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『碧海の都アレトゥーザ』 荒波の啓示

2018.01.28(23:35) 436


 他の仲間たちが様々な邂逅をしている頃…
 スピッキオは都市の聖海教会を訪ね、担当の司祭と話をしていた。

 アレトゥーザの聖海教会は、この都市国家の象徴とも言える大運河に面して建てられている。

 聖海教会の教義は聖北教会に近しいものだが、異教の神すらも聖人として迎え入れ、土着の宗教との共存に成功したことが最大の特性と言えるだろう。

 南海近郊では古より数多の神話があり、様々な神々が混在していた。
 異教同士がそれぞれの神の神格を吸収し習合することは、昔から当たり前に行われてきたことだ。
 性格の似た神々が「同じ神」として扱われたことも多々ある。
 
 戦女神であり戦略と叡智を司るミネルヴァや、海神として信仰されてきたネプトゥネスなどは有名で、これらの神は時に精霊とも同一視され、古くからこの地で崇められてきた。

 古き神が聖海教会における聖人だというだけならば、それは単なる信者を集めるためのつじつま合わせにも見える。
 だが、聖海教会で使われる神聖術にはそれらの聖人から力を借りるものが実在し、歴史的にも『ネプトゥネスの悔悛』のような歴史的な事件で、神が聖人として扱われるようになった明確な事例なあるのだ。
 すなわち多神教の神や精霊といった超越的存在までが、「一つの神の教えに帰依する」ということであり、これは『聖祇混淆(せいぎこんこう)』とも呼べばよいだろうか。

 聖海教会は斯様に独特な歴史を持つためか、寛容に土着の文化や精霊信仰とも協調ができる反面、常にその混沌とした教義を巡って論争が絶えない。

「ふむ、マツォーニ司教がこちらに。
 あの方は枢機卿に推挙され、次期法王に…という噂もあったほどの傑物じゃが、あまりに異教や異文化に対して潔癖すぎる。
 保守派の権勢が高まりそうじゃ。

 わしのように異教や異文化の者とも親和を望む立場の者は、肩身が狭くなりそうじゃの」

 旅先で得た情報を話しながら最近の教会情勢を確認し、スピッキオは細い目の上にある太い眉をぐねりとさせて困ったように溜息を吐く。

 教会は明確な縦社会である。
 そのヒエラルキーの形から、司祭職を務めるものにとって、上司にあたる地元教区の司教の就任は大きな影響を受けるのだ。

 スピッキオは元修道士であるが、正当な司祭職である。
 彼のような僧職についている冒険者はまれであった。
 
 修道士出身の司祭もいるが、そういう連中はほとんどが「修道院で修行してきた」という何かしらの〈箔〉を付けたいだけの俗物だ。

 修道士だった頃のスピッキオは、修道院内における役職はあったが教会組織の聖職者ではなかった。
 神聖術を使う才能はあったが、これらが使えるようになったのは司祭に就いてからである。

 地位や欲を嫌って修道士として生活する者は、僧侶としての実権や地位を疎む人間が多い。

 修道院の聖職制度は独特であり、多くの修道士は修道宣言して俗世から完全に隔離される立場から聖職者としての位階は持たない。
 世俗の人間が一次的に信仰と潔斎を保つ場所としても使われるのだが、階級制度を含めた世俗のしがらみから離れ、祈りと労働と清貧の日々を送ってその一生を終える。

 ただ、修道士たちにも信仰の儀礼や祭祀を行うのに聖職者の存在が不可欠であり、修道院の院長にはそれらを行う資格が求められた。
 儀礼と祭祀を行うため正式な資格を持った聖職者が修道院長として選ばれることが慣例なり、修道院の外、教会組織から聖職者として派遣されてくることが多くなっていた。

 スピッキオは商家に生まれたが、立派な体格に生まれたものの争いを嫌う性格だったため、騎士にはならずに早くから修道院に入って禁欲的な生活をしてきた。
 労働に適した屈強さを持ち、生真面目で聡明な努力家である彼は、修道司祭に就任した前修道院長に気に入られてその随身(側近)の長となり、実質修道院の差配を行うほどの立場となる。

 だが、自分を引き立ててくれた修道院長が老衰で亡くなると事態は一変した。
 新しく派遣されてきた修道院長との確執が生まれたためである。

 修道院にいた頃のスピッキオは【祈祷派】と呼ばれる、祈りと清貧を持(たも)つことを信条とした派閥に属し、同じ派閥のトップであった前修道院長のからの薫陶を強く受けていた。

 新しい修道院長は学僧(神学や学問を重んじる僧侶)タイプの人間で、修道院を学僧の養成所として改革しようとしていた。
 当然方針が合わず、スピッキオを中心とした【祈祷派】と新しい院長を奉ずる【神学派】は対立してしまう。

 頑なな【祈祷派】を切り崩すため、新院長はとある司教を通じてスピッキオを階級ある僧職に推挙して、修道院に「いられなく」する手段を採った。

 スピッキオの属した修道院は、スピッキオを推薦した司教の援助を受けており、しかもその司教はどうしようもなく善人であった。
 スピッキオを追い出そうと画策した新しい院長が、スピッキオの長きに渡る修道生活と徳を褒め称え、修道院に埋もれさせるには惜しいと話を持ちかけ、その善人の司教は使命感と期待からスピッキオを司祭へと推薦したのである。

 自分に期待してくれる司教の好意を無下にもできず、そのまま用意された教会に就任するはずだったスピッキオであるが、新院長の思惑通りになるのを嫌い、布教巡礼の旅をしたいと申し出て修道院を出た。
 名目上は修行を終え、司祭の任に就いてから、身を清めるために巡礼に旅立ったことになっている。
 
 事実、スピッキオはアレトゥーザから程近い町にある教会に、司祭としての席を持っていた。
 教会にはもう1人やや若い司祭が居り、助祭が2人、他にも侍祭や尼僧が複数在籍する比較的大きな教会だ。
 その気になれば、いつでもその教会を自由にできるだけの権限を、属する教区の司教から与えられている。
    
 最初はスピッキオも、司祭職を返上しようかとも思っていた。
 しかし、この地位だからこそ救い導ける者もいることを、クレメント司祭に出会って教えられ、今のままなのである。
 それに僧職を辞めて還俗したところで、おそらく自分を追い出した新院長の思惑通りになってしまう。
 頑固で無欲なスピッキオが、還俗して聖職から離れることを期待していたふしがあるのだ。
 
 不意に僧院にいたときの癖で自分の頭を撫で、生えた髪の感触にさらに渋い顔になった。
 修道士時代そのシンボルともいえる剃髪(トンスラ)にしていた頭には、旅の間にすっかり髪が生えてしまっていた。

 修道院はさまざまざ意味でこの時代に恩恵を与えている。

 命がはかない時代には、それだけ多くの子供が生まれ、成人になる前に死ぬ。
 貴族も平民も多くの子を成し、戦争や病気で親が死んだり子沢山で養えなくなった場合、子供は孤児院や修道院に預けられる。

 紙も筆記具も高価なため知識を学ぶには多大な資金を要し、一般人は字も学べない。
 修道院では修行の一環として、祈祷の聖句や聖人の言葉を数多く模写し記録しているため、字を学ぶことができる。

 宗教施設ということで所属する国からは税金・労役・兵役といった義務をある程度免除され、治外法権を所有していることも多く、教会組織からの保護もある。

 自給自足で食料を賄うことができれば、修道士は飢えることもなく仕事があり、学ぶことができるのだ。

 修道院で学んだ者はそのまま神学者や研究者として、静かに一生を終えることがほとんどであった。

 スピッキオの所属していた聖アンティウス修道院は、聖海教会のな聖人の一人である聖アンティウスの影響を受けた修道士が創始した、「崖海の修道院」とも呼ばれる古い僧院である。

 聖アンティウスは、神への信仰をを守るために崖の上に石の庵を築き、一生のほとんどを祈りと労働と清貧に捧げ、草木だけを食べながら人々が邪な者から守られるように祈り、神から守りの加護を授かったという聖人である。

 ある時、強力な守りの御業のことを知った時の権力者が、戦争にそれを用いることを思いつき、従軍の命令を下した。
 それを聖アンティウスが拒絶すると、怒った権力者は庵に薪を積んで見せしめに蒸し焼きにしようとした。
 聖アンテイウスは神に祈り続け、立ち上る煙とともに天に昇り、彼を焼こうとした権力者はその領地ごと…聖ネプトゥネスの怒りによって津波に圧し流されたという。

 聖アンティウスは自分を慕う信者たちに「権力者が去るまで高い崖の上にいなさい。断崖絶壁が悪意の波を拒絶するように、あなたたちを守ってくれるでしょう」と助言し、それに従った信心深き者は全て命が助かった。

 聖アンティウスの最後の祈りで大地は塩害も無く、彼が教えた薬草と海産物の知識によって信者たちは食糧難乗り切って生き延び、聖人の威光を偲んで断崖の上に石の僧院を建築したのが、聖アンティウス修道院の始まりとされていた。
 
 スピッキオの守護聖人もまた、聖アンティウスである。
 修道士であった頃のスピッキオは、自身の守護聖人の影響で生まれた聖アンティウス修道院に特別な思い入れがあり、そこで生涯を祈りと労働と清貧の信仰生活に捧げるつもりであった。

 今では司祭になり、還俗同然に冒険者となっている。

(東方に【縁】という考えを持った知恵を重んじる宗教があると聞くが、実際に旅をしてみればそういった異教徒の教えにも明確な真理があることに気づく。

 本来わしらの信仰において、知恵は楽園から人間が追放される元となった原罪なんじゃがの。

 今の修道院長はその知恵に傾向し、ただ祈りと信仰を求めておったわしは、修道院からていよく追い出されて、冒険者と歩む中に信仰の本質を感じておる。

 神のなされることは、なんとも深淵じゃの)
 
 聖職者も人間であり、信仰に葛藤する。
 スピッキオもまた、修道院を追われる時にその不幸を嘆き、巡礼の旅で残酷な現実を見分して煩悶したものである。

 司祭との話を終えたスピッキオは許可をもらって、乱れた心を鎮めるため、静かに祈ることにした。

 元々祈祷を主に生活してきた身である。
 どれだけ長く祈ろうとも、苦にはならない。

(聖アンティウスよ。

 どうかさらなる信仰心と、愛しき仲間たちを守る力をお与え下され。
 そして、これから訪れるであろう試練に、打ち勝つ力をお与え下され。

 主よ、導き賜え…)

 目を閉じ強く祈ると、不意にスピッキオの脳裏に崖に打ちつける荒波の幻視が浮かぶ。
 崖の上には後光を纏った優し気な老人が座り、スピッキオに微笑みかけていた。
 老人はその手で聖印を切ると、荒波を指差してから胸元に抱くように手を動かした。

《荒波は試練にして、汝の道を守護する聖別の儀なり…》

 脳裏を焼くように、老人の発した言葉がスピッキオを打ちのめした。
 これこそ正しき聖職者がまれに授かる、聖人からの啓示(レベレーション)であった。

「おお…おお…、なんと…」

 荒波は戦いに満ちた、残酷な世界そのもの。
 絶え間無き波のように、理不尽が待つということ。
 岩の崖さえ打ち砕くそれを、しかし正しく信仰心に変えたのならば…
 それは堅牢に己を守る、信念へと転じるのだ。

 それを理解した時、スピッキオは求めた力を授かっていた。

「主よ、聖アンティウスよ。
 感謝致します。

 受けた啓示を、そして授かったこの御力を…
 必ずお役に立ててみせます」

 啓示を受けたスピッキオの様子に周囲の司祭たちが騒ぐ中、変化の荒波に翻弄されてきた老人の心は、凪のように穏やかであった。



 ほぼ書下ろし、スピッキオのエピソードです。

 聖職者の受ける啓示ですが、本当にこんな感じの抽象的で幻想的なものが多いです。
 それは、見た者が感性で全身で受け取るために、とても比喩的で感覚的なヴィジョンになるのだと思います。

 宗教というものは、信仰心があればあるほど現実とのギャップに葛藤して悩むものです。
 悩まないならば宗教ではありません。
 悩み抜いて逸脱し、その先に答えを見つけて心の安息となる真理を得るわけですね。

 この特性故に、悩みからの救済、すなわち心を救わないものは宗教ではありません。
 迫害するために行うのは宗教ではなく利益や感情を発端とした業だと思われます。

 ええと、宗教はまるで違いますが、私も一応本業が聖職者にあたるものでして。
 宗教的な体験というやつは、受けてみないとわからないものかもしれません。
 描写的にはそれほど間違ってないかなと。

 この話に宗教的啓蒙の意味は全くありませんので、宗教を題材に話を作るなら、こういうもんだよ程度に。

 スピッキオは、ラムーナと並んでエピソードが書き難いキャラクターです。
 純聖職者というのがまた…

 スピッキオは教会の責任者で、しかも部下のいる結構高位の司祭です。
 アレトゥーザの司祭とも同格ぐらいで、年功序列的には敬意を示してもらえるぐらい。
 司祭位の高低は神聖術の実力だけで決まるわけではありません。
 持っている神学の知識や、今までに積んだ徳や行いも加味されます。

 そんなスピッキオですが、冒険者になってる音自体かなり特異な状態なんですね。
 まぁ、奉仕活動に一生を費やしたり、布教伝道の度をした聖職者もいるわけですから、こんな旅の坊さんもいるよってことで。

 今回は聖海教会の教義的なことを話題にしてみました。
 『聖祇混淆(せいぎこんこう)』は神仏混淆を参考に生み出した造語ですが、聖人と神祇の習合って意味で、それほど的外れじゃないんじゃないかなと。神ではなく祇(氏神とか土地神の意)の方を使ったのは、聖北教会系では神とされるのは唯一神のはずかな、ということで。

 アレトゥーザを作られたMartさんとは多神教の神々と精霊に関してその昔けっこうたくさんお手紙をやり取りしました。
 実際に南海のモデルである地中海のイタリア近郊でもローマがあって、ローマの神々も他の土着信仰の神様と習合しまくっていました。
 たしか『カンピオーネ』というラノベでこのあたりに関わりそうなことをお話の主軸にしていましたが、神様って割とざっくばらんにごちゃ混ぜにされてたりします。

 キリスト教というか、アブラハムの宗教で信仰されるヤハヴェ(エホバ)も、元々はウガリットの軍神であり、カナン地方の山の神だったのが、他の神々の性格(父神であるエルや当時熱烈に信仰されていたバアルなど)を神格に習合しているようですし。アベルの捧げた生贄を喜ぶとか、他の神を信仰する民に妬むように怒ったりとか、独特の性格はそれらを垣間見させます。まぁ、ぶっ飛んだ考えでは阿弥陀如来の性格や、日本の天御中主命なんかとごっちゃに考える新興宗教なんかもあるみたいですね。
 こういうことを書くと「そんなはずはない!」とか宗教談議になってしまうので、あくまでも「そんな歴史的な考えもあるんだよ」程度に。割と信仰に関しておおらかな日本だからこそ許される話題かもしれませんが。(汗)

 今回出した聖者アンティウスに関しては、また何かで出そうと思います。
 聖アンティウスのエピソードは、それっぽい修道士関係の聖人の伝説を参考に、それっぽいのを考えてみました。
 聖者の話を紐解いてみると、これと似たような話は山ほどあります。
 私が参考にしているのは漫画の『修道士ファルコ』なんかなんですがね~

 そして、スピッキオはこの話を経てスキル【聖別の法】を習得ということになります。

 【聖別の法】はアレトゥーザでも私がイチオシするスキルです。特集したりもしました。
 【魔法の鎧】と比べてしまうと完全にその劣化版なので、あんまり重視してない方もいるようなのですが、低レベルの時に防御力+5の10ラウンドはものすごく強いです。まさに低レベル限定で旬なスキル。
 【魔法の鎧】と比べるのは、サラマンダーと【火の玉】を比べるようなもの。最近作った『防具屋』なんかでも話題にしてますが、カードワースの生命力事情はシビアなので、確実にダメージ減少できるスキルはそれだけで貴重なのです。
 それに、持ってるとお得なことがあるかもしれませんよ。

◇習得スキル
【聖別の法】-600

 残り資金:1317SP

 次回以降また本筋に戻ります。

 〈著作情報〉2018年01月28日現在
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2017年11月1日リリースされたCardWirthPy 2.2 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。

 リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 『碧海の都アレトゥーザ』はMartさんのシナリオです。現時点ではVectorで配布されています。
 シナリオの著作権は、Martさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer1.22です。 
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