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『碧海の都アレトゥーザ』 闇窟の妖魔

2018.12.03(19:36) 486

 それぞれが午後の余暇を過ごし、『悠久の風亭』に帰還した“風を纏う者”。
 共に行動するジゼルと、侍祭ジョドの襲撃から救われたレナータ、そしてレナータ救出に関わった“風を駆る者たち”のニコロもその場にいた。

 シグルトの服に流血の跡があり、抱えられたレナータが足を負傷し、ニコロもかすり傷を負ってている姿を見て、宿にいた一行はすぐに何があったか問い質した。
 特に『悠久の風亭』のマスターは、レナータの負傷に青くなり、ニコロが話したジョドの襲撃を知って真っ赤になって怒っている。

「それは災難じゃったの。
 ジョド侍祭についてはわしのほうから教会に苦情を入れようかの。
 
 マスターに聞いたんじゃが、レナータさんは正当なアレトゥーザの市民権を持っておるのじゃろう?
 市内における市民への集団暴行は都市法を無視する行いじゃ。

 貴族の後援があるシグルトと、この都市で連盟に所属している冒険者の宿のマスター、他の冒険者パーティの代表ニコロ君、そして司祭の役職にあるわしが連名で役所に事件の顛末を報告すれば、ジョド侍祭は悪い噂の絶えない男じゃから、厳命がなされてちょっかいをかけてくることはなくなるじゃろう」

 レナータの足に治癒の神聖術を施しながら、スピッキオが請け負う。

「爺さんたちは、明日朝一で役所に行かなければならないわね。
 〈羊飼い〉のなりそこないが、手間かけさせやがって…

 私は別行動で盗賊ギルドの方に掛け合っておくわ。

 腕の長い男…たぶん“長腕”のロネ、ね。
 アレトゥーザの盗賊ギルドに所属してる奴なんだけど、一般市民…堅気をギルドに無許可で襲うのって、地元では掟破りなのよ。
 ここのギルドマスターはフェミニストの気があるらしいから、婦女暴行未遂に関しては罰金か追放処分ね。

 知り合いが嫌ってた野郎だから、手土産ができたわ。
 安眠妨害される恨みと、うちのリーダーの報復を兼ねて、喧嘩売ってきたことを後悔させてやる!」

 目が笑っていないレベッカが、掌に拳を打ちつけて請け負った。

「そのジョドって人、アデイ先生にも良く絡んでくるんだ。
 徹底的にやっちゃっていいんじゃないかな?

 これから先生のもとに通うジゼルさんのためにも、女の敵は撲滅しないと」

 ニコニコ笑いながら、ラムーナがとても物騒なことを言葉にしている。
 シグルトを傷つけられたことに怒りを覚えているのだ。

 横でうんうんとジゼルが頷いている。

 特にレナータを集団で手籠めにしようとした、という話で女性陣の目の色が変わったのだ。
 女の冒険者たちは、荒くれ者の男たちに混じって活動するため、自分の貞操を守るために厳しい態度をとることが多い。

「ヤルなら、私も加わるよ。
 可愛いレナータちゃんに怪我をさせたんだ。

 二度と下町の土は踏ませてやらない…そうだよね、あんた?」

 本来は止める立場のラウラが、静かに怒っていた。
 マスターに至っては、「連中を殺す時は俺に声を掛けろ!」と熱い鼻息を吹いている。

 この時間いつもカウンターで飲んでいる小太りの男性が、「用事ができた」と言ってそそくさと逃げるように宿を出て行く。

「あまり派手なことをすればレナータの立場まで危うくなる。

 神聖術を決闘や自衛行動ではない理由で警告無しで撃ち込まれ負傷させられたから、取り押さえる時に〈刃を持った利き腕を踏み折って次は無い〉と強く警告しておいたが…
 スピッキオの立場も考えて殺せなかったが、もし相手側からさらに襲撃があれば、今度は自衛による抹殺も辞さないと役場の職員に告げておこう。
 傭兵やならず者を扇動し、市井で【聖なる矢】を二回も〈警告も無く使った〉のだから、報復の理由にはなるだろう。

 教会を追い詰め過ぎれば、組織自体が完全な敵になってしまう。
 ジョドという男の暴走で、今回は厳重注意を込めた報復と防衛・無力化をしたとして、役所へは〈厳格な防衛も止む無し〉の宣告をしておくだけで手打ちとしよう。

 ニコロやスピッキオに手間を取らせてすまないな」

 シグルトは現場においても冷静だった。
 あの場でできるぎりぎりの攻撃を行い、威圧をし、攻撃を受けた事実を利用した上で、〈武器を無力化する目的〉を盾に首魁の身体を破壊するという報復を行っていたのだ。
 普段は公正だが、シグルトもまた鉄火場に生きる冒険者。
 時に犯罪すれすれの武力行使もできる。

(シグルトさん、あの男が刃物を握ったのをわざと待って狙ったんだ…)

 噂とは違ったダーティな一面と恐るべき胆力に、猛っていた怒りがさっと冷める。

 ニコロに同じような判断ができるだろうか?
 おそらく頭に血が上って、殺害に及んでいたかもしれない。

 “風を纏う者”という冒険者たちが台頭してきた理由もよく理解できた。

 傭兵風の男は明らかに格上だったが、シグルトは対等に渡り合って打ち破っている。
 その場にいたニコロの精霊術を見て取り、戦力としてすぐ味方に引き込んで敵の最大戦力を叩き、首魁の悪手を見逃さずに〈自己防衛〉という大義名分を得る。
 剣術、風の精霊術、タフネス、勇敢さと状況判断力…

 仲間との呼吸もあっている。
 皆が必要な行動を宣言ながら、すべきことの方向性は一緒だ。
 行き過ぎないように静止を掛けつつも、リーダーとしてはっきり決断し、労いや謝意も忘れない。

「凄い…リーダーなんですね」

 思わず呟いたニコロに、シグルトは苦笑した。

「俺は、好い仲間に恵まれている。
 仲間を信頼してその時その時の決断を、精いっぱいやっているだけだ。

 きっと君もリーダーという立場上、若さや未熟さを感じて決断に迷うこともあるんだろうが、通過儀礼だぞ。
 先達の冒険者に憧憬を示した時、彼らは〈未熟さを忘れるな、懸命になれ〉とだけ教えてくれた。

 リーダーに必要なのは果断に決めて、責任を取る気概ではないだろうか。

 君はレナータを守るため多勢に挑み、複数の敵を退けた。
 その行動と力はリーダーに必要な果断さだと、俺は思う。

 あとは仲間に隠さず事実を話し、よく相談して賛同を得ればそれでいい」

 ポンとニコロの肩に置かれたシグルトの手は、美しい外見に似合わず節くれだって硬い。

「シグルトはね、どんな時も仲間をまとめて要所を決めてくれて、人のせいにしない。
 こういう人だから決断を委ねられるし、利害に執着して仲間同士で駆け引きしなくてもいい。

 絶対にぶれないから最高のリーダーなんだよね」

 ロマンが自慢げに言うリーダーの資質。
 それを聞いて、目から鱗が落ちる思いだった。

 シグルトの言葉には、仲間への強い信頼がある。
 信頼しているからこそ理解し、最善を決断している。

 リーダーは凄くなくてもいい…つまり特別優れていなくても良いのだ。
 冒険者としての資質の高さにばかり目が行き、焦りから大切なことを見失っていたことに気が付き、ニコロは心の奥ですとんと腑に落ちるものを感じた。

「くっそう。
 リューンの宿の専属でなけりゃ、囲い込みたいんだけどなぁ。

 お前の若さでそんな風に断言できる奴なんか、いやしねぇぞ」

 マスターが評価しているのは、シグルトの実力よりも、円熟した精神と必要ならば汚れることすら恐れない胆力である。
 仲間や周囲の人間に及ぶ被害を配慮しながら、その時すべき決断を最速で行って迷わず突き進むこと。
 熟練冒険者にも簡単にできることではない。

「確かに。
 シグルトって、どんな時もあんまり迷ってる様子が無いのよね。

 迷わないって、難しいことだと思うんだけど」

 ジゼルがそんな感想を述べると、シグルトはまた苦笑して「俺だって迷うことはある」と答えた。

「逡巡は、命を懸ける場面で時間という選択肢を浪費するんだ。
 その時思いつく最善を、できるだけ早く行う。

 先攻(ファーストストライク)。
 険しきを冒す者は、苦難の先端に立つ故に足元が崩れる前に疾る必要がある。
 
 〈迷ってもいいが、後悔する前に決めろ〉…父の教えだ」

 一瞬だけ、青黒い瞳にぐっと漲る意志。
 シグルトが、父から受けた教訓をとても大切にしていることがよくわかる。

 レナータは、シグルトの霊気が何故美しいのか、この時はっきり理解した。
 揺らがない信念が刃筋の通った刀剣のようで、生きることへの強い覇気を宿しているのだ。
 大自然の力強さが理不尽であっても雄大で美しいように、決意という強さを秘めた生き方は、弱さを持つ者が抱く憧憬の先で待つ到達点。

 魂(スピリット)という言葉には、信念という意味もある。
 主体性(アイデンティティ)がくっきりとしている魂は、強く輝くことができるのだ。

 青黒い瞳の奥底に苦渋とともに宿った決意を見て、レナータは少し悲しい気持ちになった。

 シグルトはその決意を抱くまでに、そして抱いた後にも、数えきれない闇を背負い飲み込んでいるに違いない。
 「凄い」とか「優れている」という評価が、シグルトの心に棘を突き立てているのだとわかる。
 決断することで手からこぼしてきた大切なものを思い出す時、至らなかった不甲斐無さが責め苛むのだ。

(艱難辛苦に打ち直され、自らを研ぎ澄まし頂を目指そうとする孤高にして諸刃の生き様。
 開闢に至る可能性を宿しながら、茨の道が行く手に待つ。

 試練で身を欠けさせ擦り減らし、錆び朽ちる。
 最果てにあるのは、朽ちた剣が並び立つ寂寥の墓地。

 流した血潮で慟哭を洗い、荒涼とした未来に独り立つ。

 万象を生みし母に愛されし、発現の御子。
 大悪にも恩恵にもなりうる、文明と進化の切先を振るい、道を開く者。

 そは刃金なり)

 精霊術師に伝わる、詩(うた)。
 刃金とは英雄に宿る戦士の精霊のことだ。

 英雄たちに共通すること。
 未踏の偉業を成した者だと人は言うが、それ以前に難行がある。
 多くの英雄は、波乱万丈の先に悲劇で果てるのだ。

「…シグルトさん、熟慮と休息も忘れないで。

 あなたはとても優秀で、こんなにも期待されています。
 でも、それ以上に生き急いで見えるんです。

 かけられた期待に全て応えられる者などいません。
 あなた自身が、一番それを知っているはずです」

 周囲からかけられていたものとは正反対の、制止の言葉。

 皆が一斉にレナータを見た。

「師が言っていました。
 〈しないように努力する者も、囚われるのが後悔だ〉と。

 勇敢に懸命に力を尽くすことはとても大切なことかもしれません。
 でも、命を削る生き方だと思うのです。

 あなたの大切な人たちのために、無茶はしないで…」

 見開かれていたシグルトの青黒い瞳が、フッと柔らかに細められた。

「君は、母と同じようなことを言うんだな。
 〈親しい者は、無茶を行う者よりも嘆くのだ〉、と。

 子供の頃、コケモモを採りに幼馴染や妹と森にでかけた折、狼の群れに囲まれて必死に戦った。
 無数の狼を殴り殺して親しい人を護り、自慢げに興奮していた俺の手から、刺さった狼の牙を抜き、泣いて怒った母の顔を思い出す。
 …俺はあの時からちっとも成長していないな。

 俺はきっと、必要ならまた狼の口に手を突っ込んでしまうだろう。
 でも、君や母の言ってくれた教訓は忘れまい。

 うむ…心しよう」

 確認するように決意を言葉にすると、シグルトはニコロの方を向き、肩をすくめた。
 まるで「男ってやつは、どうしようもないな」と苦笑するように。


 翌日の朝、“風を纏う者”とニコロはアレトゥーザの役所に向かった。
 パーティの中でレベッカだけは盗賊ギルドに向かっていた。

 レナータは負傷した足を治療する意味で、『悠久の風亭』に留め置かれていた。
 ジゼルは今日から別行動で、アデイとともに舞踏の基礎を学ぶことになっている。
 
 アレトゥーザの役所で、ジョドの襲撃が伝えられ、危険人物から身を護るために自衛のための実力行使を行ったことと、今後アレトゥーザに滞在する時は襲撃に対して自衛行動を辞さないと半ば強引に要求するシグルト。
 その横でスピッキオがレナータに書いてもらった被害届を提出し、聖海教会の聖職者として遺憾を表明する。
 ニコロは付き合う形で、場に居合わせたことを話し、シグルトやスピッキオの要請が正当だと相槌を打つ。

 シグルトが止めとばかりに貴族の庇護を受けていることを証明する印章を見せると、効果はてきめんだった。

 受付嬢では対処できないことと奥の応接間に通されて、アレトゥーザ市議会の重役と話し合った結果、ジョドやその取り巻きが襲撃してきた場合、退けるための武力行動が認められるという申し出が提出され、シグルトやニコロが取った防衛行動に関しては「止むを得ず行った行動」として不問になるだろうとの話であった。
 ジョドの逸脱した行為はアレトゥーザでも問題となっており、今回は聖海教会司祭からの口添えもあることで、ジョドには役所から厳重注意がされるとのことである。

 その後一行は聖海教会に向かい、スピッキオがマルコ司祭に事の次第を話すと、マルコ司祭はすぐに穏健派の集会を開くと言って教会を出て行った。
 彼の話では、「ジョドが次に問題行動を起こせば破門になる」という宣告がなされ、しばらく謹慎処分になるだろうとのことである。

 レナータやシグルトを殺そうとした行為に対し随分と甘い処置にも思えるが、侍祭のような下級の聖職者にとって破門とは生活基盤の全てを奪われるに等しい罰なのだ。
 それに、現行犯でジョドを連行しなかったことも問題となっていた。

 シグルトやニコロがジョドを連行しなかったのには、周囲の人間が襲撃を黙認していたという背景もある。
 ジョドは裕福な商家の出で資産もあり、アレトゥーザでは上級市民に当たる身分だ。
 今回はスピッキオを介する連名の申し出なので、役所や教会が動いたとも言える。
 あの場でジョドを下級兵士に突き出しても、ジョドが「暴行された」と騒ぎだせば、拘束されたのアシグルトやニコロで、最悪原因に当たるレナータが罪人にされてしまう可能性があった。
 
 この時代の刑事事件は、撮影機器等の証拠物件を確保する手段が少ないため、ほとんどが犯人と被告の証言による。
 そして、証言の良し悪しは、証言者の身分や信用に直結しているのだ。
 
 レナータの襲撃事件は、普通に提訴すると聖職者でもあり身分が高いジョドの言い分が通ってしまうだろう。
 シグルトは貴族の庇護を受けているが、現状は冒険者でアレトゥーザ市民ではない外国人だ。
 ニコロも同様で、通常の申し出ではむしろ立場を逆用されて危機に陥るかもしれない。

 そこで、教会のより上位の聖職者であるスピッキオが、保証人としてシグルトの正当性を主張することで「聖職者としてのジョドの権限を封じた」のである。
 上級の聖職者であるマルコ司祭の口添えもあれば、教会側はジョドのやりすぎを看過できず、今回のことに対して横やりを入れる可能性は低くなるはずだ。

 さらに、シグルトが貴族の後援を受けている冒険者であることが大きく影響する。
 周囲を固め、役所に堂々と詳細を報告し訴えるという行為で公文化して下層で握り潰しができないようにしてから、シグルトは貴族の庇護を受けているという立場を真正面から行使できるようになった。

 シグルトは西方でも有力な貴族であるヴェルヌー女伯の寵愛厚く、しかもヴェルヌー女伯はかつてゼーゲ十字軍で活躍した貴族の家系で、聖遺物を所有する名門だ。
 もしシグルトが「善良な市民を守るために自衛行動をとった」ことを正々堂々と証言して訴えたのに、都市の役人や教会が「地位の面から証言を却下する」などすれば、庇護者であるヴェルヌー女伯の面子を潰してしまうのだ。
 下手をすれば国際問題になりかねない。

 面倒な手順を不踏むことにはなったが、シグルトは都市法や権限を駆使して太い楔を打ち込んだ。
 今までその権力を使って人を扇動しレナータを迫害してきたジョドだが、裕福で上級市民程度の侍祭では話にならない、ということである。

 貴族社会が残る地域において、身分を持たない者が権利を主張するのはとても難しい。
 正当性よりもコネクションやバックボーンの強さを武器にしなければ、同様の手段を使う敵には勝てないのだ。

 ニコロは、“風を纏う者”の巧みな交渉を見て衝撃を覚えていた。
 今までの仕事で、冒険者という底辺の立場故に苦労した場面は数知れない。

 ニコロのような若い冒険者は、コネクションを作ることに消極的な者が多い。
 「冒険者に手を貸してくれる身分の高い人物などまずいない」と考えるし、自由を束縛するそれらのパトロンに関わりたがらないのだ。
 斯様な食わず嫌いが、今回のような場面で決定的な力不足にもなりうるのだと、気付く一件だった。

 学ぶことが多かったと言って『悠久の風亭』に帰るニコロに、「また逢おう」と言って別れを告げると、“風を纏う者”は別行動をとっていたレベッカと合流するため大運河へと向かうのだった。


 レベッカはすでに待ち合わせ場所に来ていて、露店で販売している貝の串焼きに魚醤を塗ったものを旨そうに頬張っていた。
 じっとりとした目で見るロマンやスピッキオを無視し、食べきった木の櫛を捨て、口に着いた魚醤を拭うと経過報告をしてくる。

「…取り越し苦労だったわ。

 なんでかレナータちゃん襲撃の詳細が盗賊ギルドに伝わっていてね。
 私の方から情報提供の恩を着せてあれこれはできなくなってたんだけど、ここの盗賊ギルドは全面的に私たちのケツを持ってくれるってさ。
 
 ロネ…腕の長い盗賊が手を出して来たら、ギルドを気にせず殺していいって。

 ジョドって侍祭、異端審問官を気取って相当あくどいことやってたみたい。
 盗賊ギルドの方も随分迷惑してたのよ。

 あたしら盗賊は、女はもちろん異邦人や異教徒も多いから、ああいう差別主義者は基本的に敵になりやすいの。
 前に娼婦を不浄な職業だとか言って、ギルド幹部の女に暴行して顔を傷モノにしたことがあったみたいでさ…ギルドでは一致して徹底的にやるって言ってたわ」

 裏社会の方でも対策がされたため、レナータ襲撃の件は一端これで手打ちということになった。

「それじゃ、ゴブリン退治だね~!」

 当初の目的通り、シグルトたちはこれからゴブリン討伐に向かうことになっていた。
 ゴブリンの目撃例があった場所から近い村に一泊して、明日探索と討伐を行うことになる。

「そのことなんだけどさ…

 さっきまで別のパーティの子がいたから仕事の話はしなかったんだけど、今回の討伐、ちょっとヤバいかも。
 ダークエルフか邪教の司祭みたいなのが混じってるかもって情報があるのよ」

 ダークエルフと聞いて、一斉に緊張が走った。

「ふむ、邪悪な闇妖精がおるかもしれんのか。
 連中は闇の精霊術や攻撃魔法を得意としておる。

 村に着くまでに対策を話し合っておかねばいかんの。

 わしらには対魔法の術が無い。
 連中の使う精神を錯乱させたり恐怖に落とす術、呪縛や眠りに、最悪【炎の玉】のような広範囲攻撃の魔法もあるかもしれん。

 シグルト、どうすべきじゃと思う?」

 スピッキオが戦闘の指揮官でもあるリーダーに問う。

「依頼を受けた後で、無いものを今更どうこう言っも始まらん。

 戦い方としては、ロマンに【眠りの雲】を使ってもらって出ばなをくじくことだが、ダークエルフの中には異常に魔法に対する抵抗力が強い者がいたはずだ。
 魔法は基本効かないことを前提に、ダークエルフがいたら優先で狙って戦おう。
 他の術師やシャーマン種がいても基本戦略は同じだ。

 レベッカ、お前は撹乱や新しい技で足止めを試してほしい。
 確か、成功さえすればある程度動きや発声を封じられると言っていたな?
 見張りの始末や口封じも頼む。
 最悪に備えてロマンが調合した【治癒の軟膏】を持ち、スピッキオが行動不能になったら最優先で使ってくれ。
 多数に狙われたと思った時は魔法の指輪で隠れて凌ぐのがベストだろう。
 
 ロマンは、レベッカの搦め手に乗じて可能なら魔法を使う敵の呪縛を狙ってほしい。
 攻撃の術より眠りや呪縛を優先だ。
 敵の集団が眠った後は、止めは俺やラムーナがやる。
 【魔法の矢】は攻撃が当たらない時に、俺の精霊術とで奥の手になるから、最初は様子見で温存だ。

 ラムーナ、盾で身を守りながら、俺と一緒に魔法を使う敵がいたら最優先で狙うぞ。
 ただし、技量的に攻撃が回避されそうならホブゴブリン優先だ。
 もしロマンが術師の類を拘束したら雑魚から撃破して行く。動ける強い奴を優先だ。
 精神系の術を食らったら、魔剣を使って戦い持ち直すまで雑事は考えるな。

 スピッキオは、守りの神聖術をかけながら怪我人に回復魔法を頼む。お前が倒れたら防御面で持たない。
 守りはお前が最優先、次点でロマンだ。俺とラムーナは自前の技があるし、ちゃんとした防具もある。前衛への補助の術は最後にして貰って構わん」

 堅実な作戦を考えながら、「これでは無茶をせざるを得んな…」といつもの苦笑い。

「仕方ないよ。

 私たちは〈険しきを冒す者〉。
 冒険者なんだから」

 にっこり笑うラムーナの目は、戦意に溢れている。

 どんな熟練者でもあっさり死ぬのが冒険者だ。
 最善を尽くしても不測の事態が起き、虫が人間の子供に手足をもがれるように、理不尽に食い尽くされる。

 戦いとはどちらかが最後に蹂躙されるものだ。
 勝利と敗北という絶対的結果はほとんど揺るがない。

 心の中で母とレナータに詫びながら、シグルトも敵を打ち倒す戦士の目になった。


 ゴブリンの被害が最もあったという村に着くと、“風を纏う者”は村長に一晩の宿を頼み、ゴブリンに被害を受けた者や目撃した者から情報を収集して、彼らのねぐらがある場所を特定する。

 陽が沈んだら休んで、次の日早朝に発つと、ゴブリンが目撃されたという付近にある洞窟へと向かった。
 夜行性の妖魔であるゴブリンは夜目が利くため、薄暗い廃屋や洞窟を根城にし、昼間は籠っていることが多い。

 洞窟周辺の痕跡から、十匹程度の小さな群れ画素の洞窟をねぐらにしていると断定できた。
 攻め入る前に可能な準備をする。

 スピッキオが防御の神聖術【聖別の法】を仲間にかけて行く。
 レベッカがロマンから高品質の【治癒の軟膏】を受け取り、服に仕込んだ隠しポケットにしまう。
 ラムーナはリズムを口ずさみながら、とんとんとステップを踏んで習得したばかりの【幻惑の蝶】をいつでも行えるように身体を温めていた。
 シグルトは言霊を込めて相棒の精霊トリアムールを呼ぶ。

 洞窟にに入る時の隊列は、先頭が斥候役のレベッカ、次いで前衛壁役のシグルト。
 中衛に浪漫とスピッキオが続く。
 殿は身体が小さく突進力のあるラムーナだ。

 レベッカがすぐに見張りのゴブリンを見つけ、忍び寄って手に持った拘束紐で首を縛りあげる。
 悲鳴を上げることもできず、見張りは頸動脈を圧迫されて即座に意識を失い、シグルトが首が落ちる音がしないように首を掻き切った。

 奥に進むと、奇襲なはずにもかかわらずゴブリンが布陣している。
 屈強な体格のホブゴブリンが二体、他にゴブリンが六体。

 シグルトの首の産毛が逆立つ。
 感じた違和感…敵はこうも的確に奇襲に対処しているのに、首魁となる賢そうな奴がいない!

「…ラムーナ!」

 即座に付与した精霊術を解放し、全面の二体のゴブリンを打ち据えながら、シグルトは即攻の抜き打ちでホブゴブリン一体を瞬殺しながら叫んだ。

 殿を務めていたラムーナは、阿吽の呼吸でシグルトの言葉に呼応し、前転してひらりと〈背後からの攻撃〉を躱し切る。
 とっさに構えた盾の表面をこすり、針のように細い短剣の切先が薄暗い洞窟に火花を散らした。

 ぬっと、闇から現れたのは眼光鋭い蓬髪の女。
 長く尖った耳と、黒い肌。
 間違いなくダークエルフである。

「人間ごときに我が一撃を躱されるとはな…
 
 次は無い。
 ここで死んでもらおう」

 入口につながる通路を塞ぎ、その黒い女は酷薄に嗤った。

「ラムーナ、無理せずに俺と並べ。

 スピッキオとロマンを挟んで他の面子で囲むんだ」

 ロマンはすでに魔導書を開いて詠唱を始めていた。
 スピッキオも聖印を持って祈りながら、精神を集中する。

 バク転しながらラムーナが近寄ろうとしていたゴブリンを蹴り飛ばし、シグルトの横に付く。

「《舞い踊る白刃よ疾殺を歌えっ、荒れ狂う隼の飛翔の如く!》
 
 《…斬り裂け!!!》」

 密集を見て取りダークエルフの唱えた呪文は、南海の術師たちが好んで使う【操刃の舞】という魔術だ。
 〈飛び段平〉などとも呼ばれ、魔力で操作する刀剣で敵を薙ぎ払う術法である。
 
 落ちていたゴブリンの剣が突然浮き上がると、ものすごい勢いで旋回しながら飛翔し、シグルトたちの間を駆け抜けた。

 あらかじめ掛けていた防御の神聖術が刃を弾き返し、重傷を負った者はいない。
 ラムーナに至っては付与した【幻惑の蝶】の能力によって、完全に回避していた。

 シグルトから再び二筋の風が疾る。
 先ほどの精霊術で瀕死になっていた二体のゴブリンは、この攻撃により次々と斃れ伏した。

 向かってきた刃の洗礼を、シグルトも回避していた。
 すでにダークエルフの影、死角に踏み込んで死に体からその脇腹を抉る。

「ぐぅっ!」

 シグルトは剣術の型について学び、解放祭パランティアの時謝礼として受け取った技術書の剣技【刹那の閃き】を習得していた。
 この技でホブゴブリンを瞬殺し、トリアムールの風で勢いをつけた状態から避けられぬ【影走り】をダークエルフに敢行したのである。

「…仕留められなかったか」

 敵の大掛かりな呪文を回避し、絶妙のタイミングで有効打を与えながらも、シグルトの表情は苦い。
 本当なら今の一撃で沈めておきたかった。

「おのれぇっ!」

 流血しながらも、傷はあまり深くない。
 ぱっくりと切れているのは、服の下に着込んだ胴着である。
 頑丈な樹木の中皮となる繊維で編んだそれは、特別な樹液に浸すことで鎖帷子に準じる防御力を発揮するのだ。

「《…眠れ!》」

 ロマンの呪文が完成し、密閉した洞窟の中に無味無臭の催眠ガスが満ちる。
 これにより残ったゴブリンとホブゴブリンがバタバタと眠っていく。

 ダークエルフも巻き込んだはずだが、効いた様子が無い。

「ふん、下級妖魔など役に立たんか。

 …いいだろう、我一人で十分だ」

 ゆらり、とダークエルフが疾走する。
 意趣返しのようにシグルトの脇腹が裂け、血が飛沫いた。
 盗賊に伝わる【黒猫の牙】という短剣術である。

 一瞬だが動きを封じるこの技で体勢が崩れ平衡感覚を失ったことに気付いたシグルトは、籠手で防御をし地面を転がり仲間に指示を飛ばした。

「そいつは白兵戦でも使い手だぞ!

 ロマン、【魔法の矢】で疲弊させて行け…生半な攻撃は当たらん!
 ラムーナ、確実に当てられないと思ったら寝ているゴブリンの喉笛を踏み砕きながら挑め!ロマンに攻撃させるな。
 レベッカとスピッキオは作戦通りだっ!」

 攻守を交代するようにラムーナが前に出てダークエルフに攻撃するが、容易く回避される。

「くっそ、こんな化け物が相手なんて聞いてないわよ!」

 レベッカが毒づきながら、力任せに足元のゴブリンの喉笛を踏み砕いた。
 止めを刺し切れずはね起きて呻くそれを、シグルトが籠手で殴り止めを刺す。

「《…穿てっ!》」

 シグルトの指示に従ってロマンが【魔法の矢】を直撃させるが、ダークエルフはそれにも耐えきった。
 よろめいているので、シグルトの初撃と合わせて体力を削ってはいる。

 反撃とばかりに、もう一度【操刃の舞】が“風を纏う者”を薙ぎ払うと、ロマンが流血して地面に膝をついた。
 癒しの術を準備していたスピッキオが即座に回復の手を入れる。

「このっ、しぶとい人間どもがっ!」

 レベッカのフェイントやラムーナの放つ大振りの攻撃をすべて避けながらも、ダメージのせいで青ざめ、ダークエルフは焦りを見せている。
 交互に攻撃を仕掛けながら、隙を見て眠ったゴブリンに止めを刺し、“風を纏う者”は少しずつ敵を追い詰めて行った。

「《穿てっ!》」

 ロマンの二発目の【魔法の矢】がダークエルフの額を弾いた。
 驚異的な体力で耐え、ダークエルフは憤怒の形相で追撃に飛び掛かったラムーナの腹に拳を叩き込んで、シグルトの放った【刹那の閃き】を躱す。

 ぐらりと倒れたラムーナを見て、スピッキオが聖印を握ると強い祈りの言葉を唱えた。

「《主よ、救いの御手を!》」

 スピッキオが使ったのは神聖術【癒しの奇跡】。

 蓄積していた“風を纏う者”の疲労が一気に拭い去られ、倒れていたラムーナが片手倒立から蹴り込むようにダークエルフを攻撃しながら立ち上がった。倒立する時に手放していた盾の取っ手を足の先でひょいっと持ち上げゲル器用な芸当をしながらである。

 ラムーナからの反撃を避けて、はたとダークエルフが周囲を見れば、周囲のゴブリンとホブゴブリンはすでに皆事切れていた。
 レベッカが仕掛ける振りをしながら、止めを刺して回っていたのだ。

「そら、もうあんたでおしまいってね!」

 向かってきたレベッカに、「身の程知らずめが!」と短剣を振ると、ぷつんと髪が抜ける。
 レベッカがおちょくるように毛を引き抜いたのだ。

 憤怒の表情でレベッカを睨むダークエルフ。
 シグルトはその時、トリアムールに呼び掛けて精霊術を備えていた。

 魔法で避けられない止めが来る…そう悟ったダークエルフはせめて刺し違えんとシグルトに刃を振るったが、シグルトはレベッカが作ってくれた隙を利用して【堅牢】で防御を行い、攻撃を耐えきった。
 クロスした籠手で挟むように敵の短剣を抑え込み、がら空きの脇腹に風が一閃。

 シグルトが最初につけた傷から大量の鮮血が噴き出した。
 肝動脈まで断たれたのだ。
 喀血したダークエルクががくりと膝を折った。

「…ここまでか…。

 人間ごときと侮りすぎたようだ」

 続きを言わさずシグルトは無言でその首を断ち、確実に止めを刺す。
 ダークエルフや邪教の神官は、死に瀕した時呪詛を残すことがある。
 呪術に詳しい知り合いから、「死に際の術師のたわごとは絶対に聞くな」と言われていた。

 自嘲的に口端を吊り上げ、ごろごろとダークエルフの生首が転がっていく。

「…勝った?」

 次の術を用意していたロマンが、呆けたように呟いた。
 そうなるほどに敵の首魁はしぶとかったのだ。

「ええと…

 何も言わない。
 死体のようだ?」

 ラムーナが、転がったダークエルフの首を剣の鞘でつつきながら、首をかしげた。
 戯曲などで笑いを取る時に使うセリフ付きである。

「…死体なら何よりね。

 シャレになんないわよ。
 なんつ~すばしっこくて頑丈なの、この黒兎女!」

 念のためと、転がったゴブリンたちの生死も確認する。
 見張りを含め、ゴブリン七匹にホブゴブリン二匹はすべて死んでいた。

「ふい~。
 前にオーガと戦った時の方が、まだ楽じゃったわい。

 敵の呪文がたまたま刃じゃったが、もう少し魔法対策が必要じゃの」

 集団攻撃の術法を使う敵がどれほど恐ろしいか、改めて痛感する戦闘であった。

「【魔法防御】みたいな抵抗力向上の術はほしいよね。
 でも、あれって魔術回路を圧迫して他の術が使い難くなるんだよなぁ。

 僕も攻撃魔法でダークエルフが使ったような対集団系や、自己防衛用の術がほしいよ。
 正直僕の今の魔術回路じゃ、領域不足かも。

 へフェストの【カドゥケウス】があればなぁ」

 銀貨数千枚する高価な魔法の杖を思い浮かべ、ロマンは溜息を吐いた。

「そのためには、お金が必要よね!

 何か金目のものが無いか漁ってたら、あのダークエルフが持ってたらしい書簡を見つけたんだけど、見たことない言語でさ。
 あんた読める?」

 レベッカが数枚の羊皮紙を持ってくると、蝋が剥がれたものをロマンの前に広げて見せる。
 西方圏には無い、ミミズののたくったような字が書かれていた。

「…これはおそらく聖典教徒が使う東方の文字だね。
 この紙からはかすかに潮の香りがする。

 フォルトゥーナ近郊の島にある自治区に、聖典教徒を先祖に持つ改宗者が住んでるって聞いたことがあるよ。
 指輪を使って翻訳すれば内容を判別できるとは思うんだけど、暗号みたいだし、正直内容は知りたくないかな。
 ダークエルフの持っていたものだから、ろくなこと書いてないと思う。
 ぱっと見で知ってるものでも物騒な単語、たくさん使ってるし」

 レベッカに対し「指輪の魔力を使う価値があると思う?」とロマンが尋ね還すと、ラムーナと一緒に死体の処分を終えたシグルトが書簡を取り上げて丸めてしまう。

「翻訳はせずに、盗賊ギルド経由でアレトゥーザのお偉いさんに渡した方が良いだろう。
 手数料を取られるかもしれんが、地元の冒険者ではない俺たちでは、下手に内容を知ると厄介ごとに巻き込まれる。

 内容を知らない・見ていないなら、密偵たちに見張られてもボロは出ない。
 〈無知は至福である(Ignorance is bliss)〉、だ」

 西方風に「知らぬが仏」とシグルトが下した判断に、スピッキオが賛同する。

「臨海都市であるアレトゥーザとフォルトゥーナは、昔から不倶戴天の宿敵同士でな。
 最近の海賊騒ぎもフォルトゥーナが暗躍している、とも言われておる。

 ダークエルフは犯罪や紛争の闇に紛れて日銭を稼ぎ、活動することが多いからの。
 海賊騒ぎの合間に、小規模の妖魔の群れを率いておったのだから、その背景はろくなことではあるまいて。

 シグルトの言うようにアレトゥーザの役人の方に書簡が渡れば、事後処理はあっちでやってくれるじゃろう」

 男性陣が揃って「関わるべきではない」という意見だったので、ラムーナも「面倒は敵!」と手で×を作って同調する。
 レベッカも、「なら仕方ないわね」と書簡を道具袋に収めた。


 結局ダークエルフの持っていたそれらの秘密文書は、次の日に盗賊ギルド経由でアレトゥーザの役人に手渡され、内容が重要なものだったため銀貨五百枚ほどの報奨金となるのだが、盗賊ギルドに仲介料と面倒ごとの処理で六割も引かれてしまい、“風を纏う者”には銀貨二百枚だけがもたらされた。

 ダークエルフの討伐に関しては、レベッカが描いた似顔絵と耳の拓を取って討伐の証明としたが、都市議会が「討伐を依頼をしたものではなかったから」と、金を全く出さなかった。
 海賊退治の結果が芳しくなく、さらなる討伐の企画で都市議会には金が無いのだ。

 当初のゴブリン退治の報酬と合わせれば、報酬の合計は銀貨七百枚。

 ダークエルフ撃破という、ロード種やオーガの討伐にも匹敵する偉業を達成しながらあまりに報酬が少ないと、レベッカは嘆く。
 『悠久の風亭』の主人に賃上げ交渉をしようとするのをシグルトが止め、申し訳なく思ったマスターが宿代を大幅にまけてくれた。

 間も無く盗賊ギルドから都市議会から呼び出しがあるという話が来たが、「今回の一件は報酬が出ない程度の関り。盗賊ギルドの方が多く金を貰ってるのだからそっちで責任をもって処理するように」とレベッカが切って捨てた。

 盗賊ギルドの言葉は正しく、都市議会からは「直ちに出頭して状況を話すように」という頭ごなしの召喚命令があり、役人の使者から受け取った召喚状の内容に不快感を表したシグルトとロマンは、「すでに報告は済んでいる。仕事のついでにダークエルフを倒しただけなので話すことは無い」と命令を拒否してしまった。

 なんでも相手の言うことを聞く冒険者は軽く見られる。
 「こっちを軽んじた結果だ」と強く出るのも、冒険者流の外交なのだ。

 担当の役人は冒険者をはなから馬鹿にしている人物で、再度の召喚状で「“風を纏う者”が審問に応じない場合、ジョドの一件に関する要請を却下する」と脅しをかけてきたのだが、これにはシグルトが強い怒りを露にして、「我々はアレトゥーザの市民ではなく、他の都市の冒険者としての権限を有する。もしそのような不当な扱いをするのであれば、後援の貴族を通じて不正を訴え強く抗議するだろう。今回の都市議会の態度は西方中の貴族に知られることになる」と威圧して使者を追い返し、以後その役人との会合の一切を拒否した。
 返答は役人以外に、もう一通手紙を使って教会の穏健派経由で市長に渡すという手の込みようである。

 市長への手紙には海賊退治のせいでゴブリン討伐が放置され“風を纏う者”対応したこと、元々都市議会の方が、ダークエルフの討伐を報告に行った“風を纏う者”を軽く扱ったこと、その場でダークエルフに遭遇し書簡を手に入れたが〈異国語らしく開封されたものも読めなかった〉など、事細かに議会が求める情報を書いてある。
 担当の役人が犯罪者を呼びつけるように命令してきたため不快な思いをしたこと、別の案件を盾に脅迫してきたのでそれを断ったこと。都市議会が脅迫の内容を断行すれば、後援の貴族ヴェルヌー伯と相談し、“風を纏う者”の自由と名誉にかけて断固抗議する、と状況も添えてだ。

 無礼な役人の方に情報が渡ればそちらの手柄になってしまうから避けるが、持っている情報は都市議会の良心的な人物に渡すべき。
 シグルトは「正面から都市議会の全てと諍い合う無茶はさすがにできんからな」と苦笑していたという。

 結局役人の謹慎処分と降格が決定し、“風を纏う者”の召喚命令は撤回された。

 その役人はジョドからも賄賂を受け取っていた人間で、“風を纏う者”の訴えで大切な金蔓を失ったことを逆恨みしていたらしい。
 街の権力者が優秀な冒険者を力づくで囲い込もうとすることはよくあることで、優秀な冒険者である“風を纏う者”を手駒にしようと企んでいたのだ。
 最近海賊退治でいくつもの優秀な冒険者の何人かが手痛い失敗をしており、役人の傀儡だった冒険者パーティが全滅してしまった、という事情もあった。

 都市議会から詫びが入り追加報酬の話にまでなったが、シグルトは仲間と相談の上これを断って「手紙に使った羊皮紙とインク代」のみを請求し、次は無礼な対応が無いよう配慮を求めたのである。
 市長への橋渡しをしてもらった聖海教会穏健派は、保守派に関わる役人を一人排除できたことで大きな利益を得ていた。

 最この騒動で、“風を纏う者”はほとぼりが冷めるまですぐアレトゥーザを離れようと決断する。
 騒ぎ過ぎたため、地元の冒険者への影響を配慮したのだ。
 あまりよそ者が大きな面をすると、確実にもめる。

 こうした交渉戦は一見とても面倒なものだが、実行できる冒険者は一目置かれる。
 世界を旅する冒険者だからこそ、その身と立場を守るため必要な技能なのだ。

 ジゼルは元々基礎的な舞踏の素地ができているということで、【舞踏家】として名乗ることをアデイに許されたが、基礎鍛錬を兼ねて“風を纏う者”と同行し、リューン経由でペルージュに向かうことにした。

「こんなに早く旅立つ羽目になるなんてね…」

 アレトゥーザの海産物を殊の外気に入っていたジゼルは、残念そうにしながらもすぐに旅支度を整えた。

「貴族とのコネを使い過ぎた野も理由でな。
 ペルージュに行く前に、ヴェルヌー伯に挨拶や経過報告をしておかねばならん。

 予想外もまた冒険というわけだ。
 こういうことにも慣れんと、朝飯を食う暇も無くなるから覚えておくといい」

 長靴を履き、外套を羽織ったシグルトが挨拶を済ませると、そんなことを言いながら宿から出て行く。

「アレトゥーザの海風も、ちょいと冷たくなってきたわねぇ」

 防寒用にファー付きの外套を纏いながら、レベッカはマスターと女将に手を振ってから、外の風に身を縮めた。

「これじゃあ、北はもっと寒そうだね」

 灰色の冬空を睨みながら、厚着をしたロマンもレベッカの後に続く。

「次の宿ではあったかいもの食べようよ!

 シチューかポトフがいいな~」

 一番薄着のラムーナは、健康的な脚の肌をちらつかせながら駆け出して行った。

「やれやれ、老骨には堪えるの」

 そういいつつしゃんと伸びた背筋で、スピッキオも宿の扉をくぐった。

「わ~、護衛対象置いてかないでよっ!」

 慌てて追いかけながら外に出たジゼルは、あまりの寒さにぶるりと身震いして“風を纏う者”を追いかけるのであった。

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2018年12月
  1. 『碧海の都アレトゥーザ』 闇窟の妖魔(12/03)