『冒険者の余暇』 その肆 後編

2006.08.01(14:48)

 秋がまもなく終わろうとしている。
 輝くような日差しの中、シグルトは魔剣工房ヘフェストの戸をくぐった。
 
 工房内にはむっとする熱気が籠もっている。
 
 そこに、作業を終えて上半身裸のまま、戦いの傷の残る逞しい筋肉をさらして立つ匠。
 …“神の槌”ブレッゼンは一本の剣を、工房に差し込む日差しにかざしていた。
 
「来たな、シグルト。
 
 丁度いい頃合だ」
 
 シグルトをみ、にやりと笑うブレッゼン。
 
「…ランスロット。
 
 最強と謳われ、聖杯に最も近かったといわれた騎士。
 
 しかし王妃との不貞の汚名を背負い去った不幸の騎士。
 彼の剣にはその不幸が魔力として宿っているという。
 
 …とまあ、ここまではいい。
 
 だが、この剣の魔力こそランスロット最強の証よ。
 
 この剣を一太刀あびせたなら、使い手はその相手の行動も特技も見抜くことができる。
 
 《敵を知り己を知れば百戦危うからず》
 
 儂の工房に訪れる剣士は、ほとんどが目先の威力や派手さに迷わされる。
 しかし、武器とは主あって初めて武器よ。
 
 儂が鍛える魔剣は、持ち主とあって初めて最強よ。
 
 シグルト、お前に【アロンダイト】を託す…
 
 剣に相応しい使い手になるがいい」
 
 差し出された剣をシグルトは黙って受け取った。
 
 剣…【アロンダイト】は紅い燐光を放ち、その白銀の輝きをたかぶらせた。
 
((ああ、やっと…))
 
 それは澄んだ中性的な声だった。
 
((一日千秋の思いで待っておりました、我が主。
 
 遠き我が記憶の主と同じ、真なる戦士の気質を持つお方。
 
 千の戦いも、万の苦境も。
 必ずや、戦い抜いてみせましょう))
 
 シグルトは黙って剣に頷いた。
 
 “剣精”と呼ばれる精霊がある。
 古き剣や魔剣に宿る意思であり、魂である。
 
 “剣精”あるゆえに、真の銘剣は主を選ぶ。
 
 剣の持つ存在意義は、戦うこと。
 殺すため、守るため、誇りのため。
 
 剣は主とともに戦うのだ。
 
 そして、シグルトは手に取った【アロンダイト】の“剣精”に選ばれていた。
 この工房で、【アロンダイト】が物言わぬ鉄塊だった時から、シグルトは剣の持ち主だった。
 
 “剣精”は匠に鍛えられながら、ずっと呼んでいた。
 己を振るう真の戦士を。
 
((…私は貴方の戦いの伴侶))
 
 【アロンダイト】から伝わってくる声が女性のものに変わる。
 
((…私は貴方の戦いの身体))
 
 【アロンダイト】は男の声を上げる。
 
((…私は貴方の戦いそのもの))
 
 【アロンダイト】はその紅い光を一瞬、黒い猫の姿に変えた。
 
((…戦いましょう。
 
 とこしえに、まだ見ぬ戦いを!!!))
 
 魔剣【アロンダイト】は誓うように強く輝いた。
 
 頷いて剣を鞘に収める。
 
 それを見つめていたブレッゼンは、微笑む。
 
「鞘とはヴァギナ…女性器をいう。
 
 剣を鞘に収めるのは、本来婚礼のように神聖なものよ。
 剣は闘争、鞘は平和。
 
 ともにあるときが平素、別れているときが戦場よ。
 
 男が女の下に帰るのは、剣が鞘に収まるのと同じこと。
 一緒に睦みあうのが男と女というものだ。
 
 だが、剣は聖印に似ているそうだからな。
 聖北の坊主どもが聞いたら、沸かした鍋のように騒ぎ出すかもしれんが。
 
 …剣は陰と陽よ。
 
 振るえば傷つけるが、振るわれないときは平穏。
 ただ傷つけるものと考えるのは、古代の蛮人か戦闘狂か皮肉屋ぐらいなもの。
 
 儂の子供を嘆かせるなよ、シグルト。
 
 つまらん使い方をすれば、剣は主を見限る。
 
 魂ある剣は怒りもすれば、嘆きもする。
 それが魔剣と言うものだ」
 
 そう言うと、ブレッゼンはどっかりと腰を下ろす。
 シグルトは静かに頷いて、ブレッゼンに持ってきた酒瓶を渡した。
 
 ブレッゼンはそのエールの瓶を、直接ラッパのようにかざして中身を飲む。
 冷えたエールの喉越しに、小気味よい音が鳴った。
 
「…くぅっ、仕事の後の酒はたまらんわいっ!」
 
 満足げにブレッゼンは髭についた泡を拭い、膝を打った。
 
 
 レベッカは再びアレトゥーザを訪れていた。
 
 南海の匂いに、冬の冷たさはまだ感じられない。
 まだ暖かい風は、冬服を売る市が立つリューンとはまた違う。
 
 歩く先の香ばしい匂いに釣られ、行って見れば串焼肉を売っている異国風の男がいる。
 
 レベッカは銀貨を一枚渡して、特大の串を一本買う。
 肉汁のまだ熱いそれを、グイとかじる。
 
「…う~ん、まぁ露天はこんなもんよねぇ~」
 
 レベッカは残った肉に懐から取り出した塩と香草をかけ、今度は幸せそうに食べ終えると、『悠久の風亭』に向かった。
 
 宿に着くと、マスターが声をかけてくる。
 
「おう、あんたか。
 
 …シグルトはいねぇのか?」
 
 わざとらしく肩を落としすレベッカ。
 
「マスタ~。
 
 開口一番、若い女に残念そうな口調でひどいわよ。
 よくもまぁ、女将さん捕まえられたわねぇ」
 
 む、とうなるマスター。
 
「ラウラさんも、よくこんなのとくっついたわね~。
 
 …夜が凄いとか?」
 
 続く言葉に、マスターが絶句して真っ赤になる。
 
「あははっ!
 
 どうかしらねぇ。
 それより、今日は泊まっていくの?」
 
 ラウラは慣れたように、レベッカの猥談をするりとかわす。
 この程度で真っ赤になっていては、海の荒くれがやってくる宿の女将など出来はしない。
 
「…ええ。
 
 先に3人来てるでしょ?
 連中はどうしてる?」
 
 ラウラはサービスよと一杯、ワインを入れたゴブレットをレベッカの前に置く。
 
「ロマン君は賢者の塔に籠もってるらしいわ。
 
 ラムーナちゃんは大運河のお姉さんのところで、泊まりこみでダンスのお稽古。
 
 スピッキオさんは教会に泊り込んで、マルコ司祭と毎日信仰について話し合ってるわ。
 この間は信徒を集めた教会の青空教室で、マルコ司祭と一緒にお説法されたわ。
 聖、聖…ええと、ああそう!
 『聖オルデンヌの癒し』とかいう話をされて、この近くの熱心な信徒さんが感動したと言ってたわ。
 
 そんな感じで、だれもここに泊まってくれないから、寂しくて。
 
 でも、レベッカさんが泊まるなら嬉しいわ。
 また異国のお料理、教えてね。
 この間の薄焼きパンのはさみもの、大人気なのよ。
 
 サービスするから、お願いね」
 
 ええ、とレベッカは頷いて奢りのワインをあおる。
 
 レベッカとラウラは料理の話で仲良くなり、今では友人関係に近い。

 ラウラはサービスしてくれたり、新しい魚貝料理を出す前はレベッカに相談する。
 レベッカは香辛料や砂糖を格安で仕入れてきたり、土産話に食べた料理の話をしてやったりする。
 
 レベッカが来ると、ラウラがそっちばかり構うので、マスターが少し寂しそうだ。
 
「でも、うちの旦那じゃないけど…
 
 シグルトさんどうしたの?
 一緒だったら《この間》のお礼をしたかったのに」
 
 《この間》…
 
 シグルトが“風を駆る者たち”のニコロと一緒に、レナータという精霊術師を助けた騒動だ。
 ギルドで再開したニコロの仲間のユーグに聞いてびっくりした話である。
 
 普段は仲間のために落ち着いているが、親しい人のためなら無茶をする男がシグルトである。
 頼り甲斐はあるが、反面危うい。
 
 それに、レベッカだけはシグルトの秘密…身体の不調に気付き始めていた。
 情報収集のプロであり、観察のプロであるレベッカだ。
 
 シグルトの筋肉の付き方は、かなり洗練された戦士のものである。
 しかし、動きが1テンポ遅いのだ。
 眼も意識も先を捉えているのに、動きが伴わない。
 それは老兵の持つそれに似ていた。
 
 それにシグルトはレベッカさえ舌を巻くほど戦い方が巧みである。
 戦術の組み立てに粗が無いのだ。
 シグルトの指揮の下でなら、レベッカはとても安心して戦える。
 助け方も上手いし、能力を最大限発揮できるポジションに誘導してくれる。
 
 あと、戦いに慣れている。
 シグルトはまったく戦いを恐れないが、戦闘狂ではない。
 冷静沈着なほどに冷めていないのに、決断の仕方が歴戦のそれで落ち着いている。
 『ビゾスの書』の騒動のとき、レイスから逃げ出すときの迷いの無さは、若手の戦士に多い無謀さがまったく感じられなかった。
 しかし勝つ必要がある戦いならば、最高の状態で戦えるよう努力を惜しまず、行動もときに大胆になれる。
 
 こんな戦い方が出来るのは熟練の戦士だけである。
 
 局地戦術に長け、その中で生き残る可能性の高い方法を選び、必要なら自分から犠牲にしていく…
 これほどの心に戦士がなるにはどれだけかかるだろうか。
 しかし、シグルトはまだ19歳そこそこの若者である。
 
 だから、レベッカはこの間、盗賊ギルドを通じてシグルトの過去を洗ってみた。
 シグルトは、過去を振り返って語るようなことはめったにしないだろう。
 だから、こっそりとである。
 
 そして、明らかになったシグルトの話。
 
 それは、槍の達人と呼ばれた人物が、生涯最高で最後と見込んで弟子にしたある若者の話であった。
 
 シグルト。
 
 男爵家の庶子として生まれるが、母親は公爵を選出したこともある王家の遠縁で、没落したその家の最後の1人。
 血筋だけなら準王族である。
 
 そして、わずか16歳で王国の戦士たちの栄誉である槍試合で、若者たちの頂点に立った男。
 武芸も優れていたが、誠実で弱者を庇い子供を愛する人柄は兵士や、領地の民から絶大な人気を得ていた。
 
 武勇、血筋、そして性格。
 名前は過去の傑物の名を冠し、絶世の美女と呼ばれた伯爵令嬢と婚約もしていたという。
 さらには涼しげで凛々しい美貌。
 
 聞けば聞くほど、英雄と呼ばれそうな男であった。
 
 しかし、シグルトの不幸は周囲の嫉妬であった。
 
 王国の司教の甥であるグールデンが、シグルトの婚約者に懸想していた。
 嫉妬に狂ったグールデンは、シグルトの周囲で陰謀をめぐらし、シグルトの親友と親友の妹を死に至らしめ侮辱した。
 
 そしてシグルトが最も大切にしていた家族…妹を攫い、シグルトを拘束した。
 グールデンはシグルトの足の腱を切り、その目の前でシグルトの妹を数人の仲間と犯そうとしたそうだ。
 シグルトは怪我をしつつ腕の縄をちぎり、グールデンを殴り殺した。
 
 本来ならどう見てもグールデンに非があった。
 だが司教からの圧力とグールデンの家の強硬な主張で、シグルトは貴族殺しの咎をもって捕縛され、極刑を言い渡された。
 
 だが、シグルトを救ったのは意外にもシグルトと仲の悪かった異母兄ベーオウルフであった。
 グールデンの悪行の証拠をかざし、シグルトが正当防衛であると主張したのである。
 
 結局、シグルトの弁護に王国でも名門の伯爵家、つまりシグルトの婚約者の家が手を回したこともあり、シグルトの罪は『1年以上の国外追放』となった。
 
 怪我を負い足の腱を断たれたシグルトは歩くこともできず、化膿した傷のせいで高熱を出し、何日も生死の境をさまよった。
 回復した後も数々の後遺症でまともに動くことができなかったという。
 そして、シグルトの婚約者は咎人に嫁ぐわけにはいかないということで、シグルトの異母兄に嫁いだ。
 
 シグルトの異母兄は、治療に成功しなんとか歩けるようにまでなったシグルトを、今度は家の名誉のためと追放処分にした。
 
 一度に沢山のものを失ったシグルトは、半年の月日をどこかで過ごし、リューンにやってきたわけである。
 
 そのシグルトが呼ばれていたあだ名は“青黒き稲妻”。
 
 槍の恐るべき使い手で、国の若い男たちの中で最強の男だったという。
 シグルトの師は王国一の槍の達人で、その技量は1人で50人の悪漢を屠るほどだった。
 
 しかし、シグルトの父親はグールデンの家の謀略で、槍試合の最中に事故を装って殺された。
 槍使いのシグルトに対する最高の侮辱であった。
 シグルトは、それを聞いて自分の不甲斐なさを恥じた。
 自らの槍を、槍を捨てる誓いと一緒に父の墓に供えたそうである。
 
 多くのものを失い、シグルトは国を去った。
 
(…18前後の若造が、これだけの経験をしたんだもの。
 
 あの苦笑の裏で、随分歯痒い思いだったのでしょうね)
  
 腱を切られた者が《凄腕》と呼ばれるまでになるのには、どれほどの痛みと苦しみに耐えたのだろうか。
 知らなかったままだったことが、レベッカには悔しく感じられた。
 
(レナータとかいう人を助けるために、シグルトが懲らしめた悪漢はまだ生きてるらしいけど…
 
 見つけ次第、消してやるわ。
 私はシグルトほどお人好しにはなれない)
 
 レベッカは密かに心に誓ったことがある。
 
(…私の家族。
 
 ロマン、ラムーナ、スピッキオ、そしてシグルト。
 私はあんたたちのためなら、もっと汚れたことだって出来るのよ。
 あんたたちは望まないでしょうが。
 
 私はあんたたちの長女なんだからね。
 守るためなら、悪鬼にだってなってやるわ)
 
 レベッカは昔から家族というものに憧れていた。
 両親を失ったときから、泥を啜って組織の中で生きながら、自分に無い家族の愛を探していた。
 
 人肌が恋しくて、男と寝たこともある。
 組織の後輩を家族のように守ろうとしたこともある。
 
 だが、レベッカがやっと得た“風を纏う者”という今の家族は何よりも大切だった。
 
 ラウラに、シグルトはいつ来るのかしらね~と気だるげに言いつつ、レベッカはシグルトのために自分が出来ることを考えていた。
 
「…あのシグルトって奴は見上げた野郎だな。
 
 1人でレナータを守るために身体を張ってよ」
 
 どうやら赤面が落ち着いたらしいマスターが、しみじみと言った。
 
「本当よね。
 
 理由が〝大切な友達だから〟ってのは私も感動しちゃった。
 いまどきなかなかいないわよね、ああいう人」
 
 ラウラも頷く。
 
「でしょ?
 
 自慢の弟ってところね」
 
 レベッカはにんまり笑ってワインをあおった。
 
「…最初はその辺にいるイロモノかと思ったんだよ。
 顔がいい奴だったからな。
 
 それにレナータは美人じゃねぇか。
 
 だけどよ、あの男のことをレナータに聞いたら、まるで違ってたぜ。
 
 レナータにあんな嬉しそうな顔をされちゃぁ、よ」
 
 マスターはまるで自慢の娘のことを考える父親のようだ。
 
「ほら、うちにはまだ子供が無いからさ。
 
 レナータのこと娘みたいに思ってるんだよ。
 私の命の恩人だしね」
 
 そう言うと、ラウラはレナータとの馴れ初めを話してくれた。
 病気で死にそうだったラウラを救ってくれたことを懐かしそうに。
 
「なるほど。
 
 じゃ、私にも恩人だわ。
 女将さんの料理の腕は、無くなってたら涙で夜眠れなくなりそうよ」
 
 そう言ってレベッカはウインクする。
 
「あら。
 
 じゃあ、今夜は張り切って作っちゃおうかしら」
 
 ラウラが陽気に笑うと、お願いね、とレベッカも笑う。
 
「おう、じゃあ漁師から材料を仕入れてくるぜ。
 
 もしシグルトが来たら、ここに泊まるように言ってくれ。
 お前ら2人分ぐらいなら、宿代は取らねぇからよ。
 
 レナータの恩人だ。
 俺の恩人も同然だからな」
 
 そう言うとマスターは、のっしのっしと宿を出て行った。
 
「…なるほど。
 
 あの情の厚さに惚れたか」
 
 レベッカがそう言うと、ラウラが、まぁそれも1つよね、とはにかんで見せた。
 
 
 ラムーナは潮騒の音を聞きながら、砂浜で飛ぶように舞った。
 
 師である黒人の女性が、軽く振ってくる枝をひらりひらりとかわす。
 唐突に足を払われるが、片足の動きだけで体制を速やかに整える。
 
 足元が柔らかな砂地であるのに、その動きには完璧なバランスがそなえられ、硬い地面の上で舞うそれに劣らない。
 
「…素晴らしいわ。
 
 闘舞術の要【幻惑の蝶】。
 【連捷の蜂】とともに使いこなせば、華麗な戦いの舞踏を踊れるでしょう」
 
 師の言葉に、ラムーナの眼が輝く。
 
「この舞踊は、たとえぬかるみでも自在に舞を踊る技。
 
 たとえ回避の姿勢を奪われても、次の瞬間には即座に体制を整えることができるわ。
 呪縛すら除く、回避術の極みよ。
 
 闘舞術は束縛を嫌う自由の技。
 
 タフネスが無くても、敵の攻撃はかわせばいいの。
 
 〝蝶のように舞い蜂のように刺す〟
 
 華麗で素敵な踊りでしょう?」
 
 ラムーナが頷く。
 
「次は難しい技よ。
 
 でも、優しい貴方にはあまり向かないかもしれないけど、本当にいいの?」
 
 不意に曇った顔で、女性は聞く。
 
「はい。
 
 私、どうしても強い力が必要なの。
 それに、この技なら幽霊を斬れるんでしょ?」
 
 かつて戦った夢魔との戦いで思い知った無力感。
 ラムーナはそれを克服したいと思っていたのだ。
 
 真っ直ぐに見返したラムーナに女性はしっかり頷いた。
 
「分かったわ。
 
 でも、この技は闘舞術にあっては異端。
 まじないを用いる、呪(のろ)いの舞踏。
 
 気をつけて練習しましょう」
 
 ラムーナが習得を望んだのは【咒刻の剣(じゅこくのつるぎ)】という技だ。
 言葉と舞踏でまじないを練り、敵に呪詛を刻んで傷が裂けやすくする剣舞。
 まじないは非実体の敵すら斬る。
 
「この舞踏の前には、鋼鉄の鎧を着た戦士も鎧を断たれて血に沈むわ。
 
 でも、呪文に正確に合わせて舞うのはとても難しいの」
 
 ラムーナは真剣な表情で聞く。
 
「本来、闘舞術は自己の身体能力を向上させ、それに強力な一撃を織り交ぜるのが基本的な戦い方よ。
 
 でも【咒刻の剣】は相手の力を奪い、それだけで痛烈な一撃となる技なの。
 完璧に決まれば威力が5割増しなんて言われてる恐ろしいものよ。
 
 特に、血の流れている相手に使った時は、斬った後に血が噴き出すから効果は大きいの。
 
 非力な踊り子が屈強な戦士と渡り合うために使われてきたものだと、聞いているわ。
 多人数で敵を襲うとき、素早い踊り子がこの技を敵に仕掛けその後に他の戦士が攻撃すれば、よほど頑強な敵も倒せるでしょうね。
 
 さて、じゃあさっそく実際の訓練に入りましょう」
 
 そう言うと黒人の女性は呪文を口にしながら、ゆっくりと手に持った枝を振るう。
 
「《刃の精霊、剣の主よ、斬り裂け、断ち斬れ、血潮を出だせ…》
 
 《岩をも、穿つ、咒(のろ)いを…刻め!》」
 
 正確に一句一句ごとにあわせるようにステップを踏みながら枝を振るう女性。
 
 そして、近くにあった岩を軽く枝で叩く。
 一瞬岩に紫色の禍々しい文字が岩に浮かび、しかし即座に消えていった。
 
「この呪文を、一緒に踊ったステップに正確に合わせて唱えるの。
 
 よどみ無く一動作のように合わせて振れば完成するわ。
 呪文と舞踏が一体の技だから難しいの。
 
 呪文は身体に覚えさせて、あわせるタイミングをしっかり確認して確実にステップを踏んでね。
 
 呪文に相手を倒すと言う強い願いを剣先にかけるつもりで、だんだんステップと呪文を速くしていくの。
 相手を剣で断つ瞬間に、剣先に込めたものを相手に染込ませるように流し込むように意識してね」
 
 ラムーナは首肯して、訓練を再開した。 

 
 今日も南海の日差しは眩しかった。
 レベッカがアレトゥーザにやってきて半月にさしかかろうという時である。
 シグルト以外のメンバーはアレトゥーザの『悠久の風亭』に集まっていた。
 
「…レベッカが来てもうすぐ2週間だよね?
 
 シグルトの健脚ならもう4~5日前にはついててもいいはずだよ」
 
 ロマンがイライラしたように、コツコツとテーブルを指で鳴らす。
 
「うむ。
 
 シグルトは誠実な奴じゃ。
 早めにつくことはあっても、このように遅れることはあまりないぞ」
 
 スピッキオがレベッカを見る。
 
「…多分大丈夫だと思うよ。
 
 胸騒ぎがしないもん」
 
 心配そうなロマンとスピッキオにラムーナが微笑んで言う。
 
 レベッカは少し考えたような顔のあと、思い切って切り出した。
 
「もしかしたら、手足の不調かもしれないわ」
 
 一同がレベッカを向く。
 
「話そうか迷ってたんだけどね。
 
 知っちゃったものは隠しておいても後味が悪いし、これぐらいは伝えておいたほうがお互いのためだから話しておくわ。
 
 シグルトは見た目よりずっと手足が不自由なの。
 みんな見たことあるでしょ、シグルトの腕の傷。
 
 足の腱も切ったことがあるらしいわ。
 剣が振るえるのが奇跡よね。
 
 あいつ、そういう弱みは絶対見せないから。
 
 さっき私の方で調べたら、数日前にフォーチュン=ベルに遅れてついたらしいから、もうすぐ着くと思う。
 
 できたら、みんなサポートしてやってね」
 
 仲間たちは別のことで驚いた顔をした。
 
「そうなんだ…やっぱり」
 
 ロマンが唇をかんで言った。
 
「ロマン、おぬしも気がついておったのか?」
 
 スピッキオも知っていた口ぶりだ。
 
「みんな、シグルトのこと気がついてたんだね」
 
 ラムーナも気付いていたようだ。
 
「何?
 
 みんな、知ってたの?」
 
 レベッカが驚いた顔をする。
 
「1年近く一緒にいるからね。
 
 …気がついたのは最近だけど。

 シグルトの靴の踵だよ。
 あんな磨り減り方、普通の人は絶対しない」
 
 スピッキオが頷く。
 
「治癒の秘蹟のかかり方が妙での。
 
 いつかけても直しきれていないような手ごたえがあるのじゃよ。
 わしも最近、おかしいと感じておった」
 
 ラムーナが頷く。
 
「シグルト、本当はものすごく強いと思うの。
 
 でも、病気の人みたいに身体が目線についていってないし。
 朝訓練した後、とっても念入りに手足を揉み解していたし。
 
 練習中に何度か不自然な手足の痺れがおきるみたいだったし」
 
 舞踏と言う運動のプロフェッショナルの眼はより正確だった。
 
「気になって、何度か聞いたの。
 
 シグルト、古傷だから大丈夫だって言ってたけど…
 足の腱って、切られると走ることも出来ないんだよ」
 
 ラムーナの言葉にレベッカが頷く。
 
「私が仕入れた話じゃ、ものすごい名医が治療したそうよ。
 
 でも、普通の生活が出来るようになれば幸運だろうって話。
 
 ああいう怪我をしたやつを何人か知ってるんだけどね。
 普通は杖を使って歩けるかどうかなのよ。
 痛みだって、動くたびに襲うはずよ。
 
 アイツの我慢強さにはいつも驚かされるわ」
 
 シグルトがだらしの無い悲鳴を上げたことは、冒険中一度も無い。
 その禁欲的な態度と我慢強さは、リューンの冒険者でも一番だと噂されるほどだ。
 彼を妬む同業者は“むっつり野郎”などと言うが、“風を纏う者”の一同はシグルトがとても優しい笑い方をするのを知っている。
 
 シグルトが耐えてきた苦難を思い、一同は押し黙った。
 
 そこにひょっこりと盗賊風の男が入ってくる。
 
「よぉ、レベッカにそのお仲間さん」
 
 一同がそっちを向く。
 アレトゥーザの盗賊ギルドの幹部、ファビオだった。
 
「…今噂してたシグルトがアレトゥーザに入ったぜ。
 
 とても今みたいなひでぇ状態とは思えない足取りでな。
 
 遅れたのは、人助けしてきたからだ。
 途中、盗賊に襲われそうになった商隊を助けてやったって話よ。
 
 あの兄ちゃん、根っからの英雄様みたいだぜ。
 
 あと半時もすりゃ、ここに来るはずさ。
 いま、商隊の長に礼を言われてる最中だからよ」
 
 一同の肩から力が抜けた。
 
「ありがとね、ファビオ。
 
 今度、珍しい土産でももってくわ」
 
 レベッカの言葉に、いいってことよ、とファビオは笑って去っていった。
 シグルトが着いたら知らせるよう、レベッカが頼んでおいたのだ。
 
「…さて、もうじきうちのお人好しのお兄ちゃんがお帰りよ。
 
 心配させたんだから、今日はアイツの奢りよね」
 
 レベッカのほっとしたような口調に、一同はにこやかに頷いた。

 
 
 後編で御座います。
 
 ここ数日、仕事やら義理やらで何かと忙しくてなかなか書く時間が取れず、悶々としてましたが。
 
 ついに、ついに魔剣入手です。
 頑張って永久魔剣を目指しますよ。
 
 シグルトの過去ですが、何れ機会を見てブリュンヒルデや妹も出そうと思っています。
 ブリュンヒルデは貴族一の美女と名高い令嬢です。
 
 シグルトの異母兄、ベーオウルフの名前登場です。
 シグルトの親父は神話や伝承のマニアで、兄ちゃんも英雄の名前をもらっています。
 槍使い当時のシグルトほどではないのですが、剣の腕は今のシグルトより強い、王国の若手でも一流の戦士です。
 性格にやや難があり、いつもシグルトと喧嘩していました。
 
 
 今回ラムーナがスキルを2つ習得です。
 念願かなった感じですが。
 
 これで次回からいよいよアレトゥーザ編の大きな転機になります。
 
 いっそうバトルの描写に頑張りますね。
 
 Martさん、とりあえずこっちはセットアップ完了な感じですよ~
 
 
 というわけで、前回からのアイテムやら報酬やら。
 
 
『魔剣工房』
 
・【金鉱石】売却(+500SP)
・【碧曜石】売却(+1000SP)
 
 工房内でブレッゼンと友好イベント。
 
『搾取の村』
 
・使用【薬草】
・使用【治癒の軟膏】4回
 
・【風疾る利剣】習得(-1400SP)シグルト
 
『魔導都市マサカ』
・【サクランボ酒】(-100SP)
 
『自由都市グラード』
・【ブドウ酒】(-50SP)
 

『魔剣工房』
・【サクランボ酒】
・【ブドウ酒】

 
『魔剣工房』再来店
 
 ハリーイベント勃発
 
・【盗賊の閃き】
・【緑曜石】 
 
・【緑曜石】(売却+1000)
 
・【バロの眼鏡】
 
 打ち直し無料。【アロンダイト】預ける
 
『希望の都フォーチュン=ベル』
 
・材料費-600SP。
・葡萄酒、解毒薬使用
・【治癒の軟膏+】
・【聖別葡萄酒+】
 

『硝子月』
 
・使用【治癒の軟膏】一回(使いきり)
 
・【宝石】×2(1個はシアの養育費で倉庫に)
・【宝石】×2(1個はシアの養育費で倉庫に)
 
・【月喰らい】(倉庫に)
・【濃霧の舞】(倉庫に)
 

『魔剣工房』再来店
 
・【アロンダイト(魔剣版)】(シグルト)
 
 
『碧海の都アレトゥーザ』
 
・【幻惑の蝶】(-1000SP)
・【咒刻の剣】(-1400SP)
 
 …長~ 
 
 
◇現在の所持金 1601SP◇(チ~ン♪)
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コメント
 こんにちは。

 あちゃあ、イラスト描いたりザベリヤ村でもたもたしているうちに先にアレトゥーザ入りされてしまいましたね。こっちが先に入ってゆっくり技能習得させようと思ったんですが…。思ったよりザベリヤ村編が長引いています。ザベリヤ村から凱旋したらすぐにでもアレトゥーザに向かいますね。ウチのユーグが今回の件でどうしてもファビオに会いたいそうなので。

 シグルト、相変わらずいい男ですね。カッコイイです。あれで19歳なんですよね。槍と剣では使う筋肉が異なりますし剣の方でも頑張って欲しいです。

 そういえば南方系の女性、まだ名前が無かったんですよね。『碧海~』から急に店主になったものですから…。考えておいた方がいいですか?

 いずれにせよこちらも頑張りますね。Y2つさんは最近お忙しそうだったので、Y2つファンの方には申し訳ないですが、少しゆるりと待っていてくださったら嬉しいです。
 
 ではでは失礼いたします。
【2006/08/01 16:37】 | Mart #WkyY9OVg | [edit]
こんにちは。m(__)m
アロンダイトとうとう魔剣になりましたね!!
もう、こっちまで嬉しくなってしまいます!!
それにしても、風を纏う者の皆さんは悲しい過去にも負けずに頑張っているので読んでいて私も、頑張らなくちゃ!と思ってしまいます。
私は、最近本格的な冒険が出来ませんが、何十年たってもCWはやめないと思います。

咒刻の剣って斬りつけられたら血が大量に出て、凄く痛そうなイメージがあります。

海虎の牙撃と獅子心剣を組み合わせると強い敵を1ターンで倒せたりするので楽しいです。

暑い日が続きますが、頑張ってください

それでは、失礼いたしますm(__)m
【2006/08/03 18:10】 | らっこあら #mQop/nM. | [edit]
 お二人ともいらっしゃいませ。
 
 すっかりリプレイをさぼってました。
 ひと段落させたら安心しちゃって。
 
 そのかわり、別の方がそこそこ進みました。
 水面下でごそごそやってたものが、そろそろ公開できるかもしれませんが。
 
>Martさん
 
 シグルト、かっこよく書いてますが、実は容姿も血筋も、彼がすごいことを強調したいためではなくて、周囲の嫉妬心や理不尽を強調したいがためにそうしてます。
 平凡なキャラクターはそれはそれで魅力的ですけれども、個性が立たなくて表現し難いですし、かといって悪人は敵にごろごろしてますし。
 なんとなくそんな感じでシグルトが生まれました。
 
 私はかっこいい主人公ではなく、かっこよくなる主人公を描きたいです。 
 
 あのアレトゥーザの踊りの師匠、名前は知りたいです。
 是非教えてください。
 特にラムーナと言う闘舞術の申し子がいるうちのパーティでは、まだまだお世話にならないといけないので。
 
 
>らっこあらさん
 
 魔剣です。
 まだ永久じゃないですが。
 
 おそらくシグルトの戦い方には絶対必要な相棒です。
 絶対永久化させたいです。
 
 私はCWを続けて三十路を越えましたが、止める気はまったくありません。
 書きたいシナリオがいっぱいありますし、OSが変わってもエミュレータなり使ってずっとやりたいですね。
 
 【咒刻の剣】、ダメージ1.5倍はすごいです。 このスキル、スキルチェッカーでは半分程度のレベルですが、弱いとは感じられません。
 防御ダウンはもう少しグレードが高い効果だと思います。
 このスキル、闘舞術の異端児です。(ほかが向上形ですが、下げるほうですし) 
 【海虎の牙撃】も強力です。
 
 【獅子心剣】とのコンボもすごいですが、固定ダメージが大きいスキルと組ませれば低レベルでも大ダメージを狙えたり。
 
 使い方の特集とかやりたいですね。
 
 
 ちょっと盆明けまで忙しいですが、ぼちぼちやりますので、よろしくお願いします。
【2006/08/05 00:06】 | Y2つ #TIXpuh1. | [edit]
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【2006/08/11 10:40】