『遠野の鬼姫』 弐

2006.06.19(16:33)

 大陸の東の果て、海を渡ってさらに東。
 小さな島国がある。
 名を倭国(わこく)という。
 その国の民は倭(やまと)と呼んだ。
 
 その国に古い書物がある。
 『倭國異神記(やまとのくにことかみのしるし)』と題されたそれには、この国の異形の神や魔物の神話、伝説を記したものだ。
 その中に一柱の鬼神の伝説が記されている。
 
《この国の北に遠野という土地あり、獣多く木々茂りて人の入れぬ山数多。
 霊峰そびえ立つ中、その最も美しく高き峰は貴澄という。
 
 この地には古き代より一柱の媛神(ひめかみ)ありこの地を治さめる。
 能く(よく)妖術をなし千の鬼を統べる鬼神なり。
 
 その性、猛々しくありながら風雅。
 酒を好み、強きを好み、美しきを好む貴人なり。
 
 その姿、異形なれど雅にして麗し。
 白銀(しろがね)の長き御髪は輝く絹糸。
 眼(まなこ)は黄金色にて日輪の如く。
 肌は北国の白雪に似たり。
 その唇は丹の朱色、奏でる声は鈴の音。
 美しきにおいても人にあらず。
 
 雷(いかずち)を手繰り、風を纏い、空を震わす。
 それは天地(あめつち)の宿めを握るがごとく、常ならざる力を為す。
 世が理(ことわり)の糸を巧みに手繰る由(よし)、“綾”を編む如きなれば、名を“綾の媛神(あやのひめかみ)”と呼ばれしが、人は恐れて“遠野の鬼媛(とおののおにひめ)”と称す。
 
 一睨みされれば死に至り、その一喝は魂魄をも震わすという。
 
 千の兵もその武威に適うことなし。
 あまりに強く、戦うにあっては敗れるを知らず。
 数多の強者(つわもの)挑みて並ぶものなし。
 
 強きものには頂なれば、本朝の武臣も恐れ崇めたり》
 
 
 “不敗(まけず)の鬼神”。
 
 この美しく恐ろしい女神の伝説は倭国の隅々に広まるほどであった。
 
 
 ある時代、時の朝廷が貴澄に兵を差し向けて、彼の女神の聖域を蹂躙しようとした。
 
 新しい社殿を建てるための材木を求めてのことだったが、労働力として遠野にひっそりと暮らす山の民や森の民も徴用する考えだった。
 朝廷がこの地の民に従うよう一方的な物言いで、朝廷への服従の証として貴澄山で一番立派な木を採るよう命じたのである。
 媛神を恐れる遠野の民はそろってそれを断り、山や森に引きこもってしまった。
 これに怒った朝廷は壱千の兵をもって遠野を攻めようとしたのである。
 
 そして軍が遠野の入り口に差し掛かった折、率いる武将の馬が動かなくなってしまった。
 にわかに空が曇り、雷が轟くと兵たちの前に異形の女があらわれた…綾の媛神である。
 媛神の恐るべき気配に兵の多くが腰を抜かし、半数が逃げ出す始末であった。
 兵を率いていた武将は面目を保つため、媛神に切りかかろうとしたが、媛神の一喝で倒れ伏した。
 兵が連れ帰ったその武将は、都に着いたときは髪が真っ白になり、眼は白く濁って廃人の様だったという。
 
 綾の媛神は、たった一人で千の兵を退けてしまった。
 そして都にやってくると、遠野征伐を命じた朝廷の武官と将軍の館に稲妻と風で大穴をあけ、これ以上の狼藉があれば朝廷も同じになるだろう、と脅して去っていった。
 
 時の帝はあまりのことに寝込んでしまい、面目を潰された武官と将軍は免職されて流罪になった。
 朝廷は貴澄山と遠野には触れてはいけないといって、綾の媛神を“阿夜訶志貴守比売(あやかしのたかすひめ)”という古からある女神として遠野に社を設けて奉ったのである。
 
 綾の媛神が鬼の神として祀られるようになったのはそれより後である。
 
 いつしか鬼が山野に現れるようになった頃、牙王(がおう)という鬼の大将がたくさんの鬼を引き連れて遠野近郊を荒らしまわった。
 朝廷が築いた遠野の入り口にある阿夜訶志貴守比売の社も壊され、遠野の民は苦しんだ。
 これに心を痛めた女神たちがいた。
 遠野の森を守護する“朱衣掛小媛(すいかけのこひめ)”と“蒼葉着小媛(あおはつきのこひめ)”と呼ばれた双子の女神である。
 彼女たちは朝廷の兵を倒した綾の媛神の武勇を頼り、救いを求めた。
 綾の媛神はそれに応え、牙王以下多くの鬼をあっというまに打ち倒してしまった。
 牙王は綾の媛神の強さに感服し、進んで媛神の配下になったのである。
 牙王は“牙王丸(がおうまる)”と名乗り、綾の媛神にとって最初の鬼の眷属となった。
 
 当時朝廷によって退治されるばかりだった鬼たちは、綾の媛神をたよって続々と眷属となり、いつしかこの女神は鬼を支配する鬼神として恐れられるようになる。
 牙王丸は貴澄山の近郊に広がる“九弦谷(くげや)”という谷の洞窟を住処として与えられ、“九弦谷の牙王丸”と呼ばれるようになった。
 ほかに同じような鬼として“信太河(しだがわ)の紗霧(さぎり)”と“焼威沢(やいさわ)の猛盛(たけもり)”がおり、牙王丸と併せて“遠野の三鬼将(さんきしょう)”と呼ばれるようになった。
 
 この媛神、大変気まぐれではあったが、自分の守る遠野の民には寛容で慈悲深い女神でもあった。
 貧しい山野の民に恵みをあたえたり、流行り病があればどの薬草が利くかを教え、森に迷った子供を助けたりもした。
 歌や舞を好み、遠野の民にそれらと祭りを教えたのもこの媛神である。
 故に遠野の民は恐れと一緒に“あやさま”とか“おひいさま”と親しんで呼び、崇めていた。
 
 鬼の騒動の折、綾の媛神に助けを求めた“朱衣掛小媛”と“蒼葉着小媛”も、綾の媛神を慕ってその眷族となった。
 この二神は“すいさま”、“はづきさま”と呼ばれ、綾の媛神とともに遠野で信仰されることになる。

 綾の媛神…この恐るべき鬼神に挑み、名を上げようとする恐れ知らずの武芸者や豪傑もいたが、一人として綾の媛神に及ぶものはいなかったという。
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