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『希望の都フォーチュン=ベル』 商船護衛

2018.06.21(15:58) 455

 風を纏う者たちは、海路でフォーチュン=ベルへと向かっていた。 
 彼の都で贔屓にしている『幸福の鐘亭』の名前で、シグルトたちに商船護衛の依頼があったのだ。

 最近西方諸国近海では、海賊による略奪が後を絶たない。
 近年の商業活発化から新しい海路による交易が盛んになった分、海賊たちも自分たちの狩り場を増やし、勢力を伸ばしているのだ。

 仲間たちが心地良さそうに潮風を楽しんでいる中、初めて商船に乗るというシグルトとロマンは、それぞれの理由で緊張気味である。
 
 海の無い北方の陸(おか)育ち(内陸出身者のこと)で、リューンへも陸路でやって来たシグルトは、海上を走る船舶に長期間乗ったことが無い。
 船酔いにこそならなかったが、逃げ場のない船の上で、しかも揺れる船の上での護衛という初めての任務に、頭を悩ませている。

「何時もより酷い仏頂面ね。

 貴方らしくないわ、シグルト」

 レベッカが軽く肩を叩くと、シグルトは大きな溜息を吐いた。

「そうも言ってられんさ。

 船という乗物は、兎角襲撃し易いものなんだ。
 海上故助けを求められないし、逃げ場も無い。

 護衛の任務を預かる以上、対策を考えねばならんが…正直お手上げだ。
 
 こんな危険な乗り物で、大量の物資を送るとは…いくら早いとはいえ理解できんよ」

 シグルトらしくない不満に、レベッカが苦笑する。

 このリーダーは、今までも愚痴一つ無く的確な戦術を立案し、特に護衛戦では大きな結果を残していたからである。
 例え困難なことであっても、最大の結果を出そうとする男なのだ。

「何がそんなに不満なのよ?

 海の上を風で走ってるから、敵が乗り込んでこない限り平気じゃない」

 レベッカの言葉に、シグルトは楽観的過ぎるとばかりに、首を横に振った。

「乗り込む目的がある海賊は、狙ってやって来るさ。
 マストと言う旗印まであるしな。
 
 構造上船というものは、防水のために油や塗料を塗り込んだ木材で出来ている。
 これほど火災に弱い乗り物など他に無いぞ。
 火災が起こったら、この海の真ん中で飛び込むしかない。

 仮に敵が強奪目的の海賊だったとして、燃やされる心配が無いとしよう…
 踏ん張りができない船上では技がぶれやすく、得物を海に落とせば紛失確実だ。
 重装などしていれば、海に落ちると助からない。

 装備を聞けば、この商船は速度向上による軽量化のため構造も脆く、戦闘用に必要な弩砲の類も無い。
 海戦用の投石機を用意しろとは言わんが、せめて矢窓に弩(いしゆみ)数機は欲しい。

 これを、海上装備もろくに無い俺たち五人だけで護衛しろと言うんだからな。
 
 俺たちは今、魔法以外に遠距離攻撃手段が無いんだ。
 一方的に敵の矢玉を受けることになるぞ。

 この船は中古船で、前の船を売って購入したものだという。
 武装はあらかた売ってしまったというんだから、呆れてものが言えない。 

 加え、お前やラムーナが乗ってることに対して、風当たりも強いだろう?
 迷信深い船乗りは女の乗務員を乗せることを、ことさら嫌う。
 船員の協力も、あまりあてに出来ない。

 最悪なことに俺は、海上戦の経験など皆無だぞ。
 船員にも海戦の経験がまるで無いらしい。
 水夫たちはほとんどが、海賊のいない入り江の巡航船の出だというし、今回の航海は初めての外海だという。
 外海での経験がある者たちも、聞けば護衛船がある船団に乗っていて一度も敵に襲われたことが無い。

 こんな急の仕事でなければ、海戦の知識と近海の潮の流れを調べておきたいところだ。

 俺が書物で読んで知っている戦術は、ガレー船用の古典的なもので、しかももっと大規模な武装船同士の戦闘を基準にしたものだからな。
 近代帆船による戦闘など、皆目見当がつかん。
 
 緊張するなと言う方が無理だな。 
 …悪条件極まりと言うことだ。

 この数日海が時化ていないということが、数少ない救いだよ」

 悪条件の中で、初めて乗る船に対し的確に観察して対策を講じようとしているシグルトに、レベッカは頭の下がる思いだった。
 実際、シグルトは船で余っている板を使って簡易の楯を作成している。
 射撃に対して、楯は最も効率の良い防御手段なのだ。

「とにかく火が最も怖い。

 火は風を受けて、上に向かって燃え広がって行くんだ。
 周りが水で囲まれているとはいえ、俺たちが乗っている部分は燃えやすい場所に浮かんでいて、海風という煽りまである。
 
 船のコックに聞いたんだが、火災予防のために、船が動いている時は火を使わないぐらい気をつけているらしい。
 あまりに不用心なので火災予防用の装備を増やすように具申したところ、〝護衛が余計な事を言うな〟と言いだす始末だ。
 
 武装に関しても、俺が作る楯にすら文句をつけるんだからな。
 守って貰う気があるのか、疑問だよ。
 
 こんなずさんな状態で護衛を雇うぐらいなら、中古の砲を一台備える方がよほどましだぞ。
 
 世話になっている『幸福の鐘亭」を通した頼みでなければ、と…愚痴ばかりこぼれるよ。
 
 この船の護衛は、今後受けるべきだはない。
 フォーチュン=ベルに到着したら、知り合いに情報を流しておこう。
 
 少なくとも、責任者があの分からず屋な馬鹿船長の間は、な」

 珍しいシグルトの愚痴である。
 
 シグルトの立てる戦術は、神経質とさえ思える堅実なものであるが、今まであてが外れたことはほとんど無い。
 結成して数か月のパーティが無類の強さを誇っているのは、シグルトの的確な戦術故なのだ。
 
 スピッキオが、気持は分かるとなだめた。

「まぁ、称賛を受けてばかりのお主も、時に人間と言うことじゃな。

 こんなに憤慨するとは思ってもみなかったぞ」

 スキッピオが場を慰めるかのように少しからかうと、シグルトは歯痒そうに唇を歪めた。

「対策が立てられないということは、万が一に死地に陥るということだ。

 何かを護るということは、護り切ってこそ意味がある。
 勝敗で言うなら、護れないことが敗北するということなんだ。

 俺は、共に戦うお前たちの命だって預かっている。
 皆に少しでも勝算のある戦い方をさせるのが、戦士でありパーティの代表を任された俺の仕事だ。

 思う様に出来ないのは、悔しいな…」
 
 リーダであるシグルトがそんな風に悩んでいる最中、ロマンは船乗りたちの態度に閉口していた。
 
 兎角、船乗りは迷信深く、ヒエラルキーや掟に煩い。
 女子供を一段下に見るし、体格的に肉体労働に向かない者は軽視される。

 女顔のロマンに至っては、衆道好みの船員に絡まれる始末。
 近海の諸国には【少年愛】という風習がある地方もあり、暖かい地方には裸の男性と少年が仲睦まじく寄り添い油の入った入れ物とスポンジが一緒に描かれた壺や壁画などが見つかる遺跡もある。油とスポンジは、スポーツで汗を流した男と少年が身体をそれで磨き合いながら戯れる官能の暗喩だ。

 先日乱杭歯の船員に後ろから忍び寄られて尻を触られそうになり、拒絶すると生意気と怒られるということが起きた。
 その船員は、シグルトが叩きのめしてくれたのだが。

 甲板に強かに叩きつけられた船員は船長に泣きつき、船員たちと“風を纏う者”との間で一触即発の状態になった。
 この船において、船員の方が護衛より格上であり、逆らったロマンや拳を振るったシグルトが悪いというのである。
 シグルトに装備の悪さを指摘され面白くなかった船長は、掟を持ち出してシグルトを海に放り込むと凄んだ。
  
 だがそこでスピッキオが船長を叱りつけた。

 生々しい話だが、修道院での同性愛も多い。
 スピッキオの所属していた修道院では、男性同士の恋愛であっても修行の妨げとなり、不潔な行為に及ぶこともあるとして、同性愛や少年愛を厳しく禁じていた。
 修道院の風紀を管理していた経験もあるスピッキオは、相手の同意も無いのに、いたいけな子供を手籠めにしようとすることがいかに罪深いか滔々と説教を始めたのである。

 海に関わる仕事の者は、聖北教会より聖海教会の信者が多い。
 その司祭の一喝は船員にも動揺を与え、船員とそれを擁護する船長の暴挙に船の中から多数の反対意見が出たのである。

(…迷信深いのが好いのか悪いのか分からないよね。

 話がまとまったから、よかったけどさ)

 結局、スピッキオの一声で事態は一応収拾した。

 シグルトは「もし仲間に手を出すようなら、次の港で降りる。契約はそちらが破ったと【冒険者の宿連盟】を通じて通達し、この船の護衛を受ける冒険者は一人もいなくなるだろう」と凄んだ。
 スピッキオもその意見を支持し、“風を纏う者”の総意として他の仲間も同意を示している。
 さらにレベッカが船長の耳元で「シグルトは貴族から紋章入りの感状を貰うほどの冒険者よ。彼をこんな理不尽な理由で海に沈めたりしたら、あなた方は全員吊るし首かもね」と囁いて、真っ青にさせていた。
 
 この一件で敵も出来たが、仲間を守ったシグルトに対して好意的な船員も多かった。
 
 レベッカが船の料理長を持っていた砂糖で懐柔していたことも働き、話は大きくならなかったのである。
 船での食事は、質が悪いと船員の反乱が起こるほどだ。
 こういう時、どこを抑えればいいか知っていたレベッカの作戦勝ちでもあった。


 躓きはあったものの、数日の船旅は瞬く間に過ぎて行った。

 海賊たちはまったく現れない。
 このまま何事も無く目的地に着くかもしれない…誰もがそう思っていた矢先である。

「…伝令!

 後方より海賊のものらしき小型船船影二つ!」

 気が弛み切っていた反動から、俄かに騒ぎ出す船員たち。
 戦闘装備の無いこの船では、無駄なことである。

「慌てるなっ!

 敵の射撃に備えて、俺が作っておいた楯を用意しろ。
 足りないなら、遮蔽物になるものの後ろに隠れるんだ。
 その時、頭は遮蔽物より一つ分は下げるんだぞ。
 矢は、弧を描いて上から降って来る。
 
 乗り込んでこようとした敵は、楯で体当たりして海に落せ。
 相手の体格がよくとも、二人がかりでやれば大丈夫だ。
 上半身を低くしてバランスを保っている奴は、下から頭を持ち上げて亀をひっくり返すように、だ。
 
 各自身を低く、敵船の突撃に備えるんだ。

 長物(長い柄武器)を持っている者は、敵が船に乗り込もうとした時に海に払い落せ。
 掛け板を転がすのでもいい。
 
 万一敵が火を使って来たなら、消火を最優先するんだぞ。
 火が燃え広がったら終わりだ。

 皆、肝を据えろっ!」

 シグルトが一喝して混乱を収拾する。
 鋭い指示に、船員たちは慌てて対応を始めた。

 その間にも船足の速い海賊船は、見る間に近づいてくる。

「スピッキオ、俺たちに守りの秘蹟を頼む。 
 ロマンは眠りの術で敵を眠らせ、後方から援護してくれ。
 レベッカとラムーナは、倒せる奴から対応しろ。
 術で寝た奴を海に落とすだけでもかまわん。

 スピッキオ、ロマン…妖精の術を掛けてやるからこっちに来い!
 レベッカは例の指輪の魔力で身を守ってくれ
 ラムーナは盾を活用だ」

 檄を飛ばし、精霊術で準備をするシグルト。
 横でスピッキオが【聖別の法】を使い、仲間たちに防御の加護を施していく。

 敵が矢を構えていることを確認したシグルトは、船の一つに向けて手をかざした。

「《トリアムール、敵船の帆を固定したマストのロープを切れ。

  あっちの船だっ!》」

 シグルトの精霊術で、風の精霊トリアムールが一隻の海賊船を足止めする。
 メインマストから帆を落とされた船が、速度を失い停止した。

 友軍を止められた反撃にと、もう一つの船が矢を浴びせて来た。
 しかし、楯による遮蔽で守りを固めていた商船の船員たちは、掠り傷程度の被害しか出ない。
 
「ぬぅ、危なかったわい」

 加護の術と妖精の護りによって、敵船から放たれた固定弩(バリスタ)の直撃を免れたスピッキオは、急作りの盾の後ろで冷や汗を流していた。
 巨大な太矢を受けた楯は粉微塵である。
 
 味方の傷が取るに足らないものと確認したシグルトは、ほっとしたように頷くと、敵が乗り込もうとする場所へと走って行った。

「いたた…」

 ロマンの逆腕が、破片で浅く傷つき血が滲んでいる。
 楯を用意していなければ、死者が出ていただろう。

 船同士が接舷することで衝撃が走り、シグルトは剣を甲板に突き立てて踏み留まった。
 見れば、すでに海賊の何人かが乗り込んでいる。

 スピッキオが杖で真先に飛び込んで来た指揮官らしき海賊を殴りつけ、トリアムールの風が近寄る海賊たちを打ちのめす。
 シグルトは、もう一人の指揮官らしき盗賊と切り結んだ。

 一方ロマンは二人の海賊に囲まれて牽制され、船の揺れに足を取られて転倒してしまう。
 
 防御しながら、ラムーナがそっちに駆けて援護に回った。

 敵の反撃でスピッキオが掠り傷を負うが、掛けた術で差し障りは無い。
 ロマンも、転倒したところを狙われるが、妖精の加護が働いて、避けた拍子に腰を打った程度である。

「フッ!」

 トリアムールの風でよろめいた手下の海賊野分を通り抜け、船に取りついた一人の海賊に斬りつけて、海に落とすシグルト。
 慣れない解錠での戦闘を意識し、バランスのくずれる技は極力使わない。

 その横で、海賊の指揮官が傷薬を使用して仲間を癒していた。

「ロマン、あの指揮官は厄介だ。

 眠りの呪文で足止めをしてくれ!」

 応じるように、ロマンが呪文を唱え始める。

「《…眠れっ!》」

 この呪文で三人の海賊が倒れる。

「ラムーナ、体勢を整えろ!

 起きてる奴から沈めて行くぞ!」

 シグルトの号令で、“風を纏う者”は一斉に動く。

「《…穿てっ!》」

 ロマンの呪文で【魔法の矢】が飛来すると、海賊の胸を打った。
 普通なら即死の攻撃を、その海賊は武器でブロックすることでどうにか耐えている。

「…ハァァっ!」

 ラムーナが、シグルトの前にいた指揮官を回し蹴りで吹き飛ばした。
 蜂の一撃の様に鋭いそれは、ラムーナの必殺技【連捷の蜂】である。

 レベッカが巧みなフェイントで、起きた海賊を翻弄していた。

 一人の海賊をシグルトが剣の鍔で殴って海に叩き落す。

「あと四人!」

 ラムーナが盾の重さを利用した体当たりでもう一人の海賊を船べりに追いやった。

「《張り巡らすは白蜘(はくち)の楼閣(ろうかく)、呪詛が羅網(らもう)で絡み捕らえよ》

 《縛れ!》」

 ここでロマンがブロイの屋敷で手に入れた呪文【蜘蛛の糸】を使い、眠っている指揮官の海賊の一人を床に縛り付けた。

「セェヤァアアアッ!」

 ラムーナが大きく跳躍してくるりと一転、海賊の一人を海に蹴り落とした。
 盛大な水飛沫を上げて海賊は水没する。

「キョエアアアアアァァ!!!」

 魂消る突然の奇声に、皆がそちらを向いた。

 レベッカが縛り付けられた海賊の股間を踏み砕き、痛みに悲鳴を上げて目が覚めたところを、シグルトの振るった鉄塊ともいうべき剣が気絶させている。
 ある意味、慈悲であった。

(え、えぐい…)

 一同は砕け散るナッツを幻視した。
 思わず「ヒュッ」とうなるロマン。

 周囲にいた男たちの多くは皆、「ヒュンッ」と身震いし、やや前屈みの内股になった。
 自分のことではないのに、皆痛そうな顔である

 次に放たれた【眠りの雲】が大勢を決していた。

 瀕死の海賊一人はシグルトが止めを刺し、ラムーナとスピッキオが眠ったもう一人の海賊指揮官をぼこぼこにしてロマンの【魔法の矢】が止めを刺していた。


「ああ、もうっ!

 なんてタフな連中なのよっ!!」

 苛々したレベッカが、汚いものを落とすように靴裏を甲板に擦り付けている。
 それを見る船員の目が恐怖で泳いでいた。

 戦いは若干眺めになったが、乱戦ともなれば指揮能力の高いシグルトのいる“風を纏う者”が圧倒的に強かった。

 バランスの悪い船上は、平衡感覚に優れたラムーナの独壇場である。
 闘舞術【連捷の蜂】で勢いづいた後は、切り合う端から海賊を押しやって優勢に持ち込んでいた。
 
 最後の海賊がロマンの魔法で海に吹き飛ばされるところを確認したラムーナは、船縁を蹴って一転、ふわりと甲板に着地する。

 “風を纏う者”は軽傷を負う者もいたが、スピッキオの守護の秘蹟の効果が切れる寸前、治癒の秘跡無しで海賊を撃退することに成功していた。

 見れば、先ほどマストを落としたもう一隻が、慌てて去っていくところだった。

 商船の船員たちは、“風を纏う者”の勝利に歓声を上げ、海賊たちの残した渡し板を海に落とし、船上で気絶した海賊たちを拘束する。

「どうにか勝ったな」

 仲間に怪我人が出たことに対し、シグルトは不満顔だったが、仲間の健闘を褒めることは忘れない。

 この襲撃は、“風を纏う者”の実力を証明するきっかけとなった。
 船員には軽傷者が数人出ただけで済み、船の損傷も簡単な修繕で十分なレベルである。

 取り巻きと身を隠していた船長は、戦いが終わると現れて、船の受けた被害をあげつらって報酬の減額を求める暴挙に出た。
 あまりの浅ましさに、“風を纏う者”と一緒に戦った船員たちの方が激昂し、船長はたちまち袋叩きにされてしまった。

 このことが原因で横暴だった船長は無能の烙印を押されて船倉に放りこまれ、副船長をしていた若い男が船の指揮を執ることになった。

 解任された船長は反乱を起こして今の地位に就いた男であり、今までの悪行が祟って擁護してくれる者は誰もいない。
 彼は船長として一番大切な公平さを欠き、取り巻きばかり大切にしたからだ。

 船乗りは地上よりも迷信的だが、同時に民主的で結果を大切にするコミュニティを形成しているのである。

 
 それから数日は平穏であった。

 中継地である小さな港を経由し、商船は順調にフォーチュン=ベルに向かっていた。
 海鳥の声を聞きながら、“風を纏う者”も充実した航海を続けている。

 新しい船長はシグルトの意見に従い、雨水を溜める防火水槽とその中に虫が涌かなくするための薬草を船に常備することに決めた。

 水に湧くボウフラは蚊の幼虫だ。瘧(おこり)…マラリアを媒介する。
 腐った水で食あたりを起こせば、下痢によって貴重な水分を失うことになるのだ。

 海で水が少なくなった時、倍の水に海水を混ぜたものが普通に飲める…ただし煮沸はした方がいいと、ロマンが豆知識を話している。
 この方法は簡易の経口補水液を作る様なもので、シグルトがアフマドから聞いたものをロマンに教えたものだ。
 水を失った時最も頼りになるのは、新鮮な水を生成できる水の精霊術師だな、とシグルトが苦笑した。

 “風を纏う者”のアドバイスに耳を傾けながら、新船長はいくつか弓を買い求め、捕鯨用の中古品を改造した固定弩も、後々購入する予定らしい。
 中継地で海賊と一緒に下ろされた前の船長はかなり金を貯め込んでおり、それを使えば装備の充実は一通り出来そうだという話だ。
 
 シグルトは「俺も船上での戦闘はこの間のが初めてだったんだがな」と言いつつ、求められて基本的な戦術を船員たちに手ほどきしていた。
 彼が基本とした戦術は、南海で数百年前に勃発したアレトゥーザとフォルトゥーナの戦役を参考としている。

 当時の戦闘は、船に積んだ石を投石器(カタパルト)で投げ合う乱暴なものであった。
 海戦では、船同士が接近して戦うのは最後の手段だ。

 相手の装備を奪うことを目的としていた戦い方もあり、有限の矢玉で敵戦力を削いで突入し、矢玉を補給しつつ次を攻めるのである。
 遠距離攻撃による初撃が重要であり、それを防御する手段が肝要だとシグルトは教えていた。

 紐を使って作成できる簡易の投石紐(スリング)の作り方も伝えた。
 慣熟に時間がかかるため、木の的を作って、娯楽代わりに船上で石当ての鍛錬をするように提案する。
 金のかからないこの申し出はとても歓迎された。
 
 敵の矢に対して絶大な効果を発揮した楯は、もう少し改良が加えられて、船員全員分が用意されている。

 舞う様に海賊を叩きのめしたラムーナは、船員たちに【幸運の乙女】だと持て囃される様になっていた。
 お調子者のラムーナはそれが嬉しいのか、得意のダンスを披露して今やすっかり人気者だ。
 最近はふっくらとした身体の線も見え始め、魅力的になって来た少女である。

 船旅は娯楽が少ないため、舞踏のような芸は好評だった。

 一方、船員を賭け事に引っかけ、レベッカは小金代わりにこの海域の貴重な情報を入手していた。
 同時に夜に飲むための酒も、しっかり調達している。

 ロマンは文盲の船員に文字を教えてくれと請われて、教師気取りだ。
 毒舌入り混じる厳しい指導も、彼の美しい顔見たさに集まる船員たちのおかげで大盛況だった。

 スキッピオの方は布教に励んでいる。
 新たに聖海の洗礼を受けたいという者が三人出て、スキッピオは彼らの洗礼名を考えることに夢中になっていた。

 前半の船旅に比べて、“風を纏う者”には船旅を楽しむ余裕が生まれていた。


 そして、後一日で目的地と言うところまで来た時である。
 
 見張りの甲高い声が、甲板を震わせた。

「後方より、大型船接近!」

 一同に緊張が走り、シグルトがすぐに警戒と武装を命令して、新船長の元に駆けつけた。
 
「こちらの方が小さいはずだ…振り切れんのか?!」

 船長の言葉に、青ざめた操舵士は首を横に振る。

「無理です…信じられない速度で追って来ます。

 逆風でこの速度。
 とても普通の船とは…」

 シグルトが大型船の帆を見上げ、困ったように息を吐く。

「あれはいくらなんでも船足が速過ぎる。
 風下なのに順風満帆の如し…十中八九風を起こす術を使っているな。
 風の魔法にはこういう使い方もあったか。
 
 あの規模の船を高速移動させる風だと…ロマン、勢いが付いてるから今更風や帆をどうにかしても止めるのは無理か?」
 
 常ならぬ力で走って来る大型船は、とてもではないが止められそうにないと、即座に計算したロマンも請け負う。
 自重のある船は、走り出すとすぐに止まれないのだ。

「風を操る海賊船だって?

 もしかして“蒼き疾風”のジャドか」

 新船長は絶望的な表情で、噂に聞いていたというその名を口にした。

「マジ?
 厄介な奴ね…
 
 この近郊じゃ一番知られてる奴らじゃない」

 レベッカが名前に反応する。
 情報に通じたレベッカは、すでに航路に出没する海賊の構成を把握していた。
 
 船という乗物は兎角金がかかる。
 食糧、水、修理費用の資材…
 必ずそれらを補給するために、最寄りの港を持つのだ。

 海賊は、船の形状や海賊団の気質にあった航路…縄張りを持っている。
 一回の出港で確実に略奪を成功させ、消耗品を補給するための資金や資材そのものを奪うためだ。

 必然、良く寄る補給場所やその航路から、情報が割れてくる。

 “蒼き疾風”とは、海賊団の首魁の二つ名であり、海賊団そのものの名前でもある。
 今通っている海域では、最強の誉れ高き海賊であった。

 彼らが有名なのは、強さもあるが、その略奪の巧みさにあるのだ。
 
 まず、船足の速さで逃げ切れた船は無い。
 海賊団を構成するメンバーは猛者揃いで知られていた。
 彼らが海賊退治のために出向したフォーチュン=ベルの軍船を沈めたという話もあるほどだ。

 略奪は根こそぎではなく、また商売を始められる程度には物資を残す。
 そうすることで、次の獲物として戻って来る可能性があるからだ。
 これは「小魚は釣っても海に戻す」という、海賊なりのリサイクルなのだ。 

 さらには、無力な女子供や老人は殺さず、無意味な殺戮もしない。
 義賊に近い矜持を持っていると聞いている。
 仲間想いで部下を大切にする首魁ジャドは、同系列の海賊が敗れた場合、面子を潰されたとして報復に出ることも多いという。

 所謂、義侠心の強い海賊であり、生き残って彼らの名を広めた者が多いのである。

 この海賊団が優れた実力で成功を続けたからこそ、伝わった話であった。

 商船の一同が苦い雰囲気にある中、まだ距離もあると言うのに敵船から大声が聞こえて来た。

「ハァ~ハァッハッ!!

 この間は、よくもうちの子分を可愛がってくれやがったな。

 久しぶりに骨のある獲物のようだぜ。
 今ぁそのツラ見に行ってやるから、小便ちびりながら待っていなっ!!」

 それは、大型船の船先に立った逞しい白髪の男である。
 顔の傷痕が、その男を一層凶悪に見せていた。
 
 脇に二人の部下を従え、威風堂々と立つ姿に、商船の船員たちは一気に士気を失った様だ。

「うわ、人相書通りだわ。

 最悪ね」

 レベッカが眉をしかめて相手を観察している。

 シグルトは今可能な対応策を検討し、知恵袋であるロマンに質問をした。

「…ロマン、あの船を風の精霊術で揺すってやるには、どの辺を狙えばいい?」

 シグルトの意図に気付き、ロマンは苦笑しながら計算する。

「無茶言うね…

 そうだね、やっぱりメインマストの帆に大きな大きな横風かな?
 この速度だと、下から吹き上げるようにこのぐらい。

 梃の原理と、向かってくるための力でぐらっと揺らせるよ。
 まあ、あの船体の場合は一回が限度だと思うけど、シグルトの精霊術ならあの高さでも大丈夫だよね。
 
 あそこに昇ってる見張りの、一人分下、マストを繋いでいるフックみたいなのがあるあたりに、角度をつけて下から刺す様に横風をぶつければ…」

 ロマンの言葉に頷き、シグルトは精霊に呼びかけ始めた。
 仲間に支援を求めつつ、妖精の術をロマンとスキッピオに施す。
 
「攻撃した後に、射撃で応酬があるぞ。
 
 皆楯か、厚めの遮蔽物の後ろに隠れてるんだ」

 スピッキオが仲間たちに護りの術を掛け、終えてもらったシグルトは、トリアムールを召喚しその身に宿す。

「…どうぉした?

 怖気付きやがったか、腰抜けどもっ!!」

 首魁である白髪の海賊が、恫喝するように大声を上げる。
 シグルトは、敵が好奇心から船に乗りだしてこちらを見ようとした瞬間、絶妙なタイミングでトリアムールの起こした突風を敵船の帆に叩きつけた。

 揺れは小さかったが、身を乗り出していた者たちにとっては堪らない。
 特に船に慣れた海賊たちは、「ありえない揺れ」に対しとても無防備だった。

 数人の海賊が悲鳴を上げながら海に落ちて行く。

「おぅわっ!
 糞、小賢しい真似しやがってっ!!

 野郎ども、衝角(ラム)で突撃しろっ!
 あの細っこいどてっ腹に、風穴開けてやれ!!」

 物騒なことを言っている海賊の首魁。
 シグルトは新船長に命じる。

「あの速度だ、完全には避け切れない。
 船首を曲げて直撃しないように、衝撃を流せ。
 
 相手はまっすぐ向かって来ることが分かってるんだ。
 何とか出来る!」

 新船長はシグルトの言葉に肝を据えたらしく、間一髪のタイミングで舵を切った。

 敵船の舳先を間一髪で躱し、船の横腹が擦れ合う。
 摩擦による焦げ臭い臭い…凄まじい衝撃に、周囲全ての者の頭が揺さぶられた。

「…敵が撃ってくるぞ!

 楯構え~」

 シグルトの号令と同時に、敵が矢を放ってくる。

「…畜生っ!

 掠ったわ」

 持っていた即席の楯が貫かれ、レベッカとシグルトは軽傷を負っていた。
 反撃にレベッカが、拾った弓で海賊の一人を射落とす。

 商船側の被害は少ない。

「この女ぁ…

 サザーラード、アザレア、行くぜっ!!」
 
 接舷の瞬間、あろうことか首魁と幹部二人が、商船に飛び移って来た。

「はぁっ~はっはっ!
 見参つかまつったぜっ!!

 俺の名はジャド・ヴァイスマン。
 人呼んで、“蒼き疾風”のジャドよっ!!!」

 白髪の首魁は口端を歪めて大笑しながら、詰まれた商船のマストをクッション代わりに蹴って船に着地した。
 駆け寄るとともに、シグルトが名乗り返す。

「俺は冒険者“風を纏う者”のシグルト。

 此処からは剣で応えようっ!」

 互いに交差して一合。
 振るわれた得物同士が火花を散らした。

 シグルトの苛烈な挨拶に、ジャドは感極まった様に身体を震わせる。

「~~~けぇっ!!!

 面白そうな奴が出て来たじゃねぇかっ!
 こうでなくっちゃ、楽しめねぇ。

 やっちまえ、野郎どもっ!!!」

 ジャドの号令に、一緒にやって来た幹部たちが頷いて応じた。
 
 ラムーナが【連捷の蜂】をアザレアという女海賊に仕掛けるが、技量の違いから回避されてしまう。
 返す刀ででラムーナが軽く傷を負うが、堅牢な加護が致命傷を許さない。

 その簡、ロマンとスピッキオがそれぞれ呪文と秘蹟を準備にかかる。

「ッ!」

 ラムーナの作った隙をついてレベッカがアザレアに交差攻撃を仕掛け、軽く手傷を負わせた。
 女海賊は流れる血を指にとって舐め、挑戦的に目を吊り上げて持ったサーベルをくるくると回転させた。
 小賢しい、と言うように。

 その近くでシグルトがトリアムールの起こす突風をジャドに叩きつけ、勢いに乗って斬りかかった。

「ぬぉおおっ!
 
 てめぇ、魔法剣士かっ!」

 突風からの鋭い攻撃で完全に守勢に追いやられたジャドが、背面から放たれたラムーナの連撃をかわしながら驚きに目を剥いた。

 ザザーラードがカットラスを振るってスピッキオに強力な技を仕掛けるが、スピッキオは何とかそれに耐える。

「なっ!耐えきった、だと?

 聖海の守りの秘蹟かっ!」」

 僧服で明らかに戦闘は専門家に見えないスピッキオが、自分の秘剣を、甲冑で弾き返しすように耐え切った。
 海に関わる稼業のサザーラードは、軽装で戦う海戦において、防御力を増す秘蹟がいかに絶大な効果をもたらすか知っている。

(まずい、そこいらのにわか護衛じゃない…)

 冷や汗が海賊幹部の頬を伝う。

「畜生、なんだこいつらは?

 その辺の冒険者とは段違いじゃないのさっ!」

 最初は余裕があったアザレアだが、“風を纏う者”の軽妙な連携で有効打が全く与えられないと知ると、文句を言いながら魔法を唱えて仲間の支援を行う。
 仲間に技を出しやすくするための呪文だ。

「《…眠れ!》」

 ロマンの魔法でサザーラードが微睡み、膝を折った。
 支援効果が発揮される前に足止めするのは、戦術の一つである。

「ラムーナ、そいつは起こすな。

 先にこっちの二人を沈めるぞ!!」

 ジャドと切り合いをしながら動きを抑え、シグルトは次々に命令を出す。

 長い船旅で船上で剣を振る時のコツをつかんだシグルトは、武器が壊れないという利点を生かして〈受け止められることが前提〉の攻撃を仕掛けていた。
 足を踏みしめられないタイミングの時、相手の剣と自分の剣がぶつかる状態まで〈足場代わり〉に利用しているのだ。

 受けるジャドにしてみれば、これでは防御しかできない。
 力を抜いていなそうとすれば、途端に鍔や柄で殴ってくるシグルトだ。
 避けようとした時反撃の肘が頬をかすめ、擦過の熱さに海賊の首領は高揚でにんまりとする。

 一方、アザレアを狙ったラムーナの【連捷の蜂】はまたもかわされるが、側面からロマンの【魔法の矢】が突き刺さって追い詰めていった。

「――ちぃいいいい!!!!」

 アザレアはレベッカ、ロマン、ラムーナによってかかって集中攻撃を受けてすでに息が乱れている。
 これではまともに呪文を唱えられない。

「…イヤァアアアアアッ!!!」

 ラムーナは、今度は技を回避されることを見越していた。
 レベッカに目配せをして、その場から大きく飛翔すると飛び掛かるようにアザレアの肩を斬る。
 激痛によろめいたアザレアは、連携で襲い掛かったレベッカの飛び蹴りを避けることができなかった。

「…格闘は専門外なんだけどね」

 身軽に着地しウインクしたレベッカの前で、大きな水飛沫が上がる。

 シグルトは重く堅実に攻撃を繰り返し、完全にジャドをその場に縛り付けていた。
 剛腕から振り下ろされる剣を受け続けたことで、ジャドの持つ大剣に歪みが生じ始めている。

 勢いづいている仲間の陰で、悠々とスピッキオが傷ついた自身を【癒身の法】で癒し、立ち直った。

「アザレアッ!

 この、女狐がぁああ!!!!」

 仲間を倒されたことに怒り狂ったジャドが、シグルトの斬撃を食らいながらも攻撃権から飛び出す。
 そこから飛翔して回転しながら炎を纏い、ロマンから放たれた魔法に耐えきってレベッカに斬り込んで来た。
 フォーチュン=ベルの英雄が得意としていた剣技、【獅吼斬】である。

 爆音とともにレベッカが吹っ飛んだ。
 だが、必殺の攻撃もスピッキオの秘蹟でかなりダメージを軽減されていたようだった。

 服を焦がす炎を叩いて消したレベッカは血反吐を吐き捨てると、追撃を警戒して姿隠しの指輪【シャイ・リング】を使用し姿を消す。

「あ、このアマ、どこ行きやがった!」

 ジャドが唾を吐いて怒鳴る横で、ロマンが呪文を完成させる。

「《…穿て!》」

 剣を前にかざして【魔法の矢】を防ぐジャドだが、シグルトの剛力を受け続けていた大剣の柄が終に砕け散った。

「な、なんだとうぅ!?」

 食らった衝撃の余波で、ついに膝を折る。

「はっ!」

 【アロンダイト】の柄頭が、頭一つ下がったジャドの頬骨を殴打した。
 目の焦点を失った海賊の首領は、派手に吹き飛んで甲板にあった空の樽を粉砕する。
 見事なノックアウトである。

 そして、立ったまま眠りの呪文でぼんやりしているサザーラードに目標を変えた。

 スピッキオが姿を現したレベッカに癒しを施す。

 恐ろしいほどの連携。

 長い間シグルトの優れた戦闘指揮を受けて戦っていた“風を纏う者”は、呼吸を合わせてフォローし合う時のパーティの強さというものを肌で感じていた。
 本来は、連携を構築する技量も経験も仲間同士の信頼も獲得できずに、多くの冒険者は命を落とすか辞めていく。
 
 レベッカは、自分が見込んで仲間になったパーティの強さ再確認して、高揚に一度身をブルリ、と振るわせる。
 これが武者震いというものだろうか。

 目前ではラムーナが【連捷の蜂】で攻撃を開始し、ひたすら連続の大技を繰り返す流れに入っていた。
 覚醒したサザーラードは五人に囲まれ、防戦一方である。

(は、反撃ができないっ!)

 二発目の【連捷の蜂】とシグルトの剣を段平で受けて、何とか攻撃をかわそうと防御に専念する。
 
「《…縛れ!》」

 攻撃を回避することに専念していたサザーラードは、ロマンが準備していた呪文に反応することができなかった。
 【蜘蛛の糸】によって雁字搦めになった海賊は、容赦なく海に蹴り落とされた。

 …彼は知らないが、ナッツを砕かれなかっただけましである。
 
「…今畜生っ!」

 見ればもう目が覚めたジャドが、大型船に垂らされたロープに飛び移っていた。

 ジャドは後ろに跳ぶことで、シグルトの一閃の威力を殺したのだろう。
 無残に柄が砕けた大剣を抱え、火を噴く様な目で商船を睨むジャド。

 その下でサザーラードも、部下に糸を切ってもらってようやく海賊船に取り付き、救出用に垂らされたロープにしがみ付く。

「…雑魚を釣るつもりが、鯱を怒らせちまったぜ。

 おう野郎ども。
 生きてる奴ぁ、海から引き上げてやれ。

 “風を纏う者”のシグルトだったな?
 今回は俺らの負けにしてやらぁ。
 
 けどよ、次にこの海域を通るときゃ、覚悟しやがれっ!!!」

 捨て台詞を残して、ジャドたち海賊は気持好いほどあっさりと逃げて行った。
 撤退も疾風の如し、三倍以上の速度である。

「深追いするな!
 まず被害を確認しろっ!

 怪我人がいたら、重傷者からスピッキオに癒してもらえ。

 …俺たちの勝利だ。
 よくやったぞ、皆」

 シグルトが一度周囲の気を引き締めてから、笑みを作り剣を掲げて勝鬨を上げる。
 船員たちが一斉に歓声を上げた。

「ぜぇ、はぁ。

 なんつう逃げ足の速さ…」
 
 敵の牽制に、奇襲にと、動きまわっていたレベッカが荒い息を整えようとしていた。

「…この程度の被害なら、航行に問題は無さそうだ。

 よし、負傷者を手当てしつつ、航路を戻そう」

 シグルトは、倒れた船員を助けながら矢継ぎ早に命令を出す。

 船員たちは、強大な海賊を少ない被害で追い返した“風を纏う者”を、崇めるように見つめ、嬉々としてその命令に従うのだった。


 次の日。
 船を降りてフォーチュン=ベルに到着した“風を纏う者”は、『幸福の鐘亭』に立ち寄り、報酬を受け取ることが出来た。
 
 無理な仕事を頼んだことに宿の女主人であるメイフィールドが、すまなそうに酒を奢ってくれた。
 
「女将さん。

 今度からは、依頼主を選んだほうがいい」

 自分たちを頼ってくれるのは嬉しいが、人によっては仕事を受けないのが冒険者だと、シグルトは強い口調で釘を刺した。

「依頼主の元船長さんは、うちの常連だったんです。

 一番の冒険者を紹介しろというので、有名な貴方たちの名前を出して、紹介状を書くと言ったんですが…
 次の朝使いを寄こして銀貨二百枚を置いていき、勝手に契約したぞって。

 貴方たち“風を纏う者”を雇うなら、いくらなんでもこのお金では無理だと言ったんですが、まさか受けて下さるなんて。 
 新しい船長さんは貴方たちのことをとても評価していらっしゃいました。
 
 私も“蒼き疾風”のジャドの噂ぐらい知っています。
 
 …本当に銀貨五百枚でよろしいんですか?」

 二回も海賊を退け、この海域で最強の海賊を追い払った“風を纏う者”に、新船長や船員たちはいたく感動した様子で、報酬をかなり増やしてくれた。
 しかし、船に被害をだしたからと、全部は受け取らなかったのだ。

「こちらが誠意を見せなければ、依頼人に誠意を求めることは出来ないだろう。

 臭い話かもしれんが、〈実績〉と〈信用〉こそ資産になりうるからな」

 これは、“風を纏う者”が属す『小さき希望亭』の基本方針である。
 無法者扱いされる冒険者だからこそ、他人の数倍誠意を見せるのが大切だと、宿の主ギュスターヴは言う。

 こういった真摯な姿と、名のある海賊を退けたことで、“風を纏う者”の名は鰻昇りだった。
 
 だが、シグルトの表情は暗いままだ。
 生還は喜ぶべきだが、妥協を覚えれば仕事が雑になるからと、自己評価は何時も辛い。

「とりあえず、今日はもう休もう。

 慣れない船旅で、疲れたよ」

 早々にシグルトは部屋に籠ってしまった。


 部屋に入ると、シグルトは大きく息を吐き、ベットに倒れ伏す。
 
(力技を使い過ぎたな。

 【刹那の閃き】は、使う余裕がなかった。
 この技は威力も鋭さも優れているが、今の俺の身体ではそう連発出来ない)

 バランスの悪い船の上で緊張しながら戦ったシグルトの身体は、思わぬダメージを受けていた。
 踵の腱が上手く動かないのに、シグルトは無茶をして踏ん張り戦い続けたのだ。
 
 そうしなければ“風を纏う者”の中に死者が出ていた。
 だから後悔は無い。

 先日から微熱が続き、軽い吐き気を覚えている。
 その不調は後輩の教導も含め、身体を動かし続けた代償であった。

(急を要したとはいえ、身体が整わない状態で新しい剣技を使うなど自殺行為だな。

 今後は気をつけねば)

 呼吸を整え、身体をもみほぐしていると、ラムーナが部屋に入って来た。
 心配そうな顔である。

「大丈夫?

 顔色が悪いよ、シグルト」

 この娘は勘が鋭い。
 異変があると、真っ先に気が付いたのだろう。

 安心させようと、シグルトは何時もの様に苦笑して見せた。

「少し悪い足場で、慣れない戦いをしたからな。
 船を降りてしばらく経つのに、今でも足場がふわふわして落ち着かん。

 何、陸で休めばそのうち回復する。

 ラムーナも、ああいう派手な技を連発した後は、筋を整えておけよ」

 シグルトの忠告に、素直に頷くラムーナ。

「そう言えば、随分姿勢が直ったな。 
 パーティを組んだ頃は酷い猫背だったが。

 お前の師匠は、姿勢が技の根であることをちゃんと知ってるらしい。
 まだ右肩に歪みがあるから、それは真っ直ぐな塀にでもぶら下がって伸ばしておけ。
 あれは、腕力の良い鍛錬にもなる。

 お前ぐらいの年なら、姿勢はすぐ直せるさ」

 シグルトの強さは、こういった生理学も基本としている。

 そもそも武人は医術に明るいべきなのだ。
 怪我を自分で治せるし、体の壊し方を知るために治す方法を知るのは理にかなっている。

 身体の動きをコントロールすることもまた然りである。

「シグルトって姿勢は綺麗だけど、技が強過ぎて間接痛めてるよね?

 無茶しちゃだめだよ」

 手に水桶を用意し、手際よく湿布を作ってくれる。
 同じ戦士だからこそ、シグルトの身体について一番分かってくれるのもラムーナだった。

「…ああ。
 こうやって休むのも、たまにはいいな。

 ここしばらく、張り詰めてばかりだった」

 そんな事を話しながら、シグルトは今後どうすべきかを考えていた。


 翌日、ゆっくり休んだ“風を纏う者”は『幸福の鐘亭』で朝食を採っていた。

「皆、聞いてくれ。

 俺たちはここ数日働き通しだった。
 だから、少し休日を兼ねて別行動を取らないか?

 俺は武器をブレッゼンに預けて、しばらく剣術修行をしたいと思ってる。
 娘さんに貰った新しい剣術書だが、慣熟するにはどうしても専門家から剣の基礎を学び直したい。
 先輩冒険者から学んだ剣術は我流で、技も荒っぽくて考えさせられるものがあってな。

 独学では限界もあるのだろう。
 少し専門家の意見を聞いて、今後にあの技を使っていけるか検討したいと思う。

 昨日レベッカとも話したんだが、今のところは財政的余裕も少しはありそうだし、な」

 シグルトの提案に、レベッカが続ける。

「いったん解散すれば、それを理由に仕事を断れるでしょ?
 仲間で揃ってると頼られちゃうからね。

 前にも話題になってた案件で、互いの技術強化すべきだとみんな考えてたじゃない。

 私もアレトゥーザの馴染みに頼んで、昔使ってた技の勘を取り戻したいと思ってる。
 どうかしら?」

 ラムーナが頷く。

「私、攻撃以外に防御の技が学びたい。
 大技を使うと、どうしても隙が出来てしまうから。

 もしここで別れるなら、レベッカと一緒にアレトゥーザに行って、アデイ先生を訪ねようと思う」

 スキッピオがそれならば、と同行を申し出た。

「わしも、仲間全てに及ぶ回復の術を学ぶべきじゃと思っておる。
 あれだけの戦いが続いて思ったんじゃが…何時も生傷が絶えんからの。

 アレトゥーザは西方の聖海教会で秘蹟を学ぶには、一番良い場所じゃ。

 レベッカたちと一緒に行くかの」

 最後にロマンが自分の意見を述べた。

「僕は、特に今学びたい技術は無いかな。
 【蜘蛛の糸】を貰ったばかりだしね。
 
 そういうことなら、このフォーチュン=ベルで、少し薬学の勉強をしているよ。
 手持ちの薬を調合すればもっといいものが出来るし、持ってる薬品類預かってもいい?」

 一同の意見がまとまり、シグルトたちは一月後にアレトゥーザで再会する約束をして、解散することになった。

「そうね。
 当座の資金として、シグルトとロマンにはそれぞれ銀貨二千四百枚分のお金を渡すわ。
 今護衛の報酬も含めてうちの財産は銀貨一万二千枚で、ちょうど五分の一。
 無駄遣いしたら〈捻り潰す〉から、大切に使ってね。

 あと、シグルトにはブレッゼンへの手土産の葡萄酒一本と剣の代金代わりに、鉱石を二つ。
 ロマンには薬類を全部預けておくわ。
 活用して頂戴。

 他はみんなアレトゥーザ行きだから、残りの資金は共有でもいいわよね?」

 一同レベッカの会計っぷりに笑みを浮かべつつ了承する。

 こうして“風を纏う者”は一月後の再会を約束すると、解散してそれぞれの目的地へと旅立つのだった。

 フォーチュン=ベル『商船護衛』再録です。

 今回、戦闘結果の違いによりかなり書き直しを強いられました。
 「防御バフやっぱりつぇぇ!」と感動してた次第です。

 私の場合、敵との初戦はだいたい射撃戦から始めます。
 ポイントはしっかり防御バフしてから、できるだけ質の低い射撃アクションで始めること。
 シグルトたちの場合は召喚獣一回です。
 攻撃応酬のダメージなどにも、防御バフは効果があります。

 戦闘開始後、皆の手札はそこそこ。

 シグルトは【アロンダイト】の経験値稼ぎのために、ひたすらこっちをぶん回していました。
 トリアムールで行動力バフがあるので当たりまくっていましたが。

 レベッカは会心の一撃とフェイントの御使い、手札が悪い時は交換して、の繰り返し。

 ロマンとスピッキオはスキル配布アイテムで手札を準備。

 ラムーナは適性の高いスキルやアクションカードが来るまで手札交換。
 時々スティングで攻撃を入れます。

 前哨戦の海賊戦は【眠りの雲】が決まれば割合楽勝でした。
 海賊幹部が先に寝たのが大きかったです。

 後半の蒼き疾風戦は、シグルトの放つ2本の召喚獣がジャドに集中、恐慌状態にして攻撃を封じ込めます。
 シグルトは【アロンダイト】第一段階を上がった行動力で当てまくり。

 いきなり来た【連捷の蜂】を女海賊に使いますが、こっちは回避されました。
 レベル差か!ラムーナレベル2だもんなぁ。
 そしてレベッカが【会心の一撃】をヒット…まるで効いてない!

 スピッキオは油浸の方を用意するも、男海賊に【絶 翔】(このスキルや流 水ってスペースが入ってるんです。キーコード管理の時は注意が必要ですよね)を食らい体力が半分以下に…あ、あぶなっ!
 防御バフのおかげでした。その次のラウンドに自己回復で事なきを得ました。
 回復役が一人だと、こういう時厳しいのですよね。

 反撃のように入ったロマンの【眠りの雲】が男海賊を眠らせて、流れはほぼ決まった感じです。

 ジャドが恐慌状態で配布された防御カードの影響でたたらを踏んでる間に、ラムーナで【連捷の蜂】を次のスキル配布で連打。命中力の高い初心技能で削り、レベッカが会心の一撃でKO。

 次のラウンド、狙ったようにジャドがレベッカに大技を使ってきましたが、ここでも防御バフ発動で耐えきります。ギリギリ普通の負傷状態ぐらいでしたが、【シャイ・リング】を使って追撃は受けないモードに。なんと次のジャドの攻撃を回避します。

 ロマンの【魔法の矢】でボロボロになったジャドを、シグルトが【アロンダイト】で削り倒す…後は眠ってる男海賊のみ。
 1ターンかけて手札を配布。
 あとはぼっこぼこ。

 今回の戦果は、間違いなくアレトゥーザの【聖別の法】のおかげでした。
 このスキルは私も防御に関して特集したことがあるのですが、間違いなく〈御利益〉があります。
 低レベルでは【魔法の鎧】より、ある意味使い勝手が良いです。
 理由は、【魔法の鎧】は一回の使用でほぼ10ターン用無しになるんですが…使わないこの呪文がスキル配布してると余るんです。手札の圧迫感にイライラするでしょう。
 【聖別の法】は仲間にかけると枚数が大量に減って「出難く」なります。
 この特性が、何度も防御をかけ直す必要がある高レベルのギミック戦闘と違う、駆け出しレベルの戦闘にベストマッチするのです。
 ただでさえ、手札の最大数が少ないので、こういう工夫が地味にありがたいと感じた次第。

 高レベルの敵が使うスキルで頻繁に一発KOされる方は、試しにレベル4ぐらいまで使ってみるといいです。体力MAXであれば、一発ぐらいはレベル比5程度のダメージに耐えきります。

 拙作『風鎧う刃金の技』の【堅牢】や『棒杖のお店』の杖とセットで使えば、だいたい二戦闘分ぐらいは使えるかと。レベルが高く戦闘中はあまり手札に来ない【魔法の鎧】と違い、よく手札に来るため、防御力や体力が低い仲間を庇うにはもってこいです。全部合わせても購入費1300ですからねぇ。(魔法の鎧は1400SP)
 【聖霊の盾】は高レベルのスキルだと食らう場合も結構あるため、最初のバフは確実にダメージ減少の方がお勧めです。


 海賊が浪漫と言う人もいますが、某伸びる海賊漫画や某燕さん海賊映画の影響ですかね。
 丘の幻想で、実際の海賊は徹底的に残酷でした。
 海賊旗の骸骨は、「降服か、しからずんば骸になれ」って意味で、敵が降伏しないと赤旗掲げて虐殺ってパターンも多かったとか。
 女海賊なんて、男に対して胸を露出したり…(史実)。
 略奪に強姦、襲ったコミュニティを皆殺しの上、かっさらった人間は奴隷として販売したりと、リアルの海賊は義賊と呼ばれるタイプは少数でした。
 私掠船タイプの海賊は国家と共謀してましたし。

 同時に、海賊は近代兵器の申し子でもあります。
 強くないと生き残れませんし、歴史上ほとんどの海賊は非業の死をとげています。

 刹那的で太く短い生き方が、魅力を感じさせるのかもしれませんね。

 殺し犯し奪い去る賊徒は、本来はただの犯罪者でして、その場で殺すか捕まえても縛り首というのが本来でした。
 陸の人間に対してもそのように接してくるため、「人間だから助けてやろう」とするのは、シグルトたちが活きる世界と時代には甘い考えです。
 描写はそれらを前提として慰安す。

 今回は500SP入手して資金が12018SP。
 次回からパーティの強化に入ります。


〈著作情報〉2018年06月21日現在

  カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2018年2月1日リリースされたCardWirthPy 2.3 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 カード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 『希望の都フォーチュン=ベル』はDjinnさんのシナリオです。
 現時点でこのサイトの別院(http://sites.google.com/site/waijinokousaro/)で代理公開しています。
 シナリオの著作権は、Djinnさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer. 1,06です。
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