『旅の空』

2009.10.29(21:41)

 ウェーベル村での仕事を終え、シグルトはジゼルを連れて、ロマンの待つヴィスマールに帰還した。
 
 ロマンは、シグルトがジゼルを伴って帰ると目を丸くしたが、詳しい事情を聴くと納得した様に同行を認める。
 毒舌家ではあるが根は謙虚で生真面目なので、理が通れば文句を言わない…そんな少年だとジゼルは評価した。

 シグルトの美しさにもびっくりしたが、ロマンの中性的な美しさも群を抜いている。

 柔らかな銀髪に、金褐色の瞳は黄昏の光を閉じ込めた様。
 女性も羨みそうになる程白く、肌理細やかな肌。
 まだ声変わりをしていない高い声を聞くと、少女だと言っても信じるだろう。

 だが、女性が苦手なのか、ジゼルには近寄りたがらない。
 それが少し寂しく感じられた。

 ジゼルが持前の好奇心でロマンを眺めていると、その横ではシグルトが繕い物をしていた。
 
「…上手ね。

 男の人でもそういうことするんだ?」

 新進的な考え方はするが、それでもジゼルはこの時代の女性である。
 男が裁縫をすること自体が異様に感じられるのは、田舎の山中で「それが当たり前」として育ったためもあるだろう。

 実家での裁縫事は、器用なこともあいまって、ジゼルが一手に引き受けていた。 
 見た限りでは、シグルトの裁縫技術は「普通の主婦」程度に手慣れている。

「…冒険者をやっていれば、自然とこの手の手仕事は増える。

 道無き道を行き、怪物と切った張ったをすれば、ほつれや鉤裂きは付きものだからな」

 そう言いつつ、すでに愛用の外套を縫い終えた様だ。
 目立たぬ様に上手に縫い目を隠し、繰り返し丁寧に縫って頑丈にしてある。

 針を片付けるため、シグルトが革製の針刺しを手に取った。
 そこに、見慣れない形の針が数本差してあるのを、眼の良いジゼルは目ざとく見つけ出した。
 すぐに別の好奇心が首をもたげる。

「…この返しのついた小さいのは、釣り針よね。

 でもこっちの弧を描いた針はあまり見ないわ。
 職人が絨毯を縫う大きな針に似てるけど…しかも銀製?」

 細工物の様に細く、銀で出来た不思議な針を見つける。

 この手の針が弧を描いているのは、平坦な動かせないものを縫うためだ。
 用途も、形を縫い易く変えられない物のために使うのだろう。

「ああ、この弧針(こしん)のことか。

 特注の品だからな」

 丁寧に磨かれ、薄く油を塗付したそれは、装飾品の様に美しい。

「でも、銀じゃ硬いものを縫う時折れちゃうでしょ?
 
 何に使うの、これ?」

 首を傾げるジゼル。

 シグルトは苦笑してその針を取った。

「これは傷を縫うための、医療針だ。

 見た目より柔軟で、曲がってもすぐ折れたりしない。
 銀製なのは、血に触れても錆び難く、錆の毒で身体を害さないためだ。

 弧を描いてるのは、手早く肉を縫うためであり、また片手で縫うことを容易にする工夫だな。
 真っ直ぐの針は、肉の弾力で押し戻されるし、血脂で滑ってしまう」

 実演する様に、指の腹に曲がった針を掛ける。
 それを巻き込む感じでくるりと回す。
 繕いものをするより、随分手慣れていた。

 生々しい話を聞いて、ジゼルの顔が引き攣る。
 
「…鋭利な刀剣による裂傷は、包帯で巻いても傷が癒着し難いし、すぐに開いてしまう。

 手っ取り早いのは、昔からの方法で縫うことだ。
 直針など使えば、縫い難く患者は痛い思いをする。
 下手をすれば、折れた針先が肉に残って危ない。
 針が弧を描いているのは、刺した先端が肉の外に出るという、その特性を考えているんだ。
 
 傷口はある程度深く縫わないと、糸で肉が裂けて傷を広げかねない。
 膿んだ傷口を縫う時は特にな…腐った肉が削げない様に、より深く縫う必要がある。
 
 だから、こういった専門の針を使う。

 傷の縫合は、医療的にとても大切な技術だ。
 応急処置でも基本的なことだから、生肉や皮を使って近い感触を確認しながら縫う練習をしておくことも大切だ。

 矢傷や血管からの大量出血を、血管の桔索で止めることも出来る。
 止血には、洗濯挟みの様なもので出血点を挟むのも手っ取り早い。
 紐や帯で止血すると、どうしても組織上部分の止血になって、下部が壊死を起こし易くなるからな。 

 専門の知識と技術は必要だが、こういったことが出来るなら、誰かの命を繋げることもあるだろう。

 獣の牙や爪で肉を抉られたり、戦場で腐った手足を切り落とすことになっても、手当の仕方と道具があれば生き残る可能性は高くなる。
 死ぬ者がいる時は、傷が深過ぎるか治療手段が分からない時がほとんどだ。
 
 俺は戦士だから刀傷や裂傷が絶えないが、治癒の秘蹟で何時も直してもらえるとは限らない。
 有限のそういった力では、すべてを手当てしきれない状況に出くわすこともある。

 …一番嫌な用途だが、死体を見目良くする時にも役に立つ。

 備えあれば憂い無し、ということだ」

 その針は、実際に使ったための摩耗や変色が見受けられた。
 シグルトの言う用途も、随分と具体的だ。

 つまり経験があるということだろう。

 話を逸らそうとして、ジゼルは咄嗟にもう一つの針を取った。

「…こっちの、穴の空いた筒みたいな奴は?」

 まるで見たことの無い形状のそれは、一言で言ってまさに筒だ。
 先端が尖っているから、針の一種なのだろうが。

「それは穿孔刺。

 膿を抜いたり、気道…喉が詰まった時や、肺が打撃の衝撃で潰れて肺が膨らまなくなった時、溜まった血や空気を抜くのに使う。
 この膨らんだ部分は、深く入り過ぎない様に肉に掛かる部分だ。

 内出血が酷い時には、適切な応急処置が出来るから重宝する。
 俺が学んだ医者は、腫瘍が腐った患者の膿を出したり、打撲で頭に血が溜まった患者の治療にも使っていた」

 シグルトが話す言葉の中には、高度な外科の医療知識が含まれていた。

 だが、傍から聞いていれば異質で痛々しい話である。
 ジゼルは聞いたことを少し後悔していた。

「他にもこの薄い尖った剃刀は、切開のためのものだ。
 今は、糸切りに使っているが、本来は簡単な手術に使う。
 俺は使うのが下手だから、精々鏃の摘出や鬱血の切開にしか使わないが。
 
 …こういった切開手術は、腐ったら切り落とすのが当然の今の医療では、異端とされるものだ。

 だが、手足と泣き別れしたくない時は、異質と呼ばれても頼る必要がある。
 まあ、俺は祈って秘蹟が起きるほど、敬虔ではないのでな。

 こういった罰当たりをするのにも、抵抗は無い」

 腐敗した患部を蛆に食わせることが、一番優れた壊疽の治療法だと教えたら、目の前の娘はどんな顔をするだろう?
 シグルトは筒状の医療針を弄びながら、肩をすくめた。  


「…それでシグルト、これからどうしよう?

 相変わらず湾は渡れそうにないよ。
 悪天候じゃないんだけど、海が時化て漁にも出られない有様なんだって。
 
 暫くは、状況も変わりそうにないみたい」

 ジゼルが青褪めて硬直している中、横からロマンが現状を切り出した。
 針を手早く仕舞い、しばし思案するシグルト。

「…予定通り、湾沿いの街道を通ることにしよう。

 ジゼルのことを、『小さき希望亭』の親父さんに紹介しておきたいところだし…
 そのルートなら、リューンやポートリオンを経路に入れられるはずだ。

 彼女は乗馬が出来るから、ロマンと一緒に馬に乗って行くと良い。
 俺は途中から後を追おう。

 ヴィスマール近郊の森を抜けるまでは、一緒がいいだろう。
 林道を抜け見通しが良くなれば、盗賊に襲われる心配も無くなるはずだ」

 ジゼルと一緒に、という部分でロマンは複雑な顔をした。
 しがしシグルトの提案に、渋々頷く。

 ロマンの歩く速度はシグルトに遠く及ばないし、ジゼルは女性でしかも病を患っている(実際に心臓は完治しているが)。
 シグルトの提案が最も効率的なのである。

「まぁ、シグルトの足なら待たされることは無いからね」

 真面目な顔をしてロマンが応えると、そう励もう、とシグルトは頷いた。

 ジゼルは首を傾げる。

 二人乗りで歩かせることが多くなるとはいえ、馬での移動は徒歩より速いのだ。
 確かにシグルトは歩く速度も速く、ジゼルも後を追うのに必死になったが、馬の速度ほどでは無かったと思う。

 だが、ジゼルの予想は大きく裏切られることになった。


「…し、信じられない!

 どうして追いつけるの?!」

 ヴィスマール近郊の林道を抜けるまで、一行は同じ速度で移動した。
 シグルトの要望で、かなり早めである。

 最初ジゼルは、ヴィスマールまでの過程で感じていた欝憤を晴らすが如く、かなりの速度で馬を歩かせた。
 足の速いシグルトに対する、ちょっとした悪戯心である。
 
 しかし、シグルトは涼しい顔をして、ぴたりとその後ろをついてくる。
 人間なら早足に近い速度を、まるで風に乗るかの様にだ。

 林道を抜け、先に行くことになっても、ちょっと馬を休ませる間にシグルトは追いついてしまう。
 むきになったなったジゼルは、試す様に「もう少し飛ばしていい?」と尋ねると、シグルトは当然という風に頷いた。
 ロマンなどは、含み笑いをしている。

 かくして、引き離すぐらいの速度で馬を走らせてみたが、シグルトは歩きながら信じられない速度で後ろをついて来た。
 さらに、馬を疲れさせない程度にもっと早く駆けさせてみる。

 今騎乗している乗用馬は、甲冑を着た騎士が乗ることもある大型種である。
 ウェーベル村でジゼルが乗っていたホーリーに比べれば、最高速度は遅いが、持久力や馬力ははるかに上だ。
 本気で走らせても数時間は大丈夫である。

 シグルトは、その速度に息も切らさず追いついて来た。
 引き離したと思っても、休むために馬を歩かせていると、何時の間にか追いついている。

「…凄いでしょ?

 なんでも、東洋の呼吸法を使ってるんだって。
 シグルトの歩き方は、全速力の馬ほどでは無いけど、とても速いんだ。

 しかもほとんど休まないから、実際には馬に匹敵するぐらいの速度で移動出来るんだよ」

 自慢げに言うロマンの横で、ジゼルは文字通り目を丸くしていた。
 追いついたシグルトは、脇から付け足す様に解説する。

「俺が最初に学んだ武術の師は、とりわけ歩法と呼吸の仕方を重視する方だった。

 歩法は、身体のバランスを保ち間合を支配するのに必要となる。
 呼吸は、体力の維持と爆発的な力を発揮する時に大切だ。

 この二つを鍛えておけば、長く力強く行動し続けることが出来る。
 師は、遠く東の地でそれを学んだと言っていた。

 俺の使う歩法は、それに加えて鉄板を脛に巻き、砂入りの袋を背負って鍛錬する高速移動術だ。
 〈飛毛脚〉という東方の武術家が使うものを、応用したものらしい。

 10歳から、5年間ほぼ毎日一刻(二時間)ずつこの鍛錬をして来た。
 雪中の強行軍でも、倒れず早く動ける様になりたかったのでな。
 今は重宝している…苦労した価値はあった、ということだ。

 西方武術の悪口を言うわけでは無いが…こと体術の鍛錬に関しては東方武術に軍配が上がるだろう。

 〈氣〉や〈経絡〉という、血肉に加えてそれを動かす力と器官に着目した技術体系は、素晴らしいものだ。
 筋肉痛や体組織の疲弊を食餌で補いつつ、身体を内部から鍛えていく鍛錬法は、西方には滅多に見られない。

 これらの技術で基本になることは、健康維持にも応用出来る。
 ジゼルにも、機会があったら教えよう」

 シグルトがかつて学んだ槍の師ハイデンは、古から伝わる技法に、東方武術の〈内功〉を積むやり方…すなわち鍛錬法に内部からの肉体改造を組み込み、優れた武術を完成させた。

 西洋武術にも、呼吸や精神といった内面を重んじる部分はもちろんある。
 しかし東方武術と比べる場合、内臓や呼吸、氣や精神といった専門的な鍛練では、どうしても一歩劣るのだ。

 剣士であれ槍使いであれ、「武器にこだわった戦い方しか出来ない」傾向もある。
 剣士が蹴りや拳による殴打を行うのは邪道であるとか、槍使いが頭突きをするのは珍妙であるとか。

 そういった「礼節を重んじる綺麗な戦い方」を、ハイデンは嘲笑した。
 彼の技は「槍を使う戦い方」であり、「槍に使われる戦い方」では無かったからだ。

 シグルトが最初にさせられた鍛錬法は、徹底的な歩法と呼吸法の套路(型)を反復することだった。

 実際の反射神経や感覚を研ぎ澄まし、痛みに慣れるために、槍を模した硬い棒で殴り合う乱取りもやらされる。
 寸止めなど許されず、実戦同様に殴り殺す覚悟で打ち合い、青痣で済めばまだ良い。
 骨折や打撲は当たり前で、武術の出来ない身体にされる者や、生死を彷徨った弟子も多数いた。

 もともとシグルトの応急処置に関する医療知識は、実際の戦いよりも、鍛錬による故障を治療するために学ぶ様になった。
 シグルトの身体にも、兄弟子に打たれて裂けた傷を縫った傷痕が数か所ある。

 そんな鍛錬を5年以上続け、多くの同門が挫折する中で、シグルトはハイデンの一番弟子となった。

 彼が後輩に教える時は、師程極端に厳しくは無かったが、自身は師の教えをよく守った。
 実戦同様の鍛錬で磨いたひり付く様な戦闘感覚は、今でもシグルトを助けている。

 また呼吸の仕方と氣の導引、発勁(力の制御)、食事と肉体酷使を繰り返すことによる内臓や血管の強化、武術向きの骨格への肉体改造といった、徹底的な内外を変えていく鍛練も積む。
 やり方は、怪我が絶えない殴り合いより、もっと過酷だ。

 長時間同じ格好で静止して、骨格や下半身を虐める練法は、凄まじい激痛を伴う。
 臓腑を鍛えるため、独特の方法で内臓を揺すり身体を外部から打擲する。
 普通使わない内部の筋肉や骨を、重りを付けた屈伸や柔軟運動で徹底的に酷使し、筋肉痛や疲労骨折並の苦痛を毎日の様に味わう。
 敵の攻撃で気絶しない様に、脳を傷つけない程度に何度も脳震盪を起こして慣れて行く。
 夏場は雪解けの冷たい川に身を沈め、呼吸を止めて、少ない酸素で長時間活動し、冷たさに耐える能力を養う。

 気を抜けは、心臓が止まり、あるいは半身不随になる様な内容である。

 延々と精神をすり減らし、我慢強さを磨き上げていく。
 涙や鼻水を流すのはもちろん、血反吐と胃液を吐き、酷い時には失禁して糞尿を垂れ流す。
 そうやって無様を晒すことに慣れ、戦いに必要の無い驕慢を叩き壊すのだ。

 師に従って終いまで続けられたのは、何時もシグルトだけだった。
 そういった極限状態を体験し修めて来たシグルトは、鋼鉄の様な忍耐力を持つに至る。
 シグルトの持つ、修行僧の様な禁欲さは鍛錬の賜物なのだ。

 厳しい修行の最後には、戦術の教練と冷酷さを養う精神鍛錬を受けて、奥義を習得し免許皆伝となる。

 殺すこと、悩みに捉われないこと、極限で何をするか判断出来ること…
 身体が目的のために反応で動く様、徹底的な自己暗示と反復運動をする。
 気絶しても無意識に戦い、折れた腕すら振り回せる様に痛みを忘れる術を叩き込む。
 自分の思考より早く一撃が出せる様に、心理的な常識を破壊し、心技一体の境地を目指す。

 状況に乱されず場を支配する意思と行動力が必要だとして、武器への執着や技術への偏りは消し去って行く。
 機械の様な緻密さと着実さを得ながらも、その実は氣魂で支配し、深淵にして天衣無縫な様へと至るのである。

 行為は冷たく精巧に、思考は意より早く、発揮する力は火山の様に激烈になること。
 敵ならば女子供も殺し、かつ殺戮の快感に酔って隙を作ってもならない。
 賢者の如く聡明に、征服者の如く圧倒的に、己を抑え目的を成す戦士となる…

 ハイデンは、戦場で戦いながら武術を昇華した武人であり、戦場で命を掛けて殺し合う世界を渡り歩いて来た。
 即ち、戦いこそが目的であり、生き残ることが勝利という世界である。

 彼に言わせれば、騎士道精神から生まれた剣術など〈お遊戯〉なのだ。

 シグルトは、師程に他門の武術を悪し様に言う気にはなれない。
 実戦云々や実用性はともかく、費やされた時間や哲学には、学ぶべきものもあるからだ。

 でも、実際の戦い方で言うなら、ハイデンの教えは的を射ていた。

 余程の状況でない限り、シグルトは激昂しない。
 たった一度だけ我を忘れて怒り狂った時は、大切なものを全て失う羽目になった。

 現在の故障だらけの身体で動き回れるのも、鍛え抜いた心身と、学んだ技術おかげだった。 
 足の腱を抉られ、全身が故障だらけのシグルトは、ハイデンに学んだ徹底的な〈内功〉のおかげで、常人を凌ぐ力が出せる。

 中でも一番特殊な技術は、〈氣〉の作用を用いて、である。

 アフマドに作って貰った添え木に、〈氣〉を流して腱の代わりにするのだ。
 さらに鍛え上げた歩法で、並の人間を凌ぐ行動を可能にしている。
 
 人体の常識を無視する動きになれるには、数か月を要した。
 違和感と激痛に悩まされながら、途方もない時間を費やして、今の動きが出来る様になった。
 耐える心を持っていなければ、此処までのことは出来なかったはずである。

 精神と肉体を極限まで鍛えた場合、多くの人間はそれで満足してしまうだろう。
 だが、ハイデンの教えにはその先があった。

 〈氣〉と〈魂〉の鍛練である。
 
 人間の肉体には限度があった。
 鍛えるのも、酷使するのもだ。

 〈氣〉を利用した肉体の運用は、そういった限界を超える可能性がある。
 数倍の膂力を発揮し、人外の反動を受ける肉体を守ることが可能となるのだ。

 〈氣〉を剣に込めれば鋼を両断し、布の一片が刃や棍棒の如く振るえる。

 通常の人間は、〈氣〉という神秘的力に出逢うと、発揮される怪力や威力、或いは実態無き存在に届く効果に注意が向く。
 だが、それは一番大切なことではない。

 武術において〈氣〉の運用をする場合、「振るう怪力に耐えられない肉体を支持する」ことこそ、一番の命題なのだ。

 〈氣〉を用いなくても、力学を知り鍛練を繰り返せば、人間は数倍の力を発揮出来る。
 …大抵はその強化や力学に、肉体の方が故障してしまうのだが。

 肉体が力を発揮するには、力の支点となる強い肉体が必要である。
 現に、大きくて太い柱ほど大きな屋根を支えるではないか。

 怪力で振るえば、弱い武器はへし折れてしまう。
 冒険者になった頃、剣の扱いに慣れてなかったシグルトがまさにそうだ。

 岩を殴った場合、砕けるのは拳である。
 剣で岩は斬れない…刃が欠けてしまうだろう。

 武術の力用において、耐久力こそ隠れた基礎である。

 多くの武術では、軸足の強さを重んじる。
 素手で戦う者は、肉体を凶器に変えるか、硬い部分を武器に使う。
 獣の爪や牙が太いのは、折れないためだ。

 〈氣〉の付与は、無茶な力の使用で肉体が破壊されない様、守るために使うべきなのだ。

 付与すれば、刃や身体の間接へ跳ね返る負担を緩衝する。
 鍛え上げた肉体にそれを行えば、さらなる限界の突破が可能となる。

 大人一人分の肉体は、かなりの重さがある。
 例えば、50kgの棍棒を想像してみるといい。
 そんなもので殴られれば、相手はひしゃげるだろう。

 人間がその分の力を出せないのは…いや、出さないのは、肉体を壊さないためなのである。

 武術においては、そういった肉体の安全機構を、徐々に攻撃に傾かせていく。
 肉体が鍛えられるか、衝撃を流す技術が巧みになるほど、より強い力が出せる。

 極限までアソビを無くした行動は、ゆったりと見えても、発揮される力は凄まじい。

 シグルトは、こういった技術を〈発勁〉という言葉で学んでいる。
 〈氣〉の運用を含めた、総合的な力の出し方だ。

 〈氣〉の作用は凄まじい。
 でも、それだけでは〈付け焼き刃〉である。

 鍛え上げた基があり、それに〈氣〉を用い、バランスを取る。
 
 肉体を外的力とすれば、〈氣〉や技術は内的力。
 それらを集合し、全て運用することが〈発勁〉の妙であった。

 内臓や骨格を鍛える鍛錬も、総合力を高める大切な要素だ。
 骨を切り裂く膂力がもたらす反動は、常人の腕が衝撃で痺れさせてしまう。
 鍛錬の足りない者は、骨折してしまうだろう。

 〈内外合一〉。

 優れた武術家は、技術と身体を鍛え、研ぎ澄ますほど体格も美しくなってくる。
 それは、バランスがとれた機能美なのである。

 その上、シグルトは医術を学んでいる。
 どの様に〈氣〉を使い、どこを補強すれば効率的に身体を使えるかなんとなく分かるのである。

 この時必要なのは、技術同士の矛盾では無く調和だ。
 有りえないとされることを調和させ、超えられない領域に踏み入る。

 持った技術や知識を統合し、最大限に無駄無く効果を発揮すること…
 シグルトの強さと賢さ…その秘密は、その応用力と集合力にあった。

 実際にシグルトが、こういった概念やそれを応用した技術を他人に話す事は、めったに無い。
 分からない概念を話したところで、それを理解など出来ないからだ。
 変人扱いされる結果で終わるだろう。

 必要な者が機に応じて体得する…
 しかし、求め無くばそれは成らない。
 求めぬ者は求めず、求める者は励むべし。

 これは、シグルトが至った一つの真理である。

 ジゼルに関しては、一部でもそういった理を教えるべきだと感じていた。
 彼女は、教えを求めるだけの障害を負っているからだ。

 本来心臓が悪い者は、同時に腎臓を病む。
 循環系に異常を持つ者が多いのだ。

 心臓は、酸素や栄養を込めた血液を送り出すポンプである。
 それが病めば、他の臓器や器官も病んで来る。

 ジゼルは森神の力で〈心臓だけ〉は治っているかもしれない。
 でも、他の臓器はどうだろうか?
 
 森神は、ジゼルが〈心臓を患っていた時間〉まで消してくれたわけでは無い。
 実際に彼女は心臓を患っていたことを覚えているし、格段に良くなったとはいえ、ジゼルは根本的な体力に欠ける。

 神や精霊の行う神秘とは誠実で、それ以上でもそれ以下でも無い。
 ならば、ジゼルには楽観よりも現実を直視することを教え、体力が足りるうちに悪所を見極め、それを改善させる必要がある。

 補う方法を教えてやればよいのだ。

 きっと人は神経質であるとか、細やかだと評価するだろう。
 あるいは迷惑がるかもしれない。
 それでもシグルトは構わなかった。

 自身はすでに満足な身体では無い…だからこそ、あるべきものを尊び備えることを訴える。
 それで親しい者が一人でも救われる可能性があるなら、無駄では無いのだ。

 ジゼルに部分的でも〈内功〉の鍛錬を教えれば、弱っている内臓や血流を操作し、人並の健康を得ることも出来るだろう。
 アフマドに診療して貰い、悪い部分を明らかにすれば、より効率的な方法が教えられるはずである。

 シグルトが、自分の体験からそこまで大層な目標を立てているとは知らず、ジゼルは「面白そうね」と微笑んでいた。


 しばらく道中を進み、一行は街道に設けられた休憩所で休むことになった。

 ジゼルは、汗を拭くシグルトを横目で眺めている。
 不意に、そこにいるはずのシグルトが、景色に溶けてしまう様な、不思議な感覚を覚えた。

 目を瞬くと、そこには確かにシグルトがいる。
 だが、この美しくとてつもない才能を秘めた青年は、時折その存在感が希薄になるのだ。
 こんなにも人を惹きつけて止まないのに、である。

 シグルトは空を見上げていた。
 そこには澄み渡った蒼穹がある。

 ジゼルも空を見上げて、不意に悟った。

 そう、シグルトが見ているのは空と同じ。
 決して人が届かない、何かの高みなのだ。

 神秘的な青黒い瞳は、果てしない空を映している。

 人の弱さを、欲を知り、受け入れることが出来る理知の光。
 でも、その瞳が至るべき高みとして捉えているのは、とても高い空の向こう。

 人は可能性というものを持ちながら、その限りを設けている。
 それは寿命であり、妥協であり、敗北である。

 例えるなら、自分の足で登れる山の頂だ。

 シグルトは、人が頂とするそういった限界を理解している。
 限りのある人の一生を、強さも弱さも、とても尊んでいる。

 なのに、見つめているのは頂を超えた、空の様な場所なのだ。
 
 矛盾を内包し、それを背負って試練の道を歩むその覚悟。
 果てしない道のりが、その先にある。
 それでも、歩むことを決めた改革者。
 
(…なんて、遠いんだろう…)

 そう、シグルトのその意思は、側にいる者に弱さを思い出させる。
 人が否定しなければ思い出してしまう、行くべき道に生い茂った茨の棘を。

 だから、人はシグルトを勇者に祭り上げ、違う次元に置いて評価する。
 自分たちが、茨の水戸を歩まぬために。
 高みに置かれた、シグルトのいる場所は、感じ取れず他人事になるのだ。
 
(ああ、そうだわ。

 これが、英雄なんだ)

 それがどんなに無謀でも、どんなに望まぬとしても。
 至る場所が、常人が至らぬ頂の先にある者。

 上り詰めるが故に、可能性を超える奇跡を起こす、超越者。
 儚い限られたその一生を歩む時、凡人が避けるであろう辛苦の道を選ぶ、受難者。

 シグルトの美しさも、そして能力も、彼の本質ではない。
 ただ、人より優れ、期待されることによって己を鍛えるきっかけ。

 あの空の様な場所に至るための、ただの布石なのだ。

 ジゼルは、シグルトに惹かれている自分を感じている。
 でも、今はとても一緒に歩むだけの自信が無い。
 近付けば近付くほど、そら恐ろしい何かを感じずにはいられない。

 …何と孤高な生き様だろう。

 彼は、その孤独をすでに背負う覚悟をしている。
 だから、シグルトの双眸は空よりも深いのだ。

 しかし、そんな青黒い瞳が何時の間にか自分を眺めていることに気付き、ジゼルは首筋まで赤くなった。

(み、見透かされたりしてない、よね?)

 焦ったジゼルを見るシグルトは、何時もの苦笑。
 沢山の人に愛されながらも、内には深い孤独を持ち、心の底から笑えない寂しげなその表情。

 ジゼルは、そのまま見つめられることに耐えられず、視線を空にそらした。

「…空が綺麗よね」

 不意に口から、そんな言葉が出る。
 シグルトは頷き、そのまままた空を見た。

「…そうだな。

 あの蒼天はとても高くて、綺麗だ。
 無理だと言われても、いつか掴んでみたい…そんな風に憧れる。

 この身で出来ぬことであっても、せめてこの心だけはあの空を掴んでみたいと、そう思う」

 それは、シグルトが漏らした本音だった。
 見通しの良い澄んだ空は、彼のそんな心を映したのだろうか。

 ただ涼しげな秋の風が、二人の間を駆け抜けていった。



 リプレイクロスまでの中継ぎとして描いたエピソードです。

 クロスする前に、シグルトのスタイルを少し。
 教導クロスをやりたい人は、参考にして下さい。

 金成の苦労人なんです。
 外伝でも書いてるけど。

 シグルトとジゼルの距離に関しては、いずれ続編で買いますが、シグルトは後輩扱い。ジゼルは憧れって感じですね。

 シグルトの医療知識は中世レベルではなく、19世紀~20世紀近い時代のものもあります。
 師のアフマドがそれだけ優秀だった、ということです。
 リプレイ中の医者では、最高レベルの医療技術があるとしています。
 脳外科や神経接合までやるからなぁ。

 ただ、シグルトは医療知識はあるけど、上手ではありません。

 武術に関しては、相当深いものを持ってます。
 某マンガを参考にしました。
 
 シグルトの武術が華国(中国)武術の流れをくむのは、槍もそっちの技術が高いからです。
 気功や食餌、内臓の鍛練は近代の格闘術にはありますが、中世では、インドかそっちにしかなかったと思うので。
 
 気功を身体の保護に使うスタイルは、シグルトの後のスキルにも影響してきます。
 シグルトが、防御を高めたままの鋭い技を使う、攻防一体のスキルを好むことからも、わかるでしょう。

 飛毛脚というと、某格闘ゲームを思い出す方も多いでしょう。
 わたしゃやったこと無いですけどね。
 ただ、影走りの高速習得の下地にはなるでしょう?

 シグルトの持つ孤高の雰囲気、今回は説明できたかなって思います。
 ま、生まれから「天を掴もうとした」という設定ですから。

 人が至れない高み、というのは、私の英雄観にかかわることでもあります。
 ちょっとしたエピソードですが、しっかりY2つ節(説明くどくど)もありましたし、ぼちぼちいろいろ書かねばなぁ。

 筆遅いのは、どうか御勘弁を。 


〈著作情報〉2009年10月29日現在
・今回活躍した連れ込みPCジゼルは、楓さんのシナリオから連れ込んだものです。
 著作情報等、リプレイRの『ジゼリッタ』を御覧下さい。
 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さ

んがなさっています。
 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。
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