Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

『碧海の都アレトゥーザ』 路地裏の鼠たち

 路地裏のすえた匂いを嗅ぐのは久しぶりだった。
 
 眠そうに欠伸をしながら、路地裏を歩くレベッカである。
 一見のんびりとだらけた歩調だが、石畳に全く足音が響かない。
 路地の間から怪訝そうに見ていた者たちは、レベッカのそれに気付くと納得したように去って行った。
 
 これだけの大きな都市で、暗い路地裏を歩けば高い確率で引ったくりやスリに会う。
 
 …普通ならば。
 
 レベッカの歩き方は符丁である。
 私は同類だから襲うな、という。
 
 路地裏は多くの場合、貧民や裏社会の領域である。
 そこに普通の人間が入ってくることを、社会の歪(ひずみ)に生きる人間たちは嫌う。
 大げさに引ったくりやスリをしてひどい目にあわせ、普通の人間から自分たちが活動する領域を守るのことは、レベッカが駆け出しの頃に手伝わされた仕事だった。
 
 大きな都市では、下層の役人たちと犯罪組織は繋がっている。
 奪ったお金や荷物は、役人が取り戻したことにして、少しだけ授業料を貰い、返す。
 一度路地裏で酷い目に遭って、その危険性を知ったなら、普通の人間はもうやって来ない。
 あとは適当に強姦だの殺人だのがあったのだと、役人やかたぎとして社会に潜っている組織の人間を使って大げさな噂をばらまけば、近寄る者はさらに少なくなるのだ。
 
 路地裏や地下は彼ら…盗賊たちのホームグラウンドなのである。
 
 
 そこには年老いた乞食が1人、ぼろきれを敷き、前に物乞いをするための鉢を置いて座っていた。
 通りからはずれた、危険なこの路地裏で、である。
 
「美しいお方、どうぞ哀れな私に恵みを下され…」
 
 レベッカは銀貨を三枚、身をかがめて鉢の中にそっと入れた。
 硬貨がちゃりん、と小気味よい音を立てる。
 
「ねえ、おじいさん…
 この辺りに『鼠の巣』はある?
 
 前にリューンで〈私みたいな猫〉とじゃれてた奴、〈逃げた鼠〉を追って来た〈蛇〉みたいなファビオっていう〈鼠〉を探しているの。
 
 確かこの辺りで〈遊んでいる〉と思うんだけど」
 
 あえて判りやすく使う隠語。
 都市毎に違うそれは、違う都市から来た盗賊は場合によっては素人でも通じるように砕いて言う。
 そして、回りくどくても隠語を使える人間であることを伝え、同類であることを確認するのだ。
 
 『鼠の巣』とは盗賊ギルドや盗賊たちが集まる場所である。
 〈私みたいな猫〉とはスリをやってた自分という意味、〈逃げた鼠〉は逃亡した盗賊、〈蛇〉は暗殺者や刺客の意、〈鼠〉は盗賊、特に情報屋のこと。
 〈遊んでいる〉とは潜伏するとか生活するという意味だ。
 
「ねえ、おじいさん…
 この辺りに盗賊ギルドはある?
 
 前にリューンで私がスリだったころ組んだことがある、逃げた盗賊を始末に来たファビオっていう盗賊を探しているの。
 
 このあたりにいると思うのだけど」
 
 レベッカはそのようなことを言っているのだ。
 銀貨を三枚をかがんで置くというのは礼は尽くすし、悪さはしない、ここのやり方やルールは守るという、下出に出ている挨拶の仕方だ。
 さらには、屈んでそっと銀貨を鉢に入れたことも、レベッカなりの気配りがあることを暗に伝えていた。
 
 乞食の真似をするギルドの構成員には、幹部クラスが混じっていることもあるのだ。
 監視や内情を探るために、あえてそういったことをする場合も多いのだ。
 
 レベッカの先輩に、かつて娼婦をしながらギルドにも属していた凄腕の女盗賊がいる。
 その女盗賊は、暗殺から侵入まで完璧にこなした最上級の盗賊で、レベッカと同じく野に下って冒険者となっていた。
 レベッカが行う緻密な盗賊の作法は、“黒い雌豹”と呼ばれたその女盗賊に学んだものが多い。
 技術の師であり育ての親でもあったとある人物と同じく、尊敬する大盗賊だった。
 
 プロフェッショナルを自覚する盗賊は、時に一般的では卑しいとされる行為をあえて行える図太さが必要だ。
 そして、好き好んでそんな仕事をする者はまずいない。
 だから、そういった職業にも配慮と敬意を払う繊細さも必要なのだ。
  
「おお、ありがたい。
 
 あっちで〈神様〉が見ておられますぞ…
 
 跪いて〈祈り〉なされ。
 
 〈鼠〉もきっと喜びますぞ、〈巣〉に連れて行ってくれるぐらいにのう。
 ほほ、ほ」
 
 レベッカは教会に続く道を指しそれをくいくいと回す乞食の指の動きをしっかり確認すると、ありがとね、とさらに二枚銀貨を鉢に入れ、乞食が指差した方角へ歩いていった。
 
(教会近くの入り口にいて、門番やってるのか。
 
 でもさすがはファビオが入ってる組織の庭ね。
 行き届いているわ)
 
 レベッカは、ここの人間たちがかなり盗賊ギルドと関わりが深いことを知って、古巣に戻ってきたような緊張と安堵を覚えていた。
 
 
 教会近くの路地の入り口で、隻眼の目つきの悪い男が立ち、壁に寄りかかっている。
 レベッカはスタスタと突然足音を立てて歩き、男に思いっきり大げさに跪いて手を組んで祈るような動作を行い、男を見上げてウインクして見せる。
 
「…レベッカ?
 レベッカなのか?」
 
 立っていた男は一瞬ぽかんとして、すぐに口元を緩ませた。
 
「お久しぶりね、ファビオ。
 でも、私たちが拝むのはお宝だけで充分よ。
 
 今のやつ(符丁)は悪趣味だわ」
 
 そういうと2人は旧友がするように抱き合って、互いの背と肩を軽く叩き合った。
 
「ここだけの話、うちのボスは人使いが荒くてな。
 
 こんな抹香臭いところで、〈豚〉や〈羊〉が迷い込まないように番をさせられる連中の身になってほしいぜ」
 
 〈豚〉は意地汚い人間(何でも食べるので)、〈羊〉はお人好しの人間で、特に聖北教会の信者のこと。
 ともに一般人のことである。
 
 このように符丁や合言葉をそれとなく混ぜると、盗賊が一般人に会話を理解されることはめったにない。
 本来なら、周りに他人がいればもっと難しい暗号や隠語を用いて話すのであるが。
 
 ファビオとレベッカに呼ばれた男は、近くに立っていた男に目配せすると、レベッカに「ついて来いよ」と合図した。
 
 路地を抜けた先、薄暗い路地の奥にあるつぶれそうな酒場の地下。
 アレトゥーザの盗賊ギルドはそんなところにあった。
 
 敵対組織や繋がった官憲の裏切りで、場所はいつ移動するかわからないのだが。
 
「懐かしいな、レベッカ。
 
 昨日来た冒険者の中に、雌の〈穴熊〉(冒険者の中の盗賊、という意味の隠語)が混じってるって話だったが、おまえだったのか」
 
 ファビオは席に着くと、下っ端にエールとつまみを持ってこさせる。
 
「感心しないわね…
 
 仕事には生真面目なあんたが、昔なじみが来たからって、昼間からエール?」
 
 レベッカは似合わないわよ、と吹き出した。
 
「まさか。
 こいつは昔馴染みの、おまえに対する俺からの奢りさ。
 俺はやらないけどな。
 
 昔のことだが、リューンじゃ世話になったからよ。
 ま、代わりといっちゃなんだが、ここで何か情報がいるときは俺に声をかけてくれ」
 
 こうやってコネをつくり、貸し借りをつくり、関係を広げる行動は盗賊にとって当然の行いだった。
 一歩進めば裏切りと報復の世界だからこそ、盗賊ギルドやその盗賊は義理や掟を大切にし、横のネットワークの作成に余念が無い。
 そして仲間をとても重んじるのだ。
 
「まぁ、いいでしょ。
 
 今日は挨拶を兼ねて、寄らせてもらったわ。
 
 私も、仕入れたネタで面白そうなのや新鮮なのは話してあげる。
 うちの家計、今とっても貧しいから、その情報でとりあえず〈税〉は勘弁してちょうだい」
 
 本来、他所者が盗賊ギルドに近づくにはそれなりの贈り物が必要になる。
 多くの場合金銭だが、優秀な盗賊はレベッカのように情報を売ってそれを代わりにする場合も多い。
 
 盗賊にとって情報は金を生む。
 また彼らが生き残るために大切である。
 盗賊ギルドの膨大な情報網は、これらの小さな情報収集から始まるのだ。
 
 ファビオは、レベッカが二つ三つ伝えた情報に満足した顔をし、後ろにいた男になにやら話していた。
 おそらくはこのギルドへの贈り物としてレベッカがもたらした情報を皆に伝え、彼女がこのギルドの馴染みになったと広めるためだろう。 

「悪いわね。
 
 この巣穴に落ち着くわけにはいかないけど、ここ都市はなかなか好い場所にあるから南海の拠点にするつもりよ。
 
 こっちで仕事するときは、『悠久の風亭』て宿を使うわ。
 
 うちの連中を知ってるみたいだから、フォローはしてやってね。
 私もここは贔屓にするし、あんたの顔を立てるつもりだから」
 
 『悠久の風亭』の名を聞いたとき、何故か渋い顔をしたが、ファビオはレベッカの応えに首肯し、てそれでいいぜ、と言った。
 
 レベッカとファビオは、昔リューンで協力して仕事をしたことがある。
 
 当時、〈猫〉と呼ばれるスリたちのリーダーをしながらリューンの一地区をギルドから任されていたレベッカは、若いながら優秀な盗賊として期待されていた。
 そして、ファビオはアレトゥーザの当時幹部であった今のマスターの筋金入りとして、裏切り者の始末を任されリューンにやってきたのだ。
 レベッカはファビオにリューンを案内する役目を与えられ、そのときに協力した縁があった。
 
 ファビオの様子をみれば、このギルドではかなりの地位のようだ。
 あの時、ファビオの実力を見込んで周りが他所者と敬遠する彼に率先して手を貸してやったが、間違いではなかったと今になって思う。
 
「噂で聞いている。
 あの後のギルドの勢力が変わって〈猫〉の分野は縮小されたとか。
 おまえが冒険者になったと聞いたとき、あそこの幹部連中は阿呆かと思ったぜ。
 
 おまえだったら、この都市に来ればすぐに幹部にでもなれただろうに、やはり噂を聞いた後すぐにスカウトに行けばよかったな…」
 
 もったいないことをした、とファビオは肩をすくめてみせる。
 
「随分持ち上げてくれるじゃない…
 
 でも今は、ただの金欠冒険者の1人なのよねぇ。
 ちょっとばかり腕もなまっちゃったし、まあしばらくは〈穴熊〉やって勘を取り戻すようにしてみるわ。
 
 それに今の家業、それなりに気に入っているのよ」
 
 かつてレベッカは、後々は大幹部だろうと噂されるほど才能があった。
 やっていた仕事は三下の姐貴分程度だったが、怠惰な性格なものの面倒見は良いし、頭が切れて世渡りも上手い彼女は、下から慕われ上から信頼されていた。
 
 だが、ギルドの勢力交代で立場を失う盗賊たちは数多い。
 縄張り意識が強く、常に組織のトップを狙って盗賊たちは暗躍する。
 
 かつて、正規の盗賊ギルド構成員であった頃に経験した胃の痛くなるような緊張感も、今は無い。
 特別地位や出世には興味が無いレベッカにとって、生活できて楽しければどうでもよかった。
 
 現在はそれなりに充実した時を過ごしている。
 
 昔、実入りは悪いが止められないと言っていた冒険者の盗賊を、ギルドにいた頃は不思議に思っていたが、今なら分かる気がするレベッカであった。
 
「そうか。
 
 残念ではあるが強制はできないからな。
 うちは締め付けないのも伝統なのさ。
 
 今日はゆっくりしていけるんだろう?
 あの退屈な見張りをサボる口実に付き合ってくれよ」
 
 ファビオはそういって新しいエールを注ぐ。
 ただ酒も飲めるし、少し話しながら情報収集も悪くない。
 それにサボるというのはレベッカも好きである。
 
「好いわよ。
 でも昼日中に薄暗い地下で飲むのは、御免だわ。
 
 高い店でなくても構わないから、落ち着いた場所に行きましょう。
 これから昼だし、どうせならお酒より食べ物が美味しい所が好いわ」
 
 レベッカはウインクして、杯に残っていたエールを飲み干した。

 
 
 女盗賊レベッカの物語です。
 
 ファビオと聞いてピンとくればあなたも立派な碧海通です。
 
 アレトゥーザの盗賊スキルは狡猾な盗賊にはありがたい効果が多いかと思います。
 あれらは破壊力より卑劣で臆病な印象を与えるように作られています。
 盗賊は戦士ではありません。
 彼らの本分は都市活動や罠の解除にこそあるのです。
 
 レベッカは典型的な盗賊で、また能力値性格ともに天性の盗賊です。
 
 彼女の狡猾な頭脳プレーや、フェイクがこれからシグルトたちを支えるでしょう。
 
 盗賊を好きな方、結構いますよね?
 
 レベッカの先輩“黒い雌豹”エイダは、レベッカより2歳年上で、超一級の冒険者です。
 現在8レベルで、今でも冒険者として活躍しています。西方から離れた地にいます。
 いずれ彼女が登場するかもしれません。
 
 シグルト同様、レベッカも濃い過去を持つキャラクターです。
 彼女のこの後も、御期待下さいね。 
 

 〈著作情報〉2007年08月07日現在

 『碧海の都アレトゥーザ』はMartさんのシナリオです。現時点でMartさんのサイトで配布されています。
 シナリオの著作権は、Martさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer1.22です。
 
・Martさんサイト『esotismo.』
 アドレス(http://sky.geocities.jp/mart_windowl/) 
 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。
 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。
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