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PC2:エルナ

2018.07.22(00:27) 464

 現在オルフは、ラトリア王国の西を目指して逃亡していた。

 ラトリア王国の歴史は古い。
 古代にこの地方を支配していたグロザルム統一帝国が、聖北教会を国教として共和政になった後のこと。

 南方からやって来た鐵の民の首長が、内戦によって逃亡した帝国の第一皇女(統一帝国建国帝の嫡流)と結婚して鐵の王国と呼ばれる国ができると、十王国と呼ばれる十の国が次々と建国されて行くのだが…ラトリアは統一帝国の皇族が三番目に建国した国だ。

 帝国の象徴たる、大いなるゼセルダ湖に面していたため、「我らこそ統一帝国の真の後継である」として、【真なる地】を意味するラトリアと名乗ったのである。

 十番目にできた北のマルディアン帝国とは、常に統一帝国後継の正当性を争い、聖地エンセルデルを挟んで小競り合いを続けていたが、ラトリア王国は貴族の腐敗が酷く、この年に起きた蝗害によって飢えた国民から搾取を行い、農民の小規模な反乱が勃発する。

 これに乗じて「腐敗した貴族政治の撤廃と、領民の救済」を名目に東のギマール共和国が、ダズウェル王国北にある森を抜けてラトリアに侵攻。

 英明で有名な王国総大将のワイルズ侯爵は、マルディアン帝国の南征を警戒し、国の南方を一端放棄して大河を盾にした防衛戦を提案するが、国王がこれを却下。
 王侯貴族たちは南征によるギマール軍撃破にこだわった。

 王命に従いワイルズ侯爵は大河を渡って西に進み、ギマール軍のロタリオ中将の率いる精鋭を戦力に劣る騎士団を率いて激戦の果てに破り後退させるが、水軍を扱ったらギマール一と名高いワスロー中将の率いる別動隊が、ゼセルダ湖から海へと続く大河ギーガーを遡って、侯爵軍の背後に隠れていた王太子軍を急襲し、やすやすと撃破して無能な王太子の首級を上げた。
 このラトリア軍の大敗に乗じて、侯爵の予想通り北からマルディアン帝国が突然の宣戦布告によって侵攻、電撃戦で王都を陥落させ、国王以下王都にいた王族と貴族は皆殺しにされてしまった。

 勝ち戦だったはずのギマール軍は、状況がひっくり返り、慌てて退却を始めた。

 この時、ラトリアの司令官であるワイルズ侯爵は即座に前線を放棄し、背後に回ったギマール軍の目前を川沿いに逃れ、馬を捨てて山地を強行軍で突破。
 ただ一人ワイルズ将軍の警告に従って南に避難していた王族の第三王女セリニアを救出、彼女を奉じて南の自領に逃亡した。
 そこで臨時政府を樹立すると、南方のエルトリア王国に同盟を持ち掛け、突破が難しいイオニスの大森林を背にギーガー河を使った堅牢な防衛陣を敷いていた。

 現在旧ラトリア王国領では、混乱に乗じて王都を奪ったマルディアン帝国軍が大義名分を振るって、ギマール共和国軍を掃討しているところであった。

 ギマールとしてはこれ以上戦うわけにもいかず、ギーガー河を渡った南東部まで引き返してそこに防衛陣を引いた。
 そこは南のエルトリア王国とダズウェル王国の国境も近く、長く陣を張るのは難しいだろう。
 
 現在は、卑劣なマルディアンの奇襲にギマールが抗議文を送り、両国が睨み合っている。
 オルフのような敗残兵は、大河を背に川向うに放置され、自力で敵の領地を突っ切って逃亡するしかない。

 このような状態になっているとは知らなかったが、オルフは迷わず逃亡兵になることを選んでいた。 


 周囲に大勢の人の気配があり、甲冑や武器が擦れる金属音がせわしく響いてくる。
 人の気配のする方角から距離を取りつつ、オルフは足早に夜道を歩いていた。
 
(…マルディアンの兵士だな。
 
 この近くで、誰か偉いやつでも追ってるんだろう。
 
 たぶんさっき見た、炎上していた修道院の関係ってとこか。
 修道院には、偉い貴族の子女が居たりするからな)
 
 修道院を燃やしたのは、マルディアン帝国の兵士のようだ。
 帝国は古代、大陸に君臨していた統一帝国の真の後継を謳う大国で、北方ラダニール諸国の中で最大の軍事国家であり、近年は侵略による国土拡張でさらに領土を広めつつある。
 
 オルフの属していたギマール共和国も大国であり、ラダニールの覇権を争って、長い間マルディアンと小競り合いが続いている。
 ギマールとマルディアンが直接戦争に及んでいなかったのは、両国が互いに別の国と戦争中だからだ。
 
 ギマールはダズウェル王国という小国家と緊張状態にある。
 ダズウェルは、隣国エルトリア王国と戦争していたが、今はギマールを警戒して停戦中だった。
 
 マルディアンは、ラダニールで唯一の魔術師育成機関があるクラウス公国と戦争中であったが、クラウスの若き摂政にして“北の麗賢”と呼ばれる公女エルデリーダの登場で戦況は覆り、占領していた領土は全て奪還されていた。
 
 停滞した状況を好転させるため、近年、とりあえず弱い国を滅ぼして敵国を牽制しようという理由でギマールとマルディアンは盛んに周辺の小国や自治都市の侵略を繰り返していた。
 それに脅威を覚えた小国群がアドルリア連邦を樹立して対抗し、さらなる膠着状態となる。
 
 そんな大国に挟まれていたラトリア王国は、特別優れた産業もない歴史だけの小さな国だ。
 貴族による腐敗した政治のせいで、すでに黄昏の時代だった。
 敗戦で、間も無くその古い青史も終わろうとしている。
  
 今回のように二つの国が一国を争奪する戦いでは、謀略も大いに使われ、ライバル国の人気を落とすために虐殺や略奪が容認される場合もある。
 非道な行為を働いて、ライバルの国の仕業だと噂を流し、罪を押し付けるだ。

 自国の民の啓蒙と、大義名分をもっているのだということを兵士に刷り込ませるために、いつしか専門の汚れ役が生まれていた。
 
 こういった仕事を率先して行う、野盗同然の部隊。
 捕虜を奴隷として人身売買し、裕福な家や僧院を襲ってその蓄えを奪う。
 戦争を言い訳に略奪三昧を行い、それを楽しんでさえいる下種である。
 
 先ほどの修道院は、そういった者の暴虐にさらされたのだろう。
 
 ラダニール地方の人間は多くが聖北の徒であるが、異国人であれば異教徒ととこじつけもするし、統制の取れていない下級の将兵にとって、戦時のどさくさにまぎれての略奪は当たり前だった。
 加えて、オルフが見た修道院は、おそらく女性のためのものだろう。
 
 下劣な下級の兵が集団で略奪者に豹変し、身勝手な正義をかざして修道女に狼藉を働いたのだ。
 
 神に純潔を捧げた世間知らずの美しい女たちがいると聞いただけで、好色そうに舌なめずりしていた者を、オルフは見たことがある。
 噂ではその男が、ある村の教会を襲い、修道女や村娘をなぶり殺しにしたという。
 
 このような鬼畜が現れても、戦場では弱い者が虐げられるだけだ。
 
 燃える修道院と、近くで死んでいた裸の女性。
 略奪を受けて装飾の引き剥がされた壁や、ロザリオ一つ着けず惨殺されている老いた修道女たち。
 
 湧き上がる不快感に眉をひそめ、オルフは足を速めた。
 
 
 しばらく行くと、人の気配や喧騒からだいぶ離れることができたようだった。
 オルフは近くの茂みに身を潜めると、大きく息を吐く。
 緊張した状態で走るのはなかなかに骨が折れた。
 
 息を整え、また逃亡に移ろうと思案する。
 
 …不意に近くで人の気配がした。
 どこか争うような声も聞こえる。
 
 様子を探るため、オルフは茂みの間から声のした先を覗き見た。
 
 白いものが髪に混ざる上品そうな修道女姿の老婆と、フードを目深に被った背格好から女らしい人物が兵士たちに囲まれていた。
 老婆は女を後ろに庇い、じりじりとこちらの茂みに後ずさっている。
 
(まずいな。
 
 このままだと、俺が隠れていることがばれる…)
 
 オルフは剣の柄に手をかけ、いつでも飛び出して反撃できるように構えを取った。
 
 一方、老婆は毅然と兵士たちを睨み、甲高い声で叫んでいる。
 兵士たちはニヤニヤと笑いながら距離をつめていた。
 
 下品な兵士たちの態度が頭に来たのだろう。
 老婆が歩み出て兵士たちの歩を止める。
 
「…無礼者っ!
 
 この方をどなたと…」
 
 全てを言う前に、その老いた修道女は斬り伏せられた。
 老婆の細い身体は腹まで袈裟斬りにされ、大量の血潮が噴出し、力なく大地に倒れ伏す。
 
「マーサッ!」
 
 フードを被った女が、悲痛な声で叫んだ。
 
「…あ、あぁ、姫様。
 
 どうか、ど、うか、逃げ…て…」
 
 そう言って動かなくなった修道女を抱きかかえ、女は癒しの聖句を必死に紡ぐ。
 教会の聖職者が良く用いる癒しの秘蹟【癒身の法】である。
 
 だが、虚ろに目を見開いたまま、老いた修道女はもう動かなかった。
 
「おお、姫様だと。
 
 俺ら、もしかして大物を見つけたっぽいなっ!」
 
 修道女を斬り殺した剣の平で、肩をぽんぽんと叩きながら、兵士らしい男が得意そうに口の端を吊り上げた。
 装備は皮製の粗末な物。
 いかにも寄せ集めの兵士の一人、という感じだった。
 
 オルフと同じように徴兵された兵士であろうが…自分たちの立場を最大限に利用し、悪行も平気でするタイプの者たちのようだ。
 略奪を好み、殺人を楽しみ、女と見れば乱暴を働く。
 子供や老人を平気で殺す、戦乱が産んだ悪漢たちであった。
 
「あれだ、確かラトリア王家縁の貴族の一つ、カーティン侯爵家の御令嬢。
 
 さっきの修道院って、カーティン家の隠居所の一つだったからな。
 噂じゃあ、侯爵の一人娘が花嫁修業中だったはずだぜ」
 
 もう一人の兵士が顎に手をやりながら、老修道女を抱いている女を見下ろした。
 その兵士は金属製の鎧を着ている。
 装備品から見て隊長格であろうか。
 
「ひゅうっ♪
 カーティンっていやぁ、あのワイルズ将軍が当主だろ?
 王族から臣籍降下した超名門のお姫様じゃねぇかっ!
 
 大手柄だぜ、俺たち」
 
 兵士の一人が興奮して下品に唾を飛ばす。
 
 女はそっと修道女の身体を地に横たえさせると、毅然と兵士たちを見返す。
 
「私が目的ならば、何故修道院を燃やし、人を殺すような狼藉を行ったですか。
 
 皆、優しくて好い人たちだったのに…」
 
 そう言って女は俯いた。
 泣いているのだろう。
 
「あはは、【狼藉】だってよ~
 
 お姫様は言葉が違うよなぁ」
 
 がはは、と笑い、剣を持った兵士は女に近寄ると被っていたフードを引き剥がした。
 
 美しいブロンドの柔らかな髪が、はらりとこぼれ出る。
 
 兵士は目を見張った。
 周囲の兵士たちも同様だった。
 
 北方人らしい白い肌。
 まだ涙に濡れる長い睫毛の先からのぞく、青く澄んだ瞳。
 悲しげに結ばれた艶やかな唇。
 
「…うひゃぁ。
 
 俺、こんな美人みたことないぜ…」
 
 兵士たちは、驚いて、すぐに好色そうな顔になる。
 
「…なぁ。
 
 貴族の娘には死体でも賞金が出るんだろ?」
 
 先ほど修道女を斬り殺した男が、周囲の兵士たちを見回してにやりと嗤う。
 
「ば~か。
 
 こんな上物、殺すより売った方が儲かるだろ?
 …もちろん、俺たちが楽しんだ後で、でもだ」
 
 にじり寄る男たちを、ブロンドの娘は悲しげに見つめていた。
 
 
(…何やってんだ、あの女はっ!)
 
 オルフは、忌々しそうに唇を噛んだ。
 あれでは女を逃がそうとした修道女が無駄死にである。
 
 苛々するオルフの心など届くはずも無く、女は跪き、目を閉じて冥福の祈りなどを口にしている。
 逃げも怯えもしない女の態度はたいしたものだが、それで改心する兵士たちではない。
 オルフは蹂躙されるであろう、娘の未来を思い、唇を噛んだ。
 
 オルフの脳裏に、熱にうなされながら、天国にいけるように祈っていた妹の姿が思い出された。
 食べる者も無く、いつも痩せていた妹は、信心深くいつも祈っていた。
 
(…あいつが生きていれば、あのぐらいの歳か)
 
 流行り病で死んでしまった妹も、この娘のように美しいブロンドだった。
 オルフの妹は神様が与えてくれた宝物だと、大切そうに髪を撫でながら頬のこけた顔で微笑んでいた。
 
 病に侵され、瞳から光の無くなっていく妹の手を、オルフはただ握ることしかできなかった。
 妹が死に逝く時、オルフはまだ無力な子供でしかなかった。
 
 荒れた唇の鉄臭い血の味を噛み締め、女の方を見る。 
 血走った目をして、女の服に手をかける兵士。
 
「…糞がっ!!!」
 
 オルフは飛び出して突進する。
 迷わず剣を振るった。
 なまくら同然の剣は、女の服に手をかけていた兵士の肺と心臓に半ばめり込んでへし折れる。
 
「…こぉぼぼ、あ?」
 
 肺から血と一緒に空気が出て行く音。
 何が起きたか理解できずに、その兵士は倒れて動かなくなった。
 
「…なっ?
 
 てめ…ごばぁっ!」
 
 折れた剣を金属鎧を着た兵士の口に突っ込み、痙攣するその兵士を蹴り倒すと、剣をぶんどる。
 
(…残りは、三人!)
 
 そこに居た兵士たちは五人。
 奇襲で二人を倒し、前の剣よりは切れそうな得物を手に入れている。
 
(あと一人ぐらいは…!)
 
 担ぐような構えから振り下ろす重い一撃。
 オルフが戦場でとある剣士から学んだ【担ぎ颪】という技である。
 
 ビョウゥゥッ!!!
 
 空気も一緒に両断するような音…
 
 凄まじい斬撃に肩当から腹まで割られた兵士は、言葉も無く絶命した。
 
 骨に引っかかって抜けなくなった剣をあきらめ、オルフは襲い掛かってくる兵士を殴る。
 敵の反撃を受けて脇腹に走った激痛をこらえ、無造作に敵の剣を掴んで、その股間を蹴り上げた。
 嫌な感触が、兵士を男として終わらせたことを教えてくれた。
 しばらくは起き上がれまい。

 少し切れたが、農業で鍛えられた彼の掌は血が滲む程度。
 
「ひ、ひぃぃぃ!!!」
 
 泡を吹いて昏倒する兵士から武器を奪って、最後の一人を睨む。
 四人を瞬く間に倒して返り血を浴び、髪を振り乱したオルフは、さながら食人鬼のように迫力があった。
 
 慌てふためく最後の兵士が、やけになったように剣を振り回す。
 オルフはゆっくりと剣を振り上げ、容赦なくその兵士の頭蓋を叩き割った。
 
 
「…はぁ、ぐっ。
 
 くそ、一発もらっちまったか」
 
 脇腹を押さえ、傷の程度を調べる。
 
(…大丈夫だ。
 
 はらわたまでは、届いてねぇ)
 
 べったりと手についた血を、倒れている兵士の服で拭う。
 布を裂き、脇腹に当てて手で押さえた。
 そして、呆然としている娘を睨みつける。
 
「…この阿呆がっ!
 
 お前、婆さんの行為を無駄にするのかよっ!!」
 
 怒鳴りつけられた娘はビクリ、と震える。
 
「…ったく。
 
 ああ、もう、糞っ!
 これで俺も完全なお訪ね者じゃねぇかっ!!!」
 
 転がっていた兜を蹴り飛ばし、忌々しそうにオルフは唾を吐き捨てた。
 溜息を吐き、灰色の空を見上げる。
 
 かつて剣術の手ほどきをしてくれた、ある戦士の言葉を思い出す。
 よく「お前はお人好しだ」と言っていた。
 
「…《麦を踏んだら霜も踏め》だ…畜生めっ!」

 故郷で、冬の麦を踏んで強くし、ついでに霜の害も忘れずに対策を一緒にやれ…やりかけたことは責任をもって最後までやれという古い言葉を思い出し、オルフは諦めたように返り血を拭った。
 
 そして娘の手を掴むと、引きずるように場を後にしようとして、思い出したように立ち止まった。
 自分が纏っていた襤褸を脱いで老婆に被せると、倒れた兵士から外套を剥ぎ取る。
 
「これで追い剥ぎかよ。
 
 もう、お袋に顔向けできねぇな…」
 
 苦々しい表情で呟き、先ほど受けた傷を押さえて呻く。
 女が近寄ってきてオルフの脇腹に軽く手を添えた。
 
「おい、何を…」
 
 眉をしかめたオルフを手で制し、女は澄んだ声で聖なる言葉を紡ぐ。
 同時に傷の痛みが、すっと引いた。
 
 オルフは、ばつが悪くなって頭をかくと、一番ましそうな剣と携帯品を兵士の死体から奪うと、黙ったまま女を引っ張って、その場を後にした。
 
 
 …どれほど歩いただろうか。
 
 半日近い間、オルフと女は黙々と歩いていた。
 大柄なオルフの足についてくる女の根性も、大したものである。
 
「…少し休むか」
 
 オルフはどっかりとその場に座り込んだ。
 額から汗がこぼれ落ちる。
 
 女もへたり込むように座り込む。
 一言も喋らなかったが、疲労はしているらしい。
 
「今時の貴族は山歩きもするのか?
 
 俺みたいに田舎育ちについてこれるんだから、感心したもんだぜ」
 
 オルフが褒めると、女は首をかしげ、やがて弱々しく微笑んだ。
 
「修道院生活が長かったからだわ。
 
 山中の修道院で労働して過ごせば、このぐらいはできるようになるはずよ」
 
 そんなもんか、とオルフが言うと、そんなものねと女が返す。
 
「…さっきはごめんなさい。
 助けてくれたのにお礼も言わないで。
 
 有難う。
 
 あと、マーサを弔ってくれたことも」
 
 女は深々と頭を下げた。
 
「ああ、いや、俺も強く言い過ぎたかもしれねぇ。
 傷も治してもらったしな。
 
 …あの婆さん、知り合いだよな?」
 
 女は頷く。
 
「私のお目付け役で、小さな頃からずっと一緒だったわ。
 
 修道院にも一緒に来てくれて、二人で司祭様の祝福を受けたの。
 私の、家族同然だった」
 
 女は少し寂しそうに、しかし毅然とした態度で話した。
 
「…もう少しでマーサの行為を無駄にしてしまうところだったわ。
 
 私があの兵士たちに乱暴されて売られたり殺されたりしたら、マーサの死を冒涜してしまうわよね。
 そうなっていたなら、確かに阿呆だわ…」
 
 無理に微笑んでいると分かる顔だった。
 
「俺は貴族って奴は、もっと我侭で身勝手な奴だと思ってたよ。
 あと、肝心なところで屁っぴり腰になって泣き出すような感じだな。
 
 …あんたは違った。
 度胸はたいしたもんだよ」
 
 オルフは女の気丈さに、心底感心していた。
 自分のような一介の兵士に対しても謙虚な態度で接する部分には、好感も覚えている。
 
「死んだ母の口癖だったの。
 
 人の上に立つ貴族は、人の何倍も責任が伴うのだと。
 
 我侭を言うだけなら、子供にもできるわ。
 自制と節度をもって人を導くのが、本当の貴族なんだって。
 
 それに、貴族は生まれが偉いのではなく、己の血を貶めない行為こそが尊ばれるのだと父が言っていた。
 
 でも、私は普通の人よ。
 貴方と同じ、赤い血が流れているもの」
 
 はにかんで微笑むと、女はオルフに向き直る。
 ごく普通の口調だが、仕草は洗練され優雅だった。
 
「まだ名乗っていなかったわね。
 
 私はエルネード。
 カーティン侯爵家の娘、エルネード・マリア。
 
 勇敢な貴方の行いに、感謝を…」
 
 あらためて名乗り、女は頭を下げる。
 
 この地方で、姓を持つ者はそれなりの家柄である。
 
 一介の農民出身であるオルフも、ラトリアの名家カーティンの名は知っていた。
 
 その先祖は、この地をかつて治めていた統一帝国グロザルムが十王国と呼ばれる国に分裂した時代までさかのぼり、同じ北方にあるシグヴォルフ王国やマルディアン帝国同様、統一帝国の皇族を先祖に持つラトリア王家の王族が臣籍降下してできた由緒正しい家だ。
 王家と公爵家に次ぐ名門である。
 王族の血も入っているため、歴史の長いラトリアでは、カーティン家の血を引く王が輩出されたこともある。
 
 現カーティン侯爵ワイルズは武勇でも知られる名君で、善政で領地を治め、ラトリアにあって一番優秀で聡明な貴族だと言われていた。
 他国にその名声が聞こえるほどである。
 
 カーティン家は、ラダニール地方の聖北教会にとって総本山である聖地エンセルデルに縁が深い、熱心な聖北教徒でもあった。
 
 エルネードのセカンドネーム〈マリア〉は洗礼名である。
 聖北教会を国教とするラトリアでは大抵、有名な聖人や聖女、天使や聖職者の名前を洗礼名としてもらう。
 きちんとした洗礼を受けた、教会信徒である証だった。 
 
「…俺はラインドの息子、オルフだ」
 
 オルフも名乗る。
 先に名乗る礼節を尽くした相手には、それに名乗って応えるのが誇り高い北方男の礼儀であった。
 
 女は小さく頷いた。
 
「オルフ…
 
 その訛りはバドリア公国の人でしょう?
 オルフって、獅子という意味だったかしら…強そうな名前だわ」
 
 北方の平民はよく、「~の子」という名乗り方をする。
 西方の文化が聖北教会の伝道とともに入ってきたラダニールでは、西方の公用語が平準になりつつあるが、名前に関しては昔ながらということも多い。
 
「…正しくは狼や獅子みたいな強い〈獣〉ってような意味だな。
 北方男はどこでもそうだが、バドリアじゃ、男は強くってのが普通だったからよ。
 
 でも、生まれは〈賎民農奴〉…下賎の出ってやつさ」
 
 オルフの故国である旧バドリア公国は、大公が治める厳しい身分制度のある国だった。
 彼は卑しいとされる最下級の貧農出身である。
 
(バドリアは滅んじまったし、故郷は焼かれてもうねぇが…
 
 あんな国、滅んでも悲しむのはきっと偉くて幸せだった奴らだけだ。
 生き残った俺は、〈獣〉よか、野良犬みたいなもんだな)
 
 祖国を滅ぼしたギマール共和国は嫌いだったが、かつてオルフが育った祖国も、決して良い国ではなかったと思う。
 搾取されることに慣れ、磨り減っていく生活をしていたオルフにとって、そんな感慨しか湧かないのだ。
 
「あんたの名前、エルネードか。
 
 長くて呼びにくいな」
 
 オルフの故郷では、長い名前は略される。
 いちいち憶え難い名前を呼んでいたのでは、仕事でのコミニュケーションで呼び合うとき不便なのだ。
 
「そうね。
 
 それにこの名前を名乗るのは、きっと危険でしょうし…
 エルナでいいわ。
 
 母はそう呼んでくれていたの」
 
 娘、エルナは風で乱れた美しいブロンドを手櫛ですくと、柔らかな微笑を浮かべた。 



 エルナ登場の再録です。
 せっかくなので、よりラダニールの状況を加えつつ。

 マルディアン帝国はゼセルダ湖を森沿いに南下して侵攻しました。

 ギマール共和国はダズウェル王国の北を通って大河の南で、エルナの父が率いるラトリア軍と対決。

 川向うに陣を張っていたヘタレの王太子は、大河の流れによって急襲をかけてきたギマール軍別動隊によって敗北しました。

 王太子は典型的な馬鹿皇子で、ラトリア王国の腐敗した貴族の旧泰然とした性格をそのまま引き継いでいました。
 エルナは侯爵家の一人娘だったため、本来は登園の伯爵家の息子を養子として婿入りさせる予定だったのですが、この王太子が横恋慕をして伯爵家を潰しています。
 今回の遠征は、名声のあるワイルズ侯爵(エルナの父親)が立てる武勲を横取りしてワイルズを貶め、エルナを奪うためでした。

 第三王女セリニアは、王の側室の娘で王位継承権は低いのですが、エルナとは親友同士で、機を見ることができるタイプ。
 聡明なワイルズは、王太子の夫人や王族たちの無謀を諫めるのですが、全く聞かず(というか国王たちは自分たちより人気があったワイルズに嫉妬していたので)、唯一セリニアだけが母の療養を名目に、ワイルズの領地近くの保養地に避難していました。

 エルナの父親ワイルズ侯爵は、シグルトと同タイプの聡明で誇り高い男です。
 銀髪のイケメン中年で、性格も高潔です。
 死んだ妻(エルナの母)を愛しており、再婚話をことごとく断ってきました。

 実はワイルズの初恋はシグルトの母親だったりするのですが、恋破れて、どことなく容貌が似たブロンド美人であるエルナの母(現国王の異母妹)を妻に迎えた経緯があります。
 似ているのは当然で、オルトリンデとエルナの母は同じ統一帝国皇族の血筋の一つ、統一帝皇后の遺伝が強く出ています。
 エルナは母親似、母よりもシグルトの母親オルトリンデに面影が似ています。
 しかも父親側の美形遺伝子も持っていて、すごい美女なんですね。

 統一帝国の血筋は外見的特徴が出ることがあり、統一帝の〈青黒の相〉、皇后の血筋である金髪碧眼な〈金青の相〉があります。マルディアンの皇族で最強の剣士"天剣の将"レグジードは、シグルトと同じ青黒い髪と瞳をしています。
 なんでこんなに容貌に出るかと言えば、貴族らしく近親婚を繰り返してきたからで、それは貴族の血が強いという証拠なんですね。
 統一帝国の血筋は美形揃いです。
 ただ、性格が破綻してるタイプも多いかも。

 エルナが修道院にいたのは花嫁修業中でした。
 貴族って基本は政略結婚です。

 エルナを一言でいうなら、「典型的な清楚なお姫様」です。
 古いタイプのステレオヒロイン的な性格を地で行ってます。

 すなわち、優しく聡明で清楚、高潔で芯が強くお人好しで上品。
 いわゆるツンデレの無い奴で、愛する男には支えるように尽くす大和撫子みたいな。

 性格的に一般的な男性の、ある意味理想像であり、容貌も優れていますから、当然もてます。
 というか、女性版シグルトみたいな。
 =苦労するってことですけどね。 


 ダッシュ版に当たり、ちょっぴり戦闘力が増しました。
 今回のエルナは器用度+勇猛性がギリギリ9なので、いくらか戦闘力も。
 
 最高の適性は無かったりするのですが、僧侶系のスキルは割とそつなく使いこなせます。

 旧版は【祈りのクロス】も持っていたのですが、芸がないので今回の初期装備はリューンの【癒身の法】のみ。


◆エルナ(エルネード・マリア・カーティン)
 
        標準型

秀麗     高貴の出   厚き信仰
誠実     無欲     献身的
秩序派    好奇心旺盛  穏健
勤勉     謙虚     上品
繊細     お人好し   愛に生きる

 
器用度:8 敏捷度:5 知力:8
筋力:3 生命力:3 精神力:11

平和性+3 社交性+3 勇猛性+1 慎重性+2 正直性+2

・初期装備
 スキル【癒身の法】-600SP


〈著作情報〉2018年07月22日現在

 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2018年2月1日リリースされたCardWirthPy 2.3 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】、【CWPyDS:リプレイ2】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。
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