと思いつつ、アンジュの立場や趣味を勝手に設定してしまいました。
 Y2つのリプレイ仕様ということでお許し下さい。

 香水が趣味、というのは前作のタイトルと、アンジュの住んでた場所、そして種族的にマッチングしたものかな、と思ったので。
 それに、リューンはフランスの一都市をモデルにしているので、本場かなぁと。
 こっそり拙作も登場させてたりしますが、そこは著作権の関係で扱い易かったからですね。
 よかったら、プレイしてみて下さい。

 ほんのりとぼかしてありますが、Y2つ仕様では、「アンジュは人間に交じって生活しているサキュバスの子供で、旅の途中で同族に出逢ったが、合わずにまた分かれて一人でいた」みたいな扱いにしてあります。
 楓さんの公式設定では、もしかしたら「サキュバス村出身」ということなのかもしれませんが、呪縛スキルを習ったエピソードを入れておきかったので。

 私のリプレイで、連れ込んだNPCはちゃんと活動します。
 その話限りって寂しいですし、同時に新しい人間関係が膨らんでいくのって楽しいでしょう?

 まあ、師であるシグルトはかなりスパルタで、このシナリオの甘々な雰囲気と比べると、イメージが違ってると思いますが。
 それでも、私なりにかなり冒険した表現を使っています。

 私の文章はくどくていけないのですが、詳細な描写ぐらいしか得意分野が無いので…困ったものです。
 たまに、それも大ポカやりますし。

 ともあれ、恋する女の子のアンジュが、上手く描写出来てることを祈るばかり。
 
 実は、菅野よう子のバンド「シートベルツ」の『SPACE BIO CHARGE』に収録された『I do』という曲を聴きながら、イラリア・グラツィアーノの美声に酔いしれて書いてました。
 タイトルを直訳すると、「私はそうする」。
 音楽は偉大ですね~、乗って書けました。
 歌詞が分かってないですが。


 最後のプレゼントですが、シグルトが600SP出して、拙作『風鎧う刃金の技』から【芳しき薔薇】という召喚術を買って手渡した扱いです。
 薔薇の葉っぱの「頑張れ」という花言葉と、アンジュに匂い系のスキルを持たせたかった、私の個人的な意図が働いてます。
 丁度、適性はアンジュ向きですし、純精霊術師で無くても使えるのがポイントです。

 ついでにスキルを一個ずつ残して、後は売って800SP作ってもう一個スキル(【茨食む口吻】)を買い、残った200SPを『ある日森の中』の報酬800SPと加えてアンジュの所持金を1000SPにし、シグルトから独立させました。

 私は同一スキルを何枚も持たせるスタイルが苦手で、多少弱くなっても「多彩に」装備させようとします。
 アンジュの改造計画は、『甘い香り』のタイトルから、いつかやろうと思っていたのですが、お金に余裕があったので一気にやってみたのですが、悪いチョイスでは無かったと思います。

 シグルトの所持金はちょっと減りましたが、面倒をちゃんと見ている表現になったかと。
 彼の所持金は、現在2555SP。
 まだ十分あります。

 えらく細かいことやってますね…

 このシナリオは心理描写がとても繊細です。
 アンジュを連れ込んでいるなら、是非やってみて下さい。

 私は個人的に、テーブルを横で眺めて相槌うってるアンジュが微笑ましくて好きです。


〈著作情報〉2009年07月24日現在

 『私』は楓さんのプライベートシナリオです。現時点で下記サイトで配布されています。
 シナリオの著作権は、楓さんにあります。
  
・楓さんサイト『Fleur de cerisier』
 アドレス: ■ttp://blog.goo.ne.jp/kaede_015/(■をhに)
 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。
 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。
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『ある日森の中』

 その日、アンジュはとても御機嫌だった。
 シグルトが一対一で、冒険者としての教導をしてくれることになったのだ。

 2日ほど急な仕事で飛び回っていたというシグルトは、彼を目当てにしていた新米冒険者たちの目を搔い潜って、かなり大きな仕事を達成したらしい。
 銀貨がどっさり入った袋を三つほど(一つ一つに銀貨五百枚ぐらい入っていた様だ)持って帰ったので、その時宿にいた他の冒険者たちも目を丸くしていた。

 現在、シグルトが属する“風を纏う者”は一時解散中で、それぞれが技術修練中だというが、シグルトはその修練を終えてたった一人で仕事をしている。
 技術の習得には、教えてくれる師に数回分の依頼に匹敵する謝礼を支払わねばならないが、シグルトは最近使った分を一人で稼いでしまった様だ。

 シグルトが非凡な冒険者であることは、アンジュが宿に来て数日で嫌というほど耳にすることになった。
 武勇譚も物凄いが、彼の人徳や人気が飛びぬけているからだ。

 シグルトは、後輩の指導が上手く、依頼人をとても大切にしている。
 仕事が出来るが驕らず、いつも聡明博識で、その上で人一倍努力する。

(こんな小さな冒険者の宿に、納まる器じゃないわよね…)

 騎士仕官の話や、貴族の相談役としての勧誘まである上、仕事の依頼もまた多い。
 おかげで、シグルトが受け切れな仕事のお零れに預かっているこの宿の冒険者たちは、結構稼いでいた。

 シグルトが歩けば、女たちはその美貌に目を奪われるし、男たちの中には嫉妬する連中もいるものの、そのなりを知る古株たちは皆彼に一目置いている。

 彼に直接連れてこられたということで、アンジュは随分、宿の女性冒険者やシグルト目当てに宿に訪れる女性たちにやっかまれた。
 シグルトがそういう態度をことさらに嫌うので、もちろん隠れた場所でだが。

 シグルトがこの宿に来た頃、宿の実力派だった専属冒険者が相次いで止めていた。
 そのせいで、この宿の評判は下がり気味だったらしいのだが、今ではこの宿専属になりたがる冒険者も多いという。

 しかし、宿の主人ギュスターヴは、冒険者としてのプロ意識に五月蠅いので、最近は宿への入居を保留にされる者が増えて来た。
 話によると、この宿のメンバーの紹介を得ない限りは入居を認められなくなったそうだ。

 アンジュも、シグルトの紹介でなければ宿の一員として認めてもらうのは難しかったはずだ。
 この宿で看板とも言える彼の発言力は大きく、シグルトの「頼む」の一言で、ギュスターヴ他皆首を縦に振った。

 最近賑やかになって部屋が足りなくなったため、宿の拡張工事を始めたそうで、もうしばらくすれば宿のメンバーを増やせるそうだ。

 『小さき希望亭』の許容人数は20名ぐらいだが、“風を纏う者”を含める2パーティの専属と、個別活動する冒険者で部屋はほぼ満員。
 そんな中で、アンジュはやや特別扱いになっている。
 
 一応専属として登録も終え、一部屋個室を確保している単独冒険者扱いだが、副業として小物を販売するお店の店員も始めた。
 冒険者としての技術を習得し、仲間を見つけるまで安穏に生活出来る場は出来たのである。

 当然アンジュは、シグルトのと同じパーティに入りたいと希望した。
 頭の回転には自信があったし、サキュバスとしての能力は戦闘に役立つと踏んでいたのである。

 だが、シグルトは「他の仲間次第だが、おそらく無理」とすげない返答をして来た。

 アンジュもショックだったが、それを他の宿のメンバーも意外と思ったらしい。
 彼女の面倒を親身に見ようとしている、シグルトらしくないと感じたからである。

 だが、シグルトは「アンジュの技能は“風を纏う者”では必要ない」とまで断言した。
 あまりの評価に、言葉を失ったアンジュばかりでなく、宿の娘クリスティアーヌや他の女性メンバーも彼女を擁護する側に回った。

 だが、シグルトはその後にこう続けた。

「俺たちは冒険者という仕事を、遊びでやっているわけではない。

 必要とする技能を持っていないのに、アンジュを仲間にするということはパーティの均衡を崩すことになる。
 シビアで命懸けの仕事もあるからこそ、アンジュと個人的に親しいという俺の私情を優先するわけにはいかない。

 アンジュには才能があるが、それはこれから磨く必要と余地があるし、技術や心構えが〈肩を並べて認められるもの〉でないうちは、どちらにも悪影響でしかないはずだ」

 とさらに厳しい返答をした。

 そして、最後にこう加えた。

「誇りを傷つけるかもしれんが、あえて言わせてもらう。
 今のアンジュは、俺にとって〈保護対象〉であり導く〈後輩〉でしかない。

 俺たち“風を纏う者”と活動したいなら、並んで文句を言わせない冒険者になってくれ。 
 もしそういった目標を持って鍛錬し学ぶ気があるなら、時間が許す時、俺も様々なことを教えよう。

 仲間とは、実力を含めて信頼し合い、補い合える存在のことだ。

 きつい時に頼るのはいい。
 だが、必要なことが出来ないうちや、互いの関係に甘えて縋るだけなら、仲間には出来ない」

 これは公私のけじめにことさら厳しい、シグルトの性格を裏付ける話となった。

 シグルトはアンジュに対し「救うために努力する」とは言ったが「仲間にする」とは言わなかった。
 彼に悪気は無く、アンジュに生活していくための道を付けるために、あえて厳しい態度をとっている。

 シグルトが後輩指導に厳しいことは元々有名で、半泣きになって冒険者の道を諦めた者もいるくらいだ。
 彼は、安易な妥協や容赦を決してしなかった。
 
 落ち込んだアンジュであるが、自分が冒険者という仕事を舐めてかかっていたことも感じていた。
 そして、「いつかシグルトに認められる」という目標を持ったのである。

 シグルトは夜遅くまでアンジュのために駆け回ってくれたし、彼女の手を掴んでくれた時の優しさは変わり無かった。
 もし、「冒険者以外の仕事を探す」と言えば、シグルトはそのために間違いなく奔走してくれるだろう。

 それら一連の騒動を乗り越え、それでもアンジュは冒険者の道を選んだ。


 その日の朝、アンジュは彼女の個室で、シグルトと二人きりになっていた。
 しかし、話の内容は色気も浪漫も全く無い、仕事の話である。

「アンジュ。

 君の能力は、短時間の間接攻撃が可能な呪縛と、魔法的な接触型の精気吸収の能力を使えるということで、間違いはないな?」

 シグルトは、まずアンジュが使える能力を尋ねた。
 彼女の冒険者としての役割を見極めるためである。

「そうよ。

 特に精気の吸収は命綱だったけど、【柘榴酒】と並の食事で、今は無理に使わなくても何とかなる感じ。
 力が落ち着いたおかげで、今ならゴーレムとか生物以外の魔力を吸収したりも出来るわよ。

 そうすれば、相手はしおしおね」

 こんな能力なかなかないでしょ、と胸を張ると、シグルトは首を左右に振った。

「能力的に希少でも、問題は〈どういう役割に役立つか〉だ。

 話してみて感じたが、君は、賢者か精霊術師としての資質は十分ありそうだ。
 だが、魔術師になるにはいかんせん、組織的なつてが無い。

 冒険者としての魔術師は、案外、学連や特定の私塾似通ったという、印可が重要になるんだ。
 にわか魔術師には自警団が目を付けるから、真面目に師を持って数年修行し印可を受けるつもりがなければ、この道はあきらめた方がいい。
 必要になる、時間というコストが大き過ぎる。

 習う気があるなら、俺の使えるつてを使えば出来ないことは無いが、魔術師の類は、君の様な希少な種族を人と思わず、実験対象扱いする連中も多い。
 その特殊な出自を考えるならば、大事をとって連中と距離を置くべきだろう。

 賢者としての道は、多少何かに博識なのは強みになるが、専業では、冒険者として少し物足りないと評価される。
 何か副業としての能力を習得していればいいが、そうでない者が知識だけで生き残れるほど、冒険者の世界は甘くない。
 
 ここで、君の正体を大声で職業として名乗れればいいのだが、そんなことが出来たのなら、歓楽街でその日の糧に困ることにはならなかったはずだ。
 この都市は聖北を中心として、教会勢力の影響が強いから、サキュバスというその性質が知れれば、過激な連中に追い回されて火焙りにされかねん。

 ともすれば、その優れた霊的資質から精霊術師か、あるいは召喚師の様な職業を目指すのも良いだろうが…これらも結局偏見を受けるからな。
 知り合いの精霊術師など、魔女扱いされて随分苦労している。

 俺の様に、本業では無い精霊術使い程度ならば、使える術は制限されるが、多少は扱いもましになるかもしれん。
 ただ、俺の場合は戦士という本業で補っているからな。

 そう言った前提を考えた上で、今のところお勧めは、呪歌や呪曲を奏でる吟遊詩人だが…君は楽器演奏は出来るか?」

 「うっ」と詰まるアンジュ。
 どちらかというと、手先は不器用だった。

「それならば、歌だけを使う歌手になるのも手だ。

 呪歌は歌えるし、街頭で歌えば生活も出来るからな。
 こういった芸で稼ぐ時は、地区を管理する組織に許可を取ってないと、風当たりも強いから、挨拶回りをする必要がある。
 その時使う金銭や贈り物で、資金が圧迫されるから、あまりあてにしてはいけないがな。

 それに、伴奏を誰かに頼まねばならないというデメリットもある。

 ふむ、まずは職業に縛られずにやってみるか。
 これから数日、俺が教導を行いつつ、君の才能を吟味しよう。

 君が成りたい役割を見つければ、後はその技術を伸ばせばいい。

 俺の仲間ラムーナも、最初は戦士をしつつ適業を探し、舞踏家と軽戦士を兼業する今のスタイルに落ち着いたからな。

 自分に何が向いているのか、意識して探してみてくれ」

 自分がどんな適性を持ち、どういう技術を得意にするかは、即冒険者としての仕事に直結する。
 パーティとして役割分担をする場合、どんな専門技術を持つのかが、パーティにおける自分の位置を決定するのだ。

 職業的な自覚の無い冒険者も中にはいるが、大抵は器用貧乏でうだつが上がらないか、食いつめ者になってしまう。

 シグルトの様に、戦士、賢者、精霊術師、軍師といった多岐に渡る技術を発揮出来る天才肌の冒険者は至極希なのである。
 それに、シグルトは戦士という領分を、専門家として高い次元で維持しているので、器用貧乏に陥ることが無い。
 
 一つでも役割として担える才能が見つかれば、後はそれを必要にするパーティに所属して、磨けば良いと、シグルトは言う。

「君の資質は、完全な術者(キャスター)向きだな。
 
 そういった才能は稀有なのものだから、俺たち戦士の様に腕っ節だけでありふれた才能より需要がある。
 君の持つ大きな優位性と言っていい。

 それが活かせる技術を、探してみよう」

 厳しいことも言うが、褒めたり認めることも忘れないシグルトである。
 アンジュは頷いて、自分の適性を思い浮かべてみた。

「この話は、とりあえずここまでとしよう。

 次からは、実際の仕事を通して、冒険者としての心構えや基礎知識を教えていく。
 君の足りない部分、得意な部分を確認しながら、出来る仕事を探してみるとしよう。

 初めての仕事で、まだ仲間のいない君を一人放り出すのは危なっかしい。
 特にこれからすぐに仲間が揃わなければ、俺が近くにいる間は、教導しつつ一緒に仕事をしよう。

 君は、俺から学べるもの、盗めるものを吸収して自分を磨くといい。

 それと…サキュバスの力は、心の知れた仲間や、君の正体を教えても構わない人物の前以外では遠慮して使うんだぞ。
 自分の力の危険性を理解出来ない者は、必ずそのしっぺ返しを受けることになる」

 この話を聞いて、アンジュは内心躍り上がりそうだった。
 教育とはいえ、シグルトが直接一緒に仕事をしてくれるというのである。

 この事実を知れば、シグルトの教えを受けたい他の冒険者にはかなりやっかまれるだろうが、お釣りが来る。
 普段忙しい彼がそこまでしてくれることは、滅多にないのだ。

「まずは君の武具を見つくろうか。
 確か、今着けてる指輪が優れた魔法の品だったな。
 
 先輩が『小さき希望亭』に残して行った護身用の短剣があるから、武器はそれでよかろう。

 君の華奢な身体に重装備は無理だ。
 鎧の類、盾の類は持たなくてもいいが、となれば、戦闘時は後衛からの支援を意識してくれ。

 こうして見ると、君が使える吸収の力は、案外扱いが難しいな。
 接近してからしか使えないのは、敵に近づくリスクを冒すことになる。

 あまり公に使えるものでも無し、伸ばさずに最低限の力に封印して、別の術を磨くのも良いだろう」

 シグルトは、アンジュに軽量の短剣を用意してくれた。
 鍔が大きく、護身に優れた形状である。

 自身も手頃な短剣を選び身に着ける。
 今シグルトは、愛用の武器を持っていないのだ。

「日用品はそのうち、君が前に住んでいた場所から持ってこよう。
 前準備はこんなところか。

 では、時間があるうちにやれることを進めておくぞ。
 店に出て、張り紙を見つつ、仕事の選び方を教える。

 もし可能な仕事があったら、前倒しで仕事をするのもいいだろう」

 始終このペースで、部屋に二人っきり、という時間は終わってしまった。


 2人が降りてくると、店のカウンターで宿の親父ギュスターヴが、いつもの日課とばかりに食器を磨いていた。
 
「お、講義はもう終わりか?

 …その顔だと、しっかり絞られたなアンジュ」

 「ええ…」と力無く苦笑するアンジュ。

 もの覚えは良い方だが、シグルトが矢継ぎ早に教えてくれる知識は、とてもすぐに覚えきれるものではない。 
 それは、本来数週間かけて教えて貰う内容だ。

 教えるのが上手なシグルトだからこそ、半日で数日分の知識を得ることが出来るのである。
 その分、頭の疲労も大きなものになったが。

「いろいろ覚え過ぎて、知恵熱が出そうよ。

 充実してるんだけどね」

 こんな風に誰かから物を学ぶのは、久しぶりのことだ。
 彼女は勤勉なほどではないが、学ぶことには、確実に自分を高める充実感がある。

 アンジュは、その日の糧を得る危機感に追われていた時には無かった、喜びを感じていた。

「時間は惜しい。

 アンジュ、張り紙を見て、出来そうな仕事を見つくろってみろ。
 当てずっぽうや、報酬の多さで決めるんじゃないぞ。

 自分の実力や、持った知識の範囲で、それが可能か吟味して選ぶんだ」

 シグルトはそう言って、椅子に腰かけると、アンジュの出方を待った。
 これが、能力を試す試験であることは、あらかじめ聞いている。

 アンジュは、よく吟味した上で、3つほど張り紙を選び、剥がしてシグルトの前に置いた。

「まずは『鉱山のコボルト退治』。

 報酬は銀貨四百枚と少ないけど、場所はリューンからほど近いし、大体五匹ぐらいだって情報が書いてあるわ。
 討伐モノでは、なかなかのものでしょ?」

 するとシグルトの容赦ない添削が始まった。

「不合格だ。

 まず、少人数で仕事をこなす時は、〈討伐〉を避けるのがセオリーだ。

 自分の装備を見ろ。
 同行する俺の装備は?

 こんな貧相な装備で、戦いを前提とした依頼を受けるなど、先が思いやられるぞ。

 それから、報酬の項目を見ろ。
 これは〈成功報酬〉の依頼だ。

 つまり、失敗して逃げ帰って来た時は、ただ働きになる。
 そのリスクを背負うほど、君の懐は暖かいのか?

 加えて、場所。
 洞窟で、しかも鉱山だぞ。

 灯りの準備は出来ているのか?
 油は案外高価な品だ。

 誰がその明りを持つ?
 俺たちは今二人きりだ。
 まともに剣を取って戦える者は、一人ということになるな。
 
 鉱山の規模は、依頼の張り紙から予測出来るか?
 近いというだけで、どの鉱山か明記されていない。

 それと、コボルトの危険性を話しておこう。

 こいつらは世間一般では雑魚とされるが、狡猾で、よく落とし穴や毒針を仕掛ける。
 闇にあって彼らに襲われると、多数で囲まれ、玄人の冒険者でも死ぬことがあるんだ。
 戦闘力は低いが、集団で一人を攪乱し、一気に襲いかかる意外な戦術巧者だ。

 それに鉱山では、〈腐れ銀(コバルト)〉と呼ばれる鉱石が見つかるほどだ。
 つまりコボルトは、鉱山の坑道に生息しやすいとされる妖魔なんだ。

 こういった敵の庭に向かうには、専門の技術を持った先導役が必要になる。
 鉱山に詳しいドワーフか、罠を発見する能力に長けた盗賊がな」

 ギュスターヴが肩をすくめた。
 つまりシグルトは、これだけのことを視野に入れて依頼を受けていた、ということである。

「うう、分かったわよ。

 でも、次は自信あるわよ。 
 まず戦闘は無いはずだわ。

 ずばり『猫を探して下さい』よ!」

 シグルトはその貼り紙をしばらく見て、大きな溜息を吐いた。

「…不合格。

 広い都市部で探索する…しかも生き物探しに一番必要なのは、手数だ。
 その次に必要なのは、探す技術。
 さらに、情報を入手するためのつて。

 君はそれらが、今の俺たちに恵まれていると思うのか?

 この手の依頼は、失敗することが多い。
 捜査対象が自分の意思で動くからだ。

 それから、探す対象がいなくなった期間を確認しろ。
 件の猫が居なくなったのは、一月以上前だぞ。

 失せ物探し、行方不明者の探索は、紛失あるいは行方不明が出た瞬間からの経過時間がポイントになる。
 一週間以上経っていたり、探して貰ったことがあると注意書きがある依頼は、よほどの装備があっても見つからない可能性が高い。
 
 依頼主が子供だからという同情もあるだろうが、かえって希望を裏切るはめになる。

 老いた猫は死に場所を探すが、人目につかない場所で死ぬという。
 飼い慣らされた猫は、生き残るために殺し合いすらする野良猫の世界では、生きていけない。

 例え見つけることが出来ても、悲劇的な結果になることも多いんだ。

 一月以上飼い主を離れた猫は、生き残っていれば野生を取り戻している。
 再び主に懐くかは疑問だ。

 逃げられて、探し直す羽目になることもある。

 あと、捕獲の難しさもあるな。
 アンジュは、動物を捕まえるのは得意か?

 上手く君の力で呪縛出来ればいいが、猫は鼠を捕まえるほどに素早く、頭蓋骨が通る場所ならどこでも潜れるほど身体が柔らかい。 
 高所から飛び降りるのも得意で、人間が登れない木の上にだってあっという間に駆け上がる。

 これだけのデメリットがあるのに、まだやってみる気はあるか?」

 はたり、とアンジュは机に突っ伏した。
 噂には聞いていたが、シグルトの教導は本当に容赦が無い。

「じゃ、これ。
 『蜂蜜の輸送』。

 馬車があるって話だから、私たちの人数で丁度ぐらいだと思うし、やることが決まってるから、確実性もあるわ」

 きっといろんな突っ込みがあるだろう、と予想したアンジュであるが、シグルトはここで微笑んだ。

「ぎりぎり及第点だ。

 〈輸送〉を選んだのは大したものだ。
 初心者は粋がって、この手の依頼を受けたがらないが、大抵は目的に戦闘が含まれないため、安全に行える。

 成功すればまた頼む、という新たな依頼に繋がる可能性も高い。

 馬車に目を付けたのも評価しよう。

 移動が容易で、体力も温存出来る上、少人数で出来る環境だ。

 今みたいな夏場の徒歩は、なかなか重労働だからな。
 荷物だって、直接持たずに済む。

 期間も半日~一日と短いし、馬車という休む場所もある。
 見張りは交代で出来るし、日陰になるから熱射病で倒れる恐れも少ない。

 ただ、この〈熊が出る可能性がある〉というのと〈成功報酬〉であることは大きなマイナス面だ。
 
 後の方は交渉次第だが、〈輸送〉という依頼形式の達成し易さから考えれば、大きな問題にはなるまい。

 問題は熊の方だ。
 俺がこの依頼を認めたもう一つの要素があるが、何だと思う?」

 突然の意地悪な問いに、アンジュは悩む。
 そして、半ば自棄になって答えた。

「んぅもう、分かんないわよ。

 夏の日差しが暑くて熊は出ないとか?」

 すると、シグルトは頷いた。

「やや当てずっぽうだが、一応は正解だ。
 熊の生態が関わっている、というのが正しい答えだな。

 毛皮が厚い熊みたいな動物は、日中涼しい川や森の中での行動を好む。
 カンカン照りの道に出てくる可能性は、かなり低い。
 馬車の通る露出した道は、照り返しで暑いしな。

 絶対ではないから、注意は必要だが。

 そしてこの季節、熊が食べるものが、山森に溢れている。
 虫や木の実、川には魚。
 リスクを冒してまで、人間を襲うことは少ない。

 熊の多くは本来臆病な獣で、特に自分より大きな動物は襲わないんだ。
 縄張りを木に爪で刻む習性があるんだが、一説では〈爪の高さ〉=〈身体の大きさ〉で支配力が決まると言われている。
 
 テリトリーを荒らされると、熊は逆上する場合があるから、覚えておくといい。

 話を戻すが、馬車の様な巨大で動く物には、まず怖がって近寄ってこないはずだ。
 車輪の音も大きいしな。

 熊除けの鈴でもぶら下げて走れば、熊の方から避けてくれるだろう。

 後は、馬車の走行中に木の枝を折ったりして、熊のマーキングを荒らさないことだ。
 まあ、通り過ぎた後なら、馬車の速度に追いつかれる可能性の方が低いだろう。

 熊は一日数十キロを踏破することもあるから、縄張りはかなり広いと言われている。

 …さらなる注意が必要なのは、夏の熊が強いということだ。
 春先に穴籠りから目覚めたばかりの奴と違い、餌を食って体格も良くなっている。

 実際に戦闘ともなればかなりの危険も伴うから、万が一の時に備えて対抗手段を吟味しておくべきだろう」

 シグルトが語る熊の知識に、アンジュは「ほえ~」と感心した様に唸った。

「こういった知識は、時に生に繋がる大切な情報になりうる。
 ある偉大な冒険者が、〝含蓄は旅人を助ける〟という金言も残しているしな。

 俺も、小さい頃に学んだ伝承や、習った医術で幸運を拾ったことは、一度や二度では無い。
 君の【柘榴酒】だって、そうだ。

 君は頭が良いし、記憶力もある。
 それらを生かし、学ぶ機会があるなら疎かにしない様にな」

 シグルトの博学ぶりは、もう説明する必要もないだろう。
 単に知識の広さで言えば、ロマンの方が優れているが、一部の専門知識と実用知識の深さではシグルトに分が上がる程だ。

 彼の知識の豊富さは、勤勉さ故である。

 シグルトが酒に酔って遊んでいた姿とか、ごろ寝をして休日を過ごす姿を見た者は誰もいない。
 平時は誰かにものを教えているか、武芸の鍛錬をしているか、読書をしている。

 その読書量は、『小さき希望亭』ではロマンに次ぐ。
 人との会話からもかなりの知識を仕入れており、専門知識を持つ者との交流も広い。
 好事家や隠者、知的好奇心が強い貴族とも話が合い、気に入られることも度々だ。

 シグルトの多才さは、彼が並外れた努力家であるためなのだ。

 見る者が見れば、「何と無駄の無い生活をしているのだろう」と思うだろう。

 彼は、風呂や用を足す時間すら、哲学する時間に用いる。 
 生徒となる後輩に物事を教えている時は、その中で感じた自省で自分を高めていた。

 この様な彼が、洗練されないはずが無い。

 アンジュは、人間観察が得意である。
 人の精気を通して、その力の迸り…オーラの様なものが分かるのだ。
 
 彼女から見るシグルトは、与えられた生の一時一時を、本当に大切に生きている様に見える。

 冷たさと熱さ、剛と柔、光と闇…背反するそれらを内包し、その上でどちらに染まっているわけでもなく、純粋だった。
 その老人の様に静かで、若者の様に熱い彼の内面の知る度、外見以上に魅力的に感じてしまう。

(彼の外見だけしか見られない人は、もったいないわよね。

 シグルトの魂は、決して聖者の様な純白ではないけれど、まるで磨かれた金属の様に気高くて、綺麗だわ)

 霊的なものが視認出来る多くの精霊術師や霊能者は、シグルトに対しアンジュと同じ様な印象を受ける。
 それは、〈刃金の相〉と呼ばれる魂の形だった。

 彼らに共通するのは、失うことを嘆きながらも覚悟し、自らを鍛え道を切り開く心を持った、業を背負う挑戦者である、ということだ。
 刃物が持つ実用的で鋭利な美しさにも似た、危うさと猛々しさが他者を魅了して止まない、英雄の相である。

 同時に〈刃金の相〉を持つ者は、英雄の多くがそうである様に、波乱万丈を天命としていた。
 彼らの多くは、自らが欠け果てるまで挑戦し、多くは夭折する宿命である。

 そんな深い人相までは知らなかったが、アンジュはシグルトの持つ儚さの様なものに気付き始めていた。

 アンジュがぼんやりとシグルトを見つめていると、彼は呆れた様に苦笑する。
 そして、張り紙から依頼人の住む家を確認すると、アンジュにその依頼を受ける意思があるか確認したのであった。


 依頼人から馬車を預かり、シグルトが御者となって、2人は運ぶための蜂蜜を受け取るために、養蜂場に向けて林道を進んでいた。

 依頼人との交渉は自分でやれとばかりに口を出さないシグルトの前で、アンジュは初めて冒険者としての交渉を行った。

 結果は惨敗だった(そもそも、報酬を払う人物に品物を渡さないとお金が出ないようになっていた)が、今後『小さき希望亭』に優先的に仕事を回して貰える約束をしてもらったので、シグルトは「及第点」をくれた。

 その後、シグルトはアンジュを補う様に、依頼人に森の情報を確認していた。

 彼は「森でクマに襲われた者がいるか」と聞いた程度だった。
 襲われた者は誰もいない、と聞いて、シグルトは何かを確認し終えたのか、それ以上は尋ねなかった。

「ねぇ、シグルト。

 もっと熊の情報とか、出現ポイントとか、聞かなくて大丈夫だったの?」

 依頼人の前を辞した後アンジュが聞くと、シグルトは肩をすくめて溜息を吐いた。

「それは君がすべきことだったんだぞ。

 俺はあくまでも、行動を共にしているが、教導側だ。
 減点だな」

 思わず返答に詰まるアンジュ。
 
「…まぁ、初の仕事だから、大目に見てやろう。
 良い質問をしたことだしな。

 聞くことは大切だ。
 情報はやって来るものではなく、自分で集めるものだ。
 覚えておくんだぞ。

 …俺が熊のことを聞いたのは、出現した熊が〈人食い熊〉か確認するためだ。
 もしそうなら、依頼を断らせていた」

 シグルトは少し言葉を切り、思い出すように空を仰ぐ。

「…熊は〈手負い〉、〈穴持たず〉、〈腹ぺこ〉、〈物狂い〉、〈人食い〉は危険だ。
 一切、普通に伝えられている常識が通じなくなる。

 この何れかに類する熊がいる場合、即討伐に依頼変更する羽目になると、覚悟しておいた方がいい。

 〈手負い〉は分かるな?
 怪我をした獣は気が立っているから、感情的になって暴れる。
 痛みで我を忘れ、何をするか分からない。

 〈穴持たず〉は、冬籠りしそこなったり、何かをきっかけで冬籠りを止めてしまった熊のことだ。
 冬季には餌が無いから、飢えて、目に付く生き物を食べ様と襲いかかって来る。

 〈穴持たず〉にも関連するが、〈腹ぺこ〉は、食事にありつけず飢えている熊だ。
 森の無計画な伐採や、森の食べ物が不作の時にもこうなることがある。
 やはり、目に付く生き物を食べ物にしようとするから、襲われやすい。

 〈物狂い〉は、病気や、出会い頭で驚かされ、興奮したり、狂乱している奴。
 暴れるし、目につく者に八つ当たりすることもあるから、とても危険だ。

 最後は〈人食い〉。
 一度でも人肉を食ったことがある熊のことだ。
 こいつは、最も危険と言える。

 熊は、人を食うと狂うと言われている。
 これは、半分間違いで、半分当たりだ。
 人間にとって、恐ろしい存在になることは確かだがな。

 人間は、他の獣に比べて体毛が少なく肉が柔らかいから、熊にとって御馳走なんだ。
 他の獣の様に素早くないし、鋭い爪を持ってるわけでもない。
 その上、大きな獲物だから腹も膨れるし、埋めておけばしばらく食べられる。
 
 熊は腐りかけの肉が大好物で、墓を掘り起こして死体を食らうこともある。
 味をしめた熊は、率先して人を襲う様になるんだ。

 そうなった熊は、何故かとても狡猾になる。
 ある賢者の話では〈人の知恵も食らうから〉らしいが」

 恐ろしい話に、アンジュの顔が青ざめる。
 彼女の頭の中では、リアルに死体を貪り食う熊の姿が浮かんでいた。

「…前に、故郷で一度〈人食いの穴持たず〉を相手にしたことがある。
 俺が熊の生態に詳しくなったのは、それが理由だ。

 有志を募って、二十人がかりで、村一つ壊滅させたその羆を追った。

 だが、ろくな知識も無く冬山に入った討伐隊のうち三人が食い殺され、半数以上が大小の怪我を負うという散々な結果になった。
 逃げだすメンバーもいて、雪山がそいつらの血で斑になった。

 雪に隠れ、地形を利用し、足跡を使って人を騙す熊を相手に、俺は半日かけてそいつを追い詰めた。
 なんとか倒した時も、化けて出そうな形相で目を剥き出し、唸っていた姿を思い出す…」

 シグルトの話す昔話に、半泣きの様子で周囲を見渡すアンジュ。
 欝蒼と茂った森は、いかにも熊が出そうな雰囲気である。

「…少しは安心して良いぞ、油断はいかんがな。

 聞いた話から推測すれば、この森に〈人食い熊〉は出ないはずだ。
 そう言う噂も聞かない。

 …そうだ、アンジュ。
 熊の対処法は知っているか?」

 唐突に聞かれて、アンジュはびくっとした。

「ええと、確か睨みつけて牽制するのよね?
 
 死んだ振りしてると、熊の好奇心で遊ばれて大怪我したり、齧られたり…」

 シグルトは御名答と頷いた。

「そうだ。

 決して背を見せず、じりじりと距離を取ること。
 焦って逃げようものなら、ほぼ確実に追いかけてくるし、人の足では逃げ切れん。

 四足で駆ける獣は、まっすぐ走る時に、もの凄い速度を出せる。
 もし咄嗟に逃げてしまって、追いかけられているなら、ジグザグに障害物の間を縫う様にして、熊の進行を止めながら振り切ることだ。

 熊の重い突進を食らえば、内臓破裂や骨折で無力化され、熊の胃袋に収まることになるだろう

 熊が立ち上がって威嚇して来たら、立ちすくんだりせず、とにかくその腕の届かない横方向から、熊の背後に大きくい回り込む様に走る。
 横殴りの一撃は、大人の頭骸骨が粉砕する破壊力を持つから、喰らわない様にな。

 相手がまた四足に戻ったら、繰り返し障害物にひっかけて距離を取る。

 熊を飽きさせるか、疲れさせることが出来れば、逃げ切ることも出来るかもしれん。
 大概は体力切れで、人間の負けだろう。

 熊の鉤爪に捕まったり、抱すくめられたら、一巻の終わりだ。

 奴らは器用で怪力だ。
 民家に侵入した熊が、驚いて湯を掛けた老婆を逆さ吊りにして、股裂きに殺した事例がある。

 木登りもダメだぞ。
 熊は高い木に登って蜂の巣や木の実を採る。

 火で追い払うのも危険だ。
 返って怒らせてしまうし、気性の激しい熊は火の燃えるキャンプを襲ったりもする」

 「救い様が無いじゃない…」とぼやくアンジュに、シグルトは首を横に振った。
 それでは駄目だと言う風に。

「だから備える必要がある。

 仕事とは、依頼を受けてから始まるわけでは無いんだ
 仕事そのもに関わる瞬間まで、どれだけの下積みをしているか。

 〈だって〉、〈仕方ない〉…そんな言い訳を言う度に、それは敗北と同意義になるだろう。

 愚痴が言えるうちは、まだ幸せかもしれない。
 くよくよ悩めるのは、余裕があるということだ」

 シグルトの言葉には実感がこもっていた。
 彼は実際にそうやって、数々の成功をおさめて来たのだ。

「とにかく、死ぬまで挫けないことだ。
 何があっても、挫折しなければ、まだ終わっていない。

 実際に熊に襲われた時、ただ震えているよりは、どう動くか、どう逃げるか、どう倒すかを常に考えるんだ。
 それは、襲われる前から覚悟し、心構えが出来ていた時に、初めて出来る。
 出来ない、起きないと準備を怠った者は、動けないまま食われる末路になるだろう。

 常に備え、常に挑め。
 それはどんな道であっても、活路になる。

 熊を倒す時は、その動きを止めて斧や鉈の様な硬く重い武器で眉間を割るか、喉を貫くか、心臓を一突きにしなければならない。
 体力がある熊は、多少の傷を負っても怒り狂う一方で逃げないからな。

 熊が立っている時はそういった急所を晒すが、位置が高く長い武器でなければ仕留められないだろう。
 致命的な一撃を放つには、屈強な力も必要とする。
 必殺が叶わないなら、下手に攻撃することはかえって危険だ。

 手負いの熊は執念深く、執拗に追いかけてくる。

 さあ、またこれで少し詳しくなっただろう?
 要は、それを続けて慣れて行けばいい。

 習うより慣れ、学ぶより真似るんだ。
 俺や、他師の助言が常にあるわけではないのだからな。

 〈黙念師容〉(言葉ではなく師の見様見真似で体得すること)。
 君自身で自分を磨いて、浅きより深きに入れ。

 答えは常に今にある。
 何をして来たか、何をするべきか。

 どうなるかは、君次第だ」

 馬車の速度を弛めて、栗鼠の横断を見守りながら、シグルトは言い含める様に締めくくった。


 森の中の養蜂場は、修道士風の男が一人いて、巣箱と蜂蜜の番をしていた。
 熊の話をすると、養蜂場を荒らして困ると苦笑する。

 この時代、養蜂は労働を美徳とする修道士たちの仕事である。
 蝋燭の原料となる蜜蝋の収集も盛んであった。

 砂糖と果物以外で、甘味となるものは蜂蜜ぐらいである。
 高い栄養価を持ち、腐敗せず、美味な蜂蜜はとても高く取引された。

 果物を漬ける蜂蜜漬けや、蜂蜜酒(ミード)を作るのにも必要で、女性用の化粧品として使われる場合もあり、需要が高い。
 何時も品薄だと、その修道士はぼやいていた。

 シグルトは、約束の蜂蜜を受け取る他に、手持ちの塩や香辛料を対価にして、蜂蜜を少し分けて貰っていた。

「蜂蜜ば、何の食料も無くなった時、持っていれば素晴らしい携帯食になる。
 そのまま舐めるのはもちろん、食べ物に塗って好し、湯や茶に混ぜて好し。
 腐らないから、保存が容易なのが有難いな。
 ただ、寒い場所では、固まると瓶から出なくなるぐらいか。

 未開地では物々交換する時に重宝するし、病気で倒れた時には滋養強壮にも使えるんだ。

 使用の注意としては、決して赤ん坊に与えないこと。
 知ってる者はとても少ないんだが、乳幼児は蜂蜜に当たる場合がある。
 加熱しても効果が無く、身体が麻痺して死ぬこともあるから、乳離れするまで絶対禁止だと、この知識を教えてくれた人が言っていた。

 それと、自然界で蜂蜜を見つけた時は、近くに毒草がないか確認した方がいい。
 トリカブトの周囲で採った蜂蜜に、当たった奴がいたと聞いたことがある」

 自らも蜂蜜を愛用するシグルトは、荷物を馬車に積み込みながら、そんな説明をしてくれた。
 知らない知識に興味をそそられ、アンジュも真面目に聞いている。

 女の子の例に漏れず、アンジュもお菓子や甘いものは好きな方だ。
 蜂蜜菓子の話に話題が逸れた頃、荷物の積み込みは終わっていた。


 帰りは、アンジュが馬車の御者になった。
 来る途中の会話の中で、シグルトが馬車の簡単な操り方を教えてくれたので、それに従って手綱を操る。

「乗り物の操作法は、一通り習得しておくといい。

 特にボートや筏(いかだ)、馬、馬車は良く使う乗り物だから、乗れないと沢山の仕事を逃すことになる。
 同時に移動手段、という選択肢が狭くなるから、並には使える様になっておくんだぞ。

 冬場、機会があったら、そりの扱い方も教えよう」

 シグルトは、質問すれば丁寧に教えてくれる優秀な教師だった。
 小さなコツや逸話を交えての教導は、時に厳しいが分かり易く面白い。

 そうして、馬車の操縦に夢中になり、帰り路も後半に差し掛かった頃である。
 
 森の奥から、何かがやって来る気配がした。
 さらに聞こえる木々がへし折れる音と、無気味な唸り声。

「く、熊?

 出たの?!」

 焦ったアンジュが思わず手綱を引きそうになるのを、シグルトが止めた。
 
「ゆっくり引いて、馬を驚かせない様に。

 あれは熊じゃない、多分猪だ」
 
 上手く馬車を止めさせると、シグルトは馬車を降りて、注意深く周囲を観察する。
 その時、100m程先に、森の中から躍り出た灰色の巨体があった。

 〈ワイルドボア〉と呼ばれる猪の一種である。
 好戦的で知られ、人里近くにも頻繁に現れる害獣であることから、よく冒険者にも駆除の依頼が来る。

「で、でかっ!」

 アンジュの第一印象の通り、その〈ワイルドボア〉はとてつもない巨体だった。

 苛ついた様に地を蹄で蹴り、砂埃を上げている。
 それは、威嚇の姿勢だ。
 
「ね、何かやばくない?

 こっち睨んでるよ…」

 不安そうにアンジュが聞くと、シグルトがゆっくり頷いた。

「…拙いな、あの猪は、手負いだ。

 アンジュ、臨戦態勢を…アンジュ?」

 恐怖心で完全に身がすくんでいた。

 背筋を流れる冷たい汗が気持ち悪い。
 あの鋭い牙で突かれたら、命は無いだろう。

 明確な敵意を受け、死を感じた時、それはとてつもない恐怖に変わる。

 だが、不意に視界が遮られた。
 アンジュの両頬を、力強い手が挟む。

「…しっかりしろ!」
 
 目前から睨み、シグルトが手に力を入れる。
 不意に襲った痛みに我に返ると、力が弛み、シグルトが強く頷いた。

「呆けるな、対処するんだ。

 その心構えは、して来たはずだろう?」

 強くゆっくりと、シグルトに言われ、アンジュは正気を取り戻した。
 必死に頷いて返す。

「そう、焦らなくていい。
 こんな時のために俺がついて来たんだ。

 いいか、俺があの猪の気を逸らすから、君は呪縛の力であの猪の動きを止めろ。
 よく狙えよ。

 出来る出来ないと考えるな、必ず〈やれ〉!」

 指示を出すと、シグルトは励ます様にアンジュの肩を叩き、すぐに離れて馬車を降りた。
 そのまま、恐れる様子もなく大猪を睨み据える。

 怒りをぶつける目標を見つけたためか、その獣は目を血走らせ、泡を吹きながら駆けて来る。
 
 シグルトは、大猪を馬車から引き離す様に、斜め前に歩み出た。
 そちらに大猪の注意が向き、進行方向も変わる。

 アンジュはその頼もしい背中を見つめながら、すべきことのために集中した。

 シグルトは、必ず〈やれ〉と命じた。
 それが出来なければ、彼が死ぬかも知れない。

(絶対嫌よ、そんなの!)

 高らかに唱えられた、サキュバスに伝わるまじないの言葉。
 元々、確実に接触して精気を吸える様に、サキュバスが体得するものである。

 大猪が射程に入った瞬間、アンジュの手から鈍色に輝く幾条もの魔法の鎖が発せられる。
 鎖に雁字搦めにされた大猪は、大きく転倒して地面を転がった。
 
 だが、この呪縛は長く続かない。
 躱すのが困難な分、維持が難しく魔力が分散してしまうのだ。

 しかし、出来た隙をシグルトが見逃すはず無かった。
 大猪の急所に二度、正確に短剣を突き刺す。

 魔法の鎖が光の塵に変わり、空気に分散した時、大猪は弱い痙攣を一度して絶命した。
 動かなくなった大猪を、しばらく観察していたシグルトは、完全な相手の死を再度確認すると、馬車に戻って来た。

「や、殺ったの?」

 シグルトが頷くと、アンジュの力がふにゃりと抜ける。
 へたったアンジュを置き、シグルトはまた大猪の方に向かうと、足を掴んで森まで引っ張って行った。

 暫くしてシグルトが森から出てくる。

「…死体を片付けてたの?」

 何とか落ち着いたアンジュが聞くと、シグルトは軽く頷いた。

「血抜きと腸を抜いて、蔦で手頃な木に吊るしておいた。

 帰ったら、手の空いてる奴に取りに来させよう。
 獣を殺したら、せめて有効活用してやらねば浮かばれまい。

 知り合いの猟師に処理を頼んで、毛皮は報酬の足しにしよう」

 ちゃっかりしたシグルトの言葉に、アンジュは驚いて瞬きした。
 
「…信じられない。

 私が震えてる時に、猪の解体作業やってたの?!」

 やや怒りを込めてアンジュが言うと、シグルトはしっかりと頷いた。

「血抜きは早い方が肉を傷ませないからな。
 こういった解体で血生臭くなった手は、乾燥した灰や土で拭って落とし、その後水で洗って、消臭の香草があれば最後の後処理をすると理想だ。

 こいつに怪我を負わせた熊の死体も見つけて来た。

 牡の若い熊だから、仔はいまい。
 熊騒動も、これで解決したかもしれん。

 …驚いたか?
 だが、冒険者をやるなら、これぐらいは図太くならんとな。
 
 日々の糧は、金で贖うのがほとんどだが、それ以外の手段を持っていれば節約も出来る。

 俺たち“風を纏う者”が冒険を始めた頃は、資金不足で、この手の稼ぎ方をよくやったものだ。
 レベッカという交渉上手がいたおかげで、裕福とまではいかなくても、その日の糧には困らずにすんだよ。

 君も飢えた時のひもじさを経験しているだろう?
 せめて、鳥一匹をしめるやり方ぐらいは、覚えておいた方がいい」

 アンジュはもう怒る気持ちも萎んでいた。
 心の中で、頭の下がる思いだった。

(シグルトも、苦労してたのねぇ)


 こうして、シグルトによるアンジュの実習教導は終わる。
 まずまずの成果に、多少説教したものの、シグルトは褒めてくれた。

 シグルト2人きりだったと言う話で、他の女冒険者やクリスが騒いでいたが、猪の解体云々の話をすると、逆に同情されてしまった。
 こうしてシグルトの伝説は、また一つ増えたのである。
 
 報酬の銀貨八百枚は、そのままアンジュの資金としてもらうことが出来、シグルトは猪と熊の毛皮や肉を処分して、それを報酬代わりにする。
 そうして手に入れた金や肉は、彼が関わった孤児や知り合いに配ったらしい。

 『小さき希望亭』の晩の献立は、猪肉である。

 ちょっとだけ臭みのあるそれは、アンジュの初仕事の味がした。



 シグルトの珍道中4、アンジュ教導編1、いかがだったでしょうか。

 連れ込んだPCを題材に、シグルトが後輩冒険者を教育する話は、どっかでやろうと思っていました。
 色気0なシグルトの教育ぶりが、いかんなく発揮してたと思います。

 今までも何度か紹介してきましたが、シグルトは中世世界では最高レベルの医療知識と、多彩な伝承に通じた賢者タイプの剣士です。
 蜂蜜の乳児ボツリヌス症をしっていたり、熊の生態に詳しかったのは、それを知るきっかけがあったからですが。

 倒した猪からちゃっかりと資金を生み出すあたり、レベッカの影響もあるでしょうね。

 シグルトは生徒としても優秀で、先輩から学んだことをほぼ確実にものにしてきました。
 冒険者として、アンジュに教えている知識は、彼が経験から学んだものや、先輩から学んだことの受け売りです。

 
 レベル的にはシグルトと同等のアンジュですが、スキルが冒険者向きでは無いとシグルトは仲間として認めてくれません。
 戦闘力がそこそこでも、サキュバスとしての黒いスキルの乱用は、彼女を危険にさらす恐れがあると危惧してもいます。

 シグルトは、過激な教会勢力を悪用した者たちに、友人を殺されていますし、レナータを救った過程もあるので、いかんせん慎重になっています。
 アンジュも、本来は自分の異端性で人に溶け込めて無かった過程で、歓楽街に隠れてましたから、シグルトの配慮は的外れではないかと思います。

 保身を臆病という人もいますが、シグルトは「仲間を含めて立場を守るための保身」と「ただの臆病」はきっちり区別して考えるでしょう。
 まずは本質を捉えようと考えるのが、シグルトの行動パターンです。

 最後の猪戦ですが、「キャンセル」→「眠りや呪縛といった無力化キーコード」で完全勝利出来ます。
 アンジュの呪縛、早速役に立ちました。

 
 今回800SPを報酬として得ましたが、これはずべてアンジュのスキルアップのために使います。
 シグルトの報酬は0ですが、食費やら諸費用は猪を使って埋め合わせています。

 何か、だんだん所帯じみてきてますね。


〈著作情報〉2009年07月20日現在

 『ある日森の中』はぐすたふさんのシナリオです。現時点でオフィシャルファンサイトのギルドにも登録され、下記サイトで配布されています。
 シナリオの著作権は、ぐすたふさんにあります。
  
・ぐすたふさんのサイト『Gustav's Homepage_CW』
 アドレス: ■ttp://gustaf.hp.infoseek.co.jp/CardWirth.html(■をhに)

・今回活躍した連れ込みPCアンジュは、楓さんのシナリオから連れ込んだものです。
 著作情報等、リプレイRの『甘い香り』を御覧下さい。
 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さ

んがなさっています。
 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。
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『夜明けの鳥』

 その日もシグルトは、夜遅く帰還した。
 
 新しく宿のメンバーとなった、アンジュの身元保証人を探していたのである。
 
 冒険者という仕事は、兎角信用第一だ。
 早いうちに身元保証人を作っておき、何かあった時にその人物を通じて連絡や事後処理をする。
 これを背景に持つ冒険者は、貰える仕事が段違いになる。

 いざという時、保証人の存在がバックアップしてくれるので、依頼人は安心して仕事を任せることが出来るのである。

 シグルトも保証人がいる。
 しかも複数で、名だたる人物が多い。

 最近依頼を良くくれるベルヌー女伯やその紹介で知り合った貴族、各都市の市長に名士。
 他の冒険者の宿の店主や、組合を牛耳るトップ。
 その数はちょっとした名簿が出来るほどである。

 その多くは“風を纏う者”の各メンバーの保証人にもなってくれている。
 彼らが邁進している孤児救済機構も、そういった保証人に援助して貰ったり、逆に保証人に恩恵を与えたりしていた。

 保証人の多くは仕事の報酬代わりに、貴族や豪商に頼んで、引き受けて貰う。
 同時に、パーティが散り散りになった時、連絡場所を提供して貰うことも出来る。

 “風を纏う者”が多大な信頼を受けるのは、仕事の成功率だけではなく、こういったコネクション作りが巧みだからである。

 「冒険者は自由であり、そういった柵に縛られるべきではない」と主張する者もいる。
 だが、コネクションを作っておけば、仕事を依頼されるきっかけになるのである。

 保証人になって貰う変わりに、冒険者は格安で仕事を引き受けたり、手に入れた情報や希少品を融通するといった相互関係が出来る。
 そうすればどちらも潤い、互いに得るものが大きいわけだ。

 保証人側も、お抱えの冒険者が出来れば、そっちの業界の力を借りやすくなる。
 ボディーガードになりそうな引退冒険者を紹介して貰ったり、冒険者経由で盗賊ギルドに盗品の行く末を調べて貰ったり。

 シグルトは、後輩冒険者に出来るだけ早く保証人を探すように指導していた。
 そして、その課程で「コネクションの作り方」を教え、自力で仕事を貰えるようにさせているのである。

 コネクション作りが下手、あるいはコネクションを持たない冒険者は、とにかく食いっぱぐれる。
 宿に来る仕事の取り合いで他のパーティともめ事を起こしたり、宿のツケが払えず借金暮らしになったり。
 食べていくための冒険者なのに、それでは身を滅ぼしかねない。

 「コネを作って、自分で仕事を獲得する」のが理想的であるのは、半年経たずに他のパーティと大きな問題も起こさずに成功を収めている“風を纏う者”の姿を見れば明らかである。
 それに、間接的にコネクションを使うことで、所属する宿を潤し、仕事のない同輩や後輩にも道をつけてやる事が出来る。

 加えて、保証人が付いた冒険者は、責任を伴って慎重になる。
 下手をすれば、保証人の面子を潰すことになるからだ。

 意識することで、良質の仕事も出来るのである。
 『小さき希望亭』の冒険者は、この方法によって総合的に質が高いと評判だ。
 保証人とは即ち、お目付役なのである。 

 身元がはっきりせず正体がサキュバスである(宿の親父以外、正体は秘密にしている)アンジュのこと、保証人探しはかなり難航したが、ようやく知り合いの女商人と話をつけることが出来た。
 
 アンジュはそこで、しばらく従業員と働く約束である。
 彼女の溢れるような魅力は、きっと店に貢献するだろう。

 本業の冒険者を始めるにも、いかんせん資金が心許無い。
 そこで、冒険者としてのイロハを教える間は、別件で稼げる様に手配したのである。

 シグルトは、自分が関わったことに関してとても誠実だ。

 アンジュについても救うと誓った以上、落ち着いて独立出来るまでは、後輩としてちゃんと面倒をみるつもりでいた。

 
 雲が出ているためか、その晩は月も見えず、真っ暗だった。
 暗がりの中、ようやく宿に帰りついたのは、街の明かりがほとんど消えてしまった後である。

 この時代、人が寝静まるのは早い。
 灯りに使う油代も馬鹿にならないため、普通の民家は、日が沈むと夕食を採り、程なく就寝する。

 遅くまでやっている酒場でも、午後10時過ぎまで開いている店は少ない。
 職人や商人の朝は早いので、8時過ぎまで起きている者は不良と呼ばれてもおかしくないのだ。

 逆を言えば、この時間まで営業している店は、世間一般でいかがわしいと呼ばれる類の店や宿であった。

 時間はすでに午後11時近かったが、シグルトのために『小さき希望亭』の扉は開けられていた。
 宿の扉を開けると、宿の主人ギュスターヴがまだ皿を磨いていた。

「おお、シグルト。

 こんな遅くまで御苦労さんだな。
 やっと帰ってこれたか」

 笑って出迎えてくれた親父に、シグルトはすまなそうに頭を下げた。

「起きててくれたんだな。

 ただいま。
 迷惑をかけてすまない」

 親父は気にするな、と皿を置いてシグルトに向き直った。

「ちょいと明日の仕込みがあってな。

 腹空いてないか?
 何か作るぞ」

 親父の温情に感謝しつつも、シグルトは丁重に断る。

「夜半に何か食うと、寝起きが悪くなる。
 
 もう休むよ」

 そう言って、自室に向かおうとした時である。
 宿の扉をノックする、小さな音が聞こえた。

 親父は訝しげに首を傾げた。
 確認しようとする親父を止め、シグルトが扉を開けて外を確認する。

「…こんな夜分に、いったい何者だ?」

 扉の向こうにひっそりと立っていたのは、少女と見紛う、華奢な体格の少年であった。
 飾り気の無い濃灰色の外套を凝ったブローチで留め、同色の短衣を纏った姿は、夜の闇に薄らと溶け込んでいる。

 シグルトは表情を緩め、諭すように聞いた。

「こんな遅くに、君の様な子供が一人で何用だ?」

 俯いていた少年は、少しためらった様子だったが、決心したようにゆっくりと顔を上げる。

「ここで、仕事を依頼出来ると聞いたんです」

 仕事、という言葉にシグルトは眉をひそめた。
 直感が、「やっかいごと」だと告げている。

「依頼、か。

 君が仕事を依頼しようというのか?」

 シグルトが訪ねると、「そうだ」と言う様に、少年は一生懸命頷いた。

 思いつめた様な表情は、少年を大人びて見せる。
 この少年に優れた教養があることを、シグルトは何となく感じ取っていた。

(貴族か、あるいは教育を受けた商家の子供だろう。
 
 礼儀正しいが、夜半に訪ねて来る非常識…まっとうな依頼ではないな)
 
 シグルトは少し考え、親父にどうすべきか尋ねた。

 この宿の主は彼なのだ。
 依頼を受け入れるかも、彼が決めるべきである。

 ふむ、と親父はカウンターから出て来た。
 少年の前に立つと、厳つい顔を精一杯弛めて屈み、声を掛ける。

「今晩は、坊や。

 仕事の依頼だって?」

 親父の問いに、少年がこっくりと頷く。
 その真剣な表情は、ちゃんと話そうという少年の誠意が溢れていた。

「ふむ、なるほど。

 だが、坊や。
 仕事を依頼するにはお金がいる。
 
 こいつの様な大人に働いて貰うには、報酬を用意してやらないといけないからな。

 それは分かってるかい?」

 現実的な話だ。
 しかし、報酬はけじめでもある。

 宿を通した依頼の場合、ただ働きにすることは、決して出来ないのだ。

 冒険者は遊びでやる仕事ではなく、命を賭けることすらある。
 仕事を選び、強制されず自身で成そうとすることは、冒険者の大切な矜持である。
 無料で働かせるということは、その矜持を安く見られる、侮辱に等しい行為だった。

 どんなに相手が哀れでも、冒険者として依頼を受ける時は、最低限の報酬を受け取ること。
 たとえ銀貨一枚、酒一杯であっても、報酬が無いのは「失敗した時」と「奉仕活動」以外してはならないのだ。
 それが、命を懸けて仕事をする、冒険者というものである。

 頷く少年に、親父も優しく頷き返す。

「なら、明るくなってからもう一度おいで。

 今度は親御さんといっしょにな。
 御両親が許してくれたなら、仕事の話をしてやろう」

 横でシグルトもそうした方が良い、と頷いて見せた。

 少年は唇を噛みしめ、再び俯いてしまう。

 本当に華奢な少年だった。
 首筋も肩も細く、肌は血管が透けるように白い。

「両親は、いません」

 少年の言葉に、親父とシグルトは表情を引き締めた。

(親のいない子としては、身なりも態度もしっかりとしている。

 やはり、やっかいごとか…)

 シグルトが心の中でそう結論付けた時、少年は再び顔を上げ、勢い込んで話し出した。

「僕はお金を持っていません。

 でも、代わりに〈これ〉を持っています」

 少年が取り出したのは、美しい紫輝石を使った精緻な細工の指輪だった。

「これはまた…えらく高価な指輪だな。

 坊やのかい?」

 親父が訪ねると、少年は頷く。

「はい。

 僕には、この指輪と…アジェイだけなんです!」

 少年の言った言葉に、親父とシグルトは首を傾げる。

「…鳥です。
 僕の、大切な友達なんです。

 どうかアジェイを助けて下さい!

 この宝石では足りませんか?!

 仕事は、明日の晩だけなんです。
 時間も掛かりません」

 必死に見上げる瞳は、とても純粋で一途だった。

「…親父さん。
 込み入った事情もある様だし、ここで居合わせたのも何かの縁だ。

 親父さんの許可がもらえるなら、俺が話を聞くが、どうだろうか?」

 シグルトは少年の顔を見て、腹を決めた。
 子供がこんな顔をする時、どれほど必死なのかを、良く知っているからだ。

 何故なら、自分もそうだったからだ。

 幼少期にシグルトが育った故国は、封建的な風潮が強く残る貧しい国だった。
 そういう国で、子供の地位とは低いものである。

 真剣に大人に訴えても、大人ははぐらかすか取り合ってくれない。
 泣いたり愚図ったりすれば、大人は叱るか殴った。

 目の前で狼に食われて死んだ幼馴染みもいる。
 口減らしのために売られていった友人もいる。
 厳しい冬に病気で死んでしまった仲間もいる。

 気が付けば、シグルトの子供時代からの知り合いは、半分以上が周りから姿を消していた。
 子供で無力だったシグルトには、何も出来なかったのである。

 シグルトが子供であるという立場の無力感に苛まれていた頃、彼の母は生家を断絶され弱い立場だった。
 だからこそ、真剣に子供の話を聞いてくれた。

 その様に一緒に悩み、言葉を聞いてくれる大人の存在は心強かった。
 シグルトの人格形成は、そんな母の影響を強く受けていた。

 だからこそ、シグルトは母と同じ様に、必死になる子供の話は真剣に聞いた。
 むしろ、大人よりも純粋な子供の考えには、沢山の真実がある。

 古臭い考え、と言われることもある。
 でも、シグルトにとって力無く喘ぐ子供たちは、過去の自分であり、守るべき弱者なのだ。

「うむ、お前なら間違いないだろう。

 運の良い坊やだな。
 この男は、うちの宿でも一番頼りになる奴だ。
 安心して話していいぞ。

 さ、入ってお座り。
 わしは飲み物でも用意しよう」

 親父の言葉に、少年は何度も頭を下げて礼を言った。


 宿に招き入れた少年をテーブルの向いに座らせ、シグルトも席に腰掛ける。
 宿の景観が物珍しいのか、少年は落ち着か無い様子で周囲を見回していた。
 
「まず名乗っておこう。
 
 俺はシグルト。
 “風を纏う者”というパーティに属す、この宿の冒険者だ。
 
 本業は戦士で荒事が専門なんだが、今は武器を鍛冶屋に預けているところで、半休業状態だ。
 頼りないかもしれんが、よろしく頼む」

 後半は肩をすくめ、冗談めかして言う。
 少年の緊張した表情が少し緩んだ。

「よければ、君の名前を教えてくれるか?」

 相手が少年でも礼儀を尽くす。
 誠実なシグルトらしい態度である。

「僕のことは…フェンと呼んで下さい」

 シグルトは、うむと一つ頷いた。

「御両親がいないと言っていたな?

 差し障りが無ければ、他の家族のことを話して貰えないか?」

 フェンと名乗った少年は、首を横に振った。
 「いない」という意思表示だ。

「言い難いことを聞いたかもしれないな。

 謝罪しよう」

 静かに頭を下げるシグルトに、フェンが慌ててもう一度首を横に振った。

「僕みたいな子供に、謝る必要なんてないです。

 どうか、頭を…」

 そこでシグルトはすっと元の姿勢に戻ると、困ったように口を引き結び、フェンを見据えた。

「…君は依頼主だ。

 俺が礼を尽くすのは当然だし、年齢は関係無いと思ってる。
 君が始めて会った俺に、礼を尽くすようにな。

 正しいと思うことに、卑屈になってはいけない。
 それは、依頼主である君に俺が求めることでもある。

 そして、そういう関係から生まれた契約は、互いに誠意を尽くすべきものになるはずだ。
 
 分かるね?」

 諭すようにシグルトは語りかけた。
 
 シグルトは故郷でも年長者で、兄貴分だった。
 後輩を導いて来た習慣とでも言おうか、導くべき者がいた時は少しお節介を焼くことがあるのだ。

 多少説教臭いものの、強制まではしない彼の態度には、虚栄心や高慢さが無い。
 彼にお節介を焼かれた者で、不快に思う者は希だった。

 フェンは少し考えて強く頷いた。

「よし、では話の続きをしよう。

 何処に住んでいるか教えてもらえるか?
 身許を知っておくのは少し大切なことなのでな」

 フェンは困ったように黙って首を横に振った。
 答えられないということだろう。

 シグルトは「やっかいごと」に巻き込まれたと、確信した。
 この手の隠すことがある依頼人には、面倒な背景がある場合が多い。
 
 フェンが報酬に提示した指輪も、ただの子供では持て無い高級品だ。

「分かった。
 では次の質問をしよう。

 報酬についてだ。

 どんな品か確認する必要があるのでな。
 契約を交わす上で重要なことだから、無礼を承知で聞かせてもらう。

 この指輪は、君のものか?
 誰から、どの様に手に入れた?

 それを教えてくれるか?」

 物品で報酬をもらう場合は、盗品でないこと、曰くつきでないことを確認するのが基本だ。

 売り買い出来ない価値の宝物(国宝など)だったり、品物の所有権が一人では無かったりすると、大変拙いことになる。

「これは間違いなく、僕の物です

 嘘ではありません。
 父が、母に贈った…形見なんです」

 形見、という答えに、シグルトは眉をしかめた。

「…とても大切なものなんだろう?

 それを報酬にして、後悔は無いか?」

 シグルトは、フェンの誠実な瞳を見つめ、その上で最終確認をした。
 大切なものを報酬にするのは、それ以上に大切な依頼である、ということだからだ。

「…僕にはこれしか…

 これでは駄目ですか?
 お金で支払いしないと駄目なのですか?」

 真剣なフェンの様子に、シグルトはしっかり頷いた。

「俺が確認したかったのは、後悔しないかだ。
 大切なものでも、報酬として差し出したなら、もう手に戻らないからな。

 君が真剣なのは分かった。

 …いいだろう。
 依頼内容を聞いて決めたい。
 詳しく話を聞こう。

 アジェイという名前の鳥を助けてほしいと言っていたな?
 その鳥を探し出せばいいのか?」

 フェンは首を横に振った。
 シグルトの言葉に否定すべきところがあるのだろう。

「アジェイは、隼に良く似た鳥です。

 でもただの鳥ではありません。
 僕の…大切な友達なんです。

 逃げたわけではないので、探せという依頼ではありません」

 一つ呼吸を置き、フェンは話し続ける。

「アジェイは…囚われています。
 ある屋敷にずっと。

 それを助け出して欲しいんです」

 シグルトは、質問しつつ続きを促す。

「君の友と呼べる鳥が、囚われいる。
 
 助け出して欲しい、ということは…
 アジェイは、さらわれたのか?」

 アジェイを人間の様に「さらわれた」と評したのは、少年の思い入れを汲んでのことである。
 
「さらわれた、わけではありません。

 ただ、僕と…離れ離れにされてしまって!
 無理やりに…取り上げられたんです!!

 僕の、僕の唯一の…

 お願いですっ!
 助け出して下さい!!!」

 息巻くフェンを宥める様に、シグルトは頷いて見せる。

「君の気持は察しよう。
 だが、もう一つ確認しておかねばならん。

 生々しい話で悪いが、アジェイの所有権…保護者である権利の様なものは、君とアジェイをの間を引き裂いた人物に移っている様なことはないか?
 あるいは、君以外の所有物になっていたり…

 金銭で無理やり買い取られたり、一時その身を借りていたわけでは無いのだな?」

 シグルトは、その所有権を知らねば依頼は受けないつもりだった。
 結局、一番大切なことなのだ。
 
 もし、他者に権利があれば、シグルトは窃盗犯になってしまう。
 解決するには、助け出す(奪い取る)よりも穏便(買い取る)に解決しなければならない。

「ありません。
 
 僕の鳥です」

 きっぱりとした答えに、シグルトはさらに頷いて話を進める。

「ならば、君からアジェイが取り上げられた理由は分かるか?」

 フェンは黙り込んでしまう。
 分からないか、話せない理由があるのだろう。

 だが、この少年が黙ってしまうのは誠実で嘘がつけないからだ。
 シグルトは、短い会話の中でそれを感じ取っていた。

「話したくないか。

 ふむ、いいだろう。
 条件を添えていいなら受けるとしよう」

 シグルトの言葉に、フェンは嬉しそうにぱっと白い顔を紅潮させた。

「あ、有難う御座います!!
 
 有難う御座いますっ!!!」

 その笑顔は、年相応の少年のものであった。

「慌てるな。
 もう少し詳しい話を聞く必要もある。
 
 俺の条件も言ってないしな」

 フェンは何度も頷いて、「もちろんだ」と請け負った。

「そうか。
 ならば、具体的な内容を聞こう。

 俺にどの様にアジェイを助けてほしい?」

 シグルトが聞くと、フェンはもう一度しっかりと頷いて話し始めた。

 
 フェンの話では、リューン近くにある『樫の木荘園の屋敷』に、アジェイが囚われているらしい。

 場所は二階建ての屋敷の一階。
 大きな籠に閉じ込められているそうだ。

 忍び込んで助ける期日は、明日の夜。
 
 忍び込む期日の理由は、その荘園に人がいなくなるからである。
 持ち主が戻ってくるが、別件で使用人が他に出払うらしいのだ。

「分かった。

 そこへ忍び込んで、アジェイを救えば良いのだな?」

 シグルトが助けた後のことを確認すると、フェンは首を振って違うといった。

「…アジェイを連れ出したら、屋敷から離れた場所で夜明けを待って、空に放してやってほしいんです」

 珍妙な依頼から、シグルトはあることを確信していた。
 この儚げな少年に会った時から、なんとなく感じていたある種の予感。

 そう、この子供はまるで、死に逝く者が身辺整理をするかの様に焦っていると。

「君の鳥なんだろう?

 本当に放して大丈夫なのか?」

 シグルトの問いに、フェンは口を引き結んで頷く。

「大丈夫です。

 アジェイは賢い鳥です。
 帰り道は自分で見つけられます」

 シグルトはそこで、フェンの依頼をはっきり請け負うと言うかの様に、深く頷いた。

「俺は先ほど、俺は条件付きで受けると言ったな。

 その条件を君が飲めば、依頼を受けよう。
 いいか?」

 フェンが緊張した様子で首肯する。
 自分が出来ることは何でもすると、言うかの様に。

「俺の条件は、<人命優先>ということだ。
 アジェイに関することで、人命に関わる問題が発生した場合、この依頼は止めさせて貰う。
 
 他人の屋敷に忍び込むのだ。
 場合によっては、戦闘も辞さないことになるかもしれん。

 その時、俺は人殺しをしてまでそれを行うわけにはいかない。
 速やかに退散する。

 誰かが仕事中に命の危機に瀕した時も、同様だ。
 その人物を助けねばならない場合、そっちを優先する。

 他の緊急の依頼で、命に瀕した者がいる時も。
 必然、君の依頼の優先順位は悪くなるだろう。

 失敗も、もちろん有りうる。
 その時は、報酬はいらない。

 その条件で構わないか?」

 フェンは少し考えて、しっかりと「それで良い」と頷いた。
 そして指輪を差し出す。

「まだ依頼は達成していない。
 俺はこんな高級品を貰っても、以来失敗による違約金は払えない。

 こういう場合、報酬は後払いが原則だ。
 それは君が持っていると良い」

 シグルトが微笑んで指輪を返そうとすると、フェンはそれを拒んだ。

「…いいんです。
 僕は、シグルトさんを信じます。

 違約金も要りません。

 子供の僕の話を、ちゃんと聞いてくれたシグルトさんが選ぶことです。
 シグルトさんが優先するなら、きっとそれはもっと大切なことだと思います」

 爽やかな表情であった。

「僕…よかった。
 ここでアジェイのことを頼めて。

 もちろん、アジェイを自由にして下さることは信じています。

 でも、万が一上手くいかなくても…
 此処で、アジェイを託すことを決めた事は後悔しません。

 …シグルトさんを信じたことも」

 そう言って、フェンは立ち上がり宿を出ようとした。

「俺も君の信頼に応えられるよう努力しよう。

 だが、約束だ。
 〈人命優先〉の、な」

 もう一度確認したシグルトに頷いて、フェンは去っていく。
 シグルトが送ろうと言ったが、丁重に断られた。

 宿を出て一人行くフェンの後姿を眺めるシグルトは、どこか苦悶の表情をしていた。
 まるで、誰かを騙したことを悔やむ様に。


 フェンを見送った後、シグルトは報酬の指輪を摘むと、そのまま厳しい気配を放ち警戒態勢に入った。
 入り口を睨みつけ、叱りつける様に鋭く言葉をかける。
 
「入って来い。

 先ほどから覗いていただろう?」

 やがて、応えるように入って来たのは、鋭い目付きの黒衣の男だった。

「勘のいい奴だ。

 それに隙が無い。
 腕利き、ということか」

 男はシグルトを見やり、片頬を吊り上げて刻薄に笑った。

 そして無遠慮に宿の中を歩きながら、シグルトに向かって近づく。
 あと数歩と言うところで立ち止まり、声低くシグルトに詰問する。

「…さっきの子供は、お前たちに何を言った?」

 不躾な男の問いに、シグルトは眉をひそめる。
 
「先ほどの子供の方がよほど礼儀正しかった、としか話せないな。

 基本的に、依頼人との契約内容は秘密にするのが、俺たちの掟だ」

 シグルトの拒絶的な返答に、男が低く嗤う。
 侮辱の意図がありありと感じられたが、シグルトはさらりとそれを受け流した。

「いい返答だ。

 冒険者の鏡というところか」

 男はシグルトを真っ直ぐ見つめ、そして手を差し出した。
 
「では、その指輪を返してもらおう。

 私があの子に返しておく」

 シグルトの答えはもちろんノーだ。
 すぐにその手を下げろとばかりに、首を一度横に振ってぞんざいに促す。

「俺は彼から仕事を受けた。
 これは彼の信頼の証だ。

 たとえ大金を積まれても、依頼が済むまでは誰にも譲らん」

 大金、と聞いて男はまたにやりとした。
 そして、重そうな袋をどさりとカウンターに置く。

「…銀貨で二千五百枚ある。
 その指輪を、好事家に売ったところで千五百か二千か。

 代わりとしては、これで十分だろう?」

 その時、それまで黙って話を聞いていた宿の親父が、唐突に笑いだした。

「ハッハッハ、何とも馬鹿げた話だ。

 お前、こいつを誰だと思ってる?
 うちの宿で最も約定を重んじる、あのシグルトだぞ?

 どれほど大金を積まれても、その男は動かんよ。
 国と交換すると言われたって、そいつがあの子供との約定を違えるものか。

 さっさと帰れ、胸糞が悪い」

 一転して男を拒絶する宿の主人。
 シグルトも頷いて、首で出て行く様示唆する。

「依頼について、他人が口を出すこといではない。
 
 その無礼には目を瞑ろう。
 さあ、お帰り願おうか」

 男は剣呑な目でシグルトを睨み据えた。

「…その気は無いと言ったら?」

 双方の視線が火花を散らす。

 シグルトは、何時でも迎撃する備えを取った。 
 剣は無くとも、体術と精霊術で応戦するつもりである。

 しかし、男は急に堰を切ったように笑い出した。

「たいしたものだ!
 …あいつの人を見る目は確かだ。

 気に入ったぞ。
 先ほどの無礼は謝ろう」

 男は銀貨の袋をしまうと、優雅に、だが道化の様に慇懃に一礼した。

「ただし、あの子がお前に何を頼んだとしても、それが実現することは無い…俺が必ず邪魔をするからなっ!」

 男はそう言って笑いながら、風の様に戸口から外に飛び出して行った。
 窓枠を土足で汚されたと、親父が怒鳴ったが、すでに男の姿は跡形もない。

(あの男…やはり調べる必要があるな)

 シグルトは、元よりやっかいごとだと覚悟の上だ。
 
 だが、男の去り際の瞳がどこか気になっていた。
 その眼は、無理をしておどけているだけにしか見えなかったからだ。

「どうするんだ、シグルト?

 こいつは…」

 親父の言葉を制して、シグルトは微笑んだ。
 心配無用、とでも言う様に。

「…あの子供のことだろう?

 少々卑怯かもしれんが、手は打った。
 子供を欺く様で嫌だったがな」

 親父がハッとする。

「それでお前、あんな約束を…」

 シグルトはそれに頷くだけで応えると、指輪を取り出して見つめた。

「親の形見を取るつもりなど、端から無い。
 ただ働きにはならない様、どこかで埋め合わせて、事後交渉でもするさ。

 大人として、関わった子供のこととなれば、応えねばなるまい。
 特に、あんな良い子の場合はな」

 そう言ったシグルトの瞳は、強い決意に満ちていた。


 次の日、シグルトは早朝から起き出した。

 親父に伝言を頼み、アンジュや他の依頼に捕まる前に、早々宿を出る。
 そしてリューンに向い、例の指輪について調べ出した。
 
 まずは親父から聞いた、高級貴金属を扱う店を探し、指輪の出所を探す。
 そしてダンクスという、有名な工匠のものであることを突き止めた。

 工房の主は、シグルトの見せた指輪を見せると、大変驚いた。

 そこで聞いた話は、指輪を贈られた〈ディーリアナ〉という姫君についてである。

 かつて、この都市に療養に来ていたディリス王国の王女ディーリアナ。
 病弱だったが、国の跡継ぎであり、美しい女性だったという。

 彼女はこの国にいる時、自らを〈フェン〉と名乗っていた。
 ダンクスの語る王女の容貌を聞き、シグルトはある仮説を立てる。

 〈ディーリアナ〉と、〈フェン〉と名乗った少年の関係をである。

 指輪を作った時期。
 少年フェンが行くように求めた樫の木荘園の館に、昔王女が住んでいたこと。
 王女が、その主治医だった医者マルスと親密無関係だったという話。
 野盗に襲われてマルスが死んだこと。

 それらはすべてあることを示唆していた。
 
(…やはり、あのフェンという子供は姫君の…

 ならば、あの不可解な依頼が全て繋がる。
 身の危険を感じ、あの子が俺に友の解放を依頼したとしたら…辻褄が合う。

 それに…)

 マルス医師の妹の居場所を聞き出したシグルトは、そちらに向かう途中だった。
 人通りの少ない路地に入る。

 そして、足早に歩いていたシグルトは、咄嗟に身体を横に反らした。
 シグルトの背中があった場所を、短剣の切先が通り過ぎる。

「…先ほどから俺の後をつけていた男だな。

 なるほど、大体俺の予測は当たっていたということか」

 問答無用とばかりに、短剣を振り上げ襲いかかってくる暗殺者。

 シグルトは捻りあげる様な肘打ちから、伸ばす様に腕を突き出して相手を押しやり壁に追い詰める。
 空いた距離を助走に使い、猛烈なタックルで壁に叩きつけて、暗殺者を気絶させた。

 素手による格闘術、捕縛術も、冒険者の重要な能力である。
 武器や小手先の技だけに頼る者は、戦い方が単調になりがちだ。

 シグルトに武術を教えた師は、東方は華国の戦術書や武術にも通じていた。
 彼は何時も「武具とは肉体の延長にある」と、基礎体術の訓練を重んじていたのである。

 ヴァンドールで修練を積んだせいか、シグルトは、実戦の駆け引きに関する勘はほぼ取り戻していた。
 思う様動けない身体はもどかしいが、それでも戦果は高いものになって来ている。

 気絶した男を調べつつ、シグルトはフェンが昨晩身につけていたのと同じ形のブローチを見つけ、溜息を吐いた。

(身元の分かるものを着けるなど、愚かな暗殺者もいたものだ。

 だが、動きはそれなりに訓練されていた。
 動き方や筋肉の付き方からして、間違いなく正規の武術を経験している。
 暗殺専門ではなく、どこかの軍人と観るべきか。

 ブローチの紋章は、父上に読まされた『王国紋章図説』で見たことがある…
 おそらく、ディリス王国の紋章に間違いあるまい)

 シグルトは、紋章を証拠品として接収すると、今後についてしばし考えた。
 
 結局、気絶した暗殺者は、知り合いの自警団員に通り魔か強盗だろうと言って引き渡す。
 シグルトの説明がしっかりしていたせいと、襲った男の格好がいかにもだったので、自警団員は快くその身柄を折に放り込んでくれた。

 そもそもこういう都市部で、刃傷沙汰や魔法による攻撃は立派な犯罪なのである。
 理由はどうあれ、許可無く人を襲ったりすれば、自警団の面子を潰すことになるのだ。

 シグルトは、今までの信頼からすぐに「正当防衛」を認められたし、素手で対応し、捕縛したことも評価された。
 結局、簡単な説明と調書にサインしただけで開放される。

 暗殺者の方は、身元引き取り人が来るまでは檻の中にいることになるだろう。
 もちろん、失敗した暗殺者を後生大事に引き取る者などいないだろうが。

 そして一息吐いたシグルトは、最後の確認を取るため、マルス医師の妹であるマチアの店を訪ねるのだった。

 
 薬屋を営業しているマチアに会い、シグルトは、予測通りにディーリアナ王女がマルス医師と恋人関係であったことと、マルス医師の死後、王女がタキーシスという有力貴族と結婚したことを聞き出した。

 マチアはディーリアナのせいで兄を失ったと、最初はけんもほろろだったが、シグルトの誠実な様子に、やがてぽつりぽつりと過去を語ってくれたのだ。

 話すうちに、報酬の指輪はマルス医師がディーリアナに婚約の証として贈ったものであることも判明する。

 さらに、現在リューンに王女とその夫タキーシスが来ていること。
 王女がタキーシスの子を懐妊して、今夜『肥えた猪亭』という高級店でその祝宴が開かれることを知り、シグルトは何かを決意した顔になった。

「聞き難いことを尋ねて悪かった。

 では、失礼する」
 
 シグルトは、詫びに傷薬を一瓶買うと、店を後にした。

 
 歩きながら、今後の作戦を練るシグルト。

(武器が無いのは厳しいな。

 兵士や騎士と遣り合うことになるかもしれんのに)

 そんな事を考えて歩いていると、すっと行く手を遮る者が現れた。
 昨晩の無礼な男である。

 シグルトは彼の出現を予測していたので、ようやく現れたか、とばかりに一つ息を吐く。

「…まだこんなところでうろうろしていたのか。

 あの子との契約とやらは、町をぶらつくことだったのか?」

 失望した様に男は肩で嘲笑った。

「調べものだ。
 こんな稼業をしていると、慎重に越したことはないのでな。
 
 話があって来たのだろう?
 場所を変えよう」

 シグルトは、男の返答を無視して歩き出す。

「…一つ聞きたい。

 さっきの刺客は、お前の差し金か?
 そういう奴には見えなかったんだが」

 歩きながら聞くシグルトに、男は驚愕したように立ち止った。

「…私はそんな卑怯な真似はしない。

 お前が邪魔なら、堂々と自分で止めを刺す」

 憤慨した様子で肩を怒らせる男。
 シグルトは、「やはりな」と相槌を打った。

「昨晩の様な接触の仕方をする者は、試すか見定めるタイプだ。 
 そんな者が、いきなり一人だけ暗殺者を寄こすなど普通はあり得ん。

 それに、こういう暗殺は数人で囲み、逃げられない様追い詰めて行うのがセオリーだ。
 後ろから襲わせるなら、あんな兵士崩れではなく、忍び足に通じたプロを雇う。

 素人を殺すのでない限りはな。
 例えば、マルスという姫君の恋人とか。

 お前は別行動をする者か、直接あの暗殺者とは関係の無い立場、と観るべきだろう」

 シグルトの洞察力と調べた情報の深さに、男は息を飲む。
 
 周囲はもう夕闇に沈みつつあった。
 やがて2人は、人気の無いリューンの郊外に着く。

「その暗殺者は、お前に何か言っていたか?」

 考え込んで黙っていた男が、唐突に問う。

「…俺が出会ってはならない人間と出会った、言っていたな。

 それはフェン…ディーリアナ姫の使っていた名を名乗った子供。
 つまり姫とマルス師の子息、というところか」

 シグルトが結論を言ったことで、男が目を見開いた。

「俺が襲われたのは、すなわちあの子の関係者と見られたからだ。
 あの子の身にも、危険が迫っている。

 姫の夫とタキーシスという有力貴族には子供が出来て、今夜はその宴だ。
 そこまで来れば、お家騒動だと気付くのは当然だろう?

 狙われて、かえって確信したよ」

 そこまで言って、シグルトは男を見つめた。

「…よくもそこまで調べたものだ。

 それがあの子の依頼か?
 あの子は、自分の両親を知りたいとでも?」

 シグルトは頭を振った。

「依頼の内容は秘密だ。
 昨晩、掟だと言っただろう?

 だが、一つ言っておこう。

 俺は、子供には少しばかりお節介なんだ。
 無茶な依頼なのは分かっていたが、あの子が不憫だった。

 まあ、今は半休業中の単独行動だからな。
 このぐらいの我儘はなんとか通る」

 苦笑したシグルトの言葉に、男は視線を足下に落とししばし黙考した。

 そして、呟くようにシグルトに語りかけた。

「…あの子は、お前を信じた。
 お前も、あの子の力になりたいと思っている。

 それなら、私も…あの子に関する重要な選択をお前に託そう」

 男が絞りお出す様に言った言葉に、シグルトは一つ頷いただけだった。

「…お前が本当にあの子を救いたいと思うのなら、これから私の行くところに着いて来てほしい。

 もし、お前が今、私に付いて来なければ…」

 シグルトが続けた。

「あの子が、今夜死ぬんだな?」

 男が頷く。

「私の言うことを…」

 シグルトは、その先は必要無いという様に制した。

「信じるさ。

 あの子の話をするお前の眼には、常に悲哀がある。
 ならば、同士にもなれるだろう。

 それに、一つだけ教えてやる。
 契約する時、〈人命優先〉と契約した。

 あの子の命が懸かっているなら、そちらを優先してあの子を助け、依頼が失敗したと謝るだけだ」

 そう言って、シグルトは少し清々しい苦笑をするのだった。


 男はアダ・ルサと名乗った。

 シグルトとアダが向かうのは、『肥えた猪亭』である。

 『肥えた猪亭』は、リューンでも有数の高級店だ。
 料理も最高級の物を出す、と名売っているが、値段も高いらしい。

 縁の無い者たちは「きっと名前みたいに太った成金が行くのさ」と嘲笑っていた。
 実際、優雅さには欠ける名前から、本当の高貴な貴族はあまり寄りつかない。
 
「こんな店を選ぶとは、タキーシスという奴は、喝采願望が強い様だ」

 シグルトの洞察にアダが苦笑した。

「さて、どうやって入る?

 俺も多少貴族に知り合いがいるが、今からでは紹介状を貰うわけにもいかん。
 裏口から入るにしても、この恰好じゃな…」

 シグルトの服装は、何時もの旅装束である。
 いかにも不審者に見られるだろう。

「うむ、私が話を通そう。

 だが、この店に入れるのは、護衛の兵士と招待客以外は、すべて女性だ。
 入る以上、そういう人間でなければならん」

 アダの言葉に、シグルトは「困ったな」と呟いた。

「…少しここで待っていろ。

 何とか調達してくる」

 そう言ってアダは姿を消した。

 暫くして、戻って来たアダは、小さな包みを抱えて来た。

「…何とか大きめの物が手に入った。

 これを着て入ってくれ。
 怪しまれることは無いはずだ」

 シグルトは包みを預かって開くと、眉をしかめた。

「…これは女給の服だな?

 確かに大柄な俺でも着られそうだが、いくらなんでも、俺の様な男が女装など無理があるぞ」

 フリルが可愛らしいエプロンとキャップを交互に見ながら、シグルトは珍しく途方に暮れていた。

「今は戦場並の忙しさだ。
 
 一人ぐらいお前の様な女給が混じっていても分かるまい。
 私もフォローしよう。

 他には、要人警護のために厳しい警戒をしいているあそこに入る手段は無い。
 
 兵士に化けるのは論外だぞ。
 兵士長は、兵士の顔と名前は全て覚えている上、自国で兵役を数年経験した、信頼出来る精兵しかおいてないからな」

 暫く考えたシグルトは、やがて嫌そうに頷いた。


(さて、女ものの衣装など着たことは無いしな。

 ふむ、クリス嬢がロマンに着せていた感じで着ればいいのか?)

 シグルトはやる以上は完璧にと、館の裏手で丁寧に着替えて、女給服の皺を伸ばす。
 
 何故か一緒に用意してあった化粧品で、顔には薄化粧をし、睫毛を整えて、口紅も塗った。
 一目で男性と分かる個所…喉仏は、女給服とともに用意されていたリボンで巻いて隠す。
 
(妹に化粧の手伝いをさせられた経験が、こんなところで役立つとはな。

 世の中、どう転ぶか分からん)

 曲のある黒髪を櫛で梳いてアップにし、キャップで包んでリボンを締める。

「…さて、俺は女装などしたことが無いからこんな感じだが…

 大丈夫か?」

 アダの前に出て確認すると、目の前の男は完全に硬直していた。

「どうした?

 気持ち悪いなら…」

 漸く放心状態から立ち直ったアダは、首を何度も横に振った。
 何故か言葉が無い。
 その頬は、心なしか紅潮していた。

 シグルトは、それを笑いに堪えているのだと受け取る。

「まあ、多少滑稽なのは仕方ない。

 出来るだけ目立たない様にするさ」

 そう言って、シグルトはアダを急かした。


 裏口から2人が入ると、そこにも衛兵らしい男がいた。

「誰だ!

 今晩はディリス王国がここを借り切っている。
 
 関係無い者は何人も…」

 そこで衛兵の顔がぽかんとした。
 視線はシグルトに釘付けである。

「…私だ。

 彼女は時々、あっちの館で手伝いをしてくれている。
 こちらの忙しさを鑑みて、連れて来たのだ。
 
 この通り、立派な女給だが、問題は無いな?」

 何故か頬を赤らめてアダが説明する。

「や、は、はい!

 導師がそう言われるのでしたら。

 し、しかし、この様な…」

 兵士の顔も何故か紅潮していた。

「だから、最初は連れてこなかったのだ。
 その、主賓をないがしろにしかねないからな。

 しかし、裏方ならば問題あるまい?」

 アダの説明に、兵士が「そうでしたか」と頷いた。

(よくも納得したものだな。

 しかし、俺の女装はかなり拙そうだ。
 目立たぬ様に、気をつけねば…)

 考えながら、どこか上の空の兵士に案内され、シグルトは厨房に入って行った。

 ちらりと見ると、アダが後で渡すと、羊皮紙の切れ端の様な物を振っている。
 やるべきことが、あれに書かれているのだろう。

(ふむ、ばれそうになっても、何とか誤魔化そう)

 シグルトは腹を決めて、堂々と厨房を潜った。

 残されたアダと兵士は、颯爽と可愛らしいエプロンを翻して去った女給の後ろ姿を、溜息交じりに見送っていた。

「…導師。
 あの南海のミネルヴァもかくやという、美人の女給はいったい何者なのですか?
 
 私は生まれてこの方、あの様な美女を見たことがありません。
 とても女給如きに納まる様な…」

 桃色がかっていそうな溜息を吐き、兵士はアダに語りかける。

「…何、高貴な方の面倒を見るのは、あれほどの器が必要なのだよ。

 私も、あの女神の様な美しさを初めて見た時は、言葉を失ったがね」

 意気投合した様に、2人は強く頷き合った。


 シグルトは、男臭いままではばれると、トリアムールに体臭を散らす様サポートを頼んだ。
 一応きつ過ぎない香りの香水も使ってある。
 
 しかし、シグルトに宿ったトリアムールは、何か様子がおかしい。
 まるで悪戯を隠しているかの様に、時折震えて渦巻いていた。


 そうして、準備万端。
 地獄の炉に飛び込む心境で、厨房にシグルトが踏み込む。
 
 壮絶な忙しさのそこは、熱気で熱いくらいだった。
 偉そうな調理人風の者が、居並ぶ女給たちに、下拵えや調理の指示をしている。

 人が入り乱れ、さながら戦場の風体だ。

 シグルトは覚悟を決めた様に、主人格らしい料理長の元に近づいた。
 多少のことは言い負かすつもりでいた。

「…あ、丁度好いわ。

 そこのでかいのっ!
 手が空いてるなら、てつだ…」

 シグルトの顔に目が行った料理長の手が止まる。
 訝しげに周囲の者たちもシグルトを見て、皆揃ったように硬直した。

(ここで押し負けては、女装までしたことが水の泡だ!)

 シグルトは毅然と胸を張り、料理長に問うた。

「手伝いで派遣された者です。

 私は何をすればよろしいのでしょう?」
 
 紅を引いた唇から出たのは、まるで女神の様な、美しく澄んだ低い女性の声である。

(…なるほど。
 トリアムールの奴、遊んでいるな?

 まあ、風邪だと誤魔化す必要も無くなった。
 ここはこのまま任せるとしよう)

 シグルトは、トリアムールが女の声に音を変換した悪戯を、とりあえず看過することにした。

「え、あ、その、この巨大なケーキを運んで下さる?」

 一抱えもある様な、何かを象ったケーキが皿に乗っていた。
 べったりと白い砂糖で覆われたそれを、シグルトは軽々と支えて持ち上げ、世間話をする様に聞いた。

「立派なお菓子ですね。

 これは?」

 聞かれたもう一人の女給が、どもりながら答える。
 目を見開いたまま、シグルトから視線を動かしていないまま、だ。

「え、ええとね。
 
 ディリス王国の象徴だって。
 白い熊らしいけど…。

 お祝いだから、こういうケーキを使って、場を盛り上げるのよ」

 熊にはとても見えない、まるで太った豚だ…と思いつつも、シグルトは出来るだけ自然に微笑んで頷いて見せた。

 それを見たその女給は、突然ぱたり、と卒倒してしまう。

(しまった…無理に笑うのは気持ち悪かったか、やはりっ!)

 シグルトは場を取り繕う様に引き攣った笑みを浮かべると、早々に厨房を後にしていた。

「…あぁん、お姉様…」

 シグルトが去った後、女給は夢心地で呟いた。

 他の女給たちは已然ぽかんとした様子で、ケーキを持って行くシグルトの後姿を追っている。
 少しばかり料理の焦げた臭いが厨房に漂っていたが、誰も気にする者はいなかった。


 予定の広間を目指すシグルト。

 そこは、蝋燭で明るく照らされた豪華な広間だった。
 
 長いテーブルに20人前後の着飾った貴族、あるいは名士たちが座り、一番上座には、恰幅のいい男と、対照的に華奢で美しい女性が座っている。

「おおっ!
 ディリスの象徴が来た!
 
 我が妃ディーリアナに似て、雪の様に美しいでは無いか!」

 恰幅のいい男は、大きな声を響かせ。シグルトが支えているケーキを皆に示した。
 そのあたりで、先ほど卒倒した女給が何とか平静を装いつつ側に寄ってくる。

 シグルトの顔は上手く巨大な〈白豚ケーキ〉に隠れていたが、ケーキの甘い匂いに胸焼けが起きそうだった。

 衆目がそのケーキに注がれ、拍手が沸き起こる。

 シグルトはケーキの合間から、上座を仰ぎ見た。

「さあっ、切り分けてくれ!

 そして皆に配り、このタキーシスの血が、未来永劫ディリス王国を統べることを祝うのだっ!」

 大きな声で吠えるように笑い、自らも手を打って喜びを表す将軍タキーシス。
 その傍若無人な言葉に閉口しつつ、シグルトはサポートに来た女給の指示に従って、部屋の隅の配膳台まで、ケーキを運んだ。

 静々と運ばれるケーキに、客の注意が向いている中、ディーリアナ姫と最上座のすぐ近くに座っているアダは、ケーキには目もくれない。

 特に姫君は、蒼白な顔で、無表情な人形の様にじっと視線を落としたまま動かない。
 
(年の差はかなりのものだ。

 恋人と引き裂かれ、他の男の道具にされた王女が、この宴席をどう思っているかなど、分かり切ったことだな。
 そして、これから生まれてくる子は、もっと哀れだ)

 生まれる前から政治の道具にされるだろう、子を想い、シグルトは暗澹たる気持ちである。

 やがて配膳台にケーキを下ろし、シグルトは出来るだけ目立たないように脇に退き、そのケーキが切り分けられるのを待った。

 しかし、客人たちの視線は自然と背の高いシグルトへと向けられ、氷りついた様に止まる。
 派手なパフォーマンスでケーキが切り分けられているのに、主役であるタキーシスまで、シグルトをじっと見つめていた。
 
(む?

 目立たぬようにしたはずだが…)

 シグルトは女性として見れば大変な長身だ。
 どうしても目立ってしまう。

 背が高過ぎることに好奇心を持っていた客のも多かったのだろう。

 シグルトは出来るだけ毅然としていようと、無視を決め込む。

「さ、さぁ…お姉さま。

 今度はお客様にこのケーキを配ります。
 お願いします」

 何故先輩のはずの女給が、後に来た自分に敬語を使うのか訝しがりながらも、シグルトは示された職務を果たすことにした。
 
 切り分けたケーキを、まずタキーシスとディーリアナの前に置く。
 穴が空きそうなほど凝視するタキーシスの様子に、俯いていたディーリアナも首をかしげてシグルトを見、そしてやはり目を見開いた。

(余程似合わないのだな。

 やはり、多少無理があっても兵士に化けるべきだったか)

 そう思いつつシグルトが次の配膳に移ろうとすると、タキーシスが慌てて呼びとめた。

「じょ、女給よ。

 お前、名は何という?」

 困ったな、と内心思いつつ、シグルトはとっさに答えた。

「ジークフリーデで御座います。

 将軍閣下にお声をかけて頂くなど、誠に恐悦至極。
 お耳汚しを、お許し下さい」

 毅然と、かつ邪険にならない様に一礼し、シグルトは名乗った。

 〈ジークフリーデ〉というのは、シグルトの発音違いを女性読みに変えたものである。
 名を聞かれたら、即座にそう答えるつもりでいたのだ。

 タキーシスは優雅なシグルトの動作に、条件反射の様に頷いて、用意していた心付けを差し出す。
 この店は、そういった習わしがあるのだろう。

 礼にもう一度頭を下げたシグルトは、頭を下げたまま、貴族や王族から物を受け取る様に摺り足で近寄り、差し出された心付けを受け取る。
 下がる時も後ろは向かず、元の位置まで下がってから一礼しその場を辞す。
 
 そして、再び進んで近くに座っていたアダにも軽く一礼してからケーキを渡し、心付けと一緒に彼が用意していた羊皮紙を受け取る。
 すぐにそれらを女給服のポケットにしまうと、何食わぬ顔で(半ば自棄になっていたが)女給としての仕事を続けた。

 シグルトが女給の礼法を知っていたのは、恋人の影響だ。
 
 彼女は幼少の折に母を亡くし、病弱な父親の代わりに館を全て取り仕切っていた。
 所謂女主人だったのである。

 本来女給(メイド)の仕事は多岐に渡り、きちんと分業になっていた。
 それを統括する者が必ず必要になる。
 女給頭や侍従長と呼ばれる職業だが、それらがいる家門といえば、王族に準じるか大金持ちの名門貴族ぐらいである。

 数人の女給を雇った程度の家は、直接家の女性が女給の指導をし、その統括をするのだ。
 そういった貴族の夫人には、女給を指導する知識や技術が必須であった。

 薄給で雇われる女給の多くは、きつい仕事をいかに怠けるか考える。
 しかしそれでは雇う意味がない。
 
 だから、〈女として家事に必要な技術〉を教えるという恩恵が必要なのだ。
 正しい技術を持っていれば、家庭に入った時ちゃんとした一家の〈女主人〉になれる。

 保守的な封建社会で、女たちが生き残るためには、家を護り子を育てる能力が、何より求められた。

 ただ、女性たちは男性に隷属していたわけではない。
 彼女たちは、〈女〉という役割を最大限利用し、懸命に生きていたのだ。

 〈女性蔑視〉をする一部の愚か者もいるにはいるが、女性の多くは実質男たちをやり込めている。

 男の矜持を傷つけず、粋がる男たちを〝可愛い〟と裏から支える…
 母となるべき女たちは、斯様に逞しかった。

 シグルトの恋人だったブリュンヒルデは、家事のさしすせそ(裁縫、躾、炊事、洗濯、掃除)を女給の誰よりもこなせたので、決して女給の怠慢を許さなかった。
 その代わりに情厚く、親身になって指導したので、古い女給にはとても慕われていたのだが。

 彼女と交際する様になると、シグルトもそう言ったことを一通り教えられたのだ。

〝私の夫になる人が、女給のあしらい方を知らないなって許せないわ〟

 叩き込まれた礼法は、こんなところで役立っている。
 シグルトは複雑な心境で仕事を続けていた。
 
「おお、ジークフリーデ。

 何と美しい名前だ」

「まことに。

 凛とした姿など、まるでアルテミスの様な…」

「先ほどの礼法など完璧ではないか。

 一体誰に仕込まれたのだ?」

「あの憂いのある黒い瞳はどうだ?

 是非、交渉して我が家に来てもらわねば」

 ひそひそと声が聞こえるが、シグルトは無視を決め込んだ。
 その姿がかえって泰然として見えたのだろう。

 横で手伝っている先ほどの女給など、溜息ばかり吐いていた。

 完璧な作法で、しかも化粧までして女装したシグルト。
 そう、とてつもない美女に見えたのである。
 
 背が高く長い脚と、絶頂期から見ればやや痩せている体格が、露出の少ない女給服と相まって上手く筋肉質の身体を隠していたのだ。

 元々やや小顔の美貌を薄化粧しただけなのだが、そのやり方は絶世の美女と謳われた母や恋人のやっていた方法を真似たものだ。
 彼女たちは、自分の素地を最大限活かす方法を自然と行っていた。

 容姿云々に疎いシグルトにとっては普通の化粧に見えても、他者から見れば芸術作品を作るのに等しいものだった。

 また夜分で暗かったことも幸いしている。
 
 長い睫毛を道具を使ってカールさせ、喉仏を隠し、野暮ったい髪はアップに、口紅をつけている今の容貌は、どう見ても女性にしか見えない。
 薄暗い環境で照らされる蝋燭の光が、憂いを含んだ神秘的な瞳を煌かせ、普段から女性も羨むきめの細かい白くなだらかな肌を晒した今のシグルトは、さながら女神の様にも見える。

 堂々と背筋を伸ばし、きびきびと動く姿はその美貌をかえって印象付け、多くの溜息を誘った。


 一通り仕事を終えると、シグルトは厨房にとって返す一瞬で、アダから貰ったメモを読む。

(あの指輪を姫に見せろ、か。

 なるほど、それはてっとり早い)

 華奢なその指輪は、指に出来た訓練傷や胼胝(たこ)を隠すために着けた手袋の上からはめようとしても、指先で引っかかってしまうだろう。

 シグルトは一計を案じると、手袋を直す振りをする。
 そして、アダから貰った羊皮紙を裂いて紙縒(こよ)りを作るように巻きながら紐状に伸ばすと、そこに指輪に通し、手首の上に指輪が来るよう、結わえつけた。

 シグルトの故郷では、髪を縛る紐が無い時、こうやって布や革で紐を作る。
 彼の妹にもよくやってやった方法で、手慣れていた。

(さて、姫がどう出るか…)

 次の出し物である果物を盛った皿を持つと、シグルトはまた颯爽と広間に向かう。
 そんなシグルトの背を、厨房の女性たちの目がまた一斉に追うのだった。
 
 果物を配る振りをしつつ、シグルトはディーリアナの前に向う。

「…奥方様、上座では気も張っておいででしょう。
 先ほどから飲み物一つお召し上がりになっておられません。

 ですがこの人の熱気、せめて水気を採らねば、お子様に障ります。

 身重のお身体に飲酒はお勧めできませんし、冷たい水は毒ともなりましょう。
 果物をお持ちしましたので、どうぞ口をお湿し下さいませ」

 心ここにあらずの姫を振り向かせるため、シグルトは努めて優しい声をかけ、微笑んで見せた。
 それは病弱と聞いたディーリアナを、心から心配して出た本心でもあったから、誰も疑う者などいなかった。

 それでも渋るディーリアナに、シグルトは適当な果物を一つ取ると、指輪が姫だけに見える様にそれを差し出す。
 指輪に気付いたディーリアナははっとして、思わず席を立ってしまった。

 シグルトは気遣うふりをしてすぐに腕を返し、指輪を隠す。

「…どうしたのだ?」

 タキーシスが、様子をおもばかってディーリアナに手を伸ばすが、動揺した彼女は条件反射の様にその手を避けてしまった。

(きっと、正直な性格なのだろう)
 
 シグルトは、隙を見てアダに目配せした。
 
 立ち上がったアダは、横から絶妙のタイミングでフォローした。

「どうなさいました、ディーリアナ様?

 お顔の色が優れませんが?」

 姫は緊張から少しどもって、ますます顔色が青ざめて行く。
 問われたことでさらに焦ったのか、顔色は悪くなる一方だ。

「暫く、別室で御休みになっては?」

 アダがそう勧めると、タキーシスが慌ててそれを遮った。

「今は客をもてなしているのだぞ?!」

 タキーシスの強い声に、ディーリアナがびくりと震え、よろめいた。
 シグルトは、さっと踏み込んで彼女を支える。

「…口出すこの無礼をお許し下さい、将軍様。

 身籠る、ということは、それが判明した頃が一番危ない時期なので御座います。
 
 母君が無理をなさるのは、大切なお子様にも障りますでしょう。
 ここは少し別室でお着物を緩め、御休み頂くべきかと。

 皆様も、奥方様の身の大事は御承知のはず。

 私が別室にお連れ致しますので、将軍様はその間に猛々しいその武勇譚でも、皆様に御披露遊ばし、お待ちになってはいかがでしょうか?」

 喋りつつ、よくもまぁこんな馬鹿丁寧な言葉が出るものだ、とシグルトは内心苦笑していた。

「私はこれでも多少医術の心得があります。

 奥方様のことは、責任をもってお世話致しますので、どうか…」

 その言葉は丁寧だったが、異を挟めぬ迫力に満ちていた。

 押し負ける様にタキーシスが、しぶしぶ頷くと、シグルトはディーリアナをしっかり支える様にする。
 そして、アダに向かってわざとらしく笑みを浮かべた。

「丁度よいです。

 そこな導師様もお手伝い下さい。
 女手では、足りぬこともありましょう」

 言葉で半ば引きずる様に、シグルトはアダを伴って広間を出た。


「…アダ。
 適当な部屋に姫を運びたい。

 本当に弱いの貧血を起こしているから、休ませる必要がある」

 側にいるのがアダとディーリアナだけになると、シグルトはそっとアダに耳打ちした。

「二階に別室がある。

 とにかく、そちらにお連れしよう」

 そこまで聞いたシグルトは、「失礼」と一言断って、軽々とディーリアナを抱き上げる。
 階段を昇らせるのは無理だと判断したためだ。
 
 そして、先導するするアダに続いた。

 着いた広い部屋は、寝台も備えたりっぱなものだった。
 
 シグルトは、迅速かつ優しく、その寝台にディーリアナを横たえる。
 肌が露出しない様気をつけつつ着付けを緩め、気道が楽になる姿勢に寝かせると、先ほどから持っていた果物を絞って、ディーリアナの口に含ませた。

 血の気が無かったディーリアナの顔に、少し血色が戻って来た。

「ここは…?」

 暫くして、ディーリアナは気が付いた様子だ。

「気付かれましたか、姫?」

 ディーリアナは、アダに応えようとして、その後ろに立っているシグルトに気付いた。
 そして、その白い顔が見る見る興奮に赤らんでいく。

「あ、貴女、先ほどのっ!!

 指輪を、指輪を持っていた…」

 シグルトは静かに首肯し、先ほどの指輪を腕から外して掌に乗せ、差し出した。

「…何故マルスの指輪を?

 シャリスに与えたその指輪を持っているのですか?!

 あの子がそれを簡単に手放すとは思えません。

 もしや…!」

 その言葉の先を予測したシグルトは、首を横に振って、困ったようにアダを見つめた。
 まだ大丈夫なはずだが、詳しい状況を知るわけではないからだ。

「…まさか、タキーシスの命令で」

 ディーリアナの顔が今度は青ざめて行く。

 アダは、困ったように黙ったままだ。

「嘘吐き!

 貴方のお父様であるタキーシスと結婚すれば、シャリスの命は保証するという約束のはず!

 親子で私を騙したのですかっ!!」

 逆上したディーリアナが、アダに手を上げるのを、シグルトは素早い動きで止めた。
 
「姫君、まずは全てを聞いてからです。
 少なくともこの男の話では、御子息は無事のはず。

 そしてアダ。
 お前は正しく全てを話せ。
 黙っていることが多過ぎると、物事が進み難くなる。

 とりあえず、お前がタキーシスの息子、という話については後で聞く」

 アダに対し、途端に横柄な態度に変わったシグルトに、ディーリアナはあっけにとられて、かえって落ち着いてしまった。

「…貴女は、ただの給仕ではないのですね?
 
 おかしいと思っていました。
 その様な目立つ容貌の女給を、私は知りませんでしたから」

 静かなディーリアナの問いに、シグルトは微笑んで頷く。

「はい。
 私の名はシグルト。

 この様な成りですが、『小さき希望亭』という冒険者の宿に属する者です。
 フェンと名乗った御子息に雇われ、ここに行きつきました。

 御子息はシャリスという名ではなく、自分でフェン…貴方様の愛称を借りて私に名乗り、この指輪を依頼料に、ある仕事を私に依頼しました。

 その時の約束故に、私は導師アダ・ルサと協力する必要があり、此処にいるのです」

 アダがそうだと認めると、ディーリアナはさらに驚いた表情で、2人を交互に見やった。
 そしてアダは一つ溜息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。

「…姫。

 此処は、私を…
 いや、シャリスが頼ったこの冒険者を、貴女も信頼してはくれませんか?」

 苦渋の顔でアダは押し黙る。
 真剣な彼の様子に、ディーリアナはただ事ではないと理解したのだろう。
 居住まいを正して、アダに向き直った。

「…どういうことですか?」

 ディーリアナが先を促すと、アダはシグルトの方を向き、悔しそうに眉をひそめた。

「今、シャリスの命運は、このシグルトに託すしかないからです」

 急に話を自分に振られて、シグルトは訝しげに片眉を怒らせた。
 アダはシグルトに向かって、補う様に口早く告げる。

「…シャリス、つまりはフェンと名乗ったお前の依頼主が、いなくなってしまったのだ。

 だから、お前に急いで探して欲しい」

 ディーリアナは、分からないという風に首を傾げた。

「探す?

 それはおかしいです。

 貴方がシャリスを監視しているのだと、タキーシスは私に何時も言っていたのに」

(そうか、こいつはフェンの監視役だったのか)

 シグルトは、新しい情報を頭の中で整理していく。

「そう…私は父からの命令で、幼いシャリスをディリスから遠ざけ、こリューンで監視する様に言われていた。
 それが役目であると。

 そして、もしディーリアナ姫が父の子を身籠ったなら、その時点でシャリスを…殺せ、とも」

 シグルトは先にいきり立ちそうなディーリアナに目配せすると、厳しい視線でアダを睨んだ。

「貴族や王族の騒動ではよくあることだが、吐き気のする話だ。

 確かに、ディリスは北方諸国の例に漏れず男尊女卑の風潮が強い国家だったが、姫君の権勢は、タキーシスの専横を許すほど弱い、ということだな」

 ディーリアナが頷く。

「…父王亡き後、私は形式上の王位に就いています。
 でも、誰も私を〈陛下〉とは呼びません。

 今でも私は、単なる〈姫〉なのです。

 ディリス王国は、軍の力が元から強い国。
 父の代には、既に王座はお飾りになっていました。

 実質、権力を持っているのは将軍なのです」

 その後をアダが引き継ぐ。

「姫の兄君であったお世継ぎは、王位に就く前に、不慮の事故で命を落とされた。

 その妃と御子も、一緒にな」

 吐き出す様に、ディーリアナが呟く。

「…本当に不慮の事故だったのか、今となっては分かりません。

 兄の妃は、タキーシスの競争相手の娘でした」

 …その心労が、先王の命を縮めたこと。
 ディーリアナは、弱い身体のためにリューンの療養に来ており、兄王子が亡くなった後にタキーシスとの婚約を知らされたこと。

 根の深い陰謀の話を、シグルトは黙って聞いていた。

「そして、その時にはマルス師と恋に落ちていた。
 だが、師は殺され…御子息の命と引き換えに、結婚を承諾させられた、といったところか。

 愛故にとはいえ、悲しいな。
 だが、母親とはそういうもの。

 …すまない、先を頼む」

 シグルトに促され、アダが話を続ける。 

「…父は豪放磊落に見えるかもしれんが、その実とても猜疑心が強い。
 そして、一度でもその意思に逆らえば、決して許すことは無い。

 父は、姫との婚約を決意した時、私と私の母の存在を隠した。
 母は、他国の見知らぬ男の元へと嫁がされ、魔術の勉学に励んでいた私は、母の家系の傍系、ルサを名乗るよう命じられた」

 苦悶の顔のアダ。
 この男もまたタキーシスの犠牲者だったのだ。

「使える者は骨までも、ということか。

 つまりは、フェンの監視役といざという時の暗殺者として側に置き、同時にお前も王国から遠ざけていたわけだな」

 頷いて応え、アダは押し黙った。

「タキーシスも、安心出来なかったのでしょう。

 私の従兄弟は、対立する派閥と婚姻関係があり、その息がかかっています」

 陰鬱な勢力闘争に眉もしかめるが、シグルトもまたそういった貴族に身を置いていたからよく分かる。
 
 貴族や王族は、土地、財産、血筋でその権力を維持する。
 だからこそ、その獲得に必死になり、武力や策謀を善しとするのである。
 
「…最初は単純な鳥探しだったが、とんでもないことになった」

 肩をすくめて、シグルトは深い溜息を吐いた。


「私は、あの子をずっと閉じ込めていた。
 父に命令された通りに。

 〝誰にも会わせるな、そして何一つ与えるな〟という…

 でも、あの子は、そんな状況でも素直で、何時も本当に真っ直ぐで、私には眩しいぐらいだった。
 何時の頃からか、昼間は私の目の届く場所で、自由にさせていた。

 姫の贈ってくれた鳥、アジェイとも遊べる様に、一緒にさせていた」

 自嘲するようにアダは苦く笑う。

「だが私は、結局彼の救い主にはなれなかった。

 何故なら、夜になれば、私は父の指示通りシャリスを二階に閉じ込めた。
 アジェイとも離して、な。

 父が命じた通り、たった一人、闇の中鍵を掛けて…

 父は、姫を操る駒としてシャリスを必要としていたが…」

 言い難そうなアダの先を、シグルトは自分が立てていた推測で受けた。

「それは、自分の子供が出来るまで。

 国を治める正当な理由を作り、王位を簒奪するまで姫を繋ぎとめておくためだったわけか。

 タキーシスは為政者としては失格だな。
 誓約を破る王は、誰からも信頼されず、必ず裏切られる。

 裏切りを恐れて信じなくなるほどに、人心はますます離れ、王は王で無くなる。

 孤独に倒れるのが定めだ」

 シグルトの故国の建国王は名君であったが、弟の宰相が暗殺された時から疑心暗鬼となり、最後には玉座で一人崩御したという。
 その手の話は数多い。

 善き先人に学べぬ者は良い王になれるはずもない…シグルトはそう思う。 

「リューンに来ていた父から、昨日連絡が届いた。

 祝宴がある今晩、あの命令を決行せよ、と」

 青冷めた顔のアダが、吐く様に告白する。
 その内容の深刻さに、シグルトもディーリアナも目を見開いた。

「…このお腹の子が…原因で?」

 ディーリアナは血の気の引いた顔で、子を宿した自分の腹部に手を当てた。

 だがシグルトは、釘を刺すようにたしなめる。

「姫君。
 貴女の御子は、どちらも幸せになるべきです。

 作夜会って、あの子…御子息は、命を大切にする優しく誠実な子だと強く感じました。
 鳥の友を助けるために、危険を承知で夜分に宿を訪れ、貴方との絆である指輪を報酬にした程に。

 今貴女に宿っている子に何かあれば、御子息が生きて貴女の元に帰って来ても、必ず2人のわだかまりになるはず。
 決して、これから生まれる子を責めてはいけません。

 子供とは、あの子やアダの様に、政争の道具にされるのではなく、幸せに、無邪気に、笑っているべきなではありませんか?」

 真っ直ぐな眼差しに、ディーリアナは黙り、項垂れる。
 シグルトは、姫に対する説得を終えると、アダに向かって声を潜めて聞いた。

「…アダ、腑に落ちないことがある。

 お前が、あの子を殺すはずだったのだな?
 だが、お前はこうして情報を俺にくれる…上手くいけば俺が関わるはずもなく、お前が助けていたはずだ。
 
 では、何故あの子はいなくなった?」

 シグルトは、葛藤しているアダの真意をすでに汲んでいた。

 迷う者の本心を問う時、それは良心を取るべきである、というのがシグルトの信念だ。

 シグルトの決断が何時も迅速なのは、それ故である。
 迷えば、沢山のものを零してしまう。
 
 シグルトが味方を責めるのは、たしなめるか諭すためだ。
 無用に追い詰めても、何も得る者は無い。
 
 後は信じるだけ…シンプルで揺ぎ無い、彼の本質である。

「…昨夜の晩、私は一晩だけシャリスの部屋の鍵を掛けなかった」

 シグルトは、先を促すように頷く。

「あの子を助けるためだな?」

 確認する様に聞くと、アダは力無く首を振った。

「そうではない…
 いや、そうなのか…?

 自分でも、分からない。
 私が、父に逆らうなど、考えられないことだ。

 何時だって、父は絶対だった。

 それに、他家に嫁いでいった母は、私に、父に認められる男になれと、それだけを望んだ。
 自分は見捨てられても、私だけは父親に。

 ただ、だからと言って、何も知らせずいきなりシャリスを殺す、ことは…」

 シグルトはアダの肩を強く叩いた。
 それが正しいのだ、と説得する様に。

「当然だ。
 自分の良心を疑うな…疑えば自分を殺してしまう。

 多くの者は、良心と現実との狭間で苦しんでいる。
 だが、人はどちらの道を選んでも必ず後悔する…弱さを、迷いを持つからだ。

 ならば、自分がすべきと思ったことをして後悔した方が、きっと、ずっといい。

 俺がお前を信じたのは、その良心を感じたからだ…あの子を助けたいという、な」

 迷い無くシグルトは自分の意思を伝える。
 アダは、何かに感じ入った様に、目を閉じて天を仰いだ。

「導師、貴方は…」

 ディーリアナは言葉を詰まらせて、縋る様にアダを見つめた。

「あの子を、小さい頃から見守って来たのだろう?

 あの子は、良い子だ。
 無関係だった俺が救うべきだと感じたくらいにな。

 側にいたお前が、可愛く感じなかったなら、俺を頼ったりすまい?
 俺が此処にいることこそ、お前の良心の証なんだ」

 アダは、シグルトの言葉に俯いた。
 その目には、涙があった。

 様々な思いを振り払う様に、アダは顔を上げる。

 そして真剣な目をしてシグルトを見返し、語り出した。

「…問題は、シャリスが『小さき希望亭』から『樫の木荘』に帰って来た後だ。

 そのまま消えてしまったのだ」

 シグルトは得心したように頷く。

「誠実なあの子のことだ。

 お前に迷惑が及ぶことを理解していたのだろう。

 それに、アジェイのことを心配していた。
 戻らなければすぐ殺されると思ったのかもしれない。

 別れた時、あの子はすでに何かを決意した男の目をしていたからな。

 大切な者のために命を掛ける。
 それは、北方男の美徳だったはずだ。

 アジェイという友と、お前という兄のために」

 アダの目が、次第に決意に満ちて行く。

「…『樫の木荘』に戻って来たことは確認している。

 しかし、私が朝シャリスを起こしに行くと姿が無かった」

 シグルトは、格好に似合わぬ腕組みをし、思案を廻らせる。

「アジェイを連れて逃げたのでなければ、留まっていたはずだ。

 あの子は儚げにも見えるが、その実、一人で宿に来るほど芯が強い」

 アダはシグルトの言葉に「確かに」と相槌を打った。

「…それでは誰が?

 ふむ、俺を襲った刺客が怪しいな。
 だが、今は自警団に捕まって牢の中だ。
 今から話を聞き出すわけにもいくまい。

 アダ、誰かにあの子が昨晩抜け出したことや、『小さき希望亭』に来ていたことを告げた者はいるか?」

 アダがそれは無い、と頭を振った。

「…ならば、間違いなくお前以外の見張りがいるな。
 お前も見張られていたと考えるべきだ。

 タキーシスは、もはやお前を信じてはいまい。
 あるいは、お前があの子に情を移し、味方になってことが大きくなる前に、と考えたのかもしれん。

 話に聞いた狡猾なタキーシスの性格ならば、姫の子が生まれてからその子に乳母をつけ、母親から引き離してから、ことに及んだはずだ。
 今動くのはリスクが大き過ぎる。

 ことを急ぐのには、何らかの理由があるはず。

 疑い深いというタキーシスの性格を考えるなら、自分の影響力があるうちに手を打とうとしたかもしれない。
 先ほども、俺が側にいなければ、お前が姫と同行することを許さなかっただろう。

 拙いな。
 お前があの子を殺せないとタキーシスが考えているのなら、あの子をさらい…」

 その続きを、言葉には出来なかった。 

「…これ以上考えている暇は無い。

 あの子の居場所に、心当たりは?」

 くよくよ悩むより、まずシャリスを救出するべきだと、シグルトは思考を切り替えた。
 そして今後を相談すべく、アダに問いかける。

「おそらく、この屋敷のどこか… 
 さもなくば、この近くにいるはずだ。

 他国で無暗な暗殺をすれば、外交面でこの都市の役人の顔に泥を塗ることになる。
 特に、この国の官憲は優秀だ。

 それなりに面子も重んじる父のこと。
 よほど追い詰められない限り、すぐに殺す気は無いはず。

 しかし、ディーリアナ様がこの国を離れ、自身が居なくなった後、国に帰る間になら…」

 ショックを受けた様によろめくディーリアナ。
 シグルトはそれを支えると、強く2人に頷いて見せた。

「アダの推論が正しいなら、あの子は無事と言うことだ。

 ならば、探し出して助ける。 
 …お前と姫君は、広間に戻ってくれ。
 
 姫君もつらいだろうが、無茶な行動はお控え下さい。

 タキーシスは、とても疑心暗鬼になっているでしょう。
 貴女やアダの行動次第では、多少無茶でも強行に及びかねない…あの子の暗殺を今日に早めたことが、それを裏付けています。
 
 アダ、俺はこの屋敷の中で情報を集めてみる。
 今は俺しか、自由に動けないからな。

 可能なら、見つけて助け出したあの子を連れ、国外に逃亡してみよう。
 南にいる俺の仲間と合流して、アレトゥーザの盗賊ギルド経由で、お前に状況を知らせる。

 仲間の一人が、そういったことに詳しいのでな。

 子供は、次の世代を担う大切な存在だ。
 俺も全力を尽し、救ってみせよう」

 アダが「頼む」と頭を垂れた。
 そして、気付いた様にシグルトに告げる。

「…そうだ。

 お前があの暗殺者から手に入れたディリスの紋章は、護符になっている。
 その襲った暗殺者は、使い方を知らなかった様だがな。

 この部分を押せば、弱い防御魔法を使うことが出来る。
 身に着けるだけでも少しだが効果が得られるはずだ。

 …もし戦いになったら、使ってくれ」

 シグルトは少しそのブローチを確認し、頷いた。

 今後のことを簡単に確認すると、3人は広間に戻ることにする。
 アダが恭しくディーリアナの手を取り、その後にシグルトが静々と続く。

 広間に一行が戻ると、皆シグルトの方に注目した。
 187㎝の長身である…目立つのは当然だろう。

「おお、ようやく戻って来たか!
 待ちかねたぞ。

 …気分はどうだ、ディーリアナ?」

 大丈夫だと顔を伏せて言うディーリアナ。

「…姫君は、血の脈が細い方で御座います。

 休んで頂き、ある程度は回復は致しましたが、今後無理が祟れば、また貧血を起こすでしょう。
 徐々に血になるものを採り、医師に貧脈を強める薬草を調合させ、それを温めて召しあがることです。

 ただ、御子が生まれるまでは、強い薬が毒にもなりかねません。
 
 薬草類は、薬師か薬草師に相談なさって下さい。
 ラベンダーなどの通経作用が強い薬草は、身重では厳禁です。
 身体を温めるためなら、カモミール程度ならば悪影響はありませんが、ハーブティーはお控えを。

 悪阻があるうちは、匂いも悪影響になりかねませんから、御注意下さい。
 冷たいものやお酒はお控えになり、身体を冷やさぬこと。

 日差しや、こういった酒宴の席や集会では人の熱気も御身体に障りましょう。
 並の女性ならば、逞しく耐えることも出来ましょうが、奥方様は繊細でいらっしゃいます。

 特に御腹が目立たぬ今は、母体が不安定。
 くれぐれも無理をなさらず、お大事に」

 タキーシスとアダが何か言う前に、シグルトが的確な助言をしつつ、無理をさせない様に釘を刺した。
 どたばたの合間にも、ちゃんとディーリアナを診療していたのである。

「ほ、ほう?

 女給よ、相当医学に通じておるようだな。
 どうだ、我が妃の元に来ぬか?

 在野に置くには実に惜しい才能だ」

 それを制するように、シグルトはさっと頭を下げた。

「御冗談を。

 私は見ての通り見苦しい背丈をしております。

 姫君の御側を任される、華麗な御夫人方とは、比べ様も御座いません。
 衛兵に交じって槍か剣でも振るっていた方が様になりましょう。

 過分なるお申し出なれど、将軍様の恥をかかせぬ様、謹んで御辞退させて頂きます。

 では、他の仕事がありますので、これにて失礼…」

 女給服のスカートをつまんで、もう一度優雅に一礼しつつ、ばっさりと断ると、シグルトはすぐにその場を辞した。
 颯爽と去って行くシグルトを、沢山の溜息が追いかけていた。


 場を辞したシグルトは、食事を届ける女給に扮して、フェン…シャリスの行方を探ることにした。
 中庭に出て、屋敷の部屋数や間取りを確認する。

 その際、庭の雑草に交じって、傷め止めになる野草を見つけ、そっと拝借しておく。
 豪勢な外見に似合わず、館の目立たない日陰には雑草が伸び放題だった。

(…こんな大事になるとは思わず、薬の類の買い置きは少なかったからな)

 癒し手であるスピッキオがいない分、荒事ともなれば治療手段も用意しておいた方がよいだろう。
 シャリスから預かった指輪にも回復の魔力があるが、これは仕事を達成していない以上使うべきではない。

(この野草は副作用が強い。
 戦闘中は使わない方がよかろう。

 先ほど買っておいた傷薬が頼みの綱だな。
 
 今後別れて行動する時は、治療手段を各自確立させておかねばなるまい)

 こんな時でも仲間のことを考えているシグルトは、筋金入りのリーダーであった。


 美貌のシグルトが夜食を配りながら話しかけると、館の兵士たちはぽかんとして聞いたことに答えてくれた。
 それだけ彼の女装には破壊力があったのである。
 
 シグルトは、夜食を配ることを理由にあちこちを歩き、兵士の人数や配置場所を頭に入れて行く。
 そして、この館に『痩せた白豚亭』という別館があり、そこにシャリスが捕えられているらしいと突き止めた。
 
 アダに「お探しの宿は『痩せた白豚亭』だ」と伝えるよう捕まえた女給にこっそり頼むと、シグルトは『痩せた白豚亭』に向かって出発した。

(ふむ…タキーシスは、一国の将軍と言うだけはある。

 警備の兵士が、かなり訓練されている様だ。
 軍部の影響が強いのも頷けるな。

 これでは、あの子を助けるのに、多少荒事を覚悟せねばなるまい。
 ともすれば、武器が無いのは痛いが…

 いざと言う時は精霊術で対抗するとして、剣は兵士から奪って調達するか?
 
 代わりに何か棒状の武器があれば…)

 夜食の入った籠を抱え、女給服のスカートを翻しながら、シグルトは足早に目的地へと向かう。
 途中何人かの通行人とすれ違うが、皆シグルトを振り向いて目を丸くしていた。

 中には声を掛けてくる男もいたが、一睨みで追い払う。

(…そう言えば、レベッカと一仕事した時に手に入れた〈アレ〉があったな。

 小さいから、荷物袋の中にあったはずだが)

 シグルトは、『肥えた猪亭』を出る時、手荷物の入っていた背負い袋を一緒に持って来た。
 最悪、即逃亡を念頭に入れていたからである。
 
 中には薬や最低限の生活用品しか入っていないが、一つだけ特別な品があった。

 【三日月の杖】という魔法の杖である。

 頭を冴えさせるという品だが、形状が可愛らしいので、仲間の男性陣は使いたがらなかった。
 特に、一番適性があったロマンは、強硬にその使用を固辞していた。
 
 レベッカは、杖を持つと動きを妨げると言って「様子を見て売るべき」と主張している。
 ラムーナも、剣を使うため邪魔になるからと、結局シグルトが預かっていたのだ。

(やや短いが、三日月型の先端は金属製で、鎚矛の代わりに出来そうだ。
 乱雑に置かれていたにも関わらず、傷一つ無く見つかった魔法の品だから、強度は問題あるまい。

 形状というか、ピンクのこの先端が何とも言えないが…
 どうせ、ここまでの格好をしたのだからな。

 いざと言う時は武器にしよう)

 シグルトは【三日月の杖】を取り出し、女給服のスカートの中に隠した。
 
 少し考えて、【ディリスの盾】と呼ばれるブローチ型の護符は荷物袋にしまう。
 兵士に囲まれれば、この程度の護符など役に立たないと判断したためだ。

「《…トリアムール》」

 その分、精霊術で万全の準備をする。
 いざという時は術で煙に巻き、逃げるつもりだった。

 勝ち目の無い戦いをするのは、ただの愚か者である。
 退路を作り、シャリスを助け出すという目的を確実に果たす。

(…逃げた先から、親父さんやアンジュには手紙を出して謝っておくべきか。

 ともかく、シャリス救出が最優先だな。
 今は時間が惜しい。

 打てる策は打っておいたし、後は全力を尽くそう)

 走りながら、どこが人目につかずに逃走出来そうか、逃げ道の目星をつけて行く。

 シグルトは、東方のある戦術家を非常に尊敬していた。

 〝算多きは勝ち、算少なきは敗れる〟

 彼が戦術に明るいのは、常にこの言葉で自分を戒めているからだ。
 まして、他者の命が懸れば、自身の矜持云々では済まない。

 奇しくも、シグルトのこの考え方は、冒険者としての資質を高める結果に繋がっていた。

 暫く移動すると、やがて、こじんまりとした館の屋根が見えてくる。
 聞いた情報から、此処が目的地であると知れた。

(あれが、『痩せた白豚亭』か。

 正面に見張りがいる…

 この服装だ。
 裏口から入った方が、怪しまれまい) 

 様子を見てみると、別館には兵士が一人見張りがいたため、裏口に回ったシグルトは、思わず唸った。
 裏口にも1人兵士が配置されていたからである。

 シグルトは腹を決めて、その見張りに近づいた。

「…む?

 お前は誰だ」

 シグルトを見とがめ武器を構える兵士に、夜食が入ったバスケットを掲げる。

「本館からお夜食の差し入れです。

 この館には、3人分で、よろしかったですね?」

 さりげなく人数を確認する。

「いや、ここは5人だ。

 聞いてないのか?」

 思わぬ返答に、シグルトは首を傾げた。

「私が聞いた話では、3人と。

 はて、私が聞き間違えたかもしれません。
 もしかして、貴方の様な兵士様が3人ということでしょうか?」

 暗闇から一歩進み出て、シグルトが確認する。
 その兵士は、女給姿のシグルトの顔を見て、ぽかんと口を開けたまま頷いた。

「う、うむ。

 兵士は3人で、後は護衛対象等だ。
 それで間違えたのだろう」

 シグルトは、「護衛対象等」と聞いて得心した。
 その中にシャリスがいるはずだ。

「分かりました。

 ただ、二度手間になるかもしれませんから、責任者の方がいらっしゃいましたら、他の方の御夜食が必要か確認して頂けますか?
 持って来た分を残して、取りに行って参りますので」

 兵士は頷いて確認に向かおうとする。

 その背後に一瞬で近寄ると、シグルトは取り出した杖で、兵士の延髄を突き上げる様に強打して脳震盪を起こさせ、組みついて締め落とした。
 叫ばれない様に、兵士の口はしっかりと女給服で覆ってである。

 よく後ろから強打して気絶させる方法が、劇中などで使われるが、人はそんなに簡単に気絶しない。
 兵士たちの中には、背後からの打撃で気絶したりしない様、防具で守っていたり、訓練を積む者もいる。
 
 暗闇では、意識を奪う急所を狙って確実に気絶させることは難しいし、狡猾な相手には気絶した振りをされる恐れもある。
 それに、人が倒れる音はかなり大きいのだ。

 シグルトは確実に締め落とした状態であるか確認すると、その哀れな兵士を縛りあげた。
 道具は、相手の衣服や帯である。

 猿轡は落ちない様にきつく締め、腕は後ろ手に拘束し、親指を別に縛った。
 足首と手首には、何回か巻きつけて抜けられない様に骨の出っ張りに引っ掛ける。
 そして、軽々と担ぎあげると、その兵士を近くの繁みに隠す。
 
 武器は少し迷った末、奪わないことにした。
 中にまだ兵士が居るからである。

 この間、5分とかからなかった。

 シグルトは暇な時に、レベッカから習ったロープワークの訓練も欠かさない。
 この手の捕縛術は、盗賊や動物の拘束で使うため、冒険者にとっては必須の技能なのだ。

 見張りの無力化や隠密行動は、その失敗が即死に繋がる場合もある。
 その点で、シグルトは堅実かつ妥協が無かった。

 裏口から別館に入ると、もう一人見張りが居た。

(正面に1人、裏口に1人。

 ならば、兵士はあれで最後だな?
 立っている扉の奥に、あの子が捕まっているはずだ)

 館に入って来たシグルトに気付き、その兵士が色めき立つ。

「貴様、誰の許可を得て入って来た!

 そこへ…」

 そしてシグルトの顔を見て、その動きが一瞬止まった。
 隙を逃すシグルトではない。

 瞬時に接近して、大声が出せない様に、兵士の肺と気道を軽く締める。
 そして、持った杖の鋭利な部分を、相手の喉元に押し付け、恫喝する。

「…大声を出すな。
 息も大きく吸おうとするなよ。

 叫ぶ予備動作があれば、即座に声帯を抉る。
 その時は、手加減出来ない。

 お前は、質問に瞬きするだけでいい。
 「はい」なら一度、「いいえ」なら二度。

 いいな?」

 兵士は一回瞬きした。

「よし、まず一つ。

 この奥にいるのは、痩せた金髪の少年だな?」

 瞬き一つ。

「二つ目。

 正面玄関、裏口、そしてここ。
 兵士は3人で、少年1人。
 
 後の1人は、将軍の配下か?」

 目を見開いた兵士は瞬き一つ。

「三つ目。

 その男は中に、少年と一緒にいるのだな?」

 もう一度瞬き一つ。

「よし。

 用事は済んだ」

 シグルトは、そのまま頸動脈を圧迫して、その兵士を締め落とした。

 捕縛に長引いて、中にいる人物に気付かれると拙いので、シグルトは素早く兵士の服を脱がせ、服を引っかけたまま腕を後ろ手に拘束する。

 足も同様にし、近くに置いてあった花瓶を取って、服に水をかけておく。
 水を吸った衣服は締まって纏わりつき、脱げなくなるからだ。
 
 暗く狭い部屋で、剣はシャリスを傷つける恐れがある。
 武器の獲得は諦めた。

 兵士に猿轡を締めつつ、静かに床に下ろすと、シグルトは滑る様に奥の部屋へと向かった。

 その部屋は、明かりが落してあった。
 見まわすと、奥に両手を戒められたシャリスが寝かされている。

 同時に、自分に向けられる矢の様な殺意に気付き、身構えた。
 振るわれた短剣を、手に持った杖で弾き返す。

「糞っ!」

 黒装束の男である。
 再び襲ってくる敵の攻撃を弾くも、服を掴まれ掠り傷を負うシグルト。

 相手は手練であった。

「《トリアムール!》」

 命じた瞬間、風が渦巻き、敵を退ける。
 シグルトは杖で敵を殴り据え、風がもう一吹きして壁に叩きつけ、その男を気絶させていた。

 その男の腕を縛ると、シャリスに駆け寄った。
 シグルトの所作に、シャリスは気が付き、その顔を見て目を丸くした。

「あ、あの、お姉さんはいったい?」

 自分が女給服だったことを思い出し、シグルトは思わず苦笑した。
 すぐに指輪を取り出し、片目を瞑ってみせる。

「…え?
 ええぇっ!?

 もしかして、シグルトさんですか?」

 これ以上ないほど目を見開いて、シャリスは驚いた。

「…いろいろあってな。

 今拘束を解く。
 少し、動かないでくれ」

 倒した敵から奪った短剣で、シャリスの拘束を解く。

「…どうしてシグルトさんがここに?」

 苦笑しながら、シグルトはきつく縄を絞められたせいで欝血したシャリスの手足を揉み解す。
 これから走って逃走するためである。

「言ったはずだぞ、人命最優先だとな。

 導師アダ・ルサや、君の母君にも会って話をした。
 そして、お前の救出を頼まれたんだ」

 他に怪我が無いか確認しつつ、シグルトは現状に至るまでの経緯をかいつまんで話して聞かせた。

「アダと、母上が…?」

 信じられないという風に、シャリスが俯く。

「詳しくは後で話そう。

 もう、走れるな?」

 奪った短剣を護身武器代わりに渡し、シグルトが強く確認すると、シャリスはしっかりと頷いた。

 廊下に一歩踏み出した瞬間、「シグルトっ!」と呼びかけて来た声があった。
 女給からの伝言を受け、駆け付けたアダである。

「…む、敵か」

 シグルトは走る者が立てるかすかな剣戟の音に、眉をしかめる。

「逃げろっ、あちらの出口からっ!

 こっちの道からは、兵士たちが来る」

 了解と、シグルトとシャリスは走り出した。
 後ろから兵士たちのざわめく声がするが、振り返らずに速度を速める。

 入口をくぐって外に出た瞬間、爆音とともに『痩せた白豚亭』の屋根が吹き飛んだ。
 同時に、数本の火矢が飛来する。

 シャリスを後ろに庇い、女給服で飛んでくる火の粉を払い落す。
 焦げた服を払いつつ、シグルトは目の前の惨状に息を飲んだ。

「何と言う無茶を…郊外とはいえ、こんなところで火攻めだと?」

 見る間に館は燃え落ちる。
 おそらく、中の兵士は一溜まりもなかっただろう。

「【火晶石】か…

 どうやら、祝いのためだけにリューンに来たわけではないようだな」

 さらに数人の男たちが現れ、シグルトたちの行方を阻む。

「その下賎な子供を、兵士たちに見せるわけにはいかないからな」

 男たちの後ろから、燃え落ちる館を背に、タキーシスが哄笑していた。

「将軍…何故此処に貴方が?!」

 アダが苦虫を噛み潰した様な顔で、思わず尋ねる。

「何、私だけではない。

 愛しい我が妃も一緒だ」

 タキーシスが促す先には、ディーリアナが黒衣の男に拘束されていた。
 
 「母上…?」と、シャリスが息を飲む。

「がっかりだぞ、我が息子よ。

 やはり、弱小貴族の娘の血が混じった者など、すぐ情にほだされてこの様か」

 悔しそうにアダが項垂れて唇を噛む。
 「父上…」と呟く彼の顔は、完全に敗北者のそれだった。

「我が貴族の青き血潮を穢しおって…

 我の血族として、少しは見どころがあるかと思っていたものを…」

 すると、話を聞いていたシグルトは、タキーシスとアダの間に立ち塞がった。

「親は子を愛してこそ親に成れる。

 血筋云々で血族を道具としか見れない外道は、獣にも劣る下衆だ。
 孤独に裏切られて果てる、為政者の典型だな、タキーシス。

 そんな奴が、助けたい者のために戦う、俺と肩を並べる者を、侮辱するな」

 炎をその相貌に移して睨むシグルトは、まるで戦いの女神の様に美しかった。
 少し怯んだ様に、タキーシスは一歩下がる。

「…ただの女給では無いと思っていたが、なるほどな。

 友は選んだ方が良いぞ、アダ?」

 気圧されたことを恥じた様に、タキーシスが毒づく。

「父上。

 彼は、一度も私の様に揺らがず、シャリスを助けるために私を信じてくれた。
 この者がともに肩を並べる者と認めてくれたことを、誇りに思います。

 貴方の息子と呼ばれるより、ずっと」

 そう言い返したアダは、憑きものが取れた様に晴れやかな表情で、シグルトと並んで背にシャリスを庇った。

「…屑めが。

 丁度よい。
 下賎の屑どもには、すべてここで消えてもらおう」

 そう言うと、タキーシスは目を血走らせて部下に指示を出す。
 囲う様に円陣を組み、彼らは襲いかかって来た。

「シグルトっ!」

 アダが魔法の護符を使ってシグルトに魔法を掛けた。
 シグルトに強力な防御の魔力が働く。

「助かる…《トリアムールッ!》」

 敵の一人が、シグルトの振るった精霊術によって踏鞴を踏む。

「死ねぇっ!」

 タキーシスが抜刀して鋭い斬撃を放つ。

 シグルトは杖でブロックするが、獲物の重さによって突き放される。
 先ほどの戦闘で負った傷が開き、女給服に血が滲んだ。

 タキーシスも一国の将軍である。
 その技量はかなりのものだ。

 だが、長く戦場を離れていたのだろう。
 技には今ひとつ精彩に欠ける。

「これをっ!」
 
 アダが後ろから振りかけた魔法の薬が、シグルトの負った傷を見る間に癒した。
 憂いを無くしたシグルトは、女給服のエプロンをなびかせながら、疾走してタキーシスの間合いから外に出る。

「はぁぁあっ!」

 そのまま背後に身体を旋回させ、弧を描く様な鋭い一撃で、敵1人を殴り倒した。
 襲いかかってくるもう一人の攻撃は、翻したスカートで牽制する。

「…おのれっ!

 ひらひらと鬱陶しいっ!!」

 迫るタキーシスの斬撃を何とか避け、シグルトは朗々とトリアムールに命じた。

「《来い、トリアムールっ!》」

 吹きあがった風で、タキーシスが一瞬怯む。

「ふっ!」

 シグルトの姿が掻き消えた。

 その【影走り】の一撃で、タキーシスが吹き飛ばされる。

 かろうじてシグルトの一撃を止めた敵の剣は、半ばからひしゃげていた。
 防御を突破し、左腕を折った手応えもある。

「はぁっ!」

 さらなる踏み込みから、竜巻の様な一振りで追撃するシグルト。
 脇の下から鎧の隙間を穿つ様な打撃に、タキーシスはもう一度吹き飛ばされて建物の壁に叩きつけられた。

 木片と砂埃が宙に舞い、火の粉が弾けて赤く散った。

 最後の一人に向け、シグルトは舞う様に一転して、さらに追撃を放つ。
 その横にいた兵士は、木片まみれになった主を茫然と見つめ、隙が出来ていた。
 
 振るわれた杖がそのこめかみを殴打し、その兵士も白目を剥いて轟沈する。

 シグルトは女給服の裾を優雅に翻し、ふわりと着地した。
 燃える炎に姿を晒し、瞬く間に的3人を打ち倒したシグルトは、凄絶なほど美しい。

「ぐ、ぁあああ!!」

 顔に刺さった木片や火の粉を疎ましそうに払い、タキーシスが立ち上がろうとする。
 腕が折れても猶立ち上がるその姿は、悪鬼の形相だ。
 
 だが、結末は唐突だった。

 因果応報とでも言おうか。
 焼け落ちた木材が、タキーシスの脳天を貫いたのである。

 赤熱した木片はタキーシスの右目を穿って飛び出し、眼球が蒸発する嫌な音と臭いが周囲に満ちる。
 高貴な青い血を誇っていたその男の、飛び散った血の色は、舞い上がる火の粉にも似て赤かった。
 
 声も無く、冷血な将軍は絶命した。
 倒れるその音さえ、力無い。

「…父上」

 アダはその場に駆け寄り、跪いて頭を数回横に力無く振る。
 現実を認めたくない、とでもいう風に。

 そして、父親の残った左目をそっと閉じると、がっくりと項垂れた。

「アダ…」

 シグルトが声を掛けると、アダは吐き出す様に言った。

「…私は何時でもこの人に、認められる息子になりたかった。

 何時か、そうなりたいと…思っていた」

 後ろで一部始終を眺めていたシャリスが、アダに駆け寄って声を掛けた。

「御免なさい、御免なさい…」

 鳴きながら縋りつき、謝るシャリスを見て、アダのぼやけていた目が理性を宿す。

「お前は悪くない。

 悪かったのは、この…野心に食われてしまった我が父だ」

 諭すように、アダはシャリスの頭を撫でた。

「私は、貴方を誤解しておりました、導師。
 貴方は父上と同じ冷血な人だと。

 でも、貴方はシャリスを護っていて下さったのですね」

 2人の姿を見たディーリアナが、自身の胸に手を置き、感謝する様に優しく語りかけると、アダは鉄面皮の様な表情を少し歪めて頭を振った。

「それは違います。

 私はこの子を見張り、そして何時か殺すつもりだった。
 それが唯一、私の存在意義、だった…」

 シャリスの頭を撫でながら、罪を告白する様に呟く。
 そんなアダを、シャリスが涙をぬぐって見上げ、強い口調で諭すように叱る。

「…嘘吐き。

 僕を殺す気なんて無かったくせに!
 部屋の鍵を掛けなかったくせに…」

 シャリスの言葉に、アダは泣き笑いの様な表情で頷いた。

「可愛いシャリス。
 私を救ってくれたのはお前だ。

 お前が信じたシグルトが、私たちを助けてくれた。
 私を信じ、ともに戦ってくれた。

 私は、得難い人物に逢い、そしてお前と一緒に救ってもらえた」

 シグルトが、鬱陶しそうに髪留めを解いた。
 夜風が、彼の不精な髪を、燃える屋敷の熱風と一緒に舞い上げて行く。

「アダ。
 何故この子は『樫の木荘』に戻ったと思う?

 …それは、お前が心配だったからだ。
 そうだな?」

 頷くシャリス。
 アダはあっけにとられた様子で、目を瞬いた。

「心配?

 私をか?」

 当たり前だ、というふうに、シグルトとシャリスが同時に頷いた。

「この子は分かっていたんだろう。

 自分がいなくなれば、お前が酷い目に遭うということを。
 タキーシスは、役立たずだと感じれば、お前を殺していたはずだ。

 救いたかったのは、鳥のアジェイだけじゃない。
 お前も救いたかったんだ。

 そうだな?」

 シャリスはもう一度、強く頷いた。

「私は、私を心配してくれる人間が…」

 感無量と言った様子で、アダは涙を流した。
 その一滴、一滴が、炎に照らされて幻想的な輝きを放っている。

「お前には、父に逆らってまで助けたかった者が居る。
 そして、その子はお前を心配している。

 お前が正しいことを見つけて誰かを救おうとする度、そういう人は増えているさ。
 俺もそうだった。

 少なくとも、お前が選び、そのおかげでこの子を救えたことを、俺は感謝している。
 お前の中に敬うべきものがあると、感じているよ」

 シグルトは爽やかに笑い、励ます様に頷いた。


 アダが少し落ち着くと、シグルトはいつもの理知的な顔に戻った。

「悩むことは多いが、まずは今後の処理を考えよう。

 幸か不幸か、目撃者は皆死んでいるか、仲間うちだ。
 気絶しているその男たちは、外見が怪し過ぎるから、捕えて縛って…自警団にでも引き渡すか?
 これだけの火災を引き起こしたんだ、十分な理由になるだろう。

 アダ、この際腹をくくり、事情を知っているお前が上手く処理するんだ。

 将軍の死は大問題だが、逃げるのはかえって拙い。
 王権を確立するために、タキーシスのライバルが生贄として、姫君やシャリスを狙う恐れがある。

 それに3人ではとても逃げられないだろう、姫君は身重だしな。

 ならば、だ。
 タキーシスには何度も酷い目に遭わされた。
 少し、こちらのために役立ってもらおう。

 それに、その方が、お前に父親は名誉を失わずに済むからな…」

 そう言ってシグルトは、自分の考えを話始めた。


 その後、将軍の不在と火災を気にして駆け付けた兵士たちに、シグルトたちは口裏を合わせてある証言をした。
 タキーシスの死体を見た兵士は色めき立ったが、それをアダが一喝して上手くまとめ上げた。

 シグルトがアダと相談して用意した策とは、以下の様なものである。

「将軍は、正当な王子であるシャリスがいることを知り、アダに匿わせていた。
 シャリスを連れ出そうとするものの襲撃で命を落してしまったが、勇敢に戦われ、不慮の事故で亡くなった。

 指導者亡き今、国は麻の様に乱れるだろう。
 だから、ディーリアナ王女が王子シャリスを擁護し、女王として指導者に立つべきである…」

 ディーリアナもシャリスも、誇張とは言え嘘の無いこの話を聞いて、呆れ半分驚き半分といった様子だった。
 しかし、実際事故死だったタキーシスの死に様は、証言を裏付けるものになった。

 捕らえられた将軍の部下たちも、庇護者を失ったことから、アダの出した「助けてやるから口裏を合わせろ」という取引に応じ、上手く収拾したのである。

 前もって、打ち合わせをしていたため、ディーリアナは毅然として現場の指揮を執った。
 被害者を救い、怪我人を治療させる。

 タキーシス他、死者の遺体は宿に運ばれ、事後処理に兵士たちが走りはじめる。

「慣れるまでは、大変でしょう。
 分からないことも沢山あります。

 でも、皆で力を合わせてやっていきましょう。

 手伝って下さい。
 私が統治者として間違わない様に。

 どうか私に、皆の力を貸して下さい」

 愛する子を守るために、母は強くなる。
 シャリスを側に置き、ディーリアナは強い瞳でそう締めくくった。

 タキーシスよりも、この美しい王女は人徳があるのだろう。
 兵士たちは嫌な顔一つせず、嬉々とした様子で働き出した。

「さて、では本題を片付けに行くか…」

 一段落つくと、シグルトがそう言ってシャリスに笑いかけた。

「…え?」

 アダやディーリアナも首を傾げる。

「まだ日が変わっていない。

 ならば、約束通りアジェイを迎えに行かねばな。
 そっちが俺の受けた本来の依頼だったはずだ。

 大団円というには犠牲も多かったが、だからこそ、この先救われる者は多い方が好いだろう?」

 シャリスがぱっと明るい顔で頷いた。

「姫君。

 私が館を訪れても疑われない様、一筆頂きたい。
 出来るだけ急いで…日が変わらぬうちに、この子の依頼を遂げたいのです」

 女給服のスカートを摘み、シグルトは周囲の兵士たちが目を見張るほど優雅にお辞儀をした。


 その後、鳥籠に閉じ込められていた二羽の鳥は自由となった。
 鳥とはアジェイと、シャリスである。

 夜明の空に、アジェイを解き放つシャリス。
 自由を得たアジェイは、高く高く飛んでいたが、またシャリスの元に戻って来た。

「自由とは、選ぶことでもある。

 アジェイはお前の傍がいいのだろう」

 微笑んだシグルトに、シャリスは朝日の様な笑顔で、大きく頷いた。

 
 事が片付いた後、シグルトは、預かっていた【指輪】をシャリスとディーリアナに返還した。
 形見の品を受け取るつもりなど無かったからだ。

 加えて【ディリスの盾】の処分をアダに頼む。
 紋章付きのブローチを無関係なシグルトが持つのは、妖しすぎるからだ。
 
 代わりにと、ディーリアナが見事な装飾の首飾りと、アダが銀貨千五百枚を報酬として渡してくれた。
 シグルトは、女給の真似事をした時に貰った銀貨数百枚でいいと言ったのだが、これでも少ないくらいだと言われ、有り難く受け取ることにした。

 今回の騒動で亡くなった兵士の遺族には厚く報いると、アダは事後処理の使命感に燃えていた。
 そしてアダは、シグルトに「終生の友になってほしい」と願い出て、それをシグルトが了承する。

 臣下としてディリスに一緒に来てほしいという、ディーリアナの申し出は丁重に断る。
 その代りにと、国に訪れた時は身元を保証してくれる確約と、通行をフリーパスにする証書を手に入れることが出来た。

 シグルトは一国の王と面識を持つという、大きな快挙を成し遂げたのである。
 
 翌日後ろ髪惹かれつつも、混乱することが予想される国に還らねばならないという3人を見送り、シグルトは重い銀貨を手土産に宿に帰還した。
 …カールしたまま直らなくなった睫毛の処理に少し梃子摺った、というのはちょっとした余談である。


 後日、暫くリューンの貴族や使用人たちの間で、「ジークフリーデ」という美しい女給の噂が上がり、冒険者にも彼女を探す依頼が来たのだが、遂に彼女が見つかることは無かった。
 
 シグルトが手に入れた女給服は、タキーシスとの戦闘でぼろぼろになってしまったが、とりあえずしまっておくことにした。
 後にこの女給服で一騒動起きるのだが、それはまた別の話である。

 ディーリアナは、国に帰還すると正式に女王として戴冠式を行って国を治め、その補佐に摂政としてアダ・ルサが就いた。

 軍の台頭が前々から国の財政を圧迫していたため、軍事費の縮小をしつつ民に優しい政治を行い、ディーリアナの治世は名君のものと言ってよいものになった。
 軍部との軋轢はあったが、子を得た母は強く、味方する将兵も多かった。

 シャリスは、タキーシスの子として正式に名乗りを上げたアダ・ルサを後見人に第一王子として王位継承者に選ばれた。
 ディーリアナが生んだ第二王子は、母と兄に愛され、やがてアダ・ルサの跡を継いで摂政となり、国王をよく補佐して国政に貢献したという。

 ディリスには新しい風が吹こうとしていた。

 そんなディリス王宮の一角に、元々画才のあったシャリス王子が描いた、一枚の絵が掛けられている。

 三日月の杖を持った凛々しく美しい女性が、朝日が刺す空に舞う一羽の鳥を見上げて、誰かを導く様に杖を掲げている、というものだ。
 表題は『夜明けの鳥』。
 
 やがてその絵は、周囲の列強諸国に悩まされながらも、国を守り抜き歴史を重ねたディリス王国の、自由を象徴するものとなった。

 描かれた美しい女性のモデルが誰であるのか、詮索する者は多かった。
 しかし、描いたシャリス当人は「ある人の名誉にかかわるから」と微笑んで、遂に明かさなかったという。



 シグルトの珍道中3、カミングアウト編、いかがだったでしょうか?

 …いや~長かった。
 まあ、長くかかった分、結構なボリュームになったかと思います。

 データ取りつつ、前後編に分けようか真剣に悩みました。
 
 しかし分けちゃうと、シグルトに記念すべき女装第一号が切れるようで嫌だったんですよね。

 そう、一部の方には、かなり衝撃だった今回の女装騒動。
 しかも女給(メイド)服ですよ。

 前に別のPCで『夜明けの鳥』をプレイしてから、「絶対やってやろう」と構想していたストーリーです。
 プレイしつつ、どうも珍奇になりがちなPCの表現を、「もし女装がめちゃくちゃ似合うPCにやらせたらどうなるんだろう?」という感想が出発点でした。

 何という偶然か、女の子っぽい小道具(【三日月の杖】)まであったので、悪ノリ30%増し(当社比)でやってしまいました。
 普段のシグルトの武骨っぷりは、このギャップのためにやってたのよ~とばかりに。

 シグルトは基本的に中性的な美形ですが、背が高く筋肉質なので、男性だとはっきり分かる男臭さもあります。
 しかし、いざ真面目に化粧して見せると、又下が長いせいかモデル張りの美人に化けます。

 肩幅の広さは、厚めの女給服で隠せば何とか。
 男の特徴である喉仏を隠蔽するあたり、医学を齧ったシグルトらしい行動だと思うのですが。

 実物の男性の女装を見た人は分かるかもしれませんが、性別による体格差や特徴差はかなりあります。
 肩幅、体毛、骨格、声など。

 正直女装というのはかなりの無理があるんですが、北欧神話の中でもトールが美しい女神フレイヤに化けるシーンがあります。
 そういうの見ると微笑ましいというか。

 もし男性PCの女装を行う場合、化粧や小道具は必須でしょう。

 考えてみれば、女装ネタの潜入シナリオ、そんなにないんですよね。
 女性陣の連れ込みPC多いですし、女装の必要性無いせいもあるんですが。

 
 まあ、女装云々は笑ってもらえたり、萌えてもらえたりすれば、掴み善してことで。

 このシナリオの本題は、シグルトの子供に対する義務感を表現したかったために選別した部分が大きいです。
 リプレイ各所でも書いてますが、シグルトは子供好きで、同時に年少者に対して年長者として導く者側の義務感を持っています。
 妹がいたせいか、根っからのお兄ちゃんなんですね。

 あちこちで困ってる孤児やらサキュバスやら拾ってきちゃうのも、彼の面倒見の良さの現れです。
 彼のリーダーシップも、この辺りを原点に形成されたのではないでしょうか。

 
 最後の方の戦闘シーンですが、レベルが3だったので、勝てるか微妙でした。
 タキーシスはスキルこそ持ってませんが6レベルですし、一戦やった後ですから、召喚獣もあらかた発動した後ですし。

 しかし、技能配布アイテムは強いですね。
 スキル配布からのスキル連打で、一気に勝ってしまいました。

 このシナリオ、確か勝ちで終わると、アダ・ルサが生き残って、ちょっと報酬が増えたと記憶しています。
 何時の間にか【ディリスの盾】の防御効果も落ち着いていて(最初にプレイしたころは、全身鎧並の防御効果があったので)安心しましたし。
 
 今回、報酬の指輪は返還した方がそれっぽいと思ったので、即売りして報酬扱いにしました。
 【ディリスの盾】も売って、合計1500SPに。
 女給としてチップもしっかりゲットしましたから、合計1855SPも稼いでるわけで。

 おお、このままいけば『刃金』で籠手が買える!

 【首飾り】は某シナリオで、侯爵夫人に買ってほしいので、今回は売らずに保管。
 レベル6が楽しみだなぁ。

 このシナリオ報酬が大きいのと、ソロシナリオとしてストーリー性が高く、傑作です。
 他にリプレイ記事を計画なさってた方、御免なさい。先んじてやらせて頂きました。

 今回の収支は以下の通り。


・【ディリスの盾】売却+750
・【指輪】売却+750

・【傷薬】入手(シグルトの性格上、追剥っぽい行為は控えたかったので買った扱いになっています)
・【コカの葉】入手
・【首飾り】入手

 女給の仕事で、チップ+355SP

 シグルトの所持金 合計3155SP
 分けてもらった2000SPを、技能を買って、ヴァンドールで試合やって、今回の仕事も含めて稼いで増やしました。
 働き者です、シグルト。


〈著作情報〉2009年07月17日現在

 『夜明けの鳥』はふみをさんのシナリオです。現時点でオフィシャルファンサイトのギルドにも登録され、下記サイトで配布されています。
 シナリオの著作権は、ふみをさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer.1.5です。
  
・ふみをさんのサイト『ふみをCardwirthシナリオ置き場』
 アドレス: ■ttp://www.geocities.jp/cwofumi/(■をhに)
 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。
 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。 
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CW:Y2つ流札講座 その捌

 久しぶりの札講座、今回は中堅冒険者についてお話します。

 中堅ってどの位?
 とお考えの方に。

 大体3~4レベルを指します。

 5レベルを越えれば、立派なプロフェッショナルなので、上級冒険者の仲間入りです。
 つまり、そのちょっと前の実力、ということになります。

 このバランス観に異議を唱える方もいるでしょうが、考えても見て下さい。
 オーガやワイト、グリズリーとタメを張るレベルなんですよ?

 羆と一騎討ち出来る中堅冒険者って、凄いのです。

 
◇3レベルはパワーアップを肌で感じられる
 レベル3になると、技能、アイテム、召喚獣所持の最大数が一枚ずつ増えます。
 レベルは2レベルで判定が1レベル有利になる(能力値では4ごとに1レベル有利になる)ので、ぐっと強くなります。

 手札も増えるので、カード交換時はスキルが手札に来る可能性が高くなります。
 加えて、1レベルの技能カードが8回使える様になります。

 上手に手札カードを装備すれば、5レベルの敵とガチンコでバトル出来る様になるほど、3レベルへの成長は大きなステップアップになるのです。


◇装備可能な技能の幅が広がるけれど…
 3~4レベルなら、3~5レベルの技能を十分実用レベルで使いこなせるようになります。

 5レベルのスキルには、リューン以外で強力なスキルが沢山あります。
 私がリプレイで紹介している【影走り】や、アレトゥーザの【咒刻の剣】、拙作『風たちがもたらすもの』でも5レベル以上のスキルが目白押しです。

 つまり、準奥義級のスキルが使える様になるレベルなのです。

 しかし、欲をかいてスキルの構成を歪めると、大きな実力差が出るのもこのレベルの特徴です。
 器用貧乏にしてしまい、実力が振るわなくなって、カード交換ばっかりするはめになることもしばしばあるでしょう。

 だからこそ、スキルの構成は大切になります。
 戦闘中役に立たないスキルを装備する場合は、まるっきり戦闘が駄目なのか、実戦でスキルを使いたいのかで、アイテムカードの装備を変更するようにしましょう。
 
 戦闘中スキルを循環させたいと考えているなら、レベルの低い補助スキル(戦闘中一回使えば事足りるスキル)や戦闘中役に立たないスキル(盗賊の鑑定や解錠スキル)は1枚、多くても2枚(この場合はスキル配布アイテムを持っていることが前提です)程度にしておきましょう。
 そうしないと、スキルの配布効率が悪くなって、活躍出来ないキャラクターになりがちです。


◇専門家は、アイテムを装備し過ぎない
 僧侶や魔術師といった戦闘時にスキルに頼る職業は、スキル配布アイテムがあるなら合わせて2つ、なければ1つ程度の軽装備を心掛けましょう。
 せっかくスキルを装備しても、アイテムが邪魔して思う様にスキルが配布されなくなります。

 逆に盗賊の様に、戦闘中まるっきり役立たずになる可能性の職業なら、傷薬や武器を装備して補うと、アイテム装備の多さで技能が無い部分を補うことが出来ます。
 アイテムカードでいかに実力を補うかで、かなり戦力が変わって来るでしょう。

 戦士などは、防具(装備していると防御力や回避力が増えるアイテムカード)で、打たれ強くなっておくとよいです。
 ただ、アクションカードやスキルカードが循環する程度には、軽装にすると戦い易いですよ。


◇召喚獣スロットを生かしてこその中堅レベル
 3レベル以降で最も実力の向上を感じるのは、召喚術師かもしれません。
 精霊術等の召喚は、2枚×使用回数使えるので、ずばり攻撃系の召喚術は、2倍仕様が可能。
 もちろんスキルの消費も速まりますが、目の覚めるような戦力アップです。

 加えて、拙作『風鎧う刃金の技』や『剣士の求め』のカウンタースキルを使えるようになります。
 あるいは、付帯能力を維持しつつ召喚スペース1つ使用、という強化も可能。

 真の実力アップを望むなら、アレトゥーザの【泉精召喚】や、『風たちがもたらすもの』の【妖精の護環】のような、召喚付与タイプのスキルを補っておくと、戦力がぐっと増します。
 特に防御系の召喚獣は、戦闘前から使っていても、時間切れでは消えませんし、自動発動で敵を攻撃するものも少ないはず。
 敵の不意打ちに対して、優れた対抗手段になります。

 舞踏家なら、【幻惑の蝶】をセットしておけば、回避低下と呪縛のアンチになる上、フィールドの回避判定にも有効です。
 
 召喚スロットに余裕が出来たからこそ、防御や準備に戦力を割けるようになるのです。 
 いかに高レベルのキャラクターでも、召喚獣スロットを遊ばせているなら、実力の3分の2程度までしか発揮されていないことになるでしょう。

 私は、リプレイのシグルトを使いつつ、このことを実感しています。
 上手く召喚獣を使えるのなら、スキルを持った2レベル以上強い敵と渡り合えました。

 是非活用してみましょう。


◇召喚術は前準備すると美味しい
 人質がある戦闘でもない限り、前もって召喚術を使って戦いに臨むことには、大きなメリットがあります。

 まずは、1ラウンド目に、召喚の間を取られずに効果が発動すること。
 また、「スキルを前もって使うことで、召喚術の配布確率が減る」ということです。

 二番目に何の意味があるか分からない方もいるでしょうから、ある例を紹介しましょう。

 3レベルのシグルトは、召喚術2枚、直接攻撃スキルを2枚装備しています。
 ボス戦に臨むに際し、仲間に5レベルの召喚術【妖精の護環】を2回使っておき、【飄纏う勇姿】を自分に2回使っておきます。
 スキルの使用回数は、【妖精の護環】が残り0回、【飄纏う勇姿】が3回となります。

 実際の戦闘で、レベッカに【小細工】してもらい、スキルを配布すると、シグルトに配布されるスキルは「残ったスキル」になります。
 つまり、目一杯強化した上に、本来の直接攻撃スキルの配布効率を高めることが出来るのです。
 
 この技術に似た、「低レベルのスキルを使いきっておく」という方法は、前の札講座でも紹介しました。
 こういったスキルを使うことで配布率を操作する方法を、私は「テンションアップ」と呼んでいます。

 上手く行えば、シナリオのクライマックスで大技が連発出来る上、回復ポイントが少ないシビアなシナリオほど楽しめる様になります。
 召喚するスペックが増えているので、効果も2倍、あるいは違う召喚術を半々で使え、ドーピングの内容も濃いものになるでしょう。


◇強敵も増えるが、傑作は中堅~上級に多め
 カードワースの傑作シナリオは、対応レベルが3~6レベルに多めです。
 ASKの傑作『賢者の選択』やブイヨンスウプさんの『深海の盟主たち』は3~5レベル、『竜殺しの墓』は4~6レベル。
 Fuckin'S2002さんの『アモーレ・モーテ』や『ミエナイトモダチ』 は2~4レベル。
 他にもあげればきりがありません。

 敵も強くなりますが、やりがいがあるシナリオが多くなります。
 ある意味、脂が乗って来たと言えるでしょう。

 だからこそ、中堅らしい冒険をプレイするために、プレイヤーの慣れが必要です。
 シナリオのリドル(謎かけ)にパッとひらめく直感や、戦い方の確率計算、パーティの癖を知った上での連携。

 自分の子供の様に育てた冒険者たちが、一人前になったと強く感じるのが、このレベルの頃合いです。
 是非、遊び方も中堅レベルになり切ってみて下さい。

 案外、そういった思い切りや、磨いてきたプレイヤーの直感がはまったとき、とても面白い冒険が出来るはずです。


◇高度な戦闘
 中堅ともなれば、低レベル時では出来なかった高度な戦闘が可能となります。
 私なりに確立した戦術を紹介しますね。

・戦士の駆け引き
 中堅レベルのシナリオにはソロシナリオ(単独で遊ぶシナリオ)も増えてきます。
 あるいはリバースで1人にされてしまったり。
 
 こんな時、「すべての攻撃」がそのPCに集中します。
 こういう時、防御スキルか、攻防一体のスキルを持っていれば絶大な効果を得られます。

 拙作の話になってしまいますが、もし「カウンター」のスキルを持っていたら、この時にこそ最大の効果を発揮します。
 なにしろ、カウンターが可能になった上で、狙われることが分かってるわけですから。
 カウンターをセットしておけば、狙って反撃出来るようになります。

 『刃金』の【薔薇の王冠】や『剣士の求め』の【鉄守構】のような、防御効果が高くカウンターをセット出来るスキルは大活躍します。
 加えて、カウンター発動後の一瞬は、行動力が最大になっているので回避能力も高くなっています。

 防御スキルは、同時に「回復要らず」です。
 回復する手間を考えるなら、耐えきってその手数を攻撃に回した方が生き残る可能性は高まるでしょう。
 回復手段は手札を占領しますし、回復スキルを手札に配布しようとムキになってカード交換をしている間に負けてしまいます。

 「攻撃は最大の防御」といいますが、カードワースで防御を極めることは、戦闘上手になるということ。
 カードを循環しつつ、上手に敵の猛攻を耐える駆け引きをマスターしましょう。
 
 それから、敵のレベルと回避能力から、技の当たり具合を予測することも大切です。
 手数に限りがあるスキルは、確実に当てるつもりで使いたいはず。
 
 基本的にレベルが2以上高くで素早く回避力が高い敵には、普通のアクションカードは当たり難くなります。
 命中精度の高いスキルでも、【居合斬り】クラスの高い精度で五分ぐらいの状況がざらです。

 スキルに余裕がある場合は、回避力を下げたり混乱させたり呪縛する「崩し」を大切にしましょう。
 威力がいかに小さくても、崩してから確実に当てる戦闘に慣れなければ、「駄々っ子」のような大振りを繰り返すことになります。
 
 手札が拡張するので、スキルを2枚以上手札におくことも、多くなるでしょう。
 その場合、「どれから使うか」がポイントになります。

 シビアな戦闘ほど「ギャンブル性」で戦うより、「確実に崩し、連携してたたみ込む」戦い方が勝利に繋がります。

・全体攻撃で出足を挫く
 雑魚が多くなってくるので、全体攻撃で敵の体力を削っておくことも重要です。
 召喚型の全体攻撃なら、最初の1ラウンドで使える可能性も高いです。

 最初の1ラウンドは、戦況を左右する重要なラウンドです。
 こっちのペースになるよう、準備や使うスキルには注意しましょう。

 魔法使いには、この辺りで一つぐらい広範囲攻撃をマスターさせておくと、最初に手札にあれば敵の出足を挫けます。

・化けるアクションカード
 中堅レベルのシナリオでは、雑魚の数も増えてきます。
 そんな時、手札を温存しながら戦うやり方は、重要です。

 手札を温存して戦うには、アクションカードを使うのがポイント。

 中堅以上になると、雑魚敵とのレベル差が生じます。
 すると、アクションカードも必然的に当たるようになるのです。

 低レベル時では使えなかったアクションカードを、雑魚に向けて使ってみましょう。
 体力を削ったり、弱った雑魚を屠ることは可能になります。

 戦士と違いダメージ系アクションカードが得意でないタイプのPCは、素の雑魚(防御的修正を受けていない)に対し、【攻撃】や【会心の一撃】を使います。
 当たる可能性が並以上であることを意識して使っていくことがコツです。

 そして、本業戦士のアクションカードは、雑魚にとって一撃必殺となりえます。
 【渾身の一撃】で、ゴブリンやコボルト程度なら一発で倒せる上、レベル差と能力差が大きければ、直接【渾身の一撃】を狙っても結構当たります。
 適性の高い【攻撃】カードなら、雑魚にもほぼ当たる上、大きく体力を削れるので、仲間との連携でKOしましょう。

 戦っている時、誰がどのように敵に攻撃し止めを刺すか、イメージして戦ってみて下さい。
 各PCの行動順を把握してないと上手くいきません。
 ざっとでいいので、早いPC、遅いPCが誰か確認しておきましょう。
 
 イメージ通りの結果にするのが、高度な戦闘です。

 敵をぱっと見て、初期の手札を見て、「うちのパーティなら3Rってとこか」とか、頭にぱっと戦闘結果が浮かぶ慣れがあれば、かなり戦闘のコツをつかんでいるということ。

 中堅以上になると、スキルを使った戦闘に拘り過ぎて、返って弱くなってしまうPCもいます。
 常に「ある手札で何とかする」戦い方を意識しましょう。

・スキルの一枚持ちから卒業する
 低レベルの頃は、スキルカード一枚の方が返って強いと、前の講座でお話ししたと思います。
 一芸に秀でたPCは、その技に集中することで、高い戦闘力を発揮できます。
 
 例を上げると、【連捷の蜂】を装備しただけのラムーナや、【癒身の法】を習得しただけのスピッキオ。
 技能配布をすると、確実に手札が分かるため、初期の頃はこれだけで大活躍しました。

 しかし、レベルが上がって多数のスキルを装備する様になると、リズムが狂ってしまいます。
 こういう時は、闘技場モノのシナリオで、リプレイのシグルトのように「戦闘の慣熟」をやっておくとよいです。

 新スキルを得た時の新たな癖を理解し、それなりの戦術を確立することが重要になるでしょう。

 ただ、レベルが上がっていれば、実力的に多少の余裕が出来るのも確かです。
 体力面や、スキルの手数が増えてるわけですから。

 その余裕をどう使っていくかで、戦術の幅が広がるはず。

 低レベルの時より、複雑な戦術が行使出来るように、PCの能力を発揮出来るやり方を見つけましょう。

・スキルの残存数を意識し、調整する
 あとどのくらいスキルが使えるか。
 それを計算して使っていくのが、高度なスキルの使い方です。

 同時に、役に立たないスキルは使いきってしまい、強力なスキルを温存して出しやすくするように出来れば、文句なしです。
 回復ポイントに戻ってやたら回復するより、ボス戦までに手札をシェイプしてテンションアップしていくことが、本当の高度なやり方です。

 使いたくないスキルを「使いきっておく」ことで、効果的なスキルの循環が可能になります。

 スキルを入れ替えるようなことまではしたくなくても、闘技場ネタのシナリオ等では、「使いようがないスキルを外しておく」とか(盗賊のスキルなんかは道具を外しておく感じですね)、試合に合わせて「身体を作る」感じで外すのは、それほどイメージ的に問題無いでしょう。

 スキルはスキルレベルが、

 使う者のレベルから-3レベル以下なら9回。
 -2レベルなら8回。
 -1レベルなら7回。
 同レベルなら5回。
 +1レベルなら3回。
 +2レベルなら2回。
 +3レベル以上なら1回。(あまり差があると技の成功率自体が下がると言われています)

 …といった使用回数になります。
 現在のレベルと相談しながら、使用回数を意識して使っていきましょう。

 長編ものでは、残りの使用回数を把握することが、即生存に関わるでしょう。
 魔法攻撃しか効かない敵を相手にした時もそうです。
 その手のアイテムカードが無い場合、いわゆる「手詰まり」状態になるわけですから。

 特に回復スキルは、使い続ければ配布率も下がって行きます。
 使いどころを間違えないよう、細心の注意を払って下さい。

・すばしっこい雑魚の集団は眠らせてから各個撃破
 【ラット】や【バット】、【ウルフ】といった敏捷度の高い雑魚は、とにかく攻撃が当たりません。
 【眠りの雲】などで眠らせて、一匹一匹【渾身の一撃】で潰していくか、得意なアクションカードで狙うようにします。

 命中させる自信が無い専業以外のPCは、当たらないと思った場合は防御に徹するか、フェイント等でサポートしましょう。


 堅実さで、結果を予測出来る戦闘を心掛けることが、勝利の鍵です。

 もちろん、パワープレイで、強力なスキルやレベル差でゴリ押しする戦い方もありますが、それはスマートな戦い方とは言えないでしょう。
 その一瞬は痛快でも、そればかりやってると飽きてくるかもしれません。

 是非、プレイヤーとしてもレベルアップして、戦術的な戦いを楽しんでみて下さい。
 これは、レベルが上がり慣れて来たからこそ味わえる醍醐味なのです。
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CW:Y2つ風リプレイ講座 第六回

 第六回は、リプレイ書きが必ず行き当たるスランプについてお話します。

◇物が書けなくなる恐怖のスランプ
 まず金銭目的で書いてるのではないため、締切すらないリプレイブログですが、だからこそ恐ろしいのがスランプです。
 仕事の場合は生活のためにやるという目的がありますから、嫌になっても続けられます。(やらないと食べていけませんし)
 
 しかしリプレイを書くことには、強制力が全く存在しません。
 すなわち、自分でモチベーションを維持して書き続けるしかないのです。
 いわゆる「三日坊主」になってしまったり、書きたいのに気持ばかり焦って文章が書けなくなる…
 リプレイを書いていると、こういった時期が多かれ少なかれ必ず訪れます。

 それにどう対処したら良いのでしょうか?

 
◇まず何がスランプの原因が知る
 スランプにはそれを起こす原因が少なからずあります。
 例を挙げると…

・仕事が忙しい、時間的余裕が無い
・カードワースに飽きた
・リプレイを書くことが義務化している
・体調や病気のせい
・心無いバッシングを受けて傷ついた
・誰もブログに来てくれないので寂しい
・ネット環境が無くなってしまった
・しばらくブログを書かずに放っておいた
・原因は分からないが集中出来ない

 他にも沢山あるでしょう。
 中にはどうしようもないこともあるのでしょうが、これらの原因に対する対処法を、私が感じた限りでお伝えします。


◇仕事が忙しい、時間的余裕が無い場合
 生きて行くために日々糧を得る…
 勤労の義務は国民に定められたものですから、学生時代を終えれば働かなくちゃいけません。
 
 学生でも苦学生ならば、バイトしつつ奨学金で、とか。
 終わっても奨学金を返済するとか。

 お金はどうにかなっても、別件で、構想する時間や執筆時間が無くなることは、よくあります。
 
 プチニートやってるならともかく、こういった生の生活に関しては、自身のとても大切な問題であり、どうにもならないと思うかもしれません。

 かくいう私も、ブログ書いてる脇で、仕事しながら病気の母の入院費、どうするね~とかよく考えてます。
 
 大体一年前、副業始めたり失敗したりしてましたが、こういった生々しい話、分かる方も沢山いるでしょう。
 ブログをほとんど書けなかった時期もありました。

 そんな私がまたリプレイ書いてる…
 それは、カードワースがまだ遊べるゲームで、まだリプレイ出来るからです。

 技術的に出来なくなればどうにもなりませんが、カードワースを遊んでる方の多くは、エミュレータ無しで遊べますよね?

 これが続けられる大きなポイントなんです。
 
 つまり、「また再開しても出来る」ということ。
 最初の方の講座でも述べましたが、企画書を作っておくと、カードワースやネットから離れていても再開出来ます。
 
 そして、仕事や生活のために離れていた時間も、実はリプレイのために構想を練るための環境に出来るのです。

 私は、実体験や得た知識をリプレイのPCたちの行動に反映させています。
 私の書くリプレイは小物や行動の描写がくどいくらい、ですが、それは使ったり行動したりする様子を頭の中で想像し、あたかも考古学者の様に組み立てて話を作り出しているんです。

 日常生活は、情報の宝庫。
 しかも、情報を見つけるという目的意識があれば、「仕事もがんばれる」という相乗効果まで得られます。
 
 きつい仕事ならば「苦しさ」の描写に繋がるのです。

 人間とはおかしなもので、きつい時でも楽しいこと考えてると、痛みや苦しさを忘れてしまうことがあるんですね。

 ランナーズハイのような状態もあります。
 きついのを一定量超えたあたりから、頭がハイになる…徹夜明けなんかでそういう経験がある方いますよね?

 やってるうちに、慣れて出来る様になったり、趣味であるリプレイで維持するモチベーションが仕事に反映され業績UPとか。

 要は、「生活に取り入れる」のです。

 無理と思わずに、リプレイを構想したり書いたりすることを、日常生活の一部にするよう意識すれば、案外書き続けることは難しくありません。
 
 リプレイを書くことは、ネット環境さえあればほとんどお金が掛からないのです。
 ささやかな趣味としてやっていけます。

 実生活で感じる「苦しさ」や「辛さ」にも、観察してみると全部同じでないことが分かるはずです。
 どういう理由で辛いのか…

 それを理解することでリプレイに生かしたり、痛苦への対策方法としたり出来るのです。
 「苦しさ」や「辛さ」は、本来は生活をよりよくするためにある「負の信号」です。

 ただ甘受するよりは、物書きに利用したり、話題にしたり、踏み台にしたり。
 そうやって、改善させていくか、要領よくやるコツを見つけていくのが、上手な付き合い方です。

 辛ければ辛いほど、それは書く時に表現力に繋がります。
 歴史的な芸術家は、名作を残すとき苦労話が沢山ありますし、苦労や緩急の無いドラマは面白くないでしょう?

 自分が得た痛苦は、そのまま書きものに活かせるのです。

 「マイナスにマイナスを掛ければプラス」と言ってた人がいます。
 ただ溜めこむ(足す)と辛いだけですが、発想を転換すると思わぬ利点になります。

 そのつもりで臨めば、仕事そのものも楽しくて仕方なくなるかもしれません。
 マゾと言われなくもないですが(苦笑)

 固定した考え方は、物書きに重要な感性をとても鈍らせます。

 余裕があるなら、自分をゲームの数値化して、「俺の掃除技能はレベル5!」とか、ユーモアを持って考えてみると、仕事も楽しく出来るでしょう。

 苦しいこと辛いことは、嬉しさや幸せの裏返しです。
 「辛」は「幸」に一本足りないだけなんです。

 気持ちで補ってあげましょう。


◇カードワースに飽きた場合
 コンシュマーやネットゲームの物凄いエフェクトを見てると、古いゲームをする必要性が無くなる場合もあるでしょう。
 カードワースに飽きてしまった時は、リプレイブログを続ける必要性も無くなるかもしれません。

 ですが、カードワースには「出戻り」(言葉は悪いですが)ユーザーが非常に多いのです。
 社会人になってからまた始めた人や、システムの更新を見かけてやり始めるとか。

 DLにお金がかからないシナリオがほとんどですから、無料で再開出来るのも大きな強みです。

 飽きたら離れ、懐かしんだら戻ってくればいいので、ブログは「絶対消す」と思うまでは続けてみるとよいですよ。
 そのうちひょっこり再開出来るかもしれません。

 ブログはやりたくなったところで始め、止めたいところで終わりにしてよいのです。
 
 ですがせっかく書いた記事は、残しておいてもいいですし、誰かのブログで代理公開してもらうという手もあります。
 かつてうちでも、ある方のリプレイを代理公開していました。

 せっかく書いたものですから、どこかに残しておくとよいでしょう。

 そして、数年を経てカムバックした時、自分の関わったものが残っているというのは、少し嬉しいものですよ。


◇リプレイを書くことが義務化している場合
 はっきりいって、最も懊悩する状態です。
 
 「書かなきゃ、書かなきゃ…」

 呪詛の様に言葉が頭の中で空回りするだけで、まったく書けなくなると思います。

 抜け出すには、「楽しんで書くことを思い出す」ことです。
 
 人間とは現金なもので、目的がなければものを続けるモチベーションは保てません。
 お金貰ってるわけではない、書く意味を失った…
 その状態では、ドライに書き続ける才能でもない限り、まるで書けなくなります。

 多くの人が「才能が無いから書けなくなったんだ」と思う瞬間ですが、実は単にモチベーションを失っているだけです。

 才能だけでものは作れません。
 それは、天才と呼ばれた人の中にもスランプを味わっている人がいる過去を見れば、分かるはず。

 必要なのはプレッシャーではなく、自発的な欲求です。
 書くことに対して、義務感という束縛は邪魔です。
 
 はっきり言って、義務感で書いた文章にはエネルギーがなく、自分で読んでも湧き立つような楽しさや感動がありません。

 「書くことが好きであること」。
 「書くことを楽しんでいること」。
 「書き上げる充実感に満ち溢れていること」。

 これが、モチベーションに必要なことなのです。

 スランプに陥ったら、まずこの3つの気持ちがあるか確認してみて下さい。
 そして、自分の中で「書かなきゃ呪詛」が発生してないか確認して下さい。

 もし義務化していると感じたら、少しクールダウンして、考え方を転換する必要があります。
 無理に書けない状態で書こうとすれば、納得出来ないものが出来るだけで、さらに落ち込むはめになります。

 スランプは、物書きの風邪の様なもの。
 適切に休んで治療すれば、初期の状態ならまた書けるようになります。

 もし、嫌なことが重なって、酷いスランプに陥ったら、一回まるで違う何かをやってみて、頭の中をすっからかんにすればいいです。
 新しい空気や考え方が入って来ます。
 
 「頭が真っ白になって、訳が分からない」

 この状態なら、情報が入る余裕を待つか、自分で作ればよいです。

 頻繁にスランプに陥る人は、完成という充実感を思い出すとよいです。
 初めて一つのリプレイを書き上げた時、その感動は素晴らしいもののはずです。
 感動を思い出すことは、良い薬になります。

 ただし!
 
 決して過去の凄かった自分と、落ち込んだ自分を比べないで下さい。
 余計に落ち込む羽目になります。

 感動は、新しいもののためにあればよいのです。

 「また、あの充実感を味わうために、楽しんで書いてみよう」。
 「あの時の充実感を思い出して、気軽に書こう」。

 思い出すのは、自分の粗探しをするためではありません。
 「楽しさや充実感を思い出す」ためなのです。

 比較は、個性の敵です。
 自分なりの作品を書こうとする者にとって、何かと比べて善し悪しを談じることは、マイナス要素が多いです。

 リプレイは、賞金や勝負のために書くわけではないので、気軽にやりましょうね。


◇体調や病気のせい
 休むか、病院に行きましょう。(断言)
 
 体調不良は治してから書くのが大切です。 
 無理してもっと悪くなれば、この先に書く時間をさらに失います。

 もし不治の病になっちゃった、とかいう場合。
 その経験が無い私が、その対策法を教えて差し上げることは出来ません。
 憶測で言うのはあまりに無神経なことですので。
 
 ただ、どうしようも無い苦しみが世の中にあることは分かるつもりです。

 私、片目がずっと不自由なので、立体感が掴めないという感覚で生きてきました。
 こういった、体質や体調による苦しみは、同じ苦しみを持つ人にしか分からないこともあるでしょう。

 でも、つらい時に支えにする様に、あるいは楽しみとして書くことは、きっと自分のプラスになります。
 一応、経験者としてこれだけ述べさせて頂きます。

 自分にとってプラスになる様に意識して、やってみて下さいね。


◇心無いバッシングを受けて傷ついた場合
 「好奇心猫を殺す」とも申します。

 バッシングを某掲示板で受けていても、わざわざ見に行く必要などありません。
 知らぬが仏、という場合もあります。

 読めば気分を害するものを、わざわざ見る必要はありません。
 人が人を害する場合もあれば、人が人を褒め称える場合もあります。

 その一部分だけ…悪い所を抜き出して落ち込んでも、リプレイ書きとしてマイナスにしかならないでしょう。

 もし、それに目を向けるぐらいなら…
 書くネタにするくらい、図太くやりましょう。

 1つ対策方法を話ししましょう。

 こういう「小憎ったらしい相手」を、物語における主人公の障害のモデルにして書いてみると、筆が乗ります。
 主人公がぶったおす相手にすると、それは痛快なのです。
 嫌がらせする相手は、えてして物語の悪役と似ています。

 嫌な気分にさせられたんですから、その贖いとして、リプレイのネタになって頂きましょう。
 これぞ、悪人リサイクル。

 物語は、憎まれ役がいるほど盛り上がる場合があります。
 本当に頭に来たり、ムカついた相手ほど、真実味をもって書けるのです。

 むしろ、バッシングを受けてそれを踏み台にしないのはもったいないです。
 嫌な気分を味わった分、出がらしになるまでネタにしましょう。

 ある程度防御手段を講じていれば、余程悪意にさらされないかぎりは、自分のブログ上でバッシングを受けることはありません。
 それに、バッシングをやり過ぎると明確な「侮辱罪」になるので、自己の領域をきちんと維持し、法的に対処すれば大丈夫。

 きちんとバックアップを取っていれば、ウイルスを喰らっても復旧出来ますし、司法を通さない私刑は、相手がどんな手段を取るのであれ法律に抵触します。
 何れそういったことのしっぺ返しを受けるでしょう。

 やましいことがなければ、ドンと構えていましょうね。

 あと、バッシングを受けるということは、悪い意味で、やってくる人の心の琴線をかき乱したということ。
 それだけ読まれたということです。

 沢山の人の目に触れた時に起こる、酷評の一種として、さらりと受け流しましょう。

 その人のために怒り狂って、「脳神経を無駄に焼く方」が無駄だと思いませんか?


◇誰もブログに来てくれないので寂しい場合
 相互リンクを増やしましょう。

 あるいは、仲の好い方のブログにコメントを書いて、自分の記事をネタに談義させてもらうのも方法です。
 読んでみたくなる話題を、そのブログの管理人さんに迷惑にならないように注意して書けば、相互リンクを通じて読みに行く方が増えます。

 細かいコメントまで読んでる方は、たくさんいますよ。

 それから、ブログ来訪者の履歴を、ブログの管理画面から調べてみるのもいいでしょう。
 新しいブログを開設した方や、読みに来る方は、それから知ることも出来ます。

 それと、可能ならば私の様に、リプレイを足場にして店シナリオを作ってみたり、シナリオ作者さんに感想やリプレイしたことを、迷惑にならない範囲で報告してみると、そのコメントを追いかけてやってくる方もいるでしょう。
 その場合、自分のブログが分かりやすい様に、アドレスを載せさせて頂きましょう。(※アドレス禁止のブログでは、くれぐれも書かないように)

 リプレイは、レヴューや感想の延長です。
 喜んで読みに来て下さる作者さんもいらっしゃいますよ。

 私なぞ、ある方のシナリオをリプレイしたら、なんとそちらのブログでイラストが…
 あの時は感動モノでした。

 徐々にですが輪(リンク)は広がります。
 慌てずにやっていれば、思わぬ応援に感動することもあるかもしれませんよ。


◇ネット環境が無くなってしまった場合
 近年3~4万円のノートPCが販売され、LANの通信料は月々数千円。
 しかし、それが苦しかったり、PCが壊れちゃったりすることもあるでしょう。

 かくいう私も、何度もネットのトラブルやPCの不調に悩まされた口です。

 ネット環境の消失なら、手頃なインターネットカフェや漫画喫茶でデータのやり取りは可能です。
 携帯メモリなどに、データを入れて持って行きましょう。
 テキストデータは、とっても軽いですよ。
 
 そういった臨時のネット環境が近くに無くても、オフライン環境でできる作業は結構あります。
 記事の下書きや清書なんかですね。

 環境が回復するまで、出来ることをやりましょう。

 PCが壊れた場合は、修理なり、新しいPCを購入するなり、しなければなりません。

 まず、復活の前提条件としてバックアップは面倒でも取っておきましょう。
 
 私は旧リプレイの宿データごとPCのハードディスクが逝っちゃった経験があり、あの時のショックには、いまだへ込みます。
 あの時の反省を生かし、壊れにくい第二ハードディスクに入れ、バックアップとHD復旧ソフトを揃えてあります。
 
 携帯メモリやDVDなどは、ブログデータを保存するには十分過ぎる大きさです。

 外付ハードディスクだって、2万以下で1Tに手が届く時代。
 バックアップ用の記憶媒体には事欠かないでしょう。

 あと、ネットを復旧するためのパスワードや、ブログのIDとパスワードはテキストにして近くに保存するなり、しておきましょう。
 ID忘れ、パスワード忘れでブログ活動を止める方、結構いるようです。
 
 IDやパスワードは、メールで簡単に確認できる場合が多いです。
 書き取りしてない方は、セキュリティに注意しつつ、調べてどこかにメモしておきましょう。

 メールやインターネットのプロバイダID、パスワードも、オフラインでどこかに記録しておくとよいでしょう。
 セキュリティを気にし過ぎて、復旧できなくなると、元も子もありません。

 環境が八方塞になったら、復活の準備をしつつ、雌伏する、でいいのです。
 環境が回復したら、「戻って来たよ~」と気軽に始めて下さいね。

 離れていても、消去されない限り、読みに来て下さる方はいます。


◇しばらくブログを書かずに放っておいた場合
 変な先入観は無用です。

 「きっと楽しみにしていた読者は怒ってる」とか。
 「もうこれだけほっとけば、誰も読みに来ないよ」とか。

 読む人は読みに来ますし、新しい読者さんも訪れます。
 それに新たな気持ちで再開しても、過去の記事はそのまま下積みにして活動再開できるのです。

 私、相互リンクしたブログには、年に一度は必ず行きますよ。
 読む人は読みます。
 
 ブログを書くことは義務ではないので、いつ戻って来ても良いのです。
 気軽に「復活しました~」ではじめ、「ちょっと休載するね~」でOKです。

 数年後にひょっこり復活しても、誰かに文句を言われる筋合いはありません。
 そのぐらいの図太さで再開すると、多くのファンが復活を喜んでくれるでしょう。

 カードワースの界隈は、こういった数年後復活パターンが結構あります。
 その復活は祝福されることがほとんどですので、気軽に戻ってみて下さい。

 その際、テンプレートを変えてみたりして、気分一新してみるのもよいですよ。
 
 気兼ねせず、思い出したら是非再開しましょうね。 
 
 
◇原因は分からないが集中出来ない場合
 何故かモチベーションが一向に回復できない場合、ありますよね?
 
 多くの場合、体調や栄養不足などで起こります。
 あるいは姿勢など。

 人は靴に小石が入っても集中出来なくなります。
 片頭痛や、胸焼けが無いか確認して、それらを改善してみましょう。

 カルシウムや鉄分とか。
 案外人間は栄養不足で、集中力が途切れます。

 寝不足の場合、ゆっくり寝ましょうね。
 寝れなくなってる時は、集中力も維持出来なくなりがちです。

 あるいは眼鏡が歪んでるとか、使ってるキーボードがおかしいとか。

 環境を改善してみることが大切です。

 理由が分からない、ということは、気付けないほど原因が小さい場合も多いのです。
 そういった原因を見つけ出す感性は、それを鍛えることによって、物書きとしてのインスピレーションを与えてくれるセンサーにも変わります。

 センサーが鈍れば、書き難くくて当然。
 原因が分からなくて、悪循環にはまることにもなりかねません。

 上司や悪友の一言に傷ついていたり、小さな怪我や病気といった、「取るに足らないもの」こそ最大の理由になっているケースが多いです。

 原因が分からない時は、出来る範囲でリフレッシュしましょう。
 当たり前のことですが、だからこそ見逃しがちなです。


◇ものを「観る」能力を養おう!
 物書きもそうですが、何かを見てものを作る者にとって、「観察力」は何より大切です。
 時には感情的に、時には客観的に、物事を観る能力があると、爆発的に様々な理解が得られ、筆が進みます。

 大切なことは、「見る≠観る」ということです。
 ものごとをただの景色や結果としてしか見れなくなると、表現する能力は一緒に落ち込んでしまいます。
 
 連想力や、創造力。
 それは、「観る」能力がきちんとあって、初めて発揮します。

 文章が、事実の羅列になってしまう人は特にそうです。
 表現するということは、表現に必要な材料を見つけているから出来るのです。

 コツは、「一つ見て十を連想する」こと。
 
 一つの置物だって、八方から見た姿があり、物事にも沢山の顔や意味があります。
 それに気付く感性は、才能ではなく、注目することで誰にも得られます。

 例えダイヤの原石が転がってても、それを見つけようとするのでない限り、ただの景色でしかありません。
 「自分には才能が無いから無理」とか「分からないと決めつける」ことは、視野を狭くするだけなのです。

 むしろ、「才能が無い者なりの感性」を、発揮してみて下さい。
 自分が優秀でないと知る者は、「驕らずに伸びる」可能性があるのです。

 持たない者には、「持つ余地」があるのです。
 発想の転換こそが、新しい技術や物語を作り出します。

 くよくよ考えるより、頭の中で、新たな気持ちを持って観てみましょう。
 貴方の頭の中で、PCやNPCたちは、どんな行動をしていますか?

 まっさらな状態へと立ち戻り、観直してみれば、案外スランプの原因は大したことではないかもしれませんよ。



※ちょっと補足しておいた方がいいと思ったことが出来ましたので。

 悪人リサイクル云々(◇心無いバッシングを受けて傷ついた場合、の項目ですね)ですが、当たり前のこととして、「名前を直接上げる」とか「行為そのものをあげつらう」と、名誉毀損になることがあります。
 このあたり、普通の人間や社会生活上のモラルとマナーは守りましょうね。
 
 罵詈雑言を投げ返すと喧嘩になるので、バッシングする連中が「俺のこと書いただろう!」とか文句言って来ても知らん顔しましょうね。
 事実、それってフィクションであるリプレイの物語の中でのことですから、完全な被害妄想ですし。
 
 この内容に関しては、「このぐらい図太く考えないと神経疲れるよ」ということです。
 基本的には、のらりくらりが一番。

 それから、ネタにするといっても、当たり前のことなんですが、相手を侮辱する行為は不毛ですので止めておいた方が良いでしょう。
 ムキになると疲れるだけです。

 モデルにするにしても、「そういう嫌いなキャラクター」がいて「主人公たちや登場人物が対峙する」なら、本人をあげつらってるわけではありませんから、問題無いです。

 それと、私の言うバッシングとは「侮辱」を含めた「悪質な」ものに対してですので、「ただの酷評」なら、それなりに受け取って反映させればいいでしょう。

 ネタにしてしまえ、とは申しましたが、「やり返せ」ではなく「反面教師的にネタにして好い作品書こう」ということです。
 勘違いなさらないようにお願い致します。
 
 もし、勘違いして泥沼の侮辱合戦になっても、私は責任負いかねます。
 このあたりは、悪意的にとらないで下さい。

 心象を害したかもしれませんが、これは私なりに考えて実際にやってるやり方です。
 そのしっぺ返しも受けてますし、その上で承知してやってることなので、やる以上自己責任でやりましょう。

 この講座は、あくまでも私的講座です。
 無理に従う必要はまったく御座いませんので、良心に従って、「悪辣だ」と思った時はスル―して下さいね。

 それと、リプレイ書きにとって大切なことを一つ。

 物事は、曲解すると収拾がつかなくなります。
 バッシングも、曲解から敵意に変わることがしばしばあります。

 「これもバッシング~」と疑い出すときりがありません。
 厳しい意見が、時として悪意的に感じる内容も多いからです。

 フィクションのモデルにするぐらいならかまいませんが、(いないでしょうけど)現実とごっちゃにして憤るのは、ブラックジョークかモチベーションアップのため、程度にしておきましょうね。
 ドツボにはまると返ってスランプになりかねません。

 相手の悪意を善意として受け取れるぐらいの図太さ(単純さ)も、持っておくと楽かもしれませんよ。
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『甘い香り』

 闘技都市ヴァンドールから、シグルトはリューンに戻って来た。
 拠点である『小さき希望亭』に立ち寄るためである。

 北西に位置するヴァンドールから、リューンはそれほど離れていない。
 仲間もいないので、シグルトの移動速度なら半分の時間で踏破出来る。

 剣術を修める過程で、シグルトは徹底的に足腰を鍛えた。
 その技術を応用し、身に宿したトリアムールの力で身体を支え、飛ぶ様に移動する。

 …それは、常人が見ればおそらく仰天する速度である。

 おかげで、たった2日で『小さき希望亭』に到着することが出来た。


 『小さき希望亭』では、問題が無いか確認するだけのはずだった。
 
 だが、人気が出始めた“風を纏う者”の、しかも中心人物が舞い戻ったとなれば、何か起きるのは当然と言えた。
 思わぬ依頼を受ける羽目になったのである。
  
 それは、「ある貴族の身辺護衛」をしてほしいというものだった。

 シグルトを件の貴族に紹介した人物…ヴェルヌー伯は、聖遺物の所有権をめぐった騒動をきっかけに、何かとシグルトに良くしてくれる。
 “風を纏う者”が推進している孤児救済機構にも、少なからず名を貸し援助をしてくれていた。

 恩人の頼みともなれば、義理堅いシグルトは無下にも出来なかった。
 短期間であることを条件に、引き受けることにしたのだ。

 期間は、依頼人がリューンに滞在する2日間である。


 1日目、護衛の仕事は順調にこなした。

 シグルトが関わった護衛任務は、成功率が極めて高い。
 これは、彼が単に強いためではなかった。

 護衛対象をいかに守るか。
 そのための戦術を立てさせた時、シグルトの戦術眼は最も開くのである。

 シグルトは優秀な戦士であったが、自分が決して最強ではないことをよく分かっている。
 だから、徹底的に対策を考え、神経質なほどの作戦を練るのである。

 普段は服装や髪形にも無頓着で、ある一面では自他ともに鈍いと認める性格である。
 しかし、シグルトは人の命を守ることに対しては、どんな仕事よりも熱心だった。
 
 “守戦の名匠”。

 シグルトは後にも沢山の異名を持つことになるが、この名もそういった行動から付けられたものだった。

 今回の依頼でも、依頼人の市街の視察中に随伴し、完璧と言ってよい仕事をしたのである。
 貴族嫌いの悪漢に絡まれるというハプニングもあったが、シグルトの名を聞いたその男は、途端に態度を改めた。

「あんたのことは聞いてるぜ。

 “風を纏う者”のシグルトが護衛するなら、その貴族には守る価値があるんだろう」

 そう言って、絡んだ男は態度を軟化させて去って行った。
 シグルトたちが信頼第一を信条に行って来た行為は、このような形で確実に実を結びつつある。

 実力ある成功者たちは少なからずいる。
 だが、リューンの若手冒険者で、“風を纏う者”ほど好ましい名声を得たパーティは少ないだろう。
 
 しかし、シグルトは過大な評価を受ければ受けるほど顔をしかめた。

「分不相応の評価は、同業者の嫉妬を呼ぶ。

 俺たちの仕事に、差しさわりがなければいいがな」

 どんなに褒め千切られても、シグルトは慢心しなかった。
 彼の心には、過去に味わった苦渋と後悔が重くのしかかっていたからだ。

 結果として、シグルトは大きな失敗をしていない。
 
 護衛対象の貴族…シャノワーヌ子爵は、そんなシグルトを大いに気にって、晩餐に招待してくれた。 
 子爵はシグルトの武勇譚を聞きたがったが、自分は口下手だからと、なんとか話をそらし、気が付いてみればかなり遅い時間になっていた。

 泊まっていけと言う子爵の誘いを、けじめだからと断り、シグルトは夜道を急いで帰ることにしたのである。
 そして、早く宿に帰るために、普段は通らない歓楽街…酔夢街を横切ることにした。
 
 交易路の発展でつとに大きくなったリューンは、人口が密集する都市の一面として、多くの歓楽街や貧民街を抱えている。
 さらに、都市の外にそれらが出来、他の都市と関わりながら、混沌とした発展を遂げていた。

 荒んだ場所が増えれば、荒んだ職業も増えて行く。
 歓楽街には、艶やかな格好した娼婦たちが沢山見受けられた。

 シグルトは、こういった商売女を買ったことが無い。
 それは娼婦たちに魅力が無いわけでも、彼が女嫌いだというわけでもない。
 
 身を掛けて生きる女たちを、軽い気持ちで買うのは、彼女たちを冒涜する気がしたからだ。

 シグルトは、娼婦という職業を尊敬さえしていた。

 伝承に詳しいシグルトは、娼婦が世界で最初の職業として成立したことを知っている。
 娼婦の始まりは聖娼と呼ばれた聖職であり、その性愛を受けられるということは、大地の女神を象徴する女性から受ける祝福だったのである。

 教会勢力の台頭によって、父性中心の倫理観が広がると、娼婦はいかがわしい仕事として卑下されるようになった。
 また、男の嫉妬心や独占欲によって起こる血生臭い争いも、彼女たちを貶める原因になっていたのである。
 
 一部の例外はあるだろうが、なりたくて娼婦になる女は少ない。

 仕方なく春をひさぐ者には、苦境を精一杯生きることに敬意を。
 性愛に奔放で、娼婦を天職と言う者には、大地母神に対するような尊崇を。

 一般的に見て、シグルトは少し変わった価値観と倫理観を持っていた。

 シグルトは、誰か一人を愛することと、操を守ろうとする気持ちは尊いとも思う。
 操という尊い宝を捧げる行為には、確かに愛を捧げることに通じると。
 
 しかし、彼の言う操とは〈精神の操〉…セカンドヴァージンのことなのだ。
 誰かを心から愛そうとする時、想い人だけに捧げる心の操があるのだと。

 とまれ、そういう風に娼婦を考えるシグルトには、娼婦に対する蔑視が全く無い。
 生きるために客を良く見る娼婦たちには、それが分かる。

 それ故か、多くの街娼がシグルトに声をかけてくるが、取り合う彼ではなかった。
 彼は過去に自分の愛を捧げた女性がいる…それが理由だった。

 流石に夜の賑わった歓楽街で、その高速移動を披露するわけにもいかず、シグルトはただの速足で、帰りを急ぐ。

 そして、人混みを避けるため裏道に入った時である。
 
「ねぇ、お兄さん…」

 声をかけられるのが流石に煩わしく感じていたシグルトは、掛けられた声の方にやや剣呑な様子で振り向いた。

 尊敬する職業にも、しつこくされれば疲れもするのだ。
 どんなに優れていても、彼も人間なのである。

 裏道まで追って来た娼婦なら帰って貰わねば、と振り向いて、その声の主を見た時、シグルトは思わず目を見張った。

 見目麗しい女である。
 その美貌は、人間離れしていた。
 
 だが、シグルトが目を見張ったのは、その傾城の容姿に見とれたからではなかった。
 その娘は、かつてシグルトが巻き込んで死なせてしまった親友の妹、エリスに背丈や面影が似ていたのである。

 エリスはブロンドで、その少女は茶髪…顔だってこの少女の方が垢抜けて美しい。
 なのに、目の大きさやはにかみ方がそっくりなのだ。
 その透通るような白い肌も、故郷の人々を思い出させた。

 しばし黙っていたシグルトを見上げた女は、彼女自身もシグルトの美しさに見惚れているようだった。
 
 シグルトの容貌もまた、神々しいほど美しい。
 雑な髪型とその仏頂面がなければ、まるで南海の芸能神アポロンもかくやという美丈夫なのである。

「…びっくり。
 こんな綺麗な人だったなんて。

 ね、少しだけ、私とお話しない?」

 好奇心の籠った、人懐っこい口調で女が誘う。
 
 まだ少女のあどけなさがあるのに、その仕草の一つ一つが妖艶だった。
 上目がちにこちらを眺めるその仕草だけで、普通の男なら虜になっていただろう。

「…本当に少しだけでいいの。 
 駄目かしら?
 
 貴方なら、狼さんになったりしないと思ったんだけど…」

 からかう様な彼女の言葉に、シグルトは我に返った様に無愛想な態度で睨み返した。

「妙齢の女が、会話目的だけで裏道を通る男を呼びとめるのは考えものだ。
 相手次第では勘違いされるぞ。

 話をしたいのなら、御夫人にすればいい。
 俺は女性と話す様な話題を持たない、武骨者なのでな。

 それに、帰り道だ」

 彼のあまりに素気無い返事は、予想外だったのだろう。
 女は少しだけ眼を見開いて、シグルトをもう一度じっくり見つめる。

 …何かが入って来そうな視線だった。

 シグルトは腹の底に軽く力を込め、そして目を細めて、その視線に真っ向から抵抗する。

「…そんなに睨まないで。
 少し、人寂しかったから、お話したかったの。
 
 ここなら、静かだし、誰も通らないわ。
 ね?
 お話、しましょ」

 シグルトは、軽く息を吐くと、口をへの字に歪め首を横に振った。
 今の女の言葉には前後に脈絡が無い…話す事と人気が無いことの脈絡が。

 それがさらに警戒心を起こさせた。

「話をするだけなら、こんな夜半に歓楽街の裏道で男を誘うなど、正気の沙汰ではないぞ。
 
 仕事柄こういった場所に知り合いがいるが、街娼ですら、普通は一人で立つなどありえん」

 本来外相という職業には、盗賊ギルドのような背後組織がある。
 そして、どこかに〈梟〉…見張りが立って、娼婦が強姦されたり変な客に捉らない様に見張っているものだ。

「それに、君の言っていること、やっていうことは矛盾している。
 
 何故人寂しく、話をしたいなら表通りに出ない?
 こんな裏道に通る者など、俺みたいに近道をする部外者か、後ろ暗い奴ぐらいだ。
 
 好奇心で初めてこの町に入ったのなら、女衒(せげん…色街の女を売り買いする仕事)に見つからないうちに、すぐに出た方がいい。

 …もしここに迷い込んだというなら、家の近くまで送ろうか?
 君の家に立ち寄らないことを、条件にさせてもらうがな」

 有無を言わせぬシグルトの言葉に、女は円らな目を最大まで見開いた。
 だが、「送ろう」というシグルトの不器用な優しさを感じたためだろうか…
 
 結局、一緒に歓楽街を出ることになった。

 
 並んで歩く美女の表情は、嬉しそうである。

 シグルトに好意を持つ女性なら、この様に並べれば、有頂天になっただろう。
 だが、女のそれは美貌の男と歩くそれではなく、単に誰かが隣にいることへの悦びの様だった。

「私はアンジュ。

 貴方の名前、教えてくれる?」

 好奇心いっぱいの目で見つめる女に、シグルトは仕方ないという様に名乗った。

「…シグルトだ。

 アンジュ、天使か。
 名付けた人は、きっと、とても君を愛していたのだろうな」

 ふ、と微笑んだシグルトに、アンジュと名乗った女は、少し寂しげな笑みを浮かべて頷いた。

「うん、気に入ってるの。

 貴方も素敵な名前ね。
 確か、不死身の竜殺しの名前よね?

 ちょっと発音が違うけど」

 シグルトは「分不相応だがな」と苦笑した。

「そうかな?
 武器を持ってないけど、貴方って戦士みたいに力強い目をしてる。

 とても似合ってるわ」

 クスリ、とアンジュが笑う。
 はにかんで目を細める仕草は、花が咲きそうなほど愛らしい。

(本当にエリスに似ているな。

 顔など、まるで似ていないのに)

 故郷の生活を思い出し、シグルトも少し目を細めた。

「仕事は何をしてるの?

 傭兵さん、なら武器持ってるわよね?」

 好奇心が強い娘なのだろう。
 色々と聞こうとして来る。

 知り合いに雰囲気が似ていたからだろうか、シグルトは渋々、彼女のおしゃべりに付き合うことにした。

「―…冒険者だ。

 今は別行動中だが、仲間もいる」

 仲間、と言う言葉に、アンジュは羨ましそうな顔をする。
 こんなところで話し相手を求めて来たのだ…孤独な生活をしているのかもしれない。

「冒険者かぁ。

 うん、分かる。
 貴方って、旅人の目をしているもの。

 大変な仕事って聞いたけど、順調なの?」

 話を途切れさせない様に、アンジュは問いを続ける。

「…好い仲間に出逢えて、それなりに成功しているよ。

 少なくとも、食うのには困らないでいられる。
 それなりに幸せだ」

 そう言ってシグルトは、現状に満足している自分にまた苦笑した。

 故郷で恋人と別れ、心の傷はまだ癒えていない。
 なのに、仲間たちの存在は頼もしく、仕事には充実感がある。
 
 そして、それが心地良いと感じていた。

「羨ましいな。

 私なんて…」

 言いかけて止めるアンジュ。

「…私なんて、何だ?」

 シグルトが先を促すと、アンジュは誤魔化す様に頭を振った。

「秘密。

 その方がミステリアスでしょ」

 そう彼女が口にした時、歓楽街の出口が見えた。

 残念そうにアンジュは、シグルトから一歩離れる。

「有難う、送ってくれて。

 ね、最後に握手、しよ?」

 アンジュが手を差し出す。
 シグルトは、ふう、と溜息を吐いた。

「若い婦女子が、始めて歓楽街であった男に、握手など求めるな。

 そんなことでふしだらとまでは言わんが、少し無遠慮だぞ」

 シグルトの硬い返答は、彼が年頃の妹を持っていたことに起因する。

「…もう、さっきからお爺ちゃんみたいに説教臭いわ。

 私と大して年、変わらないわよね?」

 最後が疑問形なのは、シグルトの年が分からなくなったからだろう。
 過去の悲壮と諦観を秘めたシグルトの青黒い瞳は、その年齢をもっと年寄りにも見せるのだ。

 シグルトがふと考えた時、近くの娼館から低い手振り鐘の音が響いた。
 日の終わりを告げる合図であり、歓楽街の本当の始まりを告げる音でもある。

「たった今、日が変わった様だな。
 西方の数え方なら、丁度19になる。

 今聞かれて、気が付いたよ」

 シグルトの誕生日は、つまりたった今からである。

「っえ?、え~!!

 じゅ、19?
 背、すごく高いし全然っ見えない…25歳ぐらいだと思ってた」

 驚くアンジュに、シグルトは少し仕返しを思いつく。
 そう、かつて妹や友人にした時の様に。

「俺が目測25歳ということは、大して変わらないという君もそのぐらいということだな。

 もっと若いかと思っていたんだが…」

 シグルトにからかわれたアンジュは、真っ赤になった。

「ひ、ひど~い!
 
 私、そこまで年増じゃないよぉっ!!」

 この時代、女性で20歳過ぎは行き遅れ、25歳は年増と呼ばれてもおかしくなかった。
 戦争や疫病の関係で、平均寿命が50歳を下回ることも数多いのだ。

 女の役目は早く子を産み、次世代を残すこと。
 古臭いこの御題目が、田舎の農村ではあたり前のように根付いている。
 
 そして、難産や出産後の産褥熱で死ぬ女たちも多かった。

 女性の冒険者には20歳過ぎも結構いるが、結婚適齢期過ぎなのを劣等感にしている場合が多い。
 〈年増〉や〈行き遅れ〉は禁句である。
 
 “風を纏う者”のレベッカも、いつぞや、ある行商が口を滑らせた時に、「尻の毛まで毟る」程激昂したという。

 この場にレベッカがいなくて良かったな、と思いつつシグルトは「冗談だと言ってアンジュに謝った。

「うう、罰として、絶対明日も会って!

 そうしないと許さないからっ!!」

 そうくるか、とシグルトは苦笑する。
 拗ねた様にアンジュは口を尖らすと、シグルトの手をそっと握った。

(…ぬ?)

 一瞬、何かが身体から抜き取られる様な気がした。

「約束…だからね?」

 そう言って離れたアンジュは、夜の街に消えて行った。
 ――花の様な、甘い香りを残して。


 次の日、シグルトは気だるい朝を迎えていた。 
 早起きの彼が、寝過ごすほどである。

「…もう〈お早う〉ではないな。

 起きるのが遅くなって、すまない」

 顔を合わすなり、シグルトは宿の親父…ギュスターヴに謝った。
 親父は気にするな、と首を横に振った。

 他の冒険者からすればずっと早い時間である。
 
 シグルトは、5時間以上寝ることがほとんど無い。 
 普段は一番鶏の鳴き声で起床し、一刻(二時間)程で日課の鍛錬を終える。
 
 鍛錬後はクールダウンをしっかり行い、宿の誰よりも早く朝食の席に着く。
 その規則正しさは、仲間内では有名なことだ。

「何、まだ十分早い。

 昨日は帰りも遅かったんだろ?
 無理もないさ」

 親父は、もう少し寝てても好いんだぞ、と付け加える。 
 …不真面目な他のメンバーには、こんなこと絶対に言わないのだが。

 そして、朝食を手際よく用意する。
 シグルトは、親父の作る暖かな手料理が好きだった。

「ふむ、思えば久し振りに親父の手料理を食えるな。

 小洒落た高級料理を上品に食べるよりも、親父の作った朝飯に齧り付く方がずっといい」

 手渡された、鍋で炒めた塩漬け肉とチーズとハーブを挟んだパンは、まだほのかに暖かい。
 きっと冷めないように、オーブンの余熱で温めていたのだろう。

 こういう親父の気遣いが嬉しい。

 リューンが属する西方中部名産の、硬いパン。
 パンに使う小麦の、グルテンの含有が少ないためだ。

 しかし、外国の焼き方を参考にした親父特製のパンは、かすかな甘みもあって美味である。

 出された飲み物は、朝から酒を飲むことが嫌いなシグルトのスタイルに合わせて、山羊のミルクだ。
 
 骨を強くするこの飲み物は、滋養強壮にも優れ、シグルトのスタミナ源となっている。
 普通は臭みが強いのでヨーグルトやチーズにして食べるのだが、シグルトは平気だった。
 彼の故郷では、病人意外めったに飲めない御馳走だったのだ。

 パンを齧り、山羊のミルクを飲む姿は決して品が良いとは言えないのだが、美貌のシグルトがやると妙に様になるから、不思議なものである。

「お前、少し顔色が悪いぞ。

 疲れてるなら、無理するな。
 丁度マルスたちがいるから、仕事の代理は立てられるしな」

 親父が皿を拭きながら、心配そうに声をかけてくる。

「朝稽古を休んだ上、仕事まで他人任せなら看板を下ろすさ。

 俺たち冒険者は、信用第一だ。
 シャノワーヌ子爵には、今日も是非にと言われている。

 あと一日頑張れば達成する仕事だ、これぐらいは大丈夫だよ」

 生真面目なシグルトの体調管理は、宿でもピカ一だ。。
 ならばと、親父もそれ以上は言わなかった。


 その日の仕事は、体調不良もあってかなり厳しいものになった。
 我慢強いシグルトのこと、そんな様子はおくびにも出さなかったが。

 顔色の悪さを補うため、シグルトは血色を良くする薬草と、結晶化した蜂蜜を湯で溶いて作った薬湯を飲んで、仕事に出かけた。
 結晶した蜂蜜は、多くがブドウ糖であり、てっとり早い疲労回復にはもってこいだ。
 ロマンが好んで疲労回復に使う方法である。

 この様に、高価な蜂蜜や黒糖を湯で溶く甘い薬湯は、金がかかるので普段はあまり出来ない。
 だが、シグルトは肝心な時に動けないなら意味が無いと、妥協しなかった。

 甘いもので疲労を回復する方法は、多用すれば身体が慣れて効果が出ないまま、しかも高過ぎるカロリーのせいで身体に毒となる場合もある。
 しかし、正しく希に使う場合は、絶大な効果が現れる。

 こういった薬湯を飲む時、シグルトは湯気を吸ってから飲むようにしていた。
 身体が疲弊すると、鼻や口、気道の粘膜も荒れる場合があるからだ。
 
 湯気は、気管を温め潤いを与えるため、程よく行えば呼吸が楽になる。
 医師に学んだことのあるシグルトは、こういったさりげない健康法を上手に使い、身体の故障を癒し、闘える身体を維持していた。
 
 普段から摂生に努めているシグルトだからこそ、回復の効果は顕著に表れた。
 湯気の熱気も手伝って、すっかり血色を回復したシグルトは、何事も無く一日の仕事を終えたのである。

 目聡い貴族を相手にする時、顔色が悪いなど不手際でしかない。
 この辺りのプロ意識も、周囲が優れた冒険者としてシグルトを認めている要因と言えた。
 
 そして仕事を終えたシグルトは、昨晩から気になっていたことを確認するため、酔夢街の入り口…アンジュと別れた場所を目指して歩き出した。

 
 辺りはすっかり暗い。
 
 シグルトは近くの壁に寄り掛かると、目を閉じてアンジュが現れるのを待った。

 やがて、待ち人は現れる。
 アンジュはシグルトを見つけると、ぱっと笑顔になって息を切らして走って来た。

「うふふ、待たせちゃった?

 今夜も、良い夜よね」

 嬉しそうなアンジュに、シグルトはしばし空を見上げた後、軽く頷いた。

「…今日もお仕事帰り?」

 アンジュの言葉に、シグルトは目を瞬いた。

「何故、俺が仕事帰りだとわかった?」

 聞き返されたアンジュは、鼻白んで目を寄せる。

「何故って…

 少し疲れた顔してたでしょ。
 それに、どこかいらいらしてたみたいだし。

 今日もちょっと疲れ気味?」

 アンジュの説明に、シグルトは静かに耳を傾けていた。

 薬湯で回復したはずの体調不良を見抜いたことに、シグルトは内心あることを確信する。
 彼女は、目に見えない精気を感じ取れる、ということを。

「君は洞察力が優れているな」

 シグルトの評価に、アンジュは「人間観察が趣味だし、勘も鋭いのよ」と胸を張った。

 しばらくは何気ない会話を続ける。

「そう言えば、貴方って今日が誕生日よね。

 一人で寂しくない?」

 不意に聞き返したアンジュに、シグルトは苦笑して首を横に振った。

「俺の国は回年という年齢の数え方が主流だった。
 さらに北から入って来た暦の影響だ。

 貧しい国でな…一人ひとりの誕生日を祝うなんてことはしない。
 
 皆、正月になったら一律に年を取るって、考え方だ。
 祝うのも同じ日で、正月はすごく楽しみだったよ。

 東洋にも、〈数え年〉という考え方があるな。
 あれは1歳から数えるらしいが。

 妹が西方の暦で言う誕生日に憧れていて、自分以外の誕生日には、知り合いに贈り物をする癖が付いてしまった。

 考えてみれば、珍妙だ。
 しばらく自分の年は、忘れていたよ。

 まあ、俺の仕事に年齢なんて、関係無かったからかもしれんが」

 思い出すようなシグルトの言葉には、言い様の無い寂しさがあった。
 

「ねぇ、また明日も会える?」

 しばらく一緒に話していたアンジュは、シグルトに問うた。

「…いや、それは出来ない。

 仕事がなければ、俺は明日にでもリューンを発つ。
 仲間がいるからな」

 それは決別の言葉だった。
 アンジュは信じられないという風に、シグルトを見た。

「君が何者かは知らない。
 知るつもりも無い…君が話さない限り。

 今夜は約束だった。
 だから会った。

 だが、俺には俺の行く道がある。

 君が何故俺に関わって来たのかは分からないが、俺も君が知り合いに似ているから甘んじた。
 一晩考えれば、それがいかに弱い考えだったか思い知ったよ。

 君に彼女を見ることは、君にも彼女にも失礼だった。

 だから、心から詫びよう…すまない」

 シグルトは頭を下げた。
 その静かな誠意が、返ってアンジュの胸を締め付ける。

(だめ、行ってしまう…この人は!)

 そして、シグルトは苦笑して別れを告げた。

「さよならだ。

 幾、健やかに」

 シグルトは答えを待たず、背を向けた。
 
 それは、たとえ恨まれてもいい…
 互いの惰性でこれ以上は傷つくのは止めようという、シグルトらしい不器用な誠意だった。

 アンジュは堪らず、その背に抱きついた。
 自分と同じ、とてつもない何かを背負った、その背中に。

「…くっ…」

 それは彼の予想通り、起こる。
 根こそぎ体力を奪われる様な脱力感に、シグルトは耐えた。

「…あ、あぁ…」

 アンジュが呻くように 呟く。
 彼女の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
 
 前に別れた時の、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 シグルトはそのまま、崩れる様に意識を失っていた。


 忘れられない情景があった。

 綺麗なハニ―ブロンドが自慢で、少し男勝りだが、そばかすの可愛らしい円らな瞳の娘だった。
 照れたり困った時、その髪の毛を掴む癖があった。

 ある日少女は、精一杯の化粧をして、シグルトに愛を告白した。
 もう一人の兄の様に側にいた、シグルトを女として愛していると。

 その時シグルトには、すでに心から愛する女性がいた。

 少女を、シグルトも愛していたと思う。
 恋人や女性では無く、妹の様な幼馴染みというありふれた親しみで。

 不器用だが誠実な性格のシグルトは、その場の流れでうやむやになることを善しとしなかった。
 そして、アンジュに別れを告げたのと同じように、恨まれることを覚悟して、きっぱりと自分の心を告げた。

 最後に別れた時、少女の顔は、言い様の無い悲しみで歪んでいた…
 彼女の顔に、アンジュの泣き顔が重なる。

 それは誤りではなかったのだと、自分の信念は告げていた。
 なのに、結果は誰も救われなかった。

 愛を告白し振られた少女は、シグルトへの想いを利用されて汚され、そして自ら命を絶った。


「――…ぬ?」

 目覚めた時、シグルトは狭い部屋の寝台に横たわっていた。
 
 壁画の描かれたその部屋には、迫られる様な圧迫感がある。

 四角い机と赤い古びた大椅子が一つずつ。
 壁画以外、目立つ者も無い殺風景な場所だった。

 どこかの廃教会の一角、だろう。
 部屋の装飾の剥れ方から、何となく予想が付いた。
 起きてすぐに周囲を観察するのは、冒険者の性であった。

 覚えのある、花の様な甘い匂いを嗅ぎ取り、そこが誰の部屋かも見当をつける。
 そして、主を探して周囲をもう一度見まわした。

 やがて足音と気配、女のものだ。
 奥にあった扉が開き、予想通りにアンジュが部屋に入って来た。

「…気が付いたのね、シグルト」

 心配そうに、アンジュはシグルトを見つめた。

 シグルトの観察力は、即座に必要な情報を導き出す。
 そして、一つだけ頷いてみせた。

「倒れた俺を、君が自分の部屋へ運んでくれた。

 そして介抱してくれたのだな?」

 そう、と彼女は頷いた。

「私、貴方に謝らなければならないことがあるの」

 絞り出すような告白に、シグルトは一瞬迷いそしてまた頷いた。

「礼を、言うべきではないのだろうな。
 そうしたら、もっと君を傷つけるだろう。

 君は、サキュバスかリリムの類か?
 精気を吸うという、化生なのだな。

 心をあやふやにする甘い香りと、目が覚めるような美貌。
 そして、男なら吸い寄せられる妖艶な雰囲気。

 人の体力を奪い取り、食事とする。

 その、俺の知る限りでは、〈こと〉に及んでそういった力を使うと、聞いていたんだがな」

 言い難そうに語るシグルト。

 その全てに、アンジュは何度も頷いて肯定した。
 
 シグルトは、伝承に関する優れた知識がある。
 淫魔や夢魔とも呼ばれる、サキュバスとインキュバスの伝説も良く知っていた。

 女のサキュバスは男から精を奪って殺し、インキュバスと交わって精を渡し、インキュバスが人間の女にその魔精を植え付ける。
 生まれた子供は、魔の者であった。

 有名な騎士王の知恵袋である伝説の魔法使いは、こうした淫魔の子であると言われた。

「私は、触れるだけで食事が出来るみたいなの。

 本来のサキュバスは、人間を食料か繁殖の道具にしか考えない。
 寝込みを襲う、魔物よ。

 でも、男女の交わりで食事をしない私は、普通のサキュバスじゃない。
 異端児なのよ。

 だから、サキュバスの世界を追われてこの都市に来たの」

 シグルトはふむと頷いた。

「淫魔が人に植え付ける魔精を、インキュバスがサキュバスの胎に植え付けた時、男ならインキュバス、女ならサキュバスが生まれる。

 異説では、性交で破滅させた者の魂を媒介に、子が生まれるともあるな。
 だから、奪う存在でありながら、人間に依存する…そんな話を、聞いたことがある」

 シグルトの博識に、「私の説明はいらないわね」とアンジュは苦笑した。

「…たまにいるらしいわ。
 とても人間に近い、私の様なサキュバスが。

 だからかな?
 人間を殺せなかった。
 精を奪えなかったの。

 そんなのだから、人間の食事で我慢してたけど…
 
 それはあくまでも応急処置で、たくさん食べないともたないから、すぐに資金が尽きちゃった。
 私は、魔物だから、お金の貯め方なんて分からないもの。

 何も食べないと、苦しくて、だから使いたくなかったけど、貴方から精気を貰ったの。
 貴方って、厳しい雰囲気を持ってるのに、とても優しい人だと分かったから。

 でも、悔やんだわ。
 貴方から力を奪って…貴方の顔色が青ざめて行くのが怖かった。

 だって、貴方はこんなにも私を真っ直ぐ見つめてくれるもの。
 それに、心配してくれた…下心を持たずに。
 
 なんとなく、貴方が、私の正体に気付いているんじゃないかって感じてたわ。

 私たち淫魔は、その気になって見つめれば相手を欲情させられる。
 力の弱った私の視線にも、その魔力があったはずなのに…
 貴方は耐えて、なのに逃げなかった。

 分かっているのに、女の子を心配するみたいに、接してくれたわ。

 私を普通の女の子の様に見てくれた、初めての人間。
 そんな貴方を、私は殺してしまいそうだった。

 凄く、嫌だったの…」

 俯いたアンジュは、死人の様な顔で床を眺めていた。
 真っ直ぐシグルトを見れないのであろう。

「でも、貴方にきっぱり別れを告げられた時、頭が真っ白になったの。

 貴方は多分、私と同じように孤独がある人。
 私を分かってくれる人だと思ったわ。

 やっと見つけた、心の許せる人が行ってしまう…
 だから行かせたくなくて縋りついたの。

 でも、その時思わず貴方を望んでしまったから、その生気を奪ってしまった。
 屈強そうな貴方が、すぐに倒れるほど。

 そんな自分が、許せなくて、悲しかった…」

 そしてアンジュは、悟った様にシグルトを見つめた。

「もう、こんな奪って生きて行くのは嫌。

 私を理解してくれる人間なんていない…私は簒奪者だから。
 私を理解してくれる同族はいない…私は出来損ないだから。

 貴方以外、私を真っ直ぐに見てくれた人はいなかった。

 私は中途半端。
 殺して奪う淫魔であることも、耐えて人であることも出来ない」

 何時の間にか泣きながら、アンジュは自身の心を吐き出した。

「誰も認めない。
 認めてくれない。

 今まで、ずっとそうだった。
 でも、私は貴方と出会ってしまった。
 
 別れるなんて、出来なかった。
 寂しくて、心細くて、気が狂いそうで。
 
 だから、お願い…
 私が孤独で壊れてしまう前に、貴方の手で、私を殺して…」

 悲痛な声でアンジュはシグルトに乞うた。
 今まで心にため込んだものが、シグルトというきっかけで決壊したのだろう。

「それはしない。

 それが可能でも、だ」

 シグルトは即座に拒絶した。

「どうして?

 私は貴方から、力を奪ったのよ?!」

 アンジュはなおも食い下がった。

 シグルトは、天井を一度見上げ、そして出逢った時の様にアンジュを睨み据えた。

「…都合のいいことを抜かすな。

 君が人を殺せないように、俺もまた殺せないものがある。
 
 少しでも親しく話した者を殺すのは、つらいことだ。
 それを俺に求める君は、とても身勝手だぞ。
 
 自分の弱さを他人に処理させる、逃げ口上だ」

 シグルトの叱責は厳しかった。

「殺してほしいなら、何故俺と知り合ってから死を望んだ?
 殺す者の、見送る者の痛苦を、君は考えないのか?

 不幸に酔って、死ぬことまで他人任せか?

 …甘えるのも大概にしろっ!!」

 それは、炎の様な苛烈な叫び。
 様々な苦しみを経て、尚も生きて来たシグルトの、魂の咆哮だった。
 
「…アンジュ、君に問おう。

 君は本当に死んでもいいのか?
 生きて、その業を克服したいとは思わないのか?

 何故生きて、足掻かない?」

 悲壮なシグルトの言葉は、茨の道を歩んで来た彼の、血が染み込んでいるかの様だ。
 
「…何故俺に、助けてくれと願わない?
 
 俺に死を望むのは、俺の無能をという傷を抉る侮辱でしかない。
 親しくなったものに、殺せと願うのは、そういうことだ」

 シグルトは諭すように言うと、手に巻いた布を解いた。
 生々しい傷痕に、アンジュの顔が引き攣る。

「――…見ろ、これが俺だ。

 この傷痕は、俺が取りこぼした過去そのものだ。

 俺は愛する人を手放した。
 友を護れなかった。
 父を失った。
 母を泣かせた。
 妹を巻き込んだ。
 
 そして、俺を愛していると言ってくれた女の子を、みすみす死なせてしまった。

 大切な人を誰も護れず、絶望の砂を噛みしめて、それでも俺は生きて来た。
 何故なら、生きることでしか償えず、生きることでしか贖えなかったからだ。

 だが俺にも、一緒に歩んでくれる仲間が出来た。
 今、俺は生きて来た事を素直に喜べる。
 
 重い後悔が、夢で俺を苛む時があっても。
 今の我が身が、どれほどの罪と嘆きの上にあるのだとしても…

 俺は生きて来たことを、今胸を張って誇ることが出来る。

 生きるということは、途方もなく痛苦に満ちている。
 だからこそ、乗り越えてある今の生は、様々な物を取りこぼしてしまった俺に残された、希望という名誉なんだ。
 俺にとって、生はそれ程尊い。

 だから、痛苦を歩む親しい者の生も、俺が守りたい名誉そのものだ。
 今日を明日を生きる親しい者は、命を賭けて救いたい存在だ。

 一度失ってしまったからこそ、俺はそれをもう零さない様に足掻くと誓った。

 俺に君を殺せと頼むことは、俺にその名誉を捨てろと言うことだ。
 その希望を踏み躙れということだ。

 そう…俺を殺すのと同義だ。
 過去に絶望した昔の自分を背負い、生き足掻くこの俺を。

 一時何かに頼ってもいい。
 君が孤独で潰れそうなら、俺が君を分かってくれる人間を探してやる。
 俺の時が許すなら、話し相手にもなろう。
 
 絶望に酔うな。
 そして甘えるな。

 不幸ばかりの生にも、幸福という先があり、それは自ら選んで到る場所だ」

 諭す様にシグルトは言う。
 その瞳は、厳しくそしてとても優しかった。
 
「だから、もしまだ心の奥底に、少しでも生きたいと願う心があるのなら…
 辛くても、生きろ。

 君が孤独なのは、今の君が諦め、新しい友を探さないからだ。
 求めないものに、与えられる結果はとても少ない。

 俺も孤独だった…かつてはな。
 だが、絶望を背負って生きた先に、肩を並べて戦える仲間と出逢った。
 
 君は、こんな暗い場所でうずくまって、どうして一緒に歩める人を見つけられると思うんだ?
 異端として殺されることが怖いからか?
 なら、死を求めるのは矛盾している。

 無いなら探せばいい。
 孤独なものに、何も持たない者には、新しく探すべき余地が沢山ある。
 
 一時得れない、あるいは失ったからと、探すのを投げ出したのなら、その結果が今の孤独を作っているんだ。
 俺も、その寂しさを乗り越えたから、はっきり言える。

 死ぬのは、求め続けた先でも遅くない。
 俺が得られた様に、君にも未来はあるんだ。

 だから、死を求めるぐらいなら、生を求めてみろ。
 君が掴み取るべき未来と、友を夢見て。
 願うんだ、捨てるぐらいなら。
 
 願って選び、歩み出す。 
 それが〈生きる〉ということだ」

 もう一度、今度はゆっくりと、シグルトはアンジュを諭す。

「俺には、救えなかった人がいる。
 彼女は、我が身に起こった不幸に耐えられず、自分で命を絶った。
 彼女の兄は、彼女の無念を晴らそうとして命を落とした。

 残された俺は、とても無力で悲しかった。
 死後の先に救いを求める者もいるが、それは残されるものにとって新しい悲しみを残すだけだ。

 だから、君には生きてほしい。
 一時でも、親しく言葉を交わしたからこそ。
 
 その道が茨と刃の痛苦に満ちているとしても… 
 これは、苦しんで来た君の話を聞いても、変わらない俺の願いだ。

 君が俺に助けてくれと求めるのなら、それは惰性にならない。
 知り合った運命と、親しく話した時にかけて、俺は俺の出来る形で君の力になろう。

 俺が君に示してやれる道は、自殺の手伝いではなく、辛くても必死に生きることへの手伝いだけなんだ」

 シグルトは、話す間、ずっと目をそらさず、真剣に語りかけた。
 アンジュは彼の瞳に、ただ説得しようとするための虚構が無く、とても真っ直ぐな想いがあることを強く感じていた。

 そして、彼の言葉を聞いて、胸の中に暖かな光が灯るのを感じていた。
 自分の生は、こんなにもこの男に望まれているのだと。
 
 自然とその頬を、涙がつたって零れ落ちる。
 それは暖かな、喜びの涙だった。


 そうしてアンジュは、生きたいと願った。

 彼女の「生きたい」という一言に、シグルトはしっかりと頷くと、迷わず彼女の手を取った。
 また命を奪うかもと真っ青になったアンジュに、シグルトは微笑んで手を見せる。

 何時の間にか、そこには夢精除け(精気を外に漏らさない)のまじないとアンジュの名前が記されていた。
 古くから伝わる、淫魔からの防衛手段である。
 
 そのまじないには、淫魔を追い払う力こそ無いが、夜に寝込みを襲われても殺されなくなるのだという。
 ただ、名前を知らなければ効果は薄まるらしい。

 アンジュに抱きつかれても倒れるだけで済んだのは、そんな仕込みのおかげだった。 

 シグルトは、貴族から得た謝礼金をアンジュに渡し、当座の資金にする。
 そして、彼女を冒険者として生きられる様に宿に迎え…またその知恵を振るった。

 たった半日で、彼女が救われる光明を見つけ出したのである。

 かつて聞いたある物語。

 東洋のある鬼女が、人の子供たちをさらって血肉を食らう子供たちに与えていた。
 それを悲しむ親を憐れみ、偉大なる者が、智慧を持って鬼女を諭した。
 最も愛する末の子を隠された鬼女は、同じように悲しい親の気持ちを理解した。
 だが、鬼女もその子供たちも、人間の血肉を喰らわなければ生きられなかった。

 その時、血肉の代用品として登場したのが〈柘榴〉である。

 〈柘榴〉には、途方もない生命力が宿っており、主に婦人病に効果があるとされて来た。
 ものは試しに、とシグルトが柘榴酒を与えたところ、アンジュの飢えは嘘の様に消えたのである。

 酒精(アルコール)には魂が宿ると考えた者がいた。
 神々が、そして人が愛して止まない酒は、根本たる力の宿るものだ。
 
 そう、血肉を意味する木の実を、魂たる酒に付け込んだ柘榴酒は、生そのものである。
 人と生きたいと願いながら、精気を奪って生きねばならない魔物が、求めて止まない希望なのだ。

 この日リューン郊外の小さな宿で、ささやかな救いの道が示された。
 人と生きることを願うサキュバスの、救いの道が。

 高価だが、人間の食事よりも代用品として優れている柘榴酒を手に入れるため、アンジュは冒険者として働くことになった。

 美貌のアンジュを見て、宿の男たちは気色ばんだ。
 彼女の魔性の美貌は、希望に満ち溢れ、とてつもなく美しい。

 彼女をパーティにと願う声もあるが、無視した。
 自分を命を賭して救うと言ってくれた、意中の男がいるからである。

 アンジュは何とかシグルトと行動したいと申し出たが、シグルトは俺の役目はとりあえず終わったからと、別件で仕事に勤しんでいる。
 何でも、ある子供から依頼を受けたそうである。
 
「あ~もう、ほんと鈍感っ」

 その日もアンジュは、シグルトに対する不満を口にした。
 
「何が、生きろ~よ。

 もう、こんな可愛い娘放っておいて仕事行っちゃうなんて、あいつ絶対○○よ、○○!
 女の子が瞳を潤ませて、〝お願い連れて行って〟って頼んだのよっ!

 ほんとに、もう…」

 不平を言うアンジュだったが、その表情は生き生きとしている。

 シグルトはきっと、自分と同じ様に子供を助けようとしているのだろう。
 なら、とても彼らしいではないか。

「…ライバル多いわ。

 宿の娘さんなんて、最初っから警戒オーラ全開だし。
 でも、負けないんだから」

 そう言ってサキュバスの少女は、普通の男ならばいちころの、妖艶な笑みを浮かべた。
 とても幸せそうに。

 生きるために必要になるもの…それは生甲斐である。
 シグルトは、サキュバスの少女にそれを示したのだ。

 生甲斐を得た者はそれを目標に出来る。
 とても充実感のある生を送れる。

 時にそれは、幸せに成り得るのである。

 アンジュがにこやかに笑うと、えも言われぬ芳香が辺りに満ちる。
 彼女から薫るその甘い香りも、どこかそんな幸せに溢れているのだった。



 シグルトの珍道中その2、如何でしたでしょうか。

 最初軽く経験値を稼げつつ、さらっといい話が出来そうなソロシナリオを探してて、偶然、最近活動を再開された楓さんのこのシナリオに行き当たりました。

 こいつは運命!
 とばかり、やってみて…
 
 シグルトがとことん、色っぽい話に不似合いだと再確認しました。

 今回のシグルトは、何というかアンジュの評価通り「説教臭いお爺ちゃん」です。
 妹がいるシグルトは、面倒見が良いのですが、本来はお説教ばかりしてた生真面目お兄ちゃん。
 しかも、元来のお人好し気質が手伝って、助けを求められたり、どうしようもない苦境に立たされた者がいたら、命をかけて助けようとするタイプ。

 孤児救済機関然り、レナータの救出然り。
 伏して泣くものがいたなら、「お前にその気があるなら一緒に戦ってやる。だから立て!」と叱りつける…

 人はそれを「お節介焼き」と言います。
 彼のそれは、投げかけるもので、押しつけることは少ないんですけど。

 超美形で完全無欠扱いされてて、実力も伴った英雄候補のシグルトが考えているのは…
 世界を救うことでも、絶大な野望を叶えたいわけでもなく、精一杯生きること。

 何というか、ぶきっちょな、そんなところが彼らしいと思います。

 シグルトも男なので、魅力的な女性に対して「素敵だ~」と思うこともあるでしょう。

 しかし、この男は過去たった一人愛した女性以外は、「恋愛まで発展出来ない程」鈍感で硬派で武骨です。
 生真面目で誠実なその性格が、妥協のある愛に納得出来ないのです。
 甘える愛も、相手が魅力的で真剣だからこそしない。

 恋愛経験があるので、恋の話にはそれなりに理解があります。
 ただ、自分が対象になった時は「鈍感」というか「無神経」というか。

 優柔不断は毒とばかりに、きっぱりさっぱり断るタイプ。
 過去にエリスという失敗談があるにもかかわらず、「それ以外思いつかないから」とやっぱり断ってしまいます。

 そうやって振った女性が山積みになってるのは、どうかとも思うのですが。

 まぁ、「誠実、鈍感、硬派、武骨」ですからね。
 これで女好きだったら、書いてる私が殺意覚えます。

 
 シグルトには苦労させられます。

 私は、シグルトが優秀だ~と書きたいのではなくて、「とてつもなく優秀な人物の意外な素朴さ」を描きたいのです。
 それが目的で、下地としてシグルトを周囲に評価させるように書いています。
 その特性を発動するタイミングが難しく、いつも頭を抱えているのですが。

 シグルトの生は、苦難に満ち辛くても、勝ち取るべきささやかな幸せへの道。
 そうして歩んできた自分の道だからこそ、シグルトは胸を張り、今の生を誇ります。

 英雄型らしい生き様を描くのは難しいですね。
 ただの美形で天才じゃなく、そんな形だけのものより、もっとカッコイイ本質を描きたいのですが…表現力不足です。ふう。


 さて、この『甘い香り』ですが、何というか本来は砂糖菓子の様な甘々なストーリーです。
 恋愛ものをプレイするにしても、硬派系が好きな私としては、アンジュのスウィーツトークにパソコンの前を転がりまわってました。
 何気に照れます、何故か。
 
 硬派なシグルトの性格でプレイするのはちょっと無理あるかな~と思ったのですが、書いてみると新境地。
 
 シグルトって、こんなに説教臭かったのね、とか。
 ちょっとインテリなからかい方するのね、とか。
 シグルトでもレベッカを「年増」扱いする危険性は分かってるのね、とか。

 とまれ、シグルトは罪なことをしつつ、とんでもない人物を連れ込んでしまったのではないかという…
 アンジュは、レベル的にも実力的にも、シグルトとパーティ組める能力を持っています。
 でも、“風を纏う者”の影の実力者であるレベッカとは仲悪くなりそうです。
 公正なシグルトの場合、宿に誘っても、パーティに誘って和を乱すような独断専行はないはず。

 でも、せっかく連れ込んだ面白いキャストなので、今後もちょくちょく登場させようと思います。
 連れ込みPCで2パーティぐらい作ってやろうと、ひそかに画策しています。

 今回もシグルトの伝承知識が発動してました。
 
 シュメール神話や、リリム(リリスの娘である女夢魔たち)伝説をどこで聞いたんだ~って突っ込まれそうですが。
 リリム除けのまじないは、出所がアフマドです。
 確か、中東圏の神話にあった話だったはず。

 リプレイ中においてアンジュを救うことになった柘榴酒ですが…

 柘榴の話は鬼子母神(ハーリティ)の話です。
 「柘榴は人肉の味」がするのだとか。
 それに酒精を加えて、精気の代用品にする、という考えは、不意に浮かんだアイデアです。
 
 柘榴は冥界の食べ物としてギリシア神話でも登場し、ペルセポネを冥界に止めるのにも使われた特別な木の実。

 詳しい人は知ってると思いますが、こういう代用の仕方は、まじないの世界ではあたり前にあり、実際に効果がある方法です。
 純粋なサキュバスには、ちょっとしか効果が無いかもしれませんが、アンジュの様な特殊なサキュバスなら、これでもありかなぁ、と。
 
 いくらなんでも「敵から精気を啜る」というエンディングはシュールすぎるかな、と考えた強引な展開でした。
 シグルトの場合、絶対にアンジュとは〈こと〉に及ばないでしょうし…(ああ、なんてアダルトな話)

 身悶えしつつ、楽しんでプレイさせてもらいました。
 アンジュのイメージ崩したら、御免なさい。(合掌)
 

〈著作情報〉2009年07月04日現在

 『甘い香り』は楓さんのプライベートシナリオです。現時点で下記サイトで配布されています。
 シナリオの著作権は、楓さんにあります。
  
・楓さんサイト『Fleur de cerisier』
 アドレス: ■ttp://blog.goo.ne.jp/kaede_015/(■をhに)
 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。
 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。 
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CW:Y2つ風リプレイ講座 第五回

 第五回は、清書の仕方と、ブログについてお話します。
 若干煩わしい内容もありますが、御勘弁を。

◇物語の最後まで下書きしたら、清書!
 下書きを書き終えたら、いよいよ清書に入ります。

 清書する時は、「カードワースは終了」します。
 下書きと辞書を用意し、下書きを上から下まで何度か読み返して手直しをして行きます。

 あまりに繰り返す言葉や動作は、程よく類義語に変え、修正した文章で段落を考え、区切りよく読みやすい文章に直していきます。
 この時、文がきちんと流れを持つ様に直します。

 例えば…

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
×
 シグルトは剣を構えた。
 そしてゴブリンに攻撃した。
 ゴブリンは倒れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 このような文章では、ただの結果の羅列です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 シグルトは、向かってくるゴブリンに備え、愛剣の柄をしっかりと握りしめた。
 敵に先んじて、彼の斬撃が唸りを上げる。

 一瞬の交差…軍配はシグルトに上がった。
 ゴブリンは血泡を吐いて、ドウッ、と倒れ伏す。

 鋭い一撃は、ゴブリンの肩から胴半ばまで達し、肋骨と肺を切り裂いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 下書きに詳細な描写を足しながら、リアルに流れを作って纏めて行きます。
 一つ一つの行動を丁寧に描いてみて下さい。

 まとめ終わったら、一呼吸置いて、誤字脱字を調べます。
 文章が変なところもです。

 それが終わったら、もう一度内容を読み直し、微修正します。
 丁寧過ぎてくどくなっていたり、同じ表現を規則性なく何度も使っていたりした場合、修正します。

 ポイントは…

・同じ様な文章終了を並べない(全部「~した」ではなく、バランスよく未来形や現在進行形を混ぜる)
・同じ表現を見える範囲で多用しない(武器ならばどの部位を使うか、魔法ならば呪文名より効果や対象への働きかけ)
・類義語を使ってみる(「頷いた」、「首肯する」、「認めた」、「許した」など)
・読んで感じた違和感を整える感じでまとめる(時間をおいて読むと、妙な言葉遣いに気付き易くなります)

 書き直したら、また最初から読み直します。
 最低3度ぐらいは読み直しましょう。

 出来れば、最後の読み直しをする時は、時間をおいてからの方が良いです。
 頭にいろいろ入り込む余裕が生まれていますので、間違いや違和感を見つけやすくなります。
 
 疲れた頭では、上手く文章をまとめられなくなり、そういう自分が嫌になってモチベーションを失う悪循環に陥ります。
 焦らず、頭の疲れを振り切ってから直しましょう。


◇清書を終えたら、ブログにUPする。
 清書を終えたら、いよいよブログにUPします。
 ブログへのUPの仕方は、それぞれのブログに関するマニュアルを読んでおいたり、検索したりして、出来るようになって下さい。
 ただ、文章をUP出来るのと、文字のサイズが調整出来れば、他はそれほど機能を覚えなくても大丈夫でしょう

 私はブログでアップする時、リプレイ部分は中文字に拡大する効果を使います。
 文字が小さいと少し読みにくくなりますし、文章量が少ないと迫力が無くなってしまいます。
 加えて、たくさん書いていても、思ったより文章が少ない印象にもなります。

 大きさは、それなりの利点になるのです。

 それに、カードワースのメッセージサイズを意識出来る文字サイズが、中文字ぐらいです。
 読者に共感を与えるためのテクニックにもなります。
 
 目立つ擬音は大文字にしたり、場合により色文字にしますが、後々テンプレート(ブログの背景)を変えることを考えると、色はあまり操作しない方が無難かもしれません


 ブログごとに、基本の文字は、テンプレートにあった色に自動修正してくれるからです。

 UPする時はコピー&ペーストを使います。
 下書きがテキストならば、「書式」を確認し、「右端で折り返す」にチェックが付いていた場合は外してからコピー&ペーストして下さい。
 変なところで改行した状態になる場合があります。(私が頻繁にやるミスです)

 ブログのテンプレートは「リプレイが読みやすい」ものにしましょう。
 背景色と文字の基本フォントで、リプレイのイメージががらりと変化します。

 長期休んでいた場合は、テンプレートを変えれば、更新を印象付けられます。
 テンプレートの交換方法などは、徐々に覚えて行きましょう。 


◇カテゴリを作ろう
 ブログでは、記事をカテゴリ別に分けることが出来ます。
 
 まずは、カテゴリを作りましょう。
 リプレイのパーティの名前とか、「読者が分かりやすい分け方」をします。

 「“~”リプレイ」(“”内はパーティ名)とか、分かりやすいです。
 出来れば、宿やパーティ別にカテゴリ分けしましょう。
 ごちゃごちゃ一つのカテゴリに纏めて書くと、読者が最初から読み難くなります。
 多数パーティをリプレイする場合、混ぜると話を戻って読み直すのが困難になるからです。

 出来れば、ブログのルールなども別カテゴリの記事で作っておき、挨拶記事なんかも先んじてUPしておくとよいでしょう。

 ブログ記事は、一つのカテゴリで30~50記事を越えたら、第一部、第二部とかに分けて、検索しやすいカテゴリに纏めて行くとよいです。
 私もリプレイRを、何れ分けるつもりでいます。

 ジャンルですが、私は検索しやすいように、リプレイ記事は「ゲーム」にしています。
 何か他に相応しいものがあるなら、それを選んでもよいでしょう。


◇清書を記事にしたなら、後書き
 清書した文章をコピー&ペーストし、視覚効果(文字の大きさなど)を設定し終えたら、後書きを書きます。
 
 書き手のシナリオに関する感想や、苦労した点、伏線の紹介や愚痴など。
 この際、書いてる時の生の気持ちを書くと、日記代わりになりますよ。
 
 本音が出る場所でもありますが、作者やシナリオの罵詈雑言は厳禁です。
 
 貴方が作者さんに、リプレイ記事を書く様依頼され、酷評でも構わないと言われているならともかく…勝手にリプレイしてしかも悪口や酷評をすれば、そういった作者さん

とトラブルを起こしたり、作者さんのモチベーションを下げて後に良い作品が生まれなくなるかもしれません。

 感想では、良い部分悪い部分を、「あくまでも自己の感想」として書くのが大切です。
 リプレイブログは「専門に評論する場では無い」のです。

 コメントで共感できる方がいたとしても、その人と一緒になって悪口を書くなどもってのほかです。
 どうしてもやるというなら、せめて、ブログを読みに来る他の読者さんの目に触れないところでやって下さい。
 
 これは、大切なマナーです。

 罵詈雑言が大嫌いな方も沢山います。
 見苦しくないブログになる様、心掛けるのも大切ですよ。

 あと、「自分はここがこうだったらよかった、苦手だった」はよいでしょうが、「ここは絶対こうすべきだ」と書いてはいけません。
 「なってほしい」というのは希望ですが、「すべきだ」というのは要求です。
 要求は、相手に許可されない限りしてはいけません。
 もし相手に向かって強く要求するなら「強要」になるのです。
 
 「強要」は、互いにルールを取り交わした場合に初めて出来るようになります。
 ルール無き「強要」はただの「我儘」です。
 肝に命じましょうね。
 
 作者さんには作者さんなりの意図があります。
 作者さんの意向を尊重出来ない方に、良いリプレイは書けないでしょう。

 かといって、嘘で褒め千切るのも変です。
 慇懃無礼になりかねません。
 自己の意見として、節度をもって感想を書きましょう。

 それから、あまりにマナー違反であったり、常識無いことを書いてしまうと、リプレイしたシナリオの作者さんにも迷惑がかかる可能性があります。
 敬意は忘れずに、楽しんで書いて下さい。

 …堅苦しいことを書きましたが、常に敬意と思いやりを忘れずに書いていれば、大きな問題にはならないはずです。
 ずぼらで無神経な私が、3年もそれほど問題無く続けられているのが、その証拠です。

◇後書きには、状況結果も書いておく
 後書きには、リプレイの数値的な結果(お金の変更や、手に入ったアイテムなど)なども記録しておくと、読み手が状況を理解しやすくなるでしょう。
 レベルアップや、アイテムの個数移動など、数値的な動きが書いてあると、読み手が分かりやすいはずです。

 これらの記録は、リプレイを再開する時も資料になりますよ。

◇著作権を書く 
 後書きを終えたら、可能な限り著作表記を書いて下さい。
 そのシナリオが誰の著作物で、何処でDL出来るかなど、読み手に情報を伝えます。
 
 シナリオによっては、リプレイでも著作表記を必要とする(私も良く取り上げるMartさんのシナリオには、リプレイに関する詳細規定があります)ものがあります。
 後のトラブルを避ける意味でも、注意しておきましょう。
 
 シナリオ付属のテキストは、ぜひ読みましょうね。

◇UP前にコピーを取る
 カテゴリを選び、題名を書いて記事の視覚効果を設定したら、下書きを含めた記事を一回コピーしておきます。
 稀ですが、ネットの接続不良や、記事の転送不良で記事が消えてしまうことがあります。
 しかも、「戻る」を使っても消えてしまって、書き直す羽目になります。

 まずいないでしょうが、「直接ブログに長いリプレイ記事を書く」のは大変危険なのでしないで下さい。


◇記事をプレビューで最終確認
 以上が終わった後、文章をブログのプレビューを使い、実際のサイズで読んで下さい。
 それで問題なければ、記事をUPします。

 もしUP後に誤字誤植が見つかっても、慌てずに直しましょう。


◇UPした直後に返事は来ない
 記事をUPしても、それに反応があるのは少し時間が経ってからです。
 また、知り合いやリンク先が少ない時は、最初の記事が「エロサイトの広告」とかで落ち込む場合もあるでしょう。
 
 あせらずリンクを増やしながら、反応を待って見て下さい。

◇リンクとマナー
 ブログを作ったら、沢山の相互リンクをすると、それだけ人がやって来ます。
 関連サイトや他のリプレイブログの管理人さんにお願いして、リンクを増やしてみて下さい。

 リプレイブログ同士でリンクすると、読む側の人が目を向けやすくなりますので、是非沢山リンクしましょう。
 
 うちの「Y字の交差路」ですが、一応cw-portからのリンクがあります。
 リプレイブログでは、フーレイさんや龍使いさん同様、そこそこの老舗リプレイブログになっているかもしれません。
 まだの方は、よかったらコメント等で、相互リンクを申し出て下さいね。

 私は、一応でも相手側の許可を得るか、申し出が無い限り、相互リンクしないようにしています。
 勝手にリンクするより、相互リンクを申し込んだ方が良いでしょう。相手側からリンクを張ってもらえることが大切です。

 ただ、他のブログとリンクするのならば、せめて宣伝サイトやエロサイトのリンクはしちゃいけません。(そんな人いないでしょうが)
 宣伝系の荒らしを呼ぶことにもなりかねず、リンクした他の方にも迷惑がかかります。

 ブログ経営では、マナーがとても大切になります。
 私は、コメントを書くと長くなってしまうため、リンクブログは何度も見に行かせて頂いているのですが、コメントルールが分からないブログでは書くのをためらってしま

います。
 その分、うちのブログではコメント量フリー宣言して、書きまくっていますが。

 マナーは、外でこそ守る必要があります。
 リンクをする、ということは、それに対する責任も伴います。
 
 良識を持つことは大切ですし、誤りがあったらすぐに謝罪し、リンクを張った方と、良い関係を維持出来るようにしましょうね。


◇ブログ経営には闇もある
 ブログを始めると、スパムや荒らしと対峙しなければならない場合もあります。
 
 コメントに関して、パスワード入力による防御をしないと、来るわ来るわ…
 こういった防御法があっても、そのうち破る方法を見つける連中もいるでしょう。

 まず、商用目的の宣伝コメントを書く連中は相手にしないで下さい。
 「~やって何万貰った~」とか書いてる連中です。
 見かけたらすぐに消さないと、連鎖的に増えて行きますので、駆除が必要です。
 
 この人たちは記事を見ずに、ひたすら獲物を引っかける蜘蛛の巣を垂れ流してるだけなので、コメントごと削除してしまいましょう。
 同じHNの人が同種の悪質なコメントをしてきた場合は、ブラックリストに入れて追放するといった、きつめの処置を行って駆除します。
 
 何らかのソフトを使い、自動で記事UPを狙いすまして宣伝コメント入れてくる人がいました。
 多少ですが、私の場合はブラックリストが効果を発揮しています。 

 安全なのは視認パスワード入力によるプロテクトですが、相手によってはどこかから穴を抜ける連中もいます。
 ブログが綺麗なうちに、折を見て記事をバックアップして、最悪最初からブログを始められるようにもしておくとよいです。

 私は投稿の時、視認パスワードを入れないと投稿できないオプションは、わざと使っていません。
 これがあると、投稿して下さる方の手を煩わせる様で、私は嫌いなんです。
 荒らしに根負けするというのも癪ですし。
 あくまでも個人的な理由なんですけどね。
 ブログを守るためですから、大いに使っていい機能だと思います。
 ですが、個人的なこだわりを持てば、それもモチベーションに変わるでしょう。

 記事は財産です。
 是非、暇を見てバックアップしましょうね。
 
 悪質で計画的な荒らしも、時折います。
 そういう連中の中には、「荒らし仲間」を募って、さも他人の振りをしつつ、一斉にバッシングをしたりするお暇な人もいるようです。
 前にヤフーのチャットで乗っ取りしかけてた人とか、見たことがあります。

 焦らずに対処しましょう。
 
 反面そういう悪意的な連中がいる、ということは、いろいろな人がブログを読む機会も増えているということです。
 ブログが知られてきた目安だと思って、さらに頑張って行きましょうね。


◇某巨大掲示板にも紳士は大勢いる
 よく「某掲示板でボロクソに言われたからやる気なくした~」という方がいます。
 しかし、あそこにいる人たちの中には、確かな技術をもっている人や、誠意を持つ人物も少なからずいます。

 上がった罵詈雑言はほんの一部のはずです。
 もし沢山悪口が上がっていても、誰かが煽ったり、同種の人たちがやってることなので、気にしないようにしましょう。 
 ブログを書くことは、「責任を持って書いていれば自由」です。
 
 責任に触れることなら、悪口からでも学んで直します。

 得てして、悪口の中には本音や真実が含まれることもあるからです。
 悪口を書かれて嫌な思いをしたのなら、どうかその経験からもっと素晴らしい能力を得て下さい。
 自省は、物書きの技術を素晴らしいものにするのです。
 痛みから学べるものは、とても多いのです。
 
 もしモチベーションを無くしたくなければ、「自分の悪口が上がってるよ」と言われても、見に行ったりせず無視しましょう。
 他所で言ってることなど、無理に気にしなくていいのです。
 お金貰ってるわけではありませんし、真の読者は、ちゃんと読んでくれています。

 良いものを書こうと頑張っていれば、いつの間にか得難い読者さんや友人が沢山出来ます。
 誠意ある行動を続けていれば、ちゃんと信じてくれる人はいますし、自分で管理していれば後ろ暗いことも無いはずです。

 世の中には、悪口を言うことが生甲斐、という悲しい人も少なからずいます。
 ムキになって振り回され、こっちの窓を狭くするのではなく、冷めた目で見つつのらりくらりと躱しましょう。


◇バックアップは読みやすい
 ブログ記事が大量に溜まってくると、読み難くなります。
 ネットで読むと、どうしてもネット環境やPCのパワーを必要とすることもあり、読み直すのが難航します。
 
 そんな時バックアップ記事を、ソフトで読むといいかもしれません。
 FC2ブログなら、『MT Log Reader』というフリーソフトが、読みやすいです。
 記事を探すにも便利ですし、ネットで読むよりよいでしょう。

 『MT Log Reader』はFC2の記事バックアップをする時に、ツールとして上げられています。
 使ってみたい方は、検索してみるとよいでしょう。

 私は、そのうちリプレイの総集編を作って、このソフトで読めるテキストにしたいと考えてたりしてます。
 便利なツールは活用しましょうね。

 
 今回の記事に関して、私的な考えも述べています。
 この記事は公式ではなく、あくまでもY2つの私的講座なので、御理解下さいね。
CW:Y2つ風リプレイ講座 | コメント:2 | トラックバック:0 |
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