Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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『第一歩』 前編

「…ふっ!!!」
 
 鋭い呼気とともに真っ直ぐな突きを放つ。
 しかし、その攻撃はたやすく避けられて、シグルトの肩に鈍い痛みが走った。
 がくりと膝を地面につく。
 
「だから言ってるだろ!
 お前の攻撃は正直過ぎるんだよ」
 
 無精ひげの生えた粗野な口調の男は、馬鹿にするように剣に似せた剣術練習用の棒切れで、自分の肩をぽんぽんと叩いた。
 
「おいレストール。
 素人相手にやりすぎだぞ?」
 
 横で鎧姿の男が苦笑いして言った。
 
「そんなこと言って甘やかしてみろ…
 こんな若造、すぐに死んじまうぜ!
 
 いいかシグルト…冒険者って奴は甘えた野郎から死んでいくんだ。
 生き残りたかったら、こんなことでいつまでもへたってないで、とっとと攻撃して来い。
 どんな手を使ってもいいから、俺から一本とって見ろ!
 
 …そうしたら終わりにしてやる」
 
 レストールという粗野な男は、容赦なくシグルトの肩口を蹴り飛ばした。
 
 下がったシグルトは上段に棒切れを振り上げる。
 静かな闘志が、青黒い双眸の奥に宿っていた。
 
「おっ?
 やる気が出たな…」
 
 横で見ていた鎧姿の男は、面白そうにシグルトを見ている。  
 
「生意気にも〈鷹の構え〉か?
 そんな大振り、俺に通じると思ってんのかぁ?
 さっきから言ってるだろ」
 
 レストールは馬鹿にしたように、自身も同じ構えを取る。
 
 何を思ったか、シグルトは踏み込もうとして止め、今度は違う構えを取る。
 同じ上段の構えだが、不思議な形のものだった。
 
 柄を持った腕を頭より高く、切っ先にあたる部分で、まっすぐにレストールを指す。
 斜めに傾いた棒の先に、逆腕を軽く添え、足を出してやや低く腰を落している。
 
「…なんだそりゃ。
 
 お前、そんな変な構えで、自棄にでもなったのか?」
 
 見たことの無い構えに、レストールはあきれたように鼻息をひとつ吐いた。
  
 瞬間、呼吸のわずかな隙を狙って、シグルトは真っ直ぐレストールに突進した。
 
 ガッ!!!
 
 凄まじい踏み込みだった。
 
「ほう、突きできたか。
 
 なかなかいいが、一歩分遅かったぜ?」
 
 唇の端を吊り上げて嗤うレストール。
 しかし、その目は真剣になっていた。
 
(…ふう、冷や汗をかいたぜ。
 
 何とか受けられたが、微妙だったな。
 こいつ、こんな技を隠し持っていやがったのか)
 
 シグルトの踏み切った踵の場所が少しへこんでいる。
 いかに強い一歩だったかよくわかる。
 
 油断無く構える相手に、シグルトは弓を引き絞るように柄を持った手を後ろに下げる。
 逆手は添えるだけ。
 
「ほぉ、さっきの技の変形か…
 
 今度はもう少しましだろうな?」
 
 その問いには答えず、シグルトはすっと深呼吸、息を止めた。
 
「…ッ!!!!!」
 
 今度はシグルトの姿が残像を残し、消えた。
 
「…突きが来るのは読めてんだよっ!!!」
 
 レストールは見えないほどの速度になったシグルトの一撃を、勘だけで薙ぎ払った…はずだった。
 
 ベキィ!!
 
 その一撃でレストールとシグルトの棒が同時にへし折れたのだ。
  
「ぬぅあっ!!!」
 
 一瞬だがレストールに隙ができる。
 そこにシグルトはタックルして、自分の持っていた半分ばかりの棒切れをレストールの首に押し付ける。
 
 折れてできたささくれが、レストールの肌に小さな血の玉を作らせた時、急にシグルトがバランスを崩した。
  
 その瞬間、レストールの拳がシグルトの頬に突き刺さった。
 したたかに地面に叩きつけられ、シグルトはそのまま失神した…
 
 
「で、どうだったんだ、シグルトの腕は?」
 
 親父がレストールと鎧の男、コッカルトの前にシチューの皿を置きながら尋ねる。
 
「へっ。
 あんな若造、まだまだだぜ!」
 
 がつがつと先にシチューを食らっているレストール。
 
「…いや、正直とんでもないな、アイツ。
 本当にこいつから一本取ったんだぜ」
 
 コッカルトはレストールの首筋にできた瘡蓋をなぞる。
 
「っ!!
 気色わりいぃんだよ!
 変な触り方するんじゃねぇ!!」
 
 首を押さえ、レストールは盛大に唾液混じりのシチューを飛ばした。
 
 顔をしかめてシチューを拭き取りつつ、コッカルトはまた思い出したように話を続ける。
 
「…ほんとにすげえよアイツは。
 
 踏み込むときに全く躊躇してなかったし、得物がへし折れても最後まであきらめなかった。
 とんでもないクソ度胸だ。
 あれで、剣をまともに使い始めてまだ一月だっていうんだからな。
 
 技はド素人だが、基本をみっちり叩き込めば1年後には俺たちに並ぶか、越えてるかも知れない。
 
 ありゃ…化けるぞ。
 
 それに、あいつは素人じゃない。
 剣はまるでなってないが、武芸の基礎は徹底的にやってる」
 
 コッカルトはそういってレストールに同意を求めた。
 
「…だろうな。
 
 あの軸足の使い方や勝負度胸。
 加えて、2度目のアレは、俺でも見切れなかった。
 
 剣の技じゃねぇな、あの突きは」
 
 首の瘡蓋を掻きながら、レストールは目を細めた。
 
「…あれはたぶん、棒術か槍だな。
 
 逆腕の位置が、刃物に添えるそれじゃない。
 最後になんでかふらついたが、あれがなけりゃ、完璧にレストールがやられてたな。
 
 あと、視線の追い方が普通じゃない。
 まるで、もともと一流だった病人みたいな動きだ。
 
 武器を振るうべき場所、受けるべきタイミング。
 全部分かってるのに、身体と動きが付いていってない、もどかしそうな感じだ。
 
 あいつが自分の思ったとおりに動いてたなら、あるいはレストールより強いかもな」
 
 コッカルトの言葉を苦い顔をして聞きながら、レストールはそれを否定しなかった。
 
「…親父、シグルトがいくつか分かるか?」
 
 食後の酒をやりながら、レストールが唐突に聞いた。
 
「宿帳に生年月日が載ってたな…
 
 確か、18になるはずだが?」
 
 コッカルトが目を丸くした。
 親父も何かに思い当たった様子で、首をかしげる。
 
「そう、18だ。
 俺たちからすりゃ、若造さ。
 
 だが、あいつをまだ18だって言って、信じる奴がいると思うか?
 皆、20過ぎだろうって答えるぜ。
 
 よく見りゃ、見た目は確かに若い。
 だが、あいつの目も態度も、20前の野郎には見えないんだよ。
 まるで三十路を回った戦士の目だ。
 
 考え方だってそうだ。
 
 俺も、後輩の指導をするのは初めてじゃねぇ。
 だが、あいつほどストイックに教えたことを吸収してモノにする奴はいねぇよ。
 
 あの野郎には、新米が持ってる焦りや虚栄心がまったくねぇんだ。
 
 そして、そぎ落として残った向上心と自制心でさらに無駄を削って自分を磨く…
 
 あんな精神構造になるのは、普通は爺ぃになって、身体が年食ってよ…
 残った時間で何をするか決めた、人生の終わりを見据えた野郎のもんだ」
 
 レストールたちは、シグルトの青黒い瞳の奥に燻る闇を感じていた。
 それは、大切な何かを失った喪失感と、無念。
 
 心の底から慟哭するような経験をしなければ、ああはならない。
 
「…不安なんだよ。
 
 まるで、死人みてぇでよ」
 
 残った酒を飲み干し、苦そうにレストールは顔をしかめた。 
 
 
 シグルトは横になったまま黙って天上を見ている。
 
 仲間たちが先ほど見舞ってくれ、スピッキオが癒しの秘蹟で治療してくれた。
 おかげてレストールに殴られたときにできた青痣も、今は綺麗に消えている。
 
 シグルトは腕を顔の前にかざし、握ったり開いたりした。
 しかし、親指と中指は普通に動くのに、他の指が痙攣したように上手く曲がらない。
 
 やがて、繰り返すその行動のおかげか、すべての指が動くようになっていった。
 それを確認したら、反対の腕で同じようなことをする。
 
 額に脂汗が滲んでいた。
 
 両手が動くようになると、上体を起こし、膝を曲げて服のすそをまくり、脛を出す。
 踵の上からぐるぐると巻かれた木綿の布。
 それを緩めて、湾曲した硬く薄い木の板を取り出す。
 きつく巻かれた布の上からだと判別がつかなかったが、踵の部分に合わせて削った添え木だった。
 
 その添え木を外すと、足首をそっと揉み解し、軽く手で回す。
 手を離すと、だらりと足の爪先が床に向かって垂れた。
 
(…まだこれ無しでは、無理か)
 
 すべて巻いた布を解くと、そこには何かで抉られたような傷痕があった。
 ちょうどアキレス腱のあたりである。
 縫合痕も見受けられた。
 
(…繋がっているといっても、歪なままなんだろうな)
 
 苦笑するシグルトは、もう片方の足も同じように揉み解す。
 そちらの足にも同じような傷があった。
 
 もし宿の者たちが見たら、目を丸くしただろう。
 シグルトは添え木をした義足同然の足で、あれだけの動きをして見せたのだ。
 
(…半年前に比べれば、走れるようになった分だけ僥倖だろうな。
 
 あの聖典教徒の爺さんには、一生まともに歩くことも無理だろうと言われてたんだ。
 今、俺は歩くことができる。
 
 俺には、剣を握る腕がある、地を蹴る足がある。
 
 俺は、まだ戦える…)
 
 思うように動かない四肢を見つめながら、シグルトは静かに呼吸を整えていった。
 
 
 …それは、宿の熟練冒険者であるレストールとコッカルトの2人が、新米冒険者であるシグルトに剣の稽古をつけてやる、と言い出したことから始まった。
 
 シグルトたちがスキッピオを伴って宿に戻ってきた直後の話である。
 
 暗い顔をしてテーブルに座っていたレストールとコッカルトだったが、シグルトたち5人を見て、興味をひかれたように話しかけてきた。
 なぜかシグルトの名前を聞いた瞬間、2人の眼が驚いたように見開かれ、その後2人はシグルトたちにおせっかいといっても過言ではないくらい、こと細かく世話をやいてくれた。
 
 2人の先輩冒険者は、シグルトたちに昔使っていた剣や鎧をくれて、冒険者の基礎となる野営のしかたや、心構え、護身術や駆引きにいたるまで、親身になって教えてくれた。
 
 その後、今回のような強引な“教育”もあったが、2人の冒険者のおかげでシグルトたちは十分な予行と訓練をつむことができたのである。
 シグルトたちにとって幸運だったことは、レストールたちは宿の親父やレベッカも認める一流だったということだ。
 
 西方でも、彼らほど腕の立つ冒険者は少ないだろう。
 
 加えて、シグルトたちは優秀な教え子だった。
 
 レベッカやスピッキオは旅の経験があったので、冒険者がよく行う野外活動には通じていたし、ロマンは一部分でレストールたちより博学だった。
 ラムーナは謙虚にものを学んだので飲み込みは早かったし、彼女は器用だった。
 
 そして、シグルトは「剣を握ってまともに振るってみたのはここ一月」とは思えない戦闘センスを持っていた。
 レストールやコッカルトが、訓練中に一本取られる回数が、数日で倍に増えたほどである。
 
 
「くっそぅ。
 
 お前もう、素人の剣じゃないぞ」
 
 一本取られたレストールが、軽くシグルトの肩を小突いて言った。
 
「まったくだ。
 
 特にお前の戦術センス、素人のものじゃないだろ?
 だが、お前には槍の方が向いてるように思うんだが…」
 
 その言葉に、シグルトは苦い顔をした。
 
「槍は、冒険に持ち歩くにはかさ張ります。
 
 それに、屋内や洞窟での戦闘には向かないでしょう。
 あと、槍を使うにはもう少し器用で素早さもないと。
 
 …俺は不器用ですから」
 
 コッカルトはそれ以上言わなかった。
 シグルトは決して槍を持とうとしなかった。
 話してみれば、槍の使い方を明らかに知っている様子だったが、その話題は出来るだけ避けようとしていた。
 
 知られたくない過去があることは、レストールにもコッカルトにも理解できたし、なによりシグルトは軽薄に昔話をするような男ではなかった。
 
 そんな形で数日の準備期間を過ごし、シグルトたちはとうとう初の依頼を受けることになった…
 
 
 依頼は、廃教会に出没する妖魔の討伐というものだ。
 
 戦闘を前提とした仕事のため、旅立ちの朝、一行は念入りに用意をした。
 だが、旅の道中は何事も無く穏やかなものだった。
  
「ふんふんふ~ん♪」
 
 鼻歌を歌いつつピョンピョン先を行くラムーナを、同行したトルーアという侍祭は、本当にこんな人たちで大丈夫なのか、という不安げな顔でとぼとぼと後をついて来た。
 
 仲間がそれぞれに移動する中、シグルトは旅立つ前にレストールが酔っ払って何度も「冒険者なんて辞めろ!」と言っていたことを思いだしていた。
 
 レストールたちにはかつてシグルズという仲間がいた。
 その仲間は先日つまらないことで亡くなり、似た名前のシグルトには他人とは思えない縁を感じたという。
 
 親しくなったシグルトが死ぬことを、レストールたちは恐れていた。
 再び見知ったものが死ぬことは、耐えられないという風に、2人は酔いに任せて切々と訴えた。
 
 だがシグルトは苦笑して話を最後まで聞くと、自分が選んだ道から外れることはできないと答えた。
 
「俺にはまだ強さが足りない。
 
 でも、まだ死ぬ気はありません。
 ある女が生かしてくれた命、ですから。
 
 それを尽くして生きることが、今の俺に出来ることなんです」
 
 シグルトのその言葉と決意の中に、とても重い過去を感じたのだろう…
 次の日、レストールとコッカルトは、「絶対、生きて戻って来い」と言って沢山の餞別をくれ、一行を送り出してくれた。 
 
(今は前だけを。
 
 俺たちは歩き始めたんだ)
 
 レストールがくれた、古びているが磨いたばかりのやや重い両刃の剣。
 その柄頭を撫でながら、シグルトは静かに心を昂ぶらせていた。
 
 
 その日の夜。
 
 野営中に見張りの時間になり、焚き火の晩をしていたシグルトは、眠れないというトルーアに話しかけられた。
 話すうち、トルーアは様々なことを質問してくる。
 そしてそれは、シグルトの出生に話題を移した。
 
「ちょっと興味があったんです。
 貴方はとてもお若いのに、すごく大人びて見えたので。
 
 よかったら教えていただけませんか…あなたはどんな生まれなのか」
 
 少し戸惑いながらも、シグルトは焚き火の前で1人見張りをしていた退屈を紛らわすように話し始めた。
 
「…生まれた家は特殊だったが、育ったのは街中だ。
 都会じゃなかったが、遊ぶ相手を選ぶぐらいは、同世代の連中が周りにいたよ。
 
 家族は、母と、守らなければならない妹がいた。
 
 子供の頃はがむしゃらに、俺が母と妹を守るんだと、1人で身体ばかり鍛えていた。
 そんな俺にも、陽気な奴が話しかけてくれて、そいつには俺の妹と同い年の妹がいて仲良くなった。
 そいつと遊ぶようになってからは、人との付き合いも大切なんだと気付かされた。
 
 野山を駆け回って、友と妹と遊んで…
 文字や学問は母に教わった。
 そのまま大きくなって、いつかは普通に働いて結婚する生活を夢想していたよ。
 派手な人生じゃなくていい…
 ただ親しい連中と家族と普通に暮らす、そんなつもりだった。
 
 それも、10歳を少し過ぎるまでだったが。
 
 俺の母は、生まれが貴族でな。
 その両親…俺の祖父母が犯したという罪で貴族ではなくなっていたが、どこかそういった育ちを教育に出す人だったよ。
 博学で、古今東西の伝承や歌曲に詳しかった。
 母が歌う歌や、話してくれる珍しい物語には、俺も妹も夢中になったものだ。
 
 父は、正妻がいた貴族だった。
 つまり、俺の母親は世間一般で言えば妾、ということになるか。
 でも、それを悲観したことはなかったな。
 母は優しかったし、俺の誇りだった。
 俺の出生や母のことを馬鹿にする連中がいて、むきになって向かって行って、生傷を作っては母と妹に悲しまれて…
 その方が殴られた傷よりよほど堪えたよ。
 
 あるとき父の正妻が死んで、俺の母は正妻として迎えられた。
 気付いてみれば、俺は貴族の子供になっていた。
 慣れないことばかりで、特に母親の違う兄には反発していたな…」
 
 シグルトは西方のずっと北にある、小さな国の、ある騎士の子供だった。
 
 最初は街のはずれにある石造りの家に、母と妹と3人で暮らしていた。
 幼いながら、時折やってくる立派な身なりの男が自分の父親であることをなんとなく気付いていた。
 
 10歳になって母が正妻として迎えられると、シグルトはその男の正式な子供として、妹ともに認知された。
 
 あとで噂に聞いたことだが、シグルトの母は現国王の血筋にも関係する貴族の令嬢だったが、政争で敗退した母の父は妻とともに無理心中し、行くあてが無かった母はシグルトの父親に愛人として囲われた形だった。
 
 シグルトの母が正妻として迎えられたとき、一緒に父の屋敷に行くと、父親は腰を折ってシグルトたちを抱きしめてすまなかったと謝った。
 母が父親と真剣に愛し合っていたのを知ったのはそのときで、なんとなく誇らしく思ったことを覚えている。
 
 屋敷には跡継ぎの異母兄がいた。
 だが、陰気で高慢に振る舞うその異母兄が、シグルトは大嫌いだった。
 
 初めて異母兄に会ったとき、シグルトを「売女の子供」と罵って、馬を打つ鞭で叩いて跪けと言ったその男を、父が止めに入る前に殴り倒していた。
 シグルトは異母兄に会った瞬間から嫌いになったが、母を侮辱した瞬間には敵だと認識していた。
 
 その異母兄と和解することは終になかったが、噂でシグルトたちのことを憎んで異母兄の母が心を患っていたということを聞いてからは、憎むほどではなくなった。
 シグルトの父がその異母兄を見る目は、慈愛とともに言い知れぬ苦しみを宿していた。
 そして異母兄にも自分へ注いだものと変わらぬ愛情を持っていた父を、シグルトはとても誇りに思っている。
 
「どうして冒険者になったのですか…
 所領は継げなくても、いくらか資産は継ぐことができたのでは?」
 
 普段むっつりとしたシグルトが饒舌に語った過去。
 興味を持ったようにトルーアは話の続きをせがんだ。
 
「別に所領に興味はなかったな。
 俺は平民の中で育ったし、貴族の生活そのものにも、まるで魅力を感じなかった。
 
 だが、惚れた女が身分の高い貴族の娘だったんだ。
 彼女を妻として迎えられるように、本気で貴族になろうとしたこともあったよ。
 
 結局、いろんなことがあって故郷から出なければならなくなった。
 そう…いろいろあったんだ。
 
 それに好きだった女は、嫌いだった兄に嫁いだ。
 もう、貴族になる必要もなくなった。
 
 …故郷での俺の居場所はなくなったから、こうして流れてきて冒険者になった、というところだな」
 
 焚き火に新しい薪をくべながら、どこか暗い光の瞳で、シグルドは弾ける火の粉を眺めていた。
 
 トルーアは、シグルトの過去にはもっと複雑な何かがあるように感じた。
 だが、どこか悲壮な雰囲気のシグルトに、それ以上過去のことを尋ねることはできなかった。
 
 重苦しい雰囲気をどうにかしようと、トルーアは自身が聖職者になったわけを話す。
 シグルトは黙ってそれを聞いていて、時折相槌を打つように頷く。
 
 最後に、トルーアはふと思ったことを口にした。
 
「あの…シグルトさんは、冒険者になれば死ぬこともあるということは分かっているんですよね?
 
 その、やっぱり死ぬことを覚悟なさったり、したんですか?」
 
 岩のように落ち着いているシグルト。
 その心が、トルーアは知りたかった。
 
「…人はいつか死ぬものだ。
 
 限られた命、限られた時間を終えた後にはきっと死んでいく。
 どんなに近しい者が嘆いても、尽くしても。
 
 必ずやって来る死という理不尽、終局はきっと、俺が手を動かす、そんな事柄の一つでしかない。
 来ることが分かっている死に覚悟を決める、という気は起きないな。
 俺にとって自分の死はそれほど重くないんだ。
  
 俺は死ぬことよりも、己が尽くすべきことを出来ずに終わることが怖い。
 
 この命は父と母、そしてある女にもらった。
 その生き方を、求められはしなかったけれど…無駄にはしたくない。
 
 だから俺は、死ぬよりきっと、その時その時をその度に…生きることに覚悟をしようとしている。
 
 俺は与えられた時を、死ぬまで生き続ける。
 だから、死より生の方が大切で重く、覚悟が必要なんだ…」
 
 それは聞いたこともない、不思議な答えだった。
 
 首をかしげるトルーアの前で、シグルトは何かを飲み込むように、焚き火の炎をじっと見つめていた。 

 
 
 次の日、一行は目的の廃教会に向かった。
 
 ロマンやラムーナは、さすがに少し緊張した様子である。
 
「シグルト、随分余裕ね。
 
 怖いとか、不安とかないの?」
 
 レベッカが尋ねると、ああ、と短くシグルトは答えた。
 
「戦いのとき、一番大切なのはいつものように動けるかだ。
 何かを恐れていては、一撃目すら出せないかもしれない。
 
 俺に求められる役職は戦うこと。
 なら、戦いの恐怖に震えないことも、仕事のうち、ということだ
 
 それに、熊狩りや盗賊討伐に参加したことがあるから、この程度で怖いとは感じないな」
 
 シグルトの泰然とした態度に、レベッカは口笛を吹く。
 
「あんた、やっぱり実戦経験とかあるんだ。
 
 そのわりには、剣は持ったことが無かったみたいだけど?」
 
 その問いにシグルトは頷く。
 
「俺の国で剣は特別な意味を持っていた。
 
 国民の帯剣は禁止されていたしな。
 正騎士として叙勲を受けるか、外国人、あるいは国王に認められた勇士しか帯剣は許されなかったんだ。
 
 建国の王が剣を使っていたからってことで、神聖視されていたためだ。
 一般の兵士が持つのは戟(ハルベルド)か槍、あとは斧に鎚矛(メイス)といったところだな。
 
 剣を初めて握ったのは、故郷を出てからだ。
 西方について冒険者になろうとしたとき、冒険者が一番好んで使う武器だと聞いて、手持ちの金をはたいて買ったが、使い方が下手だったようでな。
 
 使ったとたん、折れてしまった」
 
 苦笑いするシグルト。
 
 しかし、レベッカは愛想笑いを浮かべながら、レストールがぼやいていたことを思い出した。
 
「レベッカ。
 
 金が出来たら早いうちにあいつに良い剣を買ってやれよ。
 あいつ、剣を振るうタイミングも膂力も相当なものだ。
 そのぶん、奴の攻撃は重くて鋭いが、武器の方が奴の力に耐えられない。
 
 たぶん、俺のお下がりの剣じゃ、数回冒険すれば折れちまうだろ。
 
 買うとしたら、普通の多少良い剣じゃだめだぞ。
 シグルトが折れちまったって剣を見せてくれたが、あいつ、武器を見る目も確かだ。
 
 銀貨数百枚で買った品にしちゃ、弾力も硬さも申し分ないやつだったよ。
 少し細身だったが、鋭さはなかなかだ。
 
 ロマンの話じゃ、その細身の剣で敵の斧の柄を断ち、鎚矛を柄ではじいて砕いたらしい。
 あの坊やを守るために、重い攻撃を受けちまったから折れたらしいがな」

 戦士にとって、得物は身体同然である。
 しかし、優れた戦士は、己の能力が高すぎるために武器の方を破損してしまうことがよくある。
 
 シグルトはやや細身に見えるが、無駄な贅肉はまったくない。
 筋肉の束のような身体は、とてつもない力を発揮する。
 しかも、その筋肉の使い方は芸術的だ。
 全身をばねのようにしならせて振るう一撃は、レストールとの鍛錬でも、度々剣代わりの棒を圧し折っていた。
 レストールが、シグルトの攻撃を受けた反動で手を痺れさせていたこともある。
 
 攻撃における迷いもない。
 シグルトは、清冽で勇敢な心を持っていた。
 ためらいのない真っ直ぐな打ち込みは、攻撃をより鋭いものにする。
 
 結果、生まれた力は振るう武器にも強い反動を与えていた。
 上手い使い方をしているからこそ、1回で折れるようなことはないが、長持ちしないだろうことは確かである。
 シグルトは武器の手入れに余念が無いし、扱い方も酷いわけではない。
 ただ、シグルトの能力が武器の性能を出しすぎて、結果、破壊力が武器の耐久力を上回ってしまうのだ。
 
(…困ったものだわ。
 
 力に武器がついていかないなんて、責めようが無いじゃない。
 戦士に加減して武器を使え、なんて言えないし。
 
 予備の武器に手斧でも仕入れておこうかしら?
 使い慣れた形状の武器を使うのが一番だけど…
 
 かといって、今は冒険に必要な器具を揃えたから、懐は寂しいし。
 
 ま、ここは金銭の扱いに慣れた、私の腕の見せ所ってやつか)
 
 レベッカは、銀貨千枚にもならない、仲間たちの所持金を使って、彼らの初期装備のほとんどを調達してみせた。
 レストールたちのくれたお下がりの武具を合わせて、初期の冒険者としては思えないほどの装備である。
 
 なまってはいるが、レベッカもかつては一流と呼ばれていたのだ。
 そういう意味でシグルトには共感を持っていたし、実戦経験のあるということに期待していた。
 
(…今から貯金ね。
 
 シグルトっていえば、竜殺しで不死身の英雄だもの。
 持ってた魔剣グラムは超一級の剣だったわけだし。
 不死身の竜殺し…その名前に見合う活躍はしてもらうわよ。
 
 仲間の才能に見合う投資をするのは、わくわくするわ。
 まして、それに私の腕が貢献するなら、なおさら、ね)
 
 レベッカが仲間を作らずに宿で燻っていたのは、自分の能力を横で活かすに値する仲間に出会えなかったからだ。
 しかし、今彼女の側にいる仲間たちは、新人でありながら怪力で武器を壊すような美青年に、天才と噂された少年。
 揃い難い僧侶に加えて、その才能の開花が楽しみな俊敏さを持つ娘である。
 
 レベッカの退屈を満足させるだけの仲間がいる。
 そのことに、言いようのない期待が膨らみ、レベッカは頬を緩ませた。
 
 
 件の廃教会の屋根が見えると、レベッカが一行を制した。
 
「これ以上の接近は慎重に行くべきね。
 
 皆はゆっくり来て。
 
 私は周囲に罠がないか、戦闘に邪魔な第三勢力がいないか、伏兵がいないか…
 一通りやばそうなもののチェックをしながら、先に行ってるわ。
 
 シグルト、私が行くルートは…」
 
 レベッカは地面に移動ルートを描き、注意点を説明する。
 シグルトがそれを見ながら、的確に質問し、目印や暗号をあらかじめ決めておく。
 
 冒険者にとって、符丁や目印による確認は重要だ。
 敵にばれずに意思の疎通が可能となり、問題が発生して動けなくなったときには合図にも使える。
 
 驚くほどシグルトたちは息が合っていた。
 
 もともとレベッカは他人に合わせるのは上手い方だが、シグルトはシンプルに要点を見据え迅速な回答をするので、話が滞らない。
 加えてロマンは、子供とは思えないような細かい部分を指摘し、老獪なスピッキオは堅実な意見を出す。
 ラムーナは、外見と態度によらず鋭いことを言い、それは他のものが考えないような斬新なものだった。
 
 意見が絡まると、シグルトがその中の要点を示して素早くまとめ、レベッカとロマンに意見を求める。
 それをスピッキオとラムーナが確認しながら承認し、話が進むのだ。
 
(ほ、ほんとに今回初めて組んだのかな、この人たち…)
 
 横でトルーアが目を白黒させている間に、シグルトたちは作戦を決め、レベッカが先行して出発した。
 
 レベッカの後を追うまでの間に、シグルトはラムーナと戦いの打ち合わせをしている。
 
 ロマンがシグルトの戦術に、しきりに頷いていた。
 彼の語る戦い方は、実戦経験した者だけが考案し使うものだ。
 斬新ではないが、堅実で隙が少なく、加えて柔軟である。
 
「…そろそろいいか。
 
 皆、レベッカを追うぞ」
 
 切りのいいところで話をまとめ、シグルトたちは慎重な足取りで出発した。
 
 
 レベッカは滑るように移動しながら、罠の類や気配を探っていた。
 
(妖魔の討伐か。
 
 鈍った勘を取り戻すには、ちょうどいいぐらいね)
 
 こういった実戦から距離を置いて数年になる。
 シグルトにあわせて、レベッカも体重を落とし勘を研ぎ澄ませる訓練を始めていた。
 
(随分鈍ったもんね。
 
 まあ、寝転んで酒飲んでりゃ、こんなものか。
 こんな姿、お父ちゃんに見せたら、折檻されてたわ)
 
 レベッカの行動はまるで隙が無い。
 しかし、それに不満を覚えるほど彼女は慎重だった。
 
 普段は自堕落で軽薄な女。
 反面、仕事に移れば冷酷で鋭利な盗賊。
 
 レベッカは混沌とした二面性を持ちながら、それをすっぱりと分けてコントロールすることができる。
 
 …冷静沈着。
 鈍ったといえど、レベッカはやはり一流だった。
 
 やがて彼女が廃教会に着くと、2匹の妖魔が見張りをしていた。
 
(オークにゴブリン?
 
 下っ端だけど、2匹見張りに立てるなんて、セオリーを守ってるじゃない。
 後ろに戦略を考えてるリーダー格がいるんでしょうね。
 
 さて、ここはいいわ。
 シグルトたちが来る前に、周囲を確認して確保しておきましょう)
 
 レベッカは足音を立てずにふわりと、その場を後にした。
 
 
 シグルトたちが廃教会の近くまで来ると、切り株に座ってのんびりとレベッカが待っていた。
 
「…はい、そこで足を止めて。
 
 周囲を調べたけど、見張りは2匹だけよ。
 他にいるのは栗鼠と鳥ぐらいなものだわ。
 
 ただし、見張りが別種の妖魔よ。
 2匹見張りに立てる、ってことは戦術の分かる奴が後ろにいるし、別々の妖魔が組んでるってことは問題ね。
 連中が、はぐれ妖魔の集まりでもない限り、頭のいいゴブリンシャーマン、あるいはあいつらを操る黒幕がいると見て間違いないわね」
 
 一息に言って、レベッカはため息を吐く。
 シグルトが水袋を渡すと、レベッカは「酒じゃないのが残念ね」とぼやいて中の水を一口だけ飲んだ。
 飲みすぎが疲労を増し、冷えた身体は運動能力を低下させることを知っているのだ。
 
「見張りが2、厄介だな。
 
 叫ばせずに奇襲で仕留めるには数が多い」
 
 レベッカが口元を拭いながら、首肯する。
 
「1匹ぐらいなら、私が忍んで仕留めるところなんだけどね」
 
 繁みから敵影を確認しているシグルトを、興味深そうに見つめながら、レベッカは唇を軽くなめた。
 
「…この距離なら、同時に襲い掛かっても叫ばれるな。
 
 ロマン、お前の魔術でどうにかなるか?」
 
 敵影を確認し、ロマンは首を横に振った。
 
「距離があるし、確実じゃないね。
 
 直接魔法で遠距離攻撃も出来るけど、それじゃ1匹倒して、それでおしまいだよ
 やってみる?」
 
 レベッカが、ロマンと同時に仕掛けてみるか聞くと、シグルトがロマンの膝に軽く視線を落とし、首を横に振った。
 緊張に少し慄いているそれを見て、レベッカはシグルトの配慮に心の中で感嘆する。
 
「…俺とラムーナで接敵し、奇襲する。
 
 ロマンとスピッキオは出来る範囲で援護してくれ。
 レベッカ、お前はロマンを守りながら、できるならラムーナの援護を。
 ラムーナはさっき言ったとおり、先に仕掛けたら一旦引いて、ヒットアンドウェイで撹乱する。
 
 俺はラムーナに合わせて、確実に1匹ずつ倒す。
 
 この際、敵に叫ばれるのは仕方ない。
 その分消耗を少なく、だ」
 
 皆がどうしようか迷ったとき、真っ直ぐ行けばいい…とシグルトはすんなり作戦を決めてしまった。
 
 シンプルねぇ、とレベッカがあきれたが、見張りが2人ならおびき出す手段も失敗するだろうと、結局一番単純な作戦になる。
 
 レベッカはシグルトのリーダーとしての資質に、ほくそ笑んでいた。
 
 個性と才能にあふれたパーティをまとめるとき、何より必要となるのは決断力に優れたリーダーである。
 どちらかというとレベッカは、人をまとめるより誘導するタイプだ。
 それに責任でがんじがらめにされては上手く動けないが、決断を下し実行し責任を果たす者がまとめるパーティは、最大限にそれぞれのメンバーが役割を果たせる。
 
 シグルトは自然とそういった行動ができる男だった。
 加えて、人を魅了する容貌と実力を兼ね備え、誠実で禁欲的な上、勇敢だ。
 
 カリスマ性とでもいうべきか、他者に強い印象を与える資質も持っている。
 
(こんな逸材、そうはいないわよ。
 
 親父の言うとおり、あたしゃ、ちょっとばかり慎重すぎたみたいね)

 作戦が決まると、シグルトはトルーアにここで待機するように指示し、敵を見据えて仲間たちに声をかけた。
 
「失敗しても焦らずに仲間を援護すればいい。
 
 背中から襲われないように、仲間の背を守るように動いてくれ。
 俺の方はいい…腕っ節が専門だからな。
 
 まずは、自分の身を守るように。
 無茶や自棄は厳禁だ。
 
 見張りを倒したら、だいたい同じ形で攻める。
 扉から俺が先に飛び込んで、ラムーナがそれに続いて、近い敵に立ち向かう。
 ロマンとスピッキオは援護。
 レベッカは後衛から敵の動向を見て、まずそうな奴がいたら知らせてくれ。
 
 皆、先輩にどやされないように、この仕事を成功させるぞ。
 初仕事の後は、祝いにうまい物でも食おう、それでいいな?」
 
 言い終わって、ふっと笑うシグルト。
 一行はシグルトが言った言葉に頷き、緊張した肩が下がる。
 
 自然と皆を落ち着ける行動をしたシグルトに、スピッキオは驚いたように眉を動かした。
 
(…大したもんじゃ。
 
 言葉にはせんかったが、ロマンやラムーナは少し力んでおったからの。
 ふむ、わしら一同をまとめる代表者は、この若者になるじゃろうて)
 
 仲間の様子を確認すると、シグルトは強く頷き、あとは敵を睨んで剣を抜いた。


「…ハァッ!!!」
 
 敵に接近した瞬間、シグルトは鋭い突きでゴブリンの喉を抉った。
 呼吸が止まったゴブリンは目を見開いて動きを止める。
 
「《眠りをもたらす白雲よ、抱いて沈めまどろみの底に…》
 
 離れて!!!」
 
 ロマンが呪文を完成させ、警告する。
 あわてて他のメンバーは敵から離れた。
 敵を中心にうっすらともやのように煙がかかる。
 
「《眠れ!》」
 
 ロマンのするどい一声で煙が拡散する。
 抵抗できずにオークがふらふらと倒れる。
 魔術師が好んで使う初歩的な魔法、【眠りの雲】である。
 
 シグルトがすかさずその首に剣を振り下ろす。
 目を見開いて絶句するオーク。
 そこにすかさずスピッキオが杖を振り下ろしす。
 
 反撃する隙も無く、2匹の妖魔は倒されていた。
 
「皆、怪我は無いな?
 
 次は教会の中だ…行くぞっ!」
 
 扉に手をかけると、鍵がかかっていた。
 
「内側から鍵がかかってるわ。
 
 蹴破らないと…」
 
 レベッカが即座に調べ、シグルトに頷く。
 
「分かった」
 
 シグルトは短くそう応えると、身体を一転させて扉の蝶番目がけで鋭い蹴りを放った。
 一撃で頑強な扉が大きく歪む。
 
 そこへ、ラムーナがふわりと跳躍してさらに蹴りを放った。
 扉の蝶番が完全にはずれ、向こう側にあったつっかえ棒がへし折れる音。
 
 轟音を立てて扉は半壊し、開く。
 
「むう、女の子のすることではないぞ…」
 
 スピッキオが額に皺を寄せてぼやくと、ラムーナはちろり、と舌を出した。
 
 話は後だ、というふうに、シグルトは2人に視線を送り頷く。
 そして、真っ先に扉をくぐり、踏み込んでいった。 
 
 中では3匹の妖魔が目を見開いている。
 
 敵の中でもひときわ大きい奴が、棍棒を握り、ブォンと振るった。
 俄然やる気である。
 
「ホブゴブリンだっ!
 
 力があるから気をつけてっ!!」
 
 ロマンに頷き、シグルトが前に出る。
 
「油断するな…さっきの手順だ」
 
 シグルトが、先ほどの戦いで血に濡れた剣をすっと構える。
 
 仲間たちはそれに応えるように陣を組んだ。
 
「ガァァァァッ!!!」
 
 敵のボスらしきホブゴブリンが、得物を高く掲げ襲い掛かってくる。
 
「ヤァァァアアッ!!!」
 
 ラムーナが斬ると見せかけて、鋭い蹴りでホブゴブリンの足を蹴り払う。
 シグルトがそこに斬撃で追い討ちをかけた。
 受けたホブゴブリンの棍棒が半ばまで斬られ、ラムーナに放とうとした反撃の一撃ががっちりとブロックされた。
 
 その横でレベッカが、痩せたゴブリンを牽制して短剣で応戦していた。
 
「《眠れ!》」
 
 呪文を完成させたロマンが、【眠りの雲】をホブゴブリンとオークにかける。
 突然襲った睡魔に抗えず、2匹の妖魔は次々に膝を折った。
 
「ギャヒッ?」
 
 痩せたゴブリンは仲間の異常を見て、恐怖に目を見開いた。
 
「ふんぬぅっ!」
 
 レベッカがフェイントでよろめかせたそのゴブリンの頭蓋を、スピッキオが振るった杖が後ろから砕く。
 
「…フッッ!!!」
 
 シグルトは突進するような突きで、眠りかけたホブゴブリンを突き刺す。
 肺を貫通した一撃に、敵は唾液と血の混じった咳を吐きながら後ろによろめいて、ドウゥッと倒れた。
 
 その横でロマンが呪文を完成させる。
 
「《貫き徹す光の鏃、輝きを纏い疾く放たれよ》
  
 《穿て!!!》」
 
 【魔法の矢】…
 必中にして絶大なる破壊力を持つ、魔術師の最もシンプルな攻撃手段である。
 それは光の尾を引いて飛び、オークに突き刺さった。
 
 スピッキオが踏み込んでその胸を打ち据える。
 
「…たぁああっ!!!」
 
 突き上げるようなラムーナの一撃が、よろめいたオークに反撃させる隙を与えずに決まり、戦いは決着した。

 一同が安堵の吐息をもらした瞬間、倒れていたホブゴブリンが、かっと目を見開き、棍棒を杖代わりに立とうとする。
 凄まじい怨嗟の視線と気迫に、一瞬皆の動きが止まる。
 
 だが、その前にシグルトが歩み出た。
 黙ったまま、鋭い突きで止めの一撃を放った。
 
 確実に心臓を刺し貫かれ…ホブゴブリンは今度こそ絶命する。
 
「…っはぁあ」
 
 ゆっくりと息を吐き出すと、シグルトは眼を見開いたまま絶命しているホブゴブリンから剣を引き抜いた。
 どさりと崩れ落ちた敵の最後を確認すると、シグルトは剣を振るって血を払った。
 
 圧倒である。
 仲間は傷一つ負っていなかった。
 
 そして一同に、敵を殺したという現実が突きつけられた。
 返り血の錆びた匂いと、切り裂かれた妖魔が垂れ流した汚物の悪臭。
 ロマンが顔を青くして吐き、ラムーナはぺたんと座り込む。
 レベッカとスピッキオは動揺はしていないが、嫌そうに顔をしかめている。

 シグルトは落ちていた布キレで剣をぬぐうと、汚れていない部分で壮絶な死に顔をしているホブゴブリンの面を覆った。
 その顔には動揺も不快感も無く、まるで敵のために祈るように沈黙している。
 
 隠れていたトルーアは出てきた後、凄惨な状況に顔をしかめ、目を背けた。
 
 
 とりあえず敵の死体はそのままに、一行は依頼主との契約どおり、教会の中を探索しはじめた。
 
 シグルトは捜査を仲間に任せ、壁に寄りかかって休んでいる。
 
(…まだ右手の薬指が痺れているな。
 
 さっき走ったせいか、添え木の具合が少し悪いみたいだ。
 革の固定ベルトでも、つけるべきか…)
 
 熱を持った身体をクールダウンさせながら、シグルトは身体の不具合を一つ一つ確認していく。
 
 獅子奮迅の活躍を見せたシグルトだが、実際のところ、彼の身体は問題だらけだった。
 
 他人に気付かせることなく戦って見せたが、両足にはめた添え木が無ければ、杖を使っても立つことが怪しい。
 シグルトはそんな無茶苦茶な状態で、走ってみせたのである。
 膝と大腿部の筋肉を上手に駆使して、添え木で固定した踵部分に力を送り、体を傾かせて生まれる力や遠心力で走る…
 剣の重さや上体の動きでバランスを保ち、絶妙のタイミングで武器を振るうことで破壊力を出す。
 それは神業といってもいい芸当だった。
 
 シグルトは一歩歩くことでも、常人の数倍の労力を要する。
 加えてその度に針が刺さるような激痛に耐えていた。
 
 わけあってシグルトは重度の身体障害を抱えている。
 しかし、盲目の仙人が心眼でものを見るように、シグルトは凄まじい努力で、ここまでまで動けるようになったのである。
 
 今でも両腕には痺れがあり、指の何本かは動かなくなるときがある。
 両足は一度アキレス腱を断裂し、名医に繋いではもらったが、足首を回すこともままならない。
 そんな状態では、身体を制御する時の痛みとストレス、かかる負担は凄まじい。
 体温の急激な上昇、眩暈、痺れ…さらに体調の異常が起こり、気を抜けばそのまま昏倒する可能性もある。
 
 それらのハンデに耐え、気付かせないシグルト。
 まさに不死身の英雄と同じ名に、恥じない意志力だった。
 
 
 一旦呼吸を落ち着けたシグルトは祭壇の奥に、仲間も見つけていない扉を見つけた。
 
 仲間を呼ぼうとするが、あちこちに散ってしまって姿が見えない。
 
(一応、先に調べておくか。
 さすがにこんな教会の締め切った部屋に、罠などないはずだ)
 
 扉の奥にある階段を下る。
 随分と長い階段だった。
 そして、小部屋に出る。
 小部屋の扉を慎重に開け、中に入ると、そこは真っ暗だった。
 
 薄暗い部屋を見回して明かりになりそうなものを探す。
 
「…誰だ?」
 
 部屋の隅で一瞬光るもの。
 シグルトはそれを見つける前に殺気を察し、素早く構えを取った。
 
 シュッ!
 
 襲い掛かってくる銀光に、それをかわそうとしたシグルトは、突然襲った眩暈に一瞬反応が遅れた。
 わずかに違う環境…薄暗く寒い地下の温度が、疲労して熱を持つシグルトの身体にほんの少しした悪戯だった。
 
 次の瞬間、シグルトのわき腹に激痛が走った。
 血にぬれて短剣の切先が刺さっていた。
 シグルトの強靭な腹筋でなければ刺し貫かれていただろう。
 剣が抜かれ、服に血がにじむ。
 
「貴様のせいで!」
 
 黒い外套に身を包んだ痩身の男だった。
 憎しみにぎらついた眼でシグルトを睨むと、剣を突きつけて脅してきた。
 
「動くなよ、若造。
 仲間を呼んだら殺す!」
 
 思ったより出血が多い。
 
「…ここに来た目的はなんだ?」
 
 短剣を油断なく構え、男は詰問してきた。 
 
「それは…」
 
 すうっ、と大きく息を吸い込む。
 
 尋ねる男に答えるふりをして、シグルトはがなるような大声で仲間に危険を知らせた。
 
「皆、気をつけろ!!!
 
 ここにまだ敵がいるぞ!!!!!」
 
 あまりに大声を出したので思わずむせる。
 
 真っ赤になって怒った男が奇声を上げて斬りかかってきた。
 
 シグルトはここまで降りてきた距離を思い出し、助けは間に合わないと考えた。
 そうなれば一人で勝たなくてはいけない。
 
 生きて帰ると、親父と先輩冒険者たちに約束していた。 
 
「…来いっ!」
 
 怯むことなく、稲妻のような眼光で敵を見据えるシグルト。
 
 鋭い気合に男が困惑した瞬間、シグルトは自分のわき腹を押さえていた手を男の顔めがけて振りかざした。
 手のひらにねっとりと絡まっていた血が、男の両目を直撃する。
 悲鳴を上げる男に、霞む眼を見開いて突っ込み、剣で斬りかかった。
 男と揉み合ううちに、シグルトの意識はぼやけていった…



 リターン版も、圭さんの『第一歩』を最初の御題にさせていただきました。
 長めなので、やっぱり2~3回に分けて書きます。
 
 加筆、というよりほとんど書き直しました。
 今回はシグルトの紹介を兼ねている、そんな感じです。
 
 初心者パーティを対象としたシナリオです。
 
 このシナリオは圭さんらしいシナリオですね。
 この方、好い部分も曲(くせ)も含めてすごく押しの強いシナリオを書く方だと思います。
 
 ある意味ではPCの性格やセリフ、行動が限られてしまうので、あいかわらずY2つ妄想バージョンにセリフや微妙な結果をチェンジしてます。
 実際にはシグルト、情けないセリフと行動ばっかりでしたが、こいつのセリフなら絶対こう…という感じで書いてみました。
 
 『第一歩』はなりたての冒険者が初の依頼に挑むという事から始まるのですが、殺人や冒険者の危険な現状を濃厚に表現しているので、プレイしてて、最初の殺人や味わった恐怖を、こんな風に克服していくんだな…と考えさせられました。
 
 まあ、シグルトの出した答えはおいおい次回以降で。
 
 
 戦闘、再録しました。
 私、戦闘の表現に関してはできるだけ結果を忠実に文章にしています。
 
 今回シグルト、凄かったです、もう強いの何の…
 いきなり普通の攻撃でゴブリンを瀕死にし、眠ったオークには渾身の一撃。
 第2戦でも敵の体力をガスガス削ってました。
 ダメージ総量では間違いなく今回のエースです。
 止めを刺していたのは意外にもスピッキオで、今回のラムーナは控えめでした。
 最後のおいしいところはちゃっかりいただいているのですが。
 
 もう1人、ロマンが大活躍でした。
 スキルがよく回ってきたので、かなり有利に戦えた感じです。
 
 レベッカもばっちり一撃目でフェイントし、2戦目では痩せゴブリンをパニックさせてましたし、会心の出来というところです。
 
 リターン版でも、最初の戦闘は完封勝利(ノーダメージ)でした。

 あいかわらず血生臭い表現してますね。
 表現がグロくて不快に思った方、ごめんなさい。
 

 今回はシグルトの性格や過去、状態描写をごっそり入れ替えました。
 旧版でへろへろだったシグルト、こっちでは別人です。
 まあ、最初から別の意味でヘロヘロではありますが。
 
 シグルトが義足同然の足で走る、というのに違和感を覚えた方もいるのではないかと思いますが、我々の世界でも義足で走る方はいらっしゃいます。
 そういう人には本当に敬意を抱きますし、努力を実らせて障害を克服する姿には感動させられます。
 
 人として悩んでいるシグルトもありですが、こっちのシグルトはそれを乗り越えて、悲しみを胸に燻らせた哀愁漂う形にしました。
 以前の方が好きな方もいるかもしれませんが、こっちのシグルトも好きになっていただければ嬉しいです。
 
 
 今回はこのあたりにして、次回も頑張って編集しますね。
 では。
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