『厭世の書』

2006.07.08(12:59)

 それはギイという村の狩人オルグツからの依頼だった。
 
 彼の家にインプという妖魔が棲みついたので退治してほしい、というものだった。
 
 話を聞いたロマンが首をかしげる。
 
「あのインプが人間の家に?
 しかも7~8匹も?
 
 ありえないよ普通…」
 
 インプ…
 
 30cm程度の身長の身体に異様に肥大した頭部と蝙蝠に似た翼を持つ。
 身体的な能力は無きに等しいが、極めて狡猾で知力も高く、黒魔術師や邪教の司祭の使い魔として使役される事が多い。

 大して強くない下級の妖魔だが、初級の魔法を習得しているものも多く、熟練の冒険者であっても足元を掬われぬよう注意すべき、とされる魔物だ。
 
 ただ、群れで普通の家に生息するなどない連中である。
 
「報酬は銀貨四百枚、ね。
 
 かなり安いけど他にめぼしい依頼もないし…
 まあ、いいんじゃないかしら」
 
 レベッカは名前を売り込むのも大切よ、と付け足した。
 
「人を悩ますものを放ってはおけまい。
 
 わしは受けるべきじゃと思うぞ」
 
 あら、珍しく意見が合うじゃない、というレベッカにスピッキオは、おぬしのように金勘定だけではないわい、と憎まれ口を叩く。
 
「…私はやめたほうがいいと思う。
 
 何だか嫌な予感がするの」
 
 ラムーナが肩をブルリと震わせて言った。
 一同眉をひそめる。
 
 こんなことをラムーナはめったに言わない。
 
「僕は受けるべきだと思うけどね。
 
 こんな事例無いからね。
 調べるだけでも価値があるよ」
 
 賛成3反対1か、とシグルトは唸る。
 
「第六感、か。
 
 俺も首の後ろがぴりぴりするから、あまり気は進まないんだがな。
 だが、ラムーナ以外は賛成だからな。
 
 この依頼は受けるが、皆油断無くやるぞ」
 
 そういうと、シグルトはラグアツと契約を取り交わした。
 
 
 依頼人の家に着くとすぐにインプのものらしき耳障りな鳴き声が聞こえてきた。
 
「皆気をつけてね。
 
 インプは【精神破壊】っていう混乱魔法を使うんだ。
 効果も威力も無い魔法だけど、混乱中に集団で襲われたらまずいことになるからね」
 
 ロマンの警告に頷くと、一行は慎重に武器を構えてラグアツの家の入り口を開けて中に入った。
 
「キィッ!」
 
 とたん、奇声をあげて3匹のインプが襲い掛かってきた。
 
 素早いインプは空を飛びつつ、攻撃が届かない上から急降下してくる。
 ロマンが敵の魔法を受けるが、さして堪えた風も無く逆に【魔法の矢】で打ち落とす。
 
 シグルトが1匹を剣で貫き、スピッキオが杖で最後に1匹を打ち倒した。
 
「…ちっ、腕を引っかかれたわ」
 
 レベッカの手に出来た裂傷から血が滲んでいる。
 
 スピッキオの治療を受けて傷を治したレベッカは、周囲を見回す。
 
「正面と左手に扉ね…」
 
 一行はまず左手の扉から開けることにする。
 
 そこには本棚が並んでいた。
 
「…狩人が読書、ねぇ」
 
 レベッカが念入りな調査を始める。
 
「何やってるの?」
 
 ロマンの問いに、レベッカはニヤリと笑って一冊の本からメモのようなものを取り出す。
 
「あっ、これおまじないの覚書だね。
 
 なるほど、突風を呼ぶ精霊術に近いものだよ」
 
 ロマンはフムフムと読んでいたが、憶えたからいいよ、と本の間に覚書を戻した。
 
「ぬぅ、おぬしらコソ泥のような真似は止めぬか!」
 
 スピッキオが憤慨した様子でたしなめる。
 
「頭、固いわね~」
 
 レベッカがもうしないわよ、と言う。
 …この家ではね、と心の中で付け足すのも忘れない。
 
「たぶんあの本は宝の持ち腐れだね。
 
 きっとラグアツさんの身内か、この家の前の持ち主のものだろうけど、本のタイトルからするとこのあたりの民間伝承についてのものが主だったよ。
 …狩人に必要なものじゃなさそうだし、失礼だけど僕らの依頼人に理解できる内容には見えなかったし」
 
 これにレベッカも頷いて、あの部屋随分埃が積もっていたわよ、と続けた。
 
「僕らはインプの撃退にきたんだよ。
 
 まじないの類の関わる魔物だし、ああいった本はちゃんと捜査しないとね」
 
 ロマンの言葉に、スピッキオがむむ、と唸る。
 
 この銀髪の美少年は、子供でありながら大人顔負けの知識を持っている。
 前に教会や宗教の歴史についてスピッキオと談じたことがあるが、聖北と聖海の聖者をすべてそらんじているスピッキオでさえ、その知識量に驚いたほどである。
 
「魔術はあくまでも手段だよ。
 
 僕は知識の深遠を探ることこそ本分とする、賢者だからね」
 
 そういって貪欲に知識を求める姿は、すでに普通の子供の行動からかけ離れている。
 理屈っぽく、レベッカさえ舌を巻く賢さがある。
 
「本当は攻撃魔術みたいな野蛮な手段、好きじゃないんだけど、冒険者ってこういう呪文こそ必要だから困るんだよね」
 
 生意気な口調で肩をすくめたりするが、その魔術で何度も救われた他の者たちとしては複雑な心境だった。
 
 
 もう一方の扉の奥は食堂のようで、右手に扉があった。
 その奥から多数のインプが喚いているのが分かる。
 
「この奥が今回の終点みたいね」
 
 家の間取りからここで部屋が全て終わりであることを割り出したレベッカが、武装の確認をしている。
 
「かなりいるみたいだな。
 
 スピッキオ、念のために護りの力を皆に…」
 
 シグルトの言葉に従ってスピッキオが聖句を詠じる。
 一行は万全の体制で決戦へと踏み切った。
 
 そこには6匹のインプがひしめいていた。
 
「はぁぁぁっ!!!」
 
 飛び込みざまにラムーナが跳躍して1匹を切り殺す。
 
 その隣で1匹がレベッカに絞め殺されていた。
 
「《…縛れ!》」
 
 ロマンの呪縛の呪文が1匹を絡めとる。
 そのインプの首を踏み砕き、ラムーナがさらにもう1匹を斬り倒す。
 
 シグルトは敵の素早さに苦戦しつつ、1匹のインプを追い詰めている。
 
「やぁぁぁっ!!!!」
 
 ラムーナが駆けた。
 シグルトの追い詰めたインプの首を掻き切り、もう1匹もその勢いで蹴り殺していた。
 
 【連捷の蜂】の最後の動き、【群れる蜂】。
 敵陣を疾駆し、その全てを攻撃する動作である。
 
 熟練した踊り手にしかできないそれを、ラムーナは見事に使いこなしてみせた。
 
「…うはぁ、6匹中5匹?
 
 今回も獅子奮迅の活躍ね」
 
 レベッカが半ばあきれたように感嘆のため息を漏らした。
 
 技を得てからのラムーナは驚異的な強さを発揮している。
 
「【連捷の蜂】は一番簡単に見えて、一番奥が深い技なんだって。
 
 本当はこの技と一緒に【幻惑の蝶】っていうダンスが踊れると、攻防備えた無敵の動きになるらしいけど、私にはたぶんまだ無理…」
 
 はにかみながら技を語るラムーナによると、闘舞術とは本来、驚異的な能力強化こそ本分であるらしい。
 
「ぱっぱと避けちゃう【幻惑の蝶】、鎧みたいに固い身体と勇気をもらえる【英傑の靈(えいれいのみたま)】、いつでも挫けないで凄いことができる【大地の歩(だいちのあゆみ)】。
 
 行動を縛られたりしないで、自由にいつも同じ力で動くこと。
 その上で力強い攻撃をもって戦うのが闘舞術の王道なんだって。
 
 達人は竜巻の中でこけずに踊れるし、ぬかるみの中で最高の一撃を放てるだろうって、先生が言ってたよ」
 
 そうだとしたらすごいな、とシグルトが頷く。
 
「私も今度習おうかしらねぇ…
 
 出来れば美容と健康に良いのがいいわね」
 
 レベッカがそういうと、凄く色っぽい踊りもあるよ、とニコニコしてラムーナが笑う。
 
 碧海の都アレトゥーザで伝えられる闘舞術には、筋肉や腕力を用いる異色のものや、呪文を用いるまじないめいたものもあり、奥が深い。
 
「面白そうな話だね。
 宿に帰ってゆっくりしよう。
 
 …レベッカ、とりあえず今はこの部屋を調べてみてよ」
 
 早く仕事を終わらせようというロマンの言葉に納得し、一同はインプがいたラグアツの寝室らしき部屋を調査する。
 
「…ん?」
 
 レベッカが何か見つけたらしく、一同はそちらを注目する。
 
「…随分古めかしい本だね」
 
 ロマンがそれを手に取る。
 表紙に魔法陣が描かれたものだが、特にタイトルはない。
 
「なにか魔力を感じるね。
 
 魔導書の類かも…」
 
 それを聞いてレベッカが目を輝かせる。
 
「本当?!
 
 珍しいやつだと高く売れるのよ!!」
 
 それにあきれた口調でスピッキオが突っ込む。
 
「いくらなんでもそれは犯罪じゃわい…
 
 窃盗罪で牢に入りたいのか、おぬし?」
 
 今回は報酬が安いんだから追加報酬を要求したっていいじゃない~、とレベッカが口を尖らせる。
 
「まあ、調べてみてだね。
 
 今回の騒動の原因だとしたら、どうにかしないといけないし」
 
 そういってロマンは本を開こうとする。
 
「…っ!!!
 
 開いちゃだめっ!!!!!」
 
 ラムーナがそれを止めようとするが間に合わない。
 
 …ウォォォオオンン!!!
 
 本を開いた瞬間、中から怪物の様な物がけたたましい雄叫びと共に飛び出した。
 慌ててロマンがその本を閉じると怪物もその中に消えた。
 
「な、何なのよ、今のっ!」
 
 レベッカが飛びのいて、驚愕の顔で言った。
 
「よく分からないけど、どうやら何か危険な魔術書のようだね。
 
 そしてこれが今回の事件の元凶みたいだよ…」
 
 本をしっかり閉じると、ロマンが青ざめた顔で告げる。
 
「さて、どうしたものか…」
 
 シグルトが一同を見回す。
 
「…焼くべきじゃろう。
 
 これはおそらく呪われた書の類じゃ」
 
 一同はスピッキオの言葉に頷いて、部屋にあった蝋燭に火をつけ本をかざす。
 
 本に火を当てると、見る見る内にそれは炎に包まれた。
 しかし、全く焼けた様子は見られない。
 そしてじきに火は消えてしまった。
 
「な、なんと!」
 
 スピッキオが本をまた火にかざすが、今度は蝋燭の火の方が強風に吹かれたように消えてしまう。
 
「…まずいな、これは」
 
 シグルトが本の表紙を見てみるが焦げ痕1つ無い。
 
「…怖い」
 
 ラムーナが自分の肩を抱いて震えている。
 
「とにかく、これがまずいものならここに置いておくわけにはいかないな。
 
 今日は持って帰って、明日にでも『賢者の塔』かこの手が専門の魔術師の類に相談してみよう。
 依頼人にも伝えないとまずいな…」
 
 シグルトは厳重にその本をしまうと、入れた袋を自分で持つ。
 そして仲間に、少し離れてついてこいよ、と伝えるとラグアツの家を先に出る。
 
 シグルトは仲間の誰かが危険を負わねばならなくて、それが自分にできることなら躊躇せずに自分が背負う。
 
 ロマンはシグルトの背を頼もしそうに見つめた。
 
(誰もが見ないふりをすることに真っ直ぐに目を向けてそれを行う…僕を助けてくれたときも、そうだった…)
 
 ロマンはシグルトの後を追いながら回想する。
 その出会いを。
 
 
 ロマンはごく普通の商家に生まれた。
 
 並外れて愛らしい容貌の少年を、母親は目に入れても痛くないくらい可愛がり、父親も惜しみない愛を注いでくれた。
 だが、幼少からロマンは信じられない才能をみせることになる。
 
 はいはいの頃にはほとんど泣かず、自分にしてほしい行為を指差して伝えるようになった。
 じゃべれるようになると瞬く間に言語を習得し、3歳の頃には神童と呼ばれるほどの賢さを見せるようになっていた。
 5歳の頃には故郷の言葉に商人が用いる公用語、リューンなど西方の交易都市で使われる西の言葉…3つの言語を流暢に読書きしてみせた。
 
 記憶力も理解力も常人離れしており、リューンの大学に知り合いがいたロマンの父は、将来凄い人物になると期待して大学の図書館への出入りを認めてもらい、近くの知人の宿に下宿させてもらい英才教育を受けさせたのだ。
 
 「砂が水を吸うように…」というが、ロマンの知性は大人を驚愕させた。
 
 7歳でリューンの大学で特別に受講していた講義で講師を論破し、9歳の頃にはそれぞれの専門知識をもった教授と知識量で渡り合うほどになっていた。
 
 だが、ロマンは言う。
 知識は求めなければ修められないと。
 
 ロマンは大変な努力家だった。
 知らない言葉があれば寝食を忘れるほど一生懸命調べ、知らないことに対してはとても謙虚に学んだ。
 
 歩いているときすら本を読みながら知識を得ていったのである。
 
 だが、ロマンの周囲はそれを全て彼の才能のせいにした。
 
 …天才だから。
 …頭がいいから。
 …普通じゃないから。
 
 そういう大人の視線と声の中にあったロマンは、いつしか大人の世界を悲観的な目で見るようになった。
 才能を磨く努力を怠った大人の言い訳などうんざりだった。
 
(こんな大人になるもんか!)
 
 両親も親戚も皆、ロマンの努力など見てくれなかった。
 自分を評価してくれるとき、才能を評価し、行いを評価してはくれなかった。
 
 ロマンは子供とは思えない発達した思考と、まだ子供であるからこその純粋な精神を常に葛藤させながら、内向的でひねくれた少年へと成長していった。
 
 ロマンのひねくれたもの言い…
 それは子供の抱く寂しさゆえであった。
 知識も精神も熟達しているように見えて、まだ10歳の子供なのである。
 
 天才の名をほしいままにしながらも、ロマンには友達も出来ず尊敬できる大人も近くにいなかった。
 
 だが運命の邂逅は訪れる。
 
 あるとき、いつものように本を読みながら歩いていたロマンは、数人で道幅を占領しながら歩いていた柄の悪い大人たちの1人にぶつかってしまった。
 自分に非があったので、当然謝罪したのだが、大人たちはロマンを小突きからかい始めた。
 
 そしてロマンが読んでいた本を奪い、それが自分たちの読めないものであると気付いて、読めもしないものを開いて遊ぶなと侮辱した。
 あげくその本を地面に投げ、踏みにじったのである。
 
 ロマンはそのとき静かに逆上した。
 
 本を踏んでいる男に向けて痛烈な皮肉を言ったのである。
 
「この本に書いてある内容が一文字でも分かる人なら、子供1人を捕まえて喜ぶような下種にはならないよ。
 
 おじさんたちと一緒にしないでほしいな。
 僕はそんな人間にはなりたくないからさ…」
 
 辛辣な言葉に一瞬ぽかんとした大人たちは、次の瞬間真っ赤になって逆上し、ロマンを殴った。
 そして、倒れたロマンを集団で蹴りつけようとしたときである。
 
 物珍しさに遠巻きに見ていた野次馬をかきわけて1人の若者が現れ、ロマンをさらに殴ろうとした男を投げ飛ばした。
 
「みっともないことをするな。
 
 …この子の言う通りだぞ」
 
 ロマンを背に庇い、大きな身体で真っ直ぐに立って、若者はロマンを囲んでいた男たちに対峙した。
 それがシグルトであった。
 
 広い背中を見つめながらロマンはそのとき、なんて格好いいんだろう、と素直に思った。
 
 シグルトは怪我をし、自分の武器を壊されながらも大人たちを殴り倒すと、呆然としていたロマンを助け起こしてくれた。
 その横で看板に激突したおかしな少女(そのときはまだ知り合っていなかったがラムーナ)が頭を抱えてうんうん唸っていたが、とりあえず無視してシグルトに礼を言う。
 
 シグルトは優しげな笑みを浮かべてロマンの頭を撫で、一言しっかりとした口調でロマンをほめてくれた。
 
「よく頑張ったな…」
 
 ロマンは不覚にも涙を流してしまった。
 怖かったのもある。
 
 だが何よりシグルトの言葉が胸にしみたのだ。
 
 シグルトがくれた賞賛の言葉は、努力したものに与えられる言葉だったから。
 ロマンがずっとほしかった言葉だったから。
 
 そのときからロマンはシグルトの姿を学ぼうと思ったのである。
 彼から受けた鮮烈な印象と、自分の心に宿った憧憬。
 
 彼について行くために下宿から出て、新しく学ぶものが出来たと故郷の両親に手紙を書いた。
 それが正しかったと今でも思う。
 
 シグルトは不思議な男だった。
 ロマンを子供としても仲間としても扱い、ロマンの行いこそ評価してくれる。
 そしていつもシンプルでとても格好良い。
 
 冒険者という仕事も素晴らしい。
 怖いけれど、ロマンが知らない知識と経験を次々に与えてくれる。
 知識をふるう機会があり、自分を頼り時に助けてくれる仲間がいる。
 
 今もロマンはその高鳴る胸を押さえながら、後れないようにシグルトの広い背中を追いかけていた。
 
 
 『小さき希望亭』への帰り道の途中。
 “風を纏う者”はふと足を止めた。
 
「…何かいるな」
 
 シグルトの呟きにレベッカが頷いた。
 
 木の上にいたらしい緑色の肌の魔物は、シグルトたちに向けて急降下して襲い掛かってきた。
 
「グレムリンだ!
 
 飛べないけどインプと同じように魔法を使うから気をつけて!!」
 
 ロマンの警告に一同が頷き、それぞれに武器を手にする。
 
 シグルトが1匹を剣で叩き潰す。
 ロマンが【魔法の矢】で一匹を刺し貫く。
 最後の一匹はスピッキオが杖で打ち据えて倒した。
 
 3匹の妖魔は、さした攻撃も出来ずにその屍を野に晒すこととなった。
 
「危険じゃな、その本は」
 
 妖魔たちは真っ先にシグルトを目指してきたのだ。
 
「ああ。
 
 だからこそ、捨てるわけにもいかんな」
 
 シグルトは周囲に他の敵がいないことを確認すると、妖魔の死体を片付け、また歩き出した。
 
 
 宿に着くと、シグルトたちは親父への挨拶もそこそこに、待っていた依頼人のラグアツのもとに向かう。
 
 シグルトは一応は妖魔の掃討が終わったこと、そしてラグアツの家にあった怪しげな魔導書のことを告げた。
 
「何っ、まだ中も見てなかったが、森で偶然拾ったアレはそんなどえらいものだったんか!」
 
 目を丸くした依頼人はしばし考えるような仕草をしていたが、シグルトたちにその本の処分を頼んだ。
 ロマンが家の調査をするために本棚や各部屋を調べたことを告げるが、おかげでこんな危ないものが処分できるから、と責めることはなかった。 
 
「そうそう。
 
 …悪ぃが、報酬は後日ってことで頼む。
 家に入れなかったせいで、今は手持ちの金が無いんでな。
 
 まあ、明日には、この宿の亭主を通してそちらさんの手に渡るだろうよ」
 
 一行はそれに頷いて依頼人と別れると、本の処分方法について相談を始めた。
 
 去っていく依頼人のラグアツを、ラムーナが不安そうに見送る。
 
「どうしたんじゃ、ラムーナ?」
 
 スピッキオの問いにラムーナは、ううんと首を振った。
 
(今、ラグアツさんの背後に何か黒いものが見えたけど、気のせいだよね…)
 
 内心の不安を隠しつつ、ラムーナは件の本が入った袋を眉をひそめ眺めた。
 
 
 次の日の早朝である。
 
 親父に叩き起こされた一行は、何事かと聞いた。
 
「昨夜、あのラグアツっていう依頼人の家から悲鳴が上がったのを聞いた奴がいてな。
 
 行ってみたら、ズタズタになったラグアツの遺体が転がってたそうだ。
 
 お前たち、何か心当たりはないか?」
 
 話の途中でシグルトは席を立つ。
 ラムーナが頷く。
 
 シグルトは本の入った袋を引っつかむと駆け出すように宿を飛び出した。
 ラムーナがそれに続き、他の仲間たちも慌ててそのあとを追う。
 
 宿の親父はぽかんとそれを眺めていた。
 
「ちょっと、シグルト!
 
 何いきなり話の途中で…」
 
 レベッカが隣でシグルトを叱咤しようとして、止める。
 
「…何?
 
 肉の腐ったような臭いがするわ」
 
 鼻のいいレベッカは周囲を見渡して、シグルトたちが走って逃げた理由を理解した。
 背筋の凍りつくような眼差しが多数シグルトたちに向けられている。
 
「レ、レイス!!!」
 
 ロマンが4体の腐肉の付いた骸骨のようなそれを見て真っ青になる。
 黒いローブを纏い、長大な凶々しい鎌を携えたそれは、時折耳にする死神の姿にそっくりだ。
 
「ま、まずいよ!
 
 あいつら一体でもこの前戦った夢魔より強いんだよ…
 やつらの青白い手で触れられたら、命を全て吸い取られちゃう!!!」
 
 一同の顔が一斉に引きつる。
 
「しかもあいつらには魔法や銀の武器しか効かないんだ。
 
 今の僕らじゃ…」
 
 シグルトがそれ以上言わなくていいと手で制した。
 
「俺にもあの化け物どもがかなり拙いものだってことは分かる。
 
 とにかく逃げよう。
 武器の効かない相手なら、今の俺たちでは戦いにならない」
 
 息を切らしながら一目散に逃げる。
 
 だがレイスの一群は執拗に追い掛けて来る。
 冒険者達は体力の持つ限り必死に走り続けた。
 
「ちっくしょう!
 
 こんなんなら聖水の一本も買っとくんだったわ!!!」
 
 悪態をつきながらレベッカは仲間の逃走具合を確認しつつ、ふと盗賊ギルドになっていたアレトゥーザの廃教会で見つけた《それ》を思い出した。
 
「え~い、こうなりゃ自棄よっ!!!」
 
 レベッカが投げたのは聖水の製作に使う塩だった。
 調味料にも使えそうだと掠め取っていたのだ。
 
 盛大にばら撒いた《それ》に触れたレイスたちが煙をあげて怯む。
 
「今回だけは神様ありがとう、だわ!」
 
 一行はその隙になんとか逃走を成功させたのだった。
 
 
「はぁ、はぁ、もう追って来ないよね…」
 
 ロマンが息苦しそうに喘いで言った。
 
「そ、そのようじゃの。
 
 まったく、年寄を走らすでないわ…」
 
 ぐったりとスピッキオが座り込む。
 
 一行はリューン近郊の都市ベレの手前で再度背後を振り返った。
 数多の亡霊の姿はそこから既に消え失せていた。
 
 レベッカの行動で逃げ切ったシグルトたちはどうにかこの都市までたどり着くことができた。
 
「しかし、あんなものに追われていてはろくに宿も取れないな。
 
 かといって野外の闇の中で一晩過ごす状況を、やつらが放って置いてくれるとも思えんし…」
 
 シグルトはどうすべきか、と一同を見回す。
 
 ロマンがしばらく考えていたが、何か思いついた様子でスピッキオの方を向いた。
 
「ねえスピッキオ…
 
 確か悪魔や不死者(アンデッド)を退ける教会の儀式があったよね?
 数日間死神を退けるものがあったと思ったんだけど…」
 
 ロマンの言葉にスピッキオが頷く。
 
「うむ。
 
 だが、アレを行うにはいくつか道具がいるし、わしは専門の悪魔払い師ではないからの。
 できるといっても、やつらから数日姿をくらますぐらいじゃな…」
 
 ロマンはそれでも何もしないよりまし、とスピッキオと話し合い、レベッカに道具が調達できるか聞く。
 
「ふんふん?
 
 ま、なんとかするわよ」
 
 レベッカはスピッキオが言った道具一式を覚え、半時で全てを調達して見せた。
 
「今はどのように手に入れたかはあえて聞かんがの。
 
 後で懺悔してもらうわい」
 
 そういうと、スピッキオは仲間に祈りの言葉を唱えながら祝福を授け始めた。
 
 その後一行は走り過ぎでパンパンになった足の筋肉を引きずりながら、適当な冒険者の宿を見つけて部屋を借り、やや手狭だが洗濯されたシーツのかけられたベッドに倒れこんだ。
 すると部屋をノックするものがいる。
 
 一同は思わず緊武器を構える。
 
「…だれだ?」
 
 シグルトが扉の外に向けて聞く。
 
「願わくば、ビゾスの書を知る者として話がしたい。
 
 ここを開けては戴けぬか?」

 低い小さな声がドアの外から微かに聞こえる。
 
 それでピンときたシグルトは本の入った袋を指差し、頷く。
 
「ビゾス…レイス。
 
 そうか、もしかして…」
 
 ロマンは頷いてシグルトに外の人物を部屋に入れるよう促す。
 外の気配を確認したレベッカも頷いた。
 
 シグルトは扉を開けることを外に告げ、実行する。
 
 外にいたのは一人の小さな老人であった。
 古びたローブをまとい、虚ろだがしかし強い視線をこちらに投げかけている。
 
「夜半の訪問で済まぬ。
 
 儂の名はシンシウス。
 彼のビゾスの書に呪詛されたる者の一人じゃ」
 
 老人…シンシウスは部屋に入ると名乗り、扉を閉めるよう促した。
 
「話というのは…?」
 
 シグルトが油断ない構えのまま聞く。
 
「…リィンクフという魔術師を御存知かな?」
 
 一同が首をかしげる中、ロマンが前に出た。
 
「かなり異端な魔術の研究をしていた人だよね。
 
 この間読んだ、焚書を免れた古い魔術の歴史書で、少しだけ見たことがあるよ」
 
 シンシウスはじろりとロマンを見た後、うむと首肯する。
 
「驚いた坊やじゃ。
 
 ではビゾスの書についても?」
 
 少しだけ、とロマンが受ける。
 
「ビゾス…確かセネンツという魔術言語で〝世を厭う〟という意味。
 加えて青表紙で無名の魔方陣の書。
 
 リィンクフの書いたたった一冊の著書。
 行方の分からなくなった忌まわしい呪法を記したものがあるって聞いてるよ。
 僕は死霊魔術についてはそんなに詳しくないけど、知り合いの隠者さんの話では、そっちの世界で指折りの魔導書だって話だよね」
 
 シンシウスは大きく頷いた。
 
「彼の書はその内に、既に没しし魔術師の呪いを抱いておる。
 
 数多の死神を生み出す呪いをな」
 
 だからレイスが追いかけて来たんだね、とロマン。
 
「左様。
 
 主らが死神に付け回されたのは彼の書を開いたことが全ての起因。
 
 死神共は彼の者の僕、彼の書の存在を知る者を生かしてはおかぬ。
 今も我らを探しておることだろう」

 そして、シンシウスは語った。
 リィンクフとビゾスの書についての話を。
 
 
 リィンクフは若くして賢者の塔に才能を認められた魔術師だった。
 齢を重ねるにつれ黒魔術に魅せられるようになり、終いには賢者の塔を追われるまでに至った。
 しかし死者の蘇生と魔族の召喚を主とするリィンクフの研究は裏の世界で認められ、一時はとある大きな組織の幹部を務めたこともあるらしい。
 だが何かの理由で組織から脱退した後は、自分の研究に没頭する隠居生活を送っていたそうである。
 
「ビゾスの書は魔術師リィンクフが書き著した唯一の書物じゃ。
 強大な魔力が込められており、低級の妖魔ならばその力に引き寄せられることもあろう。

 並の人間に内容を見られることの無きよう、特殊な魔法が掛けられておる。
 
 そしてここが肝心な所であるが、彼の書の存在を知る者は魔術師リィンクフの呪いにより、永遠に死神に追われ続けることとなるのだ。
 その呪いが如何なる理由で施されたかは定かではないが、一度呪いを受けたとなると逃れようがない。
 
 書物の深い内容については、語る必要もなかろう。
 興味を持たぬが得策というものじゃ」
 
 少し間をおき、シンシウスはレイスについても語る。
 
「レイスの数は如何に少なく見積もろうとも、恐らく百を越えよう。
 彼の魔力は死神に殺められた屍骸をも、また同じく死神へと変える。奴等は増えておるのじゃ。
 
 奴らに自我というものは無い。魔力によって動き続ける傀儡に過ぎぬ」
 
 シンシウスは語り終えると、理解なさったかな?と確認した。
 
「…それで?

 どうして俺達に、こんな話を持ち掛けてきた?
 恐らく単なる警告ではあるまい」
 
 シグルトが聞くとシンシウスはしばし目を閉じて沈黙した。
 そして目を開くと何かを覚悟したような真摯な眼差しでシグルトを見返した。
 
「彼の魔術師…リィンクフを完全なる消滅に導く助力を願いたい。
 
 彼の者は確かに死した。
 しかし、彼の者の魂は未だ死んではおらん。
 死に切れておらんのじゃ」

 シンシウスはリィンクフの魂の消滅こそが呪いを解く方法であること。
 リィンクフの魂を封じるために作られた墓の中に、ある水晶球があること。
 水晶球がリィンクフの魂が不永久に存続させることの出来るよう、ある特別な魔法を掛けられていること。
 そしてその水晶球を破壊すれば呪いが解けるだろうと語った。
 
「少々信じるには難い内容であったかな。
 じゃが、儂の述べた事柄は全て真実じゃ。
 
 …主らがどうとるかは別としてな」
 
 シグルトは黙って聞いていたが、仲間に促すと、シンシウスを信頼する旨を告げた。
 
 そして翌日、“風を纏う者”はシンシウスに案内されて、リィンクフの墓があるというジンキンの森を目指した。
 
 
「ジンキンの森…
 
 『深魔の森』と呼ばれる霧深き魔物の巣窟、か」
 
 シンシウスがシグルトたちに情報を提供し、協力を求めたのは、この森が魔物の出没する危険な場所であるからだった。
 魔物との戦いと、そして罠が仕掛けられているであろうリィンクフの墓の探索。
 冒険者としての能力を頼ってのことであった。
 
「それにしても、こう霧が深くちゃ、墓を探すのは難しいわ。
 
 魔物の襲撃も考えられるし、せめてもう少し視界が広がるとありがたいんだけど」
 
 それに対してスピッキオが、天候に不満を言うても仕方あるまいて、と顎をさすった。
 
「…なるほど。
 
 僕が何とかするよ。
 まさか、早速この呪文が役立つなんてね」
 
 ロマンはそういうと、目を閉じていたほうがいいよ、と告げる。
 そしていつもと少し違う調子で呪文を唱え、両手を広げるように大きく振るった。
 
 ビュォォオオ~
 
 一行の周囲を凄い突風が吹きぬけ、目を開けるとかなり霧が除かれて、視界が広くなっている。
 
「ラグアツさんのところで得た呪文だよ。
 
 僕はこういう精霊術や霊能的なまじないの類は特別得意ってわけじゃないんだけどね」
 
 視界が広がったことで調査がしやすくなったと、レベッカが慎重に墓を探す。
 
「…はあ。
 
 視界が広くなってありがたいのは私たちだけじゃなかったみたいね」
 
 しばらく進んで、レベッカは駆け寄ってくる妖魔の集団を指差す。
 
 シグルトは剣を抜き、戦闘の指示をした。
 
 
 ゴブリンたちはシグルトたちの敵ではなく、かすり傷1つなく4匹のゴブリンを瞬く間に倒してしまう。
 
 シグルトはゴブリンが持っていたらしい片刃の斧を拾っていた。
 
「こう、腐った木や蔦が多いと困るからな」
 
 レベッカと協力しつつ、道を作りながら進んでいく。
 
「北に洞窟らしきものが見えるわ…」
 
 大きな潅木や茂みを押しのけ、シグルトたちは奥に進んでいく。
 
「…ねぇ、シグルト。
 
 何故もっとしっかり蔦を切ったり、茂みをまとめて薙ぎ払ったりしないの?
 効率悪いよ」
 
 ロマンが不思議そうに尋ねた。
 シグルトは必要最低限しか道を作らず、蔦も出来るだけ端に寄せているのだ。
 
「無駄にそれをやると木に嫌われてしまうからな。
 
 あまりこいつらを泣かせたくはない」
 
 シグルトが軽く近くの木に触れると、サワリと枝が揺らめいた。
 
 仲間の誰にも聞こえないのだろうが、シグルトには木々のざわめきから、なんとなく彼らの意思が感じられるのだ。
 明確な言葉ではないが。
 
 アレトゥーザの『蒼の洞窟』を頻繁に訪れ、その洞窟に住む精霊術師のレナータと親交を持つうちに、シグルトは昔から持っていた森羅万象の全てから感じられる声や気配をよりはっきり感じられるようになってきた。
 レナータは、シグルトにも精霊術師としての素質はあると言っている。
 
 だが木々を傷つけないかわりに、シグルトはレベッカが驚くほど、どっちに行くか正確に把握していた。
 
「ふむ、わずかじゃがシャーマンの素質があるようじゃな…」
 
 後ろでシンシウスがぼそりと呟いた。
 
「話してるうちに着いたわよ。
 
 ここじゃない?」
 
 レベッカが指し示した先には、ポッカリと洞窟が口をあけていた。
 

「くっ、しまった…」
 
 レベッカが顔をゆがめる。
 
 洞窟をくぐった瞬間感じた違和感と疲労感。
 
「気持ち悪いのう、なんじゃこれは?」
 
 それにレベッカが憮然とした顔で言った。
 
「マジックトラップよ。
 
 たぶん、魔法を使うための力は根こそぎやられてるでしょ?
 私も、集中して鍵開けしたりとか、難しいかもね」
 
 だが休めるような雰囲気ではない場所である。
 
「いざというときはロマンが調合してくれた薬を使おう。
 
 ただ、これは貴重品だから無駄にしないようにロマンがあずかってて使うんだ」
 
 シグルトは荷物袋から【若返りの雫】の小瓶を取り出してロマンに渡す。
 
「うん、わかった」
 
 ロマンが頷いて受け取る。
 
 
 リィンクフの墓の中は完全な人工の建物であった。
 
「すまんがレベッカ、罠の類は頼んだぞ」
 
 マジックトラップのせいで一同は顔色が優れない。
 シグルトの声に、はいはいとレベッカは頷く。
 
「ま、道具や技に頼るだけが能じゃないってね。
 
 やるだけやってみるわ」
 
 レベッカは面倒くさそうに、一行の先頭を歩いていく。
 
 三又に別れた道の最初は西。
 
 何事もなく通路の突き当たりにつく。
 
「あ…」
 
 宝箱、とラムーナが指差す。
 
「こんな通路の端っこに、ね。
 
 絶対罠が仕掛けてあるわ。
 ちょっと待っててね」
 
 レベッカは紛らわしい罠ね、といいつつ、さっさと罠を外してしまった。
 
「どか~ん、となる罠ね。
 
 中身はこんなのよ」
 
 一同、思わず沈黙する。
 
「…お目々?」
 
 ラムーナが首をかしげた。
 それは眼球のような怪物を模した不気味なペンダントだった。
 
「趣味が悪いけど、護符(アミュレット)の類ね。
 
 つけたい人、いる?」
 
 一同が横に首を振るとレベッカは、じゃ換金ね、といってさっさとしまってしまった。
 
 今度は東の通路に向かう。
 
「あ、また宝箱」
 
 そこには西の通路と同じように箱が置かれていた。
 
 レベッカは調べてさっさと開けてしまう。
 
「今度は毒針ね。
 
 中身はこれ」
 
 それは不思議な色と形の石だった。
 
「へぇ、【黄泉の石】だね。
 
 ベレの北で珍重されてる希少な石だよ。
 原石みたいだけど、売ればそれなりのお金になると思う」
 
 ロマンの言葉にレベッカは、苦労した甲斐があったわと石を撫でる。
 
「今回は依頼人に死なれちゃって報酬が無かったからねぇ。
 
 さっきの目玉とか、ちょっとは収入になりそうね」
 
 依頼人は気の毒だったけど、あんな変な本拾ったから自業自得ね、とレベッカは石をしまいこんだ。
 
 
 最後は北に延びる長い通路だった。
 
 途中でレベッカが立ち止まる。
 
「なるほどね。
 
 何の変哲も無い通路が続いて、油断したころでぺちゃんこか。
 
 落石のトラップよ。 
 ちょいと難しそうだから離れててね」
 
 レベッカはしばらく壁やら床やらで何かしていたが、これでよし、と先に歩いて一同を誘導する。
 
 その奥には東に大きな扉があった。
 
「この鍵は私じゃ無理ね。
 
 魔法のかかったりした専用の鍵で無いと開かないわ。
 先に行きましょう」
 
 その先は西と北に通路がのびている。
 最初に西に行き、行き止まりであることを確認すると、今度は北に向かう。
 
 北には大きな扉がある。
 しばらく調べていたレベッカは、一同に一本の大きな赤銅色の鍵を見せつつ言った。
 
「ここに落ちてたんだけど、この扉のじゃないわ。
 
 でも、たぶんさっきの大きな扉の方のでしょうね」
 
 レベッカの勘は正しく、東の扉は簡単に開いた。
 その先には下り階段がある。
 
「この先には何かおるようじゃ。
 
 儂は戦いは出来ぬ故、ここで待たせてもらう」
 
 シンシウスは黙って後ろに下がった。
 一行は彼を残すと、階段を慎重に下っていった。
 
 地下へと続く階段の切れた先は小さな部屋だった。
 上部の雰囲気とは違い、明らかに空気の質が違う。
 魔力が働いていることが分かる。

 部屋の片隅には大きな顔をした石版が、その傍らには9つの水晶球が石をくり貫かれて埋まっている。
 反対側には扉も見える。
 
 ガダン!
 
 一行が全員部屋に下ると、突然階段が先ほどの階段が消失した。
 部屋の隅の扉を開こうと試みるものの、上階の扉同様鍵が掛けられており、極めて頑丈で全く開こうとしない。
 
「ありゃりゃ、見事にはめられたみたいね、あの爺さんに…」
 
 そう言うわりには落ち着いた口調のレベッカである。
 
「随分と落ち着いておるの。
 
 わしらは閉じ込められたんじゃぞ?」
 
 そう言いつつスピッキオも落ち着いたものだ。
 
「まあ、あのおじいさん、いかにも他に隠し事がありますって感じだったからね。
 
 あそこで残るって言い張った時点でみんな、おかしいと気付いてたんだ?」
 
 そうロマンが尋ねると、ラムーナ以外は頷いた。
 
 ラムーナは壁の石を見ている。
 
「この石版…セネンツだね」
 
 セネンツは一部の魔術師の間で暗号として使われている文字である。
 極寒の国の者がごく稀に使用するのみであるが、今はそれも極めて稀少だ、とロマンが説明した。
 

「我は光と闇とを示す石版。
 
 二つの扉を司り、一つの水晶を司る」
 
 すらすらと暗号を解読してロマンが石版に書かれた言葉を読み上げる。
 それに応えるようにその下に新たな光が浮かび上がった。
 
「大いなる光明の下、我が前に鍵を指し示せ。

―さすれば一つの扉は開かれん」
 
 そう読み終えたロマンは、ああこの手の謎かけか、と石版の傍らの9つの石を見た。
 
 そして次々に石に触れていく。
 
「大いなる光明の下っと。
 
 これで全部光ってるね。
 レベッカ、さっきの鍵を出して」
 
 ロマンは受け取った赤銅色の鍵を石版にかざす。
 まばゆい光が生まれ、溶けるように鍵が消え、そして石版の下に別の銀色の鍵が落ちている。
 
 その鍵で横にあった扉が開く。
 
 ロマンは扉を出ようとする一行にちょっと待って、と言って石版を指差す。
 
「おう、文字が別のものになっておるの」
 
 ロマンがまたそれを読み上げる。
 
「我は光と闇とを示す石版。
 
 二つの扉を司り、一つの水晶を司る。

 偉大なる神の下、我が前に鍵を示せ。
 
 ―さすれば一つの扉は開かれん」
 
 そしてスピッキオに、偉大なる神の下って何だと思う?
 と聞いた。
 
「むう、わしはこの手の謎かけは苦手じゃ…」
 
 スピッキオが唸る。
 
「セネンツは、聖北教会成立以降の言葉だよ。
 
 神々でないから多神教のことじゃない。
 で、この石で示せそうな大いなる神の証と言ったら…」
 
 ロマンはまた石に触れていく。
 
「なるほど、聖印の形というわけか…」
 
 十字になった石の光。
 ロマンは先ほどの銀の鍵を石版にかざす。
 
 先ほどと同じように銀の鍵は溶けるように消え、石版の下には金色の鍵が残されていた。
 
「多分この鍵でさっきの北の奥にあった扉が開くよ。
 
 さあ、行こう!」
 
 一行はロマンの言葉に頷くと、石版横の扉をくぐり、その先の階段を登る。
 階段を登り終えると、それは消えてしまった。
 
「ここは…さっきの西の行き止まりね。
 
 よく出来た仕掛けだこと」
 
 そして一行は北にある最後の扉に向かうのだった。
 
「この先にリィンクフの水晶球があると思う。
 
 でも、今までのパターンで知恵が試され、手先の器用さが試されたから、今度は力ってとこかな?」
 
 それにシグルトとラムーナが頷く。
 白兵戦はこの2人の領分だ。
 
 扉を金色の鍵であけると、一行は気を引き締めて扉をくぐった。
 
 予想通り奥に進むと、部屋の中央に一体の彫像があることを認識するや否や、それは命を吹き込まれたものとして一行に襲い掛かってきた。
 
「ガーゴイル…
 
 く、【魔法の矢】が使えれば!」
 
 動く彫像…この手の魔法生物には【魔法の矢】がとても効果的なのだ。
 
 ロマンの横をシグルトとラムーナが駆け抜ける。
 
「やぁぁ!!」
 
 ラムーナが空中で一回転してその遠心力を加えた蹴りを食らわす。
 そしてさらに敵を足場にしてもう一度跳躍する。
 
「あの娘ったら、余力を残しておいたのね…」
 
 ラムーナは蹴った相手の固さに顔をしかめつつも、さらに空中から動く彫像の関節部分に攻撃を叩き込んでいく。
 
 シグルトの攻撃が敵をひきつけてそれた瞬間、背後からレベッカが止めを刺した。
 首の後ろの関節部分に短剣をピンポイントで叩き込まれたガーゴイルは、ひび割れて動きを止めた。
 
「はい、お終いっと」
 
 レベッカがひょいと彫像を押すと、倒れて粉々になる。
 
 一行はあらためて部屋を見渡した。
 
 そこは静かな空間だった。
 人気はおろか、つい先程まで肌にぴりぴりと感じていた魔力さえ、今では微塵も感じられない。
 
 部屋の奥のやや高い位置に、例の魔術師のものであろう墓が見える。
 老人の姿も、話にあった水晶球の姿もそこには無かった。
 
 不意に何者かの気配を感じる。
 
「遅かったの。
 
 待ちくたびれたぞ」
 
 それはシンシウスであった。
 
「ふう、茶番はもう終わりにしようよ、おじいさん」
 
 ロマンが何もかも知っているかのように老人を見据えた。
 
「ふふふ、苦労をかけたようじゃ。
 
 主らには地下の封印を解いてもらう必要があったからな。
 
 その間に、儂の方の準備も整った。
 ぬしらはようやってくれたわ。
 お陰で、儂は間も無く自由の身となる瞬間を迎えることが出来る…」

 老人の眼がぎらりと光り、一行を探るように見つめる。
 妖魔の眼をし、ローブを纏った老人の姿はさながら死神のようであった。
 
「御託が好きなのは年をとりすぎてるからだね、リィンクフ。
 
 お互い、早く用件を済ませようよ」
 
 ロマンの言葉にスピッキオが目を丸くする。
 
「…気付いておったか」
 
 頷いたロマンは老人の横を指差した。
 
「あのタイミングで尋ねてきたときから、普通の人じゃないと思ってたよ。
 
 森でよく見たら影がなかったからね。
 それにおじいさんの言葉、かすかにセネンツの発祥地の寒冷地の訛りがあるし。
 
 話してくれた知識を含めて、考えたらなんとなくね」
 
 そうか、と言った老人は苦笑した。
 
「…では用件に移ろう。
 
 これが彼の魔術師の魂をこの世に留める忌まわしき水晶球じゃ」

 そう言って老人は鮮やかな青の色を湛えたビー玉大の大きさの水晶を、何処からとも無く取り出した。

「これを粉々に破壊せい。
 
 主らの力を以ってすれば容易い事じゃろうて」
 
 ロマンがシグルトに促す。
 
 シグルトがふるったただ一刀で、あっけなく水晶球は粉砕された。
 
「良い判断じゃ…そしてようやった。

 これで我が身はついに自由の世界、神の下へと行けるというものじゃ
 
 …ふははははっ!
 ついに自由の身を手に入れぞ!」
 
 老人は不気味に笑い、その笑い声は狭い部屋の天井に木霊した。
 一瞬、一行は老人の目に涙が浮かんでいるのに気が付いた。 

 ようやく老人は笑い終え、しばしの沈黙を置いて彼は一言、言い捨てた。

「さらばじゃ、友よ。
 
 そして儂等は二度と会うことは無かろう。
 主らの働きに感謝するぞ」

 そう言い残すと老人の姿は跡形も無く消え去った。

「…聖北の神ってそんなに寛大かな、リィンクフ。
 
 咎人が死後に救いを求めるなんて、ナンセンスだよ」
 
 ロマンはそう呟くと、部屋の奥の祭壇のような場所に、いつの間にか置かれていたビゾスの書を手に取った。
 
 セネンツで書かれたそれは、2つの章に分けて書かれていた。
 
 『魔求の章』という最初の章には、リィンクフの技術や知識、禍々しい実験について書かれている。
 
 そして『消身の章』という次の章には自伝が長々と綴られている。
 どうやらこの魔術師は酷く厭世的な人間であったようだ。
 自我への執着が並々でないことも窺い知れる。
 
「ビゾス…セネンツで〝厭世〟か」
 
 ロマンは章の終わりに、例の老人が話していた事について書かれた件を発見した。


 このビゾスの書は我が分身である。
 我が魂の望む限り、死すべき罪ある者を喰らい、世を呪い人を呪うであろう。

 そして深魔に潜る我が墓の、安らかに眠る我が肉体の横に、魔の水晶と共に我が魂は永久に存続するであろう。

「まったく、迷惑なおじいさんだよね。
 
 なぜ気が変わったかは知らないけど、この書のせいで僕らを含むどれだけの人が巻き込まれたことか…」
 
 そしてロマンは、その下に新たな光と一緒に浮かび上がった文字を読む。
 
〝ろくな挨拶も無しに、突然去ってしまってすまなかった。
 そして我が正体を意図的に隠していたことも詫びるとしよう。

 厭世の書を読んだとあらば、大方のことは理解できたであろう。
 ぬしらの想像する様、儂はこの世に留まる亡霊と同じであった。
 
 今考えてみると愚かしき事ではあるが、儂は死期を近く迎えた頃にこのビゾスの書を記し、無限の死神を生み出す魔法を施した。
 
 不謹慎ながら、この永遠に回る厭世の死の歯車を見て、儂は初め非常に愉快であった。
 死神が死神を生む姿を美しいとさえ思った。
 
 しかし、時は儂を変えた。
 この殺戮の繰り返しは、世界の掟よりも不合理で無意味に過ぎないと思うようになった。

 ぬしらには感謝しておる。
 そして、儂の責任であるにも拘わらず、ぬしらを巻き込んでしまったことをすまなく思う。
 しかし、儂は水晶に直接触れる事ができず、誰かを必要とするしかなかったのだ。
 それだけでも理解を頂ければ恐悦至極である。

 儂に殺された者もどれだけ儂を憎んでいることであろうか。
 その罰はこれから神の前で受けることになるであろう。

 無駄話をしてすまなかった。
 もう時間だ。
 僅かに残る自我も今にも消えかからんとしている。
 そう、儂は晴れて死の世界へ…〟
 
 そこで言葉は途切れた。

「はぁ…気付けなかったのかな、最初から。

 結局、世界を責める人間なんて、自分が世界に負けてしまった敗北者なんだよ。
 世を厭うなら、他人に迷惑をかけず1人で悩んでればまだましだったのにね。
 
 これだから大人って…」
 
 ため息を吐いたロマンは、ビゾスの書を祭壇に戻すと、帰ろう、と一行を促した。
 
「…そうだな」
 
 シグルトがいつものように苦笑した。
 
(リィンクフ…
 
 世の中は理不尽だけど、同じくらい面白いものだよ。
 それに気付けなかったのは愚かしいことだよね)
 
 ロマンが最後にビゾスの書を一瞥する。
 そのときロマンの手にビゾスの書から一枚の紙が飛んできた。
 それを掴んだロマンが内容を確認する。
 
「【霊魂誘引】の呪文ね。
 
 お礼としてはセンスがないよ、本当。
 まぁ、賢者の塔に持ち込んでこの手の呪文を研究してる人に格安で譲るよ。
 
 おじいさんの知識を少しは役に立ててくれるんじゃない?」
 
 そう言って呪文を懐にしまうと、ロマンはもう振り返らなかった。
 
 
 その後、ジンキンの森から妖魔の姿は消えてなくなり、いつの間にか深魔の森と呼ばれることも無くなったそうだ。
 妖魔の出没が途絶えた後、森に入るようになった木こりらが例の墓を発見したそうだが、中には古びれた本が一冊在っただけであった。
 当然魔術師間の暗号など読める筈も無い彼らには、その書の意味、価値は分からず、結局その書はそこに置き去りにされ、忘れ去られた。
 誰の目にも留められることなく、人々の忘却の彼方へ消え去ったその書は、何時しかその墓からも姿を消した。
 
 以後、其の書の消息を知る者は居ない。

 
 
 ダワサさんの『厭世の書』です。
 
 話の展開がとても面白く、適度な緊張感があるシナリオ。
 でも、レイスとの戦闘で逃げずに全滅した人も多かったかも。
 
 本来冒険者は戦闘のみが専門家ではありません。
 相手に勝てない、と思ったら即座に逃げることも大切でしょう。
 
 でも、このシナリオ、宿でレイス戦を始めるのだけは凄まじく違和感がありました。
 逃げたら親父たち、困るだろ!
 思わず突っ込んでたり…
 
 総合的にはよくできたシナリオです。
 
 実はラムーナ、前の戦闘で召喚獣が残ったままだったので、ガーゴイル戦はあっけなく勝てました。
 闘舞術や召喚術はあらかじめ付帯しておくと強いです。
 
 
 今回はロマンが主役でした。
 意外かもしれませんが、ロマンは謙虚で努力家です。
 ひねくれてますけど。
 
 彼は実は好戦的な呪文は苦手な(彼の価値観で)方です。
 平和性+1なので。
 
 でもロマン、知力の関わる呪文は全て適性が緑玉という化け物で、しかも精神力の関わる呪文もそこそこ使いこなせます。
 知力12、精神力9…子供じゃないですよね、普通。
 
 子供っぽい純真さ(彼、狡猾性は±0なんです)もありますが、かなり大人っぽい視点も持ってるアンバランスなキャラクターです。
 
 まだ10歳ですが、これからこの少年も成長するでしょうね。

 
 以下、手に入ったものです。
 
◇スキル 
・【強風】×1
・【霊魂誘引】×1
 
◇アイテム 
・【眼球のお守】×1
・【黄泉の石】×1
 

【強風】売却300SP
【霊魂誘引】売却500SP
 
【眼球のお守】売却300SP
【黄泉の石】売却500SP
 
 合計1600SPになりました。 
 
  
 この後の道中で、ロマンは頑張った御褒美に呪文を1個習得します。
 
 NIFQさんの『賢者の街キルノレ』で、【焔の竜巻】をです。
 このスキルが以下に素晴らしいスキルであるかは、次回で。
  
・【焔の竜巻】習得(-1000SP ロマン)
 
 
◇現在の所持金 2431SP◇(チ~ン♪)
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コメント
ダワサさんも良い仕事をしますが、リプレイも良いですね。
特に、同じく厭世的であるロマンとの絡みが巧い。
リプレイファンとしては、ロマンの怪童振りが遺憾なく発揮されて唸ってしまう。
やってみたくなる、リプレイでした。
【2006/07/24 09:35】 | Djinn #I9hX1OkI | [edit]
 ロマン、確かに怪童ですね。
 
 知力12の化け物ですし。
 でも、たぶんもっとこれからその怪物ぶりを発揮するかと。
 
 このシナリオは彼らしさが出せてよかったです。
【2006/07/28 23:40】 | Y2つ #TIXpuh1. | [edit]
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