『遠野の鬼姫』 参

2006.06.20(20:42)

 男は伝説の媛神の前にいた。
 
 前にこの山に入ったという愚か者から数えて百年以上たっているという。
 しかもここは貴澄山の奥深く。
 ここまで常人ならば人里から二日はかかる場所である。
 
 そこで出あった異形の鬼神。
 数々の武勲を持つという、この絶世の美女は尊大な態度で面白そうに腕を組んでいる。
 
 楽しそうに嗤っていた媛神だが、不意に見下すような嗤いを止めた。
 
「…武士よ、その肝の太さは大したものよ。
 
 吾と向かってそこまで涼やかに立っておるのだからな。

 しかも、吾が名を聞いて震えもせぬ。
 
 さて…人を見ぬようになって随分経つが、汝の耳に届かぬほど、吾が名は忘れ去られておるのかや?」
 
 首をかしげるようにした媛神は、好奇の声で男に問うた。
 
 もちろん“不敗の鬼神”を知らぬわけはない。
 それに男は、この媛神に会いにやって来たのだ。
 
 男はすっと胡坐になって両拳を地につけると、頭を下げた。
 
「御名はよく存じております。
 
 先に名乗らせてしまいました我が無礼、お許しください。
 
 我が家名において貴女様の名を知らぬはずはありませぬ。
 御尊顔を拝するのはこの度が初めてなれば、伝えにしか御身を知らず、憶えなきと頷きましてございます。
 
 私は秋月一郎正行(あきづきのいちろうまさゆき)と申す者。
 
 貴女様が憶えておられましたなら、秋月正成(あきづきのまさなり)が直末と申せばお判りいただけましょうか?」
 
 男の名乗りにくっと媛神の眼が見開かれる。
 
「なんとっ!
 
 汝は“鬼斬(おにきり)”秋月のものか?」
 
 媛神が驚いたのは2つの意味で、である。
 
 一つはこの男が縁あってよく知る人間の子孫だからである。
 
 秋月正成とは倭国でも有名な鬼殺しの英傑である。
 そして媛神にとってはその天稟(てんびん…もって生まれた才能のこと)を見込んで武芸を教えた数少ない人間であった。
  
 もう一つはこの男が“鬼斬”と呼ばれる有名な一族の姓を名乗ったからだ。
 
 “鬼斬”とは簡単に言えば鬼の天敵である。
 人の身でありながら、体格も力もはるかに優れる鬼を屠る武芸や術を身につけた者たちなのだ。
 
「はい、巷ではそう呼ばれております秋月でごさいます。
 
 私はその当代。
 
 使いをよこして訪ねるのが道理でありましょうが、この媛神様が禁域を知るものは使いも畏れて役を受けぬものばかりにて、ましては我等が一門は名の如く、媛神様の鬼の眷属には嫌われ者なれば、私自ら参りましてございます。
 
 数々の非礼、御容赦下さい」
 
 媛神はふむ、と頷く。
 
「先ほど、尋常ならぬ疾さでこの貴澄に入ってくる輩がいると気付いて、やって来てみたが…」
 
 一息吐き、媛神はからかうような目で正行と名乗った男を見据えた。

「あの豪傑、正成の血族か。

 遠野が千余の鬼の眷属を統べる吾、鬼斬においてこそ悪名高かろうに…
 畏れずにおるそなたは、武勇に奢れる若造か、死を急ぐ馬鹿者か、それともよっぽどの大物であるのか。

 そなたの血族には、吾に挑んで勇名を成そうというものも幾らかおったが…
 
 その涼しげな立ち振る舞い、かの猪のように阿呆な輩とは違うようじゃの。
  
 用件を申すがよい。
 吾としては、この血をたぎらせる話であることを期待するぞ。
 
 退屈だった近頃のこと、少しは余興ともなろう故」
 
 尊大な物言いであったが、苛烈高慢で気まぐれなことが有名なこの媛神らしいともいえる。
 まして麗しい顔を期待に緩ましている様は子供のようだと、無礼なことを考えつつも正行は居住まいを正した。
 
「では、畏れながら。
 
 実は近頃、遠野近くの村落で女子供を襲う鬼がおるという話にございます。
 貧しい村人の蓄えを奪い悪辣極まりない行いだと。
 
 話の筋を追えばそれは媛神様が眷属との噂。
 鬼を討つ我が一族の頭として、媛神様にお訊ねしたきことはその真偽にございます」
 
 ほう、と媛神は幾分残念そうな様子で頷いた。
 
「…吾が眷属がそのような仕打ちをしたと?
 
 鬼斬を名乗る汝ならば存じていようが、吾は眷属に力なき民を虐げることは許しておらぬ。
 そのようなことをして吾の名を名乗るものがおるとすれば偽者であろうな。
 
 汝ら鬼斬の業をもって存分に討つがよかろう。
 
 つまらぬ話じゃな。
 そんなことを吾に話すためにきたのか?」
 
 媛神は期待を裏切られたという顔で言った。
 
 正行は少しむっとしたような顔になる。
 
「貴女様の眷属を名乗っている鬼でも知らぬと?
 女子供が貴女様の名で虐げられたかも知れぬというのに、《つまらぬ》と?
 
 鎮守を名乗る貴女様が、近頃は貴澄の館に引きこもっておいでだと伺っておりましたが…
 あまりの言葉ではありませぬか?
 
 もしも貴女の威徳を敬う民ならば、貴女様の御名を聞けば従うほかはないというのに」
 
 明らかに責める口調に、媛神の顔がさらに不機嫌そうなものになる。
 空気が軋むような威圧感が正行を襲うが、動じた様子は無い。
 
「仮に吾が眷属の所業だとして、それを討つのは構わぬぞ。
 そのような痴れ者を討つのに吾が許しはいらぬし、責めもせぬ。
 
 人の及ばぬことを成す…そのための鬼斬秋月じゃろう?」
 
 いかにも面倒くさそうに媛神は言う。
 
「私どもが動くのは容易いこと。
 されど貴女様の眷属を討ったとなれば“遠野の三鬼将”も黙ってはおりますまい。
 
 そうなれば人と鬼の争いともなりましょう。
 直接かの三鬼将に私が頼みに行ってもかまいませぬが、媛神様のとりなし無くしては吾らが彼らの住処に入ることは争いの火種にしかなりませぬ。
 我等秋月、鬼には毒虫のように嫌われております故。
 
 どうか彼の眷属のこと、媛神様の御威光を振るってはくださいませぬか?」
 
 ふん、と媛神は見下げるように正行を嘲った。
 
「何を言うかと思えば、益体も無いことよ。
 
 汝、吾に泣きつくつもりかえ?
 …そのような下らぬ話を吾にするために来たのか、そなた?
 
 彼の鬼斬も堕ちたものよ。
 汝の先達はもう少し骨があったぞ」
 
 正行はこの物言いに思わず面を上げた。
 そこには憤りの様がある。
 
「…下らぬ、と?
 
 貴女様は遠野の鎮守では無いのですか?」
 
 正行の眼差しには曇りがなかった。
 真っ直ぐな眼で媛神を見ている。
 
「…人とは、都合の好い時だけ吾らを神だの鎮守だのと申すなぁ。
 
 吾を悪鬼と攻め入って来た勇ましい頃もあったが…
 近頃の人の益体の無さには、呆れ果てたわ。
 
 人ごときの、しかも遠野の外で起きた騒動のために何故吾が動かねばならんのだ?
 まったく、人など…弱く、醜く、つまらぬ。
 猛逸(たけはや)る鬼どもの方がよほど吾を楽しませてくれるぞ」
 
 媛神は癇に障ったのか、むっとした顔で言い放った。
 
「遠野近郊で媛神様を知らぬものはありません。
 聞けば媛神様を祀る社もある村々のございます。
 
 これはあなたを敬う人を苦しめる出来事でございます。
 
 それを人ごとき、と見捨てなさるのですか?
 鬼の暴虐で明日をもしれぬ女子供を…」
 
 相手が伝説の鬼神であるにもかかわらず、正行は全く引かない。
 
「ふん。
 
 数ばかり増える人の数人、食われて減ったとて何だというのだ?
 おぬしらも獣や鳥を食らうであろうに。
 本来の鬼もそれと同じことをしておるだけ。
 何故それを止める必要があろう?
 
 吾に人を護れと申すなら、護るにふさわしき気概をみせるがよい。
 汝ら人がなせる励みを見せるがよい。
 
 何もせず吾を頼るでない。
 
 もう問答は止めじゃ。
 
 吾を責めるその目、生意気ではあるが…
 今は無礼の仕打ちをする気も起きぬ。
 
 お前のような情けないことを申す男の一人、手を下すだけで吾が名を損なうわ。
 
 特別に此度は見逃してやる故、吾が“庭”より早々に去(い)ぬるがよい」

 媛神はいかにも失望した…楽しみにしていた期待を裏切られた子供のように溜息を吐くと、正行を追い払うかのように邪険に下がれと手を振った。
 
 媛神も鬼に襲われるその人間たちは可哀想とも思っている。
 後で配下の鬼にそれとなく聞いてみようか、と思いつつも、やってきた正行という男には興味も湧かなくなっていた。
  
 媛神は他力本願な者が嫌いである。
 力を持ちながらそれを振るわず他に頼るのは毛嫌いしている。

(下種な行いをする鬼など、鬼斬の武で討ち果たしてくれば、いくらでも三鬼将なりにとりなしてやるものを…)
 
 媛神には本来鎮守として鬼の頭目として、遠野の鬼の行いを見張る役目があるのだが、最近は館に引きこもってないがしろになっていたのかもしれない。
 
(それもこれもこの退屈がいかぬのだ…)
 
 媛神は闘争を好む激しい気性の女神である。
 
 配下の鬼たちが見せる相撲なども昔は楽しんでいたが、強きを求めてやってくる武士と戦ったり、遠野の支配権を狙って攻めてきた妖怪などを打ち倒す高揚を思えばじきに飽きてしまう。
 
 長い時存在してきた最強の女神には、満足できる高ぶりが最近は全く得られなかったのだ。
 
 それ故に、誰も恐れて入ってこない貴澄山に堂々と入ってきたこの正行という男には、何とはなしに期待していたのである。
 この男なら吾の退屈を終わらせてくれるのではないか、と。
 
 だが実際は、胆力もあり礼節もそれなりに尽くしてくれたが、用件といえば自分を頼っての泣き言のようなものだったのだ。
 
 楽しみにしていた祭りが雨で中止になったような気持ちで、媛神はすっかりしらけてしまったのである。
 勝手な期待をしていたことを棚に上げている、とも言えるのだが。
  
 結局媛神は、正行などもう眼中にない、という風に踵を返し去ろうとした。
 
 正行はさっと立ち上がり足に付いた土埃を払うと、去ろうとする媛神に向けて失望したように呟いた。
 
「遠野の主が聞いてあきれる。
 
 館にこもって腑抜け、眷属の尻拭いも出来ぬ能無しになったのか」
 
 媛神は歩みを止めた。
 凍りついたような表情で振り返る。
 
「…汝今何と、申した?」
 
 ぞっとするような凄まじい、大気が震えるような怒気があたりを包む。
 並みの人間ならその一睨みで心臓が止まってしまうだろう。
 
 しかし正行は口元に確かな侮蔑を浮かべた。
 
「腑抜けて能無しになったのか?と言ったのだ」
 
 その鬼気をものともせず、正行は平然とのたまった。
 
「…空耳かえ?
 
 吾を、遠野の統べる吾を能無しとほざいたか?」
 
 あまりの暴言に呆然と、そしてわなわなと震えながら媛神は正行を睨んでいる。
 これほどの侮辱の言葉を媛神は受けたことがなかった。
 
(この無礼な男を生かしては返さぬ。
 
 だが、本当に自分をここまで罵った者がいるのか確かめねば…)
 
 怒りのあまり、思考が混乱いていたほどだ。
 
 だが正行は万人を殺せそうな媛神の激憤を、先ほどの礼節など忘れたように涼しげに受けている。
 
「…言いなおそう。
 
 遠野の鬼姫は能無しの上、耳が悪い。
 二度も聞くなどもはや腑抜けどころではない。
 まるで呆けた年寄だ」
 
 ズガッァァァン!!!!!
 
 天地が逆転するような轟音とともに、周りの木々が数本、まとめてへし折れた。
 
「…ほざきおったな、下郎!!!」
 
 怒髪天を衝く。
 
 銀の髪は逆立ち、その瞳は稲妻のように光を放っている。
 突風があたりの草木を残らず薙ぎ倒していく。
 
 媛神の怒りはそれほど苛烈だった。
 
「…まるで駄々っ子だな」
 
 周囲の異常な空気を気にとめた風でもなく、正行は平然と異形を睨み返した。
 
「…許さぬ、許さぬ、許さぬっ!
 
 人の分際でぬけぬけと申したその暴言、秋月を名乗る一族郎党を全て引き裂き贖わせてやるわぁぁあっ!!!」
 
 正行が先ほどまで立っていた場所が陥没する。
 媛神の怒りは無尽蔵な力とすさまじい速度で、彼の後を追ってあたりを破壊していく。
 
「痴れ者が、逃すものかっ!
 
 その愚かな言葉をこぼす腐った口ごと、欠片も残さず消し炭にしてやるわ!!!」
 
 異形の眼前に巨大な光の珠が浮かぶ。
 
 稲妻を圧縮して塊にしたようなそれは、ばりばりと周囲に電光を迸らせ、一直線に正行の元へ飛んで行く。
 しかし、正行は太刀の柄に手を掛けると掛け声一息、抜きざまにそれを斬って捨てた。
 
「ぬっ?」
 
 これには媛神も眼を見開く。
 
 この正行という男、常人ならば三度は消し飛ぶ妖術を斬ったのである。
 太刀で妖術が切れるなど、聞いたことも無い。
 二つに断たれた光の珠は、正行の太刀から緩やかに立ち上る旋風に分かたれて大気に散っていった。
 
 すうっ、と空気を撫でる様に太刀を横に構えた正行は、滑るように一歩媛神へと踏み出した。
 
「…参るっ!」
 
 掛け声一声。
 
 媛神が息を呑む。
 それは神速の踏み込みだった。
 
 ガッシィィィィィイン!!!
 
 正行の一太刀は、媛神の無造作に突き出した素手…そこから一尺ほど伸びた鉤爪に受け止められていた。
 ぼとり、ぼとりと何かが落ちる。
 
「…何と!?」
 
 それは断たれた媛神の鉤爪二本である。
 壮絶な一刀を防ぎきれなかったのだ。
 
 怒り狂っていた媛神のの口元がくっと吊り上る…今度は笑みの形に。
 それは闘争を好む修羅が、戦うべき相手を見つけてたぎるような歓喜の表情であった。
 
 媛神は心の中で、無礼はとりあえず許してやろう、と思った。
 今までの鬱屈とした気分も怒りも、すべて消えてしまうような喜びを覚えていたからだ。
 
 だがこれほどの好敵手、逃せはしない。
 
 かつて大陸から渡って来た大妖すら媛神の爪を切り落とすなどといった芸当はできなかったのに、この男は簡単にやってみせた。
 しかも、神器名剣の類ではない武骨な普通の太刀で、である。
 
 ほとんどの場合、敵が一方的に媛神の武威に押しつぶされて勝負がつく。
 だが正行は一瞬、媛神を退けてみせたのだ。

 …この武勇だけで自分を退屈させ、侮辱して怒らせたことなど忘れてお釣りがくる。
 
「…面白い」
 
 くっく、と媛神は愉快そうに笑っていた。
 そこに先ほどの怒気はなく、かわりに無邪気で凶暴な気配を背負って口元を吊り上げている。
 
「…面白いぞ、汝。
 
 吾と戦うがよい。
 吾を楽しませたならば、無礼は許してくれる。
 生き残れば、じゃがなぁ。
 
 さあ…その力、存分に吾に魅せよ!」
 
 媛神がさっと手をかざすと稲妻が辺りを穿っていく。
 しかし正行の周りに不思議な風が吹き、稲妻を悉く跳ね返した。
 
 正行は媛神との間合いをぐっと詰め、一刀を浴びせる。
 
 カッ、と媛神がそれを払う。
 
 それでも正行は引かずに太刀を振るい、相手の鉤爪を削る凄まじい斬撃を放ち続ける。
 打ち合うこと十数。
 蝿でも打ち落とすかのように、媛神は大きく正行の太刀を薙いだ。
 
「ぬるいわ!」
 
 逆手のうなるような反撃の一薙ぎは、正行の水干を掠めて後ろの大木を断ち割った。
 
 ドスゥゥン!
 
 同時に鈍い音が響いた。
 
「ぐぅっ!!!」
 
 太刀の間合いでは間に合わないと知った上で、変則的に放った正行の肘打ちである。
 体当たりを兼ねた重い肘は媛神の胸を抉るはずであった。
 しかし、胸半寸手前で媛神の妖力が壁となり、辛うじてその一撃を止めていた。
 
「ふん!!!」
 
 媛神は強引に踏みとどまり、無造作に腕で正行を押しやった。
 そこで追い討ちを掛けるように鉤爪で薙ぐ。
 
 パキィィィイン!!!
 
 爪から放たれた妖力を、正行は突き出した太刀でそらすように弾いた。
 正行の髪数本を掠めとった一撃は後ろの大岩を五つに分断し大地を割っている。
 
 2人はさっと距離をとり睨み合った。
 
「………」
 
 媛神の粉砕した木や岩が今になって崩れ落ちる。
 
 たらり、と正行の頬から血の雫が流れ落ちた。
 
「ふふふふふ…」
 
 媛神が楽しそうな笑みを浮かべている。
 
「ははははは…」
 
 何時の間にか正行も笑っていた。
 互いに不敵な笑いである。
 
 
(ふ、肘打ちで吾が妖力の護りを破りおった。
 
 臓腑に染み入る一撃とは、侮っておったの)
 
 軋む身体を悠然と立たせながらも、内心媛神は驚いていた。
 
 媛神の纏う妖力の壁は鉄壁である。
 実際肘は止めきったのだ。
 だが、妖力を徹って重い衝撃が媛神の内臓を震わせていた。
 軽い吐き気を気力で押さえ込む。
 
 かつて媛神に不快なほどの一撃を加えることができたものは一人もいない。
 彼女と同類の神格や、異国の大妖でもだ。
 
 先ほどの薙ぎもわずかにずれた。
 あと少しで正行の頬肉ごと後頭部をごっそり抉り取っていただろうに。
 
 いや、攻撃を弾かれた鉤爪の一本に小さな裂け目がある。
 もう少し強い攻撃だったならこちらの爪が折れていたかもしれない。
 

(腕が痺れるほどとは。
 
 鬼神とはいえ何という薙ぎだ。
 無造作なようだが、通力を込めた太刀で受けねば頭が無くなっていたな)
 
 正行にとって先ほどの肘打ちは奥義の一つである。
 当てた大岩の後ろだけ砂粒に変えるほどの威力があるはずだが、完璧に入れたはずが効果を抑えられて二割の威力も出せなかった。
 媛神の鉄壁の防御に舌を巻く。
 
 逆に反撃を受け、それを流した太刀を握る腕がびりびりと痺れている。
 流しきれるはずだったのに、現実は紙一枚分歪んだ太刀と重い腕の痛みである。
 
 引きつるような頬の裂傷は、冷や汗が染込んでかすかな痛みを告げていた。
 
 
 互いに半分は痩せ我慢をしつつ、媛神と正行は、内から湧き上がる闘争への高揚に酔う。
 
 大木が崩れ落ちて巻き上がった木の葉が、そよぐ微風と一緒に2人の間を駆け抜けていった。
スポンサーサイト

コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://aradia.blog69.fc2.com/tb.php/24-83905c71