『古城の老兵』

2006.06.16(16:59)

「まずいな…」
 
 ぽつぽつと降り始めた雨。
 
 シグルトは天を見上げ眉をひそめた。
 
「ここで一雨来るなんてね。
 
 あと少しでリューンなのに、困ったものだわ」
 
 レベッカも雨避け用に外套を取り出しながら周囲を調べている。
 
 通行税を節約するためと、近隣の村で小遣い稼ぎをしてきた都合から、街道を大きく外れて“風を纏う者”の一行は、この荒れた丘ばかりの道なき道を進んでいた。
 
 稲光に周囲が白く染まり、大気と大地がびりびりと震える。
 轟音の近さにロマンが思わず目を閉じた。
 
「…近かったの」
 
 スピッキオも真剣な顔で、少し雨を強く降らし始めた空を細い目で睨んでいる。
 
 雨は旅において大きな障害である。
 冷たい雨は体力を奪い、衣服にしみこんだ水は荷物となり、べたつく不快感が病んだ感情を引き起こす。
 
 ここからリューン郊外にある『小さき希望亭』は8時間ぐらいだろうか。
 子供のロマンの足で、しかも悪天候ともなればさらに時間がかかるだろう。
 
 雨は強まり土砂降りの気配だ。
 すでに外套は水を吸い始め、不愉快な重みを増し始めていた。
 
「だめね、このあたりには雨を凌げそうな場所はないわ。
 
 まあ、この雷じゃ大木があったとしても危なくて雨宿りなんてできないけどね…」
 
 とにかくここで休んでいるわけにもいかないわ、とレベッカが急かす。
 
 “風を纏う者”は憂鬱な気分で歩調を速め、リューンに向けて続いている丘陵を越えていく。
 
「…あれ?」
 
 ラムーナが不意に立ち止まった。
 
「…どうした?」
 
 怪訝な顔をしてシグルトも足を止めた。
 
「…あっち。
 
 何かあるみたい」
 
 ラムーナが指差した方角を皆注視する。
 
 苔むしていて景色にひっそりと溶け込んでいたが、大きな建物のようだった。
 
「でかいわね…
 
 城か砦みたいだけど、このあたりには轍も蹄鉄の跡もないから、人がたくさん住む場所なんてないはずよ。
 
 最近の田舎領主を含めた諸侯、隠居した貴族や豪商にも、こんな場所に城を持ってる奴がいるなんて聞いた事がないわ。
 
 交易路からはかなり外れているし、人がいるかは疑問ね」
 
 普段のちゃらんぽらんで怠惰な彼女の素行からは想像もつかないが、レベッカの情報の正確さと豊富な雑学は一行を何度も救ってきた。
 彼女に言わせると、情報と雑学は飯の種、だという。
 
 行ってみる?と聞いたレベッカに頷き、シグルトたちは建物へと歩みはじめた。
 
 
 …それはあちこちが欠け落ちた古びた城であった。
 
「…どうやら罠の類はないみたいよ。
 
 まあ、こんな場所に潜んでる盗賊連中がいたら、何か気配があるものだし、ここは住むにはちょっと不便な場所よね」
 
 荒地の続く周りを見下ろし、レベッカは無人だろう、と付け加えた。
 
「それなら、ここを借りるとしよう。
 
 屋根があるのはありがたいし、濡れてない場所で寝られるなら充分な休憩になる」
 
 シグルトが決定すると一行はほっとしたような顔になった。
 
 枠から崩れ落ちた城門の跡をくぐり、ぽっかりと空いた城への入り口から、苔の香りのする城の中へと入って行く。
 雨雲に覆われ、夕刻を過ぎて暗くなっていた空の下で、この朽ちかけた古城の中はまさに暗闇の世界であった。
 
 シグルトは城の入り口近くに刺さっていた松明を外し、苦労して火をおこすとそれに灯して先を進んだ。
 今度はもっとよい火口箱が必要だなとぼやくシグルトに、ラムーナが節約節約~と即座に言った。
 レベッカが複雑な顔をし、ロマンが忍び笑いをしている。
 さすがに聞きなれたわい、とスピッキオが止めを刺した。
 
 松明の揺れる明かりは、白の石畳をぼんやりと照らしている。
 そしてすぐに、城の通路に転がったものを浮かび上がらせた。
 
「…ひどいな、これは」
 
 それはおびただしい数の人骨と、錆びた武器や甲冑だった。
 戦って死んでいったのだろう、頭頂の砕けたしゃれこうべや身に着けた甲冑ごと貫かれている骨が、もの悲しそうに転がっていた。
 
「ふむ、どうやらこの城は戦いの後に放置されたものの様じゃ」
 
 スピッキオは死体を見つけるたびに、簡単に祈りの言葉を唱え十字を切る。
 
 どの部屋も骨と瓦礫ばかりで、時折隙間から入り込む雨が、古城を陰気に湿らせている。
 
 やがて、死体のない休めそうな一部屋を見つけて中に入った。
 
 安心したようにロマンが座り込む。
 レベッカが汗で額に張り付いた髪を払い、壁に寄りかかった。
 普段は元気なラムーナも大きなため息をついている。
 
「百足に気をつけろよ」
 
 シグルトはレベッカに目配せすると、部屋の壁に備え付けられた金具に松明を掛けた。
 
 幸いこの部屋には暖炉がある。
 火が焚けるのならば、服を乾かし、熱いスープを啜ることもできるだろう。
 
 一行はとりあえず荷物を置き、濡れて重くなった外套を外して廊下で絞り、各々の場所を見つけて座り込んだ。
 
 シグルトがもくもくと火にくべられそうな木片や廃材を集めて暖炉の近くに積み上げ、レベッカはどこからか調達してきた古びた鍋を溜まった雨水ですすいでぼろきれでぬぐうと、少しの酒を入れ、水を水袋一つ分丸々注ぎ、石を組んでそれを固定し、火をつけた。
 塩とアレトゥーザで手に入れたマッケローニ、乾燥したハーブ、少量の干した果物を細かくちぎって側におき、火を入れて湯を沸かす。
 塩を入れ、手際よく用意した具を放り込んでいく。
 即席のスープができ、手持ちの形の揃わない食器でスープを回し飲みをしている頃、雨がやんだ。
 
「あれだけの雨だったのに、月の女神様は気まぐれよね」
 
 レベッカは、夜の闇に溶け込むように大きな月が浮かんでいる空を、恨めしそうに眺めた。
 
「準備も終わっているし、夜歩くには道がぬかるんでいるからな。
 
 今夜はここで休もう」
 
 レベッカが素晴らしいタイミングで、先日の仕事の報酬としてもらった葡萄酒を取り出した。
 ロマンはお酒は頭を馬鹿にするといって、1人で水に黒砂糖を溶いたものを啜っている。
 他の者たちは交代で器を回し、酒を飲んだ。
 しかし最後に器を受け取って酒を飲もうとしたシグルトは、不意に険しい表情にかわり、レベッカを見る。
 脇には片手で剣を引き寄せている。
 
 レベッカは頷いて持っていた器をそっと床に置いた。
 
「どうした?」
 
 スピッキオが聞くとシグルトは床を剣の鞘の先で指した。
 
「音がする。
 
 下の階からだと思うが、たぶん人間だ」
 
 そういって一番耳のよいレベッカを見る。
 レベッカは静かに首肯した。
 
 一行は油断無く得物を側に置く。
 
 しばらくの間、緊張した時間が続く。
 ロマンが唾を飲み下し、ラムーナも不安げに暖炉の火が届かない闇を見ていた。
 
 そして、何かを引きずる音がし、足音が近づいてくる。
 
 やがて、月明かりを背に、外套のフードを目深にかぶった人物が現れた。
 
 白いものが多く混じった髭。
 年の頃は60ほどの男のようだ。
 
「明かりが覗いている上に、音がするから何かと思えば…
 
 野党の類か?
 こんなオンボロな城に何かようかね?」
 
 かすれた音の混じった、独特の発音の声だった。
 
「俺たちは冒険者だ。
 
 俺の名はシグルト。
 一応こいつらをまとめている。
 
 旅の途中で雨に会い、雨宿りを兼ねてこの城に転がり込んだ。
 野党をするならもう少しむさ苦しい連中になるはずだがな」
 
 そう言って後ろにいる仲間を見せる。
 女2人に子供と老人という取り合わせに、男はなるほど、と頷いた。
 
「ここはあんたの持ち物か?
 
 まさか人が住んでいるとは思わなかったんだが…」
 
 男はふむとまた頷いた。
 
「儂はここに住んでおるものじゃ。
 名はグロアという。
 
 シグルトといったか…
 最初に名乗るとは、なかなか礼儀をわきまえておるようじゃ。
 
 この城は今は亡き王の物。
 おぬしらが雨宿りをしようとも、野宿をしようとも、儂の委細はいらんよ」
 
 グロアという老人の言葉に、一同は安心したように緊張を解く。
 老人はシグルトの腕や剣をしげしげと見つめていた。
 
「…シグルトとやら。
 
 お主は剣を使うようじゃが、剣術に興味はあるか?」
 
 老人はしばらくシグルトを観察していたが、ふいにそう尋ねた。
 
「ああ、無くはないが。
 
 そういえば爺さん、随分見事な得物を下げているが…」
 
 シグルトは老人のローブから出ていた刀の柄を指差した。
 
「…昔少しな。
 
 もしおまえが剣術に興味があるなら、後日あらためて来るといい。
 古の剣術を教えてやろう。
 …ただではないが、な。
 
 ただし昼間はやることがあるので教えられん。
 伝授は夜に、だ。
 その時はここに泊まればいい」
 
 一方的に告げるとグロアという男は部屋を出て行こうとした。
 
「まって。
 
 おじいさん、こんな古城で1人何をしているというの?」
 
 レベッカが聞いた。
 
 グロアはしげしげと一同を眺めた。
 そしてつぶやくようにかすれた声で告げる。
 
「墓仕事だ。
 
 この城にある骸を全て埋葬するためのな…」
 
 レベッカは、嘘でしょう?と目を丸くした。
 
「骸って…
 
 この古城に転がってる骨全部?」
 
 すでに朽ちた骸は古く、すでに城の一部のように景色に滲んでいる。
 
「そうじゃ。
 
 それが儂の仕事であり、責務でもある」
 
 そういったグロアの背は、途方も無い間重ねてきた時の重みを感じさせた。
 
「みたところ、かなり古いもののようだけど。
 
 あなたがこの城の生き残りだとしたら、何年ぐらいその仕事を続けているの?」
 
 呆然としたレベッカはうめくように聞いた。
 
「…聖北の暦で、今は何年かな?」
 
 何かを思い出そうとしたグロアは僧服を着たスピッキオに尋ねる。
 スピッキオは正確な今日の日付を教えた。
 
「ふむ…
 ざっと40年ほどになるな。
 
 まあ、大体はそんなところだろうとは思ったが」
 
 吐き出すようにグロアは答えた。
 
「40年?
 長いよね…
 
 でもそれだけの時間があれば城の中の埋葬が終わっててもいいと思うんだけど」
 
 首をかしげたロマンがいう。
 
「たしかに、この城の中だけならばな。
 
 だが、この国の民全てが根絶やしにされたのだ。
 城の骸で足りる数ではない」
 
 グロアの言うような虐殺があったとすれば、それはすごい死体だったのだろう。

「この平原に死体はまんべんなく散っていた。
 
 ゆえに風化の早い場外の者から埋葬していった。
 …十日ほど前にそれらは終わったがな。
 
 だが、この老いぼれた身体。
 今では仕事の邪魔になるばかりよ。
 
 …全ての者を埋葬し終えるまでに、この身体がもてばいいがな」
 
 悲しみも苦しみも遠い過去においたまま、責務を果たすことのみに生きているグロアの自嘲的なため息とともにもれるしゃがれ声。
 
「…長話になってしまったな。
 
 すまんの。
 まともな人間と話すのは久方ぶりで、話し込んでしまったようだ」
 
 レベッカはそう言う老人に首を横に振って、教えてくれてありがとうと言った。
 
 グロアは、ゆっくり休むとよい、とその厳つい髭面の口元に微笑を浮かべ、去っていった。
 
 
「…別に要所って訳ではないけど、これだけの規模の城が誰の手もつけられないで、何でのこってるのかな?」
 
 ロマンは首をかしげていた。
 
「おそらく宗教戦争じゃ。
 
 交易路から外れ、海路への繋ぎにもならぬ。
 
 でこぼこの丘に岩が露出した地面。
 周囲に森どころか木の一本も無い。
 
 このような土地を攻めるのならば、他宗教の抹殺に他あるまい。
 
 かつて聖北の徒は、教会という機関そのものが下らぬ権力者の戯言に踊らされ、教義を違えた愚か者が人を扇動し、他宗教を潰すことに狂っておった時もある。
 
 殺した後は異端異教の死の尊厳など考えもせず、適当に金目のものを奪い、死体も野ざらしよ。
 攻めて、殺して、取って…それで終わりじゃ。
 
 かつてわしと同じように聖職を与えてもらったものが、そのようなことを起こしたのであれば、情けない限りじゃ」
 
 スピッキオはこの国のように人知れず滅びた国が、かつてたくさんあったこと、そしてここあったであろう古い古い異教の国の名を、厳かに口にした。
 
「…あのじいさんはその生き残り、か」
 
 シグルトに向かってロマンが首を振った。
 
「違うよ。
 
 普通あんな母音の発音でしゃべる人はこの地方にはいなかったはずだし。
 あれって、あちこちの言葉の発音が混じってなまってる。
 いろんなところを転々としてきたんじゃないかな?」
 
 そして歴史を思い出し、おそらく傭兵か仕官を求めてきた旅の武芸者だろうと言った。
 
「滅びた国を流れ者1人で弔う、か。
 
 なんとも物悲しい話ね」
 
 レベッカのつぶやきに、ラムーナが、おじいさんかわいそう…と目を伏せた。
 
 一同はそれっきり黙りこみ、見張りを決めて残った飲食物を片つけると、順番に寝ることにしたのだった。

 
 
 
 SIGさんの店シナリオ『古城の老兵』です。
 
 SIGさんのシナリオのハードボイルドな雰囲気は私大好きでして、ベクターを覗きに行くと思わずSIGさんのシナリオを探してしまうほどです。
 
 『古城の老兵』は剣術を購入できる店シナリオですが、ある種の人間はニヤリとさせるマニアックなスキルがたくさんあります。
 
 時期はアレトゥーザからリューンへの帰り道という描写です。
 
 今回はお金が無いのでフラグを立てて来れるようにしただけですが。
 このシナリオは最初に来るとプロローグのように、グロア老人との邂逅があります。
 
 両刃の直刀以外にも、日本刀や短剣、レイピア用のスキルもあるので、剣士のスキルがほしい方にはお勧めです。
 
 
 このシナリオのグロア、シグルトになんとなく雰囲気が似てるんです。
 武骨でシンプルな口調とか、その背中に背負ったものの大きさとか。
 
 プレイしたなら、SIGさんの濃厚な世界を是非味わってください。
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コメント
こんにちは。
で、でましたね!!
古城の老兵ですね!!
もう、最高に好きですよ!!!このシナリオ。
ウチの沖田にぴったりのスキルが多いので嬉しかったです。
グロアさんも、カッコイイ(というか、渋すぎる)ですし。

確信は持てませんが、剣術系統のスキルってSamurai Xに出てきた技のような気がします。



それ以外でも、宗教と戦争など考えさせられるテーマが沢山あります。

それでは、失礼致します。
【2006/06/16 17:34】 | らっこあら #mQop/nM. | [edit]
 いらっしゃいませ。
 
 この店シナが好きな方がいると、『同士!』と馴れ馴れしくなりそうです。
 このシナリオのスキル、泥臭くて卑劣っぽいのや荒っぽいのが多いのですが、正統派の騎士の剣や武芸の美を極めようとしている芸術家剣士にはあまりない武骨さがあって冒険者にはふさわしいものが多いのですよね。
 
 ここのスキルの一つがシグルトの必殺剣の一つになる予定です。今はレベルとお金が両方足りてません…ぐすん。
 
 日本刀系のスキルもあって、そっちの戦士がいるときもよく利用しています。
 
 私のお気に入りのシナリオです。
【2006/06/17 01:26】 | Y2つ #TIXpuh1. | [edit]
こんばんは。m(__)m
引越し作業の為、レスが遅れて申し訳ありません。

同士>
呼んでください!(笑)月曜のジャンプの発売日と、火曜の7時の放送日はいつも、ウキウキしていました。

沖田>
沖田なので、キーコードに「縮地」が付いているスキルが必殺剣です。

泥臭くて卑劣っぽい>
そこが、魅力ですね♪戦いは非情ですからね。
一瞬の隙を突いたり、毒化(出血)させたりして倒す美学が詰まっていますね。
威力も若干高めなのが嬉しいです。

それでは、失礼いたします。

【2006/06/23 21:04】 | らっこあら #mQop/nM. | [edit]
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