『教会の妖姫』

2006.06.23(20:49)


 シグルトたちが久しぶりに宿でくつろいでいると、ふと新しい張り紙に気がつく。
 それは宿の親父が出した、依頼書だった。
 
「親父さん、この張り紙って?」
 
「ああ、北のラーデックまでお使いを頼もうと思ってな。
 
 ちょっと待ってろ…」
 
 親父の依頼というのは、親父の祖父が使っていたという古い煙草用のパイプを、宗教都市として有名なラーデックに住む友人に届けるというものだった。
 親父の友人というのは、ラーデックで『猫の額亭』という宿を営んでいるらしい。
 無類の煙草好きで、、件のパイプはいつか譲るという約束だったのだそうだ。
 
「報酬なら、届け先の親父からたっぷりふんだくってくるといい…」
 
 無責任な依頼ではある。
 だが、普段から宿代のツケや荷物の管理で世話になっている親父の依頼である。
 
「俺はいいと思うが、皆はどう思う?」
 
 シグルトは必要でない限りは必ず仲間を優先する。
 シグルトの指揮官ぶりは板についてきており、親父も頼もしく思うようになっていた。
 
(おそらく次代のエースとして活躍してくれるだろう。
 
 惜しむらくは人数としてもう1人ぐらい、仲間がいると良いんだが…)
 
 剛勇で豪腕の剣士シグルト、交渉上手のやり手盗賊レベッカ、慎重派で賢明な魔術師ロマン、優しくムードメーカーの軽戦士ラムーナ、理知的で気骨のある僧侶スピッキオ…
 
 バランスも良く、的確に依頼をこなしている彼らは、一部の行商人や村ですでにそれなりのコネクションをつくり、宿の名を売ることに貢献し始めていた。
 
 『小さき希望亭』の“風を纏う者”は誠実な仕事をする…
 
 宿としては実に嬉しい評価である。
 親父としては見込んだ甲斐があるというものだ。
 
 ふと彼らのことを考えて、ぼーっとしていたことに気付き、あらためて“風を纏う者”を見ると、一行は話をまとめつつあった。
 
「私はかまわないわよ。

 今はそれなりに貯金にも余裕があるし、ちょっと遠出して新しい人脈を作っておくのもいいんじゃない?
 親父さんの友人で宿の主人ってぐらいなんだから、その宿も『冒険者の宿』なんでしょ?」
 
 さすが、と親父は思う。
 レベッカは手先だけでなく、こういうことに聡い。
 
「僕も興味があるね。
 
 ラーデックは歴史のある都市だっていうし、行ってみて見聞を広げるのもいいと思う」
 
 ロマンは勤勉である。
 
「新しい町?
 
 うんうん、行こう!」
 
 ラムーナはこういう時とても協力的で助かる。
 
「ふむ、ラーデックか。
 
 聖北の重要な巡礼地じゃ。
 行くのであれば、是非あそこの教会には寄らねばのう」
 
 全員賛成だな、とシグルドはこの依頼を受けることを親父に告げた。
 
 
 数日の道のりを経てラーデックに着く。
 
 シグルトたちはまず、親父の依頼を果たすことと宿の確保のため、『猫の額亭』に向かった。
 洒落でなく、その宿の中は狭い。
 大柄のスピッキオなど窮屈そうだ。
 
「いらっしゃいませ!」
 
 元気な声で迎えてくれたこの宿の従業員らしき娘が、シグルトやロマンを見てぽぅっとなる。
 美丈夫と美少年が一緒なのだ、年頃の娘ならそれなりの興味をもつだろう。
 
「いらっしゃい。
 
 何か御用かね?」
 
 宿の主人らしき人物が声をかけてくる。
 パイプを咥えたまま…この人物に違いない。
 
「あなたがこの宿の御主人だな?
 
 俺たちは“風を纏う者”。
 『小さき希望亭』を中心に仕事をしてる冒険者だ。
 
 あそこの親父さんに頼まれて、届け物をしに来たんだが…」
 
 シグルトが簡潔に要点を伝え、パイプの入った箱を親父の前におく。
 親父は中身を確認し、満足げにパイプをしまうと、銀貨が詰まった袋を出して冒険者たちをねぎらった。
 
「…うん、銀貨五百枚。
 
 届け物の依頼としてはまずまずね」
 
 レベッカがきちんと銀貨を数えてしまいこむ。
 
 親父に宿を頼むと、遠路はるばる来た友人の知り合いだから、とこの一晩は無料にしてくれた。
 もちろん今後ラーデックに来たときは、是非この宿を使うように言い含められたが。
 
 適度に重い荷物を預け、身軽になった冒険者たちは都市の散策に出ようと扉を開ける。
 
 すると2人の若者が息を切らせて宿に入ってきた。
 
「あら、アルにトビーじゃない…」
 
 16、7歳だろうか。
 一方は少し華奢な感じの美男子だ。
 上品な服装からしてそれなりの家のお坊っちゃんだろう。
 
 もう1人はそばかすが目立つ、ごつい剣を背負った粗野な感じの少年だ。
 対照的な2人組みである。
 
「………」
 
 2人は、エマというらしいさっきの従業員の女の子に話をしていたが、彼女がこちらを指差すと声をかけてきた。
 
「こんにちは…冒険者の方々ですよね?」

 華奢な美男子の方が依頼をしたいと、続けた。
 
「…どうする?」
 
 シグルトが一応という感じで皆に確認する。
 とりあえず話を、ということで一行は狭い宿の奥の一角を陣取った。
 
「僕はアルフレート。
 この町の領主ウィルヘルムの息子です。
 
 で、こっちはトービアス…幼馴染です」
 
 
 アルという少年の依頼はリアーネという少女を探すことだった。
 報酬は銀貨一千枚。
 
「まあ、旅先のコネ作りってところでいいんじゃない?」
 
 調査は得意なレベッカである。
 高額報酬の依頼であるし、聞けば領主の息子だという。
 
 一同は旅の疲れがそれほどでもないということもあってか、急かすアルたちを伴って調査を始めることにした。
 
 
 聞き込みをしつつあちこちを探索するがあまりこれといった情報は得られなかった。
 
「とりあえず、その娘とアル君が会ったところにいってみようか…」
 
 レベッカの提案に従い、一行は不可侵とされる教会の『聖園』に向かった。
 
 3mはあろうかという塀に囲まれたそこは、どうやって入っていいのか見当すらつかない。
 アルフレートにどうやって入ったか尋ねると、茂みの向こうにある50cm四方の小さな穴が開いている場所を指し示した。
 
「むう、わしにはちと狭いのう」
 
 スピッキオがうめく。
 華奢なアルフレートなら平気だろうが、体格の大柄なシグルトたち男性2人にはちょっとつらいサイズの穴である。
 
 一行は聖域にこんなところから進入するアルフレートの行動力にあきれていたが、意を決してトービアスが穴に向かう。
 
 ゴッ!
 
 突然鈍い音がしてトービアスが吹き飛んだ。
 
「な、何をしやがる!」
 
 激痛にうめきながらトービアスが怒りの視線を向けた。
 
 そこには横幅だけならスピッキオよりも立派なごつい体躯を僧服に包んだ大男が立っていた。
 
 男はさらに文句を言おうとするトービアスを問答無用で打ち据えた。
 金属製の鎚矛(メイス)という打撃武器でだ。
 
「…その塀の向こうは聖園と呼ばれる区域だ。お前ら庶民が入っていい場所ではない」
 
 高慢そうなその男は自分の言葉に酔ったように言う。
 
「だ、だからって…ここまでする必要はないだろう!?」
 
 トービアスに駆け寄っていたアルフレートが抗議の声を上げる。
 
「おや、異端審問官たるこの私に逆らう積もりかね?なんという罰当たりな…」
 
 大男は凶暴な表情を浮かべ、アルフレートに歩み寄ろうとする。
 
「…罰当たりはおまえじゃ。
 
 聖なる場所を薄汚いそれで、血に染めるつもりか?
 異端審問官が聞いてあきれるわい」
 
 間に入ったのはスピッキオだった。
 司祭の僧服を着ているスピッキオを見て、大男の歩みがとまる。
 
「む?
 見かけぬが、その僧服は…」
 
 眉をひそめる大男に、さらにあきれたようにスピッキオは言う。
 
「ふん、異端審問を語るものがこの体たらくか。
 
 わしは聖海教会の司祭じゃ。
 そんなことも判らず、威張るでないわ。
 
 これ以上の暴挙はわしの名と聖職をもって、断じて許さぬ。 
 わしがこの都市での異端審問官の権限を知らぬと思うのか?
 おまえのやっておることは明らかに越権行為じゃ!!!」
 
 スピッキオの一喝に一瞬怯み、真っ赤になって怒りを顕にした大男だが、一言二言捨て台詞を言うと去っていった。
 
「うぐぐ…」
 
 トービアスが呻いている。
 すぐにスピッキオが癒しの秘蹟を与えるが、傷が重かった。
 
「…ひどい奴だな、警告もなしに鎚矛で殴打するなんて」
 
 シグルトがトービアスを背負う。
 
「…ひとまず宿に戻りましょ」
 
 レベッカの言葉に頷くと、一行は『猫の額亭』を目指した。
 
 
 宿に戻った一行はわけを話し、トービアスを休ませる。
 
 一時間後、いくらか腫れの引いたトービアスは気がついたあと、猛然と怒りをあらわにした。
 
「あの野郎…ぶっ殺してやる!
 
 あ、いてててて…」
 
 慌ててそれをアルフレートとエマがとめている。
 
「それにしてもあの大男、やりすぎだよね」
 
 ロマンが一同に同意を求める。

「大男?」
 
 何か心当たりでもあるのか、宿の親父が怪訝な顔をした。
 一行がわけを話すと、親父は納得したように頷いた。
 
「なるほど、そいつはたぶんバルドゥアだな。
 奴に関しちゃいろいろとよくない噂を聞いている」
 
「なんじゃと!?
 
 …あの鬼畜か!!!」
 
 スピッキオが知っている風だった。 
 
「去年の秋ごろから教会に出入りしてるらしいが。
 
 聖職者とは思えないほど乱暴な男でね…知ってるのか」
 
 スピッキオは苦々しい顔で頷いた。
 
「…悪名高い極悪人じゃ。
 
 役職をかさに着て、強姦に殺人、挙句は罪のない結婚目前の娘を魔女の疑いで捕らえ、拷問し殺してしまったんじゃが…
 平然と正義を遂行した、などとほざいた外道じゃ。
 
 本来異端審問官は宗教内における問題の調停や神前裁判などのために調査を行う調査官にすぎぬ。
 
 倒すべき相手が《吸血鬼》や《悪魔》といった強大な力を持った恐るべき異端である場合にそれを討滅する、特別な聖務を授けられる機関が存在すると聞いたことはあるが、の。
 異端審問官が所属するのは、それとは完全に別の組織なのじゃ。
 
 審問官自体に拷問や裁きを行う権限などない。
 
 奴のやったことは越権どころか、異端にも劣るわい!」
 
 スピッキオはバルデゥアの悪行の数々を苦々しく語った。
 それは人間の行為とは思えないほど聞くに堪えない話であった。
 
「なんでそんな男を教会に置いているのか…エルンスト様の真意を計り兼ねるよ」
 
 親父も眉をひそめた。
 
 その後、トービアスの回復を待ち、一行はまた調査に乗り出した。
 
 
 教会で応対をしていたのは、ライン司祭という温厚そうな人物だった。
 
 一行の来訪を快く出迎えてくれた司祭からさまざまなことを聞く。
 
 スピッキオがこの教会の代表であるエルンスト司教への面談を申し込むと、執務室で仕事をしているとのことだった。
 父親が司教の友人であるアルフレートの存在とスピッキオの司祭の肩書きもあってか、すんなりと面会を許された。
 
 執務室の窓際にある粗末な机で書類整理をしていたエルンスト司教は、一行を穏やかな笑顔で迎えてくれた。
 
 先ほどのバルドゥアの件でトービアスが食ってかかる。
 
 エルンスト司教はそれをじっと聞き、責任を持って何とかすると約束してくれた。
 
 
 教会ではろくな情報が手に入らず、結局また聞き込みをすることになった。
 
 街で情報収集していたときのことである。
 中年の女性が思い出したように手を打った。
 
「…そうよ、思い出したわ。

 教会のエルンスト司教のお孫さんが確かそんな名前だったはずよ!」
 
 それは驚くべき話だった。
 何年も前に亡くなったという司教の孫の名前がリアーネだという。
 
 アルフレートは真っ青になって教会に向かって走り出した。
  
 
 教会についたアルフレートは取り乱して、エルンスト司教につめよった。
 
 エルンスト司教は黙って話を聞いていたが、アルフレートには本当のことを話そうといい、一同は緊張した面持ちになる。
 
「失礼する。
 
 エルンスト司教はいらっしゃるかな?」
 
 そうやってノックもそこそこに勝手に入ってきたのはバルドゥアだ。
 
 いきりたってバルドゥアに襲い掛かろうとするトービアスを皆でおさえる。
 
 司教は用事を急ぐバルドゥアにわかったと告げると、一行と夜の礼拝堂で会うことを約束し、鍵を渡してくれた。
 
 夜まで待とうと一行は宿への帰途につくのだった。
 
 
 しかし、帰る途中のこと、でっぷり太った派手な衣装の男が数人のチンピラを連れて歩いてきた。
 
「ちっ、ブルーノかよ…」
 
 トービアスが舌打ちする。
 
 ブルーノと呼ばれた太った男はこちらに気がついて近寄ってきた。
 
「おや…弱虫のアルフレートに腰巾着のトビーじゃないか!?」
 
 嫌味な口調で言ってきた男はかなり性格が悪そうだ。
 
 ブルーノはラーデックで五指に入る豪商の放蕩息子で、冒険者を気取って威張りくさっているただのチンピラらしい。
 
 トービアスが道を空けるようにいうと、ブルーノはつまらない因縁を吹っかけてきた。
 
 切れたトービアスがブルーノを豚と罵ると、相手も真っ赤に激昂して襲いかかって来た。
 
「やれやれ…」
 
 シグルトたちはあきれたように前にでて2人を庇う。
 
 揃って襲い来る敵に、ロマンが【眠りの雲】を唱えると一斉に地に伏した。
 よろめいたブルーノにラムーナの刺すような蹴りがきまり、吹き飛ばす。
 その踏み込みの鋭さは【連捷の蜂】の最初の動作である。
 
 不利を悟ったブルーノたちが逃げ出す。
 
「拙いわ、誰かが通報したみたいね。
 
 官憲の連中が来る前にずらかりましょう!」
 
 レベッカの声に頷くと、一行は『猫の額亭』目指して逃げ出した。
 
 
 時間を宿でつぶし、夜、約束の礼拝堂にやってくると人の気配がした。
 
 しかしそこにいたのは…
 
「バルドゥア!!!」
 
 怯えて下がったバルドゥアの足元、血溜まりに老人が倒れていた。
 それはエルンスト司教である。
 すでに事切れているようだ。
 
 アルフレートが悲痛な声をあげる。
 
「ち、違う、俺がやったんじゃない!」
 
 動揺して言い訳するバルドゥアの手から鎚矛がごとり、と落ちた。
 
「貴様…
 
 エルンスト閣下をよくも!!!」
 
 スピッキオが怒りの表情で杖を構えた。
 
 その叫び声に、ライン司祭が駆けつけてきた。
 
「いったい何事…!?」
 
 倒れ伏したエルンスト司教と、バルドゥアを見て司祭も凍りつく。
 
 教会の僧兵たちも駆けつけた。
 
「違うっ、俺がやったんじゃない…
 
 そ、そうだ、こいつらの仕業だ!」
 
 バルドゥアはシグルトたちを指差すが、スピッキオは堂々とその前に出た。
 
「おぬしの僧服についた閣下の返り血が、すべてを明らかにしておるわ…」
 
 バルドゥアは見苦しく、違う、違うといっていたが、どう見てもバルドゥアの犯行であることは明らかである。
 
 ライン司祭はバルドゥアの足元に転がっている凶器を調べ、怒りのあまり青ざめた顔でバルデゥアを睨む。
 
「弁解する必要があるのは卿の方のようですな、バルドゥア殿!?」
 
 うっ、と追い詰められたバルドゥアは、今度は、エルンストが悪いんだ!とさっきとは全く違う言い訳を叫びだす。
 
「…ひっ捕らえろ!」
 
 ライン司祭は動転しているバルドゥアを無視して僧兵に命じる。
 暴れるバルドゥアだが、人数には勝てずにすぐ押さえられ、引っ立てられていった。
 
 司祭は跪くと、司教の遺体を見つめ沈痛な面持ちでかぶりを振った。
 
 アルフレートが声をかけると、司祭は立ち上がって一行を見る。
 そして今回の事件の参考人として彼らの同行を要請した。
 
 
 事件より二日経つ。
 身柄を教会に留められていた一行は、やつれた顔でやってきたライン司祭に自由を告げられた。
 
「それで、バルドゥアはどうなったのですか?」
 
 それにライン司祭は、法王庁より神前裁判の許可がおり、本日断罪されるだろうこと、バルドゥアは死刑になるだろうことを一行に告げた。
 
 複雑な気持ちで外に出ると教会の入り口で、『猫の額亭』の主人の娘、エマが迎えてくれた。
 
 一旦『猫の額亭』に戻った一行は、やはり一度家に行くべき、とアルフレートの父、ウィルヘルム卿の屋敷へと向かった。
 ウィルヘルム卿は少し呆れ顔で、身の程をわきまえないからこんなことになるのだ、とアルフレートをたしなめたが、事情は一通りわかっている様子でそれ以上は一行を責めなかった。
 
 その後、少し時間を潰した一行は、神前裁判の結果を知るために教会に向かった。
 
 
「なんじゃと…ではあの鬼畜めは平然と自由にうろついておるのか!」
 
 教会でうな垂れたライン司祭が話してくれた内容に、スピッキオが怒りの声を上げた。
 
 それは荒唐無稽でとんでもない話であった。
 バルドゥアは司教が魔物に操られていたと言い張り、無罪を主張したのだ。
 そしてリアーネがいたという聖園に誰かをかくまっていただろう、とそれを証拠に言い逃れを始めたのだ。
 
 しかし、司教はここ数年頻繁に聖園に出入りし、食料なども持ち込んでいた、という話が持ち上がった。
 そして、調べるに当たって証拠もいくつか発見され、下された裁判の結果は、バルドゥアに一週間の猶予を与え、魔物をつれて教会に示せというものだった。
 
「なんという愚かなことを…
 
 アロントの事件を知っておってそんな暴挙を許すのか!
 あやつは必要ならば平気で罪のない人を魔女にできる男じゃぞ。
 
 いかん、何としてもそのようなことは食い止めねば…」
 
 スピッキオの言葉に一同は頷く。
 なにより一番危険なのはアルフレートの探しているリアーネであろう。
 
 教会を出た一行はさらに情報を集めようと聞き込みをする。
 リアーネの情報はまったく手に入らなかったが、バルドゥアがブルーノを手下にして街を闊歩しているという噂であった。
 
「豚は豚同士ってわけね…」
 
 レベッカがあきれたように呟いた。
 
 一端休息するために『猫の額亭』に戻った一行だが、なんとそこで件のバルドゥアが待っていた。
 
 バルドゥアは自分の正義を熱く語り、アルフレートと一行に協力を要請してきたのだ。
 自分の弁に陶酔する風のバルドゥアを、一行はしらけた目で見つめていた。
 アルフレートは自分に出された飲み水をバルドゥアめがけてぶちまけた。
 
 バルドゥアは怒りと屈辱に顔を歪めると、去って行った。
 
「けっ、二度と来るな、ぼけ!」
 
 下品に親指で地面を指し、トービアスが怒鳴る。
 
「あれで頭の醒める奴ではないわい…」
 
 スピッキオも苛立たしげに杖の先で床を小突いていた。
 
 現状でリアーネの行方はまだわからない。
 焦る一行に、宿のマスターは『黒犬亭』という情報屋のいる店を教えてくれた。
 
 そこは色っぽいがどこか退廃的な雰囲気の女が経営する酒場だった。
 一行が情報屋を探していると伝えると、奥の黒服の男を指差す。
 
 男は一行に情報を求める理由を尋ねようとした。
 しかし、レベッカがそれを制した。
 
「ここの鼠(情報屋のこと)は礼儀知らずね。
 
 私たちは情報を買いに来ただけ。
 何も話すことはできないわ」
 
 それじゃ話せんな、という男にレベッカは時間の無駄ね、といって一行に帰ることを促した。
 
「どうしてですか?
 
 情報が必要なんじゃ…」
 
 驚いて食って掛かるアルフレートに、レベッカは頭を振って、あれはダメ、といった。
 
「たぶん、私たちの素性も聞き出して情報として売るつもりよ、あの男。
 
 下手に素性を話すと、バルドゥアに私たちの動きを知られることになるわ」
 
 びっくりしているアルフレートとトービアスに、レベッカは片目をつぶってみせた。
 
「仕方ないわねぇ。
 
 ま、そろそろ撒いた種が収穫できるころね」
 
 レベッカは伸びをすると当りがついているという風に、一行を連れて調査を始めた。
 
 それからのレベッカは実に巧みに情報収集をし、8年前に起こった《吸血鬼事件》と呼ばれる怪事件を探り当てた。
 
 巧みな手腕にアルフレートたちが驚いていた。
 
 その後、聖園に進入し、レベッカが赤い布キレを見つける。
 
「…この手の切れ端、見覚えがあるわ」
 
 レベッカは司教の部屋にも侵入して、そこにタイマ草という植物を見つけてきた。
 このあたりの山岳に生える植物だそうである。
 
「お主…もう少し早く本気を出さぬか」
 
 スピッキオがあきれて言うと。
 
「最初から裏で情報は集めていたのよ。
 
 確証がないまま動き回ると『黒犬亭』の黒い鼠が喜ぶだけ。
 私は仕事ではいつでも本気よ。
 そういう暑苦しい姿はみせたりしないけどね。
 
 まあ、ようやく小道具も揃ったし、行きましょうか」
 
 レベッカはわけがわからないという一行をつれてウィルヘルム卿の屋敷に向かった。
 
 レベッカは先ほど聖園で手に入れた布キレを屋敷の入り口にいた衛兵に見せる。
 衛兵が驚いた顔をする。
 
「確かこれってラーデック騎士団の近衛隊が使うマントの模様、よね?」
 
 衛兵は目を丸くして頷いた。
 
 アルフレートがあっ、とさけんだ。
 
「なるほど、ね。
 
 あとは領主様に聞きましょ。
 どこの山にリアーネちゃんをかくまっているか、ね」
 
 
 アルフレートは走るようにウィルヘルム卿の部屋へと向かった。
 
 布キレを示してウィルヘルム卿を問い詰める。
 興奮したアルフレートは一行が止めるのも聞かず、今まで心に凝っていただろう、父への不満もぶちまけた。
 
 ウィルヘルム卿はついにどなり、落ち着かんか、とアルフレートを叱りつけた。
 
 そして疲れたように椅子にどっかりと座り込むと、すべてを語りだした。
 
 リアーネがエルンスト司教の孫であること。
 8年前の吸血鬼騒動の折、司教が死んだと偽って聖園にリアーネを幽閉したこと。
 そしてそれがバルドゥアにばれてしまい、脅迫されていたこと。
 バルドゥアの蛮行に耐えかねて、司教がウィルヘルム卿を頼ってきたこと。
 そして司教から聞いた話で、アルフレートがリアーネのもとに足繁く通っていたことを知ったこと。
 友人である司教のために協力してリアーネを聖園から移動させたこと。
 司教に条件としてアルフレートをリアーネに近づかないように計らう約束をさせたこと。
 
 最後の言葉に激高するアルフレート。
 
 なら、すべてを自分で確かめろ、とウィルヘルム卿はリアーネがヴェヒトファイエル山の山荘にいることを告げた。
 
 一行は肩を落としてうな垂れるウィルヘルム卿を残し、山荘を目指した。
 
 その山荘はウィルヘルム卿の持ち物のようで、アルフレート亡くなった母と共に来たことがあるらしい。
 
 そしてそこにはリアーネがいた。
 
 
「リアーネ!!」
 
 アルフレートがリアーネに駆け寄る。
 
「アル…!?
 
 どうしてここに?」
 
 有無を言わささず抱きしめるアルフレートを、戸惑ったように見る赤い目の少女。
 
「熱く抱擁し合うのはいいんだけど、場所と人目を考えたほうがいいわよ、アルフレート君」
 
 レベッカがからかうように言うとアルフレートは真っ赤になってリアーネを開放した。
 
 
 一行はリアーネに招かれて、彼女が入れてくれたお茶を啜っていた。
 急いで山道を移動し、水分を失った身体に熱いお茶が染み渡る。
 
 アルフレートが近日起きた出来事をリアーネに話して聞かせた。
 
「そう…おじいちゃん、死んじゃったんだ…」
 
 少し悲しげだが特別驚いた様子もない。
 リアーネは司教からこんなことになるかもしれないと知らされて、覚悟していたのだといった。
 
「アルは、知らないのね…」
 
 一通りの事情を聞いたリアーネは意味深げなことを言ってアルフレートを困惑させた。
 
 
 一息ついたあと、アルフレートに帰ることを促すシグルト。
 この少女はあのバルドゥアに追われているのだ。
 
 アルフレートがリアーネを連れ帰ろうとすると彼女はそれを拒んだ。
 リアーネは行けないの一点張りで、話が膠着している。
 
「…痴話喧嘩は後。
 
 連中が来たわよ」
 
 レベッカが短剣の抜き具合を確かめながら、窓の外を促す。
 
 そこには武器を持ったバルドゥアと、彼に率いられたブルーノや手下たちが集結していた。
 
「皆、戦う準備だ」
 
 シグルトは剣を確認し、衣服に解けて邪魔になる部分がないか確認している。
 ロマンは、いつでもいいよ、と愛用の魔導書を抱きしめた。
 ラムーナは身体の柔軟をしてウォームアップしている。
 
「よし、皆に守りの加護を施す。
 
 順番じゃ」
 
 スピッキオは【聖別の法】の秘蹟を成し、一行の身体が薄っすらと特別な力に護られる。
 
「どうじゃ、レベッカ。
 
 ちゃんと役に立ったであろうが」
 
 そう言うスピッキオに、はいはい、と投げやりに手で応えると、レベッカはシグルトを見た。
 シグルトは撃って出る、と告げ、一行が頷くと扉を開け放った。
 
 
「ほぉ、これは、これは…
 
 またお会いしましたな、領主殿の御子息アルフレート君」
 
 ブルーノたちを伴ってやって来たバルドゥアは、随分と余裕顔であった。
 
「よく言うわ…
 
 適当に犬(密偵の隠語)でも雇って、私たちの後を追いかけてきたんでしょう?」
 
 呆れ顔でレベッカは短剣をいじっている。
 
 レベッカの茶々を無視して、バルドゥアはアルフレートに向かってリアーネの身柄を寄越せと手を差し出す。
 
「私が訪れた理由は話すまでもなかろう。
 
 さあ、後ろに隠れている娘を渡すんだ…」
 
 それをアルフレートは毅然と断った。
 
「断る!
 
 誰がお前のような殺人鬼にリアーネを渡すか」
 
 バルドゥアは肩をすくめた。
 
「…アルフレート君、君はその娘の正体が何であるのか、わかった上で駄々をこねているのかね?
 
 その娘の正体は魔物だ。
 8年前ラーデックを騒がせた吸血鬼…それがその娘の正体なのだよ?
 
 わかったら、そこをどくんだ。
 我々は神の正義を行わねばならん。
 邪魔をしないで頂きたい」
 
 いかにも自分こそが正義である、というバルドゥアをアルフレートは睨みつけた
 
「…魔物だって?
 
 もし魔物がいるとすればそれはあんたの方だろう、バルドゥア…!?
 
 あんたに比べれば、まだゴブリンの方がましだ。
 ろくでもない連中だが、奴らは神の名を騙ったりしない…
 
 あんたは卑怯者だ。
 自分の欲望のために神を利用しているだけじゃないか!
 
 何が異端審問官だ…
 
 神の名を騙る外道のくせに!」
 
 アルフレートの侮辱に、凶悪な表情を見せ、バルドゥアは顔を歪ませた。
 
「神よ、お許しください…
 
 アルフレート君、神はお怒りだ。
 神に選ばれしこの私を蔑ろにするとは、なんと罰当たりな…!
 
 良民にあるまじき行い…
 
 少々お仕置きせねばならん!」
 
 バルドゥアは後ろにいたチンピラたちに促した。
 
「…殺れ。
 
 だが、アルフレートだけは殺すなよ、あとあと面倒だからな!」
 
 向かってくるチンピラたちに、ロマンが呟いた。
 
「…せめて正義の味方らしい奴らと組んでれば、見た目だけは説得力があったかもね」
 
 レベッカが頷く。
 
「勧善懲悪を謳うなら、せめてこんな三下は使わないことよね。
 
 どっちが悪人だか丸判りよ、これ」
 
 ラムーナが真剣な表情で、アルフレートたちを背後に庇いながら、黙って小剣を構える。
 
「恥知らずな鬼畜めが。
 
 罰当たりはおぬしらじゃ。
 容赦せんから、覚悟するがよい!!!」
 
 スピッキオが杖でバルドゥアたちを指し示す。
 
 後ろのアルフレートたちに大丈夫だ、と目で知らせ、シグルトは剣を抜き放った。

  
 戦闘が始まった。
 
 ラムーナがものすごい踏み込みからブルーノを突く。
 よろけて身体が浮いたブルーノをトービアスが大剣で鎧の上から殴りつけると、ブルーノは無様に転がって気を失った。
 
 シグルトの剣がバルドゥアを追う。
 
 ラムーナが目前の敵の攻撃を払い、返す動作で背後の敵を貫いた。
 【連捷の蜂】の第二動作【女王蜂】である。
 
 シグルトは暴れるバルドゥアに傷を負わされながらも、構わず突っ込みさらにその肩を裂く。
 
「《穿て!》」
 
 さらにバルドゥアをロマンの【魔法の矢】が打ち据える。
 
 シグルトの剣が今度はバルドゥアの脇腹を抉る。
 
「おのれぇ、罰当たりめがっ!!!」
 
 ぴたりと迫って剣を振るシグルトと、顔を悪鬼のように歪めたバルドゥアが得物で激しく鍔競合い、何度も打ち合う。
 
 雑魚はすでにラムーナの【連捷の蜂】の餌食となって1人も立っていない。
 
 不意に飛び出したアルフレートの渾身の一撃でよろめくバルドゥア。
 
 シグルトの一刀で胴鎧を砕かれ、くの字になって血反吐を吐くバルドゥアの眉間を、ロマンの【魔法の矢】が打ち抜いた。
 
「がぁ…あ!」
 
 バルドゥアの巨体が音を立てて倒れた。
 
 その轟音にのびていたブルーノが気付き、慌ててバルドゥアを担がせて、周りのチンピラと逃げ去って行った。
 
「お、憶えてろーっ!!」
 
 最後に捨て台詞を残すブルーノをロマンがあきれた風に見送りながら、やっぱり三下だね…、と呟いた。
 
 
 そして一行はラーデックに無事帰還した。
 
 アルフレートは何度もお礼を言い、今は持ち合わせが無いからと、『猫の額亭』で待つよう一行に告げ、リアーネを伴って屋敷に帰っていった。
 トービアスも生家を何日も留守にしているといって、帰っていく。
 
「…俺たちも宿に戻ろう」
 
 シグルトの声に、一行は頷いた。
 
 
 一晩休んで体力を回復した一行は、旅支度を整え、昼食を摂りながらアルフレートからの連絡を待っていた。
 
 やがてトービアスが1人やってくると、むすっとした顔で重そうな皮袋を一行の前に置く。
 
「これ…アルから。
 
 約束の報酬だってさ。
 確かに渡したよ」
 
 受け取ったレベッカが、銀貨の枚数を確認し始める。
 
「アルフレートは?」
 
 ラムーナが首をかしげた。
 
「あの馬鹿…どっか行っちまったよ、リアーネを連れてさ。
 
 もうラーデックにはいないと思う…」
 
 その言葉を聞いて食って掛かるエマに、トービアスは疲れたように、何度も知らねぇ、と言った。
 
 トービアスの話では、アルフレートはリアーネのことで父親と酷く揉めたそうだ。
 おそらくそれで出て行ったのだろう。
 
「幸せになるといいんだがな…」
 
 シグルトは感慨深げに、宿の窓から街道を眺めていた。
 
 
 その後のこと。
 一行は無事『小さき希望亭』に帰還していた。
 
 宿を中心に活動し、宿のツケを処理するためにいくつか仕事をこなしていたのだ。
 最近宿代をツケにしてくれるかわり、親父はたまに雑用を押し付けるのである。
 
「あ~あ。
 
 せっかくお金を稼いでも、これじゃ前回とかわらないわ」
 
 ぼやくレベッカはそれほど機嫌は悪くない。
 宿に戻るまでに稼いだお金がかなり溜まっていたのだ。
 
 
 そんな日常を過ごしていた一行の元に、ある日ライン司祭が訪ねて来た。
 
 ラーデックの教会運営を任されるとのことで、大都市の教会に挨拶するためにあちこちを回っているらしい。
 
 司祭は一行に故エルンスト司教の残した手紙をあずけ、もしアルフレートに再会したなら、力になってやってほしいと頼んでいった。
 
 アルフレートに宛てられたその手紙の内容を、司祭の言葉にしたがって読んで確認し、シグルトたちはラーデックの騒動で裏にあった数々の謎を知った。
 
 リアーネの正体とエルンスト司教の苦悩がつづられたそれをシグルトが皆に読んで聞かせる。
 
 それはリアーネがラミアと呼ばれる吸血を行う魔物であること。
 リアーネの母アーデルもラミアであったこと。
 8年前に吸血鬼騒動を起こしたのがアーデルであったこと。
 襲ってきたラミア…アーデルをエルンスト司祭が殺したこと。
 リアーネもまた血を必要としはじめ、死んだと偽って司教しか入れない聖園にリアーネを匿ったこと。
 リアーネには司教が血を与え続けていたこと。
 そのころリアーネがアルフレートと出あったこと。
 やってきたバルドゥアが聖園の秘密に気付き司教を強請りはじめたこと。
 
 そしてリアーネのことをアルフレートに頼む内容…
 
 司教の心情が切々と書かれていた。
 
「きっと、アルフレート君はすべてを知って、それでもリアーネちゃんと生きる決心をしたんじゃないかしら。
 
 だから、家を出て行った…」
 
 レベッカはため息をついてエールをあおる。
 
「さあな。
 
 だが、アルフレートが頼って来ることがあったら、俺にできる手助けはしてやりたいと思ってる」
 
 シグルトは手紙を丁寧に閉じると、もう一つの便箋に入れ、厳重に蝋で封をした。
 
 シグルトの声に一同は重々しく頷くのだった。



 本家groupAskの齋藤 洋さんが作られた『教会の妖姫』です。
 
 何とか一話に無理やりまとめましたが…長かったです。
 リプレイのデータ収集で随分時間がかかってしまいました。
 
 間違いなくこのシナリオは傑作でしょう。
 長編のお手本みたいなシナリオです。
 
 『ゴブリンの洞窟』といい『家宝の鎧』といい、本家のシナリオは質が良いです。
 
 このシナリオかなり聖北教会の設定がわかるんですが、やっぱりカソリックっぽいですよね。聖職者の妻帯はOKみたいですが。
 
 異端審問官ですが、悪者扱いだけされてる(たぶん魔女狩りのイメージがあるのでしょうね)ことも多いのですが、調べてみると結構真面目な役職です。
 まあ、バルドゥアみたいな職権乱用の迷惑な奴がいたのも事実みたいですが。
 
 このシナリオ、法皇様とあって法王庁と出てくるちょっと「?」なところもあったのですが、私も誤字や勘違いしまくってますから偉そうなことはいえないですね、はい。
 
 
 今回早速【連捷の蜂】が役立ちました。
 扱いやすい低レベルのスキルは、一つ持つだけで大きな戦力UPをすることが可能です。
 
 今回も結構儲かりました。
 長編だけはありますねぇ。
 
 
 今回の報酬は…
 
・パイプ運送費 +500SP
・報酬 +1000SP
 
◇現在の所持金 3500SP◇(チ~ン♪)
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