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『見えざる者の願い』

2018.06.17(00:10) 453

 フォーチュン=ベル近郊でいくつかの仕事をこなした“風を纏う者”は、有名な魔導都市カルバチアに逗留している。
 伝統ある都市として知られるカルバチアは、出入りする冒険者たちも多く、あちこちで剣を帯びたり杖を持った冒険者風の人物が見受けられた。
 
「この都は魔術師を〈魔道師(ウィザード)〉と呼ぶんだ。
 職業の名乗り方でカルバチアか、それに関係した魔術結社の出身だって分かるんだよ。
 
 僕はリューンの〈魔術師学連〉に名を老いてるけど、所属魔術師の弟子見習いという立場で〈魔術師(マギウス)〉と名乗るんだけどね。
 〈メイジ〉とか〈マギ〉と名乗る方が今風みたいで、古くさいって言われることもあるけど、魔術を使う者にとって肩書きは第二の名前みたいなものだから、とても大切なんだ。
 
 属する組織やそのスタイルは、名乗り方や所持品、肩書きの名乗り方から類推する。
 直接相手に所属を聞くことは、〈勉強不足〉の恥をさらすし、礼を失することにもなるしね。
 
 …最近はそういった伝統さえ馬鹿にする人も出てきたけど、術師としての教養が知れるというものさ。
 
〝学を怠るは智者ならず、知を棄てるは愚者なり。
 
 賢者は常に事(こと)を語り、術(すべ)を為して術者と名乗るべし〟

 学ばない人間は賢くなれず、知ろうとしない人間はお馬鹿さんのまま。
 賢いなら常に行動し、あらゆる手段を講じて術者と名乗れる人間になりなさい、ってことだね。
 
 魔術師として自覚を持っているなら、そのぐらいの矜持は守るべきだよ」
 
 ちょっとした蘊蓄と共に、辛辣な言葉がロマンの口から語られる。
 年齢に似合わず、この少年の思慮は深淵で、どこか皮肉を含んだ考えの持ち主だ。
 
「〈魔術師〉といえば、ロマンはやはりヘルメス派なのか?
 
 南出身の女流魔術師は、少数派なところでダイアナ・アラディア系の女神信仰を保った魔女たちがいたか。
 男では南方大陸発祥のイシス派も多いな。
 
 東方のソロモン魔術は、俺たちの近くで見かけないが…
 
 俺のいた北方では、ルーン魔術や、ゴール(ガリア…ケルト系)のオガム文字を使った魔術が主流だった。
 
 差し支えなければ、恥を覚悟で聞くんだが…お前の〈魔術特性〉を教えてくれないか?」
 
 シグルトの語った言葉に、ロマン以外は訳の分からない、という顔になった。
 暗号のような人物名と言葉の羅列に、ラムーナが首を傾げていた。
 
 魔術には、パワーベース(神や精霊)に応じたルーツがある。
 
 シグルトの言うヘルメス派とは、盗賊の神であり知恵を司るヘルメスが魔術師として転生して【緑玉の石版(エメラルド・タブレット)】に刻んで残したという言葉を真理とし、魔術を行使する魔術師たちだ。
 彼らは錬金術にも深く関わっており、西方の魔術師では数が多い。
 
 ヘルメスが携えていた伝令の杖【ケリュケイオン】は、【カドゥケウス】の別名でも知られ、魔術師が杖を持つのはその知恵にあやかるためであり、魔道という長い旅の寄りかかるべき杖=知識…の象徴だからと云われる。
 【緑玉の石版】の作者であるヘルメス・トリスメギストス(三倍も偉大なるヘルメス)といえば、古典派の魔術師の代名詞である。
 
 ダイアナ、アラディアというのは、主に魔女に信仰崇敬される女神の名前だ。
 夜の象徴たる月の女神ダイアナは、兄たる光(ルシフェル)を愛して最初の【魔法師(ウィッカ)】アラディアを生む。
 魔女が使い魔に黒猫を好んで置くのは、ダイアナが愛する兄を魅了するために彼が愛した猫に化けたから、などという話もある。
 南海近郊の半精霊術師的な女流魔術師に時折見られるが、狂気をもたらす月の女神を信奉し、堕天使(悪魔)と同じ名の兄と近親相姦で生まれためた魔女を祖とするということで、聖北教会との折り合いが悪く異端扱いされ、過去に異端審問官が行った悪名高き魔女狩りでは多くの女性魔術師たちが無実の罪で殺された。
 その歴史的背景から、表だってダイアナ・アラディア系を名乗る者はあまりいない。
 ざっくばらんにその名を話題に出せるのは、信仰よりも魔術が重んじられるカルバチア故である。

 なお、本当に邪悪な行いをする悪しき魔女は、むしろ淫祠邪教を崇拝する悪魔崇拝者であり、魔術師というよりは反教会の悪魔主義者で、一般的な教会の定める倫理を破壊することに普請する反社会的な犯罪者集団である。
 ダイアナ・アラディア系の魔女は、それらの悪魔崇拝者的な魔女を【邪術師】と読んで忌み嫌っており、精霊術や白魔法を含めた範囲の広い呪文や儀式を駆使する自分たちを【魔法師(ウィッカ)】と呼ぶ。
 【邪術師】と【魔法師】は完全に別物であり、黒衣(夜空を表す)に鍔広帽(陰がダイアナを表す三日月に似て見えるから)や箒(ダイアナの命を受け地上に下ったアラディアを意味する箒星…彗星や流星…を象ったシンボル、塵を払う=不幸を退けるという呪術具でもある。箒に乗って飛翔する魔女は箒星の姿から来ている)を用いる一般的な魔女の姿も【魔法師】の方がルーツであり、【邪術師】が自分たちの身を隠すためにそれらを利用したというのが真相らしい。
 密儀を重んじる【魔法師】は肩書も正確に名乗るのを嫌うため(夜の闇=秘密は神秘であり、隠すことで力が純粋で強くなるという呪術的概念から)、普通に【魔法使い(マジックユーザー)】や【呪術師(スペルキャスター)】などと自己紹介し、隠れ蓑として【魔法師】を利用した【邪術師】とは不倶戴天の敵同士である。
 
 イシス派とは、南海近郊の魔術師に時折いる、錬金術系魔術のもう一つの大きなルーツである。
 元々ヘルメス派と同じ南方発祥で、その内容は同一のものも多数あった。
 有名な不死者(アンデッド)である木乃伊(マミー)を作る技術はこれから発祥したとも言われ、不老不死の研究や死霊術(ネクロマンシー)にも強い影響を与えた。
 その象徴である女神イシスは、死んだ夫を木乃伊にして復活させ子を宿した処女神と伝わり、慈母心として子を慈しむ優しい女神であるという特性の反面、太陽神ラーを奸計で脅して魔術行使の権利を獲得した狡猾な女神であるとされる。
 彼の女神こそ【処女受胎】の元祖であり、教会の信奉する聖母は、イシスの処女性や女神としての神格を取り込んで、イシス信仰そのものを取り込んでいったのではないかとされる。
 イシスの文言「わが面布を掲ぐる者は語るべからざるものを見るべし」は、「私の顔にかけたヴェールを取り払って素顔を見たものは(それが口にはばかるほどおぞましいので)言葉にできないものを見ることになる」というような意味で、神秘を求めて魔道の探求をすれば、言葉にできない恐怖を味わうとともに、真理そのものを表すとして、魔術師や賢者が好んで引用する。
 
 ソロモンは大変有名な中東圏の王で、七十二の魔神を従えていたという。
 本来魔神たちは異教の神や精霊たちであったのだが、唯一神を重んじる聖戒教徒は古代、「異教の者を唯一神の名のもとに従える」という権力の構造を示し、唯一神の神格を奉った。
 そのうち「神や偉大な存在が唯一神と天使たち意外あってはならない」という考え方が生まれることで、これらの魔神は悪魔扱いされるようになるのだが、本来のソロモンの魔術とは精霊を召喚して魔術で支配・使役する類のものだったようである。
 ソロモン王は魔法の指輪で魔神たちを召喚したため、中東で「指輪やランプから魔神が出てくる」というおとぎ話は、ソロモン王の影響を受けているのかもしれない。
 魔方陣や召喚系の魔術で有名で、六芒星や五芒星を使った儀式魔術は、ほとんどがソロモンの術の影響を受けている。
 印章(シジル)や円陣(サークル)を使った魔術の多くがこの系統からインスピレーションを受けており、聖戒教徒が使う数秘術(カバラ)の影響から「図形・文字・数字・時間によって緻密に計算されて行使される魔術」と言えば、ソロモン系の魔術がそのルーツと言えよう。
 
 ルーン魔術は北方で信仰されていたアース神族の主神オーディンが、片目を代償に得たとされる魔法の文字を用いるものだ。
 その文字がルーン文字で、力ある言葉を示す〈呪文〉…魔法文字を表す【ルーン】という言葉はこのルーン魔術から生まれている。
 文字そのものが力を持つ【言霊】という魔術概念は、ルーン魔術に影響を受けて生まれたものかもしれない。
 だが本来ルーン魔術は北方の魔術の一部に過ぎない。
 悪神ロキや戦乙女の女王フレイアから発生した魔術の系譜もあり、混沌としているのだ。
 魔術師の使い魔として猫が定着しているのは、フレイアを乗せて走る戦車を引くのが猫だから、という話もある。
 力ある言葉や呪文をとりわけ重んじ、それ故に言語を用いた魔術のルーツとも言える。
 
 オガム魔術も言語系の魔術だが、失われた森の民が使ったとされるもので、精霊術の匂いも内包した古い術系統である。
 ドルイドが用いた魔術として有名だが、その魔術も系譜は混沌としていて、そのルーツを探るのは難しかった。
 ドルイドは【樫の木の賢者(ドル・ウィド)】という意味で、森の鹿神ケルヌンノスや古い自然の神をパワーベースとすることが多い。
 木に生える木、宿り木を魔術の触媒とし、様々な植物を用いてその植物が持つ魔力を行使できる。
 一般的に吸血鬼に止めを刺す事ができるという白木の杭は、本来は山査子で造るものとされるが、もとを辿ればこの魔術から出たものかもしれない。
 実はまじないの歌を行使する吟遊詩人の呪歌のルーツも、この系統から影響を受けているとも云われる。
 発音と韻を重んじる呪文の詠唱は、呪術的な音楽や詩歌とも系統を同じくするもので、歌のような詠唱を用いて心霊を讃嘆し力を得る魔術が複数ある。
 陰惨な生贄を使った呪法も伝わるとされ、胴が檻になっている木人に生贄を入れて燃やすウィッカーマンは、魔術師の世界に衝撃を与えたという。
 代償のために捧げたり行なわなければいけない物事を【贖い(エリック)】、魔術的に犯してはならないことを【禁忌(ゲッシュ)】(後に相手に制限や拘束を与える制約の呪詛…ギアスはゲッシュの同源の言葉ギャザなどと同じ系統のものと思われる)、魔術師が重んじる名前の重要性…真なる名前を知られると魂を支配されるという考えも、正しい韻で発音して呼ぶ名前の持つ拘束力を使うというこの魔術の影響が強い。
 
「…そこまで知ってれば、大したものだよ。
 確かシグルトって、まじない師のお婆さんから魔術とか精霊術について学んだことがあるんだよね?
 
 僕の所属する門派は、ヘルメス系の傍流…というところだね
 言葉巧みな神の言葉から始まったから、ヘルメス系の下層派はほとんどが理屈っぽいって言われてるけど。

 割合近しいイシス系の影響も強いから、ヘルメス一色でもないかな?」
 
 ロマンの話も、難解な専門用語を多分に含んでいた。
 頭を使うのが得意な方だというレベッカでさえ、話しについて行けず困り顔だ。

「…話が分かるのはシグルトだけだよね、やっぱり。
 
 簡単に言うと、僕ら魔術師は大抵師匠がいて、その師匠に師匠…そうやって魔術の系譜みたいなものが出来上がっているんだ。
 そして、門派の開闢を行った術者や神様なんかを開祖とか太祖って言うんだけど…僕にとっての開祖はギリシア系の盗賊神ヘルメスってことになる。
 
 ただ、そんな居たか居ないか分からない開祖に関しては、普通は概念として取り込むだけ。
 僕らにとって、最も大切な主義というかシンボルになるものの一つが、〈魔術師祖(マギック・ルーツ)〉と呼ばれるものなんだ。
 遠い師匠様ってことになるね。
 
 多くは、その派が出来るきっかけになった術者なんだけど…
 
 イグナトゥスという大魔術師が、僕の〈魔術師祖〉。
 ヘルメス系魔術を中興し、その魔力で王国を築いたとされる魔術師の王だよ。
 
 そして、系譜や〈魔術師祖〉によって術者の傾向や癖が決まってくるんだ。
 それがシグルトの聞いた〈魔術特性〉。
 
 イグナトゥス派が使う魔術は様々な〈魔術特性〉をもっているけど、その考えが難解で嫌われてるかな?
 
 僕は智を重んじたイグナトゥスは尊敬してるんだけど、その最後が悲惨だったからあまり同系統は見かけないね。
 イグナトゥスは全てを見通す黄金の瞳を持っていたため己の死を予言し、最後には契約した魔神に目を抉られて、自分で予言した通りに破滅したと言われてるんだ。
 
 彼の発案した魔力を貯蓄する術式は、驚異的な技術革新をもたらした魔術の宝とも言えるものなんだけど…
 人に尊敬される人格ではなかったし、イグナトゥス派は古典派とされるヘルメス系ではその歴史も浅いから。

 イグナトゥス派の主立った〈魔術特性〉は、貯蓄した魔力を用いて多様な術を使えることと、術式を調整することでその質を変容させる可変魔術。
 魔力付与(エンチャントメント)なんかも得意で、幅広い種類の魔術があるね。
 
 でも、今の僕が使える術は、魔術師共通で使われる基礎魔術だけだよ。
 多少は儀式魔術も知ってるけど、それらは知恵の副産物さ。
 
 僕は魔術師である前に、賢者だからね」
 
 シグルトだけが分かった様子で頷いた。
 
「…勘弁してよ。
 
 私たちの使う暗号より、複雑だわ」
 
 レベッカはこの話は此処でおしまいね、と宣言して、一足先に今日の宿を探すべく足を速めた。
 
 
 その日泊まった宿の一階には立派な酒場があり、酒や料理も安く上質だった。
 
「頭を使ったら、お酒を飲んで休めるのが一番よ」
 
 根拠のないレベッカの言葉に、「酒精は知恵を腐らせるんだよ」とロマンが茶々を入れた。
 ロマンが属すイグナトゥス派は、酒精が知恵の妨げになるとして、その服用を避けるのだという。

「…酒が美味いことを知っていながら、飲まないというのは心が荒む。
 たとえ馬鹿になると分かっていても、酒飲みが減らないのはそのためだ。
 
 酒浸りは忌むべきだが、行動を充実させるために飲む酒はあっても構わないだろう」
 
 シグルトがエールを飲みながら、苦笑していた。
 
「さぁて、酒も使いようじゃの。
 
 儂はこれの方が好きじゃが…」
 
 スピッキオは相も変わらずナッツばかり摘んでいた。
 
 その時である。
 酒場がにわかに騒がしくなった。
 
 “風を纏う者”一行が酒場の入り口を確認すると、二人の護衛らしき人物を従えて、頭の禿げ上がった恰幅の良い小男がのっしのっしと歩いてくる。
 
「うわぁ…
 
 親父さんより、てかてかだねぇっ」
 
 ラムーナが小男の貧相な額を指差して言うと、意味を理解した仲間たちは、次の瞬間に吹き出していた。
 内心、全員が「あのブー何某よりは愛嬌がある」などとも考えていたが。

 遠くリューンで、ふんぞり返っていたオーク面の男が何故かくしゃみをし、かつらが吹っ飛んでいたのは誰も知らない話である。

 
 酒場にやって来た恰幅の良い小男は、自らをガストン・オリバーストン男爵と名乗った。
 男爵は“風を纏う者”一行に、カルパチアの南にある『コフィンの森』近郊の屋敷を探索する、という依頼を持ちかけた。

 男爵が着た成金趣味丸出しの服装を観察しながら、「鴨が来たっ!」とばかりにレベッカは交渉に応じる。
 
 さして問題も無く、依頼の契約はとんとん拍子で進んでいった。
 貴族で「儂は太っ腹」と自分で言っている男爵の提示した依頼料は、単なる屋敷の捜査にしては破格だった。
 
「では、屋敷で見つけた物は全て我々の物と言うことで…」
 
 捜査だけで銀貨壱千枚。
 そこにいる魔物がいて、それを駆逐した場合には追加報酬。
 無事に屋敷を明け渡せば、さらに銀貨五百枚。
 加えて、屋敷にあったものは備え付けの調度品と屋敷以外は全て報酬に加えて良い。

 男爵が帰った後に、交わした契約書を見ながらレベッカがほくそ笑んでいた。
 
「随分好い仕事が舞い込んだの」
 
 残り少ないナッツを囓りながら、スピッキオが依頼書を眺める。
 
「『コフィンの森』には妖魔が多数生息してるから、長年放置された屋敷の場合、高い確率でゴブリンなんかのねぐらになってるよ。
 
 楽観視はできないからね」
 
 好調な時にこそ慎重な意見を述べるのは、ひねくれ者のロマンらしい反応だった。
 
「怪物が出た時は、そいつらが追加報酬になるわ。
 
 武器も新調したんだし望む処よ…ねぇ、シグルト?」
 
 冗談めかしてレベッカがけらけらと笑う。
 割の良い仕事を得たためか、彼女は上機嫌だ。

「…戦闘が増えるような依頼は、避けるに越したことはないんだがな。
 命あっての物種だ。
 
 とは言っても、すでに交わした依頼だから、慎重にこなす他あるまい」
 
 リーダーとして真面目なシグルトは、ロマンと同じく堅実な思考だった。
 こんなリーダーだからこそ、仕事の成功は間違いないのだとレベッカも確信している。
 
 それに戦闘でのシグルトは、今まで指示や選択をしくじったことが無い。
 実に頼りになるのだ。
 
「…コフィンの森に近づいた後は、すぐに妖精の加護をかけておこう。
 
 この場合、探索で最前線に立つレベッカが妥当か」
 
 シグルトは、すでに屋敷への探索に必要な戦術を練り始めた。

 横でラムーナが突然、怪訝そうな顔で壁を眺める。

「どうしたの?」
 
 ロマンが壁を見るが、そこは少し染みのある白壁があるだけだ。
 
 首を傾げながら、ラムーナは壁を指差す。
 
「さっきから、誰かが見ているような気がするの。
 
 レベッカは?」
 
 この手の観察力が最も優れているのは、レベッカだ。
 ラムーナの直感力は盗賊並だが、専門家のそれでは無い。
 
「そうねぇ、多分何もないわよ。
 
 ほっ、と」
 
 レベッカはパン切りナイフを手に取ると、突然壁に向かって投げつける。
 それは深々と壁に突き刺さった。
 
 ナイフの先には、大きな蛾が縫い止められていた。
 先ほどから飛び回り、薄汚く鱗粉を振り撒いていた奴である。
 
「まぁ、五月蠅い虫はこれで片付いたわけだし、明日に備えてもう寝ましょうか…」
 
 ちらりと壁に目をやると、レベッカはからかうような笑みを浮かべて席を立った。
 
 “風を纏う者”一行が去った後、何かがへたり込んで大きな息を吐いた。
 
「…何よあの女、ちょっとちびっちゃったじゃないっ!!」
 
 虚空から聞こえた声に、宿の主人が驚いてそちらを見つめるが、そこには壁に縫い止められた蛾が一匹、弱々しく羽ばたいているだけだった。


 次の日、“風を纏う者”は早朝から起きて、件の屋敷に向かっていた。
 しばらく行くと、不意に物音がして一行はそちらを注視することになる。
 
 しかし、そこには誰もいない。
 
「グレムリンでもいるのか?
 
 皆注意しろよ。
 妖しいところがあったら、ロマンの術と、俺が〈トリアムール〉の風で攻撃を…」
 
 即座に構えを取ったシグルト。
 慌てたように、そこの空気がざわめいた。
 
「待った!!ストップっ!!
 
 攻撃はだめぇっ!!」
 
 そのざわめく虚空は、かなり慌ててそう言った。
 一行がそこを見つめていると、空中からにじみ出るように一人の少女が現れる。

「ああ、昨日の羽虫ね。
 
 悪戯が過ぎるから、今度は本気で刺してやろうと思ったのに…」
 
 レベッカが抜いた自分の短剣を、こちんと指で弾く。
 
「…ばれてたわけね…」
 
 蒼白な顔で、少女はその場にへたり込んでしまった。

 
 少女はルティアと名乗った。
 カルバチアの魔導学園に通う学生で、遮蔽魔法の研究をしている、と自己紹介する。
 
 何でも、これから調査に向かう屋敷の元主が、彼女が研究する魔術の第一人者だという。
 その研究素材に興味があるのだ、と少し甲高い声で宣った。
 
 そして、“風を纏う者”に同行させてほしいと頼んで来た。
 
「…だめね。
 
 お嬢ちゃんの目的は、あの屋敷の魔術書とかでしょう?
 そういうの、私たちにとってもお宝なのよ。
 
 行きたいなら自力で行きなさいな。
 もちろん目的がかちあったらライバルよ。
 
 必要なら排除しちゃうわよ~」
 
 レベッカは冗談めかしてルティアを脅しつつ、きっぱりと同行を断った。
 
「え~?
 まじで~?
 
 こんなかわいい女の子が頼んでいるのに~?」
 
 ぶりっ子するルティアに対し、レベッカは指を突き出して、ちっち、と横に振った。
 
「色仕掛けするなら、もう少しお馬鹿な男の冒険者にするのね」
 
 ルティアが目を潤ませてシグルトを見るが…
 
「俺たちはすでに、君以外の人から依頼を受けて行動している。
 君は、その依頼人から許可を取っていないだろう?
 
 二重契約に繋がることは、依頼人と仲間の了承が得られない限り、してはならないのが立前だ。
 こういう仁義を重んじることが、俺たち“風を纏う者”の方針でな。
 
 それに、君を連れて行くこと自体有益とは思えない。
 君には失礼な言葉と知って、あえて言わせて貰うが…

 俺はこいつらのまとめ役をしている以上、【足手纏い】を増やしたくない。

 【魔法の矢】か【眠りの雲】ぐらいは習得しているのか?」

 シグルトの問に、「攻撃魔法は使えないかも…」と思わず返してしまうルティアである。
 彼は美しいが、その目力は怖い。

「…戦力にならん上に、人数が増えたら陣形の邪魔になる。

 これから行くのは妖魔が多数生息する森だ。
 目的の屋敷には、魔物がいるかもしれないと予測される。
 君と、俺たちの命に関わることだから、同行は認められない。

 仲間の危険に繋がることには、神経質なぐらいが丁度いい。
 俺たち冒険者とはそういうものだ。
 この間も、ちょっとしたアクシデントで全滅しそうになったからな。
 
 同行を求めると言うことは、俺たちに力を求めているんだろうが…
 それは君の力不足を宣言するようなものだぞ。
 
 初めて会った非友好的な冒険者に、報酬も提示せず、依存が前提の同行を求めるなど…君は道理を知らんのか?」
 
 〈子供〉を諭す口調でシグルトが言った。
 どんな相手に対しても、シグルトはほぼ確実に誠実な対応をする。
 
 このハンサムな美丈夫には、別の意味で「かわいい(子供っぽい)」が通じていたが、結果は裏目である。
 
 次にラムーナを見るが、ただニコニコしているだけだ。
 ルティアの術に感心しているようだが、交渉出来る様子はない。
 
 スピッキオの方を見ると、この立派な体躯の爺さんは、若い娘が無茶しちゃいかん…と説教を始めた。
 この手の老人の説教はとても長い。
 一番苦手なタイプであった。
 
 最後の希望、とロマンを見て思わず頬を染める…ロマンは黙っていれば飛びっきりの美少年だ。
 数年後が楽しみである。
 
 しかしロマンは目を細めると、馬鹿にしたような様子で両手を広げ、「お手上げだね」と首を横に振った。
 
「お姉さん、【遮蔽】なんて随分マイナーな魔術を研究してるんだね。
 
 あれって装置とかたくさんいるし、お金の無い人だと研究するのには向かないよ。
 こんなところでライバル勢力と言っていい僕らの力を当てにしてるようじゃ、ちゃんとした研究なんて無理だよね。
 
 そうだね、まず精神操作系の魅了の魔法とか修得すれば?
 非合法で場合によると牢屋行きだけど、仲間を作ることができるかもしれないよ」
 
 辛辣な言葉で止めを刺され、幅の広い涙を流しそうな気分になりながら、ルティアは叫んだ。
 
「信じらんない!
 
 いいよ~だ。
 勝手にくっついてっちゃうんだからっ!!!」
 
 そんなルティアを置いて、一行はすでに屋敷に向かって歩き始めていた。
 
 
 屋敷は森に囲まれた丘の上にあった。
 
 箚しがに攻撃して追い払ったりはしないが、ルティアをまったく無視した一行は、玄関の扉をくぐってホールを調べ始めた。
 
 探索に関してはレベッカの独壇場である。
 壁を調べていたレベッカは、すぐに隠し扉を発見した。
 
「うっふっふ~、お・た・か・らの気配ね~」
 
 隠し扉に普通は罠などないだろうに、しっかり調査を行いつつ、レベッカは嬉しそうだった。
 この手の屋内探索こそ盗賊の本分だ、といつも言っている。
 良い仕事が出来る、ということは、冒険者名利なのだ。
 
 罠が無いことが確認されると、一行は扉を開け中に入ろうとした。
 寸前、レベッカがそれを止めた。

「えへへ~、お先ぃ!」
 
 ルティアが、その隙を見て先に飛び込もうとした。

「あっ!

 この馬鹿…っ!!!」
 
 レベッカが舌打ちする。
 すでに、中に何かの気配を感じていたので仲間を留めたのだ。
 
 ルティアが部屋に入った瞬間、一斉にそれは襲いかかって来た。

「うきゃぁ~っ!!!」

 悲鳴を上げながら、ルティアが慌てて後退する。
 転がるように、というより文字通り転がりながら。

 三体の骸骨(スケルトン)だった。
 最下級で最弱とも言われるが、立派な不死者(アンデッド)である。
 
 素早い動作でルティアを飛び越え、場を入れ替わったシグルトが、正面の骸骨を切り払った。
 その骸骨は、左半身のほとんどを粉砕されて後退する。
 
「くっ…

 ここの館の主、死霊術も使えたの!」
 
 ロマンもルティアの横に沿って、薄気味悪そうに身構える。
 
「だが、油断しなければ…敵では無い」
 
 シグルトは仲間をを鼓舞するように一言一言強く言葉にすると、さっと剣を構え、真っ向から骸骨に立ち向かった。
 
 その後ろ姿を見つめる仲間たちに、微塵の不安も無い。
 常に先頭で戦い、的確な指示を出すこのリーダーを皆信頼していた。
 そのリーダーが、余裕を見せたのだ。
 
 ラムーナがかすり傷を負ったが、骸骨どもには大した抵抗ができるわけも無く、元の骨に戻されることになった。
 
 
「一緒に来るなら、せめて団体行動のマナーは守ってくれ。
 
 それが出来ないなら、君を結果的に泣かしても、無理矢理帰って貰うぞ」
 
 独断専行を咎められ、ルティアはシグルトに厳しく説教されることになった。
 シグルトは、故郷で同年代の纏め役をしていたこともあり、躾には厳しいのだ。

 床に正座させられ、続いてスピッキオからも厳しくお説教される。

「…若い娘が、目先の欲で命を落としそうになるとはの。
 
 いいか、娘さん。
 そもそも主は…」
 
 半泣きで足の痛みに耐えながら、ルティアはすでに生返事しか出来ていない。

 その脇でレベッカは、面倒ごとは任したとばかりに自分の仕事に集中した。
 
 隠し扉の奥には金属製の宝箱が二つもあり、一つには火晶石、一つには小さな緑色の宝石が入っていた。
 それほど高価なものではないが、売ればそれなりの金になるだろう。
 
「嬉しい臨時収入だね」
 
 ロマンが幾分興奮したように言った。
 
 ようやくお説教から開放されたルティアが、いいなぁ~、綺麗だなぁ~と言ったが一同に睨まれてしゅんとなる。
 結局、宝石類は“風を纏う者”の荷物袋に入ることになった。

「この様子だと、他の何かと戦うことになるかもしれないな。
 
 …少し手を打っておこう」

 説教の続きはスピッキオに任せ、シグルトは精霊術を準備していた。
 彼の詠うような呪文で、屋敷の壁がピリリと震える。
 
 敵を怯ませ、仲間を鼓舞するシグルトの美声は、普段は容貌と相まって女性を虜にする。
 この間シグルトが偶然手に取った詩集から一つ詩を吟じて見せると、『小さき希望亭』の娘が大げさに目を閉じて感動し、脛をテーブルにぶつけて呻くことになった。
 
 どこまで優れているのだろうと、レベッカはシグルトを妬ましく思うこともある。
 
 生まれながらに容貌と声。
 磨いて得た武勇と、不屈の精神。
 人を導けば、慕われるカリスマ性がある。
 戦いでは勇敢で、戦術にも明るい。
 さらには精霊に愛され、力を振るう加護を得られるのだ。
 
 きっと冒険者の歴史に名を残すだろう。
 そんなことを考えながら、レベッカは呪文を唱えるシグルトを見つめていた。
 
 自身は〈トリアムール〉の風を纏うと、シグルトは先頭で調査を行うレベッカに妖精の加護を授けた。
 妖精の与える魔力により、うっすらとぼやけるレベッカの姿を見て、ルティアが感心したように声を上げる。
 
「そう言えば、この館の主が研究していたのって遮蔽の魔術なんだよね?
 
 シグルトの使うような姿隠しの術は、遮蔽の術にも強い影響を与えたんだよ。
 【妖精の外套】という古典魔術で、隠者シュレックが書いた『セル』という魔導書に記されていたはずさ。
 
 お姉さんは当然知ってると思うけど…」
 
 話を振られたルティアが愕然としていた。
 その表情は、全く知らなかったという顔である。
 
「…はぁ?
 
 もしかして、有名どころはブロイぐらいしか知らないとか?
 そんなので、よくもまぁマイナーで専門家が少ない遮蔽魔術の研究者を名乗ってるね」
 
 知識については、特別辛辣なロマンである。
 彼は知識の探求者たる賢者としての自覚があり、それを貶める輩が研究者を名乗ると、容赦ない皮肉で責め立てるのだ。
 
「カルバチアに帰ったら、ガギエルの『神隠しと妖精』やアジューリンの『魔境』、レゾナンスの『星と月の影』あたりは読んでおいた方がいいよ。
 最近の書物では、遮蔽と隠密の術で一番まともな話が載っていたからね。
 
 あんなに資料が豊富な都で学んでるのにその知識量なんて、恥ずかしくないのかな?」
 
 さらに責め立てるロマンの台詞に、ムキーとルティアが青筋を立てた。

「失礼ねっ!
 
 これでも私、天才って呼ばれてるんだからっ!!!」
 
 ルティアが天才と呼ばれているのは事実である。
 事実、彼女の記憶力や感性はずば抜けており、進む分野さえきちんとしていれば大成すると言われていた。
  
 だが、彼女の感情一直線なスタイルは、他の術師から敬遠される要因になっていた。
 無謀な行動から、失敗談は数知れない。
 
 書物を読むより、感性で信じたものに傾向し過ぎ、思慮深さに欠けるのだ。
 神経質で慎重なロマンとは、正反対のタイプである。
 
 いきり立つルティアの様子に、ロマンは目をそらしてフッっと笑った。
 相手にするのも馬鹿らしいという態度である。
 
「ぬぐぐ…この餓鬼ぃ。
 
 見てなさいっ!
 絶対この館にあるっていう書物を見つけて、見返してやるんだからっ!!」
 
 噛めば鉄板でも歪めそうな勢いで、ギリリと歯ぎしりするルティア。
 
「そういえば、この館の造り…
 
 ああ、そう言うことかっ!
 だからお姉さんは、この館に来たんだね」

 ロマンが急に思案顔になり、納得するように頷いた。
 
「ここは、遮蔽術の大家グリシャム・ブロイの屋敷なんだね?
 
 まあ、第一人者という見解は大げさだと思うけど、近代の遮蔽術の研究では優れた人物だよ。
 目の付け所は悪くなかったね…間抜けだけど」
 
 明確に馬鹿にされたルティアは、ついに激昂して地団駄を踏んだ。 

 
 一行はその後も調査を続けた。
 
 途中小部屋で鼠の大群に遭遇し、追い払うことになったが、まだ使えそうな毒消しが手に入る。
 被害はスピッキオがちょっと咬まれた程度だ。

「鼠から受けた傷は化膿しやすい。
 
 軽い傷でも、手当てしておいた方がいいだろう」
 
 鼠たちを吹き飛ばす時に〈トリアムール〉の風を全て開放してしまったシグルトは、術をかけ直しながらスピッキオに傷の手当てを指示する。
 
「手に入った解毒剤があるから、これで消毒して早い治療を行えば大丈夫だよ」
 
 ロマンが解毒薬の小瓶を振ると、とんでもないとレベッカが瓶を奪い取った。
 
「鼠の噛み傷程度に解毒薬を使っていたら、すぐに破産しちゃうわ。
 
 今度、この手の傷に向いた薬を仕入れておくから、高値のこれは取っておきましょ」
 
 しみったれたレベッカの言葉にシグルトが顔をしかめるが、大丈夫じゃ、とスピッキオも余裕の様子だった。
 せめて化膿止めぐらいしておけ、とシグルトは鼠の噛み傷を絞って汚染した血を出させて水で傷口を雪ぎ、木タールと自前の薬を煮込んだものを混ぜた塗り薬を塗って、植物の油で作った軟膏を塗る。

「もし十日ぐらいから痺れや熱が出たら、例の白い粉薬を使え。

 鼠咬症は思ったより恐ろしい病気だ。
 治ったと思ってもぶり返すからな。
 あれには普通の毒消しが効かん」

 手際の良い応急処置である。
 この時代の医療とは、呪文や魔法の薬によるものでなければ、半ばインチキのようなものも多い。
 シグルトのそれは、開業医ができるレベルである。

「儂のおった修道院では、穀物倉の鼠に噛まれる修道士が毎年おったものじゃが…
 死んだ奴は聞かんわい。
 
 ま、油断しなければだいじょうぶじゃよ。
 ちゃんと傷も塞ぎ、妙な傷みや頭痛も無い。
 
 それに、儂は身体が丈夫なのは取り柄での」
 
 厚い胸を張って応えるスピッキオ。
 彼は、背の高いシグルトを見下ろす体格である。
 
 ロマンが、油断しちゃだめだと釘を刺す。

「シグルトの言うとおり、鼠はたちの悪い病気を媒介するんだ。
 スピッキオの修道院にいた鼠は、ごく普通の穀物ばかり食べていたから、あまり病気の温床にはならなかったんだよ。
 
 下水道や墓地に近くに出没する鼠は、疫病を持ってることもあるから、注意しなくちゃね」
 
 そういうもんかの、とスピッキオ。
 
「鼠なんて…大っ嫌いっ!!」
 
 和やかな“風を纏う者”の後ろで、鼠の襲来に驚いて腰を抜かしているルティアが、幅の広い涙を流しながら転がっていた。
 
  
 その後、一階をくまなく捜査すると、レベッカもお手上げらしい特別な鍵の扉で閉じられた離れを発見する。
 そこまでは敵との遭遇もなかった。
 
 離れに続く庭で辺りを見回していると、ロマンが使えそうな薬草を見つけたが、茂みに隠れていた大蛇が襲いかかって来た。
 おそらくは森に住んでいた蛇なのだろう。
 
 シグルトとラムーナが連携して、その大蛇に対抗する。
 大蛇はわりと見掛け倒しで、仲間の猛攻ですぐに斃されてしまった。
 
「丸々と太っておいしそうだよ~」
 
 蛇に噛まれたため少々怪我を負ったラムーナだが、スピッキオが癒しの秘蹟でそれを治す。
 この蛇は大型の無毒のものだったので、解毒の必要はなさそうだ。
 治療の間、手持ち無沙汰の間に蛇の死体をつつきながら彼女が言うと、ルティアの顔が、ひぃ、と引きつる。
 
 食料が無い場合はこういったものも充分な食べ物になるし、蛇の肉は臭みは強いもののまだ食べられる。
 それに血がかなりの強壮作用を持つのだ。
 
 結局、蛇を食べるなんて野蛮よ~、と横で頭を抱えているルティアの側、側で昼食となった。
 ルティアは今までの行動(ほとんど邪魔しかしていなかったので)から“風を纏う者”に完全無視され、目を四角くしながら、自前のビスケットを鼠のように齧っている。
 
 食べるものはあるからと、大蛇の死体はシグルトが庭に埋めて処分した。
 
 
 午後は、屋敷の二階を調査することなった。
 そこは結構な広さがあり、シグルトたちはまず階段を上って西側から調べることにする。
 
 左の通路から入って一番奥には、二つ空樽の置かれた部屋があった。
 レベッカが観察を始める。

「ふへ…?」
 
 何かが頬に滴り落ち、ルティアが天井を見上げると、急に黒いものが舞い落ちて来る。
 
「うきゃぁぁあ~!!!」
 
 鼻の上にしがみついた〈それ〉を必死に引き離しながら、逃げ回る少女の横で、シグルトは溜息を吐いて剣を抜いた。
 
「蝙蝠程度に、何驚いてるのよ…」
 
 他の面々も呆れ顔だった。
 湿気のあるその部屋は、蝙蝠にとって最高の住処だったのだろう。

 シグルトとラムーナが髪を引っ張られたが、治療も必要なさそうだった。
 
 ロマンが【眠りの雲】を唱えると、蝙蝠たちはばたばたと眠る。

「館の中にいる危険な生き物は、駆除するんだったな?」

 暴れたルティナがせっかく眠らせた蝙蝠を起こしてしまうといったハプニングもあったが、端から倒していく流れであった。 
 結局眠らせた蝙蝠を窓から追い出したり、逃げ回る蝙蝠を仕留めるまで、ルティアは始終逃げ回っていた。

「ぜぇ、はぁ…」
 
 激しい息切れをしている少女の横で、“風を纏う者”の一行は手分けして掃除と調査を始める。
 ルティアはいちいちオーバーなリアクションをするので、付き合っていても疲れるだけだからだ。

 その部屋では、樽の下からこの屋敷の地図らしきものを見つけ出した。

「これは、一階の見取り図よ。
 さっき入れなかった離れはこれね。

 これは樽の絵があるから、酒倉かしら。
 人型のような記号は、骸骨が居た当たりだからガーディアンだと思うわ。
 
 隠し部屋についても書かれているけど…こっちの記号は何かしら?」
 
 レベッカが離れの南に、人型と一緒に描かれた記号を指差す。
 ロマンがそれを覗き込み、ああこれかと頷いた。

「多分、巻物(スクロール)だね。
 書庫かも知れないよ。
 
 これは、カルバチア出身の古い魔道師が使っていた書物を著す象形記号だから。
 それに、ホールと同じく隠し部屋になってるみたいだ。
 
 ほら、扉が書かれてないでしょ?
 
 遮蔽魔術をやってただけあって、この館の主人は隠し部屋を作るのが好きみたいだね」
 
 地図を囲んで話を始めたシグルトたちの横で、ようやく行きが落ち着いたルティアは、再び幅の広い涙を流しながら孤独と疎外感に耐えていた。

「えぅ…
 
 もしかして放置?
 完全無視って奴?
 
 この人でなし~っ!!!」
 
 床をばんばん叩き、喚いているルティアは、やはりいないかのように無視されるのだった。
 

「この辺りで今日は切り上げないか?
 
 蝙蝠の駆除に随分掛かってしまった。
 もう薄暗いし、照明の無い時間帯に無理に調査するのも問題がありそうだから、此処で一泊しよう。
 
 さっき調べた廊下から続く二部屋の寝室があったから、男女別に分かれて休めるはずだ。
 二人ずつ眠れるから、見張りは二人出ると丁度いいな、
 
 俺が廊下で最初の見張りに立つから、もう一人女の方から出て、他は眠ってくれ」
 
 シグルトは魔物の襲撃に備えて〈トリアムール〉の風を纏うと、一行に休息を勧める。

 館の客室だったのか、屋敷二階西側に面した二部屋はベッドが置かれ、まだ使える蝋燭も置かれていた。
 1部屋にベッドは二つずつ…四人は休める計算だ。
 
「あう~
 
 そうさせて貰うわ…」
 
 先ほど走り回って疲れたのか、ルティアは真っ先に部屋に籠もって休んでしまった。

「じゃ、私は先に休ませて貰うわ。
 
 二刻(四時間)眠った後、交代するから…
 スピッキオとロマンはあっちで寝て。
 シグルトを休ませて上げなくちゃ、だめだからね。 
 
 ラムーナは…私と交代で、先に見張りにする?」
 
 ルティアにベッドの一つが占拠されてしまい、休むことが出来ないのだ。
 ラムーナが快く見張りを引き受けると、一行はその館で一晩を過ごすことにした。
 
 見張りに立ったシグルトは、ラムーナと交代で互いの武器を整備し始めた。
 
 シグルトの持つ剣は繰り返し鋭い斬撃を放っていたが、刃こぼれ一つ無い。
 一見武骨にも見えるが、これは銘工が鍛えた逸品なのだ。

「ラムーナの剣は調子がいいようだな。
 だが、ブレッゼンも言っていたように、斬るための武器を考えるのもありだな。

 確かに小剣の類は、正直お前向きの武器ではない。
 
 突く時以外は、ほとんど肘や蹴りで戦っているだろう?
 それは、お前の戦い方が斬撃に向いているからだ。
 
 自身が非力な場合、自然と軽量の武器を使うことになる。
 敵に大きな傷を負わせるには、体重をのせるか勢いをつけて振り回すのが一つの方法だ。
 お前は小柄で体重も無から、精度と振りで威力を増すべきだが…
 
 小剣(ショートソード)は、突きを主体にした武器になる。
 刃渡りがない分、振り…難しくは遠心力と言うんだが…それには全く向いていない。
 
 遠心力を最大に活かせる武器は、片刃の刀。
 効率よく引きながら裂き、斬れるように、反りのある物が理想的だ。
 
 具体的には、軽量の月氏刀(タルワール)か獅尾刀(シミター)。
 刀剣類は、東方の品が軽量で、特に切れ味が優れている…」
 
 武具の講釈を始めたシグルトは、不意に話を止めてラムーナを見つめた。
 愛らしい大きな瞳でシグルトを見上げ、彼女は一言も聞き逃すまいと、真剣な顔で聞いている。
 
 ラムーナはひょうきん者だが、素直で真面目な娘だ。
 “風を纏う者”の中で、一番仲間の言うことをよく聞いてくれる。
 
 シグルトは滅多に見せない優しい笑みを浮かべると、そっとラムーナの頭を撫でた。
 そして、今まで疑問に思っていたことを口にする。

「…ラムーナは、生まれが月氏族なのか?
 
 お前が西方に来たばかりの頃、掌にあったのは指甲花(ヘナ)でするというまじないの痕だろう?
 最初は装飾品の痕だけだと思っていたが…」
 
 ラムーナが大きな瞳を丸くした。
 シグルトが何気無く聞いたことは、西方では知られていない文化なのだ。
 
「…昔少しだけ聞いた、月氏のラーマ王の物語や驚天動地の神話は衝撃的な話だった。
 
 お前の踊ったという月の女神の舞踏は、宿曜(星の運行による運命の変動)を司るチャンドラ神の舞踏なのか?
 好ければ色々と教えて…」
 
 話しかけて、シグルトは照れたように頭を掻いた。

「…すまん、一人で話をしてしまったな」

 シグルトはいつも難しい話はロマンとしているから、このような事を聞くのは珍しい。
 
 ラムーナは少し小首を傾げて、すぐににっこりと笑うと頷いた。

「シグルトは詳しいねぇ。
 クリシュナ様やシヴァ様ならともかく、チャンドラ様を知っている西方の人なんて、私いないと思ってたのに。
 
 私、月氏族って呼び方は知らないけど、チャンドラ様は知ってるよ。
 
 スーリヤ様が昼を照らし、夜のお星様たちはチャンドラ様が司って、人の運命を良くしてくれるの。
 だから、私の踊っていたチャンドラ様の踊りは、幸せになれるっていうおまじない。
 
 私の国では、誰でも綺麗な宝石や飾りで身を飾るの。
 お金持ちでも貧乏でも、それが普通なんだ。
 
 身に付けたキラキラ…それはチャンドラ様の幸運の欠片で、お星様を表すんだって。
 
 別の国では全然違うらしいけどね」
 
 故郷のことを思い出したのか、ラムーナは饒舌になって、嬉しそうに神話のことや国のことを話す。
 この国が寒いところで故郷はいつも暖かい、と言う話になると、シグルトは「羨ましいな」と微笑んだ。

「俺の故郷は、寒い国でな。
 年の四分の一は、どこかに雪が残っていた。
 
 冬場は塩漬けした、もの凄い匂いのする肉や魚を食べる。
 魚は水をやらなければって、蝿も逃げ出しそうな魚の悪臭を隠すために、香草入りの辛い麦酒をがぶがぶ飲むんだ。
 
 幼少の頃住んでいた家は、近くに宿があってな。
 腹の弱い異国の旅人が、胃もたれを起こして目を回したと、時々聞いたよ。
 
 肉か魚ばかり食べるから、脚気になって、終いには歯茎から血が出て死ぬ奴もいる。
 食べ物が偏っていて、だから母が作ってくれた手作りのジャムをつけたパンは、御馳走だった。
 
 妹は苔桃のジャムが大好きで、泣きそうな顔で俺の分を見るから…結局全部渡していたよ。
 小さな頃は味を忘れていたな。
 
 ぼそぼそしたパンを囓るのは、気分が荒む。
 だから、母の話してくれる異国の物語を聞いて…
 
 異国の食べ物はどんな味がするんだろうか?
 雪の無い冬とは、どんな感じなのか?
 海から吹くという潮風は、どんな香りなのか?
 
 そんなことを考えて、悶々と夜を過ごした。
 
 皆雪が溶けると、理由を見つけて祭を開く。
 酒を飲んで、冬に溜まった鬱憤を晴らすために。
 
 粗悪な酒に酔って、普段は顔をしかめて食べる煮込みを御馳走にして…
 わびしい気持ちになったら、皆で歌う。
 寒い時は肩を寄せ合う。
 
 昼は太陽と空を見上げ、夜は星と月を眺めて…
 
 貧しい国だったし、嫌な思い出もたくさんある。
 だが、それでも故郷とは懐かしいものだ」
 
 見上げれば屋根しかないが、シグルトの瞳には故郷の空が見えるようだった。

「…うん。
 
 私もね、お姉ちゃんに踊りを教えて貰う時は、いつも楽しかった。
 
 お母さんがね、一度だけ腕輪をくれたことがあるの。
 木の腕輪で、上から赤く塗っただけのなんだけど、とっても嬉しかった。
 国ではずっと着けてたんだよ。
 
 賭け事に勝って上機嫌だったお父さんが、一度だけお小遣いをくれたことがあったわ。
 それで買ったお菓子を、弟と分けて食べたの。
 
 …凄く、美味しかったぁ~」
 
 二人とも故郷を追われた身だった。
 
 シグルトは愛に破れ、傷心を抱えて国を去った。
 ラムーナは父親に売られ、奴隷として海を渡った。
 
 だから二人とも、互いの気持ちがよく分かるのだ。
 痛苦と共にあった故郷を懐かしむ事が出来るのは、今が幸せなのだと知っているから。
 
 シグルトとラムーナは、互いに穏やかな笑みを浮かべて故郷を想った。
 

 次の日、早朝から“風を纏う者”の面々は探索を再開した。
 筋肉痛で呻いているルティアは、自業自得と言われ、半泣きで一行についてくる。

 さらに調査を進めると、二階の東に念入りに鍵と罠が仕掛けられた扉があった。

「罠の残り方からいって、この先は荒らされていないわね。
 
 お宝の見つかる可能性が高いわよ」
 
 わくわくとした様子のレベッカに、シグルトは首を振った。
 
「これだけ念入りに封じられたエリアだ。
 
 何か守護者を置いている可能性がある。
 これまでの構成だと、隠し部屋にすら骸骨どもを配置していたからな。
 
 油断無く開けるぞ」
 
 シグルトの言葉に、一行は緊張した様子で扉を開けた。
 
 ギギギ…

 部屋に入った瞬間、置いてあった木製の人形が動き出す。

「うきゃぁぁっ!!
 
 またぁっ!?」
 
 騒ぐルティアは無視され、“風を纏う者”の面々は戦いの構えをとった。
 
 ゴーレムとは魔法によって仮初の命を吹き込まれた、主に忠実な魔法生物である。
 この木製ゴーレムは丸太を人型に組み立てたような形をしていた。

 レベッカが転倒を狙って足払いを仕掛けるが、逆に大振りの一撃を振るわれて後退する。
 妖精の加護で攻撃がそれたため、傷は受けていない。
 
 そこにシグルトが斬りかかった。
 放った〈トリアムール〉の風で隙を作り、押し切るように剣を振るう。
 
 相手のゴーレムは硬く、大きな傷を与えられない。
 シグルトはゴーレムの首に斬りつけるが、剣はめり込んで抜けなくなる。
 抜けないならと、そのまま振り回して壁に叩きつけ、終にゴーレムを粉砕した。

 スピッキオが殴られて傷を負うが、癒しの秘蹟で傷を回復し、続けて守りの秘蹟を自身に宿すことで壁になって耐える。
 
 しかし、大きな動作の隙をつかれ、もう一体のゴーレムが振るった拳がシグルトの頬に突き刺さった。
 よろめきながら、切れた口に溜まった血を吐き捨て、シグルトは何とか体勢を整えた。
 
 スピッキオがシグルトをフォローするように、杖で反撃に転じている。
 主力はシグルトとラムーナに任せて、補助的な攻撃に専念していた。
 彼の杖では硬い敵に大きな効果を与えられない。
 
「…《穿て!》」
 
 ロマンの【魔法の矢】が、シグルトを襲ったゴーレムを粉々に粉砕する。
 この手の魔法生物に対して、この魔法は大砲のような効果があるのだ。

 最後の一体に向け、シグルトは風で勢いをつけ、アロンダイトを叩き込む。
 ゴーレムの放った拳を躱し、鋭い突きで敵の逆手を粉砕していた。
 
 ラムーナがシグルトの影から、フェイントを仕掛けるが、魔法生物であるゴーレムはそれに乗ってこない。

「こんにゃろっ!
 
 これだからこの手の魔法生物は嫌いなのよっ!!」

 レベッカが悪態を吐くが、満身創痍で反撃してくるゴーレムは関節を軋ませるだけだ。
 
「…《穿て!》」
 
 ロマンが放った二本目の【魔法の矢】で、最後のゴーレムが砕ける。
 それが力なく崩れ落ちると、シグルトは大きく息を吐いて剣を下ろした。 
 
「苦戦したな…」
 
 自分の傷を【堅牢】による集中で緩和し、トリアムールの召喚で万全に備え直すと、シグルトが呟いた。
 さすがに要所警護用のモンスターである。

「シグルトがかけてくれた援護の術が無かったらやばかったわ。
 
 でも、シグルトって、勘が良いわよね。
 貴方の打つ手って、的確に守ってくれるもの」
 
 レベッカが周囲を探りながら、半透明にぼやける自分を指差す。
 
「…たまたまだ。
 
 何はともあれ、大怪我にならなくてやかったよ」
 
 体術によって血流を操作して出血を抑えると、シグルトは殴られた箇所を調べつつ答えた。
 通常なら数本の歯が折れているだろうが、そこは普段から骨などの硬い物ばかり食べているシグルトである。
 見かけの美しさに反し、屈強だ。
 
 シグルトが水をかけた手拭いで頬を拭く程度の応急処置を終える間、奥の方にあった小部屋を調べていたレベッカが隠し扉を見つけた。
 入ると、それは一方通行の回転扉である。
 
「うげ…」
 
 下品な声を上げるルティアに、スピッキオが説教を始めた。

 とりあえずその部屋には他に出口があったので、レベッカはほっとしつつ部屋を調べ始める。
 
 奥には宝箱があり、宝石と貴重な【魔法薬】があった。
 
「これは…今回一番の発見だね。
 この【魔法薬】って市販されてないんだよ。
 
 僕たち魔術を使うものにとっては、その力が枯渇しても、これがあれば回復出来るし。
 
 ま、僕ならちゃんとした工房があれば他の安い薬と調合して、もっとすごい薬を作れるよ」
 
 その横で、この部屋で手に入った宝石を鑑定していたレベッカが言った。
 
「さっき一階で手に入った宝石と一緒にすれば、銀貨で八百枚ぐらいにはなるわね。
 
 依頼一回分ぐらいの稼ぎになったわ」
 
 さらなる収入に、レベッカは嬉しそうに宝石を磨いていた。
 
 「一個ぐらいくれても…」というルティアの呟きは、当然無視されるのだった。
 
 
 二階にあるもう一つの部屋で、シグルトたちはこの館の主であったグリシャム・ブロイの亡霊(ゴースト)に出会うこととなった。
 
 最初、亡霊という強力なモンスターの出現に、一行が緊張し、ルティアは泣きながら逃げ回った。
 その中で、意外にもスピッキオが仲間の構えを解かせたのである。
 
「どうやらこの亡霊、戦意はないようじゃ。
 
 邪悪な雰囲気を持っておる様子も無いの」
 
 グリシャムの亡霊は一行の話を聞き、シグルトたちがこの館を勝手に探索していたことは責めなかった。
 だが、妻との思い出の場所を他の人間に盗られたくは無いので隠してしまいたい、とこの屋敷のどこかにあるという遮蔽装置を持ってきてくれるように頼んで来た。
 
 ルティアが安請け合いをしてレベッカに頭を小突かれていたが、シグルトはグリシャムの頼みを承諾するべきだと提案する。

「この館の、本来の持ち主がこう言っているんだ。
 
 俺たちが依頼を受けたのは、この屋敷の持ち主がオリーバーストン男爵であることを前提にしていた。
 男爵は、形はどうあれ館の主から承諾を取っていなかったことになる。
 
 俺たちは依頼主に、情報の不提示を問い正して調査分の金を貰えばいい。
 交わした契約の内容から、調査費として銀貨五百枚ぐらいは請求可能だ。
 
 レベッカが交渉してくれれば、容易いはずだが…」 
 
 スピッキオは亡霊の昇天のためだといい、ロマンは偉大な魔道師の最後の願いなら、と承諾する。
 欲が無く仲間に合わせるラムーナの意見はわかりきったようなものだった。
 
「はいはい。
 ま、あの太っちょからはいくらかせしめてやるわ。
 
 その〈遮蔽装置〉ってのを使うと、館ごと完全に隠蔽されるんでしょ?

〝館が消えてしまいました。
 
 今では跡形もありません〟
 
 みたいに言えば、問題ないわよ。
 私たちの仕事って〈屋敷の調査〉だから。
 調査対象が無いんだもの。

 嘘じゃないしね。
  
 この館の宝石類を変わりに貰えるわけだし、十分元は取れるわよ」
 
 レベッカも仕方ない、と請け負う。
 
「相変わらず強欲だのう」
 
 レベッカの守銭奴ぶりにあきれるスピッキオだが、あんたたちが揃いも揃って馬鹿正直なだけよ、とレベッカは肩をすくめた。
 
 
 グリシャムがいた部屋には隠し部屋に通じる扉があり、その奥の部屋には書物と火晶石、鍵が置かれていた。
 
 それらを回収すると、ルティアが遮蔽魔法の巻物を勝手に奪ってしまった。
 彼女は勝手にグリシャムと交渉し、彼の遮蔽魔術に関する書物を貰い受けられるように話を進めてしまったのだ。
 
 レベッカがそれを咎めようとすると、ロマンが止める。
 
「ロマン、あなただって古い魔法書に興味があるんじゃない?」
 
 するとロマンはそっと耳打ちした。
 
「グリシャム・ブロイは偉大な魔道師だったけど、魔法の研究は日進月歩だよ。
 
 ブロイが活躍していた時代の魔法より、優れた魔法が数多く開発されてるんだ。
 
 あの巻物、実はリューンの大学に写本があるんだよ。
 今じゃ読む人いないと思うけどね。
 
 遮蔽魔術は、後に次元操作の魔術に取って代わられるんだ。
 系統として空間操作系の魔術に集合され、近代にアジューリンとか有名どころがもっと簡単で効率的な魔術を開発してる。
 
 この魔術は、術の方向性と応用性において研究すべき余地が多過ぎたんだよ。
 ほとんどの術が静止状態を基本とするから、他の術と一緒に使えないし、ちょっとした要素…空間の振動なんかで術式が破綻するし。
 
 加えて、進化形である次元魔術の研究過程で、遮蔽装置の暴走が起きて研究者が行方不明になったりしたから、前身の遮蔽魔術を含めて学連はこの魔術の研究に消極的なんだ。
 
 お姉さんが持ってる魔術書の写本を読んだ事があるけど、儀式の複雑さが問題視されてて、ものすごく高価な装置が必要なわりに、出来ることが限られるんだよ。
 隠れる、隠す程度しか出来ないし元が取れないからって、魔術師はほとんど手を出さないんだ。
 この館は、館そのものが魔術装置だから、大がかりな遮蔽術式が展開可能だと思うんだけどね。
 
 それに、お姉さんが持ってるの、あれも写本なんだ。
 本物はブロイの弟子が譲り受けて、今はカルバチアの図書館で貸出禁止書物になってるね。
 
 あの巻物は、ほとんど価値が無いと思う。
 末端で銀貨百枚ぐらいかな。
 好事家が出しても、銀貨三百枚になれば上等だね。
 虫食いが酷いみたいだし。
 オリジナルなら銀貨千枚ぐらいになるはずなんだけど。
 
 …装置とか触媒が必要になる魔術の書物は、基本的に触媒とセットでないとほとんど売れないんだ。
 そうだね…例えるなら、イヤリングを片方だけ売ってる感じかな? 
 
 ま、あのルティアってお姉さんにあてがって、黙らせるには丁度よさそうなものだと思うけど?」
 
 このあたりは流石に“風を纏う者”の頭脳である。
 きっちり鑑定価値まで言われて、レベッカも納得したようだ。

「その代わり、今後手に入る物は、遮蔽魔術以外全部貰えばいいよ。
 
 まぁ、ほとんどの本は虫に食べられて、穴だらけみたいだけど」
 
 それは好い考えね、とレベッカがほくそ笑むと、スピッキオがまた呆れたように溜息を吐いた。
 シグルトとラムーナも苦笑する。
 
 少し離れたところで邪な相談がされているとも知らず、ルティアは手に入れた虫食いだらけの魔術書をうきうきした様子で読むのだった。 
 
 
 二階を探索し終えた“風を纏う者”は、未調査だった離れの開かずの扉を手に入れた鍵で開き、先に進むことが出来た。
 
 手に入れた地図に従い、隠し扉を見つけて中に入ると、館に住み着いていた小悪魔インプが襲い掛かって来た。
 混乱の魔法に苦戦しつつも、シグルトの召喚したトリアムールとロマンの魔法で撃ち落とし、あっさり勝負がつく。
 
 奥には遮蔽装置と、【蜘蛛の糸】という魔術の巻物が置かれていた。
 
「これは僕らが貰うよ?
 
 遮蔽魔法とは関係無いものだからね」
 
 ルティアが何か言い出す前に、ロマンはぴしゃりと釘を刺し、巻物を懐に入れてしまった。
 
(類は友を呼ぶ…かしら?)
 
 レベッカは笑い出しそうになるのをこらえつつ、愉快そうにロマンを見ていた。
 
 
 その後、離れの酒蔵では年代物のワインを二本見つけ、レベッカもホクホク顔だった。

 手に入った物が多く、皆で分けてそれらを背負っている。
 前にレベッカが「ロープはかさむし古くなるからいらない」と言っていたが、慎重過ぎて手荷物を増やしても持って帰れるものが少なくなるのである。
 戦利品を持ち帰る懐の広さも、大切な要素であった。

(た~くさん荷物が入る、魔法のカバンでもあればいいのにな~)

 ラムーナはぼんやりとそんなことを考えていた。
 
 館の調査をし終えて、一行はホールに向かうと、約束通り遮蔽装置をグリシャムの亡霊に渡す。
 外に出ると、魔術装置が発動し、館は跡形も無く姿を消した。

「これで良かったんだよね…」
 
 黄昏るように呟くルティアに、何を今更、とレベッカが戯けて見せた。
 
 
 グリシャムの願いを叶え、屋敷が完全に隠蔽されると、一行はオリバーストン男爵の屋敷に向かった。
 館が消えてしまったことを告げると男爵は不機嫌になったが、それにレベッカが対応する。
 
 依頼主の不手際や法律上の問題をロマンと一緒に指摘し、レベッカは銀貨千枚をせしめた。
 ただ、お金を取るばかりではなく、レベッカは男爵が求めるような物件をカルバチアの盗賊ギルド経由ですでに見つけており、咎められることは無かった。
 
 自分の別荘が見つかってほくほく顔の男爵は、また仕事を依頼すると宣言し、一行は〈依頼を失敗した〉という扱いにはならず、名を貶めずに今回の依頼を終えるのだった。
 
「なかなか実のある仕事になったわね~」
 
 狡猾な女盗賊は、懐の銀貨の重さに頬を緩めていた。
 
 
 “風を纏う者”一行がルティアと別れる時のことである。
 
 ロマンはルティアに何か伝える。
 こてん、と魂が抜けたかのようにルティアが地面に倒れた。
 
「何を言ったの…
 
 あの娘、髪が抜けそうな落ち込みようよ?」
 
 大したことじゃないよ、とロマンは言った。
 
「あの本の装置を、現代で用意するための費用だよ。
 
 人件費や貴重な材料費を考えると、銀貨十万枚ぐらいは必要だよって…」
 
 そりゃ落ち込むわ、と今までの扱いを棚に上げ、レベッカは初めてルティアに同情するのだった。



 本家groupAskのメンバーさんが製作したシナリオ、『見えざる者の願い』、再録です。
 コメディ路線ですが、掛け合い的にはあんまり違和感はないかなと。

 ルティアの扱いがあまりにひどい、と思う方がいるかもしれませんが…
 私は、「覗いてて、ストーカーしてて、報酬も提示せずに無理やり仲間に加わる人間」を簡単に信用できるとは思いません。
 彼女には接触時に誠意が見られないのです。
 魔術書がほしいというのは、スキルは販売すればどんな欠陥品でもそれなりの価値になるわけですから、冒険者のライバルなわけです。「私が買い取ります」とかあれば別ですけどね。
 ルティアが同行の条件として、銀貨200枚当たり差し出せば態度違ったかもしれませんが、無償で連れて行けとかないない!と画面に突っ込みました。
 断っても無理やりついてきた人間に、優しくする必要は全くないかと。

 シグルトも言ってますが、道理は大切です。
 このシナリオはコメディ調なので、押しで進んでしまうんですけれども。

 実はルティア、知力12と人間の限界に行ってるんですね。
 その割には行動があまりにお馬鹿と言いますか。
 そういうキャラなんでしょうが。
 知力と教養は別物なんでしょうかねぇ。

 最初ロマンの話の時に出てくる長い魔術の系譜やらは、実際の魔術のお話を参考にしています。
 ダイアナ・アラディア系の魔女に関しては死霊が少なくて知らない人も多いかもしれませんが、イタリア系の魔女なんかはこの系譜多かったりします。
 魔女っていうのは魔女狩り=宗教同士の抗争でだいぶ歪められてるものもあると思います。
 ハーピィやゴルゴン三姉妹なんかも、元は美人だったのに結構姿を貶められていますし。
 こういうとなんですが、キリスト教も割合他の宗教を習合してたりします。
 キリスト=阿弥陀如来同ルーツ接なんて面白い説も。

 まぁ、半ば私の設定したネタも入ってるフィクションなので、大目に見てください。
 

 本来のメッセージだと、オリバーストン男爵の依頼は「失敗した」と言われます。
 私、これには不満があって、「調査すべきものが消えてしまった」時点で、男爵は冒険者に虚偽の依頼を出した形になってしまうのです。
 得られるクーポンは◎ですし。
 なので小説の中では、ちゃんとフォローして「依頼は同意の上、別の内容に変更された」と言う形に。
 報酬が1000目減りしてるのは「屋敷の危険物の始末が、なかったことになった」からです。

 レベッカがすぐに物件を見つけられたのは、盗賊ギルドの沽券に関わる交渉をしたからです。
 オリバーストンが男爵で、多分屋敷のあった土地の所有者であるという点。
 男爵はどこかから情報を仕入れて冒険者に屋敷の調査という仕事を持ってきたわけですから、今回屋敷の消滅で盗賊ギルドなどの情報元に手落ちが生じたことになっているわけです。
 「貴族と揉め事起こしたくないでしょ?」とレベッカからフォローをもらった盗賊ギルドは、似たような物件を慌てて探し穴埋めをしたわけですね。
 レベッカは本当のことを黙ってて、そのかわりゴースト付きの不良物件を手に入れた男爵が怒り狂って情報を売った元に怒鳴り込むのを、男爵に報告する前に盗賊ギルドに情報を流す形で上手く手打ちにしているのです。
 一応盗賊ギルド側ももめなくてすんだので、これは一応のギブアンドテイクだったわけですね。
 
 
 今回の再録バージョンの方は順調にお金が増えて、ついに桁が万まで行きました。

 
 今回の報酬は、
 
道具類
 
・【解毒剤】×1
・【魔法薬】×1
・【葡萄酒】×2
・【薬草】×1
・【火晶石】×1
・【宝石】×2

スキル 

・【蜘蛛の糸】(ロマン習得)
 
お金
 
 +1000SP
 +800SP(宝石2個売却)
 
◇現在の所持金 10468SP◇(ジャラ~ン♪)
 
 ごっつぁんです♪
 

〈著作情報〉2018年06月17日現在
 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2018年2月1日リリースされたCardWirthPy 2.3 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 『見えざる者の願い』はgroupAsk(倉貫)さんのシナリオです。現時点でgroupAskさんのサイト…つまり本家で配布されています。
 デフォルトのシナリオ集にある作品なので、皆さんなじみ深いものだと思います。
 シナリオの著作権は、groupAskさんにあります。
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