Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

『碧海の都アレトゥーザ』 新たなる地へ

 フォーチュン=ベルから帰還した“風を纏う者”は、拠点である冒険者の宿『小さき希望亭』に戻って一日しっかり休息し、その日は各々が自由な時間を過ごしていた。
 
 レベッカは、盗賊ギルドに報告があると言って朝早くから姿をくらましてしまった。
 ロマンは、リューンの大学に顔を出し、ついでに図書館に行くと言っていた。
 ラムーナとスピッキオは、クレメント司祭に会うために教会に向かっている。
 
 シグルトは、最近同期の冒険者として、同じ『小さき希望亭』で活動を始めた“煌く炎たち”のリーダー、マルスと剣の稽古をしていた。
 
 マルスは、浅黒い肌の元傭兵という戦士で、長身のシグルトより顔半分も背が高い巨漢である。
 同期の冒険者ということで、先輩の冒険者から仕込まれたシグルトとマルスは、剣術を互いに練磨する仲だ。
 
 ただ、戦術の巧みさではシグルトが優れていた。
 結果としてマルスは、シグルトから5本中1本か2本しか勝ちを取れない。
 
 2人の稽古は実戦さながらで、武器は木の棒を剣に見立てて使うが、殴り合いや投げも含めた激しいものだった。
 
 冷静沈着で実直なマルスは、己のタフネスを十分に生かし、持久戦で戦う。
 彼が若手の戦士の中でも腕利きであることは、宿では知られていた。
 負けを恥じず、地道に己を磨こうとするマルスも、後を期待される新鋭だった。
 
 “煌く炎たち”は、リーダーで戦士のマルス、火の精霊術師で剣も使いこなすゼナ、聖北教会の元修道女で貴族出身のレシール、老獪な魔術師カロックに、玄人肌の盗賊ジェフの5人組である。
 攻撃力が非常に高いパーティで、討伐や護衛といった荒事の依頼では、その頭角をあらわしてきていた。
 
 人数が同じということもあり、“風を纏う者”と“煌く炎たち”は、周囲の目から見るとライバル的な位置づけで比較される。
 ごく最近、宿の専属だった実力派の冒険者パーティが辞めてしまい、この2つのパーティは自然と宿の主力として活躍するようになっていた。
 
 だが“風を纏う者”は、リーダーのシグルトが人望厚く、天才肌の揃っている。
 そのためか、“煌く炎たち”はいつも2番手扱いされていた。
 
 “煌く炎たち”の中でも、女性ながら苛烈な性格のゼナや、プライドの高いレシールは、露骨に対抗意識を燃やしていた。
 加えてこの2人はシグルトに好意を寄せており、冒険者になったばかりの頃は“風を纏う者”に入りたがっていたが、レベッカに断られた経緯があり、それがちょっとした禍根になっていた。
 
 シグルトとマルスは互いに高め合う仲であり、友好な関係を築いている。
 2人は、パーティ同士の衝突をできるだけ避けたいと思っていた。
 
 “風を纏う者”が最近までフォーチュン=ベルで活動していたのも、義理堅いシグルトが“煌く炎たち”とのかち合いで宿に迷惑をかけないよう危惧したためである。
 同じ宿の冒険者ですら、仕事を奪い合い、喧嘩で刃傷沙汰になることもしばしばあるからだ。
 
 癇癪持ちのゼナは、剣術と精霊術を同時に使いこなすほどの才能に恵まれながら、少し後輩の冒険者と仕事のことでもめて腹を立て、乱闘騒ぎを起こしていた。
 その騒ぎで壊した道具の弁償に“煌く炎たち”が銀貨数千枚のツケが宿にあることは有名な話だった。
 
 最近、大きな仕事も少なくなってきており、冒険者たちは仕事探しにピリピリしている。
 
 そういったことを考えた末に、シグルトはしばらくリューンの外で仕事をするよう仲間に提案していた。
 
 鍛錬で流した汗を拭きながら、シグルトはマルスと何気ない会話で、南方のアレトゥーザに行こうと思っていることを告げた。
 
 
「アレトゥーザか…
 確か南海に面した、共和制都市国家だな。
 
 スピッキオの爺さんが属してる、聖海教会の発祥地だったか」
 
 マルスは、シグルトの打ち込みを受けてできた痣をなでながら、低い声で言う。
 
「ああ。
 
 最近アレトゥーザへの交易路が変わって、移動が容易になったから、あの都市の近辺で仕事が増えそうな雰囲気なんだ。
 
 とりあえず西の拠点は、フォーチュン=ベル。
 このあたりでは、ポートリオンが拠点に出来ないかと考えている。
 
 そして南海では、アレトゥーザだ。
  
 アレトゥーザは、スピッキオの属する教会の勢力が強いから、教会経由の仕事を請けやすいというのも理由だ。
 
 今あげた都市間を移動しながら仕事を探せば、それなりに実入りもあると思うし、何より新しいものに出会えるから、冒険者としての見聞を広めるにはもってこいだ。
 俺たち駆け出しには、色々な経験が必要になるし、な。
 
 それに、今のリューンは冒険者が多過ぎる。
 同業同士のしのぎ合いで喧嘩がよく起きるし、そのせいで最近は少し自警団の評価も悪い。
 
 仕事も不足してきたし、な。
 だから、今が好い機会だと思っているんだ」
 
 激しい稽古で緩んだ、腕に巻きつけた布を巻き直しながら、シグルトがマルスに答える。
 
 シグルトは身内をとても大切にする。
 仲間や宿、冒険者という職業そのもののために、努力を惜しまない。
 
 仕事を何度か譲ってもらったこともあるマルスは、シグルトの誠実さと先見の力を認めていたし、同じように考える1人だった。
 
「そうか。
 なら、俺たちはリューン近隣に絞って荒事中心にやっていくよ。
 
 馬鹿どもはすぐに俺たちを比べるが、お前は同じ宿の数少ない同期の冒険者だ。
 互いに切磋琢磨してやどうに貢献したほうが名が売れるはずなんだが…
 むきになってるうちのゼナたちには、困ったものだな。
 
 こっちは、お前たちに後を任されたと思って張り切ってやっておく。
 お前らと仕事がかち合わないなら、やりやすいだろう。
 
 でも、お前たちの行動に乗じて調子付くのは、甘えだろうな。
 
 冒険者になったばかりの頃、金がなくて鉱夫まがいのまかない仕事をしてたことを考えれば、まともな仲間がいて仕事ができる今は、随分ましだ。
 傭兵が畑だった俺は、今はまだお前に勝てない程度の腕っ節と、親のくれたこの身体ぐらいしか資本がないからな。
 
 うちの連中は血の気が多い奴ばかりだし、お前やレベッカみたいにまだ要領よくやれない。
 もっと腕を磨かなければならないんだが。
 といっても、うちの連中は俺の言葉を聞くような謙虚な奴がいなくて困る。
 
 腕云々の話の前に、仲のいいお前たちが羨ましいよ。
 
 だが、アレトゥーザの周りではキナ臭い噂もある。
 とくに隣のフォルトゥーナとの関係は、いつでも水と油だ。
 
 気をつけろよ、シグルト。
 お前と一緒に酒を飲めなくなるのは、つまらないからな。
 
 旅立つ前の日は、一緒に酒でも飲もう。
 美味い料理を出す店があるんだ」
 
 マルスの誘いに、シグルトは汗を拭いながら深く頷いた。
 
 
「久しぶりだな、レベッカ。
 
 元気だったか?」
 
 リューンの盗賊ギルド。
 酒場そのものの形をしているそこは、大きな組織である盗賊ギルドの支部の1つに過ぎない。
 
 レベッカに声をかけたのは、恰幅のよい男である。
 しかし、この男が自分より素早く動けることを、レベッカはよく知っていた。
 
 かつて、ギルドにおける抗争では最前線に立って得物を振るって血の河を作った、元は一流の暗殺者である。
 
「…ええ。
 
 赤いのや、生意気な坊やは元気かしら?
 しばらく見ないけど、仕事でも入ったの?」
 
 レベッカの言葉に、男は苦笑した。
 
「赤いのは相変わらず、ネタ探しに奔走してるよ。
 
 〈鼠〉は、餌を巣に持ち帰るもんだってな。
 アイツの真面目な性格には頭が下がる思いだぜ」
 
 男は、隠語を用いて話しかけてきた。
 〈鼠〉とは盗賊を意味するのだ。
 
「…あと、坊やの方は、お前が来るって聞いて、さっき逃げた。
 あんまりあいつで遊んでやるなよ…あれでも有能な奴なんだ。
 この間、お前がコインゲームでアイツをスカンピンにしやがるから、あいつ最近までここで寝泊りしてたんだ。

 すぐすねるから、困ったもんだ」
 
 そう言ったあと、男は不意に真面目な顔になってレベッカを見つめる。
 
「お前、〈古巣〉に戻る気はないか?
 
 お前みたいな凄腕が、冒険者なんぞに甘んじてたのは、いけすかねぇあの馬鹿野郎のせいだったが…
 今じゃ、皆お前が帰ってくるのを待ってるぜ。
 
 “錦蛇”の秘蔵っ子であるお前を、あんな糞溜で使おうとした間抜けはもういねぇ。
 
 お前を苦手にする奴はいるが、お前を憎んでる奴は、この業界では少ない方だ。
 むしろ、お前を好きな奴の方が多いんだぜ?
 
 お前は不義理だが、仲間の仁義は守る奴だ。
 〈猫〉をまとめてたあの頃のお前にもどりゃ…」
  
 “錦蛇”とは、レベッカの師であり育ての親だ。
 ギルドでは伝説的な盗賊として名を知られていた。
 
 〈古巣〉とはリューンの盗賊ギルドのことである。
 レベッカは、かつてギルドで〈猫〉…スリを統括する下級幹部をしていたことがあるのだ。
 
 手先が盗賊たちの中でも、抜き出て器用なレベッカは、スリとしての実力や、仲間が失敗のときのフォローが巧みだった。
 最初ギルドで技を学ぶ新人は、レベッカに預けられることも多かったので、今でも彼女を慕う若い盗賊たちは多い。
 
 だが、その男の話を、レベッカはすっと遮った。
 
「…私は今の生活に満足してるのよ。
 
 それに、酒飲んでだらだらやってたせいで、随分腕も鈍ったわ。
 今の有様じゃ、お父ちゃんの名前を貶めるだけよ。
 
 加えるなら、鼠どもの縄張り争いには、もうこりごり。
 義理だの仁義だので、巻き込まれて、裏切られて…
 
 私は、いつも張り詰めてるより、のんびりやりたいからね。
 
 ま、でも今の立場でしてやれることがあれば、検討はするわよ?
 あんたには、昔世話になったからさ」
 
 そう言って、グラスに残った葡萄酒を飲む。
 
 残念そうに男が肩を落とすと、レベッカの開いた杯に酒を注いだ。
 
「最近はライバルが増えて、お前ら〈渡り鳥〉どもは〈餌場〉が不足してんだろ?
 
 あてはあるのか?」
 
 男が葡萄酒の瓶をカウンターに置き、ぼやくように言う。
 
 〈渡り鳥〉は冒険者を意味する隠語の一つだ。
 〈旅烏〉などとも言われることがある。
 
 男は、〈餌場〉、すなわち仕事場や仕事そのものが不足していることを危惧し、聞いたわけだ。
 
 最近リューンに冒険者が増え過ぎて、確かに冒険者の仕事が少なくなってきている。
 レベッカも、リーダーのシグルトとそのことについて先日どうするか相談したばかりだった。
 
 そうねぇ、と一口酒を飲んでから、レベッカはカウンターに置いてあった瓶の栓を手に取って、指の上でくるくると器用に回し、弄ぶ。
 
「うちのリーダーと相談したんだけど、今度はアレトゥーザに行ってみるつもり。
 
 少しはコネがあるし、交易路が変わって近くなったからね。
 
 〈狸〉の〈お守り〉とか、〈餌運び〉とか、〈餌場〉はできそうよ。(商人の護衛とか、荷物運びとか、仕事は増えそうよ)
 〈鼠〉におこぼれをあげれば、恩返しに銀貨を拾ってくるかもしれないわ。(盗賊に情報を流せば、借りを作れるから儲かるはずだわ)
 
 古臭いことにこだわってちゃ、増えすぎた御同胞に、食い扶持取られるだけだからさ」
 
 レベッカの言葉に、男はなるほどと頷いた。
 
「なら、お前に良い〈釣り餌〉(情報)をやるよ。
 
 あの辺りの〈魚釣り〉(情報を扱う人間。海辺の盗賊を指している)にゃ、たまらないネタだ。
 そのかわり、あっちの珍しいものは優先的に俺や赤いのによこせよ?」
 
 レベッカは軽く頷いて、弄んでいた酒瓶の栓を指で弾いて捨てると、男の方に耳を寄せた。
 
 
 ロマンは、図書館で博物誌を一冊読んでいた。
 革表紙のそれは巨大で、ほっそりとしたロマンの体格には余る代物だ。

 テーブルに博物誌の金具で補強された背を置き、比較的新しい羊皮紙とインクのすえた臭いに顔をしかめながら、黙々と読書に勤しむ美少年は、実に浮いた存在だった。
 
 やがて、博物誌を閉じると、ロマンは脇においてあった歴史書を読み始める。
 東方の言葉で書かれているが、ロマンにとっては母国語で書かれたものと変わりなく読むことができた。
 
 ロマンは驚異的な言語能力を持っている。
 おそらくは、言葉を専門とする学者よりも優秀かもしれない。
 読解と会話のすべてが可能な言語の数は、古典の文法まで完璧に習得しているものだけで5つ以上もある。
 
 だが、それはロマンにとって何の自慢にもならない。
 読みたい本があったから、覚えただけなのだ。
 
「…はぁ」
 
 ロマンはため息を吐き、その本を閉じた。
 書き手の主観をまるで世の真理と言わんばかりの、つまらない内容だった。
 客観性の無い書物は、総じて内容の薄い物が多い。
 
 ロマンが読んでいたのは、そういった類の、表装ばかり重い代物だった。
 
 黙って図書館を出ると、ロマンは独り言を呟いた。
 
「もう大学にある、貸し出し禁止以外の、主要な書籍は読んだかな。
 
 あとは、この近くの都市で蔵書の多い場所っていえば、カルバチアの学連の書庫か、ポートリオンの図書館。
 そういえば、アレトゥーザの賢者の塔は蔵書が豊富だって噂で聞いてるけど…」
 
 宿に帰った後、シグルトたちに蔵書の多い都市に行くように頼んでみようと考えたロマンは、各都市の蔵書を調べようと、目録がないか司書に尋ねた。
 
 
「元気そうで何よりです、スピッキオ殿。
 
 ラムーナもよくきてくれましたね」
 
 不自由な義足と杖で動きながら、クレメント司祭が飲み物を出してくれる。
 
「うむ。
 
 クレメント殿は御壮健のようじゃの」
 
 細い目を、傍目からは閉じているように見えるほど細め、スピッキオが深く頷いた。
 
 本来であれば、足の不自由なクレメントに対して言うには失礼ともとれる言葉である。
 だが、スピッキオのそれはクレメントを障害者として差別していない意図があることを、互いに承知しているから出た言葉である。
 身体的な困難に努力で立ち向かうクレメントにとって、スピッキオのような心遣いこそが有難いのだ。
 
「えへへ~♪」
 
 ラムーナは、クレメントと再開できたのが嬉しいのか、始終微笑みを絶やさなかった。
 
「丁度よい所に来て下さいました。
 
 使いを出して、皆さんをお呼びしようと思っていたところなのです」
 
 片方の眉を吊り上げて、スピッキオが理由は何故か、と尋ねる。
 
「はい。
 
 実は、私の知り合いの商人がアレトゥーザへ同行してくださる方を探しているので、その護衛をしてもらえないかと。
 最近、扱う商品の値段が暴落したので、あの都市から海路で西の島に販売に行こうと考えているらしいのです。
 
 その島では砂糖が高く売れるそうで、加えてその島で手に入る薬草が他の場所で非常に高く売れるのだとも言っていました。
 
 報酬は現物の品物でどうか、ということなのですが、レベッカさんはその手のものを小さく売買するのが上手いので、物品報酬も受け付けてくださるとか。
 お金でしか受けない人より、貴方たちに勧めてみようかと。
 
 それに、スピッキオ殿はアレトゥーザをよく御存知のはず。
 その商人はアレトゥーザに向けて、新ルートが開通したことを踏まえ、初めてアレトゥーザに行こうと考えたらしいのですが。
 
 あと、商人に“風を纏う者”の話をしましたら、是非頼んで欲しい、と言われたのです。
 シグルト殿がリーダーを務める“風を纏う者”の誠実な仕事ぶりは、護衛してもらった商人たちにたいへん好評だそうで」
 
 納得したようにスピッキオは頷いた。
 
「ふむ、わしの方から話してみよう」
 
 
 次の日、話を聞いたシグルトたちは、さっそく件の商人に会うことになった。
 
 相手は、まだ20代ぐらいの、しかも女性の商人であった。
 
「お初にお目にかかるよ、冒険者さんたち。
 
 私の名前はツィスカ。
 ま、見ての通り、流れ者のしがない商人さ。
 
 いやあ、“風を纏う者”の噂を聞いて、是非にとお願いしたんだけど…
 
 本当に話を聞いてもらえるなんて嬉しいよ。
 商隊の護衛では、成功率10割だって話だろ?
 
 引く手数多だって聞いてるよ」
 
 気さくに話しかける女商人ツィスカに、シグルトは首を横に振った。
 
「10割といっても、移動がてら受けた依頼が3つばかりだ。
 
 たまたまそれらすべてが問題なく解決しただけで、過剰に期待されては困る」
 
 シグルトの言葉に、ツィスカは嬉しそうに白い歯を見せて笑う。
 
「でも、前もって盗賊の出現しやすいルートを避けるアドバイスをしたり、因縁を吹っかけてきたチンピラを追い払ったりしたんだろ?
 
 それに、報酬は相場を守るって聞いてるし。
 何より、物品を報酬に依頼を受けてくれるかもしれないってんで、お願いしたいのさ。
 
 困ったことに、商品の相場が暴落して、結局売らなかったからね。
 あまり手元に資金が無いのさ。
 
 まったく、あのフォルトゥーナ商人の無茶のせいで、あたいたち善良な商人はおまんまの食い上げだよ」
 
 そう言うとツィスカは、茶色い塊を取り出して、テーブルの上にどっかりとおいた。
 
「…なるほど、良い砂糖だわ。
 
 末端でも、これ1個で銀貨数百枚ね」
 
 レベッカが、品物を鑑定しながらその質の良さに感嘆した。
 
「あったりまえさ。
 あたいの品は、物は最高だから。
 
 でも、1個で銀貨百枚、二百枚じゃ儲けにならないんだよ。
 だのに、商業のギルドのやつら、申し合わせて安い砂糖を大量に仕入れやがった。
 
 いま出回ってる安い砂糖は、三流の品だよ。
 まったく嘆かわしいね」
 
 ぼやくツィスカに、大変ね、とレベッカが相槌を打つ。
 
「それで、報酬はいくつこれをもらえるわけ?」
 
 にわかに、レベッカと商人の目が鋭くなる。
 
「最高の塊を合わせて3つ。
 
 前金代わりに1つ。
 悪くない取引だと思うよ?」
 
 レベッカは商人の提示に、少し考えると首を横に振った。
 
「良い品は2つでいいから、他に欠けたり割れた屑で、さらに残り2つ分の量をもらうのではどうかしら?
 
 欠けた品は、どうせ足元みられるんでしょう?
 劣化しただの、切が悪いだのと言われて、たぶん半額以下になるはずよ。
 損は無いと思うけど…
 
 加えて、貴女を無事にアレトゥーザに届けられた成功報酬ってことで、全部後払いでかまわないわ。
 
 目的地に着いて、貴女が私たちの仕事に満足しないなら、報酬は半分…2つ分の砂糖の塊でいいわ。
 もっとも、私たちは満足してもらうだけの仕事をするけどね」
 
 レベッカの提示に、ツィスカは少し考え、それで好いと頷いた。
 
 さっそく今の内容を安物の羊皮紙に記し、契約が成立する。
 その羊皮紙は、やや穴のあるものだが、このような一時の契約で終わる依頼では質の悪い物を使い、倹約するのだ。
 しかし、契約内容だけはきちんと記載しておくのが、プロの冒険者でありプロの商人である。
 
 後でトラブルを起こさないためにも、レベッカはことさらに契約に関しては神経質だった。
 
 
 次の日、“風を纏う者”はアレトゥーザに旅立つことになった。
 
 季節はまもなく初夏にさしかかろうとしており、南下するにつれ強くなる日差しの暑さに、肌の白いロマンなどは辟易していた。
 
 この時代の移動は徒歩が基本である。
 一説に、人間の平均的な徒歩での移動は、1日30kmだと言われている。
 これは街道を通る場合の速度だが、旅慣れしたこの時代の人間はもう少し早く移動することができる。
 
 アレトゥーザはそういった人間たちの足で、リューンから6~7日かかる距離にあった。
 旧街道を通れば10日以上かかったのだが、新しい交易路は道を割っていた河川等にはきちんと橋が掛けられ、よく整備されている。
 
 道筋は、まず東に向かい、南東に、さらにその先を南下する、というものだ。
 
 アレトゥーザは、リューンから南東の半島にある。
 いわゆる都市共和国で、歴史ある都市だった。
 最も興隆した時代には、人口20万人にもなったとされている。
 だが、東方の異教徒による圧力や、ライバルとなる南海の各都市との熾烈な競争により、最盛期程の勢力はなくなっている。
 
 しかしそれでも、アレトゥーザは南海に面する要所であり、商人たちにとっては、海路を使った交易において重要な場所にあり、この都市を中心に活動する交易商人や船乗りはまだまだ多い。
 
 シグルトたちは、順調に旅を続けて6日でアレトゥーザに到着した。 
  
 国境を越えアレトゥーザの領地に入ると、潮の香りを含んだ少し湿った風を感じることができるようになる。
 やがて、歴史あるアレトゥーザの外壁が見えてくる頃、南海の風は、まぶしい陽光を浴びて暖かく吹き付けてきた。
 
 アレトゥーザの門を見上げて息を呑んだロマンが、粘つく潮風に咽たのか、可愛らしい咳をしていた。
 
 門をくぐると、不機嫌そうな顔の門番が出迎えてくれた。
 冒険者を嫌っているらしいその兵士は、ぶつぶつと小言を言いながら都市に入るための簡単な検査を行い、シグルトたちの都市入りを許可してくれる。
 
 ツィスカは、荷にかかるというわずかな税をまず納めた。
 都市国家では、国民から得る税金はもちろん大切だが、こういった交易商人から入る税金もその財政を支える収入源であった。
 
 そしてツィスカは、“風を纏う者”の仕事ぶりに満足したと、予定よりも多い屑砂糖を分けてくれた。
 理由は、レベッカが通行税がもっとも少なくて済むルートを見つけ、しかも予定より一日早く着けるように道を教えたからだ。
 
 上機嫌に去るツィスカを見送ると、レベッカは満足そうな顔になって、報酬を確認していた。
 
「よかったな、報酬が多めにもらえて」
 
 シグルトがレベッカの功をねぎらうと、、彼女は不敵に笑った。
 
「私たちのした仕事だから、当然だけどね。
 
 しかも、ここまで来る間に必要なこういう品にかかる税金は、アレトゥーザに入る前にあの商人に払ってもらったから、完全に免税というわけ。
 この都市の法律では、さすがに冒険者の護衛報酬にまで税金はかからないし。
 
 でも、ああいう商人といて個人で品物持ってると、たまに戦争時の増税なんかで因縁を吹っかけられて税金取られるときがあるからね。
 特に、こういう共和制都市は法律が発達しているから、利権について細かかったり、税に関しては厳しかったりするのよ。
 交易が盛んな臨海都市は、人の出入りが多いから、トラブルが起こらないように色々な対策が立てられているわけ。
 
 税金っていってもほんの銀貨数枚なんだけど、それでも今晩の食事代ぐらいにはなるわ。
 それに今の私たちにとって、現金は貴重でしょう?
 
 まあ、依頼人に喜んでもらって、こんなに得したんだから大成功ね」
 
 レベッカが何故、完全な後払いで報酬を貰うようにしたのか理解したシグルトは、やれやれと肩をすくめていた。
 
 
 さらにレベッカは、報酬の砂糖を用いて、『悠久の風亭』というアレトゥーザの下町にある冒険者の宿に、数日の滞在が可能になるように話をつけてしまった。
 
 この手の調味料は、商人から買うと高いということで、大きな砂糖の塊1個を出すと、気の好いこの宿の女将は喜んで交渉に応じてくれた。
 なんでも、リューンで砂糖の値段が暴落したことで、一部の商人が品物の売りしぶりを始めたため、アレトゥーザでは価格暴落前よりも砂糖が高いというのだ。
 
 レベッカの巧みな交渉は、今までほとんど宿代を発生させていない。
 
 残った屑砂糖は、少しずつ仲間たちで分け合う。
 一旦は値段が暴落したという砂糖だが、貴重な品であることに変わりは無い。
 
「砂糖って、極限状態では貴重な食料にもなるわ。
 
 お金が使えない外国でも、物々交換に使えるから便利だし。
 加えて、仕事中に野外で食べる食事に使えば、確実に美味しくなるというわけ。
 
 買うと高い物だし、皆有効に使ってね。
 
 ただ、この手のものの販売とかは都市部ではしないこと。
 さっきも言ったように、商税がかかるときがあるのよ。
 
 私みたいに、〈分けてあげた謝礼で宿に泊めてもらえる〉ように使った場合はどうとでも言い様があるけど、お金をもらったりする場合は完全な商売になるから、規模が大きいと商業ギルドに睨まれたりするわ。
 冒険者としてちゃんとやってくつもりなら、各都市、各地方の税制には詳しくならないとだめね」
 
 先輩冒険者として、きちんとした知識のあるレベッカのアドバイスは的確だ。
 
 “風を纏う者”が他の都市に出張して活躍できるのは、レベッカのおかげである。
 言葉の通じない相手にも、ロマンという優秀な通訳がいる。
 
 多くの若手冒険者がリューンで活動するのは、通行税や物々交換に慣れておらず、遠出をするとかえって損をしてしまうからである。
 旅費はばかにならないし、言葉の壁は大きな失敗にも繋がる。
 
 熟練の冒険者は、長い年月をかけて旅や言葉に慣れ、そういうことが出来るようになるものだが、結成して間もない“風を纏う者”はすでにそれが出来る。
 これは、他の冒険者に比べて大きなアドバンテージであった。
 
 
 その日の午後、“風を纏う者”は夕食の材料を探すため、海岸を歩いていた。
 宿に付いた後、一行が暇をもてあましていると、砂糖の交渉の後、料理の話題で話が合いレベッカと仲良くなった宿の女将ラウラが、食材探しをしてくれないかと頼んできたのだ。
 ちゃんと報酬もあるということで、海の見学を兼ねて、一行は快くその依頼を受けるのだった。
 
 行楽気分で始めた仕事だったが、最初はいきなり砂蛸の巣を掘り当ててしまい、襲われる羽目になった。
 
 砂蛸とは南海の浜辺に住む蛸の一種で、かなりの巨体であり、砂に潜み保護色を使うので見分けがつかない。
 悪食で、動くものなら犬や猫も襲うことがある危険な生物である。
 
 しかし、シグルトの大振りの一撃で砂に叩きつけられた砂蛸は、続くラムーナとスピッキオによって叩きのめされてしまった。
 
「おっ!
 
 これって、蛸墨じゃない。
 墨袋が丸々無事よ。
 
 蛸の墨って、粘度は低いんだけど、イカ墨より珍味なのよねぇ。
 臭み抜きをしないと食べられないけど、ラウラさんが欲しがってたし、掘り出し物かもね」
 
 レベッカは素早く砂蛸を解体し、ちゃっかり食材を入手していた。
 
 その後、あちこちを掘っていたシグルトたちは次々に食材を見つけた。
 持ってきた袋には、巨大な高級貝が3つに、大きな海老と蟹が1匹ずつ入っている。
 
 見つけたのはシグルトとラムーナだ。
 この2人は、意外にもこういった探しものをするのが得意だった。
 
 砂蛸を掘り当てたロマンは、少し不機嫌だったが、結果的には大漁だった。
 
 この手のことが得意そうなレベッカだが、交渉で疲れたと言って、浜辺で昼寝を決め込んでいた。
 怠けられるときに怠けるもの、というのが彼女の信条の1つらしい。
 砂蛸との戦闘のときも、ちゃっかり最後に現れて、砂まみれになったロマンの横でのんびりと蛸墨の鑑定をしていた程だ。
 ロマンが不満そうなのは、それもあるのだろう。
 
 だが、その蛸墨はラウラが一番高く買い取ってくれた。
 一番手柄だと褒めてくれるラムーナに対して、ロマンは複雑そうに、南海の砂に反射した日差しで赤く焼けた頬に薬を塗り込みながら、苦笑していた。
 
 結局、浜辺で取ってきた食材は銀貨六十八枚にもなった。
 思わぬ収入に、レベッカはたまには奮発して食事をしようと、女将特製の海鮮グリリアータ・ミスタ(ミックスグリル)、クモガニの甲羅焼き、香草ソースの塩漬けニョッキなどをテーブルに並べて豪華な夕食となった。
 
 
 冒険者の宿『悠久の風亭』の海鮮料理は絶品だった。
 
 護衛してきたツィスカが、お勧めだと紹介してくれた『悠久の風亭』は、大柄で柄の悪そうなマスターと、その妻というのが疑問になるぐらい美しい女将のラウラが切り盛りしている冒険者の宿だ。
 シグルトたちは、風にちなんだ名を名乗る自分たちが逗留するには相応しい名前の宿だと、ここを贔屓にすることに決めた。
  
 ラウラがサービスで出してくれた、塩加減が絶妙な貝と海老の蒸し物に、マッケローニ(現代のマカロニのようなもの)を肉入りスープで煮込んだという、この宿の女将さん自慢の新作料理も楽しみつつ、レベッカは、チーム名を決めたシグルトを眺めていた。
 最初の頃のとげとげしさはだいぶなくなり、ちゃんと仲間をまとめているシグルトを頼もしいと思う。
 
 果汁を井戸水でわった飲み物を啜りつつ、シグルトのそばでこれから巡る場所についての話題をふって一生懸命話しているロマンという少年は、気心が知れたとたんに生意気になったが、その知識や慎重な考え方は一目置いているし、ちょっとからかうと照れて可愛らしい。
 
 お酒に酔って陽気に踊り、酒を飲みにきた年寄りたちに喜ばれているラムーナという少女には、レベッカとよく似た社会の底辺を垣間見てきた同士のような親近感と妹のような親しみを感じている。
 
 テーブルの端でワインにパンを浸しては食べている大柄な体格の老人、やや高慢で生真面目なスピッキオという爺さんは、ことごとくレベッカと意見がぶつかるものの、年寄り独特の落ち着きと度量の広さがあって、その秘蹟の業とともに仲間として欠かすことはできない。
 
 レベッカは怠けたり、遊んでだらけることが好きだった。
 でも最近は仲間たちにいつも苦労させられる。
 1人でいたときにはなかったことだ。
 
 でもレベッカは思う。
 苦労したあとに仲間とだべり、仕事のあとに仲間と飲む酒は格別だと。
 
 その後レベッカは、負けたら一晩一緒に飲んでやることを条件に、数人の男たちと賭けゲームをして、イカサマを使う必要もなく勝利する。
 そして男たちにアレトゥーザ名物の高級酒【イル・マーレ】を奢らせて、充実した一夜を過ごしたのだった。

 
 
 ついに入ったアレトゥーザ編です。
 今回は導入部分を大幅に加筆しました。
 
 Martさんの『碧海の都アレトゥーザ』は、カードワースが誇る店シナリオの傑作です。
 オフィシャルファンサイトの『寝る前サクッとカードワース_vol.1』にも収録されていますが、新バージョンのアレトゥーザは、もっとすごいので、是非Martさんのサイトで公開されている最新版をプレイすることをお勧めします。
 
 このシナリオ、私も製作に関わってまして、スキルのアイデアやギミックなどの原案のいくつかを差し上げたりしましたが、新しいバージョンで登場する悪役などには、私の書いてたリプレイから生まれたキャラクターがいたりします。
 
 拙作『風たちがもたらすもの』では、アレトゥーザとのクロスオーバーがありますが、リプレイも私のシナリオも、アレトゥーザ無くしては無かったでしょう。
 
 
 今回、多分に地理的な描写をしていますが、これはちゃおぶんさんが中心になって編纂されている、カードワースの地図を参考にしています。
 サイト『Card Wirth Geography』にて、6月中に大きくまとめられたものを参考に、Martさんのブログの設定を確認しながらまとめてみました。
 リプレイを書かれている方にとって、この地図はとても参考になる資料ですよ。
 
 
 今回、“煌く炎たち”というパーティが登場しましたが、彼らのうちゼナとレシールは旧リプレイに登場してたりします。
 “煌く炎たち”は実際にサブパーティとして使っています。
 今度札講座でも、サブパーティについて特集しようか、などとも考えているところです。
 
 
 さて、アレトゥーザ。
 今回は『ラウラのお願い』をリプレイしています。
 シグルトの宝運は相変わらず高く、なんと68SPももうけてしまいました。
 獲得品は…
 
・【砂蛸の墨】×1
・【高級貝】×3
・【海老】×1
・【蟹】×1
 
 一回のチャレンジで、です。
 いきなり砂蛸にあたったときはどうしようかと思いましたが、シグルトが【渾身の一撃】で弱らせて、続くスピッキオが文字通りタコ殴りにして1ラウンドでノックアウトさせました。
 蛸墨までゲットして、結果的に儲かってたり。
 はずれが一回も無かったという、前代未聞の結果になりました。
 プレイした私が首を傾げたほどです。
 
 シグルトは、なぜかリプレイするときの本番プレイで異様に宝運がよいのです。
 旧版では、シグルトに発掘させると鉱石や宝が継いで発見されました。英雄型はこういう運は悪いかも、と思っていましたが、逆だったのでそのまま描写しています。彼の宝運がどうなるかも、これからのリプレイでは見ものです。
 
 68SPのうち、30SPはラウラの料理に使用しました。
 ただのアルバイトとしてではなく、こうやってお金を使うとまた楽しいですよ。
 
 
 アレトゥーザ、数回に分けてUPしますが、あまり加筆しないですみそうなので、8月初旬に一気にUPしてしまおうと考えています。
 シナリオと違い、だいぶ書き進めてありますし。
 
 お盆明けまで、リプレイばっかりになると思いますが、そのあたりはお許しくださいね。
 
 
 今回は38SPを得て、パーティ所持金は838SPになりました。(チャリ~ン♪)


〈著作情報〉2007年08月01日現在

 『碧海の都アレトゥーザ』はMartさんのシナリオです。現時点でMartさんのサイトで配布されています。
 シナリオの著作権は、Martさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer1.22です。
  
・Martさんサイト『esotismo.』
 アドレス(http://sky.geocities.jp/mart_windowl/)
 
 地理の描写に、ちゃおぶんさんが管理されているサイト『Card Wirth Geography』の地図を参考にさせていただきました。
 
 地理的に引用しているフォーチュン=ベルやポートリオン等の地名は、下記にある『各シナリオに関連した情報』として扱っています。
 問題があるようでしたら、Y2つまで御報告下さい。
 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。
 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。
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