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『聖なる遺産』

2018.04.28(21:21) 443

 街道での仕事を終えたシグルトたちは、当初目的としていたリューンには行かず、東に戻ってポートリオンに向かった。
 リューンに面した街道がある領地の隣で農民の大規模な反乱が起き、それに教会の騎士が加わって街道の関所の通行が難しくなったのだ。 
 
 新港都市ポートリオンは、交易の盛んな新しい都市だ。
 この都の倉庫街には、各国の名産品を取引する商人がおり、レベッカが手に入ったものを換金しようと考えたのだ。
 
 ちょうど香辛料の値が上がっていた時で、手持ちの【森黄】とともに商人に見せたところ、銀貨三千六百枚という大金になった。
 
「笑いが止まらないって感じよねぇ~♪
 
 大きな仕事数回分ぐらい、儲かったわ」
 
 財布の中には、すでに銀貨が四千枚以上貯まったのだから、レベッカが上機嫌なのも頷ける。
 
「どうせなら、一緒に手に入れたあの酒も売ればよかったんじゃないか?
 
 ここで売れば銀貨二千になると、さっきの商人が言っていたぞ」
 
 街道沿いの村で報酬として手に入れた地酒の【フォレスアス】。
 酒好きには垂涎の品であり、大変高額で取引きされていた。
 
「ふふ~ん、分かってないわね。
 
 お酒の類はもっと上手な使い方があるのよ。
 貴族に取り入ったり、珍しい酒を蒐集するコレクターに売ったりね。
 
 場合によっては、とんでもない貴重品と交換できるかもしれないわ。
 
 香辛料と木の実を売ったお金で十分稼いだし、無理に売らずに取っておくべきよ」
 
 レベッカの言葉に、そういうものか、とシグルトが呟いた。
 
「他にもデオタトから譲って貰った品物を売ったら、それなりの路銀も確保できたわ。
 
 2日ばかり羽目をはずして休んでいっても、平気よ」
 
 十分な蓄えが出来た途端、レベッカはいつものように怠惰になっていた。
 だが、彼女のここ数日の頑張りを思うと、シグルトも仕方ないだろうな、という気持ちになり、いつものように苦笑して頷いた。
 
「それなら、俺はもう少し自分にやれそうな仕事をやってみるよ。
 レベッカはしっかり休んでてくれ。
 
 実は、先ほどお前と商人が交渉している時、使いの者が来てな。
 
 旧知の貴族殿から揉め事の調停をしてほしいという話しだ。
 俺一人への依頼みたいだから、可能ならやってくるよ。
 報酬も期待できるが、それ以上に彼の御仁からバックアップが得られれば、いざという時に大きな力になる。
 
 この手の仕事を断るのはリスクも大きいし、な」
 
 シグルトが羊皮紙に書かれた依頼書を、懐から取り出す。
 その紋章を見てレベッカが目を丸くした。
 
「それ、ヴェルヌー伯の紋章じゃないっ!
 
 あの女伯爵からの依頼なんて…」
 
 ヴェルヌー伯イザベルは、女性でありながら爵位を継承したという有名な貴族である。
 依頼書によると、シグルトがポートリオンに来ていることを聞き知って、是非にということらしい。
 
「その昔、北方諸国に大使として来た女伯との面識がある。
 彼女が俺の祖国に滞在する間、話す機会も得てな。
 何かと目をかけて下さった。
 聡明で面倒見の良い方だ。
 
 俺が西方に流れて来たと知って、機会があれば呼ぶつもりだったらしい。
 誠実な方だから、悪質な依頼にはならないはずだ。
 
 とにかく会ってくるから、そうだな…どんなに遅くても20日後にはアレトゥーザで、直接落ち合おう。
 場所はいつもの『悠久の風亭』だ。
 
 どんな依頼か分からないから、時間は多めに取っておいた方が好いだろう」
 
 分かったわ、とレベッカが路銀として銀貨千枚をシグルトに預ける。
 
「このお金や、稼いだお金は自由に使っていいわ。
 
 出稼ぎしてるんだから、それぐらいは特権よ」
 
 大切に使うよ、とシグルトは金を受け取り、その日のうちに北へと旅立った。


 シグルトとヴェルヌー伯イザベルが知り合ったのは数年前。
 ヴェルヌー伯が国王の命で北方諸国への親善大使として、シグルトの祖国に立ち寄った時である。

 ヴェルヌー伯が親善大使として選ばれた背景には、女性で伯爵という貴族的に見ればやや珍しい立場にあった。
 外交や社交に関して、男よりも女性の方がよいという理由である。

 事実、ヴェルヌー伯イザベルは誠実な性格で女性にしては優れた胆力を備え、西方諸国の社交界でのコネクションも豊富で、かつてゼーゲ十字軍で活躍した英雄を父に持つ。
 無事に北方親善大使の役目を果たした彼女は、帰国後にその地位を確固たるものとしたのである。
 
 イザベルの父が参加した十字軍遠征は、伯爵家において大変な名誉だ。
 しかし代償も大きく、イザベルの2人いた兄は相次いで戦死。
 先代の晩年に後妻の子として生まれたイザベルのみが正当な爵位継承権を持つという、複雑な事態に陥っていた。
 十字軍遠征による戦費調達のため裕福な商家に降嫁して、嫁ぎ先から実家に援助を獲得した姉もいたが、父親の身分が貴族ではないために、その姉の子の爵位継承はできなかった。

 中位から上位の爵位を持つ貴族の家は、何よりも血統を重んじる傾向がある。
 【青い血】…庶民とは別の血が流れるということが、貴族のステータスなのだ。

 貴族でも最下位の騎士爵(正しくは五等爵に含まれないため正式な爵位ではない)や男爵に準じる準男爵は一代貴族に与えられる名誉爵位的な意味が強く、法衣貴族と呼ばれる領地の無い称号的爵位として扱われることが多い。
 そもそも国王が貴族を領地に封じる場合、割り振られる領地には限りがあり、貴族とは「増え過ぎてはならないもの」なのだ。
 
 単純に功績をあげただけではまず貴族にはなれない。貴族家の養子になって〈格を上げて〉から結婚する例もあるが、そういう背景は徹底的に調べられ、正当でない血筋とわかれば貴族同士の婚姻に障害となる。
 そんな特別な階級と付き合えるようにするために名誉爵位があり、戦争などで断絶した領地に封じる新しい貴族を選ぶ場合、様々な格・血統が考慮された上で決定されるのだ。

 これらは複雑化した貴族の慣例では絶対ではないが、常識として重んじられる。

 イザベルが女伯となるには、血筋は全く問題なかったものの、その性別が妨げとなっていた。
 明確な差別基準がある貴族社会とは男系の継承が主流であり、男尊女卑が当たり前であった。
 
 親戚や隣接する領地の貴族は女が爵位を継ぐなど言語道断と、強引にイザベルへの縁談を持ち込む貴族が押し掛け、お家騒動となりかけた。

 だが、イザベルは王家と世話になった聖職者を通じて爵位があるうちは独身を通す宣言をすると、遠縁の貴族の次男を養子として迎える条件で後ろ盾を得て襲爵。
 立場上は養子が成人するまでの間、つなぎとして爵位を持つ形に収めたのだ。

 なぜ結婚しないか、という点は婚姻でできる外戚の悪影響を抑えるためである。
 養子にする予定の男子は祖父の妹の曾孫になり、家柄は格上の辺境伯家。しかもイザベルが伯爵になった時寄親となって支援してくれた家で、血筋的・家格的に問題が無いというものだ。

 貴族の婚姻は血統を守り高めるためであり、逆を言えば余計な血を入れないことも大切である。
 有象無象の影響を断ち切ることでより近しい親族の血統を保護し、後々生まれやすい厄介な後継者争いにおいて他家の口出しをさせないために、主流が同じ血統で派閥を作って固めるのもまた貴族の常識であった。
 貴族同士で親族婚が多いのも、貴族の子孫が増えることで分家と領地の割譲が多発して勢力を衰退させる悪循環が起きないため。
 かように貴族の婚姻とは複雑なのである。

 イザベルは、爵位継承に乗じて領土拡大のための戦争を始めようと画策していた近隣の貴族たちを、それによって国力が落ちることを嫌っていた王家まで巻き込む形で掣肘し、家を守った女傑であった。
 彼女の北方親善大使就任は、面子を潰された他の貴族が復讐のために画策するのを王家と寄親の辺境伯家が抑え、伯爵家の内情が落ち着くまで「重い役目を与える」ことで北方に逃がして時間稼ぎする目的もあった。

 王名による親善大使を害すれば、王の面子を潰すことになる。どの貴族もそんなことはできない。
 役目を終えて戻れば、その功績で賞されたイザベルは伯爵としての地位をより確固たるものにできる、というわけである。

 無事襲爵して、うまく北方に出立したイザベルは1年ほどかけて北方諸国を回り、シグルトの故国に立ち寄った時、とある伯爵家がその歓待を任された。
 その家は当主が病床にあり、伯爵の一人娘がイザベルの面倒を見ることとなる。
 彼女の名は、ブリュンヒルデ。シグルトの元婚約者であった。

 イザベル逗留の間、館の護衛として婚約者と一緒にいたシグルトは、その時イザベルと知己になった。

 ブリュンヒルデは病床の父に代わって伯爵家を差配する女主人であり、イザベルもまた女性の身で伯爵までなった。
 2人は互いに似た苦労をしていたためかすぐに意気投合し、親しく交流することになったのである。

 イザベルは伯爵に襲爵すると、普段は奇っ怪な仮面をかぶって顔を隠すようになった。
 色恋を断つためという方便であったが、本当は情が強く顔色が変わりやすいのを隠蔽するため。
 貴族の社交において腹芸やポーカーフェイスとは、そのぐらい大切なものである。
 元々女伯というある意味「色モノ」であったイザベルは、さらに奇抜な格好で周囲の度肝を抜きながら、社交の武器としたのだ。

 婚約者と別離し、冒険者となった己の数奇な運命を感じたせいだろうか。 
 ヴェルヌー伯爵の領地に到着すると、シグルトは女伯のことを思い出して微妙な表情になった。


 領主の館がある街を囲む城壁の門に向かい、どこか緊張したような門番の衛兵に呼び出しの手紙に付属されていた通行証を見せると、衛兵は何度も通行証を見返し貴族に接するように頭を下げると、シグルトにヴェルヌー伯爵の館の場所を教えてくれる。

「お客人様。

 現在、当地には【御堂騎士団】の方々が逗留されています。
 その宿にはかの騎士団の旗がありますので、くれぐれも騒動の無いようにお願い致します」

 シグルトの片眉がピクリと跳ね上がった。

「それはタイラン派の息がかかった御仁か?」

 シグルトが問うと、衛兵は「ああ分かってらっしゃる」という風に少し安堵した表情で深く頷いた。

「…了解した。
 
 このまま直接伯爵邸に向かわせてもらおう」

 深く頷き返すと、口元を戦争に向かうかのように引き締めたシグルトは、足早にその場を去った。


 歴史上宗教組織が武力を持つことは多い。
 信仰を礎とする武力団体は、目的のために頑なである。

 悪名高き【御堂騎士団】と呼ばれる組織がある。
 元々は厳しい規律と財産を持たず組織のために奉仕する崇高な騎士団であったが、権力者の介入によって徐々に歪められていった。

 一部の狂信的な権力者がバックボーンとなり、時に信仰のためと称して過激な活動を行い目的のために恫喝と暴力行使を辞さない派閥ができるに至って、【御堂騎士団】は諸国に恐れられるようになった。
 過激派の【御堂騎士団】が活動の根幹としてよく行うのが、〈聖遺物の保護〉を大義名分とした略奪である。

 【聖遺物】とは列聖された聖人の遺骸や所持物で、それ自体に奇跡を起こす力が宿っているとされる。

 十字軍に遠征した名高い騎士は、遺骨を仕込んだ武器、遺髪を編み込んだ防具、聖人が殉教した時に身に着けていた聖印などを身に着けていた者も多く、実際に奇跡が起きたという話も多い。
 癒しなどの利益をもたらす【聖遺物】は、安置した教会にたくさんの参拝者を呼び込み莫大な利益をもたらす。辺境にあって聖遺物を祀った教会を中心に巨大な都市ができた事例もある。
 時の権力者たちは聖遺物によってもたらされる富のため、それを激しく奪い合った。
 【御堂騎士団】は複数の聖遺物を確保することで組織として大きくなってきた背景があり、現在では「聖北教会最強の暴力」とまで呼ばれるようになった。

 シグルトの故郷にも聖北教会の横暴な組織があり、「神が創造された純粋な人間ではない」亜人の排斥と教会による統治を掲げ、暴虐の限りを尽くした。彼らは異端とされた者は天国に行けないように首を切り落として、墓に埋葬することも早々も許さない組織のため【首切り団】と呼ばれて恐れられている。
 国にいた頃にシグルトはその教団の有力者と何度も渡り合い、論戦と武勇でやり込めてきた経験があった。

 同様の過激な宗教組織が伯爵のお膝元に滞在していて、しかも【御堂騎士団】の中でも特に黒い噂の絶えない【タイラン派】の息のかかった過激派であるということを知り、シグルトは自分が伯爵に呼ばれた理由がおぼろげに理解する。

(伯爵は、貴族の生まれでこういったことの処理の経験がある俺に、【リスクブレイカー】をやってほしいのだろう。
 もしタイラン派と癒着がある御堂騎士団が相手とするなら、貴族法を知った冒険者でないと太刀打ちはできまい。
 相手は国を超え手存在する巨大な武力集団だ。

 交渉や調査で動いて顔を出せば、最悪タイラン派を相手にして仲間を巻き込む可能性がある。
 できれば表に出ないまま解決できる内容だと良いのだが…)

 厄介事の予感に、シグルトは腐った野菜で腹を壊したような不快感を覚え、唇を噛み締めた。


 伯爵邸を訪れたシグルトは、まず裏口に回って屋敷の者に「伯爵の家令に先触れを頼む」と頼み、与かった紹介状と手間賃として銀貨数枚を渡した。

 貴族のような身分の高い者に接触する時、直接正門から名乗って訪ねるというのは同じような貴族の身か目上の者でなければ無礼討ちにされても仕方ない。冒険者のような武辺者であればなおさらである。
 突然の来訪にならないよう、間接的に【先触れ】という仲介者を通じてあらかじめ目的と訪問を告げておく。
 訪ねる貴族から「直に訪ねることを許可されている」のでない限り、このルールは守らねばならない。
 最低限これができないと、いくら目的の貴族の方と交流があっても、屋敷の召使いたちによって門前払いを食らう。

 あとは伯爵から呼び出されるのを静かに待つ。
 待つ間に出された茶と菓子は「主の許しを得るまで戴けない」としてがっつかない。
 高級なソファを勧められても、安心してだれるなどもってのほか。
 こういった小さな礼法を、最初に訪れた貴族の屋敷の使用人は憶えていて、訪ねる度に嫌味で言われることになるのだ。

 事実、シグルトが正式な貴族の接触方法をきちんと守ったので、対応した伯爵家家令の態度はとても丁寧なものであった。

「シグルト様、ようこそいらっしゃいました。
 御主人様よりお話は聞いて御座います。

 まず、当方の持て成しが不十分だった様子。
 お詫び申し上げます。

 これは召しあがらなかったお菓子の代わりにお持ちください」

 家令が差し出したのは、シグルトが先触れで使ったのと同じ枚数の銀貨である。

 貴族とは富貴の者だ。
 吝嗇な者は付き合うに値しない。
 下々の者に気遣いができることを見せたシグルトに対し、家令は合格サインを出して「こういう気遣いはもう不要」という返事をし、貸し借りを無くしたのである。

「心遣いに感謝する。

 では、菓子は後程戴こう」

 シグルトは差し出された銀貨を「菓子を包むように」ハンカチに包んで懐にしまう。
 自分が敬意を払われている立場の時は、口調は尊大に。

 貴族は遠慮をされることを嫌う。だから差し出された品物は謙遜しないで丁寧に受け取るのが礼儀だ。
 即座に押し戴くことで、伯爵家に敬意を払っていると示す。

 家令の眉が柔らかに下げられた。
 ここまでは完ぺきだ、という風に。

 婉曲な茶番。

 貴族は直接的な会話を嫌う傾向がある。
 発言一つで最悪地位そのものが奪われかねないからだ。

 貴族の教養とは舌戦を鍛えるためにこそある…元々シグルトはこういったまどろっこしい貴族の在り方が嫌いだった。

 父が男爵で、母親が正妻として認められるまでは庶子として育ち、友人は城下町の子供たち。
 暮らしは貧しく、平民に混じって育った。
 その上で類稀な教養があるのは、母親が王家に次ぐ名家の出だからである。

 シグルトの母は、教会勢力の陰謀によって取り潰された公爵家の令嬢であった。しかも極めて王族に近い特別な家の。
 曾祖父は先々代の王弟、祖母は侯爵家に降嫁した王女…たどれば、建国王の時代に宰相として国の礎を築いた王弟まで遡る。
 王家に極めて近い血統を維持するために近親婚を繰り返し、その家の血筋の者は特別に王族と同じ待遇を受けていた…だから公爵家なのだ。

 王家とその公爵家には、血の濃さに応じて3種類の血統的特徴が現れる。

 一つ目がとてつもない美貌。シグルトの母親は王国どころか北方でも名の知られた美姫であり、公爵家の後を継ぐはずの一人娘でありながら他国からも縁談が来るほどであった。
 二つ目は青黒い髪と瞳。これは健国王やその王弟が持っていた特徴で、さらに古い特別な王系の血を引く証であるという。
 最後に、三つ目の特徴が隔世遺伝で現れるハーフエルフやエルフ…取り換え子である。

 母親はブロンドだが美貌を、妹は青黒い髪を引き継いだ。
 シグルトは美貌と青黒い髪に瞳…今上の国王よりもはっきりとした王族の特徴を持っていた。

 シグルトの母は、王家に近しい特徴を息子が持っているのを見て親しかった王族に相談し、密かに英才教育を施すことにした。
 将来息子が必ず厄介ごとに巻き込まれると予感していたからだ。
 
 シグルトが多くの言語を習得し、飛び抜けた知識と教養を持つことができたのは特別な生まれだけではない。師になる人物と出会えた幸運、加えて彼の資質を見抜いていた者に仕組まれたことであった。
 そういった背景があったことを知ったのは、シグルトが婚約した時であったのだが。

 成人した後に顔を合わせ、貴族の礼法や法衣の着こなしを叩き込んでくれたとある王族の姫はこう言った。
 
「本来であれば、貴方は私の婚約者になるはずだった。私が貴方の妻として降嫁して、生まれた子供が公爵家を復興するために。

 貴方を伯爵家如きの跡継ぎにするのは不本意なのよ」と。

 シグルトが国を追われた背景には、“腹黒姫”と呼ばれたその王族の寵愛故に、嫉妬から国王がシグルトを嫌ったという裏事情もあった。
 意地悪で国王が“腹黒姫”を拘束し、その隙にシグルトとその妹が拉致監禁される事態になってしまったのだ。
 シグルトは妹ともに暴行を受けたために、反撃で貴族の息子を殺害した。どう見ても正当防衛だが、やり過ぎた。

 顔面が陥没するほど殴られて死亡した貴族の子息は教会勢力における中心人物である司教の甥であり、「遺体を損壊された」と難癖がつけられた。
 その教会勢力には「不具の遺体であると天国には行けない」という考えがあった。
 国王は教会勢力の申し出を却下し、シグルトと妹を傷害した子息の実家を連座で取り潰した。
 シグルトは情状酌量の余地ありと、伯爵家との婚約破棄と負傷から回復した後に一年間の国外追放のみ。

 この待遇に怒った教会勢力が、国王の友人でもあるシグルトの父親を事故に見せかけて殺害。
 母と妹は教会勢力から逃れるため、別勢力の修道院に入ってしまったが…国はまだ「シグルトの家格」を正式には剥奪していない。
 
 経験から、シグルトは貴族の世界というものを胸焼けを起こすほど熟知していた。
 それが今は役に立つ。
 
 シグルトはもう、情熱と若さで何でも乗り越えられると信じていた青臭い若造ではない。
 冒険者の仲間を率いるリーダーであり、これから冒険者という仕事で大成するために必ず必要になるのが、権力者とのコネクションだ。
 だから、嫌いな世界であっても目を背ける気にはならなかった。
 幸い、これから会う貴族は知己で、その性格が貴族の中ではまともであるということもわかっている。

「では奥の部屋に。

 応接間で御主人様がお待ちです」

 家令の言葉に頷くと、シグルトは優雅な動作で立ち上がった。


「よく来てくれた、シグルト。
 久しぶりであるな。

 まずは面を上げよ。

 遠慮はいらぬぞ、そのたもまた青き血潮を受け継ぐ者。

 この屋敷には纏わりつく霧も、疎ましい鴉のお喋りも無い。
 忌憚の無い直答を許す」

 鳥の嘴を模したようなけったいな被り物をしたその貴婦人は、大仰に手を広げて歓迎の意思を示した。
 彼女こそ、若くして女伯となったヴェルヌー伯イザベルである。

 青き血潮を受け継ぐ者とは、貴族の血筋であるということである。
 纏わりつく霧とは良くない関係の人間、疎ましい鴉のお喋りとは口の軽い小狡い人間のことであろう。
 気にせず、遠慮なく普通に喋って良いという許可である。

 部屋にいた家令に向くと、一度頷く。
 家令は分かりましたというように礼をして下がり、控えていたメイドに一言二言耳打ちした。

 これでシグルトがこの伯爵邸においては気安く伯爵と話してよい人物であり、貴族に連なる身分であるということが周知されたことになる。

「お久しぶりで御座います、伯爵閣下。
 直答をお許し頂き、恐悦至極。

 聞けばこの非才の身を必要とのことでしたので、まかりこしました」

 たとえ「忌憚の無い直答を」と許可があっても、頭に乗ってはいけない。
 まどろっこしくても適切な挨拶から入る。
 硬い言葉遣いと敬語は必須だ。

 基本的に公侯伯子男の五等爵のうち、公爵以外は目上の場合〈閣下〉で呼ぶ。
 直答を許されていなければ、一階級下までの爵位でない限り身分が上の貴族に気安く声をかけるのはもってのほかで、必ず先触れが必要になる。
 貴族階級であっても、身分が釣り合わなければ肉親や寄親などの身分の高い仲介役がいなければやはり声をかけるのは好ましくない。

 シグルトが直答を許されたのは、知る人ぞ知る高貴な血筋であるからだ。
 父方も曾祖父が騎士から武勲を立てて叙爵した侯爵家の末子という名門の傍流で、男爵家でありながら祖母と父親の前妻がどちらも名門の伯爵家の出。
 母親の血統に至っては断絶したとはいえ、生粋の王族と言っていい公爵家の令嬢で、そのルーツはさらに古い王朝の王族と白エルフという伝説の稀人とその娘の神仙を祖にしている。
 庶民に混じって育ち冒険者となった身の上ではあるが、古今の貴族も真っ青な貴顕の血統と言える。

 女伯はそれを分かっていて、こうも気安く対応するのだ。

「うむ、活けた花もしおれてしまうほどに待ちくたびれたぞ。

 謙遜はいらぬ。
 そなたの有能は我の目が憶えておる。

 早速だが、知恵を貸してほしい」

 良く通る力強い声をしていたはずのイザベルであったが、今は心なしか弱々しい。
 よほどのことがあったのだろう。

「閣下のお悩みは、今この領地に蔓延っているタイラン派の奴儕(やつばら)でありましょうか?

 あの暴れん坊どもが原因とすれば、家宝でも強請りに来たのではないかと愚考するのですが」

 顎に手をやり、問う前に予測を述べる。
 貴族は自分の考えを察し、動いてくれる者を好む。聞き出すために多くを語らせるのは好ましくないこと。
 高貴な人間の言葉、というものにはそれだけの重みがあるのだ。

「然り!
 さすがは名高き賢人宰相の末裔よな。

 先日行われたヴィルロワ公会議において、わが父と交流のあったイグノティウス師が列聖されたのだ。
 師に関わる遺品は聖遺物に認定され、師が生前愛用していた【聖印の首飾り】もその一つとされた。

 父はイグノティウス師の俗世における協力者であり、かつ唯一の親友であった。

 我は父の晩年の娘ゆえ、師が在りし日の姿を知らぬ。
 が、聞けばゼーゲ十字軍が父と師の親交の始まりという。

 僻地で連絡を絶たれた師の軍営を蛮族面が十重二十重に囲んだ折、主の導かれた運命の如く遣わされたのが他ならぬ我が父であったのじゃ。

 父はわずかな手勢で囲みを突き、奇蹟的に師を救出した。
 それを師は痛く感激なされ、この首飾りを父に賜った…」

 イザベルが取り出して見せた聖印の首飾りは、所々擦り減ったいかにも素朴な首飾りだった。
 普段から豪奢な装飾品で飾ることの多いイザベルが、その首飾りだけは肌身離さず持ち歩き大切にしていることを、シグルトも見知っている。
 なるほど、列聖されるほどの人物が身に着けていた品物であれば、それは伯爵家の家格を示す品にもなろう。

「…わかるな?

 これは父と師の友情の証。
 容易には手放せぬのじゃ」

 女伯は万感を込めて長くため息を吐くと、聖印を胸に抱きしめて動かなくなった。

「なるほど。

 聖遺物とされたその聖印の首飾りを、財宝漁りに余念のない御堂騎士団が出しゃばって奪おうと、当区の教会に圧力をかけてきたというところですか。
 連中は聖遺物に関しては血臭をたどる狼ともなりましょう。

 しかしながら、ヴェルヌー伯爵と言えば名門。よほどの理由が無ければ遺品の簒奪はできないはず。
 教会法だけならば、貴族から継承した財産を当主の許可なく取り上げることはできなかったと記憶しています。

 この教区の慣習法に該当するものがあるか、教会や御堂騎士団に負目か恩義となる問題がおありですか?」

 盛大に脇道にそれるのは情に厚い女伯の特徴である。
 相槌を打ちながらしっかり話を本筋に戻すと、イザベルは「我が事を得たり!」とばかりに大きく頷いて、手に持った扇をパチンと閉じた。

「まさにそれじゃ。

 慣習法は先々代に成文化され、相続の規定も記載されておる。
 その413条、すなわち聖遺物の相続に関する項が教会側の根拠とする所じゃ。

 …師の列聖によってこの聖印も聖遺物となり、教会は法文を盾に我に譲与を求めてきた。
 我は首飾りにまつわる当家と師の浅からぬ因縁を諄々と説いたが、それに対する教会の返答は恐喝以外の何ものでもなかった。

『期日までに譲渡が行われねば、法の権威に基づき強制的に行為は行われねばならない!』と」

 被り物の下でイザベルが悔しそうに唇を噛み締めた。
 その手にはテーブルに積み上げられていた羊皮紙の一つがある。

「得心がいきました。

 教会の要求の背後に御堂騎士団がいる、しかもそれがあの悪名高いタイラン派の息がかかった騎士たちであると。
 連中の暴走には『聖女フリジアの殉教』のような酷い前例もあります。

 教会に要求をさせた上で後に奪う腹積もり。
 領内に居座って威圧、強制執行をちらつかせて閣下の動きを封じているというわけですか」

 『聖女フリジアの殉教』は数年前に過激派の御堂騎士が起こした痛ましい事件である。

 辺境の寒村にフリジアという信心深い娘がいて、彼女は病気治癒の秘蹟を使うことができた。
 教区の司教が権力の強化のために、フリジアを聖女として大げさに教皇庁に紹介して列聖が認められた。
 その話を聞きつけたタイラン派貴族出身の御堂騎士が『聖遺物の保護』の名のもとに聖女フリジアを謀殺し、遺体を聖遺物として奪った事件である。

 聖女フリジアの遺体は教会の中の派閥同士で奪い合いになってバラバラにされ、特に病気平癒の秘蹟の力があるという右手は剥製にされ、聖遺物として現在タイラン派の貴族が治める領地の教会が所持している。
 フリジアの頭部は「せめて遺体の一部でも故郷に」と願った彼女の両親に依頼されて匿名の冒険者が奪い返し聖女の両親とともに行方不明、左手はフリジアを聖女として紹介した司教が所持して教会を設立しようとたくらむも…穏健派の御堂騎士が司教の汚職を見つけ出して解任破門に追いやり保護の名目で奪取、胴体やその他の四肢はすでに微塵にされ「不老不死と病気平癒の霊薬」にされてタイラン派の資金源になっていたという猟奇的な話である。

 あまりの陰惨な事件に、同様の事態を恐れて生きたまま列聖された一部の聖人が身をくらましたり、聖体分散を防ぐ理由で各地の聖人の遺体が専用の棺桶…鉄格子のついた鋼鉄の箱に収められるなど数々の椿事を喚起させて教会の汚点となり、事態の収拾を図った教皇庁と御堂騎士団の間で諍いが起きて多くの血が流れた。その抗争は『聖女フリジアの血涙』と呼ばれている。

 御堂騎士団が各地で恐れられる理由は、その武力もあるが…聖遺物奪取のためにはいたいけな少女すら殺して遺体を切り刻むという躊躇の無さに対してであった。
 
「閣下、そこにお持ちなのは教会が写し根拠として提示した慣習法の写しでありましょうか?」

 シグルトが事例として出した事件を思い出し、顔色を青くしているイザベルは、少しひきつった声で「うむ」と頷いた。

「今回の話は我が土地の司祭殿から最初に耳にしたのじゃが、司教殿が司祭殿に通達する折、御堂騎士等に言が及んだそうじゃ。

 そなたの言う通り、教会も御堂騎士団に脅され、今回の事を強要されておるのよ。
 彼奴等の横暴は有名じゃからな。

 教会側が根拠とする慣習法413条にはこうある。

"もしある人が聖遺物を所有し、それを遺産として残す場合、しかるべき人物に遺贈される。

 しかるべき人物とは、土地の小教区を統括する聖職者である。

 主に奉仕すべく存在する物は俗人の手に留まるべきではない"

 と。

 我の先々代が関わった慣習法ゆえ、伯爵家として法の強制執行は止められぬ。
 彼奴等に手を出すこともできぬ。

 法の根拠を持つ御堂騎士団には我と雖も抗する術は無いのじゃ」

 法に基づいて動く宗教組織は強硬で容赦が無い。
 手段を択ばぬことで悪名高い御堂騎士団はその急先鋒である。

 大義名分を掲げられて成す術無く、悔しさに震えているイザベル。
 彼女の依頼とは、この事態の穏便な解決である。

「…閣下、慣習法というものは過去の慣習に従って定められるものであり、必ずなんらかの前提条件や執行期間が定められています。
 特に貴族の財産を徴収するような法に関しては厳しい制限があるはず。

 教会がその法を根拠とするなら、関連する一切の条文を写してよこしたはず。
 失礼ですが、それらの条文をすべて見せて戴いてもよろしいですか?」

 移動する領地の税法をできる限り事前に調べ、記憶しておくシグルトである。
 慌てずに情報を確認して、いくつかの手段を提案するつもりであった。
 慣習法の法案を知らない現時点でも、今回のことを予想してすでにいくつか対策を考えてはいた。
 とはいえ、法に基づく懸案ならば、法に基づいて論破できるようにするのが理想である。

「うむ。
 そういうことならば、この写しを自由に見るがよい。

 そなたは、貴族や教会の法律にも詳しかったな?
 頼りにしておるぞ!」

 イザベルの許可と声に、「恐縮です」と応えると、シグルトは積み上げられた羊皮紙の法文にすべて目を通した。
 最後の羊皮紙を読み終わると、それらを整理してまとめる。ただし、一枚だけ手元に残したままで。

「閣下、お待たせさせて申し御座いませんでした。

 確認致したいのですが、現ヴェルヌー伯として襲爵なさっているということは、すでに先代の遺言などは全て確認されて処理を終えているはずですね?
 現状で、継承問題の未解決案件、先代の遺言状における諸問題があるといったことはありませんか?」

 それが無いと知りつつ、大切なことなので女伯の言質をとる。
 イザベルか問題は無いと頷くと、シグルトは大きく息を吐いた。
 まるで、すべて解決したという風に。

「ならば御安心ください。
 件の慣習法413条は、まったく法的効力を持たないものです。
 
 教会側も今回の件案が強引であることを懸念していたのでしょう。
 婉曲ではありますが、解決手段までつけてあります。

 添付された法文の写し、361条に

"本章では各種の遺言についてそれぞれどのように行われるかをひとつひとつ述べることとする。

 また、いかなる遺言が有効か、或いは無効であるかを示す。

 これは遺言が執行される際に効力を発するものである"

 とあります。
 この慣習法は【遺言が執行される際に効力を発するもの】と定められているのです。
 すでに遺産の相続が終わり遺言の執行が済んでいる伯爵家には適用できない法、ということですね。

 極めて不当な要求であり、法的根拠が無いと教会と教皇庁に訴え、恐喝行為に抗議して穏便な解決を願えば御堂騎士は即座に退散し、聖印における所有権剥奪の問題はすぐ解決します」

 361条の部分を示しきっぱりとシグルトが言い切ると、「見事じゃ!」と喜色もあらわにイザベルが開いていた扇をパチンと閉じた。

「もう少し補います。

 現状では何らかの形で遺言状の再確認を要求された場合、その執行に付随して今回の問題がぶり返す恐れがあります。
 件の慣習法は『今回の事件で誤解が生まれたため、このままでは不適当』として、こういった聖遺物の譲渡に関して『遺産の聖遺物認定が後に起きた場合は所有者の権限が優先される』ように補うか、そういう条文を探しておくべきです。

 教会側に『今回のことは遺憾である』と抗議の上、聖印の所有権のお墨付きを教皇庁から書類にて獲得しておくとよいでしょう。
 教会側は効果の無い法文で財産の徴収を迫ってきた負目がある手前、嫌とは言えないはずです。

 事後にあえてこの件は『不幸な行き違いもあった』として閣下が譲歩し、御堂騎士団には借しを与え、法の改正等は穴の無い無いようにした上で…過激派に加え穏健派にも周知します。
 同時に穏健派に今回の事件の内容を伝えておき、『次は無い』と暗に釘を刺しておけば、仮にタイラン派と騎士団の過激派が似たようなことでさらに難題を押し付けてきても『御堂騎士団全体の名誉のため』に穏健派が圧力をかけてくれることでしょう。

 また、今回の事例は他の領地で同様の事件があった場合は引き合いに出され、当事者として他領から問題解決の協力を求められることが予想されます。
 その時は巻き込まれないために、きっぱりと『ヴェルヌー伯爵領における慣習法に関したことである』として他の領地のそれらとは関連性が無いものと、親しい貴族の方の依頼でも協力はしないようにしてください。
 もしそれらの他領の貴族が対応に失敗した場合、閣下が巻き込まれるばかりでなく、今回のことを恨みに思った御堂騎士団の者がいらぬ介入をしてくるかもしれません。
 狂犬には近寄らぬが一番。
 ある程度責めた後には身を引いて穏便にことを済ませ、あとは過去のことと距離を置かれるのが一番安全と思われます」

 普通のリスクブレイカーは、さらなる仕事を獲得するためにこういったアフターケアの助言はしない。
 だが、シグルトはヴェルヌー伯に最大限の仕事をして恩を売ることを選んだ。
 そうして得た女伯のバックアップならば、同様に誠実な対応が約束されるからだ。

 「誠意には誠意を」

 それが貴族の名誉であり守るべき面子である。

「〈霹靂の如し〉と謳われた鋭意即断の知恵は健在じゃの。
 やはり我の見立てに狂いはなかった。
 
 こうも早く妙案を出してくれるとは」

 感嘆するイザベルに、シグルトは頭を深く下げる。

「伏してお願い致します。
 此度のことは、すべては閣下の手柄として私が関わったとは公言なさらないでください。 

 今後タイラン派に睨まれたとあれば、各地を旅する冒険者にとっては大変な障害になります。
 私は冒険者集団"風を纏う者"のリーダーとして、それを看過するわけにはまいりません。

 名を売る機会は我々冒険者にとって垂涎ですが、欲をかけば破滅することも御座いましょう。
 この保身を認めてくだされば幸いです」

 さらに名誉も女伯に譲り、自身は仲間を含めた安全確保に動く。
 社交に長けたイザベルはその意図を察して、感嘆の息を吐いた。

 聡明な女伯はシグルトの願いを快諾して部下に事後処理を命じると、シグルトに報酬として銀貨千枚を与えてくれる。短時間の相談に対して破格の報酬であった。
 同時に、何かあった時はこの女伯が力を貸してくれる確約も得る。
 
 各国を渡り歩く冒険者にとって、有力な貴族にコネクションを作ることはとても優位となる。
 虜囚にされた場合、貴族の名前を出せば解放されることがあるし、違う貴族と会う時に紹介状を書いてもらったり、利害が合えば資金などで支援してくれる場合もある。
 また、そういった貴族がコネクションのある冒険者に再度依頼を出したり、他の貴族が必要とした場合にはその冒険者を紹介してくれることも多く、大概は高額報酬の仕事が得られるのだ。
 
 世の中には冒険者を使い捨てるように使う悪質な輩もいるが、貴族の庇護を受けている冒険者にそれをすると、庇護していた貴族を蔑ろにするということにもなる。
 依頼人と庇護してくれる貴族との確執や利害にもよるが、庇護を受けた冒険者を粗末に扱う者は少なくなるのだ。
 
 シグルトは元からこの女伯と知り合いだったが、今回のことでさらなる信頼を獲得しより強いコネクションを得ることとなった。 
 
「のう、シグルトよ。
 お主、我の下で働く気はないか?
 
 そなたほど文武に秀で、誠実で信頼できる者は、まずおらぬ。
 
 今のそなたの不遇は、嘆かわしいぞ。
 本来ならばそなたは彼の令嬢と結婚し、我と同じ爵位を得ておったはずよな。
 それを思うと、不憫でならぬのだ。
 
 国を背負って立つとまで言われていたそなたが、今では遠い地で一冒険者をしているなど、人材の放過であろう」
 
 女伯の言葉に、シグルトは苦笑する。
 
「閣下の御温情、実(まこと)に有難く存じます。
 かつて何をするべきか分からず、彷徨っていた頃でしたら喜んでお受けしたでしょう。
 
 今はこの仕事を誇りと思い、共に歩む仲間もおります故、どうぞ御容赦下さい」
 
 丁寧に、しかしきっぱりと断るシグルトに、女伯は「惜しいのう」と呟いた。
 
「そうか、仕方あるまい。
 今宵はゆるりと休み、旅立つとよいぞ。
 
 …そうじゃ、話は変わるが、お主に伝えておかねばならぬことが一つあった。
 
 ブリュンヒルデ嬢の下におった、あの聖典教徒の医者もどき…今ペルージュにおるぞ。
 虜囚としてな」
 
 女伯の言葉に、シグルトが驚いた顔をした。
 彼にしては珍しい。
 
「…やはり知らなかったな。
 
 そう、あの聖典教徒、異端として捕まり、まじないで人を呪ったなどと冤罪をかけられて、異端審問官に捕まったそうじゃ。
 我にとってはただの旅の異教徒に過ぎぬが、そなたにとってはよく知る知人なのだろう?」
 
 シグルトは困ったように頷いた。
 
「…命の恩人です。
 
 今こうやって立っていられるのは、あの老人が力を尽くしてくれたからでしょう。
 
 申し訳ありませんが、閣下。
 私は急ぎ、ペルージュに向かいたく存じます。
 
 彼に報いねばなりません」
 
 口元を引き締めたシグルトに、仕方ないという風に女伯も苦笑すると、部下を呼んで馬を一頭手配してくれた。
 
「この馬は、ペルージュにおる我が甥に預けてくれればよい。
 教会で司祭をしておるゆえ、渡した紹介状を見せれば力も貸してくれよう。
 
 ではな、シグルト。
 近くに寄ったなら、顔を見せに来るのだぞ」
 
 シグルトは、女伯に深く頭を下げると、足早に屋敷にある馬小屋に向かった。
 
(…裁判が終わって刑が決まれば、下手をすれば火炙りか。
 
 アフマド、無事でいろよ…)
 
 馬に飛び乗ったシグルトは、恩人の安否を気遣いながら、北にある宗教都市ペルージュへ向うのだった。



 クエストさんの『聖なる遺産』を再録です。
 前のリプレイではぼかしていた内容部分をはっきりと…というかもう創作追加分マシマシで加筆いたしました。
 
 導入部分で、Moonlitさんの『新港都市ポートリオン』に立ち寄って、前回手に入ったアイテムを売るのはデフォルト。
 序盤の活動資金はできた感じです。
  
 『聖なる遺産』はDOLLという世界観に基づいています。
 タイラン派と御堂騎士団は度々シナリオの中で登場する、カードワースでは有名なDQN団体。(間違いを指摘されましたので、リプレイ内容は多少いじっておきました)
 今回のリプレイに際して、私の世界観に合わせてリプレイ中での扱いをある程度決めさせていただきました。
 作中、ヴェルヌー女伯の家庭事情や『聖女フリジアの殉教』・『聖女フリジアの血涙』なんか、貴族っぽい話や御堂騎士っぽい事件を私のリプレイに合わせてでっちあげた内容ですので、深い突込みはご勘弁くださいね。

 今回の加筆に当たり、貴族社会の面倒くさい一面を少し描かせて頂きました。
 宗教関連と貴族は、リアル中世ではかなり密接な関係でした。
 
 このシナリオ、特定の嗜好を持つ方にはたまらない内容の傑作です。
 冒険者本人がリスクブレイカーになって、聖遺物の所有権をめぐる騒動に挑むというソロシナリオですが、登場人物が個性的で面白いのです。
 文章も、独特の雰囲気があり、自由度も高いシティアドヴェンチャーになっているのです。
 
 さっと遊べる纏まりの良さも心地よく、今回も楽しんでプレイ致しました。
 中世的な雰囲気が好きな方にはお勧めです。
  
 今回はやってみたかった最短ルート解決です。
 ネタバレになるといけないので…ある程度実力があれば即解決は可能です。
 詳しくは書きませんが。
 
 2レベルになったシグルトは、そっち方面でも優秀だったみたいです。きついかなぁという人は行動力が上がる手段を講じるといいですよ。

 
 今回シグルトの血筋的なネタをさらしました。
 シグルトって、高貴の出なのです。血統的には生粋の。
 腹黒姫…シグルトが生まれた時から目をつけてて…外伝を読んでた方はその布石を見れば予想できたことではないかなと。シスコンって困りますよね。
 
 貴族の血統主義は「ここまでねちっこいの!?」というぐらいでちょうどよい表現かもです。
 シグルトの母方の家は頻繁に行った近親婚のせいで、純粋な血統の者は子孫を残す能力を失い絶える寸前でした。
 腹黒姫の特徴にもそれが出ていますし、とある王朝は近親婚のやりすぎで血が絶えてしまったという例があるほど。
 反面、近親婚はとんでもない天才を世に出すことがあります。
 シグルトは、公爵家が紆余曲折あって得た新しい血を持つ天才であり、近しい血の弊害を持つシグヴォルフの王族にとっては是非入れたい血統になっていました。

 貴族が近親婚を好んだのにはもう一つ、財産の割譲を避けるためという目的もありました。親族増やさなければいいという。
 作中で晩年の子なのにヴェルヌー伯が爵位を継げた理由にちょいと絡めさせてもらいました。貴族は養子縁組も結構やってます。そも女伯って珍しいんです。

 日本の武士階級にも【部屋住み】なんてものがありましたが、血筋を残すためにたくさん子供を作っても、次男三男とかの扱いは当主になれないので厳しい場合が多かったようです。そういった者は従者やお小姓として騎士になって戦争で出世するか、あるいは宗教組織に入って聖職者の道を極めるかが出世の近道だった様子。現代の感覚ではボロクソに扱われる宗教関係、子沢山な貴族の子女にとっては救済でもあったわけです。

 ここまでやって守るわけですから、貴族の血が青いなんて言われるのも道理ですね。
 貴族の面倒くささやまどろっこしさが表現できてるといいのですが。
 
 さて、今回の収入ですが…
 
◇シナリオ
・『新港都市ポートリオン』(Moonlitさん)
 【くろうこしょう】売却(+3000SP)
 【森黄×10】×2売却(+600SP)

・『聖なる遺産』(クエストさん)
 報酬(+1000SP)
 
 
◇現在の所持金 +4600◇(ジャラ~ン♪)
 現在パーティ別行動中にて、シグルトの所持金は2000SP。

※捕捉※
 本来一般的な五等爵の尊称は、侯爵・伯爵・子爵・男爵が~卿、公爵が【閣下】であるというのは、リアル世界でのお話です。
 シグルトがヴェルヌー伯を【閣下】と呼んでいるのはY2つ的解釈が加わった訳文の違いでして、シグルトの祖国では公爵が王族として【殿下】と呼ばれ、それ以下の貴族が閣下(将軍や司教相当)、準男爵や騎士が~卿と呼ばれるためです。
 ヴェルヌー伯が親善大使としてシグヴォルフを訪れた時、国内基準で彼女を接待した時の名残でもあるのだと御理解戴ければ幸いです。
 貴族の扱いは国によって異なるため、このような尊称もあり得るということで。
 
 
〈著作情報〉2018年04月28日現在

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2018年2月1日リリースされたCardWirthPy 2.3 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。

 リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 『新港都市ポートリオン』はMoonlitさんのシナリオです。現時点でMoonlitさんのサイト『- Moonlit / Color -』( http://www5f.biglobe.ne.jp/~moonlit_color/ )で配布されています。
 ギルドにも登録されています。
 シナリオの著作権は、Moonlitさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer1.11です。

 『聖なる遺産』はクエストさんのシナリオです。現在Vectorで配布されています。
 シナリオの著作権は、クエストさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer1.10です。

 
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。
 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。
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コメント
 早速、リプレイ拝見しました。

 貴族の礼儀作法や血縁関係のねちっこさは、そういう世界と縁遠い身としては、見ているだけで胸やけがしそうですね。
 現実世界でも、血統と所領を守るために近親婚を重ねた影響で、先天的な問題を多く抱えることになった王侯貴族も実在したと聞きます。
 そういう『まどろっこしい』部分まで、リプレイという文章の中で丁寧に描写されているのは、さすがというより他ありません。

 そして今回は、シグルトの聡明さが光っていました。
 法律に関する問題の解決は、それを専門とする職業が存在するくらい、知識と機転を必要とすると思うのですが。
 シグルトはそれをサラリとこなしてしまうとは…
 (そう言えば、シグルトはデータ的にも充分に知力が高いんでしたよね)
 いやはや、恐れ入りました。
【2018/04/30 23:16】 | モコイ #HE1By42c | [edit]
 シグルト、知力そのものはそこそこ優秀ぐらいなのですが、基礎学力が高く教養があるのに加え、武術家としてのたしなみとして、型をそのまま記憶するために記憶術を齧っています。
 いろんな知識の習得が早いのは、基礎学力と記憶術のおかげなんですね。
 風鎧の含蓄が長いのはこの辺がベースです。

 中世はわりと身分や宗教が法律の上に胡坐をかいていました。
 シグルトの処世術はそれを前提としています。
 多分中世に現代人が転生して内政無双をやろうとすると、この当時のしがらみや未発達で野蛮な部分に行き詰まるのではないかなと。
 シグルトが何重にも伯爵に知恵をつけてるのは、このぐらいくどい策でないと宗教団体って「神に逆らうとは不届きな!」とかやるのですよ。そう、『教会の妖姫』のバルドゥアみたいに。

 シグルトは知識もそうですが、果断であるのがその機転の迅速さに関わっています。
 迷わずにぱっぱと決める…打てる手は徹底的に打っておく。あとは結果を御覧じろってやつですね。
 
 多分普通の冒険者もシグルト並みに肝が太くて多少知力(6程度)があれば同じぐらいのことはできるでしょう。
 努力と先生次第でしょうね。
【2018/05/03 23:08】 | Y2つ #- | [edit]
 エルム司祭の護衛関連で誤りを指摘されたので、ちょこっと補いをば。
 このシナリオのリプレイでの扱いでは、御堂騎士団は穏健派と過激派がいて、伯爵に因縁吹っ掛けてるのは御堂騎士団過激派(タカ派)とタイラン派が癒着して、一緒に因縁吹っ掛けているという扱いです。リプレイ上の扱いだと思ってください。
 シグルトはその癒着がある連中を『御堂騎士団タイラン派=過激派にタイラン派の息がかかった(あるいは実際にタイラン派の人間が騎士として混じってる)どうしようもない奴ら』として扱っているということで。この自分にそういう連中がいて警戒してた、みたいな。ある意味ではタイラン派の息がかかった組織は「その組織のタイラン派」という意味で呼んでる造語だと思ってください。
 組織の区分けってややこしいのですよね…
 呼び方の混同から宗教事情が誤解されるのは拙いとは思うのですが、「同じ穴の狢として結託した連中は誤解されてもこういう扱いでまとめられる混沌性もある」というのもありうること(というか、中世はそういうちっちゃな造語的に生まれちゃう勢力が浮き沈みしてたかと)と思っていただければ幸いです。
 リプレイの展開の都合上、エルム司祭の護衛の方はあんまり意識してなかった点もありますので、細かい誤差はご勘弁を。
【2018/05/03 23:28】 | Y2つ #- | [edit]
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