Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

序章 『鋼鐵の誓い』

 その丘は、いつやってきても柔らかな風が吹いている。
 少年は目を細め、微風の心地よさに身を任せた。
 
 少女と見紛うほどに、美しい顔立ちの少年だった。
 
 柔らかな青黒い髪は、随分と無頓着にまとめられている。
 北方人の白い肌でも、この少年ほど肌理の細やかなものはまずないだろう。
 整った鼻梁に、少し切れ長の青黒い瞳。
 深い淵を連想させるその瞳は、蒼天を映し、夜の海のような神秘的な輝きを放っていた。
 
 少年は周りを見回し、誰もいないことを確認すると、少し落胆したように肩を落とした。
 そして、傍らに置いてあった長い棒をすっと、構える。
 
 それは槍を振るう戦士の構え。
 
 シュッ!
 
 少年が踏み込みから、風を切るような鋭い突きを放つ。
 
 ヒュバッ、シュババッ!
 
 石突をイメージしての突き落とし、薙ぐような払い。
 
 年の頃はまだ10歳にも満たないだろう。
 しかし、少年の動作は鋭く、優雅だった。
 
 少年の国は武勇を重んじていた。
 いざというときは平民も戦士になる。
 男であれば強いことは美徳とされた。
 戦争が多く、加えて厳しい北方にある国だ。
 皆生き抜くために、強くあろうとしている。
 
 だが、平民の帯剣は禁じられていた。
 十字架を模した剣は騎士と王の武器であり、責務の象徴として神聖視された特別なものだった。
 だから、平民は弓や槍、鎚矛(メイス)や斧といった武器を用いる。
 
 子供であれば、武具の所持すら許されない。
 
 だから子供たちは、戦士になることを夢見、玩具の弓や槍を模した棒切れをてに、戦争の真似事をして遊ぶ。
 本物の武器を握ることが許されるのは、12歳になってからだ。
 どんな子供でも、その武勇は遊びを超えないのである。
 
 しかし、少年の技量は、すでに子供のものではなかった。
 そして眼差しも、嵐さえ貫くような気迫を放っている。
 
 俊敏な動きは、剃刀のように一撃一撃を形作っている。
 呼吸はすでに熱いものに変わっていた。
 少年の体格では、これだけの動きは重労働である。
 槍を模した棒は、下手な大人用の剣より重い。
 
 それでも音を上げずに、少年は得物を振るった。
 
 少年の技に、他の子供はついてこれない。
 もっと大きい子供や、大人さえ追い詰める実力である。
 
 かつて少年は孤独だった。
 だから、1人でひたすら技を磨いていた。
 友人が出来た今でも、この鍛錬は常に1人で行っている。
 
 少年は強くなりたかった。
 そして守りたいものがあった。
 
 母と妹。
 そして彼女たちの名誉。
 
 それは幼い少年にとって、最も大切なプライドだった。
 
 初めて少年がそれを願ったとき、短すぎた少年の腕は、母を侮辱した男に触れることもできなかった。
 そのときから、少年は禁欲的に己を磨いてきた。
 
 その孤独を寂しいとは思っていない。
 己に許された時は、少年にとっていつでも掛け買いの無い一瞬一瞬であった。
 
 だから、今日も少年は槍を模して棒切れを振るった。
 
「ほほ、精が出るの坊や」
 
 気配も無く突然聞こえた声に、少年は驚いた様子も無く振り向いた。
 
「遅いよ、婆ちゃん。
 
 約束の時間からもう半刻(一時間)だ」
 
 そこに立っていたのは白髪の老婆だった。
 腰が曲がり、纏った襤褸からのぞく腕は枯れ木のように細く、皺も多い。
 
 老婆は首をかしげ、遅れたつもりは無いぞぃ、と低い声で言う。
 少年はぶすっとした顔で天を指差す。
 
「…太陽の傾き、影の幅。
 
 この時間は、時が過ぎるのが早いし、いつだかすぐ分かるよ」
 
 少年に示唆され、老婆は困ったように笑った。
 
「お前は利発だねぇ、シグルト。
 
 儂の知るお前さんぐらいの子供は、手に持った玩具の数や、蹴飛ばした石ころの距離を気にするものさね。
 まあ、勤勉なのは良いことだよ」
 
 シグルトと呼んだこの少年に、時の見方を教えたのも老婆だった。
 
「役に立つから覚えてるだけだよ。
 
 知っていれば、食事の時間に遅れて叱られるへまもしないしね」
 
 子供とは思えない大人びた態度で、少年…シグルトは肩をすくめた。
 
「なんとまぁ。
 
 これでまだ8つだってんだから、本当にびっくりさね。
 お前さんはきっと大物になるよ…」
 
 老婆は感心したように、シグルトの頭を撫でる。
 
「僕は大物なんてなれなくてもいい。
 
 この手で母さんと妹を守れるように、強くなれればそれでいいよ」
 
 素朴な願いをシグルトは胸を張って言う。 
 シグルトは昔からちょっと変わった子供だと言われていた。
 
 彼の故郷は迷信深い国柄である。
 
 子供は物心がつくと、その前に大人たちが様々な道具を並べ、選んだものを育てる方針にする。
 教会の聖印を選べば僧侶、武器の玩具を選べば戦士、農具を選べば農夫になるように育てることが多い。
 もっとも、はいはいを覚えたばかりのような子供は大抵一番近くにあるものを選ぶので、親はなってほしい職業に関するものを側に置く。
 
 だが、シグルトは目の前の雑多なものに見向きもせず、家の倉庫にあって一番端に寄せられていた、鍛冶屋の使うような金床まで近寄っていき、その上に乗って窓の外に一生懸命腕を伸ばした。
 まるで青い空や風を掴もうとするように。
 
 それを見た大人たちは、シグルトはとんでもない人物になると噂しあった。
 
 母に似て目の醒めるような美しい容貌に、王国では伝説的なある人物と同じ色の髪と瞳。
 北方で最も愛される、不死身の竜殺しと同じ名前。
 加えて、公然の秘密となっている特別な血筋。
 
 しかし、少し大きくなったシグルトは、特別であることを求めなかった。
 目の前にあるささやかな幸せと家族を大切にする、勇敢で優しい子供になったのである。
 そして、とても高潔な心を持っていた。
 
 老婆はシグルトとの出会いを思い出す。
 
 老婆の仕事は、まじない師だった。
 聖北教会の教えが普及したこの国では、公然と名乗れる仕事ではない。
 
 そのときも老婆は、人々から石くれを投げられていた。
 蹴り倒され、腰を痛めた老婆を庇って、美しい少年は大人たちを睨んだ。
 
 大人たちがシグルトを諭そうと、老婆の邪悪さや醜さを示すと、シグルトは暴力に酔った大人たちの顔の、野卑な皺を示して言った。
 
〝無抵抗な老人に石を投げて歪む顔の方が、もっと醜い〟と。
 
 幼い子供に醜態を示唆された大人たちは、ばつが悪そうに、そそくさと去っていった。
 老婆は、シグルトに礼を言い、興味を覚えて話すうちに、その聡明さと意志の強さに驚いたものだ。
 
 だから、老婆は自分が持ちうる様々な知識を、シグルトが求めるままに教えた。
 
 古の神の伝承や、妖精や精霊や魔法の話。
 砂が水を吸い込むように、シグルトはそれを学んだ。
 
 そして老婆は、少年の特別な資質に気がついた。
 
 〈アルヴの加護〉。
 妖精や精霊に愛され、そういった人ならぬ存在を感じ取る能力である。
 加えてその力を支える何より必要な心、順応性。
 
 老婆にはもう一つの顔があった。
 精霊術師、という太古の神々や自然の精と感応し、特別な力を行使する術師である。
 
 老婆はまじない師として彷徨いながら、自分と同じ精霊術師としての才能を持つ者を探していた。
 
 全ては、偉大な精霊術師であり、老婆の師でもある女性の意思を守り、ある目的を遂げるためだ。
 
 精霊と人の共存。
 そして、異教同士の和解である。
 
 老婆の師は、ある聖女が唱えた理想に共鳴し、そのために世界中の精霊術師たちや、零落した神々に呼びかけてその目的を遂げようと努力していた。
 
 すでに隣国の大精霊術師の幾人かが、老婆の師に呼応するように活動を行っている。
 
 精霊術師を志すものを見出し、育成し、思想とともに世に放つ。
 彼ら、彼女らが新しい精霊術師の地位を作り、そして老婆の師が志したものは、不完全ながら実を結びつつある。
 
 南のリューンのような大都市では、聖北教会と精霊宮が同時に同じ都市に存在でき、精霊と交感を望む者たちが現れつつある。
 依然として争いも起こるが、それでも互いに理解しようとするものたちが現れている。
 
 しかし、聖北教会や聖典教会の過激な保守派たちは、依然として精霊術師を魔女や悪魔の使いと罵り、精霊たちは悪魔だと言う。
 古の神々やその神官たちの中には、神や精霊の地位の復権を願って独自に活動し、その中の過激な者たちの中には、自分たちを放逐した教会を憎んで滅ぼそうとする者たちもいる。
 あるいは、世俗を捨て、山野にこもって隠棲する精霊術師や古き神霊も多い。
 
 だからこそ、老婆は同志として相応しい資質を持つ者を探し、そこに和平の種を蒔くのだ。
 その者がいずれ、その教えから学んで精霊を知り、共に歩んでくれるように。
 
 老いた老婆は、身体も知識も衰えつつある。
 だから、老婆は最後の仕事と、シグルトに様々な世界の真実を語るのだった。
 
 そして、シグルトはそれを素直に聞いてくれる子供だった。
 
 
「さて、今日は何から話そうかね?
 
 この間は、モリガン、マッハ、バーヴの三面の女神の話をしたんだったね。
 ふむ、では神々の母ダナの話でもしようか」
 
 老婆が近くの石に腰掛けると、シグルトは頷いてそこにかがむ。
 
「偉大な大地の母ダナ。
 ケルトの神々が沢山の顔を持つように、彼の女神も沢山の姿と性格をもっておる。
 
 それ故、ダヌ、アヌ、アナなどとも呼ばれ、細かい性質は語られない。
 偉大なる母は多くを持つ故に、一つでは無いのさね。
 そして、その性格がダナの生んだ子供たちの性格として残っているのだよ。
 
 儂の言うダナは、鋼鐵(こうてつ)の守護者と言われるその神格の一部さね。
 
 ダナが鋼鐵を司る姿で現れるときは、鐵(くろがね)の化身の蟲どもを眷族とする褐色の肌に女の姿で現れる。
 翡翠か緑玉(エメラルド)のように美しい緑の瞳で、緑色を帯びた銀髪、豊満な姿の美しい女じゃ。
 肌は大地、銀髪は加工した鋼、そして緑の瞳は自然と宝…富と力と神秘を現しておる。
 
 なぜダナが鋼鐵を司るのか。
 それは、ダナが鉄器の時代の守護者であり、その時代の神々の母だったからじゃよ。
 
 鉄は新しい時代の象徴じゃ。
 そして、精霊や妖精は鉄を嫌う。
 魔力を食らうからの。
 
 古きものを終わらせる、しかし、神の古(いにしえ)をその身に持つ女神。
 故に鐵と特別な言葉を使う。
 そして、鐵よりも鋭く磨かれた鋼を加えて、鋼鐵の女神、あるいは玉鋼の女神と言うのじゃ。
 
 ずっと昔、彼の女神は、人の守護者であり象徴であった。
 戦争や武具は、教会の連中は堕天使が人に教えた悪徳だと言う。
 しかし、それを使って鋼鐵の堅牢さで人を守ることもできる。
 鋼鐵とは新しい時代の象徴であり、力無き人間が象徴する新しき力なのじゃ。
 
 故に、ダナは神より後に生まれた人間たちを愛して、この神格をもって守護なさった。
 そして、人が道具で困らぬように鍛冶の守護者にもなり、魔物に苦しめられず、妖精の悪戯に泣かないように鉄に魔力を与えて鐵となされたのじゃ。
 最後に人が己の道を切り開けるように、刃金、すなわち守り切り開く刃を与えてくださったのじゃ。
 
 神々の衰退とともに、多くの神々は去り、あるいは零落していった。
 だが人々が鉄を用いているかぎり、ダナはその眷属の蟲に守られてそこにおる。
 人が、打ち直すことのできる、守ること切り開くことのできる魔力を秘めた、鋼と鐵という恩恵に気付くまで、眠ったまま、の…
 
 我ら人は等しく、母なる大地の眷属、ダナの子供たち(トゥアハ・デ・ダナーン)の恩恵を受けたその継嗣。
 そして天の下、風と森が奏でる調べを聞きながら生きるのじゃ…」
 
 シグルトは神妙な顔で老婆の話を聞いていた。
 老婆は満足そうに頷き、シグルトを慈愛の瞳で見つめた。
 
「ここまでで、何か質問はあるかの?」
 
 少し考え、シグルトは何かに気付いたように頷いた。
 
「前に婆ちゃんは、オーディンとその眷属、そしてゼウスとオリュンポスの神々の話をしてくれた。
 
 教会の坊さんが言うには、神様は1人で、女は人を堕落させた悪い存在だという。
 ダナは女神、女の神様なんだよね?
 
 何故婆ちゃんの話は、世界の神々の話は違うんだ?
 
 どれかが間違っているのかな?」
 
 老婆は一つため息をつくと、大きく頷いた。
 そして老婆が語りだそうとする、そのとき…
 
「全ては誤りであり、全ては真実。
 
 神は等しく一つで、そして別の存在なのよ」
 
 突然の第三者の声。
 鈴を奏でるような澄んだ声に、シグルトも老婆も驚きを隠せない。
 
 現れたのは女だった。
 
 白を貴重とした質素だが上品な服を纏い、背には純白の弓。
 対照的に風になびいているのは、艶やかな青黒い髪。
 優しい光を湛えて輝く切れ長の深い、青黒い瞳。
 白雪を思わせる肌、そして黒髪からのぞく、白く小さく尖った耳がとても印象的な美しい女性である。
 
「お、お師匠様っ!」
 
 驚いて石から転げ落ちそうになる老婆を素早く移動して支え、女は優しげな微笑を浮かべた。
 
「こんなお婆ちゃんになっても、相変わらず貴女はあわてん坊さんね、ジョカ」
 
 くすくすと笑われて、老婆はしゅんとなる。
 
 1人じっと女性を見上げていたシグルトは、その女性が驚くほど母や自分に似ているので、首をかしげた。
 髪と瞳はシグルトとまったく同じように、珍しい艶の青黒い色だ。
 
「こんにちは、シグルト。
 貴方のことは、貴方よりも知っているのよ。
 
 私はオルト。
 そういつも名乗っているわ。
 全部名乗ると、ちょっと長いからなの」
 
 老婆を石に腰掛けさせると、女性…オルトはシグルトの側に歩みより、屈んで目線を合わせた。
 
 シグルトが、困ったような顔をする。
 オルトが、それはなぜかと尋ねた。
 
「…僕の母さんもオルトって呼ばれるんだ。
 
 その、名前が長いから」
 
 女性は楽しそうに笑って頷いた。
 
「そうでしょうね。
 
 もう無くなってしまった家だけれど、ワルトの女は代々〈オルト〉を名に冠していたのよ。
 その1人である貴方のお母さん、オルトリンデもね。
 
 そしてこの国の王家の女は〈アルフ〉を冠する…意味は森の妖精エルフのことよ。
 
 だから、貴方の妹のシグルーンはそうじゃない初めての女の子かもね」
 
 オルトとシグルトが側にいると、まるで親子のようだ。
 顔立ちまでよく似ている。
 
 持った神秘的な雰囲気まで、そっくりな女性だった。
 
「その、僕や母さんの親戚?」
 
 シグルトが聞くと、オルトは大きく頷いた。
 
「ええ。
 
 ついでに言うなら、元祖のオルトよ。
 とっても偉いの」
 
 首をかしげ、冗談めかして言う。
 だが、それが真実であることは、その女性の正体を知れば、国中の者が頷いたであろう。
 
「…似ているでしょう?
 
 貴方の髪も瞳も、皆私のお父さんと同じ色なのよ。
 貴方も本当によく似ているわ…私のお父さんや、可愛い坊やに」
 
 目を閉じてそっと女は呟いた。
 それはシグルトもよく知っている英雄の名だった。
 
「僕はシグルトだよ?」
 
 シグルトがそう言うと、オルトは潤んだ目元を拭きながら、そうね、と微笑んだ。
 

「お師匠様、なぜこの国に?
 
 今やこの国は、お師匠様のようなハーフエルフは町の中を歩けないぐらい、聖北の過激な連中が闊歩しております。
 その、お師匠様に縁の深い国では、ありますが」
 
 老婆が困ったようにオルトに尋ねると、首肯した彼女は立ち上がった。
 
「エルフやハーフエルフの多くは、隣国のスウェインやイルファタルに移動しているわ。
 かつては白エルフの森に面していた妖精郷も、見る影も無いわね。
 
 つい先日まで、“風の御后”に逢いに行っていたの。
 彼のお方も、同じようなことを嘆いていたわ。
 聖北は異形の者に狭量で、残虐だって。
 
 あの方は、変わらず私たちの考えには、否定的でも肯定的でもない態度を崩さないんだけれど。
 それでも、聖北等の一神教以外については、ある程度は理解を示してもらえそうな気がするわ。
 基本的には社交を愛する方、だもの。
 
 もっとも、狡猾で老獪な古の風の女王様。
 正直、同志になれるかは分からないわね。
 
 ふふ、今そこで風を読んで、私たちを見ているかもしれないわ。
 すべからく、風の噂はあの方の支配領域ですもの。 
 
 久しぶりにハーレーンにも逢ってきたわ。
 
 あいも変わらず、隠棲する様子だけど、彼の側にいると疲れるわ。
 笑いをこらえるので、精一杯になってしまうから。
 彼の気持ちを考えれば不謹慎だけど、突飛だわ、あの姿は。
 あの人を説得するのは、たぶん無理ね。
 一番彼女の側にいた人だから、逆に人間たちの裏切りは許せないんだわ。
 
 今オルデンヌがいたら、と考えてしまうのは、私も未練かしら。
 
 …でも、有力な理解者は得られた。
 彼の大魔女“夜の風”がリューンで生存していたことは、最大の収穫だったわ。
 弟子の一人がきな臭い活動をしているようだけど、まあ大丈夫でしょう。
 “風唄い”の魔女たちには、是非味方になってほしいわね。
 
 西方と北方の理解者と勢力拡大は、安定してきたわ。
 あとは南方大陸か、東方の国々よ。
  
 今度は長い旅になるから、里帰りをと思ってね。
 はるか東の地を目指そうと思っているの。
 だから、ジョカにもやってほしいことができたのよ。
 
 大変だけれど、構わない?」
 
 シグルトの知らないことを矢継ぎ早に口にするオルト。
 困ったように、老婆は項垂れた。
 
「私はまだシグルトに多くを伝えておりません。
 
 たった1年。
 それでは…」
 
 老婆の言葉に、オルトは神妙に頷いた。
 
「…そうね。
 
 1年前、貴女がシグルトを見出し、話を聞いたときは驚いたわ。
 そして、彼を遠見の水晶で見たとき、その心霊(スピリチュアル)の輝きに目を見張った。
 この子はこんなにも優れた資質を持っている。
 気難しい鐵たちにさえ愛される、不屈の魂。
 
 だからこそ、今日、私は会うためにやってきたのよ。
 
 この子が私の刃金を継承してくれるように、伝えるためにね」
 
 老婆は大きく目を見開く。
 
「そ、それは…ダナの担い手をシグルトに?」
 
 オルトは頷く。
 
「本来、ダナは戦士の守護者。
 孤高を心に抱く、清廉な武人こそ寵愛するわ。
 
 鋼鐵を鎧い、刃金を振るう勇者にこそ、ダナは宿るのよ。
 私はいわゆる仮宿に過ぎないわ。
 
 でも、一世紀前に行方をくらました担い手の戦士、その行方が分からない。
 眠ったダナを見つけられるかは、シグルト次第。
 鋼鐵と刃金を資質として受け継ぎ、鐵の王族と白エルフの血を持つ、待ち望んだ男の子。
 シグヴァイスと同じ術者の資質、シグヴォルフと同じ武勇の資質を備えた、待ち望んだ後継者。
 
 でも鋼鐵の孤高は侵されざるもの。 
 私はただ、ここで種を彼に預けて、そしてこの子を誘うだけ。
 
 その先を決めるのも選ぶのも、すべてこの子よ」
 
 シグルトは困ったように眉根を寄せた。
 先ほどから、自分のことを勝手に相談されているようで、面白くない。
 
「…ごめんなさいね、シグルト。
 
 私たち、つまりこのお婆さんも一緒に、これから遠くに行かなければならないの。
 二度と会えないかもしれないわ。
 突然のことだけれど、大切な用事ができたの。
 
 シグルト。
 本当はね、貴方には彼女に任せずに、私自身が精霊の、神のなんたるかを教えたかった。
 
 貴方は古今稀な、鋼鐵の魂を持つもの。
 孤高にして道を切り開く先駆者、護り手にして勇者の持つべき不屈の魂をその身に宿す、精霊の愛し子。
 
 貴方は、志せば一国の王にもなれる資質を秘めているわ。
 
 けれど、同時にそういった資質は試練の相。
 
 〈英雄〉とは栄光と悲劇を同時に招く波乱万丈の道。
 望む望まぬに関わらず、それに対峙し、試練を乗り越えられなければ破滅する危うい宿命を持つ者のこと。
 
 人を惹きつけ、人に憎まれ、常人がなしえない偉業を遂げる機会を困難と共に与えられる。
 
 貴方はその稀有な資質ゆえに、ダナが求める宿り主。
 
 鋼鐵が象徴するのは、新しい時代、変革、堅牢、加護、破壊、そして再生。
 その化生たる刃金は切り開く力と、死。
 
 ダナは大地の化身であり、守り与える母。
 そして全てを奪う死の女神。
 
 相反する力が混在する、最も純粋にして複雑な太古の大女神。
 
 私たち精霊術師が、“一なる母”と呼ぶ特別な神霊なの。
 
 錆び果てて死を迎えても、打ち直されて蘇る不死の象徴なのよ。
 
 そして鋼鐵を鍛えるのは常に人。
 努力し尽くすことで強くなる、人の守護者。
 
 殺し奪う武器の冷酷。
 耕し開墾する創造主。
 錆び枯らす腐敗の招き手。
 地より生まれる道具、器械の根源。
 血潮に宿る命の赤。
 そして、破壊と再生の先にある未来。
 
 それらは子として生まれた神々であり、母であるダナの一つ。
 ダナは沢山の側面を持った数多の化身があり、けれどそれは全てであるダナにつながるダナの一部。
 
 全能なる聖北の唯一神は、唯一つであるゆえに、現れる天使や悪魔も、唯一神の一面に過ぎない。
 唯一神は子供のように無邪気に奪い、呪い、そして愛し、与える。
 否定するのはその一面であり、受け入れるのもまたその一面なの。
 
 同じであるということは、違うという矛盾した裏側を必ず持っているわ。
 
 だから神々は信じることを求めるの。
 正しく歪な存在が、矛盾せず存在できるように。
 矛盾すら認めることが信じること。
 そして、理想と夢想という神を実現させるために、私は信じているの。
 
 精霊とは事象の一面が性格を得て現れた、自然の霊たちなのよ。
 夢想から生まれた恐怖や信仰、そして畏怖と憧憬が作り出し、真実になっただけ。
 
 一面を信じ、一面を否定すれば、結局は絶対など成り立たない。
 影は光がなければ現れないように、光は闇の中でこそ輝くように。
 
 どんなに否定しようと、どんなに妄信しようと、貴方はそこにいる。
 貴方が貴方なのよ、シグルト。
 
 迷いの無い心を持ちなさい。
 それは私が貴方に渡す、未来への扉。
 
 心に不屈の鋼鐵を抱きなさい。
 それは私が貴方に譲る、護り手の鎧。
 
 その手に鋭利な刃金を握りなさい。
 それは私が貴方に託す、未来を切り開くための利器。
 
 受け入れることを、東方の聖者は〈諦〉、すなわち諦めると説いたわ。
 全てをよく見据え、よく聞き、よく考えて受け入れなさい。
 疑いの先にも、答えがすでにあることを忘れないで。
 
 貴方が〈あるがまま〉という折れない鋼鐵を持って、それを信念に歩むなら、それが貴方が道を切り開く刃金になる。
 たとえ理不尽が貴方を砕いても、折れぬ心があるのなら、打ち直されて練磨され、鋼鐵は蘇るの。
 
 貴方が護られるように。
 貴方が挫けないように。
 貴方が信じる道を見つけられるように。
 
 私はいつも願っているわ。
 
 愛しい、私の青黒い継嗣。
 もし、貴方が迷ったら、私の言葉を思い出して挑み、尽くしなさい。
 
 どうか、貴方の道に幸せがありますように…」
 
 長い長い話を終えて、オルトは優雅に微笑んだ。
 
 シグルトは何かを考え、そして決意に満ちた顔で神妙に頷く。
 そして、それ以上は聞かなかった。
 まるで、オルトの言葉をそのまましっかりと受け入れるように。
 
 満足そうにオルト…伝説の神仙にして大精霊術師オルテンシア姫は、シグルトの頭を撫で、その身をそっと抱きしめた。

 
 
 久しぶりの小説更新です。
 
 また新しいカテゴリーが増えてますが、シグルトの話なので、関連事項ということで。
 
 この話は、シグルトの過去にどんなことがあったかを表現していくものです。
 
 シグルトの少年時代がオープニングになっているのは、どうしても登場させたかった人物がいたからです。
 
 ハーフエルフの女傑、オルテンシア姫。
 彼女の存在と言葉が、シグルトの不屈の姿勢は、彼女の言葉から始まることを書きたかったわけでして。
 
 『カードワースリプレイ、R』と一緒に読んでくだされば、たくさんある伏線が明らかになっていきます。
 クロスするシナリオなんかもすでにあったり。
 
 今回、オルトが言っている、とっても長いちんぷんかんな話は、全部伏線なので、何のことかは何れ書きたいと思います。
 
 
 シグルト、少年時代からすでにこんな奴でした。
 硬派で武骨って、私はこんなイメージなのですが。
 
 英雄型らしく、ちょっと誕生の話とか、特別な血筋とか書いてますが、私が表現したいシグルトは、こういう立場でないと表現できないんです。
 私はでっかい話を持ち上げ、その草葉でひっそりと語られるイイ話がとても好きなのです。
 金より銀、太陽より月が好きな奴なので。
 壮大な設定と背景は、シグルトの素朴な願いと幸せを、彼が苦悩しながら守ろうとする姿の、踏み台に過ぎないんです。
 
 ええと、ここでもはっきり宣言しておきます。
 シグルト、ナンパではありませんが、カサノヴァ級に女性に愛されます。
 おそらく、多くの男性から嫌われそうな設定ですが、シグルトのあるストーリーのためにどうしてもそうする必要があったんですね。
 シグルトが女性との恋愛遍歴が多いわけではありません。
 異性として人気があったり、惚れられやすいということだけです。
 こういう男が嫌いな方、ごめんなさい。
 
 でも、シグルト自身はまったくそうなることを望んでいない、鈍感男です。
 憤慨せずに読んでいただければ有難いのですが。
 
 
 そろそろ、こういう更新も頑張っていこうと思います。
 次はリプレイ2か、『鬼姫傳』かなぁ。
 
 長くなりますが、よろしくお願いします。
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シグルト外伝 『青黒い稲妻』 | コメント:2 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

ブログの背景変わりましたね。いや、話とは関係ないですけど。

少年の頃のシグルト…思った以上に可愛かったです。
純粋で、凛々しくて。
ただ、この手の主人公に「異性にもてる」がついた場合、エルリックの如き悲劇に見舞われる不安を感じてしまいます。"あるストーリー"がそうでない事を祈ります。
物語としては悲劇も良いですが、やっぱり幸せなのが一番ですから。
2007-06-24 Sun 16:55 | URL | 愛・舞・魅 #17ClnxRY[ 編集]
〉愛・舞・魅 さん
 お久しぶりです。
 ブログの背景は季節ごとに気分で変えます。
 この前は夜桜でした。
 気分転換というやつで。
 
 少年時代のシグルト、現在の大人っぽい雰囲気とはまた違って見えますでしょうか?
 そうならよいのですが。
 
 シグルトは幼少から努力家で、本質は変わっていません。
 クールに見える情熱家です。
 誇りを重んじ、かつ高慢ではないのがシグルトです。
 謙虚でないのは、卑屈にならず、誇るべきものに胸を張り、磨いた力や大切なものを自慢だといえるからですね。
 
 彼は栄光と不幸の可能性を両方背負った、「英雄性」を持っています。
 波乱万丈で、苦労するタイプですが、その行いは注目されて語り継がれる…そんな感じです。
 
 さすがにエルリックのように、愛する女性を片端から魔剣に食われるようなことはないでしょうが、彼は不幸や痛苦を乗り越え、茨の道を歩むタイプです。
 
 まあ、ドラマには谷間もつき物ですからね。
 
 私もハッピーエンドは好きです。
 でも、それだけでは自己満足になってしまいますからね。
 読んでいただく以上は、ドラマにしたいと思います。
 
 悲劇も、喜劇も、感動もある、たくさんの経験から、シグルトという人物…英雄が生まれていく、そんな話にしたいと思っています。
2007-06-25 Mon 22:36 | URL | Y2つ #TIXpuh1.[ 編集]

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