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『剣と籠手』

2018.10.28(21:44) 482

 その朝、シグルトは早朝から旅支度をしていた。

 これから仕事に出かけようとしていたアンジュが、それを見とがめる。

「シグルト、その格好…

 旅に出るの?」

 少しだけ不安げに聞くと、シグルトは頷いた。

「ああ。

 本当なら、もっと早くリューンを旅立つつもりだったが、やるべきことがあったからな」

 簡素なシグルトの答えに、やっぱりという顔になったアンジュは肩を落とした。

「もうちょっと、私の〈教導〉をしてほしかったんだけど、仕方ないわよね。
 
 分かった。
 その代り帰ってきたら、最優先で続きをお願いね」

 シグルトは、駄々をこねた後輩はことさら厳しい。
 説教でも長話したいと思いつつも、アンジュは嫌われないように、シグルトを立てる態度をとる。

「君には、基本的なことを教えたはずだ。
 あとは仲間を見つけ、鍛錬しながら道を見つけていけばいい。

 俺の仲間に君のことを相談して、別の技術を学ばせる必要もある。 
 ピッキングや、女の野外生活や旅に関する〈教導〉は、仲間のレベッカの方が向いているからな。

 それに、師から離れて気付くことも沢山ある」

 アンジュの内心を知ってか知らずか、シグルトはそう言って、励ますように頷いた。

「パーティを組むまでに、君は自分なりのスタイルを確立しておくといい。
 俺が仲間と離れて単独で仕事ができるのも、そういったことを踏まえて行動して来たからだ。

 冒険者は、仕事中に個別行動をとることもある。
 その時、自分で判断し正しい行動が可能にならねばな。

 アンジュ、冒険者に求められることはたくさんある。
 己の矜持を持って意志を貫くならば、なおさらだ。

 君は、俺が専属としてこの宿に紹介した最初の冒険者だ。
 だから、期待している。

 がっかりさせないでくれよ?」
 
 不安げに黙ってしまったアンジュに、シグルトは何時もの様に苦笑した。

「…分かってる。
 貴方を困らせるために冒険者になったのではないもの。

 この『小さき希望亭』で待ってるから」

 しばしの沈黙の後、アンジュは胸を張って応えた。

「うむ。
 戻って来た時、君がどこまで成長しているか、楽しみにしている。

 では…親父さん、行って来る」

 使い古した外套を担ぎ、シグルトは『小さき希望亭』の扉を開いた。


 『小さき希望亭』を後にしたシグルトは、まずリューンの中央にある公園に向かう。
 そこには同じ宿の冒険者“煌く炎たち”一行が揃っていた。

「すまん、待たせたか?」

 シグルトの問いに、背の高い赤毛の女冒険者が「いいや」、と手を振って否定した。

 彼女はゼナ。
 “煌く炎たち”の副官的立場であり、剣と火の精霊術をともにこなす〈二重能力者(ダブル)〉だ。
 苛烈な性格から、付いた二つ名は“炎の猛女”…そう呼ぶと烈火の如く怒り狂うのだが。
 性格面を除けばシグルトやマルスと並んで、『小さき希望亭』の中でも腕利きの戦士である。

 ゼナは、占いや芸をして都市間を転々と旅する貧しい放浪民の生まれだった。
 その放浪民たちの集団に生まれた女は、金を稼ぐために占いや軽業などの芸を仕込まれ、時に強制されて春を売ることもある。
 
 生まれつき火の精霊との相性が良かったゼナは、幼い頃に長老から精霊術師の徴を刻まれ、火の精霊の力を借りた精霊術を使うことができるようになった。
 しかし、苛烈さと自由を求める気質から、座長と呼ばれる放浪民の長と度々対立し、十三歳の頃に売春のための技を仕込む前段階として同じ放浪民の男たちに無理やり犯されそうになると、襲ってきた相手に精霊術を使って火傷を負わせ、咎められたことに怒って集団を抜けた。

 その後は男子の振りをしながら山賊に混じって過ごしていたが、所属していた山賊団が騎士団に討伐されて壊滅すると、リューンに難民を装って入り、火の精霊術を芸として使いながら糊口を凌いできた。
 とはいっても、本来そういった芸をする人間は盗賊ギルトや町の顔役が関わっていて、少ない上がりを所場代として奪って行くので、山賊時代に培った腕っぷしの強さや火の精霊術を頼りに冒険者に転職したという経緯があった。

 当時十五歳になって体格的に女性の特徴が色濃く出てきたことや、首に刺青として刻まれた精霊術師の徴から迫害され、専属冒険者になれず仲間も見つけられずに冒険者の宿を転々とし、精霊宮で手伝いの仕事を貰いながら何とか食いつないできた。

 『小さき希望亭』やってきた頃は、苦労と人間不信から性格が荒んでおり、同じような下っ端の冒険者に喧嘩を売っては、勝っても負けても宿を追い出されるということを繰り返していたのである。

 同期で『小さき希望亭』にやってきた者には対抗心をむき出しにしていたのだが、女性や精霊術師を偏見の目で見ないシグルトには乱暴な態度を取らなくなり、そのまま“風を纏う者”の六人目になりたいと望むようになっていた。

 奇しくもその頃には“煌く炎たち”の面子が集まっていたこともあり、「五人・五人で切りが良い」という理由で、ゼナは“煌く炎たち”の今のメンバーとパーティを組んだのである。

 そんなゼナの後ろで上品な微笑みを浮かべている、僧服じみた服装の女冒険者がレシール。
 子爵家の血を引く、正真正銘貴族の令嬢である。

 妾である母親の身分が平民である郷紳の娘だったため、正妻に疎まれて別の屋敷で養育を受け、お家問題にならないようにと十二歳の時に修道宣言をして修道院に入った。

 父親や異母兄は幼い頃のレシールをたいそう可愛がり、それを見た正妻が息子の将来を危惧してレシールを排除しようとしたため、伝手を使って修道院に匿われた…というのが実情である。

 やがて正妻の魔の手が修道院にも及んだため、逃れる上で身を隠すために冒険者となった。

 元々治癒の秘蹟を授かっていたレシールは、外見の美しさもあってか冒険者の新人の中では多くの勧誘を受けたのだが、下賎な男たちに欲望で滾った目を向けられることが我慢ならず…女性冒険者の扱いが良いという『小さき希望亭』の噂を聞いてやってくると、同期で同い年のゼナと知り合い、生まれも性格もこれでもかというほどに違うのに、不思議と意気投合して親友同士になった。

 宿でも仕事でもこの二人は大抵一緒で、ゼナがシグルトと仲間になれなかったのに腐らなかったのも、宿で上手くやっているのも彼女のフォローによるところが多い。

 シグルトが貴族の生まれであることをすぐに見抜き、彼のストイックな態度に対して好感を抱いている。
 ゼナと一緒にシグルトとパーティを組みたがっていた時期もあったが、最近は‫今の仲間たちとも上手く行っているため、そういう話はしなくなっている

 貴族らしく高慢で、修道院生活が長かったせいで堅苦しい気質だが、苦労している同性の冒険者には同情的であり、弱い者いじめや性別による差別を何よりも嫌っている。
 高い教養を持っているため、留守になることが多いシグルトに代わって、『小さき希望亭』では貴族関連の対応を行える貴重な人材だ。

 レシールの後ろに佇んでいる目の細い無口な老人はカロック。
 治癒術の使い手と並んで貴重とされる魔術師だ。

 元々は魔導書を扱う本屋の主人で、妻に先立たれ、息子夫婦に店を譲ってから、隠居の手慰みにと魔術師の私塾に弟子入りした。
 その後に実家の店のある都市が大量の魔物に襲われ、息子夫婦と最愛の孫娘は全員死亡。

 実家からの仕送りで魔術師をしていたカロックは、月謝も払えないからと師の元を去り冒険者となった。

 自分のことも含めて多くを語らない寡黙な人物で、判明しているいる経歴も、数か月付き合う酒の席で思い出すように語った話である。

 普段は篤実な老人だが、こと人間の敵となる魔物に対しては静かに敵意を向け、容赦無く滅殺する。
 パーティを組んだばかりの頃に討伐したという、ゴブリンシャーマンから奪った火魔法を得意としており、ゼナと並んで火の魔法を使って、戦士であるマルスの剣や盗賊であるジェフの短剣が炎の光をギラギラと反射し、レシールが銀の聖印を輝かせて癒しの光を使う姿から、“煌く炎たち”のパーティ名がついたと言われている。
 
 無精ひげが眼立つ、これまた地味な蓬髪の男はジェフ。
 若い頃は貧しい錠前職人をしていたが、身ごもったばかりの妻が乱暴されて母子ともに殺され、復讐で犯人を殺してしまう。

 殺した相手が住んでいた都市の名士の一人息子だったため、逃げるように流れしばらくは山野に隠棲していたが、追手がいると知って盗賊ギルドに逃げ込み、器用な手先を活かして盗賊へと転身した。

 彼が盗賊ギルドに所属することになったことや、元は彼の復讐にも大義名分がある点、ジェフに追手をかけた名士が報酬を渋ったために暗殺者が依頼を返上してしまい、ジェフは生き延びることとなった。

 どこか達観して世を儚んでいるところがあり、だらしない外見と軽薄な態度を見せるものの、その実隙が無い。

 最後は“煌く炎たち”のリーダー、マルス。
 長い髪をひっつめて後ろに流してまとめている、浅黒い肌の大男であり、長身のシグルトよりも少し目線が高い。
 “燃える氷嵐”と呼ばれる冷静沈着で優秀な戦士である。

 貧しい家の生まれで、六男二女八人兄弟姉妹の次男に生まれたマルスは、口減らしを兼ねて家の家計を支えるため傭兵となった。

 兵卒として過ごすが、手柄は装備が良くて実力もある上官が持っていく。
 傭兵になったばかりの冬に一番下の妹が病気となり、仕送りのために借金を頼むも断られ、直後に参加したのが負け戦であった。

 その妹が死亡し、父親と兄は生活苦からもう一人の妹を娼婦として女衒に売ってしまい…売られて間もなく客の暴力が原因で亡くなって、買った娼館は「年季明けまで働けなかったから」と返金の要求をしてきた。
 実家はさらに困窮し、末っ子とその上の弟は栄養失調で続くように鬼籍に入る。
 残った二人の弟も、一人は金を稼ぐために無理をして過労死。
 母親は一年間に相次いで亡くなった子供たちの不幸に耐えられず発狂し、自殺。

 兄は楽して儲けようと下手な商売を続けて余計な借金を作り、父親は根っからの酒好き博打好きだった。
 最後に家にいたすぐ下の弟も、死んだ家族の葬儀すらまともに出さない兄や父を見限って家を出てしまう。
 
 マルスの元には兄と父から金を送るようにと、矢継ぎ早に手紙が届いた。
 終いにはマルスの名を勝手に使って、多額の借金をしている始末である。

 しかたなく傭兵時の装備を売ってその借金を払い終えると、実家に絶縁を宣言して傭兵を辞め、新しい仕事を求めてリューンにやってきた。
 冒険者になりたての頃はまともな武器すらなく、ぴったりとした上着に破れたズボンと戦死者から剥ぎ取った靴を身に着け、ナイフで削った棍棒を武器にしていたほどだ。

 冷徹で利己的だが、義理堅く仲間を大切にする努力家である。

 …冒険者とは、脛に傷を持つ者が他の選択肢がなく行き着いてなる職業。
 “煌く炎たち”の誰もが例に漏れず重い過去を持っていた。

 同期であったシグルトは、貧しい身の上の者が多く生活費のやりくりに苦労していた“煌く炎たち”に、同期は助け合うものだと様々なフォローを行っていた。
 今では、マルスはリューンにおける同期で一番の親友であり、“煌く炎たち”の他のメンバーも、本来はライバルであるはずの“風を纏う者”にとても友好的だ。

 今回シグルトが、“煌く炎たち”に会ったのは、以前から頼んでいた約束を果たすためである。

「すまないな。
 アーシウムまでは結構な距離がある。

 本当なら俺が行くべきだったんだが、アンジュを宿に紹介した手前、彼女を放りだすのも不実な話だ。

 受けてもらえて助かったよ」

 そう言うと、シグルトは銀貨が詰まった袋を二つ差し出す。
 マルスが受け取ると、ゼナが二本の酒瓶を差し出してきた。

 シグルトは“煌く炎たち”に、酒を買うように頼んでいたのだ。

 【アーシウムの赤】と呼ばれるその酒は西方諸国で五本指に入る有名な赤ワインであり、葡萄の当たり年にできたという品であれば銀貨数千枚にもなると言われる。
 受け取ったのはこれから向かう『へフェスト』の工房主に持っていく手土産として一本、宿の親父から金が出ている宿からヴェルヌー伯に貢物として贈られる予定の一本だ。

 さらに謝礼分の金を渡そうとすると、マルスがいらないと首を振った。

「お前には昔から借りを作りっぱなしだったからな。
 たまには返させてくれ。

 それに、ヴェルヌー伯の機嫌を取っておくことは俺たちにとっても益のあることだ。

 お前たちほどじゃないが、“煌く炎たち”もそれなりに名が売れてきたから、レシール経由でそろそろ貴族のパトロンを見つけないとな。
 今度シャノワール子爵に直接紹介して貰えないか?
 護衛なら、自信があるんだ」

 マルスが遠慮がちに頼んでくるのを見て、シグルトは請け負った。

「俺はしばらくリューンを離れるかもしれんし、願ったりだ。
 子爵には旅先から手紙を送っておこう。

 そうだな…今から二週間後に子爵を訪ねてくれ。

 さすがにヴェルヌー伯より早く子爵に贈り物をすると、伯爵の顔が立たん。
 〈先触れ〉を兼ねて手配しておくから、何か手土産を持って行くようにな。
 シャノワール子爵は食道楽だから、菓子等の食べ物が好いだろう。
 味も大切だが、値段がはっきり高価だという名店のものを選んだ方が理想的だ。
 表通りに親父さんとも懇意の高級菓子店があるから、子爵への土産ということで俺と宿の名前を出してそこで購入すれば、貴族への売り込みということで販売価格を抑えてくれるはずだ。
 候補がいくつかあるから、親父さんに聞いてみてくれ。

 細かい作法はレシールに頼めばいい。
 子爵はあまり気にしないが、家令が礼法や服装に厳しい。

 訪問の時、ドレスコードには気を付けておけよ。
 せっかくだから、この機会に礼服も揃えておくといい。
 貸服は、今後の会合が頻繁だと結構高くつくぞ」

 シグルトの言う〈先触れ〉というのは、アポイントメントを取ることである。
 貴族社会は礼儀にうるさく、会合したい貴族から声をかけられない限り目下の者からいきなり訪ねるなどもってのほかだ。

 貴族本人が気にしないということはあるが、周囲にいる貴族の召使いたちが貴族の家格や名声のために無礼者との面会を差し止める場合もあり、面倒な手順を惜しむ者はそもそも貴族と付き合うことができない。
 服装なども、正装をしておくのが筋だ。

 シグルトも簡易の正装になる上着はいつも携帯しており、男爵家の生まれであることを示すマント止め型の徽章を所持している。
 徽章に付いた紋章は侯爵家の分家である象形があり、シグルトの血筋を貴族名鑑と呼ばれる名簿で調べれば、王家の最も近い親戚となる公爵の孫となる血筋で国王の従甥であるため、実質の貴族としての身分は他国でも準男爵相当で、きちんとした王家の後見を証明すれば子爵と並ぶぐらいの扱いをしてもらえるのだ。
 こういった身分云々のことをシグルト自体は煩わしいと考えているが、根掘り葉掘りそれらを調べて扱うのが貴族の〈青い血〉を持つ者の宿命である。

 “煌く炎たち”がシグルトに仲介を頼んだのも、冒険者のような職業の中で、血筋の上でシグルトは生粋の貴族の生まれだからなのだ。
 レシールは、上流市民とはいえ母が準貴族の平民であり、認知された貴族としても生家以外では一段下に見られる。
 普段自由な冒険者の中にいると、身分の格差に対する配慮が希薄になりがちなのだが、ちょっとした無礼を働いた冒険者の所属する宿が取り潰された前例もあった。

「悪ぃね。
 あたいたちはほとんど生まれが悪いから、貴族のことは疎くてさ。
 シグルトの言うことは間違いが無いから、言われたとおりにする。

 あんたの方は一人旅、気をつけなよ」

 ゼナが最初に別れの言葉を告げ、“煌く炎たち”のメンバーは足早に去って行った。


 リューンを出たシグルトは、伝手を使って借り受けた馬を使って一路フォーチュン=ベルへと向かう。
 アンジュの教導で思ったよりも時間を使ってしまったからだ。
 
 フォーチュン=ベルにはロマンがいるので、彼を迎えつつブレッゼンの工房に立ち寄り、預けた剣を受け取るつもりだった。
 思えば、随分寄り道をしてしまった。

 美しいシグルトが馬を駆り、走る姿は颯爽としている。
 すれ違う旅人たちは、興味深げに彼の背を眺めた。
 
 そうして数日、シグルトは目的の希望の都に到着した…

 
 フォーチュン=ベルに入ると、シグルトは贔屓にしている宿に馬を預け、ロマンのいる工房を訪ねるため、街の中を歩いていた。
 
 不意に、通りかかった酒場から忙しい喧噪が聞こえ、その中に知った声を耳にする。

「…だから、財布を忘れたと言っておるだろうが!

 この程度のはした金、わしの家に来ればすぐに払ってやるというに…分からん奴だな」

 それはブレッゼンだった。
 数人の男たちに囲まれ、眉間に皺を寄せている。

「だから、爺さん…それはできないと言っている。

 この店は何時でも現金払いだ。
 だいたいあれだけ飲んで、支払いの段階で〝財布を忘れた〟なんて言い訳、信じる奴はいないぜ?」

 リーダーらしい分からず屋の男に、ブレッゼンは溜息を吐いた。

「…たまに飲みに出かければこれだ。

 まったく、出された酒の質も悪ければ、店員の態度も悪い。
 しかもこの都市に住んでいて、わしを知らんとは…嘆かわしいわ」

 怒鳴る気力もないわい、という風にブレッゼンは身に着けていた腕輪を外そうとしていた。
 銀製の高価そうなものである。

「失礼する。
 彼の酒代は俺が立て替えよう。

 幾らだ?」

 横から入って来たシグルトに、ブレッゼンを囲んでいた男たちは目を向け見開いた。

「あ、あんたは…!!」

 フォーチュン=ベルで立て続けに大きな仕事を達成した“風を纏う者”は、それなりに名が知られていた。
 そのリーダーであるシグルトの顔を知る者がいたのだろう。

「…おお、お前か」

 シグルトが場を騒がせた詫びも含め酒代としてはかなりの額である銀貨を支払うと、ブレッゼンは若い者が年上を敬うのは当然という風に、鷹揚に頷いた。
 目を丸くする男たちを置いて、二人は足早に酒場を出る。
 
「ふむ、ついでだ…工房まで送ろう」

 ブレッゼンを名で呼ぶ馬鹿はやらない。
 もめていたのは名前を隠して、ひっそりと飲みに来たかったからだろう。
 
 ブレッゼンの名はフォーチュン=ベルでは有名過ぎるが、知れば人が寄って来る。
 だから顔見知りがいない酒場に入って飲んでいたと、シグルトは推測した。

 酒場を出てしばらく歩くと、ブレッゼンはふうと一息吐いた。

「…借りを作ったな。

 金は帰ったらすぐ返そう」

 振り向きもせず言う彼は、相変わらずのひねくれ者だ。
 
「気にするな…俺も剣を預けたままだったからな。

 それに、相談したいことがあったから、仕事中でないのは有り難い。
 鎚振る貴方に声を掛ける、無粋をせずに済んだ。
 
 〝鉄があれば、黙して打て〟。

 これも必然だろう」

 シグルトの使った言葉は、鍛冶師が良く使う天命の暗喩である。

 偶然の悪戯も、日常も、皆必然であり天の定めたこと。
 トラブルは天命であり、焦らず、現実を生きろというような意味だ。

「ほう、古い鍛冶師の言葉を知っている。

 …で、相談とは?」

 にやりと笑って、ブレッゼンは灰色の顎髭を扱いた。

「剣を使うに当たって、相応しい防具を検討している。
 荒事があると、どうしても躱すだけでは危うくてな。

 槍の様に距離をおけない剣は、敵に近づいて戦う場面も多くなる。
 
 だが、冒険者の装備として、鎧は仰々しい。
 それで籠手だけでも、と思ったんだが…」

 ブレッゼンはしばし考え、ふむと頷いた。

「お前は、戦場の剣をよく知っている様子だな。
 身奇麗なだけでは、生き残れぬ者もいる。

 あの剣の研いだ痕跡を見たが、刃に手を添える防御を使いこなしていたな?
 
 少し古いが、手頃な鋼の籠手が一つある。
 魔法の品でないから、店には並べておらぬがな。

 酒代の礼だ…その手に合わせ、くれてやる」

 シグルトは、ブレッゼンの好意に甘えることにした。
 こう言う時の遠慮は、返って無粋である。

「有り難い。

 では、俺も手土産を渡そう…良い酒が手に入ったのでな」

 シグルトが【アーシウムの赤】を取り出すと、ブレッゼンは途端に振り向いて、子供のように目を輝かせた。

「何と、最近は手に入れるのが難しくなって居ったそれを、よくぞ!
 葡萄酒で赤と言えば、これよっ。
 
 ほれ、急ぐぞっ!!」

 名匠の酒好きぶりに苦笑しつつ、シグルトもブレッゼンに合わせて足を早めた。

 
 家に着くなり、ブレッゼンは掻っ攫うように【アーシウムの赤】を受け取ると、工房に入って行った。
 それほど経たずに、鎚で鉄を打つ音が聞こえ始める。
 
 シグルトは待つ間に、留守番をしていたサンディに挨拶すると、持って来た【金鉱石】を手渡す。

「有難う、シグルトさん。

 今、お金を用意するから…」

 鉱石の対価を払おうというサンディの申し出を、今度は遠慮する。

「剣を長く預けたままだったから、合わせて代金代わりにしてほしい。
 これからブレッゼンに籠手を貰う約束もしているし、な。

 その代わり、今度の時もよろしく頼む」

 サンディは、それならばと箱を一つ持って来て、中から古びた革の手袋を取り出した。

「これはレベッカさんに上げてね。
 戦士であるシグルトさんみたいに、器用な人にとっても手は大切だから。

 結構、由緒正しい品物なのよ」

 良く出来た女性である。
 ひねくれたブレッゼンが工房を構えていられるのは、サンディのこういった内需の功があるからだろう。

「有難う、必ず渡しておくよ」

 シグルトが手袋を受け取ると、丁度工房から鎚の音が聞こえなくなった。

「終わったみたいね…

 シグルトさん、様子を見に行って下さる?
 主人はきっと待っているわ」

 往年の勘からか、サンディはシグルトに工房に向うよう勧めた。


 工房に入ると、ブレッゼンがアロンダイトの柄に革紐を巻いているところだった。
 磨きぬかれたシグルトの愛剣は、窓から入る日差しを浴びてキラキラと輝いている。
 
「おう、来たか」
 
 ブレッゼンは、剣の溝に詰まった革屑を払いながら声をかけてきた。

「取りに来るのがずいぶん遅れてしまった。

 すまない」

 シグルトが誤ると、ブレッゼンは半身で振り向き、鬚だらけの口端を歪めて笑った。
 
「フフフ、【アロンダイト】が急かすから早く仕上がっていたが…
 なかなかお前が来ぬので、数度磨いておいた。

 良い仕上がりよ。

 かつてある王にこの剣と同じく円卓の騎士の剣を打ったことがあったが、同じ気分じゃ」
 
 満足そうに髭を撫で、ブレッゼンは剣を振った。
 
「…祖国エルトリアを外敵から守り抜いたという武王、ギルバウスⅡ世の【ガラティン】か?」
 
 ブレッゼンが、よく知っているなと頷く。
 
 【ガラティン】は【アロンダイト】と並ぶ、騎士王アーサーが円卓の騎士の剣である。
 時間帯次第で強さが変わる魔力をその身に宿し、時には最強と呼ばれた騎士ランスロットを凌ぐこともあったという、騎士ガウェインの愛剣である。
 
「かの武王は、我が友の剣の弟子でな。
 武人らしい気概を持った方だった。
 
 当時、多くの貴族がわしの作る武具を求めてやって来たが、皆横柄な態度で小物一つ作る気にはならなんだ…
 
 しかし彼の王は、戦乱を治めるためにと、一介の職人のわしに膝を折り頭を垂れた。
 武は民と国のために振るうと誓い、言葉通りの素晴らしき国になされた。
 
 今では【ガラティン】は、若くして己の実力で騎士の地位を勝ち得た、陛下の姫君が継いだと聞く。
 
 あの剣は、善き国を作る道を切り開くために使われているのだ。
 これこそ、職人の冥利に尽きると言うものよ」
 
 ブレッゼンは良質の酒を飲んだ後のせいか、とても機嫌がよく饒舌である。
 
「シグルトよ。
 かの武王の様に英雄になれとは言わん。
 
 だが、わしが見込んで【アロンダイト】を授けたこと、努々(ゆめゆめ)忘れるな。
 剣は戦いの道具ではあるが…剣士の友であり、心であり、魂なのだ」
 
 シグルトは愛剣の柄を撫で、しっかりと頷いた。

 コォ…ゥゥン
 
 手渡された【アロンダイト】は澄んだ輝きでシグルトに応え、喜ぶ様に軽やかな響きで鳴った。

「ほう、また剣を鳴かせたか」

 〈剣が鳴く〉とは、特にぶつけたり振ったわけでもないのに、剣が金属音を立てることをいう。

 銘剣の多くは、甲高い音で主に危険を知らせ、悲しげな音で主の死を予言する。
 正しい持ち主に戻った剣は、喜びで鳴くと言われていた。

 鳴く剣を打てる匠は稀だが、剣を鳴かす剣士はもっと少ない。
 
「戻って来るまでの間に、随分腕を上げたようだな。
 お前ならば、この剣を最後の頂まで連れていけるだろう。

 さて、次だ。

 腕を出せシグルト。
 そろそろ、打ち直した籠手が冷えておる頃よ」

 ブレッゼンはシグルトの腕を取り、傷や訓練の痕を見て満足げに頷いた。

「うむ、これぞ戦士の腕。

 どれ、一つ合わせてみるか」

 ブレッゼンは、シグルトの腕に麻布を捲き、鎖で編んだ腕輪を通すと、籠手を組み立て始めた。
 微妙な指の太さに合わせ、部品を調整する。

「…掌は、鋼糸で編んでおいた。
 握れば、同じように皺ができる。
 滑り止めに、鮫の革を編み込んでおいたが、擦り減ったなら、此処に持ってくるか自分で編め。

 関節部分には肉を挟まんよう、サラシを捲くのだぞ。
 着ずれが起きぬように、着ける時はがっちりと、な。
 
 まだ夏の日差しだ…風通しをよくする空気穴はあるが、日差しには晒すなよ。
 サラシを捲いていても、火傷することになる。
 
 時折上質の油を挿し、鎖は目の細かい砂で水を使わずに扱いて洗え。
 鉄や鋼は、返り血や塩風にも弱いからな。
 心配なら濃く煎れた紅茶に酢を二割の液を作り、一刻浸して黒錆で艶消しと錆止めをしておけ。

 かかった血は、拭かずに布に吸わせろ。
 拭き広げたりすれば、手入れの手間が増える。

 乾いた血なら、刷毛で払い落せるだろう。
 血の染みが消えるまで磨き、油で覆っておけ。
 
 錆落としをする時は、灰で油を吸わせてから、念入りにすればいい。
 終わったら、刷毛で灰や金屑を払って、油を塗るのを忘れるな。

 手入れの道具は、わしのお古をやろう。

 腕に被せる装甲は、しっかり腕に貼り動かぬように固定すれば、お前が望む荒っぽい使い方をしても耐えられるはずだ」

 籠手を組み立てながら、ブレッゼンは扱い方や細かい手入れの仕方を説明していく。

 籠手が優秀な防具でありながら、鎧と別に扱われない理由は、手入れや扱いが難しいからである。
 それに、重みで腕が疲れるのも原因だ。

「お前ほどに鍛錬してあれば、腕の延長で使えるだろう。

 この籠手は、かつてわしが若い頃に使っていた甲冑の予備でな。
 武骨な造りだが、このわしの腕二本、守り通した折り紙付きだ。

 戦士であれ、職人であれ…腕を護らん者は、能無しよ。

 籠手を着ける、ということは接近戦やナイフ相手の戦闘を踏まえておるんだろう?
 実戦を知らねば、間合の最悪たる格闘戦のことなど、歯牙にも掛けん。

 戦場では、殴り合い掴み合いも卑怯とは言わぬ。
 殺されぬために、どちらも必死になるからな。

 多くの戦士が、盗賊や暗殺者に敗れるのは、対策が足りんからだ」

 ブレッゼンの解説に、強く頷くシグルト。

「奇襲を受けた時、身体を庇うのは腕だ。
 砂利道で転倒した時受け身を取るのも、敵に武器を振るう時一番近づくのも。
 
 とりあえずこれは、繋ぎの品だ。
 悪い品では無いが、何れ物足りなくなる。

 暇な時にでも、お前専用の真銀の籠手を鍛えてやろう。
 もっと鉱石が必要になるから、探してこい」

 淡々とした口調の中にも、ブレッゼンの気遣いが感じられ、シグルトは感謝するように頭を下げた。

「ふふ、次の時も土産の酒を忘れるなよ?」

 太い眉を冗談めかして動かした名匠に、シグルトは苦笑して頷いた。


 手に入れた籠手をしまい、久しぶりに戻った剣を腰に佩くと、シグルトはロマンを迎えるために『象牙の杯』へと向かった。
 工房に着くと、不気味な老婆が出迎えてくれる。
 
「ほほ、坊やの連れかえ?

 また、好い男だねぇ。
 茶でも飲んでいくかい?」

 猛禽の様な鋭い双眸に見据えられる。
 並の人間なら怖気づいただろう。

「お気遣い、痛み入る。
 だが、これ以上仲間を待たせるのは心苦しいのでな。

 先に顔を合わせるつもりだ」

 仕方ないねぇ、と笑って老婆はロマンの元へシグルトを誘った。

「やっと来たね。

 待ちくたびれちゃったよ」

 数週間ぶりに逢うロマンは、相も変わらずひねた態度で胸を張った。

 窓の外は、すでに赤らんでいる。
 黄昏時が近いのだ。

「今日旅立つと、すぐに夜になっちゃうよね。

 一晩泊まって、明日にでも発とう」

 ロマンの提案に、シグルトも賛同した。
 
「馬があるから、ヴィスマール経由の新しい街道を通って一週間というところか。
 海路という手もあるが、この時期の海は荒れやすい。

 これが新しい地図だ。
 暇な時にでも、写しておくといい」

 シグルトの差し出した地図を暫く眺め、ロマンは地図を返した。
 
「…ん。

 もう覚えたから、休みの時でも書いておくよ」

 ロマンの記憶力は、常人離れしている。
 今まで読んだ本の、ページや皺の位置まで覚えているのだ。

 彼が知らない知識といえば、読んでない類の物だけだろう。

「明日は早いし、早く食事を済ませよう。

 そうだ、デザートが美味しい店を見つけたんだ。
 あそこにしようよ」

 ロマンの天才的な一面と子供らしい一面のギャップに苦笑しつつ、シグルトは仲間との穏やかで満たされた時間を過ごすのだった。



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Y字の交差路


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新しいシナリオ作成中

2018.10.01(23:21) 479

 管理人のY2つです。
 ちょいとモチベーションが別に反れて、新しいシナリオを作っています。

 …20周年シナリオもぼちぼちとデータをまとめてるんですが、まったく別の奴を。
 内容は僧侶用の秘蹟ものです。

 もともと僧侶の使う神聖術関連には、リューンの基本スキルの大半に対してちょいと実用時に使い難いな、という印象がありまして。
 あれは「一つに分野に専門化したスキルとしてはある意味完成されている」とは思うのですが、実際に使ってみるとスキルの実用的需要から考えて、毒・麻痺・呪縛・精神異常なんかに対するものは使用する時がものすごい限られるというか…

 盗賊の探索用や解錠用のスキルは、それ自体が役割の判定や突破につながってる点や、いろんなシナリオで需要があるのでアイデンティティとして持ってても割と平気なんですが(盗賊は器用度でアイテムマスターになれる点も大きい)、僧侶や魔術師のバフ・デバフ・バッドステータス回復なんかは、一度使うと需要が来ないと言いますか…手札で腐っちゃう場合も多いのであないでしょうか。

 私は以前から、威力が強いスキルより複合的な効果のある汎用性の高いスキルの方が使いやすく、ゲームバランスそのものを極端にしない(効果一点集中型は威力が片寄ることも)傾向があると考えていまして…

 無論、便利になり過ぎるからリューンのスキルが良く、複合スキルは作るべきではないという方もいると思うんですが、そういう視点からの異端性も理解した上で「自由なプレイのためにあえてやる」というスタイルをとってきました。というか、公式以外のスキルショップはそういう需要の補完のためにもあるのでは?というのがY2つの見解です。

 このシナリオもその類です。

 基本的には偶数レベルの複合効果スキルを、一人一枚しか買えない(スキルそのものを売っても同じキャラクターが再度は買えず、裏技的に他のキャラクターを使って複数枚装備してるとこのシナリオをプレイする時に天罰でキャラクターが死ぬ)という縛りにします。多少強くてもこれで同じカードを二枚以上持つことは防げるかなと。
 リューンのスキルのみで考える方は、二枚持ち三昧持ち割と普通ですからね。

 リプレイのスピッキオ用にバフ系の秘蹟を探していたのですが、どうにもバランス・効果が適当で、何よりキャラクター的な感性に合うものが見つからなかったため、自分で作っちゃおうかなと。

 現時点で、半分ぐらいのスキル絵の合成が終わってるので、それほど時間はかからず発表できるかもしれません。

 「こういうのを待ってたんだ~!」って方は、のんびりお待ちください。
 このシナリオはプライベートにする予定なので、この手のスキルが嫌いな方も「ああ、またY2つがなんぞ妙なもの作ってるんだ」
程度に、生暖かい目で見て戴ければ。 
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2018年10月
  1. 『剣と籠手』(10/28)
  2. 新しいシナリオ作成中(10/01)