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『古城の老兵』 【影走り】開眼

2018.06.26(20:53) 456

 仲間と別れたシグルトは、一人『幸運の鐘亭』の裏手で剣の鍛錬をしていた。

 ブレッゼンに宿題として、渡された黒い鉄塊のような剣を実戦で使うように言われていたが、普段の鍛錬から実戦さながらの訓練をするシグルトにとって、難しいことではなかった。
 必要な実戦使用に達した剣は、間も無くブレッゼンに預ける必要がある。

 しばしの愛剣との別れ。
 惜しむならば、やることは鍛錬と決まっていた。

「物凄い剛剣ね。

 でも、剣の基礎がなってない」

 後ろから呟かれた言葉に手を止めて振り返ると、見目麗しい赤毛の女がそこに立っていた。
 鎧を纏い、大振りの剣を腰に佩いているので剣士のようだ。

 すぐに剣を鞘に納めると、女剣士に一礼する。

「見苦しいものを見せてすまない。
 俺は冒険者“風を纏う者”のシグルト。

 あなたは一角の剣士とお見受けする。

 恥ずかしい話だが、剣を始めてまだ三月。
 見ての通り、我流の先輩から幾分学んだだけの素人だ。

 もしあなたが見て、問題があるところがあれば御教授願えないだろうか?」

 振り向いて名乗った美しい男に、女剣士の顔が真っ赤になる。
 鍛錬のため上半身が裸だったためだろうか。

 シグルトが汗を拭いて上着を纏うと、女剣士は幾分落ち着いた様子になっていて困ったように語り出した。

「私はリリィ・ローズレイク。
 あなたと同じ冒険者をしているわ。

 …ごめんなさい。
 盗み見するつもりはなかったのだけれど、見ていたらなんというか、もったいなくて。

 あなたは凄い才能と、戦いの鍛錬を何年も積んできたのは分かるわ。
 技の一つ一つが迷っていない。
 戦闘におけるそれぞれの一動作としてはよく練られているし、そういう意味では後輩に戦い方を教えるのにも問題の無い実力があるのでしょう。

 普通の冒険者は初めて逢った女に、いきなり指摘された言葉だけで教えを乞うようなことはしない。
 武芸者として、きちんと私を測って見てくれたのね。
 〈女のくせに〉とか〈若輩が何を言うか!〉となじられたことはあるけれど、あなたのように素直に問い返した人は初めてだわ。

 私がアドバイスできることは大したことではないかもしれないけれど、一人の剣士が頭を下げて教えを求めたのだから、それに応えるのが同じ剣士というもの。
 深淵無辺の奥義には私自身も至っていないけれど、剣の先輩として応えます」

 シグルトの眉が、ローズレイクの名を聞いてピクリとした。

「あなたは高名なアイケイシアの大剣豪、ライラック・ローズレイクの御親族か?」

 シグルトの口から出た言葉にリリィと名乗った剣士は「父を知っているの?」とびっくりした様子で聞き返した。

「俺の祖国はシグヴォルフ。
 北方の国だ。

 エルトリアの武王が膝を屈して教えを求めた達人の名は、北では有名だ。
 俺の父も、北方ではそれなりに名の知れた剣士だったが、剣士と言えばあなたの父上とその盟友ナルシウス・トランシルブの名をよく語っていた。
 自分などは彼らに比べれば二流三流であると」

 今度はリリィの方が目を見開いた。
 父の名は有名だが、北方のエルトリア王国で剣術指南をしていたことは、西方ではあまり知られていない。

 そして、同じように武芸を志す若手の中に、ある気難しい槍の達人が一番弟子として認めた若者がいたことを思い出す。

「あなたはもしかして、"青黒き稲妻"シグルト?

 "眠れる閃光"アルフレトの息子、三形の槍を極めたハイデンがただ一人認めた高弟の?」

 懐かしい名前にシグルトは苦笑した。
 "青黒き稲妻"とは、一年ほど前までは国で知らぬ者が無かった武名だ。

 腕に巻いた布切れを解く。

 酷い傷痕にリリィの表情が曇った。

「…見ての通り、今の俺は剣どころか半生を尽くした得意技も使えないほど衰えている。
 槍の道は、志半ばで折れてしまった。

 今は冒険者として、何とか並ほどに剣が使えるようになれないか模索している。
 人生のほとんどを剣に費やした人から見れば、なんと身の程知らずと笑われてしまいそうだが。

 呼んでくれた二つ名は、どうか二度と使わないでほしい。
 父と友と幼馴染の墓前に、槍とともに置いてきた名だ」

 青黒い瞳の奥に熾火のように凝る闇を見て、リリィは神妙そうに頷いた。

「あなたたち"風を纏う者"は、このフォーチュン=ベルでも有名よ。
 正直言うと、どんな人たちか知りたくて覗きに来たの。

 もう呼ばないつもりだけれど、あなたの過去の武名を知っていれば納得できる。
 あのブレッゼンが久しぶりに剣を預けたことも納得がいくわ。

 でも、だからこそ不思議なの。
 なぜ【剣】なの?

 シグヴォルフ王国は【帯剣王授(たいけんおうじゅ)】が有名で、王に認められた騎士でなければ剣の所持を許されない国だったのでしょう?
 国を出たからといって、気安く持とうとは考えられない武器のはずよ。

 それに、剣の道はライバルも多い。
 この西方でどれだけの剣術道場があるか知ってる?

 玉石混交。
 そんな混沌とした剣の道を、一度違う武で高みに達したあなたが歩むのは、あまりにも無謀だわ」

 厳しいリリィの指摘に、シグルトは頷く。

「玉石混交…なればこそだ。
 数多くある剣の道であれば、病んだ俺でも振るえる技があるかもしれないと思った。

 あとは、血だろうな。
 国にいた時は諦めていたが、俺は父を尊敬していた。

 理由あって、生前の父は俺が剣を持つことを許してはくれなかったが…亡くなってしまった父の何かを、受け継ぎたかったかもしれない。

 これでは、動機が不純だろうか?」

 リリィはそんなシグルトの瞳をじっと見て小さく「いいえ」と答えた。

 少なくとも、ただ強くなりたいとかなんとなく剣の道を選んだ者達よりは、よほどしっかりとした理由である。
 それに彼の振る剣を見ていれば分かる…純粋でひたむきな剣筋だったのだ。

「おそらくあなたの剣は、普通の剣術道場の師範が見れば〈素晴らしい〉と言われるものだわ。
 あなたはそれに納得しないでしょう。

 最近まで武器を壊さないことに腐心してきたのね。

 でも、優れた武器を持てば、それが自分の未熟さを教えてくれる。
 圧倒的に足りないもの…積み重ねた練度の無さを。

 あなたの剣の振るい方はつぎはぎだらけ。

 武芸書を見て、どうすれば正しいのか模索しながら剣を振るっている…
 あるいは他人のそれを見て、かしら?
 他者の剣を見るのは、その人の未熟さも移ってしまうから…いえ、あなたの正直な剣はそれがよくわかっているから、模索し続けているのね。

 きちんとした正当派剣士であれば、師範や先輩がついて姿勢を見ながら型稽古を繰り返すわ。
 決して歪みが出ないように。
 その術理は剣士たちが何代も時を重ねて至ったもので、教わって繰り返し、身体で覚えるしかない。

 今のあなたの剣は、生まれたばかりの野獣が力任せに角を振るうよう。

 剣の道は術理の道。
 野生を脱却した理知と研鑚の果てにあるもの。

 剣はバランスに優れる武器であり、槍のように突出した間合いや、斧や鎚鉾のような破壊力も無い。
 だから常に器用貧乏で、足りない部分を技で補う必要があるの。

 今のままでは絶対に、壁に行き当たる。
 違うわね…壁を越えられないからこそ、私に尋ねたのね?」

 探るように思案し、女剣士は問うた。

「その通りだ。

 過去に槍があった俺は、父が本気で振るう剣を見たことも無い。
 達人の剣、というものを体感したことが無いのだ。

 俺の知人に優れた剣士がいたが、彼女の剣はとても綺麗だった。
 あなたの言うつぎはぎではない…絶え間なく鍛えた、密度の高い剣を振るっていた。

 彼女が近くにいれば、あるいは学ぶ機会があったかもしれないが。
 今はとても遠い場所にいてそれもかなわない。

 達人が何年もかけて編み出した基礎を、剣を始めたばかりの俺が思いつくはずもないのだ。
 俺は、剣の基礎たる【形】を知りたい」

 武にかける誠実さが、うかがい知れる回答であった。

 リリィはぞくり、と背を駆け抜ける衝動に身震いする。
 この若者は、教えればそれを高みに至るまで続けるだろう。
 ―――彼女が教える【それ】で。

 剣で必ず何かを成す…そんな予感があった。

「まず、私の剣を見て。

 その後には、剣を合わせましょう。
 あなたなら、それだけでいいはずだわ」

 わくわくするような光を瞳に宿し、女剣士はシグルトの前で自分が学んだ剣の一番基礎となる型を演武し始めた。


 キャロライナ・トランシルブは頭に来ていた。

 今日は一緒に剣を交えようと思っていたライバルが、予定の時間になっても一向に宿にやってこないのだ。
 約束したわけではないが、生真面目なそのライバルならば定刻通りにやって来たはずだった。

 仕方がないのでフォーチュン=ベルの街を歩く。
 すると、初心冒険者たちがよく集う冒険者の宿『幸福の鐘亭』の裏手で、目的の女剣士を見つけた。

 いつものように憎まれ口を仕掛けようとして…キャロライナは、ライバルが一緒にいる男性に初めて目が行く。

 …息を飲むほど美しい男だった。
 青黒い髪と瞳に白い肌、長い睫毛と女性と見まごうような顔立ち。

 反面、武骨なほどに鍛えただろう手足は無駄なく締まり、行う動作には一片の無駄も無い。

(…ああ、なんて綺麗…)

 それはライバルが得意とする、ローズレイク流【獅子の剣】最初の型。
 愚直に、武骨に、ただそれを繰り返す美しい男。

 学んで間もないとすぐにわかるが、どうしてこうも惹き付けられるのだろう?
 はっと気づけば、ライバルの方も彼の一挙一動に見惚れている。
 その姿を見た時、耐えられないほどの嫉妬心が燃え盛った。

「…リリィ~?

 修行をさぼって、何男と逢引きしてるんですの!」

 突然現れたライバルに、リリィが驚愕して目を見開き、それから一瞬の後にその赤毛と同じように顔を赤く染めた。

「あ、逢引き!?
 ち、ちがっ、違う!

 私はただ、この人に剣を教えていただけで…」

 そうなの?と美青年の方を見るキャロライナ。
 まともに見ようとすると拙い…顔が良過ぎる。

「リリィ嬢の言っていることは真実だ。

 俺はシグルト。
 冒険者パーティ"風を纏う者"で代表者をしている。

 見苦しい鍛錬をしていたところをリリィ嬢に指摘され、助言を受けていた。

 彼女の名誉のためにも…冒険者の自由に懸けて、逢引きなどという不純なことではなかったと誓おう」

 まっすぐに見返されて、今度はキャロライナの方が真っ赤になった。

「あ、そうなのですか…はい、わかりました」

 こういう時、怒ってごまかす者や照れて否定する者はいるが、シグルトの弁明は理路整然としていて、後ろ暗いものが全く感じられない。

(…"風を纏う者"のシグルト?

 あの海賊ジャドを、防衛装備もろくに無かった商船で迎え撃って、完勝に近い形で撃退したという、魔法剣士。
 新進気鋭の冒険者ですわね。
 なるほど、後々わたくしたちのライバルにもなりうる存在。

 リリィは様子を見に来たというところかしら?)

 思わず目をそらしながら、その理由付けに顎に手をやってみる。
 幾分頬の熱が下がってから、心構えをして美しい黄金の巻き毛を掻き上げ、シグルトの方を見やった。

「初めまして。
 わたくしはキャロライナ・トランシルブ。
 ローズレイク流【飛燕剣】最高師範ナルシウスの娘にして、高貴なるトランシルブ家の血に連なる者ですわ。
 
 そこにいるリリィとは同じ道場時代からのライバルというところですわね。

 あなたの武名は聞き及んでいますわ、シグルトさん。
 勘違いをして、申し訳ありませんでした」

 貴族の生まれであるキャロライナは、ライバル以外に対しては誇り高き令嬢である。
 優雅にカテーシーをしてシグルトに非礼を詫びた。

「なるほど、ローズレイク流至高の双剣…その御令嬢がそろい踏みというわけか。
 どうやら俺はお二人に迷惑をかけてしまったらしい。

 非礼を謝るのは俺の方だ。
 キャロライナ嬢、あなたの尊き血潮と誇りに、敬意と謝罪を。
 あなたの相方の時間を浪費させてしまい、申し訳なかった。

 リリィ嬢、あなたの鍛錬も邪魔してしまったようだ。
 心より謝罪する。

 俺がこのフォーチュン=ベルに滞在する時は『幸運の鐘亭』を使っている。
 アレトゥーザでは『悠久の風亭』を常宿に、所属はリューンの西地区郊外にある『小さき希望亭』だ。

 何かあれば、この恩は必ず返そう。

 あなたの指導に感謝を」

 優雅に胸に手を当て、キャロライナに貴人の礼を返してから、リリィに謝罪して自分の主な滞在先を告げる。
 〈自分の主な滞在先を告げる〉という行為は、教えた場所で寝首を掻かれるのも辞さない=最大級の信頼の意思表示であり、冒険者の礼節としてはとても丁寧なものだ。

 それなりに冒険者としての経験を積んできた二人は、シグルトという男の潔さと義理堅さに感嘆する。

「ふふふ、面白い方ですわね。
 その謝罪を受け入れます。

 あなた、生まれは貴族ですわね?

 同じ高貴の生まれ。
 〈袖触れ合うも多少の縁〉ですわ。

 本来ローズレイク流は、【獅子の剣】と【飛燕剣】が揃って一つの流派。
 リリィの型だけを見せるのは、偏るというものです。
 ローズレイク流の技を学ぶものとして捨て置けません。

 わたくしが、【飛燕剣】の型を教えて差し上げましょう」

 嬉々としてしゃしゃり出できたキャロライナに、リリィは「勝手にすれば」という死んだような目で教導の場を譲った。
 文句を言っても喧嘩になってシグルトに迷惑がかかると思ったからだ。

(それに…たった一回教えただけで、一見素朴に見える型の要訣まで理解してしまったみたい。

 今の演武が初めてやったものだと知ったら、キャリーはどう思うのかしら?)

 リリィが見せた型をシグルトは瞬きすらせずに見取り、取得してしまった。
 自分が習得するのに、父の型を見て何度練習しただろう?
 正直、落ち込むほどの衝撃だった。

 「有難い申し出だ」とキャロライナに感謝しているこの男が、とんでもない規格外と知ってリリィは溜息を吐いた。

 シグルトが先達に対する丁寧な礼を取ったことで、キャロライナは上機嫌になって、優雅に【飛燕剣】の演武をする。
 性格的に苛烈で高慢なところこそあるが、キャロライナは一種の天才だ。
 彼女の型は完成されている上に、芸術的とも言える完成度でとても美しい。

 やがて、演武を終えたキャロライナが、「あなたにできます?」と挑戦的な眼差しをシグルト向けた。

 シグルトは、すっと剣を構えると丁寧に演武を行う。
 功を宿し完成されたそれではない。
 でも、シグルトはその動作を一つも間違えなかった。

 素早さを礎とする【飛燕剣】の型は、動作が速く難しい。
 間違えずにたった一回で模倣することができた者は、ローズレイク流を学ぶ数ある天才たちの中にも、数えるほどしかいなかった。

 見る見るうちに、キャロライナの表情が驚愕のそれへと変わっていく。

「彼は、【獅子の剣】の型も一度で見取ったわ。

 あなたも知っているでしょう…"眠れる閃光"アルフレトの名前ぐらい。
 彼は、その方の御子息よ」

 これ以上にないくらい、キャロライナの瞳が見開かれた。

「"眠れる閃光"アルフレトですって?
 あの"焔紡ぎ"ワディムや、キーレのジュプセタ中将などと並ぶ、北方剣士のビックネームではありませんか?!

 でも、わたくしの記憶ではシグルトという御子息は次男で騎士ではなかったはず。
 御長男のベーオウルフ殿は、近代の剣士では御父上の再来と言われている方。

 御次男の方は、剣ではなく槍の使い手ではありませんの?」

 演武からは目をそらさず、キャロライナが問う。

「ええ。
 その槍を、身体の故障から使わなくなったのだと言っていたわ。

 でも、とても病んだ人の演武とは思えない。
 あれで、剣を始めて三か月なんて…」

 キャロライナの首が高速でリリィの方を向いた。
 開いた口が塞がらないという様子である。

「そうよ…私たちは立ち合っているの。
 彼は、たぶんこのまま強くなれば剣術の歴史に名を遺すわ。

 素質の差は悔しいけれど、そんなものより彼のひたむきで誠実な向上心が恐ろしい。
 彼の剣にローズレイク流が関わった…その事実でさっきから震えが止まらない。

 敵討ちが無ければ…冒険者でなければ、多分彼の先達となって一緒に高みを目指すことを願ってしまうでしょうね」

 ライバルの言葉に、キャロライナもシグルトの方に目を向け直してしっかりと頷いた。

 シグルトは、学んだばかりの【飛燕剣】の型を最後までやり終えていた。

 数年後、シグルトはあちこちで見聞きした技を元に、独自の剣術を編み出す。
 彼の剣に流派の看板は無かったが、ローズレイク流の【獅子の剣】から不動の防御と剛剣を、【飛燕剣】から柔(やわら)と鋭利さの影響を受けたのだと語った。
 その強さは、後の世まで語られることとなる。

 
 演武を終えた後、シグルトは二人に質問攻めにされた。
 なぜ、こんなにも簡単に型を習得することができるのか、と。

「簡単に型を習得?

 俺はただ、〈覚えて行っただけ〉だが」

 シグルトは何を聞いているかわからない、という風に首を傾げた。

「私たちは何故〈たった一度〉で習得できたかを聞きたいの。
 型は何度も先達のものを見て、それを真似し繰り返して覚えるものよ。

 私たちはおかしなことを聞いているかしら?」

 リリィの問いに、シグルトは驚いたような表情になった。
 そういうものなのか、と。

「俺がかつて学んだ師に〈型は一度見ただけですべて覚えなければならない〉と言われていた。

 一度で学び取れない者は〈見て取る機会が何度もあると驕っているのだ〉と。
 次に覚えれば良いという安易な気持ちが、実戦でも〈負けなければ勝てる〉などという甘えに変わる。

 敵の技も見てすぐ対応できなければ、それは死ぬということだ。
 実戦で再度を望む者は、機会が永遠にやってこない可能性を覚悟できていない。
 〈たった一度〉ではなく、その時その時が〈最後の機会〉であると心得て必死になれ…それが師の教えだった。

 師からそのことを言われた時、自分が一度で型を見取れることが学ぶ最低限の資質だと思い、俺なりに記憶術と感覚の鍛錬を模索して、学び取るための素地を磨くことから始めたんだ。
 できるようになってから、師に型の教授を願った。

 教えを漏れずに継承するということは、師の技を見て余さず感じられる感覚と、情報を欠けずに覚えておく記憶力を養わなければならない。
 型の動作とは決まったもので、その通りできて当たり前のものだから、再現するための身体的な柔軟さや体力も学ぶ側が持っていて当然の資質。
 ずっとそうしなければならないと行ってきたことだ。

 他の武術には、繰り返し見て学ぶことを許されることもあるのだな…」

 リリィもキャロライナも絶句するしかなかった。

 シグルトにとっては〈たった一度で見取る〉のが当たり前なのだ。
 同時に〈何度も学ぶ機会がある〉という考えが、戦士としてどうしようもなく甘えたものであると。

 羞恥から二人は赤くなって、顔を伏せた。

 シグルトは天才なのではない。
 ただ、真摯で必死だった。

 習得の速さは、彼の努力によってもたらされた副産物なのである。

 自分たちにはそこまでの懸命さと覚悟があったか。

 黙り込んだ二人に、シグルトは困ったような顔をし、次には決然と話し始める。

「武術にはそれぞれの流派のやり方がある。
 師が許すのであれば、再確認と反復もまた習得法なのだろう。

 師とは、行うべきことを弟子に伝える。
 許されたことが師の方針であり、流派のやり方であればそれに従うのが門弟だ。

 お二人の流派のやり方は、先達が正しいと行ってきたのであれば、その方がしっかり覚えられるということなのだろう。
 俺はじっくり学ぶことが悪いとは思わない。
 武の道も、高みに至る道筋は一つではないのだ。

 俺自身の学び方は、ただ単に修業時代からの癖のようなもの。
 かつて学んでいたものから剣に武器を換えたといっても、今まで行ってきた習慣は簡単に失われるものでもない。
 
 俺は今こうしてお二人に、術理の片鱗を授けて戴いた。
 正しく継承してきたあなた方が、恥じ入ることではない」

 隙無く厳しい、と感じていたシグルトから出たのは優しい言葉であった。
 
(これが、彼の才能なのね。

 己に対してはどこまでも厳格で、教えには誠実。
 でも他の意見を軽んじない柔軟さと公正さ。

 自分と違う者に対して偏見のない視野が、素直に型の特性を受け入れることができるんだわ)

 …台頭してくるわけだ、とリリィは納得する。

 その後シグルトは、「型の教授に対する謝礼になればよいのだが」と、自分が行っている素地の鍛錬法を二人に教えた。

「型のような連続した動作は細かく分けて覚えるのではなく、一つの流れとしてまとめて覚えるのがコツだ。
 無理に整理して分けることによって情報が分割し、憶え難くなる。

 速読の要領と似ているかもしれん。

 文字一字一字で覚えるのではなく、単語、行、文、章…と連ねて一つの流れとするように、自分が使えるあらゆる型も自分の身と連動させて流れとして全身で感じ、物語を憶えるるように吸収する。
 俺はこの方法が一番やり易かったので、できるようになるまでひたすら繰り返して慣れた。

 〈習うより慣れろ〉だな。
 
 俺が練習した方法は、朝起きて鳥や獣が行う動作の推移を記憶する、というものだった。
 街頭で吟遊詩人が謳う物語を、その動作ごと憶えるのでもいい。

 情報一つ一つをたくさんの情報の集合体として一度に憶えれば、その情報の一つから連想して必要な情報を思い出せる。
 他の符合する似た情報から、対策法の予測もできるはずだ。

 俺の母が文字を教えてくれた時、〈この方法を極めると予知すら可能となる〉と言っていた。
 母にこの方法を教えてくれた方は英明で、貴族名鑑を見なくても、そこに書かれていあらゆる貴族の系譜を、読んだ分全て暗唱していたほどだ。

 これは訓練で身につくもので、新しい言葉の習得や冒険者としての契約内容の記憶、戦いで作戦を覚えておくのにも役立っている。

 とにかく、できるようになるまで慣れるのが肝要だ。

 〈識得すべからず、体得すべし〉

 〈できない〉とか〈無理〉と心の中で囁く、【心の悪魔】に囚われず、体得するまでとにかくやる。
 妄想や先入観はその壁だ。

 補助的に雑念を払うための瞑想をするのもいい。
 賢者が山野に交わって知の奥義を極められたのは、心穏やかにこれを行えば至るのだと体得したからだろうな」

 シグルトのかつての師ハイデンは、山野に交わり木の実と草木を食む隠者の様な生活をしていた。
 柵のない深山にはどうしようもない孤独があり、煩悩を喚起する誘惑が存在しない。
 普段は働くことのない雑多な感覚が呼び覚まされ、自然の驚異が容易に命を奪うため、恐怖への耐性ができる。

 後世に聖人、偉人となった者たちの中で、山野に交わって孤独のうちに真理に至った者は多い。
 シグルトは十二歳のまだ純粋な精神だった時に、その境地を垣間見た。
 彼が若いまま様々なことを砂が水を吸い込むように習得していくのは、斯様な理由があったのである。

 だが、彼もまだ知らない。
 この時すでにシグルトのある部分は少しずつ変容を始めていた。


 その後シグルトは、リリィ・キャロライナ両名と剣を合わせた。

 フォーチュン=ベルでも熟練者のみが宿泊を許される『運命の呼鈴亭』から認められた剣士である二人は、とてつもなく強かった。
 精霊術を用いなければ、シグルトの剣はまだまだ未熟。
 勝てる道理など全くない。

 それでも、シグルトは一合剣を交える度にみるみる強くなっていった。

 …いや、強くなっているというのは正しくない。
 優れた二人の剣士の技に触れ合うことで、歯車が合うように剣というものを理解していく。
 上達ではなく、本来の強さに戻ろうとしていた。

(これが"風を纏う者"のシグルト。
 分かります…剣を合わせる度に、わたくしの未熟さとなすべきことが。

 彼は達人の域に達するために必要な答えをすでに持っていて、足掻いている。
 私たちは、その答えを求めて足掻いている。

 簡単なことでしたのね。
 強くなろうとただ頂上を見据え、焦がれること。

 わたくしたちは、並の剣士たちより強くなってしまったからこそ下を見てしまった。

 ただ無心に、達するまで、超えるまで…
 飛んでこその燕。

 彼は弱かった頃の、純粋で飛び立とうとしている自分。
 わたくしは、超えるべき先をただ見つめているただ一人の剣士。

 今ならば!」

 そうしてキャロライナが放ったのは【無影閃】。
 無拍子から繰り出される剣は、すでにシグルトの首元に添えられていた。

 パンッ!!

 剣を止めたのにその後に空気が鳴り、周囲を突風のように風圧が駆け抜けて行く。
 音速を越えた斬撃が衝撃波を生み出したのだ。

「お見事。

 あなたの勝ちです」

 剣を降ろし、シグルトが一礼する。

「キャリー…あなた?!」

 驚くリリィに、キャロライナは壮絶な笑みを浮かべた。

「とても小さなことです。
 でも確かに、超えましたわ。

 ローズレイク流には、まだ先がある。
 そして、わたくしは踏み出したのです」

 普段多くの敵に振るってきた必中の技。
 結果は一見同じ。

 しかし、剣士だけが感じる確かな違いをキャロライナは体感していた。
 歓喜が彼女の細やかな身体を満たしていく。

 続いてリリィもシグルトと剣を合わせる。

 近しい剛の剣。
 意外にも、リリィのそれはいつも以上にひたすらゆっくりだった。

 初歩の大切さ、ただ繰り返してきたなぞるような動き。
 シグルトはそれを剣で受け止めることしかできない。

(ああ、何万回この技の型を振るったかしら?

 リューンの【双狼牙】使いさえ、【獅子功】で耐えきってこの技で破った。
 
 鍛錬は絶対裏切らない。
 私は何を焦っていたのかしらね。

 放った時にすでに結果が決まっているこの技のように。
 剣士には絶対の答えというものがある。
 ゆっくりでいいのだわ。

 進み出した歩みは、必ず到達する第一歩。
 かたつむりのように鈍足でもいい。

 信じて続ければ、功は成る!)

 その一撃は良く見えた。
 子供でもかわせそうなほどにひたすらに遅い。

 すでに、シグルトの胸元に霜が張っている。
 鍛錬によって流れた汗と吐息が湿らせていた熱い空気が、一瞬で凍り付いた。

 ローズレイク流【蝸牛剣】。
 あまりに早く、凍り付いた空気に移る残像が、傍目にはとてもゆっくり剣を振るって見えるという技。

 振るう前に当たっていたのではないかと思えるほどに、凄まじい剣閃であった。

 リリィは花が綻ぶように微笑んだ。

「俺の負けだな。

 素晴らしい一撃だった」

 シグルトが剣を引いて一礼する。

 リリィは自分の手を見つめ、フウッと溜息を吐いた。
 まだ残る冷気がその吐息を白く染める。

「…言葉にできないの。
 でも、必要なのはたぶんこの感覚なんだわ。

 先達だったはずの私が教えられてしまった。
 凄く悔しい…
 でも、それ以上にわくわくして、嬉しくてたまらない!

 達した技が高みの先を超えるというのは、【これ】のことなのね」

 多くの剣士たちが何度もぶつかるという、才能や実力の壁。
 それを超える感覚がある。
 
 視野が開け、悩ませていた雑念が嘘のように消える感覚。
 【三昧(サマーディ)】、あるいは【明鏡止水】などと呼ばれるそれは、武を志す達人の多くが経験する境地である。

 興奮する二人の剣士の前で、シグルトもまた予感めいたものを得ていた。
 自分の求める剣の道は、別の場所にあると。

 二人の見せてくれたローズレイク流の技は、奇しくも両方が必中の剣。
 一方は初動不覚にしていきなり音速に至るほどひたすらに速く、一方は正しい剣速がゆっくりに見えるほど練達して至る。

 シグルトの習得すべきものは、このように努力や技量を極めて達する純粋なだけの剣ではない。
 おそらくはそれ以外の別の要素が混じった、夜の闇ような深く暗いものだ。

(そうか…【刹那の閃き】が上手く使えないわけだ。
 俺の剣は、業を背負った者が足掻いて至る闇の底にある。

 雨でぬかるんだ荒野、月の下に浮かぶ荒れ果てた古城で墓を掘っていた老人。
 あれが、俺の師事すべき剣の師だ。

 病んだ俺が月明かりの下で映す、のっぺりした無駄の無いひたすらに黒く深い…
 慟哭と寂寥の混じり合った、【影(おのれ)】の剣。

 剣は突出した強い武器ではないが、こうも習得した者が多いのは…己を映すことができるからなのだな。
 …父さん、あなたが剣を志した理由が、今になって少しだけ感じられるよ」

 シグルトは二人の女剣士に丁寧に礼を言うと、そのままフォーチュン=ベルを出る。
 
 旅立つ前に、一度愛剣を見せようと、一路桃仙山の『へフェスト』を目指すのだった。


 二度目になる『へフェスト』訪問は、少し日が陰り始める時間帯となった。

 最近の度重なる鍛錬がリハビリ代わりになったのか、アフマドに繋げて貰った腱の感覚が少しずつ戻っている。
 時々言いようのない痺れが身体を襲うこともあるが、一生歩けないかもしれないと宣言された時の絶望に比べれば改善しているとさえ思える。

 病んでいるとは思えない速度で、シグルトは山道を踏破して『へフェスト』へと到着した。

 工房のブレッゼンは、鍛冶の作業で一番神経を使う焼き入れ前に少し休憩をしていたところである。

 西洋剣の焼き入れは日本刀などとは少し違う。
 幅がある西洋剣は、やや高温で焼き入れをした後に油や砂などの冷却材に入れて表面を冷やした後、芯に残った余熱でじっくりと焼き戻す。
 わざわざ焼き戻しをするために、もう一度炉に戻したりはしない。

「暗くなる時が、一番焼き入れの色がはっきり分かるのだ。
 古今、鍛冶師が武器に魂を吹き込むのは黄昏が過ぎてからよ。
 お前の剣に焼き入れを行ったのも、薄暗くなってきた時だった。

 夏場は昼が長くていかん」

 手土産としてシグルトから手渡された葡萄酒を飲みながら、ブレッゼンは上機嫌である。

「今日あたり、来るような気がしていた。

 お前の顔を見ればわかる…どこかに剣の使い方を習いに行くのだろう?
 その間に見事鍛えておいてやる。

 ほら、とっととよこせ!」

 酒を飲み終わったブレッゼンは、酒瓶を工房の隅にある専用の酒瓶入れの中に放り込むと、火傷の目立つ腕をぐいと突き出した。

 シグルトは苦笑して、【アロンダイト】を手渡す。

「…くくく、か~はっはっ!

 なんとも無茶な使い方をしたものよ。
 儂の剣が決して欠けも折れもせぬと知って、力技から慣らしていったのか。
 この黒い塊の状態では、どいつもこいつも遠慮してこんな荒っぽい使い方はせんわ。

 お前、そこそこの使い手に打ち合いで圧し勝ったじゃろう?
 こやつが自慢げに鳴きおる。

 よし、今夜にも焼きを入れてやる」

 フンスッ、と鼻息で髭を揺らすと、ブレッゼンは鎚を持ち上げる。

 シグルトはよろしく頼む、と言って代金代わりに鉱石を二つ手渡した。

「おお、よくぞまぁこの鉱石を手に入れられたな。
 赤いのは最近あまり手に入らんのだ。
 金の方は数はあるんじゃが、どいつもこいつも貴族や商人に売りに行きおる。

 使えもせん鉱石を無駄にされるのは我慢ならん。
 見つけたなら、残らずここにもって来い。

 …今夜は泊って行け。
 相鎚ぐらいは打てるじゃろう?」

 本来鍛冶師は、一人で鍛冶を行うわけではない。
 特に刀剣のような面積の広い刃物を打つ時は、膨大な作業時間が必要になるため、助手に相鎚を打たせるのだ。

 シグルトは「了解した」と、荷物をサンディに預けに行った。
 話を聞いたサンディは「あの人が相鎚を?」と目を丸くしていた。

 その夜。
 シグルトはブレッゼンの指示に従って、無心に大鎚を振るった。

 幼少の頃、シグルトは北方の名工の側で作業を眺めていたことがある。
 熱せられた【アロンダイト】は、火の粉を噴き上げながら外気に触れると、キンキンと澄んだ音で鳴く。

 ブレッゼンが粉末状の何かをふりかけ、炎で熱して赤くなった【アロンダイト】を冷却材の中に刃を下にして、慎重に入れる。
 今回は水ではなく薬液なのだそうだ。

「かけた粉末は、永続化した剣をしばし開放する。
 これで炎を受け入れるようになる。
 通常の武器は鉄を熱してただ鍛えればいいが、魔剣は永続化によって決して壊れぬ。

 この薬液は、次の鍛錬の時に魔力が乗るようにするための物よ。
 薬液で覆われた剣は、三日かけて魔力を定着させる地金を形成しながら、じっくりと焼き戻される。

 あとは三日かけて研ぎ、一晩外気にさらして精気が満ちるのを待つ。
 一週間…こいつの場合は十日は必要だ。

 その間に、剣を学びに行ってくるがよい。

 …儂がなぜ、鍛冶師の秘伝とも言える秘密を教えたか、わかるな?」

 作業中は喋らないブレッゼンが、棚のような場所に取り出した剣をそっと置き、シグルトに語りかけてきた。

「使う剣の特性を理解しろ、ということだな。

 俺は精霊術を使う魔法剣士だ。
 剣に魔法を宿して戦うこともあるかもしれない

 実際に剣を鍛えるのに参加し、永続化…不変の魔力が宿った武器に変化となる魔法を加えるにはどうしたらいいか、焼き入れの時なんとなく考えていた。

 この剣は精霊(たましい)を宿し、生きている。

 加えるのではなく、刀身に鎧のように纏わせて剣精と同調すればいいということだな。
 俺がともに技を成すのは風の精霊トリアムールだから、【風鎧う刃金】というところか。

 このことを前提に剣の技を学ばねば、習得に支障が出ていただろう」

 シグルトは、迷うことなく言葉にした。
 ブレッゼンが「然り」と頷く。

「魔剣の力を十二分に発揮するには、感じ取り知らねばならぬ。

 魔剣の本質を理解せぬ者は、魔剣によって惑わされ、あるいは見限られ…破滅する。
 魔力を持ち、使い手を狂わせる魔性がある故に、これらは【魔剣】と称されるのだ。

 儂ら魔剣鍛冶師はその魔性と対峙しながら、鎚で魔性を打ち延ばし叩き込む。
 
 お前には、儂と同じく剣の声が聞こえるはずだ。
 やり方を教えた鍛冶師がおるのだろう?」

 いつもの厳しい視線ではなく、静かに問う眼差しだった。

「ああ。
 マクラホンという、ドワーフの鍛冶師だった。

 俺は幼い頃、金床の上に乗って、風を、空を掴もうとしたのだという。
 そこに居合わせたマクラホンは、俺が…とある力ある女神に愛されているのだと言ったそうだ。

 彼は妹が生まれて忙しい母に代わって数年間、俺を育み、刃金の扱い方を見せてくれたんだ」

 鍛冶師の名を聞いて、ブレッゼンの眼がくわっと見開かれた。

「"獣を鍛える者"マクラホンか。
 優秀な魔剣鍛冶師でありながら、魔性を宿さぬ武器しか打たぬ偏屈者だそうだな。

 かつてマクラホンが打つ魔剣は、最高の物だったと聞く。

 ある時愚かな貴族が造りかけの魔剣を奪い、試し斬りと称してマクラホンの妻と子供を殺害してしまったのだ。
 マクラホンは魔剣を打つための鎚で貴族を打ち殺し、その魔剣を折った。
 以来、魔剣は決して打たず放浪していると聞いていたが…

 儂ら魔剣鍛冶師は、魔を制する鐵や刃金の精霊と、刃金を唯一溶かすことができる聖なる炎を作る場所…炉や竃を司るヘスティアやブリジットと関わりが深い。
 魔剣の精霊はほとんどが、使い手の半身となるために使い手と異性、すなわち男が使い手ならば女となる。

 英雄…男の剣士が持つ魔剣の精霊や、授ける者は女が多い。
 これは与えられる剣が女神の分霊を宿しているからなどだ、とも言われておる。
 東方の【アメノムラクモ】は斎宮の皇女から、彼の獅子王の聖剣【エクスカリバー】は湖の貴婦人から授けられたという。
 刀身に口付ける古からの礼法は、剣精との儀式的婚儀を表すものでもあるのだ。 

 金床に立った…お前は刃金の大女神に見染められている。
 苦難の道ぞ。

 彼の女神は、見染めた剣士に試練と栄光と破滅を用意するという。
 魔剣【グラム】の担い手、不死身にして竜殺しの英雄シグルズが、栄光と最愛の女を手に入れながら、権力者によって運命を捻じ曲げられ果てたように。

 故に儂らは金床を、子の近くには決して置かぬ。
 金床は刃金の大女神が腰かける神座であり、彼の女神の祭壇なのだ」

 シグルトは頷いた。

「マクラホンが言っていた。
 俺の乗った金床は、マクラホンが借りていた鍛冶場の物だったと。

 マクラホンは俺の母の陣痛が始まる日、宿を求めて我が家にやってきた。
 故国シグヴォルフは亜人への迫害が厳しい土地で、マクラホンはどこにも宿が得られなかった。
 だが、亜人に対して偏見を持たなかった母はマクラホンを宿泊させ、その日に俺を生んだ。
 
 自分が来た日に生まれた俺の成長を見たくなり、マクラホンは父の勧めで蹄鉄を打つための鍛冶場を借りて逗留することにしたのだと言っていた。

 俺は鍛冶師に関わって生まれたからと、鍛冶師レギンに育てられたという竜殺しの英雄シグルズにちなんで、父からシグヴォルフ訛りの【シグルト】と名付けられた。

 故郷には、子供の成長を祈って行う厄除けの儀式がある。
 這って歩けるようになったら、赤子の周囲に様々な品物を置き、最初に触れた物に関わる何かを成すという謂れがある。

 ものを知らない誰かが、鍛冶場から金床を持ち出し、品物の中に置いた。
 鍛冶師が本来は努めて避けるべきものを。
 俺は知らず、その金床の上に乗ってしまった。

 マクラホンは、すぐに立ち去らなかったことを後悔したと言っていた。
 そして、俺が破滅しないように、俺に刃金の精霊との付き合い方を見せて幼少期を過ごさせた。
 父には〈剣に触れさせてはならない〉と言って、去る時に素晴らしい槍を造って渡し、俺はその槍が使いたくて当たり前のように槍の道へと進むことになったのだ。

 …なのに、不思議なものだ。
 俺は一度は破滅同然の目に遭って故郷を去り、こうして異国の地で剣を振るっている。
 手を伸ばして掴もうとした風の精霊に守られている。

 〈宿命から逃げるべきではない〉

 きっと、最初から剣を取り立ち向かわなければならなかったんだ」

 貰った槍は故郷に置いてきたのだ、とシグルトは続ける。

「うむ。
 迷いの無い、良い面構えだ。

 【アロンダイト】の元の主であるランスロットは、武勇に優れながら、王妃に懸想し名誉を失った。
 後に【オートクレール】として継承した聖騎士オリヴィエは、最後の戦いで忠心からの言葉を友に退けられ、果てた。

 だが、これらの騎士たちは立派に戦い、その名を後世に遺した。

 ゆめ忘れるな。
 お前が剣に誠実である限り、魔剣も技も、鏡のように応えてくれるだろう」

 ブレッゼンからの言葉に、シグルトは強く頷き、誠意を示すように己の心臓を拳で叩いて見せた。

 
 数日後、シグルトは一人で辺境の荒野にやって来た。
 腰に武器は無く、護身用に一本の長い杖を携えている。
 
 周囲はもう薄暗くなっていた。

 昼の時間帯お目当ての人物には会えない。
 彼は今でも墓仕事をしているはずだ。

「俺の進むべき剣の道が、見つかるといいがな」

 シグルトはそう言って立ち止まり、遠くに見える廃棄された古城を見上げる。

 遥か昔に攻め落とされたその城は、寒々しい姿を晒したまま、夕闇に佇んでいた。


 シグルトが古城に辿り着いた時、すでに周囲は夜の闇に包まれていた。

 手頃な松明を見つけ火を灯すと、目的の部屋に向かう。 
 そこはかつてこの城の王座があった、謁見の間である。

 焼け焦げたタペストリーが無残に掛かったまま、細工を毟り取られた玉座がポツンとあるだけの広い部屋。
 そこに老人は静かに立っていた。

「…ほう、この間の若いのか。

 シグルト、だったな。
 この儂に何か用かね?」

 シグルトは頷くと、銀貨の入った袋を老人の足下に投げる。

「貴方に剣を学びに来た。

 伏して請う、剣の使い手よ」

 静かにシグルトは片膝をつき、頭を下げて三度床を拳で叩いた。
 シグルトの故郷での師弟の礼だ。

「ほう、古い礼をよく知っている。

 三形の槍使いのものだな。
 あの槍術は絶えて久しいはずだが。

 儂は槍を教えられぬぞ。
 過去に学んだ技を捨て、それでもお前は剣を取るのか?」

 老人が問う。
 
 シグルトは、持っていた杖を槍に見立て、一振りすると目の前で圧し折った。
 槍使いの道を捨てる、という意思表示である。

 古来より武術とは、中途半端に習得すれば技術が濁るとされた。
 故に、師弟の間では絶対の上下関係を結んで、忠実に技を学ぶのである。

 ある不器用な弟子は、師が旅立つに際し一芸を学んでそれを極め、誰よりも師に認められたという。
 
〝知るも良し、学ぶも良し。
 されど極めんとすれば、他に染まるなかれ。
 一芸を修めるは、多芸に浮つくより優る。
 
 驕るならば達せず、鍛えずば欠けるが武。

 最強は技にあらず、使う者なり〟

 シグルトの学んだ、かつての師の言葉である。
 
 純粋に一つの技術に没頭してこそ、純粋な極みに達する。
 それを鍛え抜いた人が使って、初めて最強に至るのだ、という教えであった。

 シグルトは、槍を捨て剣士として生きることを誓ったのである。
 
 老人は細い眼を見開き、深く頷く。

「…よかろう。
 そこまでの決意ある者に、多言は無用。
 
 儂は下らぬチャンバラ遊びはせぬ。
 実践にこそ答えはあるじゃろう。
 
 今夜から、始めるぞ」

 ギラリと睨んだ老人…グロアに対し、シグルトは師を敬うように、黙ってもう一度頭を下げる。

 その夜から始まった鍛錬は過酷を極めた。


 二日目の夜。
 
 上半身裸で岩を背負い、シグルトはひたすら膝の屈伸運動をしている。
 月光に反射し、汗が光っていた。
 
 グロアは、虐待とも言える厳しい鍛錬法で指導していた。
 
(…大したものだな。
 
 儂がこの国の兵士にこの訓練法をさせた時は、今の半分の回数で泣き喚くか岩に敷かれてのびてしまうか、だったが)
 
 無表情のままだが、グロアはシグルトの意志の力に驚嘆していた。
 
(この男には甘えがない。
 
 昨夜の鍛錬の疲労も取れていまいに…)
 
 黙々と屈伸するシグルトの首筋やこめかみに、血管が浮いている。
 足が、腕が小刻みに震え、食いしばった唇が切れて血が滲む。
 夜風に、シグルトの身体から立ち上る蒸気が溶けていく。
 
 そんな中、シグルトの目は静かな光を湛えていた。
 満月の様に清浄で、夜半の闇の様に深淵である。
 
 グロアは、この男のような目をするものを幾人か知っていた。

 歴戦の傭兵、達人と呼ばれた武芸者…
 修羅場と絶望を経験し、どん底から這い上がってきた戦士たちが持つそれは、グロアが何年も戦場を駆けて手に入れたものだ。
 
 岩を持つシグルトの腕。
 
 何時もは手首を守るために巻いている布があるが、邪魔だからと今は外している。
 そこに見えるのは、引き攣れた痛々しい傷痕だ。
 
 肉が抉れ、膿んだのだろう。
 ケロイド状の傷痕は、おそらく縄の痕。
 
「…止めよ。
 
 今夜はここまでだ」
 
 その声にシグルトは慎重に岩を地面に下ろすと、黙って立ち上がった。
 背中は背負っていた岩の凹凸で擦れて、小さな傷が出来ている。
 
 荒い息を吐きがらも、シグルトはへたりこんで休んだりはしない。
 師に対する敬意を表すように、優雅に一礼した。
 
(ふん…、へばったら喝をいれてやるつもりだったが、この男には不要か)
 
 最初に、グロアは自分が教える訓練の仕方はかなり厳しいものだと告げた。
 シグルトはそれで強くなれるのか一度尋ね、グロアが「お前次第だ」と答えると、それからは一切質問も口答えもしない。

 寡黙に、ひたむきに、ただ没頭する。
 
 シグルトの至っているのは、諦観という境地である。
 あらゆる現実を受け入れ、進む意志と覚悟。
 
 それは敗北、悲嘆、不条理などの辛い経験を味わい、砂を齧るような思いをしてやっと至る。
 
(この若さで、こんな目が出来る奴がおるとはな…)
 
 グロアは、優れた資質とそれを腐らせない勤勉さ、鋼鉄のような意志を持っているシグルトを教えるにつけ、錆び付いていた導き手としての好奇心が湧き起こるのを感じていた。
 同時に、わずかに燻る嫉妬の情。
 老いて忘れていたその感情に、滑稽よと厳つい頬を少しだけ緩めた。
 
(惜しむべきは、幼少の時に出逢わなかったことよ。
 
 いや、もしこやつの心が形作られる前に出会っておれば、いかな天稟も慢心に支配されておったかも知れんな。
 今は我が手に来たせっかくの玉、磨くのみよ…)
 
 老いて鈍っていただろう戦士としての高ぶりを感じ、グロアはシグルトを興味深げに見つめていた。
 
 
 心地よい春の日の光が差し込む、巨木の下。  
 シグルトは吹き抜ける微風を感じながら、柔らかな草の上に腰をおろし、飽きることも無く故郷の街を見下ろしていた。
 
「――――シグルト」
 
 横からそっとかけられた声に、思わず頬が緩む。
 
 金色の柔らかな巻き毛が、春の風になびいている。
 北方の民らしい雪花石膏(アラバスター)の様な白い肌。
 形のよい細い眉の下で、少し切れ長のエメラルドのように神秘的な眼差しが、優しげな光をシグルトに届けている。
 紅を注す必要のない薔薇色の唇も、微笑の形に緩んでいた。
 
「ブリュンヒルデ…」
 
 万感の思いを込めて、シグルトはその娘の名前を呼んだ。
 すぐに寂しげな眼差しになる。
 
「これは、夢か。
 
 未練だな…」
 
 いつもの苦笑をしながら、シグルトは娘に手を伸ばし、自分の方に抱き寄せた。
 何度も梳いた甘い髪の匂いも、その華奢な身体の柔らかさも、まだ忘れてはいなかった。
 
「…ええ、夢よシグルト。
 
 だから、目を覚まして?」
 
 からかう様に耳元で囁く娘に、シグルトは「ああ」と頷く。
 
「でも、まだ目覚めたくない…」
 
 そっと愛しい女を抱きしめて、シグルトは目を閉じた。
 

 シグルトが目覚めた時、既に朝焼けの光が、崩れた壁の隙間から差し込んでいた。
 
 しっかりと握りしめられていた手をそっと開く。
 そこには、小さな金色の指輪が一つ。

「俺の手は全てを零し、半生を尽くした技もその象徴とともに折り捨てた。

 そのはずなのに、何故君のことを諦められないのだろうな。
 女々しいと分かっているのに、君の声を、そして姿を思い出す。

 君はすでに、他の男のものなのに…」

 美しく優れた力を持つシグルトに、好意的な女性は数多い。
 だが、シグルトはどうしても他の女性に己の愛を捧げることは出来なかった。

 別れた恋人と婚約した時、友として歩んだある女騎士は真っ直ぐな愛を告白し、涙を飲んで祝福してくれた。
 恋人が破局して傷心のまま国を去ろうとした時、ある姫君は全てを捨てて愛してくれると言ってくれた。

 彼女たちは、傷ついたシグルトが甘えて愛を囁けば、また喜んで愛してくれるのかもしれない。
 だが、シグルトはそれが出来ない。

 男としての矜持もある。
 愛情への誠意もある。

 一番の理由は、かつての恋人に対するほどの情熱を抱けないからだ。
 それほどまでに、シグルトはその女性を愛していた。

 シグルトは指輪を乗せた手をじっと見つめる。
 そこには、過去しかない。
 なのに、指輪の描く輪の中に迷い込んだように、想いは延々と断ち切れない。

「…例え未練だと憎まれても構わない。
 俺はまだ君を愛している。

 俺の想いは止まったままだが、それでも前に進むだけだ。
 この矛盾した輪の中でも、俺は君を想う限り幸せだと思う。

 どうか君を夢見ることだけは、許してくれ。 
 君の幸せを祈る、俺の我儘を…」

 再び指輪を握り締め、シグルトはしばし黙祷していた。


 昼間のグロアは何も教えてくれなかった。
 この滅び去った国に転がる骸を弔い、墓を作るためだ。
 
 シグルトは道具を探してきて、黙って穴を掘った。
 何かを黙々と続けている間、シグルトの心には静寂がある。

 城に横たわった骸を葬るのは、師の仕事。
 だから、屍に触れないし、運ぶこともしない。

 訊ねられれば、ただ「自己鍛錬のために掘っているだけで、穴の後は知らない」と答えた。
 確かに【穴掘り】は、古代武術にもある鍛錬法である。

 グロアはシグルトの言葉を聞いて苦笑した。
 何故なら、彼が掘った穴は一つ一つが丁度墓穴ほどであるからだ。

 ここに技を求めてきた者で、シグルトのように穴掘りが自主的な訓練になると気付いた者は何人いただろうか。
 こうも愚直に無心に穴を掘った者はいただろうか。

 老いてからも技の衰えが無いグロア。
 その秘密は、確かにこの墓掘りにある。

「ならば、穴は儂が使わせてもらおう」

 そして、墓仕事は続くのだった。


 夜になれば石を担いだ。
 三日目には重さが二倍。

 朝から労働を続けて疲労が残った身体…
 血管が弾けるようだ。
 頭痛と疲労を感じ、目の奥が赤く、白く、ぼやけて霞む。

 昼間の穴掘りで磨り潰した手の血豆は、五日目には血を流すことすら忘れて、硬く固まった。

 酷使した身体が、これ以上の力は出せないと悲鳴を上げる。
 無駄な力を振るう余裕がなくなり、絶妙の力加減が理解できる。

 ひたすらに没頭した鍛錬のおかげで、身体と精神が分離したような錯覚を覚えた。
 異様なほどに感覚が冴え渡っていた。
 人間としての制限(リミッター)が外れたのだ。

 せっかく得られた感覚を無駄にはしない。
 周囲が止まって見えるようにゆっくり進むそれを、シグルトは自在に制御できるように試み始めた。

 動体視力は鷹を超え、発揮される反射神経は豹に勝った。
 解放できる時間はほんのわずかであるが…
 一呼吸で放つ技には、それだけで十分。

 夜の闇が、染み込むようにシグルトの中に入ってくる。
 夢の恋人に焦がれるように、暗闇はシグルトの絶望と安寧の場所である。
 
 闇を怯えるべきでなく、影はただ行いを追ってくるものだと理解した。
 自身の影は、光(おこない)によって映し出される…いつの間にか追い抜けることに気が付いた。
 できるはずの無いことが、いつの間にか可能になっていた。
 そうして、すでに影(おのれ)はシグルトの味方だった。

 グロアが的を空に放った。
 さらに、シグルトに向かって雨霰と砂利をぶつけようとする。

 シグルトは疲労困憊の中で、ごく自然に影に身を沈める。
 限界まで解放された動体視力と反射神経が、すべてを止まったように見せていた。
 この世の理はこんなにも遅かったのか。

 訓練用の木剣は的を粉砕し、砂利はただばらばらと落ちて行く。
 歩みは、影を振り切るように速く、影のように実体が無くなっていた。

「これぞ我が剣術における秘宝【影走り】。
 儂が傭兵時代に編み出し、後にこの国の高弟に伝えた。
 
 完全回避と絶対命中。
 独り、戦いで生きようとする者が、当然の答えとして導くそれを形としたものだ。

 流れは〈影〉という戦闘技法に依った技でもある。
 〈影〉の基本は回避と生存。
 その中でもこの技は、その中核を成すものだ。

 七日でこの剣の真髄を悟り、使いこなすか。
 末恐ろしい男よな…」

 グロアの言う〈影〉の秘奥には、縮地術と呼ばれる類の技がある。 
 初速から即座に最高速に達し、一瞬で相手の間合いを侵略する移動術。

 【影走り】は、そういった移動術で、場の流れを支配する技である。

 全ての攻撃を避け、放つ技は回避不可能という恐るべきものだ。
 使い手は、反応の限界を極め、敵の死角を制圧し、場の流れを掌握する必要があった。
 一瞬で全ての攻撃を見切り、確実に一人の死に体を攻撃するのである。

 それを実行に移すには、歩方だけではなく鍛え抜かれた瞬発力が必要なのだ。
 石担ぎは、力の軸となる足腰と剣を振るう膂力を鍛える方法だった。

 穴掘りによって培われた強靱な背筋力が加わり、これまでの要素を同時に加えることで神速に達する。
 その先に、予知という時間の先入観を取り去った感覚の深淵が、技を完成させるのだ。

 そう…放とうと意識するよりも、〈すでに命中させている攻撃〉は遥かに迅い。

 全てがなされた時、敵はその攻撃を見切れず、一瞬で間合いを侵食されて刃に斃れる。
 魔法のようにも見えるが、霊知と技巧の極みこそが可能とする、攻防一体の神速剣であった。
 
「…かつて俺は、同じような縮地術の槍術を一番得意としていた。

 【影なる女王(スカーハ)】。
 最初、何故あの技が影の国の女王の名を冠しているか、俺にはわからなかった。
 技の要訣を得た今なら、よく理解できる。

 過去という影、因縁という柵(しがらみ)は、拭えぬものかも知れないな」

 苦笑したシグルトに、グロアは言う。

「捨てても常は離れぬ、それが影だ。
 過去も己の影よ、拭うことなどできはせぬ。

 身も心も、その影と共に走るがいい。
 捨てず、背負って生きるのだ。
 
 極みに達し先に踏み込むことができた時、お前の一撃は音を超え、刹那よりも速くなるだろう」

 後にシグルトはこの技を磨き続け、さらなる高みに達する。
 “風鎧う刃金”と呼ばれ、攻防一体の剣術を開眼し、剣士としての名を知らしめるのだ。
 
 だがそれは、まだ先の話である。



 『古城の老兵』 【影走り】開眼、再録で御座います。

 最初にフォーチュン=ベル・魔剣工房での書下ろし追加エピソードが結構足されてしまいました。

 何らかの形でリリィ・ローズレイクとキャロライナ・トランシルブは、シグルトの剣術エピソードに入れたいなぁと思っていたのですが、思い切ってやってしまった次第です。

 おや?と違和感を覚えた方がいるかもしれません。
 そう、この時シグルトにあっているリリィたちは、冒険者の標準歴から3~4年前、まだ冒険者をしている時代なのです。
 戦乙女の槍もまだ開店していません。

 フォーチュン=ベルは私も制作にちょっぴり関わってまして、どこぞで私を見た方もいるのではないでしょうか。(どっかの海賊、あるいは達人冒険者のリーダーそっくりですね~。本物はもっとメタボですよ~)
 
 リリィとキャロライナは、元々はフォーチュン=ベル作者のDjinnさんの小説に登場するキャラクターで、実は赤毛だったり金髪だったりと、フォーチュン=ベルで使われている画像のキャライメージとは別物だったりするかもしれません。
 実はDjinnさんとローズレイク流のシナリオ一緒に造ろうかな~なんて画像集めをしてた時期がありまして、今回のエピソードはその名残ともいうべきものです。いずれはスピンオフシナリオ作りたいな~Djinnさんから許可は貰ってますし。
 葛葉さん、制作中断が長くてすみませぬ。(土下座)

 もしかしたら今回のリリィとキャロライナは読者の皆さんの持つイメージと乖離があるかも。作者さんのイメージとも外れてたらごめんなさい。

 前半エピソードで、シグルトは一見簡単に型を見取ります。
 型は中国武術では套路なんて言われてまして、一定の動作を繰り返して技を鍛錬する、武術には昔からある者です。
 普通は先輩の型をひたすら見て覚え、一緒に繰り返すことで習得するものです。
 しかし、シグルトの元師匠は「正しい師の型だけを目に焼き付けてそれをしろ。一度しか見せん」と無茶を言う人でした。
 シグルトはそれを一発で習得することが師に与えられた試練だと思い、愚直に素地を整えてそれを可能にしてしまいます。
 他の弟子たちは、兄弟子たちがやる型を盗み見て覚えたんですけどね。

 ハイデンは、まだ少子供とも言えるシグルトが一度で型を習得して見せた時、自分の後継者にはこの男しかいないと感じ入って、自分の武術を余すことなく伝えます。

 この凶悪な見取り技術故に、シグルトの武術知識は化け物のように優秀です。

 で、見取り技術が速読と記憶術をベースにしたものである点。
 この技術は昔のインドの聖者たちが伝承を一文字一文字たがえることなく記憶するそれに似ています。
 インドで優れた哲学が発達したのは、瞑想をベースにした驚異的な記憶力があるからです。
 実際にインドの人たちはとても記憶力が良く、驚異的な計算力を持っていますよね。

 シグルトは、武術の型が一つの物語のように思えたのです。
 だから、詩歌と作文に優れていた母親から学んだ学習術を応用して、独自に見取り技術を開発してしまったわけです。

 シグルトがやたら頭がよく見えるのは、この見取り技術を応用して「すぐ覚えてしまう」ため。
 言語への習熟にも関連しています。

 リアルでも実際に記憶術や反応速度を上げることは、鍛錬である程度習得することができます。
 〈慣れた〉と言っているシグルトですが、当時は先入観や固定概念からの脱却の方が難しかったでしょうね。
 シグルトが幸運だったのは、おおらかで優しく聡明な母親と懐の広い父親を持ち、同じことをひたすら繰り返す鍛冶師が側で反復を学ばせ、妹を持つことで早く自立することを覚え、平民に交わって育つことで貧しさを知った上で柔軟さを身に着けたことでしょう。

 貴族の教養と平民の柔軟さ。
 普通は交わらない概念が交わって、シグルトはちょっと特殊な思考の持ち主となります。

 ただ、こんなシグルトは才能は有れども、決して天才だったわけではありません。
 人と違う視点で努力を続け、極めていっただけ。
 それができることも、英雄型なんだと思います。


 魔剣工房に剣を預けるシーンでは、一緒に武器を打ってますね。
 相鎚は助手がやらされる基本作業の一つです。
 ある程度慣れれば単純な作業の繰り返しなのが鍛冶仕事。
 そして、繰り返しを極めてマゾヒストのような単調作業の中で極まるのが、工匠の業というやつでして。

 ブレッゼンはシグルトのひたむきさと、刃金の声を聞くことができる点に目を付け、シグルトが剣術を習得しようと試行錯誤していたことも剣から感じ取ります。
 そして、剣の質を見せることで、剣術習得への一助を行うのです。
 伝説の名工とともに鎚を振るった経験は、これから先シグルトの中で血肉として定着し、振るう技に反映されていくでしょう。

 そして、シグルトが呟いた技の形。
 攻防一体こそがシグルトの剣術の根幹となり、のちにシグルトの呼び名となります。

 なお、中世の両刃剣の焼き戻しの方法は、武術書のコラムに乗っていたものです。

 日本刀では焼き刃土を塗って焼き入れをするのですが、刃金の特性からその時に反りが生じます。
 直刀でそれをやると大変なことになりますよね?

 実は日本刀の焼き入れより西洋刀の焼き入れの方が難易度は高いのだそうで、水で普通にやると気泡で形がいびつになったり壊れてしまったりするそうです。
 水以外の冷却材があり、油や砂を使ったりするんだとか。
 ブレッゼンは魔剣だけに薬液の冷却材を使いました。リアルにも似たようなのがありますよ。


 いよいよ『古城の老兵』に行き、シグルトは真の剣の師としてグロアを選びます。

 『古城の老兵』は、私にスキル制作における複合性の大切さを教えてくれたシナリオです。
 御本人にははた迷惑かもしれませんが、私はこのシナリオの作者であるSIGさんをスキル技術の師と、リスペクトしていたり。

 リューンのスキルがデフォルトとすれば、他の店シナリオのスキルは「アクの強さ」じゃないかと思います。
 泥臭さや、デフォルトからの乖離、バランスを維持しながらもデフォルトではできない互換性というか馴染む感触。
 料理の好みのように、スキルにも味付けの濃いもの薄いものがあるわけでして、自分好みのものを探すのがよそ様の店シナリオの醍醐味ではないかなと。

 とても革新的なシナリオです。

 習得する技は【影走り】。
 多分このシナリオ一の人気スキルで、そのバランスから新しいバージョンでは装備枚数が制限されています。
 私は必中絶対回避、良いと思うんですけどね。

 カードワースは適性とレベル差でとにかく攻撃が当たらなくなります。
 ボス戦には命中精度の高い技、絶対必要になるんですよ。

 で、魔法とかで必中がどかどか出るのに、絶対回避1ターンなんてかわいいものかと。
 そも私は同じスキルを何枚も持つ、という考えがあまりありません。
 強いけど応用性が無いからです。
 冒険者って、多少総合的な戦闘力を無くしても、応用力で生き残る気がしますし。
 一枚限定、無問題っす!

 さて、シグルトは【影走り】一つ習得するために、いろんなものを飲み込んでいきます。

 このシナリオの旧リプレイを書いた時、SIGさんから石担ぎの鍛錬法やらのことで感想をいただき、思うところあって今回はより複合的な感覚の発露を盛り込んでみました。

 出てくる武術的感覚や観念のことは、私なりに哲学書や武術書から導き出したものを使っています。

 その中の一つに【予知】があります。
 技とは「意識して放たれるもの」だと誰もが思っています。
 だから、反応速度の限界は必ず0からのスタート、才能や反応速度の限界により、0より速くなることはあり得ません。
 ですが、ここでコロンブスの卵な概念を一つ持ってきましょう。
 もし、技を放つのが、使うタイミングよりはるかに早かったら?
 そう、詰め将棋と同じ、何手も前から仕掛けているということです。
 シグルトのように「すべてを物語のように」と型を考えるならば、動作の一つである技は「物語の最初」を意識するだけで、すでに放たれているのです。
 その技は、技同士が対峙する瞬間のマイナスの時点から放たれているということ。
 相手は吸い寄せられるように、既往の技に絶たれるでしょう。

 武術の達人に哲学的な考えを持つ方が多いのは、こういった固定概念の破壊から奥義ができるからではないでしょうか。
 とても単純で、でも思索だけでは成らない。
 実践で磨き上げ、その誇大妄想のような不可能を可能にする。
 私はそんな武術的構想がとても好きです。

 書いててとっても楽しい話で御座いました。


 さて、収入と収支で御座います。

 まず魔剣工房で【紅耀石】と【金鉱石】(シンバットの洞窟)を売り1000SP作って、それを使って【アロンダイト】の【鉄塊】を預けます。これをリプレイでは鉱石を資金代わりにした描写となっています。
 さらに、御機嫌とりで【葡萄酒】を一本献上。

 『古城の老兵』で-1400SP支払って【影走り】を購入しました。
 まだ資金は十分にありますが、シグルトはここでパワーアップを終了します。
 スキルの上限枚数的にオーバーしてるので…

 とりあえず、【刹那の閃き】と【影走り】を交換しました。
 近いうちに空きができるはずなので。


〈著作情報〉2018年06月26日現在

  カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2018年2月1日リリースされたCardWirthPy 2.3 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 カード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 今回は他のシナリオとのクロスオーバー表現がありますが、それらは各シナリオ作者さんに著作権があります。

 『希望の都フォーチュン=ベル』はDjinnさんのシナリオです。
 シナリオの著作権は、Djinnさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer. 1,06です。

 『魔剣工房』はDjinnさんのシナリオです。 
 シナリオの著作権は、Djinnさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer 1.07です。

 現時点でこれらのシナリオは、このサイトの別院(http://sites.google.com/site/waijinokousaro/)で代理公開しています。

 『古城の老兵』はSIGさんのシナリオです。現時点でオフィシャルファンサイトのギルドに登録されており、Vectorで配布されています。
 シナリオの著作権は、SIGさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer1.25です。
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