Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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『遠野の鬼姫』 肆

 不適に笑みを浮かべ、美貌の鬼神と黒衣の武士(もののふ)は対峙していた。
 
 両者の放つ気合で空気は振るえ、眼光はぶつかり合って火花を散らす。
 
 不敗の伝説を持つ綾の媛神は湧き起こる高ぶりに心を躍らせていた。
 かつてこの媛神にこれほどの高揚を与えたものはいない。
 相手は水干に武骨な太刀だけの身なりだが、その武勇の凄まじさはわずかの時間渡り合った中でひしひしと感じていた。
 
「久しいかな…
 
 いや、これほど心躍るは初めてのことよ。
 汝(なれ)の剛勇、実に見事。
 
 楽しい、実に楽しいぞ、秋月の当主よ…
 もっとじゃ、もっと吾をたぎらせるがよいっ!!!」
 
 媛神は胸を躍らせる戦いに、くははっ、と楽しそうに哄笑した。
 
 それに応える様に、秋月の当主正行は太刀を上段に構え、応、と頷く。
 
 両者の居場所がぼやけると、互いの間にぶつかり合った一撃で稲光のような火花が散った。
 
 信じられない速度で弾き合う媛神の鉤爪と正行の太刀は、爆音と突風を起こし、互いの踏み込みと呼気が大地を揺るがした。
 
 これはすでに魔境の勝負。
 互いに一歩も譲らない壮絶な戦いであった。
 
 媛神の爪は半数に減り、正行の太刀は欠け散った刃が歪で無残な有様である。
 
 パキィィィィィイン!!!
 
 ついに媛神の鬼爪が砕け散り、正行の太刀もへし折れた。
 
 ばっと離れた互いの周囲は、竜巻と地震の跡の様に無残な地肌をむき出している。
 
 両者、荒い息を吐き出し、その肌を血の混じった汗が滑り落ちる。
 
 媛神と正行の一騎討ちは半時に及んでいた。
 
 互いに底なしの体力は連夜の戦いを可能にするほどでありながら、あまりに2人の攻撃は重く凄烈である。
 削りあって満身創痍。
 むしろ、ここに両者が立っているのが奇跡であった。
 
 得物を失いながら、媛神は拳を握り無造作に距離をつめる。
 
「ふふふ、まだ終わりではあるまい?
 
 その身があればまだ闘えるぞ…
 さあ、その武のすべてを振るうがよい。
 
 ともに武芸の極み、舞い踊ろうぞ!!!」
 
 正行も掌を突き出し組打(素手での格闘のこと)の構えを取った。
 青痣の浮いたその腕はまだ揺ぎ無い。
 
「この精果てるまで、お応え致そう!!!」
 
 互いに踏み込みで血潮の紅い霧を作り、立ち向かった。
 
「はあああああああ!!!」
 
「くおおおおおおお!!!」

 
 腹の底から叫ぶ。
 その拳、その蹴りで猛烈な打ち合いとなった。
 
 野蛮で武骨で荒々しいそれは、しかしとても美しい闘いであった。
 
 風に波打つ媛神と正行の、銀と黒の髪が互いの舞の衣装のようだ。
 豪奢な媛神の金色の眼(まなこ)が、蒼く輝く正行のそれと戦いの悦びを語り合う。
 飛び散る汗と血潮は互いに降りかかり、肌を熱くさせる。
 
 まさに命を懸けた舞踏であった。
 
「ふっ!!!」
 
 正行は伸ばされた媛神の腕をむんずと掴んで投げた。
 
「ぬぅ!!!」
 
 しかし媛神は絶妙の投げに逆らわずクルリと回りながら掌で正行の胸を殴打していた。
 
 ベキベキベキベキィッ!!!!!
 
 正行が旋回しながら背後にあった生木をへし折りながら吹き飛んでいく。
 
 だが媛神も地に叩きつけられながらごろりと一転し、よろめいて立ち上がった。
 
 歯を食いしばって立ち上がる正行の口と鼻からだらりと血があふれ出る。
 濁った咳を吐きながら、打たれた胸を押さえて庇い、ふらつきながら口と鼻の血を、ぐいとぬぐう。
 
 立ち上がった媛神も脇腹を押さえ、艶やかな朱色の唇から喀血した。
 しかしその目は正行から外していない。
  
(あやつ…
 
 突きをやる前に踵を入れてきたか。
 骨が砕けておるわ。
 
 すべて癒すにはしばらくかかるであろうなぁ…)
 
 媛神は大量に血の混じった唾を、吹くように吐き捨てる。
 
(しまったな…
 
 投げられながらなんとえげつない突きだ。
 腹の臓腑まで裂けている。
 
 いや、あれだけの一撃を喰らって生きておるのが僥倖か…)
 
 正行は呼吸を落ち着けて咳を止める。
 
 互いに動こうとするが、その身に負った傷はことのほか重かった。
 
(あれだけ吹き飛んで、よくも立てるものよ)
 
 媛神は口に残った自分の血を飲み下し、感嘆の目で正行を眺めていた。
 この武士は媛神を追い詰めているのだ。
 千の兵をたった一人で退けた倭国の伝説の武神を、である。
 
(渾身の踏み落としも、及ばぬか)
 
 正行の視野は少し霞んでいる。
 立っているのもつらい。
 震える足を何とか気力で支えていた。
 
 見れば媛神の朱い唇はまだ楽しそうに笑っていた。
 
(ふふふ。
 
 この吾が、冷や汗など…かくこともあるのじゃなぁ)
 
 ふらりと正行が片膝をついた。
 媛神も感覚のおぼつかない手で倒れた巨木を支えに立っていた。
 
 2人の間を風が駆ける。
 互いにこれが最後の一撃と、眼に乾坤一擲の覚悟が宿る。
 
 跳ね上がるように媛神と正行は踏み出し、互いに脱力した下半身のせいで、もつれる様に絡み、渾身の一撃を外して倒れ伏した。
 媛神と正行の意識はふつり、と途切れていった。
 
 
 最初に気がついたのは媛神であった。
 起き上がろうとして痛みに眉をひそめる。
 
「っふぅ、はあぁっ。
 
 …なんと、吾が地べたに伏しておるのか?
 く、くはははっ。
 
 片膝すらついたことがない吾が…」
 
 あきれたような微笑であった。
 
 媛神の目が自分に絡むように倒れている男を見る。
 まだ息があるが、媛神同様に虫の息だ。
 
「…目前のこやつに止めを刺す力もない。
 
 引き分けじゃな、この勝負は」
 
 指一本動かすのも辛いが、懐中から包み紙を取り出し、中の金色の丸薬を一粒口に入れ噛み砕く。
 血と混じった不快な苦味が広がるが、それを何とか飲み下した。
 しばらくすると痛みがすっと引いていく。
 
「人に授ける以外、使う道などないと思っていたのだがな。
 
 まさかこの霊薬を吾が飲むことになろうとは。
 …確かに不味いわ、これは」
 
 ぼやくように呟き、そっと自分に絡んだ正行の腕を外そうとして、媛神は目を見開いた。
 正行は気を失ってもなお、媛神の狩衣の緒をしっかりと掴んでいたのである。
 
「この倭国にこれほどの武士がおったとは。
 
 誇るがよい。
 汝は、この綾と武で分けたのだぞ…」
 
 愛おしそうにその頭を撫でる。
 血と汗と土埃でごわごわになった黒い髪。
 その肌は血の気を失って冷たくなりつつあった。
 
「…もう、聞こえぬか。
 
 ふむ、吾のようにはいかぬのだな」
 
 正行はすでに息をしていなかった。
 媛神すら死にかけていたのだ。
 人の身でここまで戦ったこの武士が常識はずれなのである。
 
「これほどの男、このまま逝かせてはもったいない。
 
 だが、吾の霊薬を飲み下すことはもはや無理か…」
 
 媛神は迷わず丸薬を口に含んで噛み砕き、正行におおいかぶさっていった。
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