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PC6:ニルダ

2018.07.25(00:55) 468

「また勝手なことを…」
 
 ハーフエルフの男、コールの同行という話を聞いて、バッツは渋い顔をさらに引きつらせた。
 
「そう言うな。
 
 船捜しも考えなきゃいけないって話だったし、条件は悪いものじゃない。
 それに、この人は恩人でもあるしな」
 
 オルフがなだめるように言うと、バッツは肩を落とした。
 
「こういうのは今に始まったことじゃないが…
 
 せめて相談してからにしてくれ。
 俺のほうにも都合があるからな」
 
 そしてハーフエルフの男に向き直る。
 
「すみませんね、コ-ルディンさん
 
 貴方の申し出に不満があるからじゃないんですよ。
 ただ、一緒に行動するならそれなりに他の仲間を重んじろってだけでして」
 
 言いつくろうようにバッツが言うと、ハーフエルフは唇の端を軽く吊り上げて、首を横に振った。
 
「私のことはコールで結構。
 
 貴方の言い分も確かに一理あります。
 しかし、状況からすれば、素直に喜んでいただけてもよかったと思いますよ。
 
 都合を考える立場であれば、それぐらいの機微を見せるべきでしょう。
 あなたの言葉に即すれば私もこれから同行する仲間ということになりますから、心得てもらえると幸いです」
 
 ハーフエルフ、コールの言葉に、バッツは一瞬怒りで表情を引きつらせた。
 
 鼻で笑う仕草…明らかにオルフやエルナに対する態度と違う。
 
(…この野郎、俺が盗賊だからなめてるな。
 
 性格悪そうなやつだ)
 
 何とかこらえて愛想笑いを浮かべるバッツ。
 
(…ふん。
 
 随分と軽薄そうな男ですね。
 こんな人と同行は御免ですが、父を納得させる手前。
 我慢するとしましょうか)
 
 二人は顔でこそ笑っていたが、眼光はぶつかり合っていた。

 世の中には、邂逅した瞬間から相性の悪い相手がいるものである。
 
 ぴりぴりした雰囲気に耐えられなくなったフィリは、早々に挨拶を済ませて部屋から退散してしまった。
 エルナはぼんやりと窓の外を眺めていて、場の雰囲気に気がついていない。
 
 所在無げにオルフは、大きな肩を揺らして眉間にしわを寄せた。
 
 
 フィリは今日泊まる宿近くの街道を、のんきに歩いていた。
 要領がよいのがこの娘の特技である。
 
(はぁ~。
 
 あの二人、絶対仲悪くなるよ。
 神経質そうなところとか、自分勝手そうなところとか、そっくりだよね。
 
 近親憎悪ってやつになりそう)
 
 首の後ろで腕を組み、足をぶらぶらさせながら歩く。
 
(それに、二人ともエルナさんに気があるの、見え見えだよね。
 
 そのエルナさんは、戻ってきてからなんだか上の空だし、どうしたのかな?
 …って、決まってるよね、これは。
 
 きっと助けてくれたっていう、噂の美形さんにほの字なんだ~
 
 くふふ、二人の男の心を掴みながら、その女の心は別の運命の男に一心に注がれていた…
 ロマンスだね~)
 
 自分がその場にいなかったことを残念に思いつつ、フィリは随分勝手なことを妄想して、楽しそうにほくそ笑んだ。
 
 
 エルナはその男のことを考えていた。
 フィリの言うような、恋心に悶える乙女としてではない。
 
(なんて寂しい目をした人。
 あの傷も、きっとあの人が持つ悲しい過去の一つ、なのだわ。
 
 どこか、お父様に似た人だった。
 
 あんなに調子が悪そうだったのに…一人で大丈夫かしら)
 
 エルナはこういう娘だった。
 昔から弱い者や傷ついた者を放っておけない。
 
 逃げる状況でも、本来は殺すべき追っ手を、オルフにしがみついて殺さないように頼んだ。
 
 その優しさが仇にならなければいいと、父も侍女のマーサも心配していたものだ。
 
 シグルトという青年の腕の傷痕を見たとき、あの青年がいかに壮絶な人生を歩んできたか少しだけ窺い知れた。
 きっと他にも、あのような傷を数多く負っているのだろう。

(あの髪と瞳…どう見ても【青黒の相】よね?
 統一帝様と全く同じ相をした方なんて、初めて見たわ。
 ラトリアなら貴族がこぞって養子縁組を持ちかけたでしょう。

 マルディアン帝国の“天剣の将”レグジードに発現したとは聞いているけれど)

 ラトリア王国やマルディアン帝国の全身、統一帝国を建国した建国帝は、青黒い髪と瞳の美しい男だったと伝えられている。
 その【青黒の相】は帝王の相とされ、ラダニール地方の貴族にはとりわけ珍重されるのだ。

(シグルト…名前の語尾にシグヴォルフ訛りがあったから、あの国の王族の方かしら?
 貴族年鑑の上位貴族には載っていなかった名前。
 
 ふふ、おかしなものね。
 今更貴族のことなんて。

 ラトリア王国はきっともう、元には戻れない。
 …お父様の〈思惑通り〉に。

 仮に勢力を盛り返して王都を奪還しても、正当な王家の血筋がセリニア様ただ御一人では。
 王族と貴族が、あまりに死に過ぎてしまったわ)

 冷静になって思い出す事実。

 エルナが南方に逃れようと考えた理由は、オルフに言った通り「父や教会に迷惑をかけたくない」ということが一番である。
 だが、それはすべてではない。
 
 聡明なエルナは。ラトリア王国の滅亡をずっと以前から予感していた。

 彼女にはかつて、親戚筋の婚約者がいた。
 侯爵家の嫡流で一人娘だったエルナは、ラトリア王国の〈貴族は男子相続〉という決まりによって、婿養子を迎えることが決まっていた。

 紹介された婚約者は線の細い少年で、母の従妹となる伯爵夫人の息子。
 生粋の貴族として育ったエルナにとって、政略結婚は貴顕の義務であったし、紹介された同い年の再従弟(はとこ)とは幼馴染として愛称を呼び合って育ち、決して結婚することが嫌ではなかった。

 ことが暗転したのは、エルナが十二歳の時。
 立太子した第一次王子が、美しく成長し社交界デビューしたエルナに懸想し、王太子妃に指名したのだ。

 父ワイルズ侯爵は、これを「一粒種で家督存続のため、嫁に出すのは不可能」と却下したのだが、王太子は諦めず、婚約が纏まらない鬱憤をエルナの婚約者へと向けた。
 婚約者の実家に無実の罪を着せて断絶に追い込み、婚約者の両親は処刑され、当人も行方不明となる。

 王太子は「婚約者がいないのであれば、自分との子供か王族から侯爵家の跡継ぎを出せばよい」と強硬な姿勢でエルナとの縁談をごり押しし、婚約者の実家や関係者を貶した。
 仲が良く姉妹同然の付き合いであった従妹を処刑され、実家の親戚筋を謂れの無い暴言で貶められた侯爵夫人…エルナの母は心労で倒れ、間も無く亡くなってしまった。

 妻を深く愛していたワイルズ侯爵は激怒し、エルナを修道院に逃すと「我が妻の親戚、娘の婚約者の家に瑕があったとおっしゃるならば、王太子に我が娘は〈不相応〉と存じます」とつっぱねた。
 この不相応とは〈侯爵令嬢に対し王太子の方が不相応〉という意味だと、宮廷ではもっぱらの噂となり、侯爵もあえて否定しなかった。

 当然身勝手な性格の王太子は怒り狂った。
 しかし、王国南部最大の貴族であるワイルズ侯爵は、国王に自領の独立をほのめかせて王太子の我儘を黙殺し、さらには「自分を陛下の貴下に置かんとするのならば、現王太子の王位継承はありえませぬ」とまで告げて、普段からはっきりとした反意を示すようになっていた。

 王名でワイルズ侯爵を謀反人にできれば話が早いのだが、ラトリア王国の軍部と食料の流通は侯爵が大半を掌握しており、現国王は圧政が目立つ暗君として人気も無かったため、国王派の王侯貴族たちは侯爵に連動して南部の貴族たちが一斉に反乱することを恐れ、王太子の望みは引き下げるしかなかったのである。

 国王と王太子はほぞを噛み渋々と引き下がったが、この時の屈辱をずっと恨んでおり、事あるごとにワイルズ侯爵に嫌がらせを行うようになっていた。

 この時すでに王家を見限っていたワイルズ侯爵は、自領の侯国化とラトリアからの独立・離反を半ば決意しており、きっかけがあれば決行すると、娘のエルナだけには告げていたのである。

 その実、王国一の知将とも謳われるワイルズ侯爵は、ギマール共和国侵攻の際に王太子の軍勢が自分の手柄をかすめ取って使い捨てにするため、侯爵軍の後ろに布陣していたことまで分かっていた。
 王太子をたきつけて王都に残っていた国王や王家の人間、貴族たちも、謀略を仕掛けてきた敵として見捨てる算段であった。
 そして、敵国にワスロー中将という水軍の名将がいて、ギーガー河を使った作戦を必ず使うと確信していて、わざと中将を王太子軍にぶつけるように、巧妙に深く南下して戦ったのである。

 侯爵は元々マルディアン帝国の南征も予見しており、王太子軍が配置していた場所は「危険地帯であり近づいてはならない」と警告していた。そう言えば王太子が反発すると見越して、である。
 侯爵の言葉を無視した王太子が勝手に破れたことは、自軍において敵軍の名将と戦い退けることに成功した侯爵の失態とはならなかった。

 その上で、苦渋の選択という形で兵の撤退を迅速に行い、戦争に駆り出されて不満を募らせていた南部貴族たちに王女と南部を守るという大義名分を掲げて行動したワイルズ侯爵は、見事に人心を掌握したのである。

 ギマール軍勝利後の鮮やかな南部への撤退、マルディアン帝国の王都侵攻後には迅速な臨時政府の樹立、同盟国としてエルトリア王国との交渉。
 事前に備え、計画していたからこそできたことだ。

 ワイルズ侯爵の最初の誤算は、王太子が予想外の愚行を犯し、愛する妻と親しい親族を失う羽目になったこと。
 侯爵は王族の暴虐を看過していたことを深く悔やみ、妻の墓前に復讐を誓っていた。

 その次の誤算は、あまりに早く別勢力となるマルディアン帝国が王都を陥落させてしまったこと。
 帝国がラダニール随一と呼ばれる傭兵の〈雪狼団〉を雇い、一気に南征してくることまでは読めなかった。
 王太子の戦士や捕虜化によって、ある程度混乱が生じてから攻めてくるだろうと考えていたのだ。

 最後の誤算が、進撃が早かったマルディアンの兵士の中に、戦時条約を無視して鬼畜な働きをする工作兵がいて、各地の修道院や村落が襲われてしまったこと。これは聖北教会を信仰する国家としてありえない蛮行だ。
 さらに、〈ギマール兵に偽装する〉という工作が、現場の正規兵たちが正義感からそれらの工作兵を討伐しようとしたことから露見してしまい、兵士同士に深刻な摩擦が生じてしまった。
 他の部隊の華々しい活躍に嫉妬し、功を焦る工作部隊指揮官の独断であり、大義名分を掲げて侵攻を開始したマルディアン帝国総司令部としては最悪の事態である。
 この事件が原因で、侯爵の手勢が保護するよりも早くエルナのいる修道院が襲われ、彼女はと他国に逃亡して現地では〈行方不明(死亡か誘拐)〉扱いとなっており、ワイルズ侯爵はマルディアン帝国の行いを非難して徹底抗戦を宣言する。

 〈雪狼団〉から事の次第を聞いた帝国軍総司令は、即座にそれらの工作兵たちと命令を下した司令官たちを裁判無しの極刑に処した。帝国側としても、エルナを人質にワイルズ侯爵と交渉する方が戦後処理に面倒がなかったはずなのだ。
 これに対して、工作の内容を暴露され、部下を殺された帝国軍工作部隊を率いる大貴族が、総司令官に対して抗議し、軍部が割れてしまった。

 まさに泥沼である。

 自分が原因で戦争の火種が大きくなってしまった。
 今父の元に戻れば、非難されていたマルディアン帝国側から「ワイルズ侯爵は娘を隠し、帝国を非難していた」と言われかねない。
 何しろ帝国は、言いがかり同然の宣戦布告で攻めてきたのだ。

 それに父の元にいれば、エルナは新しくできる侯国の跡継ぎとして、南部の有力貴族で父と一緒に逃れた者の誰かに嫁ぐこととなる。
 そうなった時、現在の旗印として保護された旧ラトリア王族のセリニア王女は、新興国の邪魔になるのだ。

 王女は、暴虐で愚か者が多いラトリア王族の中では優しい性格で、エルナとも仲が良かった。
 彼女をこれ以上過酷な運命に突き落としたくはない。

(優しかったお父様は、お母様の死で変わってしまった)

 オルフに救われた時、エルナは父の暴走を止められなかった自身は地獄に落ちるものと覚悟していた。
 共にあったマーサが死んだのも、自分が至らなかった故だ。

 あの時はせめて、貴族としての誇りに殉じようと思っていた。

 でもオルフに助けられた時、エルナは「殺された命」を背負ってしまう。

(私を救うために殺された人間がいる。
 マーサも、私を襲おうとした兵士たちも。

 なら、生き足掻かなければ、彼らの命は無駄になってしまう。
 
 私には、自ら命を絶つことも、運命に身を任せて諦めることも…もう許されない)

 故に誓う。
 それが自己満足であろうとも…
 自分が横死するまで、癒せる傷を癒し、救える命を救いたいと。
 
 エルナは、心の底からそれを願っていた。
 
 
 その頃、シグルトはイルファタルを後にしようとしていた。

 身体は痺れと苦痛で悲鳴を上げているが、彼は常人が狂気に陥るほどの苦痛を、ただ顔をしかめるだけで耐えていた。
 
 不意に彼の前を一陣の風が駆け抜ける。
 軽く目を閉じ、そして開くと、黒い外套を纏った老婆が立っていた。
 
「…ほほ、これなるは刃金の如き英雄か。
 
 絶望に心を犯されながら、愛する女への未練を捨てきれず、どこを彷徨う?」
 
 謎かけのような言葉に、シグルトは苦笑した。
 
「では、人ならぬ御老体は、俺のような女々しい男に何の用だ?
 
 からかうには、俺はあまりに落ちぶれている。
 その価値すら無いだろう」
 
 シグルトが驚きもせずに淡々と述べれば、老婆は肩を震わせて低く笑った。
 
「さすがはオルテンシア…青黒き姫が末裔よ。
 
 その本質はすでにわしを見抜いておったか。
 精霊や女神どもが惚れ込むのも、よくわかる。
 
 儂の選んだ精霊の担い手と交差する、運命の男よなぁ」
 
 突風が吹き荒れるが、シグルトは動ぜずに、砂埃が目に入らないよう外套で風を遮った。
 
 いつの間にか老婆は消えていた。
 ただ、きらきらと銀色に輝く大きな羽根が一枚、ふわりと落ちてくる。
 
「行くがよい、南の地へ。
 碧い海、清水の姫君が眠る地で、お前は我が風とまみえるだろう。
 
 その身に尽くす心があるのならば、お前は死すら乗り越え、神霊の領域に足を踏み入れる。
 
 風は誘い、お前が纏う道標となる。
 この地で邂逅した獅子は、お前のかけがいの無い未来の友。
 
 お前が持つ宿命は、英雄の道と慟哭の離別。
 そしてお前が至るのは、その二つ名が持つべき刃の名を冠する絶技。
 
 麗しき刃金よ。
 風のように歩む者となれ。
 
 旅と仲間がお前を立ち向かう運命へと導くだろう」
 
 甲高い鳥の鳴き声。
 稲光が一閃すると、静寂が訪れた。
 
「ほほほ。
 
 風の后(きさき)様に導かれるとは、幸運な若者じゃて」
 
 新しい声にシグルトが振り向くと、小柄な老人が先ほどの銀の羽根を拾い、目を細めていた。
 派手な刺繍の服、身体のあちこちに飾り帯を巻いている。
 羽根を持つ手の甲には銀色の刺青。
 
「…今日はよく話しかけられるな。
 
 俺に何か用でもあるのか?」
 
 シグルトが尋ねると、老婆はあいまいに笑った。
 
「何、お主との再会はいずれ訪れる。
 
 お主が風ならば、わしは嵐を砕く獅子の同胞(はらから)。
 いずれまた、南の地で見(まみ)えよう。
 
 此度はその前触れよ」
 
 老婆は謎めいた微笑を浮かべたまま、手をかざして聞いたことも無い言葉を唱える。
 その手が輝き、冷たい空気があたりに満ちる。
 
 空気を白く染め、日の光に反射して、小さな妖精がふわりと現れると、妖精がシグルトに手をかざした。
 粉雪が舞い、柔らかな光がシグルトに降りかかった。
 一瞬シグルトは、心も身体も凍りついたように動かなくなる。
 
 嫌な感触は無かった。
 身体の中の不快な何かが、すっと消えていくような心地。
 
「…お主の苦痛と身体の毒を凍結したのじゃ。
 
 この先少しは楽な旅になるじゃろうて。
 礼は、すでにわしの未来の同胞を救ってもらったでな。
 
 また会おうぞ、刃金の勇者殿」
 
 嘘のように消えた身体の不調。
 シグルトが声をかける前に、その不思議な老人は踵を返して去って行った。
 
「…今日は不思議な婆さんによく会うな」
 
 シグルトは苦笑すると、今度こそイルファタルを後にした。
 
 
「うはぁ、まず。
 
 道に迷ったかなぁ…」
 
 フィリは困り果てた顔で狭い道を歩いていた。
 エルナと噂の美形のことを考えながら、適当に歩いていたせいか、ごちゃごちゃしたイルファタルの路地に迷い込んでしまったのだ。
 
(…うう、帰りが遅くなるとまたバッツに嫌味言われるし。
 
 どこか大きな建物を探さなきゃ)
 
 本来、方向感覚はよいフィリである。
 高い場所から地形を把握すれば何とかなるだろう。

 イルファタルは森とは違って、実に地形や建物が混沌としている。
 裏通りの小道は、まるで立体的な迷路のようだ。
 
 心境は半泣きで、フィリが周囲をきょろきょろと見回していると…
 
「お嬢ちゃん。
 
 道に迷ったんだね?」
 
 そこにはいつの間にか、上品そうな顔立ちの老婆が立っていた。
 突然の接触に、思わずびくりとなる。
 
「あはは、おばあちゃん、誰?」
 
 引きつった笑みで、フィリは恐る恐る聞き返す。
 
「わしか?
 
 わしはただの婆ぁじゃ。 
 この街でつまらぬ術を使い、少しばかり人助けをして日銭を稼いでおる。
 
 まあ、人は【精霊術師】なんぞと呼ぶがの」
 
 フィリはさらに顔を引きつらせる。
 
 この街に最初に来たとき、似たような変な老人がバッツの服装にいちゃもんをつけ、二人して沢山の取り巻きに囲まれてわけの分からない言葉で説教されたのだ。
 この手の人物とは関わらないに限る、とフィリは逃げる算段を考え始めた。
 
「ほほ。
 
 前にここに滞在しとったころ、岩の爺さんに因縁をかけられた二人組みの片割れじゃろう?
 
 わしはあのボケ老人とは違うから、安心するがよい。
 無意義な説教なぞ、わしも苦手じゃよ」
 
 優しい笑みを浮かべて、老婆はフィリの思考を止めた。
 
 フィリは、なぜ自分が考えていたことが分かったのが、青い顔で老婆を見る。
 
「怖がらんでよい。
 
 長年、人の相談を受けておったから、普通の若造より多少物事の察しがつくだけよ。
 お嬢ちゃんたちのことも、あれだけ長い時間往来で騒いでおれば、見かけることもあるじゃろう?
 
 ただ、それだけのことじゃて…」
 
 ゆっくり頷きながら、諭すように老婆は言葉を紡ぐ。
 その柔らかな声は、聞いていると安心させられる何かがあった。
 
「だいたいの見当はついておるじゃろうが、お前さんのように道に聡い者でも、このイルファタルの裏道は歩きづらいはずじゃ。
 
 迷いを司る森の王に仕える連中もここに住んでおって、この近くで祈りを捧げておる。
 その霊験は、慣れぬ者の方向感覚を乱すのじゃよ。
 
 婆が案内してやるほどに、よければついておいで」
 
 フィリは直感でこの老婆を信じることにした。
 不思議な雰囲気を持っているが、悪意は感じない。
 
 老婆は、おそらくその昔はたいそう美しい女性だったのだろう。
 皺のある表情すら、まったく醜いと感じさせない
 腰や背筋もすっと真っ直ぐで整っている。
 
 老婆がゆっくり歩く後をつけていくと、すれ違う人の何人かがありがたそうに頭を下げて礼をする。
 それに老婆は軽く手をかざして応えていた。
 
「おばあちゃん、人気者なんだね」
 
 フィリが何気なく言うと、老婆はおかしそうに肩を揺らした。
 
「なぁに。
 
 連中はわしに敬意を示しておるのではない。
 ただ、わしの使う術がありがたいだけじゃよ。
 
 …頼るだけの連中も問題じゃて。
 わしら術師の中にも、自身が特別じゃと勘違いした馬鹿がおる。
 
 世はなるように、神も精霊も泰然と有り、すべてはただの事柄に過ぎぬというのに。
 迫害を忘れた者も、利益に目が眩む者も、何れは苦難に自ら挑まねばならぬのが世の常。
 
 わしの人気など、人の欲の上に生まれた偽りのそれがほとんどじゃなぁ…」
 
 歩きながら、老婆はどこか遠くを見つめるように言葉を紡いだ。
 
 
 老婆の案内でフィリが無事宿に着くと、二階から言い争う声がする。
 
「うわ…案の定、喧嘩してる」
 
 少し品の悪い口調と、甲高いヒステリックな声は、バッツとコールのものだ。
 
 それを止めようと、オルフがなだめる声もする。
 
「…おばあちゃん、案内ありがとね。
 
 少ないけど」
 
 銀貨を数枚差し出すと、老婆はいらないと首を振った。
 
「わしにもちょいと用がある。
 
 お嬢ちゃんのは、そのおまけにしといてあげるよ」
 
 にんまり笑うと、老婆はさっさと二階に上がって行く。
 フィリは、状況が理解できずに首をかしげて硬直した。
 
 
「…黙って聞いてりゃ、恩着せがましい野郎だなっ!
 
 俺はもともとあんたになんか頼んでない。
 それを、さっきからねちねちと嫌味ばっか言いやがって…
 
 だいたい、あんたの船じゃなくてあんたの親父の船だろうが。
 
 俺はお前の手下でも召使いでもないんだぞっ!!」
 
 怒りをあらわにするバッツにも言い分がある。
 
 先ほどからコールは、バッツが暴れ馬の騒動のときに現場にいなかったことをなじり、終いにはバッツの盗賊としての勘がないと侮辱したのだ。
 加えてコールは、態度が悪いだの、下品だのと難癖をつけて、バッツを見下げたように扱った。
 
 つい先ほど、皮肉げな嘲笑をあびて、我慢していたバッツはついに激昂して怒鳴り返したのだ。
 
「ふん、貴方を乗せるなど、私のほうも御免こうむりたいですね。
 
 下賎な盗賊まがいの輩は、何をするか分かりません。
 船の乗員名簿からは外しておきますから、お一人でリューンまで歩いて行ってください。
 
 荷物の心配をしなくて済む分、水夫たちも安心して仕事ができるでしょう」
 
 困り顔のオルフが二人をなだめるが、火に油を注ぐようなものだった。
 あげくはどっちの味方をするか問われ、閉口してこめかみをもんでいる。
 
 エルナは先ほど気分が優れないと言って休んでしまった。
 
 二人の抑止力がなくなって、その後は嫌味の言い合いになり、口論にまでなってしまったのである。
 
「…まったく、子供みたいに騒いでいるねぇ。
 
 しかも、お仲間を困らすなんて悪い子のすることじゃよ」
 
 突然乱入してきた声に、三人は部屋の入り口に目をやった。
 
 不思議な格好をした老婆が立っている。
 
「…何だ、婆さん?
 
 俺たちの話に首を突っ込むんじゃないっ!」
 
 バッツがそういうと、「無関係じゃないんだよ」、と老婆はコールの方を向いた。
 コールは硬直して青ざめている。
 
「…コール坊や。
 
 わしはいつも口をすっぱくして言ってきたね?
 大方、お前さんがその盗賊の坊やをけなしてことが起こったんじゃろう。
 
 そういう偏見はやめないと、学の妨げになると教えたはずだよ。
 自由なる賢者を目指す男が、情けないことだねぇ。
 
 バラルズの旦那がお前さんを心配するのは、その危なっかしい性格と身勝手な態度だと、そろそろ気づくべきじゃないのかい?」
 
 老婆の言葉に、コールはすっかり項垂れている。
 
「…話の腰を折ってすまないね。
 
 この坊やの母親とは旧知の仲なのさ。
 そのおしめを交換したこともある関係なのさね。
 
 この子に文字を教えたのもこのわしでねぇ。
 
 でも、言い返していた盗賊の坊やにも、非はあると思うよ。
 本当の大人は、この程度のことには動じないものさね。
 …そこの大きなのが困ってるじゃないか。
 
 馬鹿にされないだけの自制心も必要だよ」
 
 正論を言われて、バッツも黙ってしまった。
 この老婆には、逆らえない不思議な雰囲気がある。
 
「…さて。
 
 コール坊やがお目付け役としてあんたたちを見つけたってのは、察しがついてるよ。
 それにお前さんがたが船に便乗するのも、いいことじゃろう。
 
 実は、バラルズの旦那が納得するために、わしが一肌脱ぐことになっての。
 コール坊やのお目付け役として、わしもリューンまで同行することに決まったんじゃ。
 
 おまけでさっき、お前さんたちの仲間のお嬢ちゃんを拾ってきたけどね。
 
 コール坊やにはこれ以上馬鹿にさせないから、盗賊の坊やは安心して船にお乗り。
 まあ、乗らなくてもいいけど、あと二週間は他の船は出ないよ。
 情報じゃ、一緒のお嬢さんを追ってるらしい、傭兵風の三人組がいるらしいから、ゆっくりしない方が賢明じゃないかね」

 もたらされた情報に、オルフとバッツがはっとした表情になる。
 
「コール坊やは、断れないことは分かっているね?

 お前の親父さんに泣きつかれたのを、わしが説得したんじゃ。
 断るならリューン行きは無いよ」
 
 あれだけ騒がしかった二人をぴたりと黙らせて、老婆はオルフの方を向いた。
 
「そういうわけで、よろしくの、大きいの。
 
 もう一人のお嬢さんには後で自己紹介するとしよう」
 
 すっかり老婆のペースとなったが、かろうじてオルフは尋ねた。
 
「…婆さん、いったい何者だ?」
 
 老婆はにんまりと笑って、その部屋の窓を開ける。
 冷たい冬の風が入り込んできて、部屋にいた一同、目が冴える気持ちになった。
 
「わしはニルダ。
 
 このイルファタルの精霊術師で、雪の精霊術を使う者じゃよ。
 足手まといにはならんから、安心おし」
 
 悪戯っぽい表情を浮かべ、その老婆は楽しそうに肩を震わせた。



 とりあえずリプレイ2再録、PC紹介編6人分終了です。

 エルナに関して重い話が出てきたり。
 シグルトが登場したり。
 あの方が登場したり。

 まぁ今後の伏線ってことで。

 ちなみにシグルトは、陸路で運よく馬車に乗せてもらい、結構早くリューンに着きます。

 で、今回のメイン人物は、不思議婆さんことニルダ。
 この婆さん、ある目的に失敗してイルファタルに流れ着き、コールのお目付け役みたいな立場になりました。

 山ほど隠し事があるのですが、正体は…秘密です。
 いずれ話が進めば判明していくでしょうけれど。

 予言者のようなところがありますが、これは彼女が占い師みたいなこともできるからです。
 事前情報を習得し、精霊の囁きや星の運行、日付、鑑定対象の霊気などで、まるで未来予知のように先のことを予測することができます。

 実はY2つ、少しなら星の運行や生まれなんかで性格や持病の傾向、運勢なんかを鑑定する現代呪術的な知識を持っています。
 まぁ、当たるも八卦、当たらぬも八卦、信じない人や非科学的なこととはなから受け入れない人には、あまり意味のないことですがね。
 案外占いっぽく見える占星や運勢鑑定は、統計学やそれなりのロジックを内包していて、実は霊感とかあまり関係ないです。その手に詳しい人は知ってることでしょうけど。
 一番大切なことは、「運命は振り回されるのではなく振り回す。運勢を見る術は、それを応用してよい運勢を導くためにあるのであって、怯え絶望させるために使ってはならない。それらの知識を使って不安をあおってくる者は邪悪であり偽者である」ということでしょうか。

 ぶっちゃけ、幽霊なんかより生きてる人間の方がよっぽど怖いですよ。
 
 とまれ、ニルダはパーティのストッパー的存在です。
 特にコールは頭が上がりません。
 人生経験と知識が豊富で、精霊術師としても優秀です。

 老人ながら秀麗持ちで、昔は相当な美人だったと予測されます。

 ニルダは手に銀色の刺青をしていますが、これは精霊術師の刻印です。
 初期装備は拙作『風鎧う刃金の技』の【落雹の撒手】と【氷結の癒手】。

 【氷結の癒手】はものすごく癖が強いのですが、面白い回復スキルです。


◇ニルダ

 女性 老人 知将型

秀麗     高貴の出   田舎育ち
誠実     冷静沈着   献身的
穏健     陽気     謙虚
上品     繊細     愛に生きる

器用度:7 敏捷度:3 知 力:10
筋 力:2 生命力:4 精神力:11

平和性+3 社交性+3 慎重性+4 正直性+1
 
 
器用度:6 敏捷度:3 知力:9
筋力:3 生命力:3 精神力:11
 
社交性+1 慎重性+2

・初期装備
【落雹の撒手】-600SP
【氷結の癒手】-1000SP


 拙作『棒杖のお店』がギルド公開されました。
 そっちも宜しくお願い致します。

 準備も整ったので、またリプレイ1の方に戻りますね。


〈著作情報〉2018年07月25月日現在

 カードワースはgroupAskに著作権があり、カードワースの管理、バージョンアップ、オフィシャルな情報等はgroupAsk official fansiteにて、カードワース愛護協会の皆さんがなさっています。

 このリプレイは各シナリオをプレイした上で、その結果を小説風リプレイとしてY2つが書いたものです。
 書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。

 リプレイ環境であるCardWirthPy Rebootは2018年2月1日リリースされたCardWirthPy 2.3 - CWXEditor同梱版に拙作のカードワースダッシュStandard Editionを使ったスキンを作成してプレイしているものです。
 CardWirthPy Rebootは同名の開発サイト
 ( https://bitbucket.org/k4nagatsuki/cardwirthpy-reboot/wiki/Home )で配布されています。
 カードワースダッシュStandard Editionはこのブログのリンクから行ける、Y字の交差路別院にて配布しています。
 エンジンと付属物の著作権・開発状況・その他の情報は各配布元を御参照ください。

 【CW:リプレイ】、【CW:リプレイ、R】、【CW:リプレイ2】、【CWPyDS:リプレイ】、【CWPyDS:リプレイ2】等で書かれた記事、書かれる記事は、特定のシナリオの名前が出たときは、そのシナリオの著作権はすべてそのシナリオの作者さんにあります。
 また私がお預かりしているMartさんの“風を駆る者たち”リプレイの記事を参考にした内容は、それぞれのシナリオそのものの著作権はそれそれの作者さんにあり、参照記事はMartさんに著作権があります。
 御了承下さい。
 また、リプレイ中に使われる内容には、各シナリオで手に入れたスキルやアイテム、各シナリオに関連した情報等が扱われることがあります。
 それらの著作権は、それぞれのシナリオの作者さんにあります。
 またカード絵等の素材に関しては、シナリオ付属の著作情報等を参考にして下さい。

 『風鎧う刃金の技』はY2つのシナリオです。
 このシナリオの著作権はY2つにあります。
  このリプレイの時のバージョンはVer0.66´です。
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Y字の交差路


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