Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

『白弓の射手』

 それは聖北教会からの依頼だった。
 
「ふむ、教会からの依頼か」
 
 スピッキオが冒険者に頼むとは珍しい、としみじみと眺めている。
 
「ああ、その張り紙の仕事は聖北教会から直々の依頼だ」
 
 親父がいつものように皿を磨きながら言った。
 
「急ぎの仕事らしい。
 
 〝早いうちに片付けないと悪用される危険が大きい〟とな。
 
 奥の部屋に教会の使いの人が休んでいる。
 その仕事に興味があるなら話を聞いてみるといい」
 
 シグルトは『小さき希望亭』の親父の言葉にしたがって、使いの人の部屋を訪ねた。
 
「張り紙を見た冒険者ですが、詳しい話を聞かせていただけますか?」
 
 シグルトがドアをノックしてそう告げると、慌てて走ってくる音がして、まだ若い僧服を着た男があらわれた。
 
「ああ、良かった!
 
 この仕事を引き受けてくださるのですか?」
 
 意気込む僧服にシグルトは、いや、と一言置く。
 
「私たちももう少し事情を掴まないことには、返事をしかねるのですが」
 
 少し落胆したような顔の僧服。
 
「ああ、すみません。
 ごもっともです。
 
 でも、大変急ぐ仕事なのです。
 話を聞くだけでも良いですから、教会まで御足労願えませんか?
 
 私は使いに出されただけで、詳しいお話は教会の司祭様が知っておいでなのです。
 
 ええ、話を聞いてくださるだけでもよろしいですから、どうかお願いします!」
 
 話の後半は何が何でも仕事を受けてくれという意気込みだった。
 
「皆、今回の仕事は行けばほぼ受ける形になると思う。
 
 相手も急いでいるし、付いていって話を聞いた後に断れば名を落とすことになるだろう。
 不誠実だってことでな。
 
 断るつもりなら今断ったほうがいい。
 
 どうしたいか聞かせてくれ」
 
 シグルトはわざと僧服の前でそう言った。
 僧服は図星を指されたという顔で、青ざめている。
 
「いいんじゃない?
 
 報酬はそこそこだし、こういう仕事を成功させておくと後々信頼してもらえるし」
 
 少しにやけた感じでレベッカが言う。
 この手の依頼の看破や交渉の基本を教えたのはレベッカである。
 
 仲間たちはリーダーに任せるよ、という感じである。
 
「分かった。
 
 では聖北教会にいきましょう。
 案内を頼みます」
 
 教会自体はリューンの各所にある。
 
「ありがとうございますっ!」
 
 僧服の若い男は喜んだ顔になる。
 しかしシグルトの表情がふいに厳しいものになる。
 そして、いざ教会に、となったとき突然剣を抜いて一閃した。
 
「きぃぃっ!」
 
 両断されて地に落ちたのは下級妖魔のインプである。
 
「これは一体…?」
 
 ロマンが首をかしげている。
 
「ああ、大変だ…」
 
 若い僧服はまた真っ青な顔になっている。
 
「…その様子、この小悪魔と依頼とは何か関わりがあるのかの?」
 
 スピッキオの問いに、おそらくそうでしょう、と僧服が答える。
 
「とにかく、教会までおいで下さい。
 
 このことも含めて、きっと司祭様が話してくれると思います」
 
 使いの僧服はそういうと、教会の場所告げ、駆けて行ってしまった。
 
 一行は一様にため息をつくと、インプの死体を始末し、教会に向かった。
 
 
「司祭様!
 
 冒険者の方々をお連れしました」
 
 教会に着くと、さっきの若い僧服が司祭の部屋まで案内してくれた。
 
「御苦労様でしたね。
 
 後は私から説明しますから、もう下がってよいですよ」
 
 司祭の言葉に、僧服は挨拶をすると引き下がった。
 
「御足労をおかけしました。
 
 先ほどの使いのものから何か説明を受けましたでしょうか?」
 
 シグルトはまず名乗ると、首を振る。
 
「まずはこちらで、司祭様から話を聞くようにと伺っております」
 
 そると、シグルトの振る舞いに感心したように頷いて、司祭は頭を下げた。
 
「ははは、すむません。
 
 少々慌て者を使いに出してしまいましたからね」
 
 微笑む司祭。
 しかしシグルトは真剣な様子で、宿で見かけたインプのことを告げる。
 
「なるほど、そのようなことがありましたか」
 
 一呼吸おくと、司祭も真面目な顔で話し始める。
 
「心当たりが無いとは言えません。

 今からお話する仕事の内容と、関わりがある可能性は高いです。
 
 では、そのことも踏まえて、私どもが依頼したい仕事のお話をすることにしましょう」
 
 司祭は窓を閉め切ると、シグルトたちに向き直る。
 
「冒険者の方々にやって欲しい事は、使い魔を作るという魔法の道具の回収です。
 
 ですが、当方としましては、それを回収ではなく破壊して頂いても報酬をお支払い致します」
 
 破壊、という物騒な言葉にスッピキオが眉をひそめる。
 
「その魔法の道具というのは山奥にある狩人たちの村、『ディエ』という所にあります。
 
 そして、『ディエの村』ではその道具を《妖精の宝》として非常に大事に扱っているのです。

 その村の伝説によれば、かつて村の近くにいた森の妖精から譲り受けた、妖精との友情の証だと。
 
 村で最も名誉ある人物の為にその道具が用いられるのだそうです」
 
 動物の使い魔を作る道具とかかな、とロマンが呟く。
 
「はい。

 どうやら『ディエの村』ではその道具を動物に使っているのだそうです。
 
 鳥や獣にその道具を使うことで特定の動物と人間が意思の疎通を行い、狩の助けにしているのだと」
 
 ロマンが司祭の言葉を聞いて、なるほどと頷く。
 
「つまり、使い魔を作る道具を利用することで、優れた鷹匠や猟犬使いになれるわけだ…」
 
 司祭も首肯して話を続ける。
 
「はい。
 
 つまりその道具は村の人々の生活の一部にあり、『ディエの村』における名誉に関わるものなのです。
 
 しかし、教会側としましては、その村にわざわざ害意を及ぼしたいわけではありません。
 
 そのため、一応 依頼内容はその道具の破壊ではなくて、『安全に回収』としたわけです」
 
 それにレベッカが首をかしげる。
 
「けど話を聞く限り、その村ではその道具を悪用してる訳じゃないみたいよ。

 何故、その村から無くす必要があるのかしら?」
 
 司祭は深いため息をついた。
 
「ええ、それだけなら私どもも神経質になる必要はありません。
 
 では、これから我々がその道具を何とかしようと思い至った理由をご説明しましょう。
 
 ここからが、先程あなた方がお話して下さったなさったインプの事とも関係があると思います」
 
 一同顔が引き締まる。
 
「《ヴェルニクス》という名の魔術師を御存知でしょうか?」

 我々が仕事を依頼したい理由は、この魔術師がその道具に目をつけたという情報が入ったからなのです。
 
 ヴェルニクスとは、錬金術を悪魔の契約などに用いる黒魔術と相互に関連させる研究をしている魔術師。
 
 裏世界では有名らしく、その研究以外にも色々とおぞましい仕事を受けて遂行しているとのことです。
 
 この男の手に 先程の使い魔を作る道具が手に渡れば、とんでもない事になるのは明らかです。
 
 それと言うのも、悪魔を使い魔にするという話だけではないのです。
 
 賢者の塔の魔術師の方々の話によれば、その道具は《人間さえも使い魔に出来る》可能性があると」
 
 一同の顔に緊張が走る。
 
「これほど神の御意志を冒涜するような話があるでしょうか!
 
 しかしヴェルニクスという魔術師はずいぶん狡猾で、なかなかその実態を掴ませてくれないそうです。
 
 そのため事情を話しても国の兵は重い腰をあげてくれません。
 
 また我々教会側も、そのような魔術師に対抗できる人材がいないので苦しいところだったのです」

 話に納得したようにシグルトは頷いた。
 
「それで、魔術師に対抗できそうで、 かつ、すぐに働いてくれる冒険者の出番というわけか。
 
 確かに話が繋がる。
 
 例のインプはその魔術師の使い魔か何かだな」
 
 司祭が頷く。
 
「おそらくはヴェルニクスの手先。

 彼は多くの使い魔を従えていると聞き及んでいます

 我々 聖北教会が動くことを知って監視していたのでしょう。
 
 こうなっては、こちらもぐずぐずしては間に合わなくなりますね…」
 
 困ったことだと司祭は十字を切った。
 
「これで大体の話は終わりです。
 
 依頼を受けてくださるなら、遠出することになりますので旅費などの必要経費は我々が負担します。

 大事なことは、ディエの村の宝を魔術師に奪われないことです。
 
 魔術師の実態が掴めない以上、我々は彼よりも先に『ディエの村』の宝を押さえなければなりません。
 
 どうでしょう?

 依頼を引き受けて下さいますか?
 
 お礼は張り紙に書いた通り、銀貨八百枚を御用意しております」
 
 司祭の話に、シグルトはて一同を見回し、反対は特に無いことを確認して司祭に頷いた。
 
「わかりました。

 その仕事、我々“風を纏う者”受けさせて頂きます」
 
 司祭はほっとしたような顔になる。
 
「ありがとうございます!
 
 勇名で知られる“風を纏う者”に受けていただけるとは、これも神の思し召し。
 
 『ディエの村』への出発は明日の朝にいたしますから、今日は準備を済ませてゆっくり休んで下さい」

 シグルトは、もう1つ確認したい、と司祭の会話をとどめた。
 
「我々は『ディエの村』の場所を知りません。
 
 距離で日程や持つ装備も決めたいので、詳しく教えていただけませんか?」
 
 司祭が、頼もしそうに頷いた。
 
「案内には、こちらから書状を持たせた使いの者を一人派遣します。

 この者が来たら出発してください。
 
 装備もそのものを通じて用意させましょう。
 
 あなた方は依頼に集中して下さるようお願い致します」
 
 よろしくお願いします、と司祭が頭を下げた。
 
 仕事の話を終え、一行は宿に戻った。

 
 次の朝、一行は宿にやってきたザインと名乗る教会の使いとともに旅立った。
 
「レベッカ、すまんが少し話がある」
 
 出発の直前、シグルトはレベッカに密談を持ちかけた。
 
 レベッカは、あんたがこんなこと珍しいわね、という。
 
「あのザインという使いについてちょっとな。
 
 どうもアイツの周りの風が臭う。
 
 それにあいつは教会臭くない。
 演技としたならたいしたものだが、信心深い奴独特の気配が無い。
 
 教会の書状は間違いないものだが、気になってな。
 
 変に仲間を心配させたくないからお前に聞くんだが、どう思う?」
 
 あまり人を疑うようなことはしたくないんだがな、とシグルトが息を吐いた。
 
 シグルトのような正直な人間にはまれにレベッカとは違う、第六感を持つものがいる。
 まして、シグルトはどこか神秘的な雰囲気と、人ならぬものを感じ取る不思議な力がある。
 
 シグルトがきな臭いと訝しがった仕事では、仕事の途中で天候が乱れたり、裏切ろうとした者がいたり、危うい仕事だったりすることが多いのだ。
 特に最近、シグルトは一層その能力を開花させつつある。
 
 レベッカすら気付かないことを見抜くこともある。
 
 リューンの精霊宮という精霊使いの集まる場所があるのだが、そこの精霊使いがシグルトには精霊使いの才能があると言ったそうだ。
 それほど強力な力はないものの、精霊に好かれる素質だけは異常に優れているということである。
 
「あんたの勘はあたるからね。
 
 分かったわ。
 私も注意してそれとなく手を打っておくから」
 
 レベッカは微笑んで請け負った。
 
 レベッカがシグルトの資質で一番気に入っているのは、仲間に頼ることを恥じないことだ。
 プライドがないわけではないが、本物の名誉を守るため耐え忍ぶことを知っている。
 シグルトが誇り高い男であることは、仲間を守り、常に高潔であろうと励むその性格から見て取れる。
 
 だが、真の名誉のために耐えることを知っている男である。
 感情的に行動することもあるが、筋が通ったそれは側で見ていて気持ちがよいぐらいだ。
 
 レベッカは正直、仲間のうちではもっともシグルトを信頼していた。
 そしてシグルトもレベッカを頼ってくれる。
 そういうシグルトだからこそ、レベッカは命を預けても悪くないと考えている。
 
(何より仲間を大切にするあんたのことだから、命を預けるなんて言ったら、自分の命を削りかねないもの。
 
 でも、期待してるんだから頑張ってよね、リーダー)
 
 レベッカは仲間の下に戻って指示を出すシグルトの背を、頼もしそうに見つめていた。 
 
 
 『ディエの村』についたのはリューンから旅立って数日である。
 
「むう、やはり山道はこたえるわい」
 
 スピッキオが腰を叩いている。
 
 ザインは、まったくです、と頷いている。
 
「このまま、この村の代表のところに向かいましょう」
 
 一行はザインの言葉に頷いた。
 
 
 『ディエの村』の長老の元に向かうと、丁寧な対応を受けた。
 教会の代表がいるから、ということもあるだろう。
 
(でも、この爺様のらりくらりと…喰えない奴よね)
 
 ザインが一生懸命、件の《妖精の宝》について話し、悪魔に関わる魔術師が狙っているのだと、熱心に説くのを黙って聞いていたが、迷惑なことを、と思う感情が見え隠れしている。
 
「…うぅむ、聖北教会から直々の申し出とあらば、きっと今の話は真実なのじゃろう。
 
 しかし、あれは村の大事な宝じゃ。
 
 今までこの村ではあの宝を、村の最大の名誉として守ってきた」
 
 重々しい口調で長老が語る。
 
「はい。
 
 十分に存じております」
 
 ザインがしっかり頷いている。
 
「手放すとなれば、村の一大事じゃ。
 簡単に決められるものではない。
 
 しかし、幸いなことに魔術師はまだ村に来ておらぬ様子。
 
 もう少し時間があるじゃろう」
 
 ザインが沈黙してそれを受ける。
 
「あともう少し待ってはもらえぬでしょうか、教会の方?
 
 村の者全員で話し合いたい」
 
 レベッカは長老の本心をすでに見抜いていた。
 
(時間稼ぎしてうやむやにするつもりね…)
 
 だがザインは困ったようにため息をつくと、わかりましたと頷いた。
 
「…では長老。
 
 その間私たちはどうしておればよいでしょうか?」
 
 村長は柔和な笑みを浮かべて、何にも無い村じゃが自由になさるとよろしい、と言う。
 
「山道を登った疲れは、こちらで手配した家に後で案内しますので、そこでゆっくり休んで癒してくだされ。
 
 ただの民家しか用意できませんがの。
 
 なにぶん、大きな家がこの村には無いものでして…」
 
 そう卑屈に笑う長老。
 
「わかりました。
 
 村の方と一緒に晩を過ごせばよいのですね?」
 
 ザインが仕方ないという感じで言うと、長老は欠けた歯を見せて笑う。
 
「すみませんの。
 
 わざわざ教会から来て頂いたというのに、迷惑をおかけして…」
 
 長老は深々と頭を下げた。
 
「いえいえ、お構いなく。
 
 冒険者の方もよろしいですよね?」
 
 シグルトは頷く。
 
「我々は野宿も多いのです。
 
 まともな寝床があるなら僥倖です」
 
 決まりですね、とザインは長老に、会合を急ぐように念押しすると話を終えた。
 
 すると一人の飄々とした利発そうな若者が入ってきた。
 
「あ、長老様。
 
 話は終わられましたか?」
 
 若者の言葉に長老が、たった今の、と答える。
 
「おお、この青年はウィンといっての。
 
 非常に勇敢で頼りがいのある、村で最も優秀な若者じゃ」
 
 長老の言葉に、褒めすぎですよ、とウィンと呼ばれた若者が謙虚に否定する。
 
「どうですじゃ、皆さん?

 なかなか感じの良い男じゃろう?」
 
 ザインが頷く。
 
(こりゃ、長老と似たり寄ったりね。
 
 優等生ぶったたちの悪い策士だわ)
 
 都会の人の化かし合いで磨かれたレベッカの目は、ウィンという青年の本質をしっかり見抜いていた。

 レベッカが人物鑑定をしている間に、ザインはウィンのところに、シグルトたちはこれからウィンが探すことになった。
 
「本当に好い青年じゃろう?

まさにウィンこそが村の誇りじゃ」
 
 上機嫌で笑う長老。
 
「では、我々はこれで」
 
 長老がウィンの自慢話を始めそうな雰囲気だったので、レベッカがすぐに行動し、長老の元を辞した。
 
 
 外に出た一行は、宿が決まるまで村でいろいろな人の話を聞きながら、時間をつぶすことにした。

 最初の訪ねた家ではざっくばらんな婦人が相手をしてくれた。
 
「村中の噂になってるよ、聖北教会が村の宝物を奪いに来たってね」
 
 一同が絶句するようなことをはっきり言った。
 
「あはは、硬い顔しなさんな。
 
 村人全てが、そんなのを本気にする馬鹿だとお思いかい?
 
 まあ、確かにそんな馬鹿もいるけどね」
 
 婦人は村の住人について話してくれた。
 
 そして、一向は次の家に行く。
 
 その家には痩せた男がいて、婦人とは違った情報を教えてくれた。
 
 この村の最高の名誉が“白弓に射手”と呼ばれること。
 長老の褒めちぎっていたウィンという男は“白弓に射手”選ばれなかったこと。
 当代の“白弓に射手”が女性であること。
 その女性がリノウという名前の、ウィンと同世代の娘であること。
 いまでもウィンの支持が強く、“白弓に射手”はウィンこそ相応しいと考える村人が多いこと。
 その多くは村の男たちであること、といった話をしてくれた。
 
「随分と人事みたいに話すのね。
 
 あなたもこの村の住人でしょう?」
 
 レベッカの言葉に男は笑って首を振った。
 
「俺は、ちょいと前までこの村の住人じゃなかったのさ。
 
 前に他の村の薬草師をやってたんだが、そこで事故があってこの村に流れてきたんだよ」
 
 男は苦笑していた。 
 
 次の家ではやたらとザインにせまる若い娘がいた。
 教会関係者と結ばれて玉の輿を狙う、という考えが容易に見て取れた。
 
 その場にシグルトがいなくてよかったとレベッカは思う。
 シグルトは少し散策してくるといって仲間と別れたのだ。
 
(あいつの顔見たら、この娘の興味はそっくりアイツにいくでしょうね…)
 
 そんなことを考えつつレベッカは娘の話を聞いていた。
 
 娘はこの村に先代の“白弓に射手”がいて、ギィジという名前であること。
 村の西端に彼が住んでいることを教えてくれた。
 
 その話を聞いたザインは、ではすぐにでも、とその家を辞した。
 
「…あの女性は苦手です」
 
 蛇に睨まれた蛙が九死に一生を得たような安堵ぶりで汗を拭きつつ、ザインが言った。
 
 その次の家では偏屈そうな老人が“白弓に射手”の由縁について話してくれた。
 
「“白弓に射手”は、白い紐を巻いた弓を持つことからこう呼ばれておる。
 
 もともとは、村の妖精から宝を譲り受けた狩人が、《白い弓》を持っていたことに由来しておる。
 
 “白弓に射手”には村で唯一、妖精から譲り受けたという宝が使われることになる。
 “白弓に射手”はその宝によって《友志》を得る。
 
 《友志》とは“白弓に射手”が従える動物のことじゃ。
 
 宝が使われたことによって、《友志》と“白弓に射手”は心を通わせるようになる。
 
 そして“白弓に射手”は《白い弓》と《友志》を証として、村の狩の中心を担うのじゃ。
 
 村の外れの森の中に、“白弓に射手”とゆかりのある樹があるんじゃよ。
 
 妖精に関わりがあるらしくての、どういうわけか滅法硬いのじゃ。
 
 まあ、随分森の奥に行かねばならんから、おぬしらが行っても迷うだけかもしれんがの」
 
 ロマン以外は長い話に眠そうになっていた。
 
「その樹、見てみたいな…」
 
 ロマンは知的好奇心に満ちた瞳で老人と話している。
 
 
 その後外に出ると、空を一羽の鷹がゆるいゆっくり旋回をしながら飛んでいるのが見えた。
 
 一行は先ほどザインにせまった若い娘から聞いた、ギィジの家に向かう。
 
 ギィジは自分が先代の“白弓に射手”であること。
 先ほどの老人の話に補足して、次代の“白弓に射手”を選抜するのは前代であること。
 当代を選んだのが自分であることを淡々と語った。
 
「“白弓に射手”と《友志》は宝を使って血を交換するんだ」
 
 ロマンが、はぁ?という顔をする。
 
「どういう仕掛けなのかな?
 
 魔術的仕掛けをなさないと、体液の交換は互いの毒にしかならないし。
 互いの血肉を喰らい合う邪法もあるそうだけど、大量の血の交換は互いの負担になると思うし、むむむ…」
 
 知恵熱を吹きそうなロマンを置いておき、一行はギィジの話の続きを聞く。
 
「最終的には血の多いほう、つまり人間の方が《友志》をしたがえる。
 
 自分の血が相手に全部取り込まれたほうがな。
 
 妖精の宝のこの性質のため、体のあまり大きな動物は《友志》にしないしきたりだ」
 
 とりあえず考えることから脱したロマンが、なるほどと頷いた。
 
(相手の身体が小さいなら、人間でも従属させちゃうんだね。
 
 確かに危険な宝だよね)
 
 ごくりとザインが唾を飲み込み肝心のことを聞く。
 
「…その宝は、今どこに?」
 
 ギィジは少し考えて外を指差した。
 
「村から離れた場所にある『ほこら』の中だ。
 
 もっとも、今の代の“白弓に射手”しか入れないようになってるがな。
 
 …『ほこら』の入り口は合言葉を言わないと入れない仕組みになってんだ。
 さらにこの合言葉は『ほこら』を出るたびに変えられるんだ。
 
 だから今はリノウ…当代の“白弓に射手”しか入れない。
 
 その合言葉は喋っちゃいけないという決まりもあってな。
 
 先代の俺も入れねぇわけだ」
 
 レベッカはよくもまあ、余所者にこんな大切な話をするものだなぁと思いつつ、ふと疑問が頭に浮かぶ。
 
「どうして貴方はリノウさんだっけ?
 
 彼女を“白弓に射手”に選んだの?」
 
 素朴な疑問にギィジは笑う。
 
「そりゃあ、腕がいいからだ。
 
 男だろうが女だろうが、関係あるまい?
 
 ま、村の連中は〝女がやるなど認められん〟って感じだったしな。
 俺がよく狩りにに連れ立って歩いたりしてたから、〝えこ贔屓だ〟とか言う奴もいた。
 
 だが俺は単純に実力で選んだつもりだぜ。
 今この村でリノウほど狩りが上手い奴はいない。
 これは確かだ。
 
 特に、弓の腕は別格だ。
 これに関しては、俺も舌を巻く。
 
 俺は猟犬を《友志》として連れていたが、その《友志》と意思を通わせてわかったんだが、犬には人間ほど男と女の差なんてないんだ。
 
 確かに《区別》ぐらいはあるが《差別》じゃない。
 
 考えてもみろ、雌の猟犬が狩りを手伝えない、ってことはねぇだろ?
 雄だろうが雌だろうが、実力がありゃちゃんとやるんだよ。
 人間より進んだ考えしてらぁ。
  
 今回は、たまたま女の狩人がいて、たまたま女の狩人に実力があったと言うだけだ。
 別に俺じゃなくて、昔の代でもリノウを選んだろうさ」
 
 ギィジはそういってリノウの家を教えてくれた。
 
 
 “白弓に射手”リノウの家では、リノウの母親が出迎えてくれた。
 
 なんでもリノウは父親の願いで、女性でありながら狩人に育てられたそうである。
 今では、親たちはそれを後悔しているらしい。
 
 性格は優しく引っ込み思案でおとなしいそうで、母親はがさつに育たないよう注意したらしい。
 だが、リノウは狩りをするときはあまりに冷静に弓を引くので“氷眼”と呼ばれたりもするとのことだ。
 
 幼少期からギィジや父に連れられてらいに出歩いていたリノウには友達がいないのだそうだ。
 村の男たちもリノウが“白弓の射手”になってから悪く言われ、村の女性たちは女性の出世頭であるリノウを持ち上げて対等に扱ってくれない。
 
「おかげで友達と呼べるのは、《友志》のトーンぐらいなもんさ。
 
 人間じゃなくて、鷹だけどね…」
 
 そう言ってリノウ母は話を終えた。
 
「リノウなら長老に見張りを命じられているから、村はずれにいるはずだよ」
 
 その言葉にザインが眉をしかめた。
 
(はは、会合開くとか言って肝心の“白弓の射手”を見張りですって?
 
 やっぱりあの爺さん、食えないわ…)
 
「そうだ、余裕があるときでいいから、リノウに街のこととか、村の外の話をしてくれないかい?
 
 鷹のトーンが見せた村の外のことを話してくれてね。
 それで、興味があるみたいなんだ。
 
 …あの娘は“白弓の射手”、この村の象徴だから外に出れないんだ」
 
 レベッカは頷いて、どうせ村にいる間は暇だからね、と微笑んだ。
  
 一行はリノウの両親に話を聞いた礼を言うと、村はずれに向かった。
 
 
 シグルトは仲間と別れ、一人村をぶらぶらと歩いていた。
 
 この村は森の精霊たちの息吹が近く感じられ、とても心地よいとシグルトは思う。
 
 シグルトには精霊そのものを眼で捉えることはできないが、息吹や意思の様なものを匂いや気配で感じることができる。
 
 シグルトは小さな頃から自然が好きだった。
 彼の妹がついてくるのであまり無茶なことはしなかったが、シグルトにとっての遊び場は山や丘、川や谷であった。
 
 シグルトの故郷は田舎というわけではなかったが、周囲には大きな山があり流れの速い渓流と深い森に囲まれていた。
 
 だが、シグルトは森で迷ったことはめったにない。
 大人たちでさえ迷う鬱蒼とした森で、迷った旅人を助けてあげたこともある。
 木々や花が道を教えてくれるのだ。
 
 だが、精霊たちは優しい性格のものたちばかりではない。
 惑いを司る“森の老精”や深い渓流に住む“激流の精”、嵐にまぎれてやってくる“稲妻の精”などは気難しかったり、気性が荒いのだ。
 
 昔シグルトは、精霊とは自然の意思が自然や生物の魂などと結びついてあらわれる霊であると、故郷の下町でまじないを生業にしていた老婆から聞いたことがある。
 その老婆はシグルトに《英雄》の相があると言っていた。
 
「…お前さんはいずれ大きな困難に立ち向かい、それを成しえて数多くの人を救うだろう。
 
 人々はお前を英雄とあがめ、慕うだろうが決して忘れてはいけないよ…
 《英雄》とは悲劇とともにある勇名の称号。
 
 最後に助けとなるのは真の友や同胞(はらから)たちさ。
 驕った《英雄》の結末は裏切りや絶望という惨めな結末だけ。
 
 いずれやってくる戦いのときのために己を磨いておくとええ。
 心から信頼できる同胞を見つけるのじゃ。
 友のために心と命を惜しんではいかんぞぇ。
 
 お前は《風》を振るい、《水》とともに《大地》を歩む。
 《炎》のような強い意志をもってことを成すがよい。
 
 微風と暴風がお前の行く道に見える…
 
 お前はたくさんの《風》を纏い、《風》を駆るものたちとともに鋼を振るうことになるじゃろう。
 《風》とともにあるのは英雄の双星。
 
 交差する風の英雄たちの、お前は片割れよ」
 
 なぜかシグルトは、老婆の残したその言葉を鮮明に覚えている。
 そして、老婆の言葉を噛み締め、驕らずに己を磨いていこうと思ったものだ。
 
(俺たちは“風を纏う者”か。
 
 案外、あの婆さんが言ってた〝《風》を駆るものたち〟はニコロたちのことかもしれないな…)
 
 シグルトがそんなことを考えながら歩いていると、一人の男が小走りに近寄ってきた。
 
「あんた、教会の依頼で来た冒険者のひとりだろ?
 
 あんたの仲間が俺んとこにも来たよ。
 仲間たちは随分あちこち廻ったらしいな。
 
 御苦労な凝ったぜ」
 
 妙に親しげに話しかけてきた男にシグルトは少し面を食らうが、仲間が世話になったな、と一応礼を言った。
 
「何、たいしたことじゃないよ。
 
 それよりあんたたち、悪い魔術師と戦うかもしれないんだよな?
 
 へへ…、実はいいモノがあるんだ」
 
 そう言って男は布包みを取り出す。
 シグルトが包みを取ってみると、出てきたのは木で出来た剣だった。
 
「これは…剣か?」
 
 だが、シグルトはすぐにその木製の剣が普通の武器でないことに気がつく。
 
「ふふ、ただの木刀に見えるだろ?
 
 でも、ちょいと違うんだよな。
 
 そいつは《鉄鋼樹》と言って、鋼よりも硬い幹を持つ霊木から作られた業物さ。
 
 《鉄鋼樹》は村の近くに生えてるらしいが、その樹はあんまり硬いもんだからなかなか加工された物がないんだ。
 枝一本曲げるだけでも人苦労なんでな。
 
 でもその分、この剣は丈夫で扱いやすい。
 重さなんて木刀と同じ軽さだ。
 
 イイ代物だぜ」
 
 シグルトは剣を握って、確かに、と頷いた。
 
「しかし、これほどのものをなぜ?」
 
 シグルトが聞く。
 
「ははは、俺みたいな薬草師が持っててもしかたないものだからな。
 
 それに村に何かあったら困るからさ。
 まあ、賄賂なんて気は無いから気軽に使ってやってくれ。
 
 あっても損にはならんだろう?」
 
 シグルトにはブレッゼンの剣がある。
 だが、数度に渡って剣を折ってしまったシグルトである。
 
「ありがたく頂こう」
 
 シグルトは男に礼を言い、自分が及ぶ範囲でなら村のために尽くそうと約束した。
 
 
 その後、シグルトは仲間と合流し、ザインが長老のところに会合の念を押しに行くというのでついていった。
 会合の話に関しては、おざなりにわかったと言うだけだったが、ついでにと“白弓の射手”のことを聞いたところ、長老はギィジやリノウの悪口と愚痴を話しただけだった。
 
 長老宅を後にしつつ、ロマンが憤慨して言った。
 
「なに、あれ?
 
 男たちに実力が無いからリノウさんが“白弓の射手”になったはずなのに、あの悪し様な言い方。
 
 女のくせに、なんて負けた男の言いわけじゃないか!」
 
 それにレベッカも頷く。
 
「田舎にはよくあることだけど、あの長老って完璧な男性至上主義者ね。
 
 私やラムーナを見る眼なんて、〝こいつらも女か〟みたいな気持ちが見え見えよ。
 ま、そういうこと言う奴に限って実力は無いやつばかりよね。
 
 どうせ頭が薄くなって白髪になってきたから長老になれた、歳と愚痴が多いだけの俗物よ、あれは」
 
 文句を言いつつ、一行はウィンの家に宿泊場所の確認に寄った。
 
 そこにザインが泊まることを確認する。
 
 村一番の若者だと言われるウィン。
 レベッカが試しに“白弓の射手”について聞いてみる。
 
「…リノウにはまだ会ってませんね?
 
 彼女は素晴らしい弓の腕を持っています。
 この村で、彼女に勝る弓の実力を持った男はいないでしょう。
 
 もちろん、僕でさえも、ね…
 
 でも、この村では女性が狩りの場に出ること自体、前代未聞です」
 
 レベッカはウィンという若者の目を見る。
 上手に感情を隠しているが、暗い情念が見え隠れしていた。
 
「それじゃあ、面目丸つぶれね。
 
 この村の男たちにとっては…」
 
 見られていたことに気がついたウィンは苦笑した。
 
「そう思っている人は多いですね。
 
 いままでずっと男のものだった栄誉が女性に取って代わられましたから。
 
 事実、村一番の名誉であるはずの“白弓の射手”になった彼女には、村の男たちの風当たりが強いです」
 
 レベッカはわざと、あなたはどうなの、と聞いてみる。
 
「あはは、とんでもない。
 
 いくらなんでも彼女の弓の腕を理解していれば、納得しますよ。
 
 それほどすごい腕前なんです…」
 
 ウィンに香草を煎じたものを御馳走になりつつ、一行は少しくつろいだ。
 その横でウィンはなんだが忙しなくやってくる村の若集に何か話したり、指示を出していた。
 
「何を忙しくやっているんじゃ?」
 
 スピッキオが聞くと、申し訳ありません、とウィンが謝った。
 
「〝悪い魔術師が来るかも知れない〟と言うので、村の者皆で見張りをしようということになったのです。
 
 昼と夜とで見張りを立てるんです。
 僕は教会のお人をもてなす必要があるので、昼の担当になりました」
 
 ザインが苛立たしげにうなる。
 
(そりゃそうよね…
 
 会合を開けって言ったのに、昼と夜とで見張りじゃぁ)
 
 レベッカが、あの長老は本当に食えないわね~、と思っているとウィンは自分の役目があるからと言って、一行を残し外に出る様子だ。
 
「夕方には戻れると思いますので、ごゆっくりどうぞ」
 
 そう言って慌しく出て行く。
 
「こりゃ、件のリノウさんに合う時間ができそうね」
 
 一行はそれに頷き、村はずれにいるという“白弓の射手”に会いに行くことにした。
 
 
 村はずれに行くと、弓と矢を持った女性の姿が見える。
 時折空を伺いながら、森を見渡している。
 
 狩人の女も一人、つまりそれが“白弓の射手”リノウだろう。
 ほどなくこちらに気付き、少し戸惑った様子を見せた後、一行のもとに駆けて来た。
 
「は、はじめまして。
 
 え、えっと、ディエの村にようこそおいで下さいました。
 
 …あ、あの…
 
 冒険者の方々に教会の使いの方、ですよね?
 村の人から聞きました。
 
 私はリノウといいます」
 
 黒い髪が眼にかからないように革の帯を額に巻き、狩人の着る革の服。
 素朴だが端整な顔立ちの品のよさそうな娘である。
 
 すっとシグルトが前に出る。
 
「話では聞いている。
 
 俺たちは“風を纏う者”という冒険者だ。
 話の通り、ここにいるザインさんと一緒にやって来た。
 
 俺はシグルトと言う。
 よろしく」
 
 一瞬シグルトの美しさに見とれ、はっとして赤くなる。
 
(うぶね~
 
 この娘が噂で聞いた“白弓の射手”?)
 
「あなたのことはお母様からうかがってるわ。
 
 ねぇ、噂の《友志》ってどこにいるの?」
 
 親しげな笑みを浮かべて、レベッカが側に行く。
 
「あ、はい。
 
 今は村の上を飛んでいます。
 
 鷹の目は良いので、空の上から見張れば都合がいいって、言われたんです。
 
 あ、せっかくですから、後でトーンに、皆さんへ挨拶するように言っておきます」
 
 レベッカは楽しみだわ、と頷いた。
 
「ところで、あなたのお母様が、あなたが村の外の話に興味があるって言ってたんだけど…」
 
 少し探るようにリノウを見つめるレベッカ。
 
「え?!
 
 あ、あああああ、あの、はい、そうです、けど…?」
 
 緊張して焦るリノウに微笑むレベッカ。
 
「よかったら、私たちがこの村に逗留する間、時間があるときでも聞きに来てちょうだい。
 
 私たちの経験でよければお話するわ」
 
 その言葉に感激して、どもりながらリノウはお礼を言う。
 レベッカは優しい気持ちになってまた微笑んだ。
 
 盗賊として鬼のようなレベッカであるが、悪辣さが必要でないときは温厚で優しいところもある。
 年下の面倒見がよく、後輩の冒険者も最近は困ったことがあるとレベッカに相談することが多くなってきた。
 
 最近のレベッカは水を得た魚のように生き生きとしている。
 いつもの怠け癖はあるのだが、面倒だからというより、仕事で疲れたからだらけるということが多くなった。
 宿の親父は、いくらかましになったな、と笑う。
 
 一行がリノウに自己紹介をおえて、話を聞こうとしたときである。
 
 ウィンが走ってきた。
 とたんにそれを見たリノウが耳まで真っ赤になる。
 
「リノウ、こんなところにいたのか。
 
 油売ってちゃダメじゃないか。
 
 ただでさえ、悪く言われてるのに。
 
 また文句を言われてしまうぞ」
 
 たしなめるウィンのことばに、頷いているリノウ。
 
「さぁ早く、村の誰かに見つからないうちに、持ち場へ戻ったほうがいい」
 
 ウィンの言葉にリノウは従う胸を伝えている。
 そして一行に、持ち場に戻る旨を謝りながら伝える。
 
「いいのよ。
 
 それより、長老とかに今のことで小言とか言われそうなら、冒険者たちに捕まって話をせがまれたって言っときなさい。
 
 見張り、頑張ってね」
 
 レベッカの言葉にほっとしたように頷くと、ぎこちない足取りでリノウは駆けていった。
 
「微笑ましいわ~。
 
 ああいう娘、思わず抱きしめたくなるのよね」
 
 そんなことをレベッカが言うと、ラムーナがうんうんと頷いている。
 その横でロマンが青い顔してシグルトの後ろに隠れた。
 
「レベッカも娘さんも、あのハグは凶器だよ…」
 
 窒息しかかったことのあるロマンはレベッカの抱きしめが大の苦手である。
 
「あ、みなさん。
 
 もうすぐ僕の見張り番が終わるので、僕のうちに来てください。
 
 皆さんの泊まるところに案内する必要がありますから」
 
 そう告げるウィン。
 レベッカは、リノウがおそらく好意を寄せているだろう、その若者を見つめた。
 
 
 一行が村に戻ると、その頭上を一羽の鷹が旋回して飛び、やがて急降下してきた。
 レベッカの目の前2mほどに着地する。
 どうやらリノウの友志トーンのようだ。
 
 鷹は片足を上げて、器用にぺこっぺこっ、とおじぎをした。
 
 そしてまた飛び立っていく。
 どうやら挨拶に来たらしい。
 
「なかなか可愛いわね」
 
 レベッカが頬を緩めた。
 
 
 その後、一行はウィンの案内してくれた空き家で一晩を過ごした。
 屋根があるだけでも快適と、一同早々に眠りについた。
 
 早朝一同が起きると、シグルトはすでに起きていて上半身裸で片腕ごとに腕立て伏せをしていた。
 シグルトは誰よりも早く起き、必ず日課のトレーニングを行う。
 その背に汗が光っている。
 
 村娘たちがその様子を覗いていた。
 一様に顔が赤い。
 
 スピッキオは部屋で祈っているようだ。
 聖職者だけあって長い。
 
 ロマンは朝の読書だと言って、この間古本屋で見つけた難しい本を読むと言っていた。
 タイトルは『南方諸国の歴史と衰退』である。
 
 ラムーナがシグルトに習うように闘舞術の訓練を始める。
 今度は若い男たちがやって来て、薄着で練習するラムーナを鼻の下を伸ばして見ている。
 
(…ラムーナ、最近胸が大きくなってきたわね。
 
 形が崩れないように服も考えてあげないと)
 
 レベッカはプロポーションの維持のために特殊な下着を身につけている。
 盗賊は身のこなしが命なので、胸が邪魔にならないようにするためもある。
 軽いコルセットのようなものだ。
 レベッカはこういった最新技術に通じている。
 
 伝説の女戦士アマゾンは弓を引く邪魔にならないよう、片胸を切り落としていたという。
 アマゾンの語源は「乳無し」の意味からついたという説もある。
 
 女性の性の象徴であるとされる胸。
 形の維持やら保護やらで、男には無い苦労があるものだ。
 
(まあ、うちの男どもに気を使えって言うのは無駄ね。
 
 シグルトはこういうことにはすごい鈍感だし、ロマンはうぶで真っ赤になるし、スピッキオは長いお説教を始めかねないわ。
 
 そういえば市に冬物の服がそろそろ出そうだし、リューンに戻ったらラムーナをつれて買い物に行きましょうかね~)
 
 そんなことをレベッカが考えていると、ザインがやってきた。
 
 今日の昼に長老に会合の話をしに行くそうだ。
 それまでは自由行動でよいそうである。
 
 ザインと別れた後、レベッカはしばらく姿をくらませていた。
 仲間が何をしていたか聞くと、念のためにね、と軽くウインクした。
 
 一行はその後ゆっくり休み、いつでも行動できるように準備した。
 そして昼になった後に昼食を取り、村の長老宅に向かうのだった。
 
 
「おぉ、皆さん方。
 
 お揃いで何の御用でしょうか?」
 
 長老はとぼけた口調で一行を迎えた。
 
「《妖精の宝》の話、まだ進んでおられないようですね」
 
 ザインは開口一番、やや険を含んだ口調で長老にそう言った。
 
「…あっ、いや、その、なかなか人が集まらなくてのぉ…」
 
 長老は取り作るように卑屈な笑みを浮かべた。
 
「…いい加減にして頂きたい!」
 
 ザインは強い口調で長老を叱りつけた。
 あまりの迫力に長老が後ずさる。
 
「あなたは、〝村の人と話し合いをする〟と言いました。
 
 ですが、一方で村の人々を見張りへ駆り出しておられる。
 人が集まらなくて当然です。
 
 我々の話が気に入らないのならば、最初から言って頂きたい。
 時間が無いことは話したでしょう!」
 
 容赦ないザインの言葉に汗をたらたら流しながら、長老は震えながらなんとか口を開いた。
 
「…ひ、ひぃ、すみません、すみません。
 
 ただ…その、魔術師が来る、と言っても、そちらさんには強そうな方々がいるではないですか。
 
 だから、魔術師が来た時、すぐに見つけて何とか倒しでもすれば、一番じゃないですか?」
 
 レベッカは、他力本願なジジイねぇ、と内心あきれる。
 
「そうすれば、そちらさんの心配事もなくなるし、わしらだって何も損をせずに済む、…な?」
 
 ザインは居住まいをただし鋭い目で長老を見つめる。
 
「…もう少し説明が必要だったようですね」
 
 長老がザインの言葉に首をかしげた。
 
「…いいですか?
 
 何度も言ったように、魔術師の目的は《妖精の宝》です。
 
 そして魔術師は、その宝がこの村にあることを知っています。
 ですが些細な在処まではどうでしょう?
 
 おそらく、知りますまい。
 
 また、知っていたとしても宝がある『ほこら』には特殊な施錠がしてあると聞きます。
 
 よって魔術師が独力で宝を得るとは考え難いものです。
 
 ではどうするのか?
 
 まず、村の人間に接触を試みるでしょう。
 もちろん、村人の安全は保障できません。
 
 用が済めば、間違いなく口封じをするはずです。
 それも中途半端では無い形で。
 
 かの魔術師は、それだけの残虐性を持ち合わせていると聞き及んでおります。
 
 そして、悪魔を使役するとも。
 その気になれば自らの姿を現すことなく、目的を遂行するでしょう。
 
 いいですか?!
 
 このまま手をこまねいていたところで、自体が好転する要素は無いのです」
 
 ザインの言葉に長老はすっかり黙ってしまった。
 
「我々の要求は、この村の宝を一時管理させて頂くだけです。
 
 何も、奪うわけではありません。
 
 勝手な要求とは存じますが、承諾してくれねば仕方ないのです。
 死者を出したくはないでしょう?」
 
 死者という言葉に、長老は蒼白な顔になった。
 
「…わかりました。
 
 私どもの勝手な判断、あさはかなものでした。
 
 すぐにでも皆を集めて、話をいたしましょう」
 
 是非、とザインが言いかけたその時、激しく長老宅の戸が叩かれた。
 
「なんじゃ!?
 
 騒がしい」
 
 長老が叱ると、外から村人が叫んだ。
 
「長老!
 長老!
 
 悪魔だ!
 悪魔が出たっ!!」
 
 あまりの切羽詰った声に、長老が息を呑む。 
 
「な…なんと!?」
 
 叫んでいる村人は、村はずれだ!と繰り返している。
 
 シグルトは黙って剣を掴んだ。
 
「私たちのお仕事の時間ね…」
 
 レベッカの言葉にザインが頷く。
 
「言った側から来ましたね。
 
 …村はずれに急ぎましょう」
 
 
 外に出るとウィンが駆け寄ってきた。
 
「皆さん、今…!」
 
 一行はウィンに頷く。
 
「はい、『村はずれ』で誰かが悪魔を見たそうです。
 
 僕にもお供させてください」
 
 一同はザインとウィンに後ろに控えているように言うと、村はずれに向かって早足で移動した。
 
「いました、あそこです!」
 
 少し離れた位置に、下級妖魔であるインプが腰掛けていた。
 
「《…穿て!》」
 
 ロマンの【魔法の矢】が敵を打ち据える。
 一撃でインプは倒された。
 
「…インプが現れたということは、魔術師ヴェルニクスも近くに来ているということでしょうね。
 
 もう、時間はありませんな。
 早急に手を打たねばなりますまい」
 
 言うや否や、ザインは長老の家に向けて駆けて行った。
 
(…おかしいわ。
 
 相手が狡猾な魔術師にしては、手下を意味も無く配置するなんて考えられない)
 
 レベッカは小さな痕跡も見逃さないように周囲を調べ始める。
 
「…あの、先ほどあの悪魔のことを《インプ》と呼んでいましたね?」
 
 ウィンが突然聞いてきた。
 
「その名前のつづりはどう?」
 
 ロマンがこの近辺の言葉と西方の言葉のつづりを丁寧に説明した。
 
「…となるわけだよ。
 
 でもそんなこと聞いてどうするの?」
 
 ウィンは何か考えている様子であったが、後学のためです、と言っただけだった。
 
 
 一行はその後、長老宅に向かう。
 
「…ん?」
 
 途中、シグルトははっきりと強い精霊の力を感じて振り向いた。
 
「どうしたの?」
 
 心配そうにラムー名が聞く。
 
「…いや、用があればちゃんと近づいてくるだろう」
 
 シグルトは大丈夫だ、と言って仲間を急がせた。
 
 
 長老宅に着くと、黙り込んだザインと慌てふためいた長老が待っていた。
 
「リノウが、リノウがおらんのです!」
 
 一行の間に緊張が走る。
 
「宝がおさめられた『ほこら』には、“白弓の射手”しかは入れないそうです。
 
 …その“白弓の射手”が今、いない。
 
 つまり今は、話がまとまったところで手の施しようが無い状況、というわけです」
 
 ザインが落胆したように肩を落としている。
 
「ああ、まったく!
 
 だから、女などが“白弓の射手”になるべきではなかったのじゃ!」
 
 その長老をレベッカが睨みつける。
 
「…長老。
 
 あなたがたの勝手な判断が今の状況を招いたことを忘れてない?」
 
 あまりの迫力に長老が腰を抜かした。
 
「魔術師に捕まったのではないかの?」
 
 スピッキオの言葉にザインが頷く。
 
「い、今は、村の人間を使って、リノウを探しております。
 
 見つかればよいのですが…」
 
 シグルトは腕を組んで次の行動を考えている。
 
「…不慣れな土地だ。
 
 下手に動くべきではないな」
 
 シグルトの言葉に一同が頷く。
 
 
 長老宅で時間をつぶし、やがて薄暗くなってきた。
 
 『ほこら』も含めて異常は起きてないという話である。
 
 するとそこに今まで姿をくらましていたウィンが駆けてきた。
 
「ザインさん、冒険者の方々。
 ついてきてください。
 
 『ほこら』まで案内します」
 
 ザインが驚いて、突然何事だと聞く。
 
「事情はおいおい話します。
 
 さあ、こちらへ」
 
 一行は急かすウィンについていき、石造りの堅牢な建物の前についた。
 古びて苔むしているが、しっかりとした作りの建物である。

「この『ほこら』には“白弓の射手”しか入ることができないはずではなかったのですか?」 
  
 ザインの言葉にウィンは頷き、ですが入れますと続ける。
 
 ほこらの入り口はあっけなくウィンが開けた。
 
(このウィンっての、やっぱり曲者だわ。
 
 気をつけなくちゃね)
 
 一同が驚く中、レベッカは冷静に状況を分析している。
 
 『ほこら』の中には箱が1つ安置されていた。
 
「なぜあなたが、ここに入るための合言葉を知ってるの?」
 
 レベッカが聞くと、ウィンは済ました顔で答える。
 
「…緊急を要することなので、リノウに無理を言って教えてもらったんです。
 
 彼女は今、安全なところに隠れてもらっています。
 “白弓の射手”ということで、魔術師から目をつけられる恐れが大きいですから。
 
 さあ、ここに《妖精の宝》があります。
 箱は簡単に開くそうなので、どうぞお取り下さい」
 
 ウィンの言葉にザインが頷く。
 
(…シグルト!)
 
 レベッカがシグルトに目配せをした。
 分かっているとシグルトが頷く。
 
 ザインが箱をあけると、中には4本の管が繋がっている陶器製のおかしな形のものが入っていた。
 
 これが《妖精の宝》なのだろう。
 
「この形、心臓かな?」
 
 ロマンガ呟く。
 
 ザインがそれに手を伸ばそうとする。
 
「!!!」
 
 ザインの背後からウィンが襲い掛かろうとした。
 
「…何の真似ですか、ウィン殿?
 
 刃物など持って、危険ですよ」
 
 取り繕うように笑っているが、ザインの動きは素人ではなかった。
 
「…くっ!」
 
 距離をとってウィンがザインを睨む。
 
「皆さん、魔術師はこいつなんだ。
 
 隙をつくつもりだったのに…!」
 
 ザインは笑みを浮かべながら首を左右に振る。
 
「何をもって、そんな言いがかりを?
 
 私はれっきとした教会の使いです。
 
 書状だって持っておりますよ」
 
 それに対し、ウィンは短剣をザインに向けて荒い口調で言う。
 
「こいつの持っていた瓶のラベルに昼間の悪魔と同じ名前が書いてあったんだ。
 
 本当に教会の使いだったら、悪魔の名前を自分の持ち物につけたりはしないだろう!」
 
 ウィンの言葉に一同に緊張が走る。
 レベッカとシグルトだけは分かっていたという顔だったが。
 
「…くくくっ」
 
 ザイン…そう名乗っていた魔術師はおかしくてたまらないというふうに、嗤い出した。
 
「…はははははっ!
 
 まさか、こんな小僧に見破られるとはなぁ。
 
 さすがに、山登りの疲れがでたかな?
 何にしても油断したものだ」
 
 レベッカがすでに抜いた短剣を弄んでいた。
 
「どうせ本物の教会の使いはあんたが天国とは違う場所に送ったんでしょうね」
 
 その通りだよ、と魔術師は楽しそうに嗤っていた。
 
「運が悪かったなぁ、小僧。
 
 私の正体を暴いたため、この村から犠牲者がでるぞ。
 
 穏便に宝が手に入りさえすれば、始末するのはそこの冒険者どもだけのつもりだったんだがな」
 
 レベッカが、運が悪いのはあんたの方ね、と壮絶に嗤い返した。
 
「言っとくけど、最初からあんたが黒いって分かってたわよ。
 
 尻尾を掴んだら始末するつもりだったけど、手間がはぶけたわ。
 あんたを倒して賞金で酒でも飲ませてもらうわよ」
 
 レベッカが一歩踏み出す。
 
「図に乗るな、女狐め。
 
 その傲慢の鼻を折って、葬ってやる!」
 
 魔術師は懐から取り出した小瓶からインプを4匹召喚した。
 奇声を上げてシグルトたちを威嚇する。
 
「残念。
 
 私は信仰心が無くてね。
 この私を葬るのに、あんたじゃ役不足よ!!!」
 
 レベッカの言葉とともに闘いが始まった。
 
 シグルトがインプを1匹斬り伏せる。
 脳天を割られたインプは地面に叩きつけられて動かなくなった。
 
 魔術師は何か瓶を取り出して、それを周囲にまく。
 紫色の煙が周囲に広がった。
 
「我が使い魔たちよ!
 
 真の力を発揮するがいい!!」
 
 スピッキオの【祝福】を受けていたシグルトは抵抗するが、他の仲間たちはその煙で動きが鈍る。
 
「ぐ、これ身体の動きが…」
 
 ふらつきながら唱えたロマンの呪縛の呪文が1匹の動きを封じる。
 
「小賢しい!」
 
 魔術師は【眠りの雲】を使い、一同に強烈な眠気が襲う。
 
「キィィィィ!!!」
 
 シグルトが一敵の攻撃を受けて眠気から醒めると同時に、1匹を切り伏せた。
 
「《主よ、祝福を!!!》」
 
 スピッキオが【祝福】の秘蹟で仲間の動きを戻すが、魔術師の呪縛の魔法で動きを縛られる。

「くそ、《…焼き払え!!!》」
 
 インプに引っかかれて目覚めたロマンが【焔の竜巻】で敵を焼く。
 
「ぬぅ、この小僧…
 
 ならば瘴気に蝕まれて死ぬがいい!」
 
 魔術師の使った毒の霧に、【魔法の矢】で負傷していたシグルトが倒れた。
 
「シグルドっ!」
 
 レベッカが昏倒したシグルトを庇う。
 
「…タァァァァッ!!!!!」
 
 しかしロマンが【眠りの雲】で魔術師をよろめかせ、ラムーナの剣がその心臓を貫いた。
 
「…ぐはっ!!
 
 よもや…こんなところで、朽ち…ようと、は…」
 
 血反吐を吐き、魔術師ヴェルニクスはどうっ、と倒れる。
 同時に毒気にやられたラムーナもばたりと倒れた。
 
「く、毒消しが足りるかしら?」
 
 満身創痍の一同である。
 
「冒険者の方々。
 
 僕は今から《妖精の宝》を持って、村の皆に説明をしに行こうと思います…なんてね」
 
 ウィンは戦いでぼろぼろになった冒険者を置き、《妖精の宝》を持って駆け出していった。
 その口元に笑みを浮かべながら。
 
 ウィンが出ると『ほこら』の扉が閉まる。
 
「…馬鹿な坊やね。
 
 殺すつもりなら、すぐに殺すべきだったわ」
 
 スピッキオが強力な癒しで仲間を回復させる。
 気を失っていたシグルトもそれで息を吹き返す。
 だが、毒の影響で回復が完全に及ばない。
 
 手持ちの毒消しを用いるが全員の毒を消すには至らない。
 けっきょく、毒の直撃を浴びたシグルトとラムーナは毒を消しきれなかった。
 
「貴重な【ブーイー草】を全部使ったのに。
 
 あ、後一回【聖別の葡萄酒】が使える!」
 
 ロマンが薬の残りを確認しつつ言った。
 
「俺は大丈夫だ。
 
 ラムーナに使ってくれ」
 
 シグルトの言葉にラムーナが首を左右に振る。
 
「私もさっき毒消しを使ったからかなり楽。
 
 シグルトはまだ毒消しを使ってないでしょ?」
 
 それをレベッカが留める。
 
「ラッキーね。
 
 この魔術師、毒消しを持ち歩いていたみたい。
 3本あるから、2人とも大丈夫よ」
 
 シグルトとラムーナは顔を見合わせて苦笑した。
 
 
 毒消しを使って仲間が身体を休めている間、レベッカは周囲を探索し始める。
 
「さてと。
 この罠の仕掛けは分かってたけどね」
 
 魔術師の死体から証拠になりそうなものや道具を取ると、レベッカは中央に置かれていた箱を持ち上げた。
 『ほこら』の入り口は速やかに開く。
 
「所詮、村の若造の浅知恵ね。
 
 さ、村に帰ってあの小僧を締め上げてやりましょう」
 
 
 外に出ると、一行は村をめざす。
 
 傷と毒でさっきまで重傷だったシグルトを皆心配するが、大丈夫だ、と微笑む。
 だが、不意に一行の進行を留めた。
 
「さっきからついてくる精霊よ。
 
 叶うならば姿を見せてくれないか?」
 
 その言葉に、森から滲み出すように、褐色の肌に緑の髪の美しい女性が現れる。
 
「な、何?
 
 樹木の精霊ドライアド?」
 
 ロマンが目を丸くする。
 
「…先ほどの悪い気配はありませんね。
 
 白き尊きエルフの血を引くお方。
 どうか、私の話を聞いていただけますか?
 
 そしてお願いしたいことがあるのです」
 
 そう言うと、シグルトに向かって精霊は深々と頭を下げた。
 
 話してくれ、とシグルトが促す。
 
「はい。
 
 私はジーレ。
 人間は《鋼鉄樹》と呼んでいます」
 
 シグルトは噂の硬いという樹の精霊か、と頷いた。
 
「昼間、姿を見せたな」
 
 ジーレと名乗った精霊は、はいと首肯する。
 
「様子を見に来たのです。
 
 本来はこのような姿になど、ならないのですが。
 
 森の樹たちが怯えているんです。
 何かこう…不自然な雰囲気で。
 
 私もそういった何か不自然な雰囲気にあてられて、このような姿を取っているのですが。
 何か自然の摂理に反することがおきなければ、このような姿は取れないのです。
 
 不自然で不条理な雰囲気が森に満ちているのです」
 
 シグルトは、そうだな、と頷く。
 
「精霊が精霊使いの助けなく実体化するなんてめったいにないんだろう。
 
 昨日の夜からだ。
 
 何か気持ち悪い違和感が森の大地の底に満ちていた。
 
 俺たちに頼みたいのは、その違和感の解決だな?」
 
 ジーレは頷く。
 心なしか目が潤んでいる。
 シグルトを見る精霊の眼差しは、崇拝する神を前にした宗教家にも似ている。
 
「出来ることは少ないですが、私に出来るお礼は致します。
 
 どうか助けてくださいませ」
 
 シグルトは礼などいいさ、と言いかけて、仲間次第だがと付け足した。
 仲間たちは別にいいよ、と笑う。
 このリーダーの人の好さは、皆分かっているのだ。
 
 シグルトは仲間に、すまないと言いつつ、昨日手に入れた剣をふと思い出す。
 
「これはお前の一部だろう」
 
 シグルトはジーレに【鉄鋼樹の剣】を差し出す。
 
「それは…私の《枝》。
 
 私の力もほとんど失っている。
 
 私たちの力は加工すると衰えます。
 自然でないがゆえに。
 
 でもこの形ならば、私の枝は武器として使われているのでしょう。
 
 お礼のかわりに、この枝に私の力を授けましょう」

 ジーレが剣に触れると淡い緑の燐光を放ち出す。
 姿無きものにも刃が届くと、ジーレは言う。
 
「うわぁおっ♪
 
 善意は徳を呼ぶわね~
 魔法の武器なんてすごいわ」
 
 レベッカが満足げに剣を撫でた。
 
「それではお名残惜しいですが、白き尊きエルフの血を引くお方。
 
 お願いいたしましたこと、なにとぞよしなに」
 
 そう言ってジーレはシグルトの頬に口付けして去って行った。
 シグルトが目を見開く。
 驚いたようにジーレの去った方角を見つめている。
 
「何?
 
 シグルト、照れてるの?」
 
 ロマンが聞くと、いや、とシグルトが首を左右に振った。
 そして真顔に戻る。
 
「だが、おまけでとんでもないものをくれたよ。
 
 ま、帰ったら話すさ」
 
 シグルトは暗い森を全て道が分かっているように歩き出した。
 一度立ち止まって軽く森に手を振る。
 
 シグルトの眼に先ほどから《はっきりと見えるようになった》木々や植物の精霊が、それに応えるように手を振った。

 
 村の入り口にくると、誰かが駆けてくる。
 息を切らしたその人はリノウの母親だった。
 
「あの、リノウは、リノウは、まだ見かけないんですか!?」 
 
 焦ったようなリノウの母親に、落ち着いて話すようにシグルトが促す。
 
「…すいません。

 特に何かが起きたという訳でもないんです。
 
 ただ…ずっとリノウが

 見当たらないままなので、居ても立ってもいられなくなったんです。
 悪い魔術師に捕まってるかも知れないというので、だんだん不安になってきて…」
 
 肩を落とすリノウの母親に、レベッカが微笑んでみせる。
 
「悪い魔術師の線は無いと保障するわ。
 
 それより、ウィンの居場所を知りたいんだけど」
 
 リノウの母親は首をかしげて、実はウィンもいないそうなんです、と言った。
 
(あの小僧がリノウちゃんを押さえていると考えて間違いないでしょう。
 
 変なことをして見なさい…一生使い物にならなくしてやるわ)
 
 レベッカが恐ろしいことを考えていた横で不安そうに、リノウの母親がうつむいている。
 
「しかし、困ったわね。
 
 何か手がかりを探そうにも、夜じゃ…」
 
 シグルトが大丈夫だ、と突然言った。
 
「あの魔術師がこんなものを持っていてな。
 
 人の足取りを追うには最適かもしれん」
 
 シグルトが取り出したのは《地霊》と書かれた瓶である。
 
 瓶の蓋を開けると、瓶から岩のような肌の小人が現れた。
 
「窮屈な世界もあったものだ…」
 
 横で腰を抜かしているリノウの母親をレベッカに任せ、シグルトは現れた地霊…ノームに語りかけた。
 
 地霊が魔術師のことを訪ねるので、シグルトは詳しい事情を話し、自分たちが地霊を開放したことを告げた。
 
「なれば、おぬしらは我が恩人。
 
 恩には恩を、仇には仇を。
 それが大地の理(ことわり)。
 
 礼がしたい。
 
 望みがあれば叶えよう」
 
 シグルトはリノウとウィンの足跡を探してくれるよう、頼んだ。
 
「たやすきこと。
 
 直ちに調べよう…む!?」
 
 不意に地霊は動きを止めた。
 
「地中に怪しげな紋が描いてある。
 
 1~2回の雨で解けてしまうようなものだが…何、目的のものを探すには障りとならん。
 あらためて調べるとしよう」
 
 ロマンが、地霊の言葉で理由が分かったよ、といった。
 
「さっきの樹の精霊が言ってた違和感って、地中の紋、多分あの魔術師が用意した魔方陣だと思うけど、そのせいだと思うよ。
 
 そのうち消えちゃうみたいだから解決しちゃうよね」
 
 そんな話をしていると地霊が戻ってきた。
 
「見つけた。
 
 案内しよう」
 
 シグルトを先頭に一行は地霊の後を追った。
 
 
 洞窟でリノウは縛られていた。
 
 そこにウィンがやってくる。
 
「おとなしくしていた様だね。

 もっとも、縄に縛られてちゃあ、そうしてる他にないだろうけど」
 
 口元に笑みを浮かべてウィンが座る。
 
「何でこんなひどい事するの、…ウィン?
 
 今、村の一大事なんでしょ?

 こんなことされなくたって、協力するのに」
 
 するとウィンはおどけたように肩をすくめた。
 
「プロポーズするためさ」
 
 そう言ったウィンの眼には狂気の光がある。
 
「今、僕の手元には《妖精の宝》がある。

これで君は、僕の物になるんだよ」

 乾いた笑みを浮かべ、ウィンはリノウを見る。
 
「…ウィン?

 言ってる事がわからないわ」
 
 リノウは少し怯えた様子でウィンを見つめる。
 
「リノウ、君は“白弓の射手”だ。

 村の人間が何を言おうと、間違い無く“白弓の射手”だ。
 
 それも…《女》のね。

 村の皆がどんなに僕を誉めようと、君が“白弓の射手”。
 僕じゃない」
 
 何がいいたいの、とリノウが問う。
 
「僕は苦労したんだよ。

 “白弓の射手”になるために。
 でも、報われなかった。
 
 村の皆は、僕が“白弓の射手”に相応しいと思っていた。

 でも、期待は裏切られた。

 …“白弓の射手”はリノウ、君だという事は 変わりようが無い。
 
 確かに 君の腕前は認めるよ。
 でも、村で一番の人間に相応しいかと言ったら、違うだろう?
 
 なら、どうするか?
 この“妖精の宝”を使うのさ」
 
 さも名案を考えたとばかりにウィンがほくそ笑む。
 
「〝白弓の射手が僕の言うことを何だって聞き入れる妻である〟。
 
 これなら事実上、僕が一番だって事になるよね。
 君は村で一番の男に嫁ぐわけだ」
 
 それでリノウはウィンの考えていることが分かる。
 
「…まさか、妖精の宝を私に?!」
 
 御名答、とウィンが嫌らしく嗤う。
 
「そういう訳だ。

 けど、悪いようにはしないさ。
 村での地位は2人とも安泰だ。
 
 …それに、リノウ。

 僕が君の事を気に掛けてなかったらこんな要求、最初からしないさ。
 
 さあ、受け入れてくれるね。

 …確か、儀式は一晩で終わると言っていたっけ?」
 
 ウィンの眼にはリノウが映っていなかった。
 
「…こんな事、村の皆が黙ってないわ」
 
 ウィンは振り向いて歯をむき出して嗤った。
 
「村の皆? …あはははははっ。

 心配する必要なんて無いさ。
 僕は皆から信用されてるからね。
 
 言い訳なんか いくらでも出来る。
 冒険者たちも魔術師も、今は居ない
 
 もう、僕の邪魔になるような人間は居ないんだ。

 …僕がお引取り願ったから。
 
 あはは。
 都合のいい連中だったよ。

 村の人間じゃ思いつかなかったろ?
 宝を人間相手に使うなんて。
 
 そして 彼らがいたから、僕が妖精の宝を手に入れられた。
 感謝すべきだね、本当に」
 
 涙を浮かべて嗤うウィンを、寂しそうな眼でリノウは見た。
 
「…のに」
 
 吐くような言葉はかすれていた。
 
「何を言ってるんだい?
 声が小さいよ。

 もう、疲れたのかな?
 
 まぁ 何にせよ、おとなしくしてくれればいいよ。

 明日の朝には終わってるから」
 
 ウィンには何を言っても聞こえないだろう。
 リノウは自分の初恋が惨めに終わる予感に、泣きそうになった。
 
「…ははは、いてっ!」
 
 突然頭に感じた痛みにウィンが唖然となる。
 
「…女の子を扱うには強引よ、変態坊や」
 
 ウィンの背後には酷薄に嗤うレベッカがいた。
 
 リノウを庇うようにシグルトとラムーナが間に入る。
 
「冒険者?!
 馬鹿な!

 確かに閉じ込めたはず!」
 
 レベッカが苦笑した。
 
「おばかさんねぇ。
 
 私たちは、ああいう遺跡や罠から生還する冒険者様よ。
 あんたの浅知恵にいいようにされるわけないじゃない。

 入ったときに構造で出方を理解していたわよ」
 
 焦って後ずさるウィン。 
 
 宝を要求しようとシグルトが前に出ると、ウィンは転がるように逃げ出した。
 
「あきらめが悪いわね…」

 後を追おうとレベッカがウィンの逃げた方を向く。
 
「だめです!
 追ってはだめです!」
 
 怪訝そうにレベッカがリノウを見る。
 
「この洞穴、奥がひどく入り組んでるんです。
 
 …私、子供の頃、ここに迷い込んだ事があるから、知ってるんです。
 まさか、今はウィンが隠れ家にしてるなんて思わなかったけど…」
 
 レベッカは、ちっ、と舌打ちする。
 
「逃げるあいつを追い詰めて虐めてやろうかと思ってたんだけど、先に捕まえりゃよかったわ。
 
 ま、どうせ村に戻ってなにか小細工をするでしょうから、そのときに化けの皮をはがしてやりましょう。
 
 あの小僧がおかしな行動をしてたこと、何人かのこの村の若いのに確証を取ってあるし、ね。
 
 今、縄を解くわね」
 
 リノウがレベッカに礼を言う。
 
「でも…皆さん、どうやってここに来たんですか?

 かなり、分かりづらい所なのに」
 
 ラムーナが微笑んで、精霊さんに聞いたんだよ、と言う。
 首をかしげているリノウ。
 
「ま、後で話すさ。
 
 それより、急いで村に帰ろう。
 君のお母さんも心配している」
 
 力強いシグルトの言葉に、リノウが頷いた。
 
 
 村に着くと、村人たちが出迎えた。
 先頭にウィンがいる。
 
「村のみんな!
 
 《呪い》と《魔の使い》だ!」
 
 出会いがしらにウィンが言う。
 
「ウィン…!」
 
 リノウが叫ぶ。
 
 ウィンは冒険者達を一瞥すると、村の人々に声高らかと演説を始めた。

「僕は、教会の使いと偽る魔術師を自分の家に招いたことで、彼の正体を知ることができた。
 
 それで、魔術師が連れてきた冒険者も当然、彼の手下だということがわかった。
 
 そしてもうひとつ…僕達の村の宝は呪われた道具だ、ということも明らかになった。
 
 とても残念なことだけどね」
 
 ウィンは手に持っていたものを投げ捨てた。

 ゴミのように投げ捨てられたそれは、無残に壊された《妖精の宝》だった。

「しかし、だからこそ魔術師が目をつけた!
 
 何より、魔術師の呪いは村に、もう既に降りかかっているんだ!」
 
 レベッカは感心してその演説を見ていた。
 
(その悪知恵、もう少し良いほうに使えばよかったのにね)
 
「魔術師はもう死んだ。

 だが、手下はまだ生きている。
 そして呪いは、宝が使われた 現役の“白弓の射手”、《リノウ》の中に生きている!」
 
 ウィンの言葉にリノウが真っ青な顔になる。
 
「僕らは今、目の前にいる連中を追い出さなくてはならない!

 自分達の村、家族の為に!!」
 
 演説の最中にリノウの両親が現れて側にに駆け寄った。
 
「リノウ」
 
 少しほっとした様子でリノウの母親が言った。 
 
「お父さん、お母さん…」
 
 リノウは涙をこらえている様子だった。
 
「…大丈夫かい?

 酷い事、されてないかい?」
 
 心からの労わりの言葉。

「…う、うん。

 私は大丈夫だけど…」
 
 リノウがしっかりと頷く。
 
「…良かった。

 心配、したんだよ…」
 
 リノウの両親が近寄ってリノウを抱き寄せようとした。
 
「待て!
 近づくんじゃない!

 呪いがかかっておるのだぞ!?」

 長老の言葉を振り切るようにリノウの両親はリノウを抱き寄せる。
 
「…呪いなんて関係ないよ。

 この子は、うちの娘だ」
 
 それを見ていたウィンが叫ぶ。
 
「見たか、村のみんな!

 魔術師の呪いは周囲の人間にも伝播する!
 
 いま、白弓の射手の家族は魔術師の呪いに魅入られた。
 このままでは、村人全員があのように成りかねない!」
 
 レベッカがあきれた様子でウィンを見る。
 
「待って、ウィン!

 私の お父さんや お母さん、何も悪い事してないじゃない!」
 
 リノウが必死に叫ぶ。

「さあ、みんな武器を取れ!

 彼らを村から追い出すんだ!!」
 
 しかしリノウの言葉を無視して放ったウィンの呼びかけに対し、村人たちは戸惑いながらも呼応した。
 村人たちの多くが武器を取りに戻り、そうでない者は 傍にある石などを手にし、戦う姿勢をとっている。
 
 だが一部の村人がウィンを睨んで側を離れた。
 
(よぉし、奥の手はなんとかなりそうね)
 
 その行動に、ウィンや長老が戸惑った。
 
「ウィン。
 
 てめぇは嘘つきだ」
 
 ギィジが唾を吐く。
 
「そうだぜ。
 
 何が呪いだ!
 都合のいいこと言いやがって!!」
 
 シグルトに【鉄鋼樹の剣】をくれた男がウィンを指差す。
 
「な、何を言っとるんじゃ!
 
 ウィンが嘘など…」
 
 長老に対してギィジがウィンを睨みながら言った。
 
「もし呪われるとしたら、魔術師を家に泊めたそいつはとっくに呪われてるんじゃないか、長老?
 
 そこの冒険者さんが、ウィンの行動がおかしいからそれとなく注意しててくれって、忠告してくれたんだよ。
 言われて、細かく見て見りゃ、俺たち狩人の眼はごまかせねぇ。
 
 そいつがリノウを連れ出したのを見た奴がいるんだよ。
 今日は大切なときにいなくなってたし、挙句都合よく《妖精の宝》を壊しちまった。
 
 長老や俺たちに相談も無く、一人で行動してたのも変だろう?
 
 ウィンの野郎こそこの村の裏切り者だ!」
 
 長老が、はっとなる。
 いくらウィンを認めている長老も、思い当たることがいくつかあったからだ。
 
「だ、騙されるな!
 
 《妖精の宝》を使ったギィジは呪われているんだ!
 そこの男だって元は余所者じゃないか!!」
 
 焦って取り繕おうとするウィン。
 
「…そんなに私たちが疑わしいなら、ここから近いラーデックあたりの聖北教会に使いをやって、ラインという司教様に私たちの潔白を証明してもらってもいいのよ?
 
 あの教会の使いが悪者かもしれないってことは、途中で気がついて、私たちは細心の注意を払っていたわ。
 あんたが功名心にとらわれて騙し討ちなんてしなきゃ、明日にも正体がばれてつかまってたのに…
 
 それから『ほこら』の中に魔術師の死体が転がってるわ。
 あんたが魔術師を倒したわけじゃないわよね?
 手下が魔術師を殺せるかしら?
 
 なんなら止めを刺した傷や魔術で焦げた傷でも確認しましょうか?
 あなたに魔法は使えないはずよね?
 
 私たちが魔術師と戦ってる間、あんた、後ろに逃げてたし。
 魔術師の攻撃で満身創痍だった私たちをほったらかして『ほこら』に閉じ込めて逃げちゃったんだもの。
 《勇敢な若者》?
 聞いてあきれるわ。
 
 ああ、そうそう。
 あんたが『ほこら』に私や魔術師を連れて行ったところ、ギィジとか狩人仲間が見てるわよ。
 そうするように頼んでおいたからね」
 
 余裕の表情でレベッカはウィンを論破した。
 
 ウィンは歯をむき出して、違う!と怒鳴るが、その周囲から人が引いていく。
 
「みんな、騙されるな!
 
 こいつは魔女だ!
 この女も、リノウも呪われて魔女に…ぐぁっ!!!」
 
一本の矢が ウィンの左腿を貫いた。
 
 レベッカが後ろを振り返ると、そこには矢を放ったばかりの姿勢でリノウが立っていた。
 毅然とした態度で。
何の感情も読み取ることのできない表情で。  
 
 ウィンの横にいた長老が腰を抜かした。
 
 リノウは黙って次の矢をとり、つがえる。
 静かに、そして無感動に弓をひく。
 
 静寂が周囲を支配した。
全ての感情を否定するような彼女の瞳に、空気が圧倒されているようだった。
 ただ、弦の軋む音だけが聞こえる。
 
(なるほど、“氷眼”、ねぇ)
 
 レベッカはリノウのような眼をする者を知っている。
 暗殺を生業にする盗賊や、屠殺を生業にする者だ。
 どんなに残酷なことでも、慣れてしまえば機械的に行えるようになるのだ。

「…や、止め…」
 
 ウィンが脂汗をかきながら止めるよう言って後ずさる。
 リノウは黙ったままだ。
 
「…はい、その辺でやめときなさい。
 
 そこの小僧にはたくさん悪事を吐いてもらわなきゃいけないからね」
 
 レベッカは無造作にリノウの矢を掴んだ。
 
「…許せなかった…。
 
 村が、何もかもが、おかしくなって、滅茶苦茶になって。
 みんなひどくて、嫌になって、辛くて。
 だから、私、だから…」

「リノウ…」
 
 泣きそうなリノウを彼女の母親が抱きしめた。
 
「そうだ。
 許せんな」
 
 閃光がウィンを撃つ。
 
「ぐああああっ!!」
 
 倒れたウィンの側の樹の影から男が現れた。
 
「う、うわぁっ」
 
 村人たちが一斉に離れた。
 
「ヴェルニクス…まさか!
 
 確かに心臓を貫かれて死んだはずじゃ!?」
 
 スピッキオの言葉にヴェルニクスはにやりと笑った。
 
「ああ、その通りだ。
 
 …確かに私は殺された。
 だが地獄に送られるには早いようだったよ、くくく。
 
 私には、魂をわずかな間だけ体に残す術が施されていたのだよ。
 私を殺した相手と、その周囲の人間の《魂》を引き換えにする《契約》でな」
 
 不適に笑うヴェルニクスはこの世のものでない青い燐光を纏っている。
 生者の顔ではなかった。
 
「悪魔との契約だね」
 
 ロマンが呟くと、ヴェルニクスは自嘲的な笑みを浮かべる。
 
「忌まわしい契約だ。
 
 が、解約する手段も時間も貴様らのおかげで無くなった」
 
 ウオォォォォン!!!
 
 遠吠えのような不気味な咆哮を上げ、ヴェルニクスの周囲に4頭の青白い燐光を纏った野犬があらわれる。
 
「ただの猟犬じゃないね?」
 
 ロマンがヴェルニクスを睨みつける。
 
「昨晩張った魔法陣を使い、この村の犬どもに魔界の野獣を憑依させた。
 
 …手伝いを頼みたくてなぁ。
 少々頭は悪いが、すこぶる血を好む連中だ。
 
 …さて、贖ってもらおう。
 我が命と屈辱の代償を!」
 
 レベッカが腰に手を当てて、はぁ、とため息をついた。 
 
「…まったく、この男どもときたら往生際が悪いわ。
 
 ま、この場を納めるにはありがたいしぶとさだったけど」
 
 スピッキオが杖を構え十字をきる。

「不浄のものめ。
 
 こんどこそ相応しい煉獄に落ちるがよい!」
 
 ヴェルニクスが剣士をむき出し、燐光を纏った青白い顔ですごんだ。 
 
「今のうちに喚いておけ。
 
 …道連れは貴様たちからだ!」
 
 
 闘いが始まる。
 
「さあっ、声を聞かせろ!!

 泣き声を、叫び声を!!

天に届かぬ祈りの声をっ!!!」
 
 ヴェルニクスが吼える。
  
「うるさいのよね、あんた!」
 
 レベッカが素早く背後に回り、絞殺具でヴェルニクスの喉を縛り、走って絞める。
 
 その横で一頭の魔獣をシグルトとロマンが連携で葬る。
 
「私も、戦う…
 
 今は、今は、許せない!!」
 
 リノウが戦列に加わり矢を放つ。
 その矢がヴェルニクスの腕を貫いた。
 
 駆け寄ってくる魔獣をロマンの【焔の竜巻】が焼き焦がす。
 
 ラムーナが1頭を蹴りと斬撃の連続攻撃で屠る。
 
 スピッキオの護りの秘蹟が傷を負ったシグルトを包む。
 
「ハァァァ!!!」
 
 レベッカが空中に放り出したヴェルニクスをラムーナが蹴り、反動で飛び上がって側の魔獣に向かって落ちる勢いでその頚骨を踏み砕く。
 
 シグルトの攻撃が弱めた1頭とヴェルニクスをロマンの魔法が焼く。
 
 満身創痍のヴェルニクスも魔法で攻撃するが、それをスピッキオはこらえて聖句を紡ぎ、レベッカを護る。
 
 レベッカが魔術師の攻撃を潜り抜け華麗なフェイントを決める。
 そこに、ラムーナがものすごい動作で踏み込んでヴェルニクスの喉笛をかき切った。
 
「…所詮は、魂を売り渡した者の宿命か。
 
 同じ奴に二度も殺される、と…は」
 
 濁った言葉でつぶやくと、どさりとヴェルニクスは倒れ、そして動かなくなった。
 
「ふぃ~、何とか勝ったわね」
 
 レベッカがため息をついた。
 
 リノウが醒めた目でウィンを見下ろしている。
 
 生きてはいるようだが、彼が村人にした裏切りは大きい。
 
「リノウちゃん、本気で殺す気だった?」
 
 冷たい口調で、リノウは呟く。
 
「…あの時、私には、ただの的にしか見えなかった…」
 
 レベッカは黙ってリノウの頭を軽く撫でた。
 
 
 翌日の昼過ぎ、ティエ村近郊にある宗教都市ラーデックの神官たちが村に駆けつけた。
 
 “風を纏う者”が宿を出発してからまもなく、リューンの聖北教会が派遣を要請したらしい。
 リューンの聖北教会としては、自分たちの責任を他の教会に尻拭いさせたくなかったようだが、やむを得ない判断だったとのことだ。
 
 すでにことの済んでしまった後にやってきた応援だったが、一行には幾分都合がよかった。
 
 彼ら(聖職者たち)は、一行が村人たちの信用を得るのに丁度よい後ろ盾となった。
 また魔術師ヴェルニクスを倒した証明も、実物(遺体)を見せることで果たせた。
 
 今や、ことの発端となった《妖精の宝》も無い。
 
 “風を纏う者”は依頼された仕事を十分にやり遂げたという証明ができた。
 
 こうして辺境の村ディエの事件は幕を閉じた。
 
 
 一段落ついた後、一行が村を去ろうと言うとき、誰も見送りにこなかった。
 
「ま、刃を向けたんだもの。
 
 あの小僧も今は私たちを私欲で害そうとした罪で、聖北教会が引き取っていったし」
 
 するとトーンが飛んできた。
 
「お、ありがたいわ。
 あんた、送ってくれるの?」
 
 レベッカがそう言うと、トーンは翼を広げてみせた。
 そしてその後ろから、リノウが駆けて来た。
 
「あの、皆さん、帰り道を私に案内させてくれませんか?」
 
 レベッカが任せるわ、と微笑んだ。
 
「あの、それから…」
 
 
 その後のこと。
 
 無事に帰った“風を纏う者”たちは、弓の名手を後輩の冒険者として宿に連れ込み、親父をびっくりさせたと言う。

 
 
 長らくお待たせしました…
 
 仕事やら、キーボードの不調やらで遅れてましたが、Pabitさんの『白弓の射手』です。
 
 てこずりました。
 長編は大変です。
 
 今回、シグルトが精霊を見られるようになります。
 精霊に関してちょっぴりMartさんとのクロスの伏線が張られてたり。
 
 実は今、Martさんと私の使っているパーティを強化するため、あることを計画中です。
 
 リプレイでやる、こんなクロスオーバーがあるんだ~と感じた人がいたら狙い通り。
 その準備もあって、こんなに書くのが遅れてしまったのもあるのですが。
 Martさん、エイリィが準備段階ですね?
 ニコロにも…
 
 とまあ、伏線なのでこの話は止めといて。
 
 今回レベッカの準備能力が爆発してました。
 彼女、慎重なタイプなので。
 
 このシナリオをプレイするにあたり、ウィンを言い負かしてやりたかったことが何度もあったので、レベッカ姐さんにやってもらいました。
 
 溜飲が下がる思いでした。
 
 ウィン、反撃したくなるんですよこういう性格の小者。
 
 でも今回、解毒スキルの無かったうちのパーティは大ピンチになりました。
 今度、ロマンに薬を調合させないと…
 リューンの薬は高いですよね。
 
 
 今回は以下のものを手に入れました。
 
・【解毒剤】×3(2本使用)
・【鉄鋼樹の剣】(魔力付き)
 
 
・報酬+1000SP
 
×今回失ったもの
 
・【ブーイー草】×2
・【聖別葡萄酒+】(1回使用) 
 
 
◇現在の所持金 3651SP◇(チ~ン♪)

・シグルト、ロマン、ラムーナ
 レベル3→4
スポンサーサイト

CW:リプレイ | コメント:4 | トラックバック:0 |
<<『冒険者の余暇』 その肆 前編 | HOME | 『埋もれた神殿』>>

この記事のコメント

 こんばんは~。お疲れ様でした。
 いや、長いシナリオのリプレイは大変ですよね。
 私も挑戦しようとしてやめたものが幾つか…。

 細かい部分で伏線、ありがとうございます。
 こう知ってる側から見るとほうほうとなるのですが
 知らない方が見るとさらっと流してたりするんでしょうね。

 白弓の射手は結構前にプレイした作品で、あ~こんな場面あったなとか思いながら楽しく拝見しました。

 エイリィ、ニコロ、準備段階です。他のメンバーも次の次ぐらいの更新ではフリーにできそうです。お手伝いできることがあったらしますので遠慮なく仰ってくださいね。

 ではでは失礼いたします。
2006-07-22 Sat 23:24 | URL | Mart #WkyY9OVg[ 編集]
 いらっしゃいませ~
 
 長かったです、このシナリオ。
 でも伏線をたくさんはれたのでよしとします。
 
 最近文章力が暑さのせいで激減してます。
 心の憩いや萌えがほしいこの頃です。
 
 また何かありましたら連絡しますね。
2006-07-23 Sun 14:23 | URL | Y2つ #TIXpuh1.[ 編集]
こんばんはm(__)m
急に暑くなってきたりして、なんだか困った天気ですね。

今回のリプレイを読んで、改めてシグルトさんは皆に、慕われているリーダーなんだなぁ・・・と実感しました。あと、レベッカ姐さんも、凄いですね!!女性ならではの優しさと盗賊の非情さや冷静さが感じられてとてもいいです。

薬>
これは、想像ですがリューンの薬は即効性がある(解毒剤は中毒20を一瞬で治しますし、傷薬は飲み薬と書いているのに、かなりの傷を一瞬で治します)ので高価なのでは??と思っています。精製や調合が難しかったり、材料が手に入りにくかったりする感じです。


心の憩い>
私は、動物達がいるので心の憩いは・・・と言いたい(書きたい)ところですが、噛まれたりひっかかれたりしますし、尿を服の上にされたり、悪戯をされますので完全な憩いにはなっておりません(滝汗)
紅茶とタバコと読書とドライブとDVD鑑賞が主な心の憩いです。

素敵なリプレイをありがとうございます。
それでは、失礼いたしますm(__)m
2006-07-25 Tue 17:56 | URL | らっこあら #mQop/nM.[ 編集]
 御返事遅くなりました。
 すみません。
 
 シグルトが慕われるのは、英雄性ではなく、仲間を信頼する度量からです。
 相手の実力を認め、それを頼り、自分に頼らせる性格が仲間から愛されている秘訣です。
 敬して敬されるとでも申しましょうか。
 
 レベッカはロマンほどの知性はありませんが、だからこそ俗っぽい策略を考え付きます。
 レベッカは身内はある意味自分自身のように大切にしますが、そうでないと結構冷酷です。
 無害と断じた弱者には面倒見の好い姐御なのですが。
 
 毒、現在の“風を纏う者”の欠点です。
 解毒、無いとこのレベルのシナリオではきついですね~
 
 憩い…動物は癒されますが、寿命の違いによる別れが辛いです。
 私は今でもこの時期、飼い犬の供養をします。
 
 問題児でしたが可愛かったですし。
 
 いろんな意味で癒されたい今日この頃です。
2006-07-28 Fri 23:57 | URL | Y2つ #TIXpuh1.[ 編集]

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。