『碧海の都アレトゥーザ』 碧海の瞳

2006.06.13(01:34)

 アレトゥーザに到着すると、潮の香りを含んだ少し湿った風が、まぶしい陽光を浴びて暖かく吹き付けてきた… 
 
 一泊した冒険者の宿の海鮮料理は絶品だった。
 
 馬車代ただで食事と宿代を出してもらうことを条件に、護衛してきた商人がお勧めだと紹介してくれた『悠久の風亭』である。
 
 シグルトたちは、風にちなんだ自分たちが逗留するには最適だと、この宿を贔屓にすることを決めた。
 
 シグルトたちはチーム名を“風を纏う者”に決めていた。
 そしてその名を少しずつ売り込みつつある。
 
 塩加減が絶妙な貝と海老の蒸し物に、マッケローニ(現代のマカロニのようなもの)を肉入りスープで煮込んだという、この宿の女将さん自慢の新作料理楽しみつつ、レベッカは、チーム名を決めたリーダーを眺めていた。
 
 最初の頃のとげとげしさはだいぶなくなり、ちゃんと仲間をまとめているシグルトを頼もしいと思う。
 
 果汁を井戸水でわった飲み物を啜りつつ、シグルトのそばでこれから巡る場所についての話題をふって一生懸命話しているロマンという少年は、気心が知れたとたんに生意気になったが、その知識や慎重な考え方は一目置いているし、ちょっとからかうと照れて可愛らしい。
 
 お酒に酔って陽気に踊り、酒場の年寄り連中に喜ばれているラムーナという少女には、レベッカとよく似た社会の底辺を垣間見てきた同士のような親近感と妹のような親しみを感じている。
 
 テーブルの端でワインにパンを浸しては食べている大柄な体格の老人、やや高慢で生真面目なスピッキオという爺さんは、ことごとくレベッカと意見がぶつかるものの、年寄り独特の落ち着きと度量の広さがあって、その秘蹟の業とともに仲間として欠かすことはできない。
 
 レベッカは怠けたり遊んでだらけることが好きだった。
 でも最近は仲間たちにいつも苦労させられる。
 1人でいたときにはなかったことだ。
 
 でもレベッカは思う。
 苦労したあとに仲間とだべり、仕事のあとに仲間と飲む酒は格別だと。
 
 その後レベッカは、負けたら一晩一緒に飲んでやることを条件に、数人の男たちと賭けゲームをして、イカサマを使う必要もなく高級酒を奢らせて、充実した一夜を過ごしたのだった。
 
 
 次の日、“風を纏う者”のメンバーたちはそれぞれ分かれて行動することになった。
 
 レベッカはファビオという知り合いに挨拶に行くといって下町の路地の中に消えていった。
 
 ロマンは賢者の塔にある一般開放の書籍を読みに行くといって、小走りに宿をでていった。
 
 ラムーナは大運河にいる南方出身の女性と仲良くなって話し込んでいた。
 
 スピッキオはこの都市の教会の司祭と知り合いらしく、帰りは遅くなるといっていた。
 
 シグルトは1人桟橋近くの浜辺で、ぼんやりと海を見ている。
 シグルトの故郷に海はなかった。
 海の物珍しさと、キラキラ陽光を反射する碧い水面の美しさから、飽きることがない。
 この都から見られる海は美しく、吹いてくる潮風は南方の息吹を孕んで熱くおおらかだ。
 ただ、夏の太陽はまぶしく刺すように肌を焼く。
 シグルトのような西方北部の肌が白い人間にとって、この熱い日差しはやや痛い。
 
 結局この熱射を避けるように歩いていくと、なまった甲高い声でがなっている声が聞こえ、何とはなしにそちらを見た。
 
 この都市の住人だろうか、神経質そうな男に、でっぷりと太った中年の女、後はスピッキオと同じ聖海教会の僧服に身を包んだ僧侶らしい男。
 その取り巻きとして囲むように数人の男女が輪を作っている。
 
 彼らの中心には華奢な感じの人物が立っていた。
 
 黒い暑苦しそうなフードで頭をおおっている。
 編み上げたブロンドの髪がその中から覗いていた。
 身体の起伏や体格、服装ですぐに女性であることが判る。
 少しのぞいている肌は驚くほど白い。
 
 がなっているのは神経質そうな男だ。
 
「この薄汚い魔女め、とっととあの洞窟から出て行けばいいんだ!」
 
 男は興奮して唾を飛ばしている。
 周りの人物たちも激しい口調で女性を罵り、しきりに「魔女」と連呼する。
 聖北教会の僧侶らしい男は、まるで汚いものでも目にしたように女性を見下ろしている。
 
 このような状態で、女性は黙ってただ左右に首を振り、自分を囲んでいる人物たちの要求を拒んでいるようだ。
 
 やがてその神経質そうな男は娘を平手ではる。
 女性がぱたりと倒れると、周囲の者たちは小石や卵、残飯などを娘に投げつけ始めた。
 女性はただうずくまってじっと耐えていた。
 
 髭面の男がやや太めの棒を振り上げた。
 それで女性を打ち据えようというのだ。
 
 しかし、その腕をがっしりと掴んで、シグルトは女性との間に割って入った。
 
「なんだてめぇはっ!」
 
 髭面が渾身の力を込めるがシグルトの手はびくともしない。
 シグルトは掴んだ腕をブン、と振って男を投げ飛ばした。
 
「うわぁ!!!」
 
 転倒して派手に尻餅をついた髭面は、大げさな声を上げて転がるようにシグルトから放れた。
 
「大の大人が女1人を囲んで何をやってる?
 しかも無抵抗な相手にこんな棒で…」
 
 シグルトは髭面が落とした棒を髭面の方に向けて荒っぽく蹴飛ばす。
 足に軽く棒が当たり、髭面はなさけない悲鳴を上げた。
 
「何をするのです?
 
 私たちは魔女に制裁を加えていたのですよ?」
 
 不機嫌そうに、僧服を纏った僧侶らしい男がシグルトを睨みつけた。
 
「さっきから、魔女魔女いってるが、あんたらのいう魔女はこの娘のことか?
 
 だとしたら、俺にはおまえたちの方がよっぽど悪人に見えるな…」
 
 シグルトは皮肉気に苦笑した。
 
「あなたは冒険者ですね。
 ではこの都市の住人ではないはずです。
 
 我々の聖なる行いに口を出さないでいただけますか」
 
 僧服は蔑んだような目で睨み、シグルトにどくように顎をしゃくった。
 
「…なるほど。
 じゃあ、俺も聖なる行いとやらをするか」
 
 シグルトは僧服に一歩近づいて胸倉を掴みあげた。
 
「ひぃ!」
 
 上背のあるシグルトに片手で軽々と持ち上げられて、僧服は真っ青になる。
 
「…自分が襲われることは怖いか?
 
 あんたたちがよってたかって1人の女にしようとしたことだ。
 
 聖なる行いが何か知らんが、俺みたいな根無し草でもみっともなくてマネはできん。
 見苦しいからするな」
 
 僧服の顔に自分の顔を寄せ、凄みを利かせて目を合わせて睨んでやると、僧服は真っ青になって身体をこわばらせた。
 シグルトは馬鹿らしいという風に僧服を掴んだ手をポイ、と放した。
 実になさけない格好で僧服は地べたに落ちる。
 
「…くぅ、今日はここまでにしておいてあげます!」
 
 僧服は逃げるように場を離れ、周りにいた取り巻きも慌てて放れていった。
 おそらくはシグルトの腰につるされた剣が怖かったのだろう。
 
 僧服のどこかの三流悪役のような捨て台詞にあきれつつ、シグルトは倒れたまま、こちらを見上げている女を見た。
 
 碧海…
 この都市を囲む海のように碧い瞳だった。
 静かでありながら、熱い南の風を飲み込んだような強い輝きは、じっとシグルトを見つめている。
 少しの驚き、わずかな警戒、そして澄んだ落ち着きと深い哀愁。
 神秘的な双眸が海の波のように表情を変えながらシグルトに向けられていた。
 
「…あんた、立てるか?」
 
 シグルトは少しだけその娘の美しさに驚きつつ聞いた。
 日焼けとは縁のない透けるような白い肌に端整な顔立ち。
 その美しい瞳と強い意志を感じさせる表情は、シグルトが愛した故郷の女性を思い出させた。
 
「…はい。
 
 助けていただいてありがとうございます」
 
 ほっそりしたはかなげな外見にふさわしい可憐で澄んだ声だった。
 
 だが弱さを感じさせない聡明さと落ち着いた強い意志を感じさせる丁寧な口調は、耳に心地よい。
 
「何か差し上げたいのですが、日々の生活を紡ぐのが精一杯の益体のない身です。
 言葉での御礼が限度、お許しください…」
 
 やや自嘲的な、悲しげな表情で女性は言った。
 恐縮しているのだろう、肩を縮め切なげに胸に手を置いている。
 
 シグルトは困ったように頭をかいた。
 別に礼を言われたくて手を出したのではない。
 シグルトは本当に、ああいった迫害が嫌いなだけだった。
 
 かつてシグルトの母も、この娘のように礫を投げられ傷ついたことがあった。
 そのときシグルトは幼くて何もできない子供だったが、今のシグルトには男性の平均より高い上背と、理不尽に立ち向かえるだけの意志がある。
 シグルトはただ、目の前の理不尽が許せなかっただけだ。
 
「やめてくれ…
 
 俺は礼がほしかったわけじゃない。
 ただああいうのが嫌いだっただけだ。
 
 勝手にしゃしゃり出た俺自身のやったことだから、そんなに恐縮されても困るよ」
 
 娘を見下ろし、その瞳と見つめあうことになる。
 真摯な眼差し…魔女なはずがない。
 この娘が魔女というなら、さっきの僧服は邪神の使徒だろう。
 
 この娘はきっとシグルトにできるお礼を考えているのだろう。
 目を伏せて、じっと何かを考えている顔だ。
 シグルトは困って空を見上げた。
 日差しが熱い。
 夏の太陽がさっきよりも余計にまぶしく感じた。
 
 そこでシグルトの頭にふと浮かぶ考え。
 
「ああ、ええと、この辺りには詳しいのか?
 
 実はどこか休めるところを探していたんだ。
 何か俺にしてくれるっていうなら涼める場所を教えてほしいんだが…」
 
 
 娘が案内してくれたのは美しい景観の洞窟だった。
 
 流れ込んだ海水がキラキラと光って幻想的だ。
 外の熱気を含んだ風とは違って、ひんやりとした優しさがある。
 
 シグルトは洞窟の奥に案内される。
 人が2人入るのがやっとのこじんまりとした横穴があって、粗末な手製の机と木箱で代用した椅子、奥には藁を敷き詰めて大きめの帆布をかぶせたベッドらしきものがある。
 箱の椅子を勧めれたがシグルトの体格ではやや低い。
 何も言わず適当に側にある隆起した岩に腰掛けた。
 
 娘はミントの香りがする爽やかな香草茶を煎れてくれた。
 茶を入れるカップも欠けた部分のある、本来なら捨てられそうなものだった。
 だが釉薬の部分に独特のつやがある。
 きちんと灰を使って食器を磨いているのだろう。
 
 食器や身の回りの道具も丁寧に片付けられている。
 小さなことから、娘の生真面目な気性が感じられた。
 
 ミントのもたらす清涼感を味わいながら、洞窟の涼気をじんわりと楽しむ。
 先ほどの海もよかったが、ここはとても綺麗で、洞窟に満ちた柔らかな光が心地よかった。
 
 『蒼の洞窟』という場所だと、娘が教えてくれた。
 
「とても好いところだな。
 
 ここを知っただけでも、この都市に来てよかったと思うよ」
 
 思えば昨日まで長旅でゆっくり腰を落ち着ける暇もなかった。
 1人でこういう気分を味わうのも随分していなかったように思う。
 
(あいつらはにぎやかだからな…)
 
 底抜けに明るい踊り子や、薀蓄を語る美少年、金にうるさい女盗賊に、説教臭い老僧。
 彼らのリーダーになって、いつも張り詰めて考えていたことに気付き、苦笑する。
 シグルトは故郷の妹が言っていた言葉を思い出す。
 
「兄さんはいつもむっつりしてるか苦笑いしてるわ」
 
 そういってお茶を入れてくれた妹。
 最近まで過去は刃のようにシグルトを抉ってきたが、仲間と触れ合ううちに幸せだったときを思い出せるようになっていた。
 
「申し訳ありません。
 こんなものしかなくて…」
 
 娘がおかわりのお茶を注ぐ。
 机には茶菓子の代わりだろうか、パンを薄く切って乾燥させ塩と香草を刻んだものをかけた菓子のようだ。
 かじるとほんのりとしょっぱい。
 
「いや、お邪魔させてもらってお茶まで御馳走になってるんだ。
 
 菓子付なら、豪勢なくらいさ」
 
 冒険者は過酷である。
 シグルトも何度か冒険をするなかで、随分質素な食事をしたものだ。
 先輩冒険者の話では、南方の密林で迷ってさまざまなものを食ったが蜥蜴人は筋が固かったぞ、というようなおぞましいものもある。
 
 シグルトは荷物袋から小石ぐらいの塊を取り出し机の上に置いた。
 
「…これ、もしかしてお砂糖ですか!」
 
 娘は美しい目を丸くして、茶色いその塊を見つめた。
 
 砂糖は非常に高価な品である。
 庶民が簡単に食べられるものではなく、薬として珍重されているほどだ。
 シグルトの取り出した小さな塊でもそれなりに価値があるだろう。
 
「前に交易商の護衛をしたときに報酬にもらったものだ。
 
 まだあるしやるよ。
 この手の菓子は塩より砂糖の方がきっと美味い」
 
 娘は手を振って拒んだ。

「こ、こんな貴重なもの、もらえません!
 
 お砂糖って労咳(結核)なんかに使う薬でとても高い…」
 
 シグルトは軽く首を振る。
 交易路が発達し、一部の都市では高騰するときもあるものの、昔ほどは高級ではない。
 もちろん庶民が大量に使うのは無理だが、リューンのような大都市では昔の宝石のような価格ではなくなって久しい。
 この砂糖だって、儲けそこなった商人がお金代わりにくれたものである。
 
「ここを教えてもらって休ませてもらったので、さっきの貸し借りは無し。
 
 これは茶のお礼と挨拶代わりだ。
 
 またこの都市に来たなら、ここに来て休みたいと思ってる。
 迷惑でないなら、受け取ってくれ」
 
 シグルトはリーダーをやる上でレベッカから交渉というものを学んできた。
 レベッカ曰く、内向的排他的な者に交渉するときは、押しの一手の後少し引くと上手くいく、とのことだった。
 
 シグルトは無理強いは嫌いである。
 必要なことを提示し、ダメならやめる。
 シグルトのそういうさっぱりとした決断力が、リーダーとしての優れた資質だとレベッカは言っていた。
 
「俺はシグルト。
 
 交易都市リューンを中心に、主に西方で仕事をしてる冒険者だ。
 といってもまだ駆け出しなんだが」
 
 互いに名乗っていなかったことを思い出し、先に名乗り軽くぶら下げた剣を叩き、こういう職業だ、と主張する。
 
 娘は助けてもらって名乗ってもいない自分を恥じたのだろう、白い肌を紅く染めて居住まいを正した。
 
「私はレナータ、レナータ アスコーリと申します。
 
 その、精霊術師、です…」
 
 少し言いよどんで職業まで明かす。
 
 シグルトはさまざまな意味で納得した。
 精霊術師とはシャーマンとも類される精霊使いのことだろう。
 
 この世界には偉大な神と一緒に、自然の力、精が意思を持って現れる現象…精霊と呼ばれる不思議な存在がある。
 彼らはめったにこの世界で姿をとることはないが、彼らの存在を見つけ感応し、その力と姿をこの世界に形として導く業を持つものがいる。 それが精霊使いだ。
 
 リューンにも精霊宮という独特の建物があり、そこで精霊使いたちが都市に起こる天候や災害の被害を防ぐために働いている。
 
 ただ、精霊使いたちは特殊な能力と宗教性を匂わせる場合もあるその立場から、聖北などの聖職者と上手くいかないことも多い。
 魔女や妖術師扱いされて迫害されるのはよくあることだ。
 リューンのように多数の術師がいて働く場所も地位も確立されているなら別だが、この西方に根強く広がる《神の教え》は、時に強引で排他的な偏見の原因を作っている。
 
(結局スピッキオが言うように、神に魔女を裁かせようとするのはいつでも人間の方だな。
 
 教会の最も愚かな歴史だとあの爺さんは言っていたが、まさかいまだに魔女狩り云々があるとは、な。
 
 この都市は見れば先進的な場所が多くておおらかに感じていたから、少し驚いた。
 いや、人が集まる坩堝のような場所だからこそ、こんな歪んだことも起きるのか…)
 
 人の心を理解するのは難しい、とシグルトは思う。
 
 見ればもう日が傾いて、洞窟に朱い光が入ってくる。
 
「そろそろ帰るよ。
 外も涼しくなってくるだろう。

 …レナータ、ここにはまた来てもいいか?」
 
 岩から立ち上がり、帰ろうとしたシグルトは、レナータと名乗った娘の名を呼び、確認した。
 
「…はい」
 
 レナータの首肯に満足するとシグルトは軽く手で別れの挨拶をし、足早に洞窟を後にした。
 
 
 シグルトが洞窟を出て行った後、レナータは気が抜けたように肩を落とし大きなため息をついた。
 
 今日はいろんな意味で疲れていた。
 なくなった儀式用の道具の買出しにでかけて、いつものように教会の侍祭に因縁をかけられて魔女扱いされた。
 
 前に石をぶつけられて、しばらく片目が見えなかったこともある。
 怖くないわけはない…集団で暴力を振るわれ、罵声を浴びせられるのだ。
 
 身を守るのに精霊術で呼び出した精霊を用いる事だってできないことはない。
 だが、それをしたら確実に魔女として葬られるだろう。
 
 レナータは自分に精霊魔法を教えてくれた師を思い出す。
 彼女は迫害と立ち向かう方法も教えてくれた。
 精霊術、言葉、礼法、知識…
 冒険者をしていたという師は博学で、本来レナータのような生まれのものが学ぶことは絶対できないようなことをたくさん教えてくれた。
 その師との出会いも今日のシグルトとの出会いに似ていた。
 
 昔からレナータには精霊を感じる能力があった。
 ずっと昔、アレトゥーザにやってきて、不毛の荒野と汚水の沼地を緑茂る今の大地に変えたという偉大な精霊使いと、水の上位精霊の一柱と讃えられる水姫アレトゥーザの伝説。
 この土地ではまれにレナータのような資質を持つ子供が生まれる。
 それはこの土地が精霊の息吹に満ち溢れた土地だからとも、偉大な精霊使いの血が先祖がえりで顕れるのだともいわれている。
 だがその才能を持つものは多くの場合3つの道をとらざるをえない。
 
 一つは巫覡(ふげき)…シャーマンと呼ばれる存在になって村落の中心に立ち、災害や病気から人を守るものになること。
 
 一つは隠者となって森や山、孤島に籠もること。

 一つは一箇所に留まらない流浪の民となること。
 
 普通の民に受け入れられるには、精霊使いの才能はあまりに異能とされているのだ。
 
 そして今のレナータはどの道を採ることもなく、この都市に1人で暮らしている。
 
 異能ゆえに故郷から逃げるように出て、立ち寄るどの町でも浮浪児扱いされていたレナータは、彼女を追い出そうとする村人に囲まれ暴力を振るわれた。
 空腹と殴られた身体の痛みで、これで死ぬんだ、と思ったときその女性は現れた。
 澄んだ歌声で柔らかな言葉を紡ぎ、リュートを巧みに演奏しながら彼女が歌うと、レナータを襲っていた民衆はばたばたと倒れて寝息を立て始めた。
 
 歌を終えてレナータを見下ろすアーモンド形の蒼い瞳は人懐っこい光をたたえていた。
 とがった耳、緑と黄色の衣装に白い外套で華奢な体を包んだその女性は人ではなかった。
 
 ウッドエルフ。
 俗に森の妖精と呼ばれる亜人である。
 
 後に風の噂で聞いた話…
 ラグリアという国の内乱で活躍し、騎士団長になったという冒険者とその仲間たち。
 その騎士の傍らで、精霊術を使い仲間を助けた“水の詠い手”と呼ばれた者。
 エルフの精霊使いレティーシャそのひとであった。
 
 レナータを精霊術で癒し、話を聞いたレティーシャはレナータを弟子として引き取ってくれた。
 師は彼女の才能を見抜き、自分よりも才能はあるといってくれた。 

 レティーシャはハーフエルフと人間の2人の子供をつれていた。
 1人はレティーシャの息子で、もう1人は戦災の孤児。
 その子供たちを育てる傍らで、レティーシャはさまざまなことを教えてくれた。
 子供たちより少しお姉さんだったレナータは、子供たちに慕われ、陽気なレティーシャの人柄に触れ、家族の暖かさというものを感じることができた。
 
 レティーシャはレナータが独り立ちできるようになると、子供たちを連れて旅立つといって、一緒に来るかこの地方に残るかを聞いた。
 そしてレナータはこの大地に残ることを決め、師と別れたのである。
 
 さすらってたどり着いたのがこの洞窟であった。
 
 レナータにとって、冒険者とはいつも自分を助けてくれる存在である。
 
 師は優れた冒険者だった。
 
 自分に何かと目をかけてくれ、病の治療の仕事や内職を世話してくれる『悠久の風亭』のマスターもかつて冒険者だったという。
 
 レナータに精霊術を学びに来る精霊使いの卵たちもまた冒険者が多かった。
 
 そして今日出会った冒険者の若者。
 
「シグルト…さん」
 
 彼の残していった黒糖から欠け落ちた粉を少しなめてみる。
 果物とは違う確かな甘さ。
 
 レナータは小さな幸せを噛みしめながら、孤独な心を癒す暖かな今日の邂逅を想い、頬を緩ませた。

 
 
 いよいよ今回のリプレイで、冒険者たちのもう一つの拠点となるアレトゥーザのお話になりました。
 Martさん作『碧海の都アレトゥーザ』…このシナリオに登場するスキルやアイテムには私もいくらか関わっているので思い入れが深いです。
 
 そしてレナータ。
 あの美しい精霊使いをドラマティックに登場させたくて書いていたら長くなりすぎてしまい、急遽次回に続く構成になりました。
 Martさんの考えるレナータに少しでも近づけたらいいなぁ、と思うのですが。
 
 私のリプレイではやや過剰な生活描写があります。
 これは皆さんの考える時代背景には合わないかもしれませんが、一応は中世をできるだけ意識しています。
 間違いだらけかもしれませんけどね。
 
 なんだかシグルトばっかり主人公属性を発揮していますので、今度は他のPCたちも行動させたいと思います。
 
 へたくそな文章で申し訳ないですが、よかったら次回も読んでくださいね。
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コメント
 こんにちは。
 おお、アレトゥーザ!こんなに素敵に書いて頂いて感謝です。レナータについても作者より詳しそう(笑)。
 細かな設定まで配慮していただいて嬉しいです。ファビオなんて普通にやってたら誰のことかわからないかも知れないのに(笑)。精霊使いが生れることについても確かブログでさらっと触れただけのような気がしますし。
 それに砂糖の使い方など中世についてすごく勉強されているなって思います。砂糖は貴重でしたからね。
 本格小説のように内容が厚くなってきましたね。次の展開楽しみにしています。
 それでは失礼いたします。
【2006/06/13 13:01】 | Mart #WkyY9OVg | [edit]
こんにちはm(__)mいつも、楽しくブログ拝見させていただいてます。
シグルトさん、かっこよすぎです。
中世って、調味料全般が貴重だった気がします。そう考えると、今はなんて素敵な時代なんでしょう・・・
こんな、素敵な文章が読めて幸せです!!
(リンクありがとうございますm(__)m)

それでは、失礼致します。
【2006/06/13 13:46】 | らっこあら #- | [edit]
 Martさん、らっこあらさん、いらっしゃいませ。
 
 今回はかなり張り切って書きました。
 
 Martさんの考えるアレトゥーザを少しでも表現できたらなぁ、と伏線をいっぱい張ってみました。
 
 お砂糖については中世の頃はどこでも貴重品だったんですが、扱いは難しいんですよね。
 十字軍による伝来品のひとつだったみたいですが、地中海諸国ではけっこうあちこちに伝わってたみたいですね。
 この頃の菓子といったら、干した果物や蜂蜜漬けかな、とも思ったのですが、甘いものは皆贅沢な品だったようですね。
 こんな感じでよかったでしょうか?
 小さな幸せ=甘い、とかけて強調して表現したくて砂糖を出しました。頬が緩むスウィーツ、って奴ですね。
 ちなみにレナータが出した塩菓子、『悠久の風亭』で余ったパンを分けてもらって、レナータがつくったラスクの塩味版みたいなイメージです。オリジナルですが、こういった乾燥菓子は主婦の知恵でありそうだったので。
 香草と塩はカビないようにするための処置でもあります。
 レナータの住処は湿度が高そうなので。
 
 読んでくださる方が情景を頭に浮かべられるように、ややくどい描写になってますが、挿絵がないので御容赦ください。
 
 次はレベッカが盗賊っぽい行動をします。
 皆さんのイメージをかき立てられる描写ができるとよいのですが。
 
 また是非いらしてくださいね。
【2006/06/13 15:40】 | Y2つ #TIXpuh1. | [edit]
こんにちはm(__)m
連続で申し訳ありません。

レナータさんが、製作されたラスクを私が実際に作ってみます。

小さな幸せ=甘い>
う~ん・・・最高です!甘いものってなんとなく、心がなごみますよね♪

レベッカさんが、盗賊っぽい行動ですか!期待大です♪

それでは、失礼致しますm(__)m
【2006/06/13 16:39】 | らっこあら #mQop/nM. | [edit]
 ラスクといえばグラニュー糖。
 
 つまり砂糖やバターを使ってなかった場合、美味しくないかも。
 それと、ラスクって捨て窯(オーブンの余熱)で乾燥させて作ったりするそうです。
 ちょっと固くなったパンの方が水分が少なくて長い間カリッとするみたいですね。
 塩ラスクはなんというか、お茶がないと寂しいかも。イメージとしてはクレージーソルトを振った感じですが、御菓子に見えて実は保存食っぽいです。味もいまいちかも。
 シグルトがお砂糖だした理由です。
 パンから発展して多くの西洋菓子ができていったみたいですけどね。
 
 砂糖は偉大です。
【2006/06/14 12:59】 | Y2つ #TIXpuh1. | [edit]
こんばんは。m(__)m

ラスクについて教えていただいてありがとうございます。

バジルペーストを食パンに塗って、焼いたあとに塩をぱらぱらと振り掛けて、作ってみました。
あんまり美味しくなかったです(T-T)しょっぱかったです。

砂糖って本当に偉大ですよね。
黒糖が大好きです。
【2006/06/14 19:15】 | らっこあら #mQop/nM. | [edit]
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