Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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『第一歩』 後編

 シグルトたちの、初仕事成功を祝った夜。

 軽い喉の渇きを覚え、シグルトは水甕のある、宿1階の酒場に下りてきていた。
 
 その日の夜は寝苦しかったのもある。
 
 シグルトの身体は頻繁に微熱を出し、それに伴って発汗も人より多い。
 手足にはいつも布を巻いているが、気がつけばそれが汗でびっしょりと濡れていることがある。
 こまめに手拭いで拭い、またシグルトは暇をもてあまさず鍛錬するので、他の者たちはそのために汗をかいたのだと思っているようだ。
 
 シグルトは適度に水分補給をするが、喉の渇きにも禁欲的で水の過剰摂取はしない。
 加えて、普段できるだけ余分な動きをせずに発汗を抑えようとしていた。
 シグルトの泰然とした雰囲気は、そういった普段のしぐさから生まれたものでもある。
 
 しかし、今夜は酒を飲んで塩分の多い食物を食べたせいか、身体は正直に水分を求めていた。
 
 ぐっしょりと汗で濡れた服を着替え、シグルトは慎重に1階に下りていく。
 
 両足の添え木は着けたままだ。
 はずしていても数十秒で巻き込む技術を持っているが、普段は寝るときにも外さないでいる。
 これがなければシグルトは歩けないため、不測の事態を常に考えているからだ。
 
 シグルトが足に何かをつけていることに、レベッカはもう気がついていた。
 ただ、形やつける場所から防具だと推測しているらしかった。
 確かに、添え木はシグルトの踵からアキレス腱を守るように付けられている。
 これをアキレス腱の代わりに用いて走り回る、シグルトの動きの方が非常識なのである。
 
 階段などの段差の踏破は、アキレス腱が不自由だとつらい。
 踵に力が入らないからだ。
 シグルトは添え木を用い、まだ動く膝下の筋肉の力で踵を使う。
 反応が遅れる分は、先を読んで早く動かす。
 その度に踵は鈍い痛みと痺れを発するのだが、シグルトは黙してそれに耐えている。
 シグルトが動けるのは、技術が巧みなだけではなく、彼が常人離れして我慢強いからだ。
 
 冒険者としては大きなハンデだが、あえてそれを感じさせず、十分な実力を示すことで、シグルトは仲間に求める理想が高いレベッカにすら認められつつあった。
 
 1階に下りたシグルトは、蝋燭に火を灯す。
 水甕の蓋を取り、適当なゴブレットで直接水をすくって飲み干した。
 夜気でよく冷えた水は、喉の渇きを緩やかに癒していった。
 ゴブレットの縁を軽くぬぐい、棚に戻した後、シグルトはカウンターの席に腰を下ろした。
 
 ジジッ、とぼんやりとした光を放ちながら燃える蝋燭の芯を見つめながら、かつて共に夜を過ごした家族や恋人を想う。
 シグルトにとって、夜半は穏やかな時間だった。
 
 幼い頃、夜の闇に震えてベットにもぐりこんできた妹。
 共に酒で喉を潤し、夜通し語り合った友。
 肌を重ね、柔らかな髪を梳いてやった恋人。
 
 今のシグルトにはそういった人たちもいない。
 こうやって夜中に水で喉を潤し、過去の思い出をぼんやりと思い返す。
 
 シグルトは冒険者になりたかったわけではない。
 かつては平凡な生を望み、恋人が出来てからは彼女と歩むことが夢だった。
 それがかなわなくなって、故郷を後にし、導かれるようにシグルトは冒険者になったのである。
 
 故国をでてからシグルトはこの西方まで流れてくる間に、不思議な2人の老婆に出合った。
 1人の老婆は人ではなく、シグルトはすぐにそれを見抜いた。
 
 シグルトは故郷で〈アルヴの加護〉と呼ばれる、不思議な能力を持っていた。
 人ならぬ存在を感じ、普通は見えない精霊や妖精の存在を知覚する能力である。
 その力で、シグルトは老婆の正体を看破したのだ。
 老婆はその能力をたたえ、去る前にシグルトにこの地を目指すように助言し、意味深げな予言をした。

〝行くがよい、南の地へ。
 碧い海、清水の姫君が眠る地で、お前は我が風と出会うだろう。
 
 その身に尽くす心があるのならば、お前は死すら乗り越え、神霊の領域に足を踏み入れる。
 
 風は誘い、お前が纏う道標となる。
 この地で出会った獅子は、お前のかけがいの無い友になるだろう。
 
 お前が持つ宿命は、英雄の道と慟哭の離別。
 そしてお前が至るのは、その名が持つべき剣の名を冠する至上の宝。
 
 麗しき刃金よ。
 風のように歩む者となれ。
 
 旅と仲間がお前を立ち向かう運命へと導くだろう〟
 
 この言葉を聞いた後、シグルトはもう1人、精霊術師らしい身なりの老婆にも出会う。
 
 精霊術師とは、精霊術と呼ばれる特殊な術を使う術師たちである。
 精霊たちと交信し、その力を行使するといわれている。
 シグルトが現在いるリューンにも、精霊宮と呼ばれる場所があり、そこには精霊術師たちが多数在籍している。
 
 その精霊術師風の老婆も、シグルトに予言を残していた。
 
〝…お主との再開はいずれ訪れよう。
 
 お主が風ならば、わしは嵐を砕く獅子の同胞(はらから)。
 いずれまた、南の地で見(まみ)えよう〟
 
 どちらの老婆も〈南の地〉と言った。
 
 その後立ち寄った酒場の主人に〈風のように歩む者〉とは何かとなんとはなしに訪ねると、「それは冒険者だ」と応えられた。
 続けて冒険者という仕事がどんなものか聞き、そしてその道を歩むことを決意したのだ。
 
 北方出身のシグルトにとって、〈南の地〉とは西方諸国である。
 
 シグルトは導かれるように、この地へとやってきた。
 そして冒険者になった。
 
「…獅子か。
 
 たぶん、あの時オルフと名乗ったあの男のことなんだろうが」
 
 シグルトは予言を受けた場所、イルファタルで暴れ馬から娘を助けた。
 オルフ、というのはその時娘とともにいた戦士風の男である。
 
 オルフ、とは北方のある地方で狼などの強い“獣”を意味する言葉だ。
 そして、その男は獅子を連想させるような体躯と髪型をしていた。
 
 シグルトは予言について特別な気持ちは無かったが、自分が行くべき道があるならと、その言葉に従ってこのリューンへとやってきた。
 予言には真実があったし、シグルトは予言に振り回されるような人間ではないが、そういった神秘をないがしろにする人間でもなかった。
 
 この西方に来る前、シグルトは故国シグヴォルフの隣国スウェインの貴族である友人を訪ねようとしたが、逢えずに門前払いを受け、本当に行く宛てが無かった。
 身元の明らかな友人は、国外ではその友人ぐらいであり、何か生きるために仕事が無いか相談するつもりだったのだが。
 
 あての外れたシグルトは、行く先も無くただ彷徨っていた頃、その予言を受けたのである。
 すべきことが無いならやってみよう、そんなつもりで踏み出した冒険者の道であった。

 流れるままになった冒険者ではあるが、今のシグルトには確かな居場所である。
 
 大人たちに囲まれて泣きそうになっていたロマンを助けたとき、この美少年はシグルトの仲間になると言ってくれた。
 そのとき、ささくれて乾いていたシグルトの心に何かが宿った気がしたのだ。
 
 レベッカという女盗賊を見たとき、その孤独な背中に自分と同じ退廃を感じて仲間に誘った。
 
 異国の間の抜けたような少女が、壮絶な苦難を乗り越えて自分と出会ったことに、何か縁を感じた。
 
 屈強な旅の司祭の癒しの秘蹟とその言葉を聞いて、今自分はどうやって死ぬのかではなく、どうやって生きるかを考えていたことに思い到って驚いたのだ。
 
 シグルトは儀式のように両手を見ていた。
 それは人を殺してしまったときから続けている、シグルトの習慣であった。
 また血に染まっていないか、いつも確認するのだ。
 
「俺は、冒険者という新しい道を歩み続けたいと思い始めている。
 でもまた殺すのかもしれないことは、きっと…」
 
 妖魔を殺したとき、心は冷え切っていた。
 正直、殺したという黒装束の男に対しても罪悪感は感じていなかった。
 
 シグルトが恐れているのは、殺人そのものではない。
 
(…ああ、そうだ。
 
 俺は殺すことでまた失うことが怖いんだな)
 
 胸の中にある凝りのようなもの。
 それが少し、軽くなった気がした。
 
 分かるなら、後は尽くす。
 それがシグルトという男の本質だった。 
 
 渇きを癒し、心に一つの整理をつけたシグルトは、ふと人の気配を感じ、宿の入り口をみた。
 そこにはいつの間にか、黒い僧服を纏った女が立っていた。
 
 時間はすでに深夜で、宿の親父も仲間たちも皆寝入っている。
 
「…何か急用か?
 今はまだ営業時間外だから、店主は休んでいるぞ」
 
 そういってシグルトは首をかしげた。
 宿の看板はとっくに下ろしているはずだ。
 
(…親父は戸締りをしないのか?)
 
 女は冷たい視線でシグルトを見つめ、犬が匂いをかぐような下品な動作をする。
 そしてにたり、と嗤った。
 どこか狂気をはらんだ、禍々しい顔。
 
「…見つけた!」
 
 シグルトの背筋が凍りつく。
 この女は危険なものだと、今になって気付く。
 素早く武器になりそうなものを、頭の中で検討する。
 
「…動くな!」
 
 シグルトの視線が鋭くなったことに気付き、女は警告する。
 そして、灯かりに向けて指を向ける。
 女が一言二言呪文を唱えると、閃光とともに蝋燭が弾けとんだ。
 
 砕けた蝋燭の欠片が月明かりに照らされ、物悲しく輝いている。
 飛び散った蜜蝋が、シグルトの頬にかかってわずかに熱を感じさせた。
 見る間に蝋が固まり、ぱらりと落ちた。
 
「こうなりたくないでしょう?」
 
 蝋燭の欠片を踏みつけ、女はぞっとするような顔でシグルトに近づいてきた。
 
「…そう、だなっ!」
 
 シグルトは側にあった椅子を引っつかんで盾になるように構え、突進する。
 驚いた女は素早く後ろに下がって、手をかざし、呪文を詠じる。

「《張り巡らすは白蜘(はくち)の楼閣、呪詛が羅網(らもう)で絡み捕らえよ…》」
 
 後一歩で女に一撃を与えられる場所で、呪文は完成した。
 
「《…縛れ!》」
 
 瞬間、白い粘液質の糸がシグルトに絡みつく。
 【蜘蛛の糸】と呼ばれる捕縛系の魔術呪文である。
 
「く…」
 
 持った椅子ごと、シグルトはその場に呪縛されていた。
 喉にも食い込んだ糸のせいで、上手く声も出せない。
 
「ふん、手間をかけさせるわ」
 
 そう言うと、女はシグルトの身体を触って何かを探している様子だった。
 そして、ふとカウンターに置かれたままの書類に目を留める。
 
 その書類、羊皮紙にはシグルトたちのパーティと専属契約を結び、廃教会で手に入れた珠を取引した道具屋のことが書かれている。
 無くさないように宿の親父に預けたが、どうやらしまい忘れいていたのだろう。
 
 それを読んだ女はにんまりと嫌らしく嗤うと、シグルトをそのままに出て行こうとした。
 そして女は忘れていたとばかりに振り向き、シグルトの心臓を指差した。
 
「忘れていたわ、おまえを殺すのを…」
 
 いやらしい目。
 人を殺すことに罪悪感を持たない、気持ち悪い目。
 シグルトを絶望に追い込んだ男の、それと同じ目。
 
(…ぐ、どうすれば…)
 
 ぼんやりと自分が殺されるのだという事実に、次にとるべき行動をひたすら模索するシグルト。
 
「後でおまえの仲間も片付けないといけないけど、まあ今度ね」

 僧服の女は、そのたった一言でシグルトの禁忌に触れてしまった。
 
 彼の大切な者を脅かすこと。
 それはシグルトが決して許せないこと。
 シグルトの冷めたような瞳が瞬時に炎を宿す。
 壮絶な殺意の視線で、女を射抜く。
 
「…なっ!」
 
 思わず呪文をやめてしまう女。
 その眼光にはドラゴンすら怯ませる気迫があった。
 
 シグルトを拘束していた呪縛がわずかに緩む。
 
「ぅぉぉぉおおおおああああ!!!」
 
 腹のそこからひねり出すような雄たけびを上げて、シグルトは呪縛を引き千切り僧服の女を殴りつけた。
 女は歯を折り、鼻血を散らせて吹き飛んだ。
 
「うぐぐ、よくもぉ!」
 
 よろめきながら僧服の女が魔術を放つが、寸前で何かに遮られた。
 
「人の宿で、しかも俺の後輩になにやってんだ、ごるぁ!!!」
 
 盾を構えた男が恫喝するように叫ぶ。
 その隣に、細身の剣を構え、男がもう1人。
 
 レストールとコッカルトが駆けつけてくれたのだ。
 
 怒りに燃えたレストールが剣を振り、僧服の女の腕を裂く。
 女は、舌打ちすると悔しげに逃走した。
 
 
 シグルトが殺されそうになったことを知って、親父はすぐ皆を起こした。
 仲間たちは状況を把握すると、いつでも動けるよう準備をはじめた。
 
 あの珠を売った道具屋が心配だと言うシグルトに一同は頷き、急いで道具屋に向かったが、手遅れだった。
 道具屋の主人は胸をえぐられ即死していた。
 
 道具屋の外でシグルトたちは、トルーアと武装した聖北教会の関係者たちに会い、あの珠が危険な魔法の品であり、あの僧服の女が危険な凶悪犯であることを知った。
 その騎士たちが言うには、さっきの僧服の女は偽名を多数使っていて本名は不明だが、殺人や強盗も平気でやる恐ろしい過激犯として、一部の都市では賞金が掛けられ手配書が多数出回っているらしい。
 
 シグルトたちは道具屋の主人が死ぬ原因を作ったことの後ろめたさと、僧服の女を放っておけばいずれ自分たちを狙ってくるだろうと結論し、教会の者たちに協力して女の討伐に参加することにした。
 
 
 向かった場所は例の廃教会である。
 2台の大型馬車と数頭の上場場を用いての、強行軍であった。
 廃教会のある山のふもとに着き、一行は徒歩で先を急ぐ。
 
 この先は敵の領域である。
 ロマンやラムーナは緊張が隠せない。
 
 シグルトは目を閉じて周囲の空気を感じ取る。
 森には様々な精霊の息吹が感じられるのだ。
 そのなかで、おかしい部分を探す。
 
「…レベッカ。
 
 あの女はたぶん、自分のテリトリーで待っているだろう。
 何か大層な儀式をしているかもしれない。
 
 どうも、廃教会のほうに濃厚な気配が集まっている。
 
 先行するときは注意してくれ」
 
 教会側のベネットと言うリーダーが驚いたような顔をする。
 先ほど殺されかけたとはとても思えない、と。
 
「…ふぅん。
 
 シグルト、お前そういう気配とか分かるのか?」
 
 同行していたレストールが興味深そうにシグルトを見る。
 
「夜は静かな分、気配が濃厚ですから」
 
 シグルトは廃教会の方角を睨みながら、剣たわみが無いか確認を始めている。
 それはもはや一流の戦士のそれだった。
 
「お前、やっぱり素人じゃなかったな。
 
 ま、それなら俺らは安心だけどな」
 
 コッカルトが頷く。
 
 一行はさらに足を速めた。
  
 
 件の廃教会の入り口に着くと、突撃準備をする一行。
 しかし、扉を蹴破ろうと言う段階になって、女の声が不敵に響く。
 女は廃教会の中へと、一行を誘った。
 
 僧服の女は1人のみ。
 余裕の表情で一行を迎え入れた。

 相変わらず嫌らしい笑みを浮かべていた。
 周囲に女が強奪した4つの珠が、ふわふわと浮かんでいる。
 
「貴様が宝珠を盗んだ犯人だな?」
 
 教会側のリーダーである騎士ベネットが、剣を構え女に尋ねる。
 
 女は不機嫌そうに、手で話を止めた。
 
「話をするのは私。
 
 こっちは精神を集中しているのよ。
 …煩わしいわ」
 
 高慢な口調に、教会の騎士たちは鼻白む。
 
「宝珠を返すつもりはないし、貴方たちには帰ってもらうわ」
 
 額に汗をかいているが、どこか自分の言葉に酔うように、女は嗤う。
 
「ふざけるなよ、このくそ女ぁ。
 
 今度はぶっ殺すぞ!」
 
 恫喝するようにレストールが言うと、女はにやりと嗤う。
 
「私はこの宝珠を悪用するつもりは無いのよ。
 
 むしろ正しく、平和的に用いるつもりなのよ」
 
 殺した人間のことなど忘れたかのように、女は語りだした。
 
「この世には、人及ばぬ神秘の世界があるわ。
 
 精霊や神と交信する者がいる。
 それなのに、魔界と接触するものは異端、邪悪と蔑まれる。
 
 得体が知れないなどという、人間側の一方的な理由で。
 
 それに、人間はどう?
 同胞同士で殺し合い、憎みいがみ合う。
 
 比べて魔の世界にはくっきりとした上下関係があるわ。
 人間たちよりよほど秩序的なのよ」
 
 その言葉に、騎士の1人が激昂して反論する。
 
「神が許さない存在だっ!
 
 それに魔は悪行を成し、人を堕落させるではないかっ!!」
 
 女はあきれたように肩をすくめた。
 
「貴方たちはそうやって、神の名の下に自分に従わないものを殺す。
 
 貴方たちこそ真の邪悪にふさわしいわ」
 
 その時、シグルトが一歩前に出た。
 
「時間稼ぎに付き合うつもりは無い。
 
 宝珠を返し縛につくか、ここで刃を交えるか、だ」
 
 女が何か言おうとするのを制し、剣の柄をしっかり握る。
 
「邪悪か正義かなど、いつでも話せる。
 
 お前は人を殺し、保管されていた珠を奪った。
 俺は仲間と共に命を狙われた。
 捕まえる理由は、そうして袂が分かれる理由があるからだ。
 
 そして、話し合いをするにはしては剣呑な部下たちを隠している」
 
 シグルトがそう言って周囲を見回し、仲間たちに警告するように構えを取る。
 
「ふん、面白くも無い。
 
 ええ、その通りよ。
 お前たちの相手をするのは、私ではなく、こいつら…魔物よ!」
 
 無数の異形が現れ、不気味な声を上げる。
 
 髑髏に羽の生えたような魔物。
 空中を浮遊する青白い炎のような幽鬼。
 
「貴方たちはこいつらと遊んでいなさい。
 
 私は術の最中で、忙しいのよ」
 
 そう言って、女はまた嫌らしい笑みを浮かべた。
 
「く、冒険者諸君はその羽の生えた魔物をっ!
 
 我等はあの幽鬼どもを倒すぞっ!」
 
 ベネットが剣を抜き、騎士たちが続く。
 
「シグルトっ!
 
 俺たちはあの羽根がついたやつだっ!!」
 
 レストールの言葉に、シグルトは頷いて、ゆらりと前に出た。


 ともにいた戦士が切りかかると戦闘がはじまる。
 
 僧服の女が呼び出したらしいモンスターたちが襲い掛かってくる。

 レストールとコッカルトが熟練の技で敵を倒していく。
 
 シグルトたちは敵を囲い込むように陣を組んでいた。
 一瞬で3体の羽根をつけた髑髏のような魔物は、次々に頭を粉砕され、地に落ちた。
 
「くっ、冒険者、こっちに力を貸せっ!」
 
 騎士たちは実体のない敵に苦戦している。
 
「ふふ、まだまだいるのよ」
 
 女の言葉に応えるように、4体の羽髑髏が現れた。
 
「シグルト、こっちはまかせたぞっ!」
 
 レストールとコッカルトは騎士たちの加勢にむかう。
 
 シグルトは頷いて、ラムーナに目配せした。
 ラムーナが先手で攻め、シグルトが止めを刺す。
 2人で組む必勝の陣。
 
 その後ろでロマンが呪文を完成させた。
 
「《…眠れっ!》」
 
 ロマンの【眠りの雲】によって魔物たちがばたばたと落ちてくる。
 
「ふん、羽があるってことはたいがい生命体だよね?
 
 呼吸器官があればこの魔術はよく効くんだ」
 
 その横でスピッキオが杖で1匹を殴り飛ばす。
 
「くうぅ、固い奴じゃ」
 
 髑髏のような頭部は意外にも固い。
 シグルトがその羽髑髏に接近し、顎の弱い部分から砕くように分断し、倒していた。
 
 レベッカが落ちてきた1匹の羽を短剣で抉り、跳ねるように起きたそれの頭蓋をシグルトの剣の柄が粉砕していた。
 その横でラムーナとスピッキオが、もう1匹を2人がかりで挟むように屠る。
 
「後1匹っ!」
 
 レベッカの声に呼応してラムーナが疾走した。
 レベッカが短剣で切り裂いたその魔物を、ラムーナの剣が串刺しにする。
 
 その時には、女の呼び出した魔物はすべて倒されていた。
 
「貴様、無意味な時間稼ぎなど…」
 
 ベネットが剣を構えると、女はさもおかしそうに嗤った。
 
「無意味?
 
 何が無意味だと言うの?
 
 うふふ、ふはははっ、はーっはっはっはっ!!!」
 
 女は嘲るように嗤った。
 
「本当に馬鹿ね、貴方たちはっ!」
 
 不気味な女の態度に、教会側の人間が矢を放つが、女の前で消し飛んだ。
 
「「呼び出されてみれば、何事だ、騒々しい…」」
 
 地を揺るがすような不気味で重い声が、周囲に響き渡った。
 
「「実に久しぶりの、人間たちの世界よ。
 
 術者を殺されて、とんぼ返りでは、芸が無いわ」」
 
 そして空間が歪むように、その怪物は女の後ろの虚空からにじみ出た。
 
 圧倒的な存在感に、空気がびりびりと震える。
 
 裸の肉感的な女に羽毛を生やして巨大にしたような、そんな怪物だった。
 
 耳の側から巨大で太い歪な角が2本、その青白い顔を覆うように生えている。
 瞳の無い、青い不透明の瑠璃玉のような目。
 その吐息は蒸気となり、夜気を白く染めた。
 
「うわ、あれってもしかして、魔神(デビル)…」
 
 ロマンが驚愕に目を見開いた。
 
 聖北教会成立以前、神と信仰されてきた存在がある。
 人々は聖北の神の使徒、天使として受け入れるか、少数派の精霊信仰が神として仰ぎ、それらの存在は語り継がれた。
 
 しかし、人には圧倒的に邪悪でしかないものは、恐れられ忌み嫌われて悪魔(デーモン)とされた。
 かつては祟り神として畏怖の対象でしかなかったそれらは、唯一神の名の下に、邪悪な悪魔として名を連ねることになった。
 
 悪魔たちは、かつては自分たちの力にひれ伏していた人間たちの思わぬ反抗に、より恐るべき災いの種となって、悪意で応えることになる。
 
 そんな悪魔たちの中でも、とりわけ力が強いものを魔神と称するようになった。
 だが、人に対して中立、あるいは友好的な異教の神々も、時に聖北の徒は悪魔と断じる。
 あるいは驚異的な力を持つ精霊を、半ば畏怖を込めて魔神と称する場合もある。
 その境界は実に曖昧だ。
 
 ロマンの言う魔神とは、悪魔でも力の強いものを魔神と定義する、魔術師としての分類によるものだ。
 
「…ぐわぁぁぁっ!
 
 あ、頭がっ!」
 
 急に女は苦しみだした。
 
「「ふむ、軟弱な精神よの。
 
 お前では我を子の世界に留めることなど、無理ではないかのぅ」」
 
 女の消耗振りに、ロマンがあっと、声を上げる。
 
「魔神なんて物騒なものを大召喚した、対価の反動だよ。
 
 魔方陣やきちんとした召喚装置も無く、あの宝珠だけで、契約したわけでもない超越存在を適当に捕まえて、召喚したんだ。
 あの女の人、召喚術に関してはド素人だね。
 
 いまでこそ、正気を保っているけど、そのうち魔力が全て吸い取られて、神経が焼き切れ、苦しんで死ぬことになるよ。
 
 あの手の魔神は、元の世界からこっちの世界に顕現する際、存在を留めるためにものすごい力を消費するんだ。
 多くの悪魔崇拝者たちが魔神の凶悪な力を利用しようとして、それが出来なかったのは、あれだけの強大な存在をこの世界に留めるにはリスクが大きすぎるからなんだ。
 
 今なら消耗してるから、あの女の人倒せるかも…」
 
 問題は召喚された怪物の方である。
 
「「女。
 
 何故我を召喚した?
 答えるがよい」」
 
 一方で、魔神は頭を抱えて呻く女を、冷たく見下ろして聞いた。 
 
「そ、その前に…
 
 あそこの人間たちを、1人残らず、こ、殺して下さい…!!!」
 
 女の言葉に、一同は騒然となる。
 
「ふむ、面倒な条件よな…
 
 まぁ、よかろう」
 
 魔神はこちらを向き直ると、じわじわと近づいてきた。
 身体は地に着かず浮いている。
 
「…羽根に浮遊。
 
 あんな姿は『六芒王の小鍵』にある72の魔神や、東方の妖霊の類でには無いけど、あの手の姿や能力は十中八九、風の魔神だよ。
 たぶん、風の結界で身を守ってるし、カマイタチや旋風を使うから気をつけてっ!」
 
 ロマンが警告する。
 
 魔神は一行に手をかざし、首をかしげると女を見た。
 
「「魔力が足りぬ。
 
 か弱き人間を相手にするとも、魔法の一つも使えぬでは話にならぬからな」」
 
 魔神の要求に、僧服の女は蒼白な顔で、これが精一杯だと訴える。
 
「「仕方あるまい。
 
 《絡み巻け魔風の巨腕、抱き上げよ破壊の台(うてな)に…》」
 
 魔神がレストールに手をかざし、呪文を唱えると、屈強なレストールの身体が浮き上がる。
 
「な、なんだこりゃぁあっ!!!」
 
 自分を持ち上げる奇妙な空気を振り解こうとするレストール。
 魔神は邪悪な笑みを浮かべて手を握り締めた。
 
「《圧せよッ!》」
 
 その声と共にレストールの全身から血が飛び散った。
 
「ごはっ!!!」
 
 投げ捨てるように、魔神が腕を振るうと、レストールは吹き飛んだ。
 
「「もろいのう。
 
 この程度か?」」
 
 魔神は嘲笑し、今度は別の騎士に手をかざした。
 
「遺失魔術、【風圧の魔腕】だっ。
 
 よけられないから、誰か抵抗強化の術を!!!」
 
 ロマンが身体を固めて衝撃に備える。
 
「「ほほう?
 
 物知りな童(わらべ)よな。
 この呪文を知りおる人などおらぬと思っておったが」」
 
 ロマンは引きつった笑みを浮かべる。
 
「それはどうも。
 
 でも、浅学で貴女の名前までは分からないよ」
 
 それは重畳、と魔神は嗤う。
 
「「お前たち魔術師は、我らを名で縛るからのぅ」」
 
 豊満な胸をそらせて高笑いする魔神を見ながら、ベネットが剣を構えて告げる。
 
「みんなで一斉にかかるぞっ!」
 
 頷く騎士たち。
 ロマンがこっそりと囁く。
 
「無謀だけど仕方が無いね。
 
 でも、あの位階の魔神なら、通常の物理攻撃はまず効かないよ。
 弱点も少ないし。
 元は神だった堕ちた悪魔には、神聖な攻撃もあんまり効かないんだ」
 
 コッカルトが額に手をやり、舌打ちする。
 
「痛ぇ、痛ぇじゃねぇかよぉぉぉっ!!!」
 
 後ろから頭を振りつつ、目を血走らせたレストールがやってくる。
 所々から出血しているが、傷は浅いようだ。
 
「「ほほ、好い好い。
 
 お主、なかなかにしぶといではないか」」
 
 馬鹿にしたような魔神の様子に、レストールは廃教会の床をダンと踏みしめ、歯軋りした。
 
「この糞女、ぶっ殺してやるっ!
 
 シグルトっ、お前はあの坊主もどきの高飛車女をぶっ殺せ。
 俺たちはこの鳥の出来損ないを、さばいて夜食代わりに串焼きにしてやるっ!
 
 騎士団の野郎ども、あの鳥女をやるぞっ!!!」
 
 レストールに頷き、騎士たちが魔神を取り囲む。
 
「「おもしろい。
 
 ここは狭い故、場所を移そうではないか。
 
 そこな召喚主。
 その後ろの数人ばかりは譲ってやる。
 
 お前も楽しむがよいぞっ!!!」」
 
 一行が唖然とする中、魔神はレストールたちとともに忽然と姿を消した。
 
 残ったのはシグルトたち5人と、僧服の女のみ。
 
「…あの手の魔神は、遊びが好きで英雄によく負けるんだ。
 実力を侮ってね。
 
 僕たちにとってはチャンス到来だから、直せとはいえないね」
 
 ロマンが呟くと、僧服の女は呆然と一言二言呟くと、頭を抱えてよろめいた。
 
「形勢逆転ね。
 
 ま、卑怯とは言わないわよね?
 あんたもあんなのに手を借りたんだからさ」
 
 レベッカが短剣を構えて唇の端を吊り上げる。
 
「魔神は召喚主が倒れると、この世界には留まれまい」
 
 杖を構え、スピッキオがレベッカの言葉に頷く。
 
「ふ、ふん。
 
 お前たち雑魚など、何人だろうと…蹴散らしてやるっ。
 
 …調子に、のるなぁぁぁぁあああっ!!!!!」
 
 叫んだ女は頭痛を振り払うようにヒステリックに叫ぶと、後ろに下がり、両手を前にかざす。
 
「《熱の暴威、漲(みなぎ)り満ちる爆火の力よ…》
 
 《熾(お)きの珠玉、焔(ほむら)の卵よ、焚焼(ふんしょう)の叫びを上げ、炸裂の羽化を遂げよっ!》」
 
 女の手から、空気を焦がすキナ臭い匂いが漂う。
 
「う、嘘っ、【炎の玉】だっ!!!」
 
 ロマンは女の使う恐るべき魔術に硬直する。
 
 シグルトは、即座にその破壊力を理解し、ロマンを抱いて飛びずさった。
 レベッカも、青い顔で地に伏せようとする。
 
「《…灼き焦がせっ!!!》」
 
 ドォォオオンッ!!!
 
 女の放った巨大なオレンジ色の球体がシグルトたちの中央に落ちると、爆発して大量の炎をばら撒いた。
 
「ぬぉおおっ!」
 
 大柄なスピッキオの身体が衝撃で独楽のように回転し、吹き飛んだ。
 あまりの威力に、廃教会の窓がびりびりと震える。
 
「…う、ううぅっ…」
 
 とっさに後ろに飛んだラムーナも、間に合わずに肌を焦がしている。
 レベッカは、履いた靴から煙を上げ、吹き飛んだ先の椅子に倒れ掛かかり、その額から鮮血が滴っていた。
 
 ロマンの警告のおかげで皆致命傷ではないが、誰もが満身創痍だった。
 
「…ふ、ふふふ、どう?
 
 私の力を思い知ったでしょう?
 
 く、くふふ、さあっ、止めよ雑魚めっ!!!」
 
 女が指をシグルトに向ける。
 
 ロマンをかばったシグルトは、外套を犠牲にして炎の直撃を避けていた。
 衝撃でロマンは意識を失っている。
 
 立っているのはシグルトだけだった。
 
 唇を噛み締め、服を燃やしながら、シグルトは熱を持って熱くなった剣を女に向ける。
 ロマンを床にそっと下ろし、シグルトは熱い意志を氷のように凍てつかせ、ただ女を倒す一撃必殺を模索する。
 
「あのとき折れた歯がうずくわぁ…
 お前は内臓を吹き飛ばしてやる。

 くっくっ、はーはっはっ!
 
 《…うがてぇっっっ!!!!!》」
 
 哄笑し血走った目で女は【魔法の矢】を放った。
 
 しかし、シグルトを襲う痛みはやってこなかった。
 
「…ラムーナ!」
 
 シグルトを庇うように身を乗り出したラムーナの脇腹が赤く染まっていた。
 
「シグルト…ぶ、じ?
 よか、た…」
 
 ぱたりとラムーナが倒れた。
 砕けた剣の鞘が、ばらばらと周囲に散っていく。
 とっさに剣の鞘を盾に、シグルトを庇ったのだ。
 反射神経の優れたラムーナだからこそ、できた芸当と言えよう。
 
 しかし完全には防げなかったのだ。
 その分は身を盾にし、ラムーナはシグルトを護りきった。
  
 倒れた彼女から血潮がこぼれ、赤い染みが広がっていく。
 
 その瞬間、シグルトの顔は憤怒に歪んだ。。
 
「…ぬぅぉぉぉぁぁぁあああああああ!!!!!!」
 
 部屋が震えるような戦いの叫びを上げ、シグルトは地を蹴った。
 
 その構えは、先輩のレストールさえ破った、必殺の突き。
 
 シグルトは迷わず走った。
 僧服の女が必死にとどまるよう何か喚いていたが、構わなかった。
 
 その心には、ただ目の前の理不尽に対する激情のみ。
 
 熱で歪んだ剣が、嫌な軋みをあげている。
 シグルトはそれでも渾身の力を込めて剣を突き出した。
 
 敵の使う魔法の光を、怖いとは思わない。
 
 肉を裂き、骨を穿つ感触を手に覚えながら、シグルトは閃光を貫いていた。
 

 底抜けに暗い闇があった。
  
「シグルト…」
 
 そこには男が立っていた。
 
 シグルトが忘れることができない、竹馬の友。
 死んでしまった幼馴染。 
 
「…わ、ワィ…ス」
 
 倒れたまま、血溜まりに横たわり、シグルトは手を伸ばす。
 彼には珍しい、泣きそうな顔で。
 
 男は曲のあるブロンドを鬱陶しそうに撫でつけると、シグルトの側に屈み込む。
 
「…まだだ。
 
 お前が来るにはまだ早いよ、シグルト。
 
 生きて尽くせよ、お前の意志を。
 俺たちが、理不尽に飲まれて消え去っても…お前が戦い、抗ってくれ。
 
 お前が死の淵から這い上がり、俺たちの墓前に誓った約束だ」
 
 ふっと笑って男は立ち、シグルトを置いて立ち去った。
 
 シグルトの視野がだんだんと霞んでいく。 
 ぼやける視界の理由は、この夢からの覚醒とシグルトの瞳からこぼれた涙からだった。
 
(ワイス、俺は…また護れなかった)
 
 完全な闇の中で、シグルトは静かに慟哭した。 
 
 
 シグルトが気がついた場所は聖北教会にある施療院だった。
 
 そこでサライという女性が、例の女魔術師をシグルトが倒したことを教えてくれた。
 
 相討ちだったが、シグルトの剣がわずかに早く、死ななかったのは魔法が中途半端な効果しか出さなかったのだろう、と言っていた。
 そしてシグルトの剣は斜めに女の首を刺し貫き、頚骨を砕き気管を潰して折れてしまったそうだ。
 
 サライたちが来たときには、折れた剣先が首に突き刺さったまま痙攣する女と、折れた剣の柄を握り締めたままシグルトが倒れていたそうだ。
 
 シグルトが気付いたと知って、仲間たちが飛び込んでくる。
 
「シグルトっ!」
 
 それは無事な生きたままのラムーナだった。
 皆、仲間たちは生きていた。
 
 安堵が胸いっぱいに広がるのを感じながら、シグルトはこれからすべきことを決意していた。
 
(…そうだ。
 
 俺には生きてやるべきことが、ある。
 
 お前に謝りにいくのは、もう少し先にするよ)
 
 シグルトは、苦笑しながら仲間たちを迎えた。
 
 
 危険な魔術師の討伐をしたシグルトたちには莫大な報酬が与えられた。
 
「銀貨二千枚よ、二千枚!
 
 私も冒険者やってて、こんな大金を一回に手に入れたことはないわよ。
 
 ああっ、すごいわよ~
 私たちって最高ね!」
 
 高いテンションでレベッカが喜んでいる。
 先輩の冒険者たちがその報酬の配分を辞退したので、大金は全てシグルトたちのものになったのだ。
 
「これ、調子に乗る出ない。

 わしらは一様に死にかけたんじゃぞ? 
 もう少し反省と言うものをじゃな…」
 
 スピッキオが説教を始める。
 
「まったくだよ。
 
 今回は僕らの運がよかったけど、こんな危険な仕事はまだ僕らには垣根が高すぎるね。
 この報酬でちゃんとした装備を探さないといけない。
 
 ところで、この間フォーチュン=ベルに頭を冴えさせて呪文を唱えやすくする魔導書があるって噂を聞いたんだけど…」
 
 ロマンは金の事などどうでもいいといった感じで、自分が読みたい魔導書の話を始めた。
 
 その横でラムーナはわけが判らないけど楽しそう、とニコニコしている。
 
「騒がしいぞ、おまえら!」
 
 宿の親父が見かねて注意した。
 
「…まったく。
 
 しかし、確かにおまえらはよくやったよ。
 新人じゃ期待の星ってことにしてやるから、失敗せんようにこれからも頑張るんだぞ!」
 
 注意をしつつ、親父はどこか嬉しそうだった。
 
「お父さんは嬉しいのよ。
 
 新米の冒険者って、最初の冒険やその次ぐらいで死ぬ人たちが多いから…」
 
 最初は未熟、次は油断だと宿の娘は言った。
 
 シグルトは前に、何気なく宿の娘が言っていた言葉を思い出していた。
 
〝生きて帰ることが報酬なのよ〟
 
 シグルトは生き残った。
 かけ替えのない仲間と一緒に。
 
(俺にとっては、こっちの方がありがたいな)
 
 お金の報酬よりも、シグルトにとっての宝は仲間たちだった。
 仲間が生きていたことが、シグルトにとっての報酬だった。
 彼らはシグルトの、新しい居場所であったから。
 
「ところでおまえら、無事にパーティを組んだんだ。
 
 チーム名の一つも考えたらどうだ?
 売り出すにはこういうのを作って名を売るのも手だぞ」
 
 シグルトがぼんやり幸せをかみ締めていると、親父が新しい話題をふってきた。
 
「おまえらのリーダーは…
 
 シグルトで決定だな」
 
 親父は少し考えてすぐにシグルトを指差した。
 
「おいおい、なんでいきなり俺なんだ?」
 
 シグルトは自分を話題にされて苦笑する。
 
 自分がリーダー?
 そんなことは…
 
 一同を見回す。
 
「うん、妥当だね。
 
 頭脳労働は僕が担当するから安心していいよ」
 
 ロマンは頷いている。
 
「ふむ、シグルトならば間違いは犯すまい。
 
 いざというときの決断力も意志の強さも申し分ないからの。
 精進するがよいぞ」
 
 スピッキオも相槌を打った。
 
「どう考えてもシグルトよね。
 
 正直、シグルトじゃないなら文句を言ってたわ。
 彼なら公正だし、誰かをないがしろにしたり、自分の考えだけで行動を決めたりしないでしょ。
 
 実力もあるんだし」
 
 数枚の銀貨を弄びながら、レベッカも承認する。
 
「そうかぁ。
 
 シグルトが隊長さんなのね?
 頑張ろうねぇ~」
 
 陽気にラムーナが、シグルトの前でお祝いのダンスらしきものをくるくる踊っている。
 
「俺が…」
 
 シグルトは呆然としていた。
 正直、こうすべきと思ったら、それをシグルトが選び決断していたようにも思う。
 だが本当に自分でいいのだろうか。
 
「今は迷ってろ。
 
 だが、みんなおまえを認めてるんだ、シグルト。
 止めたいときに止めればいい。
 でも、おまえができるならやってみろ」
 
 親父は皿を拭きながらシグルトの決意を迫った。
 
「わかった…
 
 差し詰め、次はチーム名か」
 
 親父の一押しで、すんなり受け入れることができた。
 
「そうそうチーム名だよ。
 
 僕がセンスのある名前を考えてあげるから」
 
 ロマンが謎めいた難しい言葉を羅列する。
 
「待ちなさい。
 
 ここは分かりにくくならないよう、私が…」
 
 レベッカが流行の歌劇団のような名前を挙げて、ロマンに非難される。
 
「こらこら、おぬしら諍いはいかん。
 
 どれ、この老骨が…」
 
 スピッキオの上げる名前はどれも堅苦しい。
 
 見事にまとまりのない様子に親父があきれた顔をする。
 喧嘩が始まるのかと、ラムーナが不安そうな顔をしていた。
 
 シグルトはふと、窓から吹き込んできた爽やかな風が頬をなでるのを感じた。
 
「…“風を纏う者”なんてどうだ?
 
 俺たちはいろんなしがらみを持って出合ったが、今ここにいる。
 どんなところにも風は吹くし一緒についてくる。
 
 この先どうなるか判らないが、皆で風といっしょに道を歩いて行く、風のような旅人でいよう…
 
 出合った頃を忘れないように。
 これからもずっと今の気持ちを忘れないように。
 
 風を…過去を背負って、新しい風…未来を手に入れよう。
 風のように歩む者、冒険者として。
 
 だから、“風を纏う者”だ」
 
 シグルトは謳うように誓いを立てるように、厳かに言葉にした。
 
 皆驚いたようにシグルトを見る。
 あのむっつりとした男がこんな詩的な言葉を口にするのか、と。
 
 そしてシグルトを見た仲間たちは、思わずその姿に見惚れていた。
 
 まるで春先の風のように、柔らかな微笑だった。
 シグルトは、見るものが心を奪われるような、優しげで美しい笑みを浮かべていたのだ。
 
(俺は確かに人を殺した。
 今回も人の命を奪った…敵だとしても変わらない命を。
 
 冒険者をしていればもっと殺すだろう。
 
 本当は、殺すことも罪を犯すことも気持ち悪いし、慣れたくはない。
 罪悪感もきっとついてくるし、過去の事は今でもつらい。
 
 救えなかったワイスとエリス、父さんのこともずっと覚えている。
 ずっと…忘れられるわけが無い。
 
 それに、失うことがこれからもあるだろう。
 理不尽は世界に満ち、死は平等に残酷だからな。
 
 …でも俺は冒険者になって、この〈第一歩〉を踏み出した。
 
 この先のことなんてわからない。
 死ぬかもしれない。
 後悔だってするだろう。
 
 でも、俺は共に歩み必要としてくれるこいつらと一緒に、歩んで行くよ。
 俺はそうやって進んで、今できることを尽くすだけだ。
 
 俺の新しい誓い。
 
 尽くすさ、ワイス。
 それが俺の戦い、抗いだ。
 
 理不尽に立ち向かう新しい生。
 それを覚悟し、歩み始める〈第一歩〉にする。
 
 新しい大切なものが、側にいてくれるから、な…)
 
 見開いたシグルトの瞳は、朝日のよう輝く強い意志と未来への覚悟がある。
 夜の闇が曙光によって払われるように、シグルトの青黒い眼差しには、確かな希望が輝いていた。
 
 冒険者の宿、『小さな希望亭』の古びた看板が微風に撫でられ、からりと鳴った。

 
 
 とっても長くなりました、『第一歩』後編です。
 
 加筆修正でかなり苦戦しました。
 最終バトルの結果が違いましたしね…
 
 シグルト、かっこよすぎ~、さらに美化しすぎ~と転げまわらないでください。
 書いててあいかわらずすごく恥ずかしかったです…
 
 シグルト、美形だし強いし根性あるし、一部の男性を敵に回しそうな奴です。
 でも、そのむかつく~というのは、シグルドが嫉妬されやすくて、それで悲しい過去を背負ったことを表現できたことだと私は思うのです。
 
 英雄型にふさわしい人物に表現できてるとよいのですが。
 
 
 最終バトルでは、1ラウンド目に【炎の玉】食らって全滅しました。
 抵抗しても15ダメージですからねぇ。
 1レベルPCが耐えられるはずもありません。
 この女魔術師、憎たらしいですが、実力はけっこうあります。
 
 ロマンがド素人云々言ってますが、このセリフはロマンのひねくれっぷりですので。
 魔神を召喚できたことはすごいです。
 
 私は魔術呪文の詠唱に、妙なこだわりを持っています。
 
 最初に魔力を持った言葉で、詩のように韻を踏み、呪文を構成していく。
 我とか私とか、一人称は呪文がくどくなるような気がするので、できるだけ省略。
 感嘆(嗚呼とかおおとか)は、呪文が術者に偏るような妙な違和感が出るので、やっぱり省略。
 強力な呪文は長く、ボルテージがあがっていくように文章を組んでいく。。
 最後は呪文名ではなく、発動命令の言霊でしめる、みたいな。
 
 呪文名、ほいほい言ってると、敵に実力を見抜かれやすくなるので嫌なのです。
 必殺技もそう。
 技名を叫ぶのは、なんだか喝采願望があるみたいで、地味なキャラクターはとても浮いて感じてしまうのです。
 
 逆に秘蹟や精霊術はより感情的(精神力が主体ですから)な詠唱かな~とか思ったり。
 僧侶なんかは祈りのイメージですし。
 
 こういう、実にどうでもよさそうなところに凝ってしまうY2つです。
 
 
 3回という長さでお送りした、リターン版ファーストリプレイはいかがだったでしょうか?

 『第一歩』、その魅力は勢いです。
 強引とも言える押しの強さで話が進みますが、その激情的な熱さに燃えるのです。
 できれば熱血のへっぽこ冒険者でプレイすると、イメージが合うかも。
 主人公役(リーダー)は悩む奴がお勧めです。
 
 
 リターン版はかなり内容を増やして書き直しました。
 内容も別物です。
 
 元本のシナリオとは内容もすっかり違いますが、シグルトたちの性格を表現する場合、こうなるかなぁ、という感じで脳内チェンジして楽しんだ結果です。
 リプレイ、とは再演とか、録画、録音テープの再生のことですが、私の場合小説風リプレイなので、あれこれやってるうちに内容が原形とどめなくなってしまった感じです。
 絵を出さずに文章だけで書くのってなかなか難しいです。
 
 ただ、私の場合、「私のPCはこういう奴」という紹介も兼ねており、こういう行動するんだよということを表現するためにやっています。
 シナリオは書く上で様々な手間がかかります。
 セリフとかも、実際は違う口調でしゃべったり、作者さんやシステムの都合でプレイヤーに表現しきれない部分、対応できない部分があります。
 そのあたりはプレイヤーが融通を利かして脳内チェンジするのもいいかと。
 自分の思い通りにPCが動かないという人は、セリフとか行動とか脳内で変換して楽しんでみると違う楽しみ方になりますよ。
 
 まあ、私の場合はやり過ぎるのですが。
 
 繰り返すようですが、これは小説風ではありますが、あくまでも〈リプレイ〉です。
 こういう書き方もあるんだと、読んでくだされば幸いです。
 
 
 さて、今回の報酬やら…
 
・収入
 +3000SP(初期報酬500SPが手に入らないバグがありました。このバグにて入手できなかった500SPは親父に当面の宿代および食費として預けた、という処理にしています) 

・獲得アイテム
 【毒消し】×1、【傷薬】×4
 
◇現在の所持金 3200SP◇(チ~ン♪)
 
 では、次回も読んでやってくださいね~
 失礼いたします。


〈著作情報及びお詫び〉2007年05月17日現在
 『第一歩』は圭さんのシナリオで、groupAsk official fansiteのギルドに登録されています。
 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。
 私の【CW:リプレイ】及び、【CW:リプレイ、R】の〈『第一歩』 前編〉、〈『第一歩』 中編〉、『第一歩 後編』〉は、圭さんのシナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 他【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。
  
 この著作情報は、情報提示の不足を感じ、今回より適用したものです。
 こちらの表記に不足があり、御迷惑を皆さんにおかけいたしました。
 申し訳御座いません。
 
 これより、これに近い形で情報を表記していく所存です。
 以前のものに関しては、この文章を持ってそのお詫びと変えさせて頂きます。
 重ねて申し訳ございません。
 同時に、それ以前のリプレイに関連したカードワースのシナリオの作者さんの著作権を、この記事を持って示させて頂きます。
 悪しからず御了承下さい。
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CW:リプレイR | コメント:2 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

ども、龍使いです。
『第一歩』のリプレイ完結、お疲れ様でした。
僕も『第一歩』はCWSSのプロローグが終わり次第やるつもりなので参考にしていますが、やはりシグルトの格好良さが良いですね。
リターンになってから更に磨きがかかっているのか、シグルトの性格や言動が格好良くて一層好きになりますね。
これから先、リターンでオルフ達との再会なども気になりながら、こちらもプロローグ部分の完結に勤しみたいと思います。

こっちの『第一歩』は、リンクと言う事もあって宿の『煌く銀閃の刃』のチームを使うつもりでいます。
話の流れとしても、結構変える部分が多くて四苦八苦しそうですが、シュウの心情を描くにはこの話が適してて、且つ好きなシナリオでもあるのでがんばるつもりです。
前に話した事件の事や、その前後に起こった出会いや別れ……シュウが故郷を出てからの出来事を書いていくつもりですので、かなり長くなりそうな予感が……(汗

最後に、『碧風と共に歩む者』……このメンバーがどんな風に歩むかは、自分でも分かりませんが、きっと良いメンバーになると言う確信が自分の中ではあります。
最初はY2つさんの過去のリプレイに触発されて作ったのに、今では掛替えのないくらい大事なメンバーになってます。
今思うと、このサイトに出会わなかったら、このメンバーは生まれなかっただろうなぁ……としみじみ思ってますね(笑
かなり早いですが、『風を纏う者』のメンバーに出会えた事、そしてそれを作り、リプレイとして彼らを動かしてくれたY2つさんに出会えた幸運に、感謝です。
では、これからも頑張って下さいね。 そしてリンクする時は、よろしくお願いします!
それでは

追記
無理な範囲でなければ、今度メッセかチャットでお話してみたいですね。 意見交換とか出来そうですし(笑
では、後編や次のSSを書きつつ、次回のリプレイに期待してますね
2007-05-18 Fri 15:44 | URL | 龍使い #-[ 編集]
 龍使いさん、いらっしゃいませ。
 ちょっと考えていたことがありまして、お返事が遅れました。
 申し訳ございません。
 
 シグルトに関してはその過去編を現在執筆中です。
 
 Martさんのシナリオである『碧海の都アレトゥーザ』のリプレイを何れ行うつもりですが、件のシナリオが現在バージョンアップのテスト中ということで、新バージョンのリプレイを計画し、しばらくシグルトたちのリプレイを中断して、外伝書こうと考えました。
 
 もうちょっと検討してみます。
 
 オルフたちとの再会は結構先になると思います。
 
 龍使いさんの書く『第一歩』、楽しみに公開を待たせていただきますね。
 
 リプレイに関しては、そのシナリオの著作関係がなかなか難しいです。
 
 新しく書かれる方にはすべて申せることですが、私のリプレイにも他の方の設定が影響しています。
 クロスされる場合には、その辺りは留意なさっていただきたいと思います。
 私の駄文に関しては、細かいことを申せることはないのですが、登場する地名とか、人物とかには著作権とかオリジナル権限があるので、公開文章書くときは、お互い気をつけましょうね。。
 
 
〉チャットとか
 私、未だにブラインドタッチでタイピングができない不器用な奴です。
 したがって、書くときに速さを要求されるチャットとか、だめなんですよ。
 加えて思考が亀のように遅いので、考えがまとまるのに時間もかかります。
 メールによるやり取りとかは兵器なんですが。
 メッセとはなんだかも分かりません…
 浅学で申し訳ないです。
 
 メールは歓迎しますので、必要でしたら
 y2tu#eos.ocn.ne.jp(#を@に)
 まで、気軽にメールしてくださいね。
 
 では、失礼いたしました。
2007-05-22 Tue 01:51 | URL | Y2つ #TIXpuh1.[ 編集]

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