Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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『遠野の鬼姫』 伍

 そこには女が佇んでいた。
 いつも思い出す、お決まりの後姿だ。
 
 正行の母瑞葉(みずは)である。
 
 華奢な身体は、まるで十代の少女のようだ。
 雪のように白い肌も、風になびくと蒼い陰影を放つ長い黒髪が、対照的でありながら見事に調和していた。
 蒼穹を封じ込めたような、蒼く澄んだ瞳は、何もかもを見抜くのではないかと感じさせる。
 白い肌の中でただ一つ、丹を塗ったように紅い唇が鮮やかにあった。

 正行はたくましい体躯と野暮ったい格好から、男と分かるが、本来の地顔は中性的で秀麗だ。
 それは間違いなく、この美しい母の血筋と言えた。
 
 風を操る不思議な力を持ち、事の正邪をたちどころに見抜く、蒼い〈浄眼〉の異能者。
 旅を愛し、空を歌う旅の巫女。
 古の流離神(さすらいがみ)が、倭国の巫女と交わって生まれたという神秘の一族が末裔である。

 瑞葉は、旅をしながら技芸と異能を振るい、それで糧を得る事を生業にしていた。
 その美しさを見染め、そして力を求めていた正行の父である正長は、瑞葉を騙して監禁し、巫女の純潔を奪って妾とした。
 
 正長は、零落した一族に新たな力を、と渇望していた。
 神の力をその血に宿す瑞葉は、願っても無い存在だったのだ。
 
 全ては、一族の明日を担う異能者を生み出すために。
 
 正行の生まれた秋月とは、鬼や妖と人の身で渡り合うために存続してきた家だからだ。
 
 瑞葉は、正行を孕んだ時に様々なまじないを受け、そして大呪を浴びて生まれる正行に力を奪われた。
 そして、そのために二度と子を産めぬ身体となり、病弱になってしまった。
 
 彼女は本来、放浪する古い風神の血を引き、人の何倍も生きる存在である。
 だが、正行を産んでからたった5年で、息を引き取った。
 
 それも当然である。
 瑞葉は流離神の血を引く、旅の神仙。
 旅を奪い流れを留めれば、凪ぐ風に同じく消えてしまう。
 
 子供に力を奪われ、まじないで身体をぼろぼろにされ、存在意義である流離いの生活を奪われたのだ。
 空無き小部屋に幽閉された瑞葉は、水無くして萎れて行く花のようだった。
 
 だが、瑞葉は決して正行を疎まなかった。
 
 愛してもいない男の子供なのに、自分が旅して得た知識を楽しそうに話し、弱って痩せた手で力いっぱい抱きしめてくれた。
 自らの出生に嘆く正行をただ優しく抱いて、生まれてくる命に罪は無いのだと微笑んでくれる、暖かい女性だった。
 
 その瞳は、正行を愛でる以外ではいつも、座敷牢の外にある蒼い空を、寂しげに見上げていたのだ。
 そんな後ろ姿は、決まって今のように寂しげだった。
 
「…母様」
 
 父の目測通り、正行は古今稀に見る力を持って生まれる。
 神の血を引く故に、その天稟は群を抜いていた。
 
 熊を捩じ伏せるほどの怪力と、念じれば岩を砕き、風を操る不可思議な異能。
 
 正長は、望んだ子の誕生に狂喜し、この子供に英才教育を施す。
 そして正行は、愛されながらも、どこか歪んだ幼少期を過ごした。
 
 道具として生かされた正行と瑞葉。
 そして、弱り切った瑞葉が息を引き取ったのは、寒い月夜の晩である。
 
 瑞葉は、力無く横たわりながら、正行の手を握って言い残した。

「憎むよりも慈しみなさい。
 
 嵐でない風が、全てを愛でる微風であるように。
 曇りの無い空が、全てを優しく見守るように。
 
 貴方が鬼を殺すために生れたなら、悲しい鬼の気持ちを分かってあげなさい。
 
 鬼とは陰の気。
 陰と蔑まれることの悲しさは、貴方にはよく分かるはずよ。
 
 陰として忌まれることは寂しいこと。
 
 鬼のような陰の存在になるとは、その妄執が悲しいことだから。
 恐れられるのは、とてもつらいことだから。

 人が鬼に堕ちるのは、どうしようもない想いに身を焦がす為なのよ。
 
 鬼に堕ちた者にとって、食らうことが愛だと人は言うけれど…
 愛する人を食らえば失うのだから、それもまたとても悲しいことだわ。
 
 戦う時、屠る時…忘れずに覚えて居てあげなさい。
 
 悲しみは、望まれることではないけれど…
 それを分かって、悲しみを生まぬように願うことは出来るのだから…」

 最後まで瑞葉は、正長を慈しんでくれた。
 
 だから思う。
 自分は、父を憎んではいけないと。

 正長は正行に大きな期待をかけ、形の上では不自由なく育ててくれた。
 
 そんな正行を疎んで、正長の本妻が毒を盛った。
 血反吐を吐きながらも、正行は彼女を憎むことが出来なかった。
 
 だが、憎しみを返さず優しくあろうとした時、意外にもその本妻の子である異母弟が慕ってくれた。
 
 今思えば、母の言葉は正しかったのだろう。
 そして、行動を表す「行」を名につけたのも母だった。

「貴方は、正しいと思う道を行きなさい。
 それが、貴方の旅となるわ。
 
 私たち“風流れ”の血族は、旅こそがその本質。
 行いこそが生。
 
 貴方が、幸せでありますように…」
 
 微笑んで、母は逝った。
 
「…母様。
 私は頂いた名の如く、正しい道を歩んだのでしょうか。
 死に際してその背中を思い出すのは、今生における私の未練でありましょうか。

 この一生で殺しもし、憎みも致しました。
 それが一族のためであると、正しいと信じて歩んだつもりではありますが…
 
 今や母上も、そして守ると誓った美園たちさえ失いました。
 真に正しくあったか、今では分かりませぬ。
 
 斯様な私は、母上や美園たちがおる彼岸に行けるのでありましょうか…」
 
 届かぬと知りながら、正行は母の背に向けて手を伸ばした。
 その手を暖かな何かがそっと包む。
 
「…まだ死ぬでない。
 
 汝ほどの雄の子を育てた母が、何故子の死を許すというのだ?
 親とは、子が生きることこそ望むのだ。

 汝が母を敬うならば、ここで果てて、母を辱めるで無い。
 
 吾は汝の母を知らぬが、きっと、そういうものじゃ」
 
 不意に近くから聞こえたそれは、凛としているが、優しい声だった。
 
 あまりにその声が温かく心地好く。
 正行は、誘われるようにその声の主を探し求めていた…


 気付いた時、最初はとても眩しい光があった。
 
 見上げる先に、とても奇麗な白銀の波と、黄金の二つの眼。
 紅い唇が、綻ぶように微笑んでいた。
 
「…ぁ?」
 
 間の抜けた声を出した正行が、目を瞬いた。

「…目覚めたかぇ?
 
 今少し、そのまま休んでおれ。
 吾も、汝も、血を流し過ぎたのじゃ」
 
 そのあまりに美しい女性は、慈母のように黄金の眼を細め、そっと正行の頭を撫でる。
 
 自分が頭の下に敷いているのがその女性の膝だと気付き、正行は眼を見開いて狼狽する。
 女性は、その仕草を呵々と笑う。

「何じゃ、汝…照れておるのかや?
 
 吾と分けたほどの武士が、何とも可愛いことよ」
 
 澄み渡った空のように、あどけない笑顔だった。
 それは、とこまでも澄んだ母の瞳を思い出させた。
 
 躊躇うより、驚くより、その笑顔をもっと見たいと…
 正行は、眩しそうに見上げる。

「その醜態に免じ、先の無礼は許してやろう。
 
 今少しそれを見せて、吾を楽しませるが好い」
 
 女性…綾の媛神は、また呵々と笑った。
 
 
 半刻(一時間)もして、正行はなんとか起きれるほどになった。
 本当は、無理をすればこの半分ほどの時刻で起きることも出来たが、心地好いのとあまりに媛神が面白がるので、そのままにしていたのだ。
 
 日が陰って来るのに気付き、ようやく正行は起き上がった。
 失血のため、軽い眩暈と倦怠感を感じる。
 
 折れた骨は、媛神が小器用に接いでくれた。
 最も、微塵に砕けたそれがすぐに治るはずも無く、今は添え木替わりに板を一枚、サラシで巻いている。
 この板も、媛神が倒れた大木を爪で一撫でして作ったものだ。

 この女神は実に多才で様々な事柄に通じていた。
 
 骨を接ぐ医療の心得と手先の器用さ。
 媛神が作ったという霊薬で、細かい傷はたちどころに治ってしまった。
 治療の際に何気なく話す、豊富な知識と巧みな話術。
 何より、気後れを全くしない気質が、その存在を輝く様に魅せている。
  
 正行は居住まいを正し、媛神に面と向き合う。
 
 改めて思うが、媛神は本当に美しい。
 特に笑っている時などは、景色が一緒にほころんでしまうかと錯覚させられる。

「…相済みませぬ。
 
 本来ならば、貴女様に仇を成した私を、救う道理もありませぬものを…」
 
 畏まる正行に、媛神は止めよとばかり、ぞんざいにひらひらと手を振った。
 
「卑しむのは止めるがよい。
 
 汝は、己の矜持と信ずる道理のために、吾の強さを知りながらも尚挑んだ。
 況して、吾を地に這わせた最初の武士じゃ。
 
 勝負を分けたまま死なれては、あまりに惜しいから助けた、それまでのこと。
 強きを惜しむのは、強きを好む吾の性である。

 吾は誇り高いが、自惚れる阿呆ではない。 
 今は吾にそうまで言わせる、汝の武勇を誇るべきじゃ」
 
 小気味の好い言葉で、媛神は宣う。
 
 正行との戦闘で、着ていた狩衣はあちこちが鉤裂きになり、滲んだ血潮が斑に飾っている。
 血とともに染みついた泥汚れは払って落ちるものではなく、衣の破れに入り込んだ木の葉の切れ端が所々に見えていた。
 
 だが、媛神の泰然とした様と存在感は少しも揺るぎない。
 むしろ、戦う前よりも自信に溢れ、金色の双眸は太陽のように生き生きと煌いていた。
 
 正行は胡坐をかき、両拳を地につけて丁寧に一礼して、媛神の言葉に返す。

「感謝致します。
 なれば、無礼のついでにもう一つ。

 此度の暴挙は私の一存にて、秋月一党には関わりの無き事。
 出来ますならば、一門を根絶やしにとおっしゃられたお言葉、御容赦下さいませぬか?」
 
 正行は一族の長である。
 だからこそ、このことだけはきちんと言葉で確約する必要があった。
 
 媛神は気高く、清廉誠実な人物だと聞いている。
 今の話しぶりからも、こう切り出せば答えは分かっているようなものだった。
 最も、正行は秋月の屋敷を出る時に、今度の騒動に関する一切が己の責任で終わるよう、遺書と約定を幾重に備え、特別な手立ても用意してはいたが。
 
「…うむ、許そう。
 まずは一族の安泰を願い出るあたり、実に好い。
 
 この一件、吾は一切罪と問わぬ。
 遠野が鎮守の名に懸けて、約束しよう。

 これで善いな?」

 爽やかに微笑んで、媛神は鷹揚に頷く。

「…有難う御座います」
 
 もう一度深く、正行は頭を下げた。
 
「…さて、継いで次いでにもう一つ。
 汝がここに吾を訪ねて来たことじゃが…
 
 汝が申す吾の眷族たちの話、信じてやろう。
 吾自ら事を納める故、安心致せ。
 
 吾も少しばかり鎮守の生業を怠ったようじゃからな。
 今の遠野を良く見るも、また善い機会よ」

 いざ動くと決めれば、その決断力は速い。
 かつてその伝承に、畏れを抱く者もあれば、感服する者もあったという綾の媛神。
 情が深く聡明で、故に慕われもする鬼神なのだ。
 
「吾は今、実に心地が好い。
 此の処、鬱屈と籠って居った憂さが晴れたわ。
 
 この国に汝ほどの武士が居ったと知らず、無為にあった幾年は何とも惜しいぞ。
 
 吾がこの玉の肌を裂かれ、血汗を流し、壌(つち)に伏すなど、初めてのことじゃ。
 
 闘争とは、滾り無くして楽しめぬ。
 こうも暴れたのは、覚えが無い。
 
 坊主どもは、戦は修羅よ、瞋恚(しんに…怒りのこと)は地獄の炎と謳いよるが…
 吾は鬼神なれば、地獄の閻魔か阿傍羅刹(あぼうらせつ…地獄の獄卒のこと)とばかり、猛って躍るが相応しかろう。
 
 うむ、実に愉快っ!」

 不遜な言葉であるが、何ともそれが様になる女傑である。
 その美しさも、苛烈なその気質があってこそ、爛々と輝くのだ。
 
「重ね重ね、有り難く…」
 
 また礼を言い、頭を下げようとすると、媛神がすっと正行の顎を掴んでそれを制した。
 
「吾は遠野の鎮守である。
 吾が役目たる行いに、汝が頭を下げるでない。
 
 汝は、武を持って吾の不徳を諌めた武士ぞ。
 あの時、吾を腑抜けの年寄り扱いした気概はどこにいやった?

 吾は最初に言ったはずじゃぞ、卑しむなと。
 自身を賎するは、汝を認めた吾を卑しめると知れ」
 
 真っ直ぐに見詰める媛神には、後ろ暗いものが無い。
 この女神は、豪快苛烈だが、何より誇り高くとても純粋なのだ。
 
(ああ、だからこんなにも輝いて美しいのだな…)
 
 見惚れる正行に、媛神は小首を傾げて、「何じゃ?」と問うた。

「ああ、いや何と申し上げましょうか。
 
 私は粗忽者故、自分を卑しむなと言われましても、どうしたものか」
 
 媛神に見惚れてぽかんとしていたとは言えず、歯切れの悪い答えを返す。
 
「…そんなことか。 
 至極簡単じゃぞ?
 
 ただ、吾と対等に話せば好い。
 
 汝は、武勇随一と誉れを受けた吾に、その武で分けた豪傑。
 先ほど不遜に挑んで来た、あの調子で話してみよ。
 
 斯様に認めた汝なれば、特別に許す。
 …善いな?」

 倒れて砕けた大木に腰を下ろし、媛神が促した。
 粉砕した木々や岩が、かしずくかの様に、その周囲に転がっている。
 それらは媛神が、腕の一薙ぎ、一度の恫喝で吹き飛ばしたものばかりだ。
 
 相手は古今無双の戦神(いくさかみ)。
 自分がいかに無謀な戦いをしていたか改めて思い知り、正行は二の句が告げない。
 
 それでもなんとか媛神に言上しようと舌を震わせると、悪戯っ子のような意地悪な笑みを浮かべ、媛神はぴしゃりと宣言した。

「謙(へりくだ)るな、秋月の当代よ。

 汝は、これより吾と対等に話せ。 
 これは、吾の命であり願いである。
 
 …善いな?」

 有無を言わせぬ決定句。
 
 正行は、一つ深呼吸して肩の力を抜いた。

「承知した、媛神殿」
 
 ぴくり、と媛神の眉が跳ねる。
 突然不機嫌そうに眼を座らせて睥睨するので、正行は何事かと眼を瞬いた。

「言葉が足りなかった様じゃな。
 うむ、ではきちと形を取り交わしておこう。

 …汝、まさゆきと申したな?
 
 汝の名、どのような文字で綴るのじゃ?」
 
 自分の名前を問われているようである。

「…名?

 字の綴りは正しく行うと…」
 
 媛神は強く頷いた。

「相応しき名じゃ。
  
 では汝のことは、〈正行〉と呼ぶ。

 吾のことは、〈綾〉と呼べ。
 対等に故、〈殿〉はつけるなよ?」
 
 どうして媛神が不機嫌な顔をしたのか理解し、正行は困ったように頭を掻いた。

「〈綾〉とは、世の理を繋ぐ事(こと)であり、言(こと)であり、異(こと)である。
 万物の緒(お)であり、結(むすび)であり、要(かなめ)なのだ。

 それを司る女神(めかみ)の吾は、故に“綾の媛神”と呼ばれるのじゃ。
 
 吾に並ぶ武勇を持つ汝故に、正しき言霊で吾を呼ぶことを許す。
 敬語と言えど、余計なものをつけて、吾の真名(まな)が言霊を濁らすは我慢ならぬ。
 
 だから、〈綾〉とだけ呼べ。
 …良いな?」

 自慢げに金色の瞳を輝かせて、名を誇る媛神。
 
 その姿があまりにも眩しくて。
 正行は目を細めて、ただ頷くしか無かった。



 お久しぶりの小説です。
 いや、すっかり文章力が衰えてます…はぁ。
 
 今回は正行の出生が明かされますが、化け物じみて強いのは、そういう風に生れた上で、努力したからです。
 
 媛神の性格は、本来こんなかんじというのも紹介できたかなぁと思います。
 なんというか、気持ち好い威張りん坊って、好きなんです。
 悪びれず、正しいこと、そう思うことを黒くならずにずけずけ言うのって、憧れます。
 それだけ私が黒いということなのかもしれませんが。
 
 こんな感じで、ごくたまに文章も書きますので、これからも生暖かく見守って下さいね。
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