『碧海の都アレトゥーザ』 安寧を祈って

2006.06.22(00:29)

 一月ぶりに訪れたアレトゥーザは夏の暑い盛りだった。
 
 刺す様な太陽の光は相変わらずで、一行は逃げ込むように『悠久の風亭』の扉をくぐった。
 
「マスター、冷たいエールをちょうだい!」
 
 レベッカが真っ先に酒を注文する。
 いつもは文句ばかり言うスピッキオも今回は黙って一杯の水を頼んでいた。
 
 ロマンは冷たい水に柑橘類の果汁を搾り、一つまみ塩を入れて飲んでいる。
 
「それって美味いのか?」
 
 シグルトの問いに、好み次第かな、との答えである。
 
 自分も冷たいエールを頼み、つまみのナッツを齧りながら、シグルトはこれからどうするかを相談しようと仲間たちに声をかけた。
 
「私はここで涼んでるわ。
 
 外は暑いし、あの日差しは女の肌の敵ね」
 
 レベッカはいつものだらけて怠惰な様子だ。
 
(しばらくは怠ける余裕も無かったからな…)
 
 シグルトは心の中で御苦労様、と呟く。
 
「僕も今回は休憩。
 
 暑気あたりっぽいし…
 少しベッドを借りて寝てるね」
 
 ロマンの色素の薄い白い肌と華奢な体格には、この日差しの中を歩くのは大変だったのだろう。
 しっかり休めよ、とシグルトがいうと、頷いたロマンは部屋へと引き込んでしまった。
 
 スピッキオはどうやら宿にいた旅の巡礼者に説法しているらしい。
 意気投合しているのか、話に夢中のようだ。
 
 ラムーナは、と彼女を見ると、思いつめたような顔をしている。
 
「どうしたラムーナ?
 
 賑やかなお前らしくないな」
 
 シグルトが声をかけると、ラムーナは困ったような、泣きそうな顔でシグルトを見る。
 
 このラムーナという少女、一見明るくてムードメーカーに見えるが、実は繊細で人一倍仲間を大切にする優しい娘であることを、シグルトはよく知っている。
 仲間が喧嘩をして険悪になったりすると表情を曇らせて心配するが、自分が犠牲になることはいとわないところもあり、限界まで我慢をするのだ。
 
 そして最近、このラムーナの困ったような顔は、相談したいことがある時、どうしようか悩んでなるのだと判るようになった。
 
「何か困ったことでもあるのか?」
 
 とにかく黙っていては判らないからと、シグルトはラムーナに悩みを話すように促した。
 
「あのね、私、技を習いたいの…
 
 でも今、お金が無いでしょ?
 だからどうしたらいいのかなって」
 
 ラムーナの話によると、前回知り合いになった大運河にいる女性が、舞踏を戦いの技として用いる独特の武芸を教えているというのだ。
 
「…いくらかかるの?」
 
 何時の間にか席を移っていたレベッカがラムーナに聞いた。
 ラムーナは銀貨六百枚だと恐る恐る告げる。
 
 レベッカは何か考えている様子だったが、シグルトの方を見ると、あんたの方はしばらく我慢ね、といってラムーナに銀貨の入った袋を渡した。
 
「いいのか?
 
 節約してやっと貯めた銀貨だろう?」
 
 シグルトが聞くとレベッカは、ええ、と頷いた。
 
「この娘がねだるなんてほとんど無かったし、純粋に戦力の強化ができるなら助かるわ。
 
 皆誤解してるみたいだけど、私は《けち》じゃなくて《倹約家》なのよ。
 必要な経費を惜しんだりはしないわ。
 
 それにデオタトから手に入れたもので旅装一式や保存食にも余裕があるし、帰りにカルバチアとか大きな都市を回って仕事を探しながら行けば、リューンに着くころにはいくらか懐も潤ってるはずよ」
 
 まあ、これからまた少し倹約しなきゃいけないけどね、とレベッカは優しい微笑を浮かべてラムーナの頭を撫でた。
 
「他の連中には文句は言わさないわよ。
 
 あの2人が一番お金を使ってるんだから」
 
 レベッカはそう言って片目をつぶってみせた。
 
 
 ラムーナは学んだ歩法と動きで鋭い突き放つ。
 
 跳ねるように戻る剣の先端が、背後に迫った木の的の真ん中を貫いていた。
 
 南方大陸より伝わった一つの舞踏がある。
 
 時には奴隷として連れて来られた南方の黒い肌の民は、戦う技を磨くことを隠すために舞踊という形でそれを伝えた。
 やがて南方の情熱的で激しい動きを取り込んで生まれた闘いの舞踊は、力と速さに分かれて武芸として昇華した。
 
 苛烈で華麗なそれを《闘舞術》という。
 
 ラムーナが習得した技は【連捷の蜂(れんしょうのはち)】という技である。
 
 蜂が連携して敵を突き刺すが如く、一連の動きで複数の効果を持つ、流れるような攻撃を行う戦士の舞踏である。
 流麗でありながら、優れた使い手が使うなら攻撃が2倍にも3倍にもなる恐るべき技だ。
 
「憶えておいてね。
 
 この技はあらゆる動きに繋げるその柔軟な動きこそが要なの。
 あるときは次の一撃に、あるときは必殺技の予備動作に、あるときは敵陣を切り払う。
 
 基本的に使え、そして応用的にも使える優れた術よ」
 
 ラムーナに闘舞術を教える黒人の女性は、丁寧にその動作を説明してくれた。
 
「ねえ、先生。
 
 これで私もみんなの役にたてるかな?」
 
 非力で体格のないラムーナは、戦士として仲間の内にありながらずっと劣等感に悩まされていた。
 相手の急所を貫く鋭い一撃は得意なほうだが、レベッカには劣るし、力技ではまったくシグルトに適わない。
 自分が役に立っているのか、ラムーナはいつも不安だった。
 
 この少女にとって、役立たずと断じられることはとても怖かった。
 かつて、色気もない踊りだけが得意だった痩せた少女は、役立たずと両親に売られたのである。
 
 役に立ちたい、そして側にいたい…
 
 もしラムーナの本心を知ったら、シグルトたちは怒るか、笑い飛ばすか、抱きしめただろう。
 ラムーナが家族としての絆を仲間たちと育もうと必死に悩んでいるとき、その仲間たちは心の中でラムーナを大切なパーティの一員として認めていたのだから。
 
 まだわずかに幼さの残る少女に、黒人の女性は柔らかに微笑んで頷いた。
 
 
 シグルトはまた蒼の洞窟を訪れていた。
 
 土産代わりに持ってきたのは、『悠久の風亭』の女将さんがもたせてくれた焼菓子と、旅先の市で手に入れた新しい陶器のカップである。
 安物で悪いな、というシグルトにレナータは思い切り首を横に振って嬉しそうに器を抱きしめていた。
 
 2人静かに、洞窟に光を反射させる美しい水面を眺めてお茶を飲むだけ。
 しかしそれはシグルトのように、時に闘いに身を置く冒険者にとってかけがいのない安らぐ時間なのである。
 
 またここに来ることができたことを尊び、知人との再会を喜び、静寂の優しさを味わう。
 普段あまりに簡単に手に入るそれは、実はとても素晴らしくて大切なものなのだとシグルトは思う。
 
 願わくば、安らげる大切な時を、仲間たちが少しでも味わって幸福な気持ちになれるように、とシグルトは厳かに心の中で祈るのだった。

 
 
 解説忘れてました…
 
 このリプレイで出した【連捷の蜂】、実は対のスキルとして【幻惑の蝶】があります。
 二つセットで「蝶のように舞い、蜂のように刺す」というテクニカルなことができるようにとイメージして、Martさんにアイデアをねじ込んだスキルです。
 このスキル、大量に重ねて使うと召喚スペースがあればものすごい連続攻撃になるんですよね。
 ただ、最初から飛ばし過ぎて使ってるとスタミナ切れを起こすので、使いどころや動作の選択がとても重要です。
 
 闘舞術のほとんどに言える事ですが、実は魔法とか幽霊が苦手な傾向にあります。
 そのかわり、それぞれのスキルを応用して威力を高いものにできるようデザインしてあるので、コンボ=連携攻撃すると楽しいですよ。
 
 
 今回の主役は存在感が薄いラムーナちゃんです。
 回を重ねるごとに言動が子供っぽくなってますが、そのうち化けますので、お色気希望の方、お待ちくださいね~
 彼女、華奢なのは栄養不足なだけですので。
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