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『碧海の都アレトゥーザ』 海風を震わす聖句

2018.07.07(22:43) 460

 南海の大都市アレトゥーザ。
 そこは、南海の聖海教会にとって中核となる場所だ。

 聖海教会とは、西方都市で主流となる聖北教会、東方帝国の主流である聖東教会と並び、救世主が〈新しき契約〉をせし唯一神を信仰する有力な教会勢力である。
 
 聖海の特徴は、神々や精霊の聖人化や、在来宗教と宗教行事を多く取り込んだことであろう。
 聖北とは列聖された聖人が違うだけ、と考えるのが普通であり、親聖北派の僧侶も多い。
 
 最も、〈旧き契約〉と〈新しき契約〉に登場する唯一神信仰は、同一の神を信仰する宗教でありながら、抗争が絶えず、多くの宗派門派に分かれてしまった。
 一神教が持つ排他的かつ保守的な性質は、分裂した後もれぞれの教会に色濃く受け継がれている。

 アレトゥーザの聖海教会にとって、南海の海洋都市を守護していた神であるミネルヴァやネプトゥヌスの教化こそが、その柱となるエピソードである。
 しかし、一部の精霊術師や賢者は、その矛盾を声高に指差す。

 聖人として聖海に帰順したはずの神や精霊が、他の地方で昔ながらに信仰されていたり、精霊として顕現する事例があるからだ。
 これを聖海の聖職者たちは、「聖海の教義こそ正しい」と言って取り合わない。
 
 信仰の真実とは何なのか…
 宗教や主旨の違う集団同士で、血で血を洗う戦いが行われ続けてきたにも関わらず、未だその答えは統一されていない。
 
 スピッキオは、そんな宗教の争いとは無縁の、豪商の三男として生まれた。 
 生まれつき立派な体格と辛抱強さを持っていた彼は、騎士にならないかという話もあったが、資産家の長男以外の就職先と言えばこれがある程度のお決まりで、教会に関わるの道を目指すこととなった。

 純粋な聖職者は、基本的に結婚が認められていない。

 もちろん結婚を肯定し、妻帯した聖職者が存在するカルバチアのような例外もある。
 当時の教会の風潮も大きく影響するのだ。

 だが、それは本流では無い。 
 子供が生まれるとしても、公式にこと認知するには面倒な手続きが必要だったり、私生児として扱われる場合も多かった。

 スピッキオは童貞のまま神に生涯を捧げることを誓った、生粋の信仰者である。 
 少年時代に修道宣言をし、五十歳を超えるまでは世俗から隔絶した修道院で、労働と祈り、そして清貧に勤しんできた。

 本来なら、そのまま修道院で終わるはずの身であった。
 だが、教会内部での勢力争いによって追放されてしまう。
 
 自分には修道院の生活と信仰しか無いと思っていたスキッピオにとって、驚天動地の出来事だ。
 司祭の地位を得、教会すら与えられたが…修道宣言までして祈りの世界に入ったスピッキオにとって、還俗させられるのに等しい屈辱であった。
 
 修道院の外に出ると、現代の教会のあり方にも深い疑念を抱いた。

 聖なるものであるはずの教会では、俗物の派手な衣装を着た聖職者が権力を握って声高に喜捨を求め、貴族たちが我も我もと己の寄付行為を誇って教会をごてごてとした金銀で飾り立てている。
 南海の聖トマスが言う枢要徳は教会の中でこそ踏みにじられ、最大の悪徳とされる傲慢さに心を支配された信徒たちがなんと多いことか。

 〈新しき契約〉をもたらした神の子は「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」と説いたがが、信徒たちは敵味方入り乱れて剣を振るって傷つけ合っている。
 決して暴力で抗わず、代わりに人々の罪を贖った聖者を神の子と讃えながら、神の名の下に流された血は大河ができよう。

 〈教会の教えの何が真実か、知らねばならない!〉  

 答えを求め、スキッピオは長い聖地巡礼の旅に出たのである。

 しかし、その旅で示された真実は混沌そのものだ。
 教会の教えには沢山の答えがあり、そのどれもが誤りのようで、いくつかには感じ入る真実があった。
 
 巡礼の旅を終えて西方に戻ったスキッピオは、信仰とは何ぞや、という根本的な疑念に行きつく。
 
 洗礼を受け、唯々諾々と上位の聖職者が示した道を信じ行ってきた。
 だが、旅の果てに「それで良いのか?」、と思うようになったのだ。

 迷うスピッキオの祈りに、神は変わらず神秘という形で応えてくれる。
  
 …スピッキオは、分からなくなった。

 何故信仰を疑う者にすら、神は力を貸すのか。
 何故救われるべきであるはずの衆生が、これほど苦しんでいるのか。
 何故邪悪と言える者が跋扈し、神はそれを看過するのか。

 悩み抜いて流離い、スピッキオはリューンにたどり着いた。

 だが、ぼろぼろの巡礼姿で金も無いスピッキオに、同じ神を信仰するはずの聖職者たちは冷たかった。
 雨の日に、軒下でも良いから宿を貸してくれ、と頼んだスピッキオは、同じ教えによって教化を受けたはずの寺男によって「異教徒め」と、杖で打たれ追い立てられた。

 傷つき彷徨った末に偶然見つけた、孤児院付属の小さな聖北教会をスキッピオが見上げていると、その教会を預かっているという司祭が迎え入れてくれたのだ。

 スピッキオは、何故自分を受け入れられるのか訪ねた。
 どう見ても、薄汚れ、違う聖人を列聖している聖海の徒と見ればわかろうに、と。

 スピッキオの予測した答えは聖海の穏健派と同じく、「列聖された聖人の違いのみで、同じ神の子である」というものだった。
 でも、それは外れた。

 司祭の言葉は簡潔だった。

「それは、私の神が貴方を救えとおっしゃったからです」

 微笑んで言った司祭の言葉に、スピッキオは大きな衝撃を受けた。

「神は一つだと言われてきたはず。
 そして、公正で絶対であると。

 我々聖職者はその神を求め願い、信仰してきた。
 だが、同じ神を信仰しながら、統一されることも無い別の信仰が存在する矛盾。 

 あなたは同様に、〈我々の神〉ではなく、〈貴方の神〉と申されるのかっ!」

 それは、思い悩んで来た負の感情の爆発であった。
 大罪の憤怒を抱き、スピッキオは身を震わせた。

 だが、司祭はまた微笑んで、教会の天井を見上げた。
 そこには天使たちに囲まれた天界の様子が描かれている。

「…見て下さい、師よ。
 この天井絵を描いた絵師は、この素晴らしい姿をいったい何処から知ったのでしょう?
 
 それは絵師の信仰心だと、私は思うのです。
 
 完全である故に、神はその一欠片である我々の心にも宿っている。
 私たちは良心と言う神の声を聞き、罪と言う神の叱りを受けている不完全なもの。

 だから思うのです…神は全能なるが故に、不完全な者の中では過ちを見定め、試すのだと。
 それは、それぞれ人々の信仰心の中におられる神の試練。

 全能なる神は、全能故に全てを見ておられる。
 だからこそ、私という不完全な窓を通して見える、私の神に祈るのです」

 司祭はそう言って、スピッキオを濁りの無い瞳で見つめた。

 スピッキオは、その言葉が天の光明に思え、司祭の瞳の中に神を見た気がした。
 迷いは嘘のように晴れていた。
 
(海の如き神の御心を、わしという一つの杯に全て汲むことなどできぬ。

 だが、不完全であっても、確かに神の御心を汲むことができるのだ。
 不信こそ、汲まぬということ。

 わしは、汲むことを忘れていた愚か者よ)

 その時から、スピッキオは己の神に、心から祈れるようになったのである。


 スピッキオは新しい秘蹟を修めるため、アレトゥーザの教会で瞑想していた。
 
 秘蹟とは、父と子と聖霊の与えし御業であり、恩寵のしるしである。
 それを行うには、特別な資格が必要であった。
 
 神に愛されること。
 即ち、神の望む信仰を抱き、聖職者となることである。
 ちゃんとした聖職ではないものでも秘蹟による神秘は起きるが、秘蹟を使う者の多くは信仰心を礎にしていた。

 もう慣れてしまったが、本来秘蹟による神秘…聖なる言葉の祈りと典礼によって起きるのが奇蹟であり、道具や手段のように扱うべきものではない。
 このアレトゥーザの聖海教会では『神聖術』と呼ばれ、所によっては魔法と同じ扱いをされて『神聖魔法』などと称される。
 魔術やまじないと同等に扱うこと自体が問題なのだが、世界はそもそも不当なことの方が多いだろう。
 
 この程度のことに目くじらを立てる神では無い、そう割り切ってからは、気にならなくなった。

 奇蹟の発生に謎の多い秘蹟であるが、分かる限りのものは、学問同様に学べば修められる。
 神への祈祷文…正しくは聖句を用いて祈り、その御業を願うのだ。

 スピッキオが望んだ秘蹟は【癒しの奇跡】と呼ばれるものだ。
 癒しの力で多くの者を救うとされるこの秘蹟は、聖海にこそ伝わるしるしである。

 この秘蹟を行って治癒を成すことは即ち、優れた聖職者であることの証でもあった。

 スピッキオにそんな打算は無い。
 傷つく仲間たちや衆生を包んでやりたい…ただそれだけの理由で求めたのである。

 スピッキオは自分の守護聖人である聖アンティウスとともに、強く帰依する聖女がいる。
 奇しくも…“風を纏う者”のリーダーとして活躍するシグルトの守護聖人は、聖海生粋の癒し手である聖女オルデンヌであった。
 シグルトが、聖女オルデンヌが昇天したという聖地イルファタルの方角…西方の北からやってきたと知った時は、神の導きを感じすらした。
 
 聖海教徒の多くは、癒しを求めて聖女オルデンヌに祈った。

 彼の聖女は異端、異端・異種族を問わず、命を削って癒しを続け、神に召されたという聖女だ。
 その行いから聖海以外では列聖されておらず、癒しの御業たる大いなる聖女の秘蹟も今では教会から失われている。

 スピッキオには、どのような気持ちで聖女が祈ったのか、何となく分かる気がした。
 彼女は、ただ癒したいと願ったのだろう。
 こんなにも弱い、罪深き人のために。

 聖女の心境に少しでも近づきたいと、さらなる瞑想に入るべくスピッキオが目を閉じた時、普段から世話になっているパオロという侍祭が駆け込んで来た。

「スピッキオ司祭はいらっしゃいますか!」

 ゆっくりと眼を開けたスピッキオは、司祭に何用かと尋ねた。

「船の衝突事故です。
 多数の死傷者が出て、今でもその命の灯火が消えんとしている者たちがおります。

 どうか貴方も、力をお貸し下さい」

 スピッキオは首を傾げた。
 
「この教会には、高名な司祭もおられるはず…

 わしなどで、力になれるのかね?」

 パオロ侍祭は、項垂れて首を振った。

「マルコ司祭を始め、主だったお方は他の都市の祭典に出かけられており、おらぬのです。

 一人でも、癒しの御業を使える者を探している所です…」

 頭を垂れて同行を願うパオロ侍祭に、応えるように深く頷くと、スピッキオは立ち上がった。


 船着き場は地獄絵図であった。

 手足の折れ曲った者や、木片の突き刺さった者が、水揚げされた魚のように並べられ、呻き声を上げている。
 中にはもう動かない者もおり、骸は端から邪魔にならない場所に積み上げられていった。

 話によれば、停泊所の取り合いで、両方の船の船長が意地を張り合ったらしい。
 結果、二つの船が衝突して大破し、飛び散った船の残骸が、荷物の積み込みに精を出していた水夫たちを直撃したのだ。

 怪我人は数十人、死亡者も二桁近い。

 スピッキオは、呻く水夫たちに歩み寄ると、静かに目を閉じ祈り始めた。

「《いと高き、天の御座(みくら)にまします、我らが主よ…祈りをお聞き届け下さい》

 《今召されようとしている罪の子に、慈悲をお与え下さい》

 《輝くその御業で、どうか御救い下さい》」

 朗々と、スピッキオの唱える聖句が、周囲に木霊していた。
 
 彼の祈りで、この秘蹟がもたらす奇蹟が起きたことは、まだ一度もない。
 だが、スピッキオは「起きる」と確信していた。

 目を閉じて祈っていると、眩い後光を纏い白い衣を着た尼僧が、ふわりと微笑んで両手を天に差し出す姿を幻視する。
 蒼い空に向かって響く爽やかな海風と波の音が、福音のように聞こえた。

「《主よ…癒し給え!》」

 幻視した尼僧に倣って両手を天にかざし、請うように、強く強く祈るスピッキオ。

 刺すような太陽の光が、一瞬だけさらに強く輝いたかのように見えた、その瞬間だった。

「おぉっ、皆の傷が癒えて行く…」

 パオロ侍祭が、感極まった様子で呟く。

 …正に奇跡であった。 
 重い傷を負った者が、自分が癒されたことに気付き驚愕し始める。

 倒れ伏していた者の多くは、次々に意識を取り戻していった。

「主よ、そのお慈悲に感謝致します。
 聖女よ、お導きに感謝致します。

 そしてどうか、御元に旅立つ者をお救い下さい…」

 全ての怪我人が癒された時、スピッキオは柔らかな声で、感謝と鎮魂の祈りを捧げるのだった。



 スピッキオのエピソード、再録です。

 本来秘蹟って、行われるしるしであって奇蹟そのものではないんですよね。
 その辺を踏まえてちょっぴり修正してみたり。

 聖女オルデンヌは風屋のスキルで名前が登場したりするのですが、元々は南海出身の貧しい身分の生まれです。
 聖海教会の修道院で育った彼女は、貧しさから救われたことを感謝し、異教の神すら教化する教会の教えに帰依します。
 そして、苦しむ衆生を癒したいと願い、類まれな癒しの権能を授けられます。

 癒しこそはもっとも信者が願う奇蹟。
 オルデンヌは聖女と呼ばれ、彼女の布教伝道によって遠く北方のイルファタルまで多くの臨海都市が聖海教会に改宗して行きます。
 
 聖女オルデンヌは、敵味方異端異教徒関係なく、ただ苦しむ人々を救いたいがために祈り続けました。
 その気高い姿に、エルフやドワーフといった亜人、中には精霊術師たちの中にも帰依する者が現れます。
 彼女のいた短い時代、魔術や精霊術すら取り込んだ秘蹟が生まれ、オルデンヌはそれを妬むか輩から"混沌の聖女"などと揶揄さえされます。
 その身体は小柄でほっそりとしていて、自分の信仰の証として純白の粗末な僧衣を纏っていました。
 体格に合わないぶかぶかの僧衣が移動によって引きずられますが、不思議と汚れ一つつきません。
 人々は癒されると感謝し、その衣の裾に口づけしたと言われます。
 その姿から、"純白を引き摺る方"などとも呼ばれています。

 求められるままに癒し続け、過労によって身体を壊した聖女オルデンヌは、しかし自分のためにはただ一度たりとも癒しの秘蹟を行いませんでした。
 あらゆる病を癒し、石化した者すら元に戻すことができたのに、です。
 彼女は、「私が祈り衆生に癒しがもたらされるのであれば、己への見返りは求めません」という誓いを立てていて、愚直にそれに従い、身体を壊して殉教します。

 他の宗教をその神や精霊ごと改宗せしめた聖女オルデンヌの偉業は讃えられますが、その癒しの力を求めて、聖遺物としての遺体と残された秘蹟の業をめぐり、それらの相続で諍いが起きます。
 
 聖女オルデンヌの慈愛に感銘し、常に聖女を守るように側にいたという精霊術師ハーレーンは、聖女の遺体をバラバラにして持ち去ろうとする聖職者たちを薙ぎ払い、聖女オルデンヌの遺体と彼女の秘蹟を記した祈祷書を奪って、いずこかへと姿を消してしまいました。

 聖海教会から聖女オルデンヌの秘蹟が失われているのは、こういう理由がある、というわけです。


 スピッキオがオルデンヌに帰依しているのは、オルデンヌが癒し手として優れているからではなく、彼女の生き方と信仰の仕方にこそ共鳴しました。
 教義にこだわり差別するのではなく、ただ神を愛し、その子らである人々と世界を慈しんだ聖女の姿は、「純粋な信仰の在り方」そのものだったからですね。

 宗教的な話になると上げ足を取って批判し、「宗教関係者ってカルトでやべぇ!」とか「堕落した宗教家」をイメージして敬遠される方もいらっしゃるでしょう。
 私も宗教関連の職業をやってる人間として、耳が痛い話です。
 実際にそういう人いますしね。

 反面、許された環境と信仰の中で偉大だった人間は、たくさんいます。
 私は某一神教やそれに近い派生宗教には関係のない立場ですが、その中に確かにすごいことをやった人もいるんだなとは思いますし。
 子供を祟って殺しちゃった〇様はちょっと敬遠しちゃいますが。

 本来信仰とか宗教というやつは、救うべきものであって害するべきものであってはならない、というのが私なりに考える理想的宗教です。
 ま、ファンタジーやってるとそうもいきませんね。不浄な存在はばかばか消し去りますし。

 私の国は信教の自由があるので、無理強いはイカンですたい。


 今回スピッキオが習得した【癒しの奇跡】は、固定集団回復というスキルです。
 対象を全部15回復しちゃうという。
 15というのは一般人レベル1の体力ぐらい。
 そういう人が受けた重傷ならたちどころに全快しちゃう凄い奴です。

 私の尊敬する方などは、全体回復はバランスを壊すという方もいらっしゃいますが…公式的なリューンスキルの【炎の玉】とか【薙ぎ倒し】とか、全体攻撃があるんだから、全体回復もあるべきだと私は思っています。
 【薙ぎ倒し】でラッシュされた日には、単独回復だけじゃ追いつきません。

 中級以上の戦闘で癒し手一人に回復スキル一枚は厳しいですし、今回の強化と相成りました。

・【癒しの奇跡】-1400SP

 レベル5のスキルだけに、ちょいと使用回数が少ないですが、他のスキルを使いつくしたあたりでくれば結構役に立つでしょう。
 生命力紙なカードワースでは、回復と防御力の強化こそまず正義…かも?


〈著作情報〉2018年07月07日現在

 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2018年2月1日リリースされたCardWirthPy 2.3 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 『碧海の都アレトゥーザ』はMartさんのシナリオです。現時点でVectorにて配布されています。
 シナリオの著作権は、Martさんにあります。
 このリプレイの時のバージョンはVer1.22です。
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