Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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『第一歩』 中編

 周囲は真っ暗な闇が渦巻いていた。
 
 そこには男が立っている。
 薄気味悪い笑みを浮かべて。
 
「よう、人殺し。
 
 また遭ったな…」
 
 男の顔を見て、シグルトは静かに息を吐いた。
 自分はこれが何か分かっている。
 夢だ。
 それも、もう見なくなったはずの夢。
 
「悪人や敵なら殺すことには見境なしか?
 
 いや~、殺されたほうはたまらんね。
 冒険者なんてひどいもんだ、まるで殺人鬼だな。
 
 ああ、怖い怖い」
 
 シグルトはこの男をよく知っていた。
 自分を見下し、敵視していた男だ。

「今度はめった斬りか?
 俺のときは<殴り殺し>たんだよな」
 
 男が指差した先に、先ほどシグルトを突き刺した外套姿の男が倒れている。
 彼は全身を切り裂かれ、血の海に沈んでいた。
 
 先ほどから喋っている男は、野卑な印象のある顔で、ぎゃはは、と嗤う。
 
「そうだ、その男も貴様も俺が殺した…」
 
 シグルトは動揺した様子もなく、ただ疲れたように認めた。
 男たちを殺した時の感触は、どちらも鮮明に覚えている。
 
 そして、シグルトは遠い過去へと思いを馳せた…
 
 
 石造りの立派だが、牢獄のような印象のある家。
 シグルトは母と妹と一緒にその家に住んでいた。
 時折やってくる立派な身なりの男が、自分の父親であることにはなんとなく気付いていた。
 
 その国の建国王の母親と同じ血筋の名門の生まれだったシグルトの母は、父親が政争で敗北し妻と無理心中した後、シグルトの父によって石造りの家に囲われることになった。
 10歳のとき、シグルトの父親は妹と一緒にシグルトを自分の子供として認知してくれ、母と一緒に貴族として屋敷に迎えられた。
 
 シグルトには異母兄が一人いて、彼がこの家の継承者だった。
 思い出すだけでも反吐がでそうになる出会い…
 異母兄は出合った後すぐにシグルトを見下した目でみて、売女の子供がなぜここにいるのだと、馬に使う鞭でシグルトを打って跪くことを強要しようとした。
 
「父上は下種な妾をこの屋敷にいれるのですか?
 しかもこんな薄汚い奴を私の弟だと?
 
 母上が天国で嘆いているでしょうな。
 
 まあ、過ちは起きることもありましょう。
 家政婦と従者としてなら置いてやってもいいですがね。
 侍従の証を立てさせてください」
  
 そしておびえる妹の、誰もが愛らしいといった顔を鞭で打った。
 シグルトは父親が止めるまもなく、その男を殴り飛ばしていた。
 
「俺も貴様みたいなクソ野郎の弟になる気はない。
 今度妹や母さんや俺に鞭を振るってみろ…
 
 その腕をへし折ってやる!」
 
 シグルトは激昂しやすいわけではなく、冷静沈着とまではいかないが、とても意志の強い少年だった。
 そして、自分をいくらけなされても相手にしなかったが、母と妹、そして親しい者たちの名誉を汚されることは決して許さなかった。
 
 後にだんだん判ってくるのだが、シグルトを見下した異母兄も、彼を憎み蔑んだ貴族たちも、彼に嫉妬していたのである。
 
 “ワルトの美姫”と讃えられた母の美貌を受け継いだ端整な顔立ち。
 健国の王シグヴォルフに流れていたのと同じ高貴な血筋。
 7歳のときに妹を襲った猛犬を絞め殺した怪力。
 一度決意したら決してあきらめない鋼鉄のような意志と勇敢さ。
 当時の貴族の若者たちの憧れだった貴族の令嬢の心を射止めた幸運。
 妾の子供だという意外性すら、彼の持って生まれた英雄性の現れである…
 
 そうシグルトの親友は評した。
 
「だからどうしたっていうんだ?
 
 秀麗な顔立ち?
 親に似ただけだ。
 
 高貴な血筋?
 貴族になるまで自分でも知らなかったよ。
 
 猛犬を絞め殺す怪力?
 大切な人を守れるように、鍛えただけだ。
 
 鋼のような意志?
 勇敢さ?
 嘆いていてもよくならないと気付いたからだ。
 
 美しい貴族の娘の心を射止めた幸運?
 今、彼女は俺の横にはもういない。
 
 妾の子?
 意外性だって?
 俺を生んで愛してくれた母さんが、俺やシグルーンのために選んでくれた道だ。
 
 俺は、俺のことを自分の誇りだと、微笑んでくれた母さんがもっと笑えるように…
 私の自慢の兄さんだと、微笑んでくれたシグルーンが恥じないように…
 
 ただ、自分の道をがむしゃらに歩いてきただけだ」
 
 シグルトの名誉。
 
 それは幼い頃に決意した愛する人へ示す、誇りの誓いだった。
 
「そう、あなたはいつもそうやって真っ直ぐだったわ…」
 
 いつの間にか気位の高そうな美しい貴族の娘がそこにいた。
 
 巻き毛の美しいブロンドは、夕日の下の麦穂のよう。
 艶やかな唇は、赤い薔薇の花弁のよう。
 白い肌は、北方の霊峰にかかる白雪のよう。
 そして、翠玉(エメラルド)のように輝く瞳…
 
 故国で“絶世の美女”の称号を、シグルトの母から譲り受けた至高の美貌がそこにあった。
 
「…ブリュンヒルデ?」
 
 娘は、シグルトと一緒だったときはいつも誇らしげに吊り上げていた秀麗な眉を、悲しげに伏せていた。
 
「…私が、あなたと同じ名前の英雄の伴侶である戦乙女と同じ名前だから、私たちは結ばれる運命にあるって、あなたに愛を告白したのを覚えてる?
 
 あなたは言ったわ。
 君は運命に愛してほしいのかって。
 
 そして、私を抱きしめて愛してくれるときに言ってくれた。
 あなたが選んで好きになったからだって…
 名前じゃなく、私だから愛してくれたんだって…
 
 あなたはそんな風に、愛にも生きることにも真っ直ぐだったわ」
 
 自分が彼女をそんな顔にさせてしまったことを、苦しく思っていた。
 しかし、シグルトの口から出たのは疲れたようなため息だった。
 
「…でも俺は君を失った。
 
 知ってるよ、君が俺を助けるために、兄に嫁いだことも。
 今ここにいる俺は、君を犠牲にして君を迎えに行くこともなく流れている、ただの下種だ。
 
 兄は、君に手を出せば母さんやシグルーンもただではすまないと俺を脅した…それでも行くべきだったのだろうな。
 俺の知っている君は、きっと俺が迎えに行っても拒んだのだろうが…
 そして、俺は迎えには行かなかった。
 
 あのとき全身を侵していた傷も熱も、理由にはならない。
 俺はすべてを諦め、どうするべきかも考えようとしていなかった。
 そう、守ると誓ったものを守れずに、この手からすべてこぼしてしまった。
 失っていくことを、留めることができなかった。
 
 …でも、君が俺の初恋で、母さんやシグルーンと一緒にとても大切で守りたかったものだったのは確かだよ。
 君と一緒に子供を育てて、母さんやシグルーン、ワイスやエリスと一緒に笑って過ごすことが、あの頃俺が求めていた夢だった」
 
 それはシグルトの失くしてしまった大切な思いの残滓。
 
「でも、それは私が愛したあなた。
 
 あなたは私が笑っていられるように…
 あなたのお母様が恥じないように…
 あなたの妹さんが誇れるように…
 あなたのお友達との友情を守るために…
 
 いつも自分を犠牲にしていたわ」
 
 シグルトは黙ってその言葉を聞きながら、心の中で付け加えた。
 それが俺の幸せだったんだと。
 
「でも俺は殺したんだ。
 
 奴を殺して、全て壊してしまった…」
 
 シグルトはいつの間にか血まみれになった自分の両手を見つめながら、自分が犯した事件を思い返していた。
 
 
 事の起こりはシグルトと親友ワイスの妹が、シグルトを好きだと言ったことだった。
 
 エリスというその娘は、シグルトにとってはもう1人の妹のような存在で、シグルトの妹の親友だった。
 平民の時代から、失われることの無い友情と親しみをもって育ってきた幼馴染の妹。
 
 シグルトはその頃、恋人ブリュンヒルデがいた。
 そして、ブリュンヒルデを心から愛していた。
 
 だから、例え親友の妹でも、その気持ちには応えてやれないと言った。
 エリスの兄である親友ワイスも、それは仕方ないことだと言った。
 
 だが、ブリュンヒルデに横恋慕しており、シグルトを憎んでいる男がいた。
 
 グールデンというその男は、シグルトの名を騙ってエリスを呼び出し…取り巻きと一緒にエリスに乱暴を働いた。
 身も心も汚されたと、エリスは事実を兄に告げて自殺した。
 
 激昂したワイスはシグルトが止めるのも聞かず、妹の仇をとろうとして、グールデンとその取り巻きに嬲り殺しにされた。
 
 シグルトの故郷の教会にとって自殺は最大の罪であり、不具にされて審判の日を迎えるよう罰せられるという因習が伝わっていた。
 だから自殺者は身体の一部を切り落とされ、名誉を汚される。
 
 国の司教を伯父に持つグールデンは、自殺を理由にエリスの死体の首を切り落とし、彼女を侮辱した。
 
 シグルトの親友ワイスも、貴族に刃を向けた罪でさらし首にされた。
 
 狡猾なグールデンは自分がエリスの自殺に関わったことを巧みに隠蔽し、伯父の権力を借りて事実をもみ潰した。
 そして親友の汚名をシグルトにも及ばせようとたくらんだのである。
 
 シグルトは、その男が貴族の息子であることも知っていた。
 友を守れなかった悔恨と、グールデンへの殺意と憎しみに狂いそうになりながら、それでもシグルトは耐えていた。
 
 しかしグールデンは執拗にシグルトを狙い、ついに罠にかけた。
 
 シグルトの妹シグルーンを連れ去り、シグルトを拘束して、彼の目の前でワイスとエリスの名を侮辱し、乱暴を働こうとした。
 
「下種な妾の子が、俺たちと同じ貴族を名乗るなど許せんな。
 
 それにおまえは自殺者の孫だったな。
 呪われているんだよ、おまえは。
 
 あの下賎な兄妹と一緒に、首の無い身体で地獄をさまよってるのがお似合いだぜ。
 
 それとも、おかぁさ~んて泣いて助けを呼ぶのか?
 
 …ああ無理か、口がないんだからなぁ。
 
 ギャハハハハッ!!!!!」
 
 癇に障る嗤い声を上げるグールデン。
 
 彼はは奪い取っていた、エリスが自慢にしていたブロンドの髪で拘束されたシグルトの頬を打ち据え、その後シグルーンの髪と服を乱暴に切り裂いた。
 男たちに組み伏せられ泣き叫ぶ妹を見たシグルトは、激情に狂い、押さえつけていた男たちを打ち倒した。
 そして、手首を拘束した縄を、こすれた自分の腕の肉が見えるほどに乱暴に引きちぎると、驚くグールデンを殴り飛ばした。
 
 グールデンは、最初はよくも殴ったな!と怒り、顔が歪んでいくほど殴られるうちにやがて泣きながら助けを求めた。
 
 気がつけば、両手を返り血と自分の血で真っ赤に染めたシグルトの前で、目玉と舌をだらりと垂らしてグールデンは絶命していた。
 それを見たシグルーンは、あまりの惨状に恐怖して失神した。
 
 シグルトは貴族殺しの罪で拘束され、牢に入れられた。
 罪状は重く、いつ処刑されてもおかしくなかった。

 そしてその日から、シグルトの夢にグールデンが登場して恨み言を言うようになった。
 シグルトは両腕の傷が元で高熱を出し、牢の壁を引っかいて指の爪が無残にかけ落ちるほど悪夢にうなされるようになった。
 
 決まって夢に現れるグールデンは、シグルトを人殺しと責め立てた。
 
「おまえは人殺しだ、シグルト。
 
 おまえの母は人殺しの母親だ。
 おまえの妹は人殺しの妹だ。
 
 お前の大切な名誉は、俺を殺して腐っていくその腕のように腐っているぜ。
 
 さあ、呪われろ!!!」 

 そうして、シグルトは見るものが目を背けるほどやつれていった。
 
 そんな時、恋人ブリュンヒルデはシグルトに一方的に別れを告げると、シグルトが嫌う異母兄と結婚してしまった。
 後に判ったことだが、商売で一山当てたシグルトの異母兄は、事業に失敗したブリュンヒルデの父に縁談を持ちかけ、ブリュンヒルデにはシグルトを牢から出すことを条件に結婚をせまり、ブリュンヒルデはそれを受け入れたのだ。
 
 シグルトは仮釈放になって治療を受けていた。
 
 ブリュンヒルデが探してきた名医のおかげで命は取り留めたものの…
 
 両足の腱を裂かれ、腕は神経を抉るほどに傷つき腐りかけていた。
 高熱に何日もうなされ、皮と骨だけのように痩せ細ったシグルト。
 立ち上がることすら出来ない身体になっていた。
 
 そして、父が槍試合というスポーツで落馬して脊髄を折り、3日後に亡くなった。
 それは事故に見せかけた復讐だった。
 父の庇護を受けられなくなったシグルトは、殺したグールデンの親族から命を狙われるようになった。
 
 かつては戦士としても、国の若者の中では1、2と謳われたシグルトは、父の復讐を遂げることもできず、武器を握ることすら出来なくなっていた。
 
 守れなかった幼馴染の兄妹
 非業の死を遂げた父。
 愛する人の死に涙を流す母と妹。
 そして自分から離れていった最愛の女。
 
 シグルトは嘆き、煩悶し、叫んで裂けた喉から血反吐とともに慟哭の声を響かせて、己の無力と理不尽を悲しんだ。
 絶望に打ちひしがれ、何度も死を望み、それを実行することすら出来ない己の不甲斐なさに、臥したまま血の涙を流したのである。
 
 再び立ち上がる力を取り戻したとき、シグルトは涙も声も枯れ果てた抜け殻だった。

 母はシグルトに国から出るよう言い、娘と一緒に修道院に入った。
 
 あるていど回復したシグルトは、貴族の身分を剥奪され、国外追放となる。
 故郷を出る朝、自慢げに新妻の肩を抱き、もう戻ってくるなよ、と釘を刺す異母兄と、今のように悲しげに顔を伏せたブリュンヒルデが送ってくれた。
 ブリュンヒルデは最後までシグルドを見ることはなかった。
 
 かつて“青黒き稲妻”と讃えられた槍使いの戦士でもあったシグルト。
 その武勇は若い戦士の筆頭と謳われ、同年代の戦士に負けたことはなかった。
 人食い熊を討伐し、盗賊に脅かされた父の所領をその豪勇で救ったこともある。
 
 だが、試合で父親を殺し、その力をもってしても大切なものを守れなかった槍の道を、シグルトは捨てた。
 愛用していた剛槍は、父と友の墓前に捧げ、本当に大切な何もかもを失ったのである。
 
 そしてシグルトは、無言のまま不自由な身体を引きずって故郷を離れた。
 
 
「…そうだ、おまえは人殺しだよ、シグルト。
 
 そしてまた殺したんだ」
 
 そこにはシグルトそっくりの男が立っていた。
 
「おまえは…」
 
 目の前にいる男はシニカルに口元を吊り上げ、ぎゃははっ、と下品に笑う。
 
「俺か?
 俺はシグルトさ。
 
 おまえと同じ人殺しの、な」
 
 指差す自分そっくりの男を、シグルトはただ冷めた目で見返した。
 
「国を離れれば逃げられると思っているのか?
 おまえが不幸なことにあったからって、おまえの罪が消えたとでも思っているのか?
 
 確かにグールデンはひどい男だった。
 でも殺してよかったのか?
 
 グールデンを殺したことでおまえの家族は不幸になった。
 人殺しの家族の汚名を着せられて。
 
 父親はおまえのせいで殺されたんだよな。
 
 ブリュンヒルデだって、おまえのために好きでもない男と結婚したんだぜ。
 
 冒険者になったぐらいで、逃げられたつもりか?」
 
 ただ黙ってそれを聞くシグルト。
 
「…それだけか?」
 
 そして問い返す。
 動じた様子もないシグルトに、目の前の自分は容赦しなかった。
 
「冒険者を続ける限り、また殺すことになる。
 
 おまえはどんなに足掻いても人殺しさ。
 そうして仲間も不幸にするんだ。
 
 おまえが愛したものを不幸にしたように。
 
 見ろ、お前の両手を。
 殺した連中の血が滴ってるぜ」
 
 指差されて自分の両手を見る。
 その手から真っ赤な血潮が零れ落ちていた。
 粘つく不快な感触と、鉄錆のような生臭さ。
 
 シグルトはそこで初めて笑った。
 それは乾いた苦笑だった。
 その青黒い瞳には深遠の闇を宿して。
 
「罵倒したいなら、すればいい。
 
 そう、あの時いっそ口汚く責められた方がましだった。
 …誰も俺を責めなかったんだ。
 だから、悲しかった。
 
 それに、夢と分かっていても、またブリュンヒルデに逢えた。
 これでは悪夢とは言えないな…」
 
 シグルトの周りをたくさんの足が囲う。
 それはシグルトが殺したものたちだった。
 
 7歳のとき殺した犬もいる。
 グールデンもいる。
 先ほどの黒装束の男もいる。
 妖魔たちもいる。
 
「…これはきっと、俺自身が贖罪のために望んだ悪夢なんだろう。
 
 でも、きっとこれからも俺は自分を許せないまま、生きて行く。
 ブリュンヒルデがくれたこの生を、悔いとともに生きるしか、今の俺には出来ないんだ…」
 
 かつてはこのような悪夢に、涙を流し鼻を垂らして震えたこともあった。
 
 それでもシグルトは生きることを選び、そして狂うような痛みを克服し苦しみに身を焦がしながら、再び戦士になった。
 痛みを背負って、死を眼前にして悔いることを己に課し、苦しんでも生きることをシグルトは覚悟して選んだのだった。
 
 シグルトを囲む足。
 見渡せば、新しい仲間たちや先輩冒険者、そして母や妹、ブリュンヒルデやワイス兄妹もいる。
 
 彼らはシグルトをいっせいに指差した。
 彼らは一様に蔑んだ目でシグルトを見つめて言った。
 
「ひ・と・ご・ろ・し!」
 
 シグルトは血に染まった両手で邪魔な前髪を梳き、両目でじっと見渡した。
 
「…間違いなく、俺は人殺しだ。
 
 そしてこれからも殺すだろう。 
 だが、今の俺にはただ背負って、悔いて生きることしか出来ない。
 
 …俺は不器用だからな」
 
 手から滴った血が、シグルトの瞼の上を通って零れ落ちた。
 できた血の痕跡をなぞり、シグルトは静かに目を閉じる。
 それはまるで、忘れてしまった泣き方を思い出そうとする姿にも見えた。
 

「…ルト、シ…ルト!」
 
 呼びかける声が聞こえ始めた。
 
「シグルト!
 しっかりせんか!!!」
 
 はっと跳ね起きて、脇腹の激痛と眩暈でまた倒れる。
 
「…くっ。
 
 ここ、は?
 俺は、いったい…」
 
 額に汗を浮かべ、少し青ざめたスピッキオがシグルトを支えていた。
 
「…ふう。
 気がついたようじゃな」
 
 額の汗をぬぐいつつ、スピッキオは安堵の表情を浮かべていた。
 
「…そうだ、敵ともみ合いになって、殺したのか?」
 
 置かれていた現状を思い出し、シグルトは周囲を見回した。
 仲間たちが心配そうに見下ろしている。
 
「あの黒服の男なら死んでたわ。
 無茶するわよね~
 
 脇腹に風穴開けて、武装した敵と格闘するなんてさ」
 
 レベッカはあきれたという口調で言うが、その声にもほっとした響きがある。
 
「シグルトは貧血で倒れたんだよ。
 脇腹のほかにも身体のあちこちに細かい傷があった。
 
 倒れた原因は脇腹からの出血多量。

 今動くのはやめたほうがいいよ、血が足りなくてふらふらするでしょ?
 待ってて、今血になりそうな野草を見繕ってくるから。
 
 スピッキオとトルーアさんに感謝しなきゃだめだよ。
 倒れるか青ざめるまで癒しの秘蹟を使ってくれたんだからさ」
 
 そういうロマンは大げさに両手を広げて、しょうがないなぁ、と言った。
 しかし照れたように顔が高潮して赤い。
 
「シグルト、大丈夫?」
 
 心配そうにラムーナが覗き込んでいた。
 シグルトは軽く頷いた。
 
 そして不意に、夢の中でしたようにその両手を見る。
 
「俺は…また殺したんだな」
 
 シグルトの両手は、まだ敵の返り血に染まっていた。
 寝汗で絡みついた前髪が、とても鬱陶しかった。
 
 
 結局シグルトたちはその教会で一晩をすごした。
 一番力のあるシグルトが動けないので、ラムーナ以外は不平を言いつつ妖魔たちの死体を片付けていた。
 
 次の朝、若さとロマンの調合してくれた特別に苦い増血剤を飲んだおかげか、シグルトの動きはしっかりとしたものに回復していた。
 
 一行が教会を調べると、シグルトが倒れていた地下室から硝子のような奇妙な形の珠が3つ見つかった。
 教会に関係ないものは発見次第、追加の報酬としてもらえる契約である。
 
 シグルト以外は表情が明るかった。
 初めての依頼を成功させたおかげだろう。
 
 無事帰ったシグルトたちを見て、依頼主は喜び報酬を与えてくれた。
 わずか銀貨五百枚だったが、シグルトたちにとって初めての大切な初報酬だった。
 
 手に入れた珠は道具屋に持ち込み、ロマンとレベッカが見事な交渉を行った。
 その道具屋で優先的に取引をするという約束をした上、証書まで書く羽目になったが、銀貨千枚という大金を得た。
 
 『小さな希望亭』に凱旋したシグルトたちは、笑顔で迎えてくれた宿の親父やレストールとコッカルトに事のあらましを報告した。
 シグルトが死に掛けたことに、レストールは大きなため息をついてシグルトの頭を小突いたが、生き残ったからまあいい、と酒をおごってくれた。
 
 この数日ですっかり顔見知りになっていた宿の娘は、「生きて帰ることが報酬なのよ」と、ほっとしたように一行の成功を讃え、似合わないセリフだと父親にからかわれて、その足を思い切り踏みつけていた。
 その後はシグルトやロマンの周囲に始終いようとして、シグルトには苦笑され、ロマンには怯えられていた。
 
 美形の男に目が無く、陽気で気さくな宿の娘。
 その朗らかな行動や言葉は、陰惨な妖魔との殺し合いを忘れさせ、一行を和やかな気持ちにさせるのだった。
 
 シグルトたちはささやかな宴を開いて、初めての仕事の成功を祝った。
 親父のサービスで振舞われた料理に皆舌鼓を打ち、どのように敵と戦ったかを自慢げに話す。
 
 レベッカは少し高いテンションで、皆の行った武勇譚を事細かに解説する。
 ちょっとした吟遊詩人並の演説であった。
 
 そんな中で、シグルトの活躍は華々しく語られる。
 冷静に敵を倒し、仲間を指揮する姿は、大げさにした部分もあったが嘘ではなかった。
 最後の負傷についても、傷つきながら1人で敵を倒した武勇で締めくくられた。
 
 こういう話は冒険者たちにとっては、好い酒の肴である。
 
 皆が聞き入る中、主役と言えるシグルトは始終物静かだった。
 だが、1人だけ負傷したことを恥じているのだろうと、誰も気に留めなかった。
 
 1人で酒をちびちびと舐めながら、シグルトはいつものようにむっつりとしている。
 
 そんなシグルトに、突然話しかけてきた男がいた。
 レストールたちと同じように、ベテランの冒険者として知られる男だ。
 
「よう、初めて人を殺した感想はどうだ?」
 
 場違いな言葉に、一緒に酒を飲んでいた連中は鼻白ろむ。
 
「おい、今はそいつらが初仕事に成功したお祝いなんだぜ。
 
 空気を読めよ」
 
 しかし、そう言った他の冒険者をせせら笑い、そのベテラン冒険者はさらにシグルトに言う。
 
「いいや、最初だから聞くんだぜ。
 俺らみたいに慣れてからじゃ、面白くもないからな。
 
 どうだ、人を殺した感想は。
 どう思った?
 
 緊張したか?
 泣きそうになったか?
 それとも興奮したか?
 
 冒険者なんてものは、殺人だってしなきゃいけない仕事なんだぜ。
 
 お前はそんな、この仕事を続けられるのか?」
 
 場がしらける中、シグルトは苦笑してベテラン冒険者を見た。
 
「ほう、何が可笑しい?」
 
 そのベテラン冒険者が、シグルトの思わぬ反応に不機嫌な顔になる。
 シグルトは一口エールをすすると、静かに言葉を紡ぎ出した。
 
「故郷にいたとき盗賊狩りで、何人か刺し殺した。
 殴り殺した経験もある。
 
 貴方の言う、初めて殺した、という条件には合わないな。
 強いて言うなら、切り殺した経験は初めてだってぐらいだ。
 
 感想というが、殺すことは今でも気持ちのいいものではないな。
 加えるなら、決して慣れたいとも思わない。
 
 だが、戦士の仕事は殺してその事実を背負う、ということ。
 
 殺すとは相手に死を与えること。
 それは戦いに勝利する条件に必要になることだって多い。
 武器はそのために振るう、殺すための凶器だ。
 
 戦士の道を選んだ俺が、それを続けるかどうか…聞かれるまでもない、というところですよ、先輩」
 
 その暗い視線に貫かれ、ベテラン冒険者はバツが悪そうに去って行った。

 最初に宿にやって来たときからシグルトはどこか他の冒険者とは違って、冷めたような悟ったようなところがあった。
 
 冒険者たちは殺し、あるいは殺人を一つの通過儀礼としている。
 暗黙の了解とでも言おうか…
 皆、口にすることはないが、殺しができるか、殺しを行った罪悪感に耐えられるかは、冒険者を続ける上で極めて重要なことなのだ。
 
 特に武器を振るう戦士は、直接武器で命を終わらせることが多く、そのため最も死と身近になる。
 冒険者になる前は負け知らずだった若者が、初めての依頼で殺人を経験し、精神虚脱症を患って辞めていったこともある。
 
 死をもたらす無情。
 死ぬかもしれない恐怖。
 
 自身が殺した相手を見る、ということは慣れない内は様々な感情を喚起する。
 
 苦しんで死ぬ相手を見て、その罪悪感に煩悶する者。
 死んでいく相手に自分を重ねて、死の恐怖に震える者。
 奪うという刺激に囚われ、殺しの快感に酔いしれる者。
 何も感じず、死をもたらすことを事務的にこなせるようになる者。
 
 死と殺しに関わることは、命を懸けて魔物と戦い、危険な罠の遺跡に挑み、守るために敵と戦う冒険者たちが避けて通れない事柄なのだ。
 
 多くの冒険者は、経験した後に忘れるなり、慣れるなりして答えを出す。
 生涯悩み、心を病む者もいる。
 
 命を懸ける戦場の兵士や騎士も同じような苦しみを背負うが、それには護国や理想という巨大な大儀と、軍隊という巨大な集団の一部になることで慣れ、乗り越える。
 しかし、冒険者のように少人数で行動する者たちは、その人数で悩み乗り越えるしかないのだ。
 
 この試練によって、心の弱い者や、殺すことを覚悟できない者は、多くは冒険者を辞めていく。
 あるいはその苦しみから、自ら命を断つ者や戦いで命を落した者も、強制的に冒険者という職業を辞めていく。
 
 死を乗り越えられた者だけが、冒険者として歩んでいけるのだ。
 
 シグルトたちは、その最初の試練を乗り越えた。
 そして仕事の成功を祝う余裕がある、ある意味では冒険者に〈なれた〉といってよい。
 
 だが、シグルトはすでに死を乗り越えていたのだろう。
 あるいは、死を取り込んでしまったのか。
 
 親父は、シグルトが死に関わる壮絶な過去を持っていると、長い経験から感じ取っていた。
 あの暗い目は、そうした苦悩を味わって、それでも歩むことを続ける戦士の目である。
 思えば、最初にシグルトを受け入れたときからそのことに気付いていたのかもしれない。
 死の匂い…レストールがシグルトを「死人みてぇだ」と評したが、それは死を深く意識したものが持つ匂いでもあったのだろう。
 
 親父がそんなことを思っている横で、親父の娘がシグルトに話しかけている。
  
 宿の娘は親父の予想通り、ハンサムなシグルトと何とか仲良くなろうと一生懸命なのだが、シグルトはあいも変わらず泰然としたものだ。
 このぶんなら絶対相手にされんから大丈夫だろうな、と思いつつ時折シグルトを観察していた。
 シグルトは色々な意味で目を引く、不思議な雰囲気の男である。
 
 宴の後、シグルトたちは最初の報酬を親父にしばらくの宿代として預けた。
 手元に残ったのはいろいろと使ってかなり減ってしまったお金と、珠を売って稼いだ銀貨千枚である。
 
 しばらくは大丈夫だが、また稼がないとすぐなくなるわよこんなはした金、とレベッカはもう依頼の張り紙を漁ってる。
 一つの試練を乗り越えた冒険者たちは、それぞれに自分のすべきことをすでに模索している。
 この新人たちはシグルト以外も、思ったより図太い様子である。
 
(太くなりすぎて、短く生きるなよ…)
 
 宿の親父は心の中でそっと呟くと、いつものように食器を磨きはじめた。

 まもなく夜がやって来ようとしていた。



 というわけで中編です。
 
 旧版に比べ、シグルトの態度がますますクールになってますが、シグルトは【冷静沈着】ではありません。
 
 シグルトの泰然さは、彼の信念が堅固なものだからで、彼の行動は自分の役割を黙々とこなしているだけなんです。
 その証拠に、シグルトは感情的な行動をよくします。
 彼の苦笑や、気に入らないことははっきりNOという性格、加えて死んだゴブリンに対する礼節とかですね。
 
 シグルトの性格はドライアイスです。
 冷たいけど触ると火傷する。
 クールに見えて実は熱い奴。
 
 単に、感情的な表現が苦手な、武骨で硬派で鈍感な野郎なのですよ。
 
 
 本来のシナリオとはかなり内容が違ったリプレイになってますが、シグルトの態度はこんな感じの方が様になるかなと思います。
 旧版ではかなり恥ずかしい若者でしたが、今回ざっくりとそういうのは無くしました。
 その方が辻褄が合うので。
 
 シグルトは名誉こそ命なのですが、その名誉は家族や親しい人に捧げる誇りです。
 ですから、それを守ることが彼の存在意義であり、それを全て失ってしまったシグルトは悩んで苦しんで、そして今のシグルトになりました。
 ある意味旧版の情けない姿は、シグルトの過去そのものとも言えます。
 
 ロムルという先輩冒険者に罪悪感だの、人殺しだのと言われるシーンが作中にある『第一歩』ですが、そのあたりはかなりアレンジして書いています。
 作者の圭さんのおっしゃりたいことを、ある意味すっ飛ばしたリプレイかもしれません。
 
 この作品の中では、宿のNPCがほとんど「冒険者なんてハイリスクローリターンで危ないから辞めろ」と言います。
 名誉や金を夢見て、ともありますが、シグルトはそういう理由で冒険者になったのではありません。
 
 全てを失い、彼に残ったのは身体能力と容貌ぐらい。
 でも、性格から女を口説くようなことは出来ません。
 残った腕っ節、つまり戦士の道を志すしかありませんでしたが、シグルトは殺人だけのために生きるのは嫌でした。
 そこで冒険者になろうと考えたのです。
 しかし、シグルトにとって戦士の道は茨の道です。
 全身を駆け巡る苦痛と不自由。
 殺す度に思い出す自分の過ちと罪悪感。
 その上、新しく殺すことでさらに加わる罪悪感。
 加えて、シグルトは救われた命を無駄にもできません。
 
 空しい自己満足だと分かっていながら、シグルトはその茨の道を選択します。
 死を求めるほどに絶望したシグルトにとって、肉体と精神の両方の苦痛を負って生き続けるということは、最大の苦しみであり、彼の不器用な贖罪なのです。
 シグルトは苦しみながら、嘆きすら枯れ果てた心で、それでも生きることを模索し、道を探して彷徨っています。
 
 コッカルトや宿の親父が感じた死の匂いは、シグルトのそういった心の闇を見抜いたからでしょう。
 
 ですから、シグルトは燃え尽きるまで戦う道を選びます。
 殺すとか、死ぬ覚悟とか、とっくにどうすべきか定めているわけです。
 シグルトが歩むのは、新しい『第一歩』です。
 また、茨の『第一歩』です。
 でも、彼を救う『第一歩』になるのかもしれません。
 シグルトは仲間という大切なものを得るわけですから。
 
 
 シグルトの恋人ブリュンヒルデは伯爵家の御令嬢でとっても高飛車だったんですが、美人でもてもてで、グールデンあたりによくちょっかいをかけられていたんですが、颯爽と現れて助けてくれた(シグルトは弱い者いじめとか、婦女子のピンチを放っておけないお人好し)シグルトに一目惚れしてしまいます。

 プライドをかなぐり捨ててブリュンヒルデが行った告白は「私たちは名前が運命の伴侶、だから結ばれるのが運命なのよ」みたいな感じでした。
 どっこい、鈍チンのシグルトは、国一番の美女の告白を困惑して断ってしまいました。
 
 母親がすごい美人だったので、美人に耐性があったのかもしれませんが…振られちゃったブリュンヒルデは半泣きで身を恥じて逃げてしまいます。
 後で妹にそのことを話し、その鈍感ぶりを叱られて、シグルトはブリュンヒルデに謝りに行きます。
 その時、感情的になって罵ったブリュンヒルデにシグルトが言った言葉が、今回出てきた「君は運命に愛してほしいのか」です。
 正しくは
 
「君は伝説通りの運命に愛してほしいのか?
 君自身が俺を好きになったのではなく、その運命で俺を求めるのか?
 
 そうならば、俺はそんな愛され方をしたくはない。
 そんな愛し方をしたくはない。
 
 心から、その人に愛されたいし、愛したいからだ。
 運命なんて見えないものを理由にしたくない。
 
 俺は愛したい思うほど、まだ君を知らない。
 だから断った。
 
 俺は伝説のように、偽りの愛に支配されたくはないからな」
 
 というものです。
 シグルトの言う偽りの愛、とは忘れ薬を飲まされて別の女性を愛してしまったシグルズのことを言っているのですが。(ヴォルスング・サガ版。ジークフリード版ではブリュンヒルデにあたる人物が女王様で、シグルズとの運命の愛が出てきません)
 
 シグルトの誠実な心を知って、ブリュンヒルデは自分勝手な思いを相手に押し付けていたことを恥じ、シグルトに謝ります。
 
 その後、2人は互いに交流して愛し合うようになり、結婚を誓います。
 その仲睦まじさは、周囲が嫉妬するほどでした。
 
 浮気をしないのもシグルトの特徴ですね。
 だてに誠実ではありません。
 
 結局悲恋になってしまうんですが。
 シグルトは絶対「波乱万丈」の称号付です、きっと。
 
 
 皆さんはCWで最初にPCが殺人を犯したとき、どんな感想をいだいたのでしょうか。
 
 ゲームなんだから、そんなことは考えない~というかたもいるかもしれませんが、けっこう戦闘シナリオとかみるとPCって殺戮をやってるわけでして。
 
 圭さんのこのシナリオは、こういう表現を隠蔽せずに表現なさってますので、私は感銘を受けました。
 
 
 話の中にあった「自殺者は身体を不具に云々」という因習ですが、中世には似たようなことが本当にありました。
 映画『キングダム オブ ヘブン』の冒頭でこのような因習が登場します。
 
 
 こんな身勝手なリプレイをして申し訳ないです。
 でも、このシナリオ是非やってほしいシナリオです。
 
 でも、旧版でも食らったバグが…最初の500SP、手に入らないです。(泣)
 リプレイが終わったら、圭さんに感想メール送るつもりです。
 …怒られそうな内容書いてるので、不安ですが。 
 
 さて、いよいよ次はこのシナリオもラストです。
 また、生ぬるい期待をもって待っててくださいね~
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