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『ヒバリ村の救出劇』

2018.06.09(08:09) 449

 アレトゥーザを旅立って数日。
 “風を纏う者”の面々は村巡りをしながら旅をし、街道を少し外れてリューンから二日ほどの場所にあるヒバリ村で宿を取っていた。

 村に着いたのは夕方であり、村に唯一の宿…といっても、客人があれば料理を出して泊める程度の、村で比較的大きな農家…の場所を確認して直行し、パンと豆スープ程度の粗末な夕食振舞ってもらってから、すぐ休むことになった。

 田舎の夜は寝静まるのが早い。
 ほとんどの家が自給自足の農夫であり、彼らの行動は〈日が昇った時に起きて労働し、日が沈んだら眠る〉という生活をしている。
 例外は下世話な話、子作りする夫婦ぐらいだ。

 街のように街灯や夜の店があるわけでは無し、倹約家の農民は灯明のために貴重な油を使うといった浪費はしない。
 活動時間は太陽が照らす時間、というのが村落の一般的な生活サイクルであった。

 長旅で疲れていた“風を纏う者”一行も、この日ばかりは晩酌もせずに皆眠りについていた。
 明日は村長宅に行って仕事が無いか尋ねるつもりである。

 村に着いた時、畑から帰ろうとしていた農夫を捕まえてこの宿を手配してもらったが、その農夫は最初冒険者たちの武装に少し怯え、体格の良い司祭の姿を見て安堵し、残り四人の美貌に見惚れて目まぐるしく表情を変えていた。
 冒険者が珍しかったのだろう。

 レベッカは、村人の初々しい反応に内心舌なめずりしていた。

 こういう村は他の冒険者の縄張りから外れている場合が多い。
 小さな村は非常時に近隣の村と連携を取っているものだ。
 たとえお金がほとんどなくても恩を売っておけば、その村が所属する所領の領主や、近くの村落へのコネクションができるかもしれない。
 なにより、宿に案内してくれた農夫が最後に縋るような眼差しを向けたことと、宿を与えてくれた主人が「宿代はいらないので、何もないがゆっくりしていってほしい」と歓迎してくれて、遅い時間にもかかわらずわざわざ専用の料理を作って振舞ってくれたのも、この村が何かしら冒険者が必要な問題を抱えているということを暗示していた。

 だからこそ、朝一番に村長宅に迎えるように英気を養っているというわけだ。
 
 しかし、レベッカの予感は的中を通り越し、的を突き破る大事件となるのである。


 “風を纏う者”が休む部屋の扉が、ガンガンと叩かれている。
 窓から見える外は真っ暗で雨音もしない。
 時間はまだ夜であることが分かった。

 尋常では無い焦った扉の叩き方。

 シグルトが暗闇で瞬きしながらレベッカの方に数度頷く。
 こうするとわずかな明かりを目が反射して合図代わりになる。

 レベッカは言葉で答えずに、手元にあったランプに火をともし、ハンドサインで「準備万端」と返答した。

 何があってもいいように、熾火を壺に貰って置いてある。着火は驚くほどスムーズだ。
 この用心深さこそが、優秀な冒険者の証である。

 仲間はすでに「打ち合わせ通り」とばかりさっと荷物をまとめ、一瞬で武装を整えた。
 それぞれが暗闇の中で取り出した普段スプーン代わりに使っている木べらで素早く靴を履き紐を縛り、外套を纏うところまで一分もかからない。
 
 村巡りをしていると、その村が旅人を殺して装備を剥ぐ盗賊村だったということもありうる。
 だから“風を纏う者”は、仲間内で非常時の申し合わせをしておき、すぐ装備を整える訓練を行っていた。

 北方の兵士が雪明りを頼りに行うこれらの対策をシグルトの提案で取り入れたのだが、今までに数回使う機会があり、盗賊の奇襲や、鍵の無い宿での置き引きを回避できた。

(この対応術と非常訓練、うちの宿に広めるべきね。

 冒険者の生存率が様変わりするわ)

 “風を纏う者”で寝坊助な者は一人もいない。
 全員の装備と準備が整って明かりが着くのに、扉が叩かれ始めて約一分。

 シグルトとレベッカは扉に近づく足音を聞いた時点で目覚め、すぐに隣に寝ていた者を起こしていた。
 ぐっすり眠れるのは、所在のはっきりした信頼できる宿のみ。
 〈険しきを冒す者〉とは、枕の下に危険という刃が見え隠れしているのが日常茶飯事なのだ。

「こんな夜中に何者だ?」

 シグルトは明かりを頼りに仲間に頷くと、扉に近寄って外の人間を誰何した。
 仲間たちはそれぞれの得物に手をかけている。

「私はこの村の村長で御座います。
 冒険者様に至急のお願いがあって参りました。

 どうかお話を聞いて下さい!」

 シグルトとレベッカは同時に息を飲み、頷き合う。

 他のメンバーが少しだけ扉から離れて集まるのを確認し、シグルトが慎重に扉を開けると、年老いた男が会釈をして入ってきた。
 老人に続き、若い女性が入ってくる。

 女性の目元は暗がりでもわかるほど、赤く腫れていた。

「…お休みのところ、申し訳ありません。

 しかし、どうしてもあなた方にお助けいただきたいことが…」

 若干青ざめた顔で、老人はすがるような眼差しを向けてくる。

「…お話を伺います。

 まずはそこのベットにでも腰かけてください」
 
 強く頷いて促すシグルト。
 すでにいつでも動ける準備を整えていた冒険者に、老人…村長の目が驚きによって見開かれた。

「では、お話を伺いましょう。
 俺はこの冒険者パーティ“風を纏う者”の代表者シグルト。

 お願いということは御依頼でしょう。
 我々に助けを求めてこられた以上、冒険者の自由に懸けて、力と知恵をお貸しすると約束いたします。

 随分緊張しておいでだ。
 無理はせず、俺の質問に答えてください。

 レベッカ、水を二人に」

 ランプに照らされて浮かび上がる妖精のように美しい男が、力強くはっきりとした口調で約束したことで、老人が少し安堵した表情を浮かべた。

「では、お尋ねいたします。

 我らにご依頼の仕事とは何でしょうか?」

 レベッカが水差しに入れられた水を汲んで二人に渡す。
 そのタイミングでシグルトは切り出した。

「それは、妖魔の退治…いえ、違います。
 子供を一人助けていただきたいのです。

 村の子供が一人、妖魔にさらわれました。

 九歳になる女の子です。
 賢い子なのですが、好奇心が強すぎまして。

 夜な夜な村を荒らしに来る妖魔を近くで見ようと、家の外に出てしまったのです。

 妖魔どもは無防備なこの子を捕まえ、森の中に消えていきました。

 どうか旅の方々、あの子を妖魔から救ってください」

 ぽつりぽつりと語る村長。
 話が子供の拉致に及んで、シグルトの眉が跳ね上がった。

「失礼。

 ロマン、緊急依頼用の書式でまとめた羊皮紙を出して、内容を筆記しろ。
 報酬は事後の成功報酬の奴だ。

 レベッカは夜間行軍用の装備をみつくっておいてくれ。
 ラムーナはその手伝い。

 スピッキオは俺と一緒に話を聞いてくれ。

 …話を折ってすみませんでした。
 妖魔にお子さんが拉致されたとのことですが、その妖魔に関して情報はありますか?」

 待つ間に無駄な時間を過ごさないよう指示を出し、シグルトは話の続きを促す。

「は、はい。
 緑のイボイボの肌、甲高い鳴き声。
 確かとは言えませんが、あれがゴブリンというものでしょう。

 村の外れにある、廃坑に居ついております。
 一月ほど前、村の猟師が気付いた時には、もう結構な数が住んでいたようです」

 村長の答えにシグルトは少し思案する。

「具体的な数は分かりますか?

 あと、並外れて巨体の者や、入れ墨をしたりローブを纏ったり杖を持った後頭部が大きな個体、顔の体毛が多い個体。
 他と違った特徴の妖魔がいれば教えていただきたい」

 シグルトの問いに、「10匹よりは多いかと思うのですが、細かいことは分からない」と答える村長。

「作物を盗んだり農具を壊したり、悪さはしていましたが、それでも人が脅せばすぐ逃げました。
 とてもとても、子供をさらうような凶悪な生き物だとは考えていなかったんです。

 …今思えば、そうして警戒を怠っていたせいで、連中が増長し、今回の事態を招いたのかもしれません」

 村長は目を瞑り、顔のしわをさらに深くする。
 自分の責任と、攫われた子供のことを考えているのだろうか。
 
「過ぎ去ったことに愚痴を言っても、状況は決して良くなりません。
 あなたが過ちを犯したと思うなら、未来に何かをして雪ぐ以外にない。

 依頼が終わって戻りましたら、妖魔と盗賊に対する対処法と、村に負担の少ない冒険者へ救援を求める方法をお教えしましょう。

 奴らに対応できる俺たちがここにいます。
 今は攫われた子供のため、可能なすべてを尽くしましょう」

 悲観的なことを言って口ごもった村長を、シグルトは正論で叱る。
 はっとした村長に、シグルトは「そのために我々がいるのだ」と励ました。

 不安は蔓延する。
 特に、集団の指導者が弱気になっている時は顕著に。
 負の感情によって暴走した村人は、依頼の障害になる。
 
 そこで手をこまねいて何もしないのは、状況の悪化を見過ごすのと同義だ。
 リーダーとはそういった時、行動して責任を取る者である。
 
 シグルトはこの村長が誠実で責任感が強い人物だと感じていた。
 こういう人物が弱気になった時は、ただやるべきことを示し背中を押すことだ。
 
 瞳に覇気を取り戻した村長に、シグルトは続きを聞く。

「話を戻しましょう。

 攫われた子供の名前と特徴を教えてください」

 子供がマリアという九歳の女の子で、髪は長いブロンド、母親に編んでもらった黒と赤のフードを被っていたこと。
 そしてこの村の宝物であること。

 村長の言葉には、子供が成長することが難しいのだという思いが滲みだしていた。
 貧しい村で五歳まで成長できる子供は、半数を切ることも珍しくない。
 栄養面、衛生面、そして今回のような安全面の欠落。
 出産でさえ、二十回に一回は母か子が死ぬ。

 だから、無事成長した子供は、村の次代を担うかけがいの無い存在なのだ。

 この村は貧しい。村長が次に提示した報酬も銀貨四百枚が限界だ。
 元々自給自足を生活基盤にする村落には、通貨そのものが流通しない。
 食べることもできず、道具として役に立たない金と交換する意味が無いからだ。
 報酬として支払われるはずの銀貨は、時々やってくる行商人と村人が物々交換をして、渡された釣銭をいざという時のために貯金していたものだろう。

 銀貨四百枚。
 妖魔を相手にする危険な依頼で、冒険者を雇う報酬の目安は一人銀貨百枚ぐらいからである。
 五人組を雇うなら、最低ラインは銀貨五百枚。
 
 それでもシグルトは、「受けるぞ」という意思を込めて仲間を見回す。

 レベッカは仕方ないわね、という表情で賛成する。
 ロマンとラムーナは、構わないと賛同を示す。
 スピッキオは、当然だと杖で床を打つ。

 冒険者にとって、時に金より大切なものがある。
 社会的弱者を救うという、名誉だ。

 冒険者になる者は、多くが脛に傷を持っている
 喜んで冒険者になる者は少ない。
 危険で汚く困難な冒険者という稼業になった者は、多くがそうなる前は弱者の側であったのだ。

 過去の自分、あるいは過去に救えなかった誰かのために、今の弱者を救うという矜持。
 偽善でも良いから、力無き者を救いたいという英雄願望。

 そのような冒険者は、案外多い。

 生き様を自慢するのではなく、「やってよかった」と安心するために。
 己の良心と命に懸けて、選ぶ自由を謳って険しきを冒し。
 安い報酬、明日の名誉を夢見る無謀を、蔑まれるなら不敵に笑い返す。
 冒険者とは、そんな、蛮勇にして憎めない存在である。

 だが、偽善という綺麗ごとを貫いて弱者を救った時、それを成し得た者こそが真の英雄と呼ばれるのだ。

 シグルトは村長の方を向くと強く頷いた。

「この依頼、“風を纏う者”が請け負います。
 冒険者の仕事に絶対の成功は確約できませんが、冒険者の自由に懸けて力を尽くしましょう。

 報酬額の補填は、妖魔の塒を捜査をする時に手に入った食料品以外の物で戴きますが、よろしいですか?」

 会計役のレベッカの心情を察して、シグルトは別の手も打っておく。
 提示した報酬から食料品を除いたのは、この村にとって盗まれた食料も貴重品だろうからだ。
 あらかじめ、手に入れたとしても後々軋轢が起きそうな物品は省いて提案する。

「ありがとう御座います!
 もちろん、それで結構です。
 少ない金額で受けて戴いて、感謝致します。

 報酬の足しになるかは分かりませんが、何か物品で役に立ちそうなものをお渡しいたしましょう」

 村長の提案に感謝すると、シグルトはロマンに書かせていた依頼書に素早く自分のサインをする。
 これは、依頼内容、報酬額、達成条件を簡潔で分かり易い一定の書式にしてまとめたもので、今回のような緊急の依頼でスムーズに契約が結べるようにあらかじめ作成しておいたものだ。

 シグルトは村長にサインできるか識字の有無を尋ね、確認と記入を促す。
 仲間に命をかけさせる仕事を受ける場合、どんな状況でも口約束にしないのが、リーダーとして行うべき誠意であった。


 村長の案内で、“風を纏う者”は妖魔が住むという廃坑に向かう。
 途中、村長は「このぐらいしかできませんが」と、【コカの葉】二枚と【傷薬】を一瓶渡してくれた。

 【コカの葉】は冒険者が応急処置に好んで使うハーブである。
 高山病の対策にお茶として飲まれることもあり、傷や疲労の痛苦を回復するまで忘れるために摂取したり、毒や麻痺を中和する効果もある万能薬である。
 若干精神毒性があるため戦闘時の使用は推奨されず、依存性も高いため、一部の医者や賢者は多用するべきではないと警告している。

 【傷薬】はいくつかのハーブを合成して作られた薬品である。
 その効用は熟練者の治癒術に匹敵するほど。
 冒険者も重傷への備えとして携帯することがあるが、リューンでの流通価格が銀貨三百枚と非常に高価であるため、「冒険者泣かせ」と言われている。

 医学に詳しいシグルトは【傷薬】の成分を知っていて、「使わないことが一番好ましいが、緊急時でも一度使ったら一月は使うな」と仲間に言い渡している。
 主成分であるヒヨス草は使う容量を誤ると猛毒に様変わりするのだ。
 熟練の冒険者が、晩年光を忌避する奇病になる場合があるが、これは傷薬の多用によって瞳孔散大を繰り返したことの副作用である。毒性によって手足に麻痺が残り、引退後にまともな職業に就けなくなる者もいる。

 冒険者や一般人が副作用があるこれらの薬を使うのは、それだけ使用時に効果が早く発揮され薬効もあるからだ。
 使用すれば寿命を縮めるとしても、危険の中で明日をもしれない命であれば、その一瞬を生きるために劇物にも頼る。
 薬の取捨選択もまた冒険なのだ。

 小さな集落で貴重な品であると承知していたから、“風を纏う者”は有難くそれらの提供品を受け取った。

 その日の月は明るく輝き、夜道に灯火が不要なほど。
 一行の歩みに障りは無い。

 廃坑へと続く森の小道を案内していた村長が、急に足を止めた。

「…この道をしばらく進めば、古い鉱山があります。

 目的地はそちらです」

 立ち止まった村長は、何かを耐えるようぶるりと身を震わす。

「妖魔は子供をそこに。

 案内有難う御座いました。
 あとは我々にお任せください。

 万一、斃し損なった妖魔が村に向かうといけません。
 村人に戸締りを徹底させ、我々が帰還するか少なくとも朝までは各家に籠るよう伝達を。
 素人の生兵法な助力は無用です。
 決して誰もこちらに来させないように。

 特に、攫われた子供のお身内や親しい方の動向には注意を。
 犠牲者が出て、子供を迎え入れる者がいなくなってはいけません」

 シグルトの厳しい言葉に、村長が苦渋に満ちた表情を浮かべた。

「…言っておかねばならないことがあります。

 実はあなた方に頼む前に、村の者が廃坑に向かいました。
 攫われたこの父親です。

 彼は娘が攫われたと知るや、一人で飛び出して行きました。

 それが一刻(二時間)も前のことです。
 おそらくはもう…」

 先ほど泣きはらしていた女性が脳裏に浮かぶ。
 
 “風を纏う者”には食事をし休む時間があった。
 事件が起きてすぐに助けを求められていれば、こんなことにはならなかっただろう。

 金のかかる冒険者を頼るの最終手段で、あるいは“風を纏う者”が宿を取っていたことを当事者たちが知らなかったのかもしれない。
 こういう〈手遅れ〉や〈損失〉をともなった行き違いは良く起きることである。

 だが、求められなければ、その時に知ら無ければ、どんな後悔も無意味なのだ。
 〈今〉できることに力を尽くすよりない。

「これでもし、子供まで死んでいたとしたら…あの母親は生きていけませぬ。
 我々村の者たちも怒りと悲しみに震えるでしょう。

 冒険者様。
 あの子がすでに死んでいたら、村に戻らずそのまま去ってください。

 村の者はみな、あの子を愛しております。
 それを理不尽に失えば、冷静ではいられません。

 その感情は命を奪った妖魔より先に、あなた方に向かうかもしれません。
 いえ、向かうでしょう。
 死力を尽くし、疲労したあなた方を、責め立てるでしょう。
 暴力を使う者もでるかもしれません。

 そうなれば、村長の私でも止められません」

 ロマンやラムーナが息を飲む。

 貧しい村ではまともな教育が受けられない。
 人間として必要な倫理の代わりに、共同体の大切さや村に貢献することを最優先として学ぶ。
 そういう村落の人間は、思考が驚くほど単純で、恐怖とストレスで心の均衡が崩れれば、悲しみや怒りが加わることで容易に暴走する。

「…ですから、これは先にお渡ししておきます」

 村長が貨幣の入った袋を大事そうに取り出した。

「約束通り、銀貨四百枚入っております。

 どうぞ受け取ってください」

 村長の目には半ば諦めが見てとれた。

 無理もない。
 子供が攫われ、その後に父親が救出に向かって戻らなかった。
 この時点で、子供の生還を絶望視しているのだろう。

 しかし、村長の申し出をシグルトは手をかざしてきっぱり断った

「我々が受けた依頼は〈子供の救出〉だったはず。
 先ほど、報酬をいただくのは成功時にと契約しました。

 我らは子供の死を確認するために仕事を受けたのではありません。

 冒険者として集団の名を名乗り自由に誓った以上、依頼を遂行するために力を尽くすことが義務なのです。
 不正をして逃げるのは、我らの名を貶め、職務を投げ捨てること。
 それは冒険者として死ぬことなのです」

 “風を纏う者”の名を出して誓うことは、冒険者として、不退転の覚悟で臨むということである。
 口コミで勇名や仕事ぶりが伝わる冒険者は、パーティの集団名を名乗ることに大変なこだわりがあるのだ。

 パーティ名で名乗った以上は、その依頼が遂行できない=冒険者としての汚名、ということ。
 特に仲間の名誉を重んじるシグルトにとって、名を損なうことは自分が傷つくことに等しい。
 パーティが所属する宿の看板に泥を塗り、拾って貰った恩を仇で返すということにもなる。

 武辺者である冒険者たちは、とりわけ面子にこだわる。
 面子を損なえば仕事を得られなくなるのだ。

 シグルトは善意だけで報酬の前渡しを断ったわけではなかった。

「…これは俺の知識からの推測なのですが。
 
 攫った子供がすぐに殺されることは無いでしょう。
 奴らはものを考えると言っても、多くは単純です。
 〈その場で殺害せずに攫った〉ということは、すぐ殺す意思が無いということ。

 以前あった類似する事件でも、半日から一日は〈殺されない〉ことが大半だったと聞いています。

 マリア嬢はおそらく、生きています」

 シグルトがマリアの生存を確信しているのには、ゴブリンの生態に関して詳しいからだ。

 ゴブリンなど一部の人型妖魔は、雌となる個体が異様に少ない、あるいはまったくいないことがよくある。
 そういった妖魔は、とてもおぞましい話だが…別の人型種族の雌を攫ってきて子を増やす苗床にしたり、獣の胎を使って増えるのだ。

 これがオークの場合、女性であれば老若問わず性的な暴行を受ける。
 繁殖のためだけではなく、その旺盛な性欲のはけ口として。
 情報から相手はゴブリンらしいので、この線は消える。

 もし繁殖のためにゴブリンが女性を攫ったのであれば、数日懸けて苗床になる処置をする。
 そのためには呪術的薬物を用意する必要もあるため、攫って半日で救出不可能なほどの施術をされる可能性はまずない。

 考えたくない話だが直接繁殖するために、性的暴行をする可能性も低いはずだ。
 吐き気の催す話だが、異種族に対する性的暴行は、人間が一番凄惨で変態的である。
 人間がゴブリンの緑の肌を嫌悪するように、ゴブリン側も人間などといたしたいとは思わないのである。

 そして、これらの線も無いと断言していい。
 九歳のマリアは明らかに子供で、村の栄養状況から初潮を迎えていないはずだ。そういう目的に利用される可能性は体格的・生理的にあり得ない。

 では、食料として攫った場合は?

 活かして攫うのは【保存食】として虜にしておくためだ。

 もし〈すぐ食べる〉ためならば、〈殺してから遺体(食材)を持ち去る〉はずだ。
 攫うというのは逃げられる可能性があり、子供であってもゴブリンの体格であれば下手をすれば手痛い反撃をされるから、リスクが高いのである。

 絶対の無事とは断言できないが、シグルトはマリアの生存をほぼ確信していた。

 対して、先に侵入した父親の生存は絶望的である。妖魔にとって救出に来た大人の男性は脅威にしかならない。
 廃坑に時間からして、救出に失敗したのだろう。
 このことは、村長も予測し覚悟している。
 今更繰り返し言うことではない。

「…そうですか。

 では、これをお渡しできることを、私も願っております」

 村長は申し訳なさそうに頭を下げると、冒険者を残してその場から去って行った。


 “風を纏う者”がしばらく進むと、月光の下にぽっかりと口を開く廃坑の入り口が見えた。

「…廃坑かぁ。
 多分入り組んだ地形だよね。

 一度通った道順は僕が憶えておくけど、上下に伸びた通路があれば方向感覚が狂うかもしれない」

 ロマンが洞窟や廃坑などの調査で問題となることを口にした。

「ふむ、手は打っておくか。
 幸い今夜は乾燥している…上手く行くかもしれん。

 レベッカ、周辺の調査を頼む」

 そう言うと、シグルトは道具袋から簡易裁縫道具を取り出した。
 中には、縫い針や糸の他に釣り針や傷を縫う銀の針、釣り糸やほつれを繕うためのフェルトなどが入っている。
 その中から二つに折れた平べったい針を取り出した。

 宿の娘が革製品を繕うために使っていたものだが、折れたので処分するものを、シグルトが使い道があると言って貰い受けていたものだ。

 シグルトは羊毛でできた布切れを取り出すと、二つに折れたものの尖った方を選び、擦り始めた。
 上下にでは無く、先に向かって擦るのを繰り返す。

「何をしとるんじゃ?」

 スピッキオが首をかしげると、シグルトは苦笑して作業を続けながら語りだす。

「昔まじない師の婆さんが教えてくれたまじないでな…【ユピテルの愛の針】、あるいは【導く針】という。

 これぐらいか」

 シグルトが擦った針を折れた針に近づけると、両者がピタリとくっつく。

「うわ~」

 ラムーナがその不思議な現象に思わず感嘆の声を上げた。

「…調査終わりっと。
 蛇と蛙が追っかけっこしてたぐらいね。
 異常は無いわよ。

 って、何その珍現象!?」

 周囲の調査を終えて戻ってきたレベッカもくっついた針を見て目を見張っていた。

「どうやらユピテルの加護が宿ったようだ。

 これを小さな葉に着けて、小盃に水を半分ほど注ぎ浮かべると…」

 シグルトがくっついた針を引き離し、その辺に落ちていた楕円形の木の葉を拾い、針の尖った先端で刺してから、足が折れた小さな盃の中に水を注いで浮かべた。
 針はくるくると回って、やがて一方を指し示す。

 不意に空を見上げたシグルトは、「北はこちらだな」と葉の針の先端付近がある部分にインクで黒く線を引いた。

「愛多きユピテルの加護が宿ったこの針は、近づけると折れた半身を引き寄せる。
 戦争に行く恋人が戻れるように、尖った先を男が、もう片方をその恋人が持つ…そうすれば互いが引き合い再会できるのだという。

 好色で浮気性のユピテルの加護であるから、他の針に近づけるとそちらも節操なく引き寄せてしまう。
 そうなると再会を促す魔力は失われるという話だ。

 ただ、ユピテルの加護が宿った針はしばらく北か南を指し示す。
 まじないの伝承では、戦場で自軍の本隊からはぐれた兵士が、この力で故郷に無事たどり着くことができたそうだ。

 金属の鉱物が多い鉱山や一度雷が落ちた場所ではまじないの効果が狂うとされているんだが、あの鉱山は別の鉱山だったようだし、方向を見失った時は役立つだろう」

 シグルトが行ったのは、静電気で針に磁力を持たせ、簡易のコンパスを作る方法である。
 科学が発達していない時代、それはまじないとして伝わっていたが、天然磁石(ロードストーン)を使った似たようなまじないもある。
 静電気と、雷霆を操るユピテルの符合など、なかなかどうして的を射たものであった。

 過去にシグルトは、恋人にせがまれてこの針を作ったことがある。
 まじないの効果は表れず、今は離れ離れになってしまったのだが。

 新しい知識に、ロマンが鼻息荒くシグルトからできた簡易コンパスを受け取った。

 得物が短剣のレベッカが、空いた片手にランプを持つ。

「さぁ、ここからが本番だ。

 …急ぐぞ」

 シグルトの号令で、一行は地獄の底に続くかのような、真っ暗な夜の廃坑へと入って行った。

 廃坑の中は、すぐに二股の分岐路になっていた。
 夜気で冷やされた空気にわずかに混じる、鼻にこびり付くような悪臭。
 妖魔が放つ体臭と生活臭だ。

「…いるわ。
 多分予想通りゴブリンね。

 少し残った足跡がそれよ。
 ただ、気になるのは…人間の奴じゃない、血の匂いがする。

 特攻した父親が、何匹が殺ってるわねこれは」

 先んじて調査をしていたレベッカが眉をひそめていた。
 敵が減っているなら行幸だが、その分たぶん警戒している。

「まっすぐ行くか、左だね。

 どっちに行く?」

 レベッカが罠や警報装置が無いことを伝えると、次は分かれ道をどう進むかとなる。

「最初に先輩から習った時は、左回りの法則を守れだったよね?
 壁伝いに左回りに進めば、よほど複雑な構造でない限り迷わないって。

 背後を取られたくないし、脇道からおさえて行こうよ」

 ロマンの提案に一同は頷く。
 左に伸びた道を選び、長い通路を進む。
 途中壁に【クリスタル】が光っているのを見つけ、回収する。

「臨時収入ゲットね。

 まぁ、この程度のサイズじゃ、それほど高額にはならないだろうけどさ」

 そんなことを言いながらさらに抜けると、扉と不自然に転がった岩がある。
 むっとする血臭に、ロマンが顔をしかめた。

 岩の下には圧し潰されたゴブリンの死体があった。

「レベッカ、あの大岩を人間が振り回せると思うか?」

 シグルトは険しい表情で問うた。

「無理ね。

 つまり、〈別〉のがいるってことよね?」

 レベッカの言葉に、仲間たちも真剣な顔立ちになる。

「こんなことができるとしたら、ゴブリンなら【チャンピオン】、他ならオーガーなどの巨人種だ。
 目撃情報が無く、同族同士で殺し合う可能性も低いから、たぶん後者の可能性がある。
 その場合俺たちの今の装備や実力で対処できる相手じゃない。

 その手の奴に遭遇したら、全力で逃げるぞ」

 一行は警戒を強めてから扉を調べ、開けて進んだ。

 そこは鉱山労働者が休む部屋だったようだ。
 ベット代わりの藁が、いくつか小山を作っている。

 藁は黒ずみ湿気を帯びていた。
 ムカデやナメクジの温床となっており、今はとても休憩などできないだろう。

 その薄汚い藁の中に、小柄な体格の生き物が隠れていた。
 よく見てみると恐怖に震えるゴブリンのようだ。

 シグルトが剣を一閃、その首を斬り落とす。

 攻撃の意思がない妖魔だからと言って、放置すれば背後から襲われることもある。
 彼らはすでに子供を拉致し、村に被害を与え、人の土地に勝手に住み着いている外敵なのだ。
 ならば、率先して殺す汚れ仕事は戦士の自分がやるべきである。

 苦しめなかったのが慈悲であった。

 一行は死体を部屋の隅に寄せて藁で覆う。
 元々あった遺体ならともかく、斃した敵の死体は隠蔽するのが鉄則だ。

 その間にレベッカが扉を調べる。

「こりゃ、専門の道具を使わないと開かないわね。

 さび付いていやがるわ」

 手慣れたようにレベッカは油を注し、頑丈な千枚通しのような道具で錆をこそいでから、針金とピッキングツールを差し込んでやすやすと解錠した。
  
 扉を潜り次の部屋に向かうと、そこは湧き出した地下水でもあったのか、濡れそぼって腐った藁と泥土のある部屋であった。 

「…これ葡萄酒みたいだけど、完全に賞味期限切れっぽいわね」

 レベッカが調査中に泥土の中から葡萄酒の瓶を発見するが、それはもう熟成というよりは中身が完全に酢か…得体のしれない物体になってしまっただろう、葡萄酒の瓶である。
 「こりゃ敵にぶつけるぐらいしか効果が無いわね」とはレベッカの談。

「後で酢になっていないか確認してみよう。

 飲めなくても、別の使い方がある」

 意外にもシグルトが回収を提案した。

「こんなもん、何に使えるってのよ?」

 飲めない酒、と言うのはレベッカにとっては忌々しいものだ。
 顔をしかめている。

「酢になっていれば、丈夫な糸を作る時に薬液になるんだ。
 虫の糸を出す部分を薄めた酢に漬けると、透明度の高い切れ難い糸が取れる。

 そうやってできたものは、釣り糸や傷を縫う糸としては最高のものだ」

 シグルトの言う糸とはテグスのことだ。
 絹糸昆虫の幼虫の絹糸腺を取り出して3%ほどの薄い酢酸に一分~十分ほど漬け、それを伸ばす。
 
 紡いで作った糸は繊維の隙間に汚れが付着して汚染されやすく、傷の縫合をする場合感染症を起こしやすい。
 
「あ~、あれってそうやって作るのね。
 たまに手妻で物が浮いてるように見せたりするトリックで使うけど、あの糸って高いのよね。

 作る時は私の分もよろしく」

 役立つとわかれば現金な女である。

 その後、扉の先にある曲がり角で物陰に隠れた蛇がいたが、一匹目はやり過ごし、もう一匹は駆除した。

「あっぶな~、噛まれたらことだったわよね♪」

 そういいつつ、ちゃっかり蛇の潜んでいた岩の亀裂から【クリスタル】を回収しているレベッカである。
 今回の報酬は安いので、こういう小さな収入が増えると有難い。

 その先は三差路。
 鉱山の元食堂だった場所のようだ。

 ツルハシを持ったホブゴブリンの死体と、片腕をもがれて失血した男の死体があった。

「…マリアちゃんのお父さんだよね?」

 ラムーナが沈痛そうな顔で言うと、スピッキオが十字を切りその瞳を閉じさせた。

「屈強な体格をしている。
 おそらくは猟師か樵をしていた人間だろう。

 愛娘の危機を看過できなかったのだろうな。
 残念だが、妖魔の巣窟に単身で飛び込むということは、冒険者でも自殺行為だ。

 俺たちにできるのは、彼の死に様をきちんと伝えること。
 彼の無念を晴らし、その娘を助けること。
 できれば無くした腕も見つけてやろう。

 レベッカ、何か形見になりそうな品物があったら回収しておいてくれ」

 軽く遺体に黙とうをささげると、シグルトはホブゴブリンの遺体を調べ始めた。

 レベッカは男がかけていた【青い首飾り】を形見として回収する。
 売れば金にはなるだろうが、そんな気にはならない。

 自分たちも下手を打てばこの骸と同じになる。
 それがわかっているからこそ、勇気を示し死んだ人間には、それが愚かな行為であっても敬意を示すのが冒険者というものだ。

「…やはりな。
 巨体のホブゴブリンが肋骨を出すほどの衝撃。

 今のところ気配は無いが、とんでもない怪物がいるのは間違いないようだ。
 この依頼、一筋縄ではいかないかもしれん。

 できる対抗策を打っておこう…〈来い、トリアムール!〉」

 シグルトの周囲にふわりと風が舞った。

「えっ?

 何、魔法?」

 シグルトが振るった新たな力に仲間たちが目を見張った。

「そういえば〈新しい力を手に入れた〉程度しか言ってなかったな。

 これは、風の精霊の力を纏う精霊術だ。
 一度の使用で二度風の魔法を放てる。
 精霊の召喚時と風の魔法の発動時には身体能力を高められ、俺の動きに連動して攻撃と撹乱を兼ねた風撃で敵を打ちのめすことができる。

 まだ慣熟しているわけではないから、召喚は三度が限度だが、手数が増やせるし、不意討ちを食らった時には対抗手段として使えるはずだ」

 簡単に説明するシグルトに、レベッカが「うが~!」と食って掛かった。

「何さらっと言ってんのよ!
 それって魔法じゃない!
 才能あっても、習得に金と時間がかかるやつ!

 あんた、武器振るって戦うのが本職の戦士よね?
 冒険者の中で【武芸と魔法】を同時に使える【二重能力者(ダブル)】がどんだけ稀少で高等技術か、知らないわけじゃないでしょ?」

 魔法。
 魔術師や精霊術師、大きな意味では秘蹟を使う聖職者も含め、呪文・奇蹟・能力によって超常の力を起こす力を、人々は魔法と呼んだ。
 それを使える人間を魔法使いと呼ぶ。

 実は、本業の技能に添えて副能力的に魔法を使える冒険者は結構いる。
 代表的なのはリューンのような大都市で大枚を払って学ぶという手段を取る。
 聖北教会から【癒身の法】を学んでいる戦士や、護身のため賢者の塔で【魔法の矢】を習得する盗賊など。
 だが、それは冒険に慣熟し、金銭に恵まれた中堅以上の冒険者だけだ。

 魔法は、〈教えてくれる師〉を見つけなければ基本習得できない。
 あるいは技能書を見つけて、自身で学ぶしかない。
 その機会こそが大変稀少なのだ。

 シグルトは、レベッカと別れていた数週間の間に、特別な浪費もせず(アフマドを救うために銀貨千枚を使ったが、後に稼ぎで補っている)その稀少な魔法を習得したのだ。

 そして、レベッカが感情をあらわにするほどのこと。
 シグルトがただの器用貧乏なマルチユーザーなのではなく〈戦士として極めて優秀である上で魔法を習得している〉点。

 剣と魔法を同時に専門職並みの実力で使いこなせる者は、冒険者の中で【特別】だった。

 【二重能力者】。

 古来、書物に名を遺す聖騎士や魔法剣士と言った特別な技能職となり、時と場合によっては【勇者】などと呼ばれる者たち。
 彼らは、歴史を動かした王に仕えたり、英雄として強大な怪物を倒して名を残す者がほとんどである。
 在野の冒険者に甘んじているなど、ありえない。

 先ほどのまじないといい、時代を無視したような高度な医療知識といい、この男はどこまで規格外なのか。

「…そんなことを言われてもな。
 縁あって習得したものだ。

 今度細かい精霊術の手ほどきをレナータから受けてみようとは思うのだがな。
 柵(しがらみ)になる精霊術の師はいないから、皆の迷惑にはならないだろう」

 〈自分に魔法の師はいない〉というシグルトの言葉に、今度こそレベッカは絶句した。
 師がいないということは、使える術の開祖ということ。

「あ~、シグルトや。
 この仕事が終わったら、一度その精霊を召喚できるようになった所以を詳しく話すんじゃ。

 わしもあんまりのことで頭がついていかんわい」

 スピッキオも治癒の秘蹟を習得するため、長い間潔斎し修行したものだ。
 剣術の類と違い、魔法の類はとにかく感覚が特殊で、簡単に習得はできないものなのだ。

「うん、今更だよね。
 シグルトなら、そのうち新しい流派とか開きそうだし。

 僕はもう驚かないよ」

 ロマンは子供らしくない、遠い目をした。

 あまり分かっていないラムーナは「すごいね~」と目を丸くするだけだった。


 結局シグルトの新しい能力に関しては棚上げとなり、一行は地面についた血痕を追って北に向かう。

 さらに北に向かう通路と、その途中にある扉。
 血痕は扉へと続いている。

「この扉、鍵はかかってないけど開かないわ。
 奥に敵がいるとみていいわね。

 どうする?」

 シグルトは当然とばかりに武器を構え、一堂に促した。

 直接ぶつければ武器が壊れる。
 シグルトが風を纏って強力なタックルを仕掛け、ラムーナが盾を構えて突進する。
 二度目のタックルが行われた後、ロマンが【魔法の矢】をぶつけると、度重なる攻撃で脆くなっていた古びた扉は砕け散った。

「行くぞ!」

 シグルトとラムーナが先頭となり部屋に入ると、そこは小枝の束と壺が立ち並ぶ倉庫のような場所だった。
 吹き飛ばされたのか、一匹ゴブリンが転んでいる。
 全部で三匹いたゴブリンは、興奮したように襲い掛かってきた。

 ラムーナが攻撃をかわすと、その後ろにいたロマンに襲い掛かってくる。

 シグルトがそのゴブリンを殴り倒した。
 壺が邪魔となり、剣を振り回すには狭い。

 ロマンが呪文を唱え、レベッカとラムーナが手に持った武器で牽制をしかけるとゴブリンが特攻してきた。
 頑丈な防具の無いシグルトはとっさに割り込んでそれを腕で受ける。
 硬い手袋で防ぎ切り、反撃に足を払って敵を跪かせると、組みついて首を剣の鍔でロックし、足を踏んでジャッキのように頸部を捻り上げた。
 身長差故に脛骨を外されたゴブリンは、支えを失った首の気道と頸動脈を捩じり潰され即死した。
 これは、剣術などに伝わる格闘の技である。
 剣は斬ったり刺したりだけに使われるのではない

 もう一匹をラムーナとレベッカ、スピッキオが三人がかりで攻撃し、めった刺しの上に杖で頭蓋骨を砕いた。

「《眠れ!》」

 ロマンの【眠りの雲】で最後の一匹が意識を手放す。
 その一匹の首をシグルトが切断すると、戦いは終了した。

「シグルト、大丈夫?」

 駆け寄ったラムーナに「傷はない」とシグルトが答えた。

「やはり、こういう狭い場所で戦うには、揉み合いを前提にして籠手ぐらいは装備しておくべきだな。

 革製の手袋では最悪防ぎきれん」

 シグルトがゴブリンの攻撃をブロックしたのは、ロマンを狙われないようにするためだ。
 このゴブリンたちは魔術師を狙う戦い方を心得ていたような気がした。

 大事を取ってスピッキオが【癒身の法】をと聞くが、手を開いて無事なところを見せた。

 その間にレベッカは周囲を見渡して、壺の上に隠れていた黒い鉄の箱を見つける。
 複雑な鍵がかけられていたため、レベッカは鍵開けの道具と技を駆使してそれを開けた。

「これは、この廃坑の地図だわ。
 後わけのわからない模様が書かれた本と、真新しいインク壺。

 誰か最近までこの廃坑に住んでいたのかしら?」

 こういうものはロマンが専門分野ね、とその本を渡す。

「うん、たぶん何かの文字の筆記体だね。
 模様のように見えるのは文字同士が繋がってからだよ。
 単語や文章の形成も独特みたい。

 ゴブリンにしか視認できない書き方をしていたら、僕には読めないかな。
 こういう時こそ、この間手に入れた魔法の指輪を使ってみよう」

 仲間の同意を得ると、ロマンは先日ロゴージンから手に入れた魔法の指輪をはめて呪文を唱える。

「《仮の綴りよ、真の言葉を示せ!》」

 そうやって召喚した指輪の精を、吹きかけるように本に解き放つ。
 瞬間、ロマンの目には本に書かれた内容が飛び込んできた。

「…驚いた。
 これはゴブリンたちを率いていたものが書いた記録だよ。
 廃坑のゴブリンを統率していたリーダーは、下手な人間より知能が高かったみたいだね。

 筆者はベインガマ=レイントルグストエン。
 著名は『我らが足跡』。

 間違いなく、これを書いた…おそらくシャーマン種は、特別な変異種だよ。

 ここにやってくるまでの苦労とか、人間に対する警戒とかが書いてある。
 おや?これって…」

 ページをめくっていたロマンが、挟まっていた紙きれのような物を取り出した。

「使い捨ての呪文が封じ込められたスクロール(巻物)かな?
 大した威力はなさそうだけど。
 好事家に売ればいくらかお金にはなるかもだけど、攻撃手段としてはサラマンダーの攻撃程度かもしれないね」

 ロマンが読んだ本の内容によると、ベインガマというシャーマン種は、他の地から仲間を引き連れてこの廃坑に流れてきたらしい。
 人間との軋轢を避けるため、神経質なほどに人を避けるように命じるベインガマだが、仲間たちは安住の地を手に入れたことによる楽観から次第に油断し、人の物を盗んだり出歩くようになる。
 ある時そのベインガマの仲間が何者かによって無惨に殺害された。
 調べるうちに、【森の悪魔】と彼らが呼ぶ怪物に遭遇し、それが仲間の敵だと判明した。

 【森の悪魔】は太陽が致命的で、驚異的な再生力を持ち、魔法を使えるベインガマと仲間と一斉に襲いかかっても勝てない強大な敵だったようだ。

 怪物を避けるため、行動を制限したことで食料の備蓄が無くなり、仲間たちが村から窃盗を繰り返すようになった。
 ついには人間の子供をさらってしまい、ベインガマは言うことを聞かない仲間を見限り、親しい仲間だけを連れて逃げようとしていた、というところでその内容は終わっていた。

 ロマンが説明している間に、レベッカは手ごわかった鉄の箱を調べ、盗賊の勘でそれが二重底だと見抜いた。
 ベインガマの日記に挟まっていたのと同じ呪文のスクロールが入っていたという。
 
 並んでいた壺の一つにはゴブリンが隠れていた。
 怯えて居たゴブリンはすぐに始末される。

 一度敵対した妖魔には、決して慈悲をかけてはならない…それが冒険者の鉄則だ
 涙を流して哀れを誘ったゴブリンを放置し、背後から刺されて殺された冒険者もいる。
 子供のゴブリンを見かけたら、「必ず殺せ!」とも。
 生き延びたゴブリンは人間に警戒し、知恵をつけ、もっと恐ろしいゴブリンを率いる群れの長になる。

 もう一つの壺には蛙を乾燥した保存食らしきもの。
 流石に何かに役立つとは思えない。

 最後に中央に置かれていた取っ手付きの大きな鍋を確認すると、その中で赤と黒のフードをかぶったブロンドの女の子が震えていた。
 
「君はマリアだね?

 俺たちは君を助けるために、君のお母さんと村長さんに頼まれてやって来た冒険者だ。
 もう安心していい」

 シグルトがそう声をかけると、少女はシグルトを見上げた。

「…お母さんが?」

 子供の問いにゆっくり頷いてやると、青ざめていた頬に幾分生気と赤みが差す。

 シグルトは彼女を抱き上げ手鍋から出すと、地面に下した。
 さっと見て、大きな怪我がないことを確認する。

「怪我はないようね。

 一人で歩ける?」

 かがんで目線を合わせレベッカが問うと、マリアはぴょんと跳ねて見せて「うん!」と答えた。

 部屋の探索を終えたシグルトたちは、手に入れた地図を見て、廃坑の最奥へと向かう。
 もしゴブリンがいるのであれば、背後から挟み撃ちにされると危険だからだ。

 途中途中に大きな岩が転がっていた。
 よく見ると、先ほどのベインガマが書いていたような幾何学模様の文字が刻まれている。
 魔法の指輪によって解読を試みると、それはベインガマが可愛がっていたゴブリンの子供が書いたものだった。

「ああ、なるほど。
 ベインガマはレイントルグストエンの方が名前で、レントが愛称だったんだね。
 トッチはペットの鼠だったんだ。

 そこに書かれていることはベインガマ…レントと呼ばれていたシャーマン種が日記に書いていたことと大差ない。
 子供が書いた徒然日記という感じだ。

「うん、面白いね。
 帰ったら、これを絵本のネタにでもしてみようかな。
 こんな珍しい事例は少ないから、貸本屋が買い取ってくれるかも」

 独り言を言うロマンに、そうだといいわね、とレベッカが肩をすくめて言った。
 その横でスピッキオが一休みと、文字の書かれた大岩によりかかる。

 グラリ…
 
 ほんの少し寄りかかっただけの大岩はごろごろと転がって、北に向かう下り坂を転げ落ちて行ってしまった。
 ドンガラガッシャンとすごい音がする。

 全員の目がスピッキオを見つめる。

「…す、すまんの」

 そんなスピッキオを無視して、レベッカが地面を見る。

「なるほど、ちょっと違和感があったんだけど結構な勾配になってるわ。

 この先にゴブリンがいたらぺちゃんこね」

 横でシグルトが「気をつけような」とスピッキオに注意を促していた。

「内容は覚えておいたからね。

 ゴブリンの子供が残した文字が無くなってしまったのはちょっと残念だけど、あんな岩持ち帰れないし」

 ラムーナはマリアに「大回転~」とバク転しながら冗談を言っていた。

 坂を下りると落盤があったらしく岩がいくつも転がっており、行き止まりになっていた。
 レベッカが調べたところ岩の下に何かある、とのことで拾ったつるはしで岩を破壊すると、白骨死体が現れる。
 おそらくはこの鉱山の労働者だろう。

 遺体が持っていた銀貨と【クリスタル】を有難く頂戴し、代わりにスピッキオが祈りを捧げ、近くの砂地にその骸を埋葬した。
 これでアンデッド化することはないはずだ。

 金品などの遺品は貰い簡易の葬送をする、というのは冒険者が良く行うことである。
 無念で死んだ者がゾンビやスケルトン、ウィスプといったアンデッドにならないように弔いで遺体を聖別すること。これは冒険者の中に教会関係者がいれば義務として行う。
 冒険者は遺跡発掘と称した〈墓荒らし〉をすることもある。
 遺跡と呼ばれる古代の遺産の中には、墳墓もよくあるのだ。

 この世界にはアンデッド…人に害をなす亡者たちが存在する。
 発生を防ぐには、遺体を聖別して埋葬するのが最も手っ取り早い。

 教会の教えでは、死者は最後の審判の後に復活するとされる。
 遺体に欠けた部分があればそのまま復活するとされ、五体満足の状態で葬るのが一番理想なのだ。
 故に、首を切られたり火葬にして完全に焼き尽くしてしまうのは、死後の復活が許されないということ。
 葬送として好ましくないことだ。

 簡単に黙祷をすますと、スピッキオが遺体を聖別する間に、さっき転がってひびが入った大岩を砕く。
 文字のサンプルとして、ロマンが岩の欠片が欲しいと言ったのだ。
 シグルトがひびの入った部分につるはしを叩き込むと、【クリスタル】が出てきた。
 ロマンが欠片を回収し、レベッカはお宝を手に入れ、二人ともほくほくである。

「【クリスタル】は全部で六つね。

 一つで銀貨五十枚として、ざっと銀貨三百枚。
 遺体の持ってた銀貨百五十枚。
 依頼料が銀貨四百枚だから、手に入れた雑貨を合わせれば銀貨千枚はくだらないわ。

 マリアちゃんも救出できたから、後は連れ帰れば依頼は完遂ね」

 元来た道を戻りながら、レベッカが上機嫌な様子である。
 だが、三又の交差路に差し掛かると、一行の表情が引き締まる。

 そこにはマリアの父親の遺体があった。
 
「パパ…」

 マリアが目に涙をため、血に塗れた遺体を見ていた。

 レベッカが、先ほど岩を砕く時に使って折れたつるはしの柄を取り出し、器用に削って腕の形にすると、そっとマリアの父親の失われた腕のところに置いた。
 身体の一部を失ってしまった者に対する葬礼の一つだ。

「君のお父さんは、大切な君を助けるために命を懸けて頑張った。
 たった一人でたくさんの妖魔に立ち向かい、命を落としたんだ。

 君はこれからそうやって救われた命を、大切にしなければいけない。
 お父さんが助けたかった君の命を粗末にしてはいけない。
 そして、天国に行ったお父さんが心配しないように、お母さんを支えるんだ。

 これから先、君みたいな悲しい思いをする子供が無いように、村のみんなで注意して頑張るんだよ」

 シグルトはレベッカがしたのと同じようにかがんで、マリアと目線を合わせると、噛んで含めるように言った。
 励ますように言葉をかけながらも、婉曲な言葉だが、マリアの行動を戒めてもいる。

 シグルトの眼差しはまっすぐで、誠実で、どこか強い願いがこもっていた。
 怒りで降伏した貴族の子弟を撲殺し、その復讐によって父を失ったシグルト。
 子供の行う過ちが周りを巻き込んで取り返しのつかないことになるのだと、その神秘的な瞳で強く語る。

 マリアは涙をこらえて頷いた。

「よし、強い子だ。

 お父さんは、村に戻ってから村のみんなに迎えに来てもらって、弔おう。
 まずはお母さんに、無事な姿を見せてあげないといけないからね」

 立ち上がったシグルトは、優しい眼差しになってマリアの頭を撫でた。


 地図に従い、シグルトたちはそのまま時計回りに移動する。
 L字路を回って十字路まで来ると、その先にはうっすらと洞窟の入り口が見て取れた。

 通路には強力な力で引きちぎられ、開けられた扉が転がっている。
 痕跡の新しさにレベッカが渋い顔をした。

「最初の予測が正しいなら、でかいのが本当にいそうね。

 そっちの方の事後処理も、覚悟しておいた方がいいわ」

 扉やゴブリンの死に方から、人型の力の強い魔物が他にいる。
 シャーマン種の書いていた日記にも、【森の悪魔】という記述があった。

 周囲に気配は無いが、きっと近くにいる。

「…おそらく、トロールだ」

 シグルトが呟くように言った。

「うん、僕もそう思ってた。
 ベインガマ=レイントルグストエンは、太陽が致命的で、驚異的な再生力があり、火に弱いと書いてたから。
 その上でこんな力任せなことができるとしたら、奴しか該当しないよ。

 甲冑を着た兵士がいるちょっとした部隊でも、トロール一匹に壊滅させられたって記録があるから、今の僕らの装備で真正面からぶつかったら同じことになる。
 【炎の玉】みたいな強力な火の呪文がほしいね。
 ここで手に入れた複数のスクロールは、たぶんあのシャーマン種が対抗手段として用意してたものじゃないかな。
 予想できる威力じゃ、正面から使っても〈降りかかる火の粉〉どまりだろうけど。

 この廃坑に罠を仕掛けて焼き殺すっていう手段もありだろうけど、お勧めしない。
 こういう閉鎖された空間で炎を使うと、炎が大気を食らって呼吸ができなくなるらしい。
 熱く煤の混じった煙を吸えば咽喉が焼けて死んでしまうんだって、炎の魔術を研究していた先人が書いた書物を読んだことがあるよ。

 他の手を考えないと」

 ロマンの意見に皆頷く。
 こんな閉鎖された場所で火を使えば蒸し焼きになってしまうだろう。

 ちぎられた扉のあったらしい西側の部屋に向かうと、そこは血の海だった。
 手足を失ったり、ひしゃげたゴブリンの死体が散乱している。
 原形をとどめている死体はひとつもない。

 元はゴブリンたちの食糧庫だったのだろう。
 村から盗んだらしい穀物や野菜が転がっているが、どれもゴブリンの血をかぶっている。
 これを食べられるようにするには大規模な洗浄が必要だ。

「…うっ」

 ロマンが顔色を無くして部屋の外に出る。

「これ、見ちゃいかん!」

 スピッキオがマリアを部屋から連れ出した。

「ラムーナ、護衛を頼む。

 ここはレベッカと俺で調べよう」

 刃傷沙汰に慣れなければいけない戦士だとは言え、長く見ていて平気なものでもない。
 リーダーであるシグルトと盗賊のレベッカが調べるのが適任との判断であった。

 ラムーナが了解とばかりに部屋を出ると、シグルトは医学的見地から死体の分析を始めた。
 レベッカも死体が何か持ってないか調べ始めた。

「おそらくこの洞窟をトロールが襲撃したのだろう。
 
 そして、この頭の大きなのが、おそらくあの日記を書いたシャーマン種だ」

 シグルトが腕を失ったゴブリンの死体を指し示す。
 そのゴブリンの杖を持った腕は、三メートルほど吹き飛んで転がっていた。

「そうね、念入りに調べてみるわ」

 レベッカがシャーマン種の遺体を検分していると、ローブの隠しポケットから小さな鍵を発見する。

「何かの鍵ね。
 二重底の箱とか、日記の中にスクロールを隠すような奴だし、大事なものをしまっている場所のものかもしれないわ。

 たぶん、地図にある最後の部屋のものね」

 他には特別な発見も無く、シグルトとレベッカは部屋を後にした。

 一行は残された最後の部屋に向かう。
 ゴブリンが残っていれば増えて問題であるし、知能が高く用意周到なシャーマン種のゴブリンが隠し持っていた鍵のことを考えれば、何か隠されている可能性があると判断したからだ。

 シグルトとしては後顧の憂いを断つために。
 レベッカとしてはお宝の予感に胸を膨らませ。
 ロマンとラムーナは好奇心から。
 スピッキオはこの際この廃坑を徹底的に調査し、遺体等あればアンデッド化を防ぐという気持ちで。

 最後の部屋への調査は決定された。
 マリアの方も、「村の安全のために調べておく必要があるかもしれない」と判断したシグルトの言葉から、異存はないようだ。

 途中で大量の蝙蝠と遭遇するが、慌てずに対処すると大半は逃げてしまった。

 長い通路の先はL字になっており、背に斧が突き刺さったゴブリンが扉の前で倒れている。
 おそらく肉にめり込み過ぎて抜けなくなっていたのであろうか。
 シグルトが力を入れるとたやすく抜ける。

「こういう金属製品は、村にとっても貴重品のはずだ。
 この廃坑で手に入れたつるはしやこの斧のような金属製品は、この村が懇意にしている行商人の交換レートを聞いて、穀物や食料品の為替手形を作って交換してしまおう。
 
 さっきの部屋にあった穀物類から使えそうなのを村人に回収してもらい、それを交換品として受け渡せばいいはずだ。
 多少血をかぶっているが、洗浄して乾かし、粗悪品扱いで貧困者や孤児院向きとすれば販売ルートは十分にある。

 レベッカ、リューンの食料品用の為替書式で作っておいた札がまだあったな?」

 シグルトは元貴族の息子だけあって、こういった物品の交換手段の法規や制度に明るい。
 彼の祖国は土地が痩せていたため、隣国から入ってくる食料品にも頼っていた。
 木材や鉱物の為替はよくやり取りされていたのである。

 行商人にとって為替は、お金を持ち歩かなくて済むために便利であるが、冒険者が金銭の無い村落から報酬を引き出す時、村長が領主から預かる印章を押した為替手形を作るのは、賢い冒険者ならばよく使う手段である。
 商業ギルドも冒険者からそれらの為替手形を買い取って、穀物などが値上がりした時に上手く用いれば、一定の物資を安易に手に入れられるといった恩恵があるため、信用のある冒険者は商業ギルドからそれらの書類を手に入れることができた。

 “風を纏う者”が使う為替は、窃盗や不正な偽物ができないようにあえて扱う金額を低額に絞ったものだ。
 上限は銀貨五百枚まで。
 発行枚数も商業ギルドで管理してもらっており、作り過ぎないように注意している。
 羊皮紙では費用が高くなるため、それらの手形は木札で作成し、リューン近郊の村に絞って使えるようにしたもので、シグルトが提案してリューンの商業ギルドに発行してもらった特別なものだ。
 現在はアレトゥーザやフォーチューン=ベルの商業ギルドで同じような為替を作ってもらえるように売込中である。

 過去に似たようなものはいくつかあったのだが、焼き印でギルドの印章を入れ割り印にして、軽い木製の札を安価で作成できる点が使いやすく、現金を持っていない農村で支払ってもらう報酬が用意でき、扱う金額の上限が低額で交換が必要になった時村落の負担が軽く、細い針で開けた透かし穴と裏面にシグルトが書いた花押(手書きの特殊なサイン)や発行者の冒険者と商業ギルドしか扱えないというセキュリティの高さから盗賊が換金できないため、商業ギルドはかなり乗り気で試験的にこの方法を取り入れてくれた。
 すでに“風を纏う者”と知り合った行商人たちがその為替を信頼して取り扱い、なかなか好評である。
 
 シグルトは提案した立場ではあるが、誠実で信頼できる立場の人間としかこの為替を交わさない。
 ヒバリ村の村長は前金で銀貨を渡すぐらいの善人であるため、シグルトのお眼鏡にかなったというわけだ。
 発行の堅実さから、“風を纏う者”の扱う手形は、他の冒険者が真似て作った類似品とは一段違った扱いを受けている。

 後に優れた冒険者として名を上げるシグルトは、こういった冒険者にとって役立つ知識的・技術的・法規的パラダイムシフトをいくつも行うことになる。
 彼は武名でも知られていたが、冒険者の立場向上のために行った数々の提案でも有名であり、シグルトが新しい発案をすると「また風が吹いた」という言葉で話題に上った。
 駆け出しであるこの頃から、すでにその片鱗を見せ始めていたのである。
 
「お、それは名案ね。
 あの人の好い村長さんなら、良い契約が交わせそうだわ。

 私たちの名前を売って貰うついでだから、勉強しましょ」

 拾って手に入れた中古の雑用品は、普通に売り捌いても二束三文にしかならない。
 価値のある農村で引き取ってもらえば、リューンに持ち込む時の余計な税金もかからないしお得である。
 これ以上の金銭が無い村としても、悪い話ではないはずだ。

 そんな話をしつつ、レベッカは周囲を調べ、先ほどシャーマン種から入手した鍵を使って最後の部屋の鍵を開ける。

「ドンピシャね。
 さて、宝物庫の確認と行きましょうか。

 …ゴブリンのだけどね」

 その部屋は壺が並ぶ部屋であった。
 壺の中身は火薬や油である。
 
 あとは鼠の飼育容器となっていた壺と、ヒルやナメクジをを入れた気味の悪いものだ。

「気持ち悪い話だが、ナメクジは咳止めの薬になるそうだ。

 労咳になった時、これを生で飲み込んで治ったという事例がわずかだがあると聞いている。
 ただ、ナメクジは地に這う生き物で汚染されている場合もあるから、治療に使うのは賭けだな。
 〈薬草になる岩苔だけを食べるものが望ましい〉、とその知識を教えてくれた薬師は言っていた。

 シャーマン種が呪術やまじないで使っていた素材かもしれん」

 見た目が不快なものなのでそれは放置を決める。

 鼠の方はシャーマン種が育てていたという、ゴブリンの子供が飼っていたトッチだろう。
 
 「逃がしてもいい?」とラムーナが言ったので、壺を倒して解放することにする。
 自由になった鼠は、少し戸惑ったものの、足早に逃げ去った。

 その間にレベッカが部屋の片隅にあった隠し扉を発見する。

「ほんと用心深い奴だったのね。

 さすがにここには鍵がかかってないけどさ」

 奥の部屋には宝箱が3つ置かれている。
 一つはゴブリンが前で死んでいて開いていたが、レベッカがにやりとした。

「この鉄の箱…さっき見たやつと同じ奴だわ。

 多分予想通りなら…」

 箱の底が外れて、その中に入っていたスクロールが見つかる。
 三つ目の【炎弾の巻物】だ。

「これ、鱗があるわ。
 罠として毒蛇でも入れていたんでしょう。

 やっぱり。
 一つ目の木の箱は毒蛇入りね。

 最後の箱は、不用意に開けると三方に毒針が飛び出す凶悪な奴。
 ふふん、結構いい毒使ってるじゃない。
 盗賊ギルドにもっていけば、この針売れるわね」

 レベッカは巧みに盗賊の技を用いて罠を解除すると、毒針はしっかり回収してから箱を開けた。

「【解毒剤】一瓶に【コカの葉】一枚。
 ま、ゴブリンの宝物なんてこんなもんね。

 村長さんからもらった分を合わせた【コカの葉】三枚と、この【毒針】で銀貨三百枚になるわ。

 【解毒薬】だけ取っておいて売っちゃいましょ」

 廃坑で手に入れた品物を売れば、報酬と合わせて銀貨千枚以上になる。
 最初は割の合わない仕事だと思っていたが、なかなかどうして、冒険の副収入というやつは馬鹿にならない。

「これで調査すべきところは見て回ったな。
 坑内に何かいる様子もなかったし、油断せずに村に帰ろう」

 シグルトの号令で一行は廃坑の入口へと向かう。

「あ、これ、ネズミ捕りだ」

 廃坑の入り口にはネズミ捕りが仕掛けられていて、鼠がかかっていた。
 それは先ほど逃がしたやつらしい。

 妙に動産が人間的だ。

 ラムーナがとを外してやり、鼠を逃がす。

「もう捕まっちゃだめだよ、トッチ」

 声をかけられた鼠は、了解とばかり、一目散に去って行った。

「そういえば、宿の親父さんが屋根裏の鼠に悩んでたわね。

 これ、持って帰って売りつけましょ」

 なかなかに高度な仕掛けだと見て取ったレベッカが、ネズミ捕りを拾い上げる。

「がめついの。
  
 レベッカらしいとも言えるんじゃが」

 呆れてみているスピッキオに「小金も貯まれば金貨に化けるのよ」と、レベッカは得意そうだった。

 その横で、シグルトは思案顔だった。

「…嫌な予感がする。
 廃坑がこれだけ凄惨な状態だったのに、襲った当事者がいない。

 スピッキオ、すまないが仲間に守護の秘蹟を使ってくれ。
 俺の分はいい。
 こっちは自前の体術で備え、精霊術を用意しておく」

 用心深いシグルトの指示に、仲間たちは真剣に従った。

 準備を万端にして廃坑を出ようとすると、血走った眼をしたゴブリンが二匹現れる。
 いざ決戦と、皆が武器を構えた時…

「――――ウオオォォォォオオオ!!!!」

 凄まじい咆哮とともに現れた巨大な影が、二匹のゴブリンを吹き飛ばした。

「…やはり入り口で待ち伏せていたか!」

 慎重5mを超える巨人、トロールである。
 中堅の冒険者がやっと倒せるというオーガ…その一回りもでかい、最悪の敵だ。

 シグルトが覚悟を決めて剣を構えると、廃坑の外を確認したロマンが叫ぶ。

「シグルト、何とか振り切って外に出よう!

 もうすぐ日が昇る!」

 伝承に詳しいシグルトは、トロールに関する故事を思い出し、すぐにロマンの意図を察した。

「レベッカ、マリア嬢を背負え!先頭でさっきのルートを入口に向かって逆にたどるんだっ!
 スピッキオとロマンはそれに続いて行け!

 ラムーナ、俺とともに殿(しんがり)だ…正面からぶつからずに左右に分かれて、気を引きながら敵のリーチギリギリで引っ張るぞ。
 攻撃は絶対受けるな…武器も防具も多分耐えきれん。

 スピッキオのくれた加護を信じて、皆…走れ!」
 
 レベッカがマリアを引っ抱え、首にしがみつかせると全速力で走りだした。
 ロマンとスピッキオもそれに続く。

 シグルトが纏っていた風が突風へと変わり、ほんの一瞬トロールを足止めする。

 その隙にシグルトとラムーナも走った。

 周囲の邪魔な障害物を吹き飛ばし、トロールは怒りをあらわにして追いかけてくる。

 扉のある部屋まで逃げるも、トロールは壁事粉砕してしまった。

「だぁ~、脚速いっての、このデカブツ!」

 子供というお荷物を背負ったレベッカの息は荒い。
 それでも力は決して緩めず走り続ける。

 廃坑を一周し、目に見えたのはうっすらと白む外の光。

「もう少しだ。
 あとは走って逃げれば勝手に相手が死ぬ。

 振り切れ!」

 シグルトの号令に、一同が「おおよっ!」ばかりにさらに走った。

「――ブオォォオォオオォォ!!!」

 猛追するトロールもさらに速度を上げる。

(くっそ、こちとらブランク長いってのっ!

 やっべ、足、つってきた!)

 長い不摂生のツケで、レベッカの体力は限界である。
 寝不足による消耗も地味に体力を奪っていた。

 泡を吐きそうな思いで、何とか洞窟を出た時…

「レベッカ、よけろ!」

 岩が投げられた小石のようにびゅうんと飛んできた。

「――ちっくしょう~!!!!」

 避けきれないと察したレベッカは、叫びとともにマリアをふり捨てる勢いで放り投げると、岩を食らって吹っ飛ぶ。
 そのままゴロゴロと転がって草むらの中に消えた。

 その間に、トロールは悠々と現れ、泣き叫ぶマリアの方に向かって行く。
 ――絶体絶命。

 シグルトが巨人の前に躍り出た。
 ラムーナも続く。

「この蛆虫野郎…俺たちの仲間に手を出して、次の夜が迎えられると思うなっ!」

 眉をつり上げ、憤怒の表情を浮かべたシグルト。
 〈蛆虫野郎〉は、トロールやドワーフの前身である闇の妖精(デックアールヴ)が、巨人にたかった蛆虫であったという伝説からつけた分かり難い蔑称である。

「そうだぞ、でっかいハゲッ!」

 ラムーナが微妙に力が抜ける追撃の叫びをあげた。
 トロールにはこちらの方が効果があったのか、歯ぎしりをしている。

「これで僕らの勝ちはほぼ確定…しぶといレベッカなら大丈夫だよ」

 ロマンが後ろで杖を構える。
 低俗な罵りは口にしないとばかり、すました様子だ。

「ほ、あやつが報酬貰う前にくたばるもんかの」

 スピッキオは祈るために聖印を握り締めた。
 命を懸けて子供を庇った仲間にも、そのお説教が容赦無い。

「マリア!
 いい子だから下がってるんだ。

 こいつを俺たちが、石くれに変えてやる!」

 最後の戦いが、ここに始まった。

 戦いの狼煙はシグルトの纏った風、トリアムールの奇襲である。
 突風で行動を遮られたトロールは何もできず、たたらを踏んだ。

 ラムーナは盾を正面に構えて防御の構えだ。
 トロールが暴れて飛んでくる小石を器用にカンカンと弾く。

 ロマンはじっくりトロールを見据えながら、隙を探っていた。
 時間稼ぎする気満々である。

 スピッキオは祈り、いつでも傷を回復できるように準備していた。
 聖印を握る手に、じんわりと汗が滲む。

 きらりと、日の光が周囲を照らし始めた。

「よし、朝日が効いてきてる!」

 ロマンの声に、シグルトは全身を巌のように固めた。
 筋肉が盛り上がり、首筋に血管が浮き立つ。
 防御の構え【堅牢】である。

 朝日で巨人は縄でもかけられたかのように硬直していた。
 次の行動を用意する隙は十分。

「《トリアムール!》」

 シグルトの掛け声に風の精霊が再び召喚された。

 朝日を振り払うようにトロールが暴れ、【薙ぎ倒し】によって飛散した石や樹木が飛んできた。
 ロマンが飛来した太い枝に当たり、衝撃で後ずさる。
 木のささくれが服を破り血をにじませていたが、すぐにスピッキオが【癒身の法】で傷を癒す。

 【堅牢】を発動したシグルトと、盾で防御を固めたラムーナはかすり傷しか負わない。

「一呼吸だ。
 奴は朝日を受けて一呼吸ごとに動きが鈍る。

 攻撃に転じた時に全力で防御し、奴が動きを損なったら体勢を整えろ!

 耐えきれば…俺たちの勝ちだ!」

 ゆっくりと変移が見て取れる速度で昇り出す朝日を確認し、シグルトは仲間を叱咤する。

 苦しむトロールの皮膚は徐々に石化を始めていた。
 仲間たちの顔に希望の色が差す。

 足掻くようにトロールが暴れる度、瓦礫が飛んで皆小さな怪我をするが、シグルトのトリアムールが攻撃の手を足止めする。

「《…眠れ!》」

 スピッキオが防護の秘蹟をロマンにかけ、ロマンは【眠りの雲】で一呼吸分の攻撃を封じた。
 ここまでで重傷の者は一人もいない。

 飛び回るラムーナは、敵の攻撃の時だけ盾を構えて攻撃の余波を食い止めている。
 敵が日光によって怯んだ時に、剣で敵の厚い皮膚を引っ掻き、まとわりついて相手を混乱させていた。

(【感受】、【剛】、【柔】、それを聴く!)

 実戦で使ってみてはっきり感じる。
 バックラーはラムーナにとても適していた。
 今まで避けるしかなかった攻撃のうち、小さくてかわし難い攻撃だけを遮断すれば、体力を削り切られることを避けられる。
 少女の華奢な体格は、軽く小さいこの盾でも十分隠すことができた。

「――ガ…」

 敵の剛腕を掻い潜って、膝裏を蹴飛ばすぐらい余裕があった。
 レベッカのフェイントに翻弄され、トロールが攻撃を空振りする。

 その時、ついに朝日が昇った。
 刺すような光、ビキビキと音をたてて石化が一気に進む。

「ゴオオオォォォオオオオアアアアア!!!」

 魂消るような終の咆哮…断末魔だ。

 暗闇に慣れていたため、曙光の強烈な白い日差しに、全員が目を閉じた。
 再び目を開くと、そこには一体の巨大な石像が天に向けて吼えた姿勢で、立ち往生していた。

 緊張と逃亡の疲労がどっと押し寄せたのか、ロマンがぱたりと後ろに倒れる。
 スピッキオも膝を折り荒い息だ。
 ラムーナは飛礫で少し頭を切っていたが、元気そうである。

 シグルトは完全な敵の死とマリアの安全を確認すると、レベッカが転がって行った草むらに走って行く。

 岩が当たった時の轟音、どこか甲高かった。

(スピッキオの施した加護が切れたのは、ぎりぎりあの時。
 あの転がり方は、岩を食らったというよりは自分から吹っ飛んだ感じだった。

 あいつなら、大丈夫だ)

 シグルトは確信をもって、寝転がったレベッカの元に向かうのだった。


 その後。

 “風を纏う者”一行は、マリアを無事村長宅に届けると、シグルトを除いて泥のように眠る。
 夜を徹しての冒険で精魂尽き果てていた。

 約束の時間になって村長が起こしに来ると、一同は良く寝たという風に立ち上がった。
 すでに旅支度は整えている。

「もしよろしければもう一泊なさってもよろしいのですよ」

 村長の申し出に、シグルトは「仲間がリューンでパーっとやりたい、と言うのでね」と苦笑する。
 
 シグルトは仲間が眠っている中、村長に経過報告をして、廃坑にある二人分の遺体の回収と葬儀を指示、廃坑で手に入れた鍵と道具類に関する引き取りの為替手形を作成、再びこういう事件が起きた時の対策法などを村長に教えた。
 通貨を持たなくても報酬を作る為替という方法や、出没しやすい魔物や獣への対策法は、立ち会った村人たちに喜ばれていた。
 これを機に行商人との関係を密にするというので、知り合いの商人で誠実な者を何人か紹介し、悪質な商人のブラックリストも木の板に書いて渡しておく。

 さらに、悪人がトロールを利用しないように石像の急所に鉱物系の毒を塗った鉄杭を打ち込んでおくことを提案した。
 トロールはもしかしたら石化しただけで、夜に石化を解除されればその再生力で復活してしまう可能性も否定はできない。
 今回のトロールも、そうやって封印が解けたものが何処かからやって来て森に住み着いたのではないか、と。

 これほどの巨石像は珍しいため、村の観光資源として使えば、領主の覚えも厚くなり村の活力を向上する手段に使える…事件に関わったマリアを語り部とすれば、母子二人きり、これから生活していくための日銭を少しは稼げるかもしれないとも。

 生真面目なリーダーはろくに休みもせず、出発前まで村人に細やかなアドバイスを行っていたわけだ。
 いつもながら、驚異的な精神力である。

 村長はシグルトの申し出に大変感謝していた。
 村人たちに至っては、“風を纏う者”一行にこのまま誰かと結婚して村にとどまってもらえないかと熱烈な勧誘をしたほどである。

 死闘の後の数時間で今後の不安を取り除く方向性を示し、廃坑に残った汚染されて捨てるしかない盗難品を家畜の飼料やリューンの貧困層の食べ物として使う方法や、こういった辺境で有効な風邪・発熱・切り傷や刺傷・打撲・捻挫・骨折への応急処置法、穀物や保存できる野菜の標準的な流通価格など、知っていれば役立つ知識を惜しげも無く授けてくれたシグルトに、村人は神像でも拝むようにキラキラした目を向けていた。

 シグルトがこれらのアドバイスをしたのはちゃんとした打算があり、自分たちの名を売り込んで冒険者への偏見を無くしてもらい、死亡者が出てネガティブになる村人の不安を取り除くために、今後の課題をたくさん出して忙殺させる目算であった。
 だが、シグルトは気付いていなかった…そこまで気が回る冒険者など、普通は存在しないということに。

 後にヒバリ村を訪れ、シグルトと比べられた冒険者は思わず叫んだ…「あんな規格外と一緒にするな~!」と。

 そういうわけで、このままでは興奮した村人にしばらく拘束されかねない、と当初の目的通り出発を断行したのである。

 「あなたは一睡もしてないのでは…」と村長が気の毒そうに言うと、「何、先ほど茶をもらった後に四半時(三十分)ほど仮眠したので十分です」と疲労を見せない毅然さで対応し、周囲を黙らせた。
 本当は疲労回復と幾分かの覚醒作用がある、植物の根を焙煎して作った副作用の少ない粉薬を黒砂糖と一緒に茶に混ぜて摂取している。
 一般人にコカの葉茶などが疲労軽減に飲まれるように、シグルトはいくつか滋養強壮の手段を用意していた。
 こういったものを中毒になるほど日常的に頼るのは良くないことだが、ごくまれに使えば活力維持の手助けとなる。

 まだ疲労が抜けきっていない仲間もいたため、「後の休憩で薬湯でも摂らせよう」とシグルトは考えていた。

 宿を出ると、多くの村人たちが手を振って送ってくれる。
 “風を纏う者”一行は、にこやかに手を振り返し、村を出た。
 その中にレベッカの姿は無い。

 本来は街道に向かうべきであったが、一行は先日死闘を繰り広げた廃坑の前に向かっていた。

 すぐにあの巨大な石像が見えてくる。
 今日も、“風を纏う者”を救った太陽の光は眩しい。

「う~ん、出発には最高の天気だね!」

 ラムーナがぴょんと前に出て振り返り、にっかりと笑う。
 激しい戦いで彼女が活用した盾は小さなへこみや傷が無数についていたが、燦々と降り注ぐ日差しを反射して輝き、主の健闘を讃えていた。

 彼女の背後には天に吼えた姿で固まる巨像が立ち、大きな日陰を作っている。
 元が生き物だけあって、その精巧さや迫力は、作り物など比べ物にならない。

「いかにしてこの虚像は、ここに立つ?

 …黒死病への勝鬨。
 …魔女裁判への悲嘆。
 …あるいは、度重なる戦乱への怒り…」

 ロマンが冗談めかして、詩作じみた言葉を口にする。

「――戦友の犠牲に…なんて続いてたら拳骨だったんだけどね」

 石像の頭の上からポンと飛び降り、レベッカが合流した。

 自分はこの怪物が石になる瞬間を見れなかったとを理由に、先にここに来ていたのだ。
 実のところ、レベッカがまだ独身だと知って、やたらとねちっこい目で見てくる村の男やもめどもが鬱陶しかったのが本心であろう。

 レベッカはトロールの投げた岩によって気を失っていた。
 スピッキオが使った【聖別の法】のおかげで即死は免れ、岩が当たった瞬間に盗賊の使う受け身を用いてあえて吹っ飛び、転がって衝撃を殺していた。
 肋骨に数本ひびが入ったが、幸い内臓に骨が刺さることも無く、戦闘後に駆け着けたスピッキオの【癒身の法】で完治している。

 スピッキオに「これも、荒波の啓示で授かった秘蹟のおかげじゃ。主の慈悲に感謝するのじゃぞ!」と説教を受けると、「有難い神様に、大枚ガメられた御利益があったわ」とおどけて見せ、しこたま叱られていた。

「あの防御の秘蹟は良いものだ。

 下手な鎧を着るよりよほど硬い」

 しきりと感心していたシグルトである。

「あれより広範囲に早く防御付与ができる【魔法の鎧】って呪文があるけど、消耗する魔力が多くて扱い難いからね。
 呪文書も高価だし。

 この間シグルトが防具について丁寧に教えてくれたけど、僕も何か防御系の呪文を検討しないとね。
 鎧の着れない僕の守備力は、鋏の前の布切れ同然だからなぁ…」

 重傷でこそなかったが、今回の戦闘で痛い思いをしたロマンは、新しい呪文の習得を検討していた。

「戦士ほど防具なんて必要ないけどさ…防御に使える技は必要ね。
 今回の依頼でかなり実入りがあったから、リューンに戻ったら宿で相談して戦力強化を考えておきましょ。

 どんなに金を稼いでも、廃坑で押し潰されてた死体みたいに、死ねば持ち腐れるってのはたまんね~わ」

 鬼の倹約家レベッカも岩を食らった時を思い出したのか、口端が引きつらせて同意を示した。
 嫌な思い出はこれまで、とすぐに表情を戻す。
 
「ま、そっちはおいおいね。

 実はね、このデカブツを調べてたら、口の中に剣が刺さってるのを見つけたのよ。
 業物っぽいから回収したいんだけど、場所が悪くて私の細腕じゃ抜けないの。

 というわけで、シグルト…お願いね!」

 廃坑でもゴブリンの背骨に突き刺さった斧を、軽々と抜いたシグルトである。

「…了解だ。

 選定の剣を抜かんとした彼の獅子王の如く、励むとしよう」

 とある英雄王の逸話を口ずさみ、シグルトは地上から四メートル以上ある巨像に登る。
 
 石化したトロールの口に突き刺さった剣は、あれだけの激戦でも欠けた様子無く、深く突き立っていた。
 柄を掴んだシグルトは一度ぐっと力を入れ、その後に持っていた剣の柄で刺さった剣の鍔を左右から叩く。
 ほんの少し剣が揺れるのを確認してから、両手で横に突き出した鍔をひっつかんで脚に力を込めた。

 メキャッ…

 きしんだ音を立てて、その剣はゆっくりと抜けた。

「刀身四十cm、柄は二十cmで、全長六十cm。
 短剣と言うには倍ほど長い。
 分類としては片手用のショートソードか。

 軽いな…細身だが、この輝きは銀、いやミスリル銀かもしれん。

 柄に刻まれた銘は…【スティング(つらぬき丸)】?
 小人族の英雄が伝説の指輪を探す冒険で手に入れた、持ち主に危険を教えるという名剣を模したものか。

 うむ、握ると周囲にある生命の息吹を感じる…レベッカ、これは【魔剣】だ。
 魔法的手段を持たずとも、物理攻撃の効かない敵に攻撃が届く。
 おそらくは伝説になぞらえて作られた模造品の一つだと思うが、今回一番の掘り出し物だぞ。

 俺には軽すぎるし、レベッカには少々大きいな。
 扱うならラムーナに渡そう」
 
 武器を調べ、関連した伝承からシグルトがその剣の性能を予測する。
 渡されたラムーナが試し斬りで枯れ枝を放り投げて切ると、バッサリと切断された。

「すご~い!

 剃刀みたいに切れるよ!」

 レベッカはシグルトの目利から、頭の中でそろばんを弾く。

「売値は銀貨七百五十枚、好事家にはもう少し高く売れそうだけど、魔法の剣なんてそうそう手に入らないからパーティの資産にしておくべきね。
 シグルトの判断通り、当面はラムーナに使ってもらうのが良さそうだわ。

 武装強化の資金が浮いてラッキー!」

 ロマンとスピッキオが「そっちかよ…」というジト目になった。
 ラムーナが喜びの剣舞を踊っている横で、「そんなものだ」と達観した微笑みのシグルトが実にシュールである。

「こんなものが口に刺さっていたのだから、あの暴れっぷりにも納得だ」

 刺さっていた深さから、この剣の前の持ち主に思いをはせる。

「こんなのが口に刺さってたら、普通死んじゃうよね。

 誰がこれを使ってたのかな?」

 鞘が無いため持っていた布で刃を巻こうとして、あまりの切れ味に失敗するラムーナ。

「シャーマン種が可愛がっていたメイというゴブリンがいただろう?
 岩に文字を刻んでいた奴だな。
 ロマンが岩の文字の解読をした時、光る剣をもらったと書いてあったはずだ。

 …そうだ、あのゴブリンのはずだ。
 それの鞘に心当たりがある。

 少し待っていてくれ」

 シグルトはそういって廃坑の中に入っていくと、しばらくして四十cmほどの鞘を持ち帰った。

「壺の部屋の前で、背中に斧を打ち込まれて死んでいたゴブリンがいただろう?
 彼がおそらくメイだ。

 剣を失ったところを、マリア嬢の父親と戦って敗れたのだろうな」

 その鞘に剣はぴったりと収まる。
 前に使っていた剣と対になる位置に佩き、ラムーナはニコニコしていた。
 
「さて、だいぶ時間を喰ってしまった。

 そろそろ行こうか」

 雑談と鞘の回収に少しばかり時間を割いてしまった。
 急がなければいけない、と一行が街道の方を向く。

 そこで、静止をかけるように軽快な足音が響いた。

「冒険者さ~ん、待って待って~!」

「…ああ、間に合ったんですね」

 それは廃坑で助けたマリアとその母親であった。
 見送りに来てくれたのだろう。

「良かった。
 もう村を出てしまったと村長に聞いて。
 旅立ってしまった後かと。

 …マリア、冒険者さんに」

 マリアが進み出て、少し大きめの籠を差し出す。
 中には飲み物が入った陶器の瓶と、焼き立てのパンが入っていた。

「おう、もう昼過ぎじゃったの。

 これは有難いわい」

 スピッキオが感謝の祈りを捧げ、籠を受け取る。

「急いで作ったので、そんな大した物ではありませんが。

 道中食事の足しにしてください」

 マリアの母親がそう言って頭を下げた。
 娘が無事に戻った時は泣き崩れて会話にならなかったが、今は少し目が赤いぐらいで穏やかな表情をしている。

「これは何よりね。

 お礼をしなくちゃいけないわ」

 シグルトに目配せして、レベッカは荷物袋から【青い首飾り】を取り出すと、マリアの母親に差し出す。
 手を出しかけて、「それを売ればいくばくかのお金に…」と母親は目を伏せる。
 
「詳しくは村長に報告しました。
 これをかけていた人は、あなた方に持っていてほしいと思うはずです。

 彼は残念でしたが、子のために勇敢でした。
 どうかお子さんとともに健やかに。

 そうでなくては私も、死にかけた意味がありませんから」

 レベッカの言葉に、母親が感謝して首飾りを受け取り、自分の首に大事そうにかける。

「よっしゃ、これですべての任務完了よ!
 あとは大急ぎでリューンに行って、しこたま飲むわ。

 あたしゃ、今回勤労超過驀進して、肩凝った~!」

 バイバ~イ、とマリアに手を振って、レベッカは真っ先に踵を返す。

「元気でね~!」

 それにラムーナが同様の動作で続く。

「御飯ありがとうございます。
 お酒でない飲み物はすごく嬉しいです。

 では、御壮健で」

 ロマンが優雅に礼をし、背を向けた。

「親子二人、困難もあるでしょうが頑張って下され。
 主と、御主人…御父上は、その行いを見守っていて下さるでしょう。

 あなた方に父と子と聖霊の祝福あれ」

 母親とマリアを交互に見つめて声をかけ、別れの十字を切ると、スピッキオも歩き出す。

「我々は行きます。
 もし困ったことがあれば、どうぞ遠慮なくリューンの冒険者の宿、『小さき希望亭』の“風を纏う者”に声をおかけください。

 あなた方の未来に、幸運の風が吹かんことを」

 最後にシグルトが一礼して、“風を纏う者”は旅立つ。

 輝く太陽の下で母娘は、冒険者たちの姿が見えなくなるまで、手を振って見送っていた。



 伊礼さんの『ヒバリ村の救出劇』、再録でない書下ろしのリプレイです。
 長かった~!
 楽しかったんですけどね。

 愛護協会の寝るサクにも収録された、探索物の超傑作です。
 隠し要素満載で、その自由度の高さから、初めてプレイした時は衝撃を受けました。

 私がリプレイ小説書きとして復活してから、できれば書下ろしでは最初に扱いたいなと構想を温めさせてくれたシナリオです。もしかしたら、このシナリオが無ければリプレイ復帰なかったかもってくらい、素晴らしい作品でした。

 このシナリオの素晴らしさは、選択肢の多さと盛り込まれた要素の多さでしょう。
 不潔でじめじめとしたゴブリンの巣穴かと思いきや、転じてホラーな大惨事、調べてみれば廃坑に住んでいたゴブリンの意外な一面が『隠者の庵』のキーコードを活用することで浮き出してくる。
 救えなかった悲嘆、救い出した安堵、ちまちまと稼いでみれば結構な額になる臨時報酬の山、探索系スキルの使用回数を緻密に計算したかのような設置、クライマックスでホラー大冒険的な展開。
 これぞ冒険活劇だよなぁと。

 シグルトがやってる簡易コンパス作成法は、実際にできるおまじない(笑)です。
 サバイバル術に同様の方法で縫い針を使ってコンパスを作る方法がありますよ。

 【クリスタル】集めるのは大変でした。
 蛇、油断ならねぇ…
 6つ目のクリスタルは隠しアイテムですよねアレ…判定ミスらないと発見できないですし、普通は調査対象を粗雑に扱ったりしないですもん。

 今回もシグルトの規格外っぷりを表現させてもらいましたが、英雄型ってこんなもんかなと思ってるプレイヤーの補正なので、「こんなやつぁ、いねぇ!」と脳内で突っ込みながら読んでくだされば幸いです。
 強い冒険者は数いるけど、偉大な冒険者はパラダイムシフトをもたらした先駆者(最初にやるという冒険をした人間)だとも思います。
 シグルトは元貴族で教養があり、目線の違いから様々な新しい手法を提案して道を切り開いていきます。
 これは開拓を恐れないで新しい時代を開闢していく【刃金の英雄】の特性、文明開拓者の特性であり、文化英雄的な表現をしたかったからです。
 最初に世に鉄器がもたらされた時、それは文明レベルを飛躍的に向上させましたが、同時に鉄に必要な木の伐採で自然破壊につながり、鉄器の威力が新たな戦乱を招きました。
 高度な文明とは、破滅的リスクを内包した向上であり、その危険性こそが諸刃の刃たる刃金なのです。
 シグルトは多くの新しい技術を冒険者に取り入れることで、改革者的な新し物好きの冒険者には一定の支持を受けるでしょうが、同時に嫉妬されたり、古い時代の人間に憎まれもしたんじゃないかなと。

 ナメクジの生飲みが咳の薬になるのは「本当」です。
 感染症やアレルギーが怖くて、現代医療では絶対否定されるでしょうが…とある秘境の温泉に住むご老人が、ナメクジを飲んで、戦後結核にかかり十円ほどある穴が開いて血を吐いてた状態から助かったなんて話があります。
 喘息状態の人の咳が、これで驚くほど収まるのを見たこともあります。
 お勧めしませんけど、やってみようというファンキーな方はどうぞ自己責任で。
 私は中世的時代のとんでも民間治療法として話題に出しただけで、責任は一切とりませんよと宣言いたします。

 【スティング】をショートソード扱いにしてるのは、私の武器知識と設定による補正です。
 短剣(ダガー)はよくある武器辞典とかの基準では全長30センチぐらいまでだった気がするので、騎兵用の剣(ロングソード)>白兵用の剣(ショートソード)>短剣(ナイフを含めた短い刀剣)、で考えると普通に剣かなぁと。
 作者さんのフレーバーも(ショートソード=短い剣で考えれば)正しいですので、Y2つ仕様的な武器分類として御了承下さい。
 指輪物語の【スティング】は国宝級の名剣でして、ミスリルの価値もチェインメイル相当の量で下手をすれば国が買えちゃうレベルなので、リプレイでの扱いは「伝説の品の模造品」レベルにさせて頂きました。

 苦労したかいあって、今回軒並みレベルアップ。
 レベッカ レベル2→3
 ロマン レベル1→2
 ラムーナ レベル1→2
 スピッキオ レベル2→3

 このシナリオ、がめつくなるほどもうかります。
 入手品をすべてうっぱらえば2000SPを楽々超えるんじゃないかなと。

 ちなみにシグルトたちの収入は以下の通り。

・基本報酬         400SP
・遺体から回収したしたお金 150SP
・【クリスタル】×6売却   300SP
・【つるはし】14回×1売却  46SP
・【斧】5回×1売却      25SP
・【土色のカギ】×1売却   20SP
・【炎弾の巻物】×3売却   75SP
・【毒針】3回×1売却    150SP
・【ネズミ捕り】×1     50SP
・【コカの葉】×3      150SP

           合計 1366SP

 パーティ資金【7083SP】(ジャリリ~ン)

・その他獲得品
◇アイテム
 【傷薬】
 【解毒薬】
 【スティング】
 【昼ごはん】
 【葡萄酒?】
 【ヒバリ廃坑】

◇スキル
 【考える獣】
 【備える獣】

 ごっつぁんでした!


〈著作情報〉2018年06月09日現在
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2018年2月1日リリースされたCardWirthPy 2.3 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 『ヒバリ村の救出劇』は伊礼さんのシナリオです。現時点でVectorにて配布されています。
 シナリオの著作権は、伊礼さんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはver-1.10です。
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