Y字の交差路

 ここはY2つめがノリで作ったブログです。  カードワースを中心に、私が思ったことや考えたことを徒然なるままに書きたいと思います。

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CWPC6:レナータ

 “風を纏う者”と“風を駆る者たち”の別れは、アレトゥーザから少し離れた街道の分かれ道で訪れた。
 
 南下してフォルトゥーナに行くという“風を駆る者たち”に、シグルトはこれが長い別れになるだろうことを予感していた。
 
「ニコロ、君たちには世話になったな。
 
 また逢おう。
 …約束だ」
 
 そっと差し出されたシグルトの手を、ニコロがしっかり掴む。
 
「さよならは言いません。
 
 また何れ逢いましょうっ!」
 
 そう言うとニコロは一度目を閉じ、そしてシグルトの青黒い目をしっかり見つめた。
 
「…レナータさんをよろしくお願いします」
 
 ニコロにとって、レナータは憧れに近い感情を抱いていた女性である。
 彼女との別れもつらいが、違う道を歩むことを、ニコロは心に決めていた。
 
 レナータはシグルトたちとリューンに向かうことになっている。
 そして、シグルトたちはレナータを6人目のメンバーとして誘ったのである。
 
 レナータはリューンに向かうまで答えを考えてみるらしいが、ニコロにはレナータがシグルトたちの誘いを受けるだろう、となんとなく分かってしまった。
 
 シグルトたちの仲間は魅力的で、そのスタイルは家族のようである。
 レナータが家族というものに憧憬を抱いていることを、ニコロは精霊術を習う最中、聞き及んでいたからだ。
 
(シグルトさんなら大丈夫だ…)
 
 見つめる先でニコロにしっかり頷き返す男は、死の淵から蘇ってレナータを救おうとしたのだ。
 その仲間や親しいものへの責任感は、ニコロがシグルトに抱く好感の最もたる要因である。
 
 別れを惜しむ2人の横で、それぞれのメンバーたちも別れを惜しむ。
 
「ユーグ、たぶん長い別れになるわね。
 
 ま、戻ったらリューンのうちの宿に顔出しなさいよね。
 面白い話をしたら、高級酒の一本ぐらい奢ってあげるから」
 
 レベッカの言葉に、ユーグがにやりと笑う。
 
「お前みたいな怠け者は鈍りやすいんだぜ。
 
 贅肉がつかないように食いすぎには気をつけろよ」
 
 しかしレベッカはこの挑発に乗らず、軽く肩をすくめ、ガリーナに目線を向けた。
 
「…コイツの面倒見るのは大変そうだけど、ガリーナさんも頑張ってね」
 
 そういったレベッカに、ガリーナが頷く。
 
「まったくよ。
 
 もう少しいろんなことで洗練した奴になるよう、教育しておくわ」
 
 レベッカと同じように肩をすくめるガリーナに、ユーグが、そりゃひでぇ、と情けない顔をする。
 
「帰ってきたら、またお話しようよ。
 
 それまでに僕も、もっと勉強しておくから」
 
 ロマンがその横で言うと、ガリーナは黙って少年の手を取って握手し、頷いた。
 
「…私は東にある聖地に行ってみようかと思います。
 
 スピッキオ殿、お名残惜しいですが…」
 
 レイモンが頭を下げると、スピッキオは黙って首にかけていた小さな銀のクロスを外し、手渡した。
 そのクロスにはトルコ石の飾りがある美しいものだった。
 
「このクロスは…?」
 
 スピッキオは聖地なある方角を遠い目で見つめると、ふっと微笑む。
 
「かつてわしも彼の地に巡礼し、そして帰って来たのじゃ。

 それは私が司祭となって旅立つとき、形見として友がくれたもの。
 ともに信仰の道を求める者として、レイモン殿に差し上げよう。
 
 わしはこの聖印に誓ったことを既に果たしたのでな。
 
 貴殿の求める道が得られるよう、祈っておりますぞ…」
 
 トルコ石。
 渡した相手に幸運を贈るとも信じられている宝石である。
 
 レイモンは頷いてそれを首にかけた。
 オーベがそれを頷きながら見つめている。
 
 そして手を取り合って別れを惜しむラムーナとエイリィ。
 
「エイリィちゃん、私たち離れてもお友達だよ」
 
 ラムーナの言葉に頷くエイリィ。
 
 分かれて先に旅立つ“風を駆る者たち”。
 名残惜しそうにレナータが、彼らの姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
 
 2つの大きな風はこうして別れを惜しみ、違う道へと吹いて行くのだった。 
 
 
 別れの後、“風を纏う者”とレナータはフォーチュン=ベルを経由してリューンにたどり着いた。
 
 宿の親父は、一行の帰還を喜んだ。
 
 レナータは、シグルトたちの誘いを受けて、冒険者をすることになった。
 今の彼女は手持ちの財産がほとんどない。
 それに、冒険者ならばまたアレトゥーザを訪れることも出来る。
 彼女1人で行動するよりも安全だろう。
 
 それに、今回の一件でレナータはシグルトの持つ危うさが気になっていた。
 自分のために死の淵から蘇った男。
 この男の行く末を見届けることも自分がすべきことなのだと、レナータは決心した。
 
 宿の親父は、“風を纏う者”の新しい仲間を暖かく歓迎してくれた。
 親父の話では、精霊術師は数が少なく、特に水の精霊術の専門家であるレナータのような技術を持つ者が、宿にはほとんどいないというのだ。
 
 そしてレナータがやってきたことを知り、かつて彼女に精霊術を学んだという者たちが尋ねてきた。
 レナータは新しい自分の居場所が出来たことに、暖かな気持ちになるのだった。
 
 
 レナータが宿に来て数日。
 
 彼女にとっては冒険者としての心得を学んだり、レベッカと生活のための備品をそろえたり、リューンを散策して精霊宮を訪ねたりと、忙しい毎日だった。
 
 “風を纏う者”の者たちはレナータをとても大切にしてくれた。
 
 レベッカはここ数日、つきっきりで世話を焼いてくれた。
 同性のレベッカは、気兼ねなくいろいろなことを尋ねることができたし、女性特有のさまざまな悩みにどう対処すべきかも、こと細かく教えてくれた。
 
 ロマンは、理知的なレナータに精霊の性質や、精霊術の話をよく質問した。
 かわりに、歴史や言語のことでレナータが相談すると、ロマンはとても頼りになる先生だった。
 ロマン曰く、“風を纏う者”は冒険者たちの中でも知性派らしい。
 
 シグルトは武芸の知識が豊富で、そのほかにも伝承に詳しい。
 レベッカは俗っぽい知識や雑学に優れ、料理が上手。
 ラムーナは踊りや音楽、東方の文化をよく覚えている。
 スピッキオは神学に詳しく、その方面の歴史に明るい。
 そしてロマンは魔術に詳しく、博学である。
 
「レナータは精霊のことに詳しいでしょ?
 
 僕らは酔狂で仲間を選んだりしないよ。
 実力も専門知識もあって、性格的に問題が無いから仲間に誘ったんだ。
 
 僕らは組んで1年近いけど、今はちゃんとしたプロ意識がある。
 
 そうじゃなきゃ、冒険者で名を売ってやって行くことはできないよ」
 
 レナータが正式に仲間になった夜。
 “風を纏う者”主催で歓迎会が開かれた。
 
 “風を纏う者”のメンバーは、仲間になるからと、レナータを皆呼び捨てで呼ぶことになった。
 レナータはまだ慣れず、ついいつもの丁寧な口調で敬語をつけてしまうのだが、“風を纏う者”の仲間たちは、認めた仲間に対してはかなり踏み込んだ付き合いをする様子だった。
 
 レベッカが女性冒険者としての教育。
 ロマンがまだ不自由な西方の様々な言葉や基礎知識を教えてくれる。
 
 そして、レナータを一度仲間として認めた“風を纏う者”のメンバーは、遠慮の無い行動で応えた。
 
 本来毒舌な傾向があるロマンは一番厳しかったが、教えてくれる知識は分かりやすく、特別扱いしない態度がレナータには嬉しかった。
 
 レベッカは少しレナータに甘かった。
 優しいのとは少し違う。
 
 ラムーナに言わせると、
 
「話の分かる女の子同士だから浮かれてるんだよ」
 
 とのことだ。
 
 確かにレベッカは親切だったが、それ以上に困惑するほど食事や買物に連れまわされた。
 
 生まれてこの方贅沢とは無縁だったレナータにとって、食堂で美味しいものを食べたり、綺麗な衣装を見て歩くのは衝撃的だった。
 
 だが、レベッカは優れた教師でもあった。
 
 買物をする中で、上手な値引き交渉の仕方や、良い商人と悪い商人の見分け方を丁寧に教えてくれた。
 
「冒険者っていうのは狡猾さも必要よ。
 
 誠実さ…人間として貴女が護るべきプライドは大切にすればいいわ。
 
 でも、仲間を助けるためや生活するために、騙されないことや商売敵を出し抜く狡さは持ってないと損をするの。
 
 レナータ、貴女は遠慮しすぎるところがあるわ。
 仲間として適度な謙虚さは大切だと思うけど、卑屈さやあきらめは仲間の迷惑にもなるのよ。
 やる時は遠慮なく。
 意見を出す時もはっきりと。
 
 仲間の義務って、そういう気兼ねの無さにもあるんだから…」
 
 自発的に仲間のために行動することが大切だと、レベッカは言う。

「あと貴女は美人だから、自分の女という部分を護るのに遠慮しちゃだめよ。
 
 ゴロツキや酔っ払いに絡まれたら、ちょっとぶちのめすぐらいは自分でしなきゃなめられちゃう。
 
 本番の戦闘ではシグルトやラムーナをどんどん頼っていいけど、最低限は自分を守る力を備えておいてね。
 
 貴女は私たちの仲間であり、家族なんだから、貴女が傷つくのは私たちの損失なの。
 それを理解したうえで、自身を大切に護らなきゃいけないわ」
 
 短い間にレナータはレベッカを姉のように慕っていた。
 正直、限定的な部分ではシグルトより心を許している。
 
 ラムーナはレナータの側にいることが多くなった。
 彼女に言わせると、彼女の死んだ姉にレナータは雰囲気が似ているのだそうだ。
 
 ラムーナが冒険者になるまでの経緯を話してもらった時、レナータは衝撃を受けて涙を流した。
 ラムーナのような愛らしい娘が、砂を噛むような少女時代を送ったこと。
 それは、レナータにとっても自分に重ねて感じさせられることがたくさんあった。
 
 自分のために泣いてくれたレナータを、ラムーナは大切にしてくれた。
 それはレナータの心を暖かくしてくれた。
 
 スピッキオは、最初聖職者として近寄りがたい部分があった。
 増してスピッキオはレナータを迫害した聖海の徒である。
 
 しかし、レナータの警戒はここ数日で綺麗になくなっていた。
 
 スピッキオは己の倫理を語ることはあるが、強制はしない。
 
「わしの説く話から、聞いたものが己で倫理や信仰を抱くこと。
 
 これが聖海の《大海の寛大さ》というものじゃ。
 こう言うと高慢に聞こえるかの?
 
 わしが強制したとして、それは《信仰》ではないのじゃよ。
 自身で信じ仰ぐのが信仰じゃ。
 
 保守派の連中は、そんな単純なことが理解できぬ。
 
 わしは歴史を説くが、それが真実かどうかなどは、正直どうでもよいのじゃ。
 説かれた話が、その人の心と生を救うために信じられること。
 
 それが神の教えというものなのじゃ」
 
 スピッキオは人としての倫理を説くが、信仰については説教したとしても強制はしなかった。
 
 レナータにとって、アレトゥーザのマルコ司祭と同様、スピッキオは信頼できる聖職者となった。
 それに、精霊術を使うとはいえ、レナータは聖北や聖海の神に対しても畏敬は抱いていた。
 
 レナータにとって、スピッキオは《精霊術と聖海の信仰は同居できる》と信じさせてくれる存在になった。
 
 
 ここ数日、レナータはシグルトとはそれほど行動をともにしていなかった。
 
 シグルトがレナータを蔑ろにしたのではない。
 彼なりに時間を作り、レナータに護身の体術を教えてくれたり、リューンを案内してくれたりした。
 
 しかし、シグルトは人気者で多忙だった。
 
 宿にいる時のほとんどは後輩冒険者の指導をしている。
 
 シグルトの話だと、シアという引き取って冒険者の道に入れた娘や、シグルトたちが宿に誘った後輩冒険者もいるらしい。
 
 後輩を指導しているシグルトの行動は、彼の面倒見の好い性格を如実に表していた。
 だが、シグルトの《仲間》という《特別》になれたことが、レナータには少し誇らしく感じられた。
 
 そして、レナータはだいぶリューンの生活に慣れはじめていた。
 
 
 ある時、レナータが精霊術の指導を請われ宿で生徒に術を教えていると、これ見よがしにレナータの陰口を言う2人の女性冒険者がいた。
 
「あんな小便女(水の精霊術師への揶揄)のどこが気に入ったのかしらね」
 
 そう言ったのはゼナという火の精霊術師だった。
 精霊宮で会ったことがあるが、こちらの会釈を無視した女性だ。
 
 くすんだ赤っぽい茶色の髪に切れ長の目。
 火の精霊は好戦的な術者を好む。
 そして、火の精霊術師と水の精霊術師は基本的にエルフとドワーフほど仲が悪い。
 
「さあ、顔は良いみたいだけど。
 
 あの暑苦しい外套とかセンスがありませんわ」
 
 神官風のブロンドの女性だ。
 レシールという聖北教会の元神官である。
 
 さすがにむっとするが、むきになって相手をするのも馬鹿馬鹿しい。
 
 そんなレナータの表情をみて、生徒のアルダという女精霊術師がそっと言った。
 
「レナータさんに嫉妬してるんだよ、あいつら。
 
 前に“風を纏う者”に仲間にしてくれるように売り込んだら、レベッカさんとロマン君に追い払われた連中なの。
 高飛車で性格悪いんだよ~
 
 それに2人ともシグルトさんにお熱なんだ。
 
 シグルトさん、格好良いからもてるんだけど…レナータさんみたいに親しくする女の人って、ラムーナさんやレベッカさんぐらいだから、面白くないみたい」
 
 アルダの言った話はレナータも聞かされていたことだ。
 レベッカが確か同じようなことをぼやいていた。
 
 レナータはもともとあまり人に接触しない生活をしていた。
 せいぜい水の精霊術に興味を持った冒険者や精霊術師に、術を教えるぐらいで他での付き合いは限られていたのだ。
 だが、実際に冒険者の宿という場所に住んでみると、人間の付き合いが好い意味でも悪い意味でも大きくなったように思う。
 
 自分を慕ってくれるアルダのような知人や冒険者たち。
 反対にゼナたちのように嫉妬やライバル意識を燃やして嫌味をいう者。
 
 レナータは正直こういう人付き合いはまだ苦手だった。
 
 ふうっ、とため息をついたレナータに、アルダも苦笑する。
 
 すると、ゼナが立ち上がってこっちに向かってきた。
 
「ねえ、そこの後輩…
 
 その水っぽい奴より私の方が先輩なのよ?
 馬鹿犬みたいに、尻尾振ってさ。
 
 あんたは将来男にもそんなに尻軽になるのかい?」
 
 レナータたちが何も言わないと分かると、調子に乗って暴言を吐く。
 見れば少し酒が入っている様子だ。
 
「…いやだなぁ、先輩。
 
 私だってお尻を振る相手ぐらい選びますよ。
 少なくとも昼間からお酒を飲んで絡むような頼りない人にはしませんから」
 
 ゼナの暴言に痛烈な皮肉で返すアルダ。
 
「…何だってっ!」
 
 真っ赤になって怒るゼナは、釣り目がちな目をさらに鋭くして向かってくる。
 
「別に先輩のことじゃありませんよ~
 
 でも、怒るってことは自覚あるんですね」
 
 アルダが挑戦的な目でゼナを睨む。
 
 ゼナが肩の力を抜いた。
 
「…よく言ったわ、後輩。
 
 その薄汚い尻を焦がしてやるから外に出なさい」
 
 ゼナの使役する火蜥蜴(サラマンダー)がちろちろと燃える舌を出しながら現れる。
 さすがにアルダも言い過ぎたと思ったのだろう、ごくりと唾を飲み込んだ。
 
「…大人気ないですよ、ゼナさん。
 
 それに、正気ですか?
 頭にきたからって火の精霊を街中で召喚するなんて…
 
 そんな無茶をすれば精霊宮の出入りだって禁止になります」
 
 レナータは本来こういうことの仲裁に入ったりはしなかった。
 かつて魔女と呼ばれていた自分では状況を悪くする一方だったからだ。
 
 だか、このリューンではレナータはごく普通の精霊術師の1人である。
 それに、同じ精霊術師の暴走を止めるのも、自身の属する《精霊術師たち》という見えないグループの1人として必要だと感じていた。
 シグルトたちの中に入って、1人の暴走がひとつの社会にとってどれだけ迷惑になるか、ということを考えさせられるようになったからだ。
 
「…っちぃ。
 
 あんた、町の外であったら覚えておきなよ」
 
 そう言って踵を返すゼナに、レナータは優雅に礼で返した。
 
 レナータは見かけによらず大胆だとレベッカが評していた。
 迫害に挫けずアレトゥーザで、たった1人で生きてきたレナータである。
 
 いざ行動を思いつけば迅速だった。
 
「…お見事だったわ、レナータ」
 
 すっと扉を開けて現れたレベッカに、ゼナたちがぎょっとしている。
 
「私たちがレナータを仲間に入れたのって、その豪胆さと聡明さからってのもあるのよねぇ。
 
 今の行動を見れば、人選ミスはなかったわ。
 ま、私たちが選んだ仲間にこれ以上何かちょっかいかけてたら、私も容赦はしなかったけど?」
 
 レベッカの冷たい微笑みに、ゼナたちがブルリと震えた。
 
「あ、あはは。
 
 嫌ねぇ、冗談よ。
 私たちだって、“風の繰り手”レベッカに喧嘩を売るようなことはしないわよ」
 
 “風を纏う者”を陰で動かし、地獄耳で抜け目の無いと言われているレベッカは、中堅冒険者たちの中でも特別恐れられていた。
 レベッカの時には冷酷非情な行動は、静かな畏怖として語られているのである。
 
 そそくさと逃げていく2人組みに、あきれたようにレベッカは息を吐いた。
 
 普段はだらしなく怠け者で遊ぶのが好きなレベッカだが、行動に無駄が無く抜け目も無い。
 
「お、アルダちゃん勤勉、勤勉。
 
 今の頑張りはよかったわ。
 今晩、一緒に飲みにいかない?
 
 奢るわよ」
 
 レベッカはものすごい酒豪である。
 話によると、毒や酒精(アルコール)を抜く訓練をしているそうだ。
 
 そして、実はレナータもお酒には強かった。
 
 普段はお金がかかるので飲まないのだが、水の精霊の浄化能力を持つレナータはレベッカと差しで飲めるほどだ。
 酒精の分解が早いのである。
 それにお酒は決して嫌いではない。
 
 近くで奢ってもらえることに喜んでいるアルダが、おそらく真っ先に酔いつぶれることを予測しつつ、レナータは軽くため息をついた。
 
 
 次の日の朝、二日酔いで呻いているアルダを水の精霊を使って癒し(この能力は宿で重宝がられていた)、レナータはなんとなく宿の外を散歩していた。
 
 朝のリューンはまだ賑やかではないが、足早に歩く職人や商人たちの足音が早く、小気味よく聞こえてくる。
 賑やか過ぎるのは嫌いだが、これから仕事に精を出そうと歩く人々の息吹は、レナータには眩しく感じられた。
 
「…おはよう、レナータ」
 
 ぼんやり人の歩を見ていたレナータは、深くよく通る声に振り向いた。
 
 シグルトである。
 見れば大きな荷物を抱えていた。
 
「おはようございます。
 
 どうなさったんですか、その荷物?」
 
 シグルトは、ああこれか、と中身を1つ取り出して見せた。
 
「…玩具?」
 
 それは木で出来た粗末な玩具だった。
 かなり使い古されている。
 
「前に、とある老婦人の家に物を届けたことがあってな。
 
 その孫が昔使っていたというものだ。
 いらないというからもらってきた」
 
 レナータにはどうしてもシグルトと玩具の関係が浮かばず、ついぽかんとしてしまう。
 
「…一緒に来るか?」
 
 少し秘密めいた笑みを浮かべ、シグルトが誘った。
 どうやら論より証拠ということらしい。
 
 頷いてレナータがシグルトについていく。
 
 シグルトは荷物の量を苦にもせず歩いていくが、レナータの歩幅に合わせてくれていた。
 彼は口より行動するタイプの人間だ。
 
 そして数分。
 シグルトがやってきたのはこじんまりとした教会であった。
 その正門の隣の小さな入り口に入っていく。
 
 そこには『聖サミュエル孤児院』と書かれている。
 
「ああ~っ!
 
 シグ兄ちゃんだ~」
 
 庭で遊んでいた1人の子供が声を上げると、子供たちが駆け寄ってくる。
 
「…皆、好い子にしていたか?」
 
 レナータはふわりと微笑んだシグルトの横顔に、思わず見とれてしまった。
 戦う厳しさ、いつもの苦笑…
 その時に感じる厳しさや悲壮感の無い、素直な笑み。
 
 荷物を降ろし、一人一人の頭を優しく撫でるシグルトは、いつもの勇敢で厳しい彼のイメージとは違って見えた。
 
「あらあら、シグルトさん。
 
 また来てくださったのですねぇ」
 
 現れたのは、ふくよかな中年に差し掛かる僧服の女性である。
 
「シスター、御無沙汰しています。
 
 良い物が手に入ったので」
 
 そう言って、シグルトは一つ一つ袋から玩具や人形を取り出し、子供たちに配っていく。
 
「…あら、貴女は?」
 
 シスターがレナータに気付き、声をかける。
 
「はじめまして。
 
 私はレナータ アスコーリと申します。
 シグルトさんの、その仕事仲間で…」
 
 シスターは大きく頷く。
 
「あらあら。
 
 それじゃ、とっておきのハーブティーを御馳走しますわ。
 奥にいらして」
 
 手を引かれて、レナータが困ったようにシグルトを見ると、シグルトは大きく頷いて微笑んだ。
 
 
 奥でハーブティーを御馳走になりながら、レナータはシスターと向かい合っていた。
 
「…その御様子では、ここにシグルトさんがいらっしゃるのは初めて知ったのでしょう?」
 
 レナータが頷くと、シスターは優しげな笑みを浮かべて、窓の外を見た。
 
「前にここは暴力的な手段で地上げされそうになったことがあったのです。
 
 私は銀貨三百枚で冒険者の宿に依頼をしましたの。
 ここを護ってほしいと。
 
 でもそんなわずかなお金で依頼を受けてくださる方はいなかった。
 そんな時、ここを通りかかったシグルトさんが助けてくださったの。
 
 もう1人のお仲間のレベッカさんという方が交渉してくださって、ここには手を出さないと嫌がらせをしていた商人に約束させて、時々様子を見に来て…
 
 そして、子供たちと遊んでくださるの」
 
 レナータはシグルトらしい、と思った。
 彼は硬派で厳しい、孤高の印象を他人に与える。
 しかし、見た目よりかなり情に厚い人物である。
 
 彼の信条は弱者を見捨てないこと。
 
 レナータという友のために、その命を賭すことを躊躇うことはなかった。
 
 リューンに向かう道中、何気ないことからシグルトの無茶をレナータが咎めたとき、彼はこう言った。
 
〝俺に出来ることなんて、ほんの少しのことでしかない。
 
 でも、それでも手が届きそうな場所に、理不尽に嘆く人がいるなら…
 俺はおそらく救いたいと思う。
 
 これはかつて友を救えなかった俺の独我(エゴ)だ。
 
 でも、俺がしたいと思う本心なんだ〟
 
 その言葉を聞いた時、レナータはシグルトの側で彼を助けたいと思った。
 そして冒険者になることを心に誓ったのである。
 
「レナータさんはシグルトさんを愛していらっしゃるの?」
 
 ふと聞いたシスターの言葉にレナータは少し考え込んだ。
 
 そして、静かに頷く。
 
「…私は彼を男性として愛しているのかは分かりません。
 
 でも、彼の側で彼のために尽くしたい…それは今の私の本心です。
 それが愛というなら、私は間違いなく彼を愛しています。
 
 シグルトさんは私を友であり、仲間だと呼んで下さいます。
 そして私のために命をかけて戦ってくれました。
 
 私もたぶん、今はシグルトさんと同じ気持ちなのだと思うんです。
 
 私が彼の側にいると、男性と女性の関係として受け取る方は多いです。
 でも、今の私たちは家族であり友人であるような気がするのです。
 
 これからどうなっていくのかは私も分かりません。
 
 彼が男性として魅力的なことも分かります。
 けれど、今はただ側で一緒に生きてみたい、そんな気がするんです」
 
 レナータは正直に今の気持ちを口にした。
 
「ふふ、レベッカさんと同じことをおっしゃるのね。
 
 でも、貴女がもし女性として彼を愛するようになったのなら、辛い試練が待っているでしょう」
 
 少し言いよどむように眉をひそめるシスター。
 
「…前に聞いたことがあります。
 
 シグルトさんは故郷で愛し合った女性がいたと。
 レベッカさんもそのことを私に言いました。
 
 それに、彼に思いを寄せる女性は多いけれど、シグルトさんは故意に恋愛を避けているって。
 
 でも、私はそれもシグルトさんだと思います。
 私はそんな一途なシグルトさんを尊敬しています。
 
 そして、彼と仲間になって下さった皆さんと…生きたいんです」
 
 レナータの言葉にシスターは目を丸くする。
 そして優しげな笑みを浮かべる。
 
「…レナータさん、それが本当の愛であり、慈しむということです。
 見返りを求めない純粋な好意と献身。
 
 余計なことを言ってしまいましたわね」
 
 レナータは軽く首を横に振った。
 
「今、自分の言葉にして私も確信できましたから。
 
 来て、よかったです」
 
 そう言ってレナータは、窓の外で子供たちと戯れるシグルトを眩しそうに見つめた。
 
 
 孤児院からの帰り道。
 シグルトとレナータは並んで歩いていた。
 
 爽やかな微笑を浮かべるレナータ。
 子供と遊んだ疲労で汗に濡れながら、どこか安堵したようなシグルト。
 
 端整な顔立ちの2人が並んで歩いていると、とても絵になった。
 すれ違う人々が興味深げな顔で振り返ることもあった。
 
「半日つき合わせてしまったな。
 
 疲れなかったか?」
 
 シグルトが汗を拭いながらレナータに聞く。
 
「いいえ、ちっとも。
 
 子供って可愛いですね…」
 
 レナータが微笑み返すと、シグルトは、ああ…と頷いた。
 
「…シグルトさんはどうして子供のために、一生懸命になるんですか?
 
 聞きました。
 シアという女の子の身元を引き受けているって。
 
 シグルトさんが子供を好きなのは今日分かりましたけど、そこまでしたいと思うのは…何故ですか?」
 
 レナータの突然の問いに、シグルトは少し黙った。
 
 そして空を見上げると、流れる雲を見つめながら呟くように口にした。
 
「よくはわからん。
 
 だが、子供たちには何というか、笑っていて欲しいんだ。
 孤独は子供を荒ませる。
 餓鬼の頃、俺はただ母と妹を護ることにこだわって、親しい者を作らず力んでささくれていた。
 
 だけど、初めて友ができて、一緒に遊んだり一緒にいることの暖かさを憶えた。
 その時に思ったんだ。
 
 子供のうちは笑えるだけ笑って、大人になれたら子供を笑わせられる大人になりたい、と。
 
 俺が何かしたからって、子供が常に笑ってくれるかはわからない。
 でも、できることを何かしたいと思ってる…」
 
 そう言って、わけわからないこと言っているな、と苦笑するシグルト。
 レナータはその碧い瞳に幸せそうな光を湛えてじっとシグルトを見つめ、華が咲くように微笑んだ。
 
 そしてそっとシグルトの手を取る。
 
「遅くなってしまいましたね。
 
 早く帰らないと、夕食に間に合いません。
 急ぎましょう…《シグルト》」
 
 レナータに手を引かれ、一瞬ぽかんとしたシグルト。
 しかしすぐに笑顔でレナータの手をしっかり握り返す。
 
「そうだな。
 
 うちの宿の冒険者は、大喰らいばかりだった…」
 
 シグルトの鍛えられた武骨な手を握り締め、レナータは想う。
 
(私はこんな彼が好き。
 
 私と歩んでくれる皆が好き。
 
 だから、一緒に生きたいっ!)
 
 そして…
 夕日に照らされて寄り添う2つの影は、足早に『小さき希望亭』を目指すのだった。

 
 
 久々にリプレイ更新です。
 
 連れ込んだレナータをPCにするために、実は5人で始めました。
 これからレナータは少しずつ孤独から共に仲間と歩むスタイルに変わっていきます。
 
 Martさんの考えるレナータのイメージとずれてないとよいのですが。
 
 私がレナータに持つイメージは、水のような泰然さです。
 生き方も歩み方も、水のように深く自然であるような気がしたのです。
 
 シグルトとレナータがくっつきそう、という予想だった方は多かったみたいですが、赤くなって照れて嫉妬乱舞して、というイメージが、私にはどうしてもピンと来なかったのです。
 
 そこで、今回みたいな爽やか路線にしました。
 
 重ねて言いますが、シグルトとレナータはまだ恋愛関係ではありません。
 2人の間にあるのは親しみと信頼であり、恋とは微妙に違うのです。
 ストレートなシグルトと、泰然としたレナータのイメージで、信頼しあって手を携えるような…
 
 私、手を繋いで真っ赤になる初心な描写も、性描写のあるエロティックな描写も、いろんな恋愛描写を興味深く感じていますが、この2人の関係はまず第一に《友愛》のイメージで描きたかったのです。
 
 レベッカもシグルトに対して《家族愛》を抱いていますから、どんな風にこの先なるのか、私にも見当がつきません。
 
 シグルトが女性に人気があるのは、誠実で強いからです。
 この時代、女性を護れる甲斐性って大切だったと思いますし、そこに容貌がよくて将来有望で、性格が信頼できるとくれば、人間的に魅力を感じる者は結構いるんではないかと思うのです。
 異性なら《恋愛》に繋げる考えもあるでしょうし。
 
 実はシグルトが女性に人気があるというある意味俗っぽい描写、したくありませんでした。
 でも、まったく女性にもてないというのは、容貌と性格からしてありえんなぁ、と考えて仕方なく…
 こういう描写、書いてると背筋が痒くなるのですよ。
 
 次は“風を纏う者”の強化作戦です。
 5レベルに向けて頑張りますね~
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この記事のコメント

このリプレイを読んでからレナータを連れ込みにくくなってしまいました。(苦笑)
連れ込み可能なNPCを、かかわり深い人にリプレイ等で書かれてしまうと…。
それだけ、Y2つさんのレナータが魅力的、ということでもありますけど。

「そのキャラクターの新たな魅力を教えてあげればいいのさ」
少し違うかもしれませんが、こんな言葉をTRPGリプレイの冒頭で見たことがあります。(確か、グループSNEのもの。)
Y2つさんにはY2つさんのレナータが居てもいいのではないでしょうか…って、私ではなくMartさんが言うべき事かもしれませんが。

カードワースの男性冒険者はなぜだか非常にモテるようで、恋愛がらみの連れ込みNPC(女性)は5人は居ます。人喰いに気に入られてしまう事もあるみたいですし…。
シグルドは男性冒険者に嫉妬されたりしているんでしょうか。

5レベル、となるとカナン王に挑戦でしょうか。
他にもキーレで竜騎兵に挑戦とか、ルジアなどの強敵、オロフや竜殺しの老兵のような印象深いNPC、冒険が多いです。
中堅から一流への冒険、どんな展開が待っているかいまから楽しみです。
2006-10-02 Mon 09:51 | URL | 愛・舞・魅 #mQop/nM.[ 編集]

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