FC2ブログ

タイトル画像

◆CWリプレイ:PyDSガイド◆

2019.01.20(01:21) 409

 2019年01月20日 更新しました~

 現在カードワースのリプレイ再録をしています。新しい話もぼちぼち。
 この記事は目次代わりであり、旧リプレイより読みやすくなっています。

 ◆リプレイR分再録完了しました!◆

 更新の日付が変わっている時は、たいてい再録されたリプレイがアップされているので、「この記事が最新のまま変わらないよ」ってときも、よろしければ確認をしてみて下さい。
 知らないうちに話数が増えていたりするかも?


 旧宿データが吹っ飛んでしまい、前回のリプレイから相当年月が経っているため、思い切って様々な要素を詰め込んだリプレイ再録と相成りました。

 使用エンジンはカードワースPy Reboot。
 せっかくカードワースダッシュのスキンを作って紹介したので、そのStandardスキンを使うこととします。

 再録にあたり、Standardで宿を作りPCを作成し直しました。
 若干能力値が上がったり下がったりですが、大きく変わった感じはありません。
 Standardは標準の才能型がもう少し能力的に緩やかで、生命力の極端な低下を避けていて、子供の身体能力が抑えられている程度なので、特殊型ばかりの風を纏う者たちはあんまり影響がないです。

 せっかくなので別パーティも作成し、将来的にリプレイ2のオルフたちも作り直して第5パーティとして合流させようかなと。
 第2パーティの煌く炎たちは、元傭兵のマルス、すれっからしの女火精使いゼナ、高飛車尼僧レシール、燻し銀老魔術師カロック、野暮ったい盗賊ジェフの5人組。クロスの関係でリプレイできないシナリオや絶版になってリプレイに出せない古いシナリオなどをプレイして、アイテムのトレードなどで補助的な役割を果たす予定です。

 第3パーティ華麗なる花々は外伝に登場した年増姫こと白の妖精姫アルフリーデ様をリーダーにリプレイ2で登場したグウェンドリンとレベッカの盗賊仲間エメリーを加えた女性オンリーパーティ。予定では連れ込みのジゼルとシアをこっちに。最後枠は秀麗で女性なら何でもOKっぽい…(このパーティの特徴が女性で秀麗持ち)

 第4パーティは魔道具バザーのラファーガとアナベル、白弓の射手からリノウ、こびとのなくしたものからラディーという連れ込み混成の後輩パーティの予定。あと2枠は新人連れ込みキャラで適当なのを。

 第5パーティはオルフ、エルナ、フィリ、バッツ、コール、ニルダのリプレイ2メンバー予定。ある程度本編が書きあがったら入れて行きます。

 予備戦力としてサキュバスシリーズのアンジュ、銀斧のジハードからオロフ。そのうち人外の中堅レベル連れ込みキャラが増えたら第6立ち上げようかなぁ。この2人は本業が別です。(アンジュはささやかな宝の店員さん、オロフは宿専属の修理屋さん)

 こうやって連れ込みキャラ見てみると…専業僧侶少ないですね。


 この記事は単独カテゴリにして、記事へのリンクを張り、目次代わりになっています。
 ブログ記事は読み難いと思うので、どうぞ活用して下さい。

目次

・序章 パーティ結成(PC紹介)

PC1:シグルト
PC2:レベッカ
PC3:ロマン
PC4:ラムーナ
PC5:スピッキオ

・第一章 実力派の駆け出したち
『第一歩』
『希望の都フォーチュン=ベル』 ゴブリンと狼
『碧海の都アレトゥーザ』 新たなる地へ
『碧海の都アレトゥーザ』 碧海色の瞳
『碧海の都アレトゥーザ』 路地裏の鼠たち
『碧海の都アレトゥーザ』 図書室の少年
『碧海の都アレトゥーザ』 故郷は波間の先に
『碧海の都アレトゥーザ』 荒波の啓示
『古城の老兵』
『碧海の都アレトゥーザ』 デオタトの依頼
『街道沿いの洞窟』
『聖なる遺産』
『風繰り嶺』 風纏いて疾る男
『魂の色』
『Guillotine』
『防具屋』
『碧海の都アレトゥーザ』 風は留まらない

・第二章 英雄の片鱗
『ヒバリ村の救出劇』
『シンバットの洞窟』
『魔剣工房』
『希望の都フォーチュン=ベル』 オーガ討伐
『見えざる者の願い』
『解放祭パランティア』
『希望の都フォーチュン=ベル』 商船護衛
『古城の老兵』 【影走り】開眼
『碧海の都アレトゥーザ』 鼠たちの囁き
『希望の都フォーチュン=ベル』 魔法の大鍋
『碧海の都アレトゥーザ』 空に焦がれる踊り子
『碧海の都アレトゥーザ』 海風を震わす聖句
『闘技都市ヴァンドール』 “傷難の枝”

・第三章 出逢いと縁
『甘い香り』
『夜明けの鳥』
『私』
『剣と籠手』
『ジゼリッタ』
『碧海の都アレトゥーザ』 風は南海に集う
『碧海の都アレトゥーザ』 午後の余暇
『碧海の都アレトゥーザ』 闇窟の妖魔
『グリュワ山中の護衛』


スポンサーサイト

Y字の交差路


タイトル画像

『グリュワ山中の護衛』

2019.01.20(01:17) 488

 アレトゥーザを出発した“風を纏う者”とジゼルは、南海地方の出口付近で足止めを受けていた。

 リューンがある西方中部と南海地方を繋ぐ新しい交易路は、広い森林地帯峻険な山地、南海へと注ぐ大河とその支流によって所々が難所となっている。
 今の交易路は、森林地帯を開墾してできた新しい道と、山地に発見された峡谷を通り、その間にまたがる河川に架けられた橋を使う。

 しかし、西方中部の領地で野盗が出現するようになり、その土地を治める領主によって大規模な山賊狩りが計画され、道が閉鎖されてしまったのだ。

 交易商人たちは不満をあらわにしているが、季節は冬…盗賊狩りはこの季節の風物詩のようなものである。

 収穫が終わって徴税官が税を集めて回る頃、不作だった農民は冬を越せるかどうかの目途がつく。
 今年はいくつかの村が、大きな蝗害によって餓死者を出す事態に陥っていた。
 これにより税は払えない村の村長が徴税官に免税を訴えたが叶えられず、怒った農夫たちが徴税官と護衛を殺してしまう事件が起きた。
 見せしめとして領主は加害者たちを反乱の咎で捕らえ全員処刑するのだが、近隣で同様の食糧危機にある村では苛烈な領主の態度を恐れて領民が村を捨ててしまう。

 逃げ出した村人たちは山野に逃げ込み、賊となった。

 領地を捨てた農民は、親戚を頼って他の領地に逃れるか、身を売って稼ぐか、犯罪者になるか。
 生きるためにできる当座の手段は、ごく少ない。

 冒険者や傭兵になる者もいるが、そも武器をそろえる資金も戦う術も無く、食料も残りわずかなのだ。

 冬場は魔物の活動が少なくなり、雪や寒さから戦争も減るため、荒事が減る。
 仕事が減った冒険者や傭兵くずれが、犯罪行為をすることも多かった。

 手っ取り早く食料を手に入れるには、奪うしかない。

 西方の主食は麦だ。
 麦には連作障害があり、収穫量も東方の水稲ほどではない。
 その少ない収穫を五割以上持って行かれる。
 苛政の領主であれば七~八割を税として徴収する上、足りない食料を求めて薪などを売るために都市部に行くと、関所や都市入場の関税などで儲けのほとんどを奪われてしまう。

 このような搾取された状況で貯蓄ができるわけも無く、領主主導の普請事業や戦争があれば、貴重な男手が賦役や兵役で農作業までできなくなるため、農民の飢餓は頻発した。
 飢えた何人かは必ず盗賊や犯罪者に身を落とし、奪う側になって殺すか、討伐されて死ぬことで食い扶持の淘汰が行われる。
 今回の盗賊討伐も、斯様な世の理不尽によって起きたことなのだ。

 領主が交易路を封鎖したのは、これらの犯罪者を領外に逃さず、近隣の村から飢えた領民が流入して盗賊団が巨大化するのを防いでいるわけだ。

 交易路を封鎖した領主は全くの愚か者ではなかったようで、足止めを受けてしまった交易商から足の速い食料品や消耗品を据え置きの値段で買い上げることも行っていた。
 これにより徴収できない食料品をいくらか補い、兵士を飢えさせないことで反感を防ぐ他、商人の不満をある程度軽減できる。

「この様子だと、封鎖が解かれるには数週間かかるだろう」

 “風を纏う者”は街道をまとめた地図を開いて、今後のことを相談していた。

 シグルトが、道が閉鎖された時期や領主の持つ兵力から、盗賊討伐が終わって閉鎖が解ける期間を冷静に推測していた。
 盗賊の討伐は、大きな勢力が撃破された後、ほぼ確実に残党狩りや事後処理が行われる。
 領主の命令は発行されてから領内や他領に周知されるのにも時間が必要だ。

 こういった事情を見れば、犯罪者の流出を避けるためしばらく閉鎖が解かれないはずなのだ。

「ここで何日も足止め食うのは困るよね。
 宿代もただじゃないんだし。

 でも、今海路は時化やすくて危ないよ。
 この間回り道するはめになったのもそのせい。
 アレトゥーザの海賊狩りで他の海に逃げた海賊たちが遅れた冬支度を始めたから、危険度も高いから却下。

 河川は、南海に下る場合は早いけど上りは厳しいよね…新しくできた橋が邪魔だし。
 今年は雨がよく降ったから、草木が茂って餌が増えたことで、蝗が凶暴なのに変態したんだと思う。
 秋の雨でいまだに増水したままの濁流を遡るのは、多分無理だね」

 ロマンが指先で海と河川に×を描く。

「遠回りして旧い街道を行くルートなんだけど、盗賊討伐中は確実に関税が上がってるわ。
 去年も似たようなことがあって、こことこっちの領主が関税を上げて、冒険者や交易商が関所でもめたのよ。
 ったく、足元見やがって…

 旧道は時間もかかるから、宿泊費を考えると避けたいところね」

 憤った様子のレベッカが旧い交易路を指し示して、指で×を作った。

「だとすると、山と森を突っ切るしかないわい。
 そもそもこの辺りは険しい山道ばかりで、獣や妖魔もおる。

 中継地に使える町や村があるんかいの?
 実りの無い冬場に補給地があるのかわからん山野に入るなど、自殺行為じゃぞ?」

 大きな肩をすくめてスピッキオが、山道を使う場合に予想できる問題を指摘した。

「どこもかしこも問題だらけだね~。
 野伏さんでもいないと、山越えは大変だよ。

 私たちは基本的に都市部と村落をつないだ地域で活動する冒険者だし、ジゼルさんの体力も厳しいんじゃないかな?」

 唇に指先を当て、ラムーナがシグルトにどうしようかと眼を向ける。

 珍しくシグルトは腕を組んで考え込んでいた。
 どのルートにもリスクがあり、平穏にすみそうも無いのだ。

「私はヴィスマール地方の田舎育ちだから、森や山道は割と得意だよ。
 ああいう道は見かけの険しさに比べて距離自体はあんまりないから、歩き方を知ってればそれほど体力を消費したりしないんだ。

 遠回りしたくないし、これ以上路銀を消費したくないから、私は山道で」

 ジゼルがそのように言うと、シグルトは一度大きく息を吐いた。

「このあたりの山は、南海の海風のせいで暖かく、雪が降るのは来月以降だと聞いている。
 途中に、険しい地形から冒険者もあまり行かない山村がいくつか点在していたはずだ。
 一番近いのはグリュワ村だな。

 この季節に採れる薬草があり、常緑樹も多く獣の活動もあると聞いている。
 山越えできなくはない。
 アレトゥーザに戻るわけにもいかんし、それしかあるまい。

 ただ、山は異界だ。
 天候が変わりやすく、雨風に遭うと熱を奪われ、時に気がふれたり動けなくなることがある。

 外套に脂を塗って雨よけの対策をし、 防寒具と耐寒用の軟膏を作っておく必要があるな。
 野営用の保存食も倍は持って行った方が良いだろう」

 シグルトは山越えしかないと判断し、念入りな準備すべきだと告げた。

 パーティの中で一番山岳の生存術に長けているのはシグルトである。
 武術修業をしていた頃、山にこもったことのあるシグルトは、野生動物への対処法に明るく、医学面から薬草や毒草に通じており、食料調達や防寒対策の知識も豊富である。

「…すみません。

 今グリュワ村や山越えをするとおっしゃりませんでしたか?」

 シグルトが仲間の意見を確認しようとして言葉を切ると、近くのテーブルに腰掛けていた旅商らしき男が声をかけてきた。

 
 商人は、アンガス・シアンと名乗った。

 交易路の封鎖を知って手早く売り物を処分し、雪が降る前に帰郷しようと考えていたのだが、護衛として冒険者を雇うために依頼を出そうか迷っていたというのだ。

 いつもはリューンまで行って商品を売り、あちら側の街道沿いからグリュワ山を越えて村に行くのだという。

 グリュワ村は山に囲まれた高地にある。
 村を含む広大な山岳地帯をグリュワ山、と総称していた。

 一行が踏破しようとしているのは、南岳と呼ばれる森林地帯だ。

 西側には巨大な渓谷があり、そちら側を踏破するには何日もかかる。
 東側にある山沿いの街道は、関所があり遠回りで料金も上がっている地方に面するので使えない。

 依頼人の知るグリュワ村までの道は峻嶮で、危険な肉食の野生動物や魔物が生息している。
 普段は同じ山岳地帯出身の商人たちと商隊を組んだり、都市部で護衛を雇って北か南から山を越えるという。

 今回はアレトゥーザまで商売に行っていたので、道の封鎖を知り困っていたらしい。
 シグルトたちを見つけて同じく山を越えるのならば、村までの護衛を頼みたいという申し出である。

「基本報酬は銀貨六百枚。
 場合により危険手当を出します。

 グリュワ村までは、山中で野営を一泊、都合二日。
 往路のみの護衛です。

 険しい峠を越えなねばならず、この時期は冷たい風が吹いて体力を消耗するでしょう。
 山中には狼の縄張りがあり、この時期は空腹になって気性が荒くなった熊や猪も生息しています。
 危険地帯を通過するため、何事も無く通過するのは難しい…それも含めて討伐並みの報酬額を提示しています。

 村までの道は私が案内しますので、皆さんには道中に獣や魔物、盗賊などから私を守って戴きたい」

 アンガスの申し出に、シグルトは仲間を見回して頷いた。

「地理に明るい方が同行してくれ、護衛として報酬があり、往路のみという条件は大変有難い。

 ただ、我々の中には冒険者見習いが一人いる。
 彼女の同行を認めてくれることも条件に含めていただけるのであれば、俺は異論無いが、皆はどう思う?」

 すでに仲間たちの表情で反対はいないと知った上で、シグルトの言葉は確認作業である。
 リーダーとして乗り気であることを態度に出し、現状の最低限の問題を示して、〈仲間の意見を無視せず〉方向性をまとめる。

 シグルトは、緊急の時や仲間の意見が割れた時以外では、こうやって最終確認をすることが多い。
 各自の口から賛否の言葉を確認し、意見を言える機会を設け、仲間同士の意思統一を促すためだ。

「好い話じゃない。
 私は問題ないわ。

 山野の踏破は斥候の教導ではもってこいだから、行くならジゼルちゃんを借りるわね。
 野営やお花の扱い(トイレを含めて、女性の生理に関する隠語)を教えておきましょう。

 寒い時期は教えておかなければならないこともあるし」

 レベッカはジゼルを見て、手をニギニギした。
 後輩をしごく時に見せる癖である。

「僕も賛成。

 グリュワ村で食料や水の補給はできるのかな?
 自給自足をしてる山村だったりすると、断られることもあるから、保存食はしっかり持った方がいいよね」

 ロマンも賛同して、補給に関する意見を述べる。
 アンガスは、六人分の食料程度であれば彼の紹介で補給可能であり、山道の途中にある泉や村の井戸でも水が補給できると請け負う。

「私は問題ないよ。

 獣や盗賊対策に盾の〈化粧〉をしておくね」

 ラムーナが脇に置かれた盾をポンと撫でる。
 武具に対して〈化粧〉というのは、艶消し処理の隠語だ。
 金属製品がギラギラ光ると、山賊などを呼びやすい。光物は基本人間が装備する者だからだ。

「渡りに船、これも神の思し召しかの。
 断る理由が無いわい。

 踏破できるようにカリガ(編み上げサンダル)を見ておくかの」

 スピッキオは南海人らしく編み上げサンダルを愛用し、寒い時や山野に行く時は膝までさらしを巻く。
 ブーツは蒸れる上に水や砂が入ると途端に歩き難くなるため、臨海部の旅人はこういった動きやすい履物を好むのだ。

 冒険者には履物を失った時に、革や草木で急ごしらえの編み上げサンダルを作る技術が伝えられていた。
 貧しい生まれの冒険者は、中古の靴は水虫がうつるからと履物を自作する者もいる。

「私は、さっきも言ったけど山道の方に賛成だから問題ないよ。

 足を引っ張らないように頑張るね」

 ジゼルまで了承したので、シグルトは「では今晩出発の準備をして、明日の早朝に出発ということでどうか?」と、アンガスと交渉を始めた。

 
 翌日の朝。
 “風を纏う者”とジゼルは多めの食料を背負い袋に詰め、まだ暗いうちから出立した。

 中継地であるグリュワ山の山頂へは、南岳の山道入口に続く迂回路を回って到達する。
 リューン方面に比べて若干距離があるのだ。
  
 山道の入り口までは、緩やかな林道が続いている。
 この地域は薬草が自生しているのだそうで、危険な獣もでないため薬草採取に来る地元の人間が結構いるらしい。

 レベッカが、ジゼルともに斥候役で前に出て、野外での距離の測り方や探索やり方を教えていた。
 木の杖を作り、それを立てて長さで距離を推測する方法を解説している。

 杖はおおざっぱな測量機に代わり、先端で草をかき分けながら毒蛇や崩落した道を調べる腕となり、疲労すれば支えに、先端にナイフを着ければ鎌や槍に、護身用の武器でもあり、野営の時には簡易シェルターを作る時の骨として使える。
 他にも簡易のロープ代わりに伸ばして仲間を引っ張り上げたり、二本にロープを交差させて担架にしたり、てこにして障害物をどかしたりと用途は幅広い。

 冒険者は野外で活動する時、できるだけ周囲のもので様々なものを作成して現地調達に努め、余計な荷物は持たない。
 この杖も、先程適当な雑木から削りだされたものだ。

「…本当に銀貨十枚で譲って戴いてもよろしいのですか?」

 斥候役の二人に続いて、アンガスの左右を固めているのはシグルトとスピッキオである。
 探索が済むまで、所有する薬について話をしていたのだ。

 シグルトが宿の厨房借りて作成した軟膏を仲間に配っていると、アンガスが興味を持った。
 使用目的が特殊だからである。

 軟膏は、いわば防寒クリーム。
 露出した肌に塗ることで寒さを抑えるというものだ。

 血行を良くするハーブと油脂(ラード)を混ぜたもので、手足に塗ると少しピリピリするが暖かくなってくる。

 油脂を顔などに塗るのは、北方の伝統的な防寒手段だ。
 動物が厚い脂肪と毛皮で寒さに耐えるように、油脂には肌が直接寒気で傷つけられるのを防ぐ効果がある。
 極寒の北方育ちでありながら、シグルトの肌に雪焼けの痕すら残っていないのはこの軟膏のおかげであった。

 使っている獣脂は薬効を安定させるためにアフマドから学んだ作り方で不純物を分離したもので、血行を良くするハーブはかつての恋人が冬の間肌を守るために使っていた乳液にも含まれていたもの。
 シグルトは山籠もりした時に使っていた獣脂による防寒法を、自分なりに改良してその軟膏を作った。

 シグルトが軟膏を使うのは、美容のためではなく、あかぎれによる出血の臭いが獣を招き寄せたり、寒さによる麻痺が武具の使用を妨げるからである。

 アレトゥーザで手に入れた貝殻を容器にして差し出されたその軟膏を、仲間たちは最初いぶかしげに受け取った。
 試しに一番最初に塗ったラムーナが、朝の冷たい風に皮膚がさらされてもあまり冷たくないと感動して、一同が塗ってみると効果覿面である。

 シグルトの指示で手足の指先や首、手首足首に塗布すると、冬場の運動後に手足がポカポカする感覚と同様の作用をもたらし、快適さに一同が喜びの声を上げたのだ。
 アンガスもその効果に驚いて、是非分けてほしいと言ってきた。
 シグルトは作成の必要経費として銀貨十枚で譲ることにした。

 軟膏の他にも、シグルトは【雪醤(ゆきひしお)】という保存食を作って各自に持たせていた。
 これはコンフィやペミカンに近いもので、良く塩を擦り込んで乾燥させた茸と燻製肉の欠片を、ハーブ入りの油脂(ラード)で固めたものだ。
 不純物を抜いた油脂が固まって雪のように真っ白に見えるため、このように呼ぶ。

 使い方は焼いたパンにバターのように塗っても良いし、スープに溶かすと出汁が出て油脂の効果で身体が温まる上、茸や燻製肉にしみた塩味とハーブの風味が調味料代わりになる。
 保存温度の関係で涼しい時期にしか使えないが、冷暗所に置けば一年以上の保存が可能であり、高カロリーで冬場の携帯食として申し分ない。
 
 アンガスは【雪醤】も素晴らしいと、さらに銀貨十枚と薬草二束を交換条件にして貰い受けていた。

 山道までの道中一行は薬草を採取しに来たハーブ売りに逢うが、先を急ぐということで挨拶程度で購入はしなかった。
 
「携帯用の薬などは十分に持っているのですか?」

 アンガスの問いに、ロマンが荷物袋の中から【コカの葉】と【解毒薬】、スピッキオが【聖別の葡萄酒】の高品質なものを取り出して見せた。
 他にもレベッカが【治癒の軟膏】という強力な治癒薬を持っており、薬草の束もいくつかある。

「普及してる【傷薬】ほど暴利じゃないけど、あのハーブ売りの売ってたものって一束銀貨三百枚で、今回の依頼の半額だよ?
 治療手段に資金を使い過ぎるのは、稼ぐために冒険者やってるのに本末転倒になってしまうよね。

 治療手段をないがしろにするって意味じゃなくて、まず〈怪我をしない〉、そして薬は〈最後の手段〉。
 回復の術はスピッキオが使えるから、術が使えなくなった時の奥の手として持ってれば十分なんだ」

 乾燥させただけのハーブなど、生薬は消費期限もあるとロマンは指摘する。
 使わない物は買わず、手持ちの生薬は古くなる前に転売するなどして処分してしまった方が良い。

「わしは治癒の神聖術を二種類使うことができる。
 最近は、術を使い切ってしまう事態に陥ったことが無いからの。

 行動不能か神聖術を封じられる事態にならん限りは、神の御加護で薬に頼らずとも仲間を救うことができるのじゃ」

 冒険者の最重要は、治療手段だと言われる。
 だが、高いコストの治療手段は使うことができない。
 魔物や妖魔、野生動物と戦う時は生傷が絶えないが、その度に銀貨三百枚にもなる傷薬を使っていたのでは生活ができないのだ。
 一瞬で傷を癒し、時間を置けばまた使えるようになる治癒の神聖術は、コスト的に優秀であり、そのため僧侶や回復術を使える精霊術師などは常に求人募集が絶えない。

 冒険者自体も、薬に頼るよりは神聖術や魔法に頼る傾向があり、あまりに回復術に偏ってしまうとそれを封じられたり、回復役が真っ先に倒されてしまい壊滅したという例もあった。

 “風を纏う者”は優秀な医術知識を持つシグルトや、魔法の薬を精錬できるロマンもおり、冒険で手に入れた薬草などもきちんと管理していた。
 先ほど自作した軟膏や保存食と交換したことで新しい薬草もあり、新しくハーブを買うなど無駄でしかない。

「なるほど、いざという時の備えは万端というわけですか。

 最近“風を纏う者”の活躍は耳にしていましたが、本当に優秀な方たちなのですね」

 雑談をしながら足早に進むと、目的のグリュワ山にはいつ登山道の入り口に到着する。

 眼前にあるのは傾斜のきつい坂道で、かなりの体力を御消費するとみて良い。

 すでに季節は冬。
 積雪は無いが、あたりの空気はすでにかなり冷たい。

 一行は各自シグルトが作った軟膏を手足に擦り込むと、険しい山道へと入って行った。


 先頭は斥候役のレベッカとジゼルで、二人は杖で叢を探りながら手分けして周囲を探索し道の安全を確保していた。

 シグルトは精霊術を行使し、風の精霊トリアムールの力を纏って力強く登って行く。
 ラムーナも、アレトゥーザで習得した【幻惑の蝶】を使用することで、足場などを苦にせずにすいすいと道を踏破していた。
 ロマンとスピッキオもなかなか健脚である。

 依頼人は地元の人間のためか、疲れた様子すらない。

 途中レベッカが【コカの葉】を発見して採取していた。
 単体で使ても薬効があるが、茶葉としても使われているし、薬師に売り渡せば市場の半額、銀貨五十枚で買い取ってもらえる。

 シグルトは、【コカの葉】には依存性があり「多用は身体を壊す」と使わないことを推奨している。
 冒険者の中には、長い行軍の間【コカの葉】を齧って疲労感を紛らわす者もいるのだが、“風を纏う者”は結成してから一度も使用していなかった。
 ジゼルは心臓の病気ということで、服用薬との相性もあって使ったことはない。

 本来、大抵の自然物には毒素になる物質が含まれる。
 一般的に食べられるほうれん草や芋類にも下痢を促すシュウ酸が含まれているし、嗜好品の煙草には猛毒のニコチン、酒類にはアルコール…といった具合だ。
 それらは工夫すれば毒に当たらないようにでき、アルカロイドのような猛毒の類も量次第では薬になる。

 彼岸花の鱗茎は流水に三日さらせば救荒作物として食べられるし、キャッサバのような毒芋や蘇鉄も水にさらして発酵させれば毒素が消えて、少量なら食べられるようになる。
 飢饉には土の粥を作って食べたという話さえあった。

 要は摂取の仕方なのだ。

 冒険者の多くは、将来的に腎臓kや肝臓の病を発症しやすい。
 保存食である干し肉の塩分、サバイバルにおける食物の毒素、休暇時に行う不健康な食事、不規則な生活と酒の痛飲…
 原因となるものを、医療的な知識を持つシグルトは理解していた。

 酒や煙草、豪華な食事をやめろというのは難しい。
 ストレスの多い仕事のあと、娯楽がなければ心が持たないだろう。

 だからせめて、依存性が強く後遺症が強い薬物は極力摂らないようにさせていた。

 薬物は摂取量を考えれば薬であり、求める人間もいる。
 副作用を声高に言えば薬草関連のギルドから睨まれるだろうし、この時代の薬品はほとんどが迷信とも言える民間療法が中心だ。
 
 レベッカがコカを「薬の過剰摂取は危険だ、と理解している薬師に売リ渡す」程度には目をつぶっていた。

「シグルトって、どうしてそんなにたくさんの医療知識を学んだの?

 明らかに、〈かじった程度〉じゃなくて専門家になろうとした人の知識量だよね?」

 薬害に関する話題になった時、ジゼルがそんな質問をぶつける。
 “風を纏う者”の仲間たちも興味深そうに視線を揃えた。

 シグルトは少し空を見上げてから、懺悔をするように話し出した。

「…俺には故郷に婚約者がいた。
 彼女は、おそらく国で有数の智者だ。

 俺が医学を学んだ師も、彼女が保護した聖典教徒で、類まれな知識を持っていた。
 男尊女卑の色濃い聖典教徒であったその師が、手放しで〈一番弟子〉と認めるほど彼女は優秀だったんだ。

 俺は両親の趣味の影響で、古い伝承や神話に明るい。
 彼女と婚約することになったのも、知り合った後に俺の知る知識を彼女が求め、交流を深めて至った結果だった。

 彼女の父上は難病を患っていてな。
 その病は同じ血統に発症するものだった。
 医学を学んだのは、父上や未来の子孫を救いたかったのが始まりと聞いている。

 故国は寒く土地は痩せていて、産業となる鉱山は強欲な権力者たちが牛耳っていた。
 他の国に比べて土地が狭く、栽培が行える期間も短くて、半分の耕作しかできない。
 俺たちが山道を歩く遠因にもなった飢饉は、豊作でもない限り起こり得た。
 
 貴族の娘だった婚約者は、寒く貧しい領民に薬や医療を伝え、それらを領地の産業にしようとしていた。
 雪の下からも見つかる稀少な苔や鉱物は、調合すれば高価な薬になり、寒い気候は薬剤の調合にとても適していたからだ。

 医術を学んだのは、その志の手助けをしたいと思ったのがきっかけだ。

 武術ばかりやっていた俺にとって、医学との出逢いは新鮮だった。
 それに、戦闘とは突き詰めれば高度な解剖学に行き着く。
 人を救う医術、敵の身体を破壊する武術。

 気が付けば、夢中になって学んでいた。

 医術の師は祖国の御典医の家系で、最先端の医療を持つ聖典教徒の中でも最高峰の知識と腕があった。
 学ぶ機会にも恵まれたということだな。

 切開手術など西方では随一の名医とされるレイス家ぐらいしかできないと聞くが、師は脳のできものや内臓の死病を察知して切除し、逆子を母の胎を裂いて助けた上に母親が再び出産可能になるまで回復させるほどの腕を持っていた。
 わずかな期間しか学べなかった俺など、足元にも及ばん。

 それほどの人物に学ぶ機会を得たのだ

 武術以外では医術書ばかり読んでいて、妹や友人たちに心配されるほど、のめり込んだ。
 婚約者が集めた外国の医術書を読むうち、いつの間にか他の国の言葉も覚えていた。
 下手の横好きの割にはそれなりに専門的な知識を習得できたのも、運命の悪戯だろうな。
 
 結局、俺は罪を犯して故郷を追われ、婚約者を裏切ってしまった。
 
 俺の知識は過去の残滓、というやつだ。
 冒険者になって、これほど役に立つとは思わなかったよ」

 苦笑して少し饒舌に過去を語るシグルト。
 一同は重い話に言葉も無い。

 別れた婚約者のことを話す時のシグルトが、優しく遠く…切なそうな眼差しになる度、ジゼルは少しだけ胸の奥が傷むのだった。


 昔話を聞きながら山道に入って間もなく、体格の良い狼が四匹、後をつけてきた。
 
「…いかんな。
 疲れて脱落した者を狙うつもりだろう。

 野営場所までつけられても困る。
 ここで対処しておくぞ。

 アンガス氏を中央へ。
 ジゼルはこの木を背に、矢で狼を牽制してくれ。

 俺が精霊術で仕掛ける。

 ロマンは最優先で【眠りの雲】、こちらが風上だから有利なはずだ。

 レベッカは投石で撹乱し、敵が近づいてきたら無理の無いように攻撃してくれ。

 スピッキオは自分優先で防御の神聖術、回復を備えて待機。

 ラムーナは、敵が近づいてきたら俺と一緒に前衛で迎撃だ。
 獣の突進には盾をぶつけて鼻先をそらせばいい。

 迎撃で消耗している奴や、魔法で眠った奴は確実に急所を狙って止めを刺す。
 いつもの通りだ。

 落ち着いて行こう」

 シグルトは味方が陣を組むと、トリアムールに突風を起こさせて狼に仕掛ける。
 吹き下ろす魔法の風によって、二匹の狼が体勢を崩した。

 そこにロマンが【眠りの雲】を放ち、ダメージを受けていた二匹を含め三匹がバタバタと倒れる。
 魔法の範囲を逃れた最後の一匹が一番体格の小さい前衛のラムーナに向かってきたが、バランスの悪い坂道をものともせず攻撃をかわすと飛び蹴りがその狼の脛骨を砕く。

 すぐにシグルトが眠った狼の一匹に止めを刺し、レベッカが風の魔法で負傷した狼の眉間に杖を振り下ろして撲殺した。

 とっさに弓を出そうと身構えたジゼルは、あっけにとられて右往左往するばかり。

 次の一呼吸で、シグルトから飛んで行った二条の風が最後の狼を叩き伏せ、戦闘はあっさり終わった。
 かすり傷一つ負わない完勝である。

「楽勝だったわね。

 いつも思うけど、シグルトやロマンの魔法は反則だわ。
 敵が少数なら、ほとんどそれだけで片が付くのよね」

 杖に着いた狼の血を拭いながら、レベッカがぼやく。
 いつものように短剣を使わなかったのは、狼の爪や牙で傷つかないように距離を取るためだ。

「まぁ、風上を取れたから。

 一匹かわされちゃったけど、ラムーナが瞬殺しちゃったよね。
 呪文の集中が上手く行ったのも大きいかな?」

 得意そうにロマンが胸を張った。

「ラムーナの新しい闘舞術は、優秀な〈歩〉にもなるのだな。
 バランスを全く崩さないのは、こういう勾配のある地で戦う時とても有効だ。

 次からは囮や迎撃も任せるかもしれんが、承知しておいてくれ」

 勝利に沸く仲間の横で、シグルトはラムーナの動きを労っていた。

 それをぼんやり見ながら、ジゼルは何もできなかったことに落ち込んでいた。

 これは冒険者初の実戦で、上手くやれると思っていたのだ。
 弓の腕は自慢だったし、狐や穴熊を仕留めたこともある。

 ジゼルが習得している弓術は三つ。
 生家にあった技術書で学んだものだ。

 物理攻撃の効かない幽霊等も含めて速射で仕留めることが可能な【貫雀の穿】。
 不浄な存在に大きな効果があるという、特殊な音を出す矢を放つ【燕舞の穿】。
 ほぼ外すことのない、気を込めた聖なる矢を射る奥義【落鳳の穿】。

 自分が村を出ることを想定し、どんな魔物でも倒せるようにと破邪の力を持つものばかりを選んで、努力して身に着けた。

 実戦に至って感じたこと。
 それは【貫雀の穿】以外ほとんど役に立たないという事実である。

 狼を相手にして思ったが、不浄な存在…アンデッドなど普段は遭遇しない。
 不浄な存在にしか効果が無い【燕舞の穿】に使う特殊な矢は、狼に対して無力である。

 【落鳳の穿】は使うチャンスがあれば素晴らしい技だ。
 だが明らかに分不相応な高等技術。
 戦闘の素人であるジゼルが、緊張状態の戦闘中に、弓の達人が使うような奥義をすんなり扱えるわけではない。

 唯一使える【貫雀の穿】も少し高度な技術が必要の割には隙も多く、連発する集中力を維持するのは無理ではないだろうか。

(実用性が薄いんだ。

 そして、私の弓は片寄った性能に特化してる)

 狼、ゴブリン、オーク、山賊たち。
 冒険者が最も相手にする類の敵は、個の強さはそれほどでないとしても数で押し寄せてくる。

 ジゼルが学んでおくべきだったのは手数を用意できる技で、使うべき弓は単純な品の方が良かったのだ。

「…気付いたようだな。

 実戦でお前の弓と技は、繊細過ぎてあまり役に立たん。
 無論、幽霊やゾンビを相手にする時は絶大な効果を期待できるだろう。
 それでも、弓を使うより僧侶の【亡者退散】や【聖水】一本の方が強力かもしれんのだ。

 冒険者の戦いでは、多様性との遭遇を繰り返す。
 特定の何かを倒すことに特化するより、幅広い分野の敵を相手にできる応用力が必要だ。

 負けて死んでしまえば一巻の終わり。
 そうならないために、泥臭くても一戦一戦を戦って行ける技能も身につけねば。

 お前の習得している技が悪いわけではない。
 単に、めったに出番が来ないものばかりということだ」

 シグルトは便利用の短剣や手作りの杖を指し、弓が使えない時の戦い方を学ぶべきだとも暗に示す。

 落ち込んでジゼルがうなだれると、ポンとその肩を叩いた。

「だが、〈最初の戦い〉を無傷で乗り切ったのは、お前が暴走したり無茶をせずに、分をわきまえて陣形を崩さなかったからだ。
 初心の冒険者は、多くがそういった基礎を守れずに死ぬ。

 今は、最初の試練で無事に生き残ったことを誇っていい」

 あっ、と顔を上げれば“風を纏う者”の他のメンバーたちも苦笑じみた笑顔である。

「…血と鉄の戦場にようこそ、ジゼルちゃん。
 ちびらなかっただけ上等よ。

 次は〈乙女〉を散らすことかしら?」

 レベッカの下品な言葉に、真っ赤になる。

「これこれ、誤解を招くようなことを言う出ない。

 レベッカの言っておるのは、〈こちらを殺す恐れのある敵を、初めて殺す〉こと。
 俗に冒険者が、殺し合いで最初の殺生をする前のことを、貞操に例えておるのじゃ。

 鉄火場で戦うわしらには、避けて通れん道じゃからの」

 ジゼルと同じように頬を染めていたロマンが、スピッキオの言葉に強く頷いた。

「僕やラムーナも経験してるけど、大抵は無我夢中で戦ってて、〈気が付いたら敵が死んでた〉で終わっちゃうんだよ。

 間接的には【眠りの雲】で止めを刺せる状態にした時点で、僕も殺生に加担してるんだけどね」

 殺す覚悟と聞いて、背筋が冷たくなる。
 ウェーベル村にいた時、弓で小動物を狩ったり、獣の解体をした経験があった。
 田舎では家畜を潰して食べるし、豚の牙を切ったり馬の蹄を削って蹄鉄を打ち込んだりもする。
 町育ちの人間たちより、よほど覚悟ができていると自負していた。

 でも、自分の命を狙ってくる敵を相手にしてそれはできるだろうか。
 それはすでに殺し合いなのだ。

 命というものを考えているジゼルの横で、ラムーナが狼の死体を黙々と運び、側の谷に投げ捨てた。
 シグルトも同様にしている。

「ちょ…、いくらなんでも〈かわいそう〉じゃない?」

 せめて埋めてあげるべきだと思ったジゼルを、ラムーナが見た。
 いつものにこやかな表情ではない…真顔で、その目は硝子玉のように冷たい。

「…埋めてやれる時間があればいいのだがな。
 依頼人を待たせていてはそれもできん。
 狼四匹分の穴を掘るのは重労働だし、道具も無い

 だが、狼の死体を放置すれば、血の臭いにつられてこの道に他の獣がやってくる。
 高いところで腐った死体は悪臭を放ち、疫病を招く汚汁と瘴気を麓に垂れ流す。

 骸を処分するのは、殺した者の義務だ。

 川の流れていない人の入れない谷に捨てれば、そこに入れる鳥や虫がついばんでその肉となり、朽ちた骨と残滓は大地に飲み込まれるだろう。
 俺はそれも弔いだと思っている」

 全ての死体を投げ落とすと、ジゼルの方は向かずに谷を見たままシグルトはそう言って、短い祈りの言葉を唱えた。

「…敵対した相手に、〈かわいそう〉って同情するのは勝った側だから。
 あの崖から投げ落とされた狼さんの死体は、負けた時の私たち。

 弱かったら、勝てなかったり、死んで引き裂かれてたかもしれない。
 仲間を殺した相手に、〈かわいそう〉なんて言える?

 殺すか食われるかだったから、必死を覚悟して戦ったんだよ。

 全力で止めを刺す。
 死んだ敵を憐れんだりしない。

 それが、命をやり取りする戦いだと私は思ってる」

 ラムーナがうつむきがちに重い言葉を口にした。

「…獣を屠殺する時、かわいそうだという人間がいる。
 殺生すのは悪いことだと。
 手を血で汚す者を野蛮だと蔑む者も。

 俺は幼い頃、様々なことを教えてくれる老人に聞いた。
 妹と仲間を守るために襲ってきた狼を殴殺した俺は、野蛮なのか?

 老人は答えてくれた。

 植物にも精が宿る。
 精…魂は等しく全てにある。
 生きるために、他を凌辱しない者が他にいるのか?

 その言葉を聞いた時、俺は自分が野蛮でもいいと思った。
 かわりに、命のやり取りをする戦いでは相手と同じ場所に立とうと誓った。
 食らった生き物に感謝し、戦った相手には止むを得ず殺した後にもできる敬意を示そうと思った。
 〈哀れだ〉と上から目線で憐憫に浸るのは、命に対して傲慢ではないかとも感じたんだ。
 
 他人に偉そうに説く金言でも自慢でもないのだが、な」

 これが、前衛で直接剣を交える戦士たちの考え。
 
 おそらく、ジゼルが抱いたのは〈ごく普通〉の感傷だ。
 常識人として間違いなわけではない。
 冒険者にとっては、甘い考えであったが。

 冒険者は現実に直面した時、恥や外聞を越えた極限状態を経験する。

 極地で生き残る時は、虫を生で食らい、排泄した尿で渇きを潤すことだってある。
 "風を纏う者"は中堅に至るまでに数々の修羅場を経験してきた。
 ある意味では、冒険者らしく荒んだ一面を持っているのだ。

「敵のことを〈かわいそう〉なんて感じる余裕、死にかける経験をすれば吹っ飛ぶわ。

 たぶん、場数が足りないだけ」

 レベッカの瞳は、冷めた中にも懐かしんでいるように少し遠くを眺めていた。
 脇腹をむず痒そうに撫でている…一緒に水浴びをした時、わりと新しい傷痕があったのを思い出す。
 凝視した時に「最近、ちょっとしくじってね」と苦笑していた。

「僕は、別に憐れんでもかまわないと思うけど?
 殺す行為に慣れるより、よっぽどましかな。

 油断や無駄は忌むべきだと思うけどね」

 そういうロマンも、どこかあっさりした様子だ。

「あんな様子でいて、皆敵を殺し始末することに心痛めぬわけではない。
 本当に慈悲がすり切れた者は、何の感想も出てこないもんじゃよ。

 冒険者になったばかりの頃は、ラムーナやロマンと一緒に、わしも先達に叱られたものじゃ。
 ああいう覚悟を持っておったのは、シグルトとレベッカだけでの。

 ジゼルさんは岐路におる。
 このささくれた冒険者という仕事を続けて、流血の道を歩むか。
 舞踏家になりたいのなら、冒険者を辞めて専門家に弟子入りし、こんな仕事はきっぱりやめるか。

 まだ正式には冒険者になっておらんのじゃから、リューンに着くまでによく考えて決めなされ」

 コツン、と杖の石突で大地を叩き、スピッキオがその場を後にする。
 
 ジゼルは自分の手を見た。
 まだ殺し合いもしていないし、彼らのように骸を投げ捨ててもいない。

 こんな手で冒険者になったつもりだったのか。
 だからシグルト以外はみんな、他人行儀ではないのか。

 自分はまだ本物の冒険者になっていないのだと自覚して、ジゼルは暗澹たる気持ちになるのだった。


 その後、斥候に戻ったジゼルは黙々と仕事をした。
 調べるうちに道中で珍しい薬草を発見する。

「これ、たぶんコカの変移種だと思う。
 毒性が少なくて、幻覚の代わりに精神が高揚する作用があるの。

 前に村に来た行商さんが持っていて、確かリューンと南海の間にある山岳地帯にしかないって言ってたよ。
 凄く高価で使ったことは無かったけど…さっき会った薬売りさんあたりに売れば、結構なお金になるんじゃないかな?」

 ジゼルが薬草の知識を持っていたのは、幼い頃から持病のために薬を扱い飲んできたからだ。
 
 シグルトが、慎重にそれを採取する。

「おそらくはこの山の気候と地質が影響しているのだろう。
 地面を触ってみて感じたのだが、このあたりの土はほんのりと温かい。
 大地の精霊力が活発な場所で起きる現象だ。
 葉が赤くなるのは、地熱のせいで赤茶けるせいだろう。

 成分も別物になっている可能性があるな」

 樹液の匂いを確認しながら、シグルトはその葉を薬草採取用の小箱に黄色い布に包んで入れる。
 荷物袋に適当に入れると潰れてしまうので、固形の箱に収めて保護するのだ。

 黄色い布はターメリック(ウコン)等の薬草で染めたもので防虫効果がある。
 通気性が良く、湿気や日当たりで変色しやすいので保存状態の目測がしやすいのだとシグルトは語る。

「薬草は、入れ物に直接しまわないこと。
 面倒でも一つ一つ布で包むのが大切だ。
 こうすれば長持ちするし、布がクッションになって傷まず余計な湿気を吸い出してくれる。

 理想的なのは乾燥なり茹でるなりの下処理を済ませて、冷暗所に保存することなんだが、旅先ではそうもいかんからな」

 冒険者の中には薬草の扱いがぞんざいな者がいて、使いたい時にかびていた…ということもよく起きる。
 薬草採取のやり方に失敗して、依頼料が貰えなかった事例もある。

「とまれ、良いものをゲットできたってことよね。

 売って報酬の足しにしましょ」

 現金なレベッカの言葉に苦笑しながら、一行はきつい道をさらに登る。

 徐々に口数が少なくなっていた。
 依頼人は慣れているようだが、グリュワ山の坂道は相当な勾配がある。
 標高も高くなり冷たくなった空気が一同から体力を奪って行った。

 滴った汗を拭くために腰のポーチに手を伸ばそうとして、不意にジゼルは人型のものを発見した。

「あれ…」

 レベッカも目を細めてそれを確認し、一行を止めた。

「死体じゃないわ。

 まだ息がある…胸が上下しているみたいね」

 「行き倒れでしょうか?」とアンガスが首を傾げた。

「…放置もできまい。

 ラムーナはここで皆を守るように。

 ジゼルとロマンもアンガス氏の側に待機。
 あれが危険な存在だった場合はハンドサインを出すから、その時に援護を。

 レベッカとスピッキオは俺の後ろについてきてくれ」

 シグルトは念のため剣の柄に手を置くと、倒れたものに近づき様子を見る。

 薄汚れた武装姿の矮人だった。
 胸板や胴は樽のように厚い。
 土埃に塗れた立派な髭が、なんとも痛々しく見える。

「…ドワーフか?
 まだ息があるな。

 これは獣と戦ったのか。
 気を失っているのは、外傷による貧血と疲労、空腹によるものだろう。

 スピッキオ、治癒を頼む」

 シグルトは行き倒れと判断して、スピッキオに治療を命じた。
 了承したスピッキオが【癒身の法】をかける。

 傷が消えて血色が戻り、すぐに彼は目を覚ました。

「…ぐぅ、ここは?」

 起き上がろうとして痛みに顔を歪め、彼…髭面のドワーフは側にいるシグルトに問う。

「ここはグリュワ山中。
 あなたは負傷してここに倒れていた。

 俺はシグルト。
 冒険者"風を纏う者"の代表で、リューンを拠点に活動している。
 
 護衛の依頼中、倒れたあなたを仲間が発見し、仲間に治療を施して貰った。
 おそらく失血で眩暈があるかもしれんし、疲労感は抜けていないだろうから、すぐに立たないでなぜこんなことになったか憶えている限り聞かせてほしい」

 シグルトは簡潔に現状を説明して自己紹介すると、少量の塩と砂糖を混ぜた水を、ゆっくり飲むように伝えて渡した。

 今度は痛みに耐えて起き上がり、ドワーフは貰った水を飲む。

「…なんとも言えない味だな。
 薬の類か?
 酒の方が良い。

 どうやらお主らに、助けてもらったようだ。
 感謝する。

 私はディエゴ。
 この辺りの山に鉱脈を探しに来たドワーフだ。

 熊とはち合わせて戦いになり、勝つには勝ったが怪我をしてしまった。
 薬と飲み水も尽き、寒さで参ってしまったのだ。

 君らには恩義ができた。

 どちらにしろ近くの村まで行かねばならんし、君らの目的地まで同行しても良いだろうか?
 回復したら荷を持つし、護衛報酬をよこせとは言わん。
 私に恩返しをさせてほしい。

 このあたりの山岳地帯にはそれなりに慣れているし、足手纏いにはならないぞ?」
 
 ディエゴと名乗ったドワーフの言葉に、シグルトは「依頼人に確認してみよう」と答えると、簡単な診察を終える。

「さすがはドワーフね。
 噂通り頑丈だわ。

 アンガスさんに確認を取ったけど、同行は問題ないみたい」

 レベッカが代わりに状況の連絡を行い、緊張状態は解除されていた。

 ドワーフとは、鉱山や鍛冶、細工などの生産職を生業にする屈強な亜人種だ。
 鉱山妖精などとも呼ばれ、暗い場所にある程度目が慣れているため、妖精窟という洞穴状の住居に住む傾向がある。

 毛深いことで知られ、男性は長い髭が特徴だが、がっしりとした体格に対して子供ぐらいの背丈しかない。
 打たれ強く反復作業を苦にしない性格のため、時間のかかる鍛冶仕事や石工が得意で、器用な者は細工師になる。

「依頼人が許可したなら問題あるまい。
 次の休息場所までは回復に努めてくれ。

 ざっと見た限り、骨折や内臓の損傷は無いようだ。
 ドワーフの基礎体力ならば、水分と食事を摂れば回復できるだろうが、普段と違う身体の違和感があれば申し出てほしい。
 眩暈や視覚の歪み、ふらつき、頭痛、浮遊感、歯の噛み合わせが悪い、関節の軋みなどは深刻な内傷を負っている可能性がある」

 手際の良いシグルトの診察に、ディエゴと名乗ったドワーフは感心したように立派な赤毛の髭をしごいた。


 新たに仲間に加わったディエゴは山岳を得意とするドワーフであり、知識も豊富で役に立った。
 脚が短いので少々歩みは遅いが、体力は病み上がりとは思えないほどである。

 一行はしばらく進んで、山の中腹にある泉で昼食を兼ねた休憩を取り、その時にはすっかり回復して雑談をするディエゴの姿があった。

「はぁ~、生き返る!
 湧き水って、夏は冷たくて冬は暖かいのよね。

 水筒の皮臭い水を飲まずに食事ができるのは助かるわ」

 一行の中では最も体力の無いジゼルが、汲んだ水を飲みながら歓喜の声を上げた。

「私も少し水を汲んでいこう。

 うむ、体力は十分回復したし、荷物を持つぞ」

 ディエゴはそう言って、持っていた荷物袋から銀製の杯を取り出すと、たっぷり新鮮な水を飲む。 
 依頼人のアンガスは、ちゃっかり荷物を持ってくれと頼んでいた。

「お、ヒヨス草発見。

 山だと薬草が見つかり易いわよね」

 レベッカが泉の周辺に生えた木の根元に、代表的な薬草を見つけて採取している。

「ヒヨス草か。

 僕らはあんまり使わないよね。
 というか、高価な薬や薬草を使ったことってあんまりないような。

 大きな怪我をしても、スピッキオの神聖術で治っちゃうし」

 "風を纏う者"は今までに激しい戦いをいくつも潜り抜けていたが、それほど薬に頼ったことが無い。
 一番の理由は優れた癒し手であるスピッキオがいることだが、シグルトの巧みな指揮によって負傷者が少ないことも挙げられる。
 スピッキオが守りの神聖術を使えるようになってからは、余裕をもって戦えるようになってきた。
 最初の頃は生傷の絶えなかったラムーナも、盾を持つことで格段に防御が上手くなっている。

 冒険者の戦闘で最も大切なことは、まず無駄な戦いを避けること。
 そして怪我をしないように戦うことだ。

「ヒヨス草は毒性が強い。

 〈毒薬変じて薬となる〉という言葉があるが、多くの薬は〈身体の異常を攻撃する毒〉と言えなくはないんだ。
 一番良いのは、使わずに済むこと。

 怪我も病気も、しないに越したことはない」

 シグルトは、できるだけ傷薬や薬草に頼らないことを推奨する。
 医学に通じた彼は、薬の副作用を熟知しているからだ。

 精錬技術の幼稚な世界で、薬の成分を抽出するのはとても難しい。
 世界には解毒できない毒が多数ある。

 解毒薬の多くは、発熱と発汗、利尿を促して毒を輩出させるものだ。
 解毒能力を持つ腎臓や肝臓を守り機能を高める薬効のもの、毒を中和しやすい成分を加え、大量に水分を取らせて毒を薄める。

 解毒を行っても、毒に侵された身体のダメージまで回復するわけではない。
 
 冒険者の使う薬や解毒薬はその時の効果は強力だが、寿命を縮める可能性が高いことをシグルトは熟知していた。


 休憩と昼食を終え、体力回復した一行が出発しようとすると、ディエゴが提案してきた。

「私たちドワーフは、皆戦士だ。

 この通り完全に回復できたし、これからの戦いには私も参加しようと思うがどうだろうか?」

 シグルトは、ディエゴが優れた戦士としての力量を持っていると、気が付いていた。
 彼の話が本当なら、熊と一騎討ちして生き残れるほどである。

「有難い申し出だ。

 ただ、今のあなたは防具に問題がある。
 戦いで鎧が破損してしまったのだろう?

 無理をせず、依頼人の側で防衛してくれるということであれば承諾しよう」

 ディエゴはシグルトの願いを快諾し、依頼人の側で最終防衛線を守ってくれることとなった。

(…ちょっと、そんなに信頼しても大丈夫なの?)

 横に並んだレベッカが小声で訪ねてくる。

「大丈夫だ。
 ドワーフという種族は、恩義に対して厚く報じ、恨みは決して忘れない種族なんだ。
 己の義に反すれば、貴族の横っ面だって殴りに行く。

 演技であそこまでボロボロにはなれないだろうし、裂傷は野獣から受けたもので、鎧に着いた傷痕から熊のものに間違いない。
 嘘はついていないということだし、命の恩人に対して誓ったことを破る不義理はすまい。
 利己的な輩であれば、熊に正面切って挑むとも思えん。

 彼のことは、俺が信じ請け負う」

 普通の声で、シグルトは聞こえても良いという風にディエゴの潔白を言葉にした。

 レベッカは、「シグルトが請け負うのなら、信じるわ」と頷き、斥候としてジゼルを連れて先行する。

「うむ、眼光で一角の戦士だと思っておったが、若いのに信義を知り知恵もある。

 将来は間違いなく、英傑として名を上げるだろう」

 ディエゴは上機嫌で、シグルトを一行のリーダーとして認め、指示に従うことを改めて誓った。


 またしばらくきつい上り坂が続く。

 ジゼルやロマンには、目に見えて消耗が見える。

 まもなく山頂というところに差し掛かり、土煙を上げてジグザグに下ってくる影があった。

「ワイルドボアよ、気を付けて!」

 ワイルドボアは獰猛な猪で、場合により魔物に類するほどの獣である。
 攻撃的で、興奮時は見境なく特攻してくるので、森や山に入った人間が毎年何人もその牙の餌食となっていた。

「焦るなっ!
 アンガス氏はやや高い位置にディエゴと配置。

 奴は腰や大腿部を狙ってくるから、正面に立たずに坂を登って横に避けろ。
 レベッカ、可能なら前足を搦めて動きを封じてくれ。
 ロマンは魔法の準備、スピッキオは治癒術を準備して可能なら自分やラムーナに守りを。

 ラムーナ、お前の舞踏で撹乱しながら仕掛けるぞ!
 すり抜け際に前足の関節を横から狙え!」

 一旦下っていたワイルドボアが突っ込んでくるが、狙われて横に避けたジゼルが弓を振って威嚇する。

「ほいっと!」

 レベッカが絞殺具を出して足を封じるとラムーナが右前足の関節をスティングでかち割り、シグルトが伸び切った後ろ足を踏み砕いた。
 すぐにレベッカが心臓をナイフで刺し貫く。

「夕食ゲットって感じかしら?

 ラムーナ、ジゼルちゃん、解体手伝って」

 お呼びがかかったラムーナとジゼルが慌てて駆け付け、すぐに解体が始まった。
 シグルトが力仕事を手伝い、ディエゴが硬い骨を斧で断ち切る。

 ワイルドボアは四半刻とかからず、脂肪と枝肉と毛皮、内臓、骨などに解体された。
 待たせた詫びと、シグルトが立派な毛皮を差し出すと、アンガスも上機嫌になった。

「今夜は新鮮な心臓で、ロースト三昧ね」

 血抜きが早く済み周囲の気温が低いので、肉の劣化はほとんどない。
 獣の内臓は、冒険者にとって御馳走だ。
 雑食の猪は寄生虫がいる恐れもあるが、火をしっかり通せば塩だけの味付けでも美味である。

 レベッカが内臓を深めの鍋にしまって塩を振る。
 香味となるハーブ類をちぎってかけ、下処理をしていた。
 内臓は足が速いため、体温で傷まないように背負い袋の隅にしまうのがコツだ。

「手慣れたものですね。

 私は猪の内臓を食べたことがないのですが」

 野生の獣の肉でも内臓が出回ることはまずない。
 すぐ痛むので猟師が食べてしまうことが多く、冷蔵や冷凍といった保存と輸送の手段がなければ市場に出回らないのだ。
 
「こればっかりは取れたてじゃないとね。
 処理をしても、半日ぐらいしか鮮度を保てないのよ。

 肉の味は、狩人と料理人の腕ってやつでね。
 今回は心臓に一発入れて仕留めたから、理想的。
 獣肉は、頚椎か心臓に一発で止めを入れて、心臓や肺が止まる前に動脈を掻っ切ると味が良くなるのよ」

 美食家のレベッカはジビエにも精通しており、調理に関する技術もなかなかだ。
 
 猪は大量にものを食べるので、内臓を抜くとかなり軽くなる。
 内臓のうち調理できそうな心臓を取り、残りは睾丸なども含めほとんど捨ててしまった。
 もったいないが、腸などの内臓の多くは汚物が詰まっていて近くに洗える沢がないと手の施しようが無いのだ。

 第一、これからもう少し登らなければならず、あまり荷物を増やすわけにはいかない。

 重い胴の肉は骨を外してディエゴが持ち、そのかわり肝臓を全て貰っていた。
 腿肉二つはシグルト、毛皮はアンガス、ヨロイという希少部位と心臓をレベッカが、頭部の肉と脂肪の一部(大半は持ちきれないので捨ててしまった)
を残りのメンバーで分担して持つ。

 新鮮な肉は水分が多く含まれかなり重い。
 これも美味な夕食のためと、汗を流して残りの山道を登るのだった。
 

 冒険者の経験を雑談として語りながら、一行は山頂までやって来た。
 途中また珍しい【赤いコカの葉】を採取する機会があり、野営の予定地である山頂の岩場に着いたのは薄暗くなってからである。

「今夜は冷えるだろうから、〈灰敷き〉をやる。

 レベッカ、天幕(シェルター)は片屋根だ。
 あの岩間を背にするから、荷を置いてジゼルやラムーナとありったけ焚物を集めてきてくれ。
 遠くには行かないように。

 スピッキオはここに竃を組む役目だ。
 ロマンは天幕設置の間取りを計算して、標を着けるように。

 ディエゴ、細長い溝を掘るから手伝ってくれ」

 シグルトは岩がL字になっている場所を選び、レベッカの使っていた杖を受け取ると、地面の土を穿って平らな石を使い溝を掘り始めた。
 岩間に近い位置でスピッキオがロマンと相談しながら石を組んで、大きな竃を作る。

 レベッカたちが枯れ枝を大量の持ってくると、ディエゴと協力して倒木を運んできて、斧で断ち割って貰い、それを組んで大きな焚火を作る。
 組んだ木の間で細い木を燃やし、倒木を徐々に炭にしながら火を長引かせる方法だ。

 手が空いたレベッカは、小瓶から黒いものを摘みだした。

「それ、何?」

 首をかしげるジゼルに笑い返すと、レベッカは焚き着け用の細かな材料を置き、その黒いものに火打石を切った。
 ぱっぱと散った火花がそれに乗ると、火花が消えずに残っている。

「これは、麻布や木綿を蒸し焼きにして作る炭でね。
 火がとても乗り易くなるのよ。 

 あとはこうやって軽く吹けば…」

 乾いた草に包んで息を吹きかけると、すぐに火が燃え移る。

「うわ~、簡単!

 火をつけるのってものすごく時間がかかるのに…」

 アウトドアをやった者は多くが経験することだが、火打石などの小さな火花で火を着けるのはとても難しい。
 火打石や火打鎌(火打金)をぶつけても、出てくる火花ではなかなか大きな火種を作れないのだ。
 
「火を着けると言えば、〈火口筒〉も便利だよ。

 あれは、どこでも火が起こせるからね」

 ロマンが言っている道具は、ファイアピストンのことだ。
 空気を急激に圧縮することで火口を急激に熱して火種を作る装置である。

 冒険者は危険の最先端に向かう職業であり、数々のサバイバル術に通じている。
 着火する方法やその工夫も重要な技術であり、雨天や密林などの高湿度での環境下や、冬場の温度が低い時期に火種を作り出す方法を数多く習得していた。

「雑学と生存術は私たちの命綱だから、聞いた知識は貪欲に憶えなさい。

 こうやって瓶に入れてれば濡れないし、焚きつけに使う乾いた繊維なんかは消耗品なの。
 乾いた苔や樺(カバ)の皮、松の枝や根、アカシヤ、植物の綿毛、鳥の古巣などは燃えやすくて使えるわ。
 見かけたら拾っておくといいわよ。

 ただ、鳥の巣はたまにダニの巣窟になってたりするから気を付けてね。
 成長できずに死んだ雛の死体なんかに群れてるから」

 成鳥になれる鳥の雛は多くない。
 雀などは最初五匹ほどいたとしても、巣立っていく頃ニ~三匹に減少している。
 圧し合っているうちに巣から落ちたり、ダニに群がられて貧血で、蛇や鴉の餌食、栄養失調などで成長が見込めないと親から見限られるなどして命を落としてしまうのだ。
 
 雄大な自然は神秘的で美しい。
 そして知る。
 世界は広く、感動的で…厳しく、残酷だ。

 ジゼルは生々しい話を聞きながらも、新鮮な衝撃を受けて好奇心を刺激されていた。

 旅は大変だし疲れもするが、まだ知らない知識や技術が沢山あり、目に入ってくるものは全てが真新しい。

 ふと横を見れば、シグルトとラムーナが天幕を設置している。
 
 背の高い棒を二本×字に設置して横木をかけ、倒れないようにもう一本で支える。
 岩を背に外套をかけて、葉のついた木の枝を掛け、岩の反対側に雨よけの屋根を作成した。
 大きな竃から熱せられた空気が岩と屋根の間を通って、煙は岩と屋根の隙間から出て行く。

 掘った溝には、熱した灰や石を埋めて寝床にするのだそうで、一晩ぐらいは暖かいという。
 同時に残飯なども埋めて土に返し臭いを隠す、効率的な処分もできる。

 天幕は風除けと屋根があり、通気をよくして煙にむせたり一酸化炭素中毒にならないようにする。
 精霊術で暖気の流れを作り、寝床から上がってくる熱とで快適に過ごせるシェルターであった。

「生存術の基本は息・熱・水・糧(かて)。
 必要なのは呼吸できる状況、体温を維持できる環境、渇きを潤せる手段、必要な滋養が摂れる装備だ。

 呼吸できなければ生きられないし、煙や毒気が充満している場所では長く行動できない。
 熱中症になれば脱水症状で行動に支障が生じ、凍えれば死ぬ。
 喉の渇きは三日耐えるのが限度。
 飢えに耐えられるのは三週間まで、空腹ではまともに動けなくなる点も注意だ。

 体温が狂えばまともな判断力を失い、冷えれば眠るように意識を失う。
 雨や冷たい風で身体を冷やすのが一番悪い。
 冬場に泳ぐなどもってのほかだ。

 俺の故郷では〈冷たい雨と山風に、狂気が宿る〉と言われていた。
 あまり知られていないんだが、身体が冷え過ぎると人は惚けるか狂ってしまう。

 野営が必要なならば、寝所の確保と火の存在が最も大切なんだ。
 冬場の野外における死因は、野営の失敗による凍死がとても多い。

 つい水や食料を求めがちだが、飲まず食わずでも三日ぐらいは何とかなる。
 最初に装備している食料や水がとても大切になるということだ」

 側にジゼルを置き、作業をしながらシグルトが生存術に関して教えて行く。

「冒険者にとっての生存術は、矛盾する話だが…〈冒険しないこと〉だとよく言われる。
 危険に近寄らず慎重に、手を尽くして準備し、行き当たりばったりにならないこと。

 自棄にならず、最善を考え、質の高い行動をする。
 時間は有限だから、慌てず急ぐ。

 惰性でやっていると、決してできないことだ。
 休む時にはしっかり休息して羽目を外してもいいだろうが、冒険中は常に緊張感を持て。

 普段の積み重ねが、必ず結果を生む」

 横で聞いていたディエゴは、唸るように喉を鳴らした。

「驚いた…。
 私はこれほど理知的な冒険者たちを見たことが無い。

 しばらくリューンに行っておらんかったが、いつの間にか冒険者の質が上がったのか?」

 この言葉にアンガスが、「"風を纏う者"が特別なのだ」と応える。

「時々冒険者の中で、発明家的な存在が現れることがあるのですよ。
 彼らは、常日頃危険の先端にいて、生き残るための工夫を続けます。
 その知恵が、とんでもないものを生み出すのです。

 “風を纏う者”はそういった冒険者の中でも、優秀な行いをすることで知られたパーティです。
 彼らが先日商業ギルドに持ち込んだ村落でも使える少額の為替札は、私も使い始めているのですが、大変便利ですよ。
 売り物の処分も、為替でやり取りするととても速いのです。

 たまたま旅先で声をかけ護衛をお願いしたパーティが、あの名高い“風を纏う者”だと知った時は、幸運を神に感謝したほどです」

 アンガスは、噂で聞いた“風を纏う者”の誠実さや武勇譚を語り出した。

 オークロードの率いる群れの討伐や、名高い海賊の撃退、オーガやトロールを倒した戦闘力。
 西方の有力者であるヴェルヌー女伯の寵厚く、孤児の救済や斬新な取引のシステムを生み出して、新しい冒険者たちの中で一目置かれていること。

 横で聞いていたジゼルは、改めて“風を纏う者”の実力を知り、驚きに目を見張った。

「手が止まっているぞ、ジゼル?」

 叱られて慌てて作業に戻るジゼル。

 手を動かしながらシグルトは、構わずに冒険者としての教導を継続した。


 夕食は豪勢なものとなった。

 レベッカが腕を振るったワイルドボアの心臓料理は、程よいハーブの香りと塩味で、適度な筋切りの下処理のせいか食べやすかった。
 脂肪をふんだんに使い、小麦粉をまぶしたソテー、骨を出汁にした暖かいスープ、薄く切ったバケットにニンニクと香草を刻んだ物を肉と炒めて乗せたもの、あばら肉のロースト…
 運んだ苦労に見合う食事となった。

 猪の脂は甘みがあり、適当な調理手段によって極上の調味料に変身する。
 岩塩を削ってかけるだけでも十分に美味いのだが、食通のレベッカが妥協無く料理したそれらは絶品であった。

 割と小食なジゼルもお代わりをし、ディエゴに至っては背負っていた肉の塊を一つ消費するほどである。

「私に言わせれば、上質の猪肉に果物や蜂蜜を多用するのは邪道かしらね。
 脂の繊細な甘みが消えてしまうの。

 煮込みなんかでも、猪や豚の肉には甘みの強い材料との掛け合わせは避けるべきよ。

 獣の肉が臭いのは、猟師の腕が悪いのが大半ね。
 本当なら、沢の近くであればもっといい肉になったわ」

 あばら肉を削いでいるレベッカは、上機嫌に料理の蘊蓄を披露していた。
 隣でラムーナが赤身を薄切りにして、煙で燻している。

 ロマンは顔をしかめながらアンガスに鍋を借りて、少し離れた場所で片端から獣脂を融かす。
 シグルトはスピッキオと、熱くなった灰や石をせっせと寝床となる天幕に掘った溝に運んで均す作業に没頭している。
 
「あの脂に肉類を漬け込んで空気に触れさせないようにすると、冬場は結構長持ちするのよ。

 塩だけじゃ持たないから、燻したり乾かしたりして水分を減らすの。
 軽くなるし、長持ちするわ。

 獣脂は臭いけど灯明になるし、焚きつけに染み込ませておけば水を弾いてよく燃える。

 野営の時は火の番で手持ち無沙汰になるって言うけど、次の日のために道具を整備したり、ほつれた装備の修繕をしたり、やることは山ほどあるわ。
 側に焚火があるから、作業ができるわけ」

 普段ぐうたらな態度をとるレベッカでさえ、せわしなく手を動かしていた。
 ジゼルもレベッカの調理を手伝う。

 レベッカが行っていたのは、明日の朝食の仕込みと保存食を作る作業だった。
 すべての肉から骨を外して、くず肉は叩いて焼き、塩と香草を加えて融けた脂に付け込んで、敷き詰めた葉っぱに乗せて行く。

 アンガスはディエゴに手伝ってもらって、ワイルドボアの毛皮を張って乾かしていた。
 レベッカが主導で削いだ毛皮は、ほとんど不純物がついていないので、比較的作業が楽だということだ。

 毛皮に隠れていたダニの類が煙に燻されて落ちると、木の葉のついた枝で火に掃き込んで焼き殺す。
 野生動物に寄生する虫は厄介な熱病を起こすことがあるため徹底的に駆除しなければならないが、叩く程度では落ちないので煙で燻すのだ。

 レベッカが夜食だと言って、不思議な香りのする白身を配ってくれた。
 首の部分にある、ヨロイと呼ばれる希少部位らしい。
 癖が強くてロマンは嫌がっていたが、魚醤で塩辛く味付けされたそれは酒に合うと、ディエゴが一杯やりながらつまみ始めた。

「繁殖期の猪の雄は、首の周りが厚く硬くなるのよ。
 雌を巡ってぶつかり合うからでしょう。

 私たちに特攻してきたのも、たぶん縄張り意識からね。

 こうなった雄は、肉に独特の臭いが着くから、香草でよく処置しないと。
 臭いが強いから、売り物にもできないの。

 獣の味は、育った環境や食べた物でも随分違う。
 理想的なのはストレズを与えずに、できるだけ出血させて斃すこと。
 動脈を切ってぶら下げておくといいんだけど、重労働なのよね。

 罠猟は、罠をかけた部分が鬱血するし、逃げようともがいた獣は味が落ちるのよ。
 毛皮に関しては、止めを刺した部分に傷がつくから、皮に影響が出ない毒か頭に一発が理想。
 追跡や屠る時の労力を考えると、罠は楽ちんなんだけど。

 血が抜けたら、冷たい沢の水につけてすぐ冷やしてしまうのが、肉を長持ちさせるコツ。
 今は寒いから外気で冷やせるけど、夏場はすぐに冷えないから、獣の体温の残りが肉を劣化させて臭くなる。

 希少部位は、粘着いたり臭みや汚れがあるなら、塩水で洗うといいわ。
 水で洗うより身がしまるから、ぶよぶよにふやけないの。

 料理の前に少し火に近い場所でしばらく置いて脂を緩ませると、焼く時に火が通りやすくなるし、味も尖らないわ。
 熱を通した肉は余熱で硬さが変わって行くから、食べる時間を考えて火加減を意識するの。
 少し置くとアツアツとはまた違った風味が出るのよね。

 豚や猪はしっかり火を通したほうが美味で、鳥や牛は筋以外の大半が火を通し過ぎると硬くなったりする。
 硬いのや大きな肉はきちんと筋切りしておくといいわ。
 脂身はソースを弾くから、煮込んだり焼く前に斬り込みを入れて塩を擦り込んでおくと味が馴染みやすい。

 肉によっても工夫が必要なのよ」

 レベッカの語る料理のコツは、彼女が休暇中に飲食店に通って聞き出したものだ。
 情報を出し惜しみするはずの盗賊がこんなに簡単に知識を提供するのは、単に調理の上手な人間が周りに増えた方が楽ができるから、ということらしい。

「ジゼルちゃんは器用だから、仲間ができたら必然的に解体やお料理の担当になる気がするわ。
 こういうコツは自分なりに研究して旨い飯を振舞えるようになっておくと、得になるはずよ。

 がっつり食べたい男の子なんかは、美味しいものを出して、可愛くしなを作れば大抵一発だから。
 うちの堅物リーダーに、初心な坊やや、禁欲坊主は特殊なだけよ」

 レベッカは、茶目っ気たっぷりに指を立てて左右に振って見せた。
 
 夜食を食べ終えて大方の肉の処理を終えると、一行は交代で火の番をしながら休むことになった。
 八人で二人ずつ見張りを立て、二時間ごとの交代で火の番と周囲の警戒をする。

 最初の番は新人のジゼルとスピッキオ。新人は真っ先に野営をさせられるものだ。
 深夜帯の二番手は、戦闘力の高いシグルトとラムーナ。
 三番手はロマンとレベッカとなる。

 アンガスとディエゴのペアが、襲撃の少ない明け方近くの最後の番になっていた。
 依頼人はこういう分担を嫌うことが多いのだが、仕事の過酷さに比べて報酬が安いのと、人数的に加えた方がキリが良いから、という理由でアンガスの方から申し出があったので、言葉に甘える運びとなった。


 時刻は深夜。

 最初の見張り番を終えたスピッキオとジゼルが、今日の疲労もあってか、温かい寝床についてすぐ寝息を立て始めた。

 “風を纏う者”が野営で使う〈灰敷き〉は、冬場の野宿で凍死しない手段として使われる技術だ。
 簡単そうに見えて、穴の深さが足りないと熱すぎ深すぎると冷たくなってしまうし、埋める灰の量が少ないと早々に冷たくなる。
 温度が逃げないように周囲を焼いた石で囲い、かぶせた土の上に少し湿った葉や衣類を置き乾かしながら、寝る寸前にしつらえるのもコツだ。

 冬場は寒さのせいで、一般的な星型の焚火は寒すぎるし火が弱くなってしまう。
 太い薪を互いに溝を掘って合わせるように組み、溝の中で火を焚いて太い薪を炭化しながら大きな焚火を作れば、多人数でも十分に暖が得られる。
 岩などを背にして暖気が逃げないように工夫し、心持ち高い位置にいて上がってくる暖気を受けられる配置をするといった、火にあたる側の工夫も必要だ。

 薪では煙が強烈なため、まっすぐ上に煙が立つように薪を組む。
 周囲で熱した石は寝る時に懐炉代わりに使うと快適だが、すぐ冷えてしまうため、火傷しない意味でも布などでしっかりくるむ必要がある。

 北方で育ったシグルトは薪の効率的な使い方や、寒い時の暖のとり方を数多く心得ていた。
 こういった技術は、経験がものを言う。

 次の見張りに立ったシグルトとラムーナは火の近くに陣取ると、新しく薪を火にくべた。
 長時間燃やされた太い薪が炭状に変化している。

 シグルトの故郷で、木炭はハイエルフが考案した技術だとされる。

 昔、寒い北方の気候で生き残るために、人間やドワーフが大量の樹木を伐採し、多くの森が失われた。
 北方に広がる荒野には、かつて広大な樹海があったのだという。

 失われていく森の精霊たちは嘆き悲しんでいた。

 偉大な人間の英雄が精霊の嘆きを聞いて諸国を旅し、大地から石炭を見つけてドワーフに与え、植林で人工林を作って森を保護しようと訴えた。

 英雄の行いに感銘したハイエルフの長は偉大な賢者であり、木を密閉して燃やすと長く燃焼する炭が生まれることからヒントを得て、石炭に似た燃料を作る技術を考え出した。
 それが木炭だとされる。

 木炭の普及は、世に様々な恩恵をもたらした。
 シグルトが消毒薬として使う木酢液や木タール、鉄鋼と鍛冶技術の発展。

 一見大量の木材を材料とするため燃焼物が多いように見えて、人工林の間伐や計画的な木材の運用し、燃焼時間がとても長いことから、木炭は薪よりも燃費が良く自然に優しい。
 樹木の精霊術として大量の枝木を生み出すものがあり、それを知るエルフが計画的に炭を作り出すことで、木炭はエルフや森の民が外貨を得る重要な手段となった。
 自分たちの生活基盤となる森林資源を枯渇させないため、森を保護しなければならないという意識が高まり、一部の強欲な者以外は森や自然を尊び大切にしている。

 ある自然活動家を名乗る者が、森林伐採を声高に「自然破壊だ!」と言って非難したが、炭を作る森の民はそれを「ものを知らぬ愚か者だ」と嘲笑った。
 森の民は森林無くして生きられないのだから、やり過ぎれば自分たちの首を絞める。
 自然を壊さない範囲の技術と節制を行って、自然と共存することが大切なのだ。

 海豚(いるか)の知性の高さと可愛らしい容姿に、それを食べる人間を「野蛮だ」と訴える人間がいた。
 その者は知らないのかもしれない。
 海豚はいじめを行う知性があり、残虐な一面もある。

 狼の群れが危険だとして、徹底的に駆逐した国があった。
 その国は数十年後、草食動物と猪などの雑食動物によって森林を食害され、深刻な打撃を受けた。
 また、病気の鹿が淘汰されなかったことで、鹿に伝染病が蔓延して大量死する事件が起きた。
 狼は、病気になった弱い者から狩って、伝染病の予防となっていたのである。

 ある国では穀物を食害する鳥を魔法で駆逐し、虫による食害で倍する害を被り、国力を低下させてしまった。
 鳥は害虫の予防に役立っていたのだ。

 自然とは、様々な力がぶつかり合う混沌とした共同体である。

 シグルトは、薪が赤々と燃えて炭になって行く様子を見ながら、その中にも世界の真理を感じている。
 火は強過ぎれば全てを燃やす業火となるが、節度を守って扱えば周囲を温め、肉を焼いて毒を浄化する恩恵にもなるのだ。

 冒険者という職業は、文明や技術の最先端に触れる。
 険しきを冒し、新たな出来事に遭遇し、多くの発見を体験できるからだ。

 続けていると、ふと気付く。
 このような焚火一つとっても、様々な叡智と可能性、危険性が含まれていることに。

 シグルトは、行為に没頭するのが好きだ。

 その行為が何を成すのか、どんな応用性があるのか、先人たちは何を思ってそれを行ってきたのか。
 焚火一つにすら様々な歴史があり、先人の苦闘と知恵の残滓が垣間見える。

 一つ一つの行いを大切にし、そこから学ぼうとすれば知恵が滲み出してくるのだ。
 行為に没頭する時は、注意すれば学ぶことができた。
 〈体験〉という、貴重な機会である。

 黙々と火の管理をしながら、シグルトはしばし哲学に浸っていた。

 ふと思い出したように横を見ると、隣に座っていたラムーナが涙を流している。
 すすり泣いているわけではない。
 いつものように口元は微笑のまま、目だけは硝子玉のように冷たく光を失って。

 落ちた雫が、熾火によってジワリと蒸発する音をたてた。

 ここ数日どこかラムーナの様子がおかしいと、シグルトも気付いていた。
 それが、下手な同情だけで詮索するべきではないことも。

「…ラムーナ。

 ジゼルは、苦手か?」

 あえて彼女の方は見ないで聞く。
 女の泣く姿は、じろじろ見るものではない。

「…うん。
 私、ジゼルさん嫌い。

 でも、一番嫌いなのは私自身。
 もやもやした気持ちが抑えられないの。
 多分、これが嫉妬なのかな?」

 ごしごしと眼をこすりながら、ラムーナが告白した。

 彼女の言葉で、シグルトはなんとなく理解する。
 ラムーナは、ジゼルに自分のポジションを奪われるかもしれないと危機感を抱いているのだ。

 今まで“風を纏う者”における舞踏というジャンルはラムーナの領分だった。

 ジゼルはダンサーを目指しているし才能もある。
 潜在的な身体能力は、おそらくラムーナ以上だ。
 肉体を使って戦う戦士だからこそ、それが如実に感じられるのだろう。

 思い切りが良く速度に勝るラムーナは、戦士としてのセンスではジゼルをはるかに凌駕しているのだが、嫉妬心というものは簡単に割り切れるものではない。
 何より、ラムーナは一番最初“風を纏う者”に自分を売り込んだ時から、舞踏が得意という自負を持っていた。
 舞踏は彼女のアイデンティティなのだ。

 自分の得意分野を脅かす人間が、近くにいる。
 しかもそのストレスを感じるのは、多感な時期の少女だ。

「最初に言っておくが、俺やレベッカはジゼルを“風を纏う者”に加えるべきではないと思っている。
 経験の少なさもあるが、彼女ができそうなポジションが多数被るからだ。

 弓を使うという技術は特殊性が高いが、遠距離攻撃なら魔法でロマンができるし、その気になればレベッカが弓を扱うというのも手だ。
 斥候もレベッカがいれば問題無いし、補助的な範囲なら俺たちで十分にカバーできる。
 お前と同じ軽戦士として考えた場合、ジゼルはタフネスや思い切りの良さ、闘志の面で及ばない。

 今俺たちに必要なのは、優秀な支援魔法が使える術師の類だ。

 ロマンの魔法は攻撃と制圧力に優れているから、支援系の術まで任せるとバランスが崩れる。
 スピッキオは回復に力を割いてくれているが、正直一人だけ回復役を任せると負担が大きすぎる。

 神聖術とは別種の回復が行え、可能ならロマンに準じる魔法攻撃と、スピッキオが使うような防御系の支援魔法が使える術師がほしい。
 術師(キャスター)はそれ自体が稀少で、俺たちと同等の実力がある者はなかなかいないんだ。
 なにより、無理に加えると庇うために前衛の負担が増える。

 ラムーナのポジションは遊撃と速度を武器にした前衛で、壁役を兼ねる。
 身体が虚弱なジゼルには任せられんし、レベッカは戦闘が専門ではないからな。

 俺自身は、戦闘指揮を担当する者としてジゼルを〈教導中の後輩冒険者〉以上には考えていない。
 ジゼルも気が付いているだろう。

 とはいえ、俺はジゼルを冒険者の道に引き込んだ責任がある。

 彼女の面倒を見ることは、俺の我儘だな。
 皆には、負担をかけてすまないと思っている」

 シグルトは事実を正直に淡々と述べた。

 ジゼルの才能は素晴らしいものだ。
 斥候として育てば、引く手数多の冒険者になるだろう。

 だが、ジゼルにはリューンでダンサーとして成功したいという夢があった。
 完全な斥候職には、おそらくなれない。
 舞踏の習得に時間をかければ、弓技の習得も中途半端になる。

 彼女の身体は虚弱で、年齢自体もシグルトと同じ十九歳。
 女のダンサーとして再出発するにはギリギリだ。

 決断力と夢にかける意志の強さは、虚弱な身を押して村を出てきたことからもわかる。
 知人として彼女の夢を応援してやりたい。

 だからこそシグルトは、ジゼルと中途半端に冒険者の道をともに歩む選択を、早々に切って捨てた。

 今の言葉をジゼルが聞いていても良いと思っている。
 その程度で決意が揺らぐなら、冒険者を副業として食っていくなど土台無理な話だ。

(一番理想なのは、ジゼルと同様に冒険者を副業にしようとしている仲間を得るか、強大な後援者を得ることなんだが…)

 冒険者を副業にする人間は、実はそれなりに多い。

 農夫が日雇いの労働者をやったり、冒険者が副業として傭兵業をやったりするのと同じで、地位や性別の制限を受け難い冒険者という職業は、実力さえあればできる副業にもなりうる。

 この時代、女性の就職は一番が主婦なのだが、他の職業は多くが男性上位である。
 女というだけで、上司の男に迫害されたり、手籠めにされた話は後を絶たない。

 ジゼルは容姿端麗な若い女性で、内面は自立心が強い傾向がある。
 男性社会に飛び込んで副業を探しても、上手く行かないだろう。

 診療を理由として医術の師に会わせることは、シグルトなりにジゼルの将来を配慮してのことであった。

 シグルトの医術の師アフマドは極端な男性上位社会の出身で、女性に対して物言いが厳しく、彼女の甘さを叩きのめしてくれるだろう。
 可能なら彼から医術を学べば、器用なジゼルは専門的な治療技術を習得できるかもしれない。
 何を得て何を失うか、ジゼル次第だ。

「…違うよ。

 私がジゼルさんを嫌いなのは、ジゼルさんがお父さんを置いてきたから。
 虚弱でも愛してもらって、育てて貰って…そんな心配してくれるお父さんを置いてきちゃう人だから」

 思わぬ告白に、シグルトは遠慮を捨ててラムーナを見た。

 新たな涙を流しながら、ラムーナは過去を語り出した。

「私の本当の名前は、ナクシャっていうの。
 国の言葉では、〈いらない子〉って意味。
 
 生まれたときには未熟児で、お父さんもお母さんも私を殺そうとしたんだって。
 
 だけど私のお姉ちゃんが、私を助けてくれたの。
 殺されそうな私を隠して、庇って、お父さんたちを説得してくれたの。
 お姉ちゃんはいつも私を助けてくれたんだ。
 
 いつもお姉ちゃんは、優しくて綺麗で好い匂いがしたの…
 
 私の国はとても貧しくて、兵隊さんが偉い国。
 
 私たちは貧しくて、兵隊さんが税でたくさん食べ物やお金を取っていくから、困って親が子供を売るのは当たり前。
 子供は親に尽くすように育てられるの。
 
 だから、親の役に立てない子供は売られちゃう。
 
 価値が無くて売れない子供は手や足を切られて、同情を誘うようにして物乞いをするの。
 足を切るのはお父さんやお母さん。
 それでも役に立てないと、崖から突き落とされて殺されちゃう。

 私も足を切られそうになったんだ。
 背が低くて痩せてたから、売れなかったんだって。
  
 そのときもお姉ちゃんが助けてくれた。
 お姉ちゃんは、私に歌と踊りを教えてくれたの。
 
 お姉ちゃんが仕事をするとき、お客さんを呼ぶために目立つ必要があったから、私一生懸命覚えたわ。
 
 お姉ちゃんは春を売るのが仕事だった。
 一晩、お金持ちの商人さんや兵隊さんと一緒にすごしてお金をもらうの。
 でも、お姉ちゃんは仕事の後、いつも悲しそうだった。
 
 いつも私に言ってた。
 〈貴女だけは私のようになっちゃだめよ〉って。
 
 お姉ちゃん以外にも私には兄弟がいたけど、お兄ちゃんのうち一人は威張ってばかりだった。
 もう一人のお兄ちゃんは凄く意地悪だった。
 末の弟は身体が大きくて、たくさん食べた。
 
 私の国で女の人は男の人の言うことを絶対聞かなきゃいけないの。
 だから私はお姉ちゃんとお母さんと一緒に仕事をして、お金を稼いで、そのお金をお父さんがお酒に変えたり兵隊さんに渡すの。

 みんなそれが普通だと、何も感じずに、ああそうなんだって思ってる。
 私は運がよくて言葉が分かるようになったから、なんとなく私の国が悲しい国なんだって分かってたんだ。
 
 西からクレメント先生がやってきて、教会で言葉を教えてくれたの。
 お姉ちゃんは西の言葉が分からないからって、言葉を知りたがってたから、私一生懸命覚えたわ。
 
 それで私、字を書けたし、読めたし、数も分かった。
 嘘吐きのお客さんはすぐに見抜いたし、おふれの張り紙だって読めたんだよ。
 
 私が踊って、優しいお金持ちのお客さんを呼んで、たくさんお金を稼いで…
 あるとき、お姉ちゃんを身請けしたいっていう商人さんがあらわれたの。
 
 私にも贈り物をくれて、お姉ちゃんのことを働かせないようにって、何日分ものお金をくれた。
 お姉ちゃんもその人と一緒のときは嬉しそうだった。
 
 だけど、戦争が始まって、お姉ちゃんを身請けしてくれるって人は殺されちゃった…
 お姉ちゃん、そのとき隠れて泣いてた…

 そして、一番上のお兄ちゃんが兵隊さんになって、すぐ死んじゃった。
 
 お金持ちの商人さんが来なくなって、けちで乱暴な兵隊さんの相手をしてたらお姉ちゃん、病気になっちゃった。

 すぐ上のお兄ちゃんはお腹がすいて、泥棒して兵隊さんに殺されちゃった。

 弟も流行り病で死んじゃった。
 
 お母さんは、病気のお姉ちゃんに無理させようとしたお父さんを止めて殴られて、動けなくなって、すぐに死んじゃった。
 
 お姉ちゃんはお父さんに無理やり仕事をさせられて、次の日血を吐いて…そのときのお姉ちゃんは、凄く痩せてた。
 多分、兵隊さんに殴られてお腹が破れてたんだと思う。
 お昼頃に死んじゃった…
 
 もうお酒の飲みすぎで、一人でお金を作れないお父さんは、私をその日のお酒の代金として売ったの。
 
 商人さんに私を売るとき、お父さんが言ってた。
 
 〈お前は俺の子供じゃない。死んだ淫売が糞忌々しい兵隊に犯されて出来た子供だ〉って。
 
 だから私はナクシャ。
 〈いらない子〉なんだって…」
 
 話し終えたラムーナはうつむく。
 
「そのあと、私は船に乗せられてあちこち連れまわされたんだ。
 
 だけど私は痩せてて、背が小さくて。
 それにちょうど目の上に物貰いができてたから、醜いって買い手が無くて。
 
 買い手がつくまで逃げないようにって、足の指に穴をあけられて、暗い船の底にいたの。
 
 だけど途中で凄く船が揺れて、沈んじゃって、私は痩せてて手枷がゆるかったから外れて、流されないように浮いてた板にしがみついたのは憶えてるけど…
 足が痛くて、苦しくて気を失って。
 
 流れ着いた私を、親切な漁師のおじいさんが助けてくれたの。
 浜で気を失ってたんだって。
 
 おじいさん、御飯をくれて優しくして…
 でも自分も貧乏で御飯が無くて、自分の食べる分をくれるから、私お礼を言って出てきちゃった。
 
 行くあても無くて、馬車の干し草に逃げ込んで寝てたら、いつの間にかリューンに着いたんだ。

 干し草からそっと逃げて、歩いてたら、ロマンが怖い人たちに絡まれてて。
 本当はああいうところで、助けに入ると殺されちゃうから、助けちゃ行けないって言われてたんだけど、私は〈いらない子〉だから死んでもいいかなって、助けようとして…
 
 えへへ、足が痛くて滑って失敗しちゃった」

 そしてラムーナはシグルトを見上げる。
 
「でもね、シグルトがいたの。
 
 ロマンを助けて、〈頑張ったな〉って笑ってた。
 …お姉ちゃんみたいに優しい顔をしていたの。
 
 そのときね、そのときに…シグルトと、家族になりたいなって思ったの」
 
 涙に濡れた少女の瞳は、少し怯えるようにシグルトを見つめている。
 シグルトは柔らかに微笑んで、その頭に手を乗せた。
 
「…じゃあ、もう大丈夫だな。
 
 俺とラムーナは〈パーティ〉ていう家族だからな」
 
 シグルトがそう言うと、ラムーナはしがみついて涙を流した。
 優しくその背を撫でてやる。
 
「…その中にはもちろん私もいるわよね~?」
 
 仲間の盗み聞きにため息が出る。
 
「隠れて聞くのは盗賊の本分だろうが、素人が一緒だと気配が筒抜けだぞ」
 
 その言葉に従って、「隠れて無いよ~」とロマン、「うむ、出る機会を失ってな…」とスピッキオが顔を出した。
 
「…みんな…」
 
 涙でぼやけるラムーナを、レベッカが優しく抱きしめる。
 
「私は、あんたの姉ちゃんほど好い人じゃないけどさ。
 
 あんたは可愛い妹よ。
 両腕にかけても、ラムーナは私の大切な家族よ」
 
 レベッカは盗賊が何よりも大切にする両手にかけて誓い、ラムーナの頭を撫でながらその瞳をじっと見る。
 いつもの冷酷な彼女とは思えないほど、優しい眼差しだった。
 
「私はね、抜け殻だったのよ、あんたたちと出会うまではね。
 
 汚れた仕事も、悪いこともたくさんやってきたけど、いっつも満たされてなかった。
 あげくは酒と美味しいものを食らって、だらけていただけ。
 
 だけど、今はあんたたちと楽しくやってる。
 苦い味の泥を何度も啜ってきたけど、今あんたたちと日向の匂いをいっぱい浴びてる。
 この冷酷非情な盗賊の私をこんな気持ちにさせたんだから、責任取りなさい。
 
 あんたたちがどう思ってても、みんなこのレベッカ姐さんの大切な身内なんだからね。
 
 でも、ラムーナは中でも特別。
 同じ女だもの。
 
 お姉ちゃんになれるのは私だけなんだからね」
 
 そう言ってまたラムーナを抱きしめる。
 だらけたいつものレベッカではなかった。
 ラムーナをしっかりと抱擁している姿は、まるで生まれたばかりの赤子を抱いている慈母のように美しい。
 
「うん、血はつながってないけど絆のある家族だよね。
 
 血よりも濃い絆ってあると思う。
 大人の残した言葉にしては、好い言葉だよ」
 
 ロマンがそういって素直に微笑む。
 
「わしはお前たちとの出会いを神に感謝しておる。
 
 わしが目の当たりにしてきたいかなる神秘も、この尊い奇跡には及ぶまい。
 共に歩もう、家族という聖域を作りながら」
 
 そういって十字を切ったスピッキオはとても優しい顔をして、細い目をさらに細めた。
 
「俺は“風を纏う者”という家族として集えたことを誇りに思う。
 
 たとえ果てる場所が違っても、誰かが先に逝くとしても、俺の命が無くなるとしても。
 俺は忘れずに、この心にお前たちの存在を刻んでおく。
 おまえたちを、掛け替えのない名誉に思う。
 
 集えたことを、ともに歩めることをお前たちに感謝する。
 
 ラムーナ、ありがとう…俺を家族と思ってくれて」
 
 シグルトがラムーナの手をしっかりと握り締めた。
 レベッカが、ロマンが、スピッキオが、その手に自分の手を重ねてみせた。
 
「ここに絆の風を纏って誓おう。
 
 俺たちは“風を纏う者”。
 
 冒険者のパーティという、掛替えのない家族だ」
 
 ラムーナは涙で潤んだ瞳を喜びで満ち溢れさせ、大きく頷いて、輝くお日様のように、にっこりと笑った。

 
 朝になり、一行は朝食を済ませる。

 なぜかジゼルとディエゴは目元が赤い。
 二人そろって、夢見が悪かったせいだと言っていた。

 山頂付近には水場が無い。
 朝食は、水気の多い毒の無い草木を切ってから夜間横にして切り口から染み出す水を集めたものの、葉に着いた霜を融かして集めたもの、持参した水、酒を加えて割り増しした煮汁に、獣肉や山菜を刻んで入れたスープだ。

 海水であっても、三分の一程度までなら真水と混ぜて急場の飲用水にできる。
 水分を手持ちの皮臭くなった水と混ぜてかさ増しする知識は、冒険者の野外知識の中でも代表的なものだ。
 むろん、そんな混ぜ物の飲料ばかり取れば腎臓を傷めることになるのだが、新しい水を確保するまでの急場しのぎにはできる。

 旅では水の確保が最も難しく、澱んだ流れの遅い川から汲んだ水は沸かしても腹を壊す代物だ。
 通常の野営は水場のある泉や沢の近くで行うものだが、冬場は沢の水が少なく山頂や尾根には水場となる場所は全く見当たらない。
 そういう場合に水分をいかに補給するかが、冒険者の知恵であった。

 薬膳のような味のするスープだったが、夜風で冷えた身体に熱を取り戻し、一日の最初の活力と水分を補給できるので効率的であった。
 硬い干し肉を齧るよりははるかにましだ。

「〈灰敷き〉というのは好いですね。

 暖かく、朝までぐっすりと休めました」

 手元の器に半分ほど入ったお茶をすすりながら、ほっこりとした様子でアンガスが白い息を吐く。

 冬の山頂は肌がピリピリするほど空気が冷たい。

 朝一番に起き出したシグルトとラムーナは、身体を温めるために十分ほど剣の鍛錬をしてから、竃用の薪を集めてきた。
 レベッカはジゼルを起こして朝食の下ごしらえをし、ロマンは火の番、スピッキオとディエゴは天幕の撤去と残飯やゴミの後始末をする。
 皆、朝から勤労に勤しんだ。

 食事を済ませると、一行は出発する。
 今度は下り道である。

「ふむ、そろそろ霜柱が溶けてきたな。

 道が泥濘になるから、注意するといい」

 下り道での滑落は大変危険である。
 杖を使って体重を支えながら、慎重に泥濘を踏破していく。

 そんな中、ラムーナは舞踏のステップを応用して、軽妙に進んでいた。

 途中、冷えた身体を温めるためとディエゴに酒を勧められるが、それが銘酒【アーシウムの赤】であると知ると、レベッカは昼間から酒を飲むのはとんでもないと貰った酒を開いた皮袋にしまい込んでしまった。
 あとで飲むつもりかもしれない。
 
「ドワーフって、噂通りお酒が大好きなんだね」

 一杯やって上機嫌なディエゴを横目で見ながら、ロマンがジト目をして呟く。

「ドワーフの食事と飲酒を理由なく止めるのは、喧嘩を売る行為だと言われている。
 エールは水、ワインはお茶、蒸留して作った火酒でようやく一息つく…だったか。

 北方にある火酒の中には、横で煙草を吸うと火達磨になる代物がある。
 あれは薬を生成する時に役立つし、少し薄めると傷を清めるのに使えるんだが、ドワーフの前でそれをやると酒への冒涜だと嘆かれるな」

 シグルトの言葉にディエゴが、顎髭についた酒の雫を拭いながら頷く。

「北方のヴォトカやスピリタスは、数少ない腹にたまる酒だ。
 ドワーフの中には、手に入れるために身代を潰した愚か者もいる。

 酒の精は飲んでこそ喜ぶものだぞ?」

 ガッハッハ、と笑うディエゴに「酒精は脳と肝を腐らせるんだよ」と辛辣なロマンである。

 道を下りながら邪魔な石をどけると、冬眠していた蛙がのそのそと出てきたりする。
 一行の中に蛙が苦手な者はいなかったので、通った後にそっと石を戻す。

「蛙って寒くなると見ないけど、こうやって冬を越すんだね。

 熊みたい」

 感心しているジゼルに、「大抵の虫や蛇、トカゲなんかは似たような越冬の仕方をするんだよ」とロマンが蘊蓄を披露していた。

 秋に台風にでもあったのだろうか。
 下りの道には多数の岩が転がっていて、道を遮るものもあった。

 一つ、巨大な岩が道を塞いでいたのでシグルトとディエゴが協力してどかすと、その下で巨大な蛇が丸まっている。
 この山に住むパイソンであろう。

 ディエゴが斧を構え、ジゼルも弓をつがえようとするが、シグルトがそれを制した。

「この時期の蛇は大人しい。
 手を出さないでいれば、そのうち去って行くはずだ。

 動きも鈍いから、横を通過すればいいだろう」

 シグルトの言う通り、ちょっかいをかけずに横を通ろうとすると、パイソンはその反対側の方にゆっくりと去って行った。
 冬眠から起こされて随分と迷惑に思ったかもしれない。

(父ちゃんを思い出すわね…)

 感慨深げに去って行く大蛇を見ているレベッカである。
 彼女の育ての親で盗賊の師である男は、絞殺や絞め技を得意にしたことから“錦蛇(パイソン)”という二つ名で呼ばれていた。

 泥濘に足を取られ疲労を重ねつつも、薬草を見つけたり雑談をしながら、一行は何とか下って行く。
 湿った足のせいで冷えたのか、アンガスが時折くしゃみをしていた。

「うむ、そろそろ一休止すべきか」

 レベッカが、途中に乾いた岩場を見つけたと報告してきたので、シグルトは昼食を兼ねた休憩を決定する。

 岩場の近くには小さな沢があり、水を補給することもできそうだった。
 しかし、水場の確認をしていたレベッカが眉根を寄せて地面を指示した。

「足跡が複数あるわ。
 多分ゴブリンのものね。

 岩場にあるあの洞窟。
 足跡が新しいし、獣の骨が転がってるから、小規模の群れがあの中にいるわね。

 どうする?」

 しばし黙考したシグルト。

「…後ろから矢を射かけられたりすれば被害甚大だな。
 スピッキオ、皆に【癒しの奇跡】を使ってくれ。
 疲労困憊の状態では対処しきれん。

 アンガス氏。
 申し訳ありませんが、後ろからゴブリンに襲撃される可能性を考えて、洞窟を精査し問題を排除しておこうと思います。
 群れの規模はそれほど大きくないようですし、我々の実力であれば撃破はたやすいでしょう。

 安全な場所で休んでいてください」

 過去にゴブリンの巣穴を無視して、背後から襲われ半壊したパーティがいたことを理由に、シグルトは後顧の憂いを経つ選択を選んだ。
 スピッキオの使った神聖術の効果で、一行の疲労が見る間に回復する。

「これが治癒術なんだ。

 さっきまで足ががくがくしてたのに、昨日の筋肉痛まで消えちゃった」

 初めて治癒術を受けたことに、ジゼルは驚きを隠せない。
 持病を直すために様々な薬や治療を試したが、教会の治癒術を受けるのは多額の寄付が必要であり、しかも病気に効く類のものはまずないので、受けた経験がなかったのだ。

「なんと…一瞬で全員に治癒を施すとは。

 高等な術ではないか?」

 ディエゴやアンガスも驚いた様子だった。

 スピッキオの使った【癒しの奇跡】は、聖海教会に伝わる治癒術の中でも強力なものだ。
 複数の者を傷薬を使った程度に癒す術であり、何度も使えるわけではないが、一度の使用によるコストの面では群を抜いている。

「ほほ、疲労による筋肉の痛みは治さん方が身体の強化につながるんじゃがの」

 治癒術の多用は筋肉の強化を妨げてしまう副作用がある。
 筋肉痛そのものが、酷使による筋肉の破損と再生からなるのだから、筋肉が強化して再生される前に癒してしまえば〈元に戻る〉のは至極当然なのだが。

「では、隊列を指示する。

 まずディエゴはアンガス氏の側で護衛を…」

 シグルトの指示に、ディエゴは頭を振った。

「ドワーフである私に、ゴブリンを前にして手を出すなと?

 あいつらは銀を腐らせるコボルトどもと並んで、私たちにとって不倶戴天の敵だ」

 ディエゴは好戦的な眼差しになり、斧の柄を撫でる。

 鉱山や洞窟に籠ることが多いゴブリンは、ドワーフと生活圏が被る場合が多い。
 特にディエゴのように山岳を中心に活動するドワーフは、コボルトとゴブリンは蛇蝎の如く忌み嫌っているのだ。 

 戦意を剥き出しにしたディエゴに対し、アンガスは一人で外に待機することを希望し、結局残り全員で対処することになった。

 下級妖魔であるゴブリンは性格が邪悪であることも知られ、弱い者をいたぶったり、奇襲を仕掛けてくることもある。
 基本的には駆除の対象だ。

(そういえば、ヒバリ村の廃坑に住んでいたゴブリンは凄く知能の高い奴がいたけど、普通の妖魔と人間は基本的に相いれないんだよね…)

 ゴブリンなどの妖魔は雌が生まれることが少なく、人間や亜人の女性を拘束して繁殖の道具にすることもある。
 苗床にされた女性の末路は、生まれる子供の餌か嬲り殺しであり、助け出しても精神や肉体に異常が発生して助からないので殺して楽にしてやることが常だ。

 中には人間と友好関係を築いたというゴブリンの〈物語〉も存在するが、実際に生態を目の当たりにした冒険者の視点から見れば、幻想だと切って捨てられる。
 連中に慈悲を見せるのは、作物を荒らす害獣に対して畑の柵を開くのに等しいのだ。

「ここには柱や幡(はた)といったシンボルサインが無い。

 おそらくシャーマン種はいないだろう。
 足跡から見てホブゴブリンやロード、コボルトもいないと思われる。

 とはいえ、人型のモンスターで狡猾な相手だ。
 油断なく対処してくれ」

 洞窟の前でシグルトが言った警告に、ジゼルが首を傾げた。

「シンボルサインって何?」

 その問いには、ロマンが横から蘊蓄を始める。

「ゴブリンは独特の呪術的信仰を持っていて、信仰する神や精霊、部族の象徴なんかを柱や幡にして立てることがあるんだ。
 他には独特の文字絵を描いていたり、獣の骨で祭壇を組んでいたり…

 それがあるってことは祭祀をするゴブリンシャーマン…術師系の高度な知能を持つゴブリンがいるってこと。
 あとは子供みたいなやや小さい足跡があるとか。

 ここにはそういったものが無いから、魔法を使ってくる敵がいないと考えていいねってわかるわけ。
 
 洞窟の入り口に特殊な木彫りの像や、動物なんかの髑髏と皮で作った幡が立ててあった時は、他のゴブリンの群れを威嚇するためにあるんだって言われてる。
 勢力があるっていう示威でもあるから、シンボルサインがあるゴブリンのねぐらを襲撃する時は注意が必要なんだよ」

 ゴブリンという妖魔は、それなりの知性と文化を持つ。
 人間や亜人種と同じく武具や道具を使い、魔法を使えたり信仰を持つ者すら存在するのだ。
 目に見える文化的傾向から群れの規模や勢力をある程度予測可能であり、足跡や残飯などの痕跡から更に情報を精査できる。

 “風を纏う者”は何度かゴブリンを討滅しており、先日もアレトゥーザ近郊でダークエルフに率いられていたゴブリンの群れを全滅させていた。

 単純だと思っていた冒険者の仕事だが、実際に指導を受けてみると憶えなければならないことが多い。
 同時に、冒険者の中から数多くの英雄と呼ばれる者が出現することも、なんとなく理由が分かる。
 彼らは知恵を絞って新しいことや困難に挑戦し、克服してきたのだ。

 決戦に備えて緊張していると、レベッカが突入用に松明を作りジゼルに渡した。

「ジゼルちゃんは後衛で明かり持ちね。
 あとは私とスピッキオが持つわ。

 松明の明かりは目がちらつくから、直に見たりしないようにしなさい。
 あまり火ばかり見ていると、敵の影を見逃してしまうから」

 松明や篝火による灯火は、あまり良い明かりではない。
 例えば、光を乱反射させる白い布で囲った物や、鏡を使ったランタンと比べてみると一目瞭然。

 松明は、燃える時に小さな爆発を起こしたり風で揺らぐ。
 揺らぎの多い灯火の元では、闇の濃い部分のわずかな動作を視認することがとても難しい。

 スピッキオが一人だけランタンを持っている。
 複数の明かりを用意するのは、ゴブリンに明かりを持つものが襲われた場合、暗闇で戦う羽目になるからだ。

「隊列は俺、ディエゴ、ラムーナが前衛。
 壁役が義務だ。
 陣を崩さず、敵を防衛線から絶対に通さないように。
 ロマンの魔法で敵が眠ったら、できるだけ起きてる奴から倒す。
 眠ってる奴だけになったら、確実に止めを刺すこと。

 最前列で斥候をレベッカに。
 敵と遭遇したら無理せず下がれ。
 もし洞窟の広さの関係で下がれない時は、魔法の指輪で身を隠して凌ぐようにな。
 行けるようなら、眠った敵の止めを刺して行ってくれ。

 ロマン、スピッキオ、ジゼルは後衛。

 妖魔の群れを相手にする時は基本、眠りの魔術が一番優位だ。
 ロマンは【眠りの雲】を最優先で使ってくれ。

 スピッキオは回復とその準備に専念。
 余裕があるなら、ジゼルやロマン、自身に防御の神聖術を頼む。
 前衛はラムーナの支援を優先でな。

 ジゼルは無理をせず、弓を撃てる状況で対応してくれ。
 可能なら、後ろから別の敵が奇襲してこないか警戒してくれればいい。
 絶対に敵と近接戦で戦うなよ。
 お前はまだ白兵戦には不慣れだ。

 狭い洞窟内は大振りができん。
 武器が無理なら、殴るか転ばせて頸部を踏み潰せ。

 敵の死んだふりに注意して、死亡の確認と止めを忘れるな。

 では、行くぞ」

 シグルトは隊列を決めて、戦闘の指針を示す。
 彼の戦闘指揮官ぶりは、ディエゴもジゼルも獣との戦いで見ているので不安が無い。
 彼の作戦は合理的であり、仲間の安全を最優先にしたものだ。

 一行が慎重に進むと、すぐに洞窟の最奥の空間に行き着く。
 
 なんとも言えないすえた臭いが漂っていた。
 糞尿と腐った肉が混ざったような悪臭だ。

 一行の持つ灯火に照らされて、緑色の肌の矮躯が歯を剥きだして威嚇してきた。

 敵はやはりゴブリンである。
 数は七匹、ホブゴブリンやシャーマンなどの変異種はいない。

 最前列にいた斥候役のレベッカに、一匹が飛び掛かってくるが、彼女は松明を地面に放って姿を消した。
 まさにぱっと消えた形である。
 集中すると透明化する魔法の指輪【シャイ・リング】を使用したのだ。

 攻撃が空を切り、そのゴブリンは訳が分からないという表情をした。

 反撃は苛烈だった。
 シグルトが精霊の放つ風の勢いに乗って近くにいた一体を殴り殺し、ロマンが呪文を唱えると他のゴブリンたちも次々と眠りに落ちる。

 間髪を容れずディエゴが一匹を斧で屠っていた。
 しかし、勇み足してわずかに前衛に穴が開く。

 よろめいていた一匹のゴブリンが、一行の間を抜け走った。
 まっすぐに明かりを持つジゼルとスピッキオに向かってくる。

 強力な体当たりを受けて、ジゼルの息が止まった。
 吹っ飛んだ松明が派手に火の粉を撒き散らす。

(…あぁっ…)

 視界が真っ赤に染まっている。
 鈍い音と感覚から、骨のどれかにひびが入ったかもしれない。

 激痛と危機感に対して脳内に麻薬物質が大量に出て、一時的に痛みをシャットアウトしていた。
 視線が染まる酩酊のような状態は、そのせいだ。

 耳鳴りの向こう側で、シグルトが自分を呼ぶ声が聞こえる。
 死ぬのかもしれないという恐怖が、ジワリと背筋を這い上がって脇の下が湿って行く。

「《主よ!》」

 高らかに発せられたスピッキオの聖句の後、すっと視界がクリアになる。
 癒しの神聖術を受けたのだろう。

「ラムーナ、松明だっ!」

 シグルトが叫ぶと、ラムーナが落ちていた松明を蹴り上げた。
 ばらばらと火花が降り注ぎ、一瞬だけ照らされたゴブリンの喉をラムーナが穿ち抜く。

「わ、私は平気…!」

 必死に声を絞り出すジゼルの肩をポンと叩いて、シグルトはすぐに眠った残りのゴブリンの止めを刺しに行く。
 振り返り際に血振りをしていた。

 後はあっけなかった。
 二呼吸とかからず、すべてのゴブリンが急所を穿たれて死体に変わった。

「レベッカ、ラムーナ、死んだふりの奴がいないか確認してくれ」

 女性二人にゴブリンの後始末を任せると、シグルトはジゼルに駆け寄り打撲個所を確認する。

「…あはは、失敗しちゃった」

 精一杯強がって見せるジゼル。
 すでに痛みは無い。

「…うむ、姿勢に不自然なところはない。
 スピッキオの癒しの術でほぼ完治したのだろう。

 音からして、たぶん骨にひびが入っていたかもしれん。
 歩いて激痛がしたり眩暈がするようならすぐに言うんだぞ。

 よく意識を手放さずに耐えきった。
 受け身が良かったのだろう」

 思い出してみれば、とっさに身体を丸めて急所を庇ったような気もする。
 にわかに足の力が抜けてくず折れそうになると、シグルトがさっと支えてくれた。

(これが本当の戦い…)

 狼の時とは違い、実際に傷を負い痛みをはっきりと感じた。
 ダメージが大きいと、ああも視界が変わるのだと初めて体験して知った。

「ディエゴ…ゴブリンを憎むのは分かるが勇み過ぎだ。
 アンガス氏の側にいる時は、こんな風にならないようにしてくれ。

 ラムーナ、松明は良い判断だった。
 だが、その前に横を抜けられたのはお互い失敗だったな」

 シグルトはがみがみ怒ったりせずに、前衛にできたわずかな隙を突かれたことを少しだけ咎めた。
 しっかりと後衛のロマンを守り、眠った敵を確認するまで前衛として陣形を崩さなかったシグルトからのお叱りである。
 今回ジゼルが怪我をしたのは、前衛の不手際だと言っているのだ。

 フォローしようとしてジゼルが口を開きかけると、シグルトに鋭い一瞥を貰った。

(お前はまだ見習いだ。

 口を噤んでいろ)

 彼の目はそう語っていた。
 出かかった言葉を慌てて飲み込む。

「す、すまん」

 ディエゴが困ったように頭を下げた。
 彼は派手に斧の技を使っていた。

「うん、あの時に足払いでも仕掛けておくべきだったね。

 失敗してごめんね…」

 ラムーナも自分の非を認めて仲間に頭を下げた。

「これを反省に、次は壁を維持しよう。

 戻った後ディエゴはアンガス氏の側をしっかり守ってくれ。
 ラムーナは突出しすぎる傾向があるから、防衛の領域に穴を開けないようにな」

 シグルトはそう言うと、すぐにゴブリンの死体処理を始める。

 戦闘に関して、シグルトはとても厳しい。
 かといって、感情的に怒りをぶつけることは全く無い。
 淡々と問題のある個所を示して、次の対策を注意する。

 指揮官に一番大切なこと。
 それは〈道理〉だというのが、シグルトの持論である。
 後輩を指導する時も、〈厳しいが道理を通す〉というのがシグルトの教導方針だ。

 実際に、シグルトはパーティの誰よりも誠実に道理を守る傾向がある。
 叱ることはあるが、理不尽な怒りを露にすることはまずない。

(そういえば…シグルトがウェーベル村に来たのも、熊退治の依頼料に関して不適当なのを指摘するためだったって、お父さんが言ってたわ)

 シグルトという人物を見る時、〈正義感〉はあまり感じない。
 彼は他人に自分の正義を押し付けたりしないのだ。
 ウェーベル村の熊退治に関しても、〈道理を守ってほしい〉と村長に頼んだだけで強要はしなかった。
 こういう人物だからこそ、曲の強い面子が絶対の信頼を寄せて従うのだろう。

 死体の処理が終わると、洞窟内をレベッカが調査する。

 人間の遺体遺骨が発見され、そこにはナイフによる刺し傷があった。
 ゴブリンたちによる犠牲者だろう。
 すでに骨と皮ばかりとなり、ぱっと見た様子では性別もわからない。
 
「…骨格では男だな。
 体格から成人男性、年寄りではない。
 死因は無数の刺傷と裂傷、ゴブリンによるものだろう。

 おそらくは山を越えようとした旅人の者だ。
 グリュワ村の関係者かもしれん。
 あとでアンガス氏に報告をしておこう」

 遺体の上に軽く土をかぶせ、目印に石を置く。

 レベッカが、遺体の持ち物だったらしい護身用の短剣を見つけて回収していた。
 ただ働き同然の討伐で、少しでも元を取ろうという考えなのだろうが、短剣自身は市販の安物のようだった。

 一行が戻ると、シグルトが洞窟に棲息していたゴブリンと遺体のことをアンガスに話し、アンガスはここ数年で行方不明になった者はいないか確認すると請け負った。

 水分を補給し小休止してから、一行はまた下山を継続する。
 道中はまた赤いコカを発見してそれを回収する程度で、しばらくは問題無く山道を下って行った。

 だいぶ緩やかな道に差し掛かり、斥候役のレベッカが一行を止めた。

「…破れた財布が転がってるわ。
 ここで誰か襲われたのかしらね。

 銀貨が二十枚。
 ちょっとした儲けになったけど、こんなところで落ちてるってことは不自然かしら。

 たぶん、アレが原因かも」

 レベッカが指し示す茂みには、背の高い植物が見える。
 ロマンが興奮したように警告を発した。

「キラープラントだ。
 周囲の植物に混じって、擬態して獣を襲って捕食する危険生物だよ。

 獰猛で人も襲うんだけど、道に面してるから倒さないと通れないよね。
 僕の魔術で撃退しようか?」

 シグルトは敵影を確認すると、ジゼルを見た。

「ジゼル、お前がやってみろ。

 討ち漏らしたら、俺たちで対処する」

 先ほどの負傷を苦にして口数が少なかったことを、このリーダーははっきりと見抜いていたのだ。
 敵を倒す経験をして自信をつけ、そのついでに名誉を挽回しろ、ということである。

 ただ首肯して、すぐに弓を構え、慎重に狙いを定めて矢を放った。
 放物線を描いて風を切ると、矢はふわりと落ちるように的に吸い込まれていく。

 【貫雀の穿】。
 現在ジゼルが最も得意とする弓の技だ。

 距離は約百メートル。
 正確に放たれた矢はキラープラントの太い茎を断ち切り、その頭がボトリと落ちる。
 神業と言って良い、正確な射撃だった。

 レベッカが口笛を吹き、アンガスが思わず拍手をする。

 すかさずシグルトが頭を踏み潰し、根を突いて断ち切った。
 この手の植物や虫の怪物は、痛覚や精神を持たないため、頭を落としたり殺したはずでも動いて襲い掛かってくる場合がある。

「こういうモンスターはしぶとい。

 蛇や蜥蜴の類も、仕留めたら必ず頭や尾の処理をすること。
 毒牙のある類は、頭を埋めておくのがマナーだ。
 植物系は根を絶たないと再生する場合もある。

 …あの距離で頭を落としたのは、見事だった」

 事後処理を終えたシグルトはジゼルを呼び寄せると、最初に教導をしてから、結果を褒めてくれた。

「狩猟弓の有効射程距離ってそんなにないはずなんだけど、頭を落とせるものなんだね」

 キラープラントの切り口を確認しながら、ロマンが感嘆していた。

 この時代の一般的な弓の有効射程(正確に狙える距離)は九十メートルほど。
 最大射程は良質の弓でも四百メートル、体格が変わるほど熟達した弓兵の強弓で五百メートル。
 一般人の的中率は三十メートル程度でも難しい。

 達人が強い弓で特別な技を使えば一キロ離れた場所への遠当ても可能とされるが、実際に狙って矢を百メートル以上飛ばすのはそれだけで技量を要する。
 極東の国で祭事に〈三十三間の通し矢〉というものがあるが、三十三間が約百二十一メートル。

「動かない的だったし、無風で高い場所にも障害物が無かったからね」

 照れたように弓を撫でながら、少し複雑な気持ちでジゼルは苦笑した。

 女性の射手は、どう足掻いても弓の射程距離が落ちる。

 第一に筋力。
 熟達すれば関係ないと言う者もいるが、射程は基本的に弓の強さによる。

 第二に体格。
 女性では、身長も目線の高さも腕の長さも男性に劣る。
 そのわずかな差が、射程が伸びるほど深刻な影響を与えるのだ。

 第三に性別特有の起伏。
 ある女性の戦闘民族は、射撃の技能を維持するために胸を切除していたと伝わるほどで、女性の胸部は射撃にとって邪魔だ。
 胸当てを当てればある程度抑えられるが、ジゼルの友人である女性たちの中には「胸のせいで弓など無理」などと自慢する娘までいた。
 …射撃に障りが無いということは、女性としてある意味劣等感を刺激するのである。

 敵が動き回る乱戦で実際に弓を使ってみると、現状はまだ矢も放てていない。

「ま、私たち女には〈眼〉があるからね。
 
 ジゼルちゃんの技巧なら、慣れれば大丈夫よ」

 休憩時にレベッカが言っていたが、女性の色彩に対する認識力は男性より優れており、的を知覚して狙う能力は優れているはずなんだとか。
 それを励みに、もっと努力しようと密かに誓う。

 無事に障害を突破してさらに下ると、今度は道を塞ぐように枝が張り出して通行が困難な場所に出た。
 帰郷のため、荷物をたくさん持っているアンガスは困り顔だ。

「…レベッカ。

 さっき洞窟で手に入れた短剣があったな?」

 シグルトは古びた短剣をレベッカの使っていた杖の先に結ぶと、勢いをつけて振り下ろし、邪魔な枝を払い落した。
 同時に周囲の茂みも刈り払う。

「こうすれば、力が無い女子供でも道を切り開ける。

 山に入る依頼の場合は、山刀(マシェット)や手斧を持っていると便利だぞ」

 長くすることで、遠心力と重量を増すのがポイントだとシグルトは言う。

「君は槍も使えるようだな。

 熟練した動作だ」

 ディエゴの言葉に、あっ、とジゼルも納得したような声を上げた。
 剣を振っている時より、綺麗で無駄の無い動きに感じたのだ。

「…大したものではないさ」

 苦笑したシグルトには、自嘲の気配があった。
 拙い話題だったと、周囲の者も何となく察する。

 場を繕うようにアンガスが、自分の商売で扱っている果実酒はいらないかという話題になり、レベッカとディエゴが目の色を変えて飛びついていた。

 一通り障害を刈り終えると、シグルトはさっさと短剣を結んだ紐をほどいて杖をレベッカに返却する。

「…もうすぐこの下り道も終わりだ」

 そう語る男の背中には、どこか人生という山の起伏を感じさせ、哀愁が漂っていた。


 ほぼ下山が終了するという時点で、レベッカが錆びた剣を見つけた。
 明らかに戦闘用の武器で、錆びは浮いているが使えないレベルではない。

「これは、放置されて数日というところか。

 …妙だな」

 剣を拾い上げたシグルトが眉根を寄せた。

「ええ。

 最後にひと波乱ありそうね」

 レベッカが頷くと、ラムーナが剣を抜いて警戒を始める。

「スピッキオ、念のためだ。
 ラムーナ、ロマン、ジゼルそしてお前に守護の神聖術を。

 例の盗賊狩りの時期を考えれば、この先に逃亡した野盗の類がいるかもしれん。

 レベッカとジゼルは、周囲の茂みに注意してくれ。
 鏃や刃物の光を感じたらハンドサインで。

 アンガス氏、中央へ。
 ディエゴはその脇だ。

 ロマンはその後ろ、敵が集団なら【眠りの雲】を最優先だ。

 スピッキオは前。
 回復最優先だ。
 今は様子を見て温存するが、戦闘が始まって余裕があるなら、レベッカやディエゴの守りの術を。

 ラムーナ、まずはあまり突出せずに、敵が弓の類を持っていたら盾でアンガス氏を守ってくれ。

 レベッカは開戦後、眠った奴の止めを頼む。

 ジゼル、もしかしたら対人戦になるかもしれん。
 自分と同じ人間を相手にするのは、妖魔や獣を相手にするのとはわけが違う。

 今回は、後ろからできる射撃で援護してくれれば、それでいい。
 決して容赦するな。
 矢を撃つなら、殺傷を躊躇うだけで〈覚悟のない奴〉として狙われるぞ。

 盗賊の類は、弱い女子供を人質にしようとする。
 隙を見せて捕まったのなら、普通の冒険者なら〈見捨てられる〉のが常だ。
 決して捕まるな。

 もし捕まったら、自身が致命傷を受けていると思え。
 そう決めれば、意外に身体が動く。
 仲間に助ける意思があったとしても、動揺を見せず一緒に斬り殺すつもりで向かうだろうから、必死に逃れるチャンスを作れ。
 できなければ一緒に殺される。

 このことを、忘れるな」

 仲間に戦術を指示した後、シグルトはジゼルに厳しい指示を出した。

「あらら、シグルトったら甘いわね~

 ジゼルちゃん、捕まった時は私が殺してあげるから。
 そのほうが足手まといにならなくて安心でしょ?」

 レベッカが唇を三日月型に釣り上げた。
 目が笑っていない。

「その時可能なら、【眠りの雲】で一緒に眠らせるよ。

 巻き込まれても、運が良ければ助かるし」

 ジゼルの方を向きもせず、ロマンが断言する。

「捕まった時、私が剣を振るったら精一杯首をのけぞらせてね。
 成功すれば首が切れないから。

 人質を意識してる敵は、動きが鈍るから倒すチャンスなんだ」

 ラムーナもまったく容赦がなかった。

 うぐぐ、と目を剥いていると、スピッキオが困ったような表情で忠告をくれる。

「対人戦の教導は、望むならばしっかり準備してからやるもんじゃがの。
 今回は仕方あるまいて。

 新人が一番よくやるポカの一つに、勇んだり殺傷を躊躇って捕まってしまうパターンがあるんじゃ。
 人質ができた時は、巻き込んでも捕まえている敵を速攻で潰すのが冒険者の常道なんじゃよ。
 そのぐらい容赦が無い方が、新しい人質も取られんし、仲間が手を出せなくて全滅することも無い。
 これができんのは、仲間を信頼しておらんということでもある。

 逆の場合も、決して容赦しなくてよい。
 できぬなら、リューンで別の道を探しなされ」

 人質に対する同士討ちに関しては、冒険者ごとにスタイルが違う。
 現在の“風を纏う者”の方針は、〈仲間の足かせになるぐらいなら、死ぬか敵の足を引っ張る〉だった。

 むしろ、人質になった状況すら利用して敵を貶める。
 冒険者の自由とは、命を質にしたサバイバルの結果得られるのだ。

 “風を纏う者”がこの厳しい方針を採れるのは、仲間への強い信頼故。
 互いに〈見捨てられても構わない〉と覚悟していながら、絶対に助けてくれると信じている。
 そういう絆を持ったパーティは、人質を取られることを恐れない。

 救助をただ期待し、それが叶わぬことを恨むのは、仲間に依存しているだけなのだ。

 真の仲間を持たず未熟なジゼルはまだ知らない。
 仲間に命を委ねる…パーティを組むということは、そこまでの強い信頼と連帯感をもってこそ熟すのだと。

 一行が警戒して進むと、山の麓の開けた場所にたどり着く。
 待ち構えていたように薄汚い姿をした男たちが現れた。

「ここにはちんけな山村しかないと思ってたら、景気づけになりそうな獲物が来たじゃねぇか。

 しかも、好い女が三人もいやがる…たまらねぇな!」

 好色なそうに、髭面の男が嗤った。

「女はいらねぇ。

 そのかわり、あの綺麗な小僧は俺の得物だ。
 あのほそっこい指を一本一本折ってやったら、良い声で鳴くんだろうなぁ」

 痩せた暗い目の男が嬉しそうにロマンを見つめた。

「薄汚ねぇドワーフと爺ぃはナイフの的だな。
 生きてれば。

 ぎゃははっ!」

 乱杭歯の醜悪な男が、目を剥いて馬鹿笑いしていた。

「俺は食い物があればいいぜ。
 持ってなきゃ、女を一人潰せばいい。

 腹のあたりが美味いんだ」

 頬のこそげた男が涎を拭きながら、じっとジゼルを見ている。

「ばっかやろうども。
 そんなに血走った目で見やがったら、降伏勧告ができねぇじゃねぇか。

 つうわけで、身ぐるみ全部置いて降参しな。
 女と子供は置いていけ。

 逆らっても逆らわなくても、残りは皆殺しだけどよ!」

 見ているだけで胸糞が悪くなる男たちだった。
 全部で十一人。
 それなりの規模の盗賊団である。

「…貴方たちの出番です。

 よろしくお願いしますよ!」

 アンガスがさっとディエゴの後ろに回った。

「面と品性を考えて言え、ろくでなしども。

 貴様たちの臭い血で山裾を染めたら、木々も腐るだろう。
 絵空事をほざく前に、行水をしてから来い」

 辛辣に言葉で反撃し、シグルトが剣を抜く。

「あ~、説教は無駄無駄。
 あの様子じゃ、耳糞もほじってないでしょ。

 穴の中には腐ったものしか詰まってねぇわ」

 肩をすくめてレベッカも短剣を構えた。

「同感。

 ああいう変態は、燃やして埋めた方が世のためだよ。
 話をすると病気がうつりそう」

 陰鬱そうな様子でロマンが魔導書を開いた。

「う~んと、要するにみんなかっ殺せばいいんだよね?

 弱そうだしばっちいから、早く終わらせよう」

 恐れた様子も無く、ラムーナは愛らしい笑みを浮かべながら物騒なセリフを言って盾を突き出す。

「これこれ、娘御が品の無いことを言うでない。

 あんな連中、相手にするだけ無駄というものじゃ」

 聖印を撫でつつ、スピッキオもなかなか毒舌である。

「さっきのゴブリンと大差ない連中だな。

 奴らより臭いぞ」

 ディエゴが斧を構えて顎髭をしごいた。

 これから始まる人間同士の凄惨な殺し合いを前に、みんな余裕の表情だった。
 ジゼルも何か言おうとして、漂ってきた男たちの臭気に顔をしかめる。

「ごめん、何か言おうと思ったけど無理。

 あの人たち、臭すぎるんだもん」

 ジゼルが思い切り顔を背けると、ついに激昂した山賊たちが向かってきた。

 ラムーナが、ふわり、とジャンプするとしなるようような踵落としで一人の頭を打擲する。
 頭蓋骨には陥没しやすい箇所があり、栄養の不足した盗賊のやわなそれはあっけなくひしゃげた。
 鍛え上げたラムーナの足は、踵に仕込まれた金属とクッションのおかげでダメージが無い。

 二条の風が奔り、次々と男たちが転倒した。
 その一人の首をシグルトが刎ね飛ばす。

 怒った数人の反撃を籠手と剣で弾き返すが、多勢に無勢で守り切れない上腕に刃が命中する。
 しかし【堅牢】による高い防御力の前にはほんのかすり傷程度。

「《…眠れ!》」

 ロマンの呪文が決まると、ばたばたと敵が倒れた。
 これで戦いの趨勢が決まる。

 シグルトが最初に魔法を使うのは、ロマンから目を逸らせるためでもあるのだ。
 魔法使いを最大の脅威として、寄ってきた雑魚を足止めする…前衛としては理想的な仕事である。

 残ったのは首領らしき男が一人。

「くはっ!
 みっともねぇわね。

 降伏勧告とか言ってて、もう起きてるのはあんた一人だけよ」

 レベッカが眠った一人を刺し殺してから、嘲るように首領を指さした。

 逆上した首領はレベッカに向かって短剣を振るい、ニヤリと笑う。

 この人数を従えるだけあって、首領の腕前はかなりのものだった。
 低い位置から振るわれた刃が、レベッカの大腿部をかすめ、血が滲む。

「けっ…
 腕に自信がねぇから、腐った手を使いやがるわけね。

 あいにくと、この程度じゃ倒れないわよ」

 刃に毒が仕込まれてるとすぐに気が付いたレベッカは、大腿部の動脈を加圧して距離を取る。

 レベッカの言葉は首領に届かなかった。
 ラムーナの突きで胸から血を噴出しよろめいたところを、シグルトが【刹那の閃き】で斬首したのだ。

 シグルトから吹く突風によって目覚めた男を、ジゼルの弓が射貫いて斃す。
 仲間が負傷したことと敵数が多過ぎて、〈初めて人を殺した〉などとショックを受けている余裕が無かったのは、幸か不幸か。

 ディエゴが豪快に振るった斧で、眠った盗賊の首がまた一つ転がった。
 ロマンも攻撃魔法で、起き上がった敵を確実に仕留める。

 シグルトとラムーナがさらに一人ずつ、最後の一人にジゼルが矢を叩き込んだ。

「レベッカ、毒か?」

 死体の確認をラムーナとディエゴに任せて、シグルトが駆け寄った。

「あ~、大丈夫。
 相手をいたぶる類の弱いやつだわこれ。
 多分毒蛙の奴。

 スピッキオ、回復術を頼める?
 薬使うまでも無いわ」

 レベッカは傷口から血を絞ると、毒の影響で沸き起こるめまいや頭痛に耐えながらがぶがぶと水を飲んだ。

「レベッカさん、毒消し使わないの?」

 駆け寄ってきたジゼルが聞くと、レベッカは「この程度は致死毒のうちに入らないから」と言って、毒消しが無い時の応急処置を教えてくれる。
 盗賊のレベッカは毒物に対する知識があり、毒に耐える鍛錬も経験しているそうだ。

「自然界の毒物は凶悪だから、たいてい食らった時点で終わりなのよ。
 特に麻痺とか石化がね。

 相手の体力を奪うのは連続で食らうとやばいけど、一発ぐらいなら体力を維持しながら耐えきっちゃっても治せるわ。
 毒使いってのは自傷で死ぬこともあるから、あんまり強い毒を使わない傾向があるのよね。

 市販の毒消しは体内の危険な物を一気に消してしまう強力な奴を使えば、食らったすぐなら助かるけど、強い毒を貰ったら使ってる余裕なんて無いわ。

 毒を食らったら、まず肝を据えて冷静になること。
 それと一番近くの血の筋を抑えて、毒が回るのを遅らせることね。

 口で吸うのは止めときなさい。
 慣れてないと、虫歯や口の傷から入って死ぬわよ。

 飲んだ毒を無理やり吐くのも、そういう訓練をしてないならダメ。
 素人がパニックになって吐こうとすると、吐しゃ物が喉に詰まったり、肺や気管に胃液や毒が入ってもっとひどいことになるから。

 焦らずに、少し塩を混ぜた水をがぶ飲みして、利尿と発汗作用のある薬草を飲めば、後は体力次第ね」

 スピッキオに治癒の神聖術をかけて貰いながら、レベッカは座って身体を休めながら教えてくれる。

「それより、よくやったじゃない。

 これでジゼルちゃんも〈乙女〉を卒業ね。
 最初が二人なんて、自慢できるわよ」

 荒い息をしながら冗談めかしてウインクするレベッカに、「あはは」と苦笑するジゼル。

「シグルトやレベッカさんが怪我をしたら、なんだか逆に〈あいつらは敵だ〉って強く感じて。
 そうしたら、殺すことに躊躇う気持ちが無くなっちゃった。

 首は飛ぶし、流血がすごかったし…これだけ凄惨な中で、射殺すのってなんだか優しい手段みたい。

 こんなこと言うと不謹慎だけど、弓使いでよかったかな。
 さすがにみんなみたいに、すっぱすっぱ殺せないよ」

 見れば、ラムーナが盗賊たちの首を集めている。
 年頃の娘が忌避感も無く死体の髪や髭を掴んでぶら下げる様は、実にシュールだった。

 脳漿がこぼれていたり、首を失ったものや、胸を穿たれて舌をだらりと出した死体が転がっているが、感覚がマヒしているようだ。
 耳の奥でツーンとした小さな耳鳴りが続いている。

 死体の凄惨さにアンガスの顔は蒼白だ。
 血の臭いと盗賊たちのすっぱい体臭が混じって、とてつもない悪臭が漂っていた。
 普通なら吐くか貧血を起こしそうな状況である。

「あとは、お前主導での依頼を経験すれば十分冒険者としてやっていけるだろう。

 吐き気が無いならラムーナを手伝って、死体処理のやり方を経験しておけ。
 ディエゴに手伝って貰うといい。

 俺はレベッカの毒抜き用に、この辺りに生えている発汗作用の強い野草を煎じて飲ませる」

 一行は戦闘後ということもあり、戦場の後始末をしてから小休止を入れる。

 だいぶ日が傾いていた。
 山の日暮れは早い。

 休憩を終えて出発すると間もなく参道が終わり、グリュワ村の境となる柵が見えてきた。

「ここまでくれば危険はないでしょう。
 危険手当を含めて、銀貨八百枚をお支払いします。

 有難う御座いました」

 アンガスが礼を言って報酬を渡し、依頼終了のサインをしてくれた。

 一行はアンガスの仲介で、グリュワ村の村長宅に無償で泊まれることとなった。
 先ほどの野盗は何度か村を襲撃していたらしく、倒したことを知った村人たちは喜んで、一行はとても歓迎された。

 余った獣肉や薬草の類を村で売って、保存の効く食料を仕入れる。
 比較的新鮮なワイルドボアの肉は結構な穀物類と交換でき、薬草の類は盗賊で負傷した者の治療のため不足したので、流通価格の半額で引き取ってもらえた。

「交感した雑貨を抜いて銀貨五百枚ってとこね。
 依頼料に、アンガスさんと交換した奴や、拾った財布の分を合わせると銀貨千三百四十枚。

 いい稼ぎになったわ♪」

 一行は村長の家で夕食を馳走になると、今後のことを話すために話し合っていた。

 まずレベッカから、獲得した金の総額が報告される。

「で、分け前なんだけど…」

 レベッカがちらりとディエゴを見ると、彼は首を横に振って辞退する。

「私は助けてもらった恩返しをしたかっただけだからな。
 約束通り報酬はいらない。

 一緒に行動することで良い酒が手に入ったし、命も助かった。

 その金はそちらで分けてくれ」

 レベッカは次に、ジゼルを見る。

「私は教導を受けてる身分だし…」

 遠慮しようとすると、レベッカが指を振ってそれを咎めた。

「ダメダメ、そんなじゃ。
 報酬は見習いでもきっちり貰うのが、私たちの業界の仕来りってものよ。

 とりあえず銀貨千二百枚を六等分して、一人頭銀貨二百枚。
 残りは雑費としてパーティ資金行きね。
 別れる時まで私が預かっておくわ。

 新人は色々入用になるから、権利は受け取っておきなさい」

 せっかくの申し出なので、ジゼルは厚意に甘えることにする。

「さて、これからのことだが…

 北岳は昨夜降雪があったそうだ。
 大した積雪量では無いようだが、今の装備で踏破は危険だ。

 となると、西の渓谷を回るルートしか残されていないのだが、かなりの難所で沢下りもしなければならない。
 おそらくこの時期の沢は水が冷たく、厳しい旅になるだろう」

 するとディエゴが手を上げた。

「そのことなんだが…
 私の知人のドワーフが住む妖精窟が、西の渓谷近くにあるのだ。

 妖精窟の奥には北に抜ける洞窟があって、そこを抜ければ北に抜けるのはたやすい。
 あそこのドワーフたちは偏屈者ばかりだが、私が一緒に行けば洞窟へ通じる扉を開けてくれるだろう。

 かわりに、私を冒険者として君たちの活動する冒険者の宿に紹介してくれないだろうか?
 
 実は長年一緒に仕事をしていた相棒が、先日結婚してな。
 私はこの近くの山で同族が使う製鉄用の炭を焼く仕事を生業にしていたのだが、これを機会に思い切って町場に出ようと思っていたのだ。

 とりあえず仕事が見つかるまでは、冒険者でもしようと思っていた。
 私たちドワーフは、人間たちの職人ギルドに属すのが難しいから、町での就職が難しい。
 手っ取り早く稼ぐには、傭兵か冒険者ぐらいしか思い浮かばなかったのだ。

 それに、熊に不覚を取った手前、戦いの感覚も取り戻したい。
 冒険者は腕を磨くのにはもってこいだ。

 一緒に旅をして分かったが、君たちは優秀で誠実な冒険者のようだ。
 君たちが所属する宿なら、間違いはないだろう。

 どうだろうか?」

 有難い申し出なので、「紹介までで良ければ」とシグルトが請け負う。

「先日、新人のパーティが結成したばかりなんだ。
 教導はマルスたちに任せているが、一度腰を据えて後輩の教導をしなければならないな。

 リューンについたら、親父さんと相談しよう」

 今後のことを相談しながら、グリュワ村での夜は更けるのであった。



⇒『グリュワ山中の護衛』の続きを読む

Y字の交差路


タイトル画像

新年、明けましておめでとう御座います!

2019.01.01(13:20) 487

 新年、明けましておめでとう御座います。
 今年もどうぞよろしくお願い致します。

 気が付けばカードワースニ十周年の時も過ぎ去り、師走は文字通りほとんど走り回っていて終わってしまいました。
 まぁ、去年は結構シナリオを作れたし、一応“風を纏う者”のリプレイ再録もリプレイR分は一通りやったので、活動としてはそれなりだったかな、と。

 現在新しいリプレイを書いていますが、一回データが保存されずに消えてる(自動保存できるテキストエディタ使ってたはずなんですが…)謎現象が起きてモチベーション低下が起きてたりしてます。
 
 こういう時は別のシステムを考えるのもよいなぁ、ということで…
 昔考えたカウンター&チャージシステムの見直しもありかなと。
 
 本当は状態判定のラウンドや強化値が判明すればもっと複雑なギミックが組めるのですが、カウンター&チャージシステムは、戦闘中に選択肢が出る煩雑仕様が欠点だとも思っているので、もう少しあっさり自動化できないか、当時からのテーマなんですよね。
 カウンターフラグ(ダメージのある攻撃を受けた時だけ、次の行動まで立っているフラグ)とか、シナリオ内ではなくカードのイベントで処理できるシステムがあれば召喚獣二つもいらないですし…プログラム習得はさすがに無理ですが、既存のシステムで何とかできないものか、悩ましいところです。
 Ver1.50のシステムだけでもかなり良くなってはいるのですが。

 今年はぼちぼちリプレイを書きながら、オルフたちのパーティのリプレイの続編や制作中のシナリオをいくつか完成させたいものです。
 
 みなさんも、濃厚な一年をぜひお過ごしくださいね。
 では~♪

Y字の交差路


2019年01月
  1. ◆CWリプレイ:PyDSガイド◆(01/20)
  2. 『グリュワ山中の護衛』(01/20)
  3. 新年、明けましておめでとう御座います!(01/01)