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『碧海の都アレトゥーザ』 碧海色の瞳

2017.11.16(23:29) 413

 次の日、“風を纏う者”のメンバーたちはそれぞれ分かれて行動することになった。
 
 レベッカは知り合いに挨拶に行くと言って、下町の路地の中に消えていった。
 
 ロマンは賢者の塔にある一般開放の書籍を読みに行くと、小走りに宿を出ていった。
 
 ラムーナは大運河にいる南方出身の女性と仲良くなって、話し込んでいた。
 
 スピッキオはこの都市の教会の司祭と知り合いらしく、帰りは遅くなると言っていた。
 
 シグルトは1人桟橋近くの浜辺で、ぼんやりと海を見ながら歩いている。
 
 シグルトの故郷に海は無い。
 西方に流れて来る途中に見た北方の海は、くすんだ黒い色だった。
 南海の美しい紺碧の海原は、とても美しいと思う。
 その色は、どこか、シグルトがかつて愛していた娘の瞳を思わせる。
 キラキラと陽光を反射する碧い水面の美しさは、見ていて飽きることがなかった。
 
 この都から見られる海は特に優美で、吹いてくる潮風は南方の息吹を孕んで、熱くおおらかだ。
 
 ただ、夏の太陽は眩しく刺すように肌を焼く。
 シグルトのような北方出身の肌が白い人間にとって、この熱い日差しはやや痛い。
 
 結局この熱射を避けるように日陰を選んで歩いて行くと、甲高い南海なまりでがなっている男の声が聞こえ、何とはなしにそちらを見た。
 
 この都市の住人だろうか、神経質そうな男に、でっぷりと太った中年の女、後はスピッキオと同じ聖海教会の僧服に身を包んだ僧侶らしい男。
 僧服の取り巻きか、囲むように数人の男女が輪を作っている。
 
 彼らの中心には、華奢な体格の人物が立っていた。
 
 黒い暑苦しそうなフードをかぶっている。
 編み上げたブロンドの髪が少し覗いていた。
 身体の起伏や背丈、服装ですぐに女性であることが判る。
 少しだけ見える肌は、驚くほど白い。
 
 喧しくがなり立てているのは、取り巻きの中の神経質そうな男だった。
 
「この薄汚い魔女めっ!
 
 早く、あの洞窟から出て行けばいいんだ!」
 
 男は興奮して口を歪め、唾を飛ばしている。
 
 周りの者たちも激しい口調で女性を罵り、しきりに「魔女」と連呼する。
 その中央にいる聖北教会の僧侶らしい男は、まるで汚いものでも目にしたように女性を見下ろしていた。
 
 このような状態で、女性は黙ってただ左右に首を振り、自分を囲んでいる人物たちの要求を拒んでいるようだ。
 
 やがてその神経質そうな男は辛抱できなくなった様子で、娘を平手ではる。
 彼女がぱたりと倒れると、周囲の者たちは小石や腐った卵、残飯などを娘に投げつけ始めた。
 女性はただうずくまってじっと耐えていた。
 
 髭面の男が、やや太めの棒を振り上げた。
 それで女性を打ち据えようというのだ。
 
 シグルトは顔をしかめると、素早く移動する。 
 ためらわず髭面の腕をがっしりと掴んで、シグルトは女性との間に割って入った。
 
「なんだてめぇはっ!」
 
 髭面が渾身の力を込めるが、シグルトの手はびくともしない。
 シグルトは掴んだ腕をブン、と振って男を投げ飛ばした。
 
「うわぁ!!!」
 
 転倒して派手に尻餅をついた髭面は、大げさな声を上げて転がるようにシグルトから放れた。
 
「大の大人が女1人を囲んで何をやっている?
 
 しかも無抵抗な相手にこんな棒で…」
 
 シグルトは、髭面が落とした棒を彼の方に向けて荒っぽく蹴飛ばす。
 足に軽く棒が当たり、髭面はなさけない悲鳴を上げた。
 
「何をするのです?
 
 私たちは、魔女に制裁を加えていたのですよ?」
 
 不機嫌そうに、僧服を纏った僧侶らしい男がシグルトを睨みつけた。
 その目をシグルトの青黒い視線が、稲妻のように射た。
 
 怯えたように数歩下がる僧服。
 
「さっきから、魔女魔女と言ってるが、あんたらの言う魔女とはこの娘のことか?
 俺の知る〈邪悪な魔女〉とやらは、こんなに大人しくはなかったぞ。
 
 昼日中からその大所帯で騒いでいるお前たちの方が、よっぽど悪者に見える」
 
 シグルトは皮肉気に苦笑した。
 
 僧服は、一瞬怯んだことに憤ったのだろう。
 目を血走らせ、歯を鳴らしてシグルトを睨みつけた。
 
「…貴方は冒険者ですね。
 ではこの都市の住人ではないはずです。
 
 我々の〈聖なる行い〉に口を出さないで頂けますか」
 
 そして汚物をどけろと命令するように、シグルトに顎をしゃくった。
 去れ、ということなのだろう。
 
「…これを〈聖なる行い〉だと?」
 
 シグルトは僧服に一歩近づいて、その胸倉を掴みあげた。
 
「ひぃ!」
 
 上背のあるシグルトに片手で軽々と持ち上げられて、僧服は真っ青になる。
 
「…自分が襲われることは怖いか?
 
 お前たちが、糞尿をあさる蝿のように集まり、たかって1人の娘にしようとしたことだ。
 〈聖なる行い〉が何かは知らんが、薄汚くて俺には真似できん。
 
 唯でさえ、日差しが鬱陶しいんだ。
 見苦しいから、するな…」
 
 僧服の顔に自分の顔を寄せ、凄みを利かせて目を合わせて睨んでやると、僧服は真っ青になって身体をこわばらせた。
 上背がある美しいシグルトが、怒りを顔に表すととても迫力があるのだ。
 
 わなないて呼吸がおぼつかない僧服を見ていたシグルトは、大きなため息を吐いた。
 馬鹿らしいという風に僧服を掴んだ手をポイ、と放す。
 
 ひっくり返った蛙のように情け無い姿で、僧服は地べたに落ち、尻で石畳を擦りながら後退する。
 
 あれでは、高価な僧服も台無しだな、とシグルトは呆れ顔で見下ろしていた。
 
「…くぅっ、今日はここまでにしておいてあげます!」
 
 僧服はよろめきながら立ち上がると、逃げるように場を離れ、周りにいた取り巻きも慌ててその場を放れていった。
 おそらくは、シグルトの腰につるされた剣も怖かったのだろう。
 
 僧服の、どこかの三流悪役のような捨て台詞に辟易し、シグルトは倒れたまま、こちらを見上げている女を見た。
 
 先ほど眺めていた碧海の色…
 シグルトの瞳に映ったのは、この都市を囲む海のように碧い瞳だった。
 
 静かで穏やかな光、同時に熱い南風を飲み込んだような強い輝きが、じっとシグルトに注がれている。
 少しの驚き、わずかな警戒、澄んだ落ち着きと深い哀愁。
 神秘的な双眸が、海の波のように表情を変えながらシグルトに向けられていた。
 
「…立てるか?」
 
 シグルトは少しだけその娘の美しさに驚きつつ、聞いた。
 
 日焼けとは縁の無い、透けるような白い肌に端整な顔立ち。
 理知的な瞳と強い意志を感じさせる表情は、先ほどの海の色のように、シグルトが愛した故郷の女性を思い出させた。
 
「…はい。
 
 危ないところを助けて下さって…
 ありがとう御座います」
 
 ほっそりとしたはかなげな外見にふさわしい、可憐で澄んだ声だった。
 弱さを感じさせない、知性と落ち着きを感じさせる丁寧な口調は、耳に心地よい。
 
「何かお礼を差し上げたいのですが、日々の生活を紡ぐのが精一杯の益体無い身です。
 言葉で返すのが限度、お許しください…」
 
 自嘲的に、悲しげな表情で女性は言った。
 恐縮しているのだろう、肩を縮め切なげに胸に手を置いている。
 
 シグルトは空を見上げて、困ったように頭を掻いた。
 
 別に礼を言われたくて手を出したのではない。
 シグルトは本当に、ああいった迫害をする輩が嫌いなだけだった。
 
 かつてシグルトも、この娘のように礫を投げられ傷ついたことがあった。
 母や妹も、悪意と罵声を浴び、涙を噛み締めていた頃があった。
 
 シグルトの母は、その両親の不名誉とされる行いから全てを失い、蔑まれひっそりと暮らしていた。
 父がその名誉を取り戻すまで、隠れるように。
 
 その頃のシグルトは幼くて何もできない子供だったが、努力して母や妹を守れるようになった。
 今のシグルトには男性の平均より高い背丈と、理不尽に立ち向かえるだけの勇気がある。
 
 シグルトはただ、目の前の理不尽が許せなかっただけだ。
 
「やめてくれ…
 
 俺は礼がほしかったわけじゃない。
 ただああいうのが嫌いだっただけだ。
 
 勝手にしゃしゃり出た俺自身のやったことだから、恐縮されても困るよ」
 
 娘を見下ろし、またその瞳と見つめあうことになる。
 真摯な眼差し…こんな瞳の者が、邪悪な魔女であるはずがない。
 この娘が魔女というなら、さっきの僧服は邪神の使徒だろう。

(…いや、三文芝居の悪役がせいぜいか)
 
 僧服の情け無い尻雑巾を思い出し、シグルトはいつもの癖で苦笑する。
 
 一方助けた娘はの方は、シグルトにできる礼を考えているのか…
 目を伏せて、じっと何かを思案している顔だ。
 察するに、生真面目で義理堅い性格なのだろう。
 
 シグルトは、困ったようにまた空を見上げた。
 
 まだ日差しが高く、熱い。
 夏の太陽がさっきよりも余計に眩しく感じられた。
 
 シグルトの頭にふと浮かぶ考え。
 
「ああ、ええと、この辺りには詳しいのか?
 
 実は、どこか休めるところを探していたんだ。
 何か俺にしてくれるっていうのなら、涼める場所があれば教えてほしいんだが…」
 
 
 娘が案内してくれたのは、美しい景観の洞窟だった。
 
 流れ込んんでくる海水が、キラキラと光って幻想的だ。
 その中の空気は、外の熱気を含んだ風とは違って、ひんやりとした優しさがある。
 
 シグルトは洞窟の奥に案内される。
 人が2人入るのがやっとのこじんまりとした横穴があって、粗末な手製の机と木箱で代用した椅子、奥には藁を敷き詰めて大きめの継ぎ接ぎな帆布をかぶせたベッドらしきものがある。
 箱の椅子を勧めれたが、シグルトの体格ではやや低い。
 何も言わず、適当に側にある隆起した岩に腰掛けた。
 
 娘はミントの香りがする爽やかな香草茶を煎れてくれた。
 
 茶を入れるカップも欠けた部分のある、本来なら捨てられそうな物だった。
 だが釉薬の部分に独特のつやがある。
 灰を使って丁寧に食器を磨いているのだろう。
 
 数は無いが、身の回りの小道具も丁寧に片付けられている。
 小さなことから、娘の生真面目な気性が感じられた。
 
 ミントのもたらす清涼感を味わいながら、洞窟の涼気をじんわりと楽しむ。
 先ほどの海もよかったが、ここはとても綺麗で、洞窟に満ちた柔らかな光が心地よかった。
 
 『蒼の洞窟』という場所だと、娘が教えてくれる。
 
「とても好いところだな。
 
 ここを知っただけでも、この都市に来てよかったと思うよ」
 
 思えば、昨日まで長旅でゆっくり腰を落ち着ける暇もなかった。
 1人でこういう気分を味わうのは、随分としていなかったように思う。
 
(あいつらはにぎやかだからな…)
 
 底抜けに明るい踊り子や、薀蓄を語る美少年、金にうるさい女盗賊に、説教臭い老僧。
 彼らのリーダーになってから、いつも張り詰めて考えていたことに気付き、苦笑する。
 シグルトは故郷で妹が言っていた言葉を思い出した。
 
〝兄さんはいつもむっつりしてるか、苦笑いしているわ〟
 
 そう言って、お茶を入れてくれた妹。
 最近まで過去は刃のようにシグルトの心を抉ってきたが、仲間と触れ合ううちに幸せだった時を思い出せるまでになっていた。
 
「申し訳ありません。
 こんなものしかなくて…」
 
 娘がおかわりのお茶を注ぐ。
 
 机には茶請けの代わりだろうか、パンを薄く切って乾燥させ塩と香草を刻んだものをかけた菓子のようだ。
 齧るとほんのりと塩辛い。
 
「いや、お邪魔させてもらってお茶まで御馳走になってるんだ。
 
 菓子付なら、豪勢なくらいさ」
 
 冒険者は過酷である。
 シグルトも何度か冒険の中で、質素な食事をしたものだ。
 先輩冒険者の話では、南方の密林で迷ってさまざまなものを食ったが蜥蜴人は筋が固かったぞ、というようなおぞましいものもある。
 
 それに、厳しい環境の北方出身のシグルトは、粗末な食事には慣れている。
 貴族ですら、冬期は臭みの強い魚の塩漬けや、味気ないスープを食べる。 
 
 思い出したように、シグルトは荷物袋から小石ぐらいの茶褐色の塊を取り出し、机の上に置いた。
 
「…これ、もしかしてお砂糖ですか!」
 
 娘はその美しい目を丸くして、茶色いその塊を見つめた。
 
 砂糖は非常に高価な品である。
 庶民が簡単に食べられるものではなく、薬として珍重されているほどだ。
 シグルトの取り出した小さな塊でも、庶民が家族で数日豊かに過ごせるほどの価値があるだろう。
 
「この都市に来る時、交易商の護衛をして報酬代わりにもらったものだ。
 
 まだあるから、1つ進呈しよう。
 この手の菓子は、塩より砂糖の方がきっと美味い」
 
 娘は手を振って拒んだ。

「こ、こんな貴重なもの、もらえません!
 
 お砂糖って労咳(結核)なんかに使う薬でとても高い…」
 
 シグルトは軽く首を横に振る。
 
 交易路が発達し、一部の都市では高騰するときもあるものの、昔ほどは高級ではない。
 もちろん庶民が大量に使うのは無理だが、リューンのような大都市ではちょっと贅沢品程度の価値だ。
 この砂糖も、儲けそこなった商人ツィスカが報酬代わりにくれた屑砂糖である。
 
「ここを教えてもらって休ませてもらったので、さっきの貸し借りは無し。
 
 これは茶の礼と挨拶代わりだ。
 
 またこの都市に来たなら、時々はここに来て休みたいと思ってる。
 迷惑でないのなら、受け取ってくれ」
 
 シグルトはリーダーをやる上で、レベッカから交渉というものを学んできた。
 レベッカ曰く、内向的排他的な者に交渉するときは、押しの一手の後少し引くと上手くいく、とのことだった。
 
 シグルトは無理強いは嫌いである。
 必要なことを提示し、ダメならやめる。
 シグルトのそういうさっぱりとした決断力が、リーダーとしての優れた資質だとレベッカは言っていた。
 
「俺はシグルト。
 
 交易都市リューンを中心に、主にここから北の方で仕事をしてる冒険者だ。
 といってもまだ駆け出しなんだが」
 
 互いに名乗っていなかったことを思い出し、先に名乗り軽くぶら下げた剣を叩き、こういう職業だ、と主張する。
 
 娘は助けてもらって名乗ってもいない自分を恥じたのだろう、白い肌を紅く染めて居住まいを正した。
 
「私はレナータ、レナータ アスコーリと申します。
 
 その、精霊術師、です…」
 
 少し言いよどんで職業まで明かす。
 
 シグルトはさまざまな意味で納得した。
 精霊術師とは、シャーマンとも類される精霊使いのことだろう。
 
 この世界には偉大な神と一緒に、自然の力、精が意思を持って現れる現象…精霊と呼ばれる不思議な存在がある。
 彼らはめったにこの世界で姿をとることはないが、彼らの存在を見つけ感応し、その力と姿をこの世界に形として導く業を持つものがいる。
 それが精霊使いだ。
 
 リューンにも精霊宮という独特の建物があり、そこで精霊使いたちが都市に起こる天候や災害の被害を防ぐために働いている。
 
 ただ、精霊使いたちは特殊な能力と宗教性を匂わせる場合もあるその立場から、聖北などの聖職者と上手くいかないことも多い。
 魔女や妖術師扱いされて迫害されるのはよくあることだ。
 リューンのように多数の術師がいて働く場所も地位も確立されているなら別だが、この西方に根強く広がる〈神の教え〉は、時に強引で排他的な偏見の原因を作っている。
 
(結局スピッキオが言うように、神に魔女を裁かせようとするのはいつでも人間の方だな。
 
 教会の愚かな歴史だとあの爺さんは言っていたが、まさかこんなところで魔女狩り云々に出会うとは、な。
 
 この都市は見れば先進的な場所が多くておおらかに感じていたから、少し驚いた。
 いや、人が集まる坩堝のような場所だからこそ、こんな歪んだことも起きるのか…)
 
 人の心を理解するのは難しい、とシグルトは思う。
 
 とりとめもなく考えながらふと見れば、もう日が傾いて、洞窟に朱い光が入ってくる。
 
「そろそろ帰るよ。
 外も涼しくなってくるだろう。

 …レナータ、ここにはまた来てもいいか?」
 
 岩から立ち上がり、帰ろうとしたシグルトは、レナータと名乗った娘の名を呼び、確認した。
 
「…はい」
 
 レナータの首肯に満足するとシグルトは軽く手で別れの挨拶をし、足早に洞窟を後にした。
 
 
 シグルトが洞窟を出て行った後、レナータは気が抜けたように肩を落とし、大きなため息を吐いた。
 
 今日はいろんな意味で疲れていた。
 無くなった儀式用の道具の買出しにでかけて、いつものように教会の侍祭に因縁をかけられて魔女扱いされた。
 
 前に石をぶつけられて、しばらく片目が見えなかったこともある。
 怖くないわけはない…集団で暴力を振るわれ、罵声を浴びせられるのだ。
 
 身を守るために、呼び出した精霊を用いる事だってできないことはない。
 だが、それをしたら確実に魔女として捕まってしまうだろう。
 
 レナータは自分に精霊術を教えてくれた師を思い出す。
 彼女は迫害と立ち向かう方法も教えてくれた。
 精霊術、言葉、礼法、知識…
 冒険者をしていたという師は博学で、本来レナータのような生まれのものが学ぶことは絶対できないようなことをたくさん教えてくれた。
 その師との邂逅も、今日のシグルトとの出逢いに似ていた。
 
 昔からレナータには精霊を感じる能力があった。
 ずっと昔、アレトゥーザにやってきて、不毛の荒野と汚水の沼地を緑茂る今の大地に変えたという偉大な精霊術師と、水の上位精霊の一柱と讃えられる水姫アレトゥーザの伝説。
 この地方ではまれにレナータのような資質を持つ子供が生まれる。
 それはこの土地が精霊の息吹に満ち溢れた土地だからとも、偉大な精霊術師の血が先祖返りで顕れるのだともいわれている。
 だが、その才能を持つものは多くの場合3つの道を採らざるをえない。
 
 一つは巫覡(ふげき)…シャーマンと呼ばれる存在になって村落の中心に立ち、災害や病気から人を守るものになること。
 
 一つは隠者となって森や山、孤島に籠もること。

 一つは一箇所に留まらない流浪の民となること。
 
 普通の民に受け入れられるには、精霊術師の才能はあまりに異能とされているのだ。
 
 今のレナータはどの道を採ることもなく、この都市に1人で暮らしている。
 
 異能ゆえに故郷から逃げるように出て、立ち寄るどの町でも浮浪児扱いされていたレナータは、彼女を追い出そうとする村人に囲まれ暴力を振るわれた。
 空腹と殴られた身体の痛みで、これで死ぬんだ、と思ったときその女性は現れた。
 澄んだ歌声で柔らかな言葉を紡ぎ、リュートを巧みに演奏しながら彼女が歌うと、レナータを襲っていた民衆はばたばたと倒れて寝息を立て始めた。
 
 歌を終えて見下ろすアーモンド形の蒼い瞳は、人懐っこい光を湛えていた。
 とがった耳、緑と黄色の衣装に白い外套で華奢な体を包んだその女性は、人ではなかった。
 
 ウッドエルフ。
 俗に森の妖精と呼ばれる亜人である。
 
 後に風の噂で聞いた話…
 ラグリアという国の内乱で活躍し、騎士団長になったという冒険者とその仲間たち。
 その騎士の傍らで、精霊術を使い仲間を助けた“水の詠い手”と呼ばれた者。
 エルフの精霊術師、レティーシャその人であった。
 
 精霊術で癒しを施し話を聞いたレティーシャは、レナータを弟子として引き取った。
 そして、彼女の才能を見抜き、多芸で器用貧乏な自分よりも術師としての道を極められると保証したのである。 

 レティーシャは、ハーフエルフと人間の2人の子供をつれていた。
 1人はレティーシャの息子で、もう1人は戦災孤児。
 旅の中で子供たちを育てる傍ら、レティーシャはさまざまなことを教えてくれた。
 少しお姉さんだったレナータは子供たちに慕われ、陽気なレティーシャの人柄に触れ、家族の暖かさというものを感じることができた。
 
 レティーシャはレナータが独り立ちできるようになると、子供たちを連れて遠方に旅立つといって、一緒に来るかこの地方に残るかを聞いた。
 レナータはこの大地に残ることを決め、師と別れたのである。
 
 しばらく南海をさすらってたどり着いたのが、この洞窟であった。
 
 レナータにとって、冒険者とはいつも自分を助けてくれる存在である。
 師は優れた冒険者だった。
 自分に何かと目をかけてくれ、病の治療の仕事や内職を世話してくれる『悠久の風亭』のマスターもかつて冒険者だったという。
 レナータに精霊術を学びに来る、精霊術師の卵たちもまた冒険者が多かった。
 
 そして今日巡り合った冒険者の若者。
 
「シグルト…さん」
 
 彼の残していった、黒糖から欠け落ちた粉を少しなめてみる。
 果物とは違う確かな甘さ。
 
 レナータは小さな幸せを噛みしめながら、孤独な心を満たす暖かな今日の邂逅を想い、頬を緩ませた。

 

 アレトゥーザのヒロイン、レナータ嬢の登場です。
 ほぼ旧版のものを引き継ぐ形で、加筆修正致しました。
 
 カードワースで精霊術師、という職業を最も定着させたNPCの1人であり、彼女を連れ込んで使う人もいらっしゃるでしょう。
 
 今回、砂糖を前回に引き続き出してますが、薬だったのは本当のことです。
 ずっと昔、甘さといえば蜜や果物によるものが多く、砂糖は貴重品でした。
 
 一応は中世的なイメージができるように、生活描写はやや濃く行っているつもりです。
 ファンタジーなカードワースですから、すべて中世的にするのは無理ですが。
 あげじゃがとトマトは出すまい、と心に決めています。
 
 
 〈著作情報〉2017年11月16日現在

 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2017年11月1日リリースされたCardWirthPy 2.2 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 『碧海の都アレトゥーザ』はMartさんのシナリオです。現在Vectorで配布されています。
 シナリオの著作権は、Martさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer1.22です。
 
 リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 なお、このリプレイ記事は再録であるため、すでに以前ご報告を差し上げてる作者さんには、再度の感想や報告はくどいものじゃないかなとして、控えさせて頂きました。悪しからず御了承下さい。
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コメント
始めてコメント致します、モコイと申します。
先日はリンクの許可を頂き、ありがとうございました。

今回は特に、シグルトの思いきりの良い行動と、冴えた比喩表現が印象的でした。
僧侶と取り巻き達に割り入って追い払うまでの一連の場面、光景が目に浮かぶようです。
そして「ひっくり返った蛙」「情け無い尻雑巾」等々、件の僧侶に追い打ちをかける、比喩表現の容赦のなさ(笑)
直前まで痛めつけられてたレナータ嬢には申し訳ないのですが、本当に痛快なシーンでした。

この世界のこの時代、レナータが受けたような迫害は、恐らく珍しくも無いのでしょうね。
ありふれているが故に、大抵の人が見て見ぬふりをするものなのでしょう。
それでも、己の信念に従って行動し、行動するからには結果を残せるシグルトが、眩しく見えました。
「付き合ううちにその性格に魅了される」とは、こういう事なのでしょうか。

それにしても、元シリーズがあるとはいえ、既にアレトゥーザ編突入とは…素晴らしい執筆速度ですね。
リプレイを拝見する楽しみが増えて、読者としては嬉しいのですが…どうかご無理はなさらないように。

それでは、失礼いたします。
【2017/11/17 05:41】 | モコイ #HE1By42c | [edit]
>モコイさん
 いらっしゃいませ。こちらこそリンク有難う御座います。

 比喩表現は難しいです。私は何度も読み直して文章を直すのですが、10回ぐらい読み直しても改善点が見つかります。
 辞書で何度も類語を調べ、情景が目に浮かぶ表現を追い求めてはいるのですが、ままならないです。

 中世に迫害が酷かったのは、庶民の倫理的な教養の無さもあったと思います。
 明確な身分制度があり、命の価値が軽かった時代は、死なない程度の迫害や暴力など「甘い」と考える人もいたでしょう。
 そういった人間を一部の扇動者が刺激して起きた悲劇はたくさん例があります。
 現代の人間は衣食住に恵まれているので思いやる心の余裕がありますが、それができなかった昔の人は弱者に当たり散らすことでフラストレーションを発散していたのでしょうね。シグルトの態度や価値観は、自分がそれらを受けて辛かったことよる反感と、温厚な貴族の両親から受けた教養から生まれる、その時代では悲しいことに少数派の考え方です。
 まぁ、目には目をで、恐怖を相手にも体験させて引っ込めるというのはある意味暴力的でどっこいですが、シンプルで直球ですよね。私は現代の親が「虐待だ」と言って子を叱らないことが、恐怖による嫌悪を体験しないことで「やってはいけない」と思い至らないことにつながるのではないかと感じているので、悪人を叱り飛ばすシグルトは悪ガキをげんこつで黙らせる親父的なイメージだったりします。

 シグルトの場合容貌と性格の対比が彼の人間性をわかりやすくしているかなと思います。
 美形だけど中身はじじむさい武骨もの。でも勇敢で誠実でお人好しでまっすぐ。小数派の己を通すために力を磨き、義という己の美学を意識せずにぶち通す。
 義は美なりで、現代では面と向かって言えないそういうことの美しさへの共感を感じてもらえたらいいなぁ、と思う次第です。
 
 今週中にはアレトゥーザ編の序盤を終えられたらいいなぁと思っています。
 原本があるので更新は割と早くできそうな予感です。マイペースで頑張ります。
【2017/11/17 07:52】 | Y2つ #- | [edit]
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